「米の核新戦略を歓迎」する愚かさ 

米国の新核戦略は、通常兵器による攻撃に対して核兵器により反撃する、核兵器による先制攻撃を可能とする、現実の使用を考慮した小型核兵器を開発する、という内容だ。核兵器による戦争を現実のものとする戦略である。

核の恐怖の均衡は、核兵器が用いられないことを暗黙の前提として成立する。だが、それを実際に用いるとなると、核抑止力は成立しなくなる。さらに、一旦核戦争が始まったら、それは規模を拡大し、人間文明の終焉をもたらす可能性がある。核兵器により攻撃をされれば、それを上回る核攻撃をしかける。そうしないと、核兵器により自らが抹殺されるからだ。

安倍政権、河野外務大臣は、この米国の決定を歓迎した。核兵器禁止条約に反対した論理の延長でもある。これほど世界を危険に陥れる、米国の新核戦略を歓迎し、支持するのは、なぜなのだろうか。政官業の一部が、軍拡により甘い汁を吸うことができるのだろう。また、国際的な緊張を高めることで、現政権が、自らの政権基盤を強化し、国民を非民主的な政治体制へ統合させやすくなるためなのではないだろうか。

こうした動きは、次の世代のために絶対許すべきでない。

以下、引用~~~

日本、米の核新戦略を歓迎 「抑止力確保が明確」と評価
2018年2月3日15時55分

 政府は3日、トランプ米政権が「核なき世界」を掲げたオバマ前政権の方針を転換する「核戦略見直し」(NPR)を公表したことを「高く評価する」と歓迎する河野太郎外相談話を発表した。日本が唯一の被爆国として核廃絶を唱える一方で、米国の「核の傘」に依存している実態を浮き彫りにした格好だ。

米、小型核開発を表明 使用制限も緩和 8年ぶり新戦略
 政府は談話のなかで、北朝鮮による核ミサイル開発に触れ、「安全保障環境が急速に悪化している」と指摘。新戦略について「米国による抑止力の実効性の確保と我が国を含む同盟国に対する拡大抑止へのコミットメントを明確にしている」と評価した。

 さらに米国が新戦略で「核・生物・化学兵器の究極的廃絶に向けた自らの取り組みに継続的にコミットする」と言及したことと「核兵器不拡散条約(NPT)体制の強化と核兵器の更なる削減を可能とする安全保障環境を追求する」と表明した点に注目。日本政府として、「現実的かつ具体的な核軍縮の推進に向け、米国と緊密に協力していく」との考えを改めて示した。

米国、小型核兵器開発、実戦での使用を計画 

トランプ政権は、核兵器の小型化、その使用を進めることを決めた。核兵器が現実に戦闘に用いられることに、身の毛がよだつ思いがする。小型核兵器を戦術兵器として現に用いることによって、何が起きるか。

一つは、中東、東アジア等の紛争・紛争の恐れのある地域に米軍が用いる可能性がある。一般市民の巻き添え、地域の汚染が起きる。それに対して、敵対する側も核兵器開発・入手を進め、核兵器使用がエスカレートする。そのエスカレーションを留める方法はない。

もう一点、西側の兵器が、テロリストの手に渡る。これはISIS等で実際に起きたことであり、小型核兵器がテロリストの兵器となる。テロリストは、武力行使を民間人に対して行うことを躊躇しない。また、戦争法規の順守ももちろん行わない。彼らが小型核兵器を手に入れることは、悪夢である。

日本を含む関係国への配備も考える、とある。わが国が核武装国家になる可能性も大きくなる。恐怖の均衡等がないところで、核武装を行えば、核攻撃を受ける可能性はそれだけ高まる。

トランプ政権は、軍事企業への利益誘導、覇権の維持のために、なりふり構わない行動を取り始めた。安倍政権は、そのトランプに這いつくばるようにして隷従を続けるのか。

以下、引用~~~

米、小型核開発を検討 新指 針核兵器の役割拡大へ

2018年1月8日東京新聞

 【ワシントン=共同】トランプ米政権が二月にも発表する核戦略の中期指針「核体制の見直し」(NPR)の概要が七日判明した。中国やロシア、北朝鮮に対する圧倒的な優位性を確保するため、局地攻撃を想定した低爆発力の小型核の開発を検討、核兵器の役割を拡大し、核攻撃の抑止・反撃に限定しない方針を盛り込む。柔軟な核運用を前面に出す内容で「核なき世界」を掲げたオバマ前政権からの戦略転換となりそうだ。 

