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ジャーナリズムの劣化 

この内田樹氏の言葉は至言である。

内田樹氏のtweet;

ある通信社から「安倍政権は歴代最長を記録しそうですが、長期政権の理由は何でしょう?」というインタビューの申し出がありました。答えは「あなたがたジャーナリストが知性と徳性を失ったから」以外にないんですけど・・・それを聴くだけのために神戸まで来ますか?

この二日ほど、例の進次郎の結婚報道がテレビを席巻しているらしい。それを報じるマスコミに、もう少し掘り下げる報道、内田氏による「知性と徳性」に基づく報道をすることはできないものか、という小田嶋隆氏の発言。もっともだと思う。こんなマスコミに我々は日々洗脳されて過ごしていることを肝に銘じなければいけない。残念なことなのだが・・・。

こちら。

トリプルゼロの、何の成果も出していない議員が、40歳前後になってできちゃった婚を、こともあろうに官邸で大々的に公表し、それをマスコミは徹底して報じ続ける・・・やはりどこか狂っている。

トランプ来日で、米国が得たものは、即ちわが国が失ったもの 

内田樹氏の述べた「倒錯した」思考は、国民に受け入れられているように思える。だが、その思考、判断の出所は、自民党政権である。

自民党は、かってCIAから資金を提供されて、米国にとっての「防共」の盾となるべく誕生した。それを担ったのが岸信介だ。その根本的な思考から、自民党は抜け出せていない。冷戦構造がとっくに終了し、ただ米国の側についていれば、わが国の政権が、米国から信任され支持されるという時代は終わった。

だが、今も米国に隷従することで、自らの権力基盤を維持し、自らの利益になると信じているのが、岸信介の孫、安倍晋三による現政権だ。

冷戦構造が終わった今、わが国は米国により社会的共通資本たる農業・医療を破壊され、自衛隊員の生命を米国の世界戦略にのために差し出そうとしている。それは、「売国」そのもの。それに、国民がまだ気づかない。

以下、引用~~~

内田樹「米大統領が訪日で獲得したものは、そのまま日本が失ったものだ」
連載「eyes 内田樹」

内田樹2019.6.5 07:00AERA#内田樹

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

 *  *  *
 
トランプ大統領が訪日日程を終えた。安倍首相はゴルフと大相撲など異例の歓待で日米同盟の緊密さを世界にアピールして堂々たる外交的成果を上げたと大手メディアはうれしげに報じているが、そのような気楽な総括でよろしいのだろうか。

 大統領は首相との密談の中身について「農作物と牛肉」をめぐる交渉で「大きな進捗」があったこと、「7月の選挙が終わった後」に「大きな数字」が出てくることまであっさりツイッターで暴露した。横須賀では空母化される「かが」に搭乗して、米国製の兵器の「最大の買い手」である日本政府がこれから1機150億円のF35ステルス戦闘機を105機購入すること、それを艦載した大型艦船が「すばらしい新しい装備で地域の紛争にも対応することになる」と日米同盟の広域での軍事的展開を予言してみせた。

 このどこが安倍外交の「成果」として称賛されるのか私にはわからない。大統領はただ「属国」を視察に来て、「代官」に忠誠心の踏み絵を踏ませて、満足して帰って行ったようにしか見えない。

 大統領は大幅な関税引き下げを求め(それは日本の農業に致命的な打撃を与える)、維持費を含め6兆円の戦闘機を買わせ(それは福祉や教育や医療に投じることができた財源である)、日米同盟の本質が軍事的なものであることを世界に広言した(それは米国が始める戦争に日本が巻き込まれるリスクを高めた)。

 大統領が訪日で獲得したものはそのまま日本が失ったものである。にもかかわらず、多くの日本人がこの「成果」に随喜している。なぜそのような倒錯的な思考ができるのか。説明できる仮説を私は一つしか思いつかない。それは「米国の国益を最大化することがわが国の国益を最大化することである」という信憑がひろく日本社会に行き渡っているということである。

 これに類する事例を私は他に一つ知っている。かつてソ連の衛星国の指導者たちが主語を「ソ連」に替えただけで、これと同じ文型で自分たちの統治を正当化していたことがあった。それらの国々がその後どうなったか、人々はもう忘れてしまったのだろうか。

