Entry Navi - Archives

 2008年12月 

2008年を送るにあたって・・・ 

2008年を送るにあたって・・・

仕事の上では、仕事量を減らすことに決めて、すこしずつ実行し始めた。やがて来るリタイアに備えて、仕事をソフトランディングさせて行こう。数少ない患者さんを、丁寧に診続けること。医療崩壊の過程の生き証人になる積りで、発言をし続けよう。

家族のこと・・・まだまだ親としての責任がある。お~~い、君達、そろそろ羽ばたこうな~~。

音楽、英雄、ブラ2を一応弾け、さらにフォーレのピアノ五重奏曲1番にチャレンジ・・・しかし、途は遠い・・・。これからは、落ちる一方か?年末に聴いたリヒャルトシュトラウスの「四つの最後の歌」から受けた感銘は深い。これからは、視聴する側に回ることも多くなるだろう。

無線、余りに時間をかけすぎか。数少なく、内容の豊かな交信をのみ望んでゆこう。来年夏、ロスアンジェルスエリアで行なわれるFOCディナーに参加できるか。

何人かの友人・知人を、天国に送った。自分自身、時間の経つことが早く感じられるようになった。願わくば、「その時に」慌てふためいたり、生きることに執着したりしないで済むように。何時も、生きることが、終わりのある旅の過程であることを忘れないこと。と言いつつ、その時には悩むのだろうな・・・。


                  ~~~~~~~~~~~~


皆様、拙ブログを1年間見守ってくださりありがとうございました。皆様にとって2009年が良い年でありますように。

政治家・官僚は、後発薬だけで治療しよう 

政治家にとって、医療福祉は、あまり切実な問題ではないように思える。もともと裕福であること(それは個々人の努力の賜物、または運命の悪戯で裕福な家庭に生まれたことなので、批判する積りはない)に加え、議員年金という手厚い年金制度があるので、社会福祉に切実感はないのではないか。

医療に関しても、政治家が身体疾患は勿論のこと、政局絡みで精神的に参った時にも、すぐに豪華な個室病室に入院できる様子だ。政治家の家族も同様なのだろう。

独立法人化した国立大学の理事・評議員等として、官僚も天下っている。彼等には、共済年金というリスクをあまり負っていない年金制度に加え、天下りという結構な「社会福祉制度」もあるし、医学部のある国立大学では、優先的に入院をさせてもらえるのだろう。

政治家・官僚にとって、国民の医療福祉は他人事なのだ。せいぜい、選挙の際の公約に盛るうたい文句程度の認識なのだろう。

医療費削減のために、彼等は、後発品の使用を何とか促している。が、後発品には様々な問題がある(ことが多い)。先発品に較べて、効果が劣る、副作用が多いということがをしばしば経験する。しかし、官僚は、何としても後発品を沢山使わせたいという意向だ。

官僚・政治家に、医療を自らのものと感じていただくために、この際、彼等に投薬するのは、すべて後発品だけしたらどうだろうか。

国民は、彼等が医療福祉上一種の特権階級になっていることを知らない、知らされていない。これから、医療福祉が、ますます窮乏化されるときに、彼等が特権の上に胡坐をかいていることを、我々は良く知るべきだ。


以下、引用~~~

国立病院機構に後発医薬品の採用リストの公表を要請  厚労省
08/12/26
記事:WIC REPORT
提供:厚生政策情報センター


後発医薬品の使用促進について(12/15付 事務連絡)《厚労省》 厚生労働省はこのほど、国立病院課宛てに「後発医薬品の使用促進について」の協力依頼の事務連絡を行った。 事務連絡では、後発医薬品の使用促進は、特に医師の理解を促すことが重要である(ブログ主注;良く知っているから使わないのだ!!!)、との見解を示している。また、公的医療機関における後発医薬品の採用リストを民間病院や薬局等の医療関係者に配布することが後発医薬品の使用促進に資するものであるという意見があったことから、独立行政法人国立病院機構と国立高度専門医療センターにおける後発医薬品の採用リストの公表を要請している(P2参照)。これを受けて病院課では、12月19日に独立行政法人国立病院機構本部に、後発医薬品の採用リスト公表を要請したことも明らかにしている(P1参照)。


ニューイヤーパーティの予行 

昨夜の7メガは、ヨーロッパに対して広く開け、まるで新年を祝うパーティの予行のようだった。17時頃、北米西海岸の弱い局と交信を終えた途端に、Chris G4BUEが強力な信号で呼んで来てくれた。ビームは北米に向けたままだったのに、S9まで振っている。彼は、フロリダにも家を持っており、冬はそちらで過ごすと思っていたし、これだけ強いのはおかしい、きっとパイレートに違いないと思い、手短にリポートを送る。すると、やはりChrisだった。

Chrisは、クリスマスと新年になってしばらくの間は、英国の自宅で過ごし、1月下旬にフロリダに行き、冬の残りの季節を過ごすようだ。フェーズドアレー(4SQUARE)を用いているとのこと。この時間帯は、本来ロングパスが開けるのだが、ショートパスが開けていると言っていた。フェーズドアレーの威力は素晴らしい。彼は、FOCの重鎮で、FOCの雑誌Focusの編集を担当している。私が彼から請われて記した、斉藤さんJA7SSBの追悼文に謝意を表わしてくださった。Chrisの強力な信号を聴くと、20年前この時期に同じような信号を送り込んできた、故Al G3FXBを思い出すと申し上げた。Alと親しく、その頃からFOCをAlと一緒に牽引してきた彼も、Alが亡くなったことを今でも残念に思っているとのことだった。

Chrisとの交信の後も、あまり間隔をおかずに、ヨーロッパの様々な局が呼んで来てくれた。お会いしたFOCのメンバーは総勢7名。夜10時頃にお会いした、Joe DL4CFとも久しぶりの交信。160mで活発に運用しているらしい。Joeとの交信の最中に、Anders SM6CNNがブレークをかけてきた。Andersの家は、小さな湖に接しているのだが、氷がまだ十分張っていない湖でスケートをする人がいる、危なくて仕方がないとのこと。情景が目に浮かぶ。昼食の準備が出来たからとJoeは引っ込んで行った。Andersに、同じスェーデンのOT Rune SM7MSの安否を尋ねたが、分からない、クラスターにもアクセスしていないようだとのこと。ヨーロッパの知り合いたちにも本当に長い間お目にかかっていない・・・。

夜遅くには、北米西海岸にも良く開けるようになり、Vic WA6MCLや、Tom K7GMFと挨拶を交わして、ビッグスイッチを切った。

さて、今夕は、誰が出てくることだろう・・・。

しようもない思い出話 

昨夜、書斎兼無線室にこもり、ヘッドフォーンのコードを短くする作業を行った。コードを半分程度に切り、DIYで入手した、プラグをつなぐという単純作業。コードの右左のオーディオ信号を伝えるケーブルが、極めて細く、さらに縒り線一本一本に薄い絶縁皮膜がコーティングされていることに気が付くのにしばらく時間がかかってしまった。

プラグを接続、リグにつなぐと無事聞こえる。RFの回り込みも無視できるほどに減少した印象。作業終了。音はやはり高音の伸びが無線用としては良すぎる。その内慣れるだろうか。これも当たり前の構造なのかもしれないが、スピーカーに当たる発音部が、耳の少し前に位置し、斜め前方から音が聞こえるように工夫されているのに感心した。頭のど真ん中で音が鳴り響かないようにする工夫だ。

半田鏝を持つのは何年振りか。無線に興味を持った頃、真空管の機械を一生懸命自作していたのを思い出した。中学一年の頃、なけなしの小遣いを握り締め、秋葉原のラジオデパートにでかけ、必要
な部品を手に入れる。最初に作ったのは、6BA6単球の受信機だった。アルミのシャーシに電源トランスや真空管のソケット・バリコン等を取り付け、「実態配線図」の通りに配線し・・・恐る恐る灯を入れる・・・と、真空管が明るく光ったと思った瞬間、6BA6がボンと音を立てて破裂した。きっと、ヒーターにB電源を加えてしまったのだろう。

それ以降、少しずつ知識を深めて、最終的には、トリプルスーパー(第一IF3.5MHz付近、第二455KHz、第三50KHzという安直なトリプルコンバージョン・・・)、それに6146ファイナル(最初、6AQ5シングル、その後、6DQ6A、2E26と進んで、最終的に6146へ)の送信機を自作した。ファイナルのプレートを真っ赤にさせていたものだった。調整器具といえば、テスターのみ。当初の平衡二線フィーダーの電流給電ダイポールのマッチングをとるチューナーは、受信用二連バリコンを利用したもの。SWR計は、最初平衡二線のフィーダー上のランプの光り方で定性的にみるもの。VFOがとても難しく、安定度とピュアな信号を得るのに最後まで苦労した。きっと回り込みを起こしていたのだろう。受信機では、イメージ混信と思われる混信の除去に苦心した。JA1FHXさんが、遊びに来られた際に、国際のメカフィルをお土産に持ってきてくれて、その切れ味の良さに仰天したことは既に記した。それでも、ワイアーアンテナや、竹で作ったクワッドで、全世界相手に交信して楽しんだ。無線によって、世界への窓が開けたと言っても良かった。ヒースキットや、ドレークのリグを用いている米国のハムの豊かさに何時も憧れを持っていた。コリンズなど天上のリグであった。

半田と松脂の焦げる臭いから、そうした10代の日々が、さっと蘇って来た。

Don W6JLのように、PLLコントロールのリグから、7メガのビームまで完全自作は無理としても、リニアや、エレキー程度は将来また自作してみたいものだ。

その時間が残されているかな・・・。

救急医学会の医療事故調大綱案に対する見解 

医療事故調の厚生労働省大綱案に対する、救急医学会の見解が、下記検討会で、埼玉医大高度救命救急センターの堤先生によって公にされた。分かりやすく、明快な見解だ。

業務上過失を医療事故に対してどのように適用するのか。または、業過罪そのものの適用を止めるのか、が大きな論点のような気がする。救急医学会は、『明白な過失』という概念で対応するようだ。この見解には、その詳細が述べられていないが、注目してゆきたい。

ただ、医療には業過罪を適用し難たくさせる根本的な問題が横たわっている。交通事故と違い、医療行為そのものがリスクになる、リスクを抱えた患者さんに対して、医療行為に伴うリスクを積極的に背負って、医療行為を行わざるを得ないという問題点や、様々なシステムエラー・ヒューマンエラーが起きうる素地は、いかに少なくしようともゼロにはなりえないといった問題点だ。この点を捨象して、業過罪を強制的に適用しようとすると、医療、特に救急医療は成立し難くなる。


