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Jim KF7E 

昨日、久しぶりに フェニックス近郊に住むJim KF7Eに7メガでお会いした。こちらの日没の少し前。

彼のことは以前に記したかもしれない。彼が衛星通信の仕事でアフリカに出かけ、当時かなり珍しかったウガンダ等から無線をしたときに交信し、その後同じFOCのメンバーになり親しくなった。衛星通信回線の保守の仕事をなさっており、夜勤があるため、よくKF7E/Mで交信した。CWがとても上手。8年前にシアトル近郊でFOCの集まりが開催されたときに、初めて直接お目にかかった。

シアトル近郊でのFOCgatheringでのスナップ。赤いシャツがJim。左側黄色いシャツが Alan AC2K。Bill W7GKFの家で。Billは最近この家を売却し、フロリダに移住した。

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ニコニコしながら、挨拶をし、アリゾナ名物?の香辛料をお土産に下さった。肩に痛みをかかえ、それに苦しみつつも、仕事を続けてこられた。今年の春、晴れて完全にリタイアすることができたらしい。

お嬢様のAmberについて、彼女がまだ学生時代から、お話をよく伺っていた。彼女は結婚なさりユタに在住。そろそろかなと思っていたら、お目出度で、つい先日これから分娩に入ると彼が興奮した様子でメールで知らせてきてくれた。そして、その直後に男児が生まれ、母子ともに無事である、と。Amberにはお目にかかったことはもちろんないのだが、なにくれとなくその消息を聴いていたので、この出産の知らせは、とても嬉しかった・・・まるで家族からの知らせのように感じた。

奥様Marthaが、孫に会うためにユタに向かい、昨日の時点では、彼女はフェニックスへの帰路についているとのことだった。だが、Marthaが、COVID19に対して幾重にもハイリスクなのでとても心配している由。アリゾナは、COVID19の流行に関して世界で一番酷い状況にある。Marthaが乗る飛行機の航空会社は中小の会社で、機体も古いものが多い。従って、フィルター装置等が完備していない可能性がある、とのことだった。その会社の地上クルーに感染者が出たとのニュースもあった由。Jimが心配するのも無理ないと思った。

Jimは、私を探して9、10時JSTの頃によくワッチしていたのだが、見つからないので、夜中に起きだしてみた。で、ドンピシャで捕まえることが出来たと喜んでくれた。彼は、私よりも4歳年下。このリスクに溢れた時代をお互いにもう少し生き永らえたいものだと思った。

George 7J1ATG/2 

過日、George 7J1ATGがメールを送ってよこした。しばらく私のことを無線で聴かないが、どうしているのかと尋ねる内容だった。

最近の無線界はあまりにコンテストスタイルの交信が多くて、CQを出しても相手を探すことができず、興味を失いつつあると正直に返信した。それに、免許の更新が面倒になったことも、無線を続ける動機を失わせている、とも述べた。

すると、彼から、是非無線を続けるようにとの返事があった。無線機やアンテナの保守管理が必要であれば、やって来て手伝ってくださる、とのこと。その熱い思いに、思わずほろっとさせられた。

彼とは10数年前から、FISTを通じて、年に一、二度交信する間柄だった。昨年夏、ハムフェアで初めてお目にかかった。いかにも優しそうな印象の方だった。それだけの付き合いなのに、そこまで言って下さるとはと感銘したのだ。

彼は、アイルランド出身のハム。電信をこよなく愛し、リモート運用以外は、いつも昔ながらのハンドキーで運用している。伊豆の住処に落ち着き、念願だったHEXビームも上げた様子。今朝、FISTネットが終わるのを見計らってお呼びして、しばらくお話をさせて頂いた。ハムフェアでも伺った、看護師をなさっているお嬢様は、オーストラリアで看護師の仕事を続けるために、あちらに移住した由。彼のVK4のリモートシャックが動作しなくなっており、その修理が必要で、それはあちらを訪れなければ、無理であること等を伺った。仕事をリモートで行っており、無線機にはいつも灯を入れているから、また会おうと言ってくださる。得難い友人のお一人だ。