エセ保守政権は、記録・歴史を隠蔽・改ざんする 

昨夜(深夜)にアップしたニュースにも関連する、青木理氏の評論。まっとうな意見だ。

だが、元号変更と刃物事件の報道ばかりで、この国の存立を左右する問題はあまり報道されていないようだ。

内田樹氏が、「涅槃状態」にあると喝破した世情だが、「生きる力、生きるための本当のエートス」を失いつつある社会になっているような気がする。何が正しく、何が生きる上で根本的に重要なことなのか、人々が分からなくなっている状況というべきか。

少なくとも、真正の記録を率先して破棄し、フェークで乗り切ろうとする政権等存在を許してはいけないはずなのだが、政権のおぜん立てした祭りとスキャンダルの報道で国民は酔いしれているように思える。

本当の保守はいないのだろうか。そして、このエセ保守政権の本質を国民が理解する日は来るのだろうか。

以下、引用~~~

【 週刊現代 5月11・18日号 青木理:記録を大量廃棄し、歴史の礎を無視する現政権はエセ保守にすぎない

パリのノートルダム大聖堂が炎上し、フランスのみならず世界に衝撃を与えた。それも当然なのだろう。12世紀半ばに建設がはじまり、ほぼ完成したのは13世紀半ば。ざっと800年超の歴史を持ち、初期ゴシック建築の傑作として世界文化遺産の一角に登録されている。歴代大統領の国葬などにも使われ、渡仏する観光客は誰もが足を運び、フランスにとってシンボル的な存在だったのだから。

一方で、ふと考えてみたくなる。煎じ詰めれば単なる建築物に過ぎないものの喪失が、なぜこれほどの衝撃事として世界に伝えられたか。大きくはノートルダム大聖堂の持つ「歴史性」ゆえだろう。はるか以前の人びとが壮麗な建築物の創造にエネルギーを注ぎ、紆余曲折を経てそれは800年後の現在まで遺された。長きにわたる時の積み重ねは、当然のこととしてさまざまな逸話や事件も絡みつき、そうして形作られる歴史や伝統に多くの人が敬意を抱き、頭を垂れる。決して保守主義者でない私も、大聖堂の炎上には心が痛んだ。

逆に言うなら、長きにわたる時の経過に耐えうるように事物を後世に伝えていくことこそ、歴史や伝統を重んじる保守主義の要諦ということになる。では、大聖堂の炎上とほぼ同時期に報じられたこのニュースはどう受け止めるべきか。4月14日、毎日新聞朝刊の1面トップ記事である。

首相と省庁幹部らの面談で使われた説明資料や議事録などの記録約1年分を毎日新聞が首相官邸に情報公開請求したところ、全て「不存在」と回答された。(中略) 官邸の担当者は「記録は政策を担当する省庁の責任で管理すべきだ」と説明したが、重要とみられる16件を抽出して府省側に同様の請求ことをしたところ、10件については説明資料の保有を認めたものの、どの府省も議事録の保有を認めなかった 〉

記事には〈 匿名で取材に応じた複数の省の幹部 〉の話がこう記されている。「官邸は情報漏えいを警戒して面談に記録要員を入れさせない」

関連記事にこんな証言も。
〈 ある省の幹部は「首相の前ではメモは取れない。見つかれば、次の面談から入れてもらえなくなる」と打ち明けた。別の省の幹部たちは「メモはまずいので、ポケットに録音機を忍ばせて臨んだ」「幹部は面談後、記憶した首相とのやり取りを部下に口頭で伝えてメモを作らせている」と証言した。「官邸ににらまれるので、公文書扱いにはしていない」と話した幹部もいた 〉

振り返れば、各省庁で重要文書の隠蔽、廃棄が相次ぎ、ついには財務省で公文書が改竄された森友学園問題などを受け、政府は公文書の扱いに関するガイドラインを改定し、政策や事業実施に影響を与える打ち合わせ記録の作成を義務づけた。だというのにこの惨状。これでは権力中枢の意思決定過程が検証できず、行政の私物化をますます横行させかねない ー などと難じても、おそらく現政権とそのコアな支持層には蛙の面に小便だろう。