以下、MRICより引用~~~

■□ 救急医学会の見解 □■

                          埼玉医科大学総合医療センター
                          高度救命救急センター
                          堤 晴彦


2008年10月31日 第15回「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方
に関する検討会」での発言です。



はじめに

 本日は、この検討会にお招き頂きまして、有り難うございます。検討会の委員の皆様方ならびに事務局である厚生労働省の担当者に御礼申し上げます。ただし、一言言わせて頂ければ、もう少し早い時期に呼んで頂ければ、もっと良かったということを申し添えておきます。

 本日は、救急医学会を代表して参りました。救急医学会の見解は、別紙に記載した通りであります。すでに、お読み頂いているという前提で、見解を述べさせて頂きます。

 まず、最初にお断りしておきますが、大綱案に関して、日本医師会や外科学会が賛成派で、救急医学会などが反対派というように、医学会が2つに割れて、対立構造にあるかのように一部で言われておりますが、決してそんなことはありません。

 私は、高本委員や、木下委員と話をしておりますが、本質的には、意見の相違はありません。ほとんどと言ってよいくらい、同じ意見です。さらには、この検討会の議事録も読ませて頂きましたが、高本先生、木下先生、山口先生が、医療側の意見を、きっちりと、代弁されておられることを知っております。この場をお借りして、医療側の委員の先生方に御礼申し上げます。

 それなら、何故、最終的な見解が異なるのか。私自身も、実は良く分からなかったのですが、最近になって、賛成派の医師は性善説に立っており、反対派の医師は、性悪説に立っている、という違いではないかと思っております。

 すなわち、賛成派の人は、この大綱案が、この検討会で議論された基本的な精神通りに運用されればうまくいくはずだと期待しているのに対し、反対派の人達は、法律というのは、一旦出来てしまえば、どのように運用されるか、全く分からない、悪意を持つ人がいれば、何とでも変えられる、あるいは、解釈できる、と疑っているからです。私共も、その立場にあります。反対派というより慎重派と呼んで頂ければと存じます。

 私に与えられました時間は、わずか15分ということであり、多くのことを述べることはできませんので、以下の5点に絞って意見を述べさせて頂きます。


1.死因究明と責任追及の分離
2.医療事故における業務上過失致死罪の明確化
3.医療事故調査報告書のあり方
4.刑事事件と民事事件の明確な分離
5.今後の要望


 まず、
1.死因究明と責任追及の分離、ですが、 救急医学会としては、これが譲れない一線であります。医療安全を構築することと紛争を解決することの違い言ってよいかもしれません。このことは、この検
討会の第1回目からずっと議論されていることです。この点を明確にしなかったが故に、本検討会が延々と迷走を続けているのではないでしょうか。

 医療事故については、これまで十分に議論されておりますので、ここでは、警察の捜査を例として述べます。

 警察の内部でも、ある犯罪事件が起きて、犯人が逮捕できなかった時など、警察署内で、さまざまな検討、反省がなされているのではないでしょうか。事件が起きた時の初動が悪かった、捜査の範囲を最初から絞り込みすぎたのでは、など、当然、多くの意見が出されていることと推察します。この場合、それらの検討内容を、文書化して、被害者のご遺族に公開し、説明されているでしょうか。ある
いは、警察の会議に、第3者の委員を入れて、客観的に中立的な立場で、事件の捜査が適正に行われた否かの検討会が行われているでしょうか。

 医療事故における死因究明による医療安全の構築と責任追及、警察における捜査の反省、すなわち捜査をより良いものにする立場と責任の追求は、各々、全く異なるプロセスで行われるべきということについては、警察・検察側を含めて、十分に理解して頂いていることではないでしょうか。それなら、何故、医療という分野だけ、原因究明と責任追及を同時に行う委員会を作らなければいけないの
でしょうか。

 もし、その考えが正しいのであるなら、私共医療側は、一般国民の立場から、警察の捜査が適正に行われていたのか、第3者による評価を行うべきであると、主張せざるを得ません。すなわち、犯罪捜査適正検討委員会の設置を求めることになります。そして、そこで検討された報告書を犯罪被害者および家族に渡して説明することを求めます。そういう論理になるのではないでしょうか。
 
 もちろん、本気でそう考えている訳ではありません。何故なら、捜査というものをより良きものにする立場と、捜査の責任を追求することが、全く別のものであるということを、医療の経験から十分に理解できるからです。


2.医療事故における業務上過失致死罪の明確化

 大綱案に反対する医師の中には、医療事故はすべて免責にしろ、という意見が多くみられます。しかしながら、救急医学会は、そのような立場に立って、反対している訳ではありません。悪いものは、悪い、という立場です。

 自民党のある議員が、救命救急医療に関連した医療事故は、すべて免責にする、というような見解を出されましたが、救急医学会は、その見解には全く乗っておりません。救急医学会の中で、そのようなことが話し合われたこともありません。もちろん、その国会議員は、救急医療を何とかしなければ、という思いから、そのような発言をされたことと推察しており、その気持ちは嬉しく受けとめますが、救急医学会の総意・真意ではございません。このことは、明言しておきます。

 日本救急医学会が問題にしていることは、医療の場合、何が業務上過失になるのかが、良く分からないということであります。それ故に、医療側は、不安、不満、そして人によっては、怒りとも言える気持ちになっているのです。その結果、救急患者を診ない方が安全である、あるいは、大きな難しい手術は避けた方が安全、という防衛医療・萎縮医療が加速しているのです。

 重大な過失、あるいは、標準的医療から著しく逸脱したもの、など、全く曖昧であります。

 標準的医療について述べますと、本邦における救急医療は、ほとんどが、救急科専門医ではなく、一般診療科の医師が担当しております。そして、いつどのような患者が来るか全く予測できない中で行われており、自らの専門領域の患者だけでなく、専門外の疾患にも対応しなくてはならない状況です。むしろ、自らの専門外の患者をみることの方が多いと言っても良いでしょう。現状は、このような医師によって、救急医療はかろうじて支えられているのです。各科の専門医からみれば、その科の標準的な医療から、逸脱していることはしばしば起こっているでしょう。もし、標準的な医療というレベルが、各専門領域の診療を基準にするのであれば、救急医療は間違いなく崩壊してしまいます。

 誤解のないように繰り返しますが、日本救急医学会は、救急科専門医としての自己責任の軽減・回避を求めているわけではなく、救急医療の大部分が非救急科専門医の手にゆだねられていることから、これらの一般診療科の医師が、今後も救急医療に関与し続けられる環境を整備することが救急医療を確保する上で必須であるという立場からの発言であります。

 私共、救急医学会は、「医療の場合、何が業務上過失になるのか」というもっとも本質的な問題に、真正面から取り組むべきであるということを切望しております。この点を曖昧にしたままでは、いかなる調査委員会を作っても、うまく機能するとは到底思えません。

 同じ業務上過失致死に問われる交通事故の場合、明確な基準を設けており、非常に明瞭で紛れがありません。しかるに、医療事故を刑事訴追する場合の明瞭な基準は示されてはおりません。これは、罪型法定主義に反するのではないかとさえ思います。おそらく、検察庁の方でも、この問題、すなわち、「医療の場合、何が業務上過失になるのか」について、すでにプロジェクト・チームを作って、検討されているのではないでしょうか。この点を明確にしない限り、医療側、そして国民の納得が得られないでしょう。

 事故調設置の前に、この問題について真剣に取り組むことを、厚生労働省ならびに法曹界に強く要望致します。

 因みに、救急医学会では、別紙のような「明白な過失」という概念を検討しております。もちろん、私共医師は、法律の素人ですから、この考えが正しい、などとは考えておりません。法曹界の人間がみれば、多くの誤りが指摘されるでしょう。しかしながら、逆に、法曹界の人間だけで、定義できるとも考えておりません。何故なら、法曹界の人達は、医学は理解できても、医療の現状を知りえないからです。

 むしろ、警察庁・検察庁の方々と、私ども、医療側の人間が、同じテーブル、同じ席について、議論するべき内容と考えております。

 私共救急医学会は、法と医の対立から、法と医の対話を求めるものであります。

 厚生労働省の方には、是非、そのような会議を作るべく、組織間の調整役として動いて頂きたく、強くお願いする次第です。

 この問題を解決しないと、事故調を作っても、事故調から警察・検察に通知することができません。医師法21条と同じことを繰り返すことは明らかでしょう。

 従来は、警察・検察側で、業務上過失致死に問えるかどうか、まず、法的に判断します。この際、医学的な判断は、どうしても甘くなります。では、逆に事故調を作って、医学的な判断を先にすれば、それで解決するでしょうか。今度は、医学的判断を先にするが故に、法的判断が甘くなります。

 すなわち、事故調において医学的判断を先にして、その中の一部を、警察・検察に通知するという大綱案では、警察・検察に通知しない事例の中に、法的に問題がある事例が埋もれてしまう可能性があります。論理的に考えてそうではないでしょうか。

 このような矛盾を回避するためには、全例、警察・検察に通知するしかないのではないでしょうか。

 逆説的な表現になりますが、事故調の目的を、責任追及ということにすれば、論点がもっと明らかになるのではないかとさえ思っております。刑法学者の前田先生が座長をされておられることから、その方が、議論は早いかもしれません。ただし、その場合、厚生労働省の枠の中では、議論できないでしょうが。

 さらに、捜査という観点からみても、私共医師は、警察官と異なり、捜査の手法について、全く教育を受けておりません。そのような医師が、警察と同様の捜査、この場合は調査になりますが、それができるとは到底思えないのです。

 事故調における調査の方法についても、十分な検証が必要でありましょう。

 私自身は、法的判断や医学的判断のどちらを先にするということではなく、両方同時に、並行して行えるようなシステムの方が、公平性が保たれると考えております。

 法的には無茶苦茶かもしれませんが、警察・検察の中に、医学的な検討を行う組織を作った方が、スッキリするのではないでしょうか。これは、私個人の意見になりますが、、、。


3.医療事故調査報告書のあり方

 次に報告書自体の問題であります。

 医療側は、福島県立大野病院事件で、警察・検察を非難します。しかしながら、それが本当に正しい批判なのでしょうか。この事件は、もとはと言えば、医師が作成した福島県の事故調査報告書から始まっております。今回作ろうとしている事故調と同じように、医療側の判断が先になされているのです。警察・検察は、それを用いて立件したと言えます。さらには、ある医師が書いた鑑定書に沿って、検察側は裁判を行っております。警察・検察側は、現在、多くを語っておりませんが、本音としては、医療側に言いたいことが山ほどあるのではないでしょうか。

