死因究明調査組織は機能するか? 

厚生労働省が、診療行為にかかわる死因究明のための調査組織を立ち上げるべく検討している。

医療行為は、本来人体に侵襲を加えるもので、重症であればあるほど、予期せぬ好ましくない効果が現れることがある。さらに、診療行為は、様々な選択肢のなかから、効果の出る可能性の高いものを選ぶ一連の過程だ。医療行為の事後、結果が明らかになってから、それまでの経緯を批判的に検討し、今後の診療行為に生かす作業は、法的責任追及とは、まったく別個に行われなければならない。過去を見直すのは、より良い未来を得るために行うのだ。

意図した犯罪行為や、きわめて重大な過失に対して、法的責任を問われるのは致し方ないのかもしれない。しかし、それは例外的な状況である。法的責任追及は、あくまで過去にだけ向けられた視点である。

この検討委員会のメンバーは、14名、その内、医療関係者は5名。医師も2名含まれているが、大学教授と病院長であり、臨床の第一線で日々医療事故の危険と闘っている臨床医は含まれていない。オブザーバーは、警察・法務省の官僚である。これでは、医療事故に直接係る医師の声が反映されないのではないか。

報告書は、医療事故の「被害者」に対して、医師が反省し「謝罪」する基礎になると断じている。医療事故は、医師に責任のないことが多い。が、報告書は、不幸な転帰をとった患者さんを「被害者」とし、医師は「謝罪」すべきと決め付けている。この調査の方向性が、死因を明らかにし、再発しないようにする未来志向のものではないことを意味しているのではないだろうか。

調査結果が、刑事裁判を始めとする法的解決に利用されることを否定するべきではないと記されている。刑事訴追され、責任追及されることを前提として、関係者は真実を明らかとする作業を行うだろうか。航空機事故の原因究明と、医療事故のそれとがしばしば比較されるが、刑事訴追されるかどうかが、両者の決定的な違いである。さらに、刑事訴追を前提に行う調査が、一般的に行われるとしたら、そうしたリスクのある医療から、医師は撤退することだろう。

医療システムの問題も追及するとしているが、せいぜい医療機関の責任の追及だけを念頭に置いているだけらしい。医療コストをかけず、きわめて乏しいマンパワーで、医師の労働条件は労働基準法を明らかに犯している現状は、問われぬのだろうか。そうした医療事故の直接・間接の誘発原因になっていることがしばしばある。厚生労働省そのものが、「被害者」に「謝罪」する可能性は、最初からないのだろうか。

この調査組織が、表面上の目的を果たせるとは、到底思えない。むしろ、医療の崩壊を推し進めるだけだろう。それは、巡って、国民から適切な医療を受ける権利を剥奪することになる。

以下引用~~~

死因究明のための調査組織は再発防止と信頼回復が目的  厚労省
07/07/30
記事:WIC REPORT
提供:厚生政策情報センター
ID:643482


診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会(第6回 7/26)《厚労省》
 厚生労働省が7月26日に開催した「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」で配布された資料。この日は、これまでの主な議論を再整理した新旧対照表(P24-P52参照)や、前回配布された資料(P53-P71参照)が提示され、死因究明を行うための調査組織について、議論された。
 資料によると、診療関連死の死因究明を行う調査組織は、真相究明をした上で再発防止を図ることが目的。医療従事者が自らの医療事故を究明し、患者側の真相を知りたいという要求に応えるもので、両者間の信頼回復にも有用としている。さらにこの調査結果については、行政処分、民事・刑事訴訟に活用されることを否定すべきではない、としている(P7-P8参照)。真相究明の意味するものは(1)純粋に医学的な観点からの死因究明(2)医療事故の発生に至った根本原因の分析(3)インフォームドコンセントをはじめとした患者・遺族と医療従事者とコミュニケーション等についての評価-の3点を挙げている(P7参照)。調査組織への遺族の参加は、調査・評価の過程において、聞き取り調査や質問等の形での参加を保証しておく必要がある、としているが、調査・評価委員会へ参加は、遺族が参加することにより、十分な議論がしにくい状況が生れることが考えられる、としている(P10参照)。
 また、診療関連死の届出制度については、医療に関する異状死の届出先は、警察ではなく保健所にするよう提案されている(P12参照)。

参議院選挙投票まもなく終了 

参議院選挙の投票は、あと1時間程度で終了。今夜、遅くに明らかになる選挙結果は、どのようなものになるだろうか。野党が勝てば、参議院議長のポストを野党が取れるので、現在の政権与党の「暴走」の重石になるとのことだ。さらに、願わくば、リベラルとコンサーバティブの間で政界再編が起きて、国民から見て分かりやすい対立軸が生まれることを期待したい。

午後、自宅に戻り、母親と近くをドライブした。あおあおと育った水稲の田のなかを車で走った。彼女に、選挙に行ってもらうかどうか、迷っていた。認知症のために、最近の記銘力・記憶力が衰えている母だが、選挙が行なわれていることを知ると、投票に行かなくてはねと気にしている様子だった。地方と、比例の区分、各々の適当な候補・政党について話をした。一旦は、行ってもらおうと思った。だが、投票所で介助なしに、適切な投票ができるかどうか不安があった。彼女が、会場で当惑し、恥ずかしい思いをするのではないかということを想像した。最終的に、母が、よく分からないから(行かなくても)いいよと言う言葉を聞いて、連れて行くのを止めた。日本の政治の方向を決める選挙人として、これまで十分選挙行動をしてきたのだから、この辺でリタイアしても許されることだろう。

こうした老人が、安心して暮らせる社会を作り、維持してくれる政治家が選出されることを切望する。

ルワンダ内戦の衝撃 

1990年代初めに、Hartmut DK2SCが、ルワンダから9X4HGというコールでアクティブに出ていた。首都キガリ郊外で、放送施設のメンテナンスをしていたドイツ国籍の方だった。当時の彼との交友については、JARL A1Clubのサイトに拙文を載せていただいてある。

ルワンダでの内戦、フツ族によるツチ族の虐殺については、当時の彼とのやり取り、さらにマスコミのニュースで、多少知っていた。正直なところ、遠いアフリカでの部族対立程度にしか認識していなかった。

「ホテル ルワンダ」という映画が、テレビで放映された。内戦時に虐殺されそうになった人々を、あるホテルのマネージャーが匿い、逃げさせたというストーリーだ。史実に基づいた物語のようだ。よく出来た映画で、一見をお勧めしたい。

その物語りの中で一番驚かされたのが、この内戦で苦しむ人々に、国連はおろか、米英仏等の先進国それに昔の支配者であったベルギーまでもが、手を貸そうとしなかった、むしろそうした人々を捨て置いて、逃げ出したという描写だ。これは、事実であったに違いない。でなければ、100万人とも言う大量虐殺の犠牲者が出たはずがない。

冷徹な国際政治の場にあっては、ルワンダの内戦は一顧だにする必要の無い出来事だったのだろう。しかし、ルワンダを無視し、放り出した先進国の政府は、歴史に大きな汚点を残した。経済的、政治的な利害が絡まないといって、無視して良い出来事ではなかったはずだ。

翻って、自分自身、Hartmutの安全だけが大きな関心事であったことを、ある痛みをもって思い起こす。自分に何かできることはなかったのだろうか。一人の民間人が、国際政治の強固な枠組みのなかで、遠く離れた異国に生じた出来事に対してできることは、実際上あまり無かったかもしれない。しかし、問題の深刻さにより鋭敏になっているべきだったと強く反省させられる。

さらに、こうした国際的な悲劇を同時代人として経験したことに気付くと、市民レベルでの国境を越えた連帯が、必要になっていることを痛感する。

私達に何が問われ、何ができるのか、よく耳を澄ましてみる必要がありそうだ。

公務員給与引き上げ?! 

