週末の夕食 その36 

相変わらず、夕食作りは欠かしていない。今日、14メガで会ったJoe W6KZに、リタイア生活はどうだと尋ねられて、こんな風に私は答えた。

医師として仕事をしてきたときには、何時も何かしらの目標を掲げて、それに向かって進んできた。だが、リタイアすると、その目標がなくなる。自由さにホッとする反面、目的がなくなったことで当惑も感じている、と。

彼は72歳。15年ほど前に、公的にはリタイアしたが、現在もJupiter Reserach Foundationという組織の長をしており、ザトウクジラの生態を研究している様子。

私には家事という新しい仕事ができたではないか、Joeは言う。すぐに割り切れるものではないが、そういうことなのだろうと、少し無理やり頷いた。徐々に、新しいこの生活に慣れてゆくのだろう。

話しはがらっと飛んで、今夕のメインディッシュは、鶏肉と野菜のトマト・バジル煮込み。鶏肉のトマト煮込みは、新婚時代の家内の「唯一の」十八番。レジデント時代に、先輩や同僚をあの狭いレジデントハウスにお呼びして、この料理をふるまったものだ。フォーレのバリトンによる歌曲集なぞをかけて、夜の更けるまでおしゃべりに興じたものだった。それをちらっと思い出して、作ってみた。なかなか上手くできた。問題は、二人分にしては大量に作ってしまうこと・・・。今日の調理中のバックグラウンドミュージックは、ショーソンのコンセール。

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JARDその後 

JARDが、アマチュア無線局の保障認定業務をTSSと並行して請け負うことになったと、JK7UST Sugiさんのブログで知った。えっ、と思わず声に出してしまった。

JARDは、1991年に、アマチュア無線家の養成講座をJARLから引き継ぐ形で、誕生した。私の理解する範囲では、この養成講座事業を手放したJARLは、その後赤字の悪化が目立つようになったようだ。

で、JARDの現在を、そのサイトでざっと見てみた。その事業内容の主たるものは、アマチュア無線技士の養成講座事業である。アマチュア無線機器の技術適合基準審査も行っているらしい。前者では、一人当たり1万4千円ほどをJARDが手数料として手に入れている。後者の収入は、無線機メーカーに対して行うもので、無線機の台数によって違うようだが、かなりの額だと聞いたことがある。ElecraftのWayneと、代理店契約による高コストについてやり取りをしたときに、JARDによる技適取得が、ネックであったことを聞いた。これは、我々には直接関係ないが、無線機のコストを引き上げる要因になっており、やはりユーザーである我々が、それを負担させられている。

予算は、以前は細かく公表していたようだが、今は詳細を公表していない。ただし、毎年2から3千万の赤字を出している。不思議なことに、投資による収入が計上されており、資産の一部で何らかの投資をしているようだ。現在資産は7億程度あるらしいので、20年、30年程度、またはアマチュア無線の斜陽化を考慮すると10数年で、赤字転落である。投資が上手く行かなくなると、それが早まるのではないか。

役員、評議員は全員非常勤らしいが、名誉会長には、前JARL会長で、JARLを赤字転落させた張本人である、JA1AN 原氏が就いている。評議員・役員にも、彼に近い立場の人物が多くいるように思われる。評議員の給与は、年額200万円を超えない範囲、と定めてあるようだ。評議員全員に毎年200万円づつ出しているとすると、丁度毎年の赤字額が、その給与全体に相当する。恐らく、評議員等のなかには、天下り官僚もいるはずである。これほど事業規模が小さい組織に、10数名の評議員、それに加えて10名近くの役員を置く必要があるのかはなはだ疑問だ。

JARLは、なぜ包括免許を当局に要求しないのだろうか。書類上の審査で、保障認定を行うということには、意味がない。いわば、ヤクザのしょば代稼ぎに似た制度だ。国際的にみても、こんな硬直した制度は見当たらない。また、アマチュア無線技士の養成講座で金もうけをしようとするJARDと結託し続けるつもりか。JARLの資産を持ち出したJARDには、すぐにでも解散を要求し、その事業をJARLが受け継ぐべきだ。そして、基本的にアマチュア無線免許制度を利潤追求の道具にすることを止めるべきだ。

