FC2ブログ

まともなキーイングが・・・ 

最近、まともにキーイングが出来ない局が、結構現れる。エレキーのコントロールが効かないような感じ。アマチュア無線興隆の地、米国のハムにかなりいるのだ。高齢化のためかと思うのだが、そのような局は、受信も今一つだったりする。

これで、ノーコードライセンシーが増えてきたら・・・あまり想像したくない。あまりこんなことは書きたくなかったが、この数日特に感じたこと。

ま、あと数年して自分も同じようにならぬとは限らぬし、物言えば唇寒くなる前に止めておこう。同士諸兄姉、ともに心しよう!

子どもの権利 

教育基本法の改訂に対して、子どもの権利のための国連NGO DCI という団体が、抗議をしている。必見の内容だ。

彼らによれば、国家主導の愛国心教育とともに競争を教育の領域に持ち込むことが、今回の改訂の狙いであり、それが、子どもの権利のための国際条約に抵触するということだ。

日本は、人権を守る思想の根付いていない社会だ。同条約に加盟したのは、190数カ国の加盟国の中で150数番目だったという。

現在の政権のキャッチコピーは、再チャレンジ可能な社会の実現だそうだ。しかし、その言外には、想像を超える競争社会を到来させることを目指すという方針があるのだろう。

競争がフェアーに行われるのならば、まだ良いかもしれない。が、子ども達に機会が均等に与えられているのか、大いに疑問だ。この競争とは、強いものはさらに強く、弱いものはさらに弱くなるのを助けるのではないか。

学校で「いじめ」に遭っている子に時に診察室で出会うことがある。彼らをいじめる子に一番の問題があることが多い。そうしたいじめっ子は、家庭や、他の場所で人間関係のプレッシャーを受けていることがある。過度の競争社会は、いじめを助長しはすれ、解決をもたらさない可能性が強い。

競争社会・・・なんという浅薄な思想の産物なのだろう。

私の医療崩壊 小論 (7) 

小論(6)に記した番組で、小児科医として憤りをとくに覚えたことがありました。それについて、あるBBSに記した文章を転記します。

忙しく仕事をしているほかの職種があることは、重々承知をしていますが、医師、特に勤務医という仕事は、現在低コストと安全性を両立する職場で酷い状況になっています。生命というかけがえの無いもの、対応に失敗のゆるされぬ存在を相手にする仕事であり、緊張の連続の36時間(さらにはそれより長時間の)労働がまかり通っている現状は決して放置できぬものです。さもないと、患者さん自身に大きな不利益が生じます。医師以外の職種の方にはなかなか関心をもたれぬことではありますが、ご自身にも関わってくる問題なのです。

以下、転記・・・

そうした番組(10月14日のNHK番組)で、小児科医であった父親を亡くした若い女医さんを取り上げていました。その父上の自殺の理由は、小児科医として多忙を極めたためだったらしい。

医師免許を取 得したばかりの彼女を取材し、彼女が迷った末に、父親と同じ小児科を専攻することにしたということを、あたかも美談であるかのように報じていました。父親の亡くなった理由 は伏せたまま、父親の遺志を受け継ぐ娘といった美談です。

この報道にも、問題の本質をあえて掘り下げようとしない、押し 付けがましいNHKの姿勢がはっきり受け取れるもので、怒りを感じたものです。まるで、戦争に若人を狩り出すマスコミです。

ネットって・・・ 

寝る前に、ネットサーフィンをしていたら、熊谷氏のブログで例の削除依頼があった件の続報が載っていた。ブログプロバイダーは、削除依頼に対して、全く機械的に対処しているらしい。互いが納得しなければ、裁判沙汰になるかもしれない、またはブログが削除されるらしい。

ネットってこんなものなのね。言論の自由もへったくれもありゃしない。まぁ、発言内容の是非をプロバイダー自身がすべて判断することは難しいかもしれないが、常識というものがあるだろう。常識的に判断できることもあるはずだ。それが通用しなければ、ネットは殆ど意味がなくなる。

V31JP 

今夜は、10時過ぎから、日が変わるあたりまで、7メガに居座っていた。バンドがこれまでになく静か。べた凪のようだ。ウッドペッカーも時々顔を出すが、弱い。

実は、いそいそと無線機の前に座ったのは、昔からの知り合いが、クラスターに7メガの西ヨーロッパをアップしていたからだ。その友人が聞けるかもしれないと思ったが、信号を聞くことはできなかった。若手の彼、ばりばり無線をまたするようになってくれるかな・・・。

北米西海岸は良く入っていた。さて、休もうかという時に、Joe V31JPが呼んできた。彼のホームコールはK8JPであり、冬に避寒を兼ねて、ベリーズに滞在する。ピークで599.彼が2エレを用いていることもあるが、0時前後にV3がこの強さではいるのは珍しい。今年もmoveしてきたのだね?と尋ねると。まだ永住するわけではない、来年W8の自宅を売って移住してくる積りだと言っていた。子供達と電話で話をするというので、何故無線を始めさせないと突っ込んだ。娘の一人に無線の免許を取るように働きかけていると言って笑っていた。 

さて、明日は戦いの日だ。寝よう!

多忙・・・ 

忙しい。診療、銀行・信金への入金・振込み、様々な雑用の嵐・・・。シーズンズグリーティングを、K1YT・W6IJ・K6TS・KR5V宛てに投函。冬休みの前後、特に前は死ぬほど忙しくなる。昨夜も、自宅に戻ったのは午後10時半。他の業種の方は、こんな時刻の帰宅は日常茶飯事なのかもしれないが、私のところは「休みが無い」に等しいのである(って、息巻いてどうする>自分)。昨夜は無線に出られず。今夜は、少しは出られるかな。チェロにもちょっと触って帰りたいものだ。

典型的な、ぼやきブログ・・・。

N6SC SK 

1980年代から、親しくさせていただいていたSpencer Collins N6SCが、今年2月にカリフォルニアで逝去されていたことをネットの情報で知りました。享年85歳。

私が大学病院の教職員住宅からバーチカルでカムバックした1980年代初めに、7メガでお会いし、親しくお付き合いさせて頂くようになりました。

彼は、第二次世界大戦中は、通信兵として、アリューシャン列島方面で戦ったようです。戦後、軍関係の仕事を日本でなさったこともありました。パンアメリカン航空に在職していた頃、私の旧友というかelmerのお一人、Ralph Multon WB6BFRの部下として働いていたこともあったことが後に分かり、奇遇だと驚いたことでした。

1980年代から90年代にかけて、毎年夏日光にやってこられました。レシプローカルライセンスが許可されると早速7J1AAZというコールを取得されました。日光に来るのにあわせて、当時の狭い我が家においでくださったことも何度かありました。とても気遣いをされる方で、来訪の度にお土産を持ってきてくださり、米国で私の信号を録音して持参して下さったりしました。家内の手料理を、美味しい美味しいという日本語を連発しながら食べて下さったのも懐かしい思い出です。

