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Prose W4BW 

Prose W4BWのことは、以前にまとめて、どこかに記したかと思ったが、そうではなかったようだ。Tim VK3IMと昔話をした際に、彼の口から出てきた、懐かしいコールの一つとして以前のポストに記してある。

懐かしいといっても、彼が92歳でサイレントキーになったのは、まだ8年前のことだ。彼と頻繁に交信をしていたのは、90年代前半までだったろうか・・・彼の奥様が亡くなり、フロリダからニューヨークに、彼が移り住む前までのことだった。

私が無線にカムバックした80年代に、Proseとはしばしば交信させて頂いた。日の落ちる頃、フロリダはTallahasseeという打ちにくい地名の町から、7メガで強力な信号をこちらに送り込んでこられた。時にキーボードを用いておられたが、大体は、キーヤーで、ゆっくりした速度のCWであった。CWは、名手であり、送信し間違いは殆どなし。悠揚あい迫らざるキーイングで、周期の長いQSBを伴い、こちらに届く信号は、本当に忘れえぬものだ。それをどのように表現するか困った私は、とっさにMANLYだと申し上げたら、笑いながら気に入って下さった。リグは何をお使いだったか・・・昔、コリンズの技術者をしておられて、SラインだったかKWM2の設計に携わったと仰っていたので、コリンズだったのかもしれない。

アンテナが、フルサイズの3エレで、自立タワーに載せてあった。周囲は、低い潅木の続く平原だったようで、信号が強力なのは当然のことだった。当時80歳を過ぎておられたと思うが、自作のアンテナエレベーターに乗って、アンテナの保守をしているとのことだった。ワイアーで、座椅子のような乗り場を上げ下げする簡単なエレベーター。いかに安楽かと、そのエレベーターに座って、片手にウイスキーグラスを持ち、にっこり微笑んで撮った写真を送っていただいたことがあった。タワーの頂から撮った周囲の写真もあったはずだ・・・。

それらの写真、どこかに保存してあるはずなので、スキャナーで取り込んでみたいと思っている。お子さん達は既に独立され、Ellanieというお名前でいらっしゃったか、奥様と二人の静かな生活を送っておられた。やがて奥様が体調を崩され、亡くなられたのを境に、プッツリと彼の信号が聞こえなくなってしまった。風の便りによると、養老院のような施設に入られたとのことだったが、彼の死を報じるQCWAの、この記事によると、お嬢様の住むニューヨークに移り住み、亡くなる直前まで無線を愉しんでおられたらしい。それを知って、お目にかかれなかったのは残念なことだったが、彼にとっては、ご家族が近くにおり、無線もできる平安な晩年だったのだろうと知り、ホッとしたことだった。

その記事にも記してあるが、彼は、FCCの民生・アマチュア無線部門の責任者を1970年代に数年間勤めたらしい。あちらの官僚は、政権交代と共に、交代すると聞いていたが、Proseのように実務を良く知る人間が関連する行政の責任者を務めることが、どこかの国の官僚とは大違いだ。彼は、WARCバンドの創設に力を尽くしたようだ。米国のアマチュア無線の免許制度は、費用、手間、それに希望するコールサインを得られるシステム等々、わが国とは大違いである。リグ毎に、許認可を得ることや、固定と移動の二種類の免許があるわが国の制度を、米国のハムに説明することは難しい。彼等にとっては、信じられないことなのだ。米国にも官僚制度の問題はあるかもしれないが、アマチュア無線に限れば、とてもフレキシブルな制度になっている。勿論、ARRLとJARLの体質の違いもあるのだろう・・・JARLほど膠着した組織もない。Proseのようにアマチュア無線を実際に晩年になるまで愉しむような、アクティブなハムが、官僚を務めていることも、かの国の制度の合理性にも寄与しているのだろう。

最近、日の沈む頃、7メガでダイアルを回すことが時々あるが、Proseが活発に聞こえていた時代とは様変わりし、バンドが静まり返っている。あの良い時代は、確実に過去のものになってしまったのだろうか・・・。