しかし、これは歴史の礎となる重要記録が残らないことも意味する。公開するか否かは脇に置くとしても、権力の意思決定をめぐる正確な記録を残さなければ、後世の人びとが敬意を抱き、頭を垂れるかもしれない歴史は紡げない。伝統は形作られない。現政権とコアな支持層が真の保守ではなく、エセ保守であることの何よりの証左である。

「涅槃状態」にある国家 

内田樹氏の言う「涅槃状態」に国民の多くが陥り、覚醒しない。そこをついて、米国を宗主国と仰ぎ戦前体制を作り上げる異形な政権が居座っている。否、政権自体が同じ「涅槃状態」なのだ。安倍首相、政権の得意技は「やっている感」の演出である。自らの権力・権益を確保・維持するために、やっている振りを続けている。安倍政権の行っているのは、外交ではない。対米従属だけである。国民は、それに慣らされ、わが国ほど素晴らしい国はないのだと思いこまされている。

北方領土はわが国固有の領土である、という主張が、外交白書から除かれた。これまでのわが国の政権が維持し続けてきた基本的な主張である。この主張を取り下げることで、ロシアから北方領土を返還できなくても、「無問題」になった。領土問題の解決は難しい。時間と手間のかかる課題だが、安倍政権は、いとも簡単にわが国の主張を取り下げてしまった。

北朝鮮との交渉窓口を持たない国は、関係五か国のうちわが国だけになった。安倍首相は、拉致問題を最重要課題だと打ち上げてきたが、その解決を目指す考えは少しもない。拉致問題を政治的に利用するだけである。拉致問題は、解決されぬことが、安倍首相にとっては大切なのだ。

これらは、安倍政権の「涅槃状態」を示す。そして、それを受け入れ、わが国があたかも独立を満喫し、何も問題のない民主主義主権国家で、世界中から羨まれているという妄想を抱く国民がいる。

Blogos内田樹氏の論考を引用~~~

涅槃状態に入った安倍政権

北方領土問題の解決が政府のアジェンダから消されました。

そんな問題ははじめから存在しなかった、ということにすれば政権の失策は問われない。

これは安倍政権になってから、重要な問題のすべてについて政権が採用してきた遁辞です。

それについて去年ある大学での講演でしゃべったことの一部を再録しておきます。

 そして、2012年から安倍政権が始まる。これが僕の戦後史第五段階論の第五段階に相当するわけですけれども、これはもう切るカードが何もないわけですね。経済カードも政治カードも、新しいカードは何もない。やれることは外交的には全面的な対米従属、アメリカの企業に対する市場開放と、日本の公共財の切り売り。

 とりあえず、それさえしておけば政権は延命できる。

 とにかく「やってはいけないこと」だけはわかっている。

 それは鳩山政権がやったことです。

「国土を返してくれ、国家主権を返してくれ」ということはおくびに出してもいけない。それを言った瞬間に政権が崩壊することだけはわかっている。だから、対米交渉は一切何にもしない。全部アメリカの言う通りにするということだけが決まっている。

「対米交渉」というのは、交渉らしきものをしているただの時間つぶしです。安倍政権の国会運営と同じです。「やっているふり」をしているだけです。最終的にはアメリカの要求を全部丸のみにする。それがわかっているから、アメリカは安倍政権の延命を許している。さすがに対米自立のために何もしなかった政権というのは戦後初めてです。

 日本は主権国家であって、望むものはもうすべて手に入れているので、要求することはなにもない。完全に満たされているというのが安倍政権下の日本国民が享受している「妄想」です。

 もう全部達成し終えた。国土も回復したし、国権も奪還した。だから、世界中から日本は尊敬されている。世界中の人が日本をすばらしい国だとあこがれている。「日本すごい」とか、「世界が尊敬する日本」とかいうテレビ番組や書物が溢れていますけれど、これが第五段階の特徴です。

 もう達成すべき目標がなくなった。すべては手に入ったので、何の努力も要らない。涅槃状態のうちにある。それが現在の日本です。

 敗戦後の国民的な課題であったはずの「国土の回復、国権の回復」は実はとっくの昔から達成されていたので、そんなことは今さら考えるに及ばない。それどころか、明治維新からあと先の大戦までの近代日本がやってきたことはすべて「すばらしい達成」ばかりであって、そのせいで世界中の人々から、とりわけアジアの被侵略地や旧植民地の人たちから感謝され、尊敬されているというような妄説に人々が取り憑かれている。

