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近況 

昨夜は、仕事場と自宅を二往復した。ともに急性胃腸炎の乳幼児。片方は、ロタウイルス感染、もう一方は、ノロウイルスと思われるケース。ノロウイルス感染の方は、点滴が必要だった。点滴後自宅に帰っても、嘔吐を頻回に繰り返しており、今朝、再び点滴。これ以外にも、中耳炎の児などがいたが、電話だけで対応。他の医療機関にかかっている児の親御さんには、その医療機関に相談するようにお願いしている。そう遠くない将来、こうした生活からはお役ごめんにしてもらおうと思っているので、もう一頑張りだ。

無線の方は、春めいたCONDXになってきているが、やはり相手に事欠く。二日前に、Key K7MOAが、7メガで70WにR8バーチカルを用いて、S9+で入感していた。UCSDの政治史の教授をしているとか・・・いろいろとお話をしてみたかったが、早々に切り上げられてしまった。今朝は、やはりとても静かな14メガに顔を出した。Ed W7GVEが出てきた。先日、Glen NN6Tと会った時、引越し先の近くにEdが住んでいて、仲良くしていると伺ったので、その話をした。Edは、私のことをGlenとよく話題にしている、彼等のとってのfavorite JA hamだとのこと(笑。old timerの彼等が、私のことを肴に話を弾ませているのを想像して、にっこりしてしまった。

その後、Dave K6XGが呼んできてくれた。同じく親しくさせていただいている、Vic W9RGBの弟さんで、二人ともにFOCメンバー。以前に、このブログでお二人のことは取り上げてあると思う。日本の医療の現状をお話し、そう遠くない将来リタイアすることを考えているとお話した。彼は、私と同年だが、3年前に既にリタイアしたそうだ。親族で、年老いるまで働き続け、リタイアした途端に亡くなってしまった方がいて、その方を見て、早めのリタイアを決断したとのこと。その辺りは、彼の価値観の問題だ。彼の医療保険(勿論、民間)は、この5年間で4倍に上がったそうだ。それは、彼のケースが特殊であるためではなく、一般の方の多くにおきていることらしい。未保険者が増えているとも仰っていた。米国では、大統領選の大きな論点が、医療保険に関してであるようだ。クリントン女史は、国民皆保険を訴え、オバマ氏は、小児の皆保険を訴えている由。日本は、これから、政財官の意向により、逆に皆保険制度を捨て去り、現在の米国の医療制度を目指すようだと申し上げた。

さて、もうしばらく仕事場で点滴している児を診て、その後チェロと戯れ、その後、オケ錬に参加するために南に向けて車を走らせる。春本番の天候の下、楽しんで行って来よう。

個別指導 

医療は、患者さんと医師・医療機関との関係であるが、医療費の支払いの7割を保険者が担うために、両者の間に行政機関が入ってくる。その行政機関は、医療機関を適宜「指導」することを行っている。この指導とやらを二度ほど受けたことがある。個別の指導ではなく、多数の医療機関関係者を集めたものだったが、内容は、規則を繰り返し説明されるだけで、得るものは殆どなかった。行政官と面談する機会もあったが、彼等は小児医療について素人同然であって、こちらが指導して差し上げた。医療は、本来対等な契約関係のはずで、一方的な指導など原則的にはそぐわないのではないかというのが、「指導をされた」率直な感想だった。

ところが、公的な医療費支出を何としても減らしたい政府は、その行政によって行われてきた医療機関への「指導」を、専ら経済的な理由だけで行うことにするようだ。形振り構わぬ、経済的指導である。

これまで、個別の医療機関に実施されてきた「個別指導」を、年間3000件から8000件に、さらにそれによる診療報酬の返納を25億円から100億円に増やすと決めているらしい。驚いたことに、この経済理由の個別指導増を指示したのは、かの経済財政諮問会議である。経済財政諮問会議には、医療の市場化で大いに潤う財界の連中と、その取り巻きがうようよしている。

今春の診療報酬の改訂で、時間要件という臨床現場にそぐわない条件が持ち込まれた。診察料の不足を補う性格のあった、ある加算を算定するためには、診察が「概ね」5分間以上行われなければならない、というのである。診察は、きわめて個別的なことであり、長くかかることもあるし、短くて済むこともある。医師の技量にも左右される。「時間」という「量」で、医療の「質」を判断するという間違いを侵している。また、実際上診察の時間を計りながら、診察など出来るはずもない。場合によっては、5分を超えた超えぬで、患者さんとの信頼関係が傷つくことも大いにありうる。小児科では、冬の期間に患者が殺到するし、一日でみても、朝と夕方に患者が多くなる。一日当り何人診たかで判断すると、厚生労働省の担当課長は言っているが、この規則の運用は行政担当者の一存で如何様にもできる。