 医療側は、警察・検察を非難しますが、私共はその意見には乗りません。

 世間では、医師と警察・検察の対立構造という見方がありますが、そうではなく、本質的な問題は、医療事故の調査報告書のあり方の問題であり、さらには、その報告書や鑑定書を作った医師の資質の問題と言えるのではないでしょうか。事故調を作って、本当に公正で中立な報告書を書けるのでしょうか。さらには、それが書ける資質を持った医師がどれほどいるのでしょうか。いくら、言葉で公
正・中立と言っても、本当に中立の立場の人がいるのでしょうか。

 いずれにせよ、中立的な立場に立った報告書の作成が、いかに難しいかを物語っております。

 報告書のあり方について、もっと多くの議論が必要と考えております。

 厚生労働省は、せっかく、死因究明のモデル事業を行ったのですから、このモデル事業についての評価を先に行うべきと考えております。事故調は、このモデル事業を発展させたものという位置づけでしょうから。

 このモデル事業の遂行にあたりましては、委員の方々の相当の努力があったと伺っております。報告書のあり方、医師の労力についての検討も必要でしょう。あるいは、取り扱える件数についても、この検討会の中で、数が増えた場合には、対応できないかもしれないという委員の発言があるくらいです。

 さらには、事故調の地方委員会・調査委員会の委員の選任の方法については、大綱案では明記されておりません。おそらく、大綱案に賛成する医療側は、自分たちの都合の良い委員を推薦してくるでしょうし、患者側は患者側で、自分たちの意見を代弁してくれる委員を推薦してくるでしょう。すなわち、両者とも賛成という立場ではありますが、同床異夢と言うべきでしょう。

 委員を選ぶ手続きについても、今から十分に検討しておかないと、委員会の立ち上げのところで、混乱が起きるのは明らかです。

 今回の事故調においては、警察・検察の方々が、オブザーバーとして参加されております。

 現状をみる限り、警察は医療事故以外の犯罪の捜査だけで手一杯であり、とても、医療事故の捜査まで、手が回らないというのが本音であり、事故調ができるのを静かに待っているところでしょう。

 検察側にしても、無罪判決が続いており、事故調が出来て、報告書が作られることは基本的に歓迎していることでしょう。文字通り、オブザーバーの立場で見ていることでしょう。ただし、検察側は、使えるものは使う、しかし、それに縛られるつもりは全くない、と考えていることと察します。事故調の報告書は、単に鑑定書の1つにすぎず、検察の判断はそれに拘束されるものでないことは明らかですから。

 さらには、患者側の弁護士にとっては、非常においしい話であり、反対する理由は全くありません。むしろ、歓迎していることでしょう。

 結局、事故調の設置に関して、もし、反対派が少数にみえるとしたら、このような理由なのではないでしょうか。

 さらには、 杏林大学の割り箸事件が立件されておりますが、その是非は別として、あの事件では、その患者を断った病院は複数あります。救急医療を専門とする私どもは、断った病院より受け入れた病院の方を評価しますが、現状は、受け入れた病院だけが、叩かれております。法は善意を考慮しないことは、その通りですが、事故調を作っても、これらの問題は解決しません。残念ながら、患者を診ない方が安全であるという医療側の認識は、救急医療の現場で浸透しております。本当に、これで国民は納得するのでしょうか。

 一方、これまでに行われた医療事故の刑事裁判においては、医療側も、警察・検察側も、そして、さらには、被害者のご遺族も、皆傷ついております。誰一人、満足しておりません。

 私自身、医療事故被害者の会の主催するシンポジウムにも参加させて頂きました。広尾病院の被害者の永井さんの話も伺いました。胸を打たれる思いがあります。

 医療側のみならず、警察・検察を含めて、自らの組織の立場だけを考えずに、もっともっと、踏み込んだ議論、そして、本音を語り、歩み寄って、より良き医療事故調査委員会ができることを望んでおります。

 あるシンポジウムで、ある国会議員の方が、事故調について、「医療側の8割、患者側の8割の人が賛成してくれる案でないと、うまく機能しないであろう」と言われております。正論と思います。


4.刑事事件と民事事件の分離

 本検討会においては、あまり語られていないことですが、民事事件との関係については、議論が不十分と考えております。

 大綱案によれば、この事故調の報告書が、民事訴訟に使われることは明らかです。国の原則的な立場は、民事不介入であるべきです。根本的に考え直すべきではないでしょうか。

 たとえば、同じ業務上過失が問われる交通事故の場合を考えます。警察は、捜査結果を被害者あるいはその家族に文書で知らせることはありません。交通事故の加害者がたとえ飲酒運転であったとしても、それを被害者側に文書で伝えることは原則としてありません。それ故、交通事故の場合、弁護士から弁護士法第23条によって、医療機関に対し、飲酒の有無を問い合わせてくるのです。 警察は、民事不介入の原則を貫いております。

 それに対して、医療事故の場合には、事故調が国あるいは行政の組織でありながら、最初から民事訴訟に使われる構造になっております。これは、論理的に整合性がありません。

 この検討会においては、「被害者のために」という名目で、被害者のご遺族に報告することが当然のように思われており、民事訴訟に使われるということについて検討もされないままですが、被害者のためにというなら、警察も交通事故や犯罪の被害者やそのご遺族に、捜査報告書を渡すべきでしょう。警察の捜査では、捜査資料は出さず、医療事故では、報告書を出すというのでは、論理が一貫していないのではないでしょうか。

 民事に利用される構造については、根本的に見直すことを要望致します。


5.今後の要望
(1)死因究明と責任の追求の分離
(2)医療における業務上過失致死罪の明確化
(3)医療事故調査報告書のあり方
(4)刑事事件と民事事件の分離、

 これらの解決のために、特に、法と医の対話の場を設けて頂きたい。

 その他にも、調査委員会の委員の選任の方法、モデル事業の検証、監察医制度・法医学など死因究明のためのインフラの整備など、多くの課題があります。また、その他の項目につきましても、平成20年度の厚生労働科学研究で検討されているということですから、その研究結果をみてから、再考されるべきものと考えております。

 さらには、この検討会だけでは、あまりにも時間が足りません。各々、検討が必要な項目毎に、分科会や作業部会(ワーキンググループ)などを作って、十分に検討する必要があると考えております。そのためには、わが国における行政、司法、立法といった大所高所からの検討が必須であり、その上で、今後、より良き事故調が作られますことを、強くお願い申し上げます。


 日本救急医学会としても、医療側に課せられた医療安全の構築という問題に対して、私ども自らの責任において、これらの課題に対して積極的に取り組む立場であることを明言しておきます。

 以上であります。

昔の同僚Aさんの死 

今日、二つのルートで、昔医局で一緒だった、小児科医Aさんの死を知った。二日前に長い闘病の末、悪性腫瘍で亡くなられたらしい。彼女は、地方の医学部を卒業後、すぐにこちらの大学の小児科医局に入局され、その後数年間、一緒に仕事をさせて頂いた。

優秀であるばかりでなく、とても鋭い感性を持った方だった。ご主人ともども、小児科医として、活躍なさっておられた。子育てなどでブランクはあったのだろうが、私の開業と前後して、二つ隣の町で開業されたようだった。ピアノを弾く彼女は、毎年年賀状に、何時か室内楽を一緒にしようと書いて送ってくださった。

2年前の夏、ようやくその機会ができ、あるホールを借りて、モーツァルトのピアノ四重奏曲1番を合わせたことがあった。しばらくぶりにお目にかかる彼女は、少しやつれていたようにも思ったが、少しはにかんだような微笑、華奢な佇まいは、昔と変わっていなかった。たわいもない話をし、そしてこの緊張感に溢れた曲を一緒に弾いて、楽しい時間を過ごした。またやろうねと言い交わして、お別れしたのが最後になってしまった。この前後で腰痛から悪性腫瘍の末期という診断を受け、自宅療養なさっていたようだ(この事実は全く知らなかった)。数ヶ月前には、自院を閉院されたと風の頼りに聞いていた。恐らく、仕事を続けることが出来なくなっての閉院だったのだろう。

まだ49歳・・・亡くなるにはあまりに早い・・・。

昨夜、寝るのが遅くなってしまったのだが、吉田秀和氏の評論集を読んでいて、シュトラウスの『四つの最後の歌』について彼が記した言葉がこころに残った。特に、通常最後に歌われる『夕映えのなかで』、それについて語る94歳のこの評論家の言葉が、こころに染み渡る。人生に疲れ、死を待望する気持ちを、流麗な旋律に載せて歌っている。この評論、音楽について読んだのは、全くの偶然だった。

恐らく、Aさんはもっと生きて、仕事をし、家族の成長を見守りたかったに違いない。そうした気持ちを持ちつつ、きっと病と戦い、そして和解していったのではなかっただろうか・・・。このシュトラウスの曲を聴きながら、彼女の冥福をこころから祈りたいと思った。





夕映えのなかで        
                            歌詞;アイヒェンドルフ

Wir sind durch Not und Freude
gegangen Hand in Hand;
Vom Wandern ruhen wir
nun überm stillen Land.

Rings sich die Täler neigen,
Es dunkelt schon die Luft,
zwei Lerchen nur noch steigen
nachträumend in den Duft.

Tritt her, und laß sie schwirren,
bald ist es Schlafenszeit,
daß wir uns nicht verirren
In dieser Einsamkeit.

O weiter, stiller Friede!
So tief im Abendrot.
Wie sind wir wandermüde
Ist dies etwa der Tod?

私たちは苦しみと喜びとのなかを
手に手を携えて歩んできた
いまさすらいをやめて
静かな土地に憩う

まわりには谷が迫り
もう空はたそがれている
ただ二羽のひばりが霞の中へと
なお夢見ながらのぼってゆく

こちらへおいで ひばりたちは歌わせておこう
間もなく眠りのときが来る
この孤独の中で
私たちがはぐれてしまうことがないように

おお はるかな 静かな平和よ!
こんなにも深く夕映えに包まれて
私たちはさすらいに疲れた
これが死というものなのだろうか?

医師強制配置論 

『医師不足』だから、『医師を強制配置せよ』という主張が、至るところからでてきている。

読売新聞

自治体病院協議会 辺見会長

NHK

日本医療政策機構 信友九州大学教授

その他、諸々・・・

右に倣えのこの主張、まさに戦時中の右に倣えのようだ

どこの誰がこの主張の元を発信し、情報操作しているのか、やがて明らかになってくることだろう。

で、この『医師の強制配置』で一番利益を得るのは誰か?