自作の好きな方で、自作のキーボードを持参してこられたこともありました。CWもとても上手で(といっても、送信はたいていキーボードでしたが)、冗長に流れない、とてもきびきびした送信が記憶に残っています。

彼と最後にアイボールでお目にかかったのは、彼が日光から帰国の途に着くために成田に向かう途中、私の仕事場に寄って下さった時でした。1996年頃のことだったでしょうか。とてもお元気そうでした。その後も、いつか直接会おうと無線で話し合っておりましたが、果たすことができませんでした。

彼は、2年前に亡くなった父と同年齢。また一人、親しい方を失った思いで一杯です。

私の「医療崩壊」小論 (6) (長文注意) 

この10月14日、NHKが下記のプログラムを放映した。医療のこれからを考える、関係者・市民が多数参加した番組だった。NHKサイドの考えた番組の方向性は、医師数が増えると医療費が増加するから、医師数は増やさない*、医療費国家予算を破綻させぬために混合診療を認めて、医療費を削減する**というものだったと思われる。

ところが、医師・患者代表の方々等が、それとは違う方向に議論を持っていった。リアルタイムの番組だったから、編集は効かなかったのだ。

番組でNHKが示したかったであろう*、**の論理は、医療経済学的に見て、誤りであることが既に分かっている(「改革のための医療経済学」Yoo Byung-Kwang著参照)。

医師数が、医療費を増大させるというドグマが、誤りであることは、実証的な医療経済学を学べば、すぐに分かることだ。それを、一昔前の官僚が言った通りに、この番組でも繰り返していた。官僚が無謬であるということはないこと、さらに彼らは自らの誤りを容易に訂正しないことを明示している事実だ。

下記の番組のサマリーは、某医療BBSにアップされたものだ。長文の上に、議論の全貌をつかめないかもしれないが、ぜひお読みいただきたい。

ここで強調しておきたいことは、我々医療人は、自らの権益を守りたいのではない、医療が、一部大資本と特権階級のものになってしまう事態を避け、医療スタッフの困難な状況・医療費がいかに不当に削減されているかを国民の方々に理解して頂き、近年世界一とWHOから認定された今の医療システムをよりよく発展させたい、ということなのだ。米国のように、中流に属する方が一旦重い病気にかかると、それが原因で破産するとか、低収入の方が満足な医療を受けられぬという社会にしてはならない。近い将来、リタイアし医療を受けることになる私の問題であり、またこれをお読みの貴方ご自身の問題でもある。


以下、引用・・・

10月14日(土)の夜NHK「医療――安心できますか?」 より

<夕方5時からは当直。当直は月6回。頭部打撲の患者が救急搬送され、初期診断の後脳外科医に連絡を取る。続いて別の患者の外傷処置。患者が途切れると、生命保険の診断書 を 書く。しかしまたすぐ急患で呼び出される。仮眠を取れたのは、勤務が始まって18時間目。
翌朝は外来。医師は当直の翌日も休みではない。抗がん剤治療の外来だが、当直明けで薬の量を間違えそうになったことがある、と紹介された。『自分が疲れているが故にプラス された危険性が患者さんにはね返る。それだけは避けたい』と話す。午後はまた手術があり、仕事が終わったのは午後9時。ナレーションは『こうした環境に耐えかねて、勤務医 を辞める人も増えています。あなたはこの現状を、どう思いますか』と締めくくる

会場に戻り、全国どこでも医師は不足しているという意見が、次から次へと出た。都会の勤務医の代表として発言した増田剛医師は「先ほどのVTRでも実態を正確には反映して いない。勤務医の中で当直できる人数は限られている。限られた人数で、派遣の応援も借りながら、何とか回している。そういうところに負担がかかるから、医師はやめていく。 やめればさらに負担がかかる。ドミノ倒しです。それだけ頑張って働いても、何かミスをすれば逮捕までされてしまうという世の中です。これじゃやってられない。」

これに対して、厚生労働省の辻哲夫事務次官の回答は「病院の医師が歯を食いしばって頑張っているのはわかっている」とは言うものの「でも毎年3,500~4,000人増え ている。これは理解して欲しい」という返答だった。

今回の病院医師代表の済生会栗橋病院副院長の本田宏医師の発言は、国際的な比較も交えて「医師が増えているといっても、病院勤務医は減っている」「 日本の医師は26万人だが、OECD平均並みを目指すなら38万人いなければいけない」。

次のVTRは、OECD30カ国のうち、日本の人口あたりの医師数は27位であるという紹介。医療費抑制のために医師数を抑制しているが、これをどう考えるか。

Q「あなたは『医療費を抑えるために医師の数を抑制する』という考え方をどう思いますか?」
<結果>1.賛成 605
2.反対 6,619
3.どちらともいえない 1,082

厚生労働省の辻次官は「今の増え方で行く」という回答。本田医師は「ではOECD平均との乖離がどんどん開いても構わないということか?」「日本は世界一の高齢化社会なん です。医療を必要とする人が多いんです」「日本の医療費は先進国平均よりはるかに少ない。先進国平均まで増やすことは問題ない」と突っ込んだ。
医師数を抑制することが医療費抑制につながるのかどうか、議論にのぼらなかった。本田医師が述べたように、日本の医師数は圧倒的に不足している。

第2部
日本の医療費総額は2004年で32兆円。2025年にはこのまま行くと65兆円(うち高齢者医療費が30兆円)という厚生労働省の試算が示され、VTRでは「制度の改定 によりどうやりくりしても経営が成り立たない」と病院を追い出されそうな人の例や、入院していた病院が閉院して居場所がなくなり、息子が仕事を辞めて介護している例などが 示された。

Qあなたは、高齢者の医療費を抑制することをどう思いますか?
<結果>1.抑制はやむを得ない 2,838
2.抑制すべきでない 4,885

厚生労働省の辻次官は「生活習慣病の予防をきちんとやって、それでも病気になってしまった場合には、早期に治療をしてリハビリもすれば、車椅子で帰るような人が杖歩行で帰 れる。そうすれば在宅で過ごせる。」と言う。どう も現場を知らずに観念でものを言っている感がぬぐえないし、回答が的外れである。これに対して開業医の種市さんという人が、「高齢者は増える。医療は高度化していく。医療 費が増えるのは当たり前。無駄を省けば増えないというものではない」と発言。こちらの方が現場を見ている正論だと感じる。
本田医師が述べた「厚生省の予測より医療費は抑制されている。日本は世界の高齢化社会の中で、唯一医療費抑制に成功している。ここまで抑制したのにさらに抑制しようとして いるのが問題」などの意見に対して、辻次官は「2025年に医療費が65兆円になるというのは、患者負担を上げるとか、診療報酬のマイナス改訂をするとかしない場合の予測 であって、現実には様々な改革をして横ばいなので、改革をしなければ年3%伸びている」
やはり日本の医療費は、様々な方法ですでに抑え込まれている。

