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 2007年04月 

新緑 

一週間ほど前に、通勤途中の畑の道で撮った一枚。新緑が美しい。緑といっても、微妙なニュアンスがあり、様々な色調になっていることに驚く。手前の、ピンクの帯状の花は、芝桜。あぜ道沿いによく植えられていて、この時期しばらく目を楽しませてくれる。田畑は、水田になる直前。この連休中に田植えが進むことだろう。ここに住んでいると、連休でもどこにも出かける必要がない。ここで十分。観光地の人ごみは真っ平だ(笑。

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ロストロポーヴィッチ 逝く 

どうも28日に、ロストロポヴィッチが亡くなったようだ。昨日、葬儀が行われたことを、ニュースが報じていた。

彼は、高名なチェリストで、晩年は指揮者としても活躍した。ソルジェーニツィン等反体制文化人を、ソビエト体制下で援護したことでも知られている。アゼルバイジャン出身、幼い頃から、音楽的な才能を示したらしい。ピアノも良く弾く方で、ソプラノ歌手の奥様の伴奏もしている。

彼の演奏は、強靭な圧倒する音色、大きなダイナミックを伴う表現力が魅力だった。彼の演奏に初めて接し、印象に残ったのは、オイストラフとの「ブラームスの二重協奏曲」の演奏だった。大学の寮で友人と何度となく聴いた。第一楽章、カデンツァ風のパッセージで二つの楽器が絡み合い、ついにはユニゾンで上り詰めるところなど、艶やかなオイストラフのバイオリンと相俟って、光り輝くような演奏だった。それを聴いては、異様に興奮したことを覚えている。

最近、上京した折、彼の弾くサンサーンスと、ドボルザークの協奏曲のDVDもたまたま手に入れた。演奏家・指揮者としての活動は勿論のこと、熱意を持って後輩を教育し、自由のために活動した彼のことを思い出しながら、そのDVDにもう一度目を通し、耳を傾けることにしよう。

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心積もり 

世間ではゴールデンウィークだが、私は、長期休暇とは程遠い生活をしている。今日、明日も仕事。3,4,5、7日も仕事場にいることになる。救急に対応することと、請求事務という余り楽しくない仕事が待っている。冬に比べると、夜間の呼び出しは、さすがに減ったが、長時間の拘束ではある。

最近、リタイアすることを、以前よりもより現実味を帯びて考えるようになった。以前にも記したが、様々な要因がある。大揺れに揺れる医療から足を洗いたいというのが、一番の気持ちだ。経済的な見通しを含めて、今後の人生設計を改めてする必要が出てきた。現在の仕事をどうするのか。誰かに譲る?誰に?何時?現在の職員の処遇?法人の解散?私のこれから?

今日、仕事場の自室で、ルツェルン祝祭管弦楽団の演奏する「復活」を観ながら、ぼーっとそんなことを考えていた。一つ一つクリアして行かなければならない。皆に迷惑のかからぬように。医療のドラスティックな変化が起きた時に、急に閉じる決心をするのではなく、今からその心積もりをすることが必要だろう。

欅の枝を通して差し込む陽の光は、既に初夏のようだった。





引き際の美学? 

先日、オケの練習で、定演で棒を振る指揮者が、全曲を振った。魔笛序曲、ベートーベンピアノ協奏曲5番、それにブラ4。

正直、疲れる。愚痴になるが、譜面が良く見えないので、勢い、譜面に神経が集中する。すると、棒が見えなくなる。チェロが多人数いれば霞むこともできるのだが、3名ではそうもいかない。昔からリズム感は良い方ではなかったが、歳をとって、さらにそれが劣化したような気がする。昔は、2,3度弾くと、譜面を大体記憶できたのだが、それも難しくなった。

それに片道1時間半をかけて行くと、日曜日の大半は潰れてしまうことになる。練習の前後に急患を診たりすると、それこそ平日よりもハードな一日になる。

というわけで、これからオケを続けるかどうか、迷っているところだ。オケに誘ってくださった方には、辞めようかと思っていると話したのだが、他のチェロの方や、指揮者の方は是非続けるようにと言っているとのことだった・・・枯れ木も山のなんとかの口だとは思うのだが・・・。とても雰囲気の良いオケで、指揮者もアマオケの指揮者としては能力のある方のようなのだが・・・。

やはり、仕事場でバッハの無伴奏辺りを、ちょこちょこと弾いている方が、今の私には合っているのかもしれないと思うようになった。大したことの無いチェロ弾きの私だが、引き際の美学を考えるべきときなのかな・・・。

世界最高水準の(薬の)利益を、製薬企業に?! 

政府は、製薬企業に新薬開発の援助をするらしい。製薬企業は、どこも好業績を続けている。某T薬品工業は、年間利益3300億円、内部留保1兆数千億円らしい。企業努力によって、世界的な新薬を作り出したならばまだしも、大した新薬を出していないのに拘わらず、である。この製薬会社は、天下り官僚を多く迎え入れていることで有名だ。

そう、これは、官僚と政治家が、製薬企業からさらに利権を得るために行う政策だ。安倍首相自ら、医療は高コストだとして、医療費を極限まで削減している。療養病床削減により、多くの病人を医療介護難民にしている。一方で、政府と官僚は、利権の見込める製薬企業には、こうして甘い政策で更に優遇するのである。

これが、美しい国の姿だ。

以下、共同通信より引用~~~

医薬品・医療機器産業を日本経済の成長けん引役とし、世界最高水準の医薬品を国民に迅速に提供することを目標に掲げ、予算の重点配分などの施策を盛り込んだ「革新的医薬品・医療機器創出のための5カ年戦略」を、厚生労働、文部科学、経済産業の3省がまとめた。26日に都内で開かれた政府と製薬会社トップらによる会議で示した。

 戦略では(1)研究資金の集中投入(2)ベンチャー企業の育成(3)臨床研究・治験環境の整備(4)審査の迅速化、質の向上-など7つの柱を掲げた。

 具体的には、ライフサイエンス関連予算を医薬品や医療機器の開発分野に重点化し、拡充。研究開発に多額の資金が必要なため、税制の充実や強化も検討する。

 また、国際共同治験や臨床研究をやりやすくするため病院の拠点化、ネットワーク化を推し進めるほか、新薬などの審査期間短縮、審査人員の倍増などをうたった。

 個別の施策をいつまでにどの省が実施するべきかを示したロードマップも盛り込まれている。

庭 

庭の一部、皐月が咲き始めた。芝生の中央にある、枝っぷりが良く、若葉に覆われた木・・・名称不詳。もうすぐ、毛虫にやられるはずなので、除虫剤散布も欠かせない。やがて、秋が深まるまでの間、芝刈りが、2週間に一度程度必要になる。2サイクルエンジンの芝刈り機でやるのだが、あれは腰に来る。何時までこうした庭の手入れが出来るやら・・・。低い潅木を敷き詰めるように植えるようにしようかとも思うが、さてどうしたものか。

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K6TS 

今朝、西海岸に開ける14メガに、ちょっとの時間オンエアーした。Tom K6TSに呼ばれた。少しミスキーイングがあるが、キーイング・送信内容とともにしっかりしておられた。もう80歳代後半になるのではなかったか・・・。

彼のことは、既に記したようにも思うが・・・彼とは、1980年代初めから頻繁に交信を繰り返し、1980年代半ばに無線の友人M君と、W6の友人達を訪ねて放浪した際に、彼の家を訪ねて、一度お目にかかったことがある。

軍務についていた頃、日本に滞在したことがあり、大の日本びいきだ。NHKで放映される日本のドラマ等、あちらのテレビ局で流されるようで、欠かさず観ているようだった。一頃、日本を一度訪ねたいと計画したが、何かの理由でお流れになってしまったことがあった。

