産科医療事故 

医療事故が起きた時、関与した医療従事者は、大きな自責の念に捕らわれることが多い。そうでなくても、周囲から批判の目に晒される。故意に起こした犯罪的なものでなければ、医療従事者の情報は秘匿されるべきである。それが、医療事故の真相を明らかにし、次の事故を防ぐためになる。2005年WHOのガイドラインにはそのように記されている。こちら。

坂根医師は、下記の記事で、いわば医療従事者の「過失」を追及し、社会的にそれを示す懲罰的な対応をする、日本産婦人科医会と日本医療機能評価機構の問題を論じている。彼女の述べる通り、医療事故当事者の医療従事者は保護されなければならないのは、最初に述べた通りだ。両者が、産科医療の萎縮をもたらし、産科医療を危機に陥らせている、と警鐘を鳴らしている。

ここでは、天下り組織である日本医療機能評価機構の産科補償制度について検討してみたい。

日本医療機能評価機構は、補償金の掛け金と、補償金の差が大きく、莫大な内部留保をため込んでいる。同機構のウェブサイトを見ても、財務状況が公開されていない様子なので、大まかな推測をここでしてみる。

同機構のウェブには、掛け金について以下のように記されている。

『本来必要となる掛金の額は、1分娩あたり24,000円となりますが、本制度の剰余金から1分娩あたり8,000円が充当されるため、分娩機関から支払われる1分娩あたりの掛金は16,000円となります』

4年前に、掛け金が30、000円から16、000円に引き下げられた。内部留保が、おそらく数百億円のオーダーで溜まっていると想像されるが、そのごく一部を掛け金の値引きに宛てているようだ。また、ウェブでは、同機構のこの産科医療補償制度に加入している医療機関が99.9%であると繰り返し述べられている。

年間出生数を大まかに100万人とすると、掛け金の総額は 16、000円/出生一人x100万人/年=160億円/年

一方、補償金を給付するケースはここ数年減少してきている。少子化の進展とともに、補償金給付条件を厳しく出産前後の原因不明の脳性麻痺に限定しているためだろう。平均して200人前後のようだ。補償金は、一人当たり3、000万円(20歳まで分割されて支払われる)である。

補償金総額は 3,000万円/一人x200人/年=60億円/年 

かなり大まかな概算だが、年100億円前後が内部留保としてため込まれている可能性が高い。

これだけの内部留保を保持する特殊法人は、それほどないことだろう。同機構が、医療事故の情報をマスコミに流し、医療事故は医療機関、医師の過失である、という世論を誘導するのは、同機構が存続する理由作りのように思える。これでは、医療事故の本当の原因究明に寄与しないばかりか、医療を萎縮させることによって、国民に大きな損害を与えているということになる。

日本産婦人科医会、日本医療機能評価機構は、医療事故対応を根本的に改めるべきである。

以下、引用~~~

産科医療補償制度と日本産婦人科医会は産科医をリスクにさらしていないか

現場の医療を守る会世話人代表              
つくば市 坂根Mクリニック 坂根 みち子

2017年6月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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このところ、産科医療事故の報道が続いている。最初は、2016年12月12日だった。愛知県の産婦人科診療所で3年間に2人の妊産婦死亡があり、日本産婦人科医会が直接指導に乗り出したとの報道で、15日には同会常務理事の石渡勇氏が記者会見を開いた。ネット上では早速診療所の同定とバッシングが始まった。その診療所は、医会より分娩停止を指導され、結局閉院している。

そして、年が明けて2017年4月17日からは、ターゲットが無痛分娩になった。麻酔を使った「無痛分娩」で13人死亡・・厚労省急変対応求める緊急提言というものであった。

読売新聞(yomiDr.)の記事を良く読むと、厚労省の提言ではなく、厚労省の一研究班(池田班)のもので、2010年1月から16年4月までに報告された298人の妊産婦死亡例のうち、無痛分娩を行っていた死亡例が13人(4%)あったというものだった。うち、麻酔が原因でなくなったのは1人。これを「無痛分娩」で13人死亡し、厚労省が緊急提言した、という見出しで出したのだ。

嫌な予感がした。

この後も報道が続く。特に読売新聞のyomiDr.では詳細で持続的な報道が続いた。

5月10日 読売
「無痛分娩」妊産婦死亡など相次ぎ・・・件数や事故状況、実態調査へ
麻酔で出産の痛みを和らげる「無痛分娩」をした妊産婦に死亡を含む重大事故が相次いでいるとして、日本産婦人科医会が実態調査に乗り出した。(中略)医会の石渡勇常務理事は、「無痛分娩そのものが危険なわけではないが、実施には十分な技量と体制整備が必要で、希望者が安全に受けられる仕組みを整えたい」と話している。
5月27日 産経
医療ミスで出産女性が死亡 神戸の産婦人科病院長を刑事告訴 業務上過失致死罪で(以下筆者)この事例では、示談金を支払い後に遺族が刑事告訴している。
5月31日 朝日
「無痛分娩」全国調査へ 妊産婦死亡受け、産婦人科医会
医会の石渡勇常務理事は「人員配置が不足していないかなどを調べた上で、安全対策のマニュアル整備や、安全性を担保する認定制度が必要か検討したい」
6月6日 読売・報知
帝王切開時の麻酔で母子に重度障害・・・報告せず
京都府の産婦人科診療所が昨年、帝王切開で同じ方法の麻酔をして母子が重度障害を負う例があったにもかかわらず、日本産婦人科医会に報告していなかったことがわかった。
6月12日 朝日
無痛分娩の麻酔で母子に障害 京都の医院、別件でも訴訟
この医院では昨年5月にも同じ麻酔方法で母子が重い障害を負っており、日本産婦人科医会が調査を始めている。
(以下筆者)この事例は、産科医療補償制度で有責とされ、原因分析報告書と3000万円の補償金のうち初回の600万円を入手後、9億4千万円の損害賠償を求める訴訟が起こされている。

一体何が起こっているのだろうか。

まず最初に確認しておきたいが、日本の妊産婦死亡率は妊婦10万人あたり4人前後で推移しており、年間死亡数は40人から50人と世界トップクラスの低さを維持している。

筆者は産科については全くの門外漢であるが、医療事故調査制度については多少なりとも関連を持ってきた。そして今回の一連の報道で感じている問題点を3つ挙げる。

1.妊産婦死亡の自主的な報告を集めている日本産婦人科医会が、記者会見をして事故について公表した点。これにより報告した当事者が大きな不利益を被った。

日本産婦人科医会への妊産婦死亡の報告は、今後の医療のために各医療機関から自発的に行われているものである。当然の事ながら報告するからには、WHO医療安全のためのドラフトガイドラインを遵守して、有害事象の報告制度の1丁目1番地、「報告者の秘匿性と非懲罰性が担保され」なければならない。

ところが、日本産婦人科医会の石渡常務理事は記者会見して公表してしまったのである。そして、医療機関、医師情報は、メディアにより詳しく報道拡散され、医療者は世間からバッシングを受け、身内の医療界からも断罪され、さらに遺族からは民事でも刑事でも訴えられている。

この展開は、群大腹腔鏡事件のデジャブのようである。

2.産科には、日本初の無過失補償制度が出来たと聞いていたが、産科医療補償制度が実際には無過失補償制度ではなく、かつ、訴訟を防ぐ制度設計になっていないために、高額の訴訟を誘発してしまった点。

この制度について調べると驚きの連続だった。

産科医療補償制度に申請すると、行った医療の評価が報告書に記載され、それが患者遺族にも渡され、インターネットで公開されている。報告書は、個人が識別出来てしまうような内容が記載されており、新聞報道と併せて誰でも詳細な情報を知り得る。この制度では、事故の当事者である医師が、機構の評価に対して異議申し立てをする機会は与えられていない。報告書を公表する前の確認さえない。そして、過失があったとされた場合は制度で補償されない。つまり自分で支払わなければいけない。さらに支払われた補償金を着手金として訴訟を起こされ、報告書が鑑定書として裁判で使われている。

当事者の産科医には、何とも気の毒としか言いようのない根本的に大きな問題を抱えた制度だと知った。

有害事象が起こってしまった時、患者家族と同様に医療従事者も、精神面、業務面ともに大きな影響を受け、最終行為者は「第2の被害者」と言われており、専門的なサポートを必要とする。それがないと、その後の医療に悪影響を与えると、アメリカのハーバード病院のマニュアルには10年も前から明記してある。ところが、日本では当事者が「第2の被害者になりうる」という認識さえされておらず、産科医療補償制度ではサポートするどころか、当事者を精神的にも金銭的にも社会的にも追いつめ、ベテラン医師の現場からの立ち去りを誘発している。

明らかな人権侵害である。

産科医療補償制度には、日本産婦人科医会の石渡常務理事も深く関わっておられるが、制度の委員に真の医療安全の専門家がいないのではないか。そうでなければ、これほどの欠陥が放置されるわけがない。

3.無痛分娩が危険であるかのような報道がなされた点。

アメリカやフランスでは60~80%を超える無痛分娩だが、日本では数%と極めて少ない。理由の第一は医療資源不足。日本では産科医も麻酔科医も圧倒的に足りず、麻酔を必要とする無痛分娩まで手が回らない。また日本では出産を取り扱う医療機関の規模が小さいところが多く、麻酔科医を置かずに、産科医が麻酔も担当するために、無痛分娩の取り扱いに限界があるのである。医療資源不足は大病院といえども同様だが、それに加え日本では従来「出産は痛みに耐えてこそ」という精神論が幅をきかせており、麻酔科のそろった大きな医療機関でも「痛みを取るため」の無痛分娩に対する優先順位がなかなかあがらないのである。

