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自民党の診療関連死死因究明制度の関する原案 

自民党の診療関連死死因究明制度に関する原案が公表された。

結局、厚生労働省素案の焼き直しだ。医師の責任を追及しないと明記すると言いながら、足して割っただけの内容。時代精神の変化を受けて、医療制度の根幹に関わる法律を作るだけの気概も哲学も見られない。

この案が法制化されたら、医療は終わる。

以下、引用とコメント~~~

医療紛争処理のあり方検討会 医師法21条の書き換え検討 死因究明法制化で自民・検討会
07/12/05
記事:Japan Medicine
提供:じほう

 自民党の「医療紛争処理のあり方検討会」(座長=大村秀章衆院議員)は11月30日、「医療安全調査委員会」(仮称)の創設などを盛り込んだ診療行為に関する死因究明制度の骨格を提示し議論した。

 骨格では医療死亡事故が発生した場合、医療機関が医療安全調査委員会に届け出ることを制度化し、医師法21条に基づく異状死の届け出との重複を避けることを明記している。大村座長は会合終了後、記者団に対し「(死因究明制度の)法制化により、医師法21条を書き換えることを考えている」と述べ、来年の通常国会で死因究明制度の法案提出を目指すとともに、医師法21条を「死文化」させる考えを示した。

条文を書き換えて、死文化させるということは、意味不明だが、死文化した法律を残しておくことは良いことなのか。問題があれば、法的な概念を根本的に改めるべきではないのか。

  検討会は、今回の骨格を医療関係団体や法曹関係者などにも提示し、年末までに党としての取りまとめを図る。

大村座長を始め、自民党検討会諸氏は厚生労働省に寄せられた、厚生労働省素案に対するパブコメを読んでいるのか。それを読んでいれば、このような、足して割ったような何の哲学もない案を出すことはありえないようなきがするのだが・・・。

  骨格では医療安全調査委員会について、医療関係者の責任追及を目的としないことを明記。その旨を条文にも盛り込む。また、医療安全調査委員会を構成する組織のうち「地方委員会」について大村座長は、地方厚生局のブロックごとに全国8カ所へ設置する案を示した。

確か、今年の春、各地方厚生局に、医療事故を統括する人間を、厚生労働省本省から一人づつ派遣する、と報じられていた。唐突な印象を持ったので覚えているが、この調査委員会立ち上げの準備だったのか。恐らく、地方の調査委員会ブロックを取り仕切らせるつもりなのだろう。厚生省の医系技官は、臨床経験があったとしても、たかだか5年間。果たして、彼等が、きわめてクリチカルな臨床の問題を理解し、纏め上げられるのか。

  議論では、故意や重大な過失のある事例、悪質な事例に限定するとした刑事手続きの対象範囲について意見が集中した。「医療界は刑事手続きについて、謙抑(けんよく)的に対応することを求めているが、一方で警察や司法へ告発する遺族などの権利を奪うことにならないか」との懸念が複数の出席議員から示された。このため大村座長は、法案に刑事訴追の具体的な範囲を盛り込むことが可能かどうかについて、厚生労働省と法務省、警察庁で協議するよう指示した。

この三者は、医療事故を刑事事件化させてきた、またはするに任せてきた当事者だ。彼等に、刑事訴追の具体的な範囲を訊くとは、大村座長の見識のなさを露呈している。

医療事故は、限られた医療環境のなかで、数少ない医療従事者が、限られた情報に基づいて判断をしてゆくなかで起きる。後になって、情報が出揃ってから、批判し、問題点を指摘することに意味があるとしたら、再発を防ぐことだけだ。少なくとも、医療行為に、刑事責任の追及をしない、とすることが絶対に必要だ。この三者に、刑事訴追範囲を決めさせるとなれば、医療は成立しなくなる。


  このほか冨岡勉衆院議員が「(厚労省の第2次試案の)『医療事故調査委員会』という後ろ向きの名称を『医療安全調査委員会』に変更したことは賛成だ」と述べた。また石井みどり参院議員は「口腔がんの8-9割に歯科医師が関与している」と指摘し、調査チームなどのメンバーに歯科医師を参画させるべきと訴えた。


冬至近し 

あと、二週間もすると冬至。朝日が、やわらかだ。その朝日に映えて、紅葉が、燃え上がるよう。

無線では、Season's Greetingsを交し合う時期。

寒さは、まだまだ厳しくなるが、日照時間は、やがて長くなり始める。

今朝の通勤途上で、雑木林の紅葉を写した。

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QSLカード交換のためだけでなく・・・ 

先日、WWコンテストで無線が出来ないために、久しぶりにカードの整理・発行をした。手書きである。交信中にカードを欲しいといわれなければ、ビューローで相手から頂いてから発行している。NO QSLと言えれば良いのだが、その勇気もない。

