FC2ブログ

産科医療補償制度が、脳性麻痺医療訴訟を増やしている 

私自身、臨床から離れたこともあり、産科医療補償制度のことは意識の外になってしまっていた。同制度が、立ち上げ時に、心配された医療訴訟の増加をもたらしている。

この制度は、不幸にして分娩時に脳性麻痺にかかったお子さんを経済的に救うことを目的に作られた制度だ。

だが、その制度が、脳性麻痺の責任を医療機関・医師に求める訴訟を増やしている、というのだ。

脳性麻痺は、1000出生に1から2例、一定の割合で必ず生じる。その内、9割は胎内で生じる、すなわち分娩の問題で生じるのではない。こちら参照。この制度の「原因分析」によって、脳性麻痺訴訟が増えることは、本旨ではないし、脳性麻痺の発症機構からして、医学的に大きな問題を孕む。

この制度を運用する日本医療機能評価機構は、莫大な内部留保を蓄えている。一年で100億円程度余剰金を得ている。ご存知の通り、同機構は、巨大な天下り組織である。

行政が、不適切な医療行政を行い、利権をえる一方、医療はおそらく根拠のない医療訴訟の増加に直面している。

以下、引用~~~

脳性麻痺訴訟の提訴が急増している

この原稿は月刊集中6月末日発売予定号からの転載です。

井上法律事務所所長 
弁護士 井上清成

2018年6月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
1.脳性麻痺に関する紛争・訴訟の増加
平成30年(2018年)4月11日、日本記者クラブにおいて、公益社団法人日本産婦人科医会の医療安全部会が、「産科医療補償制度の現状と今後の課題」に関して記者懇談会を行い、その要旨が日本産婦人科医会報5月号に掲載された。目に付いたのが、「紛争・訴訟の減少」という項目である。もちろん、文字通り本当に紛争・訴訟が減少しているのならば、喜ばしい。「紛争・訴訟の減少」の項目では、「近年の産婦人科の訴訟件数の推移は減少傾向にある。産科医療補償制度開始後にはその傾向は顕著であり、10年前に比べて3分の1になっている。本制度の補償対象事例において、本制度とは別に損害賠償請求等がされたのは、補償が決定した2,233件のうち97件(4.3%)にすぎず、このうち訴訟提起事案は51件であった(平成29年12月末における集計)。」などと述べられていた。そのまま記者発表の額面通りの評価でよいのならば誠に喜ばしいことであるけれども、残念ながら、客観
的な動態の数値はそうではない。実際は、産科医療補償制度の補償対象事例となった重度脳性麻痺に関する紛争や訴訟は、近時になって急増しているのである。

2.産科医療補償制度の9年間の推移
確かに、近年の「産婦人科」全体の「訴訟件数」の推移は、減少傾向にあると言ってよい。平成24年(2012年)の年間59件以降、平成29年(2017年)までの5年間は年間56件・60件・50件・52件・54件とほぼ50件台で推移し、低位で安定していた。ほぼ3倍であった平成18年(2006年)の年間161件、ほぼ2倍であった平成19年(2007年)の年間108件の頃とは隔世の感がある。もちろん、訴訟減少の最大の要因は、脳性麻痺のみを対象とする産科医療補償制度のためなどではなく、産科医の逮捕と刑事責任追及が行われた福島県立大野病院事件での無罪判決(平成20年〔2008年〕8月20日福島地裁)の強烈なインパクトのためにほかならない。

さて、それはともかく、ここでの最も重大な問題は、産科医療補償制度のお蔭で、脳性麻痺の紛争(損害賠償請求事案)や訴訟提起事案が果たして本当に減少したのかどうかということであろう。引用した日本産婦人科医会報の「平成29年(2017年)12月末における集計」だけでは、どちらであるとも全くわからない。そこで、平成25年(2013年)時点における資料(平成25年11月27日付け公益財団法人日本医療機能評価機構産科医療補償制度運営委員会「産科医療補償制度見直しに係る報告書」40頁・参考5「紛争の防止・早期解決に係る状況」)と併せて考えることにしよう。
産科医療補償制度は平成21年〔2009年〕に開始したので、平成30年〔2018年〕である本年が制度開始10年目となる。そこで、産科医療補償制度のこれまでの9年間の推移を、前半期(平成21年〔2009年〕~平成25年〔2013年〕。ただし、正確には、統計時点の都合上、平成25年〔2013年〕5月末までの4年5ヶ月間)と後半期(平成26年〔2014年〕~平成29年〔2017年〕12月末まで。ただし、正確には、統計時点の都合上、平成25年〔2013年〕6月1日からの4年7ヶ月間)との2つの時期に分けて見ることとする。

3.後半期は件数2倍・割合3倍に激増
前半期における「産婦人科」すべての「訴訟事件」は合計370件(ただし、ここは丸々5年間の件数)で、そのうち重度脳性麻痺に関する紛争(損害賠償請求事案)は33件で、さらにそのうちの訴訟提起事案は17件であった(平成25年11月27日付けの前掲資料より)。つまり、「重度脳性麻痺に関する訴訟件数」の「産婦人科すべての訴訟件数」における割合は、4.6%である。ところが、後半期における「産婦人科」すべての「訴訟件数」は合計216件(ただし、ここは丸々4年間の件数)で、そのうち重度脳性麻痺に関する紛争(損害賠償請求事案)は64件で、さらにそのうちの訴訟提起事案は34件であった。つまり、「重度脳性麻痺に関する訴訟件数」の「産婦人科すべての訴訟件数」における割合は、15.7%である。 
したがって、後半期は、前半期と比べて、重度脳性麻痺に関する訴訟件数が17件から34件に倍増してしまった。さらに、産婦人科全般に占める重度脳性麻痺の訴訟件数の割合も、4.6%から15.7%へと3倍にも増加しているのである。
前半期と比べて後半期には、産婦人科全般の訴訟件数のみならず全診療科目の訴訟件数も明らかに減少しているにもかかわらず、重度脳性麻痺に関する訴訟提起事案(もちろん、紛争全般も。)だけがひとり全く逆方向に激増してしまった。件数が2倍、割合は3倍にもというのでは、たとえ諸原因による誤差を十分に考慮したとしても、それらだけでは済ませられない。尋常でない増加ぶ
りと評価してよいであろう。
誠に残念なことではあるが、これこそが客観的な数値である。到底、産科医療補償制度関連だけは、「紛争・訴訟の減少」はしていない。

4.産科医療補償制度の現状と今後の課題   
産科医療補償制度は、確かに開始当初の前半期には重度脳性麻痺に関する紛争・訴訟を減少せしめた(と思いたいところではある。ただし、ひいき目に見ないとすると、全診療科目や産婦人科全般の大きなトレンドと並行しただけだとも評しうる)。しかし、いかように捉えようとも、産科医療補償制度が浸透した後半期になって、急激かつ大幅に、紛争・訴訟が増加してしまった。これこそが、産科医療補償制度の現状であり、確かな事実なのである。
そうすると、今後の課題は、「紛争・訴訟の増加」の原因を取り除いて「紛争・訴訟の減少」に転じさせるべく、改善策を講じることにほかならない。
産科医療補償制度が浸透した後半期になってからの「紛争・訴訟の増加」であることからして、最も有力に考えられる原因の筆頭は、やはり「原因分析のあり方」である。現状の「原因分析のあり方」では、その一から十まで「紛争・訴訟の増加」の誘因になっていると考えられもしよう。そうすると、その原因分析の本質は尊重しつつも、諸々の技術的な「あり方」については全面的に改善する方がよい。
丁度良い改善のモデルがある。院内事故調査を中心として、非懲罰性と秘匿性の原理に導かれた「医療事故調査制度」が、まさにそれであろう。全診療科目に普遍的な制度として現に施行されている「医療事故調査制度」を見習って、産科医療補償制度だけに特有な「原因分析のあり方」の現状を改善していくべきである。

産科医療事故 

医療事故が起きた時、関与した医療従事者は、大きな自責の念に捕らわれることが多い。そうでなくても、周囲から批判の目に晒される。故意に起こした犯罪的なものでなければ、医療従事者の情報は秘匿されるべきである。それが、医療事故の真相を明らかにし、次の事故を防ぐためになる。2005年WHOのガイドラインにはそのように記されている。こちら。

坂根医師は、下記の記事で、いわば医療従事者の「過失」を追及し、社会的にそれを示す懲罰的な対応をする、日本産婦人科医会と日本医療機能評価機構の問題を論じている。彼女の述べる通り、医療事故当事者の医療従事者は保護されなければならないのは、最初に述べた通りだ。両者が、産科医療の萎縮をもたらし、産科医療を危機に陥らせている、と警鐘を鳴らしている。

ここでは、天下り組織である日本医療機能評価機構の産科補償制度について検討してみたい。

日本医療機能評価機構は、補償金の掛け金と、補償金の差が大きく、莫大な内部留保をため込んでいる。同機構のウェブサイトを見ても、財務状況が公開されていない様子なので、大まかな推測をここでしてみる。

同機構のウェブには、掛け金について以下のように記されている。

『本来必要となる掛金の額は、1分娩あたり24,000円となりますが、本制度の剰余金から1分娩あたり8,000円が充当されるため、分娩機関から支払われる1分娩あたりの掛金は16,000円となります』

4年前に、掛け金が30、000円から16、000円に引き下げられた。内部留保が、おそらく数百億円のオーダーで溜まっていると想像されるが、そのごく一部を掛け金の値引きに宛てているようだ。また、ウェブでは、同機構のこの産科医療補償制度に加入している医療機関が99.9%であると繰り返し述べられている。