 沖縄の基地問題に対する日本国民の無関心、北方領土に対する無関心、北朝鮮の拉致問題に対する無関心、すべて同根です。今の日本は最高の状態で、安倍政権がやっている政策は外交も経済すべて成功しているという話のうちに眠りこけているのが現代日本人が落ち込んでいる「ニルヴァーナ状態」です。

 その病的な「努力したくない」感は自民党改憲草案の前文に徴候的に現れています。そこにはこんなことが書いてあります。

「我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。」

 これを日本国憲法の前文と比べると、その異様さが際立ちます。憲法前文にはこうあります。

「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う

 自民党改憲案は「占めており」、現行憲法は「占めたいと思う」です。

 自民党草案を起草した人間の脳内では、日本はすでに国際社会において重要な地位を「占め終わっている」。

 だとすれば、いったいこれ以上何を努力する必要があるのか。

 実現困難な理想を掲げて、それに向けて鋭意邁進するというタイプの文言はもう使わないということについてどうやら起草委員たちはひそかに合意していたようです。

 日本にはもう努力目標が存在しない。

 アメリカからの国家主権の奪還は不可能なので、それについてはもう語らない。アメリカとロシアからの領土の回復は不可能なので、それについても、もう語らない。安保理の常任理事国入りについても、もう語らない。

 それが21世紀の日本人が落ち込んでいる国民的規模での「涅槃」状態です。

 これは重い病気に罹った人間が「私はまったく健康である。他の人たちが私の健康を羨ましがっているほどだ」とへらへら笑っているのと変わらない。主観的にはいい気分かも知れないけれど、そうやっているうちに手当をしない患部はどんどん壊死している。(後略)

「新元号の由来」 

内田樹氏によると、新元号の由来・・・

「国書から」と誇らしげに発表したのに後漢の詩人張衡の「仲春令月時和気清」が出典でした

ということらしい。

別なtweetでは・・・

張衡「帰田賦」(AD78-139) ←晋王朝の安帝の時代の人物

王羲之「蘭亭序」(AD353)

昭明太子「文選」(AD501-531)

大伴家持「万葉集」(AD759)

安倍晋三「令和」(AD2019)


万葉集の和歌からの引用だと述べて、安倍首相は、強引に日本の四季につなげているが、中国にも四季はある、ということだ。

私は元号は基本使わないので関心が殆どないのだが、元号制定を鳴り物入りで盛大にやって、これでは恥ずかしくないのだろうか・・・。

本当に、知性を欠く首相、その取り巻き達だ。あの有識者たちは一体何の有識者なのだろうか。

「背後」は「せえご」と読むと、閣議決定か? 

先の国連総会、トランプ大統領は遅刻した挙句、自分の演説で自画自賛をして、聴衆の失笑を買った。

安倍首相の演説時、聴衆はまばら。注目されていないことが明らか。そして、演説で「背後」を「せえご」と読むポカをした。このお方は、漢字の読み書きに難があるdyslexiaなのではあるまいか。そして、内田樹氏がいみじくも指摘するように、普段からこうした読み間違い、言い間違いを指摘してくれる人間が周囲にいないのかもしれない。まさに裸の王様である。

国会での討論、総裁選での討論を、安倍首相は逃げまくっていた。それは、戦術でも何でもなく、討論ができないことを自覚しているためだったのだろう。討論では、相手の語ることを理解できず、それゆえに、適切な応答ができない。

で、トランプ大統領が仕掛ける貿易戦争に真っ先に白旗を上げ、「軍事装備品をたくさん買ってくれた」とトランプ大統領に上機嫌に言わせしめたのが安倍首相である。

内政では、財界の言うなりで、裁量労働制・高プロ制度という長時間労働を推し進め、年金受給開始年齢を70歳にまで引き上げる準備を始めた。

さて、この先どのようになって行くのだろうか。本当にこんな首相を押し戴いていて良いのだろうか。

大学の株式会社化がもたらしたもの 

大学の株式会社化がもたらしたものについて、内田樹氏が記している。

こちら。

小泉政権は、新自由主義経済の発想で、大学を利潤追求の場、そして経済界に奉仕する場にした。それによって、学問研究の力が、大きく削がれた。国力の退縮しているわが国を致命的に弱めることになる。

