夜更けの7メガ 

昨夜、アンテナのSWRが高くなり、すわ、いよいよアンテナが壊れたかと一瞬思ったが、高いのは7、14だけで、21はインタクト。当時降っていた雪がエレメントにまとわりついただけ、ということが分かった。無線ができなくなるのは、以前だったらかなりストレスだったが、何か多少手持無沙汰に感じるだけだったのが、新鮮・・・。

今夜遅くなって、7メガにcw fixを求めて、出てみた。

K5OGX Phil、強くないが、聞き覚えのあるコール。調べたら、最初の交信が1967年。もう半世紀以上前だ。彼は75歳。4年前にお目にかかったときに、癌にかかったと聞いたのだったが、幸いなことに寛解状態にある由。お互いにまた元気でいつか会おうと挨拶を交わしてお別れした。

日が変わろうかというときに、John AC4CAが強力な信号で呼んできた。起きたばかりだと言う。数日前に上げた40m高の4エレ、さすがに信号が強い。CONDXは落ちかけているが、S9プラス。先週末は仲間と160mのコンテストに参加したので、まだ睡眠不足気味だと言って笑っていた。その大きなビームはやはりコンテストのために上げたのかと尋ねた。いや、バンドが開け始めるときから楽しめ、バンドが死ぬまで長く交信できるようになりたいと思ってあげた、とのこと。さすがだ!と声を挙げてしまった。以前にも記したが、奥様がAlzheimerにかかっており、徐々にダウンヒルの状況にある。今日は(おそらく今日もだろうが)、とりわけ彼女に優しく接するようにする、と言っていた。

楽しさは、こうした交信で極まれりということだが、いつまで続けられることやら・・・。でも、ありがたいことだ。

Larry W7CB 逝去 

夕方の7メガの数少ない常連だった、Larry W7CBがこのところ聞こえないと気になっていた。ネットで調べたら、彼が昨年3月に逝去なさっていることが分かった。私が最後に彼と交信したのが、同年3月上旬だったから、それから間もなくのことだったようだ。ログの記録によると、同月に予定されていた心臓の弁の置換手術が1,2か月延期になった、と仰っていた。心臓の状態が急速に悪化したのだったろうか・・・。もう80歳台半ばを過ぎておられた方だが、惜しい方がまたサイレントキーになってしまった。

彼のことは、こちらで紹介している。アマチュア無線に熱心な方で、本当にactiveに出ておられた。また、かっては教職、そして校長という職にあり、仕事も立派にこなしてこられたのだろう。大家族をまとめる一族の中心的な存在でもあったようだ。アマチュア無線のお付き合いを通して感じさせられたのが、彼の飾らぬ正直な性格だった。CWの速度が早くなると取れないことがあるらしく、その際には正直にその旨を仰った。彼ほどのキャリアーがある方では、そうしたことはなかなか言えるものではない。また、常にこちらへの関心も持って下さり、交信のメッセージの最後には、何かこちらへの問いかけで終わるのを常としていた。日の暮れるころ、カリフォルニア中部の山間の町から聞こえてくる彼の信号はいつも楽しみにしていた。

彼のようなオペが激減している。それについては繰り返しここでも記してきた。大きな要因は、やはりオペの高齢化である。高齢になると、無線をする気力が失せるのだろう・・・私も、それが他人事ではなく感じられるようになってきた。病気にかかり、亡くなる方も多い。それに、高齢化によって起きるもう一つの問題は、病気や死去という前に、他者に対する関心の喪失が挙げられる。一人語りをするのは、高齢者だけではないが、高齢になると、その傾向は強くなる。CWのように通信効率の悪い通信手段では、一人語りを延々と続けられると、それだけで終わってしまうことがよくある。それは、CW交信への興味・関心を大きく減じることになる。それで、CW通常交信のactivityがさらに下がることになる。これも他人ごとではない。