年間出生数を大まかに100万人とすると、掛け金の総額は 16、000円/出生一人x100万人/年=160億円/年

一方、補償金を給付するケースはここ数年減少してきている。少子化の進展とともに、補償金給付条件を厳しく出産前後の原因不明の脳性麻痺に限定しているためだろう。平均して200人前後のようだ。補償金は、一人当たり3、000万円(20歳まで分割されて支払われる)である。

補償金総額は 3,000万円/一人x200人/年=60億円/年 

かなり大まかな概算だが、年100億円前後が内部留保としてため込まれている可能性が高い。

これだけの内部留保を保持する特殊法人は、それほどないことだろう。同機構が、医療事故の情報をマスコミに流し、医療事故は医療機関、医師の過失である、という世論を誘導するのは、同機構が存続する理由作りのように思える。これでは、医療事故の本当の原因究明に寄与しないばかりか、医療を萎縮させることによって、国民に大きな損害を与えているということになる。

日本産婦人科医会、日本医療機能評価機構は、医療事故対応を根本的に改めるべきである。

以下、引用~~~

産科医療補償制度と日本産婦人科医会は産科医をリスクにさらしていないか

現場の医療を守る会世話人代表              
つくば市 坂根Mクリニック 坂根 みち子

2017年6月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
このところ、産科医療事故の報道が続いている。最初は、2016年12月12日だった。愛知県の産婦人科診療所で3年間に2人の妊産婦死亡があり、日本産婦人科医会が直接指導に乗り出したとの報道で、15日には同会常務理事の石渡勇氏が記者会見を開いた。ネット上では早速診療所の同定とバッシングが始まった。その診療所は、医会より分娩停止を指導され、結局閉院している。

そして、年が明けて2017年4月17日からは、ターゲットが無痛分娩になった。麻酔を使った「無痛分娩」で13人死亡・・厚労省急変対応求める緊急提言というものであった。

読売新聞(yomiDr.)の記事を良く読むと、厚労省の提言ではなく、厚労省の一研究班(池田班)のもので、2010年1月から16年4月までに報告された298人の妊産婦死亡例のうち、無痛分娩を行っていた死亡例が13人(4%)あったというものだった。うち、麻酔が原因でなくなったのは1人。これを「無痛分娩」で13人死亡し、厚労省が緊急提言した、という見出しで出したのだ。

嫌な予感がした。

この後も報道が続く。特に読売新聞のyomiDr.では詳細で持続的な報道が続いた。

5月10日 読売
「無痛分娩」妊産婦死亡など相次ぎ・・・件数や事故状況、実態調査へ
麻酔で出産の痛みを和らげる「無痛分娩」をした妊産婦に死亡を含む重大事故が相次いでいるとして、日本産婦人科医会が実態調査に乗り出した。(中略)医会の石渡勇常務理事は、「無痛分娩そのものが危険なわけではないが、実施には十分な技量と体制整備が必要で、希望者が安全に受けられる仕組みを整えたい」と話している。
5月27日 産経
医療ミスで出産女性が死亡 神戸の産婦人科病院長を刑事告訴 業務上過失致死罪で(以下筆者)この事例では、示談金を支払い後に遺族が刑事告訴している。
5月31日 朝日
「無痛分娩」全国調査へ 妊産婦死亡受け、産婦人科医会
医会の石渡勇常務理事は「人員配置が不足していないかなどを調べた上で、安全対策のマニュアル整備や、安全性を担保する認定制度が必要か検討したい」
6月6日 読売・報知
帝王切開時の麻酔で母子に重度障害・・・報告せず
京都府の産婦人科診療所が昨年、帝王切開で同じ方法の麻酔をして母子が重度障害を負う例があったにもかかわらず、日本産婦人科医会に報告していなかったことがわかった。
6月12日 朝日
無痛分娩の麻酔で母子に障害 京都の医院、別件でも訴訟
この医院では昨年5月にも同じ麻酔方法で母子が重い障害を負っており、日本産婦人科医会が調査を始めている。
(以下筆者)この事例は、産科医療補償制度で有責とされ、原因分析報告書と3000万円の補償金のうち初回の600万円を入手後、9億4千万円の損害賠償を求める訴訟が起こされている。

一体何が起こっているのだろうか。

まず最初に確認しておきたいが、日本の妊産婦死亡率は妊婦10万人あたり4人前後で推移しており、年間死亡数は40人から50人と世界トップクラスの低さを維持している。

筆者は産科については全くの門外漢であるが、医療事故調査制度については多少なりとも関連を持ってきた。そして今回の一連の報道で感じている問題点を3つ挙げる。

1.妊産婦死亡の自主的な報告を集めている日本産婦人科医会が、記者会見をして事故について公表した点。これにより報告した当事者が大きな不利益を被った。

日本産婦人科医会への妊産婦死亡の報告は、今後の医療のために各医療機関から自発的に行われているものである。当然の事ながら報告するからには、WHO医療安全のためのドラフトガイドラインを遵守して、有害事象の報告制度の1丁目1番地、「報告者の秘匿性と非懲罰性が担保され」なければならない。

ところが、日本産婦人科医会の石渡常務理事は記者会見して公表してしまったのである。そして、医療機関、医師情報は、メディアにより詳しく報道拡散され、医療者は世間からバッシングを受け、身内の医療界からも断罪され、さらに遺族からは民事でも刑事でも訴えられている。

この展開は、群大腹腔鏡事件のデジャブのようである。

2.産科には、日本初の無過失補償制度が出来たと聞いていたが、産科医療補償制度が実際には無過失補償制度ではなく、かつ、訴訟を防ぐ制度設計になっていないために、高額の訴訟を誘発してしまった点。

この制度について調べると驚きの連続だった。

産科医療補償制度に申請すると、行った医療の評価が報告書に記載され、それが患者遺族にも渡され、インターネットで公開されている。報告書は、個人が識別出来てしまうような内容が記載されており、新聞報道と併せて誰でも詳細な情報を知り得る。この制度では、事故の当事者である医師が、機構の評価に対して異議申し立てをする機会は与えられていない。報告書を公表する前の確認さえない。そして、過失があったとされた場合は制度で補償されない。つまり自分で支払わなければいけない。さらに支払われた補償金を着手金として訴訟を起こされ、報告書が鑑定書として裁判で使われている。

当事者の産科医には、何とも気の毒としか言いようのない根本的に大きな問題を抱えた制度だと知った。

有害事象が起こってしまった時、患者家族と同様に医療従事者も、精神面、業務面ともに大きな影響を受け、最終行為者は「第2の被害者」と言われており、専門的なサポートを必要とする。それがないと、その後の医療に悪影響を与えると、アメリカのハーバード病院のマニュアルには10年も前から明記してある。ところが、日本では当事者が「第2の被害者になりうる」という認識さえされておらず、産科医療補償制度ではサポートするどころか、当事者を精神的にも金銭的にも社会的にも追いつめ、ベテラン医師の現場からの立ち去りを誘発している。

明らかな人権侵害である。

産科医療補償制度には、日本産婦人科医会の石渡常務理事も深く関わっておられるが、制度の委員に真の医療安全の専門家がいないのではないか。そうでなければ、これほどの欠陥が放置されるわけがない。

3.無痛分娩が危険であるかのような報道がなされた点。

アメリカやフランスでは60~80%を超える無痛分娩だが、日本では数%と極めて少ない。理由の第一は医療資源不足。日本では産科医も麻酔科医も圧倒的に足りず、麻酔を必要とする無痛分娩まで手が回らない。また日本では出産を取り扱う医療機関の規模が小さいところが多く、麻酔科医を置かずに、産科医が麻酔も担当するために、無痛分娩の取り扱いに限界があるのである。医療資源不足は大病院といえども同様だが、それに加え日本では従来「出産は痛みに耐えてこそ」という精神論が幅をきかせており、麻酔科のそろった大きな医療機関でも「痛みを取るため」の無痛分娩に対する優先順位がなかなかあがらないのである。

筆者は、20年前にアメリカで無痛分娩により出産した経験がある。その時は日本のお産事情と比較するために敢えて無痛分娩を選択した。もちろん医療費の高い米国でその時の加入していた保険が出産をカバーしていたから可能であった。無痛と言っても痛みは残る。だが、それまでの出産に比べて1/10程度の苦痛で済んだ。そして計画的に無痛分娩を選択した場合の最大のメリット
は、体力の温存である。1泊2日(今は2泊3日が多いと思われる)で退院して、すぐに上の子供たちを含めた育児が始まるので、出産で疲弊しないで済んだ事は大変有り難かった。

その時入院した病院で読んだ雑誌に、日本の無痛分娩率の低さを取り上げて、日本女性は痛みを感じないのか、という特集記事が組まれていたのを思い出す。もちろん選択肢が与えられていないだけである。それから20年、ようやくその機運が持ち上がってきたところで、今回の一連の報道である。

今回報道された事故では、確かに不幸な転帰となり、改善すべき点はある。だが、いずれの医療機関でもほとんどの分娩はきちんと行われてきたのであり、医師たちは出産と言う奇跡をサポートするために全力を尽くしてきたはずである。世界的に見て少ない医療資源で非常に優れた成績を収めてきたのは誇るべき事実である。今の世界の医療安全の考え方は、「レジリエンス・エンジニア
リング」といって普段上手くやっている事から学び、それを増やすという臨機応変型のシステムが推奨されている。

もちろん、失敗から学び、各医療機関の情報公開や分娩体制の改善がなされる事も必要である。ただし、それらは各医療機関が自ら行うべきものであって、上から目線で指導するものではない。どういったサポートが必要か、各医療機関を訪ねてコミュニケーションを取るところから始めて、ボトムアップしていくのが、本当のサポートである。

