財務省の医療政策が実行に移される 

例の仕分け作業の「結果」、OTC類似薬を保険給付から外す方向で検討に入ったらしい。漢方薬も切られるようだ。漢方の専門家が、この仕分けなるものを批判している。

この文章からも分かるとおり、財務省は、OTC類似薬を保険から外すことを以前から目論んでおり、今回政権交代に伴って、予算削減を丸投げで政権与党から任されたのに乗じて、それを実行に移す、ということだ。

OTC類似薬を切ることから始まり、次には、上気道炎等軽微な疾患の薬剤も、保険から外すことだろう。ついで、基礎的な治療薬以外も保険から外す。そうして、混合診療が導入されるのだ。これが、財務省の方針なのだ。国民負担を増やさないで医療崩壊を防ぐと、財務副大臣が言っているが、舌の乾かぬうちに、国民に大きな負担をかける医療政策を打ち出してくることだろう。

民主党が、財務省に予算削減をまる投げし、その結果、どのような状況になるのか、我々には黙ってみるだけしかできない。医療は、さらにがたがたになることだろう。科学技術の面でも、かなり立ち遅れが目立つことになる。

財務省の予算削減は、財務省・大企業と政治家自身の利権には切り込まない。

特別会計は、どれだけ検討されたのだろうか。

年金にからむ莫大な金の動きには、しっかりメスが入ったのか。

政治家の定数削減、政党助成金の削減は行わないのだろうか。

財務省を始めとする官僚組織と政治家の利権はそのままに、国の土台を確保し、国の将来を決める予算が削られてゆく。



以下、MRICより引用〜〜〜

▽ 行政刷新会議事業仕分け作業の横暴 ▽
          漢方の保険給付はずし

慶應義塾大学医学部漢方医学センター
センター長 渡辺賢治
         2009年11月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行
                 http://medg.jp


 11月11日(水)の行政刷新会議事業仕分け作業の結果を聞いて愕然とした。一般用薬類似医薬品(OTC類似薬)を保険給付からはずすというのである。

 この議論は長年自民党政権時代に政府ならびに財務省が再三提案しては消えた案件である。

 平成9年7月11日に与党協議長の丹羽雄哉氏が、都内の講演会でOTC類似薬の保険給付除外について述べている。OTC類似薬の例として、漢方、ビタミン、湿布薬を挙げている。

 2006のNikkei Newsによると、政府・自民党は市販薬と類似する医薬品(例:かぜ薬など)を医療機関が処方した場合、公的医療保険を適用せず、全額患者の自己負担とする方向で検討に入ったと報じている。

 2007年1月、財務省理財局の向井治紀国有財産企画課長が日本漢方生薬製剤協会の講演会で、「財政からみた薬剤を中心とした医療」をテーマに講演し、保険医療費が伸びている以上、抑制するための動きは必須で、保険給付の制限論議では「ターゲットになりやすいのは薬」であり、OTC類似薬が給付除外対象となる可能性について述べている。

 財務省の財政制度等審議会は、2008年度予算編成に関する建議をまとめた際にも、後発医薬品のある先発医薬品(いわゆる長期収載品)やOTC類似薬の保険給付の見直しを検討することも求め、OTC類似医療用医薬品の保険給付除外は、その例として挙げられていた。

 このようにOTC類似薬の動きは、出てきてはおさまりといった状態であった。今回の行政刷新会議事業仕分けの財務省案は、こうした長年の財務省の案を反映させたものと思われる。

 しかし、この財務省案が如何に現実を無視したものかについて述べたい。


●医師が漢方を用いる意義

 この案に医療のことを仕分けしたワーキング・グループの15人のうち、11人が賛成したというのであるから驚いた。そもそも漢方・ビタミン・湿布薬と一緒くたにされている点に非常に違和感を感じる。

 漢方の臨床を身につけるためにどれくらいの時間を要するとお考えであろうか。卒前教育は中国の5年間、韓国の6年間とは言わないまでも、2001年の文部科学省の作成した医学教育モデル・コア・カリキュラムに入ったことで、今では80すべての医学部・医科大学において漢方教育がなされている。卒業後、漢方専門医は、日本専門医制評価認定機構に加入している専門医制度であり、内科・外科等の基本領域の専門医を取得した後、漢方専門の研修3年が義務付けられている。