Tomは、ここ数年、心臓発作に襲われ、大分弱ってしまったようだ。数日前に、彼との共通の友人 Jan K6BZSに会った時に、Tomが医師の勧めで車の運転を断念したことを聞いた。それを言うと、その通り、当面いかなるストレスも減らしたほうが良いからね、と言って笑っていた。昨年夏にも発作があったようだが、生き延びたと言っていた。奥様も今年の3月に股関節置換術を受けられた様子で、今は問題なく歩くことが出来、彼の外出時の運転手をしておられるらしい。車のガソリンを入れる役目だけだから気楽だと言って、笑っておられた。この6月には、結婚後63年周年になるらしい。娘さんがホノルルからやってきて、お祝いをするのだとのことだった。

Tomが、認知症気味だという噂を、ある方から聞いていたので、心配していたが、無線の上では矍鑠としておられる。私の家族のことも覚えていてくれて、その報告をすると、喜んでくれた。

一時、彼のクワッドが調子悪くなり、トライバンダーに上げ変えていたようだが、今朝は再びクワッドに戻っていた。彼のこじんまりとした家、彼と奥様の人懐っこい笑顔をまた思い出したことだった。

14メガは、北米に対して、段々夜のパスに移り変わるが、当面は朝もチェックしてみよう。
 

小児救急 私論 

小児救急について、ネット上、またネット以外の媒体でも、議論が続けられている。救急患者の半分が、小児科患者であり、小児科医が疲弊していて、救急システムが崩壊しつつあるからだ。

医療は、経済現象と同じく、医師や医療機関という供給と、患者という需要のバランスで成立している。小児科医のメーリングリストや、医師のサイトでも、小児救急の供給を増やすことは限度がある、需要をいかに抑えるか、要するに救急にかかる小児科患者をいかに減らすかということが主な議論点になっている。

小児救急患者の、他の科との大きな違いは、親の存在がある。小児救急患者の内、医学的にみて本当に救急医療の必要な患者は、1、2割程度だろうと思う。大多数は、救急で対応しなくても良い患者だ。一方、残りの大多数の患者も二群に分けられるような気がする。一つは、親が子のことを心配になり救急に駆けつける。もう一方では、元来救急受診は必要ないが、親の都合・救急ですぐに診察を受けたい群であり、この群は繰り返し救急を受診する、いわばリピーターだ。各群は、オーバーラップすることもあるし、これは単純化した分類になるが、まとめると;

1)救急の本当に必要な群;中には重症者も含まれる
2)親が心配して救急にかかる群;大多数は軽症で救急不要
3)リピーター群;
3-1)親が共稼ぎで夜間しか受診できぬ等社会的な問題がある
3-2)親の医療についての意識に問題があり、表面上の利便性を求め    て、夜間・休日に受診する

一方、供給サイドでは、繰り返すが、小児科医とくに勤務医は少なく、当直勤務で疲弊しきっている。官僚・政治家の医療費抑制・医師数抑制の意向もあり、小児科医は絶対的に不足している。その不足人数を増やす方策も、当面ない。また、医師・パラメディカルスタッフの数が限られているのだから、夜間・休日は、供給サイドも手薄になるのは当然のことだ。

そこで、需要を抑制しなければならないという議論になる。特に、分類上3-2の群が、近年大きく増えてきていることが問題で、そのような患者・家族への対応が大きな問題になっている。議論されている対応方法は、経済的なデメリットを与える、最小限の投薬しか行わない、深夜帯に受診したら原則入院をさせる、電話による相談を受ける、トリアージをして患者を振り分けるといった対応が検討され、一部実施されている。小児医療の無料化も3-2のような群を増やすので、慎重にすべきだという意見もある。

経済的に患者に大きな負担を与えることは、1)から3)群すべての受診を等しく抑制する可能性があるので、私は、大きな負担を与えることには反対だ。この方法では、救急医療の一番の目的である、1)群を見出すことに結果として反する可能性がある。

しかし、需要を抑制するための、こうした検討は必要なことだ。官僚や政治家は、こうした表面的に住民サービスへの低下になるようなことには積極的にならないが、それに抗してでも、検討・実施してゆく必要がある。

こうした需要抑制策と相俟って、私は、患者・家族への教育、より良い医師患者関係の確立が必要だと思う。2)および3)の大部分には、診療よりも、患者の親への説明・教育が必要だ。さらに、その説明は、患者・家族の個別の特性・家庭環境等々を理解し、時間をかけて行う必要がある。これは、本当の意味でのかかりつけ医の役割だ。官僚が患者の医療機関へのアクセスを制限するために持ち出してくる、かかりつけ医ではない、本当の意味で普段から様々に接する医師と、患者・家族の関係。それは時間をかけて築き上げる信頼に基づいている。

現状では、そうした関係を結ぶには、小児科医はあまりに忙しすぎる。また、個々の診療に時間を割いていたら、経営が成り立たない診療報酬になっている。一人一人の患者さんに十分時間がかけられるだけのマンパワー・その経済的な裏づけが足りない。無制限に供給を増やすのは非現実的だが、現時点では、供給の面でも、医師・患者双方にとってとても不幸な状況にあるのではないか。

時々、ローカルの医師会の救急診療所で仕事をするが、そこで出会う患者さんには、翌日まで何とか乗り切れればよいという発想でしか、仕事ができない。患者のためを考え、また小児救急システムの保持のために、患者とその親に話をすべきかと思うこともあるが、そこで一度だけの出会いであるとなると、問題が微妙なことがらであるだけに、話さないで最小限の治療をするだけで終りにすることが多い。所謂、救急医療センターの診療にも、こうした問題があるのではないか、と常々考えている。この問題を乗り切るためにも、上記の信頼に基づく医師・患者関係の確立が必要であるように思える。

PS;上記は、医療を供給する側の論理であって、患者サイドからは別の視点があるだろうことは重々承知している。現状では、互いに離反するのではなく、与えられた条件でより良い医療を構築するために手を携える必要がある。特に、医療が音を立てて崩壊しつつある現状について、同じ認識に立つことがとても大切だ。

鹿屋方式が、なぜ失敗したのか? 

小児初期救急への挑戦(2005)へるす出版という本がある。小児初期救急を、様々な角度から検討し、各地の試みを紹介した力作だ。

その一章を割いて、鹿屋方式が紹介されている。地域開業医連携というタイトルが付けられている。鹿屋方式とは、小児科を含む開業医が輪番で救急を受け持ち、二次救急を担う救急センターと連携して夜間・休日すべてをカバーしようとする方法だ。特に目新しい方法ではない。

その記載によれば、人口27万の地域の救急を、15名の医師でカバーするものだったようだ。第一に、このマンパワーでは、かなりきつい。月に2回の夜間・休日の勤務である。当然、その前後では、通常通りの勤務をこなさなければならない。この本の別な章で紹介されている、千葉県印旛郡の方式では、人口7万弱の地域を、45名の医師でカバーするようになっている。これと単純に比較しても、鹿屋方式のマンパワーの小ささが分かる。

さらに、連携する二次救急鹿屋医療センターが、きちんと機能していたのかも分からない。この新聞報道の論調からすると、二次救急も殆ど崩壊していることが想像される。

この鹿屋方式を紹介する論文によれば、平成10年からこの形の救急システムが始まり、鹿屋医療センターの救急受診患者は徐々に減少しているが、その減少数を大きく上回る救急患者が、この輪番救急へ殺到していることがグラフで示されている。一年当たりの時間外小児受診患者数は、鹿屋医療センターでは、当初2000名だったものが1000名程度に減少、一方輪番救急には2000名だったものが7000名前後受診するまでになっている。恐らく、近隣地域から患者が受診するようになったこともあるかもしれない。が、結局は、供給が需要を喚起したといえるだろう。

要するに、鹿屋方式では、マンパワーに元来無理があり、さらにこの夜間・休日小児救急診療システムが、それまでよりも更に多い患者を「掘り起こした」ために過負荷になったのだ。