官僚の意向が恐らく入ったのであろう、こうした制度設計はすぐには変わりそうにない・・・何か、日本という国の近い将来の没落を見るような気持ちになる。

要介護認定は、介護が必要になってから受けるべき 

要介護認定・更新を行うためのコストが、これほどかかるとは知らなかった。一件2万円。そして、要介護認定を受けて、サービスを受けていない人が100万人。そのコストが毎年200億円。介護が必要になれば、その時点で要介護認定は受けられるそうだ。

これは利用者の方で考えなくてはならない、問題だ。医療介護は、共通社会資本なので、皆で大切に用いることが必要だ。

以下、引用~~~

利用者も意識変えて 無駄な支出、財政圧迫 「

記事:共同通信社
14/08/22

 「どうしてデイサービスに行けなくなっちゃうの?」。昨年4月、埼玉県東松山市に住む女性(86)は、納得できない様子でケアマネジャーの男性に問いかけた。

 女性は足を骨折して家にこもりがちになったため、外出の機会を持ってもらおうと息子が2012年に要介護認定を申請。最も軽い要支援1と認定され、週に2回デイサービスに通った。

 他の高齢者との交流や運動で女性は心身ともに元気になり、1年後の要介護認定の更新では介護の必要がない「非該当」に。ところが女性が日中過ごせる適当なサークル活動などはなく、息子は「どうにかサービスをまた利用できるようにしてほしい」とケアマネに要望。新たに認定を申請し直した結果、要支援1とされ、利用を再開した。

 「体の具合が良くなれば、本来はうれしいことのはずなんですが...」と複雑な表情を見せるケアマネ。介護保険制度は自立支援を理念に掲げるが「要介護度が改善すると、受けられるサービスが減るので利用者からたいてい文句を言われる。必要がないのにサービスを使おうという、誤った『権利意識』が強い人もいる」と漏らす。

 一方、要介護認定だけ受けてサービスを使わない人もいる。横浜市内に住む80代の夫婦はそれぞれ3〜4年前に要支援2の認定を受け、毎年更新しているが、サービスは利用していない。認定を受けている理由について、夫は「2人とも持病があり、いざというとき安心だから」と話す。

 だが実際には、介護保険サービスはあらかじめ要介護認定を受けていなくても、利用申請した日から使うことができる

 横浜市では認定や更新1件ごとに約2万円の費用がかかっており、サービスを利用しない人の分は事実上、無駄な支出になっている。夫婦を担当するケアマネの村上一夫(むらかみ・かずお)さんは「それは説明したのだが、希望を拒否するわけにもいかない」と悩ましげだ。

 国民健康保険中央会のデータによると、12年現在、認定を受けている人のうちサービス未利用者は2割弱の約100万人。1件2万円で認定費用を単純計算すると年間200億円に上る。ある大手介護事業者の幹部は「削減できれば、このお金はほかのことに使える。国の財政が厳しい中、利用者にも意識を変えてもらう必要があるのではないか」と指摘している。

如何にしてCWを読むか 

で、如何にしてCWを読むか、という問題。前回のポストの続き。

また同じことの繰り返しかと思われる方は、ネットサーフを続けて、ここから立ち去って頂きたい。

CWを読むプロセスが、どのように行われているのかをまずは知ることが必要になる。

通常、次の三つのプロセスが同時に進行する。意識の中では、1)2)3)の占める割合は、3>2>1となる。

1)単語を理解する
2)文章を理解する
3)文脈を理解する

1)単語の理解では、送られてきた単語の(最初の)一部から単語を推測することが行われる。この際に、正確な単語の
知識(スペルと意味)が必要になる。実は、それまでの送られてきた、文章、文脈から、この単語を推測し理解することも、殆ど無意識のうちに行われる。この「推測をする」という作業は、意識的に行われることはない。メッセージの意味を理解するということに向けてほぼ無意識に行われるプロセスである。ただし、この単語単位で理解を進めることができないと、次の二つのプロセスも心もとなくなってしまう。もし理解できぬ単語で、文脈上重要な単語であると考えるならば、相手に尋ねるなり、または辞書に当たるなりすべきである。

