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2018年度報道自由度 67位 

国境なき記者団の公表した、今年の報道自由度。わが国は67位。開発途上国のど真ん中。お隣韓国にも及ばず。

こちら。

報道の自由度が低いということは、国民が正しい情報を知る権利が阻害されているということだ。

浜尾朱美氏逝去 

浜尾朱美氏が昨日逝去したと報じられていた。57歳。まだ若い。乳がんと長く闘病なさってのことらしい。

彼女の名前からはどなたか分からなかったが、その写真ですぐに思い出した。NEWS23のキャスターを、筑紫哲也氏とともに務めておられた方だ。

1989年から8年間、その職についておられたようだ。その頃、NEWS23を見てから休むことが多かった。一本筋の通った筑紫氏が、バブル崩壊後の混乱、それに冷戦終結から米国超大国化の時代のニュースを淡々と報じていた。番組最後に筑紫氏が時の話題について意見を述べる時間があった。

あの当時私は、大学から離れ、市中病院に職を求めた。両親もまだ健在。子供たちも元気に育っていた。

その後、こうして我が国は、ゆっくりとした衰退の過程を進みつつある。

浜尾氏の美しい姿の画像を眺めながら、彼女が筑紫哲也氏とともに報道に携わっていたころからのことを思い起こした。時代は変わった。

ご冥福をお祈りしたい。

全米メディア、トランプに抗議 

自ら嘘で塗り固めた政治を行いつつ、一方で、真実を報道しようとするメディアを恫喝し攻撃する。それが、最近目立つ全体主義的指導者の特徴だ。トランプしかり、安倍晋三しかりである。彼らは、メディアを支配し、コントロールしようと執拗に行動する。

トランプのメディア攻撃に対して、全米の新聞社が一斉に抗議を行った。

これと同じことがわが国で期待できるだろうか。答えは、否だ。

その理由の一つは、記者クラブに胡坐をかく大手メディアの存在がある。彼らは政権権力と阿吽の呼吸で、政権の宣伝になることを報じる、その為の記者会見を維持する。根本的な政権批判をしようとするメディアを排除しようとする。安倍政権になって、この傾向は強まっている。

もう一つ、電通が世論操作を政権与党と組んで行い、メディアは、それに逆らえない。過日、労働者の名目賃金がバブル期以降最大の伸び幅を示した、というニュースが流れたが、それは、給与の高い母集団に変更したため、というオチがついていた。これ以外にも、いわゆる世論調査の類は、ことごとく何か操作されている可能性がある。その元凶は、政権与党と組み、広告宣伝業界で絶対的なシェアを有する電通である。電通が、広告宣伝の差配で絶対的な力を持つために、民間メディアは「パンとサーカス」を国民に配ることだけに専念し、過去の歴史・現体制の問題について何も語らない。総務省・政府に支配されるNHKもますますその傾向を強くしている。

何時も述べる通り、このような状況でも、メディアのなかで、真実を伝える努力をなさっている方がいるのだろう。だが、メディアの大勢の流れは、そうした人々を飲み込み、全体主義的政権の思う方向に国を動かすことに手を貸している。

国民の意識が変わり、本当の報道を評価し、そうでないものに否を言えるようにならねば、この傾向は変わらないのだろう。安倍による改憲等というおぞましい事態になったら、国民の側からフェークメディアへ否を言うことは難しくなる。

以下、引用~~~

全米300超の新聞社 トランプ大統領に抗議の社説を一斉に掲載
2018年8月17日 6時15分

アメリカでは各地の新聞社が、自分に批判的なメディアを「フェイク・ニュース」=うそのニュースなどと攻撃するアメリカのトランプ大統領に抗議する社説を、16日付けの紙面やウェブページに一斉に掲載しました。

アメリカのトランプ大統領は、自分に批判的なメディアについて「フェイク・ニュース」=うそのニュースや、「国民の敵」と呼んで、公の場での演説や自身のツイッターなどで繰り返し非難しています。

こうした中、全米各地で300を超える新聞社は、トランプ大統領に抗議する社説を16日付けの紙面やウェブサイトに一斉に掲載しました。

このうち、社説掲載の運動を呼びかけたボストングローブ紙は「ジャーナリストは敵ではない」と題した社説で「メディアを敵だと名指しすることは、2世紀にわたってアメリカが築いてきた市民社会を破壊する行為だ」と指摘しています。

