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特定健診・特定保健指導 

メタボ騒ぎを、マスコミを巻き込んで、官僚が立案実行している。特定健診・特定保健指導という新たな策略を実行に移すための、伏線である。先の参議院選挙で日医の推薦を受けたが落選した元副大臣など、自分のみっともないお腹をマスコミに晒して、メタボのピエロを演じていた。

厚生労働省のサイトにプランの概略が載っている。ここ

私の専門外のことがらであるのと、魑魅魍魎の出そうなプランなので、あまり関わりたくないのだが・・・

一番の死因である、悪性新生物の誘因として、食事の次に重要な、タバコを何故もっと重要視しないのか?・・・勿論、タバコで得られる税金を、財務省が放したくないという結論は分かっているのだが・・・健診の意味を成していないのではないか?タバコの煙を、喫煙者のそばにいて吸わされる、受動喫煙は、小児で喘息発症の明らかな危険因子だ。タバコの重みを軽視しすぎだ。(自動車企業を、喘息患者が訴えて、和解金を得ているが、何故JTと財務省を訴えないのだろう・・・不思議だ)。

5000億円市場が生まれると、関連業界は、にんまりどころか、大騒ぎしているようだが、一体誰のための健診プランなのだろうか。政官業が、金にまみれた実効性のない名だけの健診を立ち上げとしているようにしか見えないが、どうだろうか?

フォーレ レクイエム 

BSで、上記が放映された。ミシェル コルボ指揮、シンフォニア ヴァルソヴィアの演奏、合唱はローザンヌ合唱団。

普段フルオーケストラで演奏される形態ではなく、小規模の弦楽(バイオリンはソロ一人のみ、後はビオラ以下の低弦)と、トランペット・ホルン・トロンボーンの金管それにオルガン。フォーレが、初演したときの演目だけではなく、リベラメ等も含めた通常の曲目だった。

このレクイエムは、死に対峙する厳しさとは少し違う音楽だ。死の峻厳さを表現する「怒りの日」は、「リベラメ」の中間部に収められている。全体を通して、色彩感のある和声が、控えめに、しかししっかりと自己主張している。私の友人は、このレクイエムには、官能性を聴くことができるとさえ評した。死を悲しみと恐れのなかで受容するというよりも、死を待ち望み、そこに希望を見出しているかのようだ。

フォーレの次男、フィリップ フォーレ フルミエの記した、フォーレの評伝「フォーレ その人と芸術」のなかに、フォーレの死に対する見方が記されている。

    死は彼(フォーレ)を恐れさせたりはしない。

    身体上の見地からみると、彼は死の苦痛を恐れてはいない。

    ・・・

    死は最上の休息、絶対の眠りである。墓場の冷たさもこれ以上
    
    彼に苦痛を与えない。

合唱と、バリトン・ソプラノソロの歌詞を聴かなければ、この音楽はレクイエムとは分からぬほどだ。死と生の相克や、死に際しての審判を声高に訴えることはない。官能的とも言える、きわめて人間的な表現で、安心と慰めを与える音楽だ。思いが地を這うことなく、天上的な希望を与えてくれる。

Pie Jesuというソプラノソロが、白眉の楽章だ。これは、ボーイソプラノに歌わせることもあるらしい。昔、学生時代にしばしば聴いていた音源では、マリア シュターダーというソプラノ歌手が、殆どビブラートをかけないで歌っていて、とても素晴らしかった。この演奏でのソプラノ アナ キンタンシューも、ビブラートを控えた歌唱で、好ましい。

この曲で、ビオラ・チェロは大活躍する。第一曲の出だしチェロが、分かれて歌いだす旋律を耳にすると、懐かしさに耐え切れなくなるほど。一度弾いてみたい曲だったが、編成上からもめったにアマチュアが演奏する機会はなく、その夢は叶えられないだろう。パヴァーヌや、ラシーヌ頌歌は、弾く機会があって、弾きながら、和声の美しさの色彩感、単純でいて情感豊かな旋律に陶然としたことだった。

この演奏でも、コルボや、演奏者達は、深く練った表現を聴かせてくれる。

夜間救急は、できますか? 