筆者は、20年前にアメリカで無痛分娩により出産した経験がある。その時は日本のお産事情と比較するために敢えて無痛分娩を選択した。もちろん医療費の高い米国でその時の加入していた保険が出産をカバーしていたから可能であった。無痛と言っても痛みは残る。だが、それまでの出産に比べて1/10程度の苦痛で済んだ。そして計画的に無痛分娩を選択した場合の最大のメリット
は、体力の温存である。1泊2日(今は2泊3日が多いと思われる)で退院して、すぐに上の子供たちを含めた育児が始まるので、出産で疲弊しないで済んだ事は大変有り難かった。

その時入院した病院で読んだ雑誌に、日本の無痛分娩率の低さを取り上げて、日本女性は痛みを感じないのか、という特集記事が組まれていたのを思い出す。もちろん選択肢が与えられていないだけである。それから20年、ようやくその機運が持ち上がってきたところで、今回の一連の報道である。

今回報道された事故では、確かに不幸な転帰となり、改善すべき点はある。だが、いずれの医療機関でもほとんどの分娩はきちんと行われてきたのであり、医師たちは出産と言う奇跡をサポートするために全力を尽くしてきたはずである。世界的に見て少ない医療資源で非常に優れた成績を収めてきたのは誇るべき事実である。今の世界の医療安全の考え方は、「レジリエンス・エンジニア
リング」といって普段上手くやっている事から学び、それを増やすという臨機応変型のシステムが推奨されている。

もちろん、失敗から学び、各医療機関の情報公開や分娩体制の改善がなされる事も必要である。ただし、それらは各医療機関が自ら行うべきものであって、上から目線で指導するものではない。どういったサポートが必要か、各医療機関を訪ねてコミュニケーションを取るところから始めて、ボトムアップしていくのが、本当のサポートである。

確かに、大きな医療機関で複数の産科医と麻酔科医がいて、チームで分娩をサポート出来る体制が理想である。そうはいっても、大野病院事件をきっかけに分娩施設は15%減少したままであり、各地で医師は高齢化し、少子化は進行している。筆者が日本でも無痛分娩という選択肢が増える事を願った20年前から、状況は全く改善していないどころか悪化の一途である。

このような現実を直視せず、日本産婦人科医会は、「報告させ、調査、指導し、分娩中止を勧告」しているのである。そしてこの先は認定制度を作るのであろう。産科医たちはよくもまあ黙ってこれに従うものだ。この数ヶ月であっという間に、医師1人の医療機関で無痛分娩を取り扱うのは許されない、と言う空気になってきたが、そんな無い物ねだりを声高に叫んでも国民が望む医療体制になる前に現場の産科医たちの心が折れてしまうだろう。さらにアメリカ型の高額の訴訟費用に堪え兼ねて分娩から撤退してしまう可能性が高い。

石渡氏のお膝もとの茨城では医師不足が深刻(常時全国ワースト3にランクインされる)で、医師数が全国平均を越えるつくば市でさえ、分娩出来る医療機関は3カ所しかなく、皆出産場所を求めて右往左往している。無痛分娩だろうが、自然分娩だろうが選択肢は多い方が良いのだが、それどころではないのである。

今ある医療資源を有効活用して、どうやってより安全に国民のニーズに応えてくか、絶妙なバランス感覚が必要である。求め過ぎてこれ以上現場を潰してしまったらこの国に未来はない。

2011年、医療事故調査制度と無過失補償制度が完備したスウェーデンでは、医療事故の裁判は激減し、その分野における弁護士の仕事もなくなったが、無駄な争いで国民も医療現場も疲弊する事もなくなった。かの地ではメディアにも守秘義務があり、患者側からだけの一方的な報道はされない。

メディアも日本産婦人科医会もそろそろ学ぶ時期ではなかろうか。

緩和ケア病床について 

がんは、老化現象と密接に関係する。したがって、高齢化が進むに従い、がんによる死亡は増え続ける。

がんによる死亡者数は、2014年の時点で368103名。がんも種別、悪性度、早期発見によって助かる可能性が高いが、これだけの患者が「がんの末期」を経て亡くなることも事実だ。

末期がんの時期に、数週間から数か月からにわたり、激しい痛みなどがんに固有の問題に患者は悩まされる。患者が、そうした悩み、苦しみに煩わされずに、人生の最後の時間を有意義に過ごせるようにすべきだ。それを可能にする施設が、緩和ケア病床だ。

ところが、緩和ケア病床の現状があまりに貧弱だ。2016年時点で累計施設数378、累計病床数7695に過ぎない。単純計算で、がんによる死亡者のうち緩和ケア病床を利用できるのは、約48名の内の1名だけに過ぎないことになる。

緩和ケア病床、施設数の推移が、こちらに掲載されている。この3、4年、新たに届けられた緩和ケア病床数、施設数が、横ばいか、微増に留まっている。緩和ケアは、人手がかかり、施設としても高度なものが要求される。医療スタッフへの負担も大きいと聞く。

経済的な面に着目すると、医療費削減政策を反映してか、長期間入院の患者に対する診療報酬は、むしろ下げられている。長期間入院の必要性のある場合もあるのだから、長期間入院で診療報酬を下げ続けるのは止めるべきだ。緩和ケア病床の回転率を高めようというのは、悪魔的な発想だ。また、以前にも指摘したことがあるが、施設要件として、地域のがん医療機関病院であるか、日本医療機能評価機構の評価を受けている、またはそれに準じていることが要求されている。日本医療機能評価機構は以前から記している通り、天下り組織であり、その機能評価は医療機関の正しい評価を下すものではなく、同機構が無視できぬ額の対価を医療機関に要求することが大きな問題だ。緩和ケア病床の診療報酬上の認可要件として、同機構の評価があるのは、緩和ケア医療機関への経済的な負担になっているはずだ。その意義も乏しく、即刻その認可要件を取りやめるべきだろう。

がんの緩和ケアは、医療費がかかる。だが、これだけのがんによる死亡があるのだから、緩和ケアの必要性は高い。上記の日本医療機能評価機構の評価等、医療機関にとって負担になることを減らして、緩和ケア病床を何としても増やす必要がある。在宅で緩和ケアを実施するということも聞くが、患者家族にとっては、負担が大きすぎるのではないだろうか。やはり専門の施設で緩和ケアを受けることの方が、患者にはメリットが大きいように思える。緩和ケアの充実は待ったなしだ。

がん末期の方の要望が公になることは少ない。これから老いを迎える我々自身が、がんにかかり根治が期待できない時に、どのような生活を期待するか、よく考えておくべきではないだろうか。四人に一人弱の方ががんで亡くなる時代なのだから。

ある後期研修医の自殺 

後期研修医が自殺した。明らかな過労死だ。労災認定は当然のことだろう。だが、それで彼女が戻ってくるわけではない。これで終わりにして良いわけがない。

医師になって4年目。それも、記事によれば、看護助手をしながら医学部を目指し、入学なさったのは27歳だったようだ。医師になり、医療に従事することを念願しておられたのだろう。医師としてこれからという時期の出来事であり、この若い医師の死に言葉を失う。

カルテを長時間見ていたのは、自分の勉強のためと言ってはばからない「病院側」の人間は、一体医療の現実を知っているのだろうか。前期研修医が待遇面で改善されたために、後期研修医の労働条件が厳しくなっているとも聞く。後期研修医がどれほどの労働条件下にあるのか、この病院側の人間が現場に入り見るべきではないか。

もう一つ、この病院も日本医療機能評価機構の評価認定を受けている。以前から繰り返し記してきたが、同機構は、医療機関の設備等については微に入り細に渡ってチェックするが、医療従事者の労働条件については殆ど見ようとしない。労働基準法違反が横行しているのを放置している。それで、医療機関から認定料等と称して、数百万円の料金をかすめ取っている。もちろん、同機構は、天下り組織である。こうした天下りは、やりたい放題だ。

この病院のサイトには;

2006年2月20日 日本医療機能評価機構・付加機能(救急医療機能)認定 (Ver.1.0)

とあった。同機構は、評価認定する際に、一体何を見ていたのだろうか。労働集約産業である医療なのだから、従事者の労働条件・環境をこそまず観察し、評価すべきだったのではないか。意味のない医療機関評価を行っている、日本医療機能評価機構は提訴されるべきだ。医療従事者の労働条件が劣悪な医療機関が、良い医療を提供できるわけがない。こうした医療機関評価で甘い汁を吸っている連中は、罰せられるべきだ。

その他、彼女の死の理由には、様々な要因があることだろうし、それら各々が彼女にとってどれほどの重みをもっていたか、傍からみても分からない。関係者は、ぜひこうした悲劇が起きた理由、原因を突き詰めてもらいたい。同じような若い医師の悲劇を再び招かぬために。

木元文さんのご冥福を祈りたい。

以下、引用~~~

<新潟市民病院>「過労が原因」女性研修医自殺、労災認定へ
毎日新聞 6/1(木) 7:01配信

 ◇新潟労基署が方針 遺族「残業最多で月251時間」

 2016年1月、新潟市民病院(新潟市中央区)の女性研修医(当時37歳)が自殺したのは過労が原因だったとして、新潟労働基準監督署は31日、労災認定する方針を決めた。遺族に対しても、方針を通知している。【柳沢亮】

