FC2ブログ

下村元文科相の腐敗 

下村元文科相は、教育界に改憲を強要したり、東大に民間英語入試を採用するように働きかけたりすることが、政治活動だと思い込んでいるらしい。

下村氏は、文科相時代に、獣医学部新設を巡って加計学園から送られた不正な政治献金について、まずは説明すべきではないのか。説明すると言ったきり頬被りしている。そのような人物が、改憲やら教育改革やらを口にすること自体がお門違いだ。

東大は、下村氏の申し出を受けて、採用しないとしていた民間英語試験を採用に向けて検討すると態度を急変させている。恐らく大学への交付金削減を心配したのかもしれないが、大学の自治をしっかり守り、受験生のことを考えよと言いたい。交付金を盾にとって、入試の変更を迫ったとしたら、下村氏は政治家として失格だ。この民間英語試験導入の利権に、下村氏は深く関与していた。その人物が、具体的にこうした行動に出た。政治的な腐敗である。

以下、朝日新聞から引用~~~

教育界に改憲協力要請 自民・下村氏 党会合で

2019年11月24日 朝刊

 自民党の下村博文選対委員長(元文部科学相)が昨年四月、党会合に出席した教育関係者に党改憲四項目の教育関連部分を説明し、改憲への協力を求めていたことが分かった。有識者からは、教育の政治的中立を損なう恐れがあるとの批判も出ている。 (大杉はるか、大野暢子)

 会合に同席した同党議員らによると、下村氏は党教育再生実行本部の会合で、憲法八九条と私学助成の関係について「誰が見ても違憲ではない形で改正する」と強調。教育環境の整備を加えた二六条改憲案にも触れ「これが進むように教育関係者にも力を賜るようにお願いする」と述べた。

 会合には、日本私立中学高等学校連合会会長や全国高等学校長協会前会長らが出席していた。

 首都大学東京の林大介特任准教授(主権者教育論)は「国が改正前提で憲法論議を求めれば教育の政治的中立に反する。主権者教育では改憲への賛否双方の議論が必要だ」と指摘。その上で、下村氏は党の立場で発言したことから「大きな問題ではない」と話した。

 歴史の教員や学者らでつくる一般社団法人「歴史教育者協議会」(東京都豊島区)の石山久男前委員長は、下村氏が教育行政に強い影響力を持つことを踏まえ「教育分野の代表者に改憲への協力を頼んだことになり教育基本法の精神に反する」と語った。教育基本法一四条は、学校について「特定の政党を支持し、またはこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」と定めている。

 本紙は下村氏に事務所を通じコメントを求めたが、回答はなかった。下村氏はこの会合で、東京大が英語民間試験を活用するよう文科省に指導を求めていたことも明らかになっている。


「教育再生実行会議」 

例の大学入試民間英語試験を提案したのは、政府の私的諮問機関である「教育再生実行会議」だったらしい。2013年、第二次安倍政権下で発足した。こちら。

確かに、2013年に同会議が、大学入試「改革」について、提言を出している。2015年からのメンバーには、極右の面々が揃い、また財界人も多い。議論は非公開だそうだ。提言のタイトルからして、歴史修正主義教育の確立、教育の民営化がこの会議の目的であることが推測される。その線に沿って提言を行い続けている。

この会議が、教育現場の声、生徒たちの声を無視して、大学入試の共通試験を民間委託することを推し進めてきた。実体は、「やっている感」の演出、それに財界への利権供与だったようだ。英語試験の民営化は2024年を目途に進めるとまだ言っている。国語・数学の記述式導入についても、採点しやすさだけを考えた、ナンチャッテ記述式を考えているらしい。

この民間共通試験を一手に引き受けるのは、ベネッセらしい。この英語試験だけでも、年間数十億円の固定した収入が得られる、美味しい事業になるはずだった。ベネッセと特定の政治家との癒着も疑われている。政府側メンバーであった元文科大臣下村博文は、民間人メンバーで、「成基」代表の佐々木喜一から政治献金を受け取った。

