バッハ 魂のエヴァンゲリスト
バッハの音楽には、悲哀と喜びが同時に表現されているように感じる(これは以前にも記した)。「管弦楽組曲2番」や、「ブランデンブルグ協奏曲4番」等々。生きることの喜び、その一方では、生きることの悲哀と死への希求をも感じさせる。不思議な感覚。
さらに、「フーガの技法」や「音楽のささげもの物」といった、より抽象的な音楽になると、宇宙大の広やかさを聴く思いがする。旋律線が、絡み合い、複雑な音の織物を作り上げている。このような音楽に接すると、自分のこころがより広やかな空間に誘われ、そこで包み込まれているような思いになる。
最近、改めてバッハの音楽にこころ癒される思いがして、バッハの音楽を探る旅に出るために、磯山雅氏の著作「バッハ 魂のエヴァンゲリスト」を読み始めた。この本は、20数年前に発行されたもので、既に絶版になっているらしい。数年前に、お茶の水の古本屋で手に入れてあったもの。
磯山氏の浩瀚な著作「マタイ受難曲」にも言えることだが、この著作は稀有な力作である。研究のあとが、どの章からも偲ばれる。それだけでなく、著者が序文でも記している通り、彼自身の思いが強く込められている。単なる学術的な研究書に留まらない。
読み進めて感じたこと。
バッハが生きて活躍していたのは、まだ200数十年前に過ぎないこと。磯山氏の筆致のすばらしさもあるが、バッハが恰も身近に生きている人間のように感じられる。オルガン演奏に強い自負心を抱き、音楽の世界に打って出たであろう若きバッハが目に見えるようだ。より良い条件の仕事場を求めて運動するバッハにも身近なものを感じる。
一方、彼の生きた時代は、30年戦争の傷跡が残り、また病に早くに倒れる人が多い時代でもあった。彼は、幼くして両親を相次いでなくし、兄弟ともに親戚の家に身を寄せて成長していったようだ。彼の作品の多くに認められる、死を憧憬する思想は、彼のルター派信仰から由来するものだろうが、そうした時代背景や、個人的な事情も影響していたのではないかと改めて思った。
私のバッハ経験は、受難曲と、器楽曲・合奏曲が主だが、彼の音楽の源であるオルガン曲と受難曲以外の宗教曲にもっと目を向けなければならないと思った。特に、カンタータは私にとってまだ未開の大地だ。
磯山氏のバッハの音楽への傾倒振りが、ひしひしと伝わってくる著作だ。わき道にそれるが、磯山氏は、松本深志高校の卒業生らしい。数年前、同高校のOBオケの末席に加えて頂き、「メサイア」の抜粋や、フォーレの「ラシーヌ頌歌」を演奏させていただいたことがあった。すばらしい団体で、団員の方々も皆暖かな人々だった。磯山氏ももしかしたら、彼が高校生の時代に、同高校のオーケストラで楽器を演奏なさっていたのかもしれない等と想像をした。
バッハの音楽の素晴らしさだけでなく、磯山氏の真摯で熱のこもった執筆振りが印象にのこる著作だ。
- [2010/02/08 10:57]
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驚きの愚策 その2
内服薬処方の記載方法が、厚生労働省主催の検討会の答申を得て、改められるらしい。その内容は、以下の通り;
【内服薬処方せん記載の在るべき姿】
・ 「薬名」は、薬価基準の製剤名の記載が基本
・ 「分量」は、最小基本単位である1回量の記載が基本
・ 散剤と液剤の「分量」は、製剤量(原薬量ではなく、製剤としての重量)を記載
・ 用法は標準化(「標準用法マスタ」作成)
で、細かくコメントする。
・ 「薬名」は、薬価基準の製剤名の記載が基本
「薬名」は、ゾロ推進のために一般名にするとなっていたのではなかっただろうか。
・ 「分量」は、最小基本単位である1回量の記載が基本
これが驚きの変更だ。内服薬は、一日量を記載するのが、これまでの基本だった。最新の記載方法が、国際的に一回量に改められたのかと思い、最新版のNelsonのテキストを見てみた。が、やはり抗生物質、抗喘息薬、それに抗痙攣薬といった、ある程度の期間処方する内服薬は、一日量と、分法回数が記されている。能書もこれまではすべて一日量の記載だった。
この変更は、注射薬と同じ記載方法にするためと、検討会ではしているようだが、注射薬と同じにしたら、注射薬と内服薬の混同が起きるのではないか。注射薬は、血中濃度がすぐに上がるので一回量を明示する、一方、内服薬は、血中濃度が上がるのに時間がかかるので一日量で記載する、これがこれまでの考え方だったのではないだろうか・・・これのどこに問題があるのか。
・ 散剤と液剤の「分量」は、製剤量(原薬量ではなく、製剤としての重量)を記載
これも、驚愕の変更だ。散剤・液剤ともに、薬物に添加物・添加剤が加えられて製剤化されている。これまで行われてきたのは、もともとの薬物の量(原薬量ないし力価)の記載だ。それを、添加物・添加剤を加えた後の製剤量を記載しろ、ということだ。