厚生労働省だ。『混合診療』への布石は、着実に打っている。混合診療が導入されると、地域医療は、これまで以上に厳しい状況になることが予想される。それで、『医師の強制配置』を準備するということになるのだろう。その際に、人事権や、監督権限は、厚生労働省が一手に引き受ける積りでいるのだろう。それは永続的で巨大な天下り先の確保なのだ。米国のように無法図な混合診療にはさせず、官僚の統制下にある、計画的な混合診療の出現だ。一方では、財務省・経済界に良い顔ができ、他方では、利権の大きな拡充が望める。彼等は、してやったりという表情を浮かべつつあるのだろう。

で、一番割りを食うのは、国民、特に地方に住む病人の方々だろう。それに、これから医師になる若い人々。

で・・・そう上手く行くのかな

HS6よ、さらば! 

HS6(写真左側)といっても、ご存じない方が多いかもしれない。ケンウッドから発売されていたヘッドフォーンのモデル名だ。通信用というか、要するにハイカットローカットの安価なヘッドフォーン。かれこれ20年近く、私の無線のお供をしてくれた。耳を守るクッションは、とっくのとうにちぎり取られ、裸のヘッドフォーンだったが、耳に負担は少なく、特にハイカットの特性からホワイトノイズで耳が疲れることが余り無かった。このヘッドフォーンのコードがどうも断線したらしく、時々片方しか聞こえなくなってしまった。そろそろお役ごめんの時期なのだろう。

早速、交代要員に選んだのは、一応オーディオ用のオーディオテクニカの製品。そんなに高級品ではない。密閉型ではなく、軽いところが気に入った。音は、HS6に比べると、ハイフィデリティなので、ノイズを受信機の側で切ることを考えなければならない。それに、コードが長すぎ、少し回りこんでいるような、低周波の音がキーイングに伴いしている。これも要チェックだ。

IMG_0822-1.jpg

週末 

昨日は、午前中の忙しい外来を終えてから、思い立って、次男に声をかけ、東京に出かけた。車で2時間弱かかる。御茶ノ水に駐車。息子は、卒論に使うための本を探しに、丸善、その後三省堂に。私は、中古CD屋に。御茶ノ水界隈は、学生時代から馴染みの街だ。本屋が減って、楽器屋と、食べ物屋・飲み屋が増えている。昔と比べること自体意味が無いが、学生と思われる人数が減っているようだ。

CD屋は、多くの客でごった返していた。メンデルスゾーンのピアノトリオのCDを探す。チョン兄弟の演奏と、スークトリオの演奏を手に入れた。息子のために、マーラーの5番、それにブルックナー9番(ヨッフムがドレスデンシュターツカペレを指揮した演奏のこのCDは、実に100円だった)を手に入れた。

メンデルスゾーンのこのピアノトリオは、学生時代から何度も演奏してきた。5年ほど前、信州で、大学時代の友人達と開いたオフ会というか演奏会では、N大学で教鞭をとっている後輩のM君と演奏した曲でもある。20年ぶり位にあった彼と、数年前まで室内楽の相手をお願いしていた信州在住のUさんと、学生時代と同じように弾いた。何と言う愉しさ・・・こころを開くことのできる友人と楽しむ室内楽は、本当に何ものにも代え難いものだと思った。そして、今度は別なメンバーとだが、この曲を演奏する機会ができた。音楽的には、まだまだなので、よく研究して、自己練習を積み重ねて、練習に臨むべく、複数の音源を手に入れたのだった。

手持ちの、現代のアンサンブルのメンバーによる演奏に比べて、チョン兄弟・スークトリオともに、少しゆっくり目の演奏。だが、こころに残るのは、後者二つ、特にスークトリオだ。スークトリオの演奏の録音は、弦楽器の近くにマイクを立てているようで、ピアノの音量が少し小さい。スークの良く伸びる、それでいて少し陰りのあるバイオリンが魅力的。フッフロのチェロ、パネンカのピアノも申し分なし。1楽章で、第一主題が再現するところなど、少し感傷的だが、それでも特にこころに訴えかける部分なのだが、チェロのフッフロは、思い入れたっぷりにアウフタクトを弾いて、主題を回想し始める。学生時代に、よく聴いた演奏が、彼等のものだったのかもしれない。琴線に響く演奏だ。

陽が落ち、寒風が吹きすさぶ御茶ノ水駅前で、息子と落ち合う。運動不足の息子も、駿河台下まで歩き、本を渉猟して疲れた様子。丸善に少しより、私は、吉田秀和氏の新しい評論集と、フォーレの生涯に合わせて彼の作品群を解説した本を入手。近くの喫茶店で疲れを少し癒して帰路に着いた。

途中で夕食をとり、仕事場に立ち寄った。息子は自分の車で帰宅。6回も吐いた1歳の子を診察した。点滴を実施。ふっくらした子で、点滴路確保に苦労する。サフロ針の針先の向きが、見えにくくなっているのを改めて自覚・・・こうした救急対応するのも、そろそろ引け際かな・・・。自宅には、午後9時過ぎに帰着。疲れていたが、無線機の灯を入れる。縦振れ電鍵を叩いていたら、Tom K5AXから、昔の電報を扱う技師みたいだとお褒めの言葉。彼も縦振れを見つけ出して、打ってみようかと思うと言っていた。その後、Nathan KO6Uが出現。クリスマス休暇を楽しんでいるらしい。TulareからLAエリアに来ている父上と、無線クラブのSwapミーティングに出かける由。ネットで手に入れてくれたMM3キーヤーを、いよいよ私に送ってくださる由。

今日も朝から何だかんだと仕事場につめていた。今、点滴中の喘息の子が帰ったら、店じまいして、自宅に戻ろう。夕方、陽が暮れる頃、全世界に無線が開けるかどうか・・・。

竹中氏、郵貯資金を米国へ投資せよと主張 

竹中平蔵氏が、今朝の「ニッポンの作り方」というテレビ番組で、日本郵政の資金(我々の郵便貯金)を、米国の金融機関の救済のために出資すべきだと、繰り返していた。同じ主張を、サブプライム危機が表立って出てくる前の今年4月にも同じ番組で行っていた。

中谷巌氏でさえ、小泉・竹中構造改革が誤りであったと認めたというのに、竹中平蔵氏は、国の富を、没落し始めている国の金融機関に引き続き渡せと言っている。郵政民営化をすることによって、郵便貯金は国の金ではなく純粋に民間の資金になったのだから、米国も受け入れやすい。だから、郵便貯金300兆円弱をすべて、米国の金融機関救済のために差し出せというのだ。米国では、ドルの通貨切り下げも議論されている。そうなると米国債の価値は大きく減る。これまで米国債を買い続けた日本郵政は、大損だ。米国の金融機関も引き続き潰れるところが出てくる気配だ。

竹中平蔵氏は、経済学者・元金融担当大臣としての責任は、一体どう考えているのだろうか。

マスメディアの行き詰まり 

米国マスメディア大手のTribuneが、経営破たんしたことは先日書いたが、朝日のみならず毎日・産経も、経営が大分厳しいらしい。

広告収入の減少が大きな引き金のようだが、ネットでの情報伝達が広く行われるようになり、マスメディアの胡散臭さが分かるようになって、購読者が離れていったことが根本的な理由なのではないだろうか。

マスメディアが、流すべきニュースを「選択」し、それに「特定の」コメントをつけて流すという報道の在り方には、常に何らかの「価値判断」や、「利害」が絡む。云わば、情報を操作し、世論を、特定の勢力に有利にしようとする、それが意識的であると、そうでないに関わらず、そうなのだ。

マスメディアの行き詰まりの要因は、米国一国支配のグローバリズムが、崩壊しつつあることとも関係しているのかもしれない。また、株主のために利益を上げることだけに遮二無二突き進む企業経営の手法が行き詰まっているためなのかもしれない。

社会の構成要素の内、大衆と権力者にだけ顔を向ければ良いということではないことが分からないと、マスメディアの再生はないのではないか。


以下、J Castニュースより引用~~~

毎日・産経が半期赤字転落 「新聞の危機」いよいよ表面化
2008/12/26

朝日新聞社の赤字決算が新聞業界に波紋を広げるなか、その流れが他の新聞社にも波及してきた。毎日新聞社と産経新聞社が相次いで半期の連結決算を発表したが、両社とも売り上げが大幅に落ち込み、営業赤字に転落していることが分かった。両社とも背景には広告の大幅な落ち込みがある。景気後退の影響で、さらに「右肩下がり」になるものとみられ、いよいよ、「新聞危機」が表面化してきた形だ。

「販売部数の低迷、広告収入の減少など引き続き多くの課題」

毎日新聞は、半期ベースで単体・連結ともに営業赤字を計上した 毎日新聞社は2008年12月25日、08年9月中間期(08年4月~9月)の連結決算を発表した。売上高は前年同期比4.2%減の1380億3100万円だったが、営業利益は、前年同期26億8300万円の黒字だったものが、9億1900万円の赤字に転落。純利益も、同12億5600万円の黒字が16億1900万円の赤字に転じている。

単体ベースで見ると、売上高は前年同期が734億2500万円だったものが、6.5%減の686億8400万円に減少。営業利益は同5億4100万円の黒字が25億8000万円の赤字に転じ、純利益は1億8900万円の赤字がさらに拡大し、20億7800万円の赤字と、約11倍に膨らんだ。

発表された報告書では、

「当社グループを取り巻く新聞業界は、若年層を中心として深刻な購買離れによる販売部数の低迷、広告収入の減少など引き続き多くの課題を抱えている」
とし、業績不振の原因として、販売部数と広告収入の落ち込みを挙げている。

毎日新聞社の常務取締役(営業・総合メディア担当)などを歴任し、「新聞社-破綻したビジネスモデル」などの著書があるジャーリストの河内孝さんは、

「『上期で赤字が出ても、下期で巻き返して通期では黒字にする』ということは、これまでにもあった」
と話す。ところが、今回は事情が違うといい、広告の大幅落ち込み傾向もあって、通期でも赤字が出る可能性が高いと予測している。河内さんは、

「仮に通期で赤字が出たとすれば、事実上倒産し、1977年に現在の『株式会社毎日新聞社』に改組されて以来、初めての事態なのでは」
と話している。

産経新聞も営業赤字に転落
産経新聞も08年12月19日に、08年9月中間期の連結決算を発表している。こちらも、毎日新聞と同様、不振ぶりが読み取れる。

子会社の「サンケイリビング」をフジテレビに売却した関係で、売上高は978億500万円から17.4%減の808億1900万円にまで落ち込んだ。9億2900万円の黒字だった営業損益は、4億3400万円の赤字に転落。特別損失として「事業再編損」16億8400万円が計上されており、純利益は前年同期では1億1700万円の黒字だったものが、19億8400万円の赤字となっている。

単体ベースでは、売上高は前年同期が588億1200万円だったものが539億4300万円に8.3%減少。営業利益は9億2700万円の黒字が10億7800万円の赤字に転落。一方、純利益は、特別利益として「関係会社株式売却益」39億100万円が計上されたことなどから、前年同期は2億2900億円の黒字だったものが、5億8300万円に倍増している。

同社の報告書では、業績不振の背景として、毎日新聞と同様、広告・販売収入の落ち込みを指摘している。また、同社は新聞社の中ではウェブサイトへの積極的な取り組みが目立つが、報告書でも

「(同社グループ)5サイトは月間合計8億ページビューを記録するなど順調に推移している。『MSN産経ニュース』は産経新聞グループの完全速報体制が構築されており、新聞社系のインターネットサイトの中でも特にユーザーの注目を集めている」
と、自信を見せている。一方で、ウェブサイトが同社の収益にどのように貢献したかについての記述は見あたらない。

スーパー周産期施設、単なるネーミング? 