ここで一つのパネルが示される。サラリーマンも家族も高齢者も、窓口負担が次々に引き上げられてきたというデータ。続くVTRでは、若いC型肝炎の患者が、治療が高額で 窓口負担額も高いため、治療に踏み切れないでいる例が紹介される。また、国民保険料を払えない人に督促をおこない、それでも払わない人には保険証を使えないようにする自治 体も紹介された。払わないのではなく、払ったら生活ができないという住民の声も交えてあった。

C型肝炎の患者はスタジオにも来ており「厚生労働省がお金がないから全額自己負担しろと言うなら、死ねと言われているのと同じ」と訴えていた。保険料不払い者の保険証の使 用停止に踏み切らざるを得なかった市の市長も来ていて、国の制度の度重なる改定で苦渋の決断をせざるを得なかったと、切々と訴えていた。

これに対する辻次官の答は言い訳にもなっておらず。

次に、経済財政諮問会議の案の紹介。
「時は20××年、最近心臓の調子がおかしいAさん。病院に行くと手術が必要と診断されました。
そこで手渡されたのが治療の二つのメニュー。
梅コース)6人部屋で手術は1ヶ月待ち、執刀するのは新人医師で、退院まで1カ月かかります。でも、保険がきくのでお値段は10万円。
松コース)明日から入院でき、個室で専門の看護師。執刀するのはカリスマ医師。最先端の医療技術で3日で退院できる。お値段は保険の10万円の他に、特別料金1000万円 かかります。
Aさんは松コースを選びました。この特別料金が病院の新たな収入源になり、国は税金や保険料を多くつぎ込まなくても病院の経営が成り立つようになり、腕のいい医者に多くの 給料が払える」という話。

保険診療と自由診療の両方のいいとこ取りをするのが混合診療のような説明があったが、本田医師は「それに一番近い米国を見れば、医療費が増大することは明らか」と反論。

本田医師は次々と「英国は医療が崩壊して、医療費を1.5倍に増やすことを決めた。日本も今上げるべき時なんです。今下げるのはおかしいんです」「これから団塊の世代 が歳をとって、20年後にどうなりますか」「予防予防といっても、歳をとるのが2~3年遅くなったって、必ず病気になるんです」など、現状を把握するための発言をした。

最後の設問はQ「あなたは、これからの日本の医療のあり方は、どちらがいいと思いますか?」
<結果>
1.公的負担が大きくても、国が十分な保証をする 3,230
2.市場原理を導入し、公的負担を小さくする 993 >


経済財政諮問会議や厚生労働省の変な政策に振り回されてばかりいてはいけない。

逮捕や訴訟されかねない危険な状態になるまで、
へとへとで踏ん張っている
現場の医師が逃げ出さなくて済むように、
日本の社会がかわるように、
医師自らも発言しよう。

ドイツ語 

大学に通う次男坊が、哲学に興味を示し、そこからドイツ語にも勉学意欲を示し始めた。日本語を含めて語学がとても苦手であった彼にしては、びっくり仰天の変化だ。(ちょっと冷やかし気味に、まずは英語の力を付けた方が良いのではないか、と尋ねると、いや、英語は結構やったが伸びなくなってしまった・・・とか(笑))。

ドイツ語の語学力を見る、ドイツ語検定という試験があるらしい。英検のドイツ語版だろう。一応の目標をそれにおいて、勉強しているらしい。一緒に試験を受けないかと、母親に持ちかけたようだ。二人でその気になって準備している。(どういうわけか、私には声がかからなかった。高専・大学と計4年間勉強したのだが、今では蓄積ゼロになっているから仕方ないか。)

家内が、ドイツ語の教材やら、電子辞書を探したが、大変少ないらしい。医学も、英語一辺倒になって久しい(というか、専門課程でドイツ語を必要とはしない。)恐らく、ドイツ語を学ぶ学生・社会人はとても少なくなっているのだろう。

しかし、ドイツ語圏の文化には、オーソドックスなものが多い。哲学のみならず、文学・音楽でもドイツ語圏には大きな華が咲いている。ドイツリートなど余り聴かないのだが、先日、シューベルトの「白鳥の歌」をBSで放映しているのを見て(聴いて)、いたく感動した。私を、医学に誘った、フランクルもドイツ語圏の精神病理学者だった。それに、高名な政治家、ワイツゼッカーもドイツ人だ。日本にも彼のような政治家が出現しないものかといつも思ってしまう。

というわけで、外国語を学ぶこと自体、他文化の理解を深めることになり、さらにそれを通して自国の文化を知ることになる。ドイツ語は、学ぶ価値の大いにある言語だ。息子がどこまでやるか、親の語学力を考えると大したことはないだろうが、暖かく見守ってやりたい。

W7ZQは、ドイツ系のアメリカ人らしく、ドイツ語が堪能のようだ。最近は、高齢のため行かなくなったが、一頃は毎年夏にドイツに旅をしていた。オンエアーで片言のドイツ語で挨拶を彼にすると、ペラペラと返されて往生したことがあった。私も、ぼろぼろのドイツ語辞書を持ち出そうかな・・・試験は受けないが・・・。我が家のリビングルームでは、ドイツ語の文法や、単語が飛び交う・・・。

K5RC/M 

今夜お相手頂いたのは、経営コンサルタント(だったよな?)のTom K5RC。ヒューストンでの仕事を終えて、お子さん、お孫さんに会い、Tucsonで一泊し、早々に帰路についたらしい。あちらは陽が上り始めた頃か。

ハムの試験からCWを削除したFCCのことに話が及ぶと、CB ORIENTEDになってしまったと言って、笑っていた。FCCが、この決定を下した理由を尋ねると、彼の考えでは、一つは経済的な理由、二つ目はCWが緊急通信に必要ではなくなったことが上げられるとのことだった。

経済的な理由とは、アマチュア無線の市場をこれ以上縮小したくないということかと尋ねると、リグなどを作っている製造業者が、ロビー活動を行って、試験を容易にするように働きかけたに違いないということであった。

FCCの決定には、感情的なことは一切関わっていないはず、と。

しかし、CWの技は、こうした変化とは関係がない。ちょうと、訓練の必要な旧い楽器が、電気楽器に置き換えられたりしないのと同じことだ、というのが彼の考えのようであった。

俺にCW廃止問題について語らせないでくれ(とめどなく議論を続けてしまうから)と言って、笑っていた。

政治行政は、確かに、一部のCW愛好者の心情論等には一瞥も与えないことだろう。日本でも、米国の先例にならって、すぐにCW不要の試験にすることだろう。この問題に関して、形式だけのパブコメ募集なんてやってから・・・空しい話だ。

同じことの繰り返しになるが、アコースティックな伝統楽器と、電気楽器ないしPCによる音楽との差異ほど、CWと他の通信手段には差があると言えるかもしれない。アコースティックな楽器を習得する、長時間の訓練に耐えて、初めてそれを操る喜びも得られる、ということだ。アコースティックな楽器から得られる、より人間的な響き、それにも比せられるCWの喜びがある、ということだろう。

私のチェロとの比較では、とほほなCWになってしまうが・・・ま、いいか・・・。さて、興味深い交信を一つ出来たことに満足して寝ることにしよう。

何のためのガイドライン? 

