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首都大学東京が、都立大学に戻される 

首都大学東京という呼称が、元の都立大学に戻されるそうだ。都立大学という歴史のある呼称に戻されるのは、大変結構なことだ。

石原慎太郎元都知事が、都立大学の「改革」を行ったとき、多くの有能な研究者が同大学を去った。その「改革」とは、基礎的な人文科学を貶め、軽薄な実学を導入し、あげくにこの呼称の変更を大学に行わせたことだ。その「改革」が、一体何をもたらしたのか、呼称が元に戻されることが象徴的に物語っている。

この石原慎太郎という人物は、都政に一体何を残しただろうか。銀行業に手を出し、多大な経済的負担を都民にもたらした。日中首脳の知恵で棚上げにしていた尖閣諸島領有権問題を持ち出し、日中間の軋轢を増した。兆の単位の経済的負担、それ以外の負担を都民・国民に与えそうな東京オリンピックの開催を画策した。彼は、都知事の終盤には、一週間のうち3,4日しか東京都庁に登庁しなかった。最後は、老醜をさらした。

率直に言えば、このような都知事を選挙で選んだ都民の愚かさが、彼の愚劣な都政をもたらした。その尻ぬぐいを今になってさせられつつある、ということだ。

これは安倍政権の政治にも言えるのではないだろうか。彼の愚劣な政治の後始末は、生半可なことではできない。これから長い期間国民が辛抱させられることになる・・・もっとも、この国がそれまで存続できればの話だが・・・。安倍政権をできるだけ早く辞めさせること。それが、次世代のためにもっとも大切な遺産となる。

高等教育・研究の劣化 

我が国の科学研究の失速については、以前アップした。こちら。このポストを記した当時は、イージスアショアのコストは2000億円と見積もられていたが、それがいつの間にか6000億円に膨らんでおり、さらに増えるのではないかと言われている。効果が定かでないこのミサイル防衛システムを、北朝鮮との緊張が緩和しつつある中で、どうしても導入するのは、米国の属国として米国大統領の命ずるままに我が国の国民の資産を米国に差し出すということだ。その一方で、研究予算を削り、政官が大学に利権を要求する競争的研究資金を導入し続けている。その結果が、科学技術研究の遅れと、政官の腐敗だ。

高等教育行政が、科学研究だけでなく、全般に劣化している。経済界の要求に沿って、産業にすぐに役に立つ研究・学問が奨励され続けている。端的に言えば、ヘンテコな名称の学部・学科の誕生だ。本当のイノヴェーションを起こす基礎的な研究がなおざりにされている。研究予算削減だけでなく、こうした悪い意味での実利を追求させる教育行政が、我が国の科学技術研究・基礎的学問研究を蝕んでいる。

私の前のポストに大分ダブルが、団藤保晴氏が我が国の科学技術研究の失速・退歩についてBLOGOSに投稿している。

こちら。

大学の株式会社化がもたらしたもの 

大学の株式会社化がもたらしたものについて、内田樹氏が記している。

こちら。

小泉政権は、新自由主義経済の発想で、大学を利潤追求の場、そして経済界に奉仕する場にした。それによって、学問研究の力が、大きく削がれた。国力の退縮しているわが国を致命的に弱めることになる。

さらに、行政は、大学への助成金を毎年減らし続け、その一方、競争的資金を導入させた。私立大学研究ブランディング制度もそうしたものの一つ。こうした競争的資金の裏で、官僚は天下り他の利権を貪った。その究極が、文科省局長による贈収賄だろう。犯罪すれすれの利権漁りが、堂々と行われている。同制度により、加計学園系列の二大学に巨額の助成金が下った。こうした犯罪的行為の背景には、安倍政権の腐りきった政官の私物化がある。

