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救急医療崩壊 

交通事故で受傷した男性が、受け入れ先となる医療機関が見つからず、受傷1時間後、最終的に受け入れられた救命救急センターで亡くなられたという報道。

救急医療が、機能しなくなっていること、救急隊と医療機関との連絡が取れないのではなく、医療機関の人手がなくなっているためであることを、象徴するような事件だ。恐らく、こうした事態が、これから頻発するようになることだろう。

医療への予算を減らし続ける政府・官僚、結果責任で医師を裁く法曹が、存在し続ける限り、救急医療の貧困化は避けられない。

マスコミの責任も重たい。現象面だけをとらえて、鬼の首でもとったかのように、「たらい回し」と見出しをつける新聞。赤字にした文面・文言から、医療機関へのあからさまな敵意・悪意が読み取れる。朝日新聞は、まだしも、患者を受け入れられなかった救命救急センターに取材を試みているだけ、まし。産経は、社説でも、噴飯ものの「たらい回し」批判を展開したことがあったと思うが、物事の真実に迫ろうとしない報道姿勢では、報道機関とは言えない。

新聞。マスコミに「たらい回し」医療機関と叩かれるのを嫌気して、救急病院の看板を降ろす医療機関が増えているという。


【産経新聞】

救急5カ所たらい回し 事故の男性死亡
1月4日0時5分配信

 大阪府東大阪市で2日夜、交通事故に遭った男性が、府内の5つの救命救急センターで「満床」や「治療中」などを理由に搬送受け入れを断られていたことが3日、わかった。男性は事故から約1時間後に、現場から約15キロ離れた同府吹田市の千里救命救急センターに運ばれたが同日午前、死亡した。男性が断られた5施設は、いずれも生命の危険に瀕した人が運ばれる3次救急医療機関で、最終的な受け入れ先にまで断られた格好だ。

 河内署によると、死亡したのは大東市灰塚のトラック運転手、西村正夫さん(49)。

 搬送した大東市消防本部によると、救急隊が午後10時33分に現場に到着。西村さんは胸を強く打ち、意識はあるものの、強いショック状態だった。同隊は生死にかかわる危険な状態と判断し、現場から近い病院に受け入れを要請したが、5施設に「治療中」や「救急ベッドが満床」などの理由で断られたという

 約30分後、吹田市の救命救急センターで受け入れが決まり、発生から約1時間後の午後11時35分に運び込んだが、翌3日午前1時40分ごろ、死亡した。搬送が遅れたことと死亡との因果関係ははっきりしないという。

 事故は2日午後10時20分ごろ、東大阪市東鴻池町の交差点で、西村さん運転のバイクが、右折しようとした大阪市淀川区の会社員男性(28)の軽自動車と衝突した。

 現場から最も近い東大阪市の府立中河内救命救急センターは当時、救急専門医を含む3人の医師が当直勤務していたが、2人の重症患者を治療中で、「これ以上の対応は無理」と断った。当時は年末年始の特別なシフトではなく、通常の当直勤務だったという。

 救急医療機関は患者の病状に応じて1次、2次、3次に分けられ、生命の危険があり高度な医療が必要な場合は3次とされる。府内に11機関あり、救急隊が現場で患者の病状を判断し、適切な医療機関に搬送する。



【朝日新聞】

死亡男性、5病院「処置中」「満床」 東大阪
2008年01月04日13時31分 

 大阪府東大阪市で2日夜に交通事故に遭った男性が、救命救急センターから相次いで受け入れを断られ、事故から約1時間後に救命救急センターに収容された後に死亡した問題で、同府大東市消防本部は4日、搬送を要請した五つのセンター・病院に受け入れられなかった理由を明らかにした。それによると、5施設に電話で計6回連絡し、「処置中」「ベッド満床」「電話がつながらず」が2件ずつだった。朝日新聞の取材では、電話がつながらなかった2センターはいずれも、救急患者の処置中で電話に出られなかったという。

 大阪府医療対策課は同日、なぜこのようなことが起きたのか原因を探るため、搬送に応じられなかったセンターから事情を聴き始めた。

 大東市消防本部によると、事故発生から約20分後の2日午後10時42分から、救急隊は搬送先を探し始めた。最終的に受け入れた吹田市の千里救命救急センターに連絡するまでの14分間に、5施設に延べ6回電話した。最寄りのセンターは2度「別の患者の処置中で受け入れられない」と断り、二つのセンターからは「満床」を理由に断った。電話に出ず、連絡がつかないセンターも二つあった。