官僚は、高齢者の在宅医療を24時間365日開業医に行わせ、さらに小児を中心とする一般の一次救急にも開業医を引っ張り出そうとしている。鹿屋方式の失敗が、それらの官僚の机上のプランが失敗に終わることを示しているように思われてならない。

医師は足りている、医療費は増やさないというドグマの誤りを官僚が正さない限り、地域の救急医療は崩壊を免れない。

小児科 夜間・休日救急医療 「鹿屋方式」 崩壊寸前 

開業医に、一次救急を担わせる厚生労働省の案の末路・・・。

南日本新聞から引用~~~

 鹿屋市での小児科の夜間・休日救急医療を開業医が当番制で担当している「鹿屋方式」が崩壊の危機だとして、関係者が25日、同市役所で意見交換会を開いた。今後も各自治体が地域医療の現状を把握し、共通認識のもとで対応を検討することで一致した。
 鹿屋市では2001年以降、「鹿屋方式」を採用。近年は同市外や救急以外の患者が当番医を訪れ、受診患者数が増加している。会議は、負担増で救急患者への対応ができない現状への対策を求める開業医の声を受けて開かれた。
 大隅半島の首長や議会議長、各地区の医師会、県や消防など約60人が出席。鹿屋市医師会の池田徹会長は「大隅半島の多くの病院が医師不足で、大隅の救急医療は崩壊寸前。医師、行政、市民が一体となって救急医療のあり方を考えなければならない」と話した。
 鹿屋市や市医師会などは今後、市民も交えて会議を開く方針。市医師会は既に、公設公営の夜間急病センター(仮称)の早期設置を求める要望書と約2万5000人分の署名簿を市に提出している。
 鹿児島県内の小児科をめぐっては、霧島市立医師会医療センターの小児科が4月から休診、南さつま市の県立薩南病院は7月から休診の予定。

ハンドキーのキーイングについて 

その昔、私のelmerの一人だった、Ralph WB6BFRが、夜な夜な7メガで美しいキーイングを聞かせてくれたことがあった。既に別な場所でも記した。それは、バグキーの長点側だけを使ったキーイングだったと、今にして思う。

整っていて、かつ微妙な揺れの感じられるキーイング。縦振れのキーでも、同じようなキーイングを出せる場合があるが、バグキーの長点レバーのキーイングの方が大体において美しい。その美しさの一つのポイントは、短点が揃うことだ。

縦振れ・サイドスイーパー(横振れ)それにこのバグキーの長点レバーを用いたキーイング、どれをとっても、短点・長点それに両者の間の移行(短点から長点、その逆)という動作が必要となる。

これらの動作のなかで、キーイングの品位を左右するのは、短点の出来だろう。短点を打つ際には、特に縦振れでは、力みが入りやすく、すると美しく揃った短点にはなりにくいのだ。

その理由は何か。一つには、縦振れで短点を打つ時に、ノブを「強く」握ってしまうことが問題だ。これは力んだ結果に過ぎないのかもしれないが、握り締めると力みは絶対取れない。さらに、キーを打つ時に、腕と手の重みが、キーにかかる。重みがあるほど慣性が生じ、キーをコントロールすることが難しくなることも、水平系のキーに比べると短所になるのではないだろうか。これはキー固有の問題で、キーのうち易さに関係するのかもしれない。

横振れでは、親指と人差し指を交互に打鍵して短点を打ち出すが、各々が、力学的に異なる系であるので、速く揃った短点を送出することは難しい。

その点、バグキーの長点レバーを用いるキーイングでは、上記二つの問題は起こらない(または、小さい)。慣性の小さな系で、繰り返しの運動を起こすのは比較的容易い。問題は、速く送出することがし難いことか。

N響のバイオリニスト根津さんが、ご自身のウェブサイトに、歳をとると、楽器を如何に楽に持つかということがより大切になるということを書いていらっしゃった。打鍵操作というのは、楽器等と比べると比較的単純な動作だが、やはり力を抜くことがとても大切なことなのだろうと思う。縦振れの送信にもいろいろ流派があるようだが(笑)、要は如何に脱力するかということだろう。

加古川心筋梗塞訴訟 

残念ながら救えなかった心筋梗塞の患者さんの一例。それに対して、莫大な損害賠償の民事判決が神戸地裁で下された。このブログに詳細が記されている。

大まかなこの症例の経過は:
加古川市市民病院の当直時間中、心筋梗塞の患者さんが受診した。当直医は、すぐに診断を下した。当該病院では実施できない、心臓カテーテルによる治療を受けさせるために、幾つかの医療機関に電話で転送受け入れを依頼していた。70分後他院への転送決定。その直後、患者さんが不幸な転帰をとった。

当直時間帯に精一杯の対応をしたが、患者さんが不幸な転帰を取ると、それが医師の責任にされる、という理不尽きわまる判決だ。

これでは、救急医療は成立しない。医療崩壊にまた確実に進んでいる。

自治体病院の赤字の理由は何か? 

日本政策投資銀行が、自治体病院の経営状態を「分析」した。9割以上が赤字、固定費特に人件費の負担が大きいという内容。

自治体病院の経営が上手くないこともあるのだろうし、また人件費も確かに高いのかもしれない。しかし、である。自治体病院の職員・医師が、特に高給であるとは思えない。少なくとも、医師の給与については、酷い労働条件で薄給であることで有名だ。

9割が赤字ということは、全体として、収入が少なすぎる、要するに、診療報酬が少なすぎるのではないか。この分析では、その事実に一言も触れていないようだ。同じ銀行が、つい先日、勤務医給与平均が、普通の労働者平均給与に比べて2倍であると報告した。この比較が、無意味なものであることは以前のエントリーで記した。

要するに、勤務医は高給取り、ついで自治体病院は人件費負担のために赤字という主張・・・これは、医師の給与を下げよという世論誘導に他ならない。

この銀行は、診療報酬の引き下げ直前に、今度は開業医の収入が多いという報告をするであろうことを予告しておこう(笑。

この銀行は、特殊法人二つが合併してできたもので、現在も出資者は100%政府のようだ。官僚・政府の代弁者である。特殊法人は、衣を変えてしぶとく生き残っている。特別会計の闇の中で、甘い汁を吸い続けているのだろう。その権益を確保するためにも、医療費のような出費は、切り詰められるだけ切り詰めようという腹なのだろう。

以下、じほうより引用~~~

日本政策投資銀行は「自治体病院の現状と動向について(II)」と題し、経営収支や医師・看護師の平均給与などを都道府県別に比較した報告書をまとめた。全体では他会計からの繰り入れがなくても経営的に自立できる病院が1割未満にとどまるなど厳しい状況があらためて裏付けられた。

 「現状と動向(II)」は2004年度の地方公益企業年鑑のデータなどを加工して、「病床規模」「修正医業収支比率」と患者1人1日当たり診療収入や職員給与の比率といった関連項目のほか、医師・看護師らの「平均給与」について県の平均値を算出。特定の県が、項目ごとに全国でどの水準にあるのか比較できるようにした点が特徴。地方公営企業病院を運営する726自治体、999病院のデータを分析した。

他会計への依存体質浮かび上がる

 全国的な状況をみると、医業収益から他会計負担金を引いた額を、医業費用で割った「修正医業収支比率」は85.0%で、経営が他会計からの補てんに依存している状況が浮き彫りになった。「修正医業収支比率」が100%以上だった優良病院は999病院中70病院、7%にとどまった。「職員給与費対修正医業収益比」は63.7%、「材料費対修正医業収益比」は25.2%となり、固定費が経営を圧迫している状況も浮かんだ。

 これらの経営指標を都道府県別でみると、上位の大分(修正医業収支比率96.3%、職員給与費対修正医業収益比57.2%)、岐阜(同94.9%、同54.1%)、奈良(同93.6% 同49.9%)などでは繰入金の比率が1割未満だった。一方、修正医業収支比率が低水準だったのは、茨城(同72.5%、同83.3%)、東京(同74.4%、同71.2%)、栃木(同75.6%、同72.7%)-だった。