この数年、わが国の医療界では、各種疾患の診療のガイドライン作りが盛んだ。私が関心のある小児気管支喘息についても1990年代後半から、2、3年おきにガイドラインが関連学会から発行・出版されている。その内容は、よくまとまっていて、診療の参考にするには便利だ。

しかし、このガイドライン作りを促したのが、厚生労働省官僚であったことを、ある本を読んでいて知った。臨床的なデータ・根拠に基づいた医療EBMを実践する上で、ガイドラインを一番のバイブルにするという目論見だったらしい。ガイドラインに基づく医療を実施させることによって、ひいては医療費の削減ができると、官僚の方々は考えたらしい(李啓充氏の著書による)。

小児特定疾患事業という、慢性疾患に対する公的扶助の制度がある。これも、この2,3年で規模が縮小され、喘息で公的扶助を貰える患者は、殆どいなくなってしまったのだが・・・。それでも、時々、この制度の申請をすることがある。ある時、県の担当者から電話がかかってきた。ある喘息の重症度と、治療内容が、ガイドラインから一致しない、というのが、彼のクレームであった。一致しないことは、当然あると説明して、お引取り願ったが、官僚の本音は、ガイドラインに沿った医療でなければ認められないということだったのか、と理解することができた。恐らく、診断と治療を対応付け、医療費の画一化を目指したい、それによって、医療費のコントロールを容易にしたいというのが、厚生労働省官僚の発想だろう。

ガイドラインは、ある疾患を理解し治療する大枠を指し示しているに過ぎない。それにそぐわない例外は、多数あるのだ。気管支喘息のように複合した病因・病態からなる疾患は、対応も複数ありうる。さらに、患者の置かれた社会的な状況等も考慮する必要がある。小児気管支喘息では、最近、ステロイド吸入を早期に行うことが流行のようになっているが、今年Lancetに載った論文では、ステロイド吸入による乳児喘息に対する早期介入が、喘息の予後を改善しないというデータを示していた。それ以外にも、同様の論文が散見されるようになった。

一方、乳児期の喘鳴を来たす病態のある種のものが、永続的でなく、早期に改善することも報告されている。かように、小児気管支喘息の病態は、多因子からなり、その予後も病態によって大きく分かれる。単一のガイドラインで対応しきれるわけがないのだ。

昨夜・今朝の7・14メガ 

引き続き、CONDXが回復しているようだ。夜間、ヨーロッパと北米西海岸から、一頻り呼ばれた。しかし、信号強度がまだ今一なのと、北ヨーロッパが余り聞こえない。ヨーロッパ南部が強い。ようやく冬枯れはひとまず越えることができたようだ。

朝、アンテナ組み立てが一時休止なので、7、14を聴いた。7では、下のほうで、どうもアフリカらしい局が、北米・ヨーロッパ相手にパイルを捌いていた。コールをなかなか打たないが、どうもあのキーイングはUA4WHXの運用だ。JAもアップでパラパラ呼ぶ局がいたが、取れない様子。上のほうで、和文で国内交信をする局が、2,3ペア。閑散としている。14も、静か。SSBで弱くWが聞こえるが、CWはまったく何も聞こえない。

殆ど電波を出さずに、仕事場に向かった。

CWの未来 

FCCはアマチュア無線の試験から、CWを除外することに決めたらしい。このニュースは、私にとって、ある種のインパクトではあったが、それ以上のことではなかった。予期されていた変化であったから、だ。ARRL等でNO CODEライセンスについては、喧々諤々の議論が、だいぶ前からあったようだ。それを経ての、結論だったのだろう。

この決定が、アマチュア無線とCW界にどのような影響を及ぼすか、よく分からない。CWを楽しむ人間が、さらに減少するのかもしれないし、アマチュア無線への敷居が低くなって、その人口が増え、結果としてCWを愛好するハムも増えるのかもしれない。

しかし、私の見るところ、少なくとも、CW界にはあまり影響しないかもしれない。というのは、これまでのアマチュア無線の試験のCW技術の要求が、実際上の交信に必要とする技量とかけ離れてしまっていたからだ。それに、試験を通るだけにCWを覚えても、それを運用することにはならないことが多かったのではないか。試験のCWと、実際のCWが、乖離してしまっていたのではないだろうか。そうだとすると、試験でCWが要求されなくなっても、実際のCW界への影響は、殆ど無いように思える。

CWとは何か、CWの意味とは何かという問いは、CWを楽しむなかで自ずから明らかになってくることだろう。全世界のCW愛好家と、CWによって楽しく交信することが一番大事だ。それを耳にした若い世代の方々が、CWに興味を持ち、この世界に入ってきてくれること、それが一番重要なことだろう。試験からCWが除外されても、喜びも悲しみもしない。

さ、CW愛好者の諸兄姉、我々の未来を、これから一緒に切り開いてゆこうではないか。

何かが狂っている・・・ 

私の住む県の県庁所在地に長年住んでいた老夫婦が引越しを余儀なくされることになった。彼等は既に80歳代後半。御主人は、長年キリスト教の伝道者として、良い仕事をしてこられた方である。私を含めて周囲の者は、尊敬を込めてT先生とお呼びする。

彼等は、同じ借家にかれこれ40,50年お住まいだった。が、貸し手の都合で、退出を余儀なくされたのだ。貸し手には、きっと何かの理由はあったのだろう。借り手の権利だけを主張する積りは、私にはない。

が、こんなに長く住んできて、80歳代になって、追い出されるように転居を迫られている老夫婦の立場に立つと、何かがおかしいのではないかと思う。老齢の方にとって、住み慣れた家を離れることは大きなストレスだ。日本の社会は、老齢の方を尊ぶことが、その伝統ではなかったのか?社会的な弱者の立場が、これほど簡単に踏みにじられるのか?