2)文章の理解は、1)が上手く行っていれば、あまり問題になることはないだろう。ここでは、英語の文法の知識が必要になることがある。ただし、必要な文型はSVO、SVC、SVOC程度であり、それ以上の知識は必要でないことが圧倒的。ただ、相手に依っては、仮定法でひねった表現をしてくるような場合もある。会話は私はあまり得意ではないのだが、CWでも主語を略したり、語順が不正確だったりもする。しかし、その理解に際しても、正確な文法的理解ができているかどうかが、重要であり、非典型的な表現、省略を覚える必要はない。このプロセスでの理解は、1)の作業に還元されるし、また一方、3)にも直接つながる。

3)文脈の理解は、最終目的であり、一番重要だ。1)2)の積み重ねにより、達成される。この文脈の把握から、1)2)にフィードバックがかかり、現に進行する1)2)の理解がさらに進み、かつそれらの理解の確認が行われる。それによって、文脈の理解がさらに進む。いわば、スパイラルを描くように、全体の理解が進む。このプロセスは、いわば自動的に進むかのように思われるかもしれないが、相手の考え方、おかれた立場、さらには話題になっていることの背景等を考慮しつつ、全体をつかむ必要があるので、一番難しいといえるのかもしれない。

では、具体的にどのようにしてこうしたプロセスを容易に進められるようになるか、その訓練方法の体系だったものを私が提供できるわけではない。が、ヒントになりそうなことを列挙してみる。

〇英語の基礎的な知識、特に読む・書く能力を伸ばす必要がある。繰り返し述べてきたとおり、CW受信送信の本態は、読み書きに対応するので当然のことだろう。ただし、中学、できれば初歩的な高校生レベルの文法、それに自分の関心のある事柄の語彙の知識があれば十分。関心のあること、交信で理解できなかったことは、その知識を適宜補充し続ける。

〇受信の訓練が、送信のそれよりも数倍重要。送信は、受信ができるようになると、自動的に上達する。また、暗記受信でしか、このプロセスは進まない。筆記受信はもってのほかである。

〇意識は、文脈の把握で占められるのだが、基本的な作業は1)にある。1)がおろそかになると、2)3)のプロセスは進まない。従って、単語を意識的に理解しようとすることも大切。単語を一塊として送信してくる相手を選ぶことも、最初は大切である。単語間スペースを十分とってくれるように依頼することも時には必要だ。

〇自分の受信能力の不足、さらにバンドコンディションの問題で、完全にコピーできぬことも多い。それでも全体を把握できるように訓練すべきだが、相手の送ってくる情報でどうでも良いものは流してしまう(理解せずに済ます)ことも時にはありうる。ただし、こればかりでは話にならない 笑。メッセージのなかで、その時点で送られている内容が文脈上重要かどうかを判断する理解力、推理力が試される。

〇分からぬことは、尋ね返すことが基本。全体の文脈を、欠けた情報から理解する、上段の作業は、CWの能力がかなり上がって初めて可能になることだ。分からぬことがあれば、それを率直に伝え、尋ねることが重要になる。

と、毎度同じことを繰り返し記してみたが、参考になっただろうか。私も、記憶力がざるのようなりつつあるが、ぴしっと決まったCW交信の醍醐味を求めて、まだ訓練学習を続ける積りでいる。相手の考えを的確に理解し、自らのそれも理解してもらえた時の喜びは大きい。ゆっくりとしてペースで進む(とはいえ、30WPM前後だが)CWの交信と、自分の思考のペースがぴしっと同期したときにも愉悦を感じる。

というのは理想であって、最近はなかなかそういった交信相手にお目にかかれなくなってきた・・・相手がWの方であっても、である。それでも、続けてゆく積りだ。CWという通信手段の最後の輝きなのかもしれないが・・・。