公務員給与を引き上げるらしい。

下記引用~~~

人事院が8月に行う2007年度国家公務員給与改定勧告の基礎資料となる民間給与実態調査で、公務員の月給が民間をわずかに下回る見通しであることが25日分かった。これを受け同院は民間との格差を是正するため、01年勧告以来6年ぶりに公務員月給の引き上げを勧告する公算が大きくなった。 (時事通信)

引用終わり~~~

国家財政に800兆円の借金をかかえ、医療福祉・税金等で国民に痛みを課している時に、給与を引き上げるのは、ごく単純に納得がいかない。

ここで民間平均給与との格差を是正するためとされている。

H17年の国税庁の民間給与に関する調査が、ここにある。この調査概要の「第二段抽出」という欄に、どのような事業所の給与所得者を、何人抽出したか、という一覧表がある。明らかに、大企業からの抽出が多い。母集団は、中小企業従事者の方が多いはずだ。このような抽出方法では、給与レベルが高くなるのではあるまいか。どうも理解し難い。大企業の給与水準は、高いのが当然だ。また、派遣労働者をどのように扱っているのだろうか。3から6割、派遣業者に「ピンハネ」されている、派遣労働者の手取り賃金は、この給与レベルには遠く及ばないだろう。

私の目には、彼等が「やりたい放題」しているとしか映らない。

参議院選挙投票に向けて 

医療崩壊をマニフェストで十分納得できるように議論している政党は見当たらない。が、less worseの政党を選択するしかない。ただ一つ言えることは、現在の政権与党には、信任を与えぬことだ。投票しないのは、政権与党を信任することに等しい。

全国保険医団体連合会のパンフを利用して、周囲の方々に医療福祉政策を一つの重要な視点にして投票されるようにお勧め頂きたい。

以前にもこのブログに挙げたが、そのパンフはここ

OECDヘルスデータ2007 

OECDが、上記を公表した。日本の医療の状況を的確に記述している。

少ない医師が、劣悪な労働条件で、独楽鼠のように働いていることが分かる。マスコミによる医師バッシングと、法曹による医師への刑事責任の追及、それにここで記された政府官僚による医療費削減政策。

これで、医療が崩壊しない方が不思議だ。

医療崩壊して一番痛みを受けるのは、社会的弱者だ。

参議院選挙に、是非投票に行くように患者さんの親御さんにお話している。社会の格差が、医療にも及ぼうとしている。お金を持つものだけが、十分な医療を受けられ、一般国民は、大病すると自己破産を余儀なくさせられる医療システムが、この1,2年以内にも、政府官僚の意向で実現されようとしている。また、普通に戦争をする国にするための施策も、進められている。これで良いのかどうか、よく考えていただきたい。というのが、私の話の要旨だ。

3日後の選挙で、この国の形は大きく変わる。

以下、引用~~~

日本の医師不足、浮き彫り OECDの加盟国医療統計
07/07/25
記事:共同通信社
提供:共同通信社

 【パリ24日共同】経済協力開発機構(OECD、30カ国、本部パリ)は24日までに、先進国が中心の加盟各国の医療を比較する「ヘルスデータ2007」を発表した。日本については、医師の不足や、治療行為に比べて予防医療をなおざりにしてきた側面が浮き彫りになった。

 人口1000人当たりの医師数を見ると、日本は30カ国中27位の2.0人(04年)で、OECD平均の3.0人を大きく下回る。一方、1年間に医師の診察を受ける回数は国民1人当たり日本は13.8回(04年)で、データがある28カ国中で最多。少ない医師が多くの診察をこなさざるを得ないことが分かる。

 高額な医療機器の数が飛び抜けて多いのも日本の特徴。人口100万人当たりのコンピューター断層撮影装置(CT)の設置数は、日本は92.6台(02年)で2位以下に大差をつけ、OECD平均の約4倍。磁気共鳴画像装置(MRI)も同様に日本が首位だ。

 これに対し、乳がんの発見に役立つ乳房エックス線撮影(マンモグラフィー)を過去1年間に受診した50―69歳の女性は、日本ではわずか4・1%(04年)で、データがある25カ国中、最低。OECD日本政府代表部は「治療を重視し、予防医療を比較的軽視してきたことが反映された」と分析する。

 日本の1人当たり医療費は2358ドル=約28万円相当=(04年、購買力平価換算)で30カ国中19位。厚生労働省は医療費抑制を目指すが、日本の現状はOECD平均を下回り、先進7カ国(G7)では最低だ



A ROUND TABLE OVER THE WORLD 

昨夜、寝る前に、14メガを覘くと、ヨーロッパが良く入っていた。Andy F2MAが、JAの局と交信している。来年、開局50周年、年齢も70歳になると言っていた。彼が交信終了後、すぐに呼ぶ。すると、Joe DL4CFが、私と一緒に彼を呼んだらしく、三名でのラウンドテーブルになる。フランス・ドイツそれに日本が、同時に結ばれたと言うわけだ。

Andyはベルギーで過ごすことが多く、良いアンテナをそちらでは持っていないので、あまり無線をしていなかったとのこと。彼には、その昔XU8DXのQSLマネージャを私がしていた頃、XUへの援助方法について、相談したことがあった。西ヨーロッパでも奥深いフランスとは、なかなか良いCONDXで繋がらない。彼の強力な信号を聴くのは久しぶりだ。Joeも同じくあまり出ていなかった。しかし、これから3週間は休暇になるので、アクティブに出る積りだと言っていた。Titanを炊いて、さらにビームを使っている彼の信号はいつも強力だ。バッハの生家の近く、彼の住むラインスドルフを訪ねるように言われて、もう10数年経ってしまった。

私も、ごく簡単に近況報告。寝る時間だと言って、引っ込むことにしたのだが、その直前に、私の愛用のAEA MM3(キーヤー)がハングアップ。それを直して、その旨伝えると、Andyは、キーヤーもzzz・・・が必要のようだねとご機嫌に笑っていた。

節度ある受診を 

『「節度ある受診」啓発、「守る会」が活動再開』と題して、丹波未来新聞が報じている。情報は、伊関友伸のブログより頂いた。

小児救急は夜間が忙しい。以前にも記したが、子どもは夜間に具合が悪くなることが多い、日中親が共稼ぎで受診させられない、といったことがその理由だ。最近、別な原因も出てきた。コンビニで買い物をするかのような意識で救急を受診させる親が増えているのだ。

コンビニ受診を控えるように、親を教育しなければならないのだが、救急では、その場限りの医師患者(親)関係なので、なかなか難しい。基本的には、常日頃互いに気心の知れた医師患者関係のなかで、夜間救急を受診すべき場合を教育し、さらに社会のインフラとしての救急システムを大切にすることをお願いして行くべきだ。しかし、コンビニ受診をする親は、それを繰り返す傾向があり、また慢性疾患で治療継続が必要であっても、それを行わないことが多い。自分の子どもが具合悪くなった時に、その不安感の解消をすることだけを優先する、長期的な視点で子どもの病気、医療システムのことを考えることをしないという傾向が、そうした親の特性としてありそうだ。

当地でも、6月から、小児を主体とした夜間救急が始まった。平日夜間7から9時までという、言ってみれば、いささか微温的な救急診療だ。それでも、当初はかなりの受診があったようだ。従来からの日曜日の午前中から午後にかけての救急は、3、4倍に患者が増えている。これが、近くの三次救急を担当する大学病院の救急の負担を減らすこと(これが、夜間救急開始の目的だった)に繋がっているか、それともコンビニ受診を誘発しているのか、きちんと検証する必要があるように思える。

兵庫県、とくに丹波地域でも、小児救急が極めて厳しい状況にあるようだ。多くの公立病院では、小児科が閉鎖になり、小児救急の体制が崩壊の危機にある。そこで、地域の方々から、医師増員をただ求めるだけでなく、小児科医師への負担を減らそうと言う、患者の親からの働きかけが生まれつつある。とても貴重な社会運動だ。

