福島原発事故は今も続く 

今夜、NHKTVでスベトラーナ・アレクシエービッチ氏の福島訪問のドキュメンタリーを放映していた。

実に重い内容だった。福島原発事故から1か月が過ぎようというときになって初めて、飯舘村で避難勧告が出された。その次の日に、102歳になる老人が自殺をした。酪農を断念せざるを得なかった酪農家は、新しく建てた牛舎の壁に、「原発さえなければ・・・」と記して、自ら命を絶った。標準化死亡率で表した自殺率は、事故後4年経ってからむしろ上昇してきている、という。アレクシエービッチ氏は、国とその為政者は、結局何もしてくれない、日本には、チェルノブイリと同じく、抵抗の文化がない、と語っていた。

申し訳ないことに、福島で自殺率が高い状態が続いていることを知らなかった。あの災害、原発事故は、今も続いている、と考えなければならない。

以下、引用~~~

サンスポ2016.11.28 19:21
ノーベル文学賞作家、福島県訪問し「日本に抵抗の文化ないと目の当たりにした」

 ノーベル文学賞作家でジャーナリストのスベトラーナ・アレクシエービッチさん(68)が28日、東京都府中市の東京外国語大で講演した。東京電力福島第1原発の事故で甚大な被害を受けた福島県を訪問したことを踏まえ「日本社会に抵抗の文化がないことを目の当たりにした」と語った。

 アレクシエービッチさんは26、27日と福島県を視察し、事故の被害を受けた住民らの話を聞いた。講演では「何千人もが訴訟を起こせば国の態度も変わるだろうが、一部の例外を除いて、団結して国に対して自分たちの悲劇を重く受け止めるべきだと訴えるような抵抗がなかった」と指摘。「(旧ソ連時代から)全体主義の長い歴史を持つ私たちと同じ状況だ」と述べた。

 アレクシエービッチさんはチェルノブイリ原発事故を巡る記録文学「チェルノブイリの祈り」などで知られる。東京外大などの招きで23日に来日。28日には、東京外大から名誉博士号を授与された。

原発事故地域への住民の帰還の問題 

東電福島第一原発事故による避難の区域が、狭められつつある。2022年までに、帰還困難区域以外は、住民帰還を目指すとの方針のようだ。しかし、実際に、帰還が進められた地域では、田村市東部を除いてこの1,2年間の間に帰還した住民は1から2割しかいない。こちら。

住民帰還の進め方に問題がある。

一つは、避難指示解除準備区域の規定が、年間放射線量が20mSv以下となっていることだ。これは、2009年のICRPの勧告による長期被曝の許容線量1から20mSvの最大の値だ。確かに、疫学上は、100mSv以下では、発がんはノイズ以下の確率になるようだ。だが、実際の長期的な知見はまだ乏しい。さらに、放射線感受性の高い幼小児では、20mSvという放射線量が何らかの影響を及ぼす可能性は残る。避難指示が解除されても、当該地域では当面は極端な高齢化が進む。

二つ目、「除染」は居住地域に限定して行われ、またそれによって劇的に放射線量が減るわけではない。山野、畑の放射能汚染はそのままだ。生態系に放射性物質が取り込まれ、蓄積・高濃度化する可能性もある。メルトダウンした原発燃料の局在を知り、取り出す方法はまだ全く見出されていない。今のところ、内部被ばくにそれほど問題はないとされているが、今後、綿密に環境汚染・内部被ばくをフォローする必要がある。

ネットを巡回していると、こうした福島の放射能汚染問題を取り上げることが、福島の人々への偏見・風評被害を助長するという議論もあるようだ。その意見の趣旨は分からぬでもないが、問題が残っていることは指摘し続けなければならない。東電、政府当局は、住民を早期に帰還させ、それで原発事故の責任から逃れようとしているように思えてならないからだ。今のところ、重大な健康被害は生じておらず、内部被ばくも問題になることはない。だが、それだからといって、今後とも問題はないと言い切ることはできない。住民を早期に帰還させることは、慎重に行うべきだ。そのフォローを客観的に第三者が行うべきなのではないだろうか。

福島県沖地震 福島第一原発三か所に破損事故 

22日に起きた福島県沖地震で、福島第二原発の使用済み核燃料冷却装置が、一時ダウンしたことはマスコミに結構大きく報じられたが、こちら第一の三か所の事故は、あまり報道されなかったようだ。

