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「親父のようになりたい」 育休を取る進次郎 

小泉進次郎の長男誕生が、テレビに速報で流れたらしい。都合の悪い個人的問題については、プライバシーだからと語らないのに、こういうことではプライバシーを晒している。政治利用ではないのか。

で、進次郎は、「親父のような父親になりたい」という希望だそうだ。大衆受けする言い分ではないか。

だが、まてよ、その親父が、竹中平蔵と組んで、派遣労働を大幅に増やし、非正規雇用を増やしたのではなかったか。厳しい労働条件で働く非正規雇用の人々が、果たして休みを十分取れるのだろうか。ましてや、育休を取れるのか。答えは、否だろう。休んだら、収入はたちまち減り生活できなくなる。

育休を取るという進次郎が、休むこともままならない非正規雇用の方々を増やした小泉純一郎のようになりたいという、何というブラックユーモア!

日本社会は、進次郎のようにロクに仕事をしないで楽に生きる「上級国民」とそうでない人々に明らかに分かれた。それを、良しとするのかどうか、という問題だ。テレビのワイドショーが、彼の育休取得で喧々諤々らしいが、それを見て、我々は怒るべきなのだ。

以下、引用~~~

小泉環境相に長男誕生 「おやじのような父親に」
2020年01月17日12時17分

 小泉進次郎環境相(38)は17日の記者会見で、同日未明に第1子である長男が誕生したことを明らかにした。前日の勤務を短縮して出産に立ち会ったといい、目標として「おやじ(純一郎元首相)のような父親になりたい」と語った。
 小泉氏は先に取得宣言した「育児休暇」に関し、「賛否両論があるのを受け止め、公務最優先、危機管理万全の(方針の)下にしっかり時間を確保していきたい」と表明。出産立ち会いの経験を通じ、少子化といった課題に「問題意識を持って解決への努力を続けていきたい」と強調した。

中小国としての道を模索すべき 

以前にも記したが、医学系論文の検索をかけると、著者に中国系の研究者が多くヒットするようになった。論文の発表数で行くと、日本の研究者は完全に水をあけられているように見える。これも、日本の教育水準の劣化を反映するものとして、大学のランク付けでも、日本の大学は、中国はおろか、シンガポール、香港、韓国の大学に差をつけられている。アジアトップの大学は、シンガポール国立大学だ。このランク付けには、語学の壁、外国からの研究者招聘の差があるようだが、それにしても、日本の大学の立ち遅れは明らかなようだ。

ドイツ在住のジャーナリスト、熊谷徹氏のfacebookの下記の発言。なるほどと思わせる。経済もどんどん縮小している。今後、わが国は東アジアの中小国の一つとして生きて行くことを模索すべきなのだろう。ゆめゆめ経済大国であり続けとか、軍事大国になることは考えるべきではない。中小国化するうえで、ハードランディングにならぬように、国民生活に意を用いた政治を行うことを期待したいものだ。

以下、引用~~~
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日本は、2018年の国際学力テスト(PISA)で読解力、数学・科学のリテラシーなど全ての科目で中国の大都市に大きく水を開けられていることがわかった。私は驚かない。今から10年前にある欧州人から「君たち日本人は、中国人に完全に負けている」と言われた。彼は「中国企業では競争が日本以上に厳しい。大企業の管理職の多くは米国の大学で勉強して中国に戻った人々で、流暢に英語を話すのは当たり前」と語った。我が日本は食べ物が美味しい、インバウンドおもてなし大国として生き残るのか。アジアでここまで格差が出ることを、30年前に誰が予想しただろうか。正にかつてアヘン戦争や日中戦争などで列強に苦しめられた中国の復讐だ。歴史の振り子は、真ん中では止まらない。

外国人受け入れの問題 

わが国は、原則として難民の受け入れにきわめて消極的だ。難民の多くが入管に収容されたまま、非人間的な扱いを受けている。

その一方、多くの外国人労働者を一定期間受け入れている。彼らは、低賃金で過酷な労働条件を強いられている。政権与党の外国人受け入れの担当厚生政務官上野議員はブローカーまがいのことをやって不当な利益を得ようとしていた。外国人労働者の多くが、過酷な労働条件から逃れ、不法滞在者になっている。