以下、引用~~~

県立柏原病院の小児科を守る会が、 第2期の活動を始める。 軽症でコンビニを使うような感覚で病院を受診することを控え、 本当に必要な患者が必要な時に病院にかかれるよう、 「節度ある病院受診」 を改めて呼びかけていく。 再始動の第一歩として22日午前10時から、 神楽の郷 (青垣町文室) で開かれるフリーマーケットに出店する。 ベビー用品を格安販売し、 あわせて、 医師を大切にすることが、 ひいては、 患者を救うことにつながるという 「こどもを守ろう お医者さんを守ろう」 のメッセージを伝える。

 フリーマーケットでは、 メンバーが持ち寄った、 こども服、 おもちゃ、 赤ちゃんが飲んだ母乳の量をはかるベビースケールなどを100円から販売する。 「こどもを守ろう お医者さんを守ろう」 と記した、 オリジナル値札を作り、 子育て世代へのメッセージの浸透をはかる。
 また、 あわせて、 同会が集めた5万5366筆の 「県知事に、 県立柏原病院への小児科医の派遣を求める署名」 への協力に対する感謝を伝える、 自筆の 「ありがとう」 チラシを配布する。 8月5日には、 道の駅 「丹波おばあちゃんの里」 (春日町七日市) で開かれるフリーマーケットにも出店する。

 今後、 自動車にはるマグネットステッカーの作成、 県立柏原病院医師や救急救命士に協力をあおぎ、 「こどものトラブルQ&A」 チラシか冊子の作成、 ホームページの開設などを計画しており、 バザーの収益は、 これら活動資金にあてる。

 新しく代表に就任した丹生裕子さん (市島町) は、 「医師不足解決に向け、 住民のできることの一つが、 かかり方に気をつけること。 活動を続け、 会の主旨を浸透させていきたい」 と話している。
同会は、 丹波市内の20歳代、 30歳代の母親で作っている。 メンバーは15人程度。

看護師配置基準に関して、はしご外しが行われる 

入院患者七人に対して、看護師を一人以上配置(7:1配置という)すれば、その医療機関には高い診療報酬を支払うという医療政策を、厚生労働省は2006年に実施した。

7:1配置が一旦実施されると、そうでなくても経営の厳しかった大都市の大病院は、なりふり構わず看護師を集めにかかった。東京の某大学病院など、看護師に様々な特典を与えて、しゃにむに看護師を集めまくっていた。苦笑せずにおれなかった。そのおかげで、地方の中小医療機関は、看護師不足に陥った。大混乱である。

その騒ぎが収まらないうちに、今度は、7:1配置を実施した医療機関への診療報酬を引き下げるという。これで、看護師の集まらない地方の中小医療機関だけでなく、多くの看護師を抱えた医療機関は、経営が厳しくなることだろう。

これを、厚生労働省官僚による「はしご外し」の術という。

「はしご外し」が行われることを見越していても、経営が元来苦しい医療機関は、厚生労働省の誘導策にまんまと乗る。これまでに、「はしご外し」の行われた例は、皆挙に暇がない。

厚生労働省は、意図的に「はしご外し」をしているのだろうか。それとも、朝令暮改は、意図せずに、担当者が変わるたびに、自らの実績作りのために行っているのだろうか。

いずれにせよ、医療機関は大迷惑である。恐らくは、こうした朝令暮改によって、閉鎖に追い込まれる医療機関が数多く出てくることだろう。そのツケは、やがて国民に回されることになる。

日本の官僚は優秀だという私の先入観は大きく崩れつつある。

以下、NIKKEI NETより引用~~~

入院の診療報酬に新基準・08年度改定、厚労省方針
 厚生労働省は、患者が入院した場合に病院に支払う診療報酬を見直す方針だ。現在は看護師が多ければ診療報酬も高くなる仕組みだが、患者の看護の必要度に応じた数値基準を新たに導入。看護の必要がないのに多くの看護師を抱えている場合には診療報酬を引き下げる。2008年度の診療報酬改定で実施する考え。

 現行制度の入院基本料(一般病棟)は、看護師数を基準に原則4段階に分かれている。看護師1人あたりの患者が15人の場合は1日当たり9540円だが、患者7人なら1万5550円に増える。患者の病状にかかわらず看護師を増やし高い診療報酬を得ようとする病院が急増。医療費増や地方や中小の病院での看護師不足につながっていた。 (07:01)

福島県立大野病院事件第六回公判 

上記が、20日に開かれた。今回は、検察側鑑定人の新潟大学産婦人科田中教授に対する証人尋問が行なわれた。関連する新聞マスコミ記事及びネット上での情報が、ブログ「ある産婦人科医のひとりごと」でブログ主の産婦人科臨床医の方の優れたコメントとともにアップされている。ここ。

田中教授の専門が、婦人科腫瘍であり、産科の極めて臨床的な事例を鑑定する専門家としての的確性が、問題にされた。恐らく、田中教授自身が、問題がここまで拡大するとは想像していなかっただろう。医療・医学は、細かく専門分化している。臨床的な問題を、刑事事件として扱う、即ち極めて厳格な判断を必要とする場合、臨床の不確定な事象を扱うことに熟知する、その領域の専門家が鑑定すべきだ。教科書と、論文だけに頼った鑑定では、臨床現場の困難さを正しく評価できないだろう。田中教授は、このケースの鑑定人として相応しくなかったのではないか。

臨床現場で何らかの治療を行なう場合、様々な可能性を想定して行なう。様々な可能性を検討し、もっとも可能性が高く、重要かつ緊急を要する手順をまず取るのが原則だ。その場合、他の数多い可能性すべてを否定しつくすことは、時間と医療費が許さぬことが多い。特定の治療手技を行い、結果として、予期せぬ悪い経過を取った場合、他の可能性があったといって、当初の決断に対して刑事上の責任を追及するとすれば、医療は成立し難くなる。「予見可能性・回避可能性」を、徹底して追及すれば、いかなる医療行為も行なえなくなる。医療事故すべてに無条件に免責を要求することはできないが、少なくとも、この大野病院事件では、刑事責任を追及することは、産科医療・急性期医療の成立根拠を突き崩すことになる。

恐らく、医療を少しでも知れば、そのようなことはすぐに理解できることだ。検察が、それを知りつつ公判維持するとすると、これは法曹システムの欠陥ということになる。それが改められるまでに、医療崩壊は進み、多くの犠牲者が出ることになるのだろうか。立法・司法両者に投げかけられた深刻な問題だ。

国家主義の萌芽 

医師不足の解決策として、医師に僻地勤務を強制しようという意見が、様々なところで出されている。「かの」福島県の民主党候補が、僻地勤務義務化を唱えているので、驚いた。福島県立大野病院事件を良く知っていれば、そのような話は出てこないはずだ。民主党の見識を大いに疑う。

この僻地医療義務化の主張の背後には、医師は多くの税金を用いて教育されたのだから、社会に奉仕するのが当然だという主張が隠れている。または、公然とそれを唱える人もいる。

僻地勤務義務化をしても、問題は解決しないことは置いておくとしても、そうした意見には、個人の職業選択の自由といった人権意識が、微塵もない。

先日、「ゾフィーショル最期の日々」という映画を、テレビで観た。大学生であった彼女は、第二次大戦中にドイツミュンヘンで、兄ハンス(彼は医学生だったそうだ)等と反ナチの抵抗運動を行い、ゲシュタポに逮捕され、処刑されてしまう。その緊迫した経過を、新しく発掘された史実に基づき映画化したものだ。

その中で、彼女達を裁く人民法廷という名ばかりの裁判で、裁判官は、「君達は、国家の援助により、学生として勉学を続けられたのではないか、社会に奉仕する義務がある」といった内容のことを、激しい言葉で、ゾフィー達に投げかける場面があった。恐らく史実だったのではあるまいか。

現在、医師不足解消の手立てとして主張される医師の僻地勤務義務化は、このナチの手先の裁判官の言葉と同じではないか。さらに、教育には、義務教育、高等教育いずれも税金が投入されているのだから、この僻地勤務義務化を敷衍すれば、国家のために、国民はいかなる仕事にも就かねばならぬということになる。恐るべき、人権無視の国家主義的な発想ではないか。ナチズムも当時のドイツ社会では熱狂的に支持された。そのような社会状況になれば、国家のために国民は生きるべきだという主張が、わが国でも大手を振るうことになるのではないか。

日本という国家は、人権を擁護する意識が乏しい国家のような気がする。


医療事故を減らすことに役立つのか? 

