行政による「お墨付き」が、水戸黄門の印籠になる? 

一頃、小泉構造改革で医療費が大幅に削減されたころ、医療崩壊が起きた。救急医療の「たらい回し」という言葉が流行ったのもそのころのことだ。現実には、そうでなくても非採算部門であった救急医療にさらに経費節減のしわ寄せがあったこと、さらに救急医療への需要の急増、そして救急医療における医療訴訟のリスク増大などが背景にあったことであり、救急医療現場に責任を負わせるかのような「たらい回し」という表現は不適切なものだった。

今後、現政権は毎年3千億円の医療費削減を行う。高齢化の進展、地域経済の疲弊・地域の人口減少により、救急医療の需要はますます増える。どのような悲劇が待ち受けているのか想像すると、戦慄すら覚える。

茨城県は、民間医療機関(彼らが認めている通り、それだけでなく公的医療機関も同じなのだが)の医師不足を補うために、民間医療機関に「お墨付き」を与え、公的医療機関から民間への医師派遣を促す、という。お墨付きを与えるだけで、医師の派遣が進むのであれば、問題は簡単だ。だが、それほど簡単に解決する問題ではない。上記の通りの医療崩壊がさらに進行する現状で、県の「お墨付き」でことが解決するとは思えない。このニュースでも、県は「公的病院と同様の支援」が民間病院にも必要だと言っているではないか。公的医療機関も医師不足、人手不足なのだ。その公的医療機関から医師を派遣することが、県の「お墨付き」でできるようになるというのは楽観的過ぎる。

ただ、行政も楽観論でお茶を濁すだけではない。どうも専門医の資格要件として、地域医療、過疎地での医療への従事を求めようとしている。それと、この「お墨付き」が結合したら、うまくいくと行政は考えているのかもしれない。そして、「お墨付き」を与える天下り法人の設立も当然考えているのだろう。産科医療補償制度ですでに700億円ため込んだ、日本医療機能評価機構という成功体験を、官僚は忘れないはずだ。窮乏化している医療から甘い汁を吸い取ろうとしている。

以下、引用~~~

茨城県、民間病院へ医師派遣支援
16/08/23記事:読売新聞

 救急医療に取り組む地域の民間病院に対し、県は大学病院などの公的医療機関からの医師派遣を支援する方針を明らかにした。地域の受け入れ先を広げることで、医師が都市部へ流出するのを防ぐとともに、地域医療の充実を図る。今後、希望する民間病院をリストアップして、具体的な交渉を始める。
 
 県によると、公的医療機関の医師は、公的病院に派遣されるのが一般的となっている。このため、医師が不足する民間病院があっても、派遣を受けられない課題があった。県が民間病院に「お墨付き」を与えることで、大学病院などに医師の派遣先候補としてもらうという。
 
 8日発表した地域医療構想の素案に盛り込まれ、具体策を詰めていく。県厚生総務課は「民間病院の医師不足は深刻で、公的病院と同様の支援が必要。今後の地域医療計画にも盛り込みたい」としている。

大分県警 「隠しカメラ」事件 

東西冷戦終了後、警察の公安部の業務が少なくなってしまったらしい。それで、公安部は保守・革新を問わず政治家のプライバシーを含めた情報収集を行い始めたそうだ。政治家の弱みを握ることで、政治に強い影響力を及ぼす可能性がある。警察、同公安部の利権を確保・拡大するために、公安部が動く、さらには政治状況を警察公安部が左右するようなことになりかねない。

大分県警別府警察署の「隠しカメラ」騒動は、そうした警察公安部の日常業務が、そのやり方の杜撰さによってたまたま表ざたになったということなのではないだろうか。隠しカメラの記憶媒体を、警察は途中で取り換えにやってきたようだ。堂々としたものである。隠し撮りという隠微な行動であるという自覚がなさそうだ。

こうした監視の対象は、政治家だけではない。一般国民にも及んでいる可能性が高い。防犯カメラ、主要道路に設置された監視カメラと、個人認識のシステムを用いると、ある人物がどこにいるのかが瞬時に把握される。このシステムを、公安警察が利用していないとは誰も言えないのではないか。

過去何度も国会で成立しなかった共同謀議処罰法が、組織犯罪を対象に限定したものとして、国会に上程されるらしい。共同謀議は、犯罪行為を起こさなくても、犯罪行為を行うことを複数の人間が相談しただけで処罰される、裾野のきわめて大きな法律だ。組織犯罪を対象とすると言っても、その定義は曖昧であり、一般国民が対象にされる危険がある。共同謀議の捜査をするためとして、通信の傍受、隠し撮り、監視カメラ利用という手法が、ますます行われることになる。

権力は必ず腐敗する。腐敗した権力が、国民を監視し、それによって犯罪を起こさぬ段階で処罰できる法律を持つことは、監視社会のみならず、政治的な専制にも結び付く。

以下、引用~~~

大分隠しカメラ:“署の暴走”幕引きへ説明迷走

2016年08月29日 08時00分 毎日新聞
大分隠しカメラ:“署の暴走”幕引きへ説明迷走

 大分県警別府署が参院選の公示前後に、大分県別府市にある野党の支援団体の敷地に隠しカメラを設置した事件は、県警が26日、署幹部ら4人を建造物侵入容疑で書類送検し、“署の暴走”として幕引きを図った。しかし発覚後、署を指導すべき県警本部の説明自体がころころと変わり、対応は迷走した。さらに、一般市民になじみの薄い隠し撮り捜査が、日常的に繰り返されている実態も露呈し、その是非を含め追及の舞台は国会や県議会へと移る。【西嶋正法】