幸い周囲の多くの方々が、お二人をバックアップをするようだ。私もその末席に加えていただいた。新しい良い住処を見出だして、平和な余生を送って頂きたいものだ。

ほっ・・・ 

714の件のエレメント部品、やはりクリエート側の出荷の間違いだったらしい。今日、送ってくれる旨の返事だった。ほっとするが、他の部品に関しても疑心暗鬼になってしまう。何しろ、20m高に上げてしまってから、取り違えが分かっても遅い。上げる途中で、FTIがSWRのチェックをしてくれるだろうことを期待しよう。

モーツァルトのト短調 

今年は、モーツァルト生誕250周年という年で、盛んにモーツァルトが取り上げられている。

モーツァルトは、確かに天才的な作曲家で、すべての作品がすばらしい。あのかろやかさと、その背後にある深さは比類が無い。ただ、私には、かるすぎる・・・こんな簡単な言葉で言い切っていいものか分からないが、あまりにかろやか過ぎるのだ。

しかし、モーツァルトの短調の曲は、しばしば聴く・・・この聴き方も、彼の音楽の本質から顔を背けた聴き方であることは、重々認める。それでも、短調の一群の音楽は、しっくりこころのなかに入り込んできてくれる。

彼の作曲したト短調の曲群は、独特の響きを聴かせてくれる。25、40番の交響曲、KV516の弦楽五重奏曲、それに1番のピアノ四重奏曲等だ。ト短調という調性そのものの特徴もあるが、ある種投げやりな暗さとでも言うべきものを聴くことができる。憧憬や、諦念を聞かせるホ短調や輝かしいハ短調等といった調性とはまったく異なる、奈落に落ち込むような暗い、刹那的ともいえる感覚。それが、モーツァルトのかろやかさという装いで現れる。とても魅力的な音楽だ。

今年の夏、とあるホールで、このピアノ四重奏曲の1楽章等を、知り合いの方々と合わせた。ドイツ帰りのSさん(Vn)、音楽を専攻する高校生のCさん(Va)、昔の同僚で小児科医のA先生(Pf)それに、美女に囲まれてにんまりの小生(Vc)、演奏を終えて、ホールの前で。玄人はだしのVn奏者である、Sさんの妹さんMさんと一緒に。

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ベーゼンドルファーのまろやかな音色のピアノ、それに切れのある演奏をしてくださった私以外の弦楽器奏者のお二人。至福の一時だった。Sさんの留学先だった都市の名前を頂いて、ミュンスター弦楽四重奏団という名称まで付けたのだが、その後の練習がなかなか続かない(笑。

マスコミの無責任報道 

12日付けの毎日新聞が、「出張分娩」をする山口在住の助産師を紹介していた。病院や診療所の産科では達成できぬ「妊婦・赤ちゃんのための」自然な分娩を実現するために、始めたのだという。この記事を記した新聞記者は、下記のような文面で、この助産師の紹介を結んでいる。米屋さんというのは、その助産師。

引用・・・

出産時も家族と一緒に妊婦を励まし、アドバイスするが、必要以上の処置はしない。「お母さんをはじめ、生まれてくる子や家族に『一緒に力を合わせて産まれた』という実感を持ってほしい。そのお手伝いができれば」と米屋さんは笑顔で話す

引用終了・・・

分娩には、様々な危険な合併症が伴う。言ってみれば、母親は、自分の命をかけて子供を産み落とすのだ。安全にお産ができるように、これまでの産科医・産科スタッフは、苦労を重ねてきた。

ところが、マスコミは、無責任にも助産師による「自然」分娩を誉めそやす。助産師だけでは、分娩時の急激な合併症に対応することは不可能だ。この記事の書く「自然」分娩は、産科医療を終戦直後の状態に戻すことを意味する。

手元の妊産婦死亡率・新生児死亡率の経時的な変化を見て欲しい。

妊産婦死亡率(出生10万対)

   1955年     178.8
 
   1997年       6.5

新生児死亡率(1000人対)
  
   1947年      31.4
   
   1997年       1.9

このように、終戦直後から劇的に減少し、わが国の産科医療が大きな成果を収めてきたことが分かる。新生児死亡率は、世界トップ。妊産婦死亡率も、先進国レベルを保っている。     

この毎日新聞の記者は、産科医療を1947年や1955年のレベルに戻そうと主張しているように思える。マスコミの全てがそうだとは言わないが、医療スタッフ、特に産婦人科医の懸命な努力で、低いコストで高い成果を出している医療の現状を安易に否定する傾向が、マスコミに見られる。極めて無責任なことだ。

これから、おいおい記して行きたいと思うが、こうしたマスコミの風潮は、産科医療以外でも頻繁に見られる。無責任極まることである。そうした世論誘導が、いかなる結果をもたらすか、極めて憂慮すべき事態になっている。

5エレ クワッド 

今夜は、7メガ、大分持ち直してきた。ヨーロッパや、Wから、そこそこ呼ばれる。ビームがサイドを向いているのに、ガツンと呼んできたのが、S52AW。アンテナが5エレクワッドだと言う。2エレは、時々聞くが、八木も含めて、5エレは初耳だ。ブームは、どんな構造になっているのか、などと想像しながら交信した。残念だったのは、ラバスタに毛の生えた程度の交信しかできなかったこと・・・。

714を引き続き組み立てたが、ラジエーターの先端のエレメントが、定格2000mmなのに、1900のものしか見当たらない。他のエレメントに誤って用いてしまったのではないかと、いろいろチェックしたが、やはり見当たらない。コストダウンをするために短くしたのか?明日、クリエートに問い合わせる。あぁ、こんなんじゃ終わらないよ~。

いよいよ、インフルエンザの流行も始まったようだ。体力温存で、寝ることにしよう。ノロウイルスに関しては、通常濃度のアルコールでは死滅しない、次亜塩素酸(キッチンハイター等)が良い、嘔吐物が乾燥し空気中を漂って感染する可能性がある、何はともあれ手洗いの徹底をする必要がある、といったことがあるらしい。ノロウイルスにやられたと思われる御家族のいる家庭では、どうぞ御注意を。

私の「医療崩壊」小論(5) 

日本の警察・検察は、医学の専門家の声に耳を傾けようとしない。今春、福島県立大野病院加藤医師が、不当逮捕・起訴されて以来、多くの学会・医師会が、抗議声明を出しているが、検察はまだ公判維持をしようとしている。法曹が、医療の現状に対応できぬ状況なのだろうか。このままでは、急性期医療・地域医療は崩壊する。

        ~~~~~~~

日本医学会、声明文
****** 日本医学会ホームページより転載
http://www.med.or.jp/jams/

                    平成18年12月6日

          声明文

                      日本医学会長
                        高久 史麿

 本年2月,大野病院産婦人科医師が業務上過失致死と医師法第21条違反で逮捕されたことにつきまして,すでに多くの関連団体・学会から声明文・抗議文が提出されたことはご存じの方が多いと思います.

