秘密の告白・・・Pat N9RV 

今朝は、というか、も、というべきか、早く目が覚めで、4時半から14メガに出た。北米がよく開けている。過去2,3週間、ソーラーフレアでどん底状態だったバンドとは全く違う。21メガも、北米、ヨーロッパに開けていた。

Pat N9RVが呼んでくれた。最近、時折呼んでくれるようになった。FOCのメンバーであり、3年前シアトルでご夫妻にお目にかかった。彼はactiveなコンテスターであり、FOCの機関誌Focusのコンテスト欄を担当している。アンテナは、6エレの三段スタック。qrz.comの彼のページに画像がある。強い。ピークで+30dBまで振っている。ちょっと体調を崩しておられた奥様のこと、乾燥した日が続き、山火事の季節がいつもよりも早く到来したこと、今日は祝日で朝食は彼が作るかもしれぬこと等をのんびり(とはいっても、30WPM以上のQRQだが)話しを伺った。

アンテナの話から、実を言うと秘密なのだけれどね・・・と彼の告白が始まった。彼は、局の設備を計画し、アンテナを立ち上げる方が、オペレートするよりも楽しいのだ、という。これにはびっくり仰天だった。コンテストには欠かさず出てくる彼が、そんな考え、気持ちでいるとは・・・。過日、このブログにもアップしたと思うが、トレーラーでW9からタワーを自分で移設した画像を送ってくれたことがあった。何故イリノイからはるばるモンタナまでタワーを自分で運ぶのか、とちょっと不思議だった。が、この告白を聞いて、はは~ん、そうやってアンテナを立ち上げることが、彼にとってはもっとも面白いことなのだろうと納得した。

最近、初歩的な記号論についての本を読み始めた。最初に、記号でやり取りする、communicationとは、何事かを他人と共有すること、なにかをcommonなものにすることという記載があった。メッセージを記号化して、communicateすることの意味はそこにある。そして、メッセージには、具体的なものごともあれば、自分の考えや感情など抽象的なものごともある。人間が社会的な生き物であることからして、後者の抽象的なメッセージをやりとりすることで、生きている喜びを感じる、ということなのかもしれない。

我々は、CWの交信でやり取りする内容は、どうだろうか。数字の羅列や、それ自体意味のない記号の集合のやり取り「だけ」に陥っていないだろうか。他者となにごとかを共有することを目指しているだろうか。大げさに言えば、この方向性の違いによって、CWによるcommunicationが今後も生きながらえるかどうかが決まる様な気がする。

Patに、この話をしようかとも思ったが、話しが長くなるし、現在も米国で有数のコンテスターである彼に説教をするような形になってしまうのではないかと恐れて、止めておいた。恐らく彼は無意識のうちに、コンテストだけでは物足らなくなってきているのではないだろうか。設備の設計、建設に楽しみを見出し、その内自らの気持ちや感情をcommunicateすることが楽しいと意識するようになるのではあるまいか・・・。

モンタナの大学で経済学の教鞭をとるPat。とても知的な方なので、きっと私の考えていることはすでに自分自身感じ、考えておられるかもしれない。大学を辞めさせられても、アンテナ建設業で生計を立てられるね、と冗談を言ってお別れした。

CWでの会話を楽しむために 

今年は、梅雨の中休みが多いような気がする。それに、気温が特に夜間は低い。これはありがたいことなのだが、野菜の生育が、イマイチではある。でも、雑草もそれほど威勢よく生えないので、アマチュアファーマーとしては、ありがたい。

日の暮れる1時間前、14、7メガを覗いたが、あまり聞こえない。RBNの情報では、少なくとも14メガは北米、ヨーロッパに開いているはずなのだが・・・。14メガで2、3回CQを出して、今夕の無線のお勤めはお仕舞。