 「カメラの設置は必要に応じて県警本部に報告しなくてはいけない。今回は当然報告すべきだった」。県警本部の江熊春彦・首席監察官は26日、そう強調した。

 ところが県警本部は、問題が表面化した3日、「カメラは署長の判断で設置でき、本部に報告する必要はない」と正反対の説明をしていた。どちらも「だから本部には責任はない」という結論だけは共通している。

 迷走はまだある。県警本部は3日、「署員はカメラの設置場所を公有地だと誤認した」と説明していたが、2日後には「私有地と分かっていた」と一転させた。設置の目的も、当初は選挙違反の捜査だと認めなかったが、相次ぐ報道と「選挙妨害」批判に耐えかねたのか26日、「選挙運動が禁止されている特定の人を録画するためだった」と認めた。捜査関係者によると、選挙運動を禁じられた自治体の特定公務員「徴税吏員」の出入りを確認するためだったという。

 県警はこの間、署幹部らの「独断」だった点を強調。上司の署長と副署長は懲戒処分でない訓戒にとどめ、本部の監督責任は認めていない。しかし、支援者が監視された形の足立信也参院議員=民進党=は国会質問で取り上げる方針で、9月の県議会でも野党の追及は必至だ。

 そもそも、捜査手法に問題はないのか。

 県警は26日、「これまでカメラを使う捜査はあったか」と聞かれ「あった」と認めた。ただ「ガイドラインはない。侵害される利益の重大性と、撮影の必要性、緊急性などを(比較し)個別に判断していく」と説明した。これは大阪府警が大阪市西成区のあいりん地区に設置した監視カメラを巡り、1998年の判決で最高裁が示した「正当性や必要性、妥当性などを検討すべきだ」との判断を踏まえた発言とみられる。

 捜査によるプライバシー侵害は「必ずしも不相当とは言えない」とする甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は、「行きすぎた捜査を認め、カメラ設置の経緯や署員の処分理由を明確にした。大分県警は一定の説明責任は果たした」と評価する。一方、一橋大の村井敏邦名誉教授(刑事法)は「よほどの緊急性がない限り、隠しカメラは肖像権の侵害にあたり、行動の自由を萎縮させかねない。今回の事例は緊急性がなく、選挙期間に出入りした不特定多数の人のプライバシー権を侵害しているので、国家賠償訴訟が起きれば敗訴するのでは」と指摘している。

 【ことば】大分県警別府署の隠しカメラ事件

 7月10日投開票の参院選を巡る捜査で、別府署員が6月18~21日、民進、社民両党を支援する連合大分・東部地域協議会などが入る別府地区労働福祉会館(同県別府市)の敷地に計7回無許可で侵入し、隠しカメラ2台を設置したとされる。カメラを見つけた会館側が同24日に通報し、8月3日に表面化した。県警は26日、署の刑事部門を統括する刑事官(警視)、刑事2課長(警部)、刑事2課の捜査員2人(警部補と巡査部長)を建造物侵入容疑で大分地検に書類送検した。

老いることに抗して 

数日前、マーラーの交響曲をベッドサイドのステレオで聴いていた。今に始まったことではないが、バイオリンの最高音が聞き取りにくい。あたかも、バイオリンパートがどこか遠くに行ってしまったようだ。今更ながら、聴覚の衰えを改めて自覚した。高音域が聞こえにくくなっているということは、楽器の倍音が感知しずらいということだ。それは、楽器や演奏の音色を本来の在り方で認識していないことを意味する。なんのことはない、ありふれた加齢現象の一つだ。だが、私自身のこれからを考えると、これまでまだ聴いたことのない素晴らしい音楽を聴くことなく、人生を終えることを意味する。それは少し寂しいではないか・・・。現実には、これまでの音楽経験から、おそらく聴いている内容を頭の中で補正して聴いているのかもしれないが、人生の残された時間・・・それが、とても短くなっているとは必ずしも思わないが・・・に、聴いておくべき音楽を聴きそびれてしまうのではないか、と思った。

それに、さまざまなジャンルの本も私の周りに山積みされている。自分や社会に関する様々な事象、できごとを理解するために、必要な読書が残されている。それにも、時間を割くべきだと改めて思った。読書には、理解力は前提だが記憶力を必要とする。それが、だいぶ怪しくなり始めている。その劣化を食い止めるためと、生きているうちに世界を、自分を理解するためにまだまだ読書し、考える必要がある。

で、これまで自分の時間をもっとも多く割いてきたアマチュア無線から手を引く、ないしそれに割く時間を極力少なくすることに決めた。考えると、無線にカムバックして以来、40年間近く経とうとしている。その間に、無線を十分楽しませてもらった。無線の環境も大きく変化した。インターネットの普及により、無線を通して会話する機会が激減した。これまで惰性でCQを出し続けてきたが、あれは時間の無駄遣い以外のなにものでもない。意味のある交信ができた満足感でリグのスイッチを切ることがめっきり少なくなった。

無線から距離を置くもう一つの要因は、現在のわが国のアマチュア無線を指導し、活性化させるべき方々の理不尽な振る舞い・やり方だ。彼らは、アマチュア無線を私物化しているように思える。アマチュア無線免許制度の合理化や、規制緩和と逆の方向に向かっている。JARLは、社員総会で、執行部に批判的な理事を罷免した。JARD・TSSは、保証認定という意味のない制度で利益を上げることだけを考えている。JARDの主催している養成講座も、外国の免許試験制度に比べると、きわめて割高だ。アマチュア無線界をリードするべき彼らのそうしたやり方に対抗する術は私にはない。できるとすれば、アマチュア無線から離れることだ。彼らのやり方では、アマチュア無線は衰退するばかりだと確信する。だから、アマチュア無線の衰退の流れに沿って私もアマチュア無線から離れる。それが、彼らへの消極的な否の表明でもある。あと数年もすると、JARLは財政的に立ち行かなくなるのではないか。JARLと同じ方向を向くJARD・TSSも同じ運命だろう。彼らの没落を早く、確実に来させるためには、JARL会員を辞めること、そして彼らの金儲け事業にのらないことだ。まだ無線から離れて数日しかたっていないので、将来にわたって断言はできないが、私は、こうしてアマチュア無線を食い物にする連中から離れる積りでいる、または規模を大幅に縮小して彼らとはできるだけ関わらないようにする。