確かに、大きな医療機関で複数の産科医と麻酔科医がいて、チームで分娩をサポート出来る体制が理想である。そうはいっても、大野病院事件をきっかけに分娩施設は15%減少したままであり、各地で医師は高齢化し、少子化は進行している。筆者が日本でも無痛分娩という選択肢が増える事を願った20年前から、状況は全く改善していないどころか悪化の一途である。

このような現実を直視せず、日本産婦人科医会は、「報告させ、調査、指導し、分娩中止を勧告」しているのである。そしてこの先は認定制度を作るのであろう。産科医たちはよくもまあ黙ってこれに従うものだ。この数ヶ月であっという間に、医師1人の医療機関で無痛分娩を取り扱うのは許されない、と言う空気になってきたが、そんな無い物ねだりを声高に叫んでも国民が望む医療体制になる前に現場の産科医たちの心が折れてしまうだろう。さらにアメリカ型の高額の訴訟費用に堪え兼ねて分娩から撤退してしまう可能性が高い。

石渡氏のお膝もとの茨城では医師不足が深刻(常時全国ワースト3にランクインされる)で、医師数が全国平均を越えるつくば市でさえ、分娩出来る医療機関は3カ所しかなく、皆出産場所を求めて右往左往している。無痛分娩だろうが、自然分娩だろうが選択肢は多い方が良いのだが、それどころではないのである。

今ある医療資源を有効活用して、どうやってより安全に国民のニーズに応えてくか、絶妙なバランス感覚が必要である。求め過ぎてこれ以上現場を潰してしまったらこの国に未来はない。

2011年、医療事故調査制度と無過失補償制度が完備したスウェーデンでは、医療事故の裁判は激減し、その分野における弁護士の仕事もなくなったが、無駄な争いで国民も医療現場も疲弊する事もなくなった。かの地ではメディアにも守秘義務があり、患者側からだけの一方的な報道はされない。

メディアも日本産婦人科医会もそろそろ学ぶ時期ではなかろうか。

行政による医療の計画経済化 

医療介護は、その対象が社会的弱者なので、根本的に社会主義的な発想・制度設計が必要になる。だが、それを統括する行政が、共産主義の計画経済のような手法を取り、さらに行政の利権をそこにもとめようとし始めると、そうでなくても脆弱な財政・制度基盤に立つ医療介護は極度に疲弊する。社会保障制度として医療介護は機能しなくなる。現在のわが国の医療介護が、そうした状況にあるのではないか、という小松秀樹氏の指摘だ。

地域医療構想は、医療機関が本来得るべき消費税相当分の診療報酬を行政が簒奪することで確保される地域医療介護総合確保基金、そして地域医療の計画を強制的に推進するための地域医療連携推進法人制度によって、医療の計画経済化を進めるものだ。法治ではなく、行政による恣意的な強制、人治が行われる。そこには、腐敗が必然的に生じると小松氏は指摘する。

医学教育、専門医制度、医療機関評価、産科医療補償制度、さらに医療事故調によって、医学教育・医師人事・医療機関評価・医療事故すべての面で、行政が主導権を握って計画統御し、その実施組織を官僚の天下り組織とする体制が構築されてきた。この地域医療構想が、この「行政主導の計画経済医療体制」の集大成となるはず、と行政は読んでいるのだろう。この計画経済体制は、医療を機能しなくさせるだけでなく、国家財政の破綻を早める可能性が高い。

右肩上がりの高度経済成長期が終わり、その最後の花火のようなバブル経済が破裂した時期から、この動きが明らかになってきた。何たる壮大な体系だろうか。医系技官には、これが機能しない、失敗に終わることが予測できないのだろうか。

以下、MRICより引用~~~

計画主義が医療を滅ぼす4 統制医療の矛盾

元亀田総合病院副院長
小松秀樹

2017年4月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
●原理的矛盾

本稿では、医療統制の経済的側面を議論するが、感染症政策の人権侵害と計画経済的統制医療は、いずれも計画主義に基づくものであり、医系技官によって立案・実行されている。

日本の医療統制には二つの原理的矛盾がある。

第一の矛盾は、私的所有をそのままにして、計画経済的手法で統制しようとしていることである。そもそも、統制で、日本のような人口の多い国のサービス提供を制御することは、人間の能力を超えている。旧共産圏の計画経済は、結果の平等を目ざしたが、非効率、専制、特権、腐敗しか生まなかった。ましてや、提供機関の私的所有をそのままにして、統制するなどできることではない。日本の医療機関の私的所有を、国がなし崩し的に奪いにかかっているとみた方が正確かもしれない。日本医師会には、会員のために、医系技官の意図を冷静に分析することを勧める。

日本では、歴史的に病院が私的所有の形で整備されてきた。2013年の社会保障制度改革国民会議報告書(1)は改革が困難であることの理由を強制力の不足に求めた。

公的セクターが相手であれば、政府が強制力をもって改革ができ、現に欧州のいくつかの国では医療ニーズの変化に伴う改革をそうして実現してきた。

日本の場合、国や自治体などの公立の医療施設は全体のわずか14%、病床で22%しかない。ゆえに他国のように病院などが公的所有であれば体系的にできることが、日本ではなかなかできなかったのである。

統制が政策立案者の期待通りの成果をもたらすことはめったにない。例えば、後期高齢者医療制度は天文学的な金を飲み尽くすモンスターになった。子どもの貧困が日本の将来を脅かす大問題になっているが、対策のための予算を確保するのを困難にした。高齢者の多くは何らかの体の不調を有している。医療はめったにその不調を解決できないにもかかわらず、患者はあらゆる不調の解決を医療に期待し、加療の継続を求める。医師は、効果の有無にかかわらず、ガイドラインに掲載された医療を提供し続けることが義務であると、自分自身のみならず、社会にも思いこませた。多剤投与で副作用を生じさせるリスクより、薬剤を投与しないことに伴う些細な軋轢を重視した。診療を厚くすることが、医師の収入を増やすからである。医療費を増やそうという圧力はあっても、医療費を抑制しようとする仕組みが医師、患者双方に組み込まれていなかった。

医系技官による個別指導は、医療費抑制策の一手段である。診療報酬の返還請求や保険医指定取消処分などの不利益処分などにつながる。これまで何人かの医師が、密室での強引で陰湿な攻撃に打ちのめされ、自殺に追い込まれた。強権による医療費抑制策は、恨みをかうだけで抑制効果があったとは思えない。

後期高齢者医療制度は、インセンティブを利用したネガティブ・フィードバックが欠如していたため暴走したのである。

日本の医療費には地域差(2)があり、西日本と北海道で高く、東日本で低い。病床規制制度は、基準病床数の計算方法が現状追認的だったため、本来の目的と逆に地域差を固定した(3)。1970年代に、1県1医大政策が導入された。

その後の高度成長期、地方から東京近郊に人口が移動したことによって、埼玉県、千葉県では人口が倍増し、1医学部当たりの人口が増え、極端な医師不足に陥った(4)。

埼玉県、千葉県の医師不足は統制の失敗による。四国と千葉、埼玉を比較すると、1970年、四国の人口391万に対し医学部数1、千葉は337万に対し1、埼玉は387万に対し0だった。1970年以後の1県1医大政策で、医学部数は四国4、千葉1、埼玉1になった。その後、人口が変化した。2015年、四国は人口387万に対し医学部数4、千葉は622万に対し1、埼玉は727万に対し1になった(防衛医大を除く)。

病床規制が失敗したのは、強制力が不足していたからではなく、実情を無視し、無理な規範を掲げて、強制力を行使し続けたからである。インセンティブによる自動調整メカニズムを、中央統制によって破壊したからである。今後、首都圏では高齢者が急増するので荒廃はさらに進む。

しかも、権力による統制は、権力を持つが故に慎重さを欠く。2014年4月に開院した東千葉メディカルセンターは、赤字が続き、東金市、九十九里町の財政破綻が心配される事態になった(4)。千葉県は、多額の補助金投入を正当化するために、二次医療圏を組み替えて、長径80キロにもなる不自然極まりない二次医療圏を作った。地域の需要を無視して、莫大な投資と多額の維持費を必要とする三次救急病院を設立した。医師一人当たりの収益が少なく、赤字が積み上がっている(5)。千葉県に出向した医系技官による乱暴な施策は、地域にとって有害でしかなかった。

第二の原理的問題は、費用である。医系技官たちは、国民が小さな負担しか容認していないにも関わらず、医療保険ですべての医療を提供しようとしている。被用者保険から、後期高齢者医療と国民健康保険に、強制的に多額の保険料が拠出されている。保険者自治の領域は限りなく小さくなり、保険としての体をなしていない。

日本は世界で最も高齢化が進行している。それにもかかわらず、日本政府の税収入は低い。2017年3月現在の財務省ホームページの記載によれば、2011年の日本政府の租税収入の対GDP比は、OECD34か国中、下から3番目だった。国民負担率は下から7番目だった。国民は消費税率引き上げを嫌い、与野党は2017年4月の消費税率引き上げを延期した。費用が足りないまま、医療のすべてを保険診療で提供しようとすることに無理がある。診療報酬を下げなければ医療保険が支払い不能になる。診療報酬を引き下げれば病院が破綻する。

●強制力の強化

地域医療構想、地域医療介護総合確保基金、地域医療連携推進法人制度により、社会保障制度改革国民会議報告書が述べた強制力強化が実行に移された。個別医療機関の自由な活動の領域が国家によって侵害され、現場の実情に応じた創意工夫が抑制されることになった。「強制力」による失敗を「強制力」を強めることで克服できるとは思えない。