ここで何か希望を持てることを述べなくてはいけないのかもしれないが、残念ながら、それはなし。CW交信の最後の輝きの時代に輝いてその終焉を見届けよう、というのが、私の最近のスローガンだ。

今朝14メガで会った、Jim W6YAは、4歳の孫にモールスコードを覚えさせている。八文字覚えた、と嬉しそうだった。そうした技能の伝達が、間に合うのかどうか・・・。Larryも確か息子さんが無線を引き継いでいるようだが、CWには出てこないと仰っていた。

CWを通して知り合った、人間的に尊敬できる先輩が一人姿を消した。

Fred KB0LF 

しばらくOTHレーダーが居座り使い物にならなかった7メガがようやく静かになった。

本題からずれるが、OTHレーダーの発信場所がどこかという問題。Jim W6YAからメールがあり、西海岸でもだいぶ酷い様子。彼が9V1YCから聞いたところでは、シンガポールではほとんど聞こえないそうだ。以前の中国の海南島からの電波ではなさそうだ、とのこと。で、私のところではどうかと尋ねてきた。私も海南島のOTHだろうと思い込んでいたが、アンテナを回すと、逆方向北東の方向からのように聞こえる。とすると、千島列島辺りか・・・。それをfacebookに書き込んだところ、西海岸で聴いても、やはり千島列島付近からの信号のようだと二、三人の方からリスポンスがあった。イージスアショアを導入する予算をわが国が組むことが決まった直後だったので、もしかするとそれに抗議する意味合いがあるのではないか、とJimに書き送ったら、ありそうなことだとの返信。アマチュア無線の世界に、政治は勘弁してもらいたいものだ・・・。

で、本題のFred KB0LFと昨夜遅く7メガで会った。PCログでヒットしないので、少なくとも前回の交信から5年以上は経っている。ネブラスカ オマハ近郊にお住いの方で、1980年代から90年代にかけて、しばしば交信した方のお一人。5年前にリタイアし、今は無線三昧とのことだ。異なるカウンティから運用するのを楽しみにしていて、ネブラスカの全カウンティから運用したということだ。いろいろなところに行って、景色を眺めるのが楽しい、とのこと。

彼は、元来ロスアンジェルス在住で、最初に私と交信したのはそこからだった。その後、コロラドに移り住んだ由。突然、そのころよく出ていたJimを覚えているかと尋ねられた・・・デンバーの近郊の高原地帯に住み高いタワーにビームを上げていたJim・・・あぁ、W7ZQのことだとすぐ思いついた。Jimがモンタナにその後移り住んだことまでは、Fredは覚えている様子だった。だが、その後連絡が全くない、とのこと。W7ZQは、残念ながら、数年前に他界なさったことをお教えした。Fredと私がJimのことを知った当時、Jimはまだコロラド大学で教鞭をとっており、毎朝、凍り付いた坂道を車で仕事場に走るJimと、無線で交信したものだった。以前にも記したかもしれないが・・・道すがら、カップルが外の湯船に浸かり、走り去るJimの車を眺めている、といった話を聞いた。モンタナに移り住んだJimは、50m高のタワーを上げ、7メガ、それにハイバンドのクワッドを自分でそれに上げていた。ガッツがあり、悠々と無線を愉しむ方だった。Jimは、1960年代はW0HTH、その後W0HJというコールを得て、1980年代後半にはW7ZQとなっていた。

そんなことを徒然に思い起こしながら、Fredの信号に耳を傾けていると、まるで1980年代に戻ったかのような気持ちになった。限りなく懐かしい・・・でも、もう戻ってこない日々。ネブラスカというと、JAからのパスが、西海岸ほどには開けない場所だ。だが、何とかまたお会いしたいものだ、と申し上げてお別れした。

