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「日産・ゴーン氏事件」に表れた“平成日本の病理”  

日産ゴーン氏事件について、郷原信郎氏が自身のブログで問題点を指摘している。

コーポレートガバナンス、企業の透明性、検察の在り方、マスコミ報道について、現在知りうることから、日産経営陣、検察、マスコミの三者を的確に批判している。重点は、検察への批判だ。正義そのものと思われてきた検察が、組織として綻びが出てきている。この事件でそれが再び露わになったということだろう。

彼が言及していないこと、現政権との関係の問題。この事件が起きて早々日産幹部は、政府に挨拶に訪れている。まだ事件の全容が明らかになったわけでもなく、「当事者でもないはずの」政府になぜ挨拶なのか、私は訝しく思った。想像をたくましくすると、日産をルノーの支配下に置くことを画策していたフランス政権の方針を日本政府、経産省が嫌ったのではなかろうか。それに基づき、無理筋のゴーン氏逮捕に検察は踏み切った。それに関わった現日産経営陣は、ゴーン氏逮捕後すぐに政府に挨拶に出かけたということだったのではないだろうか。何らかの形で政府が関わっている可能性が高い。

ゴーン氏は、勾留理由開示を要求し、昨日、そこで無実を訴えた。その際に、「腰縄、手錠」姿で法廷に現れたらしい。その姿は、長期勾留の人質司法と相まって、わが国の司法制度の後進性を世界に訴えることになったはずだ。

マスコミ報道では、ゴーン氏を犯罪者として扱う報道一色だ。検察側の情報が少しずつリークされてそれを我々は繰り返し耳にし、印象操作をされていることを自覚すべきだろう。

ゴーン氏が、我々の常識からすると破格の給与・退職金を日産から得ていた問題と、検察が彼を起訴した事案とは全く別な問題。前者によって国民の嫉妬心に働きかけ、検察は自らへの支持を獲得しようとしているように見える。この点は峻別すべきだ。経営陣に対する巨額の給与の問題は、また「別な」問題なのだ。

もう一つ、このように正・不正の境目の明確でない案件を、社会的地位の高い人物の逮捕という形で扱うのであれば、森友・加計疑惑での官僚・政治家への検察の対応は理解しがたい。官僚・政治家が、国の統治制度を私物化し、破壊しようとした事案のわけだから、検察はもっと切り込むべきだ。この点、日産ゴーン氏逮捕という対応と比べて、明らかにアンバランスだ。

郷原氏のブログ記事は;

こちら。

冤罪に対する国賠訴訟判決 

この事件の経緯をみて、自白・「被害者供述」だけに頼る捜査、裁判の危うさを見る思いがする。検察側には、冤罪を引き起こさぬように、被告を有罪に持ち込むこと「だけ」を考えた捜査・公判を行うことを戒めてもらいたい。冤罪を生まぬための捜査基準をもう一度検討すべきではないのか。被告の方の人生は戻らない。

2月22日に、柳原病院事件(こちら)の地裁判決が下される。「原告」が術後せんもう状態にあったこと、DNA鑑定はコンタミネーションでも起きることを十分検察側は検討せず、3年の求刑を行った。この事件は、被告の人生だけでなく、医療界に及ぼす影響が大きい。担当検察官・裁判官は、客観的な証拠、医療界からの意見を尊重すべきだ。

以下、引用~~~

「友人も仕事も失った、戻れない」強姦冤罪の男性の失望
有料記事

大貫聡子、多鹿ちなみ 2019年1月9日07時05分

 強姦(ごうかん)罪などで服役中に被害証言がうそだったとわかり、再審で無罪となった男性(75)と妻が国と大阪府に計約1億4千万円の国家賠償を求めた訴訟の判決が8日、大阪地裁であり、大島雅弘裁判長は男性側の請求を棄却した。男性側は控訴する方針。

強姦冤罪事件、女性の「うそ」で服役 裁いた国の責任は
 「(検事は)やや性急な感を免れないが、通常要求される捜査を怠ったというのは困難」「(うその告白を)うかがい知ることができる証拠は(裁判所に)提出されていない」

 判決は国側主張にほぼ沿う認定で、男性(75)の訴えを退けた。6年余り拘束された男性は判決後の記者会見で「何も反省しておらず、許せない」と失望をあらわにした。再審無罪が確定して約2800万円の刑事補償も受けたが、「汚名を着せられて多くの友人も仕事も失い、元に戻れるわけがない」と訴えた。男性側代理人の後藤貞人弁護士は「検察が無罪の可能性を検証せずに起訴しても過失はないとする、ひどい判決だ」と批判した。