こんな組織が教育の根幹にかかわる決定を行い、教育現場に歴史修正主義を押し付け、さらに今回の入試制度の改変を教育現場を混乱させている。その一方、特定民間企業へ大きな利権を誘導している。背後では、政治家とそうした企業の癒着が見え隠れする。

萩生田文科大臣の「業績」 

民間委託の英語大学入試、ようやく「延期」にされるようだ。萩生田大臣の功績大だ。あの一言で世の中を動かした・・・すばらしい。

そもそもこの民間委託試験は、経済的・地理的にみて、受験機会の公平性がなく、複数民間業者が担当することから試験内容の公平性が担保されていない。さらに、「話す」試験の採点をどうやって公平化するのか、また吃音等の障害を持つ受験生はどうなるのか。さらに、もっと大きな問題は、一つの試験に学生一人当たり2万円かかるとして、試験全部のコストは100億円である。行政とこうした試験を行う業者の繋がり、端的に言えば天下りはどうなっているのか。何やら腐敗臭がしないでもない。

入学試験は、受験の機会を公平に受験生に与え、さらに内容も公平でなければならない。「話す」という能力も確かに必要だが、その評価は容易ではない。さらに、外国語を学ぶ重要性は、基本的には読み書きだ。読み書きに重点を置いたこれまでの試験方法が間違っていたとは思えない。私企業に大学受験を丸投げするのはリスクがあり過ぎで、受験を金儲けの道具にすることになる。

さらに、こんな受験の変更が必要なほど、英語教育に足らないところがあるのであれば、中高の教育を充実させることが重要ではないか。小学校での英語教育は年齢が中途半端に早すぎ。文科省の行う「改革」は、受験生を見ていない。どうも、一時の業績作りと、天下り企業への利益誘導しか頭にないのではないのか。これでは、受験生が困惑するばかりだ。

教育の劣化 

新しい共通試験の実施について、「身の丈にあった」受験を勧めた文科大臣。大学入学試験に民間の英語の試験を利用することになった。その試験受験費用が、結構高額なのと、大都市であれば何度も受験できて本番に対する準備が十分できることになる。結局、親が高収入であること、大都市に住むことで、アドバンテージが得られる仕組みを文科省は導入することにしたわけだ。それを、文科大臣は「正直に」述べて、その政策に了承を求めた、ということなのだろう。

憲法、教育基本法を持ち出すまでもなく、教育の機会均等は絶対必要なこと。機会均等だけでは不十分で、劣悪な条件にいる子供たちへの支援を行うことが文科省には求められるのに、その真逆を文科省は行おうとしている。この新しい制度に対して、不安や不満が殺到しているのに、来年から見切り発車をしようとしている。

この記事を読んで、日本の小中高の教育が凄まじい劣化振りであることを初めて知った。

こちら。

3,4割の子供たちは、まともに読み書き、生活に必要な「算数」ができぬままに社会人になるという。そうした彼らが育ってくる背景には、公教育の劣化、それに彼らの学習意欲の喪失がある。さらに、その背後には、新自由主義経済により近視眼的な能力第一主義が横行し、多くのドロップアウトをする子供たちを生んでいる、という背景があるのだろう。

教育にかかるコストも驚きだ。小学校から大学まで公立の学校のみ通ったとしても平均一人730万円かかるという。国立大学の学費が現在年54万円ほどだが、徐々に上げられ、文科省は最終的には90万円超にするらしい。子供を一人育て上げるのに最低1000万円かかるようになるのもすぐそこだ。私が大学生だった1970年代は、学費が年額たしか1万2千円で、途中から3万6千円になった・・・それからしても、凄まじい値上がりだ。

一方、OECD加盟国33か国中、教育への予算額は日本は最低である。教師の労働条件も劣悪で、公的な学校の教師の成り手が少なくなっている。つい最近の報道では、教員試験の倍率が軒並み低下している。3倍を切ると、教員の質を維持することが難しくなるらしいが、東京の小学校教員試験の倍率は直近で1.8倍。教師の労働条件・環境の悪さを反映しているのだろう。