Ellen W1YL再び 

昨夕、Ellenにお目にかかった。7メガでJAと交信を終えた直後にお呼びした。WW CWコンテスト前の1,2週間、リモートオペレーションができなかった、フラストレーションだった、とのこと。それで、ここしばらくお聞きしなかったわけだ。また、運用ができるようになり、こころからCWを愉しんでおられる様子が分かる。

前の交信時に話をなさっていた、膝の補助具を手に入れて、昨日、ジムでその効果を確認する、とのことだった。本来、膝関節の置換術をうけなければならない状態なのだが、リスクが高いとのことで、見送っていた。膝関節が、「カタカタいう」状態になっており、いろいろと保存的治療を試みたが、効果が得られない、とのこと。膝の補助具で、ある程度自由に歩けるようになりたいというのが彼女の願いだ。

その大きな理由は、日常生活の便利もあるが、来月上旬オーランドで開かれるW4 FOC Eventにどうしても参加したい、ということだ。そこに、旧友たちが顔をそろえる。家族同然の長い付き合いの友人たちとの再会を、彼女はこころから待ち望んでいる。

過日、交信相手の一人から、キーイングが酷いとコメントされ、Ellenは大いに憤慨しておられた。たしかに、短点が足りなかったり、多すぎたりすることが時にあるが、単語の間隔も十分あり、私にとっては聞きやすいCWだ。もう70年のCW運用の経歴を持つ方に対するコメントとして、たとえその方が彼女のCWを読めなかったためであったとしても、「酷い」というのは言い過ぎだったのではないだろうか。Ellenは、その一件があってから、なおさらのこと送信には気を配っているように思われた。

彼女は、日本時間の午後6時から7時ころに7メガに出てくることが多い。DXハントをしたり、JAと交信したり・・・。JAとの交信では、ラバースタンプ以外のコミュニケーションをちょっとだけ楽しみたそうな雰囲気なのだが、それに対応するJAはあまりいない。このCW界のlegendと交信できる機会があるのだから、記憶に残る交信をこころみられたらどうか、と思うのだが・・・。

笑ってしまったのは、あるフィリッピンの女性ハムからメールをEllenが受け取ったエピソード。そのDUのハムが言うには、7026はShinの周波数だから、そこに出ないで、Shinに謝れ、といのこと 爆笑。Ellenも7026近辺で良く出ているのだ。Ellenも、そのメールには笑ってしまったとのことだった。私も、あの同じ周波数に居座るのは少し遠慮すべきか・・・。

週に一二度定期的に彼女にお目にかかる。この次お会いするのは、W4 FOC EVENTの後か・・・そこで誰とどんな話をしたのか、膝のbraceの具合はどうだったか尋ねてみよう・・・。

彼女のコネチカット時代以来の親友Ned W1RANが送ってくれた、彼女の近影・・・エレガントだ・・・。

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CW賛歌 Wayne N6KR 

旧友のBill W6QRが送ってくれた、Wayne N6KRによるエッセー「CWについて」。

ご存知の通り、WayneはElecraftの技術部門の責任者。以前にも記したが、こうした技術者がいるので、Elecraftのリグは、CWオペに幅広く受け入れられているのだろう。時々、Wayneは、開発中または発売間もない自社のリグで実際に運用している。数年前に、彼が、KX3を用いて、21メガで運用しているときにお目にかかった。こちら。

このエッセーは、CWオペのCWへの賛歌であり、信仰告白でもある。CWによる会話の科学的な分析ではない。でも、やはりCWへの愛情が伝わってくる。

しかし・・・最後の括弧のなかは、ちょっと気になる 笑。

以下、引用~~~

N6KR on CW

I find that CW has many practical and engaging aspects that I just don’t get with computer-mediated modes like FT8. You’d think I’d be burned out on CW by now, over 45 years since I was first licensed, but no, I’m still doin’ it :)

Yes, FT8 (etc.) is a no-brainer when, despite poor conditions, your goal is to log as many contacts as possible with as many states or countries as possible. It’s so streamlined and efficient that the whole process is readily automated. (If you haven’t read enough opinions on that, see "The mother of all FT8 threads” on QRZ.com, for example.)