 漢方医学がセルフ・メディケーションで済むと思っていたら大間違いで、高度の医療知識を必要とする医学体系であり、当然誤用による副作用があり得る。自然のものであるから副作用がないと思われているかもしれないが、慶應での調査では、胃腸障害をはじめとして17%の患者が副作用を経験している。漢方の専門家ですらその有様であり、漢方の専門医でなければなおさらのこと、セルフ・メ
ディケーションではさらに増えることが予想される。重篤な副作用として肝障害と間質性肺炎があり、セルフ・メディケーションでは発見が遅れ、危険な状態になることも考えられる。


●医師ライセンスが一つであることのわが国の強み

 中国、韓国、台湾などは西洋医学の医師ライセンスと伝統医学の医師ライセンスの二つに分かれており、中国などで病院が一つでも入口が異なり、医療の導線そのものが分かれていることはよく知られている。

 わが国においては一つの医師ライセンスのもと、西洋医学も漢方医学もできる、という点に特長がある。私の恩師の大塚恭男が常々言っていた言葉に「一人の患者を西洋医学の医師と東洋医学の医師が診ても1+1は2にしかならない。一つの頭に東西両医学があると1+1が3にも4にもなる。」

 漢方医学を保険給付からはずし、医師の手から離すということは、日本の一番の強みを否定することになる。

 慶應の漢方クリニックにもありとあらゆる患者が来る。総合医的な役割で、ここで膠原病を見つけたり、脳腫瘍を見つけたりすることが多々ある。診断には血液検査、尿検査はもとより内視鏡検査、MRI、CTなどありとあらゆる検査が可能である。もしも医師の手から離れたら、漢方薬で愁訴をごまかしているうちに発見が遅れることにもつながりかねない。全国でも漢方を専門とする医師はほとんどが総合医的な役割をしているのである。

 漢方を専門としないまでもありとあらゆる診療領域に漢方治療が拡がっている中で、医師の手から奪い去ることは、医療の幅を狭めることになりかねない。


●世界的には医療の本流に入りつつある漢方医学

 財務省のアイデアは10年以上前のものであるが、最近の世界の動向を知っているのであろうか?世界中で伝統医学の見直しが行われていることをご存知なのであろうか?

 伝統医学を含む補完・代替医療の大きな潮流は1990年代から始まっているが、NIHの年間予算はこの領域に300億円を超えている。NIH内には、1998年から国立補完・代替医療センターというのがあるが、一番大きな予算は実はがんセンターである。MDアンダーソン、ダナ・ファーバーなど米国の主要ながんセンターには補完・代替医療のセンターがあり、鍼灸治療を中心に伝統医療が取り入れられている。

 補完・代替医療といってもさまざまであるが、伝統医学はWhole MedicalSystemsという位置づけで、体系だった医療というのがNIHの認識である。

 2009年10月のWHO国際分類ファミリー年次総会の席で、ICD(国際疾病分類)次回改訂に漢方を含む伝統医学を取りこむ計画が話された。ICDは世界保健の基礎となっている統計の基盤であり、わが国でも死因統計、保険請求などに用いられている。

 ICDは医師の行う医療の統計である。漢方を医師の手から引き離すことは、世界の潮流と全く逆の方向に進むものである。


●漢方を医療資源として活用することで効率の良い医療を

 大腸がんの術後大建中湯の使用により、在院日数が軽減される、というデータもあり、術後のクリニカル・パスに入っている病院もある。漢方を利用することで効率の良い医療ができ、結果医療費の削減にもつながる例には事欠かない。

 目先の財源のために漢方を切ることの愚に早く気がついて欲しい。医療用漢方製剤の市場は1000億円である。医薬品費全体の1%強である。しかし医療におけるインパクトは強い。目先の財源確保のために、この国が大きなものを失うような愚は避けるべきである。

 15年前に漢方の保険給付はずしの話が出た時に、日本東洋医学会が国民から集めた署名は150万通である。またそれをやるのかと思うとうんざりするが、何よりも国民に恨みを買うような政策は避けてほしい。