ドイツでは、多くの難民を受け入れている。その懐の深さは驚くべきものがある。しかし、そのドイツでも、新自由主義経済の歪が外国人排斥となって社会的問題になってきている。

わが国の難民・移民政策は、あまりに利己的過ぎる。このままでは、将来外国人の問題(外国人受け入れの我々の問題)が、大きな社会問題になる。すでに、外国人は人口100人に2人になっているのだから、外国人受け入れの仕方を見直すべきだ。

ドイツにおける、難民受け入れの様子を述べた文章を、同地在住のジャーナリスト熊谷徹氏がfacebookで公表なさった。少し長いが引用させて頂く。

以下、引用~~~

ドイツ人の助け合い精神

 ミュンヘン南部にペルラッハという地区がある。この町では約30人の市民が、ボランティアとして2015年以降ドイツに逃げてきたシリア難民らの援助活動を行っている。リーダーはおらず、各人が自分のネットワークを生かして自発的に行っている。彼らは難民が外国人局のための書類を書くのを手伝ったり、役人たちとの交渉を行ったりする。「ある難民の母親が乳母車を必要としている」と聞くと、乳母車を寄付する。
 アフガニスタン人のアザール(仮名)は妻と息子とともに5年前にドイツに亡命し、ペルラッハに住むようになった。彼は約2年間をかけて、陸路でアフガニスタンからイラクやイランを経由して、ドイツへ逃げてきた。ドイツ人の会社員シュミット(仮名)は、この家族がドイツ社会に溶け込むことができるように様々な援助をしている。特にシュミットの妻は熱心に家族の面倒を見ている。
 アザールがペルラッハの幼稚園の用務員として働けるように、幼稚園と交渉をした。長男のバギシュをサッカーチームに入らせた。パギシュはドイツ人の子どもたちとサッカーをする内に、ドイツ語がめきめき上達した。バギシュはアルプス山脈でハイキングをしたことがなかった。そこでシュミットは自分の家族や他の難民の子どもたちと1日アルプス山脈でハイキングをした。40歳のアザールもドイツ語を勉強しているが、息子ほど早く上達しない。
 だが今年になってアザールの家庭を悲劇が襲った。彼はある事情で娘のターラ(仮名)をイランの知り合いの元に残してきた。アザールさんは娘をドイツに呼び寄せようと3年間にわたり連邦移民・難民局と交渉と続けてきた。ドイツには、アザールのように戦争などのために祖国を追われた外国人に対して暫定的な亡命を認める制度がある。メルケル政権はそうした暫定的難民に対して、例外的に家族をドイツに呼び寄せることを許している。その数は1年間で1000人に限られている。
 シュミットの妻はクラウドファンディングを利用して、ターラの渡航費などを工面するために寄付を募ったところ、5日間で2万ユーロ(260万円・1ユーロ=130円換算)の募金が集まった。募金をした人の大半は、ペルラッハの市民だった。中には、2000ユーロ(26万円)の金をぽんと出す人もいた。
  ペルラッハに住む会社員シュミットの妻らは、アフガン難民アザールがテヘランにいる娘ターラをドイツに呼び寄せられるように2万ユーロの募金を集めた。彼らがドイツからテヘランの親類にこの金を送金しようとしたところ、米国から思わぬ横槍が入った。トランプ政権がイランに対する制裁措置を強化したため、イランへの送金などを行った銀行は米国での営業許可を剥奪されることになったのだ。このためこのドイツの銀行は、テヘランへの送金を断った。
 さらにイランから悪い知らせが入った。テヘランでターラが首吊り自殺を図ったのだ。彼女は3年経ってもドイツで家族たちと合流できないことに失望し、命を断とうとしたのだ。アザールは矢も楯もたまらず、ミュンヘン空港からテヘランへ向けて飛び立った。