この改定は、上記の個別指導を増やすことと連動して、診療報酬を返納させる、または率先してこの加算を放棄させることを目的としている

患者サイドに立てば、医療費が安く済むのは良いことと思われるかもしれないが、日本の医療費は、すでに限界を超えるまでに低く抑えられている。公的病院は、殆どが赤字である。私立の病院も、かなり苦しい状況にあるところが多い。診療所も、一部を除き大減収になり、新規での開業は難しくなり、さらに既存の施設も立ち行かないところが出てくる可能性が高い。

政府・財界の目的は、医療を一端崩壊させることにある。その上で、市場原理を導入し、公的保険を縮小し、高額の民間保険を導入するのだ。この過程については、過去に何度となく記してきた。後期高齢者医療制度が、今春から施行されるが、それに対する反対が今頃になって地方から起きている。しかし、すでにもう遅い。後期高齢者医療制度の突然の登場と同様に、医療全体が、ある日突然国民のものではなく、経済界のためのものになって、国民の前に姿を現す日もそう遠くはなさそうである

夕張が教えること 

昨夜、NHKのニュースが、財政再建途上の北海道夕張市の状況を報じていた。財政再建団体入りしてから、5%の人口が流出したようだ。税収も8000万円の減収。様々な住民サービスが切り詰められ、停められている。一番大きな問題は、医療であるという。

そもそも、夕張は、炭鉱町として栄えたが、炭鉱の衰退とともに、経済が悪化。24年間同じ市長が夕張に君臨していたらしい。その間に、200億円近い公共事業・箱もの行政を行ってきた。結局、600億円超の財政赤字を作り、財政再建団体となったのだ。市民一人当たり、500万円弱の借金を抱えている計算になるらしい。

skyteam先生のブログ経由で、佐々木譲氏の夕張についてのコラムを読んだ。18年で借金返済をすることになっており、毎年予算の25%を返済、11年目からは、40%が、返済に充てられるらしい。現市長は、そうした返済計画を知らずに、市長になったという。また、巨額の赤字を作り出した、行政・政治責任の追及が行われていない。地方分権を表面上の旗印に、小泉政権が強行した地方交付金減らしも、この町の財政破綻に拍車をかけたに違いない。

だれも責任を問われない。残ったのは、やがて誰も住まないスラムになることが危惧される、荒れた町だけだ。住民は、その巨額の借金を、18年間かけて返すことを強制される。返せればまだ良いのだが、現実を見ると、とても厳しいように思える。

これは、決して他人事ではない。日本の国規模で、同じことが進行中なのだ。財務省・政治家は、国の赤字には何も責任を問われない。G7各国の公共工事予算の総和よりも大きな公共工事を行い続けている政府。バブルの時期に策定した道路工事、それにスーパー堤防といった河川工事は、今でも続けている。官僚は、天下り先の財団法人を数多く立ち上げ、国家予算を食い物にしている。その一方、医療・社会福祉の予算の削減は、耐えられる限界を超えてすすめつつある。これからは、さらに増税が待ち受ける。

こうした現状に、国民がいつ気づくのか、ということだけだ。しかし、その時点では、既に手遅れになっているのかもしれない。

大学関係者からの、厚生労働省「医療事故調」への異議 

MRICメーリングリストで、以下の文章が配信されてきた。もっとも至極な意見だ。

これでも官僚は、医療事故調をごり押しするつもりか。官僚は、一体何を意図しているのだ。

医療事故調は、官僚による、医師の統制支配の道具にするつもりなのか。医療事故調の事務部門に厚生労働省の余剰人員を持ってくるのか。

そのような意図の医療事故調を立ち上げることは、医療を破壊する。


以下、MRIC MLより引用~~~

「診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案(厚生労働省)」に対する全国医学部長病院長会議―大学病院の医療事故対策に関する委員会の現時点での見解
              
   全国医学部長病院長会議
                 会長 大橋俊夫
                 大学病院の医療事故対策に関する委員会
                 委員長 嘉山孝正

※本文中の資料は全国医学部長病院長会議のHP http://www.ajmc.umin.jp/ をご参照ください。

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 今回の記事は転送歓迎します。その際にはMRICの記事である旨ご紹介いただけましたら幸いです。