東京都で、スーパー周産期施設として三つの医療機関を指定したようだ。受け入れを断らない、ことが売りらしい。スーパーマンのスーパーなのか・・・。

多胎や、早産児、母体合併症等々ハイリスクの分娩が行なわれるのだろう。母体のケアの面でも、充実した医療体制が求められるはずだ。

で、これの決定に際して、現場の医師の意見は吸い上げられたのだろうか。小児科だけを考えても、「受け入れを断らない」となると、夜間でも、新生児専門の医師が少なくとも二人は常駐する必要があるように思える。新生児専門医は少なく、さらに「受け入れを断らない」となると、その数少ない新生児専門医にかかるストレスはかなりのものになるように思える。

先日のNHKスペシャル「医療再生」で、医師が足りなくて、外の病院に派遣できないと話していたのは、このスパー周産期施設に選ばれた、昭和大学の小児科の教授ではなかったか。まさか、産婦人科の教授の一存で決めたことではないだろうとは思うのだが、昭和大学で「受け入れを断った」「断らざるを得ない状況で断った」場合にも、マスコミはここぞとばかりに、昭和大学を叩くことだろう。その際に、昭和大学の産婦人科教授は、現場の医師に責任を押し付けることはないだろうか。

一分娩当たり産科医に1万円を与える(何やら、国はその1/3しか出さないらしいが・・・)ことが決められようとしている。そんなことや、こうしたスーパー医療施設という名称換えだけすることが、産科医療の危機を救うことには全くつながらないと思うのだが、さて・・・。

この三つの医療機関の現場の医師から声は上がらないのだろうか。

墨東のような周産期医療センターの窮状は、そのままほうりっ放しらしい。


以下、引用~~~

スーパー周産期3病院を決定 東京都周産期医療協 受け入れ断らないセンター誕生へ
08/12/24
記事:Japan Medicine
提供:じほう


 東京都周産期医療協議会(会長=岡井崇・昭和大主任教授)が17日開かれ、母体救命対応の総合周産期母子医療センター(仮称)、いわゆるスーパー周産期施設として3病院を決めた。これらのスーパー周産期施設は、総合周産期母子医療センターとしての機能を果たすとともに、「妊産褥婦の救命対応」と「産科救急疾患(重症)」を“必ず受け入れる”医療機関で、昭和大病院、日本赤十字社医療センター、日本大板橋病院の3病院を指定することが了承された。

全都的搬送コーディネーターの配置も了承

 同協議会では、早ければ来年2月から実稼働に踏み切りたい意向だ。具体的な運用に向けた対象症例、搬送方法など運営ガイドラインが必要との観点から、作業部会を設置し、検討を始める計画だ。さらに、3病院以外の総合周産期母子医療センターなどは、スーパー周産期3病院を支援する形で、従来通り周産期救急に取り組むことも確認された。
岡井会長は、「開始後1年内に事業の必要性も含めた検証を行いたい」と語った。
  さらに、同協議会では、全都的な搬送コーディネーターの配置も了承し、作業部会を設置し、具体化に向けた検討を行うことが決まった。設置の場所については、東京消防庁指令室か周産期母子医療センター(都立病院等)を候補に挙げている。東京消防庁では、すでに協力を表明している。このほか、コーディネーターの職種、患者情報の伝達と判断基準の標準化、他県との連携、一般通報の取り扱いなどについて詰めていく予定だ。
  こうした議論を受け猪瀬直樹東京都副知事は、東京都の周産期医療体制PTのもとで現場の視察などを行い、患者、消費者の視点を入れた検討が必要と話し、今回のスーパー周産期の設定で少しずつ新たな周産期医療体制が見えてきたと一定の評価を示した。



NHKスペシャル番組、捏造の様子 

が、番組参加者からの証言で明らかにされている。NPO法人地域医療を育てる会さんのブログから引用;

(1)(2)(3)

ここまでして自らの筋書き通りに「討論」番組を作る、NHKの目的とは一体何なのだろうか。

他人の財布のなかまで覗きたくはないが、NHK職員の平均給与は、1500万円を超えているという話しだ。

彼等にとって、現在の社会・政治体制を維持することが、自らの優遇された生活基盤を維持することにつながるということなのだろうか。少なくとも、彼等は何らかの意図をもって、こうした番組を捏造し、世論を誘導しようとしていることは間違いない。

これはとても恐ろしいことだ。戦前のマスコミが、軍部の言うなりになっていったこととさほど変わらない。

この調子で行くと、教育にはすべて税金が使われているのだから、国民には、職業選択の自由はないことになる。

トヨタのツケ 

トヨタの次期決算が1500億円の赤字とかで、大騒ぎをしている。

しかし、前年度決算は2兆2000億円の黒字。過去数年間の内部留保は13兆円だそうだ。

1500億円は、その内部留保の1%ちょっとではないか。

非正規雇用労働者を、これだけの赤字で、すぐさま切るという経営判断は、短期的には正しいのかもしれないが、少し長いスパンで考えると、会社が損失を被らないことだけを考えるのは、車の購買可能人口を減らすことになり、自分で自分の首を絞めることになるような気もするのだが。

ただ、トヨタ経営陣は、ドルの実質的な切り下げまで考えているという米国の状況を考えると、足すくむ思いなのかもしれない。

それにしても、国内のことは二の次、輸出で儲けさえすれば良いという方針を貫いてきたツケなのだろうな・・・。

官僚の目指すもの 

昨日のNHKスペシャルが、あまりに凄まじい内容だったので、夜なかなか寝付けなかった。

官僚の目指す体制は;

1)人事権

大学医局も持っていた人事権を手中に収める、即ち、医師の専門選択・就業医療機関の選択の自由に制限を加え、それを官僚が掌握する。開業も官僚がコントロールする。

2)医療内容・診療報酬の完全なコントロール

オンラインレセプトを利用した診療内容の掌握とコントロール、さらにEBMに基づくガイドラインによる標準化医療という幻想の実現を目指す。

3)強制力

医療事故全般を扱う委員会を立ち上げ、強制力を持たせる。これは、医療機関の存続を左右する強大な権力を持つことになる。

4)「医療事故」への保障

産科医療保障制度と同様の制度を全科に広げることを目論んでいる。この掛け金は、官僚の天下り団体が取り扱い、莫大な利益の上がる構図になりそうだ(産科医療保障制度では毎年100億円以上の黒字になる)。



医療という極めて専門的な領域では、自律的な制度運営が最も望ましいのだが、官僚は、自らが招来せしめた「医療崩壊」に乗じて、自らの権益を確保しようとしている。社会保険庁の余剰人員を、上記の新しい制度のなかに吸収させようとしているとも言われている。

笑ってしまうのは、自らが医療を崩壊させてきたことを自覚しているがゆえに、問答無用に制度を作り上げることができないでいる。昨夜のNHKスペシャルのような御用番組を利用したり、各種の諮問会議に諮ったりして、自らの意図が表にでないように、巧妙に立ち回っている積りのようだ。

しかし、これらの制度が実現したときに生まれる、国民の痛みは、生半可なものではない。その痛みが怨嗟の声になって彼等にぶつけられることは必至だろう。現在の官僚のトップは、その頃には、天下り、甘い生活を享受していると多寡を括っているのだろうか。我々は、彼等の姦計を決して忘れることは無い。

Roger WB0CMZについて、再び 

12月5日に発生した大規模なsolar flareの影響は、15日に最大になり、その後は落ち着いてくるはずだが、そうでもないねぇと、昨夜、久しぶりに会ったBruce K6ZBが、嘆いていた。今夜も、凪のように静かな7メガだった。北米・ヨーロッパ・オセアニアに開いているが、オセアニア以外は強くない。

N5XZ Allenが、息を切らせるように・・・というか、起きだしたばかりというべきか・・・呼んで来てくれた。11月下旬に交通事故で急逝したRoger WB0CMZの友人とのことだった。Rogerとアラスカで知り合ってから、まだ9ヶ月しか経っていないが、CWを愛好することなどから親しくなったとのこと。アラスカで6週間仕事をし、その後3週間は、テキサスの自宅で過ごすという生活をしているようだ。Rogerが亡くなったときは、アラスカでの勤務中で、Rogerの葬式にも参列したらしい。その場で、私との付き合いまで披露された由。

Rogerの奥様に追悼の手紙を差し上げたいと思っていたのだが、彼女の住所・名前を失念していたので、Allenにそれを教えて下さるように依頼して、交信を終えた。

Allenとの交信を終えると、強力かつ端正な信号で、Vic W9RGBが呼んで来てくれた。インデアナ州では零下24度の極限の寒さらしい。私とAllenとの交信をread mailしていたとのこと。Rogerのことは初耳だったが、ネットで検索すると、彼のことを報じる記事が見つかったとのことで、後でメールでURLを送ってくれた。ここ

その記載によると、彼が、地域医療に邁進してきた優秀な小児科医であったことがよく分かる。今年、9月に既にリタイアし、その後NPOに所属して僻地に仕事をしに出かけたところで、悲劇に見舞われたらしい。以前にも記したが、仕事を辞めて疫学の研究に戻りたいという希望を持っていたのに、その希望は打ち砕かれてしまったことになる。