さらに、行政は、大学への助成金を毎年減らし続け、その一方、競争的資金を導入させた。私立大学研究ブランディング制度もそうしたものの一つ。こうした競争的資金の裏で、官僚は天下り他の利権を貪った。その究極が、文科省局長による贈収賄だろう。犯罪すれすれの利権漁りが、堂々と行われている。同制度により、加計学園系列の二大学に巨額の助成金が下った。こうした犯罪的行為の背景には、安倍政権の腐りきった政官の私物化がある。

何も資源のないわが国にとって、教育が人的資源の源だった。だが、それが私物化され、枯渇しようとしている。

安倍独裁政治がなぜ生まれたのか 

内田樹氏による 安倍独裁制の本当の正体という論考。先日の衆議院選挙の総括、安倍独裁制の本質について、納得させられる分析だ。ご一読をお勧めしたい。

現在の選挙制度が民意を反映し難くなっている。小選挙区が導入された当時期待されていたように、政権交代が容易になることはなかった。結果として、行政府のみならず、行政府を掌握した安倍首相の独裁になった。国民は、国会の議論の陳腐化、無意味化、挙句の果ての強行採決の横行・・・これはもっぱら、政権与党と安倍首相に責任がある・・・によって、政治に期待をしなくなり、選挙に足を運ばなくなった。国会議員も党の意向を疑うことなく、それに沿って動く社員化している。国民、とくに若い世代もまるで株式会社の社員のように、上の言う通りに行動するようになっている。こうした事態に対する対処としては、国会の機能の回復、立憲主義に立つ政治の回復である。・・・といった風にまとめられようか。

リタイアしてから、時々、国会中継をテレビやネットで観ている。そこで繰り広げられる、政府与党、特に安倍首相の答弁は、論点外し、恫喝、無意味な繰り返し、嘲笑である。意味のある議論になっていない。あれを見ていると、国会が無意味だと思わせられる。従って、選挙に行く動機も消え失せる。その虚無感が、政治を螺旋状にどんどん劣化させている。その劣化の連鎖、悪循環を断ち切ることが必要なのだ。

とくに、自民党を支持する若い人々に語り掛けなければならない。今の劣化した政治は、結局彼らに犠牲を強いることになる、ということを。


衆議院選挙 

選挙を終えての感想。

低い投票率;

台風が来ていたとはいえ、あまりに低い投票率。ドイツ・フランス等では、投票率が70%を超えるのが普通らしい。政治への無関心、絶望等いろいろ理由はあるだろうが、理由の一つは、戦後民主主義がまだ根づいていない、それを戦い取ったという経験がなく、与えられたものだったということ、その歴史感覚が受け継がれてきたということがあるのかもしれない。もう一つは、徐々に投票率が下がり続けてきたのは、政治にコミットしても何も変わらないというニヒリズムがあるような気がする。民主党政権の「失敗」を経て、安倍第二次政権になってから、その傾向が強まっている。

選挙制度改革・野党共闘の必要性;

選挙制度が民意を反映し難いということもある。二大政党制の成立を前提として作られた制度だが、野党乱立状況下では、政権与党が絶対多数を取ることになってしまう。小選挙区で自民党が勝ったところでも、野党の得票全部を合わせると、自民党候補の得票を大幅に超えた選挙区が多くある。政党別得票率について詳細に検討されるのを待ちたい。保守二大政党制というのは存在しえない。二大政党が相対する政治理念、公約を提示し、国民に選択させる状況にはなりえない。比例部分を増やす等の対策が必要になることだろう(だが、現政権下でそれを行えるとは思えない)。この選挙制度がすぐには変わらないことを見据えて、野党共闘を進めることが絶対必要だ。民進党が、分裂して、立憲主義政党が成立したことは、そのためには大変良いことだった。希望の党ができて、野党共闘の枠組みが崩れても、共産党が、自らの候補者を取り下げて、共闘を進めたことは賞賛されてよい。国会質疑でも共産党の議員のそれはいつも真剣勝負で、すばらしいことが多い。立憲民主党、共産党を核として、野党共闘を是非実現してもらいたいものだ。

