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治安維持法の記録が何を語っているか 

二日前にNHKが放映した番組「自由はこうして奪われた~治安維持法 10万人の記録」は、優れた番組だった。視聴をお勧めする。

こちら。

1925年に、当時勃興していた共産主義運動を抑えるために治安維持法が制定され、1928年に、共産主義者以外の社会変革運動等に対象を拡大する目的遂行罪が加えられた。これは、安倍政権が制定した共謀罪法と性格を同じにする。そして、1941年、それまで治安維持法の拡大解釈を繰り返してきたものを法制化する「改正」が行われた、という経過だったようだ。検挙された人々は、国内で6万人、朝鮮を主体とした植民地で3万人。死刑を執行された人々もいた。

番組の最後に、共謀罪法を成立させた当時の金田法相が出てきて、「治安維持法は適法であり、その適用も適法であった」と治安維持法を肯定する答弁を行っている。これは、共謀罪法が、治安維持法と同じ目的を持ち、同じ適用をされることを意味する。

佐川元理財局長・安倍首相ともに立件せよ 

東京地検特捜部は、佐川元理財局長を偽証による偽計業務妨害罪の疑いで取り調べに入ったと報じられた。大阪地検特捜部は、佐川氏を公文書偽造に関して訴追することを止めた。明らかに安倍首相への忖度の結果である。今回、東京地検が彼を訴追できなければ、検察の権威は地に落ちる。

検察は、文科省官僚による子弟の裏口入学・大学への助成金認定の裏取引を収賄と認定し、官僚を逮捕起訴した。だが、加計学園理事長に頻繁に饗応を受けた安倍首相のことは立件しようとしない。加計理事長は、かって、安倍首相と海外旅行などを共にし、「安倍首相のために年1億円は使っている」と語っていたのだ。安倍首相と、加計理事長の間に収賄があった可能性が極めて高い。安倍加計のラインを放置することは、文科省官僚のケースを考えると、大きくバランスを欠く。

検察は、本来人事面でも、検事総長以外は時の政権から指示を受けることはなく、政権から距離を置くことができ、社会の法的正義実現のために自由に活動できたはずだ。それが現在も維持されているのかどうかが、今回の佐川氏の訴追で明らかになる。

江田憲司議員のこのtweetは、当然の発言だ。

そういえば今回の「贈収賄」立件について、検察幹部は「(金銭の授受はなくても)多額の飲食接待が賄賂に当たると示すことで警鐘を鳴らす意味はある」と説明しているそうですが、例の加計問題で、認可対象事業者のトップと19回も飲食やゴルフを共にしていた誰かさんのことは無罪放免なのでしょうか?

政権が検察を支配する日 

政権が、検察・警察を支配するとろくなことが起こらない。検察・警察権力は、国民に対して直接の強制力を発揮する行政機関だから、それが政治的に利用されると、独裁体制が確立する。検察は、その機能ゆえに、人事面では政権から独立してきた。だが、現政権は人事により検察を直接支配しようとしている。

政権の抑制的な権力行使を期待することはもうできない。彼らは、マスコミと検察・警察を手中に収め、さらに独裁全体主義的になることだろう。

私が生きている間にこのような事態が来ることは想定していなかった。こうした歪な政権には退場してもらう以外にない。

以下、引用~~~

月刊 日本 青木理氏へのインタビュー

検察トップ人事に介入するという異例の事態
―― 検察は司法取引など強力な武器を手に入れたにもかかわらず、森友問題では財務省職員らを不起訴処分にするなど、政権にとって都合の良い判断を繰り返しています。

青木 検察も政権に忖度したのでしょう。もともと大阪地検は今年3月、国有地格安売却に関する背任容疑を不起訴処分とし、森友問題の捜査を幕引きするつもりだったようです。なぜかと言うと、山本真千子・大阪地検特捜部長が3月に異動することが決まっていたので、それに合わせて捜査を終了させようとしていたのです。ところが、3月2日に朝日新聞が公文書書き換えをスクープしたことで、山本氏の異動が延期になったのです。