 米政府の説明を受けた複数の議会関係者や外交筋が明らかにした。

 新指針は大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、戦略爆撃機の「核の三本柱」を堅持。一方で北朝鮮の核・ミサイル施設への攻撃などを想定し、弾道ミサイルに搭載する低爆発力の核兵器の開発・配備を検討する。爆発威力を抑えた小型核は、非戦闘員の巻き添えを極力防ぐ狙いがある。

 核弾頭と通常弾頭の双方を搭載できるため核攻撃と誤認されるリスクがあるとして、反対論が根強い核巡航ミサイルの新規開発も推進する。現行計画の空中発射型に加え、海洋発射型の開発方針が盛り込まれる見込み。将来の配備を巡り、日本を含む関係国との協議も始めたもようだ。

 核兵器の役割低減を目指したオバマ政権は二〇一〇年発表の前回NPRで、核使用を米国と同盟国の「死活的な利益を守るための極限の状況」に限定した。しかしトランプ政権は核攻撃の抑止や反撃だけでなく、基幹インフラへのサイバー攻撃などに対しても核使用を排除しない方向で、核使用のハードルが下がる恐れがある。米シンクタンク、軍備管理協会のキングストン・リーフ氏は「米国が核使用のシナリオを拡大すれば、世界情勢の不安定化を招く」と懸念を示している。


ICAN サーロー節子氏 ノーベル平和賞受賞講演 全文 

被爆者であり、ICANの運動に携わってきたサーロー節子さんの、ノーベル賞受賞講演全文をアップする。

引用~~~

広島で被爆したサーロー節子さんの講演(全文)

「私たちは死よりも生を選ぶ代表者」 ICAN受賞講演

 皆さま、この賞をベアトリスとともに、ICAN運動にかかわる類いまれなる全ての人たちを代表して受け取ることは、大変な光栄です。皆さん一人一人が、核兵器の時代を終わらせることは可能であるし、私たちはそれを成し遂げるのだという大いなる希望を与えてくれます。

 私は、広島と長崎の原爆投下から生き延びた被爆者の一人としてお話をします。私たち被爆者は、70年以上にわたり、核兵器の完全廃絶のために努力をしてきました。

 私たちは、世界中でこの恐ろしい兵器の生産と実験のために被害を受けてきた人々と連帯しています。長く忘れられてきた、ムルロア、インエケル、セミパラチンスク、マラリンガ、ビキニなどの人々と。その土地と海を放射線により汚染され、その体を実験に供され、その文化を永遠に混乱させられた人々と。

 私たちは、被害者であることに甘んじていられません。私たちは、世界が大爆発して終わることも、緩慢に毒に侵されていくことも受け入れません。私たちは、大国と呼ばれる国々が私たちを核の夕暮れからさらに核の深夜へと無謀にも導いていこうとする中で、恐れの中でただ無為に座していることを拒みます。私たちは立ち上がったのです。私たちは、私たちが生きる物語を語り始めました。核兵器と人類は共存できない、と。

 今日、私は皆さんに、この会場において、広島と長崎で非業の死を遂げた全ての人々の存在を感じていただきたいと思います。皆さんに、私たちの上に、そして私たちのまわりに、25万人の魂の大きな固まりを感じ取っていただきたいと思います。その一人ひとりには名前がありました。一人ひとりが、誰かに愛されていました。彼らの死を無駄にしてはなりません。

 米国が最初の核兵器を私の暮らす広島の街に落としたとき、私は13歳でした。私はその朝のことを覚えています。8時15分、私は目をくらます青白い閃光(せんこう)を見ました。私は、宙に浮く感じがしたのを覚えています。