地域医療構想では、構想区域の病床機能ごとの病床数を行政が推計する。西日本では大幅に病床が削減されるはずである。推計された病床が各病院に割り当てられる。割り当てを地域の関係者が一堂に会して決めるが、病院の存続にかかわることについて、当事者同士で合意を形成できるはずがない。実質的に事務局を担当する行政が決めることになる。実行に強制力が伴う。都道府県知事は、「勧告等にも従わない場合には」最終的に「管理者の変更命令等の措置を講ずることができる」(6)。民間病院でも県に逆らえば、院長が首になる。

都道府県に出向した医系技官が、病床配分を通じて、個別医療機関の生死を握ることになる。

レストランの個別料理ごとの1日当たり提供量、調理方法、価格、食材の配分を国が決めて強制すれば、創意工夫と努力が抑制され、レストランの質は低下するしかない。

さらに、消費税増収分を活用した地域医療介護総合確保基金が都道府県に設置された。補助金を都道府県の裁量、すなわち、都道府県に出向した医系技官の裁量で医療・介護施設に配分する。支配に協力的な施設に、地域医療介護総合確保基金が優先的に配分されるだろうことは想像に難くない。医療には消費税を課されていないが、医療機関の購入したものやサービスには消費税が上乗せされている。消費税率引き上げ分が診療報酬に十分に反映されていないことを考え合わせると、この基金は病院の収益の一部を取り上げ、それを、支配の道具に使う制度だと理解される。病院の投資を医系技官が握ることになる。病院独自の経営努力の余地を小さくして、不適切な投資を強いることになる。

現在、国の借金が膨大になり、今後、診療報酬の引き下げは避けられない。当然、病院の財務状況は悪化する。都道府県に出向した医系技官の裁量で多額の補助金を配分するとなれば、病院は、医技官に逆らえない。賄賂が横行しやすくなる。専制と腐敗は避けられない。

地域医療連携推進法人は、地域の医療法人その他の非営利法人を参加法人とし、許可病床のやり取り、医師・看護師等の共同研修、人事交流、患者情報の一元化、キャリアパスの構築、医療機器の共同利用、資金貸付等を業務とする。

これには三つの大きな問題がある。

第一の問題は、恣意的な特権の付与が可能なことである。「地域医療連携推進法人の地域医療連携推進評議会の意見を聴いて行われる場合には、基準病床数に、都道府県知事が地域医療構想の達成の推進に必要と認める数を加えて、当該申請」が許可される(7)。病床数が厳しく制限される中で、行政の恣意で、病床が与えられる可能性があるという。

第二の問題は、外部からの活動の制限範囲が法によって定められておらず、地域医療連携推進法人に対し、恣意的活動制限が可能なことである。重要事項の決定について、地域医療連携推進評議会の意見を聴かなければならないとされている。学識経験者の団体の代表、学識経験者、住民代表等をもって構成されると定められているが、地域の医師会などもこの中に含まれる。また都道府県の医療審議会の意見も聴かなければならない。意見を聴くことが義務付けられているが、意見対立があったときの規定がない。医療審議会は行政の言いなりになることが多い。地域医療連携推進法人に対し、行政の恣意による行動制限が可能になる。罪刑法定主義のない刑法のようなことになる。

第三の問題は、参加法人の自由が制限され、その内容が予見できないことである。参加法人が予算の決定、借入金、重要な資産の処分、事業計画の決定、定款変更、合併、分割、解散などの重要事項を決定するに当たって、あらかじめ、地域医療連携推進法人に意見を求めなければならない。行政が、地域医療連携推進法人の支配を通じて、参加法人を支配できることになる。

全体として、地域医療連携推進法人制度は、特権をあたえることによって参加を促し、かつ、行政が、都道府県や郡市医師会を介して、参加医療機関の活動を恣意的に制限できる制度である。行政と個別医療機関の間に、医療審議会、地域医療連携推進評議会などを介することで見えにくくしているが、実質的に「人の支配」であり、「法の支配」に反するものである。

裁量権

行政官個人の裁量が、個別医療機関の権益に直結する状況は何としても避けなければならない。人による強制より、数字による誘導が優先されるべきである。補助金は可能な限り小さくして、どうしても必要な場合は、数字によって予見できるものに限定すべきである。混合診療や公正なルールに基づく競争を、医療費の削減や医療の地域格差解消に利用することも本気で考えるべきであろう。安易な強制力より、インセンティブの組み合わせを工夫すべきである。計画主義は結果の平等を求める。そのために、強制力を極限まで強めるとどうなるか、中国の大躍進政策や現在の北朝鮮の悲惨な結果に示されている。

文献
1.厚生労働省:社会保障制度改革国民会議報告書. http://www.kantei.go.jp/
jp/singi/kokuminkaigi/pdf/houkokusyo.pdf
2.厚生労働省:医療費の地域差分析.
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoke
n/database/iryomap/index.html
3.小松秀樹:医療格差. 厚生福祉, 6013号, 10-14, 2013年8月27日.
4.小松秀樹:東金市「東千葉メディカルセンターを心配する会」主催講演会」
:市民は市の財政破たんを心配している(1). MRIC by 医療ガバナンス学会.
メールマガジン; Vol.021, 2017年1月30日. http://medg.jp/mt/?p=7290
5.吉田実貴人:東金市「東千葉メディカルセンターを心配する会」主催講演会
」:市民は市の財政破たんを心配している(2). MRIC by 医療ガバナンス学
会. メールマガジン; Vol.022, 2017年1月30日. http://medg.jp/mt/?p=7293

6.厚生労働省:地域医療構想策定ガイドライン.
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000088
510.pdf
7.厚生労働省:地域医療連携推進法人制度について. 医政発0217第16号, 2017
年2月17日.

官僚主義が医療を荒廃させる 

医療は、医療資源を用いて、社会的弱者の患者を救うという、社会主義的な要素を本質的に持つ。そこに、官僚が関与してくると、悪しき官僚主義が跋扈することになる。下記の論考で、小松秀樹氏が述べている通りだ。官僚主義は、机上で計画を練り上げ、そこに官僚の利権を巧みに組み込み、それをトップダウンで現場に強制する。そのシステムは、硬直しており、現場から情報を吸い上げ、可変する柔軟性を欠く。

実際に、医療システムを官僚主義的に支配するための計画・施策を挙げてみよう。これらすべてに意味がないというわけではないが、多くは、医療・教育現場に人的・経済的な負担をかけている。実施主体には、官僚と学会のボス達が多数天下りしている。

例えば、ここで小松秀樹氏が取り上げている、地域医療構想の原資は、本来医療機関が得られるべき、消費税の負担分(損税)である。医療機関が得るべき収入を、地域医療構想という名のもとに、官僚が「ネコババ」している構図だ。その他にも、日本医療機能評価機構は、その仕事内容の評価がきわめて低いのにかかわらず、100億円以上の内部留保をため込んでいる。これらの計画・施策は、医療・教育を画一化し、硬直化させ、その一方、官僚の多くの天下り先を提供するという意味しかないものが多い。

医療システムをトップダウンで計画し、中央支配を行うための施策・実施主体・対象は、以下の通り。

A計画・施策          
B実施主体(担当官庁・法人)
C対象

A地域医療構想        
B医療介護総合確保促進会議・地域医療推進会議
C医療機関

A医療機能評価        
B日本医療機能評価機構
C医療機関

A産科医療補償制度      
B日本医療機能評価機構
C産科医療機関・産科医師

A医療事故調査制度      
B医療事故調査センター
C医療機関・医師

AOSCE・CBT           
B医療系大学間共用試験実施評価機構
C医学部学生

A新臨床研修制度        
B厚労省
C研修医

A新専門医制度         
B同機構
C研修終了後の若手医師

これ以外にも、恐らくあることだろう。これらはすべてこの20年以内に構想され実現してきたものばかりだ。医学教育から医療現場まで、中央官庁と、その配下の法人による支配が及ぶように設計されている。これらは、医療を困窮化させ、崩壊させる。

以下、引用~~~

計画主義が医療を滅ぼす1 -地域医療構想と計画主義-

元亀田総合病院副院長 小松秀樹

2017年3月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
●地域医療構想
2014年の医療法改正で、「計画主義が医療を滅ぼす4」で述べる地域医療構想、地域医療介護総合確保基金が制度化された。2015年の法改正で、これを補完する地域医療連携推進法人が制度化された。これにより、2013年の社会保障制度改革国民会議報告書以後の、一連の統制強化政策が完成した。個々の医療機関に対する都道府県知事の強制力が強められた。実際には、都道府県に出向した医系技官の権力が強まった。統制により、個々の医療機関独自の活動空間が狭まり、経営努力、創意工夫、活力が奪われる。全体として、日本の医療を形作ってきた医療機関の私的所有が、地域の共有財産として、行政の下に再編成されることになる。はたしてうまくいくものだろうか。「計画主義が医療を滅ぼす」と題するシリーズで、日本の医療政策の根幹にある計画主義について議論したい。

最初に、筆者の立場が、以下のトックビルの懸念を共有するものであることを明らかにしておく。

中央集権は、それがどんなに開化されたものにせよ、また、どんなに賢明なものにせよ、それ独りのうちに大民族の生活のすべての詳細事をかかえこむことはできない。そのようなはたらきは人力を超えているために、中央権力にそんなことができるわけがない。中央権力がその単独の配慮だけで多くのさまざまの指導力をつくり、それをはたらかせようとしても、それは極めて不完全な結
果で満足することになるか、または、無駄な努力をはらって力つきてしまうかいずれかであるにすぎない。(『アメリカの民主政治』, 講談社学術文庫)

●計画主義
個人には個人固有の価値があり、その価値を至高とする個人の活動領域がある。他人の自由を損ねない限り、個人の領域は尊重されなければならない。この考え方は、日本国憲法の基本理念であり、自由主義あるいは個人主義と呼ばれる。しかし、日本の行政には、国家の領域を大きくし、個人固有の活動領域を小さくしようとする宿痾とも言うべき性癖がある。

