この違いは一体何なのだ? 

福島県警の警察官が、捜査のため宿泊していたホテルで、酔った上、女性の下着を泥棒し、書類送検された

当該警察官は、懲戒処分を受け、辞職した(当然、退職金を受け取っての退職だ)。検察は、起訴猶予処分にした。報道のまとめは、こちら

一方・・・

4年前、福島県大野病院の産婦人科で仕事をしていた医師は、1年以上前の、妊婦死亡事故の責任を、県当局から負わされ、証拠隠滅や逃亡の恐れが全く無いのに、逮捕され、起訴された。その後、この医師の逮捕に「尽力」したとして、富岡警察署は県警本部長賞を与えられた。福島地裁は、この医師を無罪とし、検察は上告を断念し、無罪が確定した。

この扱いの違いは、一体何なのだろうか

英語の勉強 

医師になりたての頃、それに研究らしきことをしていた時には、英語の論文や文献、著作に当たることは、日常茶飯事のことで、むしろ楽しみなことでもあった。見知らぬ症例や、難しい症例に当たると、図書館に行き、該当する論文を探し出して読み、最新の知見を得るのを常としていた。基礎の教室に在籍していた時には、免疫応答や、HLAによる拘束の問題など先進の知見について論文で漁るのを楽しみにしていた。知識の水平が広がってゆくのを実感した。

ところが、最近、お恥ずかしいことだが、英語に接する機会が、医療・医学の面ではめっきり減ってしまった。もっと英語のテキストやら、原著論文に当たれば良いのだろうが、老眼、それに目の疲れやすさで、そうもなかなか行かない。大体英語の辞書の文字は何故あのように小さいフォントなのだろう。

以前にも記したが、英語に接するのは、無線を介してということが圧倒的に多くなってきた。CWという通信モードは、読み書きに通じるものであることも以前に記したが、CWの交信で知らない単語、気の効いた表現等に出会うと、ログにメモをしておき、交信中、または交信終了後に調べるようにしている。

過日、Atsuさんのブログで取り上げられていた、flea marketの発音の問題、当然Atsuさんの主張通り、フリーマーケットと発音するものと思った。が、ネットで検索すると、確かにフレアマーケットと発音するのだとの説を述べる方もいらっしゃる。

先日、フロリダを走行中のN4VA/Mと14メガで交信した際に、信号があまり強くなくて、通じるかなと思いつつ、flea marketの発音について尋ねた。flea marketにおけるfleaの発音は、fleeなのか fle a(eとaの間にスペースを入れた)なのか、と尋ねた。すると、QSBで激しく上下する信号で、彼はflee fleeと絶叫するようにCWを叩いて来た。きっと、街中を車で走行中に、遠く極東に住む私から、英語の発音を尋ねられるとは思っていなかったのだろう。その返答振りに思わず微笑んでしまった。 

知的な活動レベルでは、少し低下してしまったかもしれないが、これが年齢相応なのかもしれない。しかし、まだまだ頭を鍛えるために、そして医学的な知識をアップデートするために、ネット、特にPub Medといったツールを使って、勉強し続けなければと自分に言い聞かせている。そして、無線で楽しみながら、英語を勉強してゆこう。

研修医の強制配置は間違っている 

亀田総合病院は、千葉の外房地域という田舎にありながら、全国有数の規模の医療機関
であり、数多くの研修医を集めている。その病院の院長が、変更されようとしている臨床研
修制度について、意見を述べている。

臨床研修制度によって医師不足が生じた、だからそれを変更し、地方と大学に研修医を
強制的に配置しようという、今回の変更策は、問題を全く解決しないように思える。

医師不足の問題と、良い臨床医を育てるための研修制度の問題を直接リンクさせることは
間違いだ。医師不足に対しては、これまでの医療政策全体を見直すべきだ
研修制度は研修医に臨床経験を十分積ませるに足る症例数、それを支える設備と指導者をいかに整えるかということがポイントになる。研修制度を手直しし、研修医を地方に強制的に配置することでは、医師不足を解決することは出来ない


以下、MRICより引用~~~


■□ 臨床研修制度検討会の提言を受けて □■

                       亀田総合病院長
                       亀田信介

 地域の医師不足問題を受け、厚生労働、文部科学両省の臨床研修制度のあり方
等に関する検討会が提言案を発表したが、本当に地域医療崩壊や医師不足問題の
解決に繋がるのであろうか?