医療事故、それに結びつきうるが大事に至らなかった事例(ヒヤリハット事例と言われている)を、日本医療機能評価機構が全国の医療機関から集計して、発表した。それを、下記の通り、毎日新聞が報道している。

同機構の報告は毎年同じような形式だが、無意味な数値の羅列が続く。各医療行為の母集団の数が分からなければ、統計的な数値を出しても意味がない。例えば、午前中に医療事故が多いというのは、もともと午前中に医療行為を行うことが多いからではないのか。

また、医療は、労働集約的な事業だ。医療スタッフの労働条件について、個々に検討考察することが、医療事故を減らすためには必須だ。

同機構は、医療事故に関わった医師や看護婦の、事故前1週間の労働時間を調べている。例えば、平成19年1から3月までの、医師の平均労働時間は、49.7時間であり、昨年1から12月までの値53.2時間よりも減少しているらしい。大体、一週間に一回以上の当直という名の夜間労働を行っていることを考え、医師不足が顕在化していることを考えると、この数値は、にわかに信じがたい。

この数値には、非常勤医師の労働時間が加味されていると、同機構は「逃げている」が、非常勤医師は、他の医療機関でフルタイムの仕事をしているはず。その労働時間を加えるべきである。こうした、労働時間が大して長くないというデータを出すことは、厚生労働省の意向を受けてのことではないかと疑われても仕方あるまい。医療機関の機能を評価するためには、医療スタッフの労働条件の評価を正確に行うことが必要なのだ。でなければ、同機構が真に第三者なのかどうか、大きな疑問符が付く。

さらに、労働条件を問題にするならば、医療事故を起こす2,3日前の勤務状態も検討しなければ意味がない。事故前、2,3日前の労働条件が、事故に直結する可能性が高いからだ。

同機構の報告の後半には、具体的な事例の記述が、ジャンル別に行われている。その結論と予防対策として、「観察をしっかりする、ダブルチェックする、経験不足のスタッフが担当したので教育をしっかりする」といった医療スタッフに直接関わる事項が並ぶ。どのようなスタッフが、どのような労働条件で、起こしたのか、個別の医療システムに問題がなかったのかを検討すべきなのではないか。「観察・チェックをしっかりする、教育をしっかりする」といったありきたりのスローガンを並べても、医療事故は減らない。

同機構の報告責任者、野本元九州大学教授が述べている通り、医療事故の多寡を問題にすべきではない。しかし、同機構のこの報告が、医療事故・ヒヤリハット事例を減らすことを目的に過去9年間活動してきたとするなら、医療事故・ヒヤリハット事例が「増えている」ことに対して、同機構の責任も生じる。少なくとも、あまり意味のあるとも思えぬ報告を毎年繰り返し出すことはそろそろ再考の時期に来ているのではないか。

毎日新聞は、この報告の内容をただそのまま報告するのではなく、批判的に検討できないのか。医療のことはおろか、統計の初歩も分からぬようでは、医療報道を行う資格に欠ける。

以下、引用~~~

医療事故1296件中死亡152件 患者移動中が最多
07/07/19
記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社
ID:634700


医療事故:1296件中死亡152件 患者移動中が最多----06年

 日本医療機能評価機構が18日公表した06年の医療事故情報年報によると、大学病院など報告義務がある273カ所の医療機関から寄せられた医療行為に起因する事故は、1296件(前年比182件増)で、死亡事例は152件(同9件増)。発生場面では、患者移動中(102件)▽開腹手術(42件)▽内視鏡治療(26件)▽静脈注射(19件)などが多かった。

 また「ヒヤリ・ハット」の事例は、1276カ所の医療機関から19万5609件の報告があり、うち患者の生命に影響する間違いに事前に気付いたケースが3155件あった。【清水健二】

QW氏、被災地へ・・・ 

昨夜、寝る前に、7メガでCQを出した。ここでも時々コメントを下さる、QWさんが、呼んで来て下さった。長岡から、とのことだったので、何処かに移動されたのかと思ったら、高速道路で自宅に戻る途中、移動中の車のなかからだった。

新潟中越地震の後、柏崎・上越に仕事をなさりに、行っておられる様子で、昨夜も、その帰りのご様子だった。午後11時を過ぎていた。北陸道から関越道に乗るジャンクションを過ぎた辺りだったのだろうか。何度か通ったあの場所を思い起こしながら、しばらく交信させて頂いた。

詳しいお話を伺えなかったが、地震1日目は、救急車が使えず、ヘリコプターで患者を搬送し、二日目になってようやく救急車が使えるようになった様子。柏崎中央病院で仕事をなさってきたらしい。ご自身の仕事場(大学病院)でも人手が足りないのに、それに加えて、ボランティアとして夜遅くまで、被災し傷つかれた方々のために仕事をなさったことに敬意を表したい。

地震当日に、被災し外傷を負った方が、医療機関にかかり難かった様子だが、それがどのような状態だったのか。トリアージは、上手く機能したのだろうか。ネットの情報等では、医療従事者が被災地に行って、ボランティアをしようにも、自分の仕事場が手一杯で行くことが出来ないといった状況もあったようだ。人出は足りていたのだろうか。ライフラインは?QWさんが仰った、酷かった交通とはどのようなものだったのか。それを改善する方法はあったのか。早期治療を行わないと死亡率が高まると言うクラッシュ症候群の患者さんはどうだったのだろうか。それに、情報が隠蔽されている可能性の高い、原発の事故の情報は・・・?。

QWさんの肉声や、ネット・マスコミから流れてくる情報に注意していきたいと思っている。被災地では、これから長く苦しい回復への道のりを歩むことになるのだろう。これは決して人事ではない。いつ自分に降りかかってくるか分からぬ、きわめてありふれた悲劇なのだと思う。

QWさんが、パーキングエリアについた、そこで飲み物を飲むと仰ったので、そこでお別れした。そこから自宅まで30分のドライブ。無事帰宅されただろうか。お疲れ様でした。

Confederate Soldier's Prayer  

ブログ座位の夢想経由、志村建世のブログで、ある詩を知った。こころを打つ、素晴らしい詩なので、ここに転載させて頂く。座位さんのブログに訳詩も掲載されている。

米国の南北戦争で重傷を負った兵士の記した詩だそうだ。

こうした気持ちを少しでも持つことが、よりよく生きることに繋がるのだろう。病を得て、初めて生きる意味を知るという消息を改めて教えていただいた。

以下、引用~~~

Confederate Soldier's Prayer

I asked God for strength, that I might achieve,
   I was made weak, that I might learn humbly to obey.

I asked for health, that I might do greater things,
   I was given infirmity, that I might do better things.

I asked for riches, that I might be happy,
   I was given poverty, that I might be wise.

I asked for power, that I might have the praise of men,
   I was given weakness, that I might feel the need of God.

I asked for all things, that I might enjoy life,
   I was given life, that I might enjoy all things.

I got nothing I asked for --
   but everything I had hoped for.

Almost, inspite myself, my
   unspoken prayers were answered.

I am, among all men,
   most richly blessed.


Anonymous Confederate Soldier.