                       MRIC(エムリック)田中
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「はじめに」

 昨今、国民が医療に期待する医療レベルは高く、医療の複雑性が知られていない事が原因で、また、医療側の説明不足で、患者と医療と間に不信感が増しています。双方に不幸な結果となっています。その結果、医療結果のみで患者側が医療者を恨むという不幸な事態を招いています。もちろん、とんでもない医療人がいる場合には、しっかり、対処すべきです。事実、一部の大学では、医療事故を隠蔽した理由で、懲戒処分を行っております。多くの医療者は医師、看護師、薬剤師を含め誠実に医療を行っています。その結果、日本の医療レベルは、最新のWHOの評価では世界一位です。{資料1}ちなみに、米国はレベルで24位、総合で15位です。一方、日本の医療費が高額だとおもわれておりますが、大きな間違いで、OECDの最新の報告では、GDP当たり22位{資料1}です。しかし、国民が医療費は高いのではないかと感じるのは、制度的に病院の窓口での支払いが世界の上位にあるからです{資料1}。自助努力をしていない病院があるにしても、全国の病院の7割が赤字{資料1}となるのは当然のことなのです。また、医師数にしても、医師数の偏在ではなく、医師数を人口あたりでみると、OECD国家の平均より少ないのが現実なのです。従って東京都ですらOECDの平均より少ないのです。都立病院で産科医療ができなくなっていることが、それを物語っています。医師の絶対数が足りないのです{資料1}。なぜ、医師数が少ないかといいますと、昭和23年に、国立病院の16ベッドに一人の医師でまかなうように計算したからです{資料1}。昭和23年といえば、結核か戦傷者がベッドに横たわっていて、心臓や脳の困難な手術はなされていません。医師不足になることは当然で、単に医師の偏在ではありません。{資料1}これでは、世界一位の手間のかかる医療を行っていて、医師が現場から立ち去っていくのは当然です。従って、日本の勤務医の労働時間は先進国で図抜けて多いのです{資料1}。勤務医が立ち去り医療崩壊が東京都も含めて起きていることは自明の事です。


「診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案」

 今般、全国医学部長病院長会議は、国民が健全な医療を受ける事ができることを眼目に、また、第一の優先度に置いて、「大学病院の医療事故に関する委員会」で議論を重ねて参りました。
 この試案の骨子は、2つあります。一つは、国民が自分の家族が病院で亡くなったとき、不信感(必ずしも根拠があるわけではなく)から、事実を知りたいという希望を適えようという事です。医療内容の調査です。もう一つは、関係医療者の過誤、過失(実際は単純ではありません)の責任追及です。従って、本試案はその後多少の修正はあるものの、骨格は変わっていません。
 医療内容の調査の原則は、平成17年日本学術会議が提言しているように、現代社会では科学技術の進歩、工学医療事故が個人の過失だけで起きるものでないことは、明白です。{資料2-ページ1-3}事故調査の原則は誰がではなく何故を調査し、次の事故を防ぐ事が、事故に遭われた人々への謝罪になると提言しています。また、刑事との関わりは、調査結果を使わない{資料2、ページ5}
事が原則です。そうでないと科学的ではなく、また、刑事で使われることが解っていれば情報が出てこないとも提言しています。冷静な調査は飛行機事故調査と同様に科学的に行われるべきです。そのことが患者さんへの責任を果たすことになると確信いたします。情報の開示です。国際民間航空条約での事故調査の原則も科学的に専門家が行うことを決めています{資料3}。本試案のように利害関係者が入る調査機関は世界的に一つもありません。従って、悪意のある医療事故やとんでもない医療を行った場合には免責はまぬがれられませんが、刑事ではなく行政処分や民事処分を行うべきです。事実米国では、行政処分、民事処分で対処しています。誠意で施行した行為が犯罪と扱われることが問題です。
 一方、患者さんを救うためには、まず、患者さんと医療側の信頼を取り戻すことです。近年の日本の大学付属病院は平成11年1月11日の横浜市立大学付属病院の事件(患者取り違い)を契機に、大改革を行ってきました。未だ、全ての大学付属病院で意識改革が進行したわけではありませんが、昨年9月に全国大学付属病院(80大学)は公表基準を統一し、さらに、日本病院機能評価機構へ報告しています。{資料4}また、向後は経済的保証も考慮する必要があるとも考えております。その例としては、米国医師会が1995年に創設した全米患者安全基金(National Patient Safety Foundation; NPSF)を日本医師会か国家が創設すべきと考えます。

 本試案の根本的問題点は医療内容の調査と患者さんおよびその御家族を救うというジャンルの異なる二つの事物が一つの試案に含まれていることです。ジャンルの異なる両方の目的が達せるとは思えません。また、自然現象(病気)を扱った業務の結果が悪ければ、刑事処分にすることに問題点があります。これでは、全ての医療者;医師、看護師、薬剤師、検査技師を目指す人はいないことは普通に考えれば解ることです。現代の医療は複雑でよほどきちんとした法文でないととんでもないことになることは明白です。日本医師会は、本試案をきちんと運用するから心配ないといっていますが、昭和34年に制定された年金法の一文{資料5}がその後、グリーンピア等国民の税金を無駄にしたことでも、法案は完全に運用に任せてはいけないと思っております。もし、運用でというなら、明文化し担保をつけるべきです。医療の健全な運営を保証する文章にすべきと考えます。それこそが、患者さんを含む国民への義務と考えます。また、現行の医師法21条が病院内の異常死を警察に届けるようにとなっていることも問題です。数年前までは、犯罪に関係する死を届けるようになっていたものです。この医師法21条の問題は、別に考えねばなりません。あたかも医師法21条を人質にとり、一見改善するように説明する人々がおりますが、医療の荒廃をさらに増悪すると考えます。医師法21条は、以前の犯罪のみを届けるようにすべきです。