 一方、複数のセンターが朝日新聞の取材に応じ、当時の事情を説明した。

 現場から最も近い府立中河内救命救急センター(東大阪市)では当時、救急患者が運び込まれる初療室で、当直医3人が交通事故による負傷者と自宅で吐血した患者の2人を治療中だった。2人とも重篤だったという。

 年末年始は救命救急センターに患者が集中しやすいため、同センターでは一部患者を他の機関に転送して30床のうち9床を空けたが、ほぼ満床状態が続いていたという。

 同センターは「通常ならいったん受け入れた後で他の病院に送る方法もあるが、年末年始はそれが難しい」と話す。

 守口市の関西医科大付属滝井病院の救命救急センターには、2日午後10時43分から計4回にわたって、消防本部からの電話が当直責任者の救急医が持つ携帯電話に入ったが、心肺停止状態の患者の処置中で、バイブレーションモードにしていた電話の振動に気づかなかったという。

 当時は当直の救急医2人で、心肺停止状態の患者の心臓マッサージにあたっていたという。当直責任者だった中谷寿男教授(救急医学)は「たとえ電話に気づいたとしても応じられない状況だった」と説明している。

 国立病院機構大阪医療センター(大阪市中央区)は通常通り救命救急センターの医師2人が当直として勤務。2日午後11時ごろ、処置室に置いていた受信専用の携帯電話に着信音が鳴ったが、医師が治療中でだれも出なかったという。発信元の記録がなく、大東市消防本部からの電話だったかどうかは分からないが、当時は大阪市消防局の要請で脳幹梗塞(こうそく)の女性患者を受け入れ、人工呼吸器の取り付けなどにあたっていたという。

年末年始・小児救急 

この年末年始は、これまでになく忙しかった(その割りに、無線をやっていたじゃないかというツッコミが聞こえてきそうだが)。日曜日から今日まで、午前中はほとんど仕事、午後も日暮れ近くまでは仕事場に詰めていた。

2,3日の午前中は、スタッフ一人だけ、仕事に来てもらったが、それでも忙しかった。ノロウイルス感染と思われる胃腸炎が多く、中には点滴を必要とする子もいた。しかし、一方では、2,3日前の日中から具合が悪くなって、休みになって診てほしいという要望の患者さん(の親御さん)もかなりいた。中には、基幹病院に普段かかっているが、当日は小児科は診療できないと断られたので私のところに来院したという患者さんもいた。救急で診なくてもよい軽症と思われる場合は、電話を受けた段階で、自宅で様子を見るように話したり、診察したとしても、日中通常診療体制の時に受診することを勧めた。

仕事場に張り付いていることが多かったので、普段は最小限しか作らぬ年賀状・・・私は、正月に年賀状を作ることを常としている・・・というか、不精なだけなのだが・・・を沢山作り、この10、20年間年賀状を出したことも無い友人・知人に送ったりできた。

それでも、休み無く、仕事場に張り付かざるをえないことは、多少ストレスだった。

地方での医師不足は、いよいよ末期的な状況のようだ。特に地方の産科医療は大変なようだ。ある産婦人科医のひとりごとの最新エントリーを参照。

私の仕事場周辺の小児科医療体制は、まだ持っていると思われるが、先日週末に、特発性血小板減少症と思われる子を、近くの大学病院に送ろうとしたら、満床と断られたこともあった。重症の子を高次医療機関に送ろうとしても、送り先を見つけるのに難渋することが結構ある。

一方、一次救急もお寒い状況だ。小児科医がいて、小児科を標榜する医療機関は、私の仕事場周辺に少なくとも4つあるが、救急を扱う医療機関は一つもない。

高齢の開業医が店じまいすると同時に、そこで診てもらっていた患者群は基幹病院に流れるものと思われる。今回の診療報酬改訂は、その傾向(即ち、高齢医師の退場の傾向)を促進するように働くだろう。すると、基幹病院には、より多くの患者が流れ、そこの小児科医はさらに苦しくなるのではないだろうか。

さて、また明日からsaltmineの再開だ。ぶっ倒れない程度に頑張るか・・・。

老齢者の医療介護、小さなできごと 

母が、昨夜胃腸炎にかかったらしく、自分自身や部屋を汚してしまった。たまたま、帰宅した弟が、離れにいる母に電話をして分かり、我々に電話をして教えてくれた。離れに行ってみると、母は一人できれいにしようとしていた。一人では対応しきれるものではなく、家内と二人で、その始末をした。足を捻挫している家内が、てきぱきと動いてくれて、改めてありがたかった。寝床に入った母に、靴下をはかせると、盛んに申し訳ながっていた。