カード集めや、アワードも、無線の楽しみの一つかもしれないが、私にとっては、もう過去の楽しみになってしまった。しかし、約束し、相手から請求のあった場合には、返信する。

厚さ4,5cmになるまで溜まったカードを一枚一づつ見てゆく。その交信の記録の載っている旧いログを見出して、返信のカードを記す作業だ。そうした作業を続けるのも、それほど嫌いなことではないのだが、カードの山を目の前にして、これはやはり減らしてゆかなければならないと思うようになった。カード交換だけが目的の交信を、できるだけしないことだ。そうした交信の時間を他のことに当てる、それにカード交換の手間を省き、そこでも時間を浮かすことだ。

そうして出来た時間を、より意味のあるラグチューに使うのも良いだろうし、ほかの事、本を読んだり、家族と過ごしたりすることに費やす方が良いだろう、と考えた。もともと、無線を1時間もすると、お腹一杯になるようになっていたので、これからは、これぞと思った方に相手をしていただき、いつも一期一会の気持ちで、記憶に残るような交信をするようにしようと思った。

医療崩壊は確実に進行している 

11月30日に、自民党の医療事故調査委員会制度原案について書いた。

一番の問題は、この事故調の調査内容が、刑事告訴に用いられうるという点だ。新聞の見出しには、医師の責任を追及しないと記されているが、中身は異なる。確かに、悪質なケースだけを警察に報告するとされているが、だれがどのような基準で「悪質」とするのか。かの福島県立大野病院事件も、「悪質」であるとして刑事告訴に至ったのではないか。民事はおろか、刑事事件としても立件され、そのための調査にもなるのだ。

ブログ「ある産婦人科のひとりごと」で、静かな口調であるが、絶望的な状況を、ブログ主の産婦人科医が語っている。彼や、その他多くの産婦人科医を悩まし、さらには産科医療から撤退させているのが、上記事故調査委員会制度原案に盛られたような医療への無理解だ。

医療が、崩壊すると言っても、身近に医療機関があり、そこで医療を受けられるではないか、と思われる方がいるかもしれない。しかし、目に見えぬところで、確実に崩壊は進んでいる。私の仕事場の隣に産婦人科医院があり、結構多くの妊婦さんが訪れている。しかし、来年7月一杯で産科診療から撤退すると伺った。このような事例が、全国各地で静かに、しかし着実に進行しているように思える。

気がついたときには、手遅れになっている。

同窓会報 

大学の同窓会報が、年に何回か送られてくる。独立行政法人になってからというもの、これも一種の広告効果をねらっているのか、分厚く、かつレイアウトも洗練されて、立派な同窓会報になった。大学を離れているので(というか、研修時点で、母校には残らなかったので)、内容自体には、あまり興味がないのだが、先輩・同級生・後輩の記事が載っていると、ついつい目を奪われる。

同級生で免疫の教授になった友人Kの教室で、高IgE血症の原因遺伝子を突き止めたという成果が載っていた。サイトカインパスウェイの二箇所に遺伝的な異常があるらしい。こうした画期的な研究成果を出している報告を読むと、嬉しくなるのと同時に、わずかながら羨望の気持ちも起きる。Kは、母校以外の大学で主に小児科の研修を2年間行い、その後、基礎の免疫に進み、研究一筋で生きてきた。

その記事を読んだ時に、「生まれ変わったら、また医学部に進んで、今度は研究生活をして一生過ごしたい」と戯言を家内に言うと、貴方は臨床が向いているとの一言・・・。

S先輩が、今年の夏に亡くなったというお悔やみの記事が載っていた。彼は、4,5年先輩にあたり、学生オケでコンサートマスターをしておられた。私がオケに入りたての演奏会で、オケはブラームスの3番の交響曲を演奏した。Sさんは、白皙長身のいかにも学者になりそうな、物静かな方だった。後に病理を専攻され、市中病院で病理医として過ごされた様子だった。

彼と話をしたことは、一度か二度ある程度であった。しかし、オケの練習・本番で、背筋をまっすぐに伸ばし、首をやや傾けて、バイオリンを少し客席側に向けて構えて、熱心に弾いておられた様子を今でも鮮明に覚えている。

