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Night Owlers 

昨夜、チェロの練習に少し行き詰まり、寝る前に気分を変えようと、無線に出た。7メガ。夜11時近かったが、西海岸にまだ開けていた。この時期としてはバンドが静か。夏至を過ぎて1か月以上経ったからなのだろうか。

西海岸の局2局と簡単な交信。言いたくはないのだが、7025より上に出てくる初心者+アルファの局は、英語のnativeであっても、CWの解読ができない局が多い。いないよりはましかと思いながら、交信を手短に終わらせた。

これが最後と思って、CQを出すと、弱い信号でVK4YD Daveが呼んできてくれた。ビームを向けるとS6くらいまで上がって、十分ラグチューが可能。彼のことをすぐに思い出せなかったのだが、PCログの記録で、ex VK4CEUであることを思い出すことができた。しばらく前、数年前だったか、何度か交信している。その様子を記載したポストがこちら。Daveは、すでに81歳。ゆっくりした昔を思い起こさせるバグキーで正確な符号を送って来る。

彼との共通の友人Tim VK3IMにちょっと前に電話したところだと教えてくれた。Timは、以前からのメルボルン近郊の自宅に一人で生活している由。以前からの健康問題が続いているようだ。買い物や食事に関しては手助けしてくれる方がいるらしい。生活が大変だが、Daveが電話をかけてきてくれて嬉しい、ということだった。

Timを含めたCWにactiveな連中がメルボルン周辺にかって数人いた、との彼の話し。夜遅く7メガに出てきて、わいわいやっていたらしい。night owlersと呼び合っていたそうだ。そのメンバーは、Tim以外に、Ron VK3BRC Frank VK3FC Snow VK3MR等。Daveは、当時VK3ABRだった。西海岸のEd W7COB、Merle K6DC等と交信をして楽しんだものだった、とのこと。驚くべきことに、こうしたコールの面々と私も1960年代、そして1980年代にしばしば交信したことをはっきり覚えている。W7COBは1981年にSKになってしまった由。DaveとTim以外も皆もうSKである。

日本時間の夕方、7メガでVK2NSとK6NBの間でskedが組まれ、そこに相伴するように今は亡きOT達(当時はまだ若者)がたむろしていたことを、以前から何度か記した。残念なことに、私の知る限り、そのグループで生き残っているのは、Kemp K7UQHのみ。その連中より少し後になってのことかもしれないが、少し遅い時間帯に、こうした別のグループがいたことを知り、新鮮な驚きだった。

そして、私はその両方のグループを良く知っている・・・ということは、私が博物館級の存在になりつつあるということなのかもしれない。そして、これら二つのグループ以外にも、パスが安定していた7メガで同じようにたむろしていたCWマンのグループがあったのかもしれない・・・。

昨夜、facebookのCWオペがたむろするグループに、この交信のこと、night owlersのことをポストしてみた・・・もしかしたら、誰か当時を知る方がいるかと思ったのだ。だが、そのグループは比較的初心者が多いためか、直接思い出を共有できるような方はいなかった。

Daveと私が最初に交信してから51年経った・・・。


Hartmut DK2SC Dave VK4CEU 

過日、14メガでHartmut DK2SCに呼ばれた。少し意識が飛んでいたのか、聞き覚えのあるコールだなと思っただけだったが、かのHartmut ex9X5HGではないか。大変喜んでくださり、私もぞくぞくするような気持ちになった。

自宅にビームを上げられたそうで、信号は大変強い。実は頼みがあるのだが、とおもむろに彼が言い出した。9X当時のカード類をすべて失くしてしまったので、もう一度送ってくれないかというのだ。ルワンダの内戦に伴い、突然の帰国を余儀なくされ、持ち出せた(一緒に帰れた)のは、奥様とラップトップのPC一台だけだったとのことだった。確か、首都のキガリにたまたま出張していて、そのために助かったということだったのかもしれない。

セミリタイアしたこと、来年の夏はドイツ行きを考えていることを申し上げたら、家には客を泊める部屋もあるし、ハンブルグの近郊で交通の便も良いからぜひ来るようにと仰って下さった。北ドイツの夏、良いかもしれない・・・。

拙ブログを読んでおられる方で、9X5HGと1990年代前半に交信した方がいらっしゃったら、ビューロー経由でも良いので、カードをDK2SC宛にお送り頂きたい。きっと喜ばれると思う。

昨夜、夜遅くの7メガで、Dave VK4CEUに呼ばれた。とても夏場とは思えぬ、静かなCONDXで、彼の65Wの信号も、しっかり入感していた。最近は、あまり電波を出さなくなってしまった、メルボルンにいたころには活発に運用していたものだが、とのことだった。昔からのハムのようだったので、Tim VK3IM、さらに今は亡きClive VK4CCを知っているか尋ねてみた。それに、メルボルン時代の彼のコールも・・・。

以前のコールはVK3ABRだとのこと。私の備忘録のノートに見事にヒットした。1968年に最初の交信をしている。ついで、1980年だ。VK4CEUになってからも何度か交信をしているはずだ。彼は、上記の二人を良く知っているとのことだった。Timとは、1年以上会っていないと仰るので、Drew VK3XUから聞いた、Timの大変な状況を手短にお知らせした。Cliveとも盛んに交信をしたものだった、彼の自作のアンテナの話しをしたものだった、とDaveは仰った。そうだ、Cliveは、T2FDのような進行波型でブロードな同調のアンテナを自作して、いつも我々に比較リポートをくれるように言ったものだった。何か画期的なアンテナをどうにかして自作したいという熱意を持っていた様子だった。

無線、特にCWでラグチューを楽しむ者の世界は狭いと改めて感じた。あまり太くはならぬように、細く長く続けようと改めて思ったことだった。

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