一つの薬にも、様々な製剤がある。各々の製剤ごとに、その添加物・添加剤の量が異なることがあり、そ多寡により、濃度差がある。医師の記憶にあるのは、力価であるから、こうなると、それを一々製剤量に変換して処方箋に記載することになる。製剤ごとに、その換算が変わる。小児科では、散剤・液剤で処方することが多く、多くの手間になる。これまで行ってきた年齢別の量の加減の上に、力価から、製剤量への換算が新たに必要になるのだ。さらに、計算した一日量を分法回数で割って、一回量を出すことも新たに付け加えられる。それを処方箋におもむろに記すことになる。手間が増えることは、処方の間違いにつながる。どれだけ注意しても、間違いは起きる。
・ 用法は標準化(「標準用法マスタ」作成)
この変更の肝は、ここにありそうな気がする。これまでの医療での慣行を全部ひっくり返して、こうした煩雑で手仕事ではとても対応できぬ処方方法に変更するのは、標準化するというより、電子カルテ化を促すことに目的があるのではないだろうか・・・いや、それしか考えられない。電子カルテは、画像診断をすることの多い科などでは有用なこともあるようだが、まだまだ使いづらいという話を耳にする。それに、小児科のように、短時間に多くの患者さんの対応をしなければならない科では、まず利用価値がない。
しかし、より大きな市場を得たいIT産業は、医療に触手を伸ばすべく虎視眈々と狙っている。それに呼応した、官僚の暴走なのではないだろうか。
医療現場の声を何も聴くことなく、ただ産業界の意向だけで、このように根拠がない誤った変更を行う。産業界の意向を受け入れることによって、官僚にも何らかの権益が生まれるのだろう。
これは当面義務化させないようだが、だとしたら、混乱はさらに酷くなるはずだ。試行後、医療安全への影響等を検討するとしているが、犠牲が出てから引っ込める積りなのだろうか。
どうも最近の官僚の質が、どんどん落ちているような気がしてならない。
- [2010/02/08 09:32]
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医療現場を無視した愚策がまた一つ
診療明細、全患者に無料で…10年度に義務づけ
10/02/05
所謂レセプト並みに詳細な診療明細書の発行が、大多数の医療機関に義務づけらることになる。
記者クラブに胡坐をかき、国から補助金を得ようとしている新聞社ごときに、医療の透明化がこれで達成できるなどと言われるのは大いに心外だ。まずは、新聞社の経営内容、それに官僚・政治家との癒着を透明化させよ、と声を大にして言いたい。
確かに、医療内容とその費用が、患者に理解できるようになるのは理想かもしれない。が、克服しなければならない多くの課題がある。それらの課題を何ら検討することなく、医療過誤訴訟支援団体の勝村氏等の要望に官僚が乗って、中医協でこの診療明細書の発行が安易に決められた。医師会の代表とされる人物も、明細書発行のソフトがこれで安くなる、などとピンボケなことを言っている。彼も、官僚の根回しにまんまと乗せられたのだろう。
これは、医療現場に新たな負担を強い、混乱を招くものだ。
解決されるべき課題とは;
○診療報酬明細書は、診療報酬規則の則って作成されている。その規則が、煩雑を極めている。この煩雑になった理由の大きなものは、診療報酬によって、政策を誘導し続けてきたことである。診察料は、初診・再診の違いはだけでなく、時間帯・年齢によって異なり、医療機関の規模によっても異なる。初診・再診の算定も、医学的な判断とは異なるあるルールに則っている。様々な指導料の算定要件も種々であり、例外規定なども多い。指導料は、初診後1ヶ月間はとれないものと取れるものがあり、その後も月に一度だけ算定できるものと、二度算定できるものがある、簡易な処置は外来管理加算に含まれる等々。これらの規則が簡略化されなければ、何も知識のない患者さん・その親御さんには到底理解不可能だ。
○診療明細書には当然診断名が付くのだが、その中に所謂レセプト病名が含まれることがある。薬剤には適応症が決まっていて、通常はそれに基いて投薬される。が、適応外でも、患者さんのためにどうしても使わなければならない薬がある。そうした薬の適応症の一つを、診療情報明細書に記さないと、その薬剤の「適応外」投与として、医療機関の責任にされ、医療機関にその薬の費用が回ってくる。院内処方であっても、薬価差益は実際上ない。院外処方であれば、どの薬を処方しようが、医療機関には経済的なメリットは何も無い。この適応外処方は、医学的にどうしても必要と医師が判断して投与するのだ。診療明細書の載ったレセプト病名に、患者さん・そのご家族が不信を抱くことになりうる。すると、必要な薬が処方できないということになる。医学的な根拠の明確な薬の適応外投与を、まずは認めることが先決だ。
○診療明細書に記された診断名が、患者さん・そのご家族に知られるとすると、全ての病名を直裁に告知することが必要になる。悪性疾患・精神科疾患・その他予後が絶対不良の疾患でも、告知が原則化されて良いのだろうか。