But back to CW. Here’s why it works for me. YMMV.

CW feels personal and visceral, like driving a sports car rather than taking a cab. As with a sports car, there are risks. You can get clobbered by larger vehicles (QRM). Witness road range (“UP 2!”). Fall into a pothole (QSB). Be forced to drive through rain or snow (QRN).

With CW, like other forms of human conversation, you can affect your own style. Make mistakes. Joke about it.

CW is a skill that bonds operators together across generations and nations. A language, more like pidgin than anything else, with abbreviations and historical constructs and imperialist oddities. A curious club anyone can join. (At age 60 and able to copy 50 WPM on a good day, I may qualify as a Nerd Mason of some modest order, worthless in any other domain but of value in a contest.)

With very simple equipment that anyone can build, such as a high-power single-transistor oscillator, you can transmit a CW signal. I had very little experience with electronics when I was 14 and built an oscillator that put out maybe 100 mW. Just twisted the leads of all those parts together and keyed the collector supply--a 9-volt battery. With this simple circuit on my desk, coupled to one guy wire of our TV antenna mast, I worked a station 150 miles away and was instantly hooked on building things. And on QRP. I’m sure the signal was key-clicky and had lots of harmonics. I’ve spent a lifetime making such things work better, but this is where it started.

Going even further down the techno food chain, you can “send” CW by whistling, flashing a lamp, tapping on someone’s leg under a table in civics class, or pounding a wrench on the inverted hull of an upside-down U.S. war vessel, as happened at Pearl Harbor. Last Saturday at an engineering club my son belongs to, a 9-year-old demonstrated an Arduino Uno flashing HELLO WORLD in Morse on an LED. The other kids were impressed, including my son, who promptly wrote a version that sends three independent Morse streams on three LEDs. A mini-pileup. His first program.

Finally, to do CW you don’t always need a computer, keyboard, mouse, monitor, or software. Such things are invaluable in our daily lives, but for me, shutting down everything but the radio is the high point of my day. The small display glows like a mystic portal into my personal oyster, the RF spectrum. Unless I crank up the power, there’s no fan noise. Tuning the knob slowly from the bottom end of the band segment to the top is a bit like fishing my favorite stream, Taylor Creek, which connects Fallen Leaf Lake to Lake Tahoe. Drag the line across the green, sunlit pool. See what hits. Big trout? DX. Small trout? Hey, it’s still a fish, and a QSO across town is still a QSO. Admire it, then throw it back in.

(BTW: You now know why the Elecraft K3, K3S, KX2, and KX3 all have built-in RTTY and PSK data modes that allow transmit via the keyer paddle and receive on the rig’s display. We decided to make these data modes conversational...like CW.)

Back to 40 meters....

73,

Wayne
N6KR

K6ERT Greg 

先日は、旧友と交信して、愕然とさせられた話を記した。が、高齢の友人であっても、そうした交信ばかりではない。

Greg K6ERTは、半世紀以上前からの知り合いで、年に一、二度お目にかかる方。すでに77歳だそうだが、かくしゃくとして無線を愉しんでいる。先日、太陽がまだ空高い、午後早い時間帯に、7メガでお目にかかった。

普段は、モントレー湾に面した家で奥様と住んでおられる。奥様が病気だそうで、介護を普段なさっているそうだ。週末に、11エーカーの土地の山沿いの家にやってきて、無線に出てくる。車で来るのは大変になったので、AMTRAK(列車)を使って6時間かけてやってくるそうだ。広大な敷地だが、アンテナはダイポール。シンプルなアンテナだが、ロケーションが良いのだろう、とても安定して入感する。

彼は、3年前には、アンテナ製造のビジネスを誰かに譲り、リタイアする積りだと仰っていたが、まだ仕事を続けているらしい。もっぱら、雇用している方々のために働いていると言って笑っていた。