 事例は前置胎盤と術中に判明した予測困難な癒着胎盤が重なった事例であったと報告されています.この事例は担当医が懸命な努力をしたにもかかわらず医師不足や輸血用血液確保の困難性と地域における医療体制の不備が不幸な結果をもたらした不可抗力的事例であり,日本における医療の歪みの現れといわざるを得ません.地方や僻地では一人の医師が24時間365日体制で過酷な労働条件の中で日本の医療を支えています.過酷な医療環境の中で地域の医療に満身の努力をされ,患者側からも信望の厚かったといわれる医師が,このような不可抗力的事故で業務上過失致死として逮捕されたことは誠に遺憾であります.むしろ過酷な環境を放置し,体制整備に努力しなかった行政当局こそ,その非を問わなければならないでしょう.不可抗力ともいえる本事例で結果責任だけをもって犯罪行為として医療に介入することは決して好ましいと思いません.

 本事例は業務上過失致死のみならず医師法第21条違反にも問われております.この第21条は明治時代の医師法をほぼそのまま踏襲しており,犯罪の発見と公安の維持が目的であったといわれています.異状死の定義については平成6年の日本法医学会の異状死ガイドライン発表以来数多くの学会で論争が続いている問題であります.日本法医学会の「過失の有無に係わらず異状死として警察に届け出る」については,昨年9月にスタートした厚生労働省の医師法第21条の改正も視野に入れた「医療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」を含め,本件逮捕以降,政府・厚生労働省・日本医師会・各学会等関連団体で検討に入ったばかりであり,異状死の定義も定かでなくコンセンサスの得られていない医師法第21条を根拠に逮捕することは,その妥当性に問題があるといわざるを得ません.過失の有無にかかわらず届け出なければ届出義務違反で逮捕される.届け出たら重大な医療過誤が疑われ,業務上過失致死罪に問われる.医師は八方塞がりであります.純然たる過失のない不可抗力であっても,たまたま重篤な合併症や死亡事例に遭遇したことで逮捕されるようでは必要な医療を提供できず,大きな国家的・国民的喪失となります.消極的・防御的医療にならざるを得ず,このような逮捕は萎縮医療を促進させ,医療の平等性・公平性のみならず医療・医学の発展そのものを阻害します.若い医師は事故の多い診療科の医師になることを敬遠しており,ますます医師は偏在することになります.

 日本医学会は異状死の問題に関する委員会でこの問題を検討しますが,今回,大野病院産婦人科医師の公判が近々に始まることを契機として以下の学会から同様の要望が出ていますので,これらの要望をまとめる形で日本医学会から声明を発します.

                             記

日本整形外科学会
日本周産期・新生児医学会
日本消化器外科学会
日本超音波医学会
日本小児神経学会

アマチュア無線家は、お空に出て初めて生き生きするものだ・・・ 

今日もおかしなコンディションの一日だった。夜、早い時間帯は、ほとんど死んでいたが、真夜中になるにつれ、北米・ヨーロッパそれにVKが聞こえ出した。VK6LWとK6NAのラグチューが、どちらもS9だ。ZSにも開けているはずだ。

しかし、応答のないCQを何度打ったことか(笑。やはりメモリーでCQを出そうかな?2,3回出して応答がなければ、さっさと引っ込むのが良いのだろう。

ブラスパさんをお呼びした後、少し下でN6JCに呼ばれた。今年の春に、我が家を訪れたJimだ。奥様が、未だに孫娘の面倒をみるために、LAへ毎週通っているらしい。彼の住居は、確かサクラメントの近く。かなりの距離だ。米国人は、家族のつながりが結構ドライというか、希薄な印象があったが、このようなケースもあるのだと改めて感心した。

彼は、トライバンダーを上げるべく、コンクリートのベースにボルトを入れて固まらせたところまで行ったようだ。これから太陽活動が盛んになるから、楽しみだ、とのこと。また、インドに行く予定が出来そうで、東京を経由するから会えたら嬉しいとのことだったので、予定が決まったら教えて欲しいと申し上げた。

アマチュア無線家は、やはりオンエアーに出て生き生きしてくるものだ。ネットはおまけの世界。熊谷氏の件で少しカリカリしたが、彼自ら解決するだろうし、彼ほどの方であれば、何も心配はいるまい。当面は、私は無線と、ここで駄文を書き連ねることに精を出そう。チェロも忘れずに・・・。

さ、明日の救急に備えて寝る!

ウィーン弦楽四重奏団 

上記の演奏を録画して見た。
 
ウェーベルン 弦楽四重奏のための五つの楽章より
       1、5楽章

シューベルト 弦楽四重奏曲ニ短調「死とおとめ」

というプログラム。

ウェーベルンは、彼が無調に向かうことを決定付けた作品だそうで、様々な弦楽器奏法を取り入れた緊張感のある音楽。私は、旧い人間なのか、こうした無調の音楽に感動したり、何度も聞き返そうとは思わない。こうした知的に優った現代音楽に接する度に、調性を失い、メロディを喪失した現代音楽が、どのような必然性のもとに生まれてきたのかと思う。

バッハ等音楽上の天才が世の中に出現した時にも、音楽的な常識をひっくり返す程のインパクトを与えたのだろう。が、現代音楽が、そうした類のインパクトを音楽の歴史に与えたと、後世評価されることになるのだろうか?

シューベルトは、良く知られた名曲。大いに楽しめた。この弦楽四重奏団は、ウィーンフィルのメンバーだった奏者からなるようで、そのためか、各奏者の出す音がとても均質なものだ。溶け合い、時に自己主張するように演奏する。アンサンブルも秀逸。フレーズの最後がピタと合っている。チェロ奏者、ドレスラーと言ったか、の出す音が、とりわけ印象的。とても深いビブラート。楽器がよく鳴っている。2楽章の変奏曲に出るチェロのソロ、歌心一杯でほれぼれした。

 

匿名の暴力 

JE1CKA 熊谷氏が、「コンテスト中に/QRPを付けるのは愚か」と自分のブログで発言したら、それをQRP運用者を愚弄するものだとプロバイダーに訴えた人間がいるらしい。熊谷氏は、発言削除をプロバイダーから求められたようだ。

http://wind.ap.teacup.com/je1cka/2408.html#readmore

「コンテスト中に/QRPを付けるのは愚か」と発言することが、QRP運用者を愚弄するものだとするのは明らかに短絡的だ。熊谷氏も、QRP運用者を愚かといっているわけではないと繰り返し表明しているし、もともとの文章もQRP運用者への誹謗とは、全く取れない。

また、その問題を徹底して、彼と向き合って議論せずに、プロバイダーに熊谷氏の発言を取り消すように匿名で訴えるのも、子供じみている。

この訴えをプロバイダーに行った人間は、それを表明しなさい。その上で、徹底した議論をしなさい。

熊谷氏ほどの見識を持ち、活躍してこられたハムは、JAにはそれほどいない。その方に対して、こんな匿名の暴力を行うのは頂けない。

開局当時の思い出、そしてこれから 

無線を始めた頃のことをふと思い出した。

中学生。お金も技術もなかった。毎月、500円の小遣いを貰い、秋葉原に通って、パーツを集めた。免許を取った前後で、6AQ5シングルのクリスタルコントロールの送信機を組んだ(正式には、ローカルの方から、旧いリグを譲ってもらい、それを改造したのだ)。