バブリー毎日 

毎日新聞のバブリーな記者が、バブリーに記した記事・・・脱力物です。

以下、毎日新聞より引用、それへのコメント~~~

東大病院1泊18万円=潮田道夫 千波万波
07/07/17
記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社
ID:632998


千波万波:東大病院1泊18万円=潮田道夫

 <せんぱばんぱ>

 3日間の健康診断で210万円。東京・六本木の新名所「東京ミッドタウン」の「東京ミッドタウンメディカルセンター」の特別メニューだ。

 全米で最高という評価のジョンズ・ホプキンス病院と提携したサービスで、高級ホテル「リッツ・カールトン東京」の宿泊料込み。利用客がいるのかしらね。「3月のオープン以来それなりに。10人までは達しませんが」(広報室)

ふ~ん、バブリーですね。利用客がいるのかしらね、なんてしらばっくれていますが、潮田さんも、きっとここで健診を受けているんでしょうね。毎日新聞の給与はさぞかし良いんでしょうね。それとも、会社持ちですか。
 さすがアメリカ流でリッチだね、と感心していたら「東大だって、なかなかだよ」と先ごろまで厚生労働省の局長だった男がいう。

 聞けば東大病院の14階特別病室は1泊18万9000円もする。「1年365日のうち336日ふさがっております」と同病院。お金持ちっているんだね。

 ひがんではいけない。車にフェラーリがあり、時計にパテックフィリップがあるごとく、医療にもぜいたくなのがあっていい。

ああ、なるほど。【医療の格差】を積極的に評価されるわけですね。日ごろの、庶民の味方の毎日新聞というスタンスは、見せ掛けだけだったんだ~~。

 東大の吉川洋教授によれば、あらゆるモノやサービスに対する需要は必ず飽和する。それが経済成長をはばむ究極の要因だ。

 散髪が月に1回の人は月1回の散髪で満足し、経済成長のためだからと、月に2回散髪に出かけたりしないでしょ。テレビにしたって白黒テレビを毎年買い替える人はいなかった。

 経済成長したのは、テレビの例で言えば、カラーテレビが発明され、次に薄型テレビが登場したからだ。まだ映るテレビを捨てて買い替えた。

 つまり、経済成長のためには、面目を一新するような商品やサービスの発明が必要だ。技術革新(イノベーション)です。進んでお金を払って購入したくなるようなモノやサービスをどんどん発明しないと、日本経済は衰亡する。

 有望なのが医療分野。高度医療への欲求は高い。六本木や東大の例も、極端だがその流れだろう。

あぁ、医療機関を高い部屋代のホテル並みの病室ばかりにすることが、日本経済を牽引するというわけなのですね~~。こうしたバブリーさが、潮田さんにとっては、【高度医療】なのですね。潮田さんは、きっとそうした病室から下界を見下ろして、こんな言いたい放題の記事を、記しているのでしょうね。気分良いだろうな~~。

 国が総医療費抑制でムチをふるうのは財政政策としては正しい。しかし、そのせいで最新技術や新薬の投入が遅れているとすれば、経済成長の芽を摘んでいるともいえる。

なるほど、経済成長が一番、医療崩壊お構いなしというお考えなのですね。さすが、毎日新聞、経済で物事を考えるセンスが素晴らしい。

 日本の医療費は過剰投薬と過剰入院をやめれば3割削減できるそうだ。ムダを排し、米国の75%にとどまる医療の生産性を高めてもらいたい。(論説室)=隔週日曜日に掲載

確かに、経済財政諮問会議では、米国等と比較して入院期間が長いことから、日本の医療は生産性が低いと決め付けていますね。しかし、医療費の包括制を導入した医療機関では、再入院が多いというデータも出ています。入院期間だけで、【生産性】を議論できるのか、そもそも、医療に【生産性】という概念が馴染むのかどうか、大いに疑問です。

米国のように、急性期を過ぎたら、すぐ退院、医療機関近くのホテルから外来通院、または自宅で家族が介護療養の面倒をみることを、大衆には求めていらっしゃるのでしょうか。ご自身は、東京ミッドタウンなんとかとか、東大の特別室で、のんびり高度医療を受けながら・・・。

マクロで見た時の医療費の国際比較データ等、ご存じない?または、無視ですか?あれ・・・最初のバブリーなお話とは、大分ずれた内容になっていますね・・・潮田さん、貴方は、素面でこの記事を書いたのですよね・・・。

こんな破廉恥な記事を、素面で書く勇気を持つ記者がいる毎日新聞って、本当にすばらしい・・・。涙が出るくらい・・・。

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ブラームス 六つの小品 作品118 

夜、眠りに就くときに、音楽を聴くことがある。音楽が、こころを落ち着かせてくれるからだ。

選曲を間違えると、むしろ目が冴えてしまう。しばらく、マーラーの5番、特に最初の楽章、それに有名なアダージェットを聴いてきた。時々は、以前にも触れた、トゥリーナの室内楽、とくにピアノ四重奏曲を聴くこともあった。神経を鋭敏にさせる、緊張を強いる音楽、または音楽的な思弁を必要とする音楽は、たとえ好みの音楽であっても不可だ。一度、バッハのオルガン曲をかけたら、目が醒めてしまったことがある。ベートーベンの弦楽四重奏曲などもあまり好ましくない。

ここ数日、ブラームスの「六つの小品」作品118を聴いている。演奏は、バックハウス。1から4分程度の小曲を集めた、ブラームス晩年のピアノのための作品だ。大分前に、音源は手に入れてあり、何度か聴いてきたが、もう一つぴんとこなかった。しかし、ブラームスが、その晩年の作品に込めた思いを、これらの作品からも聴くことがようやくできたような気がする。人生への諦観が、底流に流れ、そこで熱い思いと、闘う気概と、そして慰める意思とが、直接こころに訴えかけてくる。感情を揺さぶったり、宇宙大の思弁の世界にさそったりしない。至高の宗教的な世界でもない。ブラームス、その人が、晩年に到達した思いを、一切の虚飾を排して、自分の言葉で語りかけてくるのを聴く思いがする。それが、ここになって、ようやく分かった気がした。バックハウスのピアノも、大げさな表面的な表情を付けることなく、剛直なまでに率直に、この音楽の精神を表現している。

学生オケ時代、某女子大の練習場で練習を終え、暗くなったキャンパスを、友人達と連れ立って一緒に帰ることがあった。世間話や、馬鹿話、それに音楽の話をしながら。当時コンマスをしていた後輩のTが、どうした文脈であったか忘れたが、「ブラームスのインテルメッツォは良いですよね・・・。」と言ったのを、思い出した。当時の我々にとっては、ブラームスは特別の存在だった。ブラームスのクラリネット五重奏曲・ピアノ四重奏曲1番・・・オケのメンバーが、合わせているのを羨望の眼差しで見たり、自分達でもちょっと合わせてみたりしていたものだった。ピアノ曲のインテルメッツォをじっくり聴いて、その良さを理解するまでに、30ウン年の年月がかかってしまった。白熱電灯の街灯に照らし出された、Tの横顔と、彼の真剣な口調を、昨日のように思い起こす。

しばらくは、寝る前の、または夢の世界に誘ってくれる音楽が、この「六つの小品」であり続けるのかもしれない。

無線日誌 

昨日は、IARUコンテストが開催されていた。昔は、24時間ほとんど寝ずに(笑)、このコンテストで頑張ったものだが、すでにその熱意はなくなっている。あぁ、うざったい(コンテスター諸氏ごめん)と思いながら、終わるのを待っていた。でも、最後の2時間程度7メガで、主にWを呼びに回った。土曜日よりは、CONDXが持ち直した様子。

東海岸は、とても弱く、中西部の北米が主。VK・ZLが強い。昔から聞き覚えのある局は多くない。K0RFが、相変わらず強かった。コンテストの終わる数分前から、K0RFはE21EICを呼び続けていた。JAの壁と、HSでのノイズに恐らく邪魔されているようで、取れない。時間切れかなと思っていると、最後の最後に応答を得たようだ。呼ぶタイミングが絶妙。オペは、誰だったのだろう。

コンテスト終了後、混雑していたバンドが、静まり返った。バックグラウンドのノイズも少ない。

Tony NR7Oが、呼んできてくれた。80年代に、W6VTKなどと一緒に、よくラグチューした方の一人。10年ぶりくらいだろうか。昔は、2エレにアンプという設備で、強力な信号だったが、昨夜は弱かった。インドアアンテナに50Wとのこと。THOUSAND PALMSという所に移り住んだようだ。残念ながら、それ以上のことは分からず。emailを下さ~~~い、と言ってお別れした。彼も、もう80歳前後ではないか・・・。