 静寂と暗闇の中で意識が戻ったとき、私は、自分が壊れた建物の下で身動きがとれなくなっていることに気がつきました。私は死に直面していることがわかりました。私の同級生たちが「お母さん、助けて。神様、助けてください」と、かすれる声で叫んでいるのが聞こえ始めました。

 そのとき突然、私の左肩を触る手があることに気がつきました。その人は「あきらめるな! (がれきを)押し続けろ! 蹴り続けろ! あなたを助けてあげるから。あの隙間から光が入ってくるのが見えるだろう? そこに向かって、なるべく早く、はって行きなさい」と言うのです。私がそこからはい出てみると、崩壊した建物は燃えていました。その建物の中にいた私の同級生のほとんどは、生きたまま焼き殺されていきました。私の周囲全体にはひどい、想像を超えた廃虚がありました。

 幽霊のような姿の人たちが、足を引きずりながら行列をなして歩いていきました。恐ろしいまでに傷ついた人々は、血を流し、やけどを負い、黒こげになり、膨れあがっていました。体の一部を失った人たち。肉や皮が体から垂れ下がっている人たち。飛び出た眼球を手に持っている人たち。おなかが裂けて開き、腸が飛び出て垂れ下がっている人たち。人体の焼ける悪臭が、そこら中に蔓延(まんえん)していました。

 このように、一発の爆弾で私が愛した街は完全に破壊されました。住民のほとんどは一般市民でしたが、彼らは燃えて灰と化し、蒸発し、黒こげの炭となりました。その中には、私の家族や、351人の同級生もいました。

 その後、数週間、数カ月、数年にわたり、何千人もの人たちが、放射線の遅発的な影響によって、次々と不可解な形で亡くなっていきました。今日なお、放射線は被爆者たちの命を奪っています。

 広島について思い出すとき、私の頭に最初に浮かぶのは4歳のおい、英治です。彼の小さな体は、何者か判別もできない溶けた肉の塊に変わってしまいました。彼はかすれた声で水を求め続けていましたが、息を引き取り、苦しみから解放されました。

 私にとって彼は、世界で今まさに核兵器によって脅されているすべての罪のない子どもたちを代表しています。毎日、毎秒、核兵器は、私たちの愛するすべての人を、私たちの親しむすべての物を、危機にさらしています。私たちは、この異常さをこれ以上、許していてはなりません。

 私たち被爆者は、苦しみと、生き残るための、そして灰の中から生き返るための真の闘いを通じて、この世に終わりをもたらす核兵器について世界に警告しなければならないと確信しました。くり返し、私たちは証言をしてきました。

 それにもかかわらず、広島と長崎の残虐行為を戦争犯罪と認めない人たちがいます。彼らは、これは「正義の戦争」を終わらせた「よい爆弾」だったというプロパガンダを受け入れています。この神話こそが、今日まで続く悲惨な核軍備競争を導いているのです。

 9カ国は、都市全体を燃やし尽くし、地球上の生命を破壊し、この美しい世界を将来世代が暮らしていけないものにすると脅し続けています。核兵器の開発は、国家の偉大さが高まることを表すものではなく、国家が暗黒のふちへと堕落することを表しています。核兵器は必要悪ではなく、絶対悪です。

 今年7月7日、世界の圧倒的多数の国々が核兵器禁止条約を投票により採択したとき、私は喜びで感極まりました。かつて人類の最悪のときを目の当たりにした私は、この日、人類の最良のときを目の当たりにしました。私たち被爆者は、72年にわたり、核兵器の禁止を待ち望んできました。これを、核兵器の終わりの始まりにしようではありませんか。

 責任ある指導者であるなら、必ずや、この条約に署名するでしょう。そして歴史は、これを拒む者たちを厳しく裁くでしょう。彼らの抽象的な理論は、それが実は大量虐殺に他ならないという現実をもはや隠し通すことができません。「核抑止」なるものは、軍縮を抑止するものでしかないことはもはや明らかです。私たちはもはや、恐怖のキノコ雲の下で生きることはしないのです。