 そもそも、臨床研修制度は質の高い医師を育成するために始められた制度であ
り、議論の根本がすり替わってしまっている。当院は人口37000人の過疎地に立
地しているが、卒後研修の必修化がスタートする遙か前から、臨床研修病院とし
てスーパーローテーション方式による研修プログラムを行っており、多くの研修
医が集まってきていた。

 臨床研修の必修化は、まだ始まったばかりであり、改善すべき問題点は多々存
在する。しかし、医師不足の原因となっているかと言えば、スタート時の2年間
はある程度影響があったと思われるが、既に5年が経過している現在ではほとん
ど関係ない
と言わざるを得ない。医師不足の最も大きな原因は、高齢者人口の急
激な増加と医療の高度化、医療安全や質に対する国民意識の変化等による医療ニー
ズの増大にある。つまり当然予見し得たこれらの問題に対し、医療費削減政策を
とり続け、1985年以来医学部の定員を減らし続けてきた政策ミスこそが根本的な
原因である
ことは明かである。

 その付けを、臨床研修医に持って行くのは、あまりにも理不尽と言わざるを得
ない。

 今回の提言では、総定員枠の削減と、都道府県ごとの定員設定、更に都道府県
内の研修指定病院の定員削減による大学への研修医のシフトを行おうと考えてい
る。つまり研修医の強制配置を行おうとしているわけであるが、このような方法
論で地域医療の崩壊や医師不足が少しでも改善されるのであればまだしも、更に
悪化する
と考えられる。

 そもそも初期研修医を単純に労働力と考えることが間違いである。勿論、しっ
かりした環境があれば、ある程度医師としての働きは出来る。しかし、屋根瓦方
式のような教育システムや指導医が整っていなければ、教育のために必要な労力
は非常に大きくなるであろう。そもそも臨床に追いまくられ疲弊している指導医
に、更なる負荷がかかり、しかも満足な教育も出来ない
。一方アンマッチによっ
強制的に配置された研修医は、モチベーションも上がらず、研修に対する不満
も募り、多くが初期研修を終えた段階で去って行き
、地域の労働力としては殆ど
機能しない可能性が高い。そして、最も手の掛かる2年間の面倒を見た指導医も、
教育に対するモチベーションは下がり、疲れ果て去って行く
という悪循環を作り
出す危険性が大きいのではないだろうか。

 地域で欲しい医師は一人前の医師であり研修医ではない。将来にわたって地域
の医療を支えられる医師を育てるためには、初期研修及び後期研修における教育
が重要である。後期研修は専門医教育であり、その為には、症例や手技の数や種
類が十分経験されなければならない。つまり、後期研修に於いて専門家がこれら
を考慮すれば、各科の患者数に見合った医師数しか育成することは出来ず、地域
的にも人口、つまり症例数に対応したプログラム定員になるはずである。しかも、
この様なプログラムこそが専門医研修には求められている。

 日本の医師卒後研修システムは、非常に未熟であり、これから構築していくよ
うな段階である。当然のことであるが、良い医師を育てることと、地域医療を向
上させることは矛盾するものではなく、同時に達成できる
はずである。短絡的に
狭い視野と低い視点で考えるのではなく、もう少し広い視野と高い視点で考える
べきであろう。
以下、私の意見を述べる。


1.初期研修について

イ.厚生労働省の規定している必要要件は、あまりにも細かすぎる。各病院の創
意工夫を促し、研修医や指導医からの評価によるカリキュラムの改善や、ベンチ
マーク手法による卒後研修の底上げを狙うべきであり、その為にプログラムの弾
力性を認める。

ロ.臨床研修病院の認定要件を明確化し、公正、厳格な評価により研修の質を保
障する


ハ.初期研修に於ける各病院の募集定員は、行政側から厳格に規定するのではな
く、研修医の評価を重視する。当然多すぎる定員は研修医からの評価を落とすこ
とになる。マッチ率が低いプログラムは自動的に定員を減らし、応募者がある期
間無ければ認定を取り消す。公正、厳格な評価により新たに認定を受けた医療機
関の参入は推奨され、結果として適正な自然淘汰と自助努力を喚起する。