 「現状と動向(II)」は、大分の動向を、病床利用率が89.3%(全国平均は73.4%)と高い上、職員給与や外部委託費の比率が低い点を指摘している。逆に茨城については、病床利用率が54.9%と極端に低いことに加え給与費比率も高いとし、「収益性の低さにより職員給与費が高止まりしている」と分析している。

どこが悪いか「気付く」ことが必要

 報告書のまとめは同行政策企画部が行い、国際医療福祉大大学院の阿曽沼元博教授と、城西大の伊関友伸准教授らが助言した。

 不採算医療を担わざるを得ない面もあることから、自治体の財政的な負担が大きいことを問題視することより、「負担継続について判断する材料、あるいは経営改善方策の客観データの提供を目的とした」としている。

 そのほか、データ分析を踏まえた試論として、自治体病院の経営が厳しい理由を、職員給与費の高位・硬直化、経費管理の甘さ、政策医療提供による高コスト構造、割高な建設コスト―などを列挙。収益と費用の項目を分解して、「どこが悪いのか『気付く』ことが経営改善を行うためには必要」としている。

てんかん患者での、ジェネリックへの切り替えは慎重に! 

厚生労働省は、新薬を用いるときには、医師にその理由の記載を求めると発表した。要するに、後発品を用いろということだ。後発品は、治験等の手続きを踏まないで発売されるものなので、効果・副作用の点で問題がある場合があると言われてきた。厚生労働省は、医療費削減が第一で、そうした問題には目を向けていない。

下記の通り、米国の神経学会が、てんかん患者にジェネリック薬品を用いるのは慎重でなければならない、と発言している。

わが国の官僚も、医療費削減第一で、国民の健康は第二のようだ。

以下、引用~~~

Caroline Cassels
Medscape Medical News



【4月19日】抗てんかん薬(AED)のジェネリック薬への切り換えは、治療する医師と患者の双方がきちんとした知識を備え同意をしていなければやってはならないという立場表明を、米国神経学会(AAN)が発表した。

『Neurology』4月17日号に掲載されたこの論文が扱った問題は、医療費削減の掛け声のもとにAEDをジェネリック薬に切り換えると、てんかん患者に抑制不能な発作のリスクを過度にもたらすのかどうかという、長い間未解決だった問題である。

AANの立場表明によれば、米国食品医薬品局(FDA)は先発薬とジェネリック薬との間に大きな違いがあることを許している。

しかしてんかん患者によっては、抗痙攣薬の成分の違いがわずかであっても、結果に大きな違いが出る可能性がある。

全てか無の現象

「てんかんはその他の疾患とは別物だ。発作が起きているかどうか、副作用が起きているかどうかが治療の成果を示す目安である。高血圧のような疾患では、薬剤の用量を変えた時には血圧を測定すれば、それが奏効しているかどうかを判定できる。しかし、てんかんでは全か無の現象になる。すなわち、発作が起きるか、完全に無くなるかである」と、AAN立場表明の著者の一人であるウェイン州立大学(ミシガン州デトロイト)のGregory Barkley, MDがMedscapeに対して語った。

「神経疾患を持つ人の生活、特にてんかん患者の生活を全般に向上させることを目的にした組織であるAANは、(ジェネリック抗てんかん薬に)切り換えられたために、それもしばしば本人が知らないで切り換えられたために問題が起きたことが判っている患者の側に立った発言をすることが重要だと考えている」。

Barkley博士はさらに、ジェネリック抗痙攣薬に切り換えた結果として、抑制不能な発作や有害事象が悪化する可能性があるとも指摘した。

「抑制不能な発作が起きるようになると、その患者は運転免許証や職を失ったり、自分自身や他者を傷つけたりする場合が考えられる。このことと、ジェネリック抗痙攣薬に切り換えることで節約できると考えられる経費とを比較検討しなければならない」。

有害事象の報告は過小?

関連する解説記事においてロチェスター大学医科歯科学部(ニューヨーク)のMichel Berg, MDが、ジェネリック薬と先発薬の同等性の問題についてFDAが説明してこなかった理由のひとつとして、FDAの任意の薬剤報告システムであるMedWatchに医師がそうした事象を報告していないことを挙げている。

Berg博士によれば、ジェネリックAEDは先発薬に必ずしも同等ではないと医師と患者の大部分が感じていることが、複数の調査で判明している。しかしそのことはMedWatchの症例報告には反映されていない。その理由の1つとして、MedWatchシステムに対する認識が医師に欠けていることを同博士は挙げている。

Barkley博士は、この種の事象の報告が過小であることの理由としてさらにもう一つ、患者がジェネリック薬に切り換えたことを医師が単に気づいていないという事例が多くあることを挙げている。

「錠剤の見た目が異なっていることや(ジェネリック薬に)切り換えたことを患者が医師に特に告げないうちは、医師は抑制不能な発作や副作用増加の原因を先発薬としてしまう」と同博士は述べる。

医師と患者の同意なしでジェネリック代替薬に切り換えることに反対する立場に加えて、AANは新世代の抗痙攣薬の使用を支持することを表明している。これら新世代薬は一般的に、有害事象の特性についてはずっと好ましいが高価である傾向がある。

「医師は、より安価な代替薬で患者が効果的に治療できるかを見極めるあらゆる努力をしなければならないとAANは考えている。しかし、治療方針の決定は処方する医師の裁量に任されなければならず、保険適用の有無で決められてはならない」と著者らは記している。

Barkley博士によれば、この種の薬剤は高価なので、保険業者の中には医師がこの種の薬剤を処方するのを防ぐために、面倒な精査を強いたり承認を遅らせたりすることで障害を設けようとする業者もいる。

そのため、AANの立場表明では、公的・私的処方集による事前承認の要求にも反対している。





Neurology. 2007;68:1249-1250 , 1245-1246.

Medscape Medical News 2007. (C) 2007 Medscape

当然ながら、自民党も全く駄目! 

医療崩壊関連のニュースが、こうも立て続けに出てくると、コメントするだけでも大変だ。しかし、やがてやってくる、というか既にやってきている事態は、もっと大変なのだ。繰り返すが、こうした医療崩壊で痛みを感じるのは、社会的な弱者なのだ。それを忘れないで頂きたい。

「じほう」からの下記の報道。医師不足(これは厚生労働省が決して認めぬ客観的事実なのだが)の対策を自民党の方から出そうという話。

結局、研修医の集まる研修指定病院から医師を僻地に「再分配」しようという官僚が既に打ち出している案を認めただけだ。

医師不足があること、医療費が余りに削減されたために地域医療が崩壊していることを、官僚が認めないことが、問題の根本にあるのだが、自民党のこの委員会は、それには一切触れない。表層を撫でて、官僚の思い付きを後追いしているだけだ。

研修医が、都会の研修病院に集まるのは、研修成果を上げることが出来、さらに待遇が良いからだ。そこから僻地に派遣されることになれば、その研修病院から辞職するだけだろう。研修医が「吸い付いている」だの、「再分配する」だの、こうした国会議員の頭の中には、医師の人権を認めようという発想はないのだろうか。貧しい話だ。

初期研修を終えたばかりの医師が医師の少ない僻地に行くことを了承したとしても、彼らに一体何が出来るのだろうか。医師を養成するには、さらに数年間、指導医の元に実地訓練する必要がある。今一番人手が足りない、地域医療の第一線に彼らが立つことは不可能だ。このプランが実行されると、研修医それに僻地の人々双方にとって不幸なことになる。

医局機能を、研修病院に持たせようと、この委員会報告は締めくくられているが、大学医局を破壊して、今度は別なところに医師を隷属させる医局を作ろうということなのか。過去の大学医局には、様々な問題があったことは認めるが、新しい医局を作ると言う無責任さ・いい加減さには呆れる。大学医局を破壊した官僚の施策は間違っていたと、まずは認めよ。先を見通せぬ、こんないい加減な政策に翻弄される医師達の身にもなってみて欲しいものだ。・・・ま、こんな行き当たりばったりの施策が上手くいくはずはないのは火を見るよりも明らかなことなのだが・・・。