当時、私は、チェロでゴーゴー音を立てるだけで、本番には乗れなかった。ブラームスの3番を演奏したのは、当時の文京公会堂のホール(現在のシビックホール)。私は、録音係を仰せつかって、客席の後ろ、高くなった録音スペースに陣取り、アナログの大きなテープ(38と言ったか・・・)を回していた。私の耳には、とても熱く盛り上がる演奏に聞こえた。3楽章の懐かしさを湛えた、テーマ。ホルンが、その旋律を回帰させる頃、私は、録音室で間接的な音を聞いているのに飽き足らなくなり、客席にそっと忍び込み、4楽章のシンコペーションがエネルギーを湧き溢れさせ高揚するのを、興奮しながら聞いたものだった。曲は、いかにもブラームスらしく、高揚のまま終わらず、徐々に消え入るように終りを告げる。この時のコンサートマスターが、Sさんであった。

まだ60歳を少し過ぎただけの年齢だったのだろう。どのような生涯を送られたのだろう・・・。出来れば、またお目にかかり、演奏をお聞きしたかった。

同窓会報の記事は、懐かしい様々な方の人生を断片ながらも伝えてくれる。

特別会計の闇 再々 

特別会計について、某BBSからの情報。特別会計と一般会計、特別会計自体に重複する部分もあるらしく、重複部分を除いた特別会計は、200兆円弱の規模らしい。2007年から施行された「特別会計に関する法律」によって、取り仕切られているようだ。

問題は、この会計の内容が国会で議論され、議決により決まるものではないこと(そのように聞いている)。いわば官僚の財布だ。公共事業等々に費やす会計である。道路特定財源によって、この先10年間に68兆円分道路を作り続ける、といったことも、この特別会計の規模からすれば、小さいことなのだろう。何十、何百兆円という規模になると、我々はその大きさが判断不能になる。しかし、国民に内容が明示される一般会計の何倍もの、特別会計が、闇の中にあることは明らかに異常である。この特別会計の闇を明らかにすることが、ぜひとも必要だ。そこにどれだけの、暗闇があるのだろう。

社会福祉予算を、5年間で1.1兆円削減することになっている。1.1兆円等、この特別会計の規模と見比べれば、極めて小さい額ではないか。それなのに、削減することに血眼になっている、財務省・厚生労働省の意図は何か。自らの利権のからむ特別会計にメスが入ることを嫌ってのことなのではないか。財務省の医療費削減の論理を、彼等の説明文書から読むと、彼等が目的のためには事実を曲げて、無理やり自論を通そうとする、きわめて不自然なやり方が目に付く。元来、優秀で、経験豊かな行政マンのなかの行政マンであるはずの彼等が、こうした事実を曲げ、破綻した論理を押し通そうとするのは何故なのだろうか。

特別会計の内容を国民の前に一切合切明らかにすることを要求する。そこで利権がらみの不正な金の動きは無いのか、財務省お得意の、合理化・効率化ができないものなのか。

以下、某BBSからの孫引き~~~

'07年10月8日の日経新聞朝刊「ゼミナール日本の財政」(25)によると、

特別会計の予算の歳出は362兆円で、同年の一般会計83兆円の約4.4倍(重複部分を除くと、約2倍)です。

また、特別 会計の何のために積み上げているのか不明な積立金が211兆円、'04年の余剰金は43兆円だそうです。一般会計の税収は36兆円程度。

外為特別会計の'06年度の運用益は約3兆7千億円、年金特別会計の運用益も約4兆円もあります。合わせて約8兆円。これは、消費税1%が2 .5兆円ですから消費税分の3%に匹敵します。

士気を挫くもの 

私は、患者さんに携帯電話の番号を教えてあり、急変時等に電話を受けて、対応している。勿論、院長一人の小規模施設なので、24時間戦うわけにはいかないのだが、夜10時頃までは、携帯をオンにしている。実際のところ、救急のコールはそれほど多くはない。ただ、週末になると、結構あり、日曜日に仕事場に足を運ばないことは殆どない。電話の話で様子を見てもよさそうな場合は、そのように話をして親御さんに納得してもらえることが多い。

これが、開業した小児科医の当然の仕事だと思ってきた。

昨日は、祝祭日としては珍しく、一回電話がかかってきただけで、電話での話しだけで解決した。そのため、車を運転することなく、自宅にこもり、一日を過ごした。庭仕事をしたり、老母の昼ごはんを準備したり、無線機の前に座ったり、それにチェロの練習をしたりして過ごすことができた。とても落ち着いた、平和な時間の流れ。しばらく忘れていたような気がする。