何も資源のないわが国にとって、教育が人的資源の源だった。だが、それが私物化され、枯渇しようとしている。

科学技術力の低迷 

我が国の科学技術力が低下しているという記事。

その理由は明らかだ。大学への補助金、運営交付金が「機械的に」減らされ続けてきたことによる。とくに、文系の基礎的な学問が蔑ろにされているが、すべての学部で経済的に苦しくなっている。

国立大学運営交付金の推移は、こちら。

代わりに大学研究に、例の軍事研究のようにひも付き研究予算を多くつけるようになっている。だが、それでも特に地方大学の経営状況は悪化する一方。

その収入不足をどうやって補うか・・・産業界が非正規雇用を増やしたように、大学も任期制のポストを増やし続けている。研究者の非正規化である。すると、足を地につけた研究ができなくなる。また、人員自体が減らされており、常勤ポストも含めて、研究に割ける時間が減っている。

これで、科学研究の地盤沈下が起きているという分かりやすい構図だ。THS等の大学ランクでも、我が国の大学は軒並みランクを落としている。最高が東大の46位だったか・・・アジアでも、中国、韓国、シンガポールなどの大学に抜かれている。

現政権は、イージスアショアの導入に2000億円をポンとだすが、こうした基礎的な研究分野への予算は削りに削っている。これは、将来のわが国の国力を削ぐことになる。

以下、東京新聞から引用~~~

日本の科学技術「力が急激に弱まった」 白書を閣議決定
小宮山亮磨2018年6月13日06時29分

 政府は12日、科学技術について日本の基盤的な力が急激に弱まってきているとする、2018年版の科学技術白書を閣議決定した。引用数が多く影響力の大きい学術論文数の減少などを指摘している。

 白書によると、日本の研究者による論文数は、04年の6万8千本をピークに減り、15年は6万2千本になった。主要国で減少しているのは日本だけだという。同期間に中国は約5倍に増えて24万7千本に、米国も23%増の27万2千本になった。

 また、研究の影響力を示す論文の引用回数で見ると、上位1割に入る論文数で、日本は03~05年の5・5%(世界4位)から、13~15年は3・1%(9位)に下がった。

 海外の研究者と共同で書いた論文ほど注目を集めやすいが、日本の研究者は海外との交流が減っている。00年度に海外に派遣された研究者の数は7674人だったが、15年度は4415人に。海外から受け入れた研究者の数も、00年度以降は1万2千~1万5千人程度で横ばいを続けている。

 白書は大学に対し、会議を減らして教員らが研究に割ける時間を確保することなどを提言。政府には研究への十分な投資や、若手研究者が腰をすえて研究に取り組める「環境の整備」などを求めた。(小宮山亮磨)

教育無償化で、役人が肥え太る 

教育無償化も、天下り先確保策だったというオチ。

以下、引用~~~

NHK NEWS WEBより引用~~~

高等教育の無償化 学生が通う大学などに“条件” 政府が方針
5月31日 1時33分

低所得世帯を対象とする高等教育の無償化をめぐり、政府は、学生の通う大学などで、卒業に必要な単位の1割以上の授業を実務経験のある教員が担当していることなどを支援の要件とする方針を固めました。

高等教育の無償化をめぐり、政府は、年収380万円未満の世帯を対象に、所得に応じて段階的に大学などの授業料を減免するほか、生活費についても返済のいらない給付型奨学金を支払うなどの支援を行う方針です。

これに関連して政府は、納税者の理解を得るためにも、学生の通う大学などの要件を定める必要があるとして、検討を進めた結果、卒業に必要な単位の1割以上の授業を実務経験のある教員が担当していることや、理事に産業界など外部の人材を複数任命していることなどを支援の要件とする方針を固めました。

また学生についても、成績の状況などを毎年確認し、1年間に必要な単位の6割以下しか取得していないときや、成績が下位4分の1に属するときは、大学などから警告を行い、連続して警告を受けた学生への支援は打ち切るとしています。政府は、こうした方針をことしの「骨太の方針」に盛り込むことにしています。