今日、義理の妹が、急遽宮城県から駆けつけてくれた。明日には、東京から姉が来てくれる。母は、皆に大切にされていると思う。また、私達も支えられていると思う。

老齢になって一人ですごされている方は、このような時にどうするのだろうか。後期高齢者医療制度が始まると、容易に入院することはできなくなる。家庭に、介護療養を手助けしてくれる方のいる場合は、恵まれている。多くの老齢者家庭はそうではないだろう。母の場合は、それほど重症ではないし、ケアをしてくれる方々が周囲に沢山いる。しかし、彼女は例外的な存在だろうと思う。

あと20年もすると、自分自身の問題にもなる。



受信しやすさ・しにくさ 

この2,3日、夜は時間が出来たので、かなりの時間を無線に費やした。ARRLのストレートキーナイトの影響か、結構な数の縦ぶれで運用している局がいた。受信する際、縦ぶれから送出される符号には暖かな感覚を生じさせるものがある。微妙に揺れる長短点比、符号の感覚も自由自在、そうした特性が、我々の耳に心地よく響くのだろう。私も、しばらく振りに、40年ものの縦ぶれの埃を落として、使ってみた。私の場合は、15分間も使っていると、あまりに送出速度が遅くて意地妬けてしまう。ついつい、バグキーやエレキーに戻ってしまうのだ。

縦ぶれの信号を聴きながら、受信しやすさとは何かということを考えた。ある縦ぶれの局の符号を受信するのに、とても疲れたからだ。それは縦ぶれに限ったことではないのだが、受信しにくい符号には、ある特性があるように思える。

受信しにくさを分析してみると・・・

1符号に誤りが多い;短点・長点の過不足がある。

2スペルに誤りが多い

3単語間隔が十分空いていない;文字間のスペースと単語間のスペースの比率が、十分大きくない

といったことに収斂されそうだ。

注意深く聴いていると、1,2はそれほど受信する障害にならないことに気付く。以前から記していることだが、受信する際に、丁度文章を「読む」ように、単語を一まとめにして、送信内容を理解する。単語が、読み取れないと、文字列が短期記憶のなかに居残ることになる。その文字列は、いわば暗号のようなものだ。意味が取れない文字列は、記憶のバッファーから容易にあふれ出てしまう。したがって、そうならないように、単語を一つのまとまった単語そのものとして認識できるような送出の仕方がとても大切になる。

1、2も程度問題であるが、ある程度のことであると、その単語の他の文字、さらには文脈そのものから、推測することは難しくない。送出する単語の途中の文字で行き詰まって、何度もその文字の送出を繰リ返す方がいるが、受信が順調に進んでいると、その送出しがたい文字をこちらから送ってあげたい気分になるものだ 笑。

上記の通り、単語間スペースを空けると、文字間スペースまで広がってしまう送信者がいる。それは、相対的に、単語間スペースを狭くしたのと同じ効果を受信者側に生じさせる。また、単語間スペースを余りに空けすぎるのは、QSB等の障害時にむしろ受信しにくくさせることもある。文字間のスペースをやや狭くしながら、適度に単語間スペースをあけることが、受信しやすい符号を送出するコツなのでないだろうか。

受信しやすさは、頭の中でどのように受信した符号から受信内容を理解するかに密接に関わっていることを改めて感じたことであった。

頌春 

頌春


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元旦早々、仕事だ。救急の対応を終わったところだ。

昨日は夜遅くまで無線に興じていた。ここでコメントを下さる方にお会いしたり、数年ぶりにJim W6YAに会ったり、楽しく時間を過ごせた。

30日のニュースで、診療所の再診料を下げる相談を、中医協でしていると報じられていた。もうどうでも、関心も殆どないことがらだが、これから開業する医師には、大きなハンディキャップとなるかもしれない。それ以外にも、耳鼻科・精神科・眼科の診療所には厳しい診療報酬の設定がされることになっている。官僚は、診療報酬という悪しき社会主義の遺物のような制度を使って、医療行政を上手く行っている積りかもしれない。しかし、先進国中最低レベルに抑えられている医師の技術料をさらに下げることで、医師の士気は確実に下がる。一部の医師は混合診療止む無しという考えに傾くことだろう(それも解決には全くならないのだが)。

昨夜最後に交信した、歯科医であるJimに、日本の医療もいよいよアメリカナイズされそうだよというと、それは最悪だと言っていた。

そのようなわけで、現実の春を褒め称えるわけにはいかぬのだが、その先にある理想の春を褒め称え、仰ぎ望んでこの一年を過ごして行きたい。

写真は、一昨日、通勤路で撮った、日光連山。重く雲が垂れ込めている空。しかし、日光に雪がきらきら反射して美しい姿を見せる、凛とした山々・・・。我々の思いを映し出しているようではないか・・・。