いずれも、深刻な事態にはならなかったが、今後も同じように済むとは限らない。

東日本大震災の余震として、福島県沖でこのような地震がまだ起きる可能性がある。同海域に面して、女川、福島第一、第二と三か所の原発があるが、特に5年前の事故で復旧の見通しが全く立っていない第一では、深刻な問題が起きる可能性がある。

この地震を受けて、菅官房長官が述べた言葉には呆れる。日本の原発は、世界で一番安全だ・・・と言ったらしい。現政権の中枢にいる方々は、2011の事故に懲りていないばかりか、甘く見過ぎている。

以下、引用~~~

福島第一原発 3か所で不具合、“水中カーテン損傷”など

2016年11月22日 21時00分 TBS

 福島県などで最大震度5弱の揺れが観測された22日朝の地震で、東京電力・福島第一原発では3か所で不具合が発生していたことがわかりました。
 午前5時59分ごろに発生した地震で、福島第一原発が立地する双葉町では震度5弱が観測され、およそ1メートルの津波も観測されました。

 東京電力が夕方までに設備のパトロールを行った結果、3か所で不具合が見つかりました。海への放射性物質のひろがりを防ぐ水中カーテンが損傷したほか、防波堤の先端に設置している海水中の放射線量を測定する装置が停止したということです。また、核燃料が保管されている共用プール建屋で、地震の揺れの影響とみられる水たまりが見つかりました。

 東京電力は今後、復旧作業を行うとしています。(22日20:28)

東電福島第一原発の廃炉・復旧コスト 

先月4日の毎日新聞の記事によると、電気事業連合会は、東電福島第一原発事故の賠償に8兆円、除染作業に7兆円かかるとし、国に計8.1兆円の負担を要請した。2013年、国が示した各々のコスト5.4兆円、2.5兆円から、ほぼ倍増である。昨日のラジオで耳にしたニュースでは、中間貯蔵施設建設に1.1兆円かかるらしい。汚染水対策のコストも、これに加わる。最終処分場の目途も立っておらず、もし最終処分場ができたとしても、それに大きな維持費がかかることになる。

原発廃炉にかかるコストは予測できない・・・天井知らずになる可能性が高い

除染費用は、東電の持つ自社株を売って資金を準備するとされていたが、そのためには同社の株価は3倍にならなければならない・・・実現不可能だ。

結局、これらのコストは、国民の支払う税金か、電気料金で賄われる。上記の通り、賠償・除染・中間貯蔵施設建設の予測コストだけで、現在16.1兆円に達している。廃炉コストの規模は、まだ予測すら正確にできない。メルトダウンを起こした原発の廃炉は、20、30年の期間では終わらないことが、外国の「正常」原発の廃炉過程を参考にすると予測される。その費用は、想像を絶する額になるだろう。

原発に関わる政官業は、原発事業を電力会社本体から切り離して、原発の再稼働をしやすくするスキームを考えている。財政面だけでも、原発にこれほどのリスクがあることは十分わかっているはずなのだが、目先の原発再稼働による利益確保に目がくらんでいる。電力会社は、原発を再稼働させないと、電気料金を値上げしなければならなくなる、と国民を恫喝している。


337平方kmの国土を喪失させ、24818名の国民から故郷を奪った 

福島第一原発事故により、帰還困難地域が生じた。7市町村にまたがり、総面積337平方kmに及ぶ。人口24818名が避難を強いられている。二つの町は、ほぼ全域が帰還困難地域になっており、ほぼ全員の住民が避難を余儀なくされている。少なくとも二つの町が、すっぽり地上から姿を消した。

失われた国土というと、あたかも自然災害で住めなくなった土地というように響くが、実質は人災である。あの大震災前に国会で福島第一原発の脆弱性を指摘されていたのにかかわらず、当時の安倍首相は、それを認めず、何ら対策をとらなかった。こちら。

主に福島第一原発事故に起因する避難生活によって、亡くなられた方が2000名を超すことが、報道されている(下記ニュース)。大震災で避難を余儀なくされている方々の多さとともに、こうした震災関連死の方々を忘れてはならない。

同じ安倍首相が、責任を取ることなく、さらにほかの原発の再稼働を進めている。これが、わが国の「防衛」を声高に主張する政治家の行うべきことだろうか。彼は、337平方kmの国土を失わせ、24818名の方から故郷を奪った。

以下、引用~~~

東日本大震災5年半:14万人、避難続く

2016年09月10日 20時57分 毎日新聞
 東日本大震災の死者数は9日現在の警察庁のまとめで、1万5894人にのぼっている。さらに2557人が震災から5年半がたっても行方不明のままだ。