文科省が倫理を口にし、検閲を始めるとロクなことはない 

現政権が改憲を行った先には、教育内容の検閲が常に行われるようになる。彼らは、国民から基本的人権を奪うことを考えている。国民が、修正史観と、戦前の家族観、国家観に基づき、「一つの方向を向く」ように教育する。それが、彼らの目標なのだ。

ネットでの情報では、下記の前川氏の授業について「クレーム」を文科省に持ち込んだ人間がいるらしい。精神の自由を自ら放棄するごとき馬鹿げた行為だ。当該教育委員会が録音を文科省に提出しなかったことは、正当な判断だ。大体、前川氏の「倫理」を口にする前に、安倍首相の「倫理」の方が百層倍問題ではないか。すべて部下に責任を負わせる現政権のやり方が、幼い子供たちに及ぼす影響を、政権にある政治家、そして文科省は考えているのだろうか。

文科省の言い分は「すごい」の一言。前川氏のことを貶めることを意図して、内閣調査室と菅官房長官が広めた偽の情報を、今でも主張するわけだ。内閣調査室は、山口某の強姦事件もみ消しにも絡んでいると言われる。これでは、独裁国家の秘密警察ではないか。この秘密警察が、国民一人一人を監視するようになるのだ。その監視社会の枠組みはすでに出来上がっている。

このニュースを昨夜NHKが報じた際に、現場の記者、ディレクター等にどれほどの勇気が要ったことだろうか。こうした報道を行うことが、現場の人間にとってはリスクを負うことになっている。現政権からにらまれるというリスクだ。NHKには、この報道を賞賛するメールを送りたい。

NHK NEWS WEBより引用~~~

文科省が授業内容などの提出要求 前川前次官の中学校での授業で
3月15日 19時15分

国が学校に授業の内容を問いただす異例の事態です。愛知県の公立中学校が文部科学省の前川前事務次官を先月、授業の講師に呼んだところ、文部科学省から教育委員会を通じて授業の内容や録音の提出を求められたことがわかりました。いじめなどの問題を除き、国が学校の個別の授業内容を調査することは原則、認められておらず、今後、議論を呼びそうです。

愛知県内の公立中学校で、先月、文部科学省の前川前事務次官が総合学習の時間の講師に招かれ、不登校や夜間中学校などをテーマに授業を行い、全校生徒のほか地元の住民らも出席しました。

この授業について今月1日、文部科学省の課長補佐からこの学校を所管する教育委員会宛てに内容を問いただすメールが届いていたことがわかりました。

メールでは、前川氏が天下り問題で辞任したことや、出会い系バーの店を利用していたと指摘したうえで、「道徳教育が行われる学校にこうした背景のある氏をどのような判断で授業を依頼したのか」と具体的に答えるよう記しています。さらに、録音があれば提供することなど15項目について文書で回答するよう求めています。

関係者によりますと、中学校には教育委員会からこれらの内容が伝えられ、録音の提出については拒んだということです。教育委員会も授業内容は事前に了承していたということです。

今の法律では、いじめによる自殺を防ぐなど、緊急の必要がある場合は文部科学大臣が教育委員会に是正の指示を出すことが認められていますが、今回のように個別の学校の授業内容を調査することは原則、認められていません。

教育行政上の国の役割とは

戦前の愛国主義的な教育の反省に立ち、国による学校教育への関与は法律で制限されています。教育基本法16条にも「教育は不当な支配に服することなく」と記されています。

地方教育行政について定めた法律では、学校教育に対して、指導や助言などができるのは原則として教育委員会です。国は学習指導要領の作成など全国的な基準の設定や、教員給与の一部負担など教育条件の整備が主な役割です。

一方、いじめ自殺など子どもたちの命に関わる問題が相次ぐ中で、国による関与が必要だとする声も強まり、平成19年に文部科学大臣が教育委員会の対応が不適切だった場合、是正の指示ができるようになりました。