 亡くなった研修医は木元文(あや)さん。看護助手をしながら医師を目指して勉強を続け、2007年、新潟大医学部に合格。卒業後の13年から研修医となったが、15年4月に後期研修医として同病院に移ると、救急患者対応の呼び出し勤務が激増。16年1月24日夜、行き先を告げず一人で自宅を出たまま行方不明になり、翌朝、家族が自宅近くの公園で遺体を発見した。

 新潟県警によると、死因は低体温症で、遺体のそばには睡眠薬と飲み終えた酒が落ちていた。自殺前、家族に「人に会いたくない」と漏らしていたといい、県警は自殺と判断している。

 木元さんの夫は16年8月、「長時間労働による過労と精神疾患が自殺の原因」などとして同監督署に労災を申請した。木元さんの電子カルテの操作記録から月平均時間外労働(残業)時間は厚生労働省が「過労死ライン」と位置付ける80時間の2倍を超える約187時間、最も多い月では251時間に達していたと主張した。

 一方、病院側は木元さんが自己申告していた残業時間は月平均約48時間だったと反論。「電子カルテの操作記録の多くは医師としての学習が目的で、労働時間に当たらない」と説明していた。

 木元さんの夫は毎日新聞の取材に「労災認定され安心したが、亡くなった人は戻らない。過労死は病院による殺人に等しい」と話した。「全国過労死を考える家族の会」東京代表で、自らも医師の夫を過労死で亡くした中原のり子さんは「勤務医の過労死は全国的な問題。聖職者意識や犠牲的精神など個人の力で解決できるものではなく、社会的な支援をすべきだ」と話している。

在宅医療推進は果たして可能か 

下記の記事の機能別入院病床の予測数を厚労省のデータから示す(単位 万 病床)

         2014年7月現在  2025年

高度急性期   19.1        13.0

急性期      58.1        40.1

回復期      11.0        37.5

慢性期      35.2        24.2~28.5 

急性期、慢性期ともに減らし、回復期だけは増やす、という方向が見て取れる。トータル10万病床前後の減で、とくに高度急性期・急性期病床が24万病床の減で、現在の3割減少となる。地域によって増減に差がでるのだろうが、この減少は大きい。

一方、予測死亡者数(単位 万人)は

2010年      119.7
  15        131.1
  25        153.7
  40        166.9(予測数の最大)

患者の希望として55%が在宅での医療介護を希望している、とあるから、厚労省の計画通り、在宅医療を推し進めると、およそこの半数が、在宅で最後を迎えることになる。死亡の原因としてはガンが多く、また認知症も増えてゆく。おそらく数百万人の単位で、在宅医療になることだろう。

問題は、地域包括ケアで在宅医療を進めるとなっているが、在宅ケアの担い手、すなわち家族が、存在するのか、それに耐えられるかということだ。いくら多職種のチームで支えるといっても、在宅で患者のケアを担うのは、家族になる。高齢核家族化の状況で、それが可能かという深刻な問いを抱かざるを得ない。また、今後生産年齢人口が減少し続けるが、在宅医療は働き盛りの国民が担うことになり、生産年齢人口減少を加速させることになる。恐らく、数百万人規模で、在宅医療を担うことになるのではないだろうか。

在宅医療の進展にともない、急性期医療の需要が高まる。それを、医療サイドが供給し続けられるのだろうか。おそらく、在宅診療所にかなりの部分を任せる積りなのだろうが、現在医師の高齢化が進んでいる診療所に、24時間体制の在宅医療の救急対応も担わせるのだろうか。

この先見えてくるのは、在宅医療で苦労する患者・家族の姿であり、また生産年齢人口の減少から加速度的に国力が低下し続ける状況だ。医療現場も、急性期医療は、恐らく数日待ちとなる。救急でかかろうにも、すぐには診てもらえない、という状況が現実になる。

現在も、政府は、医療費を中心に、自然増を毎年2000億円以上減らし続けている。この入院病床削減・在宅医療増の政策も、医療介護費の削減の一環だ。一機200億円以上といわれるオスプレーを17機導入し、さらに効果に疑問のあるミサイル防衛のために数千億円を費やす。そちらをこそ削減すべきではないのか。
 
以下、引用~~~

長期入院減らし、在宅加速へ=25年の地域医療構想-厚労省
17/05/10記事:時事通信

 厚生労働省は10日、各都道府県が2025年の医療提供体制を示した「地域医療構想」の分析結果を公表した。構想は複数の市町村で構成する全国341の区域ごとに推進。その約8割に当たる270区域で、長期療養向けの入院ベッドが15年度より減る見通しだ。入院の必要性が低い高齢の患者を在宅医療に移す流れを加速させるという。
 
 構想は、団塊の世代が全て75歳以上になる25年を前に、効率的な提供体制を整えるのが目的。在宅医療を推進して医療費の膨張を抑える狙いもある。
 
 15年度より長期療養向けベッドが減る見通しの区域は、訪問診療や介護サービスの充実など、退院した高齢患者の受け皿整備を急ぐ計画を立てている。救急医療や先進医療を担う「高度急性期」と「急性期」のベッド数も、離島の1区域を除く340区域で減少する方向だ。
 
 一方、リハビリ患者らが入る「回復期病床」は、高齢者のニーズが高まるため、336区域で増加。増加分は、急性期のベッドなどの機能転換により賄うとしている。 【時事通信社】

がんの「免疫細胞療法」 

アマチュア無線の友人で、数年前、肝臓がんで亡くなられた方がいる。一度、私の仕事場にも訪ねてきてくださった。病状をお伺いすることしかできなかった。その後、治療を重ねておられたが、聞くところによると、最終的に治療が効かなくなり、下記記事にある「免疫細胞療法」を受けるようになった。効果は得られず、一方、その経済的負担でご家族も困られたように伺った。彼は、どのような状況でも、理性的に対応する方だと思っていた。そのような方でも、いよいよ人生の最後が迫ってくると、理性的な行動を取れないものなのか、と慨嘆したものだった。彼のことを批判する積りはない。誰でもそのように行動する可能性はあるのだ。

最近、ネットで、「免疫の力でがんを治す患者の会」という団体の宣伝を何度か目にした。坂口元厚生大臣が代表を務める団体だ。彼らの言う免疫療法とは、下記の記事にある免疫細胞療法のことだ。自由診療で、高額の治療費がかかる。その治療を行っている「医療機関」のサイトを見てみると、一回の治療に数十万円以上かかる。治療効果は、効果があったというケースが、1、2割である。この効果判定も、治療者が行っているため当てにならない。下記の記事でもある通り、この免疫細胞療法は、1990年代から多くの自由診療施設で行われてきたが、著効したという話を聞いたことがない。坂口氏のケースも、リンパ節転移のあった大腸がん術後に、免疫細胞療法を受け、8年間再発していない、というだけで、メインの治療は標準治療たる手術だ。坂口氏は、善意での行動なのかもしれないが、元厚生大臣という肩書を利用して、治療の当てがなくなりがん難民となった患者を意味のない治療に誘導すべきではない。

免疫細胞療法自体に詳しくないのだが、細胞障害性T細胞(CTL)、ないしNK細胞を、in vitroで培養、増殖させても、患者の持つ腫瘍に特異的に反応するCTLを増やすわけではなく、また増やされたNK細胞がどれだけ抗腫瘍活性をin vivoで示すか分かっているわけでもない。免疫療法と言えるだけの根拠がない。

免疫調整剤による治療など、本当の免疫療法の進展を期待したい。だが、現在の免疫細胞療法は、治療法とは言えない金儲けの自由診療でしかない。末期のがん患者が、緩和医療を含め適切な治療を受けられるようになることを切に望む。

以下、MRICより引用~~~

がん難民を食い物にする自由診療クリニック -患者はなぜ受診するのか、被
害を避ける処方箋とは-

この原稿はJBPRESS(3月16日配信)からの転載です。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49421

内科医川崎市立井田病院?かわさき総合ケアセンター?緩和ケア内科
小杉 和博

2017年5月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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あなたがもし「がん」になったらどんな治療を受けたいですか?

