高速増殖炉への執着 

使用済み核燃料をどうするのか。全量再処理という方向で、政府・関係者は突っ走ってきた。そのコスト、安全性、核不拡散性という点で、直接処理に対して劣っている(吉岡斉)にも拘わらず、だ。

さらに、再処理の機構は、これまでまともに機能していない。その肝である、高速増殖炉「もんじゅ」は、様々なトラブルを起こし、まだまともに稼働したことがない。世界的に見ても、高速増殖炉はその危険性とコストの点で、すでに過去の技術になってしまっている。「もんじゅ」の研究開発事業費は、昭和55年から今年度までにすでに1兆円を超えている。

「もんじゅ」のサイトから

[内訳]
建設費5,886億円(昭和55年度~平成6年度)
(政府支出:4,504億円、民間拠出:1,382億円)
運転・維持費4,524億円(平成元年~平成28年度)
(政府支出:4,524億円)

それなのに、政府は「もんじゅ」を存続させることを決めたようだ。

ここから見えるのは、原子力村の利権への執着がいかに強いかということと、官僚機構の硬直性だ。

これで果たして良いのか?

以下、引用~~~

政府、もんじゅ存続表明へ 機構に代わる受け皿探しは難航
産経新聞 5月15日(日)7時55分配信

 原子力規制委員会が廃炉も含めた運転主体の見直しを勧告していた高速増殖炉原型炉「もんじゅ」(福井県)について、政府が存続の方針を表明することが14日、分かった。文部科学省の有識者検討会が月内にも報告書をまとめた後になる見込み。規制委が文科相に対し勧告の回答期限のめどとしていた「半年」はすでに過ぎているが、いまだ現在の日本原子力研究開発機構に代わる受け皿の具体案は出ておらず、実際の存続は不透明な状況にある。

 もんじゅをめぐっては、規制委が昨年11月13日、原子力機構について「運転を安全に行う資質がない」と断定。機構に代わる運転主体を具体的に特定し、新たな受け皿が見つからない場合はもんじゅの抜本的な見直しをするよう、機構を主管する馳浩文科相に勧告した。その回答期限を「半年をめど」にしている。

 もんじゅはナトリウムを冷却材に使う特殊な炉で、受け皿探しは難航。文科省は受け皿を議論する検討会(座長、有馬朗人元文相)を発足させ、4月末までに計7回の会合を開いた。検討会では「新主体が備えるべき要件」や「理想的な体制」の議論にとどまり、具体名を取り上げるには至っていない。

 一方、政府はもんじゅの存続を堅持する方針を固めている。政府関係者によると、平成26年4月に決定したエネルギー基本計画で、もんじゅを「国際的な研究拠点」と位置付け、「国の責任の下」で維持することを決めたためという。

 また、使い道のないプルトニウムが約48トンあり、国際社会から疑念を示されているため、高速増殖炉で消費することも重要視されている。政府がもんじゅ存続を表明することで廃炉への懸念を払拭するという。

 ただ、規制委の動向は不明だ。規制委は文科相の回答を受けた後、代わりの運転主体が示された場合、安全性の観点で信頼に足る組織かどうか検討に入る。規制委の田中俊一委員長は「看板の掛け替えを許容するつもりはない」と話し、厳格に審査する方針だ。

自然エネルギー白書 2013 

上記の本を手に入れた。B5版、300ページを超える。環境エネルギー政策研究所編。2000円。七つ森書館発行。下記サイトで注文できる

http://www.isep.or.jp/jsr2013

現政権は、原発を基幹エネルギーと位置づけ、今後原発の再稼働を進める気配だ。これは、国民の意思に反するだけでなく、世界の潮流に反する誤った政策であることが、この本から分かる。

東電や官僚は、原発再稼働を進めるために、現時点の福島第一の事故の実相も明らかにしない。または、故意に誤った情報を流している。原子力村の人々は必死なのだ。世界のエネルギー政策は、一斉に自然エネルギー利用に向かっている。自然エネルギーへの政策傾注、さらに投資はすさまじい勢いだ。自然エネルギーが原発問題、地球温暖化問題の解決になりうること、そして経済的にも成立しうることを本書は指示している。原子力村の世論誘導に惑わされることなく、エネルギー政策が如何にあるべきか、自らの考えを持つうえで、本書は必携の一冊だ。

小澤祥司著「エネルギーを選びなおす」 

この本の著者は、エネルギー問題の研究者で実地での経験が豊富な方のようだ。飯館村の地産地消のエネルギーシステム構築に、あの原発事故以前からかかわってこられた方らしい。政治的なメッセージが全面に出る著作かと想像していたが、エネルギー問題を歴史的かつ包括的にとらえ、これから進むべき方向を具体的に示した好著だ。