 核武装国の政府の皆さんに、そして、「核の傘」なるものの下で共犯者となっている国々の政府の皆さんに申し上げたい。私たちの証言を聞き、私たちの警告を心に留めなさい。そして、あなたたちの行動こそ重要であることを知りなさい。あなたたちは皆、人類を危機にさらしている暴力システムに欠かせない一部分なのです。私たちは皆、悪の凡庸さに気づかなければなりません。

 世界のすべての国の大統領や首相たちに懇願します。核兵器禁止条約に参加し、核による絶滅の脅威を永遠に除去してください。

 私は13歳の少女だったときに、くすぶるがれきの中に捕らえられながら、前に進み続け、光に向かって動き続けました。そして生き残りました。今、私たちの光は核兵器禁止条約です。この会場にいるすべての皆さんと、これを聞いている世界中のすべての皆さんに対して、広島の廃虚の中で私が聞いた言葉をくり返したいと思います。「あきらめるな! (がれきを)押し続けろ! 動き続けろ! 光が見えるだろう? そこに向かってはって行け」

 今夜、私たちがオスロの街をたいまつをともして行進するにあたり、核の恐怖の闇夜からお互いを救い出しましょう。どのような障害に直面しようとも、私たちは動き続け、前に進み続け、この光を分かち合い続けます。この光は、この一つの尊い世界が生き続けるための私たちの情熱であり、誓いなのです。

核兵器廃絶・人類の未来の破壊、いずれを選択するのか? 

核兵器による恐怖の均衡が、冷戦時代には存在した。それ自体、脆い均衡だったが、人類にとって幸運なことにそれが破たんせずに、冷戦の終結を迎えた。

現在、核兵器の恐怖は、各地域のテロリズムの拡大に伴い、さらに大きくなっている。核の傘による安定は、存在しえない。一つには、敵対する双方が核兵器の均衡を認め合うことはなく、疑念は更なる軍拡に向かうからだ。現在は、宇宙空間の軍拡にまで向かっている。また、精神的に不安定な指導者、狂信的なテロリストの誤った判断、さらに偶発的な事故により核戦争が起きる可能性もある。

我々は、黙示録的世界の入口で生きていることを自覚すべきだ。下記のICAN事務局長のノーベル平和賞受賞記念講演は、サーロー節子さんの講演と合わせて、人類の未来の終焉を選択するのか、それとも核兵器廃絶を選択するのか、を我々に問いかけている。

日本政府は、このICANのノーベル平和賞受賞について何もコメントしない。核兵器禁止法には反対票を投じた。

それでいて、北朝鮮に核兵器開発を止めるように主張できるのだろうか。

以下、引用~~~

 12月11日付huffingtonpost 
「核兵器の物語には、終わりがあります。核兵器の終わりか、それとも、私たちの終わりか」ICANが受賞講演【ノーベル平和賞】