ここでも政治の私物化;

安倍政権の内閣の人事は、前の人事の踏襲だそうだ。この選挙は「国難」に対処するためだったらしいので、であれば、内閣人事にもそれが反映されるべきなのではないか。「国難」というのは、安倍首相自身の「国難」でしかなかったのか。この選挙に打って出れば、モリカケ問題を無かったものにし、禊を済ませたということになるのか。そのために、600億円の国費を使ったのか。

権威主義的国家主義との闘い;

現在の政治状況は、保守・リベラルの対決ではなく、権威主義的国家主義と、草の根民主主義の対立だ。立憲民主党の躍進は、後者の必要性を認識した国民が一定程度いたということだろう。安倍首相への信認は低い(支持しないが支持するを上回っている)が、安倍首相は「丁寧な言葉」を使って、憲法改正へ突き進む。おそらく、北朝鮮での武力衝突、その直前まで突き進むトランプの瀬戸際外交を利用して、憲法改正を実現しようとする。憲法改正して、北朝鮮問題が解決するのだろうか。さらに、安倍首相の究極の目的は、緊急事態条項を憲法に書き込むことだ。独裁体制がそれで確立することになる。国民は、そうした体制になり、痛みが直接及ばないと覚醒しないのかもしれない。

政党の財政基盤;

内田樹氏がtwitterで述べていたが、政党助成金によって、政権与党は国民の側に向くことを止めた。そして、莫大な企業献金も、政党が国民から顔をそむける要因になっている。政党の財政基盤を変えないと、こうした政権与党の暴走は変わらない。

以上、ややnegativeな見解ばかり並べたが、これからも政治への関与は続ける。絶望していては始まらない。より良い国を次の世代に残すために、政治の改革に関与してゆく。困難であればあるほど、やりがいがあるというものだ。

北朝鮮問題をどのように解決に導くか(2) 

北朝鮮に先制攻撃をしかける、ないし北朝鮮を徹底して追い詰めて戦争を起こさせる、というハードランディングを志向する人々がいる。トランプ大統領は今のところ口だけかもしれないが、この方向で対処しようとしている。それに、ピッタリくっついているのが安倍首相だ。昨日の北朝鮮核実験のNHKを用いたラジオ報道を聞いていて、寒々したものを感じた。核実験であることは明白なのに、それが確定していないかのように延々と同じ危機を煽る報道を続けていた。危機を煽ることは、軍事行動を肯定する、促すことにつながる。ネットを見ても、北朝鮮を叩けという論調の発言が多い。

だが、そのハードランディング路線で、本当に大丈夫なのか。米国が北朝鮮に先制攻撃をしかけたら、中国は北朝鮮とともに戦争をすると明言している。下手をすると、全面戦争は、世界大戦に結びつく。そこまで行かなくても、東アジアでの全面戦争が起きる可能性が高い。米軍基地のあるわが国は、韓国とともに、北朝鮮にとって攻撃の対象になる。集団的自衛権行使で、自衛隊が米軍と共同作戦を行えば、確実に戦争当事者になる。

もともとこの北朝鮮問題は、朝鮮戦争から継続して、北朝鮮に軍事的な圧力を加え続ける米国と、軍拡にひた走ってきた北朝鮮との間の問題だ。米国が、北朝鮮と外交的に解決する以外に方法はない。繰り返すが、米韓合同軍事演習で、北朝鮮の崩壊を狙った軍事演習を繰り返すことを一時的に棚上げする、北朝鮮を核保有国として処遇するという前提から、現在の緊張状態を外交的に改善することしか、解決の方法はない。

下記の論考で、内田樹氏が述べているように、北朝鮮の現在の統治体制が崩壊するに際して、様々な問題が起こる。軍人の処遇、北朝鮮が手を染めてきたダーティビジネス利権をめぐる内戦の危険、多く生じるであろう難民の問題等々。内田氏の述べる一国二制度が可能かどうか、分からないが、上記の問題を一つ一つ国際的に考えてゆかねばならに。ソフトランディングができたとしても、解決はきわめて難しい過程を経なければならない。