この本から学んだことを列記してみたい。

19世紀後半からエネルギーの大量消費が始まり、戦後の米国型の大量消費大量消費で、エネルギー消費が大きく拡大した。一方、エネルギー源、またエネルギー源の利用を可能にする水資源も、底が見え始めている。

エネルギー問題は、電力問題だけでなく、熱エネルギーとのトータルのエネルギー問題として考えるである。ややもすると原発問題にからめて、電力をどうするかという視点だけで考えがちであるが、熱エネルギー問題も重要だ。

投入される全エネルギーの34%しか、有用なエネルギーとして利用されていない。残りはロスとなる。また、エネルギーを利用する場でも、家屋の冷暖房エネルギーロスや、自動車のブレーキ・空気抵抗・タイヤの接地抵抗等のログが大きい。

発電方式によっても、効率は大きく変わる。投入されるエネルギーの利用率でみると、原子力発電では30数%、ガス発電でもせいぜい60%。現在の大規模集中型発電では、廃熱の利用が行えず、ロスが大きい。原発は、放射性廃棄物問題が解決しないこともあり、エネルギー源として不適。

真の省エネとは、初期に投入されるエネルギーを減らすことだ。そのためには、発電に際する廃熱を利用するコジェネレーション等の方策が有用だ。また、必要とするエネルギーを減らすための努力、生活様式、移動手段、住居での太陽熱利用が必要だ。こうしたエネルギー利用は、小さな地域、自治体単位で始められつつあり、それを有機的に組み合わせ拡大してゆくべきだ。

特に、電気エネルギーだけに着目しがちであるが、エネルギーを全体としてとらえること、コジェネレーションというシステムを取り入れるべきことについて教えられるところが大きかった。

次の世代にどのような世界を残すべきなのか、我々に与えられた課題は重く、また緊急を要する。この本は、その問題を考えるうえでとても有用な作品である。

この時期になぜ電気料金値上げを、足並みそろえて発表する? 

電力会社が相次いで電気料金の値上げを申請している。なぜこの時期なのか?

近々行われる衆議院選挙で、原発依存を止めるという主張の政党には逆風を、原発依存を続ける政党には、順風を吹かせようという、電力業界、そして恐らくその背後にいる原子力利権共同体の方々の意向が働いているのではないだろうか。もし、値上げの必要性があったとしても、この時期にほぼ同時に足並みそろえて公表するのは不自然極まる。

さらに、是非、電気料金値上げ分に、原発の廃止コストが入っているのか、事故をおこした場合のコストを考慮しているのかを聴きたいものだ。

地震活動の活発な時期に入ったわが国で、原発を作動させ続けることは危険極まる。また、放射性廃棄物の処理の目途がたたないまま、原発から放射性廃棄物を垂れ流しのように出し続けることは許されない。

再生可能エネルギーの開発を大至急進めるべきだろう。そこで、技術革新が起これば、エネルギー事情の好転・安定化とともに日本経済の再生にも結び付くはずだ。原子力利権共同体の策動に乗ってはならないと強く思う。

関電の脅しと詐欺 

関電による、この夏の電力需要と供給が、大幅に事前の予測と違っていたことが報じられている。

http://www.kyoto-minpo.net/archives/2012/08/11/post_8955.php


要するに、需要を大きく、供給を少なく見ていたわけだ。これだけの違いは、予測の誤差というよりも、意図的なものとみなすべきだろう。関電と、その背後の政府・行政は、大飯原発を再稼働に持ち込むために、意図的にこのような見通しを立てたのだ。さらには、「計画停電」の脅しも用いた。

業界が、原発の稼働によってそれだけ儲けられるからなのだろう。

大飯原発で深刻事故が起きた場合の対処方法、周辺住民の避難の具体的な方法が示されぬままに、再稼働を行った責任は重たい。現在の関電経営陣と、政府・行政の関係者は、将来深刻事故が起きても、東電福島原発の場合と同じように責任を取らされることはないと甘く見ているのではないだろうか。東電に対する株主訴訟も提起されてはいるが、これから結審するまでにどれだけの時間がかかるか分からない。恐らく、旧経営陣は、責任を取らされる可能性はないと踏んでいるのではないだろうか。

深刻事故が一旦起きたら、当該電力会社は一旦潰れ、その経営陣の責任が厳しく問われるような仕組みにしないとならないだろう。

そうでないから、関電が詐欺まがいの電力需給予測を出すのだ。

全原発停止でも、電力需給は賄える 

1)全原発停止でも電力需給は賄える

環境エネルギー研究所から、このポストのテーマの主旨の論文が出ている。下記。

http://www.npu.go.jp/policy/policy09/pdf/20120423/sanko_shiryo4.pdf

2)本当に節電が必要な分野はどこか?