CWを「読む」 

相変わらず、WのCWオペのなかに会話が成立しない方が結構いることに驚かされる。早く立ち去りたいのかもしれないが、QRZ.comのページで知った相手の情報について、尋ねたり、感想を言ったりしても、反応がないのだ。私の印象では、Wの連中の3、4割が、会話の成立しない方々である。

20、30年前は、このようなことは殆どながったような気がする。どうしてなのだろうか。モールスコードを覚えただけで、オンエアーする方が増えたのかもしれない。もう一方では、CWで送られる電文の意味をとる訓練を受けていない方々が増えている可能性もある。コッホメソッドや何やら、PCで訓練をして、無線にデビューする方が多いようだ。CWopsのCWAというプログラムで訓練しているやり方もそんなものだ。だが、それだけでは、会話ができるようにならない。

コードを覚えることと、会話ができるようになることとは、アルファベットを覚えることと、英会話ができるようになることの違いほどにおおきな違いがある。我々、non nativeでは英語というバリアーがあるのだが、nativeであっても、かように会話ができない方が多いとなると、英語の問題だけではなさそうだ。電文で送られる英文を「読む」訓練が必要なのではないだろうか。この点に関しては、訓練の必要を説く人がほどんどいない。

電文で送られる内容を読むことにこそ、CWの面白さがあるのだが、それに気づく方が少ないことは残念なことではある。

レセプト情報を用いて医療介護費用削減・・・何度も聞かされてきたお題目 

政府は、レセプト情報をもとに、都道府県単位で医療介護費用の支出目標を設定するらしい。

ターゲットは、高齢化に伴うコストだ。高齢化の進んで地域では、支出目標が低く抑えられるということなのかもしれない。

薬剤の後発品使用をさらに進めることで、コスト削減をするという、これまで散々繰り返されてきた方法が主要な手段になるようだ。でも・・・後発品を使えば、コストが下がるというのは当然のことではないか。問題は、後発品の信頼性、供給永続性にある。院外処方の高コスト体質には切り込まないのか。院外薬局は、初期投資は少なく、人員配置も少ないが、医療機関(診療所規模程度の場合)と同程度の収入を得ているようだ。院外薬局チェーンの経営状況を見よ。

コスト削減とは聞こえが良いが、結局、医療の質の低下につながる可能性が高い。国民は、それを良く心得ておくべきだろう。


以下、引用~~~

医療費抑制へ算定式作成 - レセプトなど活用し検討

記事:薬事日報
14/08/18

 政府は11日、「医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会」の初会合を開き、レセプトなど複数の医療情報を活用して医療、介護費の伸びを抑制するための議論に着手した。年内にも都道府県ごとの医療費支出目標を設定するための方法を作成する。

 同調査会は、社会保障制度改革推進本部(本部長・安倍晋三首相)の下に設置。会長には、永井良三氏(自治医科大学長)が就いた。

 調査会では今後、レセプトなどの電子情報を分析し、病院ごとの平均入院日数や傷病別の医療費構成などを把握すると共に、後発品の使用状況なども調べ、人口や年齢構成などの要素も加味して、各地域において適正な医療費水準を算定する。

 具体的な算出方法は、この日の会合で設置が決まった「医療・介護情報の分析・検討ワーキンググループ(WG)」において、リーダーの松田晋哉氏(産業医科大学教授)が中心となって進める。

 今後、WGが示す算定式を用いて、各都道府県は来年度以降、必要な医療体制などを盛り込んだ「地域医療ビジョン」を策定する。都道府県ごとに医療、介護費の支出目標を設定させることにより、高齢化で膨らみ続ける医療、介護費の抑制を目指す。

 また、この日の会合では、松田氏が福岡県飯塚市を対象に行ったモデル研究の資料を提示。外来薬剤費における後発品代替効果に関する分析を行った結果、2011年10月の外来医療における薬剤費1億7000万円を、仮に後発品に代替可能な薬剤に全て切り替えた場合、3700万円(22%)の薬剤費削減につながるとの結果を示した。


吉田氏の調書をリーク?! 