○診療明細書を発行するのに必要な費用、人件費を全く考慮しないのは何故なのだろうか。特に、明細書の説明には、上記の複雑な内容があり、専門的なスタッフが時間をかけて行なう必要が出てくる。小規模な診療所では、それにスタッフがかかりきりになると、仕事の流れが止まってしまう。小規模医療機関では、通常受け付け・会計は、一人ないし二人で行なわれる。その内、一人が、診療明細の説明に当ると、受付事務がストップするのだ。診療明細を説明するスタッフが新たに必要になる。その人件費は、どこから湧いてくるというのか。大体において、役所で証明書の類を発行してもらうだけでも、数百円の費用を取られる。詳細な書類の発行と、それに付随する説明を、民間ないしそれに準じる公的な医療機関が行なう場合、無料にしろというのは無茶な話だ。
このように問題山積の診療明細書発行を強行する行政当局の意図は何か。
まずは、一部の患者団体に押されたということがあるだろう。勝村氏は、この明細書発行で「散らかった部屋を、(患者と医療者が)一緒になって片付けようということだ」と語った由だが、散らかった部屋とは一体何のことなのだろうか。極めて稀に、法の網をかいくぐった医療を行っている医療機関があるかもしれない。それを念頭においてのことなのだろうか。そうした違法、ないし違法すれすれの医療行為を行なう医療機関は、こんな書類上の手続きをかいくぐる方策をすぐに見つけ出すことだろう。この一部の患者団体は、医療を良くすると主張しつつ、多くの医療機関に負担を強い、医療を破壊することになるのを気付いていないのだろうか。
行政当局自身にとって、診療報酬明細の発行を医療機関に義務付けることによって、行政の意図をより容易く実現できるようになると踏んでいるのではないだろうか。箸の上げ下ろしまで医師に強制させることが、彼らの目的なのだ。その強制に違反する医師には、彼らは罰則を科することが出来る。また、医師の「箸の上げ下ろし所作」を少し変えるだけで、医療体制と医療費を思うように動かせると考えているのではないだろうか。
この施策は、患者さんのことも、医療機関のことも疎かにした愚策だ。医療は、さらに窮状に陥る。そして、医療現場の意欲は大きくそがれることになる。
以下、引用〜〜〜
記事:読売新聞
提供:読売新聞
2010年度の診療報酬改定を議論している厚生労働相の諮問機関「中央社会保険医療協議会(中医協)」は5日、患者が受けた医療の詳しい費用の内訳がわかる「診療明細書」を、原則として全患者に無料発行するよう医療機関に義務づけることで合意した。
例外を除き10年度から実施され、医療の透明化が一歩進むことになる。
診療明細書は、医療機関が健康保険組合などに医療費を請求する際に作成するレセプト(診療報酬明細書)と同等の詳しい内容。受けた診療の単価だけでなく、検査や投薬の中身が記録されている。06年度から発行は医療機関の努力義務となり、08年度には400床以上の大病院で義務化されているが、患者が求めた場合に限られ、手数料の徴収も認められていた。
全患者への無料発行が義務づけられるのは、レセプト請求を電子化している全医療機関。厚労省によると、病院と調剤薬局の9割、診療所の半分が当てはまる。ただし、発行機能がついていないコンピューターや自動入金機を使っている医療機関は、すぐに対応するのが難しいことに配慮し、例外となる。
- [2010/02/06 12:23]
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行政を監視し、矯正する役割が、医師会にある
今日は、とりわけ忙しい一日だった。胃腸炎の患者さんがどっと押し寄せる外来の合い間、昼休みには地域の医療センターでポリオの摂取の仕事が入っている。出かけようとしたら、IP電話の不調で、仕事場に外から電話がかからないことが判明。それの対応をしているうちに、予防接種に5分遅刻。
予防接種を一緒に行なったS先生と、合い間に少し雑談をした。新型インフルエンザの予防接種についてである。彼は、所謂パーティボトル(10mlのバイアル)の購入は断っているそうだ。大人で18名も患者を一度に到底集められないから、とのこと。小児では、40名近く集めなければならないのだ。現場を無視する、行政のやり方には、こうやって否の意思表示をし続けなければなるまい、と改めて思った。
日本医師会に対して強烈な批判を浴びせ続けてきた小松秀樹氏が、日本医師会を改編しなおして、厚生労働省へのチェックアンドバランスを施す組織にしてゆかねばならないと、MRICで述べている(下記の記事)。下記の論文で紹介されている、日医の飯沼氏の発言は、むちゃくちゃだ。こんな官僚のお先棒を担ぎ、医療現場を陥れる連中は、日医からすぐに去ってもらいたい。日医は、勤務医と開業医が協同する民主的な組織にし、その上で、医療現場のことを何も知らず、ただ組織の権益拡大だけを目指す厚生労働省官僚に対して、現場から否の声を挙げ続ける必要があると痛感する。
以下、MRICより引用〜〜〜
「岡っ引」日本医師会
虎の門病院 泌尿器科
小松秀樹