ニ.初期研修において、意図的に定員を削減することは、貴重な研修資源を十分
活用出来なくなる可能性があり、更に適正な競争原理による自助努力のインセン
ティブが減り
、日本全体としては医療の質の低下に繋がるおそれがある。

ホ.初期研修医の強制配置は、前述の如く地域における医師不足解消には繋がら
ない。


2.後期研修について

イ.施設を認定するのではなく、プログラムを認定する。つまり、行政側から規
定するのではなく、各地域の実情に合わせ、1施設でも多施設を活用しても自由
であり、専門家同士が研修内容を厳密に評価する。

ロ.期間中に経験できる症例や手技の最低数や内容を明確にし、更に研修後のア
ウトカムを評価する。症例数、つまり患者のニーズが増えれば定員も増やすこと
が出来る
が、症例数と無関係に研修医が集中する事は無くなる。結果として、地
域医療のニーズに応えられるばかりでなく、研修の質も向上する。

ハ.手技や手術における適切な適応を守るため、行政ではなく専門家によるレビュー
システムを構築する。

ニ.大学病院の症例数では、後期研修医の育成は限られる。従って、地域の研修
病院に指導医を派遣し、連携プログラムを創る必要が生じる。その結果、症例を
提供する研修病院と、指導医を派遣する大学とは、お互いを補完しあうイコール
パートナーシップの関係が構築される。


最後に.

 医師不足の根底には、偏在ではなく政策ミスによる医療ニーズに対する絶対的
な不足
が存在する。これを解消するには少なくとも10年以上を要すが、この解
決策については、今回は触れないこととする。

 地域に質の高い病院や医師が存在することが、住民にとって好ましいとの意見
に異論を唱える人はいないであろう。現在の問題は、地域に研修病院を作っても、
研修出来る病院を創っていないことである。きちんと研修の出来る病院を創れば、
研修医は自然に集まる。そのためには、何よりも素晴らしい指導医を集めること
である。現実的には、様々な面で都市部よりも待遇を良くする必要がある。しか
しながら、入院基本料の地域加算に見られるように、現在の診療報酬制度は、公
務員給に倣って東京を最も高くしていると言ったばかげたことを行っている。勿
論、医師以外の給与水準や物価水準の問題は存在するであろうが、そうであれば
ホスピタルフィーとドクターフィーの考え方を導入すべきである。何れにしても、
順番が反対である。質の高い医師を招聘し、質の高い医療を行い、研修医が集まっ
てくることが、地域にとっても研修医にとっても指導医にとっても最善である

パンドラの箱が開いた現在、北風政策で問題解決を図ることはあまりにも浅はか
であり、成功はしないであろう。誰もが納得し、皆に等しくメリットのある太陽
政策を構築すべきである

オバマ大統領(当時、候補)の医療政策 

昨年10月、米国の大統領選で、オバマ現大統領が、New England Journal of Medicineに、医療政策を寄稿している。大統領候補が、米国を代表する医学雑誌に、自らの政策を寄稿することに素直に驚かされる。医療者の批判に耐えるだけの政策を打ち出さなければ、大統領候補として失格の烙印を押されてしまう。

医療情報産業への投資を促進するという意図が全体を通して見られるが、それは無駄を省き、患者の予後の改善に資するためという目的に限定されている。医療の無駄を省くことが、即診療報酬削減ではない。診療報酬はむしろ手厚くする。技術革新によって、無駄を省き、さらに民間保険の非効率にメスを入れる、医療訴訟の問題にも取り組む、疾病予防に力を注ぐ(禁煙と肥満対策)といった内容だ。

自分の母親が、癌で死の床にありながら、保険会社と給付の件でやりあわなければならなかった経験等を語り、好感が持てる。臨床医が、診療報酬や事務的な手間の点で厳しい状況にあること、さらに医療訴訟の恐れを抱きながら仕事をせざるを得ないこと等の現場の問題も良く理解しているようだ。

医療の無駄を省くことと言えば、即診療報酬の抑制、さらに予防医学に力を入れるといいつつ、タバコの値上げは見送り、タバコ税は確保する、さらに医療へのペナルティを強化し、医療訴訟抑制等全く眼中に無いどこかの国の政府要人にはよく読んで欲しい内容である。