 また、避難生活で体調を崩して死亡したり自殺に追い込まれたりした震災関連死は、復興庁の集計(3月末現在)で3472人に上る。このうち、東京電力福島第1原発事故があった福島県が2038人と、59%を占めている。

 復興庁によると、震災1年後、全国に約34万人が避難していた。現在も14万4370人が避難生活を続けている。原発事故による避難指示が続く福島県では、8万8010人(県まとめ)がふるさとへ戻れないままだ。

 仮設住宅は、プレハブ型やアパートなどのみなし仮設を含め、全国に5万1257戸があり、11万2074人が暮らしている。一方、7月末までに完成した災害公営住宅は、計画の2万9999戸に対し、6割強の1万9278戸にとどまっている。【関谷俊介】

東電を潰すべきだ 

以前にも記したが、東電は、やはり潰す必要がある。既に経営破たんしているのだが、多額の税金によって延命させられいるに過ぎないからだ。これでは、電力会社の原子力発電に対するモラルハザードが起きる。原発で事故が起きても、国が損失をカバーしてくれて生き残れる、だったらリスクに目をつぶって原発をできるだけ長期間稼働しようという経営方針への動機付けになる。

11月25日付けで、東電は、原子力損害賠償・廃炉等支援機構から738億円の支援を受け、これまでの支援総額が、4兆3844億円に達したことを公表した。一方、深刻原発事故への保険である給付は、1200億円のみ、だ。深刻原発事故は起きないという前提で、これほど少額の保険にしか入っていなかった。こちら。

東電福島第一原発事故は、まだ収束の見通しが立たないばかりか、環境汚染を引き続き起こしている。事故収束へのコスト、さらに廃炉のコストが、どれだけになるか予測がつかない。金の問題だけではない。周辺の住民の方々のかなりが、故郷への帰還を諦めたと報じられている。彼らは、いわば社会的に一度殺されたに等しい状況にある。彼らの負わされた重荷は、お金で解決できるものではない。同じ事故を繰り返してはならない。それをスローガンだけに終わらせないために、東電は、電力会社としては、社会から退場してもらうべきなのだ。

実を言うと、私は、リタイアを見越して、かなり安定した配当金のみこめる東電の株を、あの事故直前に購入していた。その株価ももう数分の一だ。配当なぞこれから先まず見込めないだろう。この株が紙切れになっても仕方ないと、今では思っている。これ以上、同じような原発事故を繰り返さぬために、東電は潰す必要がある。

原発の国有化問題、電力業界の責任の問題 

昨日のポストに対するmasaさんのコメントへの返答を以下に掲げる;

まず、東電の賠償の問題です。国有化すると、賠償等は全部税金になるではないか、というご意見ですが、では国有化しないままではどうなるでしょうか。原発事故損害賠償機構からの資金で今は賠償しているわけですが、それは各電力会社の電気料金に上乗せされています。当初5兆円までと言われた賠償金額も、東電は、10兆円に達すると示唆しており、同機構への電力会社からの負担金拠出も怪しくなってきています。結局、電気料金への上乗せと、税金の投入になることでしょう。ですから、国有化するかしないかは関係ありません。岩波新書「電気料金はなぜ上がるのか」朝日新聞社経済部をご覧になってください。

>もっとも原発法作った当時、リスクがある原発参入を嫌がる電力業界を天災等による免責条項を入れてねじ伏せ、国主導でこれまで進めてきた原子力政策、

というのはあまりに簡略化し、かつ事実認定の誤りがあるように思えます。1955年の原子力三法を受けて、1957年日本原電が成立し、英国からの原発導入の受け入れ主体となります。その出資比率が、政府20%、民間80%でした。通産省・電力業界が、商用原子炉の利権を握ったのです。吉岡斉著「新盤 原子力の社会史」にその当時の状況、その後、科学技術庁グループと、上記の二者のグループとが車の両輪のようになって、原子力行政・実務を進めたことが記されています。

原発事故の被害の予測は、1960年科学技術庁の委託を受けて、日本原子力産業会議が報告書を提出しています。もっとも大きな被害額の想定は、3兆4300億円、当時の国家予算が、1兆7000億円でした。このように国家が破たんするほど甚大な被害が予測されたのに、電力業界が入っていた事故への保険は1200億円。電力業界は、いやいやながら原発に加担させられたのではなく、自らそこに身を投じ、そこで多大な利益を上げてきたわけです。そして、深刻事故への対処は真剣に取り組んでいなかった、ということです。、無責任極まります。