以下、引用~~~

自民党の社会保障制度調査会医療委員会(鴨下一郎委員長)は18日、厚生労働省が前日の都道府県会議で示した「医療政策の経緯、現状および今後の課題」をもとに議論したが、出席議員からは医師の不足や偏在の解消を求める意見が相次いだ。会合後、記者団の取材に応じた鴨下委員長は、厚労省に対して医師不足を解消するための短期的施策の提案を求め、同委員会としても5月中に具体策を打ち出す考えを示した。

 この日の会合には厚労省幹部も出席。医師確保策の効果を上げられない厚労省側に対し、「どこにどういう医師がいるのか把握し、どう充足させるのか目標をもって取り組んでほしい」との指摘のほか、出産などで一時的に現場を離れる女性医師が増加傾向にあることから、男性医師の十分な確保を求める意見なども出された。

 こうした議論を踏まえて鴨下委員長は、「(医師不足に対し)短期的に何をやるのか。この委員会で建設的なことを提案していかなければいけない時期にある」と述べ、現状と課題の分析だけでなく、医師不足を解消するための短期的施策を厚労省に提案するよう求め、同委員会としても来年度予算概算要求などを視野に具体策をまとめる考えを示した。

 会合後、鴨下委員長は、「課題だけをみんなで指摘しても、前に進まないという共通認識を持ってもらうために今日の委員会を開いた」と説明。「医師不足問題は、最終的に行政だけに頼って解決策が見いだせる状況ではない。医療委員会でも責任ある対応をしていかざるを得ない」との認識を示した。

 その上で短期的施策に関しては、厚労省の報告書に盛り込まれた医師が集まる拠点病院(マグネットホスピタル)の活用に触れ、「医師が吸い付いているわけだから、そこから再配分する工夫も必要だろう」と指摘。個人的見解とした上で、「卒後臨床研修の必修化から2年たち、この間にプールされた人材が出始めたので、そういう医師を再配分する工夫をどうするか。かつての医局機能をどこかに担ってもらうのがいいのではないか」と提案した。

毎日新聞 自己弁護座談会 

毎日新聞の最近の社内座談会記事から・・・

河野俊史・東京本社編集局次長 取材班に届いた反響のうち、毎日新聞の医療報道を批判するものは2割程度でした。医師の個人責任を問うことへの反発など、医療界の人からのものが多かったです。

医師の個人責任を問う積りだったことを、図らずも明言している。

 砂間デスク 大淀病院に関する医師からの意見はメールで100通前後です。医療体制の不備を指摘した記事への共感とともに、記者個人に対するものも含めて組織的と見られる批判がかなり寄せられました。主な内容は医師を個人攻撃するような表現で不適切ではないか、「医療クライシス」と報道姿勢が違う、医療の専門知識がないのに書くなというものなどでした。医療従事者専用サイトを通じての怒りが多いのも特徴でした。

元の記事は、医療体制の不備を突くものでは決してなかった。もしそうだというなら、元記事を掲載して、どこがそうなのか明らかにしてもらいたい。「表現」の問題ではなく、「事実」の問題なのだ。専門知識の有無が問題なのではない。医師は、故意に事実を捻じ曲げて報道したことを批判しているのだ。医療従事者専用サイトを通じての怒りとは一体何のことだ。医師のサイトでは、この事件報道に最初に接したときに、まず良く分からぬというのが大方の医師の反応だった。しかし、現場の情報が、マスコミ以外のソースから出てくるにつれて、毎日新聞の報道に意図的な誤報があることが判明し、それで同新聞への批判の声が上がったのだ。我々は、事実に立脚して批判している。それに対する、釈明なり、誤報への謝罪なりが全くない。それをしないでおいて、如何に医療崩壊を報道しようが、我々は信用しない。

 吉永委員 私にも批判された経験があるが、たいていの医師は「専門家でないくせに」「ろくに知りもしない記者が」という意識を持っている。脳外科と精神医療の取材が多かったが、臨床現場へ入る前に3カ月勉強させられたこともある。「専門家でない」という反応は当然あるという前提で取材を進めるべきだと思う。

大淀事件については、上記の通り。専門家でないと分からぬことがあるのは、事実。3ヶ月の勉強でうだうだ言うな。専門知識は、専門家とそうでない人々の間で、同列で共有することはありえないのは、当然のことだ。それを、2,3ヶ月勉強しただけで、専門家と同列になって議論が出来るというのは、僭越も甚だしい。マスコミの人間は、この誤った万能感で誤りを犯す。

 柳田委員 専門性のない記者が先走るなという批判はどんな分野でも起こり得るが、専門家が記者になって、いい記事が書けるかどうかは別問題だ。福島と奈良のケースでは、医師側の反応が全く違う。医師が逮捕された福島の医療界では、マスコミ批判より警察批判が強かった。一方、奈良では警察が立件を見送り、マスコミの中でも特に毎日新聞が攻撃された。その時々の状況や雰囲気で不満をぶつける対象が変わるのだから、今回の批判は、背景にあるもの、医師たちがどういう理由で揺れ動いているのかを考える材料として見るべきだろう。

その通り!

 高村氏 医療関係者からの反響は総読者数を考えると少ない。驚いたのは支局の若い記者が個人名を挙げられ、非難されていることだ。意見を無視しろとは言わないが、逆にものすごく重大に受け取る必要はないと思う。賛成にしろ反対にしろ、インターネットを通じて自分の意見を簡単に、しかも過激な形で表明できる社会になった。ただ大多数の読者は、記事の一部は分かるけど、残りは分からないだとか、ここまでは賛成で、ここからは違うとか、もっと複雑な判断をしていると思う。特定の先鋭的な批判は、こういう意見もあるのだろうという程度の受け止め方でいいのではないか。新聞記者であれ、私のような物書きであれ、自分の立場で表現するのだから、すべての人の意見に合い、満足させるものは書けない。ある程度の意見の違いがあることを前提に、それぞれの記者たちが取材に回ればいい。今回の取材班も基本的なスタンスとして、十分なことをしていると思う。

この方は、問題が全く理解できていない。この前の座談会記事でもピントはずれの意見を述べていた。繰り返すが、「表現」の問題ではない。問題は「事実認識」なのだ。

 司会 今後の「医療クライシス」では、取材班が具体的な提言もしていく方針です。社会はどこまでを医療に求めるのか、医療ミスのとらえ方の問題、患者と医療側の間に立つ第三者機関の必要性など、記者たちはこれまでも問題意識を持って取材してきましたが、皆さんのご指摘を生かし、さらに充実した企画にしていきたいと思います。

問題意識をもって欲しいのは、記者諸君の見識・知識の方なのだが・・・繰り返す、意図的な誤報を訂正し、謝罪せよ。

欅の新芽 

仕事場の自室の窓を通してみた、欅の新しい枝葉。2,3日のうちに、木全体を覆うように出現した。

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同じ欅の木が、昨秋沢山の葉を屋根の上に落とした。その一部が、腐葉土化し、そこに欅の種が落ち、この春欅の新芽が生まれ出た。

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人間社会も、現在の世代が、やがて生まれ出る新しい生命の糧にならなければならないと思うのだが、自分の生命の拡大だけを狂ったように追い求めて生きているような気がする。経済活動は、それ自体が目的なのではなく、人々がより豊かな人生を送れるように、次世代により良い環境を残すように行われるべきものだと思うのだが・・・。

小児医療についての民主党マニフェスト 

私は、どちらかと言うと現政権に比べたら民主党の方がましかなと思ってきたが、民主党のマニフェストを読んで、いささかガックリきた。

小児科医は、浮かばれないなぁ・・・。政治家は、どうして現場に足を運ばないのか。それに、選挙民の耳に痛いことも言わなくてはならないこともあるのだろうに、それが出来ないのか。