しかし、これも法令違反や子どもの命や身体の保護のため、緊急の必要がある場合に限定されていて、今回のように個別の授業内容を調査できる権限は原則、認められていません。

話聞いた主婦「とても勉強になりました」

講演で、前川氏が語ったのは中学時代の不登校体験や今、みずからも関わっている夜間中学校の必要性などについてでした。終了後は教員や生徒、さらに住民と一緒に記念撮影するなど、好評だったということです。

話を聞いた50代の主婦は「夜間中学校について、熱く語られたのが印象残っています。とても勉強になりました」と話していました。また、別の男性は「政治的な話は全くなく、和やかな雰囲気でした」と話していました。

日本教育学会会長「国の行き過ぎた行為」

日本教育学会の会長で教育行政に詳しい日本大学の広田照幸教授は、「国の地方の教育行政への関わりは、基本的に抑制的であまり口を出さないのが基本だ。学校の教育内容は教育委員会の管轄であり、何より個々の学校が責任を持って行うものだ。それに対し、明確な法律違反の疑いもないまま授業内容にここまで質問するのは明らかに行き過ぎだ」と指摘しています。

そのうえで、「行政が必要以上に学校をコントロールすることになりかねず、現場は国からの指摘をおそれて萎縮し、窮屈になってしまうのではないか。国があら探しするような調査をかけることは教育の不当な支配にあたると解釈されてもおかしくない」と話しています。

文部科学省「問題ない」

文部科学省は「前川氏が文部科学省の事務方トップだったことや、天下り問題で辞任したことを踏まえ、講師として公教育の場で発言した内容や経緯を確認する必要があると判断した。正確性を期すために文書での確認を行った。問題があるとは思っていない」と話しています。

高等教育無償化を、国家私物化の手段にしようとしている 

高等教育無償化は、高等教育を受ける機会が経済的理由で左右されてはいけない、という機会均等の理念に基づくものだったはず。ところが、政府は、政府・文科省にとって都合よいように制度を利用しようとしている。政府が適当と見なした大学だけに無償化を行う、というのは大学自治への介入であり、国民の機会均等の権利を奪うものだ。

安倍政権の国家私物化が、ここでも進行している。

以下、毎日新聞から引用~~~

高等教育無償化
国大協会長が批判「大学の自治への介入」
毎日新聞2018年1月26日 19時56分(最終更新 1月26日 19時56分)

 政府が高等教育無償化の対象とする大学の要件を示したことについて、山極寿一・国立大学協会会長(京都大学長)は26日、東京都内で開かれた同協会の総会で「大学の自治への介入で、やりすぎだ」と政府を批判した。

 政府が昨年12月に閣議決定した政策パッケージは、外部から招いた理事の数が一定の割合を満たしていることや、実務経験のある教員が担当する科目を配置することなど4要件を示した。今後、文科省の専門家会議で要件の詳細を決める。

 山極氏はこうした要件について「政府が大学の経営に手入れしてくる。座して見ていいのか」と述べ、議論の必要性があるとの認識を示した。その後の記者会見でも「困窮している学生の進学の希望を失わないようにするのは望ましい」と無償化の理念に賛成した上で「行きたい大学に行くのが重要なのに、大学に要件を付けるのはおかしい」と批判した。【伊澤拓也】

筑波大学人文社会系学部・学科が、「ビジネス科学」に吸収される 

国公立大学の文系学部、とくに基礎的な人文科学の分野の学科が、再編・廃止される動きがあることは、以前から気になっていた。要するに、基礎的な人文科学ではなく、実学を志向しろ、端的に言えば、金儲けの知識を学生に与えよ、ということだ。

筑波大学といえば、東京高等師範学校、東京教育大学という系譜の歴史のある大学だ。人文社会科学にも優れた研究者、教育者を輩出してきた。そこの人文社会系がすべて、『ビジネス科学』に吸収されることになったらしい。