長生きだが、健康である意識に乏しい国民 

HOW CANADA PERFORMSというサイトがある。民間企業から投資を受け、調査研究しているグループにようだ。カナダが他の国々と比べて、経済・健康・環境等々の面で、どのような位置にあるのか、をまとめて提示している。ここ

健康面のデータが面白い。平均寿命では、日本は世界各国を抑えて第一位なのだが、健康状態を尋ねられて、良い・非常に良いと答える人々の割合は、ダントツに低い。

健康状態についての主観的な答えのデータは、あまりに主観的過ぎるという批判もあるが、様々な健康指標と良く相関することが知られている、という。日本で主観的な健康状態を良いと答える人々が少ないのは、高齢化が進んでいるためという説明もありうるが、1980年代から、やはりダントツに少なかったことも示されており、高齢化だけでは説明しきれない。

この一見相容れない結果をどのように考えるべきなのだろうか。

健康状態の主観的な判断は、生活の質を表している、という意見もあるようだ。しかし、生活の質が、高くないことが、このデータの主因であるとすると、それは必然的に平均寿命の短縮につながるはずだ。少なくとも、生活の質が低いことが事実だとしても、それだけでは説明しがたい。

国民性のようなものが、この結果を生んでいるのだろうか。医療の質との関連はどうなのだろうか。また、国民の医療への期待の度合いが関連していることはないのだろうか。

もうコリゴリ・・・ 

私の仕事場では、以前から新型インフルエンザワクチンの予約を受け付けていた。突然ワクチンの供給が始まっても、スムースに投与開始ができるように、と考えてのことだった。しかし、厚生労働省の度重なる変更により、優先して投与すべき群の仕分け、予約者への連絡、希望者からの問い合わせで、(極めて小規模部隊である)事務は、テンヤワンヤである。季節性インフルエンザの予約・連絡・投与も並行して同時進行中だ。勿論、通常の診療も行なっている。ワクチン業務を担当してくれている、事務員の方の目が釣りあがっている

予約者への連絡が曲者で、中々電話で捕まらない。捕まっても予定が合わない。そのような電話連絡をしている傍から、地方自治体がだした小児優先のチラシ広告を見た親からのヤンヤの問い合わせの電話だ。なかには、ワクチンが何時入るのかと電話で30分以上粘る方もいらっしゃる。いつの間にか、ワクチンの投与を受ける小児に1000円の公費負担が付くことになっていたようで、我が事務は、スタッフが持ち込んだ、そのチラシで、その事実を知る始末。こうやって公表する前に、どうして医療機関に予め連絡をしないのだろうか。

小児へのワクチン配給数は、当県の場合、DPT三種混合ワクチン接種の実績によって決まるらしいが、どれほどになるのか、医療機関側には知らされていない

国が末端の医療機関を統御して、個別接種をすすめるのは、どう考えても無理がある。実務は県に任せているのかもしれないが、それであっても無理だ。今回の新型インフルエンザワクチン接種は、規模が大きく、同時に行なわなければならないのであるから、集団接種でしかスムースに行い得ないように思える。

厚生労働省・県も、集団接種を否定せず、地域で可能であれば行なうようにとの立場だが、既になし崩しで個別接種が始まっており、これから方向転換するのは難しいのではないだろうか。10mlボトル(巷では、パーティボトルとも呼ばれているらしい)は、末端の診療所では大きすぎて使えない。もし、そのボトルが回ってくるようなことがあれば、受け取りを拒否し、接種からの撤退をするつもりだ。

末端の医療機関の事情を無視して、中央が机上でプランを立てても、ことはスムースに運ばない。

電話をするスタッフの人件費等を出したら、今回の予防接種は、本当に社会福祉慈善事業になる。天下りを沢山受け入れている予防接種製造企業には、季節性インフルエンザワクチンよりも多くの利益が転がり込んでいるはずなのが、腑に落ちない。