 捜査機関や裁判所が冤罪(えんざい)を見抜けなくても、法的責任を問うハードルは高い。だが元刑事裁判官の木谷明弁護士は「明らかな冤罪だったのに、判決が裁判所や検察の責任を踏み込んで認定しなかったことは非常に残念だ。裁判所は検察の証拠を徹底的に検証して冤罪を阻止する使命があり、真相を見抜けなかった道義的責任を痛感すべきだ」と話した。

 性犯罪捜査での客観的証拠の取り扱いについては、大阪で捜査機関や被害者支援団体などが連携して記録や採取・保管などに関するマニュアルを作るなど取り組みが進んでいる。大阪地検と大阪地裁はこの日、報道各社からのコメント要請に応じなかった。(大貫聡子、多鹿ちなみ)

籠池氏、加計学園理事長の案件は一体どうなのか? 

海外から日本の「人質司法」に批判の声が挙がっている。そのためか、ゴーン前日産会長だからか、加藤勝信総務会長が、ゴーン氏の勾留に関して説明が必要だと述べた。

籠池前森友学園理事長の10か月に及ぶ勾留に対しては、なぜ何も言わなかったのか。

加計学園の事務長は、首相が関与した案件だと虚偽の説明をして、地方自治体の助成金を獲得した。明らかな詐欺である。なぜ、彼を逮捕し勾留しないのか。

「外圧」に弱い政権の惨めな姿をさらしている。

以下、引用~~~

ゴーン容疑者勾留の説明を=自民・加藤氏

2018年12月21日 14時47分 時事通信

 自民党の加藤勝信総務会長は21日の記者会見で、同日再逮捕された日産自動車の前会長カルロス・ゴーン容疑者の勾留が長引くことについて「海外から日本の司法制度への疑念等の声がある。検察当局、あるいは法務省がしっかり必要性を説明していくことが大事だ」と指摘した。 【時事通信社】

胡散臭いゴーン逮捕劇 

日産のゴーン前会長を特捜が逮捕した一件、胡散臭さが漂う。郷原信郎氏が、こちらで、この「事件」の問題点を指摘している。

彼へのの報酬を、有価証券報告書に記載していなかったという金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)容疑である。だが、その報酬は、まだ支払われていないものだった。脱税などの案件ではない。ゴーン前会長側は、法的な正当性を確認していたと主張している。さらに、当の日産自身が、その有価証券報告書を作成している。従って、少なくとも、ゴーン元会長のみを逮捕するのは筋が悪い。

ゴーン前会長逮捕劇は、日産とルノーを合併させようとするルノー・フランス政府と、それを嫌う日産・日本政府との軋轢から生じたのではないのだろうか。一私企業の内部の問題に、政治がコミットしているとすると、それこそが問題だ。有価証券報告書の記載に問題があるとしたら、法人としての日産の問題である。

勿論、企業トップが、リストラを実行し、それによって企業を立て直したことで、これほど多額の収入を得ていること自体は、社会的に見て問題かもしれない。だが、日産とルノーとの関係に政治が積極的に関与することはおかしい。巨額報酬は、有価証券報告書の記載漏れとは別の問題。むしろ、あの巨額の報酬を問題にすることによって、世論をゴーン前会長を批判する方向に持って行きたいという検察・政府の意向が見える。EU・フランスでは当然のことながら、特捜部の逮捕に対して強い反発が起きている。

マスコミはこの逮捕劇一色だが、その背後で

〇外国人労働者の実質的移民政策・外国人技能実習生の搾取問題
〇水道事業民営化問題


が明らかとなり、両方ともに政府が、きわめて不十分な法案を国会に出している。その議論が殆どマスコミで報じられない。中身のスカスカな法案が、成立してしまう。これを政府は狙っているのかもしれない。ともに今後のわが国の在り方を根本的に変えうる問題だ。

また、森友・加計疑惑も、もうすでに過去の出来事のようになりつつある。この疑惑の解明、責任の所在が明らかにされていない。外国人労働者問題は、移民をどのような仕方で受け入れるのかという問題、これまで行われてきた外国人労働者の搾取構造を明らかにし是正すべき問題である。これは、国民生活に将来大きな影響を及ぼす。水道事業民営化も、水道というライフラインを外国企業に売り渡すことであり、国民にとってすぐさま重大な問題となる。両者ともに政官業の癒着と腐敗が起きつつある。