2010年2月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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【予防接種法改正の議論】
新型インフルエンザを受けて、予防接種法改正の議論が厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会ではじまった。厚労官僚は、今回の新型インフルエンザ騒動での大失態を逆手にとって、組織拡大と権限強化に結び付けようとしている。
【組織拡大】
第一の問題点は資料1の論点2−3 (http://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/01/s0127-8.html)。
ワクチンの製造販売業者や卸売販売業者に協力を求める仕組みを導入するとしている。従来も護送船団方式で十分すぎるほど協力体制があり、逆に進歩の阻害要因として問題視されてきた。論点2−3を法律に盛り込むと、さらに国家事業色が強まる。製造方法やアジュバントなど新規技術導入で立ち遅れたワクチン業者に予算が投入される。天下りの促進要因になる。
世界では次々と新しいワクチンが登場している。研究開発には莫大な費用と高度な技術が必要なため、国際的な巨大企業が開発の中心になっている。護送船団方式を守るための障壁で、日本人は世界で流通している有用なワクチンの恩恵にあずかれていない。
【権限強化】
第2の問題点は論点2−4。臨時接種を国の指示通りに行っているかどうか、医療機関に対し報告を義務付け、状況によっては調査を行い、国が定めた優先順位に従わずに接種している医療機関を処罰するという。
【新型インフルエンザ騒動】
日本の新型インフルエンザへの対応は、規範優先で実情に基づいていなかった。危機を煽って、世界の専門家の間で無意味だとされていた“水際作戦”を強行した。意味のない停留措置で人権侵害を引き起こし、日本の国際評価を下げ、国益を損ねた。
医療現場のガウンテクニックの常識を無視して、防護服を着たまま複数の飛行機の機内を一日中歩きまわった。これによって、インフルエンザを伝播させた可能性さえある。知人の看護師は、ガウンや手袋の使い方を見て、唖然としたという。検疫の指揮を執った担当官に、非常時だから、医療現場の常識と異なっても黙っているように言われた。インフルエンザの防御と無縁のアリバイ作りだった。言い換えれば、現実より規範が官僚を動かしたように見える。
関西の勇気ある開業医が、厚労省の非科学的規範に敢えて従わなかったことで、新型インフルエンザの国内感染が発見された。国内発生で「舞い上がった」担当者たちは、実質的に強制力を持った現実無視の事務連絡を連発し、医療現場を疲弊させた。新型インフルエンザの診療に関わったすべての医師が、厚労省の無茶な方針に怒りを覚えたはずである。
厚労官僚の思考と行動は、大戦時の日本軍に酷似している。レイテ、インパールなどでは、現実と乖離した目標を規範化したために、膨大な兵士を徒に死に追いやった。
【余ったワクチンの活用は罪か】
立法・司法・行政は法による統治システムを構成する。法は、違背にあって自ら学習せず、規範に合うよう相手に変われと命ずる。医療は認知を基本とする。何が起こっているのかを正確に把握し、学習・研究を通じて、事態に対応する。
無理な規範は、ワクチンの10mlバイアルに具現化している。従来の1mlバイアルに加えて10mlバイアルの導入が決定される前、ワクチンの確保が問題になっていた。メーカーの免責をめぐって、輸入手続の遅れが一部で危惧されていた。長妻大臣は、国会で、10mlバイアルだと生産効率が高くなると答弁した。検査が少なくなるので、市場に出せるまでの期間を短縮できると一部で伝えられた。
厚労省はワクチンの最大投与可能人数を増やすために、端的に言えば、自らの責任の最小化のために、10mlバイアルを導入した。結果として、供給可能量が1800万人分から2700万人分に変更された。10mlは成人20人分の量である。10mlバイアルは集団接種に適している。何度も針をバイアルに刺すことになる。汚染、感染が生じやすい。ちなみに、世界では、バイアルではなく、あらかじめ1人分のワクチンを封入した注射器の使用が望ましいとされている。
10mlバイアルの採用に対し、自治医科大学の森澤雄司医師は、「国家の危機的な状況に対応するための計画としては軽率この上なく、杜撰極まると申し上げざる外ない」「先進国で唯一というレッテルは聞き飽きた。単純に本当は先進国でないだけではないか」と苦言を呈したhttp://medg.jp/mt/2009/10/mric-vol-276.html。
本邦では、10mlバイアルを、集団接種ではなく、一般医療機関で使用した。接種予定日に都合のよい人数の接種希望者がそろうわけではない。バイアルは開封後24時間以内に使用しなければならない。相当量のワクチンが廃棄されることになる。1バイアル当たりのワクチン量を増やすと、廃棄量も増える。2700万人は見方によれば、まやかしの数字である。ワクチンが余れば、優先外の希望者に投与するのは医師として合理的な行動であろう。ところが厚労省はこれを悪として断罪した。官僚の責任最小化のための10mlバイアルによって生じた問題が、現場の悪として扱われた。