産経新聞が元気だ。朝日新聞の失態をこれでもかと追及している。

それだけにとどまらず、今度は、東電福島第一原発、吉田元所長の、調書を入手したそうで、それに基づき、菅元首相の当時の対応を酷い表現でこき下ろしている。その真偽さらに妥当性は置いておくとして、疑問が二つある。

この調書は、吉田氏の遺志により公表されないことになっていたのではないのか。菅官房長官が記者会見でそのように明言していた。それをどうして一新聞社が入手できるのだろうか。政府・行政官庁から漏れたとしか考えられない。誰が漏らしたのか、明確にし責任を取るべきだろう。こんなことでは、国家機密を守るなどできはしまい。

もう一点、吉田氏の調書内容は、東電福島第一原発事故の原因究明、経過の理解に重要である。産経新聞は、それを手に入れているなら、小出しにせずに、すべて公開すべきではないだろうか。吉田氏が菅元首相を悪しざまにこき下ろしているところだけを公開するのは、政治的な意図があるとしか思えない。是非、全体を公開すべきである。

吉田氏は、あの過酷な事故現場でよく働かれたと思うが、一方事故の少し前に、津波の襲来に備えて、堤防を高くするかどうか議論になった時に、その必要はないと結論付けた東電の幹部のお一人でもあった。彼の言葉は、現場の東電の責任者のお一人の言葉として理解すべきである。

政府が、この調書内容を漏えいしたとすると、産経新聞と政府はよほどの蜜月なのだろう。

敗戦記念日に思う 

敗戦記念日を前後して、マスコミは、戦争による惨禍を取り上げ、それを継承しなければならない、と説く。その対象は、米軍による原爆投下、各地での空襲等だ。非戦闘員であった国民が受けた被害の記憶をとどめることは、それはそれで大切なことだ。

だが、それだけでは、片手落ちであるように思える。中や、朝鮮そして沖縄で、人々に与えた人的・物的被害も、同時に想起し、日本人としての痛切な反省の思いを新たにすべきなのだ。日本での戦死者は、300万人に対して、中国での戦死者は1000万から2000万人と言われている。

戦争被害者としての歴史を想起するだけでは、戦争を賛美し、けしかけ煽った国民としての反省が生まれない。戦争は軍部や政治家に騙されて駆り出されたものという姿勢は、戦争を繰り返さぬという能動的な行動を生み出さない。

戦争で騙され被害を受けたという国民の意識は、戦前からの保守層の一部の動きと表裏一体だ。彼ら保守層の一部は戦後も米国への隷従と引き換えに政治権力を綿々と受け継いできた。そして今過去の歴史を書き換えて、自己正当化を図ろうとしている。端的に言えば、戦争責任の追及対象を主に軍部だけにしぼり、官僚そして天皇の責任は殆どないものとされた。あの戦争は何だったのか、どこに原因があり、誰が責任を負うべきだったのか、ということを今からでも、検討すべきなのではないか、と思う。

国民が被った被害だけでなく、隣国、そして沖縄の人々が理不尽にも受けた被害を正視しなければならないと思う。

敗戦記念日を挟んで、ずっとこのことを考えている。

すず、姿を消す 

すず、年齢17歳、雄、が姿を消した。我が家で生活を共にした三匹の猫のうち、最後まで残った一匹だった。

17年前、まず我が家にやってきたのは、写真中央の白黒の美ネコ、愛ちゃん。家人の同僚の方の家の庭で野良猫が子猫をたくさん産んだ。その子猫の内の一匹。愛嬌があるということで、そのご家庭で愛ちゃんとなずけられた。愛嬌があるかどうかは少し疑問だったが、とても賢い猫らしい猫だった。人に可愛がられる術を理解しているが、最終的には人のことは信じませんよ、という猫。彼女は、数年前にアレルギー性気管支炎とかいう慢性の病気で亡くなった。というか、彼女も病状がもっとも悪化した時に、外に出たがり、どうしてもという意思表示をするので、外に出した。それっきり帰ってこなかった。猫は、自らの最後を人に見られまいとするかのようだった。