さて、CWで会話をすることを、アマチュア無線の目的としている小生として、同じ目標を掲げている方に一言記しておきたい。CWでの会話を楽しむためには、1)符号を覚える、2)暗記受信に慣れる、3(英語の基礎的な力をつける、そして4)晴れてCWによる会話を楽しむ社交界にデビューという道筋を辿らなければならない。2から4は、同時に進行することが多い。暗記受信のためには、英語の力が必要になるし、英語の力を本物にする、ないし関心を持つためには、実際の交信にあたることがとても有用なのだ。これらの段階を一つ一つ越えて、ステップワイズに上達するのではない。2から4は同時に取り組む必要がある。

4が最終目的であるし、もっとも楽しいことなのだが、残念ながら、nativeの交信相手は、激減している。根気強くニューカマーの相手をしてくれる、nativeのOTである。多分、プロの通信士が商業通信の世界で必要なくなったことが大きな要因なのではないか、と思っている。でも、まだ探せば、相手をして下さる方がいないわけではない。

で、JAのCWオペの現実を見てみると、40から60歳台の方が多く、なおかつ週末無線家であることが多い。そのような方々にとって、大きなモチべーションを与えてくれる、nativeとの交信は、週末の恐らくハイバンドになるのではないだろうか。特に、北米に開ける朝方の21メガおよびその上下のバンドである。しかし、残念ながら、そうしたバンドで、北米のOT相手にCWの会話を楽しんでいる方を聴くことがまずない。英語の習得は、早ければ早いほど良いのは言うまでもない。40、50歳台が実際のリミットではないだろうか。こうした年代の方が、北米に開ける週末のハイバンドに顔を出さないのは一体どうしてなのだおうか。不思議で仕方がない。

まぁ、趣味の世界であるので、楽しみ方は、人それぞれ、余計なお節介の類なのかもしれない。でも、人生は短い。知識や技術を身につけるには、年齢の制限があると思うのだが・・・。

と、アサヒスーパードライ350mlをグビっとやりつつ、言いたい放題記してみた。さて、夕食の準備だ・・・。

希望的観測という嘘 

黒田日銀総裁が、「QQE(量的・質的緩和)、財政の拡大を容易にする意図は全くない」と語ったと報じられている。現在の日銀の量的緩和が、政府支出を容易にするためではない、とわざわざ言明しているわけだ。

これは、集団的自衛権は日本の安全保障のためだけに行使するもので、海外での戦争に巻き込まれることはない、その意図はないという安倍首相の発言と似ている。

よく言えば、主観的な希望の表明、本当のところは国民を欺き本当の意図を隠すための発言だろう。

ギリシャの財政破綻が現実味を帯びてきた。ギリシャ国債が紙切れになることで、他の国々にどれだけ波及するのか。日本の財政状況は、ギリシャを下回っている。日銀総裁が、あのように根拠のない嘘、いや希望的観測を語っていることからして、わが国の財政、金融もかなり怪しい。

院外調剤薬局不正請求、その後 

院外調剤薬局の不正請求が、この冬に表面化した。その実態が、6月24日に中央社会保険医療協議会で報告された。

2014年の1年間で81万2144件、約3億円分の薬剤服用歴未記載があった、ということだ。この3億円という金額は、薬剤服用歴記載に関する技術料だけと思われる。医科の診療報酬過誤(不正請求も含む)の場合のように、他の技術料を含めれば、この数倍の金額になるはずだ。さらに、これとて、強制力ある行政の監査ではなく、調剤薬局の自主的な報告をもとにしたデータなのだから、これ以上なかったとは言い切れない。調剤薬局は、この不正請求分を返還し、研修を行うことで対応するという。それを了承する行政は、大アマである。

これほど多数の不正請求がなぜ放置されたのか。これほど大規模な不正請求を見抜けなかったとすれば、支払基金の審査能力に問題があると言われても仕方あるまい。また、問題発覚後も、厚労省の動きは極めて緩慢であった。調剤薬局と、行政が裏でつながっているのではないか。第三者が、この経緯を検証すべきではないか。これはいわば詐欺罪にもあたる案件である。