ゴーン前会長逮捕劇の背後に隠された問題にこそ関心を持つべきだろう。

治安維持法の記録が何を語っているか 

二日前にNHKが放映した番組「自由はこうして奪われた~治安維持法 10万人の記録」は、優れた番組だった。視聴をお勧めする。

こちら。

1925年に、当時勃興していた共産主義運動を抑えるために治安維持法が制定され、1928年に、共産主義者以外の社会変革運動等に対象を拡大する目的遂行罪が加えられた。これは、安倍政権が制定した共謀罪法と性格を同じにする。そして、1941年、それまで治安維持法の拡大解釈を繰り返してきたものを法制化する「改正」が行われた、という経過だったようだ。検挙された人々は、国内で6万人、朝鮮を主体とした植民地で3万人。死刑を執行された人々もいた。

番組の最後に、共謀罪法を成立させた当時の金田法相が出てきて、「治安維持法は適法であり、その適用も適法であった」と治安維持法を肯定する答弁を行っている。これは、共謀罪法が、治安維持法と同じ目的を持ち、同じ適用をされることを意味する。

佐川元理財局長・安倍首相ともに立件せよ 

東京地検特捜部は、佐川元理財局長を偽証による偽計業務妨害罪の疑いで取り調べに入ったと報じられた。大阪地検特捜部は、佐川氏を公文書偽造に関して訴追することを止めた。明らかに安倍首相への忖度の結果である。今回、東京地検が彼を訴追できなければ、検察の権威は地に落ちる。

検察は、文科省官僚による子弟の裏口入学・大学への助成金認定の裏取引を収賄と認定し、官僚を逮捕起訴した。だが、加計学園理事長に頻繁に饗応を受けた安倍首相のことは立件しようとしない。加計理事長は、かって、安倍首相と海外旅行などを共にし、「安倍首相のために年1億円は使っている」と語っていたのだ。安倍首相と、加計理事長の間に収賄があった可能性が極めて高い。安倍加計のラインを放置することは、文科省官僚のケースを考えると、大きくバランスを欠く。

検察は、本来人事面でも、検事総長以外は時の政権から指示を受けることはなく、政権から距離を置くことができ、社会の法的正義実現のために自由に活動できたはずだ。それが現在も維持されているのかどうかが、今回の佐川氏の訴追で明らかになる。

江田憲司議員のこのtweetは、当然の発言だ。

そういえば今回の「贈収賄」立件について、検察幹部は「(金銭の授受はなくても)多額の飲食接待が賄賂に当たると示すことで警鐘を鳴らす意味はある」と説明しているそうですが、例の加計問題で、認可対象事業者のトップと19回も飲食やゴルフを共にしていた誰かさんのことは無罪放免なのでしょうか?

政権が検察を支配する日 

政権が、検察・警察を支配するとろくなことが起こらない。検察・警察権力は、国民に対して直接の強制力を発揮する行政機関だから、それが政治的に利用されると、独裁体制が確立する。検察は、その機能ゆえに、人事面では政権から独立してきた。だが、現政権は人事により検察を直接支配しようとしている。

政権の抑制的な権力行使を期待することはもうできない。彼らは、マスコミと検察・警察を手中に収め、さらに独裁全体主義的になることだろう。

私が生きている間にこのような事態が来ることは想定していなかった。こうした歪な政権には退場してもらう以外にない。

以下、引用~~~

月刊 日本 青木理氏へのインタビュー

検察トップ人事に介入するという異例の事態
―― 検察は司法取引など強力な武器を手に入れたにもかかわらず、森友問題では財務省職員らを不起訴処分にするなど、政権にとって都合の良い判断を繰り返しています。

青木 検察も政権に忖度したのでしょう。もともと大阪地検は今年3月、国有地格安売却に関する背任容疑を不起訴処分とし、森友問題の捜査を幕引きするつもりだったようです。なぜかと言うと、山本真千子・大阪地検特捜部長が3月に異動することが決まっていたので、それに合わせて捜査を終了させようとしていたのです。ところが、3月2日に朝日新聞が公文書書き換えをスクープしたことで、山本氏の異動が延期になったのです。

 ここからは推測も含まれますが、現場検事たちは財務省から出てきた文書を精査する中、公文書改ざんに気づいたのでしょう。当然、現場は盛り上がる。しかし、検察上層部は捜査を潰そうとした。だから、捜査の幕引きと特捜部長の異動直前の時期、情報が朝日新聞にリークされたのではないか。