現在、全国の病院で一般的に提供されているがんの治療法は、「標準治療」と呼ばれるものです。
「標準」と聞くと、「普通」や「並」と思われるかもしれませんが、これまで行われてきた数多くの臨床試験の結果導かれた、現時点での最も有効性の高い治療法のことを指します。標準治療は手術、放射線、抗がん剤の3つを組み合わせたものがほとんどです。
一方、そうした従来の医薬品とは全く異なる「再生・細胞医療」が新たな治療法として大きな期待がかけられ、今後の成長分野として大きく注目されています。2012年にノーベル賞を受賞した「iPS細胞」を利用した治療もこの1つです。
残念ながらこうした再生・細胞医療の多くはまだ研究段階ですので、一般的な治療に導入されるような安全性や有効性は確認できていません。

●推奨されない治療に1000万円請求も

しかし、そうした研究段階の医療が実は、保険適用外の自由診療の名のもとに日本では数多く行われているのです。

主な対象疾患は「がん」で、行われているのは「免疫細胞療法」という治療法です。2015年時点の再生・細胞医療市場は約140億円。その約8割は免疫細胞療法が占めています*1。
免疫細胞療法とは患者さんから採取した免疫細胞(リンパ球)を体外で培養・活性化させ、体内に移植しがん細胞を攻撃する、というものです。

古くから行われている治療法ですが、昨年12月に発表された日本臨床腫瘍学会のガイドラインでは、適切な臨床試験が行われていないため、治療法として推奨されないとされています*2。
にもかかわらず免疫細胞療法を提供するクリニックは全国で300か所以上あり、受診する患者さんが後を絶ちません。治療の1回あたりの費用は50万~60万円、複数回受けることが勧められており、総額では300万~500万円かかります。
1000万円を越える事例もあるようです*3。当然、保険適用外ですので費用はすべて自己負担。患者さんは身体的、精神的にも辛い状態に加えて、経済的にも大きなダメージを負ってしまうのです。

このような効果が不確かな治療を、患者さんはなぜ高額な費用を払ってまで受けるのでしょうか?
その原因の1つには、現代日本のがん治療と緩和ケアの深い溝が関係しています*4。

がんは発生した臓器や組織型によって治療法や経過が異なりますが、一般的に早期がんであれば、多くは前述の標準治療により治癒(完全に治ること)が目指せます。
一方、進行がんになってしまうと治癒の可能性は急激に下がります。また、転移や再発がんでは多くの場合、治癒を目指すことは困難になりますので、抗がん剤などでがんの進行を抑えながら「がんとの共存」を目指すことになります*5。

しかし、抗がん剤の効果も永続的なものではないので、投与中に効果がなくなったり、あるいは副作用による辛い症状のため継続が難しくなったりして中止せざるを得なくなります。
そうなるとがんへの直接的な治療ではなく、がんによる辛い症状を和らげる「緩和ケア」へ移行することになります。

●転院先がなく難民となるがん患者

通院中の病院に緩和ケアの専門家がいないと、「もううちでできることはない」「早く次の病院を探しましょう」と半ば追い出されるような形で、転院させられる方も少なくありません。
このようなケースは「がん難民」とも呼ばれ、お聞きになったことがある方も多いのではないでしょうか。

一方、転院先となる専門的な緩和ケアを提供できる病院は全国的に不足しています。緩和ケア病棟を持つ病院は全国で308しかなく、1年間にがんで亡くなる約37万人(2015年統計)のうち緩和ケア病棟で亡くなった人は、10%しかありません。
また在宅で亡くなるがん患者も約10%と報告されており、全国的には約8割のがん患者は一般病院で亡くなっているのです。
緩和ケア病棟での死亡割合は下の図1に示すように地域格差が大きく、トップの高知県は26%、次いで福岡県の24%、熊本県22%に対して、福島県4%、埼玉県3%、最低の和歌山県は2%しかありません*6。
http://expres.umin.jp/mric/mric094_kosugi.pdf

私が働いている神奈川県では緩和ケア外来の受診まで1~2か月程度かかることもあり、受診を待っている間に亡くなってしまうことも珍しくありません*7。
先日も血液内科の先生から「2月に緩和ケアがある病院へ患者さんを紹介したら、外来受診は5月になると言われた。それまで持たない」と相談を受けました。

また「緩和ケア」=「死が近い」という負のイメージが強く、緩和ケアへの移行を拒否されることもしばしばです。私も抗がん剤で治療中の患者さんに緩和ケアへの移行の話をしたら、「先生、それだけは言わないで」と泣かれたこともあります。
もうできる治療はないと追い出され、がん難民となった方が、緩和ケアへは行きたくないし、待ち時間も長い。何かできる治療があるはず、と必死になって治療法を探した結果、たどり着くのが実は免疫細胞療法なのです。


●遅まきながら国も法整備に乗り出す

そのような患者さんにとって治療の有効性や費用などは大きな問題ではないのかもしれません。
これまで国はこうした免疫細胞療法を提供する自由診療クリニックに対して、規制を設けていませんでした。しかし、2014年に「再生医療安全性確保法」が制定されたことで状況が多少変わってきています。
この法律は再生医療の安全性を確保するため、再生医療を提供する医療機関に対して国への治療計画の提出を義務づけ、細胞加工施設の要件などを定めたものです。

昨年10月、法律で定められた基準を満たさない無許可施設で細胞を加工し、治療を行ったなどとして、厚生労働省は都内の自由診療クリニックに治療の一時停止と細胞製造の停止を命じました*8。
このような安全性に関する規制は必要ですし、弱みにつけ込んだ営利目的の自由診療で損をするような患者さんが減ることを切に願います。

しかし、規制を強化したところで問題の根本的な解決にはならず、患者さんの希望が満たされるわけではありません。そのような自由診療を希望してやまない患者さんの気持ちを、標準治療を提供している一般の医師はもっと真摯に受け止めなければならないと思います。
がん難民を生んでしまう、現代日本のがん治療と緩和ケアの深い溝を埋める方法がもっと必要なのではないでしょうか*4。

1つには、専門的な緩和ケアを提供できる医師・病院が圧倒的に不足している状況の改善が必要です。緩和ケアの専門医は全国でわずか136人しかいません。いまだに県に1人もいないところもありますし、他領域の学会専門医が1000人単位であることと比較しても圧倒的に少ないのです。
また、がん難民の94%が医師の説明に不満を持っており、がん難民はそうでない患者さんと比べて治療の説明時間が有意に短かった、という報告があります*9。つまり、医師と患者さんの間のコミュニケーション不足も一因となっているのです。

医師と良好なコミュニケーションを取るにはどうしたらよいでしょうか?
正直これはかなり難しい問題です。がんの検査結果や治療の選択肢などはすべて医師側が把握しています。例えるなら、医師はスポーツの先生のようなもので、新しい競技を教え、そのルールや道具の使い方を教えるのも医師なのですから、患者は受け手になるしかありません。
その結果、「先生にお任せします」という方が多くいらっしゃいます。しかし、最近は「自己決定を尊重する」ということが医療界の大前提とされており、「それでは困る、自分で決めなさい」と、突然提示された選択肢を選ぶよう医師から迫られます。


●納得できるまで医師に相談する

腑に落ちないまま選んではみたものの、それが医師の考えと合わないと嫌な顔をされ、時には怒り出す医師もいるようです。患者側が完全に不利な状況で、医師とどのようなコミュニケーションを取ればいいのでしょうか?

結論を言えば、納得できるまで医師に説明を求めて、納得できる治療を選んでいくしかないと思います。

本当はいろいろと聞きたいことはあるが忙しそうなので相談しにくい、また何を聞いたらよいか分からない、と遠慮されてしまう方もいらっしゃるでしょう。そんなときでも、その心配な気持ちを思い切って医師に伝えてみてください。治療を受けるのは自分なのですから遠慮する必要などありません。
それでも答えてくれないようなら、ぜひセカンドオピニオンやがん相談支援センターを利用して治療について納得するまで相談できる医師を探しましょう。

私は、納得できないまま治療が進み、後悔をされる方に多くお会いしてきました。また医師と患者も人間同士ですから、どうしても合う合わないはあると思いますし、そういう私も、考え方が合わず離れていってしまった患者さんは何人もいらっしゃいます。
がんと戦う、共存するのは簡単なことではありません。余計な人間関係でストレスを抱えず、ご自身が納得できる治療を受けられる、それが当たり前の世の中になってほしいと思っています。
ただ最後に1つお願いがあります、同じ検査を何回もやることは身体にとって負担になってしまいますので、別の医師を受診するときは、必ず紹介状をもらうようにしてください。


*1=シード・プランニング. 再生・細胞医療研究の現状とビジネスの展望?-
調査結果-2016-9-27
*2=日本臨床腫瘍学会編. がん免疫療法ガイドライン. 金原出版,2016,118p
*3=選択. 2017,3月号,p104-105
*4=Kosugi K, Tsuda K, Higuchi A, et al. Bridge the deep chasm between
patients with cancer and palliative care in Japan. BMJ Supportive & P
alliative Care 2017. doi: 10.1136/bmjspcare-2017-001329
*5=勝俣範之. 「抗がん剤は効かない」の罪. 毎日新聞社,2014,198p
*6=ホスピス緩和ケア白書2015,http://www.hospat.org/white-book_2015-top
.html
*7=ハフィントンポスト.2016-07-12.http://www.huffingtonpost.jp/kazuhir
o-kosugi/terminal-care_b_10935710.html
*8=厚生労働省. 再生医療等の安全性の確保等に関する法律に基づく緊急命令
について. 2016-10-31
*9=日本医療政策機構. 政策提言vol.5「がん患者会調査報告-『がん難民』
解消のために-」https://www.hgpi.org/handout/2010-04-16_34_317692.pdf<
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日本専門医機構のための新専門医制度 

やはり、日本専門医機構のための新専門医制度だったわけだ。この記事の上氏は、一部の教授たちの利権と記されているが、こうした組織は間違いなく天下り組織になっている。官僚が、医療に天下り先を作るというところから出発した組織なので、たとえ現在天下りが目立たなくても、稼働するようになれば、退職官僚がこの組織に居座ることになる。

ただし、この新専門医制度への医師・中小医療機関からの風当りが強く、日本専門医機構があまりに右往左往ししているので、厚労省(の諮問会議)は、専門医取得は義務ではない等と当然のことを言いだした。もし義務にするとすると、医師資格の上に屋上屋を架すようなものだから、それは問題なのは当然のことだ。だが、専門医資格がないと投与できぬ薬剤を厚労省が指定する等といった手法で、専門医取得を必須のことにしてきた経緯があるので、義務ではないというアナウンスは、そのまま受け入れるわけにはいかない。新専門医制度が稼働し始めたら、官僚・一部の民間人への利権組織として医師をしばり始めることになる。