彼の死に対して、発すべき言葉が見出せないが、奥様とご家族には、お悔やみの手紙を記したいと思っている。

NHKスペシャル『医療再建』  

いやぁ、NHKも急進的というか、官僚のお先棒どころか、二回りくらい先を突っ走った番組を作るものだと、感心した。

医療の現状を確保する、否むしろ「より良く」するために(これが、幻想であることを誰も語らない)、医師、特に研修医の専門選択・就職の自由を大幅に制限し、開業医には、勤務医同様の労働をさせる、という結論は、途中からミエミエであった。そこに持ってゆくために、発言者の発言も予め決めた、演出バッチリの番組であった。

コスト・クオリティ・アクセスの三つが、同時に成立しない状況になっていることを、行政による医師の完全な支配で乗り切ろうとしている。ここまで医療を破壊してきた行政に、一体何が出来るというのだろうか。

医師の教育に莫大な税金が用いられているといった根拠のないデマ(これを、研修医に語らせていた)や、医療崩壊で有名な英国を含め外国の医療制度の都合の良いところだけを持ち上げて日本も同様に医師の専門・就業の自由に大きな制限を加える必要があるという結論先にありきの議論、そして開業医と勤務医を並列にして議論する愚・・・突っ込みどころ満載であった。

むしろ、厚生労働省の医政局長が、いつでも適切な医療を享受するためにはコストがかかるといった、「まっとうな」話をしていた。これも、消費税増税を援護射撃する発言なのだろうが・・・。

以前の医療問題に関するNHKの視聴者参加番組には、結論が準備されていない、議論の迫真性・真実味があったが、この番組は、発言者・発言内容も全員予め決められ、上記の方向に持ってゆくように仕向けられていたようだ。

共産主義国家・独裁国家のプロパガンダ番組を見ているような気分であった。

医療が崩壊することは既定のことなのだが、このプロパガンダ番組を、恰も視聴者参加討論番組であるかのように放映する、この放送局の有り様には、背筋の寒い思いがする。

Johnよりの返信 

季節の挨拶をお送りした、John 9V1VVからの返信の一節。格調の高い文章だ。そして、彼の理想主義にも感銘を覚える・・・理想主義というと、実現不能の思想のように思えるかもしれないが、こうした考えにパラダイムシフトをしなければ、格差の問題・国際紛争の問題などは乗り越えられないのではないだろうか。

以下、引用~~~

Regarding the medical profession in Japan - I am no expert - but
it seems to me that many countries in the so-called developed
world are suffering from the same problem of under-funding in
public health. Certainly the United States has not set a good example,
and more than half of their population are not covered adequately
by private health-care schemes. I find it difficult to understand how
such an apparently advanced society has such an under-developed
public health system.

Perhaps I could be accused of being a socialist, but it is my belief
that for any nation to claim to be "civilised" it shopuld embrace
the two ideals essential to a civilised state; free health and education
for all. If these two are acheived, the people can be truly free to
progress and realise their dreams.

Many would argue that this leads to high taxation, but high taxation is
not necsassarily unpopular. A recent poll undertaken by the BBC
found that Denmark was the "world's happiest nation", even though
tax levels are some of the highesat in the world. The Danes are free
from the stresses experienced by societies that have no affordable
health care and education.

And I could be accused of being a hopeless idealist when I say that
if even 25% of the money most countries spend on defense and we
aponry were diverted to heath and education, the insecurities and
stresses faced by our populations would disappear.

O君、臨床系教授になる 

大学の同窓会会報が送られてきた。大学が独立法人化されてから、官僚臭のあまりない、ちょっとした週刊誌風の小雑誌になっている。

その中に、とある大学の臨床系の教授になった、私の同級生O君の挨拶文が載っていた。もう20数年会っていないだろうか。雑誌に載った彼のポートレート、少し白髪が増えたようだが、昔とあまり変わらない風貌だ。ダスティン ホフマンを少しほっそりしたよう(笑。満面の笑みを浮かべていた。彼の挨拶に、「もう(教授になるのは)駄目かと思っていましたが、・・・先生のお力添えで・・・」教授になることが出来たという一節があった。昔から、正直で一本気の男だと思っていたが、本心をさらけ出すところは昔と変わっていないなと思った。

潰瘍性大腸炎の動物モデルを確立し、ある細菌が発症に関わっていることをつきとめ、それに対する治療方法を確立したということらしい。私が、母校に戻って試験管を振っていたころ、彼と廊下で行き会って、世間話を何度かしたが、そのころにきっと基礎的な研究をしていたのだろう。とっても切れ者というわけではなかったが、おおらかで、上記の通りの一本気な性格の彼には好感を持っていた。地道な努力もしていたのだろうと思う。大学教授になった友人は何人もいるが、彼の遅咲きの昇進(う~~ん、大学医局がどんどん力を失っている現在、大学スタッフへの昇進はおめでたくは無いのかもしれないが)には、こころ和むものがあった。何か他人事ならず嬉しいニュースだ。

退官まで、数年間しか残されていないだろうが、これまでの仕事の集大成をぜひしてもらいたいものだと心から思った。

「たらい回し事例」を開示せよ、と毎日新聞記者が主張している 

毎日新聞・記者の目の紹介とコメント・・・

記者の目:東京の妊婦死亡で医療界と行政に望む=清水健二

 「妻が死をもって浮き彫りにした問題を、力を合わせて改善してほしい」。脳出血を起こした36歳の妊婦が10月、東京都内の8病院に受け入れを断られた末に死亡した問題で、涙をこらえて気丈に語った夫(36)の姿が忘れられない。その言葉にどう応えればいいのか、厚生労働省の担当記者として自分なりに考えてきた。

この不幸なケースは、どのようにすれば救命しえたのか、または救命が困難だったのかは、医学的に検討すべきことである。ご家族のお気持ちは、真摯に受け止めるべきだが、それを医学的にそのまま受け入れることは困難な場合もある。

 いくつかの問題点と解決策は朝刊の連載「医療クライシス」(12月9日から3回、東京、大阪、中部本社版)で示したつもりだが、取材して強く感じるのは、産科救急医療の危機的状況が、現場の医療関係者以外に十分に伝わっていないことだ。不祥事を隠すな、という意味ではなく、再発防止策を皆で考えるために、一定の「受け入れ拒否」事案を報告・開示する制度の創設を求めたい。

受け入れ拒絶と言っている時点で、この記者は、的を外している。この記者が問題にする連携の問題があるとしても、それを開示し報道の対象にされることによって、医療機関は酷い扱いを受ける。結局、再発防止とは程遠いことになる。再発防止は、情報をすべて集めて、どこにエラーがあるのかを冷静に分析し、それに対して適切な対応をすることに尽きる。報道させろ、というのは、それを潰すことに他ならない。

 私は今回のケースに、現在の産科救急医療体制の限界を感じている。

 日本の乳児死亡率は1000人当たり2・6人(06年)と世界一低い。経済協力開発機構(OECD)加盟国中最低レベルの医師数でそれを成し遂げたのは、産科医同士が緊密な連携を取り、独自の救急ネットワークを作ってきた努力のたまものと言っていい。

この記事の文脈から言うと、乳児死亡率ではなく、妊産婦死亡率と、周産期死亡率とを挙げるべきだ。いずれにせよ、全体として見ると、これまでの産科・新生児医療は、世界の中でもトップクラスの成績を収めてきたことは、強調されるべきことだ。

 仕組みは地域で異なるが、東京では都内を8ブロックに分け、命の危険がある患者は各ブロックの総合周産期母子医療センターが受け入れ、無理な場合はセンターが別ブロックの病院を探す取り決めだった。「最後のとりで」の総合センターが受け入れを断ってもいいことになるが、「満床で無理に受け入れるより、空いている施設を使った方が安全」という考え方は、それなりの合理性がある。

 ただし、このネットワークは、医師や病院に余裕があってこそ成り立つ。リスクの高い低体重児が生まれる率は30年間で倍増したのに、産科医数は最近10年で1割以上減った。病床が満杯で受け入れ不能が多くなる一方、救急隊が受け入れ先を探す一般救急と違い、通常はかかりつけ医がいる産科の救急では基本的に医師個人が病院を探すため、産科は患者を診ながら病院探しもしなければならない。

 過酷な勤務で産科医が減り、残った産科医の負担がさらに増す悪循環。都内の総合センターは、母体搬送の5~7割を断っている状態だった。今回のような悲劇はいつでも起こり得た。

 問題の根本が、医師数の絶対的な不足にあるのは間違いない。だが、ネットワークが破綻(はたん)しないよう、できる工夫もある。開業医の活用、救急など他診療科との連携、搬送先を速やかに決めるための調整役の配置などだ。しかし、都も厚生労働省も、結果的に有効な手を打ってこなかった。

この文節の前までは、比較的まともなことを書いているが、「開業医の活用、救急など他診療科との連携、搬送先を速やかに決めるための調整役の配置」が実現しうるのか。また産科医・産科医療機関が減少しているのに、ハイリスク分娩が増えている現状を打開する策になるのか。何も根拠がない。開業医の「活用」とは、開業医を馬鹿にした言い方だ。開業医も自分の経営する施設で、診療をしている。それを強制動員しようというのか。自施設の患者は一体どうなるのか。自らの仕事場をほっぽリ出して、経営はどうしろと言うのか。

 その背景には、行政の認識と情報の不足があると思う。例えば医療事故は、厚労省所管の財団法人「日本医療機能評価機構」への報告が、大学病院などに義務付けられている。報告が少な過ぎるとの指摘もあるが、機構は事故情報を整理して医療機関に伝え、再発防止に役立てるという形はできている。

 だが、急患の受け入れを断ることは医療事故に当たらないため、行政にも機構にも情報は上がってこない。しかも、一般救急なら救急隊を持つ消防本部がある程度全体像を把握できるのに対し、医師個人が病院を探す産科救急では全体像が見えにくい。表面化するのは事例の一部に過ぎない。

 「急患受け入れ拒否」が報道されると、医療界の一部から「医療崩壊を助長する」といったメディア批判が必ず出る。それは筋違いだと思う。誰かに強引に責任を押しつけるような報道は慎むべきだが、報道がなければ関係者は危機感を共有できず、再発防止策も立てられないからだ。また、医療を受ける側に、地域の産科を守る自覚と配慮を促すためにも、現状を積極的に知らせる必要がある。