 私の聞いたところでは、大阪地検が起訴を躊躇した理由は他にもあります。一つは、小沢一郎氏をめぐる陸山会事件と関係しています。この事件では、東京地検特捜部の検事が虚偽の捜査報告書を作成したことが大問題になりました。財務省の公文書改ざんも悪質ですが、捜査報告書も立派な公文書であり、捏造ともいうべき虚偽報告書の作成は極めて悪質です。ところが、当該の検事はこの件で不起訴処分となっています。

 そのため、仮に財務省職員らを公文書改ざんで起訴すると、この点をほじくり返されかねません。検察としてこれは都合が悪い。だから今回の起訴も見送ったと明かす検察幹部もいるようです。要するに検察も財務省も目くそ鼻くそということでしょう。

 また、政権は法務・検察にも人事で介入し、法務・検察側に強い警戒感があります。2016年に法務・検察は、林真琴・刑事局長(当時)を事務次官に就けようとしました。しかし官邸がこの人事案を蹴り、政権に近いと言われる黒川弘務・官房長(同)を事務次官に据えたのです。

 法務事務次官は検事総長につながる重要ポストです。そのため検察内部では、ついに官邸が検察トップ人事にまで介入したと衝撃が広がりました。検察は独立性の強い準司法機関ですから、戦後の歴代政権もこんな介入はしなかった。前例のない異常事態です。そうしたことが重なり、法務・検察でも政権への忖度が強まっているのでしょう。……

オウム死刑囚大量処刑 

昨日のオウム真理教死刑囚の処刑のニュースを聞いて、なんとも気分が悪かった。

現在の司法制度で死刑の判決が出たら、それに従うのが原則だが、オウム真理教事件はまだ解明されていないことが多い。

特に、再審請求を出している井上死刑囚の問題。彼は、他の容疑者の罪状を重たくする内容の陳述を繰り返していた。それは、検察の意向に沿ったものだったと言われている。再審において、彼は本当のことを話すのではないかと言われていた。が、その機会が永遠に失われた。

勿論、松本死刑囚に本当のことを話させることも必要だった。他の死刑囚についても同じだ。地下鉄サリン事件を起こした本当の理由は何だったのか。

後継のカルトにまだ若い人々が入っているようだ。彼らをどうしたら、カルトから奪回できるのか、オウム真理教事件の本態を明らかにしないと、その糸口が見つからない。

そして、今回の死刑執行で一番の問題は、処刑現場は見せないが、まるで公開処刑の様相を呈していたこと。「死刑執行が行われる予定、誰それが執行準備に入った、誰それが執行された、執行された人間の画像に「執行」というシールを張る、残るは何人」・・・等々。これは異様な光景だった。死刑は、公権力執行の究極の形だ。公権力が人の命を奪う強権的行為。その重さを、マスコミ、そしてマスコミにリークする当局、政府の人間は感じていないようだ。

死刑の是非には、様々な意見がある。だが、人の命を公権力が強制的に奪うことの重みを、公権力が受け止めないのは大きな誤りだ。死刑制度は、近代国家では徐々に廃止される方向にある。その大きな理由の一つが、冤罪が確率的に起きること。社会心理学者の小坂井敏晶はその著書「責任という虚構」において、社会心理学的に責任をとるということの虚構性とともに、冤罪が生じることを死刑制度の問題として指摘している。米国では、冤罪率が1.3%と報告されている。一旦起訴されると90数%が有罪になるわが国では、冤罪の確率はもっと高いはず。冤罪によって、人を殺すことがいかなる理由で正当化されるのだろうか。

さらに、同書では、死刑制度が殺人のような犯罪を抑止する効果がない社会学的な研究も示している。殺人を犯す瞬間には、それがどのような刑罰をもたらすか、殺人者の意識には上らない。

死刑制度反対の先頭に立つのが、死刑を執行する現場の刑吏であることはあまり知られていない。人の命を殺めるということは大きなストレスを彼らにもたらす。執行のボタンが三つ準備されていて、三名の刑吏がボタンを同時に押す。誰が本当の執行のボタンを押したか分からぬようになっている。だが、そんなことで、人を殺めることへの自責の念は消えない。このことも死刑を廃止すべき理由の一つだ。

被害者とその家族の無念さ、報復感情についても考える必要がある。これは当事者でなければ分からない経緯なのかもしれないが、殺人者を殺すことで、家族の無念は本当に晴らされるのだろうか。オウム真理教信者によって殺された坂本弁護士一家の坂本氏の母、さちよさんが、次のようなコメントを出している。