 全国医学部長病院長会議の大学病院の医療事故対策委員会は、日本国の患者さんに適切な医療を行うために、以上記した理由で現時点では反対をいたします。大学病院が全ての分野で自然(病気)を相手にし、さらにその中でもっとも高いリスクを対象にしている{資料6}からこそ危機感を持っています。本委員会の顧問の先生方の声明文{資料7}を添付いたします。また、本試案の対案を委員
長案(嘉山私案;資料8)として添付いたします。


官僚のエートス 

「コラムニスト宣言」というブログで、鹿児島の冤罪事件に関わった捜査員が、警察内部で表彰され、その後表彰を自主返納したことが記されている。法務大臣が、冤罪であることを否定するような問題発言をして、あわてて取り消したりしている。

この話を知って、まず思い出すのは、福島県立大野病院事件の捜査に当たった警察署が、福島県警本部長により表彰されたことだった。加藤医師が、順当に無罪になった時に、この表彰を行った県警本部長は、責任を取るのだろうか。

官僚内部に、我々国民の意識とは乖離したエートスのようなものがあるような気がする。官僚のシステムは、自己目的化し、自己保存・自己拡大をあくまで続けるかのようだ。

産経新聞のお粗末 

マスコミにも、会社によって、程度はさまざまだが、ここだけは、医療問題に関して、最近トップを走っている。勿論、一番後ろのトップ。

医師不足を取り上げたのは良いが、何を血迷ったか、警官の数よりも、医師数の方が多いから、医師の偏在だと、突然記す。警官と、医師とは、全く異なる職業である。このようなことを、全国紙に記すとは口が開いて塞がらない。厚生労働省のデータも、70歳、80歳以上の医師を含めており、中には鬼籍に入った医師まで含めているのではないかという話もあるほどいい加減なものだ。臨床現場で実働の医師数は、この厚生労働省のデータよりも確実に少ない。マスコミであれば、そうした点をこそ追及すべきなのだが、この記者氏は、医師の総数は足りているというドグマに凝り固まっているようだ。

産経の記者氏よ、ここを読んでいるはずもないだろうが、首相や、厚生労働省官僚までもが、すでに医師総数が足りないことを認めているのだ。事実に基づいた報道をしなさい。それとも、医療費を削減するという財界の意向をあくまで受けて、事実無根の報道を続けるつもりか


以下、産経新聞より引用~~~

【風】医師 警察官より多いのに…
2008年3月4日(火)18:00

 救急医療を取り上げた風もそろそろ大詰め。全体を通じて、多くの医療関係者から寄せられた共通する声は、「医師不足」だった。まずは大阪府内の大学病院に勤務する看護師から。

 《医師は一日中、外来診察、手術、病棟勤務をした後に当直をし、また翌日には同じ勤務です。夜中に患者対応があると、本当につらそうです》


 大阪府南部の救命救急センターの医師は、センターの医師の定数などが約30年前の想定に基づいて決められており、現状にそぐわないとした上で、こう訴える。


 《仕事量がここ10年で大幅に増加しており、現在の医師数では正直全く対応できません。労働基準法を順守して医師を完全2交代や3交代制にするなら、現在の2倍程度は必要です》


 日本の医師数は平成18年の厚生労働省の調べで約26万3000人。全体の医師数は増加傾向にはあるが、先進国で比較すると圧倒的に少ない。OECD(経済協力開発機構)に加盟している国の人口1000人あたりの医師の数は平均3・1人。日本は2人だ。平均に達するまで、10年かかるとされている。


 とはいえ、その数は日本中の警察官(約25万5000人)よりも多いという意外なデータもある。つまり、医師の配置のバランスが悪いのだ。特に特定の診療科の減少が際立っている。


 大阪府内の40代の医師は《今の医療界では、若い医師ほど絶望しています。新人はつらい科は避けて楽な仕事を目指します。卒業して産科・小児科・外科・内科を目指す人は激減しています》とし、《業界内では、今のペースでは10年以内には外科を目指す研修医は日本全国でゼロになるといわれています》。


 この医師の言うとおり、厚生労働省の調べでも外科の勤務医は平成10年あたりから連続して減少傾向にある。医師はメールをこう続ける。


 《現状が続けば本当に医師のなり手はなくなります。僕も仕事への熱意は下がるばかりで、できれば早く引退したいと思っているくらいです》


 《将来、日本の医師は眼科医や皮膚科ばかりになり、日本では救急医療が受けられなくなります》(信)

共同通信のマスコミ魂は何処に? 