日本の行政、とくに厚生労働省の医系技官は、戦前、戦後を通じて、計画主義に強い親和性を示してきた。ハイエクによれば、計画主義では、「諸資源を合理的に活用するために、意識的に設計された『青写真』に基づいて、人々のあらゆる活動が中央集権的に統制・組織」される(『隷属への道』, 春秋社)。

計画主義は個人の領域を侵害し、結果として多様性と社会の活力を奪う。共産主義、ファシズムなどは、「社会全体とその全資源を単一の目的へ向けて組織することを欲し、個人それぞれの目的が至高とされる自主独立的分野の存在を否定することにおいて、等しく自由主義や個人主義と一線を画している」。自由主義的計画では、政府は、「各個人の知識やイニシアチブがいかんなく発揮され、それぞれが最も効果的な計画が立てられるような条件を作り出す」。これは自由放任ではない。環境保全のための排水や排ガス規制、公正な取引のルール、雇用に関するルール、労働環境の適正化、社会的弱者救済など法による介入は不可欠である。

専門家と称する人たちの計画は、論理的整合性を重視し、複雑かつ詳細になる傾向がある。個人の行動を細部まで支配しようとする。計画の目的にとらわれ、悪意なしに個人固有の価値を侵害してしまう。専門家が権力を持つと、目的の中に、自身の権益を組み込むようになる。この段階になれば、憲法で明記された個人の領域、すなわち、基本的人権が侵害されるようになる。平等を達成するために、あるいは、自身の権益を確保するために、民衆の恐怖感や偏見を煽ることもためらわない。計画には、さまざまな選択肢についての決定が含まれるが、政治家はこれらの選択肢についての議論には参加できず、官僚や官僚の支配下にある専門家の発言権が大きくなる。結果として、政治家は実質的に専門家に決定権をゆだねざるをえなくなる。

言語を含めて社会制度は、無数の人間が関与する中で、長い時間をかけて自生的に形成されてきた。旧共産圏の国々やナチスドイツは、人為的に社会を設計することを試みたが、無惨に失敗した。社会を人間の設計によって運営することが、人間の能力を超えていたからである。

社会の状況は多様である。ある特定現場の状況に対し、社会には断片的で個人的な知識が大量に存在する。不完全で場合によっては相互に矛盾する知識に基づいて、多様な人間が多様な活動を行ってきた。これらが積み重なって、秩序が形成された。これをハイエクは「自生的秩序」と呼んだ。自生的秩序として、しばしば、市場が念頭に置かれる。それぞれの現場では、自身がもつ知識と情報にしたがって、さまざまな活動が行われている。その中で、価格が決まり、供給量が決まり、新しい製品が供給されることになる。

計画経済の欠陥として、個人の意欲の低下が挙げられることが多い。しかし、それ以上に政策立案者の知識が限られ、思考が単純で一面的だったことが計画経済の失敗に直結した。計画主義は、現場の自由と新たな挑戦を抑制し、社会の進歩を阻害する。詳細で具体的な計画は、抽象的なルールとは異なり、個別活動に対する具体的な強制を含むため、必然的に利権を生む。腐敗は避けがたい。

自生的秩序が成立・維持されるためには、個人の領域の確保とそこでの自由が必要である。自由を保障するのが、「法の支配」である。「法の支配」は「人の支配」に対する概念で、人によるその場その場の恣意的な支配を排除して、あらかじめ定められた法に基づく支配によって自由を確保することを目的とする(高橋和之, 『立憲主義と日本国憲法』, 有斐閣)。

ハイエクは自由を守るために、法の支配を重視した。

法の支配の下では、政府が個人の活動を場当たり的な行動によって圧殺することは防止される。そこでは誰もが知っている「ゲームのルール」の枠内であれば、個人は自由にその目的や欲望を追求することができ、政府権力が意図的にその活動を妨げるようなことはない、と確信できるのである。

「法の支配」においては、政府の活動は、諸資源が活用される際の条件を規定したルールを定めることに限定され、その資源がつかわれる目的に関しては、個人の決定に任される。これに対し、恣意的政治においては、生産手段をどういう特定の目的に使用するかを、政府が指令するのである。(F.A.ハイエク, 『隷属への道』, 春秋社)

グンター・トイブナーは、グローバル化の中で、権力を制限するシステムについて記述した(『システム複合時代の法』, 信山社)。世界に対し、国民国家における憲法は制限規範として無力である。その中で、権力を制限する民間憲法とでも言うべきシステムが、自生的に出現してくる。この本の中で、トイブナー述べた階層型社会の機能不全についての記述は、共産主義や全体主義が失敗したメカニズムの一端をよく説明している。上意下達の命令で行動を制限したままで、現場が実情に対応して生き生きとした活動を展開できるはずがない。現場は多様である。現場の認識も多様であり、政策立案者と同じということはない。進歩は、個別の現場での新たな試みからスタートする。政策立案者からは、未来に向かう新たな営為は生まれない。問題を解決するためには、挑戦することが許されなければならない。

複雑な組織は、決定過程をヒエラルキー化することを通じて冗長性を十分に作りだし―つまり同じ情報を十分に反復させ―、そのことによって決定の不確実性を縮減しようとした。組織の頂点への環境コンタクトの集中によって、環境に関する情報が、組織の存続を危うくするほどに欠乏することになった。組織社会において、公法が鈍重な大組織のヒエラルキー的な調整交渉メカニズムを下支えしそれを変化から規範的に防衛する。(グンター・トイブナー, 『システム複合時代の法』, 信山社)

階層型社会では、権力そのものの在り方が、情報の種類、量、質、流通の方向を徹底して制限するため、システムの作動が致命的に阻害される。計画主義は、情報の獲得とその解釈、それに基づく方針決定を、計画設計者と官僚が独占することを前提としている。インターネットによって、情報が、あらゆる方向に、大量にやり取りされている状況の中で、医系技官の計画主義は陳腐化する
しかない。

医療介護を行政・業者の草刈り場にしておきながら、適正化・効率化をする、という安倍首相 

来年は医療・介護報酬同時改定が行われる。安倍首相は、国会で、医療介護の質を確保しつつ、医療介護の「適正化・効率化」を行うと国会で述べた。

医療介護では、施設の財政状況は厳しく、大半が赤字に陥っている。母集団にもよるが、例えば、こちら病院の7割以上が赤字であると報じている。医療・介護施設の倒産の報道も珍しいことではなくなってきた。民間組織である以上、経営が成り立たなければ、倒産し退場することは自明の理だが、診療報酬・介護報酬といういわば公的な制度によってのみ経営が成立する医療・介護施設が、頻繁に変更される行政と政府の恣意的な意向で経営が立ち行かなくなることは道理が立たない。さらなる「効率化・適正化」で、さらに多くの医療機関・介護施設は、倒産・廃業せざるをえなくなる。

そもそも、医療介護の質と、医療介護費用とは、相反する関係にある。安倍首相が述べる質を確保しつつ医療介護費用をさらに削る、というのは無理難題なのだ。ここまで医療介護費用をぎりぎり切り詰められた状況ではなおさらだ。医療介護は労働集約的な事業であるため、人件費の占める割合が5割以上と高い。ここで、さらなる医療介護費用を削るとなると、人件費を削らざるを得ない。それは、医療介護の質を落とすことになる。

安倍首相の頭にある、効率化の柱は、恐らくAIや、クラウドデータベースの医療介護への導入だろう。だが、それは行政の合理化、関連IT業界の利益にはなるだろうが、医療介護現場にはさらなる経済的負担を強いることに他ならない。特に中小施設にとっては、それらの導入はあまりに負担が大きい。

また、米国とのFTAによって、混合診療がさらに進められる。政府の言い方では、公的保険の範囲をそのままに、患者本人にとってより個別的で効率的な高度先進医療を国民が受けられるように、民間保険の範囲を拡大する、ということになるのだろう。高齢化の進展したわが国では、混合診療による民間保険の医療へのさらなる参入が、経済活性化の切り札になる。が、それはあくまで国民の負担が増えることを意味し、金がなければ高度先進医療には全くアクセスできない状況を生む。韓米FTAでは、韓国は輸出企業を中心に利益を3倍に伸ばしたが、その一方で、経済格差が進行し、医療費が高騰している、という。FTAは、TPPと同等か、それ以上に国の形を根本的にグローバル資本の要求する形に変える、売国的な条約だ。医療介護は、FTAによってグローバル資本が利権を得ようとする最大のターゲットだ。

以前から記している通り、行政が医療から利権をさらに得ようとしている。以前から何度も記した日本医療機能評価機構は、意味のない「医療機関評価」を医療機関に強いている。評価に対する対価は、数百万円以上、評価後の同機構への賛助金も毎年数十万円かかる。数年に一度は、再評価を受けねばならない。同機構は、産科医療補償制度を運営することで、100億円以上の内部留保をため込んでいる。さらに、医療機関評価を受けなければ、ホスピスの診療報酬加算を受けられない。また、DPCというマルメの診療報酬制度の係数が低くなる。こうして、医療に吸い付く蛭のように、同機構は利権を漁っている。もちろん、同機構は、官僚の天下り先である。こうした天下りによる利権漁りが、とくにこの数年間目立つようになってきた。

医療介護を、行政・民間関連業界・グローバル資本の利権の草刈り場にしてはいけない。

以下、引用~~~

安倍首相「医療・介護報酬改定、重要な分水嶺」
17/02/17記事:朝日新聞

■安倍晋三首相
 
 多くの国民は「将来自分は現在の社会保障の給付を受けられるんだろうか」という漠然とした不安を持っていると思う。団塊の世代の皆さんが支え手から給付を受ける側になっているが、2025年には75歳以上になっている。その時に介護も医療も大丈夫かという不安を持っているのだろうと思うが、国民一人ひとりが状態に応じた適切な医療や介護を受けられるよう、医療と介護の提供体制をしっかりと構築していく必要がある。
 