「私たちは死よりも生を選ぶ代表者」 ICAN受賞講演

■核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のベアトリス・フィン事務局長の受賞講演

 本日、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)を構成する何千人もの人々を代表して、2017年のノーベル平和賞を受け取ることは大変な光栄です。私たちはともに、軍縮に民主主義をもたらし、国際法の新たな形を作り出してきました。
 私たちは、ノルウェー・ノーベル委員会が私たちの活動を認め、この重要な運動に機運を与えてくださったことに、感謝を申し上げます。この運動に惜しみなく時間とエネルギーを費やしてきてくださった人々をたたえます。共通の目標に向かって前に進むため、私たちと連携して取り組んでこられた勇気ある外務大臣、外交官、赤十字・赤新月のスタッフ、国連職員、学者・専門家の皆さまに感謝します。そして、この恐ろしい脅威を世界から取り除くことを誓っているすべての人々に感謝します。
 大地に埋設されたミサイル発射台や海の中を潜航する潜水艦、空を高く飛ぶ航空機など、世界中の数十カ所に、人類を破壊する1万5千個もの物体が置かれています。おそらく、この事実があまりに非道で、それがもたらす結末が想像を超えるほどの規模であるがゆえに、多くの人々は残酷な現実をただ受け入れてしまっているようです。私たち全員を取り巻くこの異常な道具について考えることなく、暮らすためにです。
 このような兵器に私たちが支配されることを許していることこそ、異常です。私たちの運動を批判する人たちは、私たちを非理性的で、現実に基づかない理想主義者であると言います。核武装国は決して兵器を手放さないのだと。
 しかし、私たちは、唯一の理性的な選択を示しています。核兵器をこの世界に定着した物として受け入れることを拒否し、自分たちの運命が数行の発射コードによって束縛されていることを拒否する人々を私たちは代表しています。
 私たちの選択こそが、唯一、可能な現実なのです。他の選択は、考慮に値するものではありません。
 核兵器の物語には、終わりがあります。どのような終わりを迎えるかは、私たち次第です。
 核兵器の終わりか、それとも、私たちの終わりか。
 そのどちらかが起こります。
 唯一の理性的な行動は、突発的なかんしゃくによって、私たちが互いに破壊されてしまうような状況で生きることをやめることです。
 今日私は、三つのことについてお話ししたいと思います。恐怖(fear)、自由(freedom)、未来(future)についてです。
 核兵器を保有する者たち自身が認めているように、核兵器の真の効用とは恐怖を引き起こす力を持つことです。核兵器を支持する者たちが「抑止」効果について語るとき、彼らは恐怖を戦争の兵器としてたたえています。彼らは、無数の人間を一瞬で皆殺しにすることの準備ができていると宣言し、胸を張っています。
 ノーベル文学賞受賞者のウィリアム・フォークナーは1950年の受賞にあたり「唯一ある問いは『いつ自分は吹き飛んでしまうだろうか』だ」と述べました。しかしそれ以来、この普遍的な恐怖は、さらに危険なものに取って代わられました。それは、否認です。
 瞬時に世界が終末を迎えるハルマゲドンの恐怖は去り、核抑止の正当化に使われた世界両ブロックの均衡は終わり、核シェルターはなくなりました。
 それでも一つ残ったものがあります。私たちにその恐怖を与えてきた何千、何万という核兵器そのものです。
 核兵器が使われるリスクは、今日、冷戦が終わったときよりも大きくなっています。しかし冷戦時とは違って、今日、世界にはより多くの核武装国があり、テロリストもいれば、サイバー戦争もあります。これらすべてが、私たちの安全を脅かしています。
 目をつぶってこのような兵器との共存を受け入れることは、私たちの次なる大きな過ちとなります。
 恐怖は、理性的なものです。この脅威は、現実のものです。私たちが核戦争を回避してこられたのは、分別ある指導力に導かれたからではなく、これまで運がよかったからです。私たちが行動しなければ遅かれ早かれ、その運は尽きます。
 一瞬のパニックや不注意、誤解された発言、傷つけられた自尊心が、いともたやすく私たちの都市全体を破壊してしまいます。計画的な軍事増強は、一般市民の無差別大量殺戮(さつりく)を引き起こします。
 世界に存在する核兵器のごく一部が使われただけでも、爆発のばい煙が大気圏の高くに届き、地球の表面を十年以上にわたり冷やし、暗黒にして、乾燥させます。それは食物を消し去り、何十億もの人々を飢餓の危機にさらします。
 それにもかかわらず、私たちは、このような私たちの存在そのものに対する脅威を否認しながら生きているのです。
 フォークナーは、ノーベル賞講演の中で、彼に続く者たちに向けられた課題についても語っています。彼は、人類の声によってのみ、私たちは恐怖に打ち勝ち、人類が持続することを可能にすると語りました。
 ICANのつとめは、そのような声となることです。人類および人道法の声となることです。一般市民を代表して声を上げることです。人道的観点からその声を上げることによって、私たちは恐怖を終わらせ、否認を終わらせることができます。そして最終的に、核兵器を終わらせることもできるのです。
 2点目の自由について、お話ししたいと思います。
 核戦争防止国際医師会議(IPPNW)は、核兵器に反対する団体として初めてノーベル平和賞を受賞した1985年、この壇上で次のように述べました。
 「私たち医師は、世界全体を人質に取るという無法行為に抗議する。私たちが自らの絶滅に向けてお互いを標的にし続けているという道徳違反に抗議する」
 これらの言葉は2017年、まさに響いています。
 差し迫る絶滅の人質にとらえられたまま生きることをやめる。その自由を、私たちは取り戻さなければなりません。
 男たちは――女たちではなく!――他者を支配するために核兵器を作りました。ところが実際には、私たちが核兵器に支配されてしまっています。