マスコミとは、言葉で仕事をする仕事かと思っていたが、どうも違うらしい。

日本産婦人科学界が、医療事故調に対する「見解と要望」を、ここで公開した。

ところが、共同通信によると、下記の通り、同学会が医療事故調創設を歓迎していることになるのだ。

マスコミは、魂を官僚に売り渡している。


以下、引用~~~

「医療事故調」創設を歓迎 日本産科婦人科学会が見解
08/03/03
記事:共同通信社
提供:共同通信社

 日本産科婦人科学会は29日、医療事故原因の解明と再発防止を目指す政府の新組織(医療事故調)について、「歓迎する」との意向を厚生労働省に文書で伝えた。

 事故調のあり方については、厚労省が昨年10月に公表した2次試案と同様に(1)故意、悪意などのケースを除き、調査報告書を刑事手続きに利用しない(2)事故の届け出範囲や、医師法21条(警察への異状死届け出)との区別を明確にする―などの要望事項を列挙。

 一方、厚労省が事故調を同省内に置くとしていることについては「(事故調の)独立性を損なう恐れがあり、行政による過ちを是正することが難しくなる」と指摘した。

お役人の医師「確保」策 

医師が足りないから、その招聘条件(被疑者ではないので、確保条件とは言わないこと>マスコミ各社)を改善しようという動きが、見られるようになってきた。

が・・・地方自治体のお役人の発想は、あまり変わっていない。

茨城県では、後期研修医に救急医療の研修を県立病院で1年間行い、その後、2年間県立病院で仕事を続けることを義務付けるというプランをぶち上げた。後期研修医を「受け入れ」、救急研修終了後2年間の就労義務を与える、ということだ。何たる貧しい発想なのだろうか。公務員であれば、医師の方から、どんどん応募してくると思っているのだろうか。茨城県の県立病院小児科に関して、どれほどの研修が出来るのか、私はかなり怪しく思っている。県の本音は、一応使い物になる後期研修医を集めて、救急でこき使い、上手くすれば、その後2年間も拘束できる、ということなのではないだろうか。甘いのである。

お隣の、福島県では、医師を県内医療機関に斡旋するドクターバンクなるものを、大々的に立ち上げた。しかし、2月28日時点で、求人数は104名なのに、求職者は0名のままである。「あの」福島県ということもあるが、それにしても、地方自治体がこうした求人をかければ、医師がほいほいと集まるという発想が貧しい。

また、立派な医療機関を建設すれば、自然と医師が集まるだろうという発想で、せっせと箱もの建設もいたるところで行なわれている。いや、医師が集まるかどうかは、どうでも良いのだろう。公共事業で地元業者と政治家・官僚が潤えば、後はどうにでもなれ、という発想なのだろう。

箱ものでの医師集めの究極のパターンが、これだ・・・。




以下、引用~~~

医師確保のため豪華宿舎 和歌山県新宮市
08/03/03
記事:共同通信社
提供:共同通信社

 深刻な医師不足を解消するため、和歌山県新宮市は1日までに、約3億7000万円かけて市立医療センターの医師用宿舎を5戸建設することを決めた。

 免震構造の木造2階建てで、床面積は平均約150平方メートルと広々した豪華宿舎になる。それぞれ乗用車2台以上が置ける駐車場付き。1戸当たりの予算は7000万円以上になるが、市立医療センターは昨年、産婦人科医が減って分娩(ぶんべん)予約を一時中止したこともあり、医師確保のため新築することにした。

 市によると、現在ある9戸の宿舎は老朽化。家族連れで赴任する医師向けに十分広く、災害にも強い宿舎が必要と判断したという。

 新宮市は「安全、安心な宿舎は医師確保の有利な条件の1つ。大規模地震に備えて医師の生命を守り、被災した市民の治療にも貢献できる」としている。


It won't die. 

昨夜は、西日本で天候が下り坂だったためか、7メガはノイズが多かった。それに、東南アジアからのSSBの混信。北米にアンテナを向けて、何度かCQを出すが、2,3局にチラホラと呼ばれただけ。その合間に、Alan VK2ADBに呼ばれた。

Alanとは初対面だったと思うのだが、旧き善き時代を思い出させる、のんびりしたキーイング。リタイアした62歳の元エンジニア。キャンベラから南に100kmのところに住んでいる。ベアフットに145m長のロングワイアーだが、強力。ビームを北米に向けていた時点で、S9を振っていた。

途中で、バッテリーを交換しなくてはならないので、QRXとのこと・・・IC746Proをお使いとのことだったが、さてどうしたことかと思っていると、しばらくして再び出現。今度は、大きなバッテリーにしたから大丈夫と仰る。どのリグをバッテリーで駆動しているのかと尋ねた。いや、メインのリグだ、とのこと。どうも、バッテリーを主電源に用いているようだ。太陽光発電でバッテリーを充電して、無線の機械を動かしているようだ。ロングワイアーといい、何とエコロジカルな環境なのだろう・・・。