大学は、知的な関心の赴くところ、自由に研究を進める場であったはずだ。人間の知的興味を満足させ、新たな視野を広げてきた。それが、ビジネスに寄与する学問だけを扱う場になる。その近視眼的かつ視野の狭い文部行政に、唖然とさせられる。人間、パンのみにて生きるにあらず、という言葉が、この文部行政をつかさどる面々には分からぬらしい。

同様に、自然科学分野も、強制的に実学を志向させられている。

基礎的な学問の重要性が蔑ろにされる国に、将来はない。

以下、定年を前にした筑波大学人文社会系教授の私信、twitterでの記事を引用~~~

正月から凄い話なのですが、うちの大学の人文社会の全教員が平成三十一年四月から、ビジネス科学に吸収されることが昨年十二月に決まりました。
世にいう、国立大学文系消滅の始まりです。
これが東京師範代学、東京教育大学で一世を風靡した当校社会科学の末路です。
社会福祉費の増大にともなう文教費の削減が一番の原因ですが、他分野から「全く社会の役に立っていない」と嫌われて改組でのけものにされ、うちの学長からは「社会科学の先生方にももっと社会のことを考えて頂かなければ…」と言われても、返す言葉がないほど堕落していたことが一番の原因だと思われます。
一橋大の坂元ひろ子によれば、同大学では科目の間引きが始まっているようで、彼女の「アジア思想史」の後ポストが埋まらないとのこと、東大の駒場からは私大にどんどん逃げているとのことです。
ちなみに私は平成三十一年四月で定年を迎え、筑波大を去ります。次の大学の予定は今のところありません。大学にはひどく失望しました。
本年もよろしくお願い申し上げます。

日本社会は70%が人文社会科学系で動いています。霞ヶ関の官僚も又しかり。人文社会科学系を大学から整理すると、中央官僚はまだしも、地方行政は崩壊するかもしれません。
もっとも人文社会科学系の大学人の中には、それが虚学であるとうそぶきながら、税金から研究費を貪りつつ、研究とは呼べないような雑文を書き散らしてきたひとがいるのも事実です。それでも彼らは書いているだけましで、研究もせず、授業も20年以上同じ内容など、大学教員とは呼べないような者までいます。それらを看過してきた我々にも責任があるのかもしれません。
学徒動員はまず哲学と歴史を学ぶ学生からで、理系はその対象ではなかったと聞きました。文科省は文系を東大と京大のみに残して私学に任せる方針とのことです。まことに残念なことにですが、文系は余裕のある時代のもので、そうでない時代になると一番に切り捨てられる学問であるということがよくわかります。
即戦力が常に求められます。それなら理系だけでいいのかというと決してそうではないと思います。人が生きていくには人間の幅、心のゆとりも必要だと思います!世の中の人は団塊とJr.の人数の多さのみ論じてその次の世代を育てず、来たるべき未来に目を向けず、目の前のことにあくせくしているのが現実にしか思えません!
便利で豊かな社会になったようですが、実はなんか恐ろしい時代に向かっているように思えてなりません!

科学技術論文数の減少 

今でも時々Pub Medで医学文献の検索を行う。そこに出てくる文献のトップオーサーに中国、韓国系の研究者が多くなっている。これはこの10、20年間とくに目立ってきた。相対的にわが国の医学研究論文の質・量が低下しているのではないかと心配していた。

人口当たりの論文数は、結構善戦しているという文献もあったが、やはり総数では減少傾向にあるのか。大学の法人化が始まり、運営交付金が毎年のように機械的に減らされ続けている、大学スタッフの数が減らされていることと関係していると考えるべきだろう。

科学技術は、高等教育によって生まれる。高等教育がおろそかになるということは、国の将来に暗い影を落とす。

以下、引用~~~

日本の科学研究失速、論文6%減…過去10年間

2017年08月09日 09時14分 読売新聞
 日本の科学技術の研究論文数が、過去10年間で6%減ったことが、文部科学省科学技術・学術政策研究所の調査でわかった。