実際、関西電力管内で予測された電力需要を7月中に超えたのは二日だけだったと報じられている。で、実際に電力を消費している分野別の問題を観てみる。

分野別電力消費は、家庭・業務・製造業で分けると、およそ3、3,4の割合だ。夏の需要が増えることが、資源エネルギー庁から公表されているが、家庭での需要は、夏場は冬に比べて減ることが分かっている(こちら)。夏場の電力消費全体が増えることが、資源エネルギー庁から公表されている(こちら)が、これがもし本当だとすると、その押上げは、家庭での冷房等による電力消費の増加よりも、その他のセクターでの増加が寄与している。

電力の大口消費者は、家庭用電力の約半分のコストしか支払っておらず、節電するよりも、消費時間帯をずらすことで、日中の節電を実行してきた(上記ISEP論文)。実際のトータルの節電量は、家庭・業務のそれを3、4割下回っている。すなわち、本当に節電するための投資を行うよりも、時間帯だけずらして電力を消費することを選択している。

家庭での節電も意味があるが、夏場の電力消費を押し上げている他のセクター、とくに製造業の大口消費者(特別高圧という範疇)に節電投資を促し、技術的な革新を生むことが必要だ。それが、電力需給のひっ迫を防ぐうえで一番の対策だ。

3)総エネルギー需要(こちら)、電力需要(こちら)は今後自然減少してゆく

さらに、電力消費の年ごとの変化をみると、2006から8年ごろにかけて、ピークがあり、その後減少に転じていることも分かる。これは人口減少社会に入ったことを反映しているのだろう。今後、エネルギーでの技術革新も加わり、電力消費は右肩下がりに下がって行くことが想像される。この点からも原発再稼働は不要であると言えるだろう。

時代の要請 

エネルギー・環境をめぐる三つの選択肢についての討論番組が、先日NHKで放映された。原発によるエネルギーを、0、15、20から25%にする考え方の「有識者」を二名ずつ招いて議論を展開していた。脱原発を目指さない「有識者」達は、要するに、経済を優先する人々であった。脱原発の立場に立つお二人、のうち一人は経済畑、もう一方は売れっ子の精神科医師であった。前者はまともなことを言っていたが、後者はミスキャストであった。

原発の問題は、経済活動を超えたところでの思考や生き方の枠組みを変えることを要求する問題だ。行ってみれば、人はパン「のみ」にて生きるに非ず、ということなのだ。いわば、経済は、「従」の意味しか持たない。大澤真幸著「夢よりも深い覚醒へー3・11後の哲学」に、その思考・生き方の根本的な枠組みが問われている消息が、様々な視点から書き起こされている。3・11を経て、我々は、悲劇が常態として我々とともにあり、それが我々の存在を脅かしている状況を生きることになったのだ。

先に挙げた討論番組の「有識者」達の議論は、従来の発想の枠組みに囚われれているものが多かった。曰く、原発による発電をなくすと、資源の乏しいわが国は立ち行かなくなる、原発推進の米国との関係が悪化する、再生可能エネルギーはまだ開発されておらず、経済的に立ち行かない等々。こうした「有識者」のキャスティングをするNHK、その背後にある政府行政の意向は、原発からの脱却を名目だけのものにして、現在の体制を続けることにあるのだろう。具体的には、原発依存度を15%という数字に落ち着かせることを目指しているのだろう。この議論の前提の原発稼働率80%は、到底実現不可能であるから、この依存度を守るためには、原発の更新はおろか、増設も考慮されることになるのだろう。要するに、原発利権は、これまでと変わらず存在し続けることになる。

「エネルギー・環境についての国民的な議論」は、資源エネルギー庁が企画し、広告会社の博報堂に7600万円で丸投げされたらしい。博報堂と電通は、原発業界から数十億円の単位で収入を得ているらしい。行政と業界が一丸となって、このキャンペーンに励んでいるようだ。

思考・生き方の枠組みを変えなければならないという、時代の要請から取り残されている。

「エネルギー・環境に関する選択肢」についてパブコメを送ろう 

原発事故の影響、原発稼働による社会的負担は、次の世代につけを回すことになる。「エネルギー・環境に関する選択肢」パブコメ作成の参考として、次の文章を、患児の親御さんに配布する積りだ。