考えてみると、これまで無線によって人生を豊かにしてもらったと思う。そうした友人たちと距離ができるのは残念なことだが、インターネットがあるではないか。私に親切に相対して育ててくれた先輩の多くは、すでに生きていない。私も、できる範囲で無線の相手をすることでニューカマーの方の手助けになればとも思ってきたが、あの古き良き時代の運用をしてみようという方はごく少数になった。ニューカマーでは、ほとんどいない。多少後ろめたい気もするが、私がactiveに出るかどうかはあまり関係ないだろう。

老化は、意識的に抗していかないと、どんどん進む。抵抗しても進むものだが、老化に抗して、この年代にしかできないこと、自分の人生の最終章にしておくべきことをできる範囲でやってゆこう。無線機に連続して数日間灯を入れないことは、過去40年近くほとんどなかった。addictionに近い状態だったが、無線から距離をおいて清々とはいわないまでも、余分の時間ができて生活の時間の流れを実感するようになった。これは現状逃避の消極的な決断ではなく、将来に向けての私の積極的な決断だ。老いるなかで、さらに自分を実現させて行こう。

年金資金株式運用で巨額損失 

年金資金の株式運用で、巨額の赤字を出した、というニュース。

今年4月から6月の国内の株式相場は、全体としてみると、それほど大きな変動はない。こちら。その期間中に、三回ほど下降局面があった。世界のほかの市場でも同じような動きだろう。GPIFは、そこでこれだけ巨額の損失を出したのだろうか。国内債券はしっかり黒字を計上しているのに、博打のような株式市場で巨大損失を出した、というわけだ。

投資家として大きすぎるGPIFは、瞬時の対応が迫られる株式市場で俊敏な対応ができない、と言われている。で、ヘッジファンドのような小回りの利く投資家に良いように食い物にされる、という構図だ。

これで、昨年から合わせて10兆円の年金資金が失われた。これだけの資金を社会保障に回せれば、この先20、30年間の医療費削減を避けることができたのかもしれない。

GPIFは、すぐには、年金支給額の削減をしないとは言っているようだが、この調子で損失を積み重ねると、どうなるか予測がつかない。株式は、やはり一種のギャンブルだから。

現政権は、円安誘導と株価つり上げだけで、表面上の「好景気」を作り上げてきた。だが、このバブルもいつかは破裂することだろう。高株価で一時的な多幸感を味わう人々も、その時に現実に引き戻されるに違いない。


以下、引用~~~

GPIF運用損5兆2342億円 2期連続赤字
4~6月、「累計」は初赤字
2016/8/26 15:35

 公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が26日に発表した2016年4~6月期の運用実績は、5兆2342億円の赤字となった。赤字は2期連続。英国によるEU(欧州連合)からの離脱決定などで加速した円高・株安が響いた。14年10月に資産構成に占める株式の比率を2倍に増やして以降の累積では1兆962億円のマイナスと、初めて赤字に転落した。

 6月末時点の運用資産は129兆7012億円で、4~6月期の運用利回りはマイナス3.88%だった。運用資産は15年6月末(141兆1209億円)や16年3月末(134兆7475億円)から減少した。

GPIFの資産構成
  2016年 6月末 3月末 15年 6月末
国内株式 21.06% 21.75% 23.39%
外国株式 21.31% 22.09% 22.32%
国内債券 39.16% 37.55% 37.95%
外国債券 12.95% 13.47% 13.08%

 収益(市場運用分)の重荷となったのは株式。国内株が2兆2574億円、外国株が2兆4107億円の赤字だった。円高が響いて外債の運用も苦戦し、1兆5193億円の赤字となった。国内債は9383億円の黒字を確保したが補いきれなかった。

 6月末の資産構成は国内株が21.06%、外国株は21.31%だった。国内債は39.16%、外債が12.95%、短期資産は5.51%だった。GPIFは当面、資産の基本ポートフォリオを維持する方針という。

〔日経QUICKニュース(NQN)〕

JARLの現状 

JARLの現状をネットで調べてみた。

JARLは、代議員による間接選挙になっており、末端会員の声がきわめて届きにくくなっている。さらに、2012、2014年度の理事選挙では、上位で当選した理事おのおの4、2名が社員総会で就任拒絶されている。就任を拒否された理事は、象さんグループという改革を志向する集まりの方々だった。JARLは、ごく一部の方々による独裁的な運営が可能になり、実際彼らにより独占されているように見える。JARLの執行部に批判的な理事を排除する仕組み、それに間接選挙を導入した時点で、JARLの改革は不可能になった。

JARL会員は、最大で19万人だったものが、6万人まで減少している。JARLの財政では、終身会員からQSL転送料を取るようになり、赤字幅は減少しているが、それでも赤字は続いている。その一方、確認はしていないが、ネット内の情報では、専務理事と事務局長は、年収1000万円だそうだ。財務内容で気になるのは、会員からの収入が減少し続けていること。会員数の減少があるので、当然と言えば当然だが、財務は1990年代から悪化の一途を辿っている。さらなる会員数減少、収入減少は避けられないだろう。

JARLの理事だった方が多数JARDの有給の役員に横滑りしている。JARDは、新たな保証認定で利益を上げようとしている。一方、JARDの財務から分かることは、余剰資金が7000万円あり、投資活動をしている、ということ。JARLとJARDは一体化しており、JARLはJARDの業務拡大だけに腐心しているように思える。