米国でも、市場経済原理主義のもたらした未曾有の経済恐慌状態にあり、オバマのこうした医療政策がどれだけ実行できるものか、注意深く見守りたい。


以下、抄訳~~~

公約は三つ。第一にすべてのアメリカ国民が、現代医学の恩恵に与れること、だ。第二に、医療の無駄を省く。正しい情報を欠くために繰り返される検査や処置、それに裁判に訴えられることを恐れて不要な治療を行う医師達に対応する必要がある。第三に、疾病を予防し健康を増進するための公衆衛生上のインフラを整える必要がある。

第一の公約を実現するために、既存の民間医療保険の保険金額を下げる、雇用に基づく民間保険に入っていない国民には、大企業の民間保険と同等の保険に入れるようにする。民間保険の競争を促すために、国会議員・その家族の保険と同等の適用範囲を持つ新しい公的保険を患者に供与する。

すべての民間保険会社は、医療上のいかなる病歴に関係なしに、保険に加入させるべきだ。余りに多くの米国国民と同じく、彼の母親は、癌のために死の床にいるときに、保険給付について民間保険会社と言い争わなければならなかった。こうしたことは、起きてはならない。貧困層のためのMedicaidや、各州の小児健康保険制度の拡充を行う。

こうした改革の財源は、無駄を省くことと、ブッシュ(前)大統領が行った富裕層への減税を元に戻すことで得られる。

民間保険の現状には、チェリーピッキング、手続きの煩雑さ、さらにカバー範囲が狭いといった問題がある。

臨床医は、手続きの煩雑さに追われ、その煩雑さは、その分診療費用を上げているが、診療の質を上げることは殆どない。診療費の支払いは、手技と使用した医療機器に対して行われるが、診療に費やした時間や、診療上の紹介・協同作業に対しては行われていない。若い臨床医は、プライマリーケアに進む動機を持ちえない。また、臨床医は、常に医療訴訟を心配しながら診療せざるをえなくなっている。

診療の流れを近代化するために、根本的な改革を行う。それが、結果として患者の予後に良い影響をもたらす。医療情報技術に対して、年に100億ドルの支出を行う。これはただ財政面での支援だけではない。患者の情報・経営の新しいシステムを確立するために必要な技術的な援助を、臨床医に対して行う。この投資は、医療過誤や不必要な検査・治療の重複を減らすことにより、医療システムの長期的なコストを下げることだろう。

診療への支払い方法も改革する必要がある。協同して行われる医療、症例の治療それに革新的な医療提供の方法に対して、十分に支払うべきだ。民間保険やメディケアは、臨床医に対して十分な支払いを行うべきだ。支払い方法の改革によって、患者の予後が改善し、不要な医療を減らし、適切な医療に手厚く報いることによって、全体のコストを下げることができるだろう。臨床医への支払いを減らすことには反対する。医師に対してペナルティを与えることで医療改革を始めることは出来ない。

米国の医師養成機関は世界で最も素晴らしいものだが、医師が生涯に亘って医学の進歩に関する情報を容易に得られるようにすべきである。製薬企業や、医療機器企業が情報提供するのではなく、患者への効果を注意深く独立して評価する機関が、そうした情報を発するべきだ。

医療過誤を第一に防止することを目的にする。情報、意思決定支援技術他の患者安全性に関わる独創的な技術等へ投資することによって、医療訴訟につながる医療過誤や医療上の見過ごしを減らす。医療訴訟を抑制し、医療賠償保険の掛け金を減らすために、他のいかなる方策も実行する用意がある。医療行為が、再び報いられるものにしなければならない。

予防も、私の改革案の主要な事項だ。医療従事者のできることは限られている。患者、雇用主、地域すべてが健康増進に寄与する。患者は、禁煙・運動・食事による適切体重維持等にさらに努める必要がある。雇用主は、健康な労働環境のために投資し、被雇用者が活動的で、健康な生活スタイルを維持できるようにすべきである。

政府にも役割がある。喫煙や肥満といった住民の主要な健康問題に対する地域社会の施策に対して、新たな予算をつける。首尾一貫した国民の公衆衛生のための方針を作るために、州および地方自治体の政府と協同する。