首都ワシントンで、全国の新聞の紙面が展示されているニュースの博物館「ニュージアム」では、訪れる人が社説の一つ一つに見入っていました。

ネブラスカ州から訪れた男性は「政権とメディアは常に対立してきたが、トランプ大統領ほどメディアの評判を下げようと積極的に発言している大統領はいないと思う。この状況で、メディアがこうした社説を出すことで報道を守ろうとしているのは、当然のことだ」と話していました。

トランプ大統領「フェイクニュースメディアは反対勢力」

一方、トランプ大統領はツイッターに「フェイクニュースメディアは反対勢力だ。偉大なわが国にとってとてもよくない。だが勝つのはわれわれだ」と投稿しました。

そのうえで「私が望んでいるのは真の報道の自由だ。報道機関が書きたいことを自由に書くのはよいが、そのほとんどがフェイクニュースだ。政治的な主張をしたり、ただ単に人々を傷つけようとしたりしている」と書き込み、批判しました。

専門家「世界への悪影響を懸念」

アメリカの大手新聞社の元記者で、現在は言論の自由を守る活動を行う財団の会長を務めるジーン・ポリシンスキ氏はNHKの取材に対し、「不公平で正確でないメディアを指摘することは健全なことだが、ジャーナリストを国民の敵だと名指しして危険にさらすことは誰にとっても有益なことではない。憲法で報道の自由を守られているはずのアメリカのメディアが攻撃されていることが、世界中に悪影響として波及し、ほかの国でも権力者がメディアに介入しやすくなってしまわないか懸念している」と話しています。

マスコミの劣化 

マスコミの役割は、権力の監視。

民放の全国テレビで、不十分ながらも政権批判のスタンスを維持してきた、テレビ朝日の報道ステーション、それに昼のワイドショーが、ともに政権よりの色彩を濃くした(濃くなる予定)。前者はプロデューサーが、政権べったりの人物に代わり、後者はMCを担当する人間がネトウヨに人気の人物に代わる。久米宏が報道ステーションのMCをしていた時代から全くの様変わりだ。

政権は、テレビ報道に神経質で、テレビ局に放送内容について注文を度々入れる。今後、国政選挙、国民投票に際しては、それがあからさまになることだろう。放送局も、政府や安倍首相に問題があっても、「両論併記」しかしなくなる。国民には問題の所在が伝わらない。

これは、独裁国家の在り様だ。

(このポストを上げる前に書き加えておきたいのは、マスコミを十羽ひとからげに扱うのは、正当なことではないだろう、ということ。おそらく、右傾化する各組織のなかにあって、上からの圧力に抗しつつ、できる範囲で正しい情報を流そうとしているマスコミ人がいるはず。そうした人々によると思われる番組は、今後とも支持をして行きたいものだ。・・・残念ながら、そうした人々、番組が激減している。)

菅野完氏が、笑いを誘い、それでいて物悲しいtweetをしていた~~~。

菅野完事務所

ボクシング連盟の副会長の記者会見で「忖度が生まれたかも」って発言が出たら、どの記者も「それで許されると思ってんですか!?」と、えらい勢いよう詰めよる。

お前らなんでそれを内閣総理大臣にやれんの?なんで国有地売買での忖度にはそんなに優しいん?なんかビビってるん?それが忖度ちゃうん?

マスコミの使命は、権力の監視 

政府のスポークスマンである菅官房長官が記者会見で行う、望月衣塑子記者への応答が酷い。彼の答えは、二通り。「問題ない」か「担当部署へ聞け」の二つだけ。望月記者の質問事項は、国民として当然知りたいと思う政府見解である。それに対して、この紋切り型の意味のない返答は、応答を拒否することに他ならない。

菅官房長官は、望月記者の質問が始まると、司会者の官僚に目くばせする。すると、司会者は、「質問を簡潔に」とか「これで最後の質問にするように」と質問そのものを遮り、邪魔をする。これが、望月記者への決まった対応の仕方だ。

こんな記者会見は、ほとんど意味がない。

問題は、そうした状況を他の記者たちが、多くの場合見て見ぬふりをしていることだ。彼らは、記者クラブという同業の利益団体に護られ、それによって政府と「なぁなぁの関係」を続けている。望月記者の質問を、「跳ね上がり」とでも見ているのかもしれない。だが、それでは、記者会見は、政府の宣伝の場になってしまう。記者たちは、望月記者のように問題点に切り込むことが必要なのだ。そして、望月記者への酷い対応を批判すべきなのだ。