論点2−4は、現場への責任の付け替えを法律で正当化するものである。そもそも優先順位がどの程度の医学的・公衆衛生学的根拠に基づいており、どのような状況下でどれだけ合理的なのか、説明されているわけではない。科学的根拠のない医療を、法律で脅して、強制すれば、医療が現実離れした儀式になる。
【飯沼発言】
1月27日のロハス・メディカル ウェッブ「対象者以外への接種 厚労省と日医が取り締まる」http://lohasmedical.jp/news/2010/01/27184714.php によれば、第3回予防接種部会で日本医師会の飯沼雅朗常任理事は、「若干ある不届き者は、我々の自浄作用できっちりやっていくのが正しい」と述べたという。
【厚労省の攻勢:強制調査権と処分権による医師の抑圧的管理】
最近数年間、厚労省は法システムによる医療の徹底管理のために、周到な努力を重ねている。厚労省案による医療安全調査委員会をあきらめたようにみえない。周辺のルール作りを着々と進めてきた。院内事故調査委員会のあり方の研究班は、法と医療の意見の対立のため、合意に達しなかった。処分を受けた医師の再教育プログラム研究班は突然中断された。議論内容が厚労省の意向に沿わなかったためと推測されている。届出判断の標準化研究班では、医療機関から医療安全調査委員会への届出、医療安全調査委員会から捜査機関への届出の基準が決められている。
医療の質・安全戦略会議では、あろうことか厚労省からの研究費で、医師の自律について議論されている。厚労行政は議論の対象になっていない。この議論を、現場の医師ではなく、研究者が主導している。実情と離れた理念的な制度が提案されている。
最近、東京女子医大事件の冤罪被害者である佐藤一樹医師に対し、厚労省が行政処分を前提とした「弁明の聴取」を強行しようとしたhttp://www.m3.com/iryoIshin/article/114589/。強制調査の実施者が基準なしに医師を処分しようというのである。中世の罪刑専断主義への逆戻りである。多くの現場の医師の抗議で「弁明の聴取」は一旦中止されたが、強制調査が終了したわけではなさそうである。
佐藤医師と同じことがいつ何どき普通の医師に降りかかるか分からない。しかも、行政訴訟に経験の深い弁護士によると、裁判所は行政の裁量を尊重することが多く、行政の判断を覆すのは難しいという。
日本医師会飯沼常任理事の発言は、強制調査と処分権を振りかざす厚労省の意向にすり寄って、日本医師会が医師を取り締まろうとするものである。医療安全(事故)調査委員会の厚労省案に、現場の医師の意見を聴くことなく賛成したのも、同根であろう。医師の自律、自浄の対極であり、例えが悪いが、「岡っ引」を連想させる。江戸時代、追放者や博徒など犯罪社会の一員を「岡っ引」に仕立てて、犯罪者を取り締まった。テキヤ、博徒の親分が「岡っ引」になることも多く、「二足のわらじ」をはくと言われた。二足のわらじには相応のメリットがあったらしい。
【医師の自律】
厚労省は「正しい医療」を決めるための行動原理を持っていない。医学的に常識外れであっても法令には従わなければならない。政治、メディアの影響を受ける。公務員は原理的に国家的不詳事に対抗できない。対抗できないどころか、最近は、厚労省が国家的不祥事の発生源になっている。
ヘルシンキ宣言の序言に「人類の健康を向上させ、守ることは、医師の責務である。医師の知識と良心は、この責務達成のために捧げられる」と記載されている。医師は知識と良心によって行動するのであり、命令によって行動するのではない。法や行政が間違っていれば、異議を申し立てるのが当然である。
かつて、731部隊では、国策に従って医師として許されざる行動をとった者がいた。一方で、学会や社会からの糾弾に屈することなく、ハンセン病の強制隔離、断種に反対した小笠原登のような医師もいた。医師の自律とは、医療における正しさを自らの知識と良心に基づいて医師が自ら判断し、自らを律して行動することである。厚労省の作成した実情無視の規範をそのまま受け入れることでは断じてない。
【現代の革命】
医療に関する、広い範囲の問題が、規範を優先する立場と、実情の認知を優先する立場の争いに収斂しつつある。異なる問題に対し、私が同じような論理と文章を使っているのはこのためである。
厚労省は、規範を武器にして、常に、組織と権限を拡大しようとする。予防接種法改正問題はその典型である。厚労省は困った性質を持っており、チェック・アンド・バランスがないとかならず有害になる。チェック・アンド・バランスの考え方は、市民革命を通じて一般化したが、日本では力を持っていない。最近(2010年1月22日)、私は日本医師会によばれて、「日本医師会よ、ともに戦おう」http://www.m3.com/iryoIshin/article/115154/というタイトルの講演を行い、医師が対峙すべきは厚労省であると説いた。