原発の全面的な再稼働に向けて、こそこそとことを進めようとする行政・政府に対して、声を上げるべきは今しかない。締め切りは、7月31日だ。

次の世代を育てている皆さん、この問題は、子供たちに大きな負担を強い、さらには彼らの生存基盤を破壊しうるものだ。是非、パブコメを自分の言葉で記し、送ってもらいたいものだ。


以下、参考のために・・・

○放射性ヨードによる甲状腺癌が小児に多発することは、チェルノブイリ事故で明らかになっており、さらに慢性低線量被曝問題も発達途上にある小児に問題を起こす可能性がある。将来の世代に原発事故のつけを回してはならない。

○東電福島第一原発事故は、原発に重大事故が起きたら、対応できないことを端的に示した。現在、地震が増えているわが国で、50基の原発を保有することは、リスクが高すぎる。我が国の原発の多くが、稼働開始後30年以上を経ており、老朽化の問題を抱えている。万一、稼働中に中性子照射脆弱化等により、爆発が起きたら、取り返しのつかないカタストロフとなる。根本的に、原発による発電からの脱却を目指すべきだ。

○原発の発電コストが低いといわれていたが、それは電気事業連合会がモデル計算によって行ったものであり、現実を反映していない。現実のコスト、特に、電源三法に基づく地方交付金のような社会的政策的コスト、放射性廃棄物の処理に要するコストを考慮するだけでも、原発発電コストは、再生可能エネルギーのような他の発電方法のコストを超える。さらに、廃炉費用、東電福島第一原発事故のような重大事故の対応コストを考慮すると、天文学的な額の負担が、未来の世代に負わされることになる。「エネルギー・環境に関する選択肢」では、この点が考慮されていない。従って、これらの選択肢は、元来選択不能というべきである。

○再生可能エネルギーの可能性について、環境省「平成22年度再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査報告書」(平成21年3月)は、発電量として、5兆1800万KWhが、再生可能エネルギーとして得られることを示唆している。「エネルギー・環境に関する選択肢」では、再生可能エネルギーの可能性を低く見積もり過ぎている。再生可能エネルギーの技術革新、利用は、経済的にも大きな効果をもたらすはずであり、その可能性を最大限に引き出すことを考慮すべきである。

○「エネルギー・環境に関する選択肢」は、選択肢の設定自体が原発重視・再生可能エネルギー軽視の方に偏っており、選択しがたいが、強いて選択するとすれば、ゼロシナリオ(追加対策後)である。

「エネルギー・環境に関する国民的議論」パブコメ7月31日締め切り 

政府は、「エネルギー・環境に関する国民的議論」を経て、国のエネルギー政策の基本方針を策定する方針だと言う。

下記にその説明がある。

http://www.npu.go.jp/policy/policy09/pdf/20120705/20120705.pdf

ざっとみたところでは、2030年度時点の原子力エネルギー依存度を15%にする方針に誘導する意図を感じる。それが適切かどうか、良く考える必要がある。

展開されている議論について気の付いたところでは

○人口減少社会になっており、2006年を境に、実際の総発電量が減少に転じている。2030年までに節電によって、総発電量を10%減少させるとされているが、それ以上に必要電力を減らすことは可能なのではないか。

○環境省「平成22年度再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査報告書」2011年3月によると、再生可能エネルギーは、原子力エネルギー(平成2010年3月末時点で4885万KW)をはるかに超える224、049万KWの設備容量となっている(大島堅一著「原発のコスト」(岩波新書)より)。上記サイトの試算では、再生可能エネルギーの可能性を低く見積もりすぎている。

○発電コストの比較について、原子力発電の社会的なコストを加味しているのだろうか。廃炉時に莫大な費用が必要となり、さらに重大事故が起きた場合は、電力会社が経営的に存続しえないコストを背負い込むことになる。現在のシステムではそれらが、すべて将来の電力料金に加算されることになっているが、その加算が、この発電コスト比較には加味されていない。従って、原子力発電へ誘導しようと言う、行政・業界の意図が明らかである。

といった問題がある。

一番の問題は、国民的議論と言いつつ、7月31日までの極めて短期間のパブコメ募集になっていることだ。国民への周知も殆どなされず、行政の出した「選択肢」も不十分極まる。それでも、東電福島原発事故を経験した今、国民としてこのパブコメを出す必要があることを感じている。特に、これからお子さんを育ている世代の方々にとっては、お子さんの将来を左右する決定になる。是非ともパブコメを出して頂きたい。

ちなみに、ドイツは1922年までに原発を全廃することを、東電福島原発事故直後に決定している。