まさに悠々自適の生活。そして、無線も自由に会話を楽しむスタイルで通している。まだ、DXも追いかけておられる様子だが、ラグチューをこよなく楽しんでもいる様子だ。

Gregのようにオールラウンドに無線とCWを愉しむOMが、かってはたくさんいたが、繰り返し記している通り、この数年とくに激減している。でも、Gregのような方は、まだ少数おられる。CWの最後の輝きの日々を我々は生きているということだろうか。輝きを消すことなく、その輝きを増すように、このしばらくの時を過ごすのみだ。

訃報 Bob W7AYN 

昨日、Ron WA7GILからメールがあった。Bob W7AYNの訃報だった。Bobは、心筋梗塞の発作を二度起こし、二度目の血管造影の造影剤で、わずかに残っていた腎機能が廃絶。以前から準備していた、腹膜透析を行うようになったらしい。回復の兆しは見られたらしい。だが、アイスクリームを口にしようとして、その時に突然亡くなられた様子。きっと致死性の不整脈に襲われたのだろう。激しい痛み等に長時間苛まれることなく亡くなったのは、せめてものことだったろう。

彼のことは、以前にアップした。こちら。そこでも述べたが、彼のバグキーによるキーイングは、本当に芸術的なものだった。FT817ベアフットに、軒よりもちょっと高いだけのロングワイアー。それで、バンドが開けると必ず聞こえた局だった。1980年代、私が無線にカムバックしてから夕方の7メガでしばしばお目にかかるようになった。この20年間ほどの間、2年ほど前に、引っ越されるまでは、数日に一度程度定期的にお目にかかった。毎年暮れに、クリスマスプレゼントだといって、アリゾナの風景写真のカレンダーを毎年送ってくださった。

2年前に、お子さんの家の近くに引っ越してから、アンテナが建てられなくなり、ガレージ内に小さなマグネチックループを設置してオンエアーを続けておられた。さすがに交信するのは厳しく、昨年春に一度だけ、コールをようやく取れるだけの信号で交信しただけだった。アンテナのグレードアップについてメールで何度か助言めいたことを彼に書き送った。夜間だけ、庭に釣り竿を建てたらどうか、とか・・・。でも彼は、室内アンテナを使い続けると決めていたようだ。Ronによると、最近、体調を壊されるまでは、サイズを大きくしたループを作る予定になさっていたとか・・・。

彼は、病との闘いの連続で、引っ越しをする前の数年間は、毎月のように新しい病気に見舞われていた。だが、気丈に一つ一つの病を乗り越え、無線を愉しみ、お孫さんの面倒を看ることに精を出しておられた。家族関係でも問題を抱えておられたことも多少伺ったことがある。まだ無線で話しをさせて頂きたかったと思う反面、本当にご苦労様でしたと彼には申し上げたい気持ちである。彼にとって、死が救いであったことを祈りたい。

ON4IZ Henry 

久しぶりの無線ネタ・・・

1960年代、小さな設備で無線を始めた私にとり、西ヨーロッパとの交信はどんな局でも珍しいものだった。印象に残っている(といっても、交信自体ではなくQSLカードが印象に残ったのだが)局に、Henry ON4IZがいる。交信そのものは、きっとラバースタンプだったのだろう。が、頂いたカードは、Henry自身をカリカチュアライズした男性が、聴診器を首から下げ白衣を着て、片手に注射器を持っている図柄のカードだった。セリフには、「PSE QSL or ......」とあった。カードをよこさないと、ぶちっとしちゃうぞというジョーク。Henryは、当時産婦人科の医師をしていたのだった。当時、高専で機械工学を勉強していた私、行く行く彼と同じ医師の道に歩むことになるとは想像だにしないで、そのカードにしばらく見入ったのを覚えている。そのカードは、大切にしまってあるのだが、現在行方不明。探し出して、スキャンしておこう・・・。

