戦前の権力構造 

先日、岩上安身氏の主宰するIWJで、岩上氏と孫崎亨氏の対談を視聴した。孫崎氏によると、ゾルゲ事件をでっち上げた検事は、戦後検事総長になり、あの砂川事件を指揮したらしい。戦前の権力構造が、「米国へ服従する」ことによって、戦後にそのまま持ち込まれた。正力松太郎も、岸信介も同じだ。その流れが、今も続いている。

わが国は、防衛・外交・治安維持の面で、米国にベッタリなのだ。岸信介の孫であり、岸を政治家の鑑と仰ぐ安倍首相は、ますます米国への追随を深めている。このスノーデンペーパーのような事態が公になったとしても驚くに当たらない。安保法制のもと、米国への依存、追随はますます深刻になる。その一方、国内に対しては、監視社会が作り出される。

以下、引用~~~

スノーデン文書の中に日本情報 ネットメディアが公開
NHK 4月24日 19時21分

4年前、アメリカのCIA=中央情報局のスノーデン元職員が持ち出した機密文書の中に安全保障の分野を中心に日本に関わる情報があることが明らかになりました。文書を保管・管理するアメリカのネットメディアが24日夜、公開を始め、国内でも検証を求める動きが出てくる可能性もあります。

CIAのスノーデン元職員は2013年、アメリカのNSA=国家安全保障局が、大手の通信会社やインターネット関連企業から個人の電話の通話記録やメールの内容を極秘に収集していたとする機密文書を持ち出し、メディアに告発、ロシアに亡命しました。

持ち出した機密文書の中に安全保障の分野を中心に日本に関わる情報があることが明らかになり、アメリカのネットメディア「インターセプト」が日本時間の24日夕方6時ごろから保管・管理する13のファイルについてネット上で公開を始めました。

公開されたファイルのうち2004年の文書では、東京にある在日アメリカ軍の横田基地で通信機器の製造施設を作る際、ほとんど日本側が支払ったという記述があります。

さらに、製造された機器がアメリカの世界での諜報活動に使われ、「特筆すべきはアフガニスタンでのアルカイダ攻撃を支えたアンテナだ」と記載されています。

また、世界をしんかんさせた1983年にサハリン沖で大韓航空機が撃墜された事件についても記載がありました。それによりますとアメリカが旧ソ連の責任を追及するため、自衛隊が傍受したソビエト機の交信記録の音声データを渡すよう求めていたほか、その後、音声データが国連に持ち込まれたいきさつが書かれています。

さらに2013年の文書では、NSAが「XKEYSCORE」というネット上の電子メールや通話記録などを収集・検索できるとされる監視システムを日本側に提供したとする記述もあります。

防衛省は「問い合わせのあった未公開文書がどのような性格の文書であるか承知していないため、防衛省としてコメントすることは差し控えます」としています。いずれも内容の詳細はわかっていませんが、今後、国内でも検証を求める動きが出てくる可能性もあります。

スノーデン元職員が持ち出した日本に関する機密文書については、今夜(24日)午後10時からの「クローズアップ現代+」で詳しくお伝えします。

小沢俊夫・健二の安倍首相批判 

現在、自民党の支持率が4割を超え、安倍首相は、5割の国民の支持を得ているという。こうした世論調査には、時の権力者に有利な数値が出るようにバイアスがかけられていることが多いものだが、安倍一強と言われる状況は事実なのだろう。

経済政策は、ただ財政出動を空前の規模で行っているだけで、後々国民に痛みが負わせれられる。安保法制・秘密保護法・盗聴法そして今国会審議されている現代の治安維持法たる共謀罪法案、教育の現場には教育勅語が道徳律としてふさわしいとされる。この一連の流れをみて、彼がわが国をどこに向けて動かそうとしているか、国民は分からないのか、それに目をつぶっているのか。その一方、森友学園疑惑のような政治の私物化も安倍首相はお構いなく続けている。追及されると、安倍政権が高い支持率を得ていると言ってまともに答えない。米国への追随外交は、わが国を戦争の危機に現に巻き込んでいる。

こうした事態に対して、国民は「否」と言わない。

空前の財政出動と金融緩和で、小規模なバブル状態にあり、その多幸感に国民は酔っているのか。または、厳しい財政と高齢化による国家財政の緊迫が目の前にあることに目をつぶっていたいという逃避なのか。

高い安倍政権支持率を示す世論調査でも、その高支持率の理由を見ると、「支持」が積極的なものではないことが分かる。「他の政権よりも良さそうだから」という理由が圧倒的に多い。「何か決定的なことが起きる」と、この高支持率も容易に瓦解するだろうことは目に見えている。惜しむらくは、歴史から学ぶこと、政治家の甘言にのらないことを国民が行えていない。先日の名古屋市長選、それに東京都知事への高支持率は、これまでの政党への不信感を示したが、ただ不信感からたどり着いた選択肢としてはあまりにお粗末だ。

「何か決定的なことが起きる」まで覚醒しないのだろうか。

以下、引用~~~

小沢健二の父・小澤俊夫が共謀罪と安倍政権批判! オザケン自身も権力の詐術を暴く鋭すぎる論評

2017年04月22日 12時00分 リテラ

小沢健二の父・小澤俊夫が共謀罪と安倍政権批判! オザケン自身も権力の詐術を暴く鋭すぎる論評
4月23日放送の『Love music』(フジテレビ)に出演するなどメディア露出も増えている小沢健二の発言に期待(画像はフジテレビ番組サイトより)

「共謀罪」法案が、ついに衆院法務委員会で実質審議入りした。政府はテロ対策のための「テロ等準備罪」などと嘯いているが、その実態は権力による恣意的な逮捕を可能にする「平成の治安維持法」であることは自明で、公権力による監視社会化をよりいっそう加速させるものだ。当然ながら、この法案には反対の声が相次いでいるが、そんななか、ある人物の発言が話題を呼んでいる。