彼のような上手なCWオペを相手にして、技量を上げようというJAのオペがあまりいないようにしか見えない・・・あのネットも初心者がCW交信に慣れるための良い機会だと思うのだが、一方、ある程度送受信ができるようになったら、かれのようなnativeの胸を借りることが必要だと思う。そこに足を踏み込まない方はどう考えておられるのだろうか・・・という疑問は、余計なお節介ということか・・・。

さて、無線への関心を持ち続けることができるのかどうか、それが私の問題ではある。もう充分楽しませて頂いたという気持ちと、Georgeのような友人と無線で会話を愉しめなくなる寂しさと、なかなか複雑だ・・・。Georgeは、無線少年のような熱意を今も持ち続けている稀有な方だ。今朝の交信を終わる際に、もう一度彼の親切な申し出にお礼を述べた。

Ellen W1YL 

昨日、まだ陽が高かったころ、午後4時ころだったか、Ellen W1YLに7メガで呼ばれた。さすがにフルサイズ3エレとKW、夏至近いこの時期にもS9まで振って入感する。

前の日に、夕食がアラスカ産のサーモンだった、それを調理しながら、私と家内のことを思い出していた、とのこと。アラスカ産の巨大なサーモンステーキというと、8年前にシアトルで開催されたFOCの集まりで頂いた料理。そのことを以前に彼女に話したのか、それとも私が料理を毎日のようにしていることを思い出されたのか・・・いずれにしろ、サーモンを愛猫のOreoとともに楽しむEllenを思い描いた。

残念なことに、CTスキャンで、何度も胸水が貯留している右側の肺に、何らかの陰影があったことが判明した様子。彼女は、胸水は、心臓の問題なのではないかと考えてこられたようだが、心臓疾患による片側性の胸水貯留は、考えにくいと私は思っていた。あと2週間すると、主治医から更なる報告があるらしい。今のところ、咳、呼吸困難それに胸痛といった症状はないとのこと。少し弱ってきたことを自覚なさっているらしい。

やはり90歳台半ばになると、悪性の疾患を想像してしまう。彼女も恐らくそうなのだろう。だが、静かな環境で、週末以外は無線を思う存分楽しめるし、何も言うことがないとのこと。訪ねて来る方も少ない、今のアパートで、何不自由なく過ごせていても、やはり不安に襲われるのではなかろうかと思うのだが、そうしたことは一言も言わない。ただ、誰も訪ねてくる人がいない、私たち共通の友人であるNitaからも何も連絡がないと仰るところをみると、やはり寂しさと不安が彼女のこころをよぎるのではないかと思わずにいられない。

彼女は、第二次世界大戦後、米国はおろか世界のアマチュア無線界を代表するハムだ。想像はしたくないが、彼女も永遠に生きることはない。こうして彼女が健康上の問題を抱えていることを知ると、彼女自らが生き、そして活躍してきたアマチュア無線の一つの時代の終焉が見えてくる。彼女がパドルで紡ぎ出すCWのメッセージを聴きながら、このひと時、ひと時を大切にしなくてはならないと改めて痛切に感じる。

RM2D Mats 

一昨日夜、14メガはざっと聞いたところ、閑散としていた。しかし、14051辺りでゆっくりとしたCWが聞こえた。ハンドキーでのんびりとJAと交信するMats RM2Dだった。短点が揃った美しいキーイングだ。彼は最近FOCのメンバーになったスエーデン出身の方で、モスクワ近郊に無線のできる別荘を構えている。普段は、モスクワ市内の自宅で生活しているのだが、新型コロナの流行でstay homeとなり、別荘で過ごすことが多いと、2か月ほど前に聞いた。

彼はどうも輸出入関係の仕事をしているらしく、世界各地から無線で出てくる。ヴェトナムから出てきてお会いしたのは、昨秋だったか。それまでも何度か交信したことはあったが、いつも所謂ラバスタ。そのヴェトナムからの交信で初めてのんびりできた。DXpeditionスタイルの交信ばかりかと思ったら、ラグチューも楽しむ様子。