このところ、夜10時まで携帯をオンにし続け、いつ鳴るのかと思いながら過ごすことが、少しストレスに感じるようになってきた。医師需給の検討を行った厚生労働省の諮問会議によると、私の年代の開業医の週当たりの労働時間は、実に36時間だという。これは、実際に、患者さんと相対している時間だけをカウントしたのだろう。こうして、待機している時間は、厚生労働省によれば、労働時間とは決してならないらしい。こうした意図的な労働時間の過小評価の背後に、勿論医療費を削減する目的はあるが、さらには、我々専門家技術職を貶める眼差しがあるように思える。仕事に貴賎はない。しかし、自分で言うのも気が引けるが、長期間の勉学と、過酷な訓練を積んで来たことは正当に評価されるべきではないか。少なくとも、こうした現実を無視した「労働時間」を、正々堂々と医療費策定の根拠にするようないい加減なことは許されるべきではない。

行政、それに小児科学会(尤も、これも行政の息のかかった小児科学会の幹部が行ったことだが)までもが、一次救急は24時間365日、開業医に行わせるプランを発表している。開業医の平均年齢は50歳代後半なのに、である。これも、医療行政の失敗を、開業医に押し付ける施策なのではないだろうか。

こうした評価しかされないのであれば、もう頑張るのも止めようかという声が、時折こころのなかから聞こえてくる・・・。

医療用薬品の規制緩和 

アンブロキソール塩酸塩という薬は、去痰剤の一つで、気道分泌液をたくさん作り出し、一方、気道粘膜の繊毛運動を増やすことによって、痰を喀出し易くするユニークな薬だ。

この薬は、医療では、「急性気管支炎、気管支喘息」でしか用いることが出来なかった。所謂、風邪(上気道炎)には使うことが出来なかった。気管支炎と上気道炎の区別が臨床的に難しいこともありうるが、風邪では決して使ってはならぬ薬だったのだ。

それが、一転、厚生労働省は、規制緩和の一環として、大衆薬・かぜ薬に含めることを許可したらしい。今まで、上記の二疾患にしか適応を認めなかったことは置いておくとして、発熱と激しい痰・咳に効く薬として大々的に宣伝されることが目に見えるようだ。

しかし、発熱と激しい痰・咳が出る状態には、重い疾患が隠れていることもある。一般の薬局で市販されるOTC薬が充実することを、一概に否定するわけではないが、こんな症状があるのに、この薬の入った市販薬で様子をみることは、得策ではない。また、この薬では、重篤な副作用はないという触れ込みだが、蕁麻疹様の発疹も出ることが報告されている。ということは、頻度はきわめて小さいだろうが、重篤なアレルギーであるアナフィラクシーショックも理論的に起こりうると考えた方が良い。

米国では、行政機関であるFDAが、6歳以下の市販かぜ薬に有用性が認められぬ、副作用の問題がありうるとして、用いないことを勧告したようだ。「風邪には、早めに○○を飲んで治そう」といった広告は、誇大広告そのものだ。

医療への規制緩和は、あくまで患者のメリットになるかどうかで判断すべきだろう。ゆめゆめ、製薬企業の利潤のためであってはならない。

以下、引用~~~

医療用成分、規制緩和で大衆薬・かぜ薬に配合
07/11/29
記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社

かぜ薬:医療用成分、規制緩和で大衆薬に配合

 医療用薬品に使途が限定されていた成分を配合した大衆薬のかぜ薬が、12月から相次いで発売される。医療費削減につながる規制緩和の一環として、たんを切る有効成分「アンブロキソール塩酸塩」を大衆薬に配合することが今月承認されたためで、エスエス製薬が総合感冒薬「エスタックイブファイン」を12月26日に発売。大正製薬も同成分を配合した「パブロン」ブランドのかぜ薬の販売を1月をめどに始める。

 この成分は独製薬会社ベーリンガーインゲルハイムが65年に開発したもので、国内では同社傘下のエスエス製薬とライセンスを受けた大正製薬が取り扱う。エスエス製薬の新製品は熱やせき、たんが激しい症状のかぜに有効で、価格は30錠入り1764円。同社の中核商品に育てる意向だ。

 大衆薬への医療用成分の配合を認める規制緩和は、胃腸薬や目薬、水虫薬などで広がっているが、かぜ薬で新たな成分の配合が承認されたのは01年以来6年ぶり。厚生労働省は今後も規制緩和を進める方針だ。

 さらに、09年春には大衆薬の販売制度も見直され、副作用リスクの低い薬は薬剤師のいないコンビニでも販売できるようになることから、新製品の投入が一段と活発化しそうだ。【小島昇】