 その人物とは、ドイツ文学者の小澤俊夫氏。指揮者・小澤征爾の兄であり、ミュージシャン・小沢健二の父である。

 俊夫氏は、今月3日付「日刊ゲンダイDIGITAL」のインタビューのなかで、治安維持法が存在した戦前のことを思い返しながら、「共謀罪の対象になるのは犯罪を企む集団であって、一般人は関係ないというが、普通の団体も質が変われば、対象になると言っているわけでしょう? その判断を下すのは警察でしょう? 正しいことでも警察がダメだと言えば、アウトになる。これが戦前の治安維持法の怖さだったんだけど、同じ懸念があります」と発言。権力による恣意的な解釈で、言論の自由などが著しく制限される可能性を危惧した。

 俊夫氏による政権批判はこれだけにとどまらない。俊夫氏は1930年に旧満州で生まれているが、父である小澤開作は宣撫工作に従事するため満州に渡るも、後には「華北評論」という雑誌を創刊させ、戦争に対して反対の意見を表明するようになっていった人物だった。「1940年、皇紀2600年で日本中が浮かれているときに、「この戦争は勝てない」とハッキリ言い」「軍部批判を強烈にやる」開作のもとには、思想憲兵や特高が毎日のように家に来ていたという。

 さらに、俊夫氏はそんな父からこんなことを言われたことがあるとインタビューのなかで語る。

「親父は「日本から満州に来た官僚の中で一番悪いのは岸信介だ」と言っていました。「地上げをし、現地人は苦しめ、賄賂を取って私財を増やした」と。だから、岸が自民党総裁になったときに「こんなヤツを総裁にするなんて、日本の未来はない」とハッキリ言った。その岸の末裔が首相になって、日本は本当に未来がなくなっちゃったね」

 岸信介が満州の官僚へ転出したのは1936年のこと。彼が自らの「作品」と呼んだこの傀儡国家で民衆が傷つき苦しんだ一方、岸は"3つの財産"を手に入れる。統制経済による国家経営のノウハウ、東条英機(当時、関東憲兵隊司令官)を筆頭とする関東軍人脈、そして湯水のごとく使える金脈だ。そして東条英機を首相にまで押し上げたのは岸の資金力だと、多くの研究者が指摘している。その資金源とされるのが、アヘン取引による利益だ。

 戦後、国際検察局(IPS)に逮捕された、中国の「アヘン王」こと里見甫の尋問調査によれば、アヘンは満州国で生産され、北京と上海を中心に消費されていったが、その流れを管轄していたのが日本であったという。当時の満州国は表向きはアヘン吸飲を禁じていたが、満州専売局を通して登録者に販売できるシステムを採っていた。事実上、野放しだ。にもかかわらず一方で売買が禁止されているため、価格は吊り上げ放題で、巨額の利益が上がる仕組みになっていた。

 こうしたシステムを動かしていたのが、岸ら満州官僚であり、ここから吸い上げられたカネが対米主戦派の東条英機を首相に就任させる原動力になっていたという構図である。岸らは莫大なアヘンマネーを、国家経営や戦争遂行、謀略工作に回す一方、一部を私的に着服していったという。

 岸はこういったアヘン政策について否定しているが、前述した「アヘン王」里美の墓碑銘を揮毫したのはほかでもない岸であり、これは里美と岸が浅からぬ関係であったことを端的に示している。
 
 当時満州にいた開作はこうした事実を指して、俊夫氏に「日本から満州に来た官僚の中で一番悪いのは岸信介だ」と語ったのだろう。そして現在、その孫が政権トップに就き、祖父そして日本の戦争責任を省みるどころか歴史修正に励み、祖父の悲願であった改憲に妄執している。
 
 俊夫氏は自身の専門であるドイツと比較しながら、安倍首相の歴史修正主義についてもこう批判する。

彼は過去の罪と向き合っていない。きちんと過去を見つめ、謝罪する勇気がない。それで未来思考などと言ったところで誰が信じますか。積極的平和主義とは過去を反省し、その姿勢をしっかり、中国、韓国に示すことですよ。ドイツは強制収容所を堂々と残している、世界に自分たちが犯した罪はこれだと宣言している。強いよねえ。(略)世界の中での日本が見えていないという意味で、安倍首相はレベルが低すぎると思います」

 共謀罪と、安倍首相の本質をつく俊夫氏。その言葉をもっとさまざまなメディアが取り上げてほしいと思わざるをえないが、それは俊夫氏の息子である小沢健二についても同様だ。彼もまた、俊夫氏と同じく世界と歴史を俯瞰した視線から、社会の問題点を鋭く批評してきた。

 たとえば、昨年秋に、ツアーグッズとして出版した『魔法的』(発行/ドアノック・ミュージック魔法的物販部)には、俊夫氏の主宰する雑誌「子どもと昔話」に連載された文章が収録されているが、そこにはグローバリズムやレイシズム、国家主義に対する鋭い批評が数多く書かれている。

 また、オザケンの社会批評で秀逸だったのは、2012年、彼の公式サイト「ひふみよ」に掲載されたエッセイ「金曜の東京」だ。デモが日常的な風景としてある海外の都市と東京とを比較して、こんなことが書かれていた。

〈むしろ訪れて怖いのは、デモが起こらない街です。いわゆる独裁者が恐怖政治を敷いている街では、デモは起こりません。そのかわり、変な目くばせが飛び交います。
(中略)
 デモが起こる都市より、デモが起こらない都市の方が怖いです〉

〈東京も割とデモが起こらない都市で、デモの起こるニューヨークやメキシコシティーから帰ると、正直言って不思議というか、中東の王国を訪れた時のような、ちょっとした緊張感がありました。
 抗議するべき問題がないからデモがないのか。それともどこかの王国のように、心理的に、システマティックに抑えこまれているのか。何か他の理由があるのか〉