ま、緊急事態なので仕方ないのかもしれないが、予測は十分可能だったはずだ。厚生労働省の担当者の、現場を省みない、硬直した発想が禍の元だ。

「最後の晩餐」 

久米さんがテレビのニュース番組に出ていた頃、「最後の晩餐」というコーナーがあった。人生最後の日にどのように過ごし、何を食べるかという、かるくもあり、重たくもある内容の番組だったような気がする・・・あの当時は、無邪気に、テレビのニュース番組に見入っていたものだった。

人生の残りを冷静に考えると、残された時間は、それほど多くは無い。これから退職するのだから、自由な時間が出来るかもしれないが、様々な活動に残された時間も身体能力も、かなり急速に減少してゆくことだろう。いわば、人生の「最後の晩餐」に近づきつつあるのだ。特に、音楽を聴く能力、聴力は、今後「つるべ落とし」のように落ちてゆくように思われる。

それで・・・というほどのこともないが、最近、音楽を聴く時間を多く持つように努力している。仕事場の自室にいるときも、テレビのスイッチは殆どオフにしたまま。仕事によって中断されるのだが、できるだけCDをかけるようにしている。下手なテレビ番組を見て、時間を浪費したと後で感じるよりは、よほどマシだ。

最近、嬉しい発見だったのは、ブラームスのピアノ四重奏曲2番イ長調。これ以外の、2曲(遺作といわれるものもあるらしいが)は、結構有名でもあり、私も若いころからしょっちゅう聴いていた。1番の1楽章、3番の4楽章等、学生時代に演奏を挑戦したこともあった。だが、この2番は、1,2回聴いただけで繰り返し聴くことはなかった。前後のピアノ四重奏曲が、力の込められた、劇的な作品であるのに対して、この曲は、流れるような旋律に満ちた、自然に曲想があふれ出てきたかのように思われる作品であるためだろうか。特に、2楽章が白眉の音楽になっている。慰めるようなメロディの合間に、慟哭するかのような旋律がピアノ、ついで弦に現れる。この楽章を聴くと、ブラームスの音楽が、私と直接に相対して、語りかけてくれるかのような気持ちになる。この曲は、今後とも聴き続けるつもり。ボーザールトリオ+ワルター トランプラーのビオラ。ボーザールトリオは、やはり上手い。

リヒター最晩年のマタイ受難曲の録音も聴く。以前にも記したが、磯山教授によると、この演奏はロマン派への回帰を果たしたリヒターの演奏で、微温的な内容との評だが、私には、この悠揚迫らざる演奏は好ましく思える。第一曲が、二つのオケとコーラスによる応答によって成立しているが、その基本となるテンポは、現代の演奏に比べると、かなり遅い。だが、この曲の三連符からなる通奏低音は、イエスがゴルゴタの丘を上がってゆく足取りを表現していると言われている。だから、リヒターのこのテンポこそが、その重い足取りを表現している、と思うのだ。この演奏も、何度も聞き込んでゆく必要がある。

「最後の晩餐」の前に、私のこころを満たしてくれる音楽は一体何なのだろうか。

我が家の晩秋 

我が家にも晩秋の光景がいくつか見られるようになってきた。大根は、あまり大きく伸びない。肥料不足だったか。野菜の担当は私。花々は家内の担当。来年は、何を作ろうか・・・。

干し柿は、老母が我が家を離れる直前までせっせと作っていた。東側の目立たぬところにある、柿の木に、とても立派な渋柿が数多くなるのだ。野球の球か、それ以上の大きさ。表面がピカピカに輝いている。干し柿が上手くできたら、一つ二つ母に送ろう。

庭が落ち葉で一杯になる。今日も帰ってから、掃き集めて、落ち葉炊き。それに、腐葉土の原料にも回さなくては・・・。家内の実家から送ってもらった薩摩芋を、焼き芋にする。とても大振りで、焼き芋にすると、口に入れたときに、甘みがじんわりと広がる。

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事業仕分けは政治ショー 

「事業仕分け」が、財務省主導で行われていたのではないかと疑ったら、テレビ番組で財務大臣があっさりそれを認めていた。財務省主計局が、仕分けを行う事業を選定したようだ。その上で、財務大臣は、財務省が他の省庁と並行関係にあるから、(財務省から無理を他の省庁には言いがたい)、こうして仕分けをしてもらえると、それ(予算削減)を各省庁にお願いしやすくなると語っていた。その点で、今回の「事業仕分け」は画期的なことだそうだ。