 彼らは私たちに間違った約束をしました。それは、核兵器を使うことの結末をあまりにも恐ろしいものにすることによって、紛争を望ましくないものにすることができると。それにより、私たちは戦争から自由になれると。
 しかし、核兵器は、戦争を防ぐどころか、冷戦期に私たちを何回も崖っぷちに追い込んできました。そして、核兵器は今世紀も、私たちを戦争や紛争に突き進めようとしています。
 イラクでも、イランでも、カシミールでも、北朝鮮でも、核兵器の存在は、核競争への参加へと他者を駆り立てています。核兵器は私たちを安全にするどころか、紛争を生み出しています。
 私たちと同じノーベル平和賞受賞者であるマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が1964年にまさにこの壇上から述べたように、核兵器は「大量虐殺的かつ自殺的な」兵器です。
 核兵器とは、血迷った男が私たちのこめかみにたえず銃を突きつけているようなものです。核兵器は私たちを自由にするとされてきましたが、実際は、私たちの自由を否定しています。
 核兵器による支配は、民主主義に対する侮辱です。しかし、これらは単なる兵器です。単なる道具です。これらの兵器が地政学的理由から創造されてきたのと同じように、これらの兵器を人道的観点の下に置いて廃棄していくことは簡単なことです。
 これこそ、ICANが自らの任務とするところであり、私の話の3点目、未来に向かう道です。
 私は本日、核戦争の恐ろしさを証言することを自らの人生の目的としてきたサーロー節子さんと共に、この壇上に立っていることを光栄に感じています。
 彼女ら被爆者たちは、この核兵器の物語の始まりを経験しました。私たち皆に課せられた課題は、被爆者がこの物語の終わりも、その目で見ることができるようにすることです。
 被爆者は、自らの悲痛な過去を何度も思い出してきました。それによって私たちがよりよい未来を作り出すことができるようにするためにです。
 何百もの団体がICANに加わり、未来に向けた力強い歩みを進めています。世界中で何千人もの運動員たちが、日々たゆみなく、その課題に立ち向かっています。
 地球上で何百万もの人たちが、これら運動員たちと肩を組んで彼らを支え、さらに何億人もの人たちに対して、今とは違う未来は可能であることを示してきました。
 そのような未来が不可能だという人たちは、それを現実にしようとしている人々の道を阻むのをやめるべきです。
 市井の人々の行動により、これら草の根の努力の頂点として今年、これまで仮説だったものが現実へと前進しました。核兵器という大量破壊兵器を違法化する国連条約が、122カ国の賛成で採択されたのです。
 核兵器禁止条約は、この世界的な危機の時にあって、未来への道筋を示しています。それは、暗い時代における一筋の光です。
 さらに、それは私たちに選択を示しています。
 二つの終わりのどちらをとるかという選択です。核兵器の終わりか、それとも、私たちの終わりか。
 前者の選択を信じることは、愚かなことではありません。核を持つ国が武装解除できると考えることは、非理性的なことではありません。恐怖や破壊よりも生命を信じることは、理想主義的なことではありません。それは、必要なことなのです。
 私たち全員が、この選択を迫られています。そして私は、すべての国に、核兵器禁止条約に参加することを求めます。
 米国よ、恐怖よりも自由を選びなさい。
 ロシアよ、破壊よりも軍備撤廃を選びなさい。
 イギリスよ、圧政よりも法の支配を選びなさい。
 フランスよ、テロの恐怖よりも人権を選びなさい。
 中国よ、非理性よりも理性を選びなさい。
 インドよ、無分別よりも分別を選びなさい。
 パキスタンよ、ハルマゲドンよりも論理を選びなさい。
 イスラエルよ、抹殺よりも良識を選びなさい。
 北朝鮮よ、荒廃よりも知恵を選びなさい。
 核兵器の傘の下に守られていると信じている国々に問います。あなたたちは、自国の破壊と、自らの名の下で他国を破壊することの共犯者となるのですか。
 すべての国に呼びかけます。私たちの終わりではなく、核兵器の終わりを選びなさい!
 この選択こそ、核兵器禁止条約が投げかけているものです。この条約に参加しなさい。
 私たち市民は、偽りの傘の下に生きています。核兵器は私たちを安全になどしていません。核兵器は私たちの土地や水を汚染し、私たちの体に毒を与え、私たちの生きる権利を人質にとっているのです。
 世界のすべての市民に呼びかけます。私たちとともに、あなたたちの政府に対して、人類の側に立ち、核兵器禁止条約に署名するよう要求してください。私たちは、すべての国の政府が理性の側に立ち、この条約に参加するまで活動し続けます。
 今日、化学兵器を保有することを自慢する国はありません。
 神経剤サリンを使用することは極限的な状況下であれば許されると主張する国もありません。
 敵国に対してペストやポリオをばらまく権利を公言する国もありません。
 これらは、国際的な規範が作られて、人々の認識が変わったからです。
 そして今、ついに、私たちは核兵器に対する明確な規範を手にしました。
 歴史的な前進への一歩は、普遍的な合意で始まることはありません。
 署名する国が一つずつ増えて、年を重ねるごとに、この新しい現実は確固たるものとなります。
 これこそが進むべき道です。核兵器の使用を防ぐには、ただ一つの道しかありません。核兵器を禁止し、廃絶することです。
 核兵器は、これまでの化学兵器、生物兵器、クラスター爆弾や対人地雷と同様に、今や違法となりました。その存在は非道徳です。その廃絶は、私たちの手の中にあります。
 終わりが来るのは、避けられません。しかしそれは、核兵器の終わりか、それとも、私たちの終わりか。私たちは、そのどちらかを選ばなければなりません。
 私たちのこの運動は、理性を求め、民主主義を求め、恐怖からの自由を求める運動です。
 私たちは、未来を守るために活動する468団体からの運動員です。道義上の多数派の代表者です。死よりも生を選ぶ数十億人の代表者です。私たちは共に、核兵器の終わりを見届けます。
 ご静聴ありがとうございました。