Henryと再会したのは1990年代だったか・・・。上記の初めての交信とQSLの件を彼にメールした。彼は、その後、国連等で医療関係の仕事をし、ベルギーの名門Ghent大学産婦人科学教授に就任なさっていた。それからしばらくまた交流がなかったが、7、8年前のことだったか、彼がFOCのメンバーに推挙されたことを知った。彼にお祝いのメールを差し上げた。その時に、すでにリタイアしたか、近々リタイアするという話を伺った。

そして、つい先日、FOCのリフレクターでの私の発言に関して、彼がメールをしてよこした。

スペインのカタロニアで起きている政治的な動きに関連して、リフレクターで、これでまた「ニューワン」ができるかもしれない、などというお花畑の発言があった。それに対して、Nando EA3BBが、これはスペイン人にとってとてもクリチカルな問題であり、軽々に議論してもらいたくない、という趣旨のコメントをした。私も同感であり、まずは同地の人々の生活と政治が第一に考えられるべきであり、アマチュア無線は二番手、三番手の事柄だという発言を行った。アマチュア無線のことだけを考えていてはダメだ、と言いたかったのだ。スペイン政府は、カタロニア独立派に対して軍事行動も辞さないというニュースも入っている。多くの人が傷ついているのだ。そこで、「ニューワン」の議論はなかろう、ということだ。

Henryは、それに対するコメントを下さった。私の発言に同意する、Nandoに個人的にその旨のメールを送った、という内容であった。同業だから、こうしてメールするのだけれど、とあったので、近しく感じて下さっていることをありがたく思った。Henryは、国連で開発途上国の医療援助等にも携わってこられたので、こうした政治的な問題を軽々しく扱うことに敏感なのだろう(それが当たり前のことなのだ)。彼は、完全にリタイアしたが、今も、退職前勤務していた病院に後輩医師の指導のためにでかけることがよくあるらしい。お元気そうだった。

彼は、リフレクターで、コンテストがどうしたWARCバンドがどうしたといった延々と続く議論・・・そこに一枚私も別な形で嚙んではいたのだが・・・にはウンザリしているので、リフレクターから離れることも考えている、とあった。確かに、それにも一理はある。FOCのリフレクターは、コンテストとDXの話題が専らなのだ。リフレクターを止めるかどうかは、Henry次第だが、Henryのような方の発言こそがあの場には必要なのだ、と返事を送った。

このところ、アマチュア無線とくにCWは、衰退しているのではなく、「死んだも同然」という印象を抱いていたが、こうしたやり取りの出来る方がいると、まだ捨てたものではない、とも思う。だが、彼の世代のOMたちがいなくなったあとに、一体どのようなアマチュア無線が残るのだろうか・・・。

JJ8KGZ 

昨夜、7メガの定位置を聞くと、JJ8KGZ LeoさんがCQを繰り返しだしている。おぉ、また出てこられたかと感激する間もなく、キーヤーの電源を入れ、迎撃態勢を整えた。コールすると、リポートに次いで、お天気の報告を下さったので、あれ、まさか忘れられたかと一瞬思った(嘘)。が、その後ご家族のこと、仕事のこと、アンテナのこと等々、20分程度話に花が咲いた。懐かしいことこの上なし。他数局のJAの方々と欧文でラグチューを繰り返していたのは、6,7年前のことだろうか。5年前には、秋葉原で初めて、そしてその後継続することはなかった、その面々のアイボールを開催することができたのだった。以前にもブログに記したが、1990年代、CO2MA Edが来日されたときに、JA製のリグを所望され、私のIC761では大きすぎるということで、彼がYaesuの小さなリグを提供してくださったことがあった。それ以来・・・否途中中抜けの期間が結構あったが、無線で親しくさせて頂いていた・・・。