文科相の「身の丈」発言は、劣化し格差が拡大した教育の状況を肯定し、それを受け入れるように国民に促している。

8年前に米国を訪れ、ある友人と会った際に、子供たちを自分たちで家庭で教育したと聞いてかなり驚いたことがあった。公的な教育に信頼が置けず、学校が荒れているから、という理由。お子さん三人は立派に成人している。中流階級に属していると思われる、彼のような家庭で、自宅で子供たちを教育しなければならない状況が信じられない思いだった・・・ところが、そうした状況が日本でもすぐそこに来ている。

専門教育の分野でも、基礎研究・教育に対する公的予算は減らされ続けている。大学への交付金は、機械的に減らされ続け、競争的研究資金という名の「紐付き」予算が増やされている。基礎研究は、この20、30年低迷し続けている。自然科学の被引用文献数の指標も低下し続け、英国の雑誌Natureでは、日本の科学技術のレベルの低下が指摘されている。ノーベル賞が学問のレベルを反映するものだとは必ずしも思わないが、日本人がかなり多く取得していると思われるこの賞も、一定数人口当たりに換算すると、世界で14位のようだ。ノーベル賞は、真価が確定した20年程度以前の業績に与えられることが多い。ノーベル賞受賞者が異口同音に述べるのは、研究への公的支援が貧しいこと。このままでは今後ノーベル賞受賞者が激減する。

教育がわが国の立国の大きな基礎だったわけだけれど、これでは国が内側から立ち行かなくなる。

児童生徒の不登校・自死の問題 

開業したころ、小学校高学年の女の子が患者として何度か来院した。当初、身体疾患だと思ったが、結局不登校の問題であることが分かった。何度か話を聞いたが、やはり解決せず、家内の診療所に紹介した。その子のことを思い出して、家内に尋ねてみた。彼女も記憶は朧気・・・それはそうだもう20年近く前のことだ。母子関係の問題だったらしく、短大を出るころには、良くなっていったらしい。

母子関係は子供にとって大きな影響を及ぼす。

一つは、遺伝の問題があるのだろう。うつ病圏の遺伝的体質、発達障害等々・・・ただ、こうした遺伝的なもので人間の優劣がつくことはない。我々は、生き難さに関係する性格等を誰でも親から受け継ぐ一方、それが優れた能力として開花することもある。国連で演説したグレタを観よ、彼女はアスペルガーであることを告白しているが、その形質がなければあれほどまでに徹底した運動を起こせなかった。だが、こうした遺伝的な体質は、時としては社会適応に問題を生じさせることもある。

生活環境を共にしていることも、母子関係が子供の成育に及ぼす影響が大きくなる因子だ。当然のことながら、毎日生活を同じようにしていることも重要だろう。母親の生き方を、子供は学習して育って行く。

勿論、父親の関与も同様にあるが、生活を共にしている時間が長いのは母親。遺伝子の半分は父親から受け継ぐ。一旦書いたポストにこうして書き加えているのは、母子関係がことさら重要だと強調したいわけではなく、また母子関係も子供の成育の最初の人間関係として重要だと言いたいだけだ・・・かなりクドクなってしまった。

その女の子は、来た時に何か悲し気な眼差しで、もの静かだったことを覚えている。家内のおぼろげな記憶では、母親と離れて暮らすようになって改善していったらしい(これはあくまで一つの例で、母子関係に問題がある場合、こうすれば必ず解決するわけではない)。

この子以外にも、何人か不登校のお子さんを診せていただいたが、まず親御さんには、「すぐに学校に行かせるという思いを捨てること」といって診療を始めた。だが、不登校は、子供だけの問題ではなく、対応に難儀することが多かった。その小学校高学年だった女の子も、もう結婚しているかもしれない。どのような人生を歩んでおられるのだろう・・・。