 ここからは推測も含まれますが、現場検事たちは財務省から出てきた文書を精査する中、公文書改ざんに気づいたのでしょう。当然、現場は盛り上がる。しかし、検察上層部は捜査を潰そうとした。だから、捜査の幕引きと特捜部長の異動直前の時期、情報が朝日新聞にリークされたのではないか。

 私の聞いたところでは、大阪地検が起訴を躊躇した理由は他にもあります。一つは、小沢一郎氏をめぐる陸山会事件と関係しています。この事件では、東京地検特捜部の検事が虚偽の捜査報告書を作成したことが大問題になりました。財務省の公文書改ざんも悪質ですが、捜査報告書も立派な公文書であり、捏造ともいうべき虚偽報告書の作成は極めて悪質です。ところが、当該の検事はこの件で不起訴処分となっています。

 そのため、仮に財務省職員らを公文書改ざんで起訴すると、この点をほじくり返されかねません。検察としてこれは都合が悪い。だから今回の起訴も見送ったと明かす検察幹部もいるようです。要するに検察も財務省も目くそ鼻くそということでしょう。

 また、政権は法務・検察にも人事で介入し、法務・検察側に強い警戒感があります。2016年に法務・検察は、林真琴・刑事局長(当時)を事務次官に就けようとしました。しかし官邸がこの人事案を蹴り、政権に近いと言われる黒川弘務・官房長(同)を事務次官に据えたのです。

 法務事務次官は検事総長につながる重要ポストです。そのため検察内部では、ついに官邸が検察トップ人事にまで介入したと衝撃が広がりました。検察は独立性の強い準司法機関ですから、戦後の歴代政権もこんな介入はしなかった。前例のない異常事態です。そうしたことが重なり、法務・検察でも政権への忖度が強まっているのでしょう。……

オウム死刑囚大量処刑 

昨日のオウム真理教死刑囚の処刑のニュースを聞いて、なんとも気分が悪かった。

現在の司法制度で死刑の判決が出たら、それに従うのが原則だが、オウム真理教事件はまだ解明されていないことが多い。

特に、再審請求を出している井上死刑囚の問題。彼は、他の容疑者の罪状を重たくする内容の陳述を繰り返していた。それは、検察の意向に沿ったものだったと言われている。再審において、彼は本当のことを話すのではないかと言われていた。が、その機会が永遠に失われた。

勿論、松本死刑囚に本当のことを話させることも必要だった。他の死刑囚についても同じだ。地下鉄サリン事件を起こした本当の理由は何だったのか。

後継のカルトにまだ若い人々が入っているようだ。彼らをどうしたら、カルトから奪回できるのか、オウム真理教事件の本態を明らかにしないと、その糸口が見つからない。

そして、今回の死刑執行で一番の問題は、処刑現場は見せないが、まるで公開処刑の様相を呈していたこと。「死刑執行が行われる予定、誰それが執行準備に入った、誰それが執行された、執行された人間の画像に「執行」というシールを張る、残るは何人」・・・等々。これは異様な光景だった。死刑は、公権力執行の究極の形だ。公権力が人の命を奪う強権的行為。その重さを、マスコミ、そしてマスコミにリークする当局、政府の人間は感じていないようだ。

死刑の是非には、様々な意見がある。だが、人の命を公権力が強制的に奪うことの重みを、公権力が受け止めないのは大きな誤りだ。死刑制度は、近代国家では徐々に廃止される方向にある。その大きな理由の一つが、冤罪が確率的に起きること。社会心理学者の小坂井敏晶はその著書「責任という虚構」において、社会心理学的に責任をとるということの虚構性とともに、冤罪が生じることを死刑制度の問題として指摘している。米国では、冤罪率が1.3%と報告されている。一旦起訴されると90数%が有罪になるわが国では、冤罪の確率はもっと高いはず。冤罪によって、人を殺すことがいかなる理由で正当化されるのだろうか。