 論文数が減少したのは欧米などの主要国の中では日本だけで、日本の科学技術研究が失速している様子が改めて浮き彫りになった。

 各国の大学や研究機関の研究者が有力誌に発表した自然科学分野の論文数を、所属機関の国ごとに分類して計測した。日本は2013~15年の年平均論文数が6万4013本で、米国、中国、ドイツに次ぐ4位だったが、03~05年の年平均論文数6万7888本からは6%減少していた。

 米国、英国、フランス、ドイツ、中国、韓国の6か国の論文数は、同じ期間にいずれも増加していた。特に中国は323%増で4倍以上に、韓国は121%増で2倍以上になっていた。

『謂れのない圧力の中で』 

灘高校の校長 和田孫博氏が、同中学の歴史教科書選定に際して受けた「圧力」について述べている。

『謂れのない圧力の中で』

こちら。

適切な歴史教科書を採用したのに、政治家さらには匿名の人々からの圧力がかかったという事情を淡々と述べている。その教科書は、歴史修正主義的な見方をとらない正統な歴史教科書であり、もちろん文科省の検定に通っている。だが、そのリベラルな記述を快く思わぬ政治家、人々がいたらしい。

保坂正康の『昭和史のかたち』という本からの引用が、印象に残る。国家権力は、国民を「正方形」のなかに閉じ込め、その各辺を徐々に短くして行こうとする、というのだ。この「正方形」は、安倍政権下で出来上がりつつある。

以下、引用~~~

そ んなこんな で 心 を煩わせていた頃、歴史家の保坂正康氏の『昭和史のかたち 』( 岩 波 新 書 )を 読 ん だ 。そ の 第 二 章 は「 昭 和 史 と 正 方 形 ̶ ̶ 日本型ファシズム の原型 ̶ ̶ 」というタイトルで、要約すると次のようなことである。

ファシズムの権力構造はこの正方形の枠内に、国民をなんとしても閉じこめてここから出さないように試みる。そして国家は四つの各辺に 、「情報の一元 化 」「 教 育 の 国 家 主 義 化 」「 弾 圧 立 法 の 制 定 と 拡 大 解 釈 」「 官 民 挙 げ て の 暴 力 」を置いて固めていく。そうすると国民は檻に入ったような状態になる。国家は四辺をさらに小さくして、その正方形の面積 をより狭くしていこうと試みるのである。

引用終わり~~~

和田氏が述べている通り、この「正方形」の枠組みは、強固なものでは決してない。灘中高の教科書選定に反対するハガキの文章は、あるプロトタイプがあり、それを元に特定集団から出されたものだった。だが、このファシズムへの動きは、他の「辺」の変化と呼応して、容易に社会を動かすものになりうる。国民を画一化し、同一の方向に強制的に向かせる。

教育基本法の改定、改憲の動きによる、平和教育、民主主義教育の否定、教育の国家主義化はすでに始まっている。将来世代を画一化し、国家主義へ馴化させる教育だ。

安保法制、特定秘密保護法そして共謀罪法は、国民を弾圧するための立法だ。それは、近い将来、国民に牙をむくことだろう。これは、現役世代を国家主義のもとに強制させる法制度だ。

情報の一元化、マスメディアの世界でそれに抗する人々がいるが、巨大権力の前に潰されそうになっている。特定秘密保護法、共謀罪法は、まずマスメディアを抑圧することになる。国民に知らせるべきことを知らせず、時の国家権力に従わせるための情報のみを流す。

官民挙げての暴力は、目に見える形ではまだないが、ネット等を通して言葉の暴力が社会を覆い始めている。この「正方形」の枠組みから脱しようとする国民を弾圧するために、官民挙げての暴力が行われるようになる。

この「正方形」の軛は、自民党改憲草案に明確に記載されている。ファシズムをもたらす、この「正方形」を容認するのかどうか、が問われている。とくに次の世代を育てている方々に問いたい。このままで良いのか、と。