不登校の問題に関してもう一つ棘のようにこころに刺さっていることがある。10数年間、ある小学校の校医をしていた。校医といっても仕事は多くなかった。予防接種と検診、それに年に一度ある「保健委員会」という関係者の集まりに出て、先生方、関係者が児童の健康発達面について報告されるのを聞き、適宜コメントをすることだけだった。その委員会なるもの、シナリオが出来上がっており、報告書に沿って淡々と進む。最後に、いつも私は「不登校」児童はいないか尋ねた。頻度からすると、2%程度は不登校児童がいるからだ。正確な児童数は思い出せないが、一学年2クラスだったので、300から400名程度だったのだろう。従って、確率的に数名は不登校の子がいることになる。だが、学校側の返答は、決まって不登校の子はいません、というものだった・・・それ以上、突っ込むことはしなかったのだが、不登校の子の問題では家庭の問題もあることが多く、学校がそうした子供を把握して適切な対応をしないと、表に出てこないことが多い。最初に述べた小学生も、最初身体症状を訴えての来院だったわけで、医療機関側で不登校の児童を見出すのは難しい・・・。私が校医をしている間に、本来ならば何らかの医療が必要だった不登校児を見逃してしまっていたのではないか、という思いが時々棘のように意識に浮かび上がってくる。

こんなことを思い出したのは、ある新聞のコラムで、元文科省次官の前川喜平氏が、不登校と児童の自死について書いておられるのを読んだためだった。

前川氏によると、文科省の調査で、2018年度の不登校児童生徒は、164、528名で、前年比14.2%増加だったらしい。2012年度からの6年間では1.5倍に増加している。さらに、小中高生の自死は2018年度331名で前年度比32.8%の増加だったようだ。不登校の原因としては、家庭の問題が最多で37.6%、(いじめ以外の)友人関係27.8%、学業が21.6%だった由。前川氏も指摘しているが、学校の問題で不登校になった例が一桁台と少ないが、これは学校側が調査しているため、学校自体の問題を原因としない力が働いたのではないか、とのことだった・・・私が校医をしていた小学校のことを考えると、ありそうな気がする。最近神戸の中学校の教師同士の虐めというか刑事犯罪の事案が報道されているが、学校内・教師間でもきっと様々な問題があり、それが子供たちに悪い影響を及ぼしている可能性があるのではないだろうか。

学校が、本来とても楽しい場所であれば(それは簡単に実現しないこともよく承知をしているが)、少なくとも家庭の問題で不登校になるケースは少なくなるのではないだろうか。ただ、最近、貧困により不登校になる子供も増えているらしく、やはり社会の在り様が、子供の世界に暗い影を落としているということなのかもしれない。

あぁ、もっと真剣に子供たちのことを考えてあげることができなかったかと思い返すこともある。あの保健委員会でもっと突っ込めなかったか・・・だが、一介の小児科医にできることは余りに少なかった。学校関係者には、学校が子供たちにとって救いの場、家庭環境を補完する場になるように是非努力してもらいたいものだ(多くの場合養護の先生方は限られたリソース、権限のなかでよく頑張っておられた)。それに、貧困、それにメンタルな病気の問題を扱う専門家を児相や関係する役所の部門に配置してもらいたいものだ。こどもがこれだけ不登校になり、ましてや自死する世の中であって良いはずがない・・・。

国立大学の授業料値上げラッシュ 

先進国中、わが国は、教育にかける公的資金がもっとも少ない国に属する。

国立大学の授業料値上げラッシュだ。教育格差が、さらなる経済格差を生み、それを固定化する。国家が衰退する道だ。

こちら。

経済的徴兵制 

防衛省は、現在の学生への奨学金を拡大させて、米国のROTC予備役将校訓練課程に倣った奨学金制度を作るようだ。

少子化、さらに安保法制による自衛隊の海外出兵を見越して、自衛隊に志願する若者が減少しているためらしい。

奨学金・生活費を学生に貸与し、その代わり卒業後一定期間自衛隊で働くことを要求する制度になる。

現在、国公立大学の学費は値上げの傾向にあり(最低の学費が決められているだけ)、最終的に年額90万円を超えることになる。入学金などを含めると、400万円は優に超すことになる。もしかすると、国家財政の悪化、大学交付金削減等に伴い、学費はもっと値上げされるかもしれない。実質賃金は右肩下がりの現状では、普通の家庭の子供たちが大学進学するのには奨学金を得ることが必須になる。

そうすると、この防衛省の奨学金は、「経済的徴兵制」となる。米国では、貧しい階層の若者が大学に進学するために、ROTC等により奨学金を得て、それと同時に兵役義務を負う経済的徴兵制が一般的だ。わが国政府は、教育にかける予算削減、それに自衛隊員のリクルートのために、米国のこの制度に倣うわけだ。