ハンドキーは、1980年に無線を始めたときに父上が買ってくれたスエーデンキーで、時々、そのキーで手を動かして、接点から出るクリック音を愉しんでいる由。

彼は開局当時は16歳で、1989年までactiveに出ていた。SM6LRRというコール。少し聞き覚えがあるような気もしたが、はっきりした記憶はない。80年代は、私も大学の寮で無線を再開、その後こちらに越してきて、とてもactiveに出ていた時期。彼は専らハイバンドに出ていたということだ。その当時はサンスポットサイクルが下降する時期だったのだが、1980年代前半まではハイバンドでもDXがかなりできた。何しろ、今と比べ物にならぬくらいに、CWを運用するハムが全世界にいた。

彼は今50歳台半ば。仕事に無線にととても活発な様子だ。ロシアに移住した経緯をまた尋ねることができなかったが、恐らく仕事がらみなのだろう。あの当時、当時のソ連、今のロシアから西側のハムがこのように出てくるとは想像だにできなかった。私は、仕事を始め、家庭を築き始めた時期。90年代後半からは、DX・コンテストともにあまり出なくなってしまった。その後、音楽に傾倒するようになり、現在に至るわけだ。彼は、その後学業等で無線から離れてしまい、ここ数年またactiveにカムバックしてきた様子だ。年齢は一回り以上異なるが、同じ時期を無線で過ごした同輩ともいえる。

1980年代半ばだったと思うが、スエーデンの海上移動局と何度か交信した。SM0KHNである。たしか、QRPで、カードも自分で描いた漫画のカードだった。ヨーロッパからケープタウン周りで日本へ航海している商船だったような記憶。彼と交信したのは、その船がシンガポール近くを航海していた時だったような気がする。話は少しずれるが、当時は、電信が船舶通信で生きており、プロの通信士の方が航海の仕事の合間に無線に出てくることが多かった・・・勿論、その後電信が商業通信から姿を消し、そうした通信士のハムは激減してしまった。私は、都内の母校とこちらを行ったり来たりの忙しない生活を送っていた。ハンドルも思い出せない、SM0KHNとはそのような状況でお目にかかり、彼の船が東京に来た時に秋葉原でお目にかかった。まだ20歳台の青年だった。何を話したのか、秋葉原で何をしたのかさっぱり思い出せない。その後、彼の信号を聴くことはなかった。

Matsと同世代か少し上だと思い、彼のことを知らないかと尋ねた。サフィックスが近いこともあるし・・・。聞き覚えはある様な気がするが、はっきりと思い出せない。勿論個人的な付き合いはなかった、との返事だった。それはそうだろう・・・。SMの友人に尋ねてみるとのことだった。SM0KHNは、きっと無線から足を洗ってしまったのかもしれない・・・。

いずれにせよ、Matsは、同じ時代を無線という趣味の世界に没頭して過ごした仲間だ。彼は普段はQRQのてきぱきとした交信振りで、正直に言うと少し忙しないなと思うのだが、それも彼の個性だ。仕事上のネット会議が数分後にあると言って、最後はいつもの高速CWに切り替えて去って行った。

1980年代は、自分の感覚ではちょっと前の出来事なのだが、客観的に考えると、大分昔のことなのだと改めて感じた。昔話ができる相手は貴重だ。

Jack WA6FYD 

昨日、紹介したJackの描いた水彩画、このブログにはアップしていなかった。2年前に、英文ブログの方で紹介していた。

こちら。

1970年代にスケッチしたものとあったが、どれも素晴らしい。特に駅舎を描いた絵は、私の記憶にぴったりと当てはまり、本当に感動した。

このような記憶を共有し、CWでのラグチューを共にする友人が少なくなってしまった・・・。Jackは、サンタクルスからネヴァダに引っ越したばかりで、無線機やアンテナはまだ梱包したままだと、昨年秋の私信にあった。ぜひ、またセットアップなさり無線に出てきてもらいたいものだ。

Ellen W1YL その後 

しばらく、交信も、メールのやり取りもなかったEllenから、今朝早くメールが来た。

Orlandoで行われたハムフェスティバルに参加した由。土曜日に疲労困憊で自宅に戻ったとのこと。93歳の年齢で、あの病後、さぞやお疲れだったことだろう。でも、文面は元気いっぱいだった。ゲストスピーカーだったK1ZZは、彼女がARRLで仕事をしていた頃、人事担当として雇った人物だったとのこと。ワシントン州からやってきた、彼女のお気に入りのRusty W6OAT等と、FOCメンバーだけの朝食会にも参加したとのこと。この集まりで会った人々皆が、彼女の無線人生そのものだった、とのことだ。