JARL・JARDの幹部になっておられる方々は、アマチュア無線家から様々な手数料を得て、JARDの収入をさらに増やすことに腐心しているように思える。そのための批判勢力排除だったのだろう。

これは、もう沈みゆく泥船以外の何物でもない。JARL・JARDの幹部たちには、アマチュア無線を次世代にどのように受け渡そうとしているのか、何もビジョンがない。

マーラー 交響曲第九番 

マーラーの交響曲9番を、最近しばしば聴く。かなり長大な曲なので、正直なところ、緊張感をもって聴きとおすことは難しい。が、終楽章が白眉の音楽だと思う。第10番が未完成に終わったことを考えれば、この交響曲が彼の最後のまとまった作品と言えるのだろう。それでも、終楽章は、マーラーがいつもやるように、手を加えることが少なかったようで、彼のオーケストレーションの重厚さに欠けるところがある、と解説には記されている。だが、それだからこそ、彼の飾らぬ思いがこの楽章に表現されているともいえるのかもしれない。

この音楽のテーマは、死からの解放だったのだろう。当時の時代思潮も、「死」にまつわる思索、表現にあったと言われている。それに加えて、マーラーのやや強迫的なまでに死からの救いを音楽に求める生き方が、この交響曲に結実したと言える。終楽章の第四小節に初めて現れる16分音符からなる動機が、全体を通して繰り返し現れる。これが、人の呼吸または何らかの生命現象を表現しているように思えてくる。索漠とした響きが、慰めと表裏一体になって、音楽が進行する。最後は、曖昧模糊として意識が遠のく状況を表現しているかのようだ。チェロのソロが最後の呼吸の動機を繰り返し、消え入るように音楽は終わる。最後の小節の表情記号は、eresterbend・・・あたかも死ぬかのように・・・である。この表情記号をマーラーはほかの作品でも用いているらしいが、この曲では、最終的な場面で大きな意味をもつ指定になっている。

アバドが2010年、亡くなる3年ちょっと前に残した録画がYoutubeで視聴できる。ルツェルン音楽祭という夏の間スイスのルツェルンで開催される音楽祭のオーケストラの演奏。錚々たる面々が参加していることが分かる。アバドは、死は生の実存の一側面に過ぎないと述べたと言われている。この曲を振る彼の表情は、死と抗うことなく、生きることを示しているように見える。時に微笑みを浮かべて・・・。終楽章の最後は、明かりを徐々に暗くし、指揮を終えてから2分間ほどの沈黙を守る。

この歳になり、人生の有限性を改めて感じる。身体的、知的能力が徐々に衰えてゆく。その最後は死である。アバドが、この作品の演奏で死を受け入れたように、自分も死を受け入れらるか・・・分からない。だが、若いころのように、死と抗うことはしなくなるのではないだろうか。若い時代の死の観念は、その苦しみと恐怖への思いは、自分の人生が完成されぬままにこの世界を去ることであった。だが、人生が完成したとはとても思えないが、十分に生きたという思いは、現在ある。もちろん、死が差し迫ってくれば、私を構成する細胞の一つ一つが死に抗い始めるのかもしれないが、若い時ほどには無念の思いは強くないのではないか、と思える。マーラーの死の観念をアバドが受け止めたように、自分も受け入れることができるだろうか・・・。

スプリアス保証認定の可笑しさ 

どう考えてもおかしい。

新スプリアス基準のための新たな保証制度。保証認定という制度自体が、何をどうやって誰が誰のために保証するのか分からない、世界的に見ても他にない制度であり、要するに、天下り組織のために我々が支払わせられる「しょば代」に過ぎない。

過去のJARLが、こうした歪な制度を行政と一緒になって生み出してきた。この調子では、アマチュア無線が衰退しきるまで、連中はアマチュア無線家から簒奪する積りだ。

アマチュア無線が自己研さんをする趣味だというのに、こんな保証認定があったら、リグの自作もおちおちできない。作ったとしても、電波を出せない、ということになる。

今回のスプリアス保証で笑ってしまうのでは、二台目からの割引、JARL会員への割引があるということだ。アマチュア無線局の免許にかかわるこうした事業で、「割引」などということがあっても良いのか。大幅な割引をするということは、保証料金の算定根拠が何もないことを意味する。保証という制度自体が歪な制度で本来あってはならないのだが、それを一旦認めるとして、料金は、スプリアス実測の手数、事務手続きの手数などから積算し、適正な料金にすべきなのだ。本来は、大幅に低いはず。

なぜスーパーの大安売りのようなことをしてまで、スプリアス保証を行おうとしているのか。一つには、天下り団体でありJARL理事の横滑り団体であるJARDに金銭的な利益を上げさせるためだ。JA6RIL岡崎氏に教えて頂いた通り、JARDの理事・評議員には、JARLの役員を経た者が多い。そして、彼らは有給である。JARLとJARDが一緒になって、この「しょば代」稼ぎに精を出すのは分かりすぎる構図である。

JARDの予算・収支報告は、ブラックボックスだ。どれほどが人件費に用いられているのか、外からは分からない。また、3億円という事業経費以外に、7千万円の「投資」を彼らは行っている。このような準公的な事業を行う法人が、「投資」を行って良いものだろうか。原元JARL会長が、JARLからJARDに持ち出した資金を、JARLに返却すべきではないのか。