それで良いのだろうか。制度が変わってからでは、遅い。次の世代に負の遺産を残すことになる。

奨学金という利潤追求システム 

大学(特に公的大学)の学費は上がり続けている。現在、国公立大学の学費は年50から60万円だが、90万円台にまで値上げされると言われている。生活費も高騰している。

そこで、学生にとって奨学金が頼みの綱になるが、日本では、貸与型の奨学金が圧倒的多数。卒業時には数百万円の借金を背負って社会に出ることが普通になっている。

そして、一部の卒業生は、自己破産に陥る。過去5年間(2015から2018年度まで)で約8000人が自己破産。2018年度だけだと約2000人。奨学金を貸与する日本学生支援機構JASSOは、その自己破産の発生率は、普通の人口当たりの発生率と変わらないと述べている。こちら。

だが、学生が卒業時点で、数百万の借金を背負わせられること、奨学金の返済督促は厳しいこと等は異様なことだ。自己破産が多いのは恐らく借金額が多いためであり、借金額を階層化すれば、借金額の多寡により自己破産が多いことが明らかになるはずだ。

貸与型奨学金は、実際には一般市中金融機関が貸し出す。JASSOのウェブサイトの別なページに貸出利率の一覧が載っている。固定金利だと0.2から0.6%程度で、現在の銀行貸し出し金利からして特に高いわけではないが、それでもかなりのもの。奨学金貸与事業で、毎年350億円程度の利益が上がっているらしい。奨学金まで、利潤追求の事業になっている。JASSOは、恐らく、有力な天下り先になっているのだろう。これは、財力の乏しい新卒者を「食いもの」にしていると言われても仕方あるまい。

外国では、返済不要の給付型奨学金が主流だ。わが国だけが、貸与型が圧倒的に多く、JASSOや、関連金融機関が、学生から利潤を吸い上げている。

奨学金国際比較

現政権は、貸与型ではなく、返済不要の給付型奨学金を増やしたというが、給付型はまだ10%を超えた程度。給付条件が厳しく、それだったら授業料減免を受けた方が良いと言われるほどだ。さらに、この拡充したという給付型奨学金を扱える大学に、産業界・行政・政治の意向に沿うことという条件を課している。新たな給付型奨学金も、学生ばかりか大学までも「食いもの」にする積りなのだ。

こうした政財官の利潤追求システムは、社会のいたるところに張り巡らされている。それは普段はあまり表には出てこないようになっている。政治を変革しないと、この搾取を行う制度は、変わらない。若者よ、目を覚ませ。

「大学無償化」という嘘 

年収270万円以下の世帯では、それだけですでに国公立大学の学費は減免になっている。さらに、大学によって限度は異なるが、年収400万円ぜんご以下の家庭出身の学生には一部減免になっている大学が多いようだ。

この「大学無償化」を謳った新しい制度で、年収270から380万円の世帯は、負担が増える可能性がある。

「大学無償化」は、詐欺的命名である。現政権には、こうした詐欺的命名が多い。「働き方改革」は、「残業代ゼロ・正規雇用の非正規化」であるし、「安全保障法制」は「自衛隊を米軍指揮下で戦闘を可能にさせる法制」であるといった具合である。

だいたいにおいて、年収270万円以下の家庭で、子供を大学進学させられるだろうか。

これも実質的に「やっている感」の演出に過ぎない。または、中間層からのさらなる搾取である。

百数十億円の予算があれば、返還不要な給付型奨学金を倍増させることができる。あの問題の多いF35一機分のコストだ。また、有利子奨学金という高利貸しのような奨学金の利子を免除することも可能だろう。

どんどん値上げされてきた、学費を下げることも、教育の機会均等のためにぜひとも必要だ。

以下、引用~~~

大学無償化で中間層に影響か=授業料減免の縮小懸念-支援法成立、来年施行 766
2019年05月11日 08:01 時事通信社

 大学など高等教育機関の無償化を図る大学等修学支援法が10日成立し、文部科学省は2020年4月の施行に向けて準備を進める。低所得世帯の学生が進学しやすくなるよう経済的な負担軽減が狙いだが、現行の中間所得層に対する授業料減免が縮小するのではないかとの懸念が出ている。