 さらに、オザケンが鮮やかだったのは、権力側やネトウヨ、中立厨などがこうしたデモや反対運動に対してよく使う「対案を出せ!」という言葉の本質を暴いて見せたことだ。オザケンは、この言葉を、人間管理や心理誘導のための単なる説得テクニックにすぎないと言い切ったのだ。

〈イギリスは人間管理とか心理誘導の技術にとても長けていて、サッチャー首相の頃、八〇年代にはTINAと呼ばれる説得論法がありました。"There Is No Alternative"の略。訳すと「他に方法はない」ということ。「他に方法はあるか? 対案を出してみろ! 出せないだろう? ならば俺の方法に従え!」という論法の説得術〉

 "There Is No Alternative"は安倍首相の「この道しかない」にも通じる論法だが、オザケンはこのレトリックのおかしさをこんなふうに暴いてみせるのだ。

〈医者に通っていてなかなか治らないとします。患者は文句を言います。「まだ痛いんですよ! それどころか、痛みがひどくなってます! 他の治療法はないんでしょうか?」と。
 それに対して医者が「他の治療法? どんな治療法があるか、案を出してみろ! 出せないだろう? なら黙って俺の治療法に従え!」と言ったら、どう思いますか?〉

 そう、治療法を考えるのはあくまで医者の仕事であって、治らなければ医者を変えたり、別の治療法を試すのは当然のこと。患者は「痛い!」とただ切実に訴えればいい。その訴えを真摯に受け止めることで「医学の進歩」はが生まれる。そして、これは社会問題に対峙するときも同じだとオザケンは続ける。

〈同じように、社会をどうするか考えるのが職業の人は、人の「痛い!」という切実な声を聞いて、心を奮い立たせて問題に取り組むのが正しいはずです。
 なのに一般の人が「この世の中はヒドイ! 痛い!」と声を上げると、「じゃあお前ら、対案は何だ? 言ってみろ! 対案も無しに反対するのはダメだ!」と押さえつける政治家とか専門家とか評論家とかがいるのは、むちゃくちゃな話です〉

 一般市民がすべきことの一つは、「この世の中はヒドい! 痛い!」と声を上げること。対案を出す必要などない。「対案を出せ」と主張する者たちは、自分こそ頭がよくて社会のことがわかっているとでも思い込んでいるようだが、それは実のところ為政者の都合のいいレトリックにだまされているに過ぎない。それを見抜き言い当てていた小沢健二の知性はさすがとしか言いようがない。
 
 同時代に同じ満州にいた、岸信介と小澤開作。それぞれの孫の知性のあまりの差にため息しか出ないが、しかし、やはり惜しいと思うのは、父・俊夫氏と同様、その言葉がメジャーなメディアに一切出てこないことだ。

 オザケンのコマーシャリズムに対する拒否姿勢はわからなくもないが、しかし、こんな時代だからこそ、大衆的なメディアに積極的に露出し、その本質を射抜く言葉を拡散させていくことも必要なのではないか。次はオザケンが「共謀罪」について語ってほしい。今年はフジロック出演も予定されるなど、これまでよりはメディア露出もあるだけに期待したい。
(編集部)

post-truthの政治 

ポピュリズム政治が、政権中枢を担う状況が、世界各地で生じている。わが国も、その例に漏れないようだ。

ポピュリズムは、大衆の感情に訴えかける。感情にどれだけ強く訴えるかが問題なので、その訴えの真偽はさほど問題にならない。明らかな偽りこそが感情に良く訴えることもある。人々を離反させ、敵愾心を持たせる訴えが、大衆の感情に受け入れられ易い。また、相手を冷笑することも大いに有効だ。

ポピュリズム政治家と、大衆がこの汚濁した感情の空間のなかで生きているようなものだ。それが、post-truthの時代の政治なのだ。

日経オンライン 小田嶋隆 「マインドなき大臣が更迭されない理由」、よくできた政治時評になっている。こちら。

積極的戦争加担 

北朝鮮が、金正恩の独裁国家であり、非人道的な為政を行っていることは間違いない。淘汰されるべき政治体制だ。

そのことは重々認めたうえで、現在進行中のロシアンルーレットのような武力衝突の危機は、どうして生じたのかをよく考える必要がある。

前のポストにも記したが、前世紀から米韓軍事演習を通して、北朝鮮の現体制の転覆を米国が企てていることにより、現体制の存続を求めて米国と直接交渉することを望み、北朝鮮は軍備拡張を続け、最終的に核軍備まで推し進めた。その上、北朝鮮でICBMの開発が進んでいることを知った米国のトランプ大統領が、核爆発実験を許さない、もし行えば北朝鮮の核施設を攻撃する、と北朝鮮に意思表明を行った。それに対して、北朝鮮は、反撃すると言っているわけだ。

要するに、自国を核攻撃されるかもしれないと言う状況を打開しようと、米国が軍事行動に出ている、ということだ。わが国には、これ以前から、北朝鮮の軍事的脅威は確かに存在した。それが、今の状況で特に悪化したということはない。同じ脅威が存在し続けているだけだ。

北朝鮮の報復攻撃は、米国本土以外に、米軍基地を主なターゲットにすることだろう。わが国の米軍基地、とくに沖縄の基地は確実に狙われる。ミサイル防衛網は、北朝鮮の数百発以上と言われる中距離弾道ミサイルが同時、または短時間のうちに発射された場合、使い物にならない。以前から述べている通り、巡航ミサイルによって日本海沿いの原発も確実に攻撃される。二、三基の原発が攻撃され破壊されたら、原爆と同等の影響を及ぼす。

端的に言って、日米安保条約による米軍基地の存在が、リスクを増している。核戦争になれば、米軍基地は核弾頭で攻撃される可能性が高い。この狭いわが国の国土が、二、三発の核爆弾を被弾したら、わが国は立ち行かなくなる。限局的な核戦争はありえない。現在可能性は極めて低いが、北朝鮮以外の仮想敵国の大国とわが国・米国が全面戦争になったら、それは米国の核の傘があろうがなかろうが、わが国は終わりだ。