 平成30(2018)年度は、医療と介護のサービス提供等に関する医療計画と介護保険事業計画が初めて全国で同時改定される。25年まで残された期間を考えると、今回の6年に1度の診療報酬と介護報酬の同時改定を非常に重要な分水嶺(ぶんすいれい)と考えている。
 
 25年以降の超高齢社会においても国民皆保険を維持していくため、適正化、効率化すべきことは実施しつつ、質が高い医療や介護を安心して受けてもらえるよう、同時改定に向けてしっかりと検討していきたい。
 
 持続可能なものにすると同時に適正化を行う。適正化とは必要な給付を切ることでは決してない。必要とする給付はしっかりお届けしながら、質もちゃんと維持をしながら、その中で効率化を図っていきたい。(17日の衆院予算委員会で)

行政による医療からの簒奪 

緩和病棟ホスピスの定額診療報酬を受ける条件に、日本医療機能評価機構の病院機能評価がまだ続いている。この問題は、以前にも取り上げた。こちら。同機構による病院評価は、行政が病院の様々な「機能」を検定する制度だ。だが、その内実は、ほとんど意味がないことの羅列である。ひどい場合は、スリッパの形状や、ごみ箱の蓋の有無とかを問題にするらしい。もっとも大切な、医療機関従業員の労働環境、労働条件については、おざなりで形式的な評価しかしない。

以前のポストにも記したが、評価を受けるために数百万円規模の金を医療機関が要求され、毎年数十万円、さらに評価基準改定時に新たな受診と同じだけの金が要求され続ける。いわば、医療現場の貴重な収入を、ねこばばしているのだ。その病院機能評価に対する医療機関側の「評価」は右肩下がりで、受診する医療機関も減り続けている、と聞いている。同機構は、産科医療補償制度で百億円単位の内部留保を確保したため、この病院機能評価にはあまり積極的ではない様子。だが、緩和病棟の診療報酬にからみ、この病院機能評価というおかしな制度が「強制」になっていることは、社会的な公正さの点で到底納得が行かないものだ。診療報酬制度のなかで唯一この病院機能評価が強制されている項目である。人生最後の時を患者さんが過ごされる緩和病棟で、金をむしり取るねこばばを行政が行っていることには痛烈な批判がなされるべきだ。

実は、これ以外にも、医療を行政、その天下り組織が「食い物」にしている事例は、どんどん増え続けている。新たな専門医制度もその一つ。実務は学会に丸投げで、事務処理を担当する専門医機構と関連学会に莫大な専門医認定の手数料、更新料が入る。専門医資格が、実質的に勤務医となり仕事を続けるために必要条件になりつつある。医師は、あまり意味のない座学とリポート、そして多額の取得、更新手数料を支払わせられる。専門医取得・更新に多くの時間を割かれ、医師はさらに疲弊し、経済的にも負担を強いられる。これで潤うのは、官僚の天下る専門医機構と学会の幹部たちだ。

医療事故についても、同様の構図が見え隠れする。日本医療安全調査機構・医療事故調査・支援センターは、盛んに医療事故の報告例が少ないとマスコミに垂れ流している。その一方で、同機構は医療事故の原因調査再発防止のみに専念するという原則を逸脱し、医療訴訟事例も積極的に調査する事業を行っている。報告例が少ないと宣伝するのは、報告例数の増加が同機構の収入に結びつくからだ。このブログに後で引用しようと思っているが、同機構のそうした在り方について、坂根みち子医師が痛烈な批判を行っている。

ここでは触れないが、医学教育分野、診療報酬においても、同様の事例がある。

こうした天下り組織による、医療からの簒奪は、結局、医療の窮乏化、貧困化を招き、それによって患者にしわ寄せが及ぶ。

こうした簒奪の構図は、結局のところ、国民生活のいたるところに存在し、負の影響をもたらしている。政治はそれを黙認し、マスコミもほとんど問題にしようとしない。

カジノは、新たな警察官僚の利権になる 

2000年初頭から業界に後押しされた一部の政治家が推進してきた、カジノ合法化への動き。当初、パチンコ業界と警察との癒着への反省から、カジノの規制は、警察とは別個の組織によって行われることが想定されていた。

が、現在、国会で審議されているカジノ解禁推進法案は、その第11条で、カジノの規制にあたる機関として内閣府の外局に「カジノ管理委員会」を置くとしている。重大なことには、その委員会は、各都道府県の警察と協力してカジノの規制にあたると変更されたことだ。

結局、カジノの利権に、警察が与ることになる。カジノの利権は数兆円規模になると言われているので、これは警察にとって、莫大な利権の源になる。一旦、こうした利権構造が出来上がると、後戻りはない。

行政の利権を漁る動きは、さまざまな領域で見られる。医療の世界では、日本医療機能評価機構が、その典型だ。産科医療補償制度で、100億円の内部留保をため込み、それはそのままになっている。新専門医制度も行政の利権の温床になる。医系技官だった自治医大教授尾身茂氏が、繰り返し提言している、医師の僻地への就業を医療機関の長となるための条件とする、という医師管理制度も、同じことだ。アマチュア無線における新スプリアス規制も、規模は小さいが、同じような行政・民間の利権構造になっている。

こうした利権構造の特徴は;

〇規制を根拠に、行政・民間が利権を得る

〇規制は、意味がないか、むしろ国民生活にとって有害なものである

〇カジノ解禁のような表面上の規制緩和を行い、その背後で新たなより大きな規制を敷く

といったことだろうか。マスコミもあまり取り上げず、政治家もその利権の一端に与っていることが多く、国会で徹底した議論がなされない。

「お上」に従っていれば、我々の生活は守られ、向上してゆくという暗黙の了解は、高度成長期まで可能だった。当時は、官僚にも国家の行く末を考える人がいた。また、様々な施策への財政的な余地があった。国家経済の伸びしろがなくなり、官僚が悪い意味で「官僚的に」なり、さらにここまで国家財政がひっ迫してくると、この在り様は、不可能になる。この利権構造をこれ以上肥大化させると、国家が成り立たなくなる。

医師のデータベース構築 

厚生労働省は「医師の地域的な適正配置のためのデータベース構築」を行うことに決めた。医籍登録番号を活用して、医師免許取得から初期臨床研修、専門研修を経た後も、生涯にわたり、医師の勤務先や診療科などの情報を追跡できるデータベースを構築するようである。都道府県が医師確保対策を行うために必要となる医師情報を一元的に管理するということのようだ。専門医制度、開業の権利等に付随して、医師が僻地での診療を行うことを医師に要求する、という構想のようだ。それらの「医師適正配置策」には、医師の労働条件の改善は入らない。むしろ、現在比較的高収入である僻地医療に携わる医師の収入を制限することも考えられているようだ。新臨床研修制度で、医局の人事権を奪い、その人事権を最終的に行政が手に入れるということだ。強制力を持った人事権を手に入れれば、どんなこともできると、行政は考えているのかもしれない。

一方、医療機関にも医師の人事面から行政は支配の手を伸ばそうとしている。先のポストに記した、行政による医療機関の「お墨付き」制度や、都道府県知事の任命するという地域医療連携推進法人制度等だ。

こうして、医療を人事面から支配するために、行政は特殊法人を立ち上げるはずだ。もしかすると、日本専門医機構にそれを行わせる積りかもしれない。いずれにせよ、新たな巨大利権が行政に生まれる。日本医療機能評価機構が、産科医療補償制度の実施主体になり5年間で700億円弱の内部留保をため込んだ「成功体験」を行政は決して忘れない。同じように、医療に利権を新たに求めるのだ。

医師の職業選択の自由はどうなるのだろうか。医師だけが公的な資格ではない。医師の基本的人権を蔑ろにする、行政権の乱用だろう。また、こうして医師の人事権を握る天下り団体が巨大な利権を手にすることは、決して許されることではない。

強制力だけで医師を動かそうとしても、壮大な失敗に終わる。人間をそうした外的な力だけで動かせると考えるのはいかにも浅薄きわまる。

医療だけでなく、外交、安全保障、エネルギー政策等でも、現政権は行政のやりたいようにやらせているように見える。弛緩しきった政治と、それを良いことに自らの利権を追い求める行政だ。

行政による「お墨付き」が、水戸黄門の印籠になる? 