帰宅して、彼女は、自分の年齢でどれだけのことができるのか限界を試したのだと感じたらしい。

無線界のレジェンド、健康に気を付けて、十分休息を取り、栄養もつけて、また頑張ってほしいものだ。

Ellen W1YL 復活 

先ほど、Ellen W1YLからメールがあり、胸水貯留は再発しておらず、心配ないと主治医に言われたとの情報。3か月後に再診だそうだ。

二度胸腔穿刺を行わねばならなかったので心配していたが、一過性の問題だったのだろう。

というわけで、再びこちらの時間で夕方に7メガで運用するスタイルに戻る、との嬉しい知らせだった。7025KHz、17から18時頃。

93歳の鉄人ウーマンである。この伝説的なオペと是非声を交わしてあげて頂きたい。この年齢で、こうした大きな病気から回復することは、文字通り復活した思いであることだろう。

久しぶりに嬉しい知らせだった。

AC4CA、W1YL、そして気候温暖化 

親しい友人 John AC4CAから、ショッキングな画像。7メガの4エレが載ったタワーがアンテナごと風で倒壊した。

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先日、Ellen W1YLから、健康を害してから朝起きられなくなったことと、リモート運用をしていたW7RNのアンテナ設備も風で甚大な被害を受けたことを知らせてきた。Ellenは、胸水の貯留が再び生じ、二度目の穿刺排液を行った由。心臓の問題ではないかと心臓専門医にかかる由。あれほど楽しみにしていた無線もできない状況で、こころぼそく辛いことだろう。

それにしても、強風が猛威を振るっている。ドイツでは、異常にあたたかな冬だそうだ。

気候温暖化が進んでいるということなのだろう。

Ellen W1YL 退院 

今月上旬以来、体調を崩していたEllen W1YLが、昨日目出度く退院した。FOCのMLや、彼女自身からの私信で知った。

私信に曰く、「三度救急車に乗り、二つの病院に入院した、このような経験はかってなかった」とのこと。

今月上旬にOrlandoで開かれたFOCの集まり、それをとても楽しみにしていたのだが、それが負担になったのだろうか。帰宅後体調が悪化。入院。まずは胸水が貯留しているとの報告で驚かされた。結局、それはウイルス性肺炎によるものだった由。1リットル近く穿刺された胸水の画像を送ってこられた。かなり無理をして出かけられたのではないだろうか。

後は、頸椎の脊椎管狭窄による痛み、それに右下肢の蜂窩織炎。ともに寛解した由。前者は根本的に改善することはないのだろうが、神経性疼痛の特効薬が劇的に効いたらしい。

いずれにせよ、アパートの自宅に戻り、まず行ったことは、7メガで電信を叩くということだったらしい。さすが、legendである。私はまだお目にかかっていないが、あちらの早朝、こちらの午後遅くに7メガでまた聞こえてくることだろう。一昨日、93歳の誕生日を迎えられた。

まずは良かった、良かった・・・。

Ellen W1YL 

Ellen は、先週末、Orlandoで開催されたFOCの集まりに参加された。以前からとても楽しみにしていた、昔からの知り合いとの会食。そこで、今年彼女に授与された賞状・メダルの披露があり、彼女は嬉しそうにしていたと、Lee W4EDEが知らせてきてくれた。

だが、帰宅後具合が悪くなり、病院に入院。大量の胸水が貯まっていることが分かった。それを穿刺して排液してもらい、一旦帰宅。だが、無線をしても1時間で草臥れてしまうと私にメールで言ってこられた。

昨日、再び入院。頸部の痛みと、くるぶしの腫脹がある由。昨日は検査を受けたとのこと。首の痛みが耐えがたいほどだったとメールにあった。気持ちはしっかりしていると以前のメールにはあったが苦しそう・・・。

今月彼女は92歳になる。是非、回復なさり、また以前のように7メガで夕方信号を聴かせて頂きたいものだ。もし個人的な付き合いのある方がおられたら、メールで励ましの言葉を送って頂けると、彼女は喜ぶことだろう。孤独に病魔と闘う彼女に支えになる言葉を・・・。