『伝説』 

医学部を卒業する頃は、その後の医師としての人生設計を真剣に悩み、情報を
収集し、自分の志向する方向に進んでゆく。勿論、その決断は、その後の医師と
しての人生を決定的に左右するものでは決して無いが、大まかな方向付けをする
ものとなる。

そうした若い医師が将来設計をする上で、官僚や、政治家、それに医療機関の都
合ばかりが優先されることになってはならない。ルールのない無政府状態の研修
制度ではいけないが、若い医師の関心と意気込みを尊重し、それを医療システム
のなかで生かすような制度であって欲しい。

残念ながら、医療を崩壊させた挙げ句に、若い医師の将来を強制的に国家・地域の
意向で決める制度作りが盛んになされようとしている。それは、さらに医療を荒廃さ
せるだけだ。

若い医師が安易な途を選び、すぐに開業するという『伝説』を、北大の中村氏がデータ
に基づき否定している。

こうした根拠のない『伝説』は次から次に出てくる。『伝説』を流布して、医療崩壊の真
の原因から目をそらさせ、自らへの責任追及から免れ、何らかの利権を手にする勢力
がどこかにいるのだろう。



以下、MRICより引用~~~

■□ 医師に関するウワサ(1) □■
        ~若い医者はすぐに開業する~

          北海道大学大学院医学研究科
          医療システム学分野 助教
          中村利仁

 今回から3回の予定で、医師と医療を巡る都市伝説のいくつかを、公開されて
いる統計データによって検証して行きます。どうかお付き合い下さい。

 初回は近年言われることの多い、「近頃の若い医者はすぐに病院を辞めて開業
してしまう」、つまり病院勤務医が無床のビル診療所などで開業するペースが早
まっているというウワサを検討します。

 ここでは年齢別に医師の働いている場所がどのように推移してきているのかを
見てみます。

 検討に当たっては、隔年(2年に一度)12月31日付で医師法の名の下に行
われている医師調査の、平成8年から平成18年までのデータを使用します。

(図1)http://mric.tanaka.md/naka%EF%BC%91.pdf

 図1では、平成18年末(最新)の性年齢別の業務種別割合をグラフ化してい
ます。

 母数は医師総数で、そのうち、大学病院を含む病院や診療所の勤務医・開設者
や介護老人保健施設などなどに性年齢別にどのように分布しているのかを見てい
ます。

 性年齢別に見ると、ほぼ100%が医師人生を病院勤務から歩み出し、年々1
%ずつ程度が診療所その他に移動します。65歳頃までに約60%が病院勤務を
離れて、およそ40%が病院に残っているということが見て取れます。

 もちろん、これは断面調査ですので、現在の25歳の医師が65歳になった時
にどこで働いているのかを意味するものではなく、また、現在60歳の医師がか
つて30歳であったときにどこで働いていたのかを示すものでもありません。

 次に、図2では、平成8年から平成18年にかけて、医師総数の中で病院の従
事者の年齢別割合がどのように変わってきたのかを示しています。

(図2)http://mric.tanaka.md/naka2.pdf

 当初は比較的緩やかな傾きが、35歳頃からカーブを描いて傾きが急峻となり、
55歳頃に再び緩やかな逆S字状となっているのがお判り頂けるだろうと思いま
す。

 少なくとも、50歳未満で大きな変化は見られません。これをみるだけで、
「近頃の若い医者はすぐに病院を辞めて開業してしまう」という言辞に根拠のな
いことが分かっていただけるだろうと思います。

 本研究では、平成8年よりも前の状況との比較はしていません。平成6年以前
のデータと比較すれば、あるいはどこかの時点で急激に病院離れの進んだ時期が
あったのかも知れません。たとえば傾きの変化が40歳頃からだったのかも知れ
ません。

 それでも、あるいは誤差の範囲かも知れませんが、平成18年末調査では、特
に40歳代で病院へ居残る割合が若干増えています。批判されるには当たらない
でしょうし、批判は見当外れと言えるではないでしょうか。

 では、「近頃の若い医者はすぐに病院を辞めて開業してしまう」などという話
がもっともらしく語られた理由は何だったのでしょうか。

 図2をもう一度御覧下さい。50歳代の病院勤務割合がやはりわずかですが低
下していることと、65歳以上の病院勤務割合が大きく上昇していることが見て
取れます。

 まず、「近頃の若い医者」とは50歳代の医師であるのではないかということ
が考えられます。一般社会で50歳代と言えば既に若者扱いされる年齢ではあり
ませんが、90歳を超えて未だ現役という場合のある医師の世界では、さほど的
外れな話ではありません。