現在の北朝鮮・米国間のロシアンルーレットは、恐らく両者ともにまともに賭けにでる積りはないのだろう。だが、軍事的に全面的に対峙しあう状況では、何らかの偶発的な衝突が核戦争に結びつく可能性がある。もちろん、その際は、北朝鮮は破滅だ。だが、わが国も再起不能な状況になる可能性が高い。

安倍首相は、やる気満々で、北朝鮮の近海に配置された米国の空母に、海上自衛隊の艦船を合同させる積りだ。訓練という名目だが、北朝鮮には明白な挑発と受け取られることだろう。安倍首相は、サリン攻撃を北朝鮮が行うとして、国民に注意を喚起した。その根拠は一体何なのか。安倍首相は、そんな警戒を国民に要求しつつ、昨日は多人数の芸能人たちとお花見である。なぜ軍事的緊張を高めることを行うのか、安倍首相の好戦的な性格を反映したきわめて危険な判断だ。花見をしているところからみると、安倍首相自身もタカをくくっているのかもしれない。が、偶発的な衝突のリスクは高まっている。

内閣官房は、有事の際の国民の心得をそのウェブサイトで公開した。こちら。常識的なことの羅列である。核爆発の閃光を見るなと書いてあることに苦笑した。見ようと思ってみるものではない。目に飛び込んでくるものだ。また、原発攻撃への対処が何も記されていないのも片手落ちだ。

戦後72年経って、こうした戦時体制のマニュアルを政府が公開する状況になったこと自体に不安を感じずにはおれない。安倍首相の言う積極的平和主義とは、積極的戦争主義なのではあるまいか。
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現政権暴走の底流 

長谷部恭男教授は、安保法制憲法違反発言で有名になった憲法学者だが、とくに特定のイデオロギーに立つのではなく、あくあまで憲法論の立場から発言をしている。特定秘密保護法を支持したということからも、彼のスタンスは理解できる。その長谷部教授が、対談で安倍政権のやり方を徹底的に批判している。

現時点で、共謀罪法案の行方が一番の問題だ。政府のプロパガンダが奏功したのか、共謀罪を受け入れる国民が増えてきているという世論調査もある(もっとも、世論調査の類は、内閣府が行ったものでも分かる通り、信頼が置けるものでは決してないのだが)。教育勅語を教育現場に持ち込み、銃剣道を武道として体育に取り入れ、さらにヒットラーの「我が闘争」を「教材」として用いることを否定しない現政権が、どこに向かっているのか、誰もが分かるはずだ。だが、それに対して疑問を持たないとすると、いわばレミングの行動を、集団で行いつつあるように見えないこともない。ネズミと同一視するな、と言われそうだが、戦前の体制に回帰する明白な出来事が続いてるのに、それを疑問視し反対の声を挙げないとすると、レミング並みと言われても仕方あるまい。

これから成長し、社会人になってゆくお子さんをお持ちの方には、とくによく状況を見て頂きたい。お子さんの世代が、大きな痛みを負わなければならなくなるのだから・・・。

以下、引用~~~

考論 長谷部×杉田)首相官邸「暴走」の底流
2017年4月9日05時00分

閣議決定された政府答弁書/菅義偉官房長官の発言
 安倍晋三首相の妻、昭恵氏は私人と言い切れるのか。公務員が問い合わせに回答するのは職務ではないのか。先月から相次いで閣議決定された政府答弁書にまつわる疑問。さらに、「首相への侮辱」だとして私人が証人喚問される一方、官僚は文書を廃棄したと開き直る。このような行政権力、とりわけ官邸の「暴走」の底流に何がログイン前の続きあるのか。長谷部恭男・早稲田大教授(憲法)と杉田敦・法政大教授(政治理論)に語り合ってもらった。(構成・高橋純子)

 ■「昭恵氏は私人」簡単に割り切れぬ 長谷部/「偽証罪で告発」と内閣言及、筋違い 杉田

 杉田敦・法政大教授 森友学園問題に関連して、さまざまな閣議決定が出ています。安倍晋三首相夫人の昭恵氏は公人ではなく私人である。夫人付の政府職員が調査・回答した行為は職務ではない。いずれも説得力を欠き、こんな決定を乱発していいのか疑問ですが、そもそも、閣議決定の法的性格とは。

 長谷部恭男・早稲田大教授 新たな閣議決定で上書きされるまで、内閣はその決定に拘束されます。ただそれは自身を拘束するだけで、立法権や司法権を必ずしも拘束するわけではない。政府への質問書に対する答弁を決めるには閣議によるしかなく、決定してはいけないとは言いにくい。結局は、中身の問題です。

 杉田 では、首相夫人は私人でしょうか。

 長谷部 公人か私人か、簡単には割り切れません。天皇の行為は、国事行為以外はすべて私的行為かというと、違います。やはり公人としての行為があり、それがいわゆる象徴としての行為です。同じようなことが首相夫人についてもあるのではないか。

 杉田 森友学園の籠池(かごいけ)泰典前理事長は私人ですが、国会で証人喚問されました。ところが公人たる政治家や、官僚は、野党の要求にもかかわらず誰ひとり証人喚問されていない。

 長谷部 国政調査権の使い方がいかにも党派的です。米議会や英議会では、国政調査権を党派的に発動しないというのが大原則です。どちらかの党派に有利/不利だから呼ぶ/呼ばないという判断は、少なくとも建前としてはしないことになっている。中長期的な国政上の課題について調べることが目的ですから。