誰かに強引に責任を押しつけるような報道を行なってきたのは、どの社の誰であったのか。その結果、その地域の医療がどのようになったのかを、まずはマスコミ人として猛省してもらいたい。マスコミが報道する際には、「犯人探し」が行なわれる。不幸な事例では、情報をすべて出し、医学的な検討が加えられるべきなのだ。それによって、初めて、再発防止が可能であるのか、可能であるとしたら、どのような対応をすべきなのかが明らかになってくる。マスコミは、短絡的に「犯人探し」をすることによって、そうした対応を不可能にしてきた。むしろ、医療界は、そうした報道に接して、救急・産科医療から手を退かざるを得なくなってきた。

 厚労省は、受け入れ先が決まらなかった患者が死亡したり重い後遺症が残ったケースについて、医療機関に自治体への報告を義務付ける法整備や行政指導に乗り出すべきだ。「搬送に1時間以上」「拒否が5病院以上」のような線を引いても構わない。報告があった事案は、各都道府県に設けられている周産期医療協議会で検証し、結果を遺族や患者本人に伝える。国民にも匿名の形で開示するのが望ましい。

義務付け・法制化には、強制力となる罰則が伴う。それは、医療事故だけでなく、受け入れ不能事例の検討を不可能にすることに、この記者は気付いていない。とってつけたように、匿名の形で開示などと言っているが、要するに報道するネタを、この記者は欲しているだけなのではないか。

 都内のある救命救急センター長は、産科医療を「閉じた世界」と表現した。現場の産科医に任せるだけでは、今後、ネットワークの維持はますます難しくなる。体制立て直しの第一歩として、行政と医療界全体で情報の共有化を進めてほしい。(東京社会部)

このセンター長の元発言を知らないが、この記者の文脈での発言ではないだろう。産科医療は、他の救急医療では置き換えられないという意味なのではないか。医療機関同士の情報共有は必要かもしれないが、それで問題が解決するというのは余りに楽観的すぎる。

結局、この記者は、マスコミの言う「たらい回し」事例をさっさと公表しろと主張しているだけに過ぎない。マスコミ報道が、医療を破壊してきた歴史をまずは真摯に反省するところから始めてもらいたい。

兵庫県が、住基ネットを目的外使用する 

住民基本台帳ネットワークは、本来、行政手続きでの本人確認を迅速に行うためのものである。しかし、兵庫県は、結核・がん患者の所在確認にこのシステムを利用することにした。

結核患者の居所を追跡して、感染拡大を防ぐとあるが、結核は空気感染であり、排菌をしている活動性結核の場合、そのようなことでは防げない。むしろ、結核検診や結核医療の充実こそが必要なのではないか。さらに、がん患者の所在を追跡して、一体何を予防するというのだろうか。がんの種類別患者数とその居住地を把握することが、がんの予防にどのようにつながるのだろうか。

住基ネットが壮大な無駄遣いだといわれている。この施策は、そうした批判をかわす狙いで行われているのではないか。また、これまで住基ネットによって、プライバシーの侵害はなかったと言われているが、今後もそうであり続ける保証は一切無い。もし、情報漏えいが起きた場合、一体どのように行政はするのだろうか。

それに、こうした疾病情報は、保険資本がもっとも利用したがっている情報のはず。これから、際限なく、目的外使用を認めることは、国民の利益にはならない。厳しく監視する必要がある。


以下、引用~~~

住基ネット利用条例可決 患者追跡に兵庫県 (1)
08/12/16
記事:共同通信社
提供:共同通信社


 結核やがん患者らの所在確認のために住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)を利用できるようにする兵庫県の条例改正案が16日、県議会で可決された。

 総務省は「こうした利用法は全国初ではないか」としている。近く施行される予定。

 条例改正案をめぐっては、住基ネットの運用差し止めなどを求め訴訟を起こした市民団体「兵庫住基ネット訴訟団」が「公益性や必要性があるか疑問」として県に質問状を提出。県医師会も「最もデリケートな疾病管理にかかるもので納得できない」と慎重な対応を求める陳情を県議会に出した。

 県議会の委員会でも「あまりにも拙速」と反対する声が上がったが「住所の確認に限定されている」などとして賛成する意見が多数を占めた。一方で賛成派からも「今後さらに利用拡大する場合は事前に議会や関係団体と協議を行うよう強く希望する」との声が出た。

 県は、結核患者や元患者については感染拡大を防ぐため転居先の追跡が必要と住基ネット利用の理由を説明。がん患者に関しては、県内の患者数とがんの種別などを把握し、予防対策に生かすためとしている。

 現在は市町で住民票を閲覧するなどして転居先を調べている。

自治体病院共済会は、自治体病院長の天下り団体 

自治体病院共済会という株式会社があるそうだ。全国の自治体病院1000施設以上を会員として、医療機器の販売・斡旋・リース等を業務とする、株式会社である。

その会社のサイトを見ると、自治体病院の院長経験者、さらに全国自治体病院協議会の会長経験者が、この株式会社の幹部として複数加わっている。調べが及ばないが、当然のことながら、天下り官僚も含まれているに違いない。

天下りは中央省庁だけでなく、こうして地方自治体の医療機関の長も行っている。恐らく、この会社は、医療機器の自治体病院への納入には大きな権益を確保しているのだろう。元の長が幹部をしている会社の売り込みに対して、医療機関は否とは言えまい。競争入札も恐らく有名無実になっているのではなかろうか。

さらに、既述の通り、元全国自治体病院協議会の会長が、理事の一人になっており、その方は、会長当時医師の僻地勤務義務化を提言した方だ。また、つい最近も、この同協議会の現会長が同様のお願いを、自民党に対して行っている。

こうした構図は、どうみてもモラル欠如ではないだろうか。

An orbituary for Jun JA7SSB 

FOCの雑誌編集者からの求めに応じて、今月2日に急逝されたJun JA7SSB氏の追悼文を記した。当初、個人的に深いお付き合いをさせて頂いたとは言いがたいOTでいらっしゃったので、辞退申し上げたのだが、FOC内には他に追悼文を記せる方もいないかと思い、拙い文章ではあるが、下記の通り記した。Atsuさんから、彼の生涯についての情報を頂いた。このブログは英文用になっていないので、上手く改行されていないが、ご容赦いただきたい。

以下、追悼文~~~

Jun was born in China in 1931. When the WWII was over, he came back to Kyoto in Japan with his family, where he was first licensed as JA3CKI in 1955. I used to hear he had been active as a SWL some years before that. He was a real pioneer in the resurrection of ham radio in Japan after WWII. His new own business has brought him up to Fukushima. He got a new call JA7SSB there.

He has been quite active in various aspects of amateur ham radio. He has published a number of articles on reviews of new equipments or on technical issues in various journals here. DXing and contesting were also his interests. He has been translating DX news from overseas into Japanese and has published them on a web site. Later, he has enjoyed leisurely chats on CW with friends all over the world. I should add his contribution to the new comers. He said he had been keeping a net for CW practice for 12 years. It has been held twice a week on VHF for the new comers in the area. He might have shed good seeds who would be good CW operators in the future.

Personally, I have become acquainted with him around 1990 a few years after I had entered the club. He was so experienced in radio communication technology and had ample knowledge of radio equipment. He won’t, however, show off them to me at all but behaved like a real old friend. I am sure he has been doing the same way to the new comers or his friends there. A few years later, he was approved to be a member of the club. Some of you might have heard him on CW with not necessarily fast but steady keying in morning or in evening.

His death came all of sudden due to a heart attack on Dec 2 2008. He has written and published a column in the local club web site on the very same day. In its last part, he said, despite of the confusion in the world, he won’t despair. Enduring the present situation, he would make effort to live better reflecting own mind and would look for a new world.

We are saddened to know we won’t hear his signal again. This great experienced ham who has always run ahead of us in various fields of ham radio will be missed by all of us.

朝、母に挨拶する 

MSUさんの昨夜のコメントに促されて、今朝、出勤前に母親が眠る「離れ」に足を運んだ。狭いリビングダイニングの暖房をオンにし、寝室に行く。彼女は、少し口を開けて熟睡中だった。

声をかけると、目を開くが、誰だかしばらく分からない様子。数秒して、私であることに気づいた。その時の笑顔は、肉親としての贔屓目もあるのだろうが、文字通り光り輝いている。大げさな言い方をすれば、93歳の老女なのだが、天国的な美しい笑顔なのだ。「今日は、**に行くの?」と、自分の予定を確認する。「そうだよ。」と言って、みかんを一つ手渡し、もうすぐ朝飯だからと言って、「離れ」を後にした。

最近は、朝ごはんの準備を家人に頼りっ放し・・・。

母はもうすぐ94歳の誕生日を迎える。

景気対策は有効なのか? 

麻生さんの景気対策、ニュースで聞きかじったところでは、我々に関係が直接ありそうなのは、住宅・車取得の際の減税だけの様子。

住宅や車を買う人々にしか減税の有り難味がない。それに、そうした大きな買い物をするには、まずローンを組むことになる。とすると、この減税は、結局、住宅・車を作る企業と、ローンを扱う金融機関への優遇策という色彩が強い。

さて、これでどの程度の景気対策になるのか。財政出動して、国の借金だけ膨らむ、または新たなバブルの引き金になるのではないか。

セーフティネットを拡充しなければ、国内内需など増加するはずがない。さらに、既存の企業権益を守るだけの、政財官癒着体質に基づく景気刺激策では意味が無い。世界を主導するような新技術を開発する人材の教育育成、さらにそれを世界基準にするだけの政治的な力量が求められているはずだが・・・現政権では、無理そうだ。

米国の医療制度 再び 

Angelo KB5GXDと、今夜7メガで交信した。75歳。6年前に退職したミズーリ在住の精神科医。出身はフィリッピンで、この47年間、米国で生活しているとのこと。母国の医学部を出て、初期研修を終えてすぐに米国に移住されたのだろう。

米国の精神科医療に関心のあった私は、貧しい人々が精神科医療を受けられるのか、二度ほど尋ねたが、彼は、医学的に必要な治療を行なった、経済的な理由で差別はしなかったと答えた。少し失礼な尋ね方になってしまったかと思ったが、精神科を受診できるかどうかで、患者が既に篩にかけられている可能性が高い。

米国の健康保険の主体は、HMOという民間保険会社の提供するもので、それは一種の出来高払いであり、また医療提供前に医師はHMOの承諾を得る必要が多いらしい。さらに無保険者が、うなぎのぼりに増えているようだ。こうした制度は、「医療費削減」をしようとする米国政府と、医療で利潤を得ようとする民間資本が作り上げてきたものである。