さらに、同書では、死刑制度が殺人のような犯罪を抑止する効果がない社会学的な研究も示している。殺人を犯す瞬間には、それがどのような刑罰をもたらすか、殺人者の意識には上らない。

死刑制度反対の先頭に立つのが、死刑を執行する現場の刑吏であることはあまり知られていない。人の命を殺めるということは大きなストレスを彼らにもたらす。執行のボタンが三つ準備されていて、三名の刑吏がボタンを同時に押す。誰が本当の執行のボタンを押したか分からぬようになっている。だが、そんなことで、人を殺めることへの自責の念は消えない。このことも死刑を廃止すべき理由の一つだ。

被害者とその家族の無念さ、報復感情についても考える必要がある。これは当事者でなければ分からない経緯なのかもしれないが、殺人者を殺すことで、家族の無念は本当に晴らされるのだろうか。オウム真理教信者によって殺された坂本弁護士一家の坂本氏の母、さちよさんが、次のようなコメントを出している。


『 私も麻原は死刑になるべき人だとは思うけれど、他方では、たとえ死刑ということであっても、人の命を奪うことは嫌だなあという気持ちもあります。

 事件が起きてから今まで、長い時間だったなあと思います。堤、都子さん、龍彦には「終わったね。安らかにね」と言ってあげたいです。 』


最後に、戦前わが国の国民は、国家神道というカルトによって、無謀な戦争に突き進み、多くの犠牲者を国内外に出した。オウム真理教というカルトによって、極悪非道な犯罪を犯した信者たちは、「あちらがわ」の問題ではない。この処刑報道で、もっと残酷に殺せとか、もっと多く殺せとかというネット上の発言を見ると、オウム真理教信者のメンタリティは我々自身の問題でもある。カルトを主導して、ほくそ笑んでいる勢力がいる。

一昨日、この大量公開処刑が行われる前の日の夜、安倍首相、上川法相等は、他の議員と宴会を開き、満悦の表情だった。

特捜検察が官邸に屈した日 

三権分立のなかでも、司法の独立はとりわけ重要だ。法治のための法を執行する直接の権力を持つからだ。

ところが、森友学園疑惑にまつわる財務省の背任、公文書改ざん疑惑の捜査、訴追で、司法、検察の独立性が大いに揺らいでいる。

官邸が、法務官僚の人事権を乱用し、上記の捜査・訴追を恣意的に捻じ曲げた疑いが強い。これによって、司法の独立が冒された。

このような国家は、近代的な法治国家ではない。この官邸による司法への干渉は、のちのち大きな禍根になる。

こちら。

司法取引制度開始 

大阪地検特捜部は、森友学園疑惑の捜査で自らが時の政治権力に付き従っていることを明らかにした。また、大阪地検特捜部は、村木元厚労省事務次官を証拠偽造までして冤罪に陥れようとした過去もある。

森友学園疑惑に関連して、検察が行ったこと、行わなかったこと・・・国会で43回虚偽答弁を行い、それに合わせて公文書毀棄を行った佐川前理財局長は立件しない。公文書毀棄の背後にある犯罪に迫ろうとしない。補助金を得るために、首相と面談し、首相の言葉をでっち上げた加計学園には捜査を行う動きは見せていない。その一方、補助金適正化法違反のケースをより重罪の詐欺罪に変えて、籠池氏夫妻を10か月以上拘留する。このように、不公正、不適切な検察業務を行う彼らに、さらなる捜査手段を与えるのは、危険だ。