 シュミットの妻らボランティアたちはドイツ連邦政府の外務大臣やイラン政府などに事情を説明した。両国政府は人道的な例外措置として、ターラのドイツへの渡航と入国を許可した。ターラは父親とともに、飛行機でドイツに降り立った。私は機内で撮影されたターラと父親の写真を見たが、スカーフで頭髪を覆ったターラの虚ろな視線が気になった。その顔には喜びの表情は浮かんでいなかった。ターラは現在ペルラッハの病院で自殺未遂の後遺症が残っていないかどうか精密検査を受けている。さらに5年間にわたる逃亡生活によって生じた心の傷(トラウマ)を癒すためのカウンセリングを受けている。
 シュミットは言う。「アザールはアフガニスタンの地方で靴職人として働いていた。アザールの家族は必死でドイツ社会に溶け込もうと努力している。しかし彼らは本当はアフガニスタンに帰りたいのだ。しかし祖国には戦争や迫害が待っているので、帰ることはできない。彼らは無理矢理故郷から切り離されてしまったのだ」
 2015年以来、ドイツには約100万人の難民たちが到着した。彼らの多くは、祖国での戦争のために、家や財産を捨てて着の身着のままでドイツへ逃げてきた。ほとんどの難民はドイツ語も英語も話せない。大学教育や職業研修も受けたことのない若者も多い。彼らはシリアやアフガニスタンとは全く異なる社会の習慣や言語を学び、ゼロから出発しなくてはならない。
ドイツにはペルラッハだけではなく、多くの町でドイツ人たちが難民の世話をしている。彼らは会社で仕事をしたり家事をしながら、貴重な自由時間を割いて難民たちの手助けをしている。
 ドイツで難民支援などのボランティア活動をしている市民の数は約1487万人。この国の人口の18%に相当する。しかもその数は2014年からの4年間で約15%も増えている。ドイツには、難民や長期失業者やホームレス、年金生活者など所得が少ない人々に、商店で売れ残った野菜やパンを無償で配る「ターフェル」という慈善団体がある。全国に937のターフェルがあり、6万人のボランティアたちが、150万人の困窮者に食料を配っている。
 ドイツ人の助け合い精神は一体どこから来るのだろうか。知人の会社員シュミットは、「それはキリスト教の道徳観の表れだ」と語る。新約聖書のルカによる福音書には、「良きサマリア人」の教えがある。ある人が強盗に襲われて身ぐるみはがれ、半死半生で道に倒れていた。そこに三人の男が通りかかる。祭司は見て見ぬふりをして歩き去った。次の来た男も、被害者を助けずに立ち去った。三番目に来たサマリア人は倒れていた人を介抱し、ロバに載せて近くの宿屋まで運んだ。彼は宿屋の主人に男の世話を頼み、そのための費用まで払った。
 良きサマリア人の教えは、キリストが隣人愛の重要性を説くために使った逸話である。ドイツ人の中には教会から脱退する人もいるが、彼らの行動の背景には子どもの時から習って育ったキリスト教の倫理観、道徳心がある。
 2015年に約100万人の難民たちがドイツに到着した時に、ペルラッハのドイツ人たちが誰にも命じられずにアフガニスタンやシリアから逃げてきた人々の手を差し伸べた背景にも、「良きサマリア人」と同じ発想があるのだ。
 シュミットは言う。「考えても見ろ。この家族はもう2度とアフガニスタンの家に戻れないと思いながら、家の鍵を閉めて故郷の村を後にし、2年間も旅をしてドイツに流れ着いたのだ。何一つ不自由なく暮らしている我々ドイツ人は、彼らの身になって考えるべきだ」。
 ドイツでは東部を中心に、難民の受け入れに反対する極右政党が支持率を急激に伸ばしている。シュミットの体験談は、そうしたドイツ人と180度異なる考えの人々もいるということを示している。私は、彼の話を聞いてほっとした。

中村哲氏の葬儀にあたって 

中村哲氏死去に際して、長男の方がなさった挨拶。なんと心のこもった挨拶であることか。長女の方も、アフガニスタンで父親の亡骸に接したときに、アフガニスタンでお世話になった方々、父親と一緒に亡くなられた方々への感謝とお悔やみを真っ先に述べておられた。泣き崩れる母親を慰めながら。こうしたご家族の態度から、中村氏が父親としても優れた方であったということを知った。