その医療制度の生み出したものは、繰り返し述べてきたが、このニュースにも記述されている。ここ。

米国の刑務所収容人口は200万人、その10数%が、精神科疾患に侵された方々だそうだ。さらに、ホームレズにも精神科疾患に侵された方々が多いと報告されている。

さて、これも繰り返しこのブログで申し上げてきたところだが、わが国の政府と財界は、医療を米国化する、医療を「効率化」という名目で市場化し、経済界の利潤追及の草刈場にする積りだ。米国の医療が、日本の医療の未来像なのだ。

後期高齢者医療制度が法制化され実施に移される前に、医療現場から、この制度への危惧の声が出ていた。このブログでも何度か取り上げた。しかし、この制度の問題が世間で取り上げられたのは、制度が実施されてからである。この制度も、本来医療費がかかる高齢者を対象にした健康保険制度であり、破綻するか、医療内容が限りなく窮乏化されることが今から見えている。勿論、官僚と政治家の目論みは、医療内容の限りない窮乏化だ。

この後期高齢者医療制度と同様に、医療制度自体の市場化も、実際、現実のものとなってからでないと、国民全体にその痛みが理解されないのだろう。この先、2,3年以内に、医療の市場化が進んだ時に、国民が痛みを訴えても遅いのだ。・・・しかし、現状では、どうしようもないように思える。もう、その方向に歩み始めているのだから。

Angeloには失礼なことを尋ねてしまったが、またお会いして、今までの精神科医としての歩みについて、もっと聞いてみたいものだと思った。

トリビューンの破産 

米国の大手マスメディア会社が、倒産した。ニュースは、ここ

不況により広告収入が減少したためとされているが、その負債の大きさからすると、構造的な不採算が長年続いてきたのではないだろうか。

最近、日本のマスコミが、財界にとりわけ「気を使った」報道をしている様子が目に付く。その良い例が、最近の労働者の解雇についての報道振りだ。トヨタの奥田さんが、厚生労働省批判をするマスコミは広告を出さないと言ったことも、少し話題になったが、放送の自律をこれだけ侵す発言に対して、マスコミは全くの弱腰だった。

しかし、マスコミは、政財界の顔色だけを見ていて良いのだろうか。

毎日テレビ番組に流されているのは、一部の例外を除いて、宴会みたいなドンちゃん騒ぎと、下らぬ駄洒落ばかりだ。こうした番組を作り続ける製作者は精神状態が異様に昂揚し続けているのではないかと、以前から考えている。いずれにせよ、こんな番組は飽きられる。誰も見なくなる。

一方、報道番組も、ニュースの選択の仕方、さらにそれへのコメントに、特定のバイアスがかかっていることが多いことが、よく知られるようになってきた。ネットの情報も玉石混交だが、少なくとも自分の仕事などに関わる問題については、そのバイアスのかかり方が、自らの経験・知識とネット情報に基き手に取るように分かる。報道番組・新聞報道共に、我々は距離を置いて接するようになってきている。いい加減な報道を一旦でもすれば、信頼性は地に落ちる。

こうした現状で、マスコミは、視聴者から飽きられ、信頼性を失いかけている。この事実に目をむけず、広告収入を確保したいがために、政財界にだけ顔を向けていれば、トリビューンと同じ運命を辿るマスコミがぞろぞろ出てくるに違いない。

キーイングは声・・・。 

今朝も14038ネットを覗いてみた。Don W7HCHがチェアーマンで、W7NTとJoe W7QNが、ラグチューをしていた・・・と言いたいところだが、後二者は互いにスキップしている様子。大分冷え込んでいる様子で、水道配管を防寒処置するといった話題を話しておられた。DonがJohn N7AVXを呼びかけたが、応答なし。そこでネットが早々に終りになった。

私は仕事場に出かける時間が迫っていたが、ブレークをDonにかけた。彼等の年齢を尋ねた。John、Joe、それにDonは、各々88、87さらに86歳とのことだった。凄いOTネットである。アリューシャン列島で仕事をしていたのは、戦争中(WWII中)だったのだから、当然のことか。

N7AVXとは、1981年に初めての交信をしていることが、記録を見て分かった。先日、彼のバグキーを聴いた時に、以前に耳にしたことがあると微かな記憶があったのだが、この記録を見て、1980年代前半にしばしば彼と交信していたことをまざまざと思い出した。流したようなゆっくりとしたキーイングだ。このことをDonに申し上げて、くれぐれもよろしくと伝えてくださるようにお願いした。キーイングとは、CWマンにとって、声のようなものなのだ。

キーイングといえば、この2,3日、Nathanが中古のMM3キーヤーを手に入れて送ってくれる手はずになった。現用のMM3キーヤーは、1990年前後に手に入れたもので、一応動作するのだが、時々ハングアップしてしまう。他のキーヤーは気に入ったものがなく、MM3の中古品で入手できないかと常々考えていたのだ。Nathanが、ネットで検索し、お買い得の中古品を見つけ出してくれた、というわけだ。彼から、何故MM3がそれほど気に入っているのか、尋ねられ、返答に窮した。キーイングが気に入っているから、ということなのだが、どのような点を気に入っているのか、それ以上の説明は難しい。美しいキーイング、整っているキーイング・・・なんとも無味乾燥な形容になってしまう。カツミのEK160のキーイングも気に入っていたのだが、いつの間にかカツミという会社自体がなくなってしまった様子だ。Nathanが手に入れてくれたMM3キーヤーは、一生ものの宝物になる予定だ。

医療危機を報じる前に 

毎日新聞の記者の方へ・・・下記の記事を書く前に、奈良の大淀病院産婦人科での妊婦死亡事例の報道を先ずは総括して頂きたい。

いかに正しい報道をしようが、あの事件の貴社の報道を総括し、反省して頂かなければ、すべて空しい。

貴社の報道が、産科医療に壊滅的な打撃を与えたことをまずは反省して欲しい。

これまで繰り返してきたが、何も変わらない。下記の記事は、時流に乗っただけの空虚な記事であるとしか読めない。



以下、引用~~~



産科救急 医療クライシス 妊婦死亡が問うもの/下
08/12/11
記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社


医療クライシス:妊婦死亡が問うもの/下 産科救急


 ◇深刻、NICU不足

 体重約1500グラム。細心の注意を払った帝王切開手術が無事終わり、赤ちゃんは元気な産声を上げた。06年8月、青森県立中央病院(青森市)の総合周産期母子医療センター。母親は約1カ月前、肺の動脈に血栓が詰まる肺塞栓(そくせん)症を発症し、約40キロ離れた弘前大病院(弘前市)に救急搬送されて緊急手術を受けたばかりだった。

 弘前大病院は総合周産期センターではなく、NICU(新生児集中治療室)はない。それでも運んだのは、重い脳や心臓の病気の妊婦に対応する病院を決めていたからだ。県立中央病院の佐藤秀平センター長は「母体救命には産科以外の診療科との連携が不可欠」と話す。脳出血になった妊婦の救急搬送を巡る問題が相次いだ東京では、なぜ救急で受け入れなかったのか。

 日本の周産期医療は開業医から総合周産期センターまで、産科の連携で対応する。厚生労働省はセンター指定要件に救急部門設置を求めず、分娩(ぶんべん)に力点を置いてきた。厚労省母子保健課は「産科以外の病気による母体救急はまれ」と説明する。だが、最近の研究で、分娩と関係ない「間接死亡」が妊婦死亡のかなりの割合を占めることが分かってきた。

 国立循環器病センターの池田智明・周産期治療部長らの研究グループは、米国の統計手法に従うと、日本の05年の妊産婦死亡数は84人で、脳出血などの間接死亡が41%に上るとのデータをまとめた。日本産婦人科医会も04年分を分析、間接死亡率を38%と推計した。池田部長は「脳疾患などの母体の救命は、日本の周産期医療ではほとんど注目されず、具体的な対策が少なかった」と指摘する。

 都周産期医療協議会は11月28日、都内9カ所の総合周産期センターのうち3-4カ所を「スーパー総合周産期母子医療センター」(仮称)とし、重症妊婦の搬送をすべて受け入れる方針を決めた。ただ、都の調査では、総合周産期センターが妊婦を受け入れられなかったケースの理由は「NICU満床」が約9割に上り、「スーパー総合」が機能するか懐疑的な声も上がる。

 産科救急が苦境にある大きな原因はNICU不足だが、全国で約1000床足りないとの推計もあり、国が医師数や医療費の抑制策を抜本的に改めない限り劇的な改善は難しい。協議会会長代理の楠田聡・東京女子医大教授は「スーパー総合は、NICUの負担増無しには動かない。根本的な解決はNICUが増えることだが、それまでは今まで同様耐えるしかない」と話す。

 当面は各地の取り組みの知恵を共有し、行政も支援して苦境に対応するしかない。だが綱渡りをいつまでも続けられる保証はない。

  ×   ×

 この連載は、須山勉、清水健二、河内敏康が担当しました。


市場原理主義を支持した覚えはない 

大企業による正規・非正規を問わない被雇用者の首切りが横行し始めている。

2000年前後から、労働分配率は低下し始め、輸出企業を中心とする大企業は、膨大な内部留保を蓄えてきた。経済財政諮問会議の決めた「規制緩和」という名の非正規雇用の拡大、さらに、輸出企業への利益供与の体制が出来たためだ。

が、ここで米国発の金融危機が、実体経済に悪影響を及ぼすことがはっきりし始めると、そうした企業は我先に首切りをし始めたのだ。

これが、内需で国内経済を活性化しなければならないはずの経済活動に悪影響を及ぼすことは必至だ。それに、熟練労働者を減少させ、日本の企業の競争力を削ぐことになる。

こうした論議はマスコミの一部でも行なわれている・・・が、それが主要な論調にはなっていない。民放、それに某国有放送も、何かしら歯切れが悪い。この不況だから致し方ない・・・といった論調の議論が目立つ。マスコミが、国民の立場に立っているのかどうか、よく分かる試金石だ。

トヨタは、13兆円の内部留保を溜め込んでいるらしい。この金をバックに、厚生労働省官僚への批判を許さないとトヨタの奥田さんが鼻息荒くのたまうことはよく理解できる。が、それではおかしいではないか。こんな経済体制を作り上げた経済財政諮問会議の面々は、我々が選挙で選んだわけではない。企業が利潤を上げるのは、当然のことだが、そこで働く人々をいとも簡単に切り捨てる、市場原理主義は、要らない。