平原ヴァイオリン工房を訪問 

今日の昼休みに、弦楽器の製作修理技術者の方のところに、手に入れた楽器を携え出かけた。峠を一つ越えた先、丘陵がゆったりと続く場所に、彼の工房がある。以前にも、彼の工房・彼ご自身の写真をアップしたことがある。ここ。彼の工房は、静かな丘陵の中腹にあり、立派な高床のログハウスだ。訪れるといつも、時間の流れがゆっくりとしているように感じる。今回も工房の写真を、丘陵のふもとから撮ろうと思ったが、鬱蒼とした木々に囲まれて見ることができなかった。その代わり、彼の工房の近くの丘陵を帰路デジカメに収めた。少し靄がかかったようにみえる。静かな田園地帯だ。

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入手した楽器の作りや、調整具合を見ていただいた。この楽器の製作者の方のこともご存知のようで、作りには問題がなさそうだとのコメントをいただき、ほっとした。駒の厚さの問題等いくつか問題があるが、当面はこのままの状態で使い続けることに決めた。突然の訪問だったのに、親切に対応してくださり、的確なコメントを頂戴して恐縮至極だった。僅かなお礼を差し出しても受け取ってくださらなかった。このように親身に対応してくださる専門家が近くにいることは幸いなことだ。

新しいチェロ 

2001年(だったろうか)に購入したチェロに別れを告げて、イタリア製のチェロを先週末入手した。音楽文化の貴重な財産を、ど素人の私が占有してよいものかとか、道楽にさらに金をつぎ込んでもよいのだろうかと迷っていたが、これから楽器演奏をリタイアするまでの間、自分を楽しませてくれる楽器に投資をしてもよいではないか、楽器を弾かなくなったら、楽器に相応しい方に引き継いでいってもらったらよいではないかと、自分を納得させての購入だった。

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先々週の土曜日に東京の楽器店で当りをつけ、石岡市に在住の楽器修理製作の専門家でいらっしゃる平原氏にご意見を伺い、さらに先週末には、バイオリンの教師をしていらっしゃるTさんに同行してもらった。お二方には、貴重なご意見を頂いた。先週末、楽器店にご一緒して下さったTさんの目の前で、この新しい楽器の調弦を始めると、調弦の音だけで、音の違いが明瞭だとの、Tさんの言葉。これまでの楽器と冷静に比較し、結局、これまでのチェロを下取りに出し、このチェロの購入を決めた。

少し明るい赤みを帯びたニス。美しい造形。音は、全般に良く出ている。少し、倍音の伸びが目立ちすぎる気もするが、芯のある音だ。低弦も、迫力のある音。中音域は、中抜けのする音だ。高音域も素直に伸びてゆく。

どこかのサイトで、こんな意味の文章を読んだことがある。楽器を擬人化した言葉である・・・『かって、森の中で風に揺られて、歌を歌っていた。切り倒され、楽器になった今、新たに歌を歌う』・・・。この言葉を読んだとき、素敵な表現だなと思うのと同時に、何か、音楽文化の財産である楽器に対する畏敬の念を抱いたものだった。巡り巡って、イタリアのクレモナから日本の田舎にやってきた楽器、それに付与された音楽的な生命を絶やさないように、大切に使って行きたいと思っている。

平原ヴァイオリン工房 (2) 

平原ヴァイオリン工房のログハウス。丘の中腹に、うっそうと茂る木々に囲まれて建っている。こじんまりと見えるが、かなり大きい。

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平原ヴァイオリン工房 (1) 

今日、昼休みに、前出の平原ヴァイオリン工房に、修理・調整に出していたチェロを取りに出かけた。

チェロは、テールピースの裏彫り(弦を受ける部品で、木製、楽器は少しでも軽いほうが良いので、裏側を削って頂いた)、魂柱・駒の調整(弦の振動を、表板・裏板に伝える重要な部品の位置の調整)などをして頂いた。テールピースを、エンドピンに固定する紐を新素材のものに変更して頂いた。楽器の表面が大分汚れていた様子・・・恥ずかしいこと・・・。

弦も新しくして頂いた。C線が、スピロコアのタングステン巻き(一本で一万円もする)、G/D/A線が、ラーセン。交換は、1年ぶりくらいだろうか。楽器の調整や、上記の加工をして頂いたこともあいまって、張りのある音で良くなるようになった。高音域が伸びている。中低音域も、メリハリのある音。