 杉田 証人として呼ぶのは、犯罪の嫌疑がある人だとする政治家もいました。

 長谷部 話が逆転しています。従来議論されてきたのは、国政調査権を行使することで犯罪の捜査や裁判の遂行に不当な影響を及ぼすのはよくない、捜査対象者は呼ぶべきではないのではないか、という点でした。

 杉田 官房長官は籠池氏を偽証罪で告発する可能性にも言及しましたが、これは国会が判断することで、行政権、内閣がとやかく言うのは筋が違うのでは。

 長谷部 議院証言法で、告発は議院や委員会の権限と明記されていますから、その通りです。さらに、偽証罪が問われる「虚偽の陳述」とは、客観的事実に反する陳述ではなく、証人の記憶に反する供述を意味するというのが判例ですから、立証のハードルはかなり高いですね。

 ■教育勅語、国民主権と相いれぬ 杉田/教えていい話か、線引きは当然 長谷部

 杉田 昭恵氏が国会で証言すれば、白黒がつく可能性もある。安倍首相は「悪魔の証明」は出来ないなどと言いますが、当事者の言い分が食い違うことは、よくあること。どちらが信用できるかを裁判等で判断するのであって、それは悪魔の証明でも何でもない。単なる事実認定です。

 長谷部 ボールは政権側のコートにある。同じコートに出て打ち返すことは、悪魔でなくてもできます。首相を侮辱した、というわけのわからない理由で私人が証人喚問されている。私人にそこまで要求しておきながら、文書は破棄したので何も言えないと官僚は開き直り、首相夫人は私人だからで済ませています。極めてバランスが悪い。

 杉田 官僚の文書廃棄については専門家から、違法ではないかとの指摘さえあります。保存期間を定めた公文書管理法の欠陥もありそうですが、仮に違法とまでは言えないとしても、そうした無責任な行政のあり方が許されるものなのか。

 長谷部 違法でなければ何をやってもいいのか。私人であればOKです。人のひんしゅくを買うような行為でも、それは個人の判断です。しかし、公人や公務員は違う。中長期的な社会公共のために行動する、そのために様々な権限や便宜を与えられているのだから、私人と同じように法に触れなければいいということには、なりません。

 杉田 先日、教育勅語を教材に使うことは否定しないという閣議決定もされました。たしかに親孝行とか友達と仲良くとか、その部分だけを切り取れば、普遍的な道徳と重なります。ただ、勅語はそういう道徳律を、天皇が臣民に教えるという形になっており、危機の際には「皇運」を助けよと義務づけている。それを朗読させたり、正しいものとして教えたりするのは、日本国憲法に基づく自由民主主義の政治システムや国民主権と相いれません。ところが文部科学副大臣は、教育基本法に反しない限り朗読は問題ないと国会で答弁し、一部の新聞は、言論の自由や思想信条の自由を盾に、戦前のような考え方を教えるのも信じるのも自由だと主張しています。

 長谷部 それは間違いです。学校は、街頭やネット上のような一般的な表現の自由が成り立つ場所ではありません。教育の出発点は憲法26条の子どもが学習する権利です。将来、子どもが自分自身で物事を判断できるようになるための材料を提供しないといけないのだから、教えていい話とそうでない話の線引きがあるのは当たり前です。

 ■派閥・メディア、弱まるブレーキ 杉田/余裕失いなりふり構わず、危険 長谷部

 杉田 政府に刃向かう者への脅迫的手法という点では、沖縄の件も見過ごせません。反対派への見せしめ的な捜査とも見られることが行われています。また、翁長雄志(おながたけし)知事が辺野古埋め立て承認の撤回方針を表明したことに対して、政権側は一時、翁長知事個人に賠償を求めることもあり得ると言いました。

 長谷部 知事の公権力行使によって国が損害を被ったというなら、国は県を相手に国家賠償訴訟を起こすことになる。しかし国賠法は、知事個人を相手にする制度ではありません。仮に国が勝った場合は、沖縄県が知事個人に求償できますが、それは故意・重過失がある場合だけで、極めて限定されています。

 杉田 国に損害賠償を支払ったのは県財産の損失だとして、政権支持派の住民に住民訴訟を起こしてもらうといったことを想定しているのかもしれませんが。

 長谷部 ええ。ずいぶんと迂遠(うえん)な話を持ち出して、翁長知事に嫌がらせをしているのでしょう。

 杉田 そうした手法をいとわぬ政権の下で、ついに「共謀罪」が審議入りしました。

 長谷部 犯罪行為をやり終わった人を処罰するのが刑事法の大原則です。刑罰は最も苛烈(かれつ)な国家権力の行使だから、行使は控えめであるべきなのに、277の罪名について、計画段階で処罰できることにする。しかもその理由がはっきりしない。国際組織犯罪防止条約批准のためだと政府は説明していますが、この条約の対象はマフィアです。すでに日本政府はテロ対策の条約を多く締結しているので、共謀罪をつくらないとテロ対策ができないという理屈もよくわかりません。

 杉田 共謀罪への反対が強い理由のひとつは、特定秘密保護法と同じで、恣意(しい)的に運用される危険性があるからです。特定秘密法には賛成した長谷部さんが、どうして共謀罪には反対なのですか。

 長谷部 確たる理由もなく、法の基本原則を動かすことになるからです。特定秘密法は法の基本原則を動かすものではありません。

 杉田 それにしてもなぜこれほど行政権力、特に官邸が暴走できるのかというと、ブレーキをどんどんはずしてきたからです。党内派閥は弱体化し、内閣法制局は無力化し、メディアも牙を抜かれている。国民への説明責任を果たそうとしない姿を見ると、「絶対的権力は絶対的に腐敗する」(アクトン)という格言を改めて思い起こします。

 長谷部 なりふり構わなくなっているのは、余裕を失っているということでもあります。トランプ米政権は、国際法の根拠も不明なままシリアのアサド政権軍を攻撃しましたが、それも内政が行き詰まって余裕を失っていることのあらわれと言えなくもない。余裕のないまま暴走する。危険すぎます。