専門医資格の有無が、医師としての実力、さらに患者さんとの意思疎通能力を決めるわけではない。若い医師諸君が、よくよく考えて、この新専門医資格を取るかどうか考えてもらいたいものだ。少なくとも、現状では、専門医が医療を行う上で必須ではない。むしろ、この記事にあるように、利権の温床として、日本専門医機構を捉えて判断すべきだ。

日本の社会、あちこちでこれと同じ構図の利権組織がある、または作られようとしている。

以下、引用~~~

認定料目当てに早くも贅沢三昧、日本専門医機構
JBpress 4/26(水) 6:10配信

 新専門医制度をめぐる議論が迷走している。この議論をリードしている日本専門医機構が、一部の大学教授たちの利権と化し、地域医療を崩壊させる可能性が高いことを、私は繰り返し主張してきた(参照1、2)。

 最近になって、医療界以外にも、この問題の深刻さを認識する人が増えてきた。

 例えば、4月14日、松浦正人・全国市長会会長代理(山口県防府市長)は「国民不在の新専門医制度を危惧し、拙速に進めることに反対する緊急要望」を塩崎恭久厚労大臣に提出している。

 朝日新聞は4月13日の「私の視点」で、南相馬市立総合病院の後期研修医である山本佳奈医師の「専門医の育て方 地域医療に研修の場を」という文章を掲載した。

■ 不足している産科医の育成を医局が妨害

 山本医師は関西出身。大学卒業後、南相馬市立総合病院で初期研修を行い、今春からは同院で産科を研修することを希望した。しかしながら、福島医大の産科医局出身の男性医師やその仲間が、新専門医制度などを理由に拒み続けた。

 南相馬市長も「福島医大と対立したくない」と言って、彼女を雇用しようとしなかった。最終的に、彼女は産科医を諦め、神経内科医として南相馬市に残った。

 南相馬の産科医不足は深刻だ。ところが、新専門医制度は、医局が部外者を排除する参入障壁として機能した。医局に任せると、こういう結果になる。これでは、何のための専門医制度か分からない。

 日本専門医機構(以下、機構)は、いったん白紙に戻し、ゼロから議論すべきだ。ところが、そう簡単にことは動きそうにない。

 最近、知人から、気になるコメントを聞いた。高久史麿・日本医学会会長が、2016年6月18日に公開されたエムスリーのインタビューで「立ち止まっていたら、きりがなく、財政的にももたなくなる」と語っていたというのだ。

 私は機構の財務資料を探し、友人の税理士である上田和朗氏に分析してもらった。その結果は衝撃的だった。

 平成28年3月末日現在、機構の総資産は3722万円で、総負債は1億498万円。つまり、6776万円の債務超過だ。

 機構は運転資金を得るため、日本政策金融公庫から短期で5000万円、長期で3000万円を借り入れていた。

 なぜ、こんなことになるのだろう。まだ事業が始まる前だ。機構の事業は、そんなに初期投資を要するものではない。

■ オフィス賃料が大手町の6倍! 

 支出を見て驚いた。交通費3699万円。賃料1555万円、会議費463万円もかかっていたのだ。

 ホームページに掲載された機構の理事会の議事録を見ると、参加者の多くは東京在住だ。普通にやっていれば、こんなに交通費がかかるはずがない。

 交通費については、事業開始初年度の平成26年度にも1829万円を使っている。この年度の交通費の当初予算は1万円だった。いったい機構のガバナンスはどうなっているのだろうか。

 賃料も桁違いだ。毎月120万円も支払っている。

 私は事務所の場所を調べた。なんと有楽町駅前の東京フォーラムにあった。超一等地で、ホームページで調べると、賃料は1坪あたり12万6421円となっていた。

 オフィスビルの平均賃料は、1坪あたり丸の内・大手町で2万1500円、浜松町・高輪で1万2864円だ。機構が東京フォーラムではなく、浜松町にオフィスを借りていたら、毎月100万円程度節約できたはずだ。

 一方で、収入に関しては、当初1億2500万円の認定料を受け取る予定だったが、実際に受け取ったのは1688万円だった。入会金も70万円の予定が5万円だった。最大の収入は4600万円の補助金だ。

 収入がないのに、贅沢三昧をやっていれば、お金がいくららあっても足りない。機構は、どう考えていたのだろう。

 平成27年の臨時理事会議事録によれば、「施設認定料10万円(一施設)、専門医認定更新料(従来の学会専門医にさらに上乗せ徴収)、1人1万円で、5年後に黒字化する」と書かれている。

 つまり、新専門医制度を始めれば、認定料で安定した収入が見込め、その収入をあてにして、最初から浪費していたようだ。

■ 専門医研修義務化なければ破綻へ

 彼らが、専門医研修の義務化にこだわったのも、高久先生が「財政的にもたない」と発言したのも宜なるかなだ。このまま新専門医制度が始まらなければ、機構は破綻するしかない。背に腹は代えられない状況に陥っているようだ。

 高久先生は、昨年6月の段階で問題を認識していたのだろう。だから、前出の発言に繋がった。税理士の上田氏は「(2009年に事件化した)漢字能力検定協会の事件を思い出しました」と言う。

 私は高久先生の意見と反対だ。機構の幹部の尻ぬぐいをするため、その乱脈経営をうやむやにして、若手医師や地方の医療機関にツケを回すべきではない。将来の我が国の医療が犠牲になる。

 専門医制度が予定通り進んでいないのは、機構が準備している制度が悪いからだ。「とにかく新専門制度をやることに決めたのだから、やるしかない」という理屈は通じない。

 まずやるべきは、機構の責任者が、これまでの経緯を説明して、責任をとるべきだ。その過程で機構が破綻しても仕方ない。自己責任である。

 それとは別に、専門医育成はいかにあるべきか、広くオープンに議論すべきだ。

上 昌広

新専門医制度は誰のため? 

全国医学部長病院長会の記者会見で、同会の副会長かつ日本専門医機構理事の稲垣氏は、新専門医制度の開始時期について、「基本的には来年4月に開始する方向で準備を進めている」と述べた。さらに、当初は2017年度制度の開始が1年遅れたために、「日本専門医機構は、資金的にも大変苦しくなっていることも念頭に置く必要がある。さらに1年延期すると、機構そのものが財政的に成り立たなくなってしまう」と懸念を示し、「これ以上、遅らせることは専攻医にも大変迷惑をかけることにもなる」とし、速やかな開始が必要だ、とした。

日本専門医機構は、専門医認証を行わないと、財政的に厳しいから、来年にはぜひとも新専門医認証制度を開始したい、ということだ。

いや、待てよ・・・専門医は、専門科各々の質の平準化を行うことを目的にしたのではなかったか。それが、いつの間にか、プログラム制という5年間の専門医研修を採用することにより、医師の偏在を改める、という名目上の目的にすり替えられ、医師の人事権を同機構が握るための制度になってしまった。

その上、専門医取得、資格維持のために、かなりの費用負担を医師に強制することになった。同機構の側からすると、医師が専門医取得、資格維持のためにそのコストを払ってもらうことを見越して、制度設計したわけだ。以前のブログで、新専門医取得、資格維持にかかるコストを推定した。こちら。2014年時点で、総医師数は30万人弱。少なく見積もって、その1/2が新専門医を取る(実際は、若い医師の9割が、新専門医取得希望らしい)として、日本専門医機構には毎年数億円の収入が転がり込むことになる。今後、医師は右肩上がりに増え続けるし、専門医認定の実務は各学会に丸投げなので、日本専門医機構は左うちわになる・・・という読みなのだろう。

そのために、上記の全国医学部長病院長会副会長兼日本専門医機構理事の方の本末転倒な発言が出てくることになる。専門医は、若手医師のためにあるのではなく、日本専門医機構のために存在するかのような発言だ。

新専門医制度には、医療現場から批判の声が多く寄せられている。日本専門医機構の財政のために、新制度を早期に実現する、といった発言が、同機構の幹部から出る時点で、この制度の問題は全く解決していないことが分かる。同機構が潰れようがどうしようが関係ない。若い医師が自らの専門性を適切に獲得するための制度設計を行うべきだ。若い医師のための制度にすべきである。拙速の専門医制度開始は大きな問題を残すことになる。

下記の記事は、地方病院の都合だけを考えている面が否めないが、この新専門医制度が地域医療に壊滅的な影響を及ぼしうることを指摘している。

以下、MRICより引用~~~

地方の自治を根底からむしばむ新専門医制度 
~地方自治体首長と地方中小病院の管理者を騙す日本専門医機構~

仙台厚生病院 遠藤希之

2017年4月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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「新」専門医制度には様々な問題がある。それらが全く改善されていないにも関わらず、日本専門医機構は未だに今年度施行開始を強行しようとしている。

今年二月、医系市長会が「地域医療への悪影響が懸念される」との声明を出した。それに対する機構側の回答が聞こえてきた。

「地域の病院での後期研修では(中略)大学病院などに頼むことが多いのではないか。各施設が専攻医を取り合っていたら、医師の偏在は続くのではないか。むしろ、大学などの大病院と、地域の病院が連携をして、専攻医を循環させる仕組みを作った方が良い。」とのことである。

全くの欺瞞である。なぜか。

基幹病院>連携施設群の「循環型研修」システムでは、後期研修医の絶対数が全く足りず、一旦基幹施設に所属させられた研修医を、大部分の連携施設に「循環」させることが不可能になるためである。