彼は、あの周波数でCQを繰り返しだしているが、誰も呼んで来ない、と嘆かれる。CONDXの所為なのか・・・と。いや、夏枯れのCONDXもあったが、圧倒的に皆のactivityが低下している為だ、と「やんわり」申し上げた。実際、毎日バンドをワッチしていて、そう思う。CWのactivityの大多数は、コンテスト、アワードのための交信になっており、ラグチュー派は、もっぱら和文だ。かっての欧文愛好者は、某クラブの週一回あるオンエアーミーティングだけに出ることが多い様子。様々な事情、各々の好みによって決まることなので、それについてとやかく言うつもりはない。だが、かっての欧文でラグチューを愉しむ人々はごく限られた時間と周波数に固まっている。これは、JAだけのことではなく、世界的な傾向のような気がする。世界的な傾向というと、大ぶろしきを広げた言い方だが、すくなくともこの40年間、自他ともに認めるビーコン的活動性を保ってきた私(あまりうれしい評価ではないのだが・・・ビーコンとよく言われる)からすると、かっての主流だった欧文による、国内、国外とのラグチューは、かなりのマイノリティになってしまっている。

客観的に現状と将来を見通すと、CWのラグチューは、やがて消えゆくのだろうと思う。簡易な英文の読解、作文の能力、暗記受信の訓練、それにラグチューへの憧憬があれば、このスタイルの愉しみが可能なのだ。が、やはりバリアーは相対的に高く、他の愉しみ方に容易にアクセスできるので、このオペレーションスタイルは、寂れて行くのが必然なのだろう。

ラグチュー派を増やすためにはどうしたら良いか、若い人々にこの愉しみを伝えるにはどうしたら良いか、という問題提起がfacebookのCWのグループであった。確か、フランス人のハム。私は、上記のことに加えて、自分自身がこのスタイルを愉しむことの大切さを説いた。CW界等という客観的な存在はない。もう、自分と、その相手をしてくださる方だけしかいない、と考えるべきなのだ。実際のところ、軍隊や、船舶通信の世界で、CWに練達し、ラグチューを愉しんでおられた世代の方はもういない。彼らの多くがelmerとなって、若手を引き付け、彼らの相手をすることで、CWのラグチュワーを育ててきた。だが、そうした環境、世代はすでに過去のものとなった。この運用スタイルを愛する、我々一人一人が、その愉しみを愉しむことだ。それが若い人々にアピールするかもしれないし、そうならないかもしれない・・・。基本的には、CWの将来には悲観的なのだが・・・、というのが私の結論だった。

Leoさんの、長短点比がやや大きめのきびきびしたCWを受信しながら、そんなことを考えていた。また、あの周波数で彼を待ち受けて、お相手をして頂こう。今はグランウンドマウントのクッシュクラフトのバーチカルらしいが、近々アンテナのグレードアップも考えておられるらしい。お会いする楽しみが増えた。

米国社会のエートス 

昨夜、Jack WA7HJVが、テキサスのCorpus Christi(CC)から出てきた。ここは、あのハリケーンHarveyでだいぶ被害を受けた場所。彼の本来の家はオレゴンにあるのだが、仕事の関係で、テキサスに数年前から別宅を構えている・・・行く行くは、CCに移住すると聞いた。で、幸運なことに、彼の住むCCの家は、被害から免れたらしい。Houston、その近傍が、洪水に襲われていることは、ニュース等で報道されている。

彼の会社は、被害地へ2万ドルの拠出を決め、彼もこの画像の通り、Gregoy市に援助物資を運んだようだ。

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左がJack。

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大企業は、百万ドル規模の援助を次々に決めている。また、洪水被害者を助けようと、所有するボートをけん引する車が、被災地に続々と向かっている場面を映した画像をネットで観た。

マックスウェーバーが、後に「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を記すきっかけの一つとなった、彼の米国旅行で得た、米国社会のエートスがやはり脈々と生きているとの印象を改めて抱いた。

テキサスの被災者が、被害から回復される日が一日も早く来ることを祈りたい。