中村氏の葬儀には、上皇、上皇后夫妻等がお悔やみの言葉と花を添えられた。だが、安倍首相他、政府の誰もお悔やみや花をささげることはなかった

彼の死には世界中から悼みの声が上がっている。

西日本新聞から引用~~~

父をご支援頂いた皆様へ

この度の父・中村哲の訃報に際し、親族を代表いたしまして、皆様へご挨拶をさせていただきたく存じます。私は故人の長男で健と申します。

最初に申し上げたいのは、父を守るために亡くなられたアフガニスタンの運転手の方・警備の方そして残されたご家族・ご親族の方々への追悼の想いです。申し訳ない気持ちでいっぱいです。悔やんでも悔やみきれません。父ももし今この場にいたらきっとそのように思っているはずです。家族を代表し心よりお悔やみを申し上げます。

私たち家族は今回の訃報に大きなショックと深い悲しみに苛まれました。しかし、多くの方々がともに悲しんで下さり、私たち家族へ多くの激励の言葉をかけて下さっています。本当に救われています。

上皇様ご夫妻からのご弔意の賜わりをはじめ、いつもそばで父を支えてともに活動して下さり、これからも継続の意向を示してくださっているペシャワール会の皆様、アフガニスタン国での父の活動に賛同しご支援をいただいている大統領をはじめ政府関係の皆様、同じくアフガニスタン国の大変な環境にある作業現場の中で父とともに活動をしていただいているアフガニスタン国の国民の皆様、父の活動にご賛同いただきご支援をいただいている日本の皆様、そして今回の訃報から父を遠い異国に迎えに行くにあたり早急にそして最短の移動スケジュールでいけるようにご配慮していただき、宿泊先まで手配していただいた外務省・大使館・政府関係の職員の皆様、どんなに感謝しても足りません。父が今までもそして命がなくなってもなおアフガニスタンで活動ができるのも偏に皆様のご賛同・ご協力のおかげとしかいえません。

また今回の事件で警察、航空会社、葬儀会社、保険会社に関わる皆様にはいつも私たち家族の気持ち・立場に立っていただいています。そして24時間、どんな時でも真摯な対応をしていただいています。私たち家族は、皆様のおかげで不安・悲しみの気持ちから本当に守られています。感謝しています。

生前、父は山、川、植物、昆虫、動物をこの上なく愛する人でした。家ではいつも庭の手入れをしていました。私が子供の頃はよく一緒に山登りに連れて行ってもらいました。最近も、父とはよく一緒に山に登っていました。遊びに行くときは「できればみんなで行こうよ」、「みんなで行った方が楽しいよ」ということを言っていました。みんなと楽しみたいという考えの人でした。

また父がアフガニスタンへ旅立つとき、私と2人きりで話す場面ではいつも「お母さんをよろしく」「家をたのんだ」「まあ何でも一生懸命やったらいいよ」と言っていました。その言葉に、父の家族への気遣い・思いを感じていました。

今、思い返すと、父自身も余裕がない時もきっとあったはずです。いつも頭のどこかで家族のことを思ってくれている父でした。父の、自分のことよりも人を思う性格・どんなときも本質をみるという考えから出ていた言葉だったと思います。その言葉どおり背中でみせてくれていました。

私自身が父から学んだことは、家族はもちろん人の思いを大切にすること、物事において本当に必要なことを見極めること、そして必要なことは一生懸命行うということです。私が20歳になる前はいつも怒られていました。「口先だけじゃなくて行動に示せ」と言われていました。「俺は行動しか信じない」と言っていました。父から学んだことは、行動で示したいと思います。この先の人生において自分がどんなに年を取っても父から学んだことをいつも心に残し、生きていきたいと思います。

最後に親族を代表致しまして皆々様からの父と私たち家族へのご厚情に深く感謝いたします。

親族代表 故人・長男中村健

新たな「フロンティア」 

ケン ローチ監督作品の「家族を想うとき」という映画が、一部の映画人のなかで評判を得ているらしい・・・私は見ていないのだが。ある男が、運送会社の「個人事業主」制度の下で働き始める。働けば働くほど収入になる。だが、会社は男を完全な監視下に置き、ノルマを達成できなければ大きな罰金を払わせられる。事故のリスクは自分で負わなければならない。そうして男は追い詰められ、家族が解体の危機にさらされる、というストーリーらしい。