『都民ファーストの会』 

東京都の民主党のボスだった長島氏が民主党を離党した。その配下の都議も民主党を離党する。これで、都議会で民主党の議員がいなくなるのではないかと言われている。

都議選が近いので、勢いのある小池新党「都民ファーストの会」に合流する積りなのだろう。だが、それで良いのか。都民ファーストの会は、綱領も何もない。都民を第一にというスローガンだけと言ってよい。このスローガンは何も言っていないに等しい。小池氏の過去の政治経歴を見ると、日和見的な政治行動をとる、ガチガチの右翼的な思想の持主であることが分かる。一頃、彼女は、わが国の核武装を主張し、某カルト教団の候補者と一緒に国会議員選挙を戦った人物である。結局、注目を集める、この新しい政党は、自民党に吸収されて終りになるのではないか。

小池都知事の戦略は
1)都議会自民党という敵を設定し、それを守旧・利権勢力として攻撃する
2)都民ファーストという単純なスローガンだけ 他に政策は明示しない 
3)オリンピック・築地移転の問題を取り上げ、そこで守旧派と言われる人物・政党への感情的な攻撃をしかける
4)都議選候補者には芸能人を多数動員 知名度から、大衆受けを狙う
といったところか。

大衆の感情におもねることが主たる政治戦略になっており、典型的なポピュリズム政治である。

政治の現状に潜在的な不満があり、さらに自分の存在基盤が脅かされているという意識の大衆に迎合するには、この戦略が奏功する。だが、残念なことに、こうしたポピュリズムは本当の改革をもたらさない。

選挙民の方が、もっと政治的に成熟しないと、こうした一見改革派のポピュリストを見分けるのは難しいのかもしれない。

『閣議決定』の耐えられぬほどのかるさ 

こんなバカバカしいことは、無視と思ったが・・・安倍首相は産経新聞が「スクープした」ガセネタを国会で取り上げたことを自己弁護すべく、この「閣議決定」を行った。

これを言うなら、安倍昭恵氏、関係官僚、大阪府現・前知事の証人喚問をすべきだろう。民間人を証人喚問しておいて、自分たちに都合の悪い証人喚問はやらない、その一方ガセネタで野党を攻撃した振りをする。安倍首相が「世界的経済恐慌の手前にある」と述べて、国際社会から冷笑を食らったときと同じだ。

閣議決定の何たる軽さ!安倍首相は、自らに何も反対しない政治家・閣僚を周囲に侍らせ、自分が国家元首にでもなった気分でいるのではないか。

お隣の専制国家のことを笑えない。

以下、引用~~~

産経新聞

辻元清美氏「3つの疑惑」への首相言及で政府答弁書 「証拠は検証されるべきだ、との趣旨」

 学校法人「森友学園」(大阪市)問題をめぐり、政府は7日の閣議で、安倍晋三首相が3月28日の参院決算委員会で、産経新聞が報じた辻元清美元国土交通副大臣に関する「3つの疑惑」の記事に言及したことについて、「事実があると主張する者により提示される証拠については検証されるべきである、との趣旨を述べたもの」とする答弁書を決定した。

 産経新聞は、学園の籠池泰典氏の妻、諄子氏が首相の昭恵夫人に送ったメールで「(森友学園が運営する)幼稚園に侵入しかけ」などと辻元氏に複数回言及したことを報じた。一方、諄子氏が29日にジャーナリスト、菅野完氏とのインタビューで、幼稚園侵入について「事実を確認したわけじゃない」と回答。これを受け、民進党の逢坂誠二衆院議員は「首相は発言を撤回すべきではないか」とする質問主意書を提出していた。

『もし「共謀罪」が成立したら、私たちはどうなるか・・・』 

政府・法務省の説明を聞く限り、共謀罪法案の立法事実(その法律が社会に必要とされる理由)はない。

市民運動家、刑法専門家、地方議会政治家、国会野党政治家そして国民の広範な反対があるのにかかわらず、政府がこの法案の成立を強行しようとしている、本当の理由が、この論考に記されている。必読である。

『もし「共謀罪」が成立したら、私たちはどうなるか・・・』 高山佳代子教授

警察の仕事を作るために立法しようとしている、という高山教授の視点は驚きだった。刑法学者の見方であり、信じるに足る内容だ。

この法律についての視点で忘れてはならないことがある。

一つは、自白をすると刑が軽減される規定があることだ。それによって、密告と冤罪が横行することになる。

二つ目は、高山教授の論考でも強調されている通り、一般市民がこの法律の摘発対象に大いになりうることだ。広範な「犯罪」に関して、二人以上が共謀すれば、共謀罪は成立する。犯罪の準備行為が成立要件だ。共謀罪の成立を判断するのは、もっぱら警察であって、明確・具体的な指針はない。警察・検察の恣意によって、一般市民が摘発される可能性が高い。

政治家・財界人の汚職、公務員の業務にかかわる犯罪等は除外されていることも注目すべきだ。こうした国家規模の犯罪が、組織犯罪化することこそが問題になるだろうに、それは除外しているのだ。これは、一般市民だけをこの法律のターゲットにする、政治家・財界人・公務員の権力乱用は取り締まらない、むしろそうした犯罪を追及することを許さないと公言しているに等しい。

高山教授も指摘している通り、共謀罪の捜査には、通信傍受、ネット監視等がこれまでよりも大幅に取り入れられることになる。先日、最高裁で否定された令状なしのGPSを用いた捜査も、行われるようになることだろう。我々のプライバシーが大幅に冒されることになる。

第二次安倍政権になってから、外交・教育等の領域で、それまで想像もできなかったことがいとも簡単に実現されている。多くは憲法を踏みにじっていることがらだ。安倍政権は、教育勅語を教育現場に持ち込むことまで行おうとしている。治安維持法を再び社会に持ち込むことも十分に予想される。この法律が、治安維持法の再来になる。