医科に対する診療報酬の誤りに対する行政の対応は厳正を極める。大多数を占める事務的な誤りであっても、薬局に支払われた診療報酬を含め、診療報酬全体を返還させられる。明らかな不正に対しては、相当の行政処分が下される。数万円ほどの金額であっても、医業停止処分等が下される。それを考えると、少なくとも、この案件に関して、行政は、強制力を持った監査を調剤薬局に行うべきである。この不正が行われた理由、原因を明らかにしないと、同じことが繰り返される。

この事件で、院外調剤薬局制度に加えられた「改革」といえば、「かかりつけ薬局」機能の創設だ。これは改革でもなんでもない。巨大薬局チェーンの寡占体制を促し、そうした企業にさらに利益を回すことでしかない。「かかりつけ薬局」に地域医療の拠点としての機能を持たせるというが、それは絵に描いた餅であることは前のポストで記した。大企業と行政、そして恐らく政治家も巻きこんでの、利益の付け替えに過ぎない。

自動車税増税 

旧い自動車に対する税金が、昨年から上げられ、今年はさらに上げられたらしい。こちら。15%の増税である。

旧い車は、「環境への負荷」が大きいため、という理由らしい。

だが、車が旧くても大切に使い続ける方が、結局、環境負荷は少ないのではないか。新しい車を乗り換える方が、車生産による環境への負荷増大に寄与する。

結局、取りやすいところ、目立たないところから税金をどんどん取る、そして新しい車への買い替えを促すという財務当局の考えなのだろう。

環境のことを真面目に考えておらず、さらに自動車産業への利益誘導策でしかない。エコカー減税とかも、結局は、自動車会社、販売会社の値引きを減税で肩代わりしているだけのような気がする。

もう大量生産、大量消費の時代は終わっているはずだ。

財務当局、それとつるんだ自動車産業は、腐っている。

私が何時も足として使っている車は、1200ccの10年落ちのコンパクトカー。大変調子よく走る。燃費もリッター当り14から16kmなので、悪くない。こうなったら、徹底してこの車を乗り継ぐ。買い替えない。

アマチュア無線のクラブに関して 

facebook groupにFISTS EAのグループがある。何気なく参加を申請したら、rejectされてしまった。どんなメンバーが、どんな議論をしているのか、少し覗いてみたいというかるい気持ちだったのだが、メンバーでなければそのグループに参加不可という規則のようなので、仕方ないことだ。FISTS EAは、今はactivityのないJM1JOT氏等が立ち上げようとしていた時に、少し口を挟んだことがあり、また「一応(笑)」普通の交信によるオンエアーミーティングを行っている、ほぼ唯一のクラブであり、メンバーには普通の交信を広める役割を是非果たしてもらいたいものだと思っている。

私にとって、アマチュア無線のクラブは二の次だ。大切ではないという積りはないが、アマチュア無線は、一対一の交信からすべて始まる。その原点を重視しないクラブには入るつもりはない。アマチュア無線のクラブは、一旦成立すると、クラブの求心力を維持するために、コンテストやアワード、果てはアイボールをその活動の中心に据えることになる。まず例外はない。それは、アマチュア無線活動の本質から外れ、さらにメンバーを単に競争意識やアマチュア無線以外の要素によってつなぎとめる自己目的化した集まりになりかねない。それは違うだろう、というのが私の意見だ。それで良いと言う方は、そのようなクラブに入って楽しまれれば良い。

私は、今、FOCとCWopsという海外の二つのクラブにだけ加盟している。後者は、成り行き上ライフメンバーになってしまったこともあり、メンバーシップを形式上維持しているにすぎない(笑)。前者に入ってからすでに27年が経ち、その内容も少しずつ変容してきていることを感じる。端的に言えば、コンテストやDXをメインにしている方々の加入だ。彼らが入ることで、メンバー加入のルールがなし崩しに形骸化されつつある。FOCの委員会もそれを意識してか、旧いエートスを保つためにどうしたらよいかという意見をメンバーに公募していた。だが、FOCは、そのコンテストや、アワードプログラムに強制することはなく、ただactivityを保っていれば、居心地の良いクラブである。メンバーは、大体において、CWオペレーターとして優れた、尊敬に値する方が加わっている。FOCからの脱退も考えることも何度かあったが、少なくとも友人たちがそこに居続ける限りは、メンバーであり続ける積りだ。