キャンベラ近郊と聞き、シドニーとキャンベラの中間あたり、Yassという町に住んでいて、1960年代から80年代にかけて活発に出ていたRoy VK2DOを知っているかどうか尋ねた。残念ながら知らないとのことだった。Royについては、VK3IMとの関係で、以前に記した記憶があるが、とても早いCWで、夕日の沈む頃、7メガが環太平洋にぱっと開けるときに、米国・JA相手のラウンドで出ていた方だ。既に、サイレントキーになられたのだろう。時代が変わったということか・・・。

Alanに、そうした昔の話を少しすると、彼は、CWは確かにactivityは現在ミニマムにまで墜ちている、しかし it won't dieだと思う、とのこと。数は少ないが、若い人でCWを始める人が、彼の周囲にもいて、いくつかネットで彼等と交信をしている、とのことだった。確かに、そうした信念をもって、若い人たちを育成することが必要なのだろう。なかなか難しいことだが・・・。ネットの皆さんによろしくと言ってお別れした。

Alanとの交信終了後、Mike ZL1BVBが少し癖のあるキーイングでまた呼んで来てくれた。彼は、このところ大変activeだ。あちらの夏時間で午前1時。日中、昼寝を十分しているのか。彼とは、20数年前に直接お目にかかっており、同じ東洋系ということもあって、気兼ねなく話せる相手。少しチャピッているのが最近気になっていたので、30年前のFT901DMをまだ使っているのか尋ねた。20年前に入手したTS940Sだそうだ。FT2000が欲しいのだが、7000NZDもするので、奥様の許可が出ないと言っていた。本当に欲しそうな気配(笑。いや、それは大きな買い物だから、奥様の許可なしでは買うのは難しいだろうと同情。家族のこと等も率直に話せる相手だ。最近、Tommy W6IJと、本当にしばらく振りに会った由。20年前、Tommy夫妻と、Mike一家は、丁度入れ違いで我が家を訪れたのだった。銀座で、一緒になり、昼食をとったねと昔話・・・。

さて、It won't dieと信じて、また今夜も出ることにするか・・・。しかし、バンドが静かになってしまったものだ。

救急医療の崩壊、全国に拡大 

今日のヤフーニュースの見出しをコピペしてみた。

事態を、「受け入れ拒否」とか、「たらい回し」と表現している時点で、マスコミ各社は問題が分かっていないのを、自ら告白しているようなものだ。

NHKも、そのニュースで、医療現場に取材した内容、人手も病床も足りないことを報じ始めていたが、まだ「受け入れ拒否」とぶち上げていた。

マスコミが、急に物分り良くなって、医師が足りない、救急は赤字になる(救急以外も赤字だが・・・)、不当な医療訴訟が増えている、コンビ二受診が増えているなどと報じ始まったら、それはそれで気持ち悪いと感じるだろう自分がいる。医療崩壊に果たした、マスコミの責任をきちんと検証するのであれば、まだしもなのだが・・・。

結局のところ、小泉元首相のアジテーションに乗せられ、彼に郵政選挙で全権委任してしまった国民にツケが回ってきたということだろう。市場原理主義が、日本社会の重要な社会的なインフラをガタガタにした。

さて、長い休みの時期に重病になると、命は保証されない、ということを、肝に銘じて置こうではないか、御同輩!救急医療は、どこでも崩壊し始めているのだから。


以下、引用~~~

12病院拒否の93歳女性が死亡(28日)

ニュース
- 救急搬送:昨年の受け入れ、拒否10回以上が16件 /新潟(毎日新聞) (1日12時2分)
- 救急搬送:照会11回以上、129件も 最多は35回、3時間要す--07年 /埼玉(毎日新聞) (1日12時1分)
- 埼玉新聞・週間ヘッドライン - 埼玉新聞 (2月29日15時2分)
- 12病院拒否、たらい回し 春日部の93歳女性死亡 - 埼玉新聞 (2月29日15時2分)
- 唐津の急患受け入れ拒否:市「悪条件重なった」 救急体制の危機表面化 /佐賀(毎日新聞) (2月29日15時2分)
- 救急搬送:受け入れ拒否増加 要請5回以上1.5倍--新潟市内・昨年 /新潟(毎日新聞) (2月29日12時1分)
- 救急搬送「たらい回し」最大10回 愛知県が昨年の実態調査まとめ(中日新聞) (2月29日11時29分)
- 現場から見た・08年度県予算:/上 深刻な救急医不足 /茨城(毎日新聞) (2月29日11時2分)
- 救急搬送たらい回し年7件 - 中国新聞 (2月29日0時8分)
- 15医療機関、受け入れ断る=救急車内で心肺停止、男性死亡-佐賀(時事通信) (2月28日13時33分)
- 12病院受け入れ拒否、約3時間後に93歳死亡 春日部(産経新聞) (2月28日8時1分)
- 救急搬送:07年県内実態調査 搬送先照会5回以上10件、9割は1回で決定 /長野(毎日新聞) (2月27日13時1分)
- 救急搬送:受け入れ拒否、5回以上は2件 県、昨年の実態調査 /岐阜(毎日新聞) (2月27日12時3分)
- 重症患者の「たらい回し」1割超 京都府内の救急搬送(京都新聞) (2月27日10時29分)
- 複数の医療機関が受け入れ拒否は83件 07年の県内 (2月27日9時0分)
もっと見る
社説
- 救急医療/「拒否」のない態勢を早く - 神戸新聞 (2007年9月20日)