オリンピックのテロ対策という触れ込みだったが、法案には当初テロの文言がなかった、それを指摘されて一か所だけテロという言葉が加えられた、という杜撰さは、この法案がテロ対策のためなどではないことを物語っている。

権力を持つものを監視する努力を国民が怠ると、権力は自己増殖し腐敗する。

国会議事録から削除された答弁書 

もう一度アップしておこう。というか、この答弁への責任を安倍首相が果たすまで機会を見つけて、掲載し続ける。

安倍首相が2006年に行った国会答弁。これの国会議事録を、安倍首相は削除した。

安倍首相は、東電福島第一原発事故時、当時の菅首相を盛んに攻撃していた。自分の責任をまったく感じないのだろうか。そして、この記録を議事録から削除し、それで責任を消せると思っているのか。これは、安倍首相が国民に対して果たすべき責任なのだ。従って、これを削除するということは、国民への責任を果たさず、国民を愚弄しているということだ。

以下、削除された国会議事録から~~~

2006年12月13日 衆議院議員 吉井英勝
巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a165256.htm

2006年12月22日 内閣総理大臣 安倍晋三

巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問に対する答弁書
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b165256.htm

Q(吉井英勝):海外では二重のバックアップ電源を喪失した事故もあるが日本は大丈夫なのか
A(安倍晋三):海外とは原発の構造が違う。日本の原発で同様の事態が発生するとは考えられない

Q(吉井英勝):冷却系が完全に沈黙した場合の復旧シナリオは考えてあるのか
A(安倍晋三):そうならないよう万全の態勢を整えているので復旧シナリオは考えていない

Q(吉井英勝):冷却に失敗し各燃料棒が焼損した場合の復旧シナリオは考えてあるのか
A(安倍晋三):そうならないよう万全の態勢を整えているので復旧シナリオは考えていない

Q(吉井英勝):原子炉が破壊し放射性物質が拡散した場合の被害予測や復旧シナリオは考えてあるのか
A(安倍晋三):そうならないよう万全の態勢を整えているので復旧シナリオは考えていない

ポピュリスト政治家たちのやり口 

森友問題の議事録が、国会で記録されていないことはすでに取り上げた。国会では、手間取っているだけだと弁解しているらしい。推移を見守る必要があるが、どうもその部分の議事録をごっそり削除するつもりのようだ。一方、別な議事録の改変を彼が行ったらしいというニュースがあった。2006年に第一次安倍内閣で安倍首相が、当時の吉井議員の質問書に答えて、原発の深刻事故は起きえない、したがって復旧シナリオは考えない、とする答弁書を提出した。その記録が削除されているようなのだ。こちらから、その議事録にアクセスしてみると、確かにエラー表示になってしまう。

安倍首相は、国会議事録を勝手に書き換えている、都合の悪い議事録を削除している可能性が高い。歴史を都合よく書き換える歴史修正主義をそのまま生きている政治家なのだ。歴史修正主義とは、ありていに言えば、歴史を嘘で塗り固めるやり方だ。ものごとを自分に都合よく見えるように、平気でうそをつくのは、ポピュリスト政治家の典型的なやり方だ。

トランプ大統領が、シリアを巡航ミサイルで攻撃した。シリア政府がサリンを用いたことへの報復ということらしい。子供が犠牲になった報道を見て、許せないと考えた、ということだ。大衆心理に訴えかけるこの説明は、まさにポピュリスト政治家のやり口だ。

トランプ政権は、このシリア爆撃について事前にシリア政府をバックアップするロシアに通告していた。ロシアを通してシリアも知っていた可能性が高い。この爆撃は、一種のショーだったわけだ。トランプ大統領は、歴史に残る低い支持率である。それをこうした戦争ショーを通して、自国民の劣等な「愛国心」に訴えかけて、支持率の挽回を図ろうと考えているのではないだろうか。これも、ポピュリスト政治家の典型的なやり口だ。

安倍首相は、世界に先駆けて、トランプ首相のシリア爆撃を支持する声明を出した。この二人の政治家には、通じるものがある。嘘を平気でつく。大衆に迎合しようとする。

現在の国の形が見えてくるはずの、森友学園事件、加計学園事件が報道の前面から消えつつある。

以下、引用~~~

 4月2日付Yahooニュース 弥生の季節に馬脚を現した肝の小さな政治家たち(田中良紹)

弥生3月は草木が芽吹く季節であるから変化が起きやすい。乱のきっかけになることも多い。旧くは日本に戦乱の時代をもたらした応仁の乱が応仁元年3月に始まり、最近では6年前の3月に大震災が起きて日本人の意識を変え政治の混迷を深めさせている。そして今年の3月はよく似たタイプの政治家が揃って窮地に陥った。

強がりでわがまま、相手の主張に耳を傾けようとせず力でねじ伏せようとするが、失敗すると他人のせいにする。その一方で、国民の支持を気にするポピュリズム型でもある。そのよく似たタイプの政治家としてドナルド・トランプ、石原慎太郎、安倍晋三の3人がいる。

米国のトランプ大統領はこの3月に選挙公約で最優先課題とした「オバマケア見直し法案」を取り下げざるを得なくなった。24日に予定されていた議会の採決が否決の見通しになったからである。否決が現実となれば大統領は取り返しのつかないダメージを国民の目にさらすことになる。

しかし国民の目をごまかしても、法案の取り下げは政治家として醜態以外の何物でもない。その醜態をトランプは「ライアン下院議長が共和党をまとめきれなかったためだ」と他人のせいにした。

重要法案の採決となれば大統領は議員一人一人に電話をし直接説得するのが米国政治の常識である。それを下院議長のせいにするなど聞いたことがない。自らの無能をさらけるだけの対応に大統領と議会との溝は一層深まることになると思う。
問題はそれだけでない。「移民の入国禁止」を巡る大統領令は二度も司法界から「ノー」を突きつけられた。またロシアとの不適切な関係を問題視され、フリン国家安全保障担当大統領補佐官を辞めさせるしかなくなり、側近中の側近である娘婿のクシュナー上級顧問も上院情報委員会に証人喚問されることになった。