受信機は、市販の5球スーパー。アンテナは、孟宗竹で立てた6,7Mの高さのダイポール。案の定、飛ばない。やがてCWを覚えて、CWに出るようになった。BFOやプロダクト検波などには無縁の受信機、CWは、スースー言う音で聴いていた。

6AQ5rcaad.jpg


最初のDXは、当時のグアム島のKG6の局。心臓がばくばくいった。最初のWはW6ASH。1990年代になってからも何度かお会いしたWalt。流れるような早いCWだった。

その後、7020あたり(周波数を読めなかったので、当てずっぽう)で、WA6UNF一座がラウンドテーブルを毎日のようにやっているのを聴くようになった。「モールス通信」にも記した、W・VK・KH6の太平洋を囲んだラウンドテーブルだ。Ed WA6UNFはキーボード送信で、とても取れない速さ。それでも、じっと聴いていることが多かったような気がする。sophisticateされた英語だったし、なかなかついて行けぬ。

しばらくしてから、機会を見つけて、ブレークし、仲間に入れていただくようになった。当時の仲間で生きているのは、Kemp K7UQHだけになってしまったようだ。あの夕方の7メガの経験が、私の無線の原点だろう。

現在のニューカマーの方は、優れた市販の機械をさっさと購入し、小さいアンテナでもチューナーでばっちりSWRを落としてオンエアーする。しかし、大多数の興味の対象は、コンテストであり、QSLカード集めであり、中にはパイルアップの練習ばかりしている局もいる。そうした楽しみもあるだろう。

しかし、忘れてもらっていけないのは、CWは意思疎通のための手段だということだ。それが基本だ。そこにいつも目が向いていなければ、CWをファッションの一つとして楽しんでいるに過ぎない。意思疎通も何も無い遊びは、PC相手にやったらどうだ、というのが私の考え方だ。

ま、私の行き方を他人様に強制するつもりはないし、そんなことできるはずが無い。本筋からずれた楽しみで得意満面になっているのをみると、多少憐憫の情すら覚える。それでは、CWはお先真っ暗だ。

私の「医療崩壊」小論 (4)  

W7LPVについて記した記事で、この事件について触れた。その裁判が始まろうとしている。

この事件は、医学的に落ち度の無い産婦人科医が、逮捕・訴追されたケースである。日本産婦人科学会・各地の産婦人科医会等が強く抗議している。

この事件は、医療の結果が悪ければ、刑事訴追されると言う、日本の現状を端的に現した事件であり、産科など急性期医療から医師が立ち去るのを強く促した事件である。

急性期医療の手薄なのは、地方・過疎地域だ。そこから音を立てて、医療が崩壊している。一般国民の皆さんの明日の健康と、新しい生命の誕生に係わる重要な事件だ。ぜひ関心をもって見て頂きたい。崩壊した医療を、元に戻すのは容易なことではない。


以下、毎日新聞より引用・・・


大野病院医療事故:「医師は最善尽くした」 弁護側、改めて対決方針 /福島

 ◇公判前整理終了

 県立大野病院(大熊町)で起きた医療事故で、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた産婦人科医、加藤克彦被告(39)の福島地裁での5カ月間にわたる公判前整理手続きが14日終わった。弁護側は会見で、「医師に対する業務上過失致死事件で、医師の裁量が問われた裁判はこれまでにない。加藤医師に過失はなく、最善を尽くしたので無罪だと確信している」と検察側と全面対決する方針を改めて示した。

 争点は6点に絞られ、弁護側は加藤医師の刑事責任を全面的に否定している。癒着胎盤について、「子宮後壁の一部への癒着で、程度も軽かった。はく離を継続しても問題はなかった」と主張。出血は「はく離に伴うものだけではない」と指摘し、手術用はさみの使用は「はく離面の面積を小さくして出血を最少にするため」と説明している。

 また、弁護側は医師法の届け出義務は「異状死の定義があいまい」と指摘し、「加藤医師の供述調書は本人の主張とずれている。文献や医学書が証拠採用されず、検察側が専門的なことを理解しようとする姿勢がみられない」と批判した。

 検察側はこれまでに、癒着の範囲は弁護側の主張より広かったとし、出血もはく離によるものが大部分だと主張しているという。福島地検の片岡康夫次席検事は「来年の公判期日以降において、主張を明らかにし、事実関係の立証に努めたい」とコメントした。

 来年1月の初公判では、検察側、弁護側双方の冒頭陳述が行われる。2回目以降は月1回程度公判が開かれ、検察側が証人申請した手術に立ち会った医師や看護師、病理鑑定をまとめた医師ら計8人への尋問を5月ごろまで行う。その後、弁護側証人の尋問が予定されている。

ソル ガベッタ 

録画してあったソル ガベッタというチェリストの演奏を見た。

25歳の新進気鋭の演奏家らしい。愛らしいブロンドの女流チェリスト。
アルゼンチン国籍、スイスで教育を受けたらしい。

シューマンのアダージョとアレグロ、ラフマニノフのソナタ、それにスペイン系の良く知らない作曲家の技巧的な作品というプログラム。

華奢な身体からは想像もできぬ豊かな音楽。変化に富み、良く考えられた表情、それに統御されたダイナミックの変化。最後の曲で、ほんのわずか技巧的な粗がみられたが、技術的には良く完成されている。デュプレを思い起こさせる外見だが、彼女の奔放な演奏とはかなり異なる。理知的な演奏だ。

左手の指、DIP関節(指の先の方の関節)を反らして弦を押さえるのは、演奏方法としては御法度のはずだが、低いポジションから、それで弾ききっている。指を壊さないのかなぁ・・・。

一つ一つの音を、意志を込めて弾く彼女の演奏には、理知的に音楽を理解し、主観ではなく、音楽の内容そのものを訴えようとする態度が見られる。ラフマニノフなどという凡庸な作品ではなく、フォーレ、フランクとかブラームスのソナタを聴いてみたいものだ。シューマンはアダージョの幽玄な歌も、力に溢れたアレグロも良かった。

楽しみなチェリストの登場である。

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飲んだら、叩くな・・・ 

今日というか、昨夜は、大分CONDXが改善してきたようだった。ウッドペッカーがいなくなった7メガは、静かで、ヨーロッパに良く開けていた。

旧知のVK某局に呼ばれた・・・のは良かったが、彼のキーイングが大分おかしい。彼が言うには、30分程前に、睡眠薬を飲んだらしい。あちらでは、とっくに日が変わった時刻だったから、きっと眠れなくて飲んだのだろう。

最後は、もうほとんどまともにキーイングでき無い様子だった。睡眠薬を飲んでから、電信を叩くのは止めた方がよさそうだ。アルコールも、中枢を抑制するから、同じようなものだろう。車の運転と同じだ。

そのようなわけで、今夜はまともな交信はなし・・・。この週末は、どうかな。

教育基本法改訂は必要か? 