22時頃からの、7026ラグチュー一派をしばらく聴いていた。ハムフェアで、二つの電信クラブが互いについ目の前にブースを構えるらしい。その距離だったら、らくらく交信できるといったことを話しておられる。CRAZYとちゃちゃを入れようかと思ったが、止めておく。もともと無線とCWがCRAZYなのだから(笑。二つのクラブの打ち上げが、どこそこで、なら宿泊施設はどこそこにしよう、終わったらホテルの部屋に行くから・・・と、学生のように楽しそう。

私は、少し下に出ていたFred K1NVYを呼ぶ。電信の名手のお一人。ICOM765を入手して、試しているとのこと。TS940Sの方が断然良いと言っていた。受信音が良いらしい。私も昔両方共に用いたが、それほど違ったか・・・。FT1000MPMkVと比較しても、940の方が良いとのことだった。私の記憶でも、確かに、940は、受信音とSSB送信音は良かったのだが。Fredにお別れすると、NR7T、W6XFが、立て続けにFredを呼び、私との無線機談義を続けていた。Fredは、野球を見に行くと言って、QRTして行った。

バンドが、とても静か。秋の前兆・・・にしては早すぎるか・・・。

田原総一郎 

今日の、テレビ番組「サンデープロジェクト」で、田原総一郎が「問題は医師の偏在であって、医師の不足は無い」と強調していたらしい。私は、仕事中でその番組を見ることが出来なかった。

彼は、しばらく前に総理官邸に総理大臣を訪れ、何事か相談をしていたようだ。何を相談していたのだろうか。

ジャーナリストと自称する連中の中に、政府与党と密接な関係を保っている人間が他にもかなりいるらしい。そうした連中が、テレビ等に顔を出し、意見を述べる機会が多い。

彼等が政府与党寄りの意見を述べることが悪いということは別にない。願わくば、水面下で世論誘導をやろうなどと考えぬことだ。与党には電通出身の議員がいて、世論対策を行なっているらしい。そうした姑息な誘導にb乗らぬメディアリテラシーが我々には必要だ。

それにしても、医師は不足していないと強調したという田原総一郎、いい加減なかるい発言をするものだ。自分でデータを調べているのだろうか。本当のデータを知りながら、政府寄りの発言をしたとすると、ペテン師である。

産婦人科医の悲痛な叫び 

昨年11月に、神奈川県産婦人科医会から、下記のような声明が出されていた。悲痛な叫びのように思える。

参議院選挙では、産科医療の崩壊、医療全体の崩壊についてはあまり議論されていないようだ。やはり、犠牲者が数多く出て、痛みが国民全体に及ばないと、問題にならないのだろうか。

以下、神奈川県産婦人科医会のサイトより引用~~~

本県内において一昨年来、急速に進行している産婦人科医師不足、更には、病院、診療所での分娩取扱い中止が相次ぐ中、昨年にも増して、産婦人科専攻希望医師が激減しております。本年4月本県で初期研修を修了した約600余名の医師のなかから産婦人科を専攻した医師は全県でわずか12名でしたが、明年4月からの次年度は激減してわずか7名の見込みとなっております。
 私たちはこの理由として、現在の最善の医療を尽くしても避け得ない妊娠・分娩に伴う不幸な結果に対しての診療不信、さらにつづく訴訟、また、産婦人科医師不足のため、不眠不休で終夜勤務をしても、そのまま朝から通常勤務、手術へと入らざるを得ないという過酷極まりない勤務環境があると考えています。現在、神奈川県内の産婦人科医の勤務環境は、全国レベルで指摘されている過酷さの平均からもさらに劣悪な状態となっており、皆で必死に支えているのが現実です。現在県内の分娩扱産科医療機関はマンパワーとしても、施設としても許容能力を超えており、母児の生死にかかわる緊急救急対応に際して東京、関東近県の医療機関を何時間も探し回って依頼することが頻繁に発生しており、他県で発生している送院の遅延による不幸な事例がいつ本県で発生してもおかしくない逼迫した状況であります。私たちは誠実に最善は尽くしておりますが、許容能力を超えたことは診療上不可能であります。すでに、その深刻な問題点と改善へ向けての諸提言は各方面に重ね重ね切実に訴えているところです。
 県民の皆様におかれましては、今現在、県内すべての地域で産婦人科医療が許容限界をこえていることに十分ご理解賜り、ご協力をお願いするとともに、関係各機関、行政へも重ね重ねではありますが、ご理解と早急なご対応をお願いたします。
以上関係行政機関、報道関係に公表をいたしました。

貪欲な製薬企業 

ここ数年間、製薬企業の多くの企業業績は絶好調のまま推移している。武田薬品工業などは、内部留保が1兆4000億円だと言う。

その製薬企業の業界団体が、薬価を希望通りにしろと言いはじめた。これは、厚生労働省や政府が、創薬に対して援助するべきだと、しばらく前から主張していることと歩調を合わせている(というか、製薬企業の意向を受けて、官僚・政治家が動いている)ということなのだろう。

巨大な利益を得ている製薬企業が、その利益の一部を監督官庁や政治家にキックバックさせ、官僚の天下りを受け入れるなどして、自己の利益を益々増やそうとすることは、市場原理からすれば、理解できなくもない・・・当然、支持はしないが。

市場主義が医療を支配すると、強者は、ますます恩恵を受け、弱者は恩恵から遠ざかるということを如実に示す現象だ。医療システムが、市場主義に支配されて良いものかどうかが問われている。

以下、共同通信より引用~~~

製薬企業の業界団体である日本製薬工業協会は11日、新たな薬価制度案を発表した。新薬の研究開発費を早期に回収できるようにする狙いがある。「企業の開発意欲を高めることで優れた薬が出ることは、患者の利益にもつながる」(広報担当)と説明している。

 この制度案では、医薬品の公定価格(薬価)を製薬会社が届け出た価格を軸に決めることや、薬価を特許期間中に維持する代わりに特許が切れた薬を一定幅値下げすることなどを柱としている。

 現行制度は、既存の類似薬の薬価を基に、厚生労働省が有用性などを評価して決めているものの、製薬会社側には価格が抑えられているという不満が出ている。

耐震偽装問題 当事者のお手盛り決着? 

きっこのブログで、昨日エントリーされた「耐震偽装問題」の政官業癒着問題は、マスメディアでは殆ど取り上げられていないようだ。

むしろ、NHKなどは、アパグループのマンションが、増強改築によって、発売の見通しがたったと、ポジティブは意味合いで報道している。

下記の毎日新聞も、アパグループが、国土交通章の定めた指針に基づいて、マンションの耐震補強工事を始められる見通しが立ったと、肯定的に報じている。

しかし、アパグループ、国土交通章両者は、謂わば、この事件の当事者、加害者の立場にある可能性のある当事者である。当事者同士で、耐震補強が十分だとするのは、お手盛りなのではないか。

官僚の出すデータに、信頼が置けないことを、最近の様々な事件が教えている。さらに、国土交通省は、早期にこの問題を手打ちにすることで、同省の官僚の天下り先を保護し利益を得る立場にある。アパグループが、早期着工により利益を得るのは当然だ。