核戦争による絶滅と隣り合わせ 

NHKスペシャル「スクープドキュメント 沖縄と核」、リテラがその内容を記事にしている。 こちら

この番組を見て、一番衝撃的だったのは、核弾頭搭載ミサイルの暴発事故。原発事故の原因にも人為的な側面がある。同様に、核兵器の取り扱いにも、人為的な事故の起こる可能性がある。米国本土でのICBMの発射は、二人の人間が同時にスイッチを押さないと行われないようになっているというが、それでも、人為的なミスで核兵器が暴発する可能性はある。様々なシステムに人為的なミスは必発だと考えて対処しなければならないのだ。

この那覇で起きた核弾頭搭載ミサイル暴発の映像は、ただただ衝撃的である。ミサイルは、砂浜をほぼ水平に海面に向かって直進してゆく。広島型原爆と同規模の核兵器が搭載されていたらしい。米軍人が一人亡くなった。もし核爆弾が爆発していたら、数万人規模の犠牲者が出たことだろう。核兵器が、仮想敵国に向けて発射されれば、それに対する報復反撃が始まり、それに対応してさらに広範な攻撃が行われる。世界規模の核戦争は、行き着くところまで行く。

核兵器の暴発、核ミサイルの誤射によって、人類は確実に滅びる。核戦争になると、シェルターに隠れようが、どこに隠れようが、地球上のすべての文明を何度も破壊できるほどの核兵器が、世界中で炸裂する。次世代に、これまで営々と築き上げられた文明を受け渡すことはできなくなるわけだ。

わが国政府は、核武装をすることを考慮している、という。核兵器禁止条約の採決にも、棄権するという形での反対を表明した。北朝鮮の核武装に対して、それでいて非難できるのか。核兵器を所有すること自体が、人類すべてに対する犯罪だ。核による抑止で安全保障を高める等というのは、幻想にすぎない。一歩間違えば、人類が滅亡することになる。