私には少し気難しいところがあり、また「どっと」集まって盛り上がることが得意でないという面もある。それがクラブ活動に参加するのを躊躇させる要因の一つなのかもしれない、とも思う。だが、たかが趣味である。自分のやりたいようにやる積りだ。少し残念なことは、クラブの活動自体が、アマチュア無線の根本である、無線を通しての交流、意思疎通をすることに反する方向に向かっているクラブが見受けられることだ。それについては、機会を見つけて、発言してゆきたい。それ以外の点では、クラブで大いに楽しまれると良いと思う。私は、Tell me your storyをモットーに無線を楽しんでゆく。

姥捨て山政策 

「東京圏の高齢者は地方に移住を」と提言した日本創生会議の座長、増田寛也・元総務相が、「延命治療の議論を」と呼び掛けている。際限のない延命治療を止めようという呼びかけでもある。終末期を迎えるのは、病院ではなく地域で、ということだ。

これは現政権、行政の行おうとしていることと一致している。というか、日本創生会議に、代弁してもらっているのだろう。厚労省は、急性期を中心として病床を減らすことを決めた。否応なく、延命治療は縮小されることになる。

だが、地域で看取るといって、その体制はどうなっているのだろうか。ケアホームのような施設をつくるということも提言しているようだが、結局、在宅医療で、ということになるのではないだろうか。

人間が死ぬということは、大きな事件だ。それを在宅で迎えるということがはたしてできるのだろうか。終末期は、手厚い看護が必要になる。家族のなかに、それを行う人間がいるのか。結局、最後になって、救急車で病院に担ぎ込まれるということにならないのだろうか。そうした終末期医療は、患者、家族そして医療機関にとっても、不幸なことだ。

政府は、医療を民間に担わせ、「成長産業化」すると言っている。外国からの患者を診療する医療機関を育成するらしい。医療で金もうけをさせようということだ。だが、国民のための医療は一体どうなっているのだろうか。高齢者を田舎へ移住させ、そこで終末期医療は在宅中心で行うとなると、言葉は悪いが、姥捨て山を国を挙げて作ろうとしているようにしか思えない。終末期医療の是非を考えることは重要なことなのだが、姥捨て山構想を練っている行政サイドの人間がそれを語ると、モラルハザードになっているように思えてならない。

QSTに掲載された、リグ性能の定量的比較 

ARRLの機関誌QSTは、リグやアンテナの定量的比較を以前から載せている。わが国のコマーシャル雑誌、ましてJARLニュースでは考えられないことだ。

W6CYXが、QSTに掲載された、リグの比較一覧を送ってくれた。こちら

主観的な比較ではなく、客観的な指標を用いる比較は、ユーザーにとって有用なだけでなく、メーカーにとっても次の開発、設計に資するところがあると思う。勿論、これらの指標だけで、リグの優劣が決まるわけではない。これ以外に、基本の感度、選択度だけでなく、使いやすさ、音質、コストパフォーマンス等も重要な因子だろう。現代のリグで考慮されていないと思われるのは、CW受信音の優劣。シンプルなリグで、受信音が良いリグはないものか・・・。

実質賃金24か月連続ダウン、日銀の大規模金融緩和 

6月上旬、安倍内閣は「実質賃金が2年ぶりにプラスに転じた」と、4月の「勤労統計調査」(速報値)を発表していたが、一18日、前年同月比0.1%増だった“速報値”を0.1%減に下方修正した“確報”を発表した。

確報では、賃金水準の低いパート労働者のデータが反映され、「名目賃金」が速報の0.9%増から0.7%増にダウンした。結局、労働者の「実質賃金」は、24カ月連続ダウンが続いている。