当地の後期高齢者医療制度 

市報に、後期高齢者医療制度についてのお知らせが載っていた。

75歳以上の方お一人お一人に保険料を払っていただく。年金からの天引き。そして、医療は、月6000円までの包括払い・・・即ち、医療はどんなに検査をしようが6000円までの内容でお終いということだ。

で、問題の保険料。地方自治体の広域連合で保険料を決めるらしいから、高齢者の多い地方では、高いのだろう。当地では・・・各々年額

均等割額    37,800円

所得割額    総所得額から基礎控除33万円を引いた額に7.14%を乗じた額

上限       なんと50万円

所得に応じて、2から7割の軽減処置があり、例えば、208万円の収入の場合、保険料額は77、000円となるらしい。

来年春までは、保険料の大バーゲンがあるらしいが、衆議院選挙が終わっているはずの(笑)来年春にはばっちり全額取られる。

軽減処置にせよ、選挙運動の一環としての大バーゲンにしても、時期が来れば、撤廃されるか、縮小されるはずのもの。上限50万円が引き下げられることはないだろう。即ち、そのレベルに向かって、改定される度に、引き上げられることが予想される。50万円程度まで上げることを想定しているとすると、老後20年間で1000万円、この保険料として取られることになる。

現政権が、社会保障を重視する方向に舵取りをしているのではないかという議論もあるが、私は決してそうは思わない。財界の強烈な社会保障削減要求、官僚の天下り法人を維持するための助成金確保要求等々、社会保障予算を削減しようという動機は強い。さらに、一番の問題は、高齢化を何とかしたい・・・高齢の方には早く亡くなっていただきたいという官僚の意図だ。あのメチャクチャな年金行政をした挙句に、このようなことを意図するとしたら、大きな犯罪だ。現在の厚生労働省官僚に、医療社会福祉行政を担当する能力はない。

では、高齢者への医療・年金の予算をどうするか、という議論が必ず出てくる。これに回答を与えるべきは政治家だ。一つ言えるとすると、公共事業・箱もの・道路作りをいい加減減らすべきだ。年度末のこの時期、いたるところで土木工事・道路工事・・・急を要するとは思えぬ工事が、現在でも行なわれている。こうした予算を、社会福祉に回すべきなのだ。建設・土木業の業種変換を進めるべきだ。季節労務者として、土木工事で働いて収入を得ざるをえない、地方の農業従事者が、農業専門で生きてゆける農業政策を実施するべきだ。

この変革が出来なければ、日本は、高齢者にとって、生きにくい国になる。

マタイ受難曲の思い出 

今年の復活祭は、今月22日のようだ。春を迎え、復活を待ち望む西洋の伝統の日だ。その前、40日間は、四旬節という復活祭の準備の時期にあたるらしい。キリスト教徒ではない私にとっても、この時期は、一年のなかで特別の時期だ。マタイ受難曲を聴く季節だからだ。

バッハのマタイ受難曲(以下、マタイと省略する)ほど、私のこころを揺り動かす音楽は、他に無い。イエスの受難を予告する大規模な第一曲、イエスの刑死に向けて、徐々に緊張と興奮が高まる劇的な構成、その進行の過程で繰り返し歌われる信仰告白のコラール、そしてイエスが十字架上で絶望の死を遂げ、その後イエスの復活を予兆する平安の音楽で締めくくられる。イエスの受難の物語が、こころの奥深く達する音楽という言語によって、語られる思いがする。

最初にマタイを生演奏で聴いたのは、大学の3年の春だった。解剖実習をしていた時に、指導してくださっていた助手の方が、その日の夜、NHKホールで演奏されるマタイを誰か聴きに行かないかと、実習室で我々に声をかけた。彼が行く予定にしていたのだが、急に行けなくなったということだった。まず一番に手を挙げたのは、私だったのだと思う。彼からチケットを頂戴し、夕暮れの渋谷に向かった。