 「家庭の経済事情にかかわらず、自らの意欲と努力で明るい未来をつかみ取ることができるよう努力していきたい」。柴山昌彦文科相は10日、同法の意義を強調した。

 支援法では入学金と授業料の減免に加え、返済不要の給付型奨学金を拡充して生活費を賄えるようにする。

 対象は両親、本人、中学生の4人家族を目安として年収約380万円未満世帯の学生。約270万円未満の住民税非課税世帯では減免、給付それぞれ上限額が支援され、約270万~約300万円未満は3分の2、約380万円未満は3分の1の支援となる。

 文科省によると、現在、各大学が基準を設けて授業料減免を実施し、私立大には国が半分まで補う制度もある。私大では給与所得者で年収841万円以下の世帯なら支援を受けられるという。

 国会審議では、減免措置を受けているこうした中間所得世帯の学生への影響が指摘され、文科相は「新制度では対象とならない学生も生じ得る」と答弁。高等教育無償化を求めて活動する学生グループも3月、学生の限定により、多くの困窮を放置するとして対象の大幅拡大などを求めた。文科省は今後、大学の実態調査を進める方針だ。

 同省幹部は「現在減免されている人で法律の対象にならない人は課題であり、予算編成の中で検討する」と話すが、「財務省は今までの減免措置が『やり過ぎだった』との立場だ」といい、新たな予算化には反対するだろうとの見方がある。 

教育・研究の没落 

大学の国際ランク付けで、わが国の大学は大きく順位を落としている。THSによると、アジア一位の座を守っていた東大もしばらく前からシンガポール国立大や、中国の清華大学に大きく引き離されている。こちら。

科学論文の被引用数も減少の一途だ。

科学論文でさえこの有様だが、社会科学・人文科学の研究はさらに落ち込んでいる。

理由は明らか。教育研究予算を、機械的に削減し続けているからだ。ごく少数の大学に予算を充当し、大学法人に官僚が天下る。特に、地方大学は疲弊しきっている。ポスドクの研究者のポストがない。研究者になろうとする優秀な人材がいなくなる。

新自由経済を機械的に教育に当てはめること、大学を天下り先にして官僚が利権を漁ること、学問の広がり、裾野を無視し、リベラルアーツを蔑ろにすること、これでは、教育・研究は落ちぶれるままだ。

人口減少等社会的なネガティブな要因に対処するためにも、教育の充実・研究の興隆は欠かせない。このままでは、わが国は没落してしまう。

NHK NEWS WEBより引用~~~

科学論文の引用回数 米中が各分野の1位独占 日本はなし
2019年5月12日 4時08分

引用回数が多い科学論文の各国の割合を151の分野ごとに比較したところ、アメリカと中国が各分野の1位を独占し、日本は1位となる分野がありませんでした。集計した科学技術振興機構は、日本の研究力が相対的に下がっていると警鐘を鳴らしています。

科学技術振興機構は、引用回数で世界の上位10%に入る質の高い自然科学系の論文について、人工知能やバイオテクノロジー、天文学など151の分野ごとに各国の割合を比較し、順位の推移を分析しました。

その結果、最新の2017年までの3年間平均では、151分野のうち80分野でアメリカが1位でした。
残りの71分野は中国が1位となり、米中が首位を独占しました。

日本は1位の分野がなく、がん研究など2つの分野の3位が最高でした。

日本と中国はともに1997年までの3年間平均では1位の分野はありませんでしたが、中国は20年の間に、機械工学など産業に関わる分野を中心に大きく順位を上げ、日本を引き離す結果となりました。

また5位以内の日本の順位をみても、1997年までの3年間平均では151分野のうち83分野で日本はトップ5に入っていましたが、最新の2017年までの3年間では18分野にまで減りました。

科学技術振興機構の伊藤裕子特任研究員は「予算が突出した米中がトップになるのはある意味当然といえるが、5位以内をみても日本の研究力低下が鮮明になった。深刻に受け止めるべきだ」と警鐘をならしています。