この「個人事業主」という制度は、雇う側にとっては旨味のある制度だ。雇うことのリスクを負う必要はなく、福利厚生も不要、年金・退職金も要らない。契約制度なので、いつでも契約を破棄できる。非正規雇用以上に被雇用者にとっては厳しい制度。実際に、社会の中でこの制度が徐々に広まっていると聞く。

水野和夫教授の一連の著書に、資本主義社会の「フロンティア」に注目したものがある。資本主義社会は、資源を獲得し、また市場とするために、「フロンティア」を必要としてきた。東インド会社の時代に始まる、資本主義は、当初、アジア・アフリカのような地理的に辺縁の地をそのような「フロンティア」としていた。だが、アジア・アフリカ諸国が独立し、地理的な「フロンティア」は消滅した。それに代わって、電脳空間に新たな「フロンティア」が出現した。グローバル資本が、天文学的な資金に大きなレバレッジをかけて電脳空間で取引を続けた。だが、それもリーマンショックで破たんした。公的資金を導入し、信用不安を一応回避したが、現在再び進行しているバブルが破たんすると、決定的な信用不安が生じ、金融システムが機能しなくなることが予測されている。そして、現在、資本主義が利潤を上げる対象にしているのが、自国の中間層。彼らの労働環境、労働条件を劣悪化させ、そこから利益を上げている。そこが新たな「フロンティア」になっている。・・・水野教授の考えを敷衍して、現在の状況を記述すると、このようになるのではないだろうか。

だが、搾取されている中間層は、生活の困窮化、劣悪化への批判を、少数者への差別、排外主義等に置き換えるように、マスコミ等を通して教育され、コントロールされている。

この構造を、国民自身が理解しないと、「個人事業主」制度に端的に表れた搾取構造を乗り越えることはできない。

天皇制は廃止すべきだろう 

昨日の天皇即位の儀式、テレビで大々的に中継していたようだが、まったく見なかった。すべての行事に160億円以上かけるらしい。台風災害で人々が苦しんでいるときに、それに対してはたった7億円支出するのみだ。政府の対応は間違っている。

天皇制度は、基本的には廃止すべきだと考える。

一つは、天皇の名のもとに戦った第二次世界大戦へのけじめ、本当の意味での反省を込めて、廃止すべきだ。本来なら昭和天皇の時代に、これを行うべきだったが、天皇制存続しか頭になかった昭和天皇の意向と、天皇制を統治に利用しようという米軍・米国の意向が、同床異夢で重なり、何もなされずにずるずると続いてしまった。

二つ目には、天皇制度は、国家神道、それに皇国史観・全体主義と結びつき、容易にカルト化する。現在の天皇制の淵源は、奈良時代、それ以前にあるわけではない。明治時代に、国家をまとめ上げ、戦争に国民を駆り立てるための装置として、国家神道と結合させて、歪な国家観、悪しきエリート主義を生み出した。再び、その道に戻る可能性が高まっている今、天皇制度は、過去の歴史的制度とすべきである。

もう一点、天皇を大日本帝国憲法とそれほど変わらぬ「現人神」よろしく扱うのは、天皇にとって非人間的なことである。天皇に生まれつくと、80歳台半ばまで引退することもできず、公務に縛られ、人間として行いたいことを我慢し続ける人生を送ることになる。そして、時の政権が天皇を政治利用しようとする。

政治には、ある種の宗教的な統合の象徴が必要なのかもしれない。だが、それが大きな禍根を残した歴史がわずか数十年前にある。この人間社会のある種の限界を打ち破るべき時なのだ。

ご飯論法の安倍首相 刹那主義の国民 

安倍首相、総裁選でのご飯論法。

こちら。

彼は、国会でもどこでもこの調子だ。虚偽、口から出まかせは日常茶飯事。内閣のメンバーも、賄賂や不正献金を受け取り放題。で、外国からは軽く見られ、ATM代わりにされている。