こうした当事者のお手盛りを許してよいのだろうか。当事者から独立した第三者機関が、耐震補強の可能性、強度計算の確認などを厳密に行なうべきではないのだろうか。

企業の利益と、官僚の天下り先の保護が優先され、建物に住むことになる人々の生命・財産の安全が蔑ろにされていないか。

以下、毎日新聞より引用~~~

耐震偽装:補強工事、来月にも着工--三条のアパマンション /新潟
7月12日12時2分配信 毎日新聞


 三条市で田村水落設計による耐震強度の偽造が発覚したマンション「アパガーデンズ東三条ウエストコート」について、建築主のアパグループが同市に耐震補強工事の是正計画書を再提出したことが11日分かった。適切と確認されれば、来月にも着工する見通し。
 同市によると、同社は5日、国土交通省の定める「あと施工アンカー指針」に基づき、1~2階の壁などを補強する計画書を再提出した。5月に提出した計画書は日本建築防災協会の基準を想定していたが、市で審査できる同指針でも補強が可能とわかり、計画を変更した。再提出した計画の方が早期に工事に取りかかれるという。審査を通れば来月中旬着工し、11月末に完了する見込み。同社は着工前に、住民説明会を開く予定という。
 また建設中に強度不足が発覚した「同イーストコート」については同市が先月18日、計画変更の許可をしており、翌日から工事が再開されている。【黒田阿紗子】

7月12日朝刊

政官業の犯罪 

「きっこのブログ」で、2年前に起き、風化されようとしている建築物偽装問題について、もう一度、政官業の犯罪的欺瞞が告発された。ここ

とりわけ、国土交通省の責任は重い。偽装が事実上官僚により隠されて、ある程度の規模の地震が起きたときに、偽装物件が倒壊する。それから初めて責任問題の追及が始まるのか。人の生命が失われないと、動き始めないのだろうか。天下り先の偽装を官僚が隠すことは、重大な犯罪だ。該当するであろうマンション・集合住宅で住む方々にとっては、生命財産が危険に陥れられた事態なのだ。そもそも年金問題と同様に、どの建物が該当するのか、官僚の出すデータでは皆目分からない。分からなくされている。何故、怒りの声が上がらないのだろうか。

厚生労働省でも、年金問題・医療介護問題での弛みが目立つ。

官僚は、国民に仕えることが使命のはずだが、自分達の組織の温存拡大だけを目的としているように思える。

それを監視し、正すのは政治の役目のはずだが、政治家もそうした視点では動こうとしない。自らの利益追及のみに汲々としている。

7月29の我々の行動が問われている。

CWと音楽 

交信の内容が「薄く」なったなと、最近とりわけ感じる。リポート、それにせいぜいリグの紹介をしたらお仕舞いになることが多い。CWという通信速度の遅いモードでのんびりお喋りする等、人々の好みに合わなくなってきているのかと改めて感じる。

二日前、そんなことを考えながら、7メガであてどなくCQを叩いていたら、Drew VK3XUが、コールしてきてくれた。彼のことは、以前にもここかどこかで記した。とてもエレガントなCWを叩き、話しぶりもスマートな方だ。赤道を越えてくるパスのせいか、符号の「角」が取れ、柔らかな音調に聞こえる。符号・語のスペースも、それでしかあり得ない。決して、早すぎず、ミスをすることもない。話し方はよどみがない。自分からの話題を口にするだけでなく、常に相手への関心を示し続ける。聴いていて惚れ惚れするCW。こうしたCWを叩くハムが、少なくなってしまったと改めて思った。

Drewが、私に、最近チェロを弾いているかと問うので、毎日弾いているが、一人で弾いていることが多いと答えた。彼は、かってCWを人々に教えていたことがあったのだが、生徒のなかに一人の女性ピアニストがいた、彼女は、CW受信の習得が早く、また送信技術もすぐに身につけたとのことだ。

音楽の素質があるとCWの上達が早いのではないか、CWが上手くなるのではないかというのがDrewの推論であった。こうした推論は、CWマニアの間で、良く行われる議論だ。それの当否は、私には分からない。あまり当てはまらないのではないかとも思うが、音楽とCWの関連について、少し考えてみた。

まず、CWを「音」として捉え「音」のまま認識することが、CWの上達には欠かせない。CWを短点と長点の組み合わせと、頭の中で、短点・長点を視覚的に想起するのは、CWをマスターする上で邪魔だ。また、「1」や「4」のように、長点・短点が続く符号で、それらを数えることも、CWをマスターする障害になる。これも符号をある意味で視覚的に扱うことだ。CW受信時に視覚的なイメージを介在させるのは、余分なプロセスだからだ。従って、視覚的イメージではなく、専ら「音」として認識する点で、音楽とCWは共通点があるといえるのかもしれない。当たり前のように思えるが、「音」としてCW符号を捉えることが、大切なことなのだ。

もう一つ、リズムに関して。CWを送信する際に、美しく、聞き取りやすい符号を送出するように努力することになる。特に、符号間・単語間のスペースの取り方が、CWの美しさ、聞き取りやすさ、さらには品格のようなものを決める大きなファクターだ。長・短点が、あまりに乱れるのはもっての外だ。それらが、ある程度、安定して、再現できるものになることが前提だろう。その上で、符号・単語間の最善のスペースは、ある決まったものになるように思える。ある程度、好みの問題もあるが、丁度バグキーのセッティングが、ある一定のウェイトでしか安定し美しいものとならないのと同様に(これは、物理的な現象であり、我々の美意識とは直接関係ないのだが)、最適なスペースは、自ずから決まってくる。

その最適なスペースで生み出されるリズムは、音楽のように、割り切れる固定されたリズムではない(ただ、音楽でも、リズムはritしたりaccelしたりtempo rubatoしたり、大きく変化するわけだが、全体の流れは、定まったリズムで進行する)。しかし、CWのリズムも、全体としては、定まったものがあるようだ。このリズム感という点でも、音楽と共通したものがあるのかもしれない。

CWと音楽が共通するものを持っているとしても、その共通領域は、それほど大きくはない。また、音楽の方が、ある意味情報量がとても多い。それにしても、CWオペレーターのなかに音楽を楽しむ方が多いということも言えるかもしれない。

あぁ、大した結論ではなくなった(笑。私も、CWを使う能力ほどに、音楽的な素質があれば、もう少しましなチェリストになったと思うのだがとDrewに言うと、彼は、スプーンで机を叩くことくらいしか出来ないと言って、笑っていた・・・。

ブラームス 二重協奏曲 

正確には、バイオリンとチェロのための二重協奏曲イ短調作品102。ロストロポーヴィッチとオイストラッフによる演奏を、例のYOUTUBEで観ることができる。ここ。ここに動画が上がっているということは、どこかにソースがあるのだろう。是非手に入れたいものだ。

ロストロポーヴィッチ逝去に関するエントリーでも触れた曲。

ブラームスが晩年に近い時期に、熱い情念と諦念の交錯する世界を表現したもののような気がする。以前にも記したが、1楽章冒頭でチェロとバイオリンで奏でられるカデンツァ風のパッセージに燃えるものを感じたら、貴方はブラームス党の党員資格がある。

理性への懐疑・官僚の支配 

反ケインジアンの泰斗、ハイエクは、理性によって、市場をコントロールすることは困難だとして、市場への政府の関与は行なうべきではないと主張した。

わが国の俄仕立ての、市場主義者たちには、理性の力への懐疑、ないし慎み深さが感じられない。ホリエモンの腕を掲げて、市場主義の申し子と持ち上げた、学者上がりの政治家もいたような・・・。トンでもない楽観主義の外観を纏った利己主義・・・。

それのインフラストラクチャとして、がっしりと社会に張り巡らされた、官僚による支配構造。市場主義の政治と、この官僚の支配構造が、協同すると、強者の論理に貫かれた体制が出来上がるのではないだろうか。すでに、それが出来上がりつつあるのではないだろうか。

年金支払いの問題 

宙に浮いた年金の支払いに関する方針を第三者委員会が示した。国民年金・厚生年金共に、国民の側に立った方針とは言える。

この方針に沿って、年金が支払われることに反対はしない。特に、年金をもらえるかどうかというボーダーにある方にとっては、時間をかけずに、年金支給を受けられるようになることが大いに結構なことだ。

しかし、「安易に」第三者委員会が年金支払いを認めることが、官僚・政治家の免罪符になっては困る。現在の年金は、積み立ての性格は少なくなり、賦課方式となっている、即ち、現役世代が、年金受給者を養う形式になりつつある。証拠の無い、年金支払いを、無定見に認めることは、結局国民にツケガ回されることになる。こうした事態になった責任の所在を、明確にしてもらわなければならない。