トランプ大統領と一緒になって、軍事的圧力をかけることだけに熱心な安倍首相は、一体何を考えているのだろうか。

9月4日付内田樹の研究室より引用~~~ 

米朝戦争のあと

7月に、ある雑誌のインタビューで、米空母の半島接近で、北朝鮮とアメリカの間で戦端が開かれる可能性はあるでしょうか?という質問が出ました。

戦争が始まる可能性はあるのか。あるとしたら、どういうかたちになるのか。その後何が起こるのかについて、そのときこんなことを申し上げました。

米朝戦争ということになれば、アメリカはすぐにICBMを打ち込んで、北朝鮮は消滅することになると思います。
でも、北朝鮮が消滅する規模の核攻撃をしたら、韓国や中国やロシアにまで放射性物質が拡散する(日本にも、もちろん)。朝鮮半島や沿海州、中国東北部の一部が居住不能になるような場合、アメリカはその責任をとれるでしょうか。

空母にミサイルが当たったので、その報復に国を一つ消滅させましたというのは、いくらなんでも収支勘定が合いません。人口2400万人の国一つを消滅させたというようなことは、さすがに秦の始皇帝もナポレオンもやっていない。それほどの歴史的蛮行は世界が許さないでしょうし、アメリカ国内からもはげしい反発が出る。

北朝鮮の空母がハドソン川を遡航してきてマンハッタンにミサイルを撃ち込んだというならともかく、アメリカの空母が朝鮮半島沖で攻撃されたというのでは開戦の条件としてはあまりにも分が悪い。

そうなると、あとは戦争をすると言っても、ピンポイントで核施設だけ空爆で破壊し、国民生活には被害が出ないようにするという手立てしかない。でも、仮にそれがうまく行って、ライフラインや行政機構や病院・学校などが無傷で残ったとしても、その国をアメリカがどうやって統治するつもりなのか。

アフガニスタンでもリビアでもイラクでも、アメリカは独裁政権を倒して民主的な政権をつくるというプランを戦後は一度も成功させたことがありません。成功したのは72年前の日本だけです。でも、それが可能だったのはルース・ベネディクトの『菊と刀』に代表されるような精密な日本文化・日本人の心性研究の蓄積が占領に先立って存在していたからです。同じように、もし北朝鮮の「金王朝」を倒して、民主的な政権を立てようと思うなら、それを支えるだけの「北朝鮮研究」の蓄積が必要です。でも、アメリカもどこの国もそんなものは持っていない。戦争であれクーデタであれ住民暴動であれ、北朝鮮政権が統制力を失った後の混乱をどうやって収めるかについてのプランなんて、中国もロシアもアメリカも韓国も誰も持っていない。

それについて一番真剣に考えているのは韓国だと思います。でも、その韓国にしても「北伐」というようなハードなプランは考えていないはずです。とりあえずは脱北者を受け入れ続け、その数を年間数万、数十万という規模にまで増やす。そして、もし何らかの理由で北朝鮮のハードパワーが劣化したら、韓国内で民主制国家経営のノウハウを学んだ脱北者たちを北朝鮮に戻して、彼らに新しい政体を立ち上げさせる。韓国政府が北朝鮮に直接とって代わることはできない。混乱を収めようと思ったら、「北朝鮮人による北朝鮮支配」というかたちをとる他ない。そのことは、韓国政府にはわかっているはずです。

もっとソフトな解決法があります。一国二制度による南北統一です。

これは1980年に、当時の北朝鮮の金日成主席が韓国の全斗煥大統領に向けて提案したものです。統一国家の国名は「高麗民主連邦共和国」。南北政府が二制度のまま連邦を形成するという案です。「在韓米軍の撤収」という韓国政府にとって簡単には呑めない条件がついていたせいで実現しませんでしたが、懲りずに北朝鮮は2000年にも金正日が南北首脳会談の席で、金大中大統領に対して、再び連邦制の検討を提案しています。

南北統一については、北の方からまず「ボールを投げている」という歴史的事実は見落としてはいけないと思います。条件次第では、南北統一、一国二制度の方が「自分たちにとって安定的な利益がもたらされる」という算盤勘定ができないと、こんな提案は出て来ません。