小児科医が忙しく、小児医療が採算が取りにくい科だということは書いてあるが、その対策として

○小児科医療の集中・拠点化
○二次小児救急医療センターを全国に400箇所建設
○一次救急を開業医にさせる

といったことしか書いていない。ごく簡単に批判すると・・・集中・拠点化しても、小児科医の忙しさはほとんど変わらない。二番目は、自民党と同じ箱物政策か。三番目、一次救急が一番大変なのに、開業医を殺すつもりか。

小児救急で大きな問題は、夜間・休日の需要が大きいことがある。その点を議論しなければ、小児救急の問題は解決しない。上記のマニフェストでは、小児救急医療の供給面の改善がほとんど見込めないばかりか、あの書き様では、むしろ需要を喚起している。開業医・小児科医は、殺されてしまう・・・。

民主党の関係者の方、万が一ここを読んでいたら、是非小児科の臨床の第一線で働く医師と接触を取るように勧めて下さい(いないだろうが)。これでは、民主党の不勉強が、バレバレだ。私は、野党が政権をとることしか、日本の様々な問題は解決しないと信じているのだが、これでは任せられない・・・任せなければ始まらないのだが・・・。

在宅介護を進めることは可能か? 

ブログ「勤務医 開業つれづれ日記」から、以下の報道の情報を頂いた。

北海道で療養病床に入院している家族を持つ方にアンケート調査した結果、同じ病状で在宅介護療養をすることを求められた場合、95%の人が、不可能と答えたという北海道新聞の報道

老老介護の実例等も記されている。

これは尤もなことだと思う。介護医療は、24時間拘束される仕事だ。家族なのだからすべきだということに無理がある場合が多い。

上記ブログの筆者が、指摘するように、これは行政が受け持ってきた、高齢者の医療介護に要する費用を、無料の労働力である家族に負わせることに他ならない。

療養病床を削減するのであれば、その前に、患者さん達の行き先を確保しておくべきではないか。療養病床削減を先に行うのは、大きな失政だ。

先ごろ、開業医にも、在宅医療を365日24時間対応させるというプランを行政が打ち出したが、現状の医師数と医療費では、それは無理だ。家族が在宅介護をするのは、それ以上に無理である可能性が高い。これが実現したら、全国各地で様々な悲劇が生まれるだろう。

これが、美しい国の実態なのか。

7メガは、やはり王道・・・ 

土曜日に、USTさんと7026近辺で交信し終えたCliff K6KIIを呼んだ。599+の信号。彼がFOCに推薦されているのを知っていたので、私も推薦人になるべく、14メガでのスケジュールを提案した(二つのバンドでの交信が推薦の条件)。日曜日の朝、Cliffと難なく交信し終えた。朝飯は自分で準備することになっていると言ったら、彼の奥様が作った新鮮なイチゴの載ったパンケーキを近くにいれば食べさせてあげるのに・・・と。ご馳走様・・・。

日曜日の夜には、Bruce K6ZBから呼ばれた。同じく、599+。ノイズも比較的少なくて、快調に交信が進む。彼も、Cliffと同じくFOCに推薦されているのを知っていたので、2バンド目の交信をするために、14メガのスケジュールを組んだ。今朝の14メガ、死んではいないものの、ゼッ不調。私を呼ぶ彼の信号は、ピークでようやくコピーできる程度。私の信号も似たり寄ったりらしく、結局交信は成立せず。

日曜日の夜の交信中に、BruceにMontecito Mafiaメンバーの件を尋ねたら、知らないとの返事だった。1988年から2002年までQRTしていたことも関係しているのだろうか。我々の交信をワッチしていた、Ken K7AOが、Bruceとの交信終了後、私を呼んできて、そのMafiaの面々は、懐かしいと言っていた。

土曜日の夜は、7メガの東海岸へのパスは、南太平洋周りのパスだった。東海岸のKA1DWXと交信したが、彼もSW方向へのロンビックで出ていた。こうした時には、大抵磁気嵐が起きているものだ。

14メガは、開けていると、ノイズや混信が少なく、楽しめるのだが、今のところ7メガの方が安定しているようだ。夏になると、こうした傾向がよりはっきりするのだろう。

日本会議 

日本会議という団体をご存知だろうか。神道を中心とする右翼宗教勢力と、政財界が手を携えて、偏狭なナショナリズムの高揚を図っている団体だ。役員には、安倍首相を始め現政権の主要なメンバーが名を連ねている。この会議の、目標を現政権は着々と実現しつつある。

偏狭なナショナリズムを高揚することは、神道にしてみたら、過去への回帰であり自己勢力の拡大に繋がる。自民党にしてみると、これまで彼らを支えてきた戦前を体験した高齢者が少なくなり、新しい支持基盤をこの会議に求めているのだろう。

それだけだろうか。人間社会は、常に統合され、まとまる中心的な存在を必要とするのではないか。彼らは、旧き価値、天皇制を中心とする宗教性を帯びた価値観に、それを求めようとしているのではないか。私が、政権を担う立場にあるとすれば、現在の雑多な価値観と、個人主義がカオスを作り出している現代社会に、そうした人々をまとめる価値観が必要であることを痛切に感じるに違いない。

果たして、これで良いのだろうか。第二次世界大戦後、普遍的な価値を持つ現憲法を、我々は手にした。それが変質させられようとしている。日本会議のような偏狭なナショナリズムの過去の亡霊に、この国の行く末を任せてよいものだろうか。

日本医師会長も、日本会議の役員だ・・・。体制に尻尾を振るなよ、唐沢さん。

慰安婦問題についての安倍首相・マスコミの対応 

ブログ「机の上の空 大沼安史の個人新聞」によれば、最近、「慰安婦問題」について、二つの出来事があったようだ。

一つは、4月17日、吉見・林教授が外国特派員に対して行った、記者会見。終戦後の戦争犯罪裁判の記録中に、慰安所が日本軍部によって開設され、維持され、拡大されたことが明示されている。これは政府も知っていたはずの資料ということだ。この記者会見の内容は、世界各国に報道されたが、日本のマスコミはほとんど無視したらしい。

もう一つ、4月21日付け、安倍首相のニューズウィーク・WSJ誌記者との会見。安倍首相は、これまで慰安婦には日本軍部は関わっていないと主張していた。この記者会見では、それを180度変えて、日本に責任があることを認めた。米国訪問を前にして、前言撤回した様子。

安倍首相よ、本心は一体どちらなのか。訪米が終われば、また慰安婦には責任がないとする意見に戻るのか。それは許されないことだ。それとも、17日の歴史研究者の記者会見により、自らの意見を変えたのか。これまでの見解から、このように変えた理由を説明し、その経過を踏まえた謝罪とをするべきではないのか。毎日新聞の大淀事件報道みたいに、うやむやはだめだ。

慰安婦問題は、日本人にとって、正直できれば避けて通りたい問題だが、それは加害者の論理に過ぎない。被害を受けた方々、国民からの言葉に耳を傾けなければならない。マスコミも腰を引いた報道では困る。真正面から報道すべきだ。

付け足しになるが、外務省は、WSJ記者に対して、記者会見の前に、盛んに接触し、接待を持ちかけたらしい。厳しい質疑を安倍首相に行わないように依頼する目的だったらしい。その事実も、WSJ誌上で報道されたらしい。官僚は、接待され、接待するのが日常茶飯事になっているのか。みっともないことこの上ない・・・。

EZ HANG 

DJV氏が、以前言及されたのは・・・これですね。

高い木があれば・・・。

毎日新聞の自己弁護・・・弁護になっていない 

毎日新聞が、医療問題についての座談会を開催したようだ。医療の危機について、多少理解したかにも見えるが、あの「大淀事件」報道での意図的な誤報の訂正がない。むしろ、あの報道を自画自賛している。これでは、もっとも大切なポイントを外している。