「事業仕分け」は、一種のショーであることは間違いない。一つの項目に1時間程度しかかけないで、政治家と民間からの素人の「仕分け人」がばっさりと切って行くのだ。いくら無駄の満載な事業であるとしても、1時間の検討で結論が出るようには思えない。これは、結果が先にありきの政治ショーなのだ。ネットに同時配信も行い、上手くいったと政権与党担当者、それに実質的に取り仕切った財務省担当者はほくそ笑んでいるのだろうか。

今回行われた「事業仕分け」には、幾つも疑問があるが、まずは財務大臣も認めている通り、財務省主導で行われた作業で、「事業仕分け」に載せるかどうか財務省主計局が決めた時点で、仕分けは実質既に終わっているのだ。中身は、官僚主導であり、外部の「有識者」からなる諮問会議の類に、官僚の決めた方針を形式的に是認させるこれまでのやり方と寸部違わない。

また、いくら政治ショーだからといっても、「事業仕分け」を行う仕分け人とやらをどのように選定したのか、基準が明確ではない。証券会社の人間に、医療を語ってもらいたくない。彼等こそが、財政諮問会議や、規制改革会議を通して、医療を破壊してきたのではないのか。ましてや、不正行為を行って処分を受けたばかりのBNPパリバ証券から「仕分け人」が出ているなど常識的な理解を超える。この仕分け作業が最終決定ではないとしても、後々の政治決断に拘束力を及ぼすとされている。いわば、これからの国家の形を、このような人物達にいい加減に決めさせて良いのだろうか

国家予算の決定を、政権与党は、財務省に丸投げし、財務省は形式上「事業仕分け人」に委ねる。その「事業仕分け人」とやらの法的存在根拠・責任は全く明確ではない。自公政権も無責任体制だったが、それに劣らずの無責任体制だ。仙谷行政刷新担当大臣は、この「事業仕分け」を政治の文化大革命に擬えたらしいが、ブラックジョークもここに極まれりだ。

民主党のマニフェストに、

脱官僚

崩壊した医療の再生・・・医療費をOECD平均以上に上げる

とあったが、いつの間にか、雲散霧消している。

それに加えて、政治のショー化である。

この先どうなってゆくのだろうか。混乱は必至だ。その先に深刻な政治的アパシーが訪れるのだろう。

事業仕分けという、政治・行政の劇場公演 

つい先日、マスコミを通して、開業医と勤務医の「所得格差」・・・即ち、開業医は勤務医の1.7倍の収入があるという情報・・・が流された。その後、その所得格差を平準化するという方向性が、例の「事業仕分け」で示された。どこかで既に聞いたことのある台詞。

この流れは、経済財政諮問会議を通して、医療費を削減しようとする時に用いられた手法と同じだ。

この「事業仕分け」を取り仕切っていたのは、財務省であることが強く疑われた。JCASTニュース等で、財務省が民主党に入れ知恵して仕立てた「事業仕分け」であったことを報じている。

勤務医と開業医が同列に並べられないことは、ここでも繰り返し記してきた。開業医の多くは勤務医も長年経験し、その上で、自分の事業を立ち上げた経営者だ。大きな初期投資が必要であり、設備の更新補修も常に必要となる。退職金も自分で得なければならない。そうした点で、勤務医と大きく異なる・・・といったことは、財務省の官僚は先刻承知のはずだ。

で、何故財務省官僚が、開業医を潰そうとするのか、ということが疑問として浮かぶ。待遇面や、医療訴訟で極めて厳しい状況にある勤務医を救うという名目で、医療費を更に削減し、開業医を窮乏化させることを目指しているのだろう。それが実現すれば、医療費削減とともに、これまで多くの勤務医のキャリアーパスであった開業が難しくなる。それによって、勤務医がどのような労働環境だろうが残らざるを得なくなる。医師の強制配置や、官僚支配化の医療体制の維持が可能になるのだ。今回の事業仕分けで、勤務医のことを考えていないことが、医療の項目の最後に図らずも堂々と記されている。曰く、医師の人件費削減は、医師の増員を行ってから行う、と書かれている。