という、お尋ねの電話が、保健所からあった。しばらく前に、救急診療についてのアンケートがきていたのだが、その質問に答えずに送り返したためだ。

対応できない、毎日対応できる、輪番制(持ち回り制)ならできるといった回答欄があったようだ。

勤務医の激務を開業医に押し付ける政策、低医療費制度と、際限のない医療訴訟があるかぎり、行政から制度として、夜間救急を義務付けられるのは、私は容認できないと答えた。現状のままで、夜間救急を行政が義務化するのは、駄目だという判断だ。

患者さんとその家族には、私の携帯電話番号を教えてあり、午後10時頃までは、原則として毎日救急の電話を受けて対応している。自分の患者さんは、できるだけ責任を持って対応しようという私の考えによる。電話での対応だけで、事足りることも多いのだ。

50歳代後半になって、夜間往復1時間をかけて仕事場へ通うのは正直辛いこともある。しかし、開業医としてのポリシーとして、出来る限り、この対応を続けてゆく積りだ。

行政の能天気なアンケートは、そうした心意気を潰す効果が絶大だ。

このようなことを申し上げると、電話口の保健所の職員の方は、うんざりしたといった雰囲気を漂わせながら、「はい、夜間救急は受けられないということですね」と事務的に締めくくって、電話を切った。

さて、仕事を少しずつダウンサイズして行くように、行政からも後押しされているから、考えなければならないなぁ・・・。


二つのメール 

一つは、Bruce K6ZBからのもの。FOCに加入することができたという報告と、私が推薦したことに対する礼状であった。

彼は、ヴァージニアに出かけて、雪の降った娘さんの家の庭木にワイアーを垂らし無線を楽しんだという、例の(過去にエントリーした)方である。彼との初めての交信は、記録されている限りでも、1980年11月、私が10数年のQRTを経てカムバックした直後のことであった。

彼は、その後一時同じようにQRTしていた様子だが、最近2,3年間は大変アクティブである。車から出てきたり、ネットを通して自宅の設備をリモートコントロールしたり・・・。大変な話好きの方でもある。一旦交信を始めると、30分はかかる(笑。それでも、きびきびとした彼のCWは好きだ。

FOCに入った途端、アクティビティががたっと落ちたり、無線そのものへの興味を失う方もいるが、是非、アクティビティを保って、続けていただきたいと、お祝いの言葉に添えて、申し上げた。

メールを下さったもう一人は、Dave W1DV。7メガで、酷いノイズのなか、苦労してようやくコピーしたのが、誤ったW1NVというコールだったのだ。本当はW1DVだったという訂正と、昔交信を良くしたねぇという内容のメールだ。

彼がDUから出ていた、1980年代初め、私がバーチカルにベアフットでラグチューの相手をよくして頂いた方だ。キリスト教の伝道師をなさっていた方で、1990年代は、確か、中央アフリカTL8から、TL8DVというコールで出ていたはず(このことも既に、どこかで記したように記憶している)。かの地の戦火が厳しくなり、一旦米国に戻っていたが、来年8月にTL8DVとしてカムバックするらしい。

20数年前、しばしば交信をして下さったことを覚えていてくれたのは嬉しいことだった。現在のNJの自宅では、良いアンテナがないようだが、またTL8から話をすることができることだろう。

チェロと弓が入院 

仕事場でいつも使っている弓の引っかかりがよくなくなってきた。それに、弦も、パワーが無くなり、へたってきた。楽器の定期健診も1年以上受けていない。楽器と、弓を、近くの楽器職人の方のところに持ってゆくことにした。

車で1時間ちょっとの距離。茨城県の丘陵地帯、丘の中腹に、目指す平原ヴァイオリン工房がある。楽器の修理は、都内の高名な某楽器職人の方にお願いしていたのだが、往復するのはかなりのエネルギーと時間を必要とする。それで、ここ3,4年間は、平原氏にお願いすることが多くなった。

彼のサイトに自己紹介も記されていたと思うが、大学で機械工学の勉強をし、エンジニアとして社会に出てから、一念発起、楽器職人を目指されたらしい。クレモナの学校を出て、あちらの製作職人に弟子入りし、訓練を積んで、数年前に帰国なさった方だ。現在お住まいのログハウスの立派なお住まいも、自分で建ててしまったようだ(勿論、専門家の助けも得たようだが・・・)。