>原発による利益や地域振興を甘受してきた国民にも責任がある

これは具体的に何を言っておられるのでしょうか。原発のせいで、電気料金がとびきり低廉だったと仰りたいのですか。国民は原発の安全神話を信じ込まされ、さらに深刻事故の際に、どれほどの問題が起きるかを知らされておりませんでした。それにもかかわらず、国民に責任があるというのは、言いがかりというべきでしょう。国民に何らかの責任があるとすれば、原発の危険性について知る努力をしなかったことがありますが、それとて、産官学の強力な安全神話で芽を摘まれていたというのが実態ではないでしょうか。

また、福島の人々は、原発関連交付金を得ていたのだから、自業自得だという議論も良く耳にしますが、原発交付金がどの自治体にどれだけ交付され、それがどのように用いられてきたかということを調べた上で、仰っているのでしょうか。原発交付金の大部分は、原発立地自治体に交付され、その用途は箱もの、それもひも付きの箱もの建設でした。周辺自治体にはほとんど交付されていません。住む場所と、仕事と、さらにコミュニティを奪われた方々が、この交付金で甘い汁を吸った云々の言説を目にした時に、どのように感じられることでしょうか。この問題については、岩波新書「原発を終わらせる」石橋克彦編をご参照ください。

相馬野馬追に寄せて  

原発事故は、医療現場を過酷な状況に追いやりつつある。原発事故自体がコントロールされているとはとても言えないのは勿論のこと、住民、コミュニティに与えた負の影響は今も続いている。

医療現場の過重労働を多少なりとも想像することができる私としては、こうして歯を食いしばって仕事を続けておられる医療スタッフには何とも語りかける言葉がない。

原発事故の補償に際しては、この記事に語られるような現場を引き裂く施策はなしにしてもらいたい。地道に医療活動を続けている、医療施設、スタッフが報われるシステムを作り上げないといけない。

原発再稼働に向けての動きが盛んだ。当初は、原発を稼働させなければ、電力需要を満たせないという論理、今は、原発を再稼働させなければ、電気料金が際限なく上がり続けるという論理。最初の論理は、現実によって、否定された。後者は、今盛んに原発推進の政官業から喧伝されている。原発事故が起きた際のすべてのコストを考えたらどうなるのか。放射性廃棄物の管理コストはどうなのか。東電福島第一原発事故は、収束したとはとても言えない。佐藤医師の病院での有形無形のコストは一体どのように評価されるのだろうか。未だ故郷に戻れぬ10数万人の方々の費やす負担はどう評価されるのか。原発は、あらゆる意味でハイコストだ。


以下、MRICより引用~~~

相馬野馬追に寄せて

青空会大町病院麻酔救急科
佐藤 敏光


2014年8月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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南相馬市大町病院の佐藤です。昨年9月22日以来の投稿となります。

東日本大震災から3年5ヶ月、秘密保護法成立、集団的自衛権をめぐる憲法改正の問題など国民全体に関係する話題で、福島原発関係の報道は全国版ニュースから影を潜めてしまいました。7月27日開かれた相馬野馬追祭の様子は全国版でも紹介されていましたが、子供がほとんどいない観客席の様子まで報道した放送局はありませんでした。

南相馬市の人口は今年6月30日現在で64,731人と震災前の71,561人の90%まで回復してきています。しかし年齢別の構成でみると0から19歳が10,426人(震災前は13,196人)、20から39歳が12,311人(震災前は15343人)と約75%までしか回復していないのに対し、60から79歳は18,825人(震災前は18,667人)、80歳以上は6,620人(震災前は6,246人)と震災前よりも増えていて、超高齢化社会になってきていることが懸念されます。

子供や生産年齢の人口が増えないのは、子供への放射線影響を心配する親御さんの気持ち、医療、交通、商業などのインフラが十分に回復していないことが挙げられます。沿岸部の空間線量は下がったとは言え、原発現場でがれきを片付けただけで増える落下放射線や、今なお除染することができない山間部を通過しなければいけないなど、小さい子供さんを持つ親御さんを安心させる説明は今でもできません。市内にあった小児科2軒は閉院したまま、1軒あったマクドナルドの店も閉店したままとなると、野馬追なんか面白くない、早く帰ろうという子供の気持ちも分かるような気がします。

高齢者が増えている原因としては、元々居た年齢層の高齢化もあるでしょうが、帰宅困難区域、住居制限区域からの高齢者の移住する方が増えてきているためもあるのではないかと思われます。今まで(医療機関の窓口負担金免除などの恩恵を受けるため)住民票を変えずに仮設住宅に住んでいた人たちが(同じく免除を受けられる)原町区に新たに家を建てたり復興住宅に入居してきています。