スプリアス保証認証の割引は、JARL会員を懐柔するためでもあるのだろう。JARL会員数は、すでに6万人台まで減少している。この新たな保証認定を受けるのを忌避して、アマチュア無線を辞める高齢のハムが続出するのではないか。また、当然のことながら、この制度を批判する会員も出るのではないか。それを、抑え込むために、このような懐柔策を考え出したのではないだろうか。いわば、JARDの金儲けのお裾分けである。準公的な事業において、その対象者を差別的に扱うことは、法の下の平等原則に違反している。JARL非会員はとりわけこの制度を批判すべきなのだ。

JARDの幹部には、この制度によっておそらく億円単位の金が転がり込む。7千万円の「投資」の追加資金にするのだろうか。JARDは、労働集約的な組織だ。この余剰資金は、投資か人件費に回ることになる

JARD・行政はもちろんのこと、JARLもアマチュア無線の将来を何も考えていないことが、この件で明らかになった。

産科医療事故原因分析の杜撰さ 

産科医療補償制度ができて8年。掛け金を集め、補償に回す主体は、日本医療機能評価機構である。

5年目の段階で、同機構はこの制度により670億円程度の余剰金を生み出した。だが、それを医療現場に還元するという話しは聞こえてこない。どうも同機構が懐に入れたままのようだ。その後も、同じ程度の余剰金が集積しているとすると、すでに1000億円程度をため込んでいるものと推測される

同機構は、あからさまな天下り組織である。天下った役人の給与、退職金にふんだんにこの余剰金が用いられているのだろう。1000億円の余剰金があれば、その利息だけでも結構な額になる。天下り役人にとっては、甘い汁そのものだ。

同機構が本来行ってきたのは、医療機関の評価である。その内容が、重箱の隅をつつくようなものであり、医療現場では不評をかこっていた。以前、ここでも何度かアップしたが、同機構は、医療事故、その手前のヒヤリハット案件の分析を行っている。が、原因の多くを医療従事者の不注意にあるとして、彼らに注意を喚起するだけにとどまっている。医療従事者の過重労働による注意力不足まで踏み込んでいない。医師は36時間以上の連続就労が当たり前のように行われており、医療事故案件の原因分析では、そうした医療従事者の労働条件の分析が必ず必要なはずだ。だが、同機構はそれを怠っている。

その上!!、下記の論文のように、産科医療事故に対する分析が、独りよがりのいい加減な内容である、という指摘が、医療現場から出された。医療事故の分析は、担当する医療従事者の見解を十分に把握し、彼らとの討論のなかで行われるべきものだ。ガイドライン等ほとんど意味がないケースが多い。患者、疾患の個別性を考慮すれば当然のことだ。それを、ガイドラインを機械的に適用して、独善的に、そして時には誤ったやり方で、医療事故のケースに適用し医療現場を断罪している。このような原因分析は、医療の質向上に役に立たないばかりか、医療現場を萎縮硬直させてしまう。

このような天下り組織が社会でのうのうと甘い汁を吸い続けている。一方、彼らが行う医療事故の分析は、誤りと独善に満ちたものだ。それは、日本の社会への害悪でしかない。このような天下り組織を放置していると、日本が立ち行かなくなる。

以下、引用~~~

産科医療補償制度 原因分析報告書についての検討

池下レディースチャイルドクリニック院長
池下 久弥

2016年8月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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要約

産科医療補償制度から発行された原因分析報告書について、報告書自体の評価
を行った。20事例について評価を行ったところ、明らかな判定間違いが2例、
指摘そのものの誤りが1例、誤った基準の適合が1例、矛盾した判定が2例、指
摘通りに実施すると深刻な事態を招く事例が1例見つかった。産科医療補償制
度はその見解の優位性および独占性において、その実質は裁判所であり、その
設置は憲法違反とも言える。しかも、産科医療補償制度はその裁判所の設置条
項である当事者の見解の陳述、及び異なる見解の許容すら許可しておらず、近
代裁判所の基準すら満たしていない。


はじめに

わが国では、公益財団法人日本医療機能評価機構のもとで産科医療補償制度が
運用されるようになり、医療機関から提出されたカルテをもとに産科医療運営
組織で原因分析報告書が作成され原因分析が行われてきた。ところが、原因分
析報告書自体についての評価はこれまで存在しなかった。そこで私は、原因分
析報告書そのものについて評価すべく、現在まで公開された入手可能な原因分
析報告書について検討を行った。


方法・対象

対象は公益財団法人日本医療機能評価機構より発行された原因分析報告書の全
文版に掲載された入手可能な事例1)20例について分析した。原因分析報告書は
巻頭に 『 産科医療補償制度の運営組織である当機構の責任のもとに、当機
構に設置した原因分析委員会において作成 』とあり、分析者は原因分析委員
とした2)。 原因分析報告書の情報源は巻頭に『当該分娩機関からご提出いた
だいた診療録等に記載されている情報およびご家族からのご意見に基づいて、
原因を分析し医学的評価を行ってとりまとめたものです』とあり、診療録等お
よび家族の情報とした。


結果

適切な判定がなされていることを想定し、現場に反映する目的で検討を行った
が、現実と矛盾し理論的に説明できない報告がなされていることが認められた
。以下にその内容と問題点を事例ごとに報告する。

1)明らかな判定間違い
妊娠初期の切迫流産に止血剤である アドナ3)及び トランサミン4) を処方
し服薬と安静により切迫流産が治癒した症例。母体および胎児に合併症は発生
していない。ところが報告書では、切迫流産に止血剤であるアドナ及びトラン
サミンを処方したことを『一般的でない』と判定している。そしてその根拠を
線溶系を抑制し凝固による血栓症を起こすからとしている。何を言っているの
であろうか。止血剤なのだから凝固するのがあたりまえである。凝固すること
により出血点を凝集させ止血するのである。それでなければ止血剤として機能
しない。
もし、この事例が血栓症を起こし有害事象が発生した事例であれば上記指摘は
適切であるが、何事もなく治癒しているのである。そして、独立行政法人医薬
品医療機器総合機構 医療用医薬品の添付文書情報において、カルバゾクロム
スルホン酸ナトリウム水和物 (商品名アドナ)及びトラネキサム酸(商品名
トランサミン)の処方に問題はないと記載されている。また、一般産科診療に
おいて、切迫流産にアドナ 及び トランサミンを処方することは、日常的に
行われており5)特殊な処方ではない。この事例での処方は 禁忌処方を行った
わけでもなく、有害事象が発生したわけでもなく、処方により治癒しており、
一般的であり適切な処方と考える。