また、医師からの批判を短絡的と切り捨て、高村某という小説家をして、表現の仕方は何物にも捉われることはないと言わせている。新聞は、まず事実に立脚することが基本のはずだ。表現の仕方の問題ではない。これでは、本質的なデッチ上げ体質が変わっていないことを意味する。

マスコミとしては失格だ。

以下、二分割された座談会の記録;


開かれた新聞:座談会 医療現場に構造欠陥 さらに分析し提言を(その1)
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/archive/news/2007/04/21/20070421ddm010040163000c.html

開かれた新聞:座談会 医療現場に構造欠陥 さらに分析し提言を(その2)
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/archive/news/2007/04/21/20070421ddm010040165000c.html

混合診療を進めようとする勢力 

混合診療は、患者さんが医療にかかる際に、これまで国民が全員加入していた公的な保険だけで医療費用をカバーできずに、自分で費用全額を支払う必要が出てくるシステムだ。この自分で費用をカバーする分のために、高額の民間保険に入る必要が出てくる。

利点として挙げられるのが、最新医療を選択して受けられるという点だ。様々な移植医療・再生医療・遺伝子治療等々先進的な医療は、確かにコストがかかる。それを全部公的保険でカバーするとなると、公的保険が成立し難くなるという議論もある。

一方、混合診療により、医療機関の一部は膨大な利益を上げることになる。混合診療と、株式会社の参入は、常に組み合わせて論じられ、混合診療を推進する勢力は、株式会社参入も同時に目指している。株式会社は、その性格上、医療でも最大の利益を実現することを目指す。すると、最新の先進医療は、富裕層にだけ与えられ、富裕層以外は、そうした医療の恩恵の枠外に押し出されることになる。さらに、大きな問題は、混合診療の先進国、米国等で見られるように、医療費の総額は、天井知らずに上昇するのだ。

混合診療のもたらす陰の部分は、米国医療に詳しい、李啓充氏の著書(市場原理が医療を滅ぼす、アメリカの失敗、医学書院、2004、ISBN4-260-12728-4等々)に詳しく記載されている。また、これ以外の医療経済学の成書にも同様の指摘をするものがある。

政府の諮問機関に、主要官製市場改革WGという組織がある。こうした組織の会合の議事録は、なかなか表には出ないものだが、この組織の第二回会合の議事録をネット上で読むことが出来る。いつも力作をエントリーし続けておられるYosyanさんのブログ「新小児科医のつぶやき」に掲載されている。ここ。是非、一度お読みになって頂きたい。

この組織には、医療関係者は入っていない。混合診療始めにありき、という考えの新自由主義者というか政府の御用学者と、混合診療で金儲けを企んでいる企業の面々からなる。混合診療を、学問的に捉えて、国民のためになるかどうかの議論はそっちのけ。医師達を如何に互いに内部分裂させるか、といった姦計を図る言葉に満ちている。テーマが自らの利益追求に深く関わる民間企業の面々が、政策立案諮問会議のメンバーになっていることが、倫理的に果たして許されることか。

こうした連中が、国民の医療の将来を決めているのだ。果たしてこれでよいのだろうか。

仕事部屋は、日中の熱気がこもってしまっているのか、まだ25度程度ある。一気に初夏のような気温。さて、涼風を受けながら、畑の中を飛ばして帰ることにしよう・・・。

僻地・地域医療は救われぬ 

厚生労働省の医療構造改革推進本部が、僻地に医師を派遣する方法を提言したらしい。

「研修医が多く集まっている」拠点病院から、医師を派遣するそうだ。マグネットホスピタルなどという耳慣れぬ単語を持ち出している・・・欧米での、この言葉の意味は、看護職員・患者に魅力のある病院という意味だそうだ・・・思い付きのいい加減さが、こんな言葉の用法からも明白だ。

さらに、すべての医師に僻地勤務を義務付ける「合理性」を検討するらしい。

拠点病院からの医師派遣は、これまでの大学医局からの強制的な医師派遣と何処が違うのか?大学医局制度をぶち壊して、それと同じような制度を再び持ち込む恣意的な施策は、一体許されることなのか。

僻地は、住む人が少なくなった場所だから僻地なのだ。そういう場所に、医師が来るには、それに見合う条件を整えることが先ではないか。何故医師には、そうした常識が通用しないのか。官僚であれ、柳沢厚生労働大臣であれ、自分が強制的に僻地に派遣され、薄給・きつい労働条件下で働かされることをよしとするのか。まず、厚生労働省官僚が僻地に行ってみよ。

僻地勤務を義務付ける合理性とは、専制君主国家ではあるまいし、医師に人権を認めぬということなのか。このような問題提起をすること自体、基本的人権を尊重する意識が希薄であること、現在の医療崩壊の原因を全く理解していないことを意味する。何故、地域医療が崩壊しつつあるのか、官僚と政治家は真面目に考えていない。これでは、問題は到底解決しない。むしろ、医療は崩壊しつくされ、奈落に落とされることだろう。この無為無策によって、人の命が失われるようになるまで、彼等は物事の本質を見ようとはしないのだろうか。

以下、「じほう」より引用~~~

厚労省が医師確保追加策

 厚生労働省の医療構造改革推進本部(本部長=柳澤伯夫厚生労働相)は、医師確保の追加策などを柱とする今後の医療政策の検討方向をまとめ、17日に開かれた「医療構造改革に係る都道府県会議」に示した。大学医局が担っていた医師派遣機能が先細りしている現状を踏まえ、医師が集まる拠点病院(マグネットホスピタル)に医師の供給調整機能を担ってもらい、地域の勤務医を確保する仕組みを提示。マグネットホスピタルでの勤務要件に一定期間のへき地勤務を組み込むなどの手法を検討している。

 すでに医師の供給調整機能を担っている県立病院があることから、マグネットホスピタルには県立病院などを想定。県立病院には人事権があるため、厚労省は医師の供給調整もスムーズにいくと判断している。

 マグネットホスピタルに対しては、さまざまな症例が経験できる体制を敷くなど若手医師が集まりやすい魅力的な職場環境の整備や、財政面からの支援を視野に入れている。高い能力を備えた指導医がいる病院が若手の医師にとって魅力ある病院になるため、大学とも連携した人材確保なども必要としている。

 当面は、マグネットホスピタルへの勤務要件に、一定期間のへき地勤務を組み込むことで、マグネットホスピタルから医師を派遣する仕組みが適当との考えだ。

 ただ、医師確保が難しい地域を持つ地方公共団体からは依然、開業前のへき地勤務の義務付けなど即効性のある具体的な対応を求める要請があるため、すべての医師にへき地勤務を義務付ける合理性を、自由開業医制の中での位置付けといった論点を踏まえてあらためて議論する必要性も明記した。

 一方、病院勤務医の負担を軽減するために開業医の役割を明確化する必要性も指摘した。在宅の長期療養患者については、自分がかかる医師の中から「在宅主治医」を選び、在宅主治医が緊急時に入院可能な病院や訪問看護ステーションなどと連携し、医師1人の診療所でも看取りまで対応できる体制づくりを目指すことを記した。

総合的な診療できる医師養成も

 また、臓器別の専門医だけでなく、人間全体を総合的に診療できる医師を養成する方向性も示した。養成に当たっては、すでに専門医を取得している医師とこれから専門医を目指す医師とを分けて議論すべきだと指摘。総合的な診療の修練を積んでいない専門医が開業する場合に一定の研修を課す仕組みについても、関係者間で議論することが必要としている。


7メガCW界現状の分析か、単なる愚痴か・・・ 

どうも、7メガの週末夜、Wから呼ばれない。呼ばれても、型どおりの交信を終えると

WONT HOLD U
である。もうちょっと中身のある話をしてからにしませんか、と言いたくなるが、それでは、もてない男が愚痴っているように聞こえかねないので、ぐっと堪えて、ではごきげんようと挨拶をすることにしている。

この現象は、この1,2年特に目立ってきたような印象がある。

私の観察が正しいとして、その要因は何か?