ヘルムート リリングの指揮する、シュトットガルトバッハアンサンブル・同合唱団の演奏。第一曲から、圧倒された。リリングの演奏を、バッハ研究者の磯山雅教授は、その大著「マタイ受難曲」のなかで、やや平板であると低い評価を与えている(磯山氏は、ピリオッド楽器による新しい解釈のマタイを好まれるらしい)。しかし、私にとっては、リリングのマタイは、あたたかく、そのあたたかさ故に、こころの奥底に迫ってくる音楽だった。音源に収められた彼の演奏を聴いても、同じ思いがする。終曲を聴きながら、何と言うカタルシスを与えてくれるのだろうか、と殆ど驚きにも似た気持ちになったのを覚えている。イエスを歌ったバリトン歌手が、すでに出番を終えて椅子に座っているのに、下を向きながら、バスパートを口ずさむように歌っている姿にもこころ打たれた・・・ソリストの多くは、自分の出番だけを歌うものなのだ。

マタイに関しては、もう二つ忘れられぬエピソードがある・・・私にとっては大切なことなのだが、読まれる方には大したことではないかもしれない(上記のことを含めて、既にネット上で記したことがあるかと思うので、予め繰り返しをお詫び申し上げる)。

学生時代に、オケ活動に現を抜かしていたのは、何度か記したが、オケの中で小さなアンサンブルを組んで、病院等に慰問に訪れたことが幾度と無くあった。オケの定期演奏会よりも、記憶に残っているのは、自分が主宰したアンサンブルだったからだろうか。

ある時、父親が事務員として仕事をしていた医療機関に慰問に行くことになった。マタイに心酔していた私は、マタイから何曲かを演奏することを提案して、実行することになった。本郷にあるアカデミアでマタイのスコアを入手し、何曲かを選び出した。大規模な曲は勿論演奏できかったのだが、選び出した中に、当時の曲番号で47曲「Er barme dich」があった。チェロの同学年の友人が、アルトを歌い、バイオリンソロを当時オケのコンサートマスターをしていた方にお願いした。この曲は、ペテロがイエスを売ったことを後悔して罪の許しを請うアリアである。もともとがバイオリンソロのとても美しい旋律で歌い始められる感動的な音楽なのだが、その演奏会というか発表会では、異様に盛り上がった。アリアを歌った彼女は、技術的にはそこそこのものしか持っていなかったが、歌に込めた彼女の気持ちにはただならぬものが感じられた。私はピッチカートを打ち鳴らしながら、一つの音、一つの旋律もが、こころの深いところに届くのを感じていた。

もう一つのマタイに纏わる思い出。それは、私の父親が、4年ほど前に84歳で亡くなった時のことだった。彼は、輸血後のB型肝炎、それによる肝臓がんを患ったが、塞栓療法などでかなり良い経過をとり、晩年を概ね平安に過ごしたと思う。ただ、晩年には、生まれつきの頑固さが表に頻繁に出るようになり、ある感染症の治療を拒絶してしまい、結果として死を早めてしまった。その時の、私の息子としての対応に問題がなかったか。さらに、彼が亡くなる前日、消化管出血を起したとの知らせが、仕事場の私の元に来た。昼休みに往復2時間かけて仕事場から、彼が入院していた医療機関に駆けつけたのだった。もう話は出来なかったが、書字で簡単な会話を交わすことができた。夕方に輸血することになった・・・B型肝炎の原因だった輸血は、受けたくない様子だった。血圧なども一応落ち着き、顔色も比較的良かったので、私は彼の手を握って、病室を後にした。ところが、その日の深夜、再び大量の消化管出血を起し、彼は誰にも看取られること無く、亡くなった。病室から出ようとする私を、心細げに見つめていた父。何故、その日、ずっと傍についていてあげなかったのか。何時も、私のこころのなかに、それでよかったのかという自分への問いかけが消えることはない。

父の葬式は、その遺言に基いて、キリスト教式で行なわれた。キリスト教徒である、私の姉が、納棺式の間中、マタイをカセットで流していた。音は安っぽいものだったが、まぎれもなくマタイの響きだった。納棺を終え、御棺の蓋を閉めたときに、マタイの終曲の最後の和声が鳴り響いた。これは、意図したことでは決してなかった。

若い日々、戦争で兵士として中国で苦労し、戦後は貧困の中で我々三人の子供を育て上げた父。性格的に、人間的にいろいろと欠点の多い人間だったが、一生懸命働き、家族を愛した 一生を送った。

圧倒的な感銘を与えるマタイの終曲、それが鳴り響くのが終わると同時に、この世の一切の事業を終えた父。私は人格的な神の存在を受け入れることができないのだが、この時 間的な一致に、人生の深い消息を思わずにはおれなかったのだった。

うわ・・・長いエントリーになってしまった・・・最後まで読んでくださった方には御礼申し上げたい。今夜は、リリングのマタイを聴いてみよう・・・。