一頃、小泉構造改革で医療費が大幅に削減されたころ、医療崩壊が起きた。救急医療の「たらい回し」という言葉が流行ったのもそのころのことだ。現実には、そうでなくても非採算部門であった救急医療にさらに経費節減のしわ寄せがあったこと、さらに救急医療への需要の急増、そして救急医療における医療訴訟のリスク増大などが背景にあったことであり、救急医療現場に責任を負わせるかのような「たらい回し」という表現は不適切なものだった。

今後、現政権は毎年3千億円の医療費削減を行う。高齢化の進展、地域経済の疲弊・地域の人口減少により、救急医療の需要はますます増える。どのような悲劇が待ち受けているのか想像すると、戦慄すら覚える。

茨城県は、民間医療機関(彼らが認めている通り、それだけでなく公的医療機関も同じなのだが)の医師不足を補うために、民間医療機関に「お墨付き」を与え、公的医療機関から民間への医師派遣を促す、という。お墨付きを与えるだけで、医師の派遣が進むのであれば、問題は簡単だ。だが、それほど簡単に解決する問題ではない。上記の通りの医療崩壊がさらに進行する現状で、県の「お墨付き」でことが解決するとは思えない。このニュースでも、県は「公的病院と同様の支援」が民間病院にも必要だと言っているではないか。公的医療機関も医師不足、人手不足なのだ。その公的医療機関から医師を派遣することが、県の「お墨付き」でできるようになるというのは楽観的過ぎる。

ただ、行政も楽観論でお茶を濁すだけではない。どうも専門医の資格要件として、地域医療、過疎地での医療への従事を求めようとしている。それと、この「お墨付き」が結合したら、うまくいくと行政は考えているのかもしれない。そして、「お墨付き」を与える天下り法人の設立も当然考えているのだろう。産科医療補償制度ですでに700億円ため込んだ、日本医療機能評価機構という成功体験を、官僚は忘れないはずだ。窮乏化している医療から甘い汁を吸い取ろうとしている。

以下、引用~~~

茨城県、民間病院へ医師派遣支援
16/08/23記事:読売新聞

 救急医療に取り組む地域の民間病院に対し、県は大学病院などの公的医療機関からの医師派遣を支援する方針を明らかにした。地域の受け入れ先を広げることで、医師が都市部へ流出するのを防ぐとともに、地域医療の充実を図る。今後、希望する民間病院をリストアップして、具体的な交渉を始める。
 
 県によると、公的医療機関の医師は、公的病院に派遣されるのが一般的となっている。このため、医師が不足する民間病院があっても、派遣を受けられない課題があった。県が民間病院に「お墨付き」を与えることで、大学病院などに医師の派遣先候補としてもらうという。
 
 8日発表した地域医療構想の素案に盛り込まれ、具体策を詰めていく。県厚生総務課は「民間病院の医師不足は深刻で、公的病院と同様の支援が必要。今後の地域医療計画にも盛り込みたい」としている。

産科医療事故原因分析の杜撰さ 

産科医療補償制度ができて8年。掛け金を集め、補償に回す主体は、日本医療機能評価機構である。

5年目の段階で、同機構はこの制度により670億円程度の余剰金を生み出した。だが、それを医療現場に還元するという話しは聞こえてこない。どうも同機構が懐に入れたままのようだ。その後も、同じ程度の余剰金が集積しているとすると、すでに1000億円程度をため込んでいるものと推測される

同機構は、あからさまな天下り組織である。天下った役人の給与、退職金にふんだんにこの余剰金が用いられているのだろう。1000億円の余剰金があれば、その利息だけでも結構な額になる。天下り役人にとっては、甘い汁そのものだ。

同機構が本来行ってきたのは、医療機関の評価である。その内容が、重箱の隅をつつくようなものであり、医療現場では不評をかこっていた。以前、ここでも何度かアップしたが、同機構は、医療事故、その手前のヒヤリハット案件の分析を行っている。が、原因の多くを医療従事者の不注意にあるとして、彼らに注意を喚起するだけにとどまっている。医療従事者の過重労働による注意力不足まで踏み込んでいない。医師は36時間以上の連続就労が当たり前のように行われており、医療事故案件の原因分析では、そうした医療従事者の労働条件の分析が必ず必要なはずだ。だが、同機構はそれを怠っている。

その上!!、下記の論文のように、産科医療事故に対する分析が、独りよがりのいい加減な内容である、という指摘が、医療現場から出された。医療事故の分析は、担当する医療従事者の見解を十分に把握し、彼らとの討論のなかで行われるべきものだ。ガイドライン等ほとんど意味がないケースが多い。患者、疾患の個別性を考慮すれば当然のことだ。それを、ガイドラインを機械的に適用して、独善的に、そして時には誤ったやり方で、医療事故のケースに適用し医療現場を断罪している。このような原因分析は、医療の質向上に役に立たないばかりか、医療現場を萎縮硬直させてしまう。

このような天下り組織が社会でのうのうと甘い汁を吸い続けている。一方、彼らが行う医療事故の分析は、誤りと独善に満ちたものだ。それは、日本の社会への害悪でしかない。このような天下り組織を放置していると、日本が立ち行かなくなる。

以下、引用~~~

産科医療補償制度 原因分析報告書についての検討

池下レディースチャイルドクリニック院長
池下 久弥

2016年8月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------

要約

産科医療補償制度から発行された原因分析報告書について、報告書自体の評価
を行った。20事例について評価を行ったところ、明らかな判定間違いが2例、
指摘そのものの誤りが1例、誤った基準の適合が1例、矛盾した判定が2例、指
摘通りに実施すると深刻な事態を招く事例が1例見つかった。産科医療補償制
度はその見解の優位性および独占性において、その実質は裁判所であり、その
設置は憲法違反とも言える。しかも、産科医療補償制度はその裁判所の設置条
項である当事者の見解の陳述、及び異なる見解の許容すら許可しておらず、近
代裁判所の基準すら満たしていない。


はじめに

わが国では、公益財団法人日本医療機能評価機構のもとで産科医療補償制度が
運用されるようになり、医療機関から提出されたカルテをもとに産科医療運営
組織で原因分析報告書が作成され原因分析が行われてきた。ところが、原因分
析報告書自体についての評価はこれまで存在しなかった。そこで私は、原因分
析報告書そのものについて評価すべく、現在まで公開された入手可能な原因分
析報告書について検討を行った。


方法・対象

対象は公益財団法人日本医療機能評価機構より発行された原因分析報告書の全
文版に掲載された入手可能な事例1)20例について分析した。原因分析報告書は
巻頭に 『 産科医療補償制度の運営組織である当機構の責任のもとに、当機
構に設置した原因分析委員会において作成 』とあり、分析者は原因分析委員
とした2)。 原因分析報告書の情報源は巻頭に『当該分娩機関からご提出いた
だいた診療録等に記載されている情報およびご家族からのご意見に基づいて、
原因を分析し医学的評価を行ってとりまとめたものです』とあり、診療録等お
よび家族の情報とした。


結果

適切な判定がなされていることを想定し、現場に反映する目的で検討を行った
が、現実と矛盾し理論的に説明できない報告がなされていることが認められた
。以下にその内容と問題点を事例ごとに報告する。

1)明らかな判定間違い
妊娠初期の切迫流産に止血剤である アドナ3)及び トランサミン4) を処方
し服薬と安静により切迫流産が治癒した症例。母体および胎児に合併症は発生
していない。ところが報告書では、切迫流産に止血剤であるアドナ及びトラン
サミンを処方したことを『一般的でない』と判定している。そしてその根拠を
線溶系を抑制し凝固による血栓症を起こすからとしている。何を言っているの
であろうか。止血剤なのだから凝固するのがあたりまえである。凝固すること
により出血点を凝集させ止血するのである。それでなければ止血剤として機能
しない。
もし、この事例が血栓症を起こし有害事象が発生した事例であれば上記指摘は
適切であるが、何事もなく治癒しているのである。そして、独立行政法人医薬
品医療機器総合機構 医療用医薬品の添付文書情報において、カルバゾクロム
スルホン酸ナトリウム水和物 (商品名アドナ)及びトラネキサム酸(商品名
トランサミン)の処方に問題はないと記載されている。また、一般産科診療に
おいて、切迫流産にアドナ 及び トランサミンを処方することは、日常的に
行われており5)特殊な処方ではない。この事例での処方は 禁忌処方を行った
わけでもなく、有害事象が発生したわけでもなく、処方により治癒しており、
一般的であり適切な処方と考える。

2)指摘そのものの誤り
分娩中に母児間輸血症候群を発症し、急激な胎児失血により胎児循環不全に起
因する低酸素脳症をきたした症例。この症例において報告書では、28週にB群
溶血性連鎖球菌培養検査を行ったことを『一般的でない』としている。その理
由として、産婦人科診療ガイドラインでは、B群溶血性連鎖球菌は新生児に産
道感染を起こすため、分娩前の33~37週に膣周辺の培養検査を実施し、陽性で
あれば抗生剤により感染予防を行う6)から、としている。
ところが、この症例は切迫早産のため子宮収縮抑制剤であるリトドリンを大量
に使用しており、早産の危険性が極めて高かった症例である。早産の可能性が
ある症例に時期を早めて行ったことは適切であり、むしろ早産になった場合、
行わなかったほうが児を感染の危険にさらす。あるいは、一般的でないとした
根拠を33週~37週に再度実施していないことを指摘しているのかとも考えたが
、28週に実施したB群溶血性連鎖球菌は陰性であり、しかも、新生児にB群溶
血性連鎖球菌感染症は発生していない。したがって培養陰性症例に本態とは無
関係な培養検査を再度行わなかったのは適切であり、指摘そのものが誤りであ
る。

3) 誤った基準の適用
分娩中に突然激しい臍帯炎を発症し胎児血流が遮断され、重篤な胎児機能不全
が発生したため緊急帝王切開を実施したが低酸素脳症となった症例。報告書に
も、突然の臍帯炎であり原因は不明、予防方法もなく対処法もないと結論付け
ている。実際、陣痛発来前のモニターにも異常は認められず経過中のモニター
にも異常はなく予測は不可能であった。
ところが、この症例がVBAC(帝王切開後経腟分娩)であったため、異常が発生
していない陣痛発来前の時間帯にモニターを連続で装着していないことをガイ
ドライン7) に照らして 『基準から逸脱している』と判定している。VBACに
よる胎児機能不全は、子宮破裂による大量失血が本態であり失血による胎児循
環不全なので、全く関連がない。しかもこの症例では子宮は破裂していない。
したがって、陣痛発来前に連続してモニターを装着していても予知はできず、
かつ、予防もできず、かつ、解決方法にもならない。しかも、連続装着してい
ないだけで、適宜モニタリングを行っており、そのモニターに異常は認めてお
らず、報告書もそう記載してある。
したがって、陣痛発来前の段階で子宮破裂を予見する目的でモニターを連続装
着しないのは適切な判断であり、指摘そのものが誤っている。産科医であれば
この指摘は誤りだと容易に理解できる。ところが、医学知識のない新生児の両
親には、この指摘の誤りに気がつくことは不可能である。関連のないVBACの基
準をあてはめ、かつ、発生時期と関係のないモニターの連続装着を指摘して、
『基準から逸脱した』と判定してあれば、文字どおり報告書こそが『基準から
逸脱している』と理解する。