実は、「新」制度に移行する前の代表的な臨床領域の教育病院数はこの通りだ。内科1,163, 外科2,072, 整形外科2,033, 産婦人科630、小児科520施設(日経メディカル2016年9月号、特集「始まらない専門医制度」)。

もちろんこの全てに3~5年目の後期研修医が必ずいるわけではない。しかし逆にいうと、これほどの数の「地方の施設」が「3~5年目の後期研修医」を欲している、と考えるべきなのである。たとえ一病院あたり2~3人しかいなくてもよい。そのような後期研修医は一つの病院に長く務めることで「地域医療の特徴」に適した「戦力」になってきていた。その地域にとっては非常に重要かつ「宝物」といえる人材なのだ。

ところが「新」制度では教育病院が激減し、加えて全ての後期専攻医が「基幹施設のプログラム」に所属しなければならなくなる。これはつまり、自前で後期研修医を雇ってきた多数の施設から「3~5年目の後期研修医」が、「循環型研修」のお題目のもとに全て引き剥がされる、ということに他ならない。

機構側のおためごかしが始まる。
「地域の施設が専攻医を取りあうといけない。大病院を中心とした「循環型研修」を行えば地域医療も保全される。」

しかし、これが地域医療と医師の需給バランスを無視した「欺瞞」なのである。

具体的にみてみる。
まず最大医師数を誇る内科ではどうか。新制度での基幹施設は532施設、そして連携施設と特別連携施設を合わせると2053、新制度では研修可能な施設が一見2600 に上る。そこで機構は「循環型研修なら全ての連携施設に後期研修医を一定の期間は送ることが可能だ。つまりこれは、地域医療に配慮した素晴らしい制度だ」と胸を張る。

ところが、内科系に進む後期研修医は(吉村機構理事長作成の平成29年3月17日記者会見時のスライドによると)直近三年間の平均が一年あたり3147人だ。

もし、新制度の基幹施設(大学病院も基幹施設だ)一か所あたりに平均6人後期専攻医が所属したら、残る2053施設は、自前で雇おうとも三年目の医師がほぼゼロになる勘定だ。その後の「循環研修」とやらによる「派遣」は、基幹施設の意向次第、大学病院であれば旧来の「医局人事」になる。しかも三か月程度の循環研修では地域のニーズを汲むこともできず、ただのお客さんで終わる


身近な外科や整形外科ではどうか。「新」制度になると、基幹施設は外科188,整形外科104にまで激減するのだ。一方一学年あたり外科に進む後期研修医は過去三年の平均で外科820人、整形外科は478人しかいない(上記、吉村氏の資料より)。この二つの科をみても、一旦基幹施設に吸い上げられた後期研修医を、本来二千以上もあった地方の教育施設に「循環」できるわけがない。

上記以外の科でも小児科、産婦人科を筆頭として状況は変わらない。過去三年の後期研修医数平均は、小児科458人、産婦人科411人、麻酔科が480人である。それ以外の12の基本領域科は四百人以下どころか、救急科以外は、三百人以下しかいない。地方の病院がこれらの科の後期研修医を、自前で連続複数年間雇用したくても不可能な「制度」になるのだ。

一方、現状では18の基本領域の各科いずれにも大(学)病院に行かず、地域で頑張ろうと決心している若手医師達も少なくないのである。地域特性にみあったそれぞれの科の研修を、あるいは、基本診療科を越えた研修や診療を、行いたい若手医師も多いということだ。そのような志を持つ若手の芽をも、この「制度」は潰してしまうことになる。

地方の自治体首長や地方病院の管理者の中には、どこかの「大病院、基幹施設」の「連携施設」になっているから、必ずや「研修医」をまわしてもらえるだろう、と考えている方もいるかもしれない。しかし、それは全くの間違いである。この「新」専門医制度が始まったとしたら、地域に根付きたい若手医師を雇うこともできなくなる。特に、長年の自助努力で後期研修医を雇い、育て、地域の拠り所を創り出してきた、いわば「地域イノベーションに成功した」地方自治体・病院ほど、地域の医療崩壊を覚悟しなければならない。皮肉、かつ極めて残念なことではあるが・・・。

吉村氏は言う。専門医制度には各基本領域に分け隔てない「統一基準」を設けるべきだ、と。
しかし過去に「中央権力」が地方の現場、状況を無視し、自分たちの都合で「統一基準」を設けたために、地方自治体が煮え湯を飲まされた例には事欠かないのだ。地方自治体の首長ならみな経験していることだろう。

この「新」専門医制度が開始され、地方がまた煮え湯を飲まされることにならないよう、切に願うものである。

行政による医療の計画経済化 

医療介護は、その対象が社会的弱者なので、根本的に社会主義的な発想・制度設計が必要になる。だが、それを統括する行政が、共産主義の計画経済のような手法を取り、さらに行政の利権をそこにもとめようとし始めると、そうでなくても脆弱な財政・制度基盤に立つ医療介護は極度に疲弊する。社会保障制度として医療介護は機能しなくなる。現在のわが国の医療介護が、そうした状況にあるのではないか、という小松秀樹氏の指摘だ。

地域医療構想は、医療機関が本来得るべき消費税相当分の診療報酬を行政が簒奪することで確保される地域医療介護総合確保基金、そして地域医療の計画を強制的に推進するための地域医療連携推進法人制度によって、医療の計画経済化を進めるものだ。法治ではなく、行政による恣意的な強制、人治が行われる。そこには、腐敗が必然的に生じると小松氏は指摘する。

医学教育、専門医制度、医療機関評価、産科医療補償制度、さらに医療事故調によって、医学教育・医師人事・医療機関評価・医療事故すべての面で、行政が主導権を握って計画統御し、その実施組織を官僚の天下り組織とする体制が構築されてきた。この地域医療構想が、この「行政主導の計画経済医療体制」の集大成となるはず、と行政は読んでいるのだろう。この計画経済体制は、医療を機能しなくさせるだけでなく、国家財政の破綻を早める可能性が高い。

右肩上がりの高度経済成長期が終わり、その最後の花火のようなバブル経済が破裂した時期から、この動きが明らかになってきた。何たる壮大な体系だろうか。医系技官には、これが機能しない、失敗に終わることが予測できないのだろうか。

以下、MRICより引用~~~

計画主義が医療を滅ぼす4 統制医療の矛盾

元亀田総合病院副院長
小松秀樹

2017年4月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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●原理的矛盾

本稿では、医療統制の経済的側面を議論するが、感染症政策の人権侵害と計画経済的統制医療は、いずれも計画主義に基づくものであり、医系技官によって立案・実行されている。

日本の医療統制には二つの原理的矛盾がある。

第一の矛盾は、私的所有をそのままにして、計画経済的手法で統制しようとしていることである。そもそも、統制で、日本のような人口の多い国のサービス提供を制御することは、人間の能力を超えている。旧共産圏の計画経済は、結果の平等を目ざしたが、非効率、専制、特権、腐敗しか生まなかった。ましてや、提供機関の私的所有をそのままにして、統制するなどできることではない。日本の医療機関の私的所有を、国がなし崩し的に奪いにかかっているとみた方が正確かもしれない。日本医師会には、会員のために、医系技官の意図を冷静に分析することを勧める。

日本では、歴史的に病院が私的所有の形で整備されてきた。2013年の社会保障制度改革国民会議報告書(1)は改革が困難であることの理由を強制力の不足に求めた。

公的セクターが相手であれば、政府が強制力をもって改革ができ、現に欧州のいくつかの国では医療ニーズの変化に伴う改革をそうして実現してきた。

日本の場合、国や自治体などの公立の医療施設は全体のわずか14%、病床で22%しかない。ゆえに他国のように病院などが公的所有であれば体系的にできることが、日本ではなかなかできなかったのである。

統制が政策立案者の期待通りの成果をもたらすことはめったにない。例えば、後期高齢者医療制度は天文学的な金を飲み尽くすモンスターになった。子どもの貧困が日本の将来を脅かす大問題になっているが、対策のための予算を確保するのを困難にした。高齢者の多くは何らかの体の不調を有している。医療はめったにその不調を解決できないにもかかわらず、患者はあらゆる不調の解決を医療に期待し、加療の継続を求める。医師は、効果の有無にかかわらず、ガイドラインに掲載された医療を提供し続けることが義務であると、自分自身のみならず、社会にも思いこませた。多剤投与で副作用を生じさせるリスクより、薬剤を投与しないことに伴う些細な軋轢を重視した。診療を厚くすることが、医師の収入を増やすからである。医療費を増やそうという圧力はあっても、医療費を抑制しようとする仕組みが医師、患者双方に組み込まれていなかった。

医系技官による個別指導は、医療費抑制策の一手段である。診療報酬の返還請求や保険医指定取消処分などの不利益処分などにつながる。これまで何人かの医師が、密室での強引で陰湿な攻撃に打ちのめされ、自殺に追い込まれた。強権による医療費抑制策は、恨みをかうだけで抑制効果があったとは思えない。

後期高齢者医療制度は、インセンティブを利用したネガティブ・フィードバックが欠如していたため暴走したのである。

日本の医療費には地域差(2)があり、西日本と北海道で高く、東日本で低い。病床規制制度は、基準病床数の計算方法が現状追認的だったため、本来の目的と逆に地域差を固定した(3)。1970年代に、1県1医大政策が導入された。