2)指摘そのものの誤り
分娩中に母児間輸血症候群を発症し、急激な胎児失血により胎児循環不全に起
因する低酸素脳症をきたした症例。この症例において報告書では、28週にB群
溶血性連鎖球菌培養検査を行ったことを『一般的でない』としている。その理
由として、産婦人科診療ガイドラインでは、B群溶血性連鎖球菌は新生児に産
道感染を起こすため、分娩前の33~37週に膣周辺の培養検査を実施し、陽性で
あれば抗生剤により感染予防を行う6)から、としている。
ところが、この症例は切迫早産のため子宮収縮抑制剤であるリトドリンを大量
に使用しており、早産の危険性が極めて高かった症例である。早産の可能性が
ある症例に時期を早めて行ったことは適切であり、むしろ早産になった場合、
行わなかったほうが児を感染の危険にさらす。あるいは、一般的でないとした
根拠を33週~37週に再度実施していないことを指摘しているのかとも考えたが
、28週に実施したB群溶血性連鎖球菌は陰性であり、しかも、新生児にB群溶
血性連鎖球菌感染症は発生していない。したがって培養陰性症例に本態とは無
関係な培養検査を再度行わなかったのは適切であり、指摘そのものが誤りであ
る。

3) 誤った基準の適用
分娩中に突然激しい臍帯炎を発症し胎児血流が遮断され、重篤な胎児機能不全
が発生したため緊急帝王切開を実施したが低酸素脳症となった症例。報告書に
も、突然の臍帯炎であり原因は不明、予防方法もなく対処法もないと結論付け
ている。実際、陣痛発来前のモニターにも異常は認められず経過中のモニター
にも異常はなく予測は不可能であった。
ところが、この症例がVBAC(帝王切開後経腟分娩)であったため、異常が発生
していない陣痛発来前の時間帯にモニターを連続で装着していないことをガイ
ドライン7) に照らして 『基準から逸脱している』と判定している。VBACに
よる胎児機能不全は、子宮破裂による大量失血が本態であり失血による胎児循
環不全なので、全く関連がない。しかもこの症例では子宮は破裂していない。
したがって、陣痛発来前に連続してモニターを装着していても予知はできず、
かつ、予防もできず、かつ、解決方法にもならない。しかも、連続装着してい
ないだけで、適宜モニタリングを行っており、そのモニターに異常は認めてお
らず、報告書もそう記載してある。
したがって、陣痛発来前の段階で子宮破裂を予見する目的でモニターを連続装
着しないのは適切な判断であり、指摘そのものが誤っている。産科医であれば
この指摘は誤りだと容易に理解できる。ところが、医学知識のない新生児の両
親には、この指摘の誤りに気がつくことは不可能である。関連のないVBACの基
準をあてはめ、かつ、発生時期と関係のないモニターの連続装着を指摘して、
『基準から逸脱した』と判定してあれば、文字どおり報告書こそが『基準から
逸脱している』と理解する。

4)ガイドラインに準じて実施しても救命できない矛盾した判定
分娩進行中9cm開大したところで破水し臍帯脱出をきたしたため、超緊急で急
逐分娩を行い9分後に経腟分娩したが低酸素脳症となってしまった症例。
報告書では、子宮口全開大前、臍帯脱出をきたした症例に、頚管用手開大、ク
リステレル圧出法、吸引分娩を行ったことが不適切だと指摘している。その根
拠として、ガイドライン8) に準拠しないからとしている。そしてこの場合、
胸膝位や骨盤高位を保持した状態で膀胱への生理食塩水の注入や内診指による
児頭先進部圧迫を行い緊急帝王切開の準備を行うことが最善の方法であると指
導している。
ところが報告書の提言どおりに実施し救命できなかった症例があるので重ねて
提示する。分娩進行中 子宮口2cm開大 st-3の時点で破水し臍帯脱出をきたし
た症例。上述の指摘どおりに内診指による児頭圧迫を行い緊急帝王切開を実施
したが、低酸素脳症となっている。ガイドラインに準拠していないのが不適切
というのならばガイドラインに準拠していれば救命できるはずである。救命で
きないというのであればガイドラインの引用が不適切であり、責任を取るべき
はそのガイドラインを誤って引用し、そのガイドラインを利用して判定を下し
た産科医療補償制度である。

5) 勧告どおりに実施することにより深刻な事態を招く事例
妊娠35週、突然の激しい腹痛にて受診。来院時、既に常位胎盤早期剥離を起こ
しており、胎児心拍80拍/分にて回復せず、経腹超音波にて血腫を確認し、常
位胎盤早期剥離の診断にて、搬送先分娩機関に連絡をとり、搬送後22分で緊急
帝王切開にて分娩となったが低酸素脳症となった症例。報告書では、搬送元の
適切な受診の指示、胎児機能不全の診断、緊急母体搬送の迅速な手配と的確な
医師への情報連携は、医学的妥当性があるとしていると評価している。
そして、この症例を緊急母体搬送事例と判断しているにもかかわらず、搬送元
のカルテ記載について受診から母体搬送に至る経過、検査所見、妊婦及び家族
への説明が不備であるとしている。ところが、この症例は、報告書でも記載さ
れているように、緊急母体搬送事例である。ゆるりとカルテに経過や検査所見
、妊婦や家族に説明をしている事態ではない。これらを割愛し、迅速に診断、
連絡、連携したからこそ、報告書でもこれらが迅速で適切であると評価してい
るのである。
そして、家族の意見にもこれらが不足しているとは意見されていない。そして
、不備であると記載されているが状況はここに記載できるほど充分に収集され
ている。むしろ、指摘どおりに充分な検査を実施し説明を実施した場合、迅速
な救命はなされるのか。本当にこの報告書の指摘どおり実施するのが救命につ
ながるのか。そして 報告書の指摘どおり実施して救命できない場合、当然、
その勧告をした産科医療補償制度が責任を引き受けるべきである。