年金支払いの大盤振る舞いによって、官僚と政治家が免責されるわけではない。これが単に選挙前のポーズであったとしたら、暴動を起さなくてはなるまい。

Wimbledonテニス大会女子決勝 

昨夜、ヴィーナス ウィリアムズと、マリオン バルトリの決勝を最後まで観た。ベテランの域に入ったウィリアムズ、若く物怖じしないバルトリ。2-0でウィリアムズの優勝に終わったが、とても見応えがあった。テニスは、サーブで決まることの多い男子よりも、ラリーの応酬が多い女子の方が観ていて楽しい。

優勝決定後、表彰があり、その直後に、両人へのインタビューがある。喜びと感謝の念、それに相手への賞賛を、きわめて率直に表現する二人。このインタビューは、いつもとても印象的だ。自分を、自分の言葉で表現すること、それを尊ぶバックグラウンドが社会にあるのだろう。

バルトリが、父親への感謝の言葉を述べた時に、彼は観客席で泣き崩れていた・・・分かるな、その気持ち・・・。

後期高齢者医療制度の問題点 

上記について、保険医団体連合会が、まとめている。ここ

私は、仕事で直接関わらない問題なので、詳しくは無いのだが、私が問題だと特に思うことは;

○平均的な年金受給者でも、月額1万円以上、天引きされるという、高負担かつ逆進性のあるシステムであること。

○かかりつけ医を通してしか、専門医療にアクセスできず、受診回数にも制限がかかるという予想もある。要するに、患者さんが医療機関にかかり易さ(アクセスの容易さ)を制限して、医療費を削減しようとしていること。

○医療費が、包括性であり、十分な医療を受けられなくなる可能性があること。

保険医団体連合会が指摘する問題点をよく読んでみて頂きたい。政治家・官僚が、75歳以上の方は早く亡くなって欲しいと言っているに等しい。こうした国民を大切にしない政策を止めさせることが出来るのは、選挙行動を通して表明される国民の意思だけなのだ。

フォーレ エレジー 

フォーレの音楽には、通奏低音のようにある種のメランコリーが流れている。それに、品の良い官能性の色彩が与えられている。一度耳にすると、とても親密な気持ちを彼の音楽に抱く。

最近、昼休みのチェロ練習曲目に、必ず加えているのが、フォーレの「エレジー作品24」だ。学生時代から、何度も弾いてきた曲。

「夢のあとに」や「チェロソナタ1番2楽章」のように、ピアノが和声を奏で、そこに痛切な歌をチェロが歌い始める。Esから下降してくる、簡素な音型の旋律。息の長い哀切極まりない旋律だ。それを三度繰り返したあと、ピアノに、柔和でいて、夢のような旋律が現れる。一度リタルダンドして、チェロが、その旋律を受け継ぐ。おおらかに、ふくよかに歌う。やがて、アッチェランドし、早い経過句が現れ、チェロが上り詰める。そこで、冒頭の主題が、同じ調性のオクターブ上でチェロに再び現れる。その後、柔和な二つ目の主題が、ピアノ・チェロに想起され、索漠たる和声で終わる・・・という具合の音楽だ。

この曲も、基本的には、悲歌というタイトル通り、メランコリックな気分が支配しているが、中間部の柔和な旋律には、ある種の甘さと夢とが歌われている。メランコリーを色彩感豊かに色づけているといっても良いのかもしれない。

学生時代のオケで、チェロを弾いていた同級生の一人が、自分の葬式にはこの曲をかけてもらいたいなと言っていたっけ・・・。

ロイド・ウエッバーの演奏が、YOUTUBEで聴けるようだ・・・。ここ

私の好きな演奏者は、トルトリエ。この曲は、やはりフランス系の奏者が良さそう。EMIのTOCE-3221。このCDに収められている、フォーレのソナタ二曲も素晴らしい。1番の怒り・晦渋の表情は、彼の作品には珍しい。2番も晩年の枯淡の境地を思わせる秀作。

毎日新聞の医療報道 

また、毎日新聞が、独善的で誤りに満ちた医療報道をしている。二つの報道は、知識の不足・思い込み・医師への悪意によって記された、表裏一体の内容だ。

一つは、下記の産科医療での事故に関して。ここで得られる情報では、断定的なことはほとんどいえないのに、毎日新聞は警察からの情報だけで、「医療ミス」と断定し、主治医側の見解に殆ど言及していない。

以下、毎日新聞より引用~~~

30代が大量出血死 業過致死容疑、産婦人科医を書類送検
07/07/05
記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社
ID:623160


医療ミス:30代が大量出血死 業過致死容疑、産婦人科医を書類送検 --福岡県警

 出産時に適切な輸血措置を怠り、女性を死亡させたとして、福岡県警は5日、北九州市八幡西区のセントマザー産婦人科医院の男性勤務医(56)を業務上過失致死容疑で福岡地検小倉支部に書類送検した。医師は「脈拍に異常はなく、女性が大量出血した認識もなかった」と容疑を否認している。

 調べでは、医師は昨年4月5日、陣痛のため緊急入院した同市内の女性(当時31歳)が男児を出産した際、大量に出血し、放置すれば死亡する危険性があったのに緊急性が低いと判断、輸血など必要な措置を取らずに女性を死亡させた疑い。

 女性はその後心肺停止状態になり、別の病院に搬送されたが同日、出血性ショックで死亡した。女性は「致死量に至る」(県警)1600CC以上の出血があったという。医師は勤続30年以上のベテランだった。

 同医院の田中温院長は「故人と家族に申し訳ないことをした」と謝罪する一方、「医師が適切な措置を講じなかったというのは間違いだ」と述べた。【川名壮志、入江直樹】

引用終わり~~~

一方で「自然分娩」を礼賛する記事を載せているのだ。分娩250ケースに1ケースは、重篤な合併症を生じる。10万分娩のうち、6例の母体死亡が生じる。これは、充実した産科医療があって初めて達成できた成果なのだ。産科医療が無ければ、その250例中の1例も母子の命に関わる問題に発展する。産科の合併症は、予測が難しいものもあるという。下記の報道であたかも推奨するかのように紹介されている施設で、もし重篤な経過をとるケースが生じたら、誰が対応するのだろうか。誰が責任を取るのだろうか。毎日新聞は、責任を取れるのだろうか。

以下、毎日新聞から引用~~~

自然分娩で親子の絆 甲府で7日に講演会
07/07/05
記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社
ID:623165


講演会:自然分娩で親子の絆 甲府で7日に /山梨

 医療行為を極力行わない自然分娩(ぶんべん)で知られる愛知県岡崎市の吉村医院で助産師長だった岡野真規代さん(55)が7日午後2時から、甲府市の県立文学館で講演する。「いのちとの出会い」と題して話す岡野さんは「家族に見守られながら自然に任せて出産することで得られる親子の絆(きずな)を体験してほしい」と話している。

 岡野さんは99年から5年間、古民家を利用して自然分娩を行う同医院の「お産の家」で助産師として勤務。これまでに約3000人の赤ちゃんを自然分娩で取り上げた。現在は、札幌市にある天使大大学院の助産指導員として働く一方、自然分娩できる「お産の家」の設立を目指している。

 岡野さんによると、生まれてくる赤ちゃんの健康は母親の健康と密接に関係しているため、日常から体を動かすことを求める自然分娩は、母子の健康を保つのに有効という。長くて苦しい出産も個性ととらえ、「早い方が良い」という認識で医療行為を行う現代の出産に異論を唱える岡野さんは「病院に産ませてもらうのではなく、『自分で産む』という意識で出産に臨んでほしい」と呼び掛ける。

 前売り1500円、当日1800円。問い合わせは主催の「やまなし自然育児ネットワーク」(電話0556・22・2650)。【沢田勇】