マスコミの人々すべてを十羽ひとからげに批判することはしまい。だが、現在、我が国のマスコミは、政府権力によって、ほぼ完全に権力監視の機能を剥奪されている。

米国のマスコミにも問題は多くあるが、政府寄りのマスコミであるか、そうでないかの違いを超えて、マスコミ活動への政府の干渉には団結して立ち向かっている。マスコミ記者、経営者が、政府と緊密な関係になることは厳格に禁じられている。マスコミ経営者が、安倍首相と定期的に会食を共にする我が国とは違う。

権力の暴走を止めるのは、マスコミの大きな使命のはずだ。奮起を期待したい。

以下、CNNのサイトから引用~~~

ホワイトハウスがCNN記者締め出し、競合他社が異例の団結
2018.07.27 Fri posted at 15:39 JST

ニューヨーク(CNNMoney) 米CNNのホワイトハウス担当記者が「不適切な質問」を理由に会見から締め出された出来事を受け、普段は競争の激しいホワイトハウス記者会が異例の団結姿勢を見せてこれに対抗している。

CNNのケイトリン・コリンズ記者は25日午後、主要テレビ局の代表記者として、トランプ大統領と欧州連合(EU)のユンケル欧州委員長との会談を取材した。

この場でコリンズ記者は慣例に従って、ロシアのプーチン大統領やトランプ氏の顧問弁護士だったコーエン氏について質問した。トランプ大統領は答えなかった。

ところがこの後、コリンズ記者はホワイトハウスのシャイン次席補佐官に呼び出され、その後の会見には出席できないと告げられた。会談の場でのコリンズ記者の質問が「不適切」という理由だった。

CNNはこの措置について「報復的な性格」と位置付け、同業他社も深い懸念を表明した。

普段はCNNと対立する立場にあるフォックスニュースは声明を発表し、「自由で束縛されない報道の一環として、我々の記者が十分な取材をする権利のために、CNNと強く連帯する」と表明した。

NBCのケーシー・ハント記者はツイッターへの投稿で、コリンズ記者が全テレビ局を代表して取材していたことに触れ、「あれはテレビ局を代表する記者からの質問だった。つまり今回の措置は、ホワイトハウスを取材する全テレビ記者に対して向けられた」と指摘。同僚のハーリー・ジャクソン記者も「私が彼女の立場だったとしても、全く同じことをした」とコリンズ記者を支持した。

フォックスのキャスター、マーサ・マッカラム氏は「ホワイトハウス記者会のメンバーを禁止するのは間違っている」とツイートしている。

時の試練に耐えるもの 

カナダでのG7会合では、孤立するトランプ大統領と他の国々の指導者との橋渡しを安倍首相が行い、八面六臂の大活躍だったと、我が国のマスコミ(の一部)は報じた。また、米朝会談をシンガポールで行うことを安倍首相が進言したと、某国営放送の政権ベッタリ記者が述べた。どちらも虚報である。

このHboの記事が正確なところだろう。こちら。

我が国のマスコミが、さほどに事実と異なることを報じている、政権、安倍首相を持ち上げることに熱心であることは覚えておいた方が良い。マスコミの多くが、権力を監視し、批判する精神に欠けるばかりか、事実と異なることを報じている。もちろん、権力にしっかり対峙しているマスコミもある。そうしたマスコミを我々が支持して行くべきだ。

最近朝日新聞出版から刊行された『権力の「背信」』は一読に値する。森友・加計両疑惑をいかに取材したかということを、事実とともに丁寧に記載している。これらの事件は、政治行政権力の私物化、さらに公文書偽造・改ざん・廃棄という民主主義の根幹を揺るがす犯罪である。10、20年後に、何が起きたのかを正確に伝える基礎資料になることは間違いがない。こうして地道に取材活動を続け、社会正義の観点からスクープを連発してきた朝日新聞の取材は、のちのち高く評価されることになるはずだ。

虚偽を厭わず、権力の犬のように政権・安倍首相擁護の論陣を張るマスコミは、時の試練に耐えることができない。

官僚と記者クラブの関係 セクハラの温床を無くし、情報公開を徹底するために 

財務省のセクハラ問題。根が深そうである。

福田前次官は、セクハラを認めず職を去った。その後、財務大臣は、うやむやな形で彼のセクハラを認め、減給処分にした。南北朝鮮首脳会談にぶつけて、その発表をして、影響をできるだけ小さくしようと画策している。問題を正面から捉え、その背後にあるこれまでの財務省の上級官僚と、記者クラブの問題を明確にし対処をしないと、また同じことが起きる。