愛ちゃんが我が家に来てしばらくは、我が家になじめず、食事時だけ家の中に入り、それ以外は植木の陰に隠れて生活していた。我が家に来て1週間ほどしたときに、リビングの掃出し窓の隅からするすると我が家に入ってきた愛ちゃん。その後ろに、何やら小さな動物が愛ちゃんの後をついて入ってきた。それが、「すず」であった。薄汚れた茶色の子猫。すずめのように見えるということで、最初すずめと呼んでいたが、猫をすずめと呼ぶのはあんまりだろうということで、「すず」と改名した。雄猫だけあって、やがて育つと、威張りかえっていたが、2、3年間は母親代わりの愛ちゃんのおっぱいを吸っていた。写真の右側の虎模様の猫が、すず。

猫は二匹でもう一杯だと言っていたが、6、7年前、夕方散歩していた時に、骨盤骨折(これはあとで獣医にかかり判明)で、よれよれになって歩いていた子猫を見つけた。一旦抱き上げたが、どうも大分痛がる。それで地面に降ろすと、のろのろと逃げて行った。だが、3,4m行ったところで、くるっと踵をかえし、私たちのところにやってきた。決死の思い出我々に保護を求めたのだろう。それが、みちる、普段の呼称、みっちゃんと私たちの出会いである。写真では、左側の黒っぽい猫。雌だったが、身体は大きく成長し、いかつい相貌だった。が、声が可愛らしく、発音の最後で微妙に音調を上げるのだ。それに、人懐っこく、庭仕事をしていると、1mの半径のあたりにいつもついて歩いていた。しかし、道路には決して出ようとしなかった。あの骨盤骨折はきっと車にはねられたためだったのだろう。我が家に来て、2、3年した頃、彼女も忽然と姿を消した。車のドアが開いていると、中に入り込む習性があり、きっと宅配便の車に入り込み、連れられて行ってしまったのではないか、と我が家では推測していた。

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すずは、もともと一人前の量を食べると吐く習性があった。それで、一食分を少なめに回数をわけて食事を与えていた。それでも十分に栄養が取れなかったのか、どちらかというと痩せていた(この画像では、ふっくらして見えるが・・・)。長生きしたのは、小食のためだったのかもしれない。が、この2,3年、痩せが酷くなり、それとともに認知症の傾向が表れた。所構わず、トイレにしてしまうのである。家人は、文句を言いながら、せっせと世話をしていた。それまで、通常の成猫の性質通り、鳴くことは殆どなかったが、我々の顔を見る度に、鳴いて何事かを要求するようになった。一種の若年化、または猫としての本能が崩れてきていたのだろう。今年の夏は、当初暑さがこたえたのか、痩せが進行した。また、尻尾の付け根を、我が家に侵入してきた猫に噛まれたのか、そこに膿瘍ができたようだった。殆ど食事がとれぬまでに衰えた。が、砂糖入りの牛乳で持ち直したようだった。るい痩はあまり改善しなかったが、毛並みは大分良くなった。しかし、やはり夏の暑さがこたえたのか、徐々に衰弱が進んだようだった。3日前、外に出ると言うので出したら、それっきり姿を現さなくなった。愛ちゃんと同じく、最後の姿を人目にさらしたうないという本能のようなものだったのだろうか。それとも、侵入猫にやられてしまったのか・・・。

思えば、我が家の激動の時代を一緒に生きて、部屋の端っこから、我々を観続けていてくれた猫たちであった。子どもたちが成長し、やがて家を出て行った。両親は年老い、やがて病をえ、天に召されていった。すずには、テレビの前でうたた寝をしていると、耳元にやってきて、突然鳴かれ、うんざりしたこともあったが、もうそれもなくなる。やはり家族を失った気持ちだ。みっちゃんはまだどこかで幸せに生きているのかもしれない。愛ちゃんとすずにはしばらくのお別れだ。この長い間、我が家をほっこり、そして時にはうるさくしてくれたお前たち、安らかに眠れ。