『 私も麻原は死刑になるべき人だとは思うけれど、他方では、たとえ死刑ということであっても、人の命を奪うことは嫌だなあという気持ちもあります。

 事件が起きてから今まで、長い時間だったなあと思います。堤、都子さん、龍彦には「終わったね。安らかにね」と言ってあげたいです。 』


最後に、戦前わが国の国民は、国家神道というカルトによって、無謀な戦争に突き進み、多くの犠牲者を国内外に出した。オウム真理教というカルトによって、極悪非道な犯罪を犯した信者たちは、「あちらがわ」の問題ではない。この処刑報道で、もっと残酷に殺せとか、もっと多く殺せとかというネット上の発言を見ると、オウム真理教信者のメンタリティは我々自身の問題でもある。カルトを主導して、ほくそ笑んでいる勢力がいる。

一昨日、この大量公開処刑が行われる前の日の夜、安倍首相、上川法相等は、他の議員と宴会を開き、満悦の表情だった。

特捜検察が官邸に屈した日 

三権分立のなかでも、司法の独立はとりわけ重要だ。法治のための法を執行する直接の権力を持つからだ。

ところが、森友学園疑惑にまつわる財務省の背任、公文書改ざん疑惑の捜査、訴追で、司法、検察の独立性が大いに揺らいでいる。

官邸が、法務官僚の人事権を乱用し、上記の捜査・訴追を恣意的に捻じ曲げた疑いが強い。これによって、司法の独立が冒された。

このような国家は、近代的な法治国家ではない。この官邸による司法への干渉は、のちのち大きな禍根になる。

こちら。

司法取引制度開始 

大阪地検特捜部は、森友学園疑惑の捜査で自らが時の政治権力に付き従っていることを明らかにした。また、大阪地検特捜部は、村木元厚労省事務次官を証拠偽造までして冤罪に陥れようとした過去もある。

森友学園疑惑に関連して、検察が行ったこと、行わなかったこと・・・国会で43回虚偽答弁を行い、それに合わせて公文書毀棄を行った佐川前理財局長は立件しない。公文書毀棄の背後にある犯罪に迫ろうとしない。補助金を得るために、首相と面談し、首相の言葉をでっち上げた加計学園には捜査を行う動きは見せていない。その一方、補助金適正化法違反のケースをより重罪の詐欺罪に変えて、籠池氏夫妻を10か月以上拘留する。このように、不公正、不適切な検察業務を行う彼らに、さらなる捜査手段を与えるのは、危険だ。

このような検察の状況で、司法取引制度を導入することは、さらなる冤罪を生むことになりかねない。

信頼のおけぬ検察にこうした手法を与えることは、冤罪を生む可能性がある。政治権力と一体化した検察は、やがて国民に牙をむき始める。

以下、引用~~~

司法取引、1日開始=捜査協力で処分軽減-虚偽供述に懸念も

2018年06月01日 00時42分 時事通信

容疑者や被告が他人の犯罪に関わる情報を検察官に提供すれば、不起訴や軽い求刑などの見返りを得られる「司法取引」(政府名称「合意制度」)が6月1日、始まった。組織犯罪の解明に役立つと期待される一方、虚偽供述で無関係の人が巻き込まれる懸念もあり、最高検は裏付け捜査の徹底など慎重な運用方針を示している。 司法取引は、詐欺や脱税、談合などの経済事件や薬物銃器犯罪が対象。検察官が許可すれば、警察官も取引に関与できる。虚偽供述や偽造証拠の提出には5年以下の懲役が科される。 自分の犯罪行為に関する情報ではなく、他人の犯罪解明につながる情報に対し見返りを与える点が特徴。導入済みの米国などの仕組みと異なり、「日本版司法取引」と呼ばれる。 取引する場合、検察官は弁護人同席の下、容疑者らと協議。捜査協力と見返りの内容で双方が合意すれば成立する。取引を行った事実の公表義務はないが、捜査協力で起訴された他人の公判に、協力した容疑者らが証人出廷するなどすれば、明らかになる可能性がある。 司法取引と同時に、裁判所が証人に対し、罪に問われかねない発言をしても免責することを約束した上で、証言を強いることができる制度も開始。逮捕後の勾留段階から国選弁護人を付けられる事件も、重大事件から全事件に拡大された。 【時事通信社】