話はそれだけではない。徹底して医療費を削減すれば、丁度歯科医療と同様に、医療側から進んで「混合診療」解禁を望むようになることを、官僚と保険資本が見越している。すると、医師の人事面での官僚支配と同時に、経済面での支配が、保険資本によって行われるようになる。保険資本は、言わずと知れた、官僚、特に財務官僚の天下り先である。

事業仕分けという作業を行う人物がどのようにして選ばれたのか、誰も知らない。結局、官僚の意向をそのまま主張するような人物が選ばれたのだろう。どの事業仕分けにも、必ず証券会社関係者が入っていたことが、この事業仕分けの特質を表している。証券会社は、保険資本を含む金融資本と密接な関係にある。昨年だったか、不正取引で営業停止処分になった、某保険会社(はっきり言おう、BNPパリバ証券である)の関係者が、事業仕分け作業で、開業医のことを、「利権に胡坐をかいている」と口汚く罵っていたのを目にした。こんな連中に罵られるようなことを、我々開業医はしたのだろうか。

民主党等政権与党は、大きく膨らんだ国家予算を少しでも削りたいという一心で、事業仕分けをする能力があるでもなく、財務省に丸投げし、公共の監視下という劇場舞台を作り上げ、そこでスケープゴートを仕立て上げ、予算の削減に努めた、というのが、今回の事業仕分けの本質だったのだろう。

こんな国家運営では、まともに機能しないのではないだろうか。でっち上げ、根拠の無いデータを基に、強引に官僚の筋書きを通そうとする。

少なくとも、このような官僚が支配する国で、医療を行う意欲・意気は失せた。

今夜、嘔吐の止まらぬお子さんを診るために、仕事場に出てきた。点滴をようやく差し、自室でPCに向かって、こんな台詞を打ち込んでいる自分・・・。やはり、仕事の規模をどんどん縮小しよう。我々の努力は、利権に胡坐をかいた醜い開業医の所業としてしか受け止められないのだから。

朝の14メガ 

10月中旬から、14メガで良いCONDXが続いている。米国のあるハムにネット上で、perennial presence on 40m等と評されてたのを知り、少し7メガに出るのを控えようかという気分になっていた。それで、静かな14メガに毎朝のように出るようになった。こちらが出勤前の時間帯は、米国では、午後遅く夕食前にのんびりする時間帯、または車で帰宅をいそぐ時間帯にあたり、自宅、それに時には車のなかから、数多くのハムに呼ばれる。

今朝、Rich N4EXから呼ばれた。ノースカロライナに住む彼とは、20数年ぶりの交信だ。信号が強くはないが、とても静かなバックグラウンドのおかげで、ソリッドコピーできる。彼は、K2に5ワットの出力。アンテナがさすがに3エレとのことだったが、しっかりお喋りが出来る。彼は、年齢・無線暦ともに私と全く同じ。QRP運用で、地球温暖化の阻止に寄与しているではないか(私は、駄目だけれど・・・)と申し上げたら、「いや、大きいJEEPに乗っているから、相殺されてしまう」と言って、笑っていた。
 
お孫さんが自閉症であることが分かり、お孫さんとその両親に会いに、フロリダまで出かけたという85歳になるBurt W7IIT。相変わらず闊達なキーイングを聞かせてくれる、同じく85歳のRoss W7YCW。その他、とても沢山の旧い知り合い、それに新しくお目にかかる方々。Burtは、海軍で仕事を続けてきた方だが、学位は心理学で1955年に取った由。当時は、自閉症という概念はなかったのだが・・・と気を落されている様子だった。仕事に出かけるまでの時間、彼等とのんびり交信することが出来たのは、この好CONDXのおかげだ。WW CWコンテストを一つのピークにして冬至の辺りまでは、このCONDXが続くことだろう。

政治的議論と中傷が、趣味の世界に入り込むと・・・ 

FOCは、第二次世界大戦前に英国で設立された、CWを愛するアマチュア無線家の団体だ。既に記した通り、私も会員になって20年以上経った。別に会員だから特に親しくなるというわけではないが、全世界的に、CWにアクティブなハムの多くがFOCのメンバーでもあるので、FOCメンバーとは親しくさせて頂いている。