総代理店制度 再び 

以前、総代理店制度について批判を記したが(ここ)、その医学書院が、洋書取り扱いを止めるらしい。この出版社とやりあったのは、米国のアレルギー免疫学の雑誌の講読に関してだったと思うが、その雑誌もきっと直接講読が可能になるのだろう。まずは、購読者としては喜ばしいことだ。

New England Journal of Medicineは、まだ南江堂という出版社が、総代理店のようだ。その雑誌の購読料をネットで容易に調べられる。50%以上のマージンを取っている。

独占的に輸入するのは、exclusive agent総代理店と exclusive distributer総発売元とがあり、前者の方が法的に元の出版社と同一という扱いになるようだ。この南江堂は、上記雑誌の総代理店の様子。恐らく、米国の出版元と、日本の総代理店でエキストラの利潤を分け合っているのだろう。

私が一番腑に落ちないのは、往々にして、世界のほかの地域の国では、直接購読が出来るのに、日本でだけ総代理店を通して購読することが要求される点だ。日本の読者が、外国・わが国の出版社両方からカモにされているのだ。

ネットで情報がこれだけ簡単に得られる現在、この制度も徐々に姿を消すことだろう。せいぜいその後押しを、我々はすべきなのではないかと思う。

蛇足になるが、防衛省と防衛商社とのもたれ合いの関係が最近明らかにされつつあるが、機密性が必要とされる防衛産業の特殊性で起きていることではないのかもしれない。日本で幅を利かせている、総代理店制度に見られるように、一種の独占的な貿易の慣行が、横行しているのではあるまいか。確かに、貿易障壁を何でも取り除けばよいとは思わない。しかし、雑誌や無線機のように、貿易障壁を残す意味の少ないものは、是非障壁を取り除いてもらいたいものだ。農業のような部門では、障壁を取り除くことで国内産業に壊滅的な打撃を与える部門もあるが、不必要で、一部の業者(と、恐らく監督官庁の官僚)のためだけの障壁は、さっさと取り除いてもらいたい。

福島県立大野病院事件第10回公判 

宮崎医大医学部の池ノ上教授が、弁護側証人として証言した。ロハスメディカルの速報を読んでも、加藤医師に落ち度がない、適切な医療を行ったことを示唆する証言だったようだ。

福島県警・福島地検が検挙・起訴した、この事件が、日本中の産科医療を崩壊に向かって押し出したことは周知の事実。

厚生労働省が、拙速の検討で立ち上げる医療事故原因究明組織も、同じ過ちを犯すことだろう。これは、医療の存立そのものを危うくする。

官僚・政治は、現場の声に耳を傾けない。自らの権益を確保するために、真相を無視し、手前勝手な論理で、強引拙速にこの組織を立ち上げようとしている。彼等は、これによって生じる様々な深刻な問題の責任を取らない。

以下、引用~~~

****** 読売新聞、2007年12月1日

大野病院事件公判 加藤被告の過失否定

 大熊町の県立大野病院で2004年、帝王切開手術で女性(当時29歳)を失血死させたなどとして、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われている産婦人科医、加藤克彦被告(40)の第10回公判が30日、福島地裁(鈴木信行裁判長)であった。

 弁護側の証人として出廷した宮崎大医学部長の池ノ上克(つよむ)教授(周産期医療)は加藤被告の処置について「一般の産科医療のレベルから言って間違いはなかった」と述べ、過失を否定した。10月の第9回公判でも東北大大学院の岡村州博(くにひろ)教授(同)が同様の証言をしている。

 池ノ上教授は、争点の一つである胎盤を子宮からはがす行為を継続したことについて、「子宮の収縮や止血操作で出血をコントロールできる可能性がある」として、加藤被告の判断を支持。「血圧が低いまま子宮摘出に移ると、最悪の場合、亡くなることがある」と述べた。はく離に手術用ハサミを使用した点に関しても、宮崎大では胎盤をかき出す別の手術器具を使う場合があることを明らかにし、問題はないとの見解を示した。

 また、女性の大量出血については、凝固因子が不足して止血が困難になる「産科DIC」(播種(はしゅ)性血管内凝固症候群)の可能性を指摘した。

 公判後、福島地検の村上満男次席検事は「カルテや麻酔記録など検討した資料が不十分で、池ノ上教授の鑑定に客観性があるとは言い難い」と述べた。証人尋問は今回で終了し、加藤被告の被告人質問などを経て来年3月に論告求刑、5月に最終弁論が行われる予定で、順調に進めば、来夏ごろに判決が言い渡される見通しだ。

(読売新聞、2007年12月1日)