このような検察の状況で、司法取引制度を導入することは、さらなる冤罪を生むことになりかねない。

信頼のおけぬ検察にこうした手法を与えることは、冤罪を生む可能性がある。政治権力と一体化した検察は、やがて国民に牙をむき始める。

以下、引用~~~

司法取引、1日開始=捜査協力で処分軽減-虚偽供述に懸念も

2018年06月01日 00時42分 時事通信

容疑者や被告が他人の犯罪に関わる情報を検察官に提供すれば、不起訴や軽い求刑などの見返りを得られる「司法取引」(政府名称「合意制度」)が6月1日、始まった。組織犯罪の解明に役立つと期待される一方、虚偽供述で無関係の人が巻き込まれる懸念もあり、最高検は裏付け捜査の徹底など慎重な運用方針を示している。 司法取引は、詐欺や脱税、談合などの経済事件や薬物銃器犯罪が対象。検察官が許可すれば、警察官も取引に関与できる。虚偽供述や偽造証拠の提出には5年以下の懲役が科される。 自分の犯罪行為に関する情報ではなく、他人の犯罪解明につながる情報に対し見返りを与える点が特徴。導入済みの米国などの仕組みと異なり、「日本版司法取引」と呼ばれる。 取引する場合、検察官は弁護人同席の下、容疑者らと協議。捜査協力と見返りの内容で双方が合意すれば成立する。取引を行った事実の公表義務はないが、捜査協力で起訴された他人の公判に、協力した容疑者らが証人出廷するなどすれば、明らかになる可能性がある。 司法取引と同時に、裁判所が証人に対し、罪に問われかねない発言をしても免責することを約束した上で、証言を強いることができる制度も開始。逮捕後の勾留段階から国選弁護人を付けられる事件も、重大事件から全事件に拡大された。 【時事通信社】

東京都迷惑防止条例「改正」案の危険性 再び 

東京都迷惑防止条例「改正」案が、委員会を通った。反対したのは共産党のみ。革新政党はもはや市民政党ではなくなったのか。

民進党都議の一人は、この採決に賛成した理由として、警察庁が市民運動やデモをこの条例の対象としないと言明したことを挙げていた。残念ながら、そのような口約束は信じることができない。口約束等に何も担保がない。すぐに反故にされる。濫用の危険が大きい条例は、上程しないことだ。立法に携わる議員が、そのようなことも分からないのだろうか。

小池都知事が、核武装論・歴史修正主義・レーシズムに立つ政治家であり、強権的な思想の持主であることが徐々に明らかになってきた。この条例改正は、彼女の政治家としての当然の帰結なのだ。

東京都で行われることは全国にすぐに波及する。ますます生きにくい社会になって行く。

この条例の審議過程を見ても、改憲の自民党における議論を見ても、この国の政治の劣化が甚だしい。

BuzzFeed News より引用~~~

警視庁の条例改正案、専門家が「憲法違反」と批判する理由
「デモが規制される」という不安の声も。

2018/03/20 17:00

籏智 広太 BuzzFeed News Reporter, Japan

警視庁が検討している東京都の迷惑防止条例改正案が、「デモや取材活動を規制するのではではないか」という懸念が浮上している。

「濫用のおそれ」が大きいとして、憲法違反との批判や廃案を求める声もあがっている。いったい、何がそんなに問題なのか。

そもそもこの改正案は、警視庁が東京都の定例議会に提出しているもの。2018年7月の施行を目指しているという。

「スマートフォン等の普及やSNSの利用者増加」を改正の理由にしており、条例が禁止する盗撮行為や、つきまとい行為などの拡大が盛り込まれている。

そのうち「つきまとい行為」に付け加えられる「行為」は以下の5点だ。

名誉を害する事項を告げること
監視していると告げること
性的羞恥心を害する事項を告げること
みだりにうろつくこと
電子メールの連続送信、SNS等への連続送信

「同様の行為は、ストーカー規制法の改正ですでに規制対象になっているのです。なぜ、いま改正が必要なのかという理由に当たる『立法事実』もありません」

そうBuzzFeed Newsの取材に答えるのは、改正案に反対する意見書を出した「自由法曹団東京支部」の舩尾遼弁護士だ。

改正案の問題点とは

「条文上、非常に濫用のおそれが高い構造になっている」と語る舩尾弁護士。まず指摘した問題点は、「名誉を害する事項を告げること」という項目だ。

「そもそも『名誉を害すること』とは何なのか。警視庁側は、『刑法上の名誉毀損とは違う』と述べています」

刑法上の名誉毀損は、不特定または多数の人に向けて、その人の社会的な評価を低下させる「事実」を示すことで成立する。被害者からの刑事告訴が必要であることもポイントだ。

「しかし、改正案の場合は『名誉を害する』だけなので、名誉毀損よりも範囲が広い。『ムッとする』などといった『名誉感情』を害することを告げるだけでも成立してしまう。しかも、被害者側の告訴がなくても良いのです」

告訴がなくても良いということは、「名誉を害する」かどうかを決めるのは、捜査機関側になる、ということを意味する。

捜査機関が「名誉」を判断?