教育基本法の改訂が進められようとしている。果たして、どのような改変がされるのであろうか?下記のサイトに新旧教育基本法の概略の対応表がある。

http://seijotcp.hp.infoseek.co.jp/edu0604.html

これを通読しても分かるとおり、①伝統・国家への尊崇の念と愛情を擁かせること、それに②国家・地方自治体が教育に直接介入することを、この改訂は目指しているように思える。

ここで言う伝統・国家とは一体何なのか?現在の行政・政治体制が、即ち伝統・国家になるのではないか?たとえ伝統・国家について国民のコンセンサスが得られたとしても、それを愛し敬うように、教育によって「強制」できるのか?郷土・国家への愛とは、強制されるものではなく、それに相応しい郷土・国家に対して自然に生まれてくる性質の心情ではないか?伝統の尊重、国家への愛等ということを、「お上」が唱え始める時は、ろくなことが起きないものだ。為政者は、愛するに足る国を作り上げていることをこそ、反省すべきだ。

国家・地方自治体が、教育の隅々に介入する文言は、不気味である。この言葉が、現実の教育システムでどのように肉付けされるのか、まだ分からないが、国家・地方自治体が、その公権力を背景に教育を支配する意図を強く感じる。

現場に自由で十全な裁量権を与え、教師に理想とする教育を実現することができるようにバックアップするのが、国家・地方自治体の役割ではないか?確かに、教師には、問題のある教師もいるだろう。また、教育システムにも問題がある。しかし、それを国家が介入することによって、解決する問題ではない。

現在問題に成っている教育の問題が、この教育基本法改訂により解決するとは到底思えない。学力低下・いじめの問題にきめ細かく対応することが必要なはずだ。少なくとも、この改訂が、それらの問題にどのような視点を与え、解決の道筋を示すのか、全く不明だ。

この改訂を導入する際の、手法も重大問題だ。タウンミーティングでのヤラセに端的に現れているように、行政が世論を誘導し、または世論を起させないようにしている。このいかがわしいヤラセは、首相以下の給与をほんの僅か返納するだけで済む問題ではない。医療の面でも、世論を誘導する手法を、行政当局はしばしば用いる(これは、また詳述する)。国民を愚弄する、こうした手法は、決して許されざることだ。行政の人間は、公に尽くすものなのだ。公を統御し、支配するものでは決してない。担当行政官は、ことの経緯を説明し、その上できちんと責任を取らなければならない。

序に言うと、自分の政治的プロパガンダの手段として、メルマガを利用し、それに毎年「7億円」の税金を使っていた、小泉前首相にも重大な責任があるのは言を待たない。

ヤラセ等という、いかがわしく汚らしい手法を用いても強行に行おうとしているこの改訂。為政者・行政官僚は、教育を受ける子供達に恥ずかしくないのか?これは、本当に彼等に尋ねてみたい。

共謀罪の導入・自衛隊法の改訂・医療システムの改変などの社会システムの改変と、この教育基本法改訂を並列にして眺めると、わが国の一部勢力が、どのような方向にわが国を方向付けようとしているのか、おぼろげながら見えてくる。

こうした変化を許してしまい、一旦体制が変わってからでは遅い。子供達の将来が大きく関わることだ。幼い子供を持つご両親には、可愛いわが子の将来が関わることだから、特に真剣に考えていただきたいと思う。我々は良く見極めて、厳しい対応をする必要がある。

The Piano in Chamber Ensemble 

副題 An Annotated Guide
著者 Maurice Hinson
発行 Indianna Univ Press
   ISBN 0-253-21055-0

ピアノ入りの室内楽を網羅してある、辞典のような本。1700年以降の作品を、楽器数で分けて、各々の情報(楽曲構成、楽譜等)と、簡単な紹介が書かれている。面白いのは、ピアノの難度を三段階に評価してあること。もっとも、最難のDに属する曲が圧倒的に多いのだが。

今渡辺玲子のバイオリンで聴いている、ブラームスのバイオリンソナタ3番ニ短調については・・・「非凡なリズムの特徴と、ペダルポイントの力強い使用が認められる。緩徐楽章では、感情の表出が優れている。」などといった風にコメントされている。

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一冊あると、室内楽の案内になるかも・・・。

N3JT 

N3JT Jimが、メールを遣して、SKYPEをやっているか、やっているんだったら、IDを教えるよ、と言ってきた。彼は、WASH DCの近くで弁護士をしている、CWの達人なのだ。その彼から、こんなメールを貰っておい、お前もか!という気分(笑。確かに、このコンディションの悪さで、退屈しているのかもしれない。が、我々絶滅危惧種のCW叩きは、ネットでの会話なぞに現を抜かしてはならないのだ。ま、ブログに現を抜かす馬鹿も中にはおりますが・・・自分。

最近、交信中に話がちょっと込み入ると、続きはメールで、ということが多いが、便利な反面、何か気落ちするというか、醒めちゃうというか、気に入らない。我々は、不確定性のなかで、耳をそばだててコピーする必死さこそが好ましいのではないか?

面白いことの大好きなJim、彼にとっては、CWだろうがネットだろうが、人との交流ができる手段であれば、きっと同じ価値・意味なのだろうな・・・。やはりSKYPE等という目新しい通信手段ではなく、14メガの北極回りのぴろぴろいう電波で話をしようよ、と彼に言うことにしよう。

714X3 

714X3を組み立てるために、往復1時間の道のりをものともせず、昼休みに自宅に向かった。

後で送ってもらったハイパワーキットには、大きなトラップコイルのついたエレメント部品、それに橙色に色を付けられたトラップコイルのついたエレメント部品と、細長いトラップのついていないエレメント部品が各々一対ずつ、それにバランが入っていた。

ラジエーターのトラップだけを交換するのかと思いきや、ラジエーターのトラップの一つと、第一ディレクターの外側のトラップを交換するらしい・・・うむ、この記憶がまったく無いので、今上げたあるのは、714Xノーマルモデルなのかもしれない。

大まかに部品を分けて、エレメントを組み立て始めてしまったので、第一ディレクターは、すでにノーマルの部品で組み上げてしまってある。また、ばらさなきゃ・・・。最初から、部品をエレメントごとに小分けしてから始めるべきだった。それに、解説書があまり丁寧ではない。

時間がないので、細切れ作業になる。部品の付け間違いが起きないか、心配。

その昔、KT34XAなんぞという、6エレのリニアーローディングタイプのトライバンダーを組み上げたのが夢のようだ。よくやったよ、我ながら・・・。インチ単位の部品の山に埋もれて、組み上げる作業などもうできない。やりたくないなぁ。情熱がなくなってきたのか知らん。

やはり、リタイアー後は、梯子フィーダー給電のダイポールに限るな。