さらに3月中旬に行われた米独首脳会談では、大統領がメルケル首相に国防費の負担金として33兆円の請求書を渡したことから、マティス国防長官を激怒させたと言われる。外交的に非礼であるばかりでなく政治技術としてもあまりにも稚拙な振る舞いである。

選挙で国民に約束したことをただ押し通そうとするポピュリズム型政治に「ついていけない」と感じる閣僚やスタッフが増えていくのではないかと思う。そうしたトランプ大統領の振る舞いに私は政治家としての器量のなさ肝の小ささを感じる。

これまで様々な政治家を見てきたが、肝の小さな政治家ほど強がりを言い、力で相手をねじ伏せようとする。そしてうまくいかなくなるとすぐ他人のせいにし、自分のことは弁解ばかりする。世間から批判を浴びても不遇にあっても一切の弁解をしない人間にこそ私は政治家としての器量を感ずる。

ロッキード事件で有罪判決を受けた田中角栄元総理は日本中から批判を浴びたが、身の潔白を主張する一方で、自分を逮捕した検察や自分を叩きまくるメディアを批判せず、泣き言も弁解も言わずに裁判闘争と政治闘争を続けた。

その角栄氏を「でっち上げ事件の被害者」として、また政治の「天才」として称賛した石原慎太郎元東京都知事は、築地市場の豊洲移転問題で3月20日に都議会の百条委員会に喚問されたが、対応の仕方は角栄氏とはまるで真逆であった。

百条委員会の冒頭で「脳梗塞を患ったため文字も忘れてしまった」と予防線を張り「記憶にない」を繰り返す。そして交渉をすべて他人に任せていたとリーダーとしての責任を回避し、豊洲の安全性を調べるため自身が高めたハードルを根拠に豊洲移転を遅らせる小池知事の責任を追及するという全く辻褄の合わない言動に終始した。肝の小さいことはなはだしい。

衆議院議員時代の石原氏を評価する声は永田町にほとんどなかった。スタンドプレイをするだけで他人のために泥をかぶることもなく、右翼的な主張を勇ましく言うだけの政治家だったからである。しかし大衆にはそうした人物像を見抜く能力はない。大衆民主主義時代の客寄せとして自民党が利用しているだけの政治家であった。

そう見られていることが衆議院議員を辞める理由だったと思うが、都知事に転身を図る時に一瞬だけ変身を見せた。かつては激しく批判した美濃部元知事の環境政策を褒めちぎり、霞が関を批判するなどリベラルにも迎合する幅の広さを見せたのである。
しかし都知事就任後は再び元に戻る。そしてそれ以上に悪い政治の私物化が始まるのである。新銀行東京の設立もそうだが、何よりも国益を損ねたのは米国に言われるまま尖閣問題に火をつけ日中対立を激化させたことである。

冷戦後の米国の基本戦略はロシア、中国を敵と見るだけでなく、日本とドイツを押さえるためにロシア、中国を利用する。それを理解しているドイツは米国の側に付きながらもロシアとも密接に協議して米国の言いなりにはならないようにする。

しかし日本は尖閣問題で米国の思うままになり、中国との対立を激化させた。私には米中関係は昔の自民党と社会党と同じで対立しているように見せながら水面下では手を握っているように思うのだが、日本は中国と対立するため米国の言うことをすべて聞かざるを得ない状況に自らを追い込んだ。

石原元都知事は息子を総理にしたいがために米国の思惑に乗せられ、米国のシンクタンクで尖閣諸島の購入計画を発表する。そのせいか2012年の自民党総裁選挙は当初は石原伸晃幹事長が最有力の候補となる。しかし不注意な発言の連発で石原氏は自ら墓穴を掘り、代わって総裁選に勝利したのは安倍晋三氏であった。

派閥の反対を押し切って総裁選挙に出た安倍氏を支えたのは右派系団体「日本会議」と大阪に本拠を置くローカル政党「維新」である。松井大阪府知事と意気投合した安倍氏は自民党総裁選挙に敗れれば自民党を割って出て維新のトップに就任する約束をしていた。そこから現在問題になっている森友学園の小学校建設の話が絡まるのである。

森友問題は安倍総理と維新の接点から生まれ、また総理就任後の2014年に米国の政治任用制度(ポリティカル・アポインティ)を真似た内閣人事局を作り、官僚の人事権を官邸が掌握したことから、官僚が官邸の意向を「忖度」する傾向が顕著となり、そこに「スピリチュアル」な信仰に目覚めた昭恵夫人の森友支援が重なる。安倍夫妻と政府と大阪がぐるみで戦前回帰の小学校を創ろうとすることになる。

その仕組みの一端が暴露されると、安倍総理は尋常ではない口調で全面否定を貫く。その様はまさしく肝の小さな政治家が行うパターンを彷彿とさせ、証拠となる資料をすべて廃棄したことにするところにさらに問題の深刻さを感じさせた。
肝の太い人間は危機に陥るほど泰然として問題を処理する。だが肝の小さな人間にはその真似ができない。安倍総理は全否定を貫くことで自らを追い詰めることになった。現在は「しっぽ」の籠池氏の反撃に対し、捜査機関に命令して籠池氏を「悪人」に仕立て上げることに全力を挙げる。

しかし籠池氏を「悪人」に仕立てたとしても、昭恵夫人が口利きに関わり、しかもメールのやり取りから「カルトまがい」の信仰に取りつかれている事実を消すことはできない。安倍総理にとってこの3月は決定的である。トランプ、慎太郎の諸氏と並び致命的な醜態をさらした。さあ次はどうする。