 また、65歳以上の医療界のオピニオンリーダーの皆さんが、病院に居残る割
合を増やしているところにも意味がありそうです。65?75歳の年齢層の先生
方の立場からは、自分よりも目下の医師の診療所開業のペースの増加が目につく
だけでなく、先輩に比べて、自分たちのすぐ下の年代層の先生方は開業医の割合
がやや多く、従って部下として居残っている割合が低くなっている
ことが日常生
活の中で経験できることになります。

 オピニオンリーダーの先生方の目に映る現実は、まさに「近頃の若い医者はす
ぐに病院を辞めて開業してしまう」という状況に他ならないのではないでしょう
か。

 さりながら、これは20歳代から40歳代の医師や、卒後臨床研修制度の必修
化とは全く何の関係もない
話です。この辺りの制度を弄ったとて、古き佳き時代
に戻るわけではありません。


 今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか。

 次回は卒後臨床研修制度の必修化によって「研修医は都会の病院に集中した」
という都市伝説を検証いたします。

週末の夕食 その11 

野菜たっぷりの味噌ラーメン。出来合いのスープの生麺なので、それなりの味。昨年育てた蕪を収穫して、具の一つとして入れた。

IMG_0882-1.jpg

ARRL CW 2009 

出るまいと思っていたARRL CWだったが、昨夜、7メガと3.5メガで少しコンテスターをしてしまった。当初、7メガで呼びに回った。東海岸は、あまり強くない。特に、東北部があまり聴こえず。夜が更けるに従い、東部全体に開け始めた。某ブログで、この時期、午後10時過ぎるとカリブは開けないはずという意味のことを記してしまったが、午後10時50分の時点で、とても弱いながら、6Y5JHが聴こえていた。カリブで聴こえたのは、PJ2T、ZF2・・程度。Rick K6VVAが、VP2Vとして出ているはずだが、聴こえず。

東海岸の局では、Fred K3ZOがTack御大 JE1CKAを呼び、交信しているのを耳にした。Fredとは、前サイクルで頻繁にお目にかかっていたが、このところ、聴いていなかった。年に一度は、奥様の故郷HSから運用していたが、最近は旅をなさっておられぬ様子。Tack氏は、50Wでの参加。久しぶりにお聴きした。活発に運用していたクラブ局は、JA1ZGP、JA3YBK位か。JA7YAA、JA9YBAとかJA3YKCとか・・・どうしたのだろう。

10時過ぎてから、3.5メガにも顔を出した。西海岸、南部の局が強く入感。東海岸はせいぜいPA辺りまでで、それより北からの信号は聴けず。一通り呼びに回って、やめる前に少しと思い、3524KHz付近でCQ TESTを出した。1,2分すると、3,4局が固まって呼んでくるようになった。土曜日は全く出ていないし、CQを出すのが初めてだったからだろうか。中西部、それに強い東部だけは取れた。メモリーキーヤーも用いず、右手は、パドルとボールペンを握り替え、忙しい。昔、SSNが高い頃、コンテストの終わる朝、28メガで受けたWからの猛パイルを思い出した。あの時は、睡眠不足があり、時々意識を失いかけながらやっていた。もうあのマネはできない。

11時過ぎには、ビッグスイッチをきっぱりオフにした。聴くだけにしておくべきだったかな 苦笑。

人口減少社会への転換 

あまり報道されないが、昨年から日本は人口が増加から減少に転じたらしい。死亡者数が、出生者数を2万人あまり上回っている。

一方、自殺者は、毎年3万人を上回る状態が、10年以上続いているらしい。一日100名近くの方が、自ら命を絶っている。

この経済社会状況では、自殺者は増えこそすれ、減りそうにはない。

人口減少社会に予想よりも早く転換したのは、自殺者の増加のため、といったことになるとしたら、あまりなことだ。

こうしたことを考えながら、『畑の真ん中』に建設中の複線化された件の十字路を通り過ぎると、なんともやりきれない気持ちになる。公共事業の経済波及効果が、大きくないことは明白なことなのだ。

A decent QSO 

I am always on 40m before going to bed. Some friends call me as a beacon from that operation habit. I am asking myself if it is a kind of addiction or not. Spending too much time calling CQ or working so called rubber stamped QSOs might be a loss for my life, I am afraid. Actually, it is almost the only chance for me to do with vivid English. That was a reason why I have been sticking myself to that band at the time. This could be the only excuse I remain being a beacon so far.