最近、米国の友人のFOCメンバーA氏から、メールを受け取った。それによると、米国外のあるメンバーX氏が、米国とイスラエルのことを政治的に批判する言動を長い間FOCのMLで続けてきた、それに対し、英国のFOC本部に諌めるように進言してきたが、本部委員会は何もアクションを取らないとして、そのX氏とFOC本部を批判する内容だった。そのメールに添付された、X氏の発言は、議論と言うよりも、米国とイスラエルを揶揄し嘲笑する類のものだ。この件に関連し、FOCを脱退させられたメンバーが二人出ていることも、A氏を激高させた理由の様子だった。温厚そうなA氏をこれほどの行動に駆り出した背後には、よほどのことがあったのだろう。

MLに参加していないし、状況をよく把握しているとは言いがたいが、アマチュア無線に政治的な議論(というか、中傷のような発言)が入り込んでいる現状について、私なりの感想を記すと・・・
X氏の適切でない発言が、米国人・イスラエル人のハムを傷つけるものであることは、十分理解できる。FOC本部も、解決に向けて、どれだけのアクションを起こしたのか、理解し辛いところもある。さらに、この騒ぎの源である、X氏の言動は、内容は別としても、批判されてしかるべきものだ。個人的にも存じ上げているA氏を心情的に理解できる。

しかし、このX氏のような扇動者は、どの世界にもいる。そして、アマチュア無線の世界では、自由な議論を保障されているが、相手の存在自体を否定する(会員資格を剥奪する)ことは行き過ぎ
ではないかと思う。この件で会員資格を継続できなかったメンバーの復帰を要望し、A氏が要望しているX氏の会員資格剥奪は思いとどまるように申し上げたいと思っている。

趣味の世界では、政治的に熱くなることは避けたい。少なくとも、議論で熱くなっても、相手を否定し去るような行動に出るのは好ましくない。趣味の世界で、相互理解できなければ、国際政治の世界での相互理解など到底無理だということになる。また、ネットでの議論の危うさも感じる。ネットは便利なトゥールなのだが、利用してゆく上で、扇動的な発言をやり過ごす知恵が必要だ。

私は、FOCのMLには入らずに、専らお空の上でだけ議論するようにしようと思ったことだった。それにしても、このような騒動は、20年間一度も経験したことがなかったのだが・・・。

公平な年金制度を 

昨日、家人に社会保険事務所に出かけてもらい、年金の手続きをしてもらった。まだ、私学共済の分が判明していないのだが、年金額は・・・あっと驚く少なさだった。さすがに、国民年金よりはマシだが、この額では、豊かな老後などとんでもない、という額だ。大学を出て、しばらくの期間は、極めて安い基本給で仕事を続けてきたし、年金財政が火の車なので、仕方ない・・・と諦めてはいけない・・・。

まず、年金の一本化を是非進めてもらいたい。それによって、私のような厚生年金受給者の手取りはさらに減るかもしれないが、問題は、公務員の共済年金がとてつもなく優遇されていることだ。公務員の給与水準が、過去それほど高くない時期があったが、現在は、大企業と同等の給与水準になっている。その上、年金が優遇されるのは、社会的公平の観点から問題だ。また、徐々に廃止されることになっているが、議員年金などは、10年間の加入で年額400万円支給されるらしい(年金掛け金の7割は税金から支出される)。これも、国民の受ける年金に比べると、大きな優遇だ。こうした不公平が、まかり通っている現状では、それだけで年金への信頼を損なう。

日航の再生に伴って、比較的高額と言われる既退職者の年金が減額されようとしている。適正な額への減額は仕方の無いことなのかもしれない。が、年金受給者の減額強制は一種の契約違反になる。このような手続きを行うならば、是非同時に行ってもらいたいことがある。それは、日航の過去の経営陣の責任、それに、赤字になることが予測された地方航空路線の開設を、日航に強制してきた官僚・政治家の責任の追及だ。当然、そうした面々の年金も、日航退職職員の年金が減額されるのと同様に減額されるべきだろう。

公平な年金制度にしなければ、年金は持続・成立しない。