大町病院もそんな人口構成の影響を如実に受け始めました。看護師などの医療スタッフは増えることは無く、入院患者は高齢者が大部分を占め、1回入院すると足腰が弱くなり、自宅に戻れなくなったり、退院させても再度入院してくる患者が増えてきています。当然のごとく、急性期慢性期に関わらず、食事の介助、おむつの取り替え、体位交換などの肉体労働や、エンドレスに続くリハビリテーションなど、スタッフの負担は増えざるを得ません。

外来患者数も増えてきました。先の東北救急医学会でも発表がありましたが、復興・除染作業員の受診が増えてきています。それも、風邪を引いたからと言って受付時間ぎりぎりで受診したり、アルコールを飲み過ぎて怪我をして救急車で運ばれたりする患者が多いのです。軽症ならまだしも、解離性大動脈瘤を抱えて腹痛を訴えて受診したり、出血性胃潰瘍で貧血を起こしふらふらになって受診するなど、なぜ南相馬に来たのかと怒りたくなることもざらになってきました。

5月に大阪から来ていた作業員が肝硬変で亡くなりました。予め親族への連絡は取れていたのですが、亡くなっても遺体を引き取りに来ませんでした。霊安室の無い本院ではこのようなご遺体も病室に安置し、2日後に市の職員が引き取りに来られるまで遺体保存にも神経を使わなければならざるを得なく、こんなことはもういやと思った職員は少なからずいたと思います。

本来、復興除染作業員の健康管理は(原発作業員と同じように)国の負担で行うべきと考えます。事業者任せだと健康管理は甘くなり、労災なのか元々あった疾病のためなのかの判断も難しくなります。また、一時的に増える作業員のために職員を増やしたり、ベッド数を増やしたりする余裕は本院にはありません。

19歳の意識のおかしい作業員が運ばれて来ました。CTを撮りましたが全く異常がなく、電話で気仙沼の親にてんかんの既往等尋ねたのですが、そのようなことは無かったと。翌日に撮ったMRIで立派な脳梗塞ができあがっていました。すぐ脳外科・神経内科のある南相馬市立病院に転院しましたが、間もなく気仙沼市立病院に再転院となったようです。後からきた労災証明書には、病名は脳梗塞、その原因は、過重労働による脱水、ストレスとしか書けませんでした。

病院スタッフの疲労・ストレスは溜まる一方です。震災直後は南相馬に残った人たちのためにと、県から制限された入院ベッド数を超えてでも入院を受け入れ、時間外となっても文句も言わずに働いて来てくれた職員も、いつまで続くか分からないジャブのような受診や入院患者からの訴えの攻勢に、今にも倒れかねない状況になってきているのです。

小宮山厚生労働大臣が南相馬に一人派遣したと自慢?した国立病院からの看護師さんの応援(当初半年の予定でしたが、所沢リハビリテーション病院の計らいで1年間続きました)は今は無く、給料の良い前の職場を辞めてでも全国から集まってくれた看護師さん達も、徐々に本院を去って行っています。去っていかれることが残された看護師さんにとってどんなにつらいことか分かっていても、誰も引き止めることはできません。

3月に二人の臨床検査技師が辞めていきました。それぞれ家庭の事情や通勤できなくなったためと聞いていましたが、最近になって、二人が新地に新たに開院した病院(以前は南相馬市にあった病院)に勤めていることが分かりました。辞めた人を雇うのは勝手と言われればそれまでですが、辞められた病院にとっては、引き抜かれたと感ぜざるを得ません。その病院は、震災後約2年間、看護師が確保できていたのにもかかわらず入院患者を受け入れませんでした。東電の賠償金(震災前と震災後の純利益{=収入から人件費などの費用を引いた額}の差)を増やすため?入院を受け入れず、かかりつけ患者の入院を他院に押し付けておいて、新しい建物と高い給料を見せつけて、他の病院の職員まで引き抜こう?とするやり方は許せません。

以前に『隣の芝生』でも紹介しましたように、看護師さんたちは、給料が良ければ、義理とか他の人への迷惑には目をつぶり、新しい職場に移ってしまいます。如何に魅力ある職場としていくかが上に立つものの役割だと考えてきたのですが、そんな自分も愚痴しか出なくなってきました。

避難した人(病院)、避難しなかった人(病院)、働く人(病院)、働かない人(病院)、原発事故は二つの集団を作り上げ、お互いを誹りあう社会を作ってしまったと言っても過言ではありません。