私は、革命とは考え方の転換が大規模に起きることだと思っている。現在の日本では、大きな社会的危機が生じない限り、暴力を伴う古典的革命が起きることは考えられない。しかし、社会の可変性は昔よりはるかに高まっている。個人的には、『医療崩壊 立ち去り型サボタージュ』の出版後3年8カ月、社会のマジョリティの医療をめぐる考え方が大きく変わったという実感がある。「日本医師会の大罪」http://medg.jp/mt/2007/11/-vol-54-2.html を書いてから2年2カ月、当時、日本医師会が、近い将来危機的状況になるだろうと予想していたのは、私を含めて数名に過ぎなかった。いまや、日本医師会は大義名分を失って追い詰められ、私に講演を依頼するほどの混迷状態にある。
重要なのは、厚労省に理がなければへこますことは難しくないという考えを、現場の医師が持つことである。医師の60%が、厚労省に対するチェック・アンド・バランスが必要であり、可能だと思えば、政治を通じて、厚労省は容易に改革できる。気分良く、楽しくやれる範囲で、なんでもやればよい。大戦略に加えて、お気楽感とユーモアが重要である。悲壮感は弱気な医師に対して説得力がないので採用すべきではない。
新型インフルエンザ騒動で、厚労省の無茶な方針に困惑しつつ、現場で独自に対応した経験を持つ医師は大勢いる。郡市医師会が厚労省への対抗の拠点になっていた。予防接種法改正の問題点について、新型インフルエンザで活躍した現場の診療所から、現場の体験に基づいた意見を、国民と政治家にぶつけていく必要がある。
4月1日には、日本医師会長選挙が予定されている。次の会長は、公益法人制度改革に伴う定款改定に道をつけなければならない。定款改定によって、将来の日本医師会の方向が決まる。方向を誤れば、日本医師会は瓦解する。郡市医師会から、立候補が予定されている唐澤、原中、森の各氏に、飯沼発言を是とするのか非とするのか、質問してみてはどうだろう。
【結論】
日本の医療の維持発展のためには、医師が自律することと、「岡っ引」日本医師会を対厚労省大目付日本医師会に改編改編して、厚労省のチェック機関にしていくことが肝要である。
- [2010/02/05 01:27]
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通勤途上のNathanと・・・
一昨日、Nathan KO6Uが通勤途上7メガに出てきた。1,2週間ぶりか。モービルアンテナが壊れて、ハムスティックという以前のものに交換した様子。CONDXにも助けられてか、S9で豪快に飛び込んできた。
彼は4年間日本で生活したことがある。こちらが雪景色だというと、秋田で冬を過ごしたことを思い出す、とのこと。降雪のことから、農業の話題になり、彼は日本(の恐らく田舎)で、農業で生計を立てるのも良いなと仰る。もっとも奥様に、Nathanは怠け者だから、農業なんてできっこないと突っ込まれているそうだが・・・。
確かに、これからインフレが確実にやってくるだろうから、農業で生きるのは良いかもしれないと私も思った。日米共に、政府が、紙幣と国債をどんどん刷っているから、インフレは必ずやって来る。リタイア後の一番の脅威は、実にインフレだ。収入が固定されている身分では、インフレによりどんどん収入が目減りする。
でも、農業で生計を立てるのは生易しいことではなさそうだ。農業の厳しさを、農業に携わる患者さんや、スタッフの方から伺う。農業技術の習得、厳しい農作業、それに経営上のリスク等、大変な仕事だ。
まだ30歳代でばりばり仕事をしているNathanが、農業に憧れるというのは新鮮な驚きだったが、現実がそれだけ厳しいのだろう。インフレをヘッジするか、インフレに左右されにくい生業に、リタイア後も少しでも携われると良いなと夢想する。実際上は、何も行動していないのだが・・・。Nathanに言わせると、インフレの荒波を被るのは、むしろ彼の世代だということになる・・・。
- [2010/02/05 01:06]
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官僚の不正情報
毎日新聞にしては、まともな記事。官僚が如何に誤魔化しをするかが、よく分かる。官僚は、マスコミへ恣意的な情報を提供することは日常茶飯事。時には、故意に不正な情報を流すことによって、「世論」を作り上げる。
こうした不正を正すことが、政治家に期待されているのだが、今のところ、何も変わっていない。ネットの情報も玉石混交だが、中にはキラッと光るものがある。ネットを通じて、テレビ等が報じない重要な情報を拾い上げ、ブログ等ネット上の手段を用いて、官僚の不正を指摘し続けたい。
以下、引用〜〜〜
読む政治:診療報酬増を「偽装」 「長妻氏主導」空回り(その1)