今回の楽器の修理は、テールピースの裏彫り・松脂落としそれに魂柱の調整になる予定だ。弓の毛替え、弦の張替えも・・・。C線があたる指板の部分が、多少えぐれて、表面に凸凹が生じていて、その部分も削っても良いかもしれないと言われたが、修理が大規模になることと、現在使用していてあまり不都合がないので、とりあえず、それは後回しにすることにした。指板にえぐれが出来たことは、弾きこんだともいえるわけで、ちょっとした勲章(腕の上達が伴えばもっと良いのだが・・・笑)。

彼の工房の周辺は、起伏の緩やかな丘陵が続いている。稲や野菜それに果樹の畑が続く。今日は、やたら暑かったが、それでも畑を吹き抜ける風は心地よい。彼自作のログハウスは、平屋だが、傾斜地にあわせるように、高床になっている。天井も高い。太い木でできた構造は、落ち着きと、暖かさをかもし出している。当然のことだが、雑音は全く無い。大きく茂った栗の木や、クヌギのような木々が、庭に育ち、周囲を囲んでいた。写真を撮る積りが、度忘れしてしまった。彼は、最近、弓道を始めたらしい。彼の工房では、時間がゆっくりと過ぎているように感じられた。

特攻攻撃 過去・現在 

こちらの地区医師会の会報に、戦艦ミズーリを攻撃した神風特攻隊のことが記されていた。

ミズーリは、8万トン級の大きな戦艦だ。この戦艦にめがけて、多くの神風特攻機が攻撃をしかけたが、目的どおりミズーリに激突したのは、たった一機だけだったそうだ。それが、ミズーリに与えた損害は、深さ2,3cm長さ30cm程度の傷が、3箇所だけだったそうだ。特攻機の乗組員は、戦死した。そこで、ミズーリの米軍軍人は、戦死した日本人パイロットを、丁寧に水葬したということだ。遺体を手作りの日章旗に包み、艦長以下乗組員が甲板に集まり、礼砲で日本人パイロットを見送ったらしい。従軍牧師は、宗教の違いを重んじて、艦内の自室で、その日本人パイロットのために祈ったそうだ。その出来事が、ハワイに係留され、見学に供されているミズーリに記されているようだ。

この記事を読んで、まず思ったのが、米国人の人権感覚の奥行きの深さだった。果たして、当時の日本軍は、同じように敵の戦死者を扱っただろうか。一方、日本軍幹部は、特攻攻撃という全く無意味な戦術をとり、多くの若者を無駄死にさせた。戦争末期の対空砲火の日米での落差を考えたら、特攻攻撃が戦術として無意味であり、非人間的な方策であったことは自明だ。そうした事実を受け入れず、精神論だけで戦おうとした日本軍首脳。

次に想起されたのが、当時の日本軍の戦術と、現在の官僚の医療政策の相似だ。官僚は、現実を見ようとしない。見えるのかもしれないが、それを政策に反映させようとしない。国民は、官僚とマスコミの垂れ流す反医療キャンペーンに乗せられている。

唯一異なるのは、今のところ、医師に強制する力は、まだないということだ。医師は、酷い医療現場から逃げさる。特攻攻撃はご免だという声が、特に中堅の医師から漏れ聴こえてくる。この状況を変えうるのは、医師ではない、官僚・政治家それに世論だ。



ベト1 

この季節にピッタリなのが、ベートーベンの交響曲1番。ハイドン等の強い影響が見られるが、ベートーベン独自の響き、デモーニッシュさが聴ける。それ以上に、瑞々しい。木立の中を吹き抜けてくるそよ風のような曲だ。

BSで放映された「神奈川シンフォニーオーケストラ」の演奏を観た。若い奏者が多い。アインザッツ等には、まだ多少の難があるが、新鮮な響きのオケだ。弦が、生き生きとしている。ベト1の演奏には好適な団体だ。

私が、大学オケで最初に舞台に乗った曲が、この曲だった。第三ポジションをようやく弾けるかどうかといった時期に、無理矢理乗った舞台。この曲を聴くと、信州白馬でのオケの夏合宿を思い起こす。私にとって大切な音楽だ。