今の金正恩にとっては、「王朝」の安泰が約束され、「王国」の中で自分たち一族が末永く愉快に暮らせる保証があるなら、一国二制度は悪い話じゃありません。連邦制になれば、核ミサイルをカードに使った瀬戸際外交を永遠に続けるストレスからは解放されるし、飢えた国民が自暴自棄になって暴動を起こしたり、政治的野心を持った側近がクーデタを起こすといったリスクも軽減される。 
ですから、北朝鮮問題を考えるときに、北朝鮮と戦争をやって勝つか負けるかというようなレベルの話をしても仕方がないのです。考えなければいけないのは、三代60年にわたってファナティックな専制君主が支配してきた2400万人の「王国」をどうやって現代の国際社会にソフトランディングさせるかという統治の問題です。

一番困るのは、金王朝が瓦解した後に無秩序状態が発生することです。難民が隣国にどっと流れ込む。もちろん日本にも場合によっては数十万単位で漂着するでしょう。それについての備えが今の政府にどれだけあるのか、僕は知りません。でも、与党政治家たちの排外主義的は発言を徴する限り、難民問題について真剣に考えているようには見えません。

でも、リスクは難民問題だけではありません。もっと暴力的なリスクがあります。北には大量の兵器があり、麻薬があり、偽ドル紙幣がある。国家事業として「ダーティ・ビジネス」を展開してきたんですから。これらは世界中どこでも高値で通用する商品です。中央政府がコントロールを失ったら、当然さまざまな国内勢力がこの巨大利権の奪い合いを始める。近代兵器で武装した「軍閥」が北朝鮮国内各地に割拠して、中国・ロシア・アメリカをバックにした「代理戦争」を始めるというのが、最悪のシナリオです。

もう一つのリスクは、ソ連崩壊後のロシア・マフィアのように、北朝鮮の「ダーティ・ビジネス」を担当していたテクノクラートたちがそのノウハウを携えて、海外で商売を始めることです。北朝鮮の「ダーディ・ビジネス」担当者はこれまでも世界各国の諜報機関や「裏社会」とつながりを持ってきました。今までは「国営」ビジネスでしたけれど、王朝が滅びてしまうと、これが私企業になる。兵器や麻薬や偽札作りやスナイパーや拷問の専門家などが職を求めて半島を出て、世界各地で新たな「反社会勢力」を形成することになる。北朝鮮が瓦解した場合の最初の問題は難民です。でも、難民は寝る所を提供し、飯が食えれば、とりあえずは落ち着かせることができる。怖いのは軍人です。

北朝鮮は保有する兵力は想定ですが、陸軍102万人、海軍6万人、空軍11万。他に予備役が470万人、労農赤衛隊350万人、保安部隊が19万人。2400万人の国民のうち約1000万人が兵器が使える人間、人殺しの訓練をしてきた人間です。

イラクでは、サダム・フセインに忠誠を誓った共和国防衛隊の軍人たちをアメリカが排除したために、彼らはその後ISに入って、その主力を形成しました。共和国防衛隊は7万人。朝鮮人民軍は1000万、その中には数万の特殊部隊員がふくまれます。職を失った軍人たちをどう処遇するのか。彼らが絶望的になって、反社会勢力やテロリスト集団を形成しないように関係諸国はどういう「就労支援」を整備したらいいのか。それはもう日本一国でどうこうできる話ではありません。

リビアやイラクがそうでしたけれど、どんなろくでもない独裁者でも、国内を統治できているだけ、無秩序よりは「まだまし」と考えるべきなのかも知れません。

今のところ国際社会はそういう考えのようです。とりあえずは南北が一国二制度へじりじりと向かってゆくプロセスをこまめに支援するというのが「北朝鮮というリスク」を軽減するとりあえずは一番現実的な解ではないかと僕も思います。

内田樹の研究室

日本の覚醒のために/晶文社 『最終講義』に続く、講演集その二です。 立憲デモクラシーの会、伊丹十三賞受賞記念講演、立命館大学土曜講座、SEALDs KANSAI の集会でのスピーチなど、さまざまな場所でした講演を収録しています。講演とはいえ、原型をとどめぬほどに加筆しておりますので、「あのとき聞いたよ」という人も「こんな話聞いてないよ」と驚かれることが多々あると思います。ご容赦ください。
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