捜査機関が判断できることは、危険をはらんでいるとも言える。

たとえばデモ隊が官公庁や政治家、企業を相手に批判するフレーズを繰り返していた場合や、個人がSNS上で書き込みを繰り返していることが、「名誉を害する」と捜査機関に判断されれば、処罰されうるからだ。

自由法曹団東京支部では具体的に、以下のようなケースをあげている。

市民が国会前や路上で国会議員の批判をする
労働組合が会社前の集会で会社の批判をする・チラシをまく
消費者が企業に対して不買運動をする
地域で住民がマンション建設反対運動をする
公害事件・薬害事件などで企業の批判をする


さらに舩尾弁護士は、同様に追加される「監視していると告げること」「みだりにうろつくこと」についても「取材活動として関係者を張り込んでも、取り締まりの対象となり得る」と危惧している。

「警視庁側は議会で『正当な市民活動、組合活動、労働活動については適応しない』と断言していましたが、改正案にそれは記されていません」

「正当性」の判断も…

条文では一見、つきまとい行為の対象が「正当な理由なく、専ら、特定の者に対するねたみ、恨みその他の悪意の感情を充足する目的による」ものと絞られているようにみえる。

しかし、そうとも言えないという。

同様の規制がされているストーカー規制法では、行為の目的が「恋愛感情の充足」と限定されており、これは明確だ。一方の改正案では、「その他悪意の感情」がどういうものなのかの限定がなく、あいまいなままなのだ。

「正当性を判断するのも警察です。解釈を変えることもできてしまうため、濫用の危険性が極めて高いのです」

そのうえで舩尾弁護士は、こうした濫用の危険性をはらんだ改正案は、「憲法違反」のおそれもある、と指摘した。

「改正案は、憲法で認められている『表現の自由』や『報道の自由』を侵害する可能性があります。また、刑法上は処罰しないものを横だしして処罰しようとしているのは、『法律の範囲内で条例を制定することができる』という憲法94条にも、反しています」

「たとえ、あす適用されることはないとしても、将来的に解釈が変えられる危険性がある条例を通すべきではありません」

改正案は3月22日午後1時からの警察・消防委員会で採決される予定という。

東京都迷惑防止条例改正案の問題点 

東京都迷惑防止条例改正案の問題点は

「みだりにうろつく」「悪意を持って」といった、条例適用の対象、条件を、警察が判断すること。名誉棄損に当たるかどうかは、名誉棄損をされたと思う人が告訴することがなくても、警察が判断して逮捕できるようになること。

いわば、人の内面に警察が入り込むことになる。

共謀罪法の問題と同様の問題がある。

警察は、この新しい条例を「みだりに」適用しないとしているが、権力を持つ警察組織が、人の内面を判断し、条例適用をできるようになるというのは、悪夢である。国民の政治的、思想的な内面の自由を侵すことに必ずなる。憲法24条違反は明確である。