その後の高度成長期、地方から東京近郊に人口が移動したことによって、埼玉県、千葉県では人口が倍増し、1医学部当たりの人口が増え、極端な医師不足に陥った(4)。

埼玉県、千葉県の医師不足は統制の失敗による。四国と千葉、埼玉を比較すると、1970年、四国の人口391万に対し医学部数1、千葉は337万に対し1、埼玉は387万に対し0だった。1970年以後の1県1医大政策で、医学部数は四国4、千葉1、埼玉1になった。その後、人口が変化した。2015年、四国は人口387万に対し医学部数4、千葉は622万に対し1、埼玉は727万に対し1になった(防衛医大を除く)。

病床規制が失敗したのは、強制力が不足していたからではなく、実情を無視し、無理な規範を掲げて、強制力を行使し続けたからである。インセンティブによる自動調整メカニズムを、中央統制によって破壊したからである。今後、首都圏では高齢者が急増するので荒廃はさらに進む。

しかも、権力による統制は、権力を持つが故に慎重さを欠く。2014年4月に開院した東千葉メディカルセンターは、赤字が続き、東金市、九十九里町の財政破綻が心配される事態になった(4)。千葉県は、多額の補助金投入を正当化するために、二次医療圏を組み替えて、長径80キロにもなる不自然極まりない二次医療圏を作った。地域の需要を無視して、莫大な投資と多額の維持費を必要とする三次救急病院を設立した。医師一人当たりの収益が少なく、赤字が積み上がっている(5)。千葉県に出向した医系技官による乱暴な施策は、地域にとって有害でしかなかった。

第二の原理的問題は、費用である。医系技官たちは、国民が小さな負担しか容認していないにも関わらず、医療保険ですべての医療を提供しようとしている。被用者保険から、後期高齢者医療と国民健康保険に、強制的に多額の保険料が拠出されている。保険者自治の領域は限りなく小さくなり、保険としての体をなしていない。

日本は世界で最も高齢化が進行している。それにもかかわらず、日本政府の税収入は低い。2017年3月現在の財務省ホームページの記載によれば、2011年の日本政府の租税収入の対GDP比は、OECD34か国中、下から3番目だった。国民負担率は下から7番目だった。国民は消費税率引き上げを嫌い、与野党は2017年4月の消費税率引き上げを延期した。費用が足りないまま、医療のすべてを保険診療で提供しようとすることに無理がある。診療報酬を下げなければ医療保険が支払い不能になる。診療報酬を引き下げれば病院が破綻する。

●強制力の強化

地域医療構想、地域医療介護総合確保基金、地域医療連携推進法人制度により、社会保障制度改革国民会議報告書が述べた強制力強化が実行に移された。個別医療機関の自由な活動の領域が国家によって侵害され、現場の実情に応じた創意工夫が抑制されることになった。「強制力」による失敗を「強制力」を強めることで克服できるとは思えない。

地域医療構想では、構想区域の病床機能ごとの病床数を行政が推計する。西日本では大幅に病床が削減されるはずである。推計された病床が各病院に割り当てられる。割り当てを地域の関係者が一堂に会して決めるが、病院の存続にかかわることについて、当事者同士で合意を形成できるはずがない。実質的に事務局を担当する行政が決めることになる。実行に強制力が伴う。都道府県知事は、「勧告等にも従わない場合には」最終的に「管理者の変更命令等の措置を講ずることができる」(6)。民間病院でも県に逆らえば、院長が首になる。

都道府県に出向した医系技官が、病床配分を通じて、個別医療機関の生死を握ることになる。

レストランの個別料理ごとの1日当たり提供量、調理方法、価格、食材の配分を国が決めて強制すれば、創意工夫と努力が抑制され、レストランの質は低下するしかない。

さらに、消費税増収分を活用した地域医療介護総合確保基金が都道府県に設置された。補助金を都道府県の裁量、すなわち、都道府県に出向した医系技官の裁量で医療・介護施設に配分する。支配に協力的な施設に、地域医療介護総合確保基金が優先的に配分されるだろうことは想像に難くない。医療には消費税を課されていないが、医療機関の購入したものやサービスには消費税が上乗せされている。消費税率引き上げ分が診療報酬に十分に反映されていないことを考え合わせると、この基金は病院の収益の一部を取り上げ、それを、支配の道具に使う制度だと理解される。病院の投資を医系技官が握ることになる。病院独自の経営努力の余地を小さくして、不適切な投資を強いることになる。

現在、国の借金が膨大になり、今後、診療報酬の引き下げは避けられない。当然、病院の財務状況は悪化する。都道府県に出向した医系技官の裁量で多額の補助金を配分するとなれば、病院は、医技官に逆らえない。賄賂が横行しやすくなる。専制と腐敗は避けられない。

地域医療連携推進法人は、地域の医療法人その他の非営利法人を参加法人とし、許可病床のやり取り、医師・看護師等の共同研修、人事交流、患者情報の一元化、キャリアパスの構築、医療機器の共同利用、資金貸付等を業務とする。

これには三つの大きな問題がある。

第一の問題は、恣意的な特権の付与が可能なことである。「地域医療連携推進法人の地域医療連携推進評議会の意見を聴いて行われる場合には、基準病床数に、都道府県知事が地域医療構想の達成の推進に必要と認める数を加えて、当該申請」が許可される(7)。病床数が厳しく制限される中で、行政の恣意で、病床が与えられる可能性があるという。

第二の問題は、外部からの活動の制限範囲が法によって定められておらず、地域医療連携推進法人に対し、恣意的活動制限が可能なことである。重要事項の決定について、地域医療連携推進評議会の意見を聴かなければならないとされている。学識経験者の団体の代表、学識経験者、住民代表等をもって構成されると定められているが、地域の医師会などもこの中に含まれる。また都道府県の医療審議会の意見も聴かなければならない。意見を聴くことが義務付けられているが、意見対立があったときの規定がない。医療審議会は行政の言いなりになることが多い。地域医療連携推進法人に対し、行政の恣意による行動制限が可能になる。罪刑法定主義のない刑法のようなことになる。

第三の問題は、参加法人の自由が制限され、その内容が予見できないことである。参加法人が予算の決定、借入金、重要な資産の処分、事業計画の決定、定款変更、合併、分割、解散などの重要事項を決定するに当たって、あらかじめ、地域医療連携推進法人に意見を求めなければならない。行政が、地域医療連携推進法人の支配を通じて、参加法人を支配できることになる。

全体として、地域医療連携推進法人制度は、特権をあたえることによって参加を促し、かつ、行政が、都道府県や郡市医師会を介して、参加医療機関の活動を恣意的に制限できる制度である。行政と個別医療機関の間に、医療審議会、地域医療連携推進評議会などを介することで見えにくくしているが、実質的に「人の支配」であり、「法の支配」に反するものである。

裁量権

行政官個人の裁量が、個別医療機関の権益に直結する状況は何としても避けなければならない。人による強制より、数字による誘導が優先されるべきである。補助金は可能な限り小さくして、どうしても必要な場合は、数字によって予見できるものに限定すべきである。混合診療や公正なルールに基づく競争を、医療費の削減や医療の地域格差解消に利用することも本気で考えるべきであろう。安易な強制力より、インセンティブの組み合わせを工夫すべきである。計画主義は結果の平等を求める。そのために、強制力を極限まで強めるとどうなるか、中国の大躍進政策や現在の北朝鮮の悲惨な結果に示されている。

文献
1.厚生労働省:社会保障制度改革国民会議報告書. http://www.kantei.go.jp/
jp/singi/kokuminkaigi/pdf/houkokusyo.pdf
2.厚生労働省:医療費の地域差分析.
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoke
n/database/iryomap/index.html
3.小松秀樹:医療格差. 厚生福祉, 6013号, 10-14, 2013年8月27日.
4.小松秀樹:東金市「東千葉メディカルセンターを心配する会」主催講演会」
:市民は市の財政破たんを心配している(1). MRIC by 医療ガバナンス学会.
メールマガジン; Vol.021, 2017年1月30日. http://medg.jp/mt/?p=7290
5.吉田実貴人:東金市「東千葉メディカルセンターを心配する会」主催講演会
」:市民は市の財政破たんを心配している(2). MRIC by 医療ガバナンス学
会. メールマガジン; Vol.022, 2017年1月30日. http://medg.jp/mt/?p=7293

6.厚生労働省:地域医療構想策定ガイドライン.
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000088
510.pdf
7.厚生労働省:地域医療連携推進法人制度について. 医政発0217第16号, 2017
年2月17日.