◇玉虫色の数字、実質ゼロ改定 官僚、巧み操作
「財務省との激しい交渉では、基本的な社会保障を守っていくため神経を使った」
14日、厚生労働省の講堂に都道府県の担当幹部らを集めた会合で、長妻昭厚労相は0・19%増と10年ぶりにプラスとなった診療報酬改定など、10年度予算の成果を誇った。
10年度予算の社会保障費はほぼ同省の意に沿う内容に落ち着いた。最近顔がふっくらし、口数も増えた長妻氏を周囲は「自信を深めている」と見る。ただ長妻氏が「政治主導の実績」と誇示する診療報酬のプラス改定を巡っては、官僚が数字を操作しプラスを「偽装演出」していたことが明らかになった。
「プラス改定は公約同然」。昨年12月末、診療報酬の交渉で長妻氏が「押し」の姿勢に終始し、藤井裕久財務相(当時)を辟易(へきえき)させていたころ。その少し前から、水面下で別の動きが進んでいた。
「玉虫色で工夫できませんかね。計算方法を変えるなりして」
12月上旬、財務省主計局の会議室。財務省側から木下康司主計局次長、可部哲生主計官、厚労省側から大谷泰夫官房長、岡崎淳一総括審議官らが顔をそろえる中、最後に財務省側は診療報酬の決着方法を示唆した。
「財務省から見ればマイナス改定でも、厚労省から見るとプラスということか」。厚労省側はそう理解した。
診療報酬の改定率は、医師の技術料にあたる「本体」(10年度1・55%増)と、薬の公定価格などの「薬価」(同1・36%減)を差し引きした全体像(0・19%増)で表す。
厚労省は当初、薬価の下げ幅を1・52%減と試算していた。ところがそれでは「本体」との差が0・03%増で実質ゼロ改定になってしまう。長妻氏は「プラスが前提」と強調していただけに、厚労省は財務省の示唆を幸いと、ひそかに数字の修正に着手した。
その手口は1・52%の薬価削減幅のうち、制度改革に伴う新薬の値下げ分(0・16%、約600億円)を診療報酬の枠外とし、みかけの削減幅を1・36%に抑えることだった。制度改革で浮く金は診療報酬の内か外か−−そこに明快なルールがない点に目をつけたのだ。これで「プラス改定」と説明できるし、何より浮いた600億円を、財源探しに苦心していた中小企業従業員の医療費に充てられることが大きかった。
財務省が一転、0・19%増を受け入れたのは、真の薬価削減幅は1・52%のまま、診療報酬改定率は0・03%増で実質ゼロ改定と言えるからだ。「脱官僚」を掲げる長妻氏も、巧妙な官の振り付けで踊った形となった。
「こういうのが役人の知恵なんだよ」
厚労省幹部は、そううそぶいた。
10年度予算の編成を乗り切り、自信を深める長妻氏は、硬軟取り交ぜて省内の統治に乗り出した。しかし依然、空回りも目立つ。
- [2010/02/01 22:50]
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安定化策という、不安定化策
国民健康保険(国保)財政が逼迫している。その大きな理由は、被保険者の大半が、高齢者・非正規雇用労働者・未就労者等収入が無いか、極めて少ない方々であることだろう。また、小泉構造改革により、国庫から国保への拠出金が減らされ、都道府県にその分の支援が強制されたことも、国保財政を不安定にしているらしい。一方、公務員の健康保険・年金は、共済組合がまとめて扱い、財政も安定している。収入に占める保険料の割合は、国保が、他の健康保険に較べて、圧倒的に高い。
一方、国保の給付が多すぎる地方自治体に、給付を減らすように、厚生労働省が指示をしたことが報じられている。要するに、国保で国民が受ける医療を切り詰めろと言うことだ。国保の財政を「安定化」するためだそうだ。
安定化するのであれば、支出、即ち給付を減らす努力とともに、いや、それ以上に、保険料収入が安定するように図る必要がある。即ち、保険料を十分払えぬ人々が大多数を占めるような構造を変えなければならない。共済健康保険と、国保を一体化したら良いではないか。厚生労働省の官僚が属する、共済保険と国保を一体化し、それによって、国保を安定化しようと、厚生労働省は主張すべきではないのだろうか。勿論、消費税増税等により恒久財源を得て、国庫から国保への拠出を、小泉構造改革前のレベルに戻すことも必要だろう。
厚生労働省のこの国保「安定化」策は、公務員の健康保険は豊かなままに、国民医療を窮乏化させる方策に他ならない。この「安定化」策のもたらす酷いアンバランスは、国家を「不安定化」する。
以下、引用〜〜〜
97市町村に抑制計画求める 医療費多いため、厚労省
10/02/01
記事:共同通信社
提供:共同通信社
厚生労働省は29日、市町村が運営する国民健康保険(市町村国保)で、2008年度の医療給付費が国の定める基準を大幅に超えたとして、24道県の97市町村を、医療費抑制の計画策定を義務付ける「安定化計画指定市町村」に指定した。
医療費の地域差を是正し、国保の財政を安定化させる目的。指定市町村は、医療費抑制の数値目標や具体策などを盛り込んだ計画を3月末までに定めなければならない。