4)ガイドラインに準じて実施しても救命できない矛盾した判定
分娩進行中9cm開大したところで破水し臍帯脱出をきたしたため、超緊急で急
逐分娩を行い9分後に経腟分娩したが低酸素脳症となってしまった症例。
報告書では、子宮口全開大前、臍帯脱出をきたした症例に、頚管用手開大、ク
リステレル圧出法、吸引分娩を行ったことが不適切だと指摘している。その根
拠として、ガイドライン8) に準拠しないからとしている。そしてこの場合、
胸膝位や骨盤高位を保持した状態で膀胱への生理食塩水の注入や内診指による
児頭先進部圧迫を行い緊急帝王切開の準備を行うことが最善の方法であると指
導している。
ところが報告書の提言どおりに実施し救命できなかった症例があるので重ねて
提示する。分娩進行中 子宮口2cm開大 st-3の時点で破水し臍帯脱出をきたし
た症例。上述の指摘どおりに内診指による児頭圧迫を行い緊急帝王切開を実施
したが、低酸素脳症となっている。ガイドラインに準拠していないのが不適切
というのならばガイドラインに準拠していれば救命できるはずである。救命で
きないというのであればガイドラインの引用が不適切であり、責任を取るべき
はそのガイドラインを誤って引用し、そのガイドラインを利用して判定を下し
た産科医療補償制度である。

5) 勧告どおりに実施することにより深刻な事態を招く事例
妊娠35週、突然の激しい腹痛にて受診。来院時、既に常位胎盤早期剥離を起こ
しており、胎児心拍80拍/分にて回復せず、経腹超音波にて血腫を確認し、常
位胎盤早期剥離の診断にて、搬送先分娩機関に連絡をとり、搬送後22分で緊急
帝王切開にて分娩となったが低酸素脳症となった症例。報告書では、搬送元の
適切な受診の指示、胎児機能不全の診断、緊急母体搬送の迅速な手配と的確な
医師への情報連携は、医学的妥当性があるとしていると評価している。
そして、この症例を緊急母体搬送事例と判断しているにもかかわらず、搬送元
のカルテ記載について受診から母体搬送に至る経過、検査所見、妊婦及び家族
への説明が不備であるとしている。ところが、この症例は、報告書でも記載さ
れているように、緊急母体搬送事例である。ゆるりとカルテに経過や検査所見
、妊婦や家族に説明をしている事態ではない。これらを割愛し、迅速に診断、
連絡、連携したからこそ、報告書でもこれらが迅速で適切であると評価してい
るのである。
そして、家族の意見にもこれらが不足しているとは意見されていない。そして
、不備であると記載されているが状況はここに記載できるほど充分に収集され
ている。むしろ、指摘どおりに充分な検査を実施し説明を実施した場合、迅速
な救命はなされるのか。本当にこの報告書の指摘どおり実施するのが救命につ
ながるのか。そして 報告書の指摘どおり実施して救命できない場合、当然、
その勧告をした産科医療補償制度が責任を引き受けるべきである。


考察

1)見解の優位性、独占性
切迫流産や絨毛膜下血腫に止血剤を併用することは周産期医療で日常的に実施
されており添付文書で禁忌とされている処方でもない。しかしこれが『一般的
ではない』 と判断された報告が2例認められた。何を基準にして判断したの
であろうか。日本国内で使用される薬品は、独立行政法人医薬品医療機器総合
機構が審査を行い添付文書が発行されており、添付文書はれっきとした専門機
関の見解である。
何の根拠があって、薬事の専門家でもない産科の原因分析委員会が覆せるのか
。語弊を恐れずに述べるなら、ここに産科医療補償制度の本質が表れている。
どんな基準があろうとも、どんな勧告があろうとも、原因分析委員会が決めた
ことがルールとして適用されるということである。つまり、原因分析委員会こ
そが法律であり、裁判所だということである。

2)見解の相違の不許容
報告書を作成するのも人間であり、残念ながらすべてにおいて完璧ということ
はありえない。指摘自体の誤り、誤った基準の適合は、当然ありうることであ
る。しかし、この報告書は、訂正することも反対意見を述べることもできずに
発行され、報告書に誤りがあっても、誤りのまま患者家族に直接送付される。
そして、本来は多数の観点があるように多数の見解があり、その数だけ救命す
る手段があるにもかかわらず、原因分析報告書以外の観点はすべて誤りとされ
る。
そして、たとえ誤った見解であっても正解の見解として周知されることによっ
て、誤った見解であってもそれがルールだと理解され、しなくてもいいことが
行われ、事例によっては救えるはずのものが救われなくなる。
当然、それを是としない気骨ある医療機関も存在する。しかし、医療機関の見
解と機構の見解が異なるため、見解の異なる原因分析報告書の患者家族への開
示が分娩機関への信頼回復に繋がるはずがなく、患者家族は『医療機関の説明
は報告書の見解と違うじゃないか 医療機関は嘘をついた』と捉えるのが当然
である。そうなるともはや信頼関係は完全に崩壊してしまい、話し合おうと思
っても話し合えないし、医療者も見解が異なるので話のしようがない。産科医
療補償制度は、それを解決すべき現場の問題9)として報告しているが、解決す
べきは産科医療補償制度の方だと思うが、いかがであろうか。

3)機構の勧告を順守しても救命できないという矛盾
産科医療補償制度が医療者の主張を取り入れることなく、自己の見立てにより
鑑定を行い裁定を公表する場合、当然、その結果にも責任を伴う。 産科医療
補償制度が採用した基準を実施しても救えなかったということは、その基準を
採用した産科医療補償制度の責任であり、その基準により救えなかった事例に
おいて損害賠償責任は産科医療補償制度がすべて担うべきである。そして、最
低限、産科医療補償制度の勧告を医療現場に強制的に順守させることにより、
本来は不利益を被らないですむはずの胎児と妊婦に不利益を被らせることだけ
は、絶対させてはならない。

4)ガイドラインは絶対的な基準か
産科医療補償制度は主に産婦人科診療ガイドライン産科編を基準に裁定を下し
ている。ゆえに、ガイドラインを遵守しても救命できなかった場合、その責任
はその産婦人科診療ガイドライン産科編とそのガイドラインを制作したガイド
ライン制作者となる。ガイドライン作成に関与した作成委員やコンセンサスミ
ーティング委員にとっては迷惑千万な話である。
ゆえに、ガイドラインの制作に関わるメンバーは自分たちが製作したガイドラ
インが絶対的な基準で、どんなことがあってもガイドラインを順守すれば絶対
に助かるという絶対的な根拠と自信がないのであれば『このガイドラインは不
完全な基準であり、遵守しても救命できるという基準ではなくましてや絶対的
な基準ではない』と明言すべきである。
そして、『ガイドラインを根拠とした一切の裁定 及び 根拠としての使用を
禁ずる。とくに産科医療補償制度 および 医療裁判等の裁定で使用されるこ
とを断固拒否する』と明記し、使用したことが判明した場合は強く抗議すべき
である。なぜなら、今後、ガイドラインの不備が判明した場合、制作者が紛争
に巻き込まれる可能性が充分ありうると見ている。ガイドライン制作者には、
是非とも紛争に巻き込まれないよう身を守っていただきたい。


おわりに

日本国憲法に 『特別裁判所は、これを設置することができない10)』とある
。産科医療補償制度はその見解の優位性および独占性において、その実質は裁
判所であり、その設置は憲法違反とも言える。しかも、産科医療補償制度はそ
の裁判所の設置条項である当事者の見解の陳述、異なる見解の許容すら満たし
ておらず、近代裁判所の基準すら満たしていない。ゆえに、当事者不在で一方
的に裁定を下すという点において、中世の糾問式の裁判とも似ている。

引用・参考文献
1)〒101-0061 東京都千代田区三崎町1丁目4番17号 東洋ビル
公益財団法人日本医療機能評価機構 産科医療補償制度運営部
2)公益財団法人日本医療機能評価機構 産科医療補償制度 原因分析委員会 
 委員一覧
http://www.sanka-hp.jcqhc.or.jp/outline/pdf/BunsekiMemberALL_201601.pd
f
3)〒100-0013 東京都千代田区霞が関3-3-2 新霞が関ビル
独立行政法人医薬品医療機器総合機構 医療用医薬品の添付文書情報
http://www.info.pmda.go.jp/go/pack/3321401A1077_1_05/
4)〒100-0013 東京都千代田区霞が関3-3-2 新霞が関ビル
独立行政法人医薬品医療機器総合機構 医療用医薬品の添付文書情報
http://www.info.pmda.go.jp/go/pack/3327401A1127_2_05/
5)杉村 基 【早産リスク-最新の評価法と対策-】 絨毛膜下血腫と流早産対策
 産婦人科の実際(0558-4728)61巻4号 Page555-561(2012.04)
6)編集・監修 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会 産婦人科診療ガイド
ライン 産科編2008 p148-149 2008.
7)編集・監修 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会 産婦人科診療ガイド
ライン 産科編2008 p111-112 2008.
8)編集・監修 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会 産婦人科診療ガイド
ライン 産科編2008 p120-124 2008.
9)産科医療補償制度7年の実績とその社会的影響に関する考察 第96回記者懇
談会 日産婦医会報4月号 p5-8 2016.
10)日本国憲法 第六章 司法 第76条2項

FC2 Management