考察

1)見解の優位性、独占性
切迫流産や絨毛膜下血腫に止血剤を併用することは周産期医療で日常的に実施
されており添付文書で禁忌とされている処方でもない。しかしこれが『一般的
ではない』 と判断された報告が2例認められた。何を基準にして判断したの
であろうか。日本国内で使用される薬品は、独立行政法人医薬品医療機器総合
機構が審査を行い添付文書が発行されており、添付文書はれっきとした専門機
関の見解である。
何の根拠があって、薬事の専門家でもない産科の原因分析委員会が覆せるのか
。語弊を恐れずに述べるなら、ここに産科医療補償制度の本質が表れている。
どんな基準があろうとも、どんな勧告があろうとも、原因分析委員会が決めた
ことがルールとして適用されるということである。つまり、原因分析委員会こ
そが法律であり、裁判所だということである。

2)見解の相違の不許容
報告書を作成するのも人間であり、残念ながらすべてにおいて完璧ということ
はありえない。指摘自体の誤り、誤った基準の適合は、当然ありうることであ
る。しかし、この報告書は、訂正することも反対意見を述べることもできずに
発行され、報告書に誤りがあっても、誤りのまま患者家族に直接送付される。
そして、本来は多数の観点があるように多数の見解があり、その数だけ救命す
る手段があるにもかかわらず、原因分析報告書以外の観点はすべて誤りとされ
る。
そして、たとえ誤った見解であっても正解の見解として周知されることによっ
て、誤った見解であってもそれがルールだと理解され、しなくてもいいことが
行われ、事例によっては救えるはずのものが救われなくなる。
当然、それを是としない気骨ある医療機関も存在する。しかし、医療機関の見
解と機構の見解が異なるため、見解の異なる原因分析報告書の患者家族への開
示が分娩機関への信頼回復に繋がるはずがなく、患者家族は『医療機関の説明
は報告書の見解と違うじゃないか 医療機関は嘘をついた』と捉えるのが当然
である。そうなるともはや信頼関係は完全に崩壊してしまい、話し合おうと思
っても話し合えないし、医療者も見解が異なるので話のしようがない。産科医
療補償制度は、それを解決すべき現場の問題9)として報告しているが、解決す
べきは産科医療補償制度の方だと思うが、いかがであろうか。

3)機構の勧告を順守しても救命できないという矛盾
産科医療補償制度が医療者の主張を取り入れることなく、自己の見立てにより
鑑定を行い裁定を公表する場合、当然、その結果にも責任を伴う。 産科医療
補償制度が採用した基準を実施しても救えなかったということは、その基準を
採用した産科医療補償制度の責任であり、その基準により救えなかった事例に
おいて損害賠償責任は産科医療補償制度がすべて担うべきである。そして、最
低限、産科医療補償制度の勧告を医療現場に強制的に順守させることにより、
本来は不利益を被らないですむはずの胎児と妊婦に不利益を被らせることだけ
は、絶対させてはならない。

4)ガイドラインは絶対的な基準か
産科医療補償制度は主に産婦人科診療ガイドライン産科編を基準に裁定を下し
ている。ゆえに、ガイドラインを遵守しても救命できなかった場合、その責任
はその産婦人科診療ガイドライン産科編とそのガイドラインを制作したガイド
ライン制作者となる。ガイドライン作成に関与した作成委員やコンセンサスミ
ーティング委員にとっては迷惑千万な話である。
ゆえに、ガイドラインの制作に関わるメンバーは自分たちが製作したガイドラ
インが絶対的な基準で、どんなことがあってもガイドラインを順守すれば絶対
に助かるという絶対的な根拠と自信がないのであれば『このガイドラインは不
完全な基準であり、遵守しても救命できるという基準ではなくましてや絶対的
な基準ではない』と明言すべきである。
そして、『ガイドラインを根拠とした一切の裁定 及び 根拠としての使用を
禁ずる。とくに産科医療補償制度 および 医療裁判等の裁定で使用されるこ
とを断固拒否する』と明記し、使用したことが判明した場合は強く抗議すべき
である。なぜなら、今後、ガイドラインの不備が判明した場合、制作者が紛争
に巻き込まれる可能性が充分ありうると見ている。ガイドライン制作者には、
是非とも紛争に巻き込まれないよう身を守っていただきたい。


おわりに

日本国憲法に 『特別裁判所は、これを設置することができない10)』とある
。産科医療補償制度はその見解の優位性および独占性において、その実質は裁
判所であり、その設置は憲法違反とも言える。しかも、産科医療補償制度はそ
の裁判所の設置条項である当事者の見解の陳述、異なる見解の許容すら満たし
ておらず、近代裁判所の基準すら満たしていない。ゆえに、当事者不在で一方
的に裁定を下すという点において、中世の糾問式の裁判とも似ている。