行政による『新専門医制度』の問題 

新専門医制度は、『専門医』を教育する制度ではない。

行政と一部の医療機関経営者が、新卒医師を5年間強制的に配置する人事権を握るための制度だ。

専門医制度を行政が統括すると決めた時の行政の表向きの言い分は、それまで学会主導で付与されてきた専門医資格の平準化を行う、ということだった。だが、この新しい制度では、専門医の質の担保は、学会に丸投げである。表向きの言い分が、あくまで建前であったことがすでに明らかになっている。

この制度が実施されると、まず問題になるのが、この論考の著者坂根医師の述べる通り、女医のキャリア形成だろう。現在、医学部学生の3割以上が女性である。彼女たちの一部、または多くが、ドロップアウトせざるを得なくなるのではないだろうか。

また、硬直化したプログラム制の研修制度では、若い医師各々が将来の専門性を持つ妨げになる可能性が大きい。専門医資格という餌で、医師の「偏在」を是正し、さらにそこで新たな天下り先を確保しようとする行政の意図は、破たんすることだろう。天下りによって硬直的に運営される制度は、ちょうど共産主義国家によって行われた計画経済と同類である。専門医に向けた研修制度は、本来医師の自主性を尊重すべきなのだ。

医療現場からこれだけ問題を指摘されているが、現政権の庇護のもとやりたい放題の官僚は、この制度を実施することだろう。

行政が、自らの利権のために医師の人事権を掌握する試みは、失敗に終わる。その過程で、被害をもっとも受けるのは患者たる国民だ。

以下、MRICより引用~~~

新専門医制度の何が問題なのか ~巧妙に仕込まれたプログラム制の罠~

専門医制度の「質」を守る会 共同代表
つくば市 坂根Mクリニック 坂根みち子

2017年4月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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1年延期された専門医制度が、最大の問題である「質」の担保をする事なく再び開始されようとしている。

私たちは、2018年からの専門医制度の開始に反対している。この制度に反対の声を上げた現場の医師たち数人とともに、ネット上でH30年開始反対の署名を集めており、4月1日現在1500人弱の署名が集まっている(1)。

一般国民にも、これから専門医取得を目指す若い医師や医学生にも極めてわかりにくいこの制度の何が問題なのだろうか。問題点は幾多もあるが、今回は日本専門医機構が導入しようとしている「プログラム制」に的をしぼってお伝えしたい。

結論から言うと、専門医機構は専門医を育てるための「プログラム制」を意図的に誤用しているのである。

今回の制度では、医学部を卒業した医師は、「原則として何らかの専門医になる事」になり、そのために「卒後5年プログラム制で研修する」とされている。これはアメリカの制度を参考にしていると思われる。アメリカの制度では、メディカルスクール卒業後、全員が何かしらの専門医のコースを取る事になっており、そこには、家庭医(family medicine)も専門医のコースの一つとして入っている。

機構のいうプログラム制とは何か、専門医制度新整備指針から引用する1)研修プログラム制 研修プログラムに定められた到達目標を、年次ごと(例えば 3~5 年間)に定められた研修プログラムに則って研修を行い、専門医を養成するもので、一つの基幹施設のみでの完結型の研修ではなく、一つ以上の連携施設と研修施設群を作り循環型の研修を行うものとする。すなわち、一つの病院だけの研修を行うと、その病院の性質(地域性、医師の専門等)の偏りにより研修に偏りがでる可能性があるので、他の連携病院を必ず作り循環型の研修を行うものである(2)。

専門医になるのに、プログラムに沿って一定の研修を受ける事に何の問題があろうかと思われるかもしれない。ここに巧妙に仕組まれた罠がある。

欧米の制度では、通常専門医を養成するのは単一の医療機関が提供するプログラムで研修している。今回、基幹施設?連携施設で研修施設群を作り、循環型の研修を行うというのは、他国にはない日本ならではの方法なのである。

「一つの病院だけの研修を行うと、その病院の性質(地域性、医師の専門等)の偏りにより研修に偏りがでる可能性がある」と機構はいうが、随分おかしなことを言うものである。短期でのローテートは「お客様状態」での研修となり、責任を持って医師を育てる事が出来ないために、むしろ専門医の「質」が担保されなくなる。例えば、アメリカでは、ほぼ単一の医療機関でプログラムを提供するが、その医療機関で研修出来ない部分だけ、他の病院に行って研修するという。またどの医療機関が研修指定病院になるのかは手挙げ方式で、その病院で経験出来る症例数、指導医数、そして予算によって研修医の数が決まる。地域によって人数をコントロールするような事は一切していない。

また、女医にとっては、この制度はさらに深刻な問題をはらむ。そもそも日本で医師になるという事は、女性にとっては、子供を持って働きつづけるという当たり前の事がすでに高いハードルとなっている。それが、結婚出産適齢期に、専門医制度により研修施設を転々としなければいけなくなる。現在でさえ、婚活、妊活、出産場所、保活、子育て等子供を産み育てる事が難しい社会である。女医のパートナーは7割が医師であるが、事実上、女医がキャリアをあきらめて家事育児を担う事が多い状況下で、女医のキャリア形成はさらに困難になるであろう。これでは専門医をあきらめるか、出産をあきらめるか、家庭が崩壊するかになってしまう。制度を決めた方々の中に、この事を想像出来る人がいたとは思えない。

何故、こんな事になってしまうのか。

一番の問題は、2013年の「専門医の在り方に関する検討会 報告書」にある(3)。これが専門医制度の「憲法」となってしまい、その後の議論は、なぜかすべてこの報告書の枠内で行われる前提になっている。今回の機構の新整備指針も、当然報告書の枠内で決められているのである。そして、この報告書が、専門医制度の問題に、医師の地域偏在、診療科偏在の問題を入れてしまっているのであるから、当然制度は歪む。

地域医療に配慮し、基幹病院?連携施設という循環型の研修を行うことになった。都市部に研修の医師が集中しないように、都市部の研修人数に制限を設けた。地域においても連携病院にも人が行くように、「原則として、基幹施設での研修は 6 カ月以上とし、連携施設での研修は 3ヵ月未満とならないように努める」と事細かに枠組みを定めた。

このようにして、新整備指針では一見、地域医療に配慮したように見えるため、このままでは地域医療が崩壊してしまうと危惧していた医師会等からの賛同を得たが、これは専門医制度と関係のない、プログラム制の名を借りた地域、診療科偏在対策の定員管理制度である。

結果、厚労省は医学部の卒業生を容易に計画配置出来る道筋を作ったのである。

そして、一番肝心の専門医の「質」については、各学会に丸投げで実は何も決まっていない参考にしたであろうアメリカの制度では、研修医療機関は、プログラムに沿って研修が行われているか、質が担保されているか、抜き打ちで評価される。また研修医は、専門医の試験を受ける前のトレーニング期間、指導医からも下の医師からも時に医学生からも360度評価を受けながら研鑽に励むのである。そこには、学会に何年所属していなければならない、と言うような条件はない。また、医師のシフト制勤務が確立されており、男性医師も育休、産休を取る社会的土壌があるために、女性医師のみに過度な負担がかからないようになっている。

専門医機構は任意団体で、専門医になるかどうかは手上げ式だといわれているが、オプジーボの例を挙げるまでもなく、特定の薬の処方に専門医の資格が必須化される事は目に見えており、好むと好まざるとに関わらず、機構の背後にいる厚労省の意向を「忖度して」、医師は必ず何らかの専門医を取得するようになるだろう。

現に、専門医制度の「憲法」となってしまった2013年の「専門医の在り方に関する検討会 報告書」内の資料によると、実に95%もの医師が、専門医や認定医の資格を取りたいと答えている。

この制度は、プログラム制一つとっても大きな問題を抱えている。制度の先を見届けられない世代だけでこの制度を決めてはいけない。

現場の医師を入れての再議論が必要である。

(1)「新専門医制度」H30年度からの開始に反対します。
https://www.change.org/p/stopsinsenmoni-excite-co-jp-%E6%96%B0%E5%B0%8
2%E9%96%80%E5%8C%BB%E5%88%B6%E5%BA%A6-%E5%B9%B3%E6%88%9030%E5%B9%B4%E5
%BA%A6%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E9%96%8B%E5%A7%8B%E3%81%AB%E5%8F%8D%
E5%AF%BE%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/323.pdf

(2)専門医制度新整備指針
http://www.japan-senmon-i.jp/news/doc/sinseibisisin2016.12.16.pdf#sear
ch=%27%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%B0%82%E9%96%80%E5%8C%BB%E6%A9%9F%E6%A7%8B%
E6%96%B0%E6%95%B4%E5%82%99%E6%8C%87%E9%87%9D%27
(3)専門医の在り方に関する検討会 報告書
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r985200000300ju.html

利益率14% 

かるい逆流性食道炎との診断のもと、時々ヒスタミン拮抗薬を購入して内服することがある。良く効く。先日、OTC薬を薬局に買いにでかけて驚いた。公定薬価が一錠20数円の同剤が、一錠150円ほどするのだ。公定薬価が原価割れをしていることはあり得ない。ジェネリックだとその半分程度になるはずだ。OTC薬がいかに暴利だかが良く分かる。胃炎、胃潰瘍のOTC薬で、安価なものといえば、旧来の胃酸中和剤だ。こちらは、リバウンドも起きやすく、効果は長続きしない。お金のない患者は、こちらを使えということだろうか。

最近開催された医療費を検討する諮問会議で、比較する薬剤がない新薬の場合の価格設定の方法が公開された。必要な経費をすべて積み重ね、そこに利益率14%を上乗せするらしい。必要経費も製薬企業の言うがままであるので、実質の利益率は、かなり高くなる。製薬企業の言い分は、開発にコストがかかる、ということらしいが、それは程度の差こそあれ、他の製造業でも同じことだろう。オーファンドラッグなどへの配慮は必要かもしれないが、基本的に製薬企業の利益率は高すぎる。

最初に述べた高額なOTC薬も、利益追求を旨とする製薬企業にしたら、当たり前のことなのだろう。製薬企業には多くの官僚が天下りしており、官僚は製薬企業にとって有利な薬価、税体制を設定している。今後、この傾向はますます強まる。

製薬企業のみならず、関連企業・施設が医療で利益追求をとことん推し進めた制度を有するのが、米国だ。その実情を、NPR.comのこの文章が分かりやすく教えてくれる。

わが国の制度も、強固な官僚制があるものの、基本的には医療福祉を利益追求の場にしようという方向だ。米国の凄まじい医療制度と同じものになるのもそう遠くはない。