相馬野馬追に寄せて  

原発事故は、医療現場を過酷な状況に追いやりつつある。原発事故自体がコントロールされているとはとても言えないのは勿論のこと、住民、コミュニティに与えた負の影響は今も続いている。

医療現場の過重労働を多少なりとも想像することができる私としては、こうして歯を食いしばって仕事を続けておられる医療スタッフには何とも語りかける言葉がない。

原発事故の補償に際しては、この記事に語られるような現場を引き裂く施策はなしにしてもらいたい。地道に医療活動を続けている、医療施設、スタッフが報われるシステムを作り上げないといけない。

原発再稼働に向けての動きが盛んだ。当初は、原発を稼働させなければ、電力需要を満たせないという論理、今は、原発を再稼働させなければ、電気料金が際限なく上がり続けるという論理。最初の論理は、現実によって、否定された。後者は、今盛んに原発推進の政官業から喧伝されている。原発事故が起きた際のすべてのコストを考えたらどうなるのか。放射性廃棄物の管理コストはどうなのか。東電福島第一原発事故は、収束したとはとても言えない。佐藤医師の病院での有形無形のコストは一体どのように評価されるのだろうか。未だ故郷に戻れぬ10数万人の方々の費やす負担はどう評価されるのか。原発は、あらゆる意味でハイコストだ。


以下、MRICより引用~~~

相馬野馬追に寄せて

青空会大町病院麻酔救急科
佐藤 敏光


2014年8月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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南相馬市大町病院の佐藤です。昨年9月22日以来の投稿となります。

東日本大震災から3年5ヶ月、秘密保護法成立、集団的自衛権をめぐる憲法改正の問題など国民全体に関係する話題で、福島原発関係の報道は全国版ニュースから影を潜めてしまいました。7月27日開かれた相馬野馬追祭の様子は全国版でも紹介されていましたが、子供がほとんどいない観客席の様子まで報道した放送局はありませんでした。

南相馬市の人口は今年6月30日現在で64,731人と震災前の71,561人の90%まで回復してきています。しかし年齢別の構成でみると0から19歳が10,426人(震災前は13,196人)、20から39歳が12,311人(震災前は15343人)と約75%までしか回復していないのに対し、60から79歳は18,825人(震災前は18,667人)、80歳以上は6,620人(震災前は6,246人)と震災前よりも増えていて、超高齢化社会になってきていることが懸念されます。

子供や生産年齢の人口が増えないのは、子供への放射線影響を心配する親御さんの気持ち、医療、交通、商業などのインフラが十分に回復していないことが挙げられます。沿岸部の空間線量は下がったとは言え、原発現場でがれきを片付けただけで増える落下放射線や、今なお除染することができない山間部を通過しなければいけないなど、小さい子供さんを持つ親御さんを安心させる説明は今でもできません。市内にあった小児科2軒は閉院したまま、1軒あったマクドナルドの店も閉店したままとなると、野馬追なんか面白くない、早く帰ろうという子供の気持ちも分かるような気がします。

高齢者が増えている原因としては、元々居た年齢層の高齢化もあるでしょうが、帰宅困難区域、住居制限区域からの高齢者の移住する方が増えてきているためもあるのではないかと思われます。今まで(医療機関の窓口負担金免除などの恩恵を受けるため)住民票を変えずに仮設住宅に住んでいた人たちが(同じく免除を受けられる)原町区に新たに家を建てたり復興住宅に入居してきています。

大町病院もそんな人口構成の影響を如実に受け始めました。看護師などの医療スタッフは増えることは無く、入院患者は高齢者が大部分を占め、1回入院すると足腰が弱くなり、自宅に戻れなくなったり、退院させても再度入院してくる患者が増えてきています。当然のごとく、急性期慢性期に関わらず、食事の介助、おむつの取り替え、体位交換などの肉体労働や、エンドレスに続くリハビリテーションなど、スタッフの負担は増えざるを得ません。