引用・参考文献
1)〒101-0061 東京都千代田区三崎町1丁目4番17号 東洋ビル
公益財団法人日本医療機能評価機構 産科医療補償制度運営部
2)公益財団法人日本医療機能評価機構 産科医療補償制度 原因分析委員会 
 委員一覧
http://www.sanka-hp.jcqhc.or.jp/outline/pdf/BunsekiMemberALL_201601.pd
f
3)〒100-0013 東京都千代田区霞が関3-3-2 新霞が関ビル
独立行政法人医薬品医療機器総合機構 医療用医薬品の添付文書情報
http://www.info.pmda.go.jp/go/pack/3321401A1077_1_05/
4)〒100-0013 東京都千代田区霞が関3-3-2 新霞が関ビル
独立行政法人医薬品医療機器総合機構 医療用医薬品の添付文書情報
http://www.info.pmda.go.jp/go/pack/3327401A1127_2_05/
5)杉村 基 【早産リスク-最新の評価法と対策-】 絨毛膜下血腫と流早産対策
 産婦人科の実際(0558-4728)61巻4号 Page555-561(2012.04)
6)編集・監修 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会 産婦人科診療ガイド
ライン 産科編2008 p148-149 2008.
7)編集・監修 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会 産婦人科診療ガイド
ライン 産科編2008 p111-112 2008.
8)編集・監修 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会 産婦人科診療ガイド
ライン 産科編2008 p120-124 2008.
9)産科医療補償制度7年の実績とその社会的影響に関する考察 第96回記者懇
談会 日産婦医会報4月号 p5-8 2016.
10)日本国憲法 第六章 司法 第76条2項

JARDの不透明な現状 

JARDについては以前に取り上げたことがあった。原元会長が、JARLが行っていた養成事業と、JARLの資産とを持ち出して立ち上げた法人だ。JARLの財政が一気に悪化したのは、この組織を原元会長が立ち上げたことによる。原会長は、JARDの理事長を経て、現在名誉理事長という職にあるらしい。

こちらに、評議員・理事名簿、予算・収支報告が載っている。

理事長は、JA1HQG有坂氏である。彼はJARLの理事を長年務め、JARD理事長に横滑りしたようだ。他にも、名前からコールが分かる評議員・理事が多数いる。

問題は、予算・収支報告がいかにも形だけで、予算・収支の内容がまったくわからないこと。評議員・理事には給与を支払うとあるが、その額がまったく不明。事業規模は3億ちょっと。事業は赤字のようだが、7000万円を投資しているとある。預金は普通投資とは言わないだろう。一体、何に投資しているのか。こうした公的な性格の法人が投資活動をしてよいのか。投資をするほどの財政余力があるなら、JARLに資産を移転すべきではないか。すでに述べた通り、JARLの財政の窮状は、JARD設立にその一因がある。いずれにせよ、JARDは、情報公開をまったく行っていないのと同じだ。

我々の免許制度の根幹にかかわる事業を一手に(TSSはそのうち切られるのだろう)引き受ける組織の透明性がこれではいかにも不味い。スプリアス保証認定でおそらく数億単位の収入を見込むこの時点で、情報公開をすべきではないか。JARDが、アマチュア無線の振興に寄与する組織であるとするならば、情報を公開し、その運営に透明性を確保すべきだ。

マスコミに情報提供すべきか?

スプリアス確認保証というバカげた制度 

JARDが、来月からスプリアス確認保証なる事業を始めるらしい。JARDがITUの新たなスプリアスエミッション基準に適合すると確認したアマチュア無線機種を「書類上」新たに保証認定するということらしい。一台目が2500円、二台目以降が1000円らしい。すでに保証認定を受けていても、ある時期よりも前に製造された機種では、保証認定の受けなおしが要求される。

お笑いである。

保証認定という制度自体が意味がない。なぜ書類上で機器の性能を保証できるのか。実測しなければダメではないか。国際的な標準からすれば、ITUの新基準を機械的に当てはめるのではなく、ほかの通信に障害を及ぼした時点で対応すればよい話だ。ITUもスプリアス強度ではなく、スプリアスによる他通信への障害を防ぐことを、新たな規制の目的に挙げている。それを、書類上の保証という訳の分からぬことを続け、さらにこの新規制により、新たな保証を受けろというのは言語道断。

要するに、これは、ITUの新規制を良いことに、天下り先に一儲けさせようという魂胆であることがミエミエなのだ。

その証拠に、保証認定にはバーゲンセールをする、という。二台目から大幅な値引きである。意味があるかどうか大いに疑問だが、この保証認定という手続きが真に公的な認証であるならば、なぜバーゲンセールをするのだ。スーパーの大安売りではない。この保証認定という書類上の手続きが、本質的に何も意味しないことを、JARD自らが明かしていることに他ならない。

おそらく、この新たな保証認定で、JARD等は、数億円以上の儲けを得ることになる。我々アマチュア無線家は、ボラれているわけだ。

だが、長い目で考えると、若いニューカマーの方々は、このようなバカげた制度に愛想をつかすことだろう。また、多数を占める、高齢化したハムも、これを機会に免許をリニューアルしないケースが増えるのではないだろうか。アマチュア無線の興隆をはかるべき、JARDがその衰退に拍車をかける。タコが自分の足を食う構図だ。行政当局もJARDもアマチュア無線のことをこれぽっちも考えていない。

そして、最大の問題はJARLだ。なぜこのようにバカげた制度を諾々と受け入れるのか。JARLの幹部は一体何を考えているのだろうか。これを機会に、むしろ包括免許制度を実現するように強力に働きかけるべきではないか。天下り団体への利益誘導に協調していては、アマチュア無線は衰退するばかりだ。それはJARLの自殺行為である。

天下り団体のためだけを考えた、これほどバカげた制度により、天下り団体に金を上納することは、無意味であるばかりでなく、反社会的ですらある。