道県別では、北海道が15市町村と最多で、徳島県の11市町が続く。全国の市町村に占める割合は5・5%で、前年度の6・1%(109市町村)からは減少した。
市町村ごとの住民の年齢構成を調整した上で基準給付費を算出、給付実績がこの1・14倍を超えると指定対象となる。
- [2010/02/01 22:28]
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祠
先日、晴れ渡った朝、通勤時に日光連山が見事に見えたので、それを撮るためにわき道に入った。そこで、この祠か古墳と思われる場所を発見。畑の真ん中に、何気なく存在していた。
このような祠を、この地域の人々は先祖代々敬い、また信仰の対象にしてきたのだろうか。例の弁天塚古墳といい、この祠といい、古の人々の生活を彷彿とさせる。
空気が澄み渡り、日差しが明るくなってきた。春はもうすぐ。
- [2010/01/30 12:09]
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邪道な発言
CWopsのメンバーがあまりに聴こえてこないので、reflectorを通して、昨日こんな発言をしてみた。
I wonder where and when you, the club members, are operating radio? I am always getting on 7026KHz + or - around 13Z. The band could be open to the north hemisphere, at least. So active that I am called a perrenial presence or a beacon. Unfortunately, I scarcely find any members there. Try to get on when the band is open to East Asia, friends.
で、昨夜、試しに、その時刻、周波数に出てみると、メンバー数局から連続して呼ばれた。中には、私の発言を読む前に私に気づいて呼んだという方もいたが、中には、読んでわざわざ出てきたという方も。まるで、糸電話で話をする子供みたいだなと感じないこともないのだが、素直に嬉しかった。Art KZ5Dは、来週火曜日から2月9日までKP2にでかけて無線をしてくる、と言っていた。Jim N3JTは、90Wベアフットだが、S7を振っていた。もらったリポートはS5.こちらはリニアを炊いているのだが・・・これから、ルイジアナに出かけて週末を過ごす由。Puck W4PMは弱かった。この時期、13時Zには東部とのパスは、ビーム組以外は厳しい。
想定外の連絡が、Rod K5BGBからメールで来た。彼のことは以前にも記したが、忘れえぬBrasspounderのお一人で、80年代から90年代にかけて、頻繁に7メガで交信させて頂いた方だ。彼は、ヒューストンの自宅を売り払い、100マイル程離れた場所に移り住んだ様子。アンテナがツエップなのだが、どうも北西方向への飛びが良くなくて、私の信号を時々聴くのだが、S5以上で聴くことは殆ど無い、とのことだった。彼は、K2を用いて、通常は5Wでの運用をしている、必要があればリニアを使って45Wにする、とのことだ。もう70歳近くになろうかと思うが、仕事を続け、大学でも教えているとのことだった。14メガだったらゆっくり交信できるかもしれない、と書き送った。彼の芸術的なキーイングを聴けないのは残念なことだと、申し上げた。
reflector、MLを使って、こんなアピールをするのは、邪道かもしれないが、時には許されることだろう。
- [2010/01/30 12:00]
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東北行
昨日、午前中の仕事を終えてからすぐに母の滞在している介護施設に向かった。快晴。高速道路は走る車が少ない。那須連山には、雪が降り積もっていた。背景の青空から山々が浮き上がるように見える。
福島に入ると、少し雲が出ている。安達太良PAで休憩。安達太良山という名は聞いたことがあったが、その雄大な姿をゆっくり眺めるのは初めて。
山茶花も咲いていた。
白石インターで降り、少し北上。母は以前と同じ和室で横になっていた。少し、痩せたか。私を見ると、にっこり微笑み、私のことを考えていたところだと言う。義兄が先日見舞いに来てくれたことも覚えていた。田舎(私の住処)に戻りたいと言って、顔をくしゃくしゃにする。何時まで「入院」しているのか、と繰り返し尋ねられた。
母の白く、少し冷たい手を握り締め、また来ると言い残して部屋を出た。母は障子を開けて、手を振っていた。
これで良いのだろうかと考えつつ、帰路についた。
- [2010/01/28 15:40]
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