外来患者数も増えてきました。先の東北救急医学会でも発表がありましたが、復興・除染作業員の受診が増えてきています。それも、風邪を引いたからと言って受付時間ぎりぎりで受診したり、アルコールを飲み過ぎて怪我をして救急車で運ばれたりする患者が多いのです。軽症ならまだしも、解離性大動脈瘤を抱えて腹痛を訴えて受診したり、出血性胃潰瘍で貧血を起こしふらふらになって受診するなど、なぜ南相馬に来たのかと怒りたくなることもざらになってきました。

5月に大阪から来ていた作業員が肝硬変で亡くなりました。予め親族への連絡は取れていたのですが、亡くなっても遺体を引き取りに来ませんでした。霊安室の無い本院ではこのようなご遺体も病室に安置し、2日後に市の職員が引き取りに来られるまで遺体保存にも神経を使わなければならざるを得なく、こんなことはもういやと思った職員は少なからずいたと思います。

本来、復興除染作業員の健康管理は(原発作業員と同じように)国の負担で行うべきと考えます。事業者任せだと健康管理は甘くなり、労災なのか元々あった疾病のためなのかの判断も難しくなります。また、一時的に増える作業員のために職員を増やしたり、ベッド数を増やしたりする余裕は本院にはありません。

19歳の意識のおかしい作業員が運ばれて来ました。CTを撮りましたが全く異常がなく、電話で気仙沼の親にてんかんの既往等尋ねたのですが、そのようなことは無かったと。翌日に撮ったMRIで立派な脳梗塞ができあがっていました。すぐ脳外科・神経内科のある南相馬市立病院に転院しましたが、間もなく気仙沼市立病院に再転院となったようです。後からきた労災証明書には、病名は脳梗塞、その原因は、過重労働による脱水、ストレスとしか書けませんでした。

病院スタッフの疲労・ストレスは溜まる一方です。震災直後は南相馬に残った人たちのためにと、県から制限された入院ベッド数を超えてでも入院を受け入れ、時間外となっても文句も言わずに働いて来てくれた職員も、いつまで続くか分からないジャブのような受診や入院患者からの訴えの攻勢に、今にも倒れかねない状況になってきているのです。

小宮山厚生労働大臣が南相馬に一人派遣したと自慢?した国立病院からの看護師さんの応援(当初半年の予定でしたが、所沢リハビリテーション病院の計らいで1年間続きました)は今は無く、給料の良い前の職場を辞めてでも全国から集まってくれた看護師さん達も、徐々に本院を去って行っています。去っていかれることが残された看護師さんにとってどんなにつらいことか分かっていても、誰も引き止めることはできません。

3月に二人の臨床検査技師が辞めていきました。それぞれ家庭の事情や通勤できなくなったためと聞いていましたが、最近になって、二人が新地に新たに開院した病院(以前は南相馬市にあった病院)に勤めていることが分かりました。辞めた人を雇うのは勝手と言われればそれまでですが、辞められた病院にとっては、引き抜かれたと感ぜざるを得ません。その病院は、震災後約2年間、看護師が確保できていたのにもかかわらず入院患者を受け入れませんでした。東電の賠償金(震災前と震災後の純利益{=収入から人件費などの費用を引いた額}の差)を増やすため?入院を受け入れず、かかりつけ患者の入院を他院に押し付けておいて、新しい建物と高い給料を見せつけて、他の病院の職員まで引き抜こう?とするやり方は許せません。

以前に『隣の芝生』でも紹介しましたように、看護師さんたちは、給料が良ければ、義理とか他の人への迷惑には目をつぶり、新しい職場に移ってしまいます。如何に魅力ある職場としていくかが上に立つものの役割だと考えてきたのですが、そんな自分も愚痴しか出なくなってきました。

避難した人(病院)、避難しなかった人(病院)、働く人(病院)、働かない人(病院)、原発事故は二つの集団を作り上げ、お互いを誹りあう社会を作ってしまったと言っても過言ではありません。