この条例「改正」を申し出た警察庁は、その改正が必要な根拠、すなわち立法事実を説明できていない。

この条例が今月29日には成立する。これほど重大な条例改正について、委員会・議会での議論があまりに少ない。

東京都迷惑防止条例「改正」案は危険 

東京都迷惑防止条例「改正」案は危険な条例である。

政治結社、表現の自由等を脅かすだけでなく、個人の内心の思想的自由にまで泥足で踏み込むものだ。

東京都だけに限定した問題ではなく、一旦この改正案が成立すると、全国に波及する。

改革派の顔で登場した小池都知事は、憲法に違反し、国民の基本的人権を無視するファシズム政治家であることがこの一件で明らかになった。

この東京都迷惑防止条例「改正」は、阻止すべきだ。

過去のポスト、こちら、でもこの問題について記した。

2018年3月20日(火)赤旗から引用~~~

都迷惑条例改悪 人権を侵す危険

大山都議、規制拡大案の撤回要求

 国会前やインターネット上での政治批判を封じるとの批判が高まっている東京都迷惑防止条例改悪案について、日本共産党の大山とも子都議は19日、都議会警察・消防委員会で、条例案が都民の自由を過度に制限する可能性が高いとして撤回を求めました。

 大山氏は、現行条例が正当な理由なく悪意の感情を満たすことを目的とするかどうかを処罰の分水嶺(れい)としており「自白の強要が行われる可能性が高い」うえ、条例改定により規制対象がさらに拡大されると追及。市民が国会前で安倍首相を批判する集会やデモを行うなどの行動が繰り返された場合、警察の判断で逮捕される可能性が生じると批判しました。条例案に反対する要請書が同日時点で105団体、個人要請や反対署名が3日間で計1000人を超えていると紹介。「多くの人が自由と民主主義を守るため、条例案は廃案にと主体的に行動している」と強調しました。

 一方、2003年の同委員会での「労働運動、市民運動、取材活動は正当な権利行使に基づくものとして(条例の)対象外」とする警視庁答弁に変わりはないか質問。警視庁の市村諭生活安全部長は「答弁に変わりはない」と答えました。

 大山氏は、現行条例に乱用防止規定が盛り込まれていることにふれ、同規定があること自体が、条例が運用方法によって都民の自由を過度に制限する可能性が高いからだと指摘。規制を拡大する条例案の撤回を求めました。(関連記事)


東京都迷惑防止条例「改正」は、緊急事態条項の先駆け 

東京都迷惑防止条例「改正」は、緊急事態条項の先駆けだ。

ストーカー等に対する対応という衣の外見をした鎧である。適用対象が拡大されうる曖昧な適用要件、現場の判断でいかようにもできる、また電子メール、SNSを用いた勧誘を処罰する等々、憲法違反である可能性が極めて高い。警視庁が要望した条令とのこと。

こちら。

先日の政府への抗議活動に参加して、警察の「警備」が異様に増大していることに驚いた。参加者を一か所に押し込め、一部は参加できないようにする魂胆が見え透いていた。言葉遣いは丁寧だが、自由に動こうとすると、人のバリケードでそれをさせない。

恐らく、政権にとっては、国会議事堂前や、官邸前に大勢の人々が抗議に訪れるのは、脅威なのだろう。その抗議の様子がマスコミや、SNSで伝えられるからだ。こうした抗議は、国民の権利のはずだが、政府は潰しにかかっている。SNSでのこうした運動への参加呼びかけも問題にされるかもしれない、という。

安倍首相は、放送法を改正し、政治的な中立性を放送事業者に要求する条項を廃止する意向だと伝えられている。「自らへの批判的な(と彼が思う)放送」を行う事業者を潰す目的だろう。今でも、官邸は財界と政治資金でつながり、財界は電通を通じて、民間放送を支配している。NHKは残念ながら、人事と予算の承認権で簡単に政府になびくことが、安倍政権下で明らかになった。政府に対して批判的な、なおかつ適正な報道を行う放送事業者は、簡単に「干される」ことになる。これは、マスコミを大政翼賛会化する前段階である。

こうして、国民の基本的人権、国民主権は蔑ろにされてゆくのだ。森友学園疑惑、それに関連した決裁文書改ざんへの安倍政権の対応を見ていると、良識なり、歴史に学ぼうとする姿勢なりを彼らに期待することは無理であることが判明した。

当局は、この条例制定を、明日委員会で審議、一回だけ本会議にかけて成立させるつもりでいる。悪法はこそこそと成立させる積りなのだ。