プラスに転じたというニュースは、メディアは大々的に報じていたが、マイナスだという確報は、あまり報じていない。

一昨日だったか、国会で「維新の党」の藤巻健史氏が、わが国の財政政策、金融緩和政策からの出口戦略を、安倍政権幹部と黒田日銀総裁に尋ねていた。実質的に、日銀による国債引き受けになっているのではないか。出口戦略はあるのか、という質問だ。黒田総裁は、日銀による国債買い入れ、円の大量発行は、2%の物価上昇目標達成のための金融政策である、との一点張りである。また、出口戦略を明らかにするのは時期尚早である、という。藤巻氏の見解では、理由、目的はどうであれ、現在の大規模な国債買い入れは、円の価値下落をまねく。現に、今デフォルトの可能性が言われているギリシャよりも、日本の財政状況の方が劣悪だ、ということだ。出口戦略として考えうるのは、米国FRBが取ろうとしている当座預金の利上げだが、米国では国債利回りが2%台だが、わが国では0.4%台であり、利上げを行うと、日銀が莫大な損失を被ることになる。それがやはり円の価値の毀損を生じる、ということだ。

藤巻氏の見解が正しい。日銀が円を刷りまくり、国債を買いまくる。政府は、大企業等に大盤振る舞いである。一過性に、国の経済が改善したかに見えるかもしれないが、これは、国家財政上の禁じ手であったはずだ。かならずひどいインフレを招く。それが何時来るかは分からないが、必発である。

実質賃金は下落を続けている。現在潤っているのは、大企業とその一部の労働者だけである。この国債の日銀引き受けという、戦争中に行われた手法は、後で、手痛いしっぺ返しをくらう。国民は、それを知らされていない。

CWの単語間、文字間間隔の比率 

以前にも記した気もするのだが、最近、実際の交信で感じたことなので、改めて・・・。

欧文での交信で、単語間の間隔sと、文字間の間隔s’の比が、その送信メッセージの取りやすさを規定する。勿論、s’は、各文字に対して適切な長さがあることが前提。

s>s’であれば、受信側で単語の認識が容易になる。受信者が、ビギナーで受信能力が不十分な場合、このs>>s’とすると、それほど遅くなくても、受信してもらえる。

一方、sとs’が、近い場合、受信が難しくなる。単語を把握し、さらには予測することが難しくなるためだ。このような送信をするオペ、結構経験を積んでいるはずなのに、存在する。ひどい場合は、受信者は、ブレーンストーミングとなる。最悪なのは、s’を長く取り、それとsがほぼ同じ場合だ。丁寧に打とうとしている気持ちは分かるのだが、受信する頭の中がぐじゃぐじゃになる。CQを打つ場合に、DEとか自分のコールと、CQがごっちゃになっている局も散見される。これでは、信号が弱いと取れないだろうなと思いつつ・・・私は、敬して遠ざかる・・・。

私が、和文にあまり出たくないのも、このことと関連がある。和文では、節単位、または文単位で送信する。単語と単語の間を空けない。定型的な文章であれば、それほど問題にはならないが、入り組んだ文章、特有の省略の入る文章を、送られると、頭が結構疲れる。慣れの問題かもしれないが、あの冗長さと合わせて、よほどのことがないと和文には出ないことにしている。その理由は、上記の通りだ。

まぁ、599 TUスタイルの交信だけをする分には関係ないが、単語間の間隔を意識的に維持することは是非実行したいところだ。

おまけにもう一つ。どうも自分では間隔を空けているようなのだが、実際はあまりあいていないという局も時にお目にかかる。CWの様式を意識しているような方だ。だが、送信している符号は、s=s’に近いということもありうる。もし、その可能性があるようであれば、自分の打つ符号、文章を録音してみることだ。普通の交信の録音がベスト。意識が送信内容に集中すると、送信の様式にまで気が回らなくなることも大いにありうる。

と上から目線でくどくど書いてみたが、唇寒しとなりそうなので、この辺で・・・。