一つは、CW人口の減少は確実にあるだろう。ラグチューを楽しむ人口もそれに比例して減っているのだろうと思う。これは、時代の流れで致し方のないことだ。

ついで、Wの朝の時間帯、7メガのローエンドに現れる局自体が、減っている可能性もある。JA相手だと、大体は、ラバースタンプになるので、ラグチュー派には興味が薄くなるのだろうか。現に、今夜交信したAlan AC2Kは、普段は夜(こちらの日中から午後)に出ているのだと言う。その時間帯は、40mと80mで充実した交信が楽しめるから、という話だった。

一方、Wの局にも、異変がある印象がある。ラグチューになると必然的に、ある程度の速度の受信能力を要求されるが、ラグチューする速度でのCWを受信できぬ局が、増えている印象がある。自分の能力を棚に上げて何を不遜なことを言うかとお叱りを受けそうであるが、確かに、これは言えそうだ。CWの必要性が小さくなった、新しい免許制度の賜物なのか。今夜、ある局に、アンテナを何時上げたのか尋ねたのに、聞き返された挙句、アンテナの詳細を語り始めた局がいた。

もう一つ、時代精神の変化というとオーバーであるが、CWといったまどろっこしい通信手段でラグチューを楽しむほど、精神的な余裕、ないし実際の時間の余裕を持った人が少なくなってしまった可能性もありそうだ。電話とメールで、用件は確実にかつ速やかに伝達できる。CWなどという特殊技能に頼らないで良いではないか、ただ交信することだけで十分ではないかという、特にコンピューターが生活の友になっている方々の言葉が聞こえてきそうだ。

恐らく、上記の要因が絡み合って、現在の状況が生まれているのだろう・・・JA1NUTとの交信には飽きたというのが正解なのかもしれないが(笑。

ま、いずれにせよ、私はわが道を行くのみ。応答が無ければ、さっさとスイッチをオフにして他のことを始めよう。

昔は、金曜日の夜にでも出ようものなら、列を成してコールする局が次々に現れたものだったが・・・あぁ、愚痴になってしまった。

麻疹流行の兆し 

東京・埼玉で、麻疹が流行する兆しを見せているという。

麻疹は、それ自体重篤な経過をとるウイルス疾患であり、様々な合併症も生じる。下記のニュースでも触れている通り、死亡率も決して低くは無い。乳児期に罹患すると、後にSSPEという予後不良の脳炎に罹患する可能性が出てくる。

麻疹の治療方法はない。予防接種による予防がすべてだ。ところが、日本では、予防接種接種率が低い。一つの理由は、公費負担で予防接種(麻疹・風疹二種混合1期)を受けられる年齢が、生後1歳から2歳までと限定されていること、それが周知されていないことが大きいのではないかと思われる。親の都合で言えば、忙しくて予防接種に連れて行けないこともあるのかもしれない。

日本では、年に10万から20万人が罹患すると言われている。予防接種の徹底されている米国では、100人前後の様子。日本は、この流行性が強く、重篤になりうる麻疹の輸出大国と言われている。

予防接種の確実で早期の接種を広報すること、接種最適年齢から漏れた者も救済する制度を作ることなどを、行政・国民ともども強力に進める必要がある。

以下引用~~~

はしか:首都圏で大流行の兆し GW、各地拡大も----過去10年最大規模

 東京都、埼玉県などを中心に、はしか(麻疹(ましん))が大流行の兆しを見せている。都内では、患者の集団発生で始業式を遅らせた学校もある。国立感染症研究所によると、患者数が過去10年で最多の01年(推定約28万人)に迫る規模となる可能性もあるという。はしかは感染力が強く、大型連休を機に旅行者らによって東京などから各地へ感染が広がる恐れもあり、同研究所は注意を呼び掛けている。

 はしかはウイルスに感染後、10日前後の潜伏期間を経て発症する。39度前後の高熱やせきなどかぜのような症状が2-4日続いた後、全身に赤い発疹が広がる。死亡率は0・1-0・2%だが、患者の約4割は入院治療が必要。空気感染のため、患者と同じ室内にいただけで感染することがある。

 都教育庁によると、都内の公立学校で、はしかによる学級閉鎖を行ったのは小、中学校各1校、高校2校。

 同研究所感染症情報センターが行った全国約3000の小児科での定点調査では、2-8日の報告数は32人(速報値)。多屋馨子・同センター予防接種室長によると、2月ごろから報告数が増え、3月中旬からは、成人の患者も急増するなど、患者数が伸びているという。【大場あい】

    ◇

 大阪府立公衆衛生研究所感染部によると、同府内では先月、定点調査の医療機関で散発的に発生。今月も低いレベルだが起きており、同部は「新学期も始まり、注意が必要」としている。

格差社会 

今日、金融機関の営業の方が、いつもの通り、払い込み等の手続きをして下さる為に、来られた。まだ、大学を出たばかりの若い営業マン。

熱心に仕事をしている彼に、金融機関の従業員も50歳位までに幹部になれないと、その後は大変なようだね、と話しかけた。いつもの笑顔が少し曇り、そうなのですよ、それに55歳になると、嘱託となり、給与ががたっと減らされるのですよ、と彼が答えた。仕事内容が殆ど変わらぬのに、一律にそうなるらしい。

さらに、パートの方は、常勤の方と殆ど同じ仕事をしているのに、年収100万円程度に抑えられているらしい。

政府は、努力をした人が報われる社会を、と言う。しかし、競争社会では、必死で努力しても、報われぬ者が必ず出てくる。または、最初から競争にさえ加われぬ者も必ず出てくる。

一方、官僚は、出世競争から抜け落ちても、天下りによって栄誉と莫大な収入が約束されている。また、官僚の年金も、国民年金に比べたら、大きく恵まれている。政治家も似たり寄ったりだ。国民には、正確な納税を強制しておきながら、自分達は、領収書無しで政治資金を使いたいように使っている。優遇している企業から、莫大な政治資金を得、税金からも政党助成金という名の政治資金を得ている。政治家は、企業から莫大な政治資金を貰い、その企業に便宜を図っている。

こうした、モラルの欠如した政治家と官僚が、格差社会を率先して作り上げている。おかしくはないか。

Montecito Mafia 

以前、Ed K8RDに、Merle K6DCが亡くなった経緯を調べて欲しいと依頼しておいた。昨日、Edから、その件についてメールが来た。

Merleは、交通事故に遭って、大怪我をしたらしい。それが元で、亡くなったとのこと。EdがMike K6ZSRから得た情報はそれだけだったようだ。私は、Merleが、うつ状態に陥り、その結果自らの死を選択したと、噂に聞いていたので、それでは、最後に精神的な苦しみは少なくともそれほど大きくはなかったのかもしれないと、Edに書き送った。すると、いやMikeは、Merleの最後について言葉を濁している、もしかすると、その通り(私の想像の通り)かもしれないとの返事が返ってきた。奥様と義理のお姉さまの三人で生活していた、Merleの晩年についてまた思い巡らした。

Mikeは、Montecito地域に住むMerle、Rad W6THN、それにJohn W6GTIと4名すべてFOCメンバーで、互いにとても仲良くしていた、彼らは他のハムからMontecito Mafiaと呼ばれていた、とEdに語ったようだ。Johnは10数年前に亡くなり、ついでMerleが他界。Radは、サンタバーバラの養老院で余生を過ごしているようだ。Mikeは、週に一回Radに会いに出かけるようだ。Radは、枕元にFT1000MPを置き、時々ワッチしているらしい。

Edは、Mikeに近々アイボールで会うらしい。K6ZBも加えて、新しいMontecito Mafiaを結成しようと話し合っているらしい。

Merleを訪れた時に貰った、彼の自伝に、エピローグを付けることがようやくできそうだ。