弓の毛替えもして頂いた。弓が、弦に吸い付くようだ。

楽器は、改めて生命を吹き込まれた。それも、明るい伸びやかな生命を・・・。

下の写真が、平原氏と、その工房。私の愛器の前で。彼は、丁寧で、繊細な仕事をされる。彼のサイトも是非あわせてご覧になってみていただきたい・・・私のブログを検索するのにコールサインでググッてみて下さいと申し上げたら・・・彼も、中学・高校生時代に無線をしていたとの思いがけないお話があった。電信もなさっていた由。世界が狭いのか、中高年にとって、この現在はごくマイナーな趣味が、かってキング オブ ホビーだった証なのか・・・。

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チェロと弓が入院 

仕事場でいつも使っている弓の引っかかりがよくなくなってきた。それに、弦も、パワーが無くなり、へたってきた。楽器の定期健診も1年以上受けていない。楽器と、弓を、近くの楽器職人の方のところに持ってゆくことにした。

車で1時間ちょっとの距離。茨城県の丘陵地帯、丘の中腹に、目指す平原ヴァイオリン工房がある。楽器の修理は、都内の高名な某楽器職人の方にお願いしていたのだが、往復するのはかなりのエネルギーと時間を必要とする。それで、ここ3,4年間は、平原氏にお願いすることが多くなった。

彼のサイトに自己紹介も記されていたと思うが、大学で機械工学の勉強をし、エンジニアとして社会に出てから、一念発起、楽器職人を目指されたらしい。クレモナの学校を出て、あちらの製作職人に弟子入りし、訓練を積んで、数年前に帰国なさった方だ。現在お住まいのログハウスの立派なお住まいも、自分で建ててしまったようだ(勿論、専門家の助けも得たようだが・・・)。

今回の楽器の修理は、テールピースの裏彫り・松脂落としそれに魂柱の調整になる予定だ。弓の毛替え、弦の張替えも・・・。C線があたる指板の部分が、多少えぐれて、表面に凸凹が生じていて、その部分も削っても良いかもしれないと言われたが、修理が大規模になることと、現在使用していてあまり不都合がないので、とりあえず、それは後回しにすることにした。指板にえぐれが出来たことは、弾きこんだともいえるわけで、ちょっとした勲章(腕の上達が伴えばもっと良いのだが・・・笑)。

彼の工房の周辺は、起伏の緩やかな丘陵が続いている。稲や野菜それに果樹の畑が続く。今日は、やたら暑かったが、それでも畑を吹き抜ける風は心地よい。彼自作のログハウスは、平屋だが、傾斜地にあわせるように、高床になっている。天井も高い。太い木でできた構造は、落ち着きと、暖かさをかもし出している。当然のことだが、雑音は全く無い。大きく茂った栗の木や、クヌギのような木々が、庭に育ち、周囲を囲んでいた。写真を撮る積りが、度忘れしてしまった。彼は、最近、弓道を始めたらしい。彼の工房では、時間がゆっくりと過ぎているように感じられた。

UR5IF exUB5IF 

714Xは、FB比がもう一つだななどとぶつくさ言いながら、VK、ZL、YBそれにヨーロッパ、少数のWと交信を続けていたら、Mike UR5IFから呼ばれた。何年ぶりだろう。1960年代、UB5IFというコールで、ガツンと毎朝JAに電波を飛ばしてきていた局だ。

それほど英語が得意でないようだが、精一杯の気持ちを表現してくれる。お前の信号はいつも強いとか、これまでも沢山交信したとか・・・。5Wに2エレという少し不思議なセットアップ。QRPは、数年前にお目にかかったときと同じようだ。

お歳を尋ねると、75歳とのこと。キーイングに少しミスが増えたか・・・。Uゾーンの局は、昔から続けている方が少ないような印象がある(以前にも記した)。そんな中で、Mikeのように出続けている方にお目にかかるのは嬉しい。

彼と交信していて、昔読んだアルブレヒト ゲースの作品「不安の夜」という小説を思い出した・・・が、その話は、また稿を改めて。ウクライナの広大な平原を思い起こしたことだった。

最後にPOKAと打つと、彼もPOKAを三回繰り返して名残を惜しんでくれた。 

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