下記の望月記者の発言は重たい。彼女は、財務省だけでなく、記者クラブにも問題がある、と述べている。財務省官僚から情報を分けてもらいたい記者クラブが、財務省官僚の下手に回り、セクハラを生み出す宴会を斡旋していたというのだ。現在は、あらかじめ質問事項を記者クラブから財務省側に提示しているのではないか。そして、子細にわたる情報、ないし場合によっては特ダネは、官僚との私的な関係から得ている。その構造が、セクハラを生む。

記者クラブにも毅然とした態度が必要だ。だが、情報の一方向性は依然として残る。やはり、記者会見を予定調和の場にするのではなく、丁々発止徹底して議論できる場にすることが必要ではないだろうか。それはセクハラを防止するためだけではない。官僚が流したい情報だけを受け取るのではなく、国民が本当に知る必要のある情報をマスメディアが手に入れ国民に知らせるために必要な手続きなのではないか。

以下、引用~~~

東京新聞 望月衣塑子記者のfacebookでの発言;

いつも有り難うございます。福田前次官のセクハラ問題について、「被害者の思いに配慮し、今回の件で調査は終了」としきりに繰り返していた財務省の矢野官房長と伊藤秘書課長でしたが、こちらが少し取材した限りでは、セクハラともいえる言動は常態化していたし、それを財務省の一部職員や記者クラブ側も黙認していた可能性があると思っています。

福田氏が主計局長時代、予算審議が通った時などに、記者クラブの一部メディアの男性記者が幹事役となり、福田氏を囲む「女子だけ」の飲み会を数ヶ月に一回、開いていたそうです。その場で福田氏は女性記者の手を握ったり肩を抱いたり、恐らく〝受け狙い〟のつもりでしょうが「最近、セックスしてるのか?してないだろう、顔見れば分かるよ」などの卑猥な発言を繰り返したりしていたと聞きました。福田氏の部下の財務省職員も同席していたそうです。

今回、福田氏のセクハラ疑惑報道が出た後に、「昔のことを思い出してしまう」「他のセクハラ被害の記憶もフラッシュバックする。ニュースは見たくない」と訴える女性記者にも複数人、会いました。一部週刊誌にも出ていましたが、ある社の女性記者は福田氏からのセクハラについて会社の上層部に直訴したものの、その後、編集局部門を外されたという話も耳にしました。

これは単にセクハラをしていた福田氏個人と、告発した女性記者との2人だけの問題に留まらないと思っています。福田氏の要望に応じてなのか、〝忖度〟してなのかわかりませんが、女性記者を〝歓ばせ組〟のように扱う会を定期的に開いていたことが、福田氏の言動を助長した要因ではないか、と思います。

矢野官房長は会見で福田氏のセクハラが「常態化していたとは思わない」「二度とこのようなことがないよう今後、社会の手本となるような組織にしたい」と話しました。

でも、この飲み会に同席した財務省の男性職員は、福田氏の数々の言動をみているはずですが、一週間以上もかけて「調査をした」という財務省は、上記のような状況について職員や記者クラブに聞き取ったり、把握したりした形跡は全くありませんでした。

財務省が組織として、このセクハラ問題に徹底的に向き合うつもりであれば、福田氏の常態化していただろう他のセクハラの把握にも務め、記者クラブ側の意識改革も含めて双方の話し合いを進めるべきでしょう。今回のセクハラ問題をテレビ朝日の女性記者だけに矮小化し、問題が拡散するのを防ごうという思惑が透けて見えます。

「被害者は、財務省の指定した弁護士事務所に名乗り上げて欲しい」との文書を財務省が流した後、記者クラブが「セクハラ告発の2次被害にも繋がりかねず、財務省が徹底調査を行ってないだろう時点での要請はおかしい」との抗議文を財務省にクラブとして提出した時、大手メディアでは、大手経済紙だけがその抗議文を連名で出すことに同意しなかったと聞きます。なぜ、抗議文を出せないのか、記者クラブと財務省の馴れ合いを象徴しているかのように見え、大変ショックでした。

私たちマスメディアに所属する記者は、今回のことを財務省の福田氏個人の問題に留めるのではなく、記者クラブと省庁との〝馴れ合い〟の問題、セクハラ・パワハラに対する認識の甘さの問題として、自ら見つめ直していかなければいけないと感じます。

権力の犬たち 

マスコミのトップにいる人間が、首相と定期的に会食をする・・・これは、どう考えても不偏不党の原則を踏みにじっている。

このマスコミの連中は、権力者に尻尾を振って、何かおこぼれに与ろうとしているのではないか。権力の犬だ。

首相動向:

午後6時17分、官邸発。同24分、東京・丸の内のパレスホテル東京着。同ホテル内の宴会場「桔梗」で、渡辺恒雄読売新聞グループ本社主筆、福山正喜共同通信社社長、熊坂隆光産経新聞社会長、芹川洋一日本経済新聞社論説フェロー、北村正任毎日新聞社名誉顧問、海老沢勝二NHK元会長らと会食。

朝日新聞は肝を据えた 

天木直人のブログで、天木氏は朝日新聞が安倍政権へ明確に反旗を上げたことを述べている。こちら。

森友文書改ざん疑惑、裁量労働制による過労死自殺、そして某ジャーナリスト強姦疑惑を立て続けに朝日新聞が報じた。

政府は、「働き方改革」の高度プロフェッショナル制度は導入すると言明している。高プロ制度は、裁量労働制の究極の形で、実質残業代ゼロ制度である。一旦導入されたら、年収要件等すぐにどんどん切り下げられる。派遣労働法が導入された後、対象職種が拡大され続け非正規雇用が4割を占めるまでになった。そもそも残業代ゼロ法案は、財界が強く望んでいる制度であり、労働者には仕事量を加減する裁量などない。1992年以降、実質賃金低下の総額が、企業内部留保の増加分とほぼ等しいという事実がある。財界は、さらに利益を出すために、給与を削減する。その一つの方策が、高プロ制度なのだ。高プロ制度が新たな過労死、過労自殺を生むことになる。また、内需をさらに冷え込ませる。

某ジャーナリスト強姦疑惑は、全世界で報じられている。先日も、米国のABCが詳細に報じていた。我が国のメディアは、この事件の報道をするのに腰が引けている。とくに、菅官房長官の秘書を経て、当時刑事部長だった中村格氏が、所轄警察が適正な手続きでとった容疑者の逮捕状執行を、直前に取りやめさせたことが重大な問題だ。政権が警察権力の行使を左右していたとすると、権力乱用である。この権力乱用は、籠池氏夫妻の7か月に及ぶ逮捕勾留のように市民への不当な警察検察権力の乱用にもなりうる。

森友学園文書改ざん疑惑は、前のポストに記した通り、政府・行政の信頼性を根本から揺るがす。決裁を受けた同じ文書が二通存在するということは、政府・行政が何でも欲するところを行うということを意味する。

何かと批判されることの多い朝日新聞だが、この件に関してはもろ手を挙げて賛意を表し支援したい。

安倍首相は、早速電波割り当てを考え直す等とマスコミに圧力を加え始めている。電波行政を私的に利用しようとする阿漕なやり方だ。

相撲問題報道はもうたくさん 

テレビは殆ど見ないのだが、ワイドショーの類は、これでもかとばかりに相撲の問題についての報道・議論を続けている。よくあれだけ続けられるものだ。正直、呆れる。相撲は、国技等と言うが、国家のスポーツ等ではない。単に税制上優遇されている見世物興行だ。これだけテレビが相撲問題を追いかける理由は、最終的に、視聴率を上げられるためであると聞いた。

なぜ相撲問題に関心を持つ視聴者が多いのだろうか。普段、それだけの人間が相撲そのものを見ているとは思えない。相撲問題で、どうもモンゴル出身力士が叩かれているのを快く思う、下種の感情が、視聴者の側にあるのではないだろうか。勿論、巷間問題にされている通り、モンゴル出身力士の間に「互助会」があり、八百長まがいの相撲取り組みを彼らが行っていた可能性もある。だが、それは相撲界全体の問題ではないのか。自分と関わらないところで、力士を叩いて何が解決するのだろうか。微妙な差別感情をベースに持ち、自らに関係しない人々を興味本位に追及する、このテレビの在り方、その背後にいる多数の視聴者に何か不健康なものを感じる。

注意を向け、議論し、問題を把握すべきことが、この相撲問題以外にたくさんある。今一番関心を寄せなければならないのは憲法改正問題だ。特に、マスコミが殆ど問題にしない、緊急事態条項は、ナチスの全権委任法と同じもので、日本を独裁国家に導くものだ。それを徹底して議論し、問題を指摘するのがマスコミの役割だろう。また、国民も、自らの近い将来を悪夢のような状況に追いやる、この問題に関心を持つべきなのだ。この相撲問題に通底する人種差別感情は、ナチスが勃興したときと同じ国民感情だ。我々は、改めて覚醒する必要がある。