この首相の政権が50%前後の支持率だという。この世論調査が本当に客観的に行われているのか疑問が残るが、それでもかなりの支持率があるのは確かだろう。

このご飯論法で、国民を食い物にし、負担をどんどん押し付ける。それが究極まで行かないと国民は気が付かないのだろうか。

宮台真司が述べていたことだが、国民の側の劣化もあるのかもしれない。刹那的にその時さえ良ければ良い、自分の利益になれば良い、という発想が蔓延している。正しいこと、理を通すことは考えない。将来のことは考えない。

これでは、国が亡びる。

韓国から学ぶべきこと 

マスコミ、ネットには嫌韓の言説が満ち溢れている。少し調べれば分かる明らかな事実認識の誤りばかり。

一種の社会病理現象ではないか。

我々は、韓国から学ぶべきことも多い。

韓国民主化を実現したリーダーの一人、金大中元大統領の講演。

日本の民主主義の根無し草的性格を言い当てている。

こちら。

韓国では、民主化は、市民が勝ち取ったもの。わが国では、民主主義は敗戦によって米国からもたらされたものだ。能動的に勝ち取ったものではない。それが、現在の政治の混迷、米国への隷従と、戦前の全体主義体制への回帰の動きをもたらしている。

カジノについてのパブコメ募集中 

「特定複合観光施設区域の整備のための基本的な方針(案)」に関する意見募集について、すなわち、カジノを含むIR構想なるものについて、パブリックコメントを、総務省が募集している。

カジノは要らない。

大体において、「カジノで経済成長」とか言い始めている時点で、この国、おかしくなっているのではないか。次の世代に、「カジノ立国」(それは土台無理だと思うが)の社会を残すのか。

パブコメは、 こちら から。

私はすでに提出した。

そのポイントは、下記の通り;

1)カジノは負ける人の経済的負担で成立する。賭場の胴元が大勝ちするようになっているゼロサムゲームであり、カジノ利用者が大負けすることで、成立する。当然そこで、利用者をギャンブル依存に陥らせる。 

2)ギャンブル依存、犯罪増加、マネーロンダリング等の社会的コストを生む。日本はギャンブル依存の人口内比率が5%程度と、他の先進国に比べて圧倒的に高い。カジノ誘致の地方自治体は、カジノで大枚が地方自治体に転がり込むと説明するが、利益の大半は、米国等からやってくる胴元に吸い上げられる。その一方、ギャンブルによって生じる社会的コスト、とくにギャンブル依存への大きな医療コストを生じる。韓国では、カジノによって得られる利益の数倍のコストがギャンブル依存の治療に必要になったと報告されている。さらに、ギャンブル依存症患者の家族を不幸にする。その社会的負荷は甚大なものとなる。

3)カジノは規制を生む。すでに公的組織が様々なギャンブルに関与している。

競馬:農水省
競輪:経産省
オートレース:経産省
TOTO:文科省
宝くじ:総務省
競艇:(国交省)
パチンコ:(警察)

といった具合だ。カジノは内閣府が利権を握ることになる。行政も利権・天下り先の確保に余念がない・・・国の経営を任されている責任感等微塵も感じられない。

安倍首相以下自民党の政治家が、このカジノ法案成立に動いている。安倍首相は、カジノ法案成立前から、米国でわが国でのカジノ解禁をトランプ大統領・カジノ業者に約束している。

規制による利権が行政・政治に必然的に生じ、腐敗を引き起こす。規制は腐敗の温床だ。特にカジノのような警察権力が関与する事業にあっては、規制により大きな利権が生まれ、腐敗を引き起こす。

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次の世代に、このような社会を残すことで良いのか、今一度考えてみるべきだろう。

パブコメは形だけと言わず、国民の意見表明の貴重な機会、ぜひその権利を行使して頂きたい。期限は10月4日。

本屋の窮状 

街中から本屋さんが姿を消してから久しい。本屋という名の店があったとしても、雑誌や漫画だけしか扱っていないところが大半だ。

大阪で隆祥館書店という本屋を営む二村知子さんという方が、独立系書店の現状と問題点を記しておられる。

特に、見計らい品制度という押し売り制度はおかしい。ヘイト本が横行する下地になっている制度を改めるべきだ。

こちら。


https://www.businessinsider.jp/post-186111?fbclid=IwAR07Nzv0vDcqQHi41HGg0qAVg4gvLN7hrMudu5NPeO-gbr-pT_KrI7mRNho