Last night, I have found Drew VK3XU, an old friend of mine, on 7012KHz around 13Z. I hurried to call him after his having finished a contact with a JA. I wanted to ask him about Tim VK3IM. In the recent entry, I have written about him in a health trouble. Tim has never replied to my e mail asking about it. I was a kind of irritated worrying about Tim.

Drew answered to my rushing question in the same style as usual, with an elegant and modest way of keying. It could be comparable to speech in quiet and manly voice. Yes, it sounded in composure. He told me he had talked to Tim on land line the day before. He still had the pain all the time but was still managing it somehow. I was so happy to hear that from Drew. I thought his health problem had been something malignant. Drew told me the doctors could not fine the cause so far. It might mean the cause could not be popular malignancy. I was a little bit relieved to hear that even though he had been, I know, struggling against it. Drew would see Tim in person next week and promised me to let me know what had been going on with him. He kindly added that Tim was often slow answering e mails to anybody so just wait for his reply patiently.

This was what I believed to be a decent QSO, which relaxes me a lot and makes me feel so pleasant. I have been looking for such a QSO as this one with Drew. It could be a real excuse for me to stay being a beacon. I won't spend too much meaningless time with radio but would like to find such as this one. It will fill my mind with a great joy.

臨床研修制度改変・・・朝令暮改の類? 

臨床研修制度が、始められて5年。目的は、オールラウンドの仕事ができる臨床医を育てることにあった・・・表面上は・・・。影の目的は、大学の医局制度を壊して、医師の人事権を行政側が得ることにあった。

ところが、大学医局が弱体化されたために、大学が地域医療機関に派遣していた医師を引き上げざるをえなくなった。また、そうでなくtも人出不足であった産科・小児科・救急等の医師不足が顕在化した。

そこで、臨床研修制度の改定だそうだ。

研修期間を1年に減らし、研修科目も減らすらしい。

もともとの目的は一体どうなったのか。大学病院に研修医を戻すつもりなら、大学病院での劣悪な研修体制も同時に根本的に改めなければならないのではないのか。その面での改善は進んでいるのだろうか。

研修医を取りたい大病院と大学病院のエゴがミエミエなのだが、これでよいのか。

医師不足とは、研修医不足ではなく、地域の中核病院で働く、中堅の医師の不足だが、こんな小手先の変更で、その不足が解消されるとは到底思えない。

官僚は、こうして少しずつ、医師の人事権を手中に収める積りかもしれないが、制度改変の目的と結果をごっちゃにして、さらに問題を複雑化させるように思える。



以下、引用~~~


医師臨床研修1年短縮へ 「短い」「甘い」現場反発 人手確保、効果疑問も
09/02/17
記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社


医師臨床研修:1年短縮へ 「短い」「甘い」現場反発 人手確保、効果疑問も



 医師不足の原因ともいわれる新人医師の臨床研修制度を見直す動きが、現場で波紋を広げている。厚生労働省と文部科学省は10年度から、人手確保のため研修期間の実質1年短縮を認める意向で、18日にも専門家検討会で結論をまとめる。しかし「1年で十分に学べるのか」と懸念する医師は多く、見直しの目的である医師不足解消にも、効果を疑問視する声が出ている。【清水健二、河内敏康】

 「専攻する気のない科の研修は、意欲をそぐ」(大学病院医師)

 「やる気がない研修医を甘やかして制度を変えていいのか」(患者団体代表)

 今月2日の検討会は、各委員の主張が激しくぶつかった。焦点は2年間で7診療科を回る現行制度の是非。1年短縮の賛成派は「必修科目を減らし、残りは専門分野で学んだ方がいい」、反対派は「診療能力向上の理念に逆行する」と、議論は平行線をたどった。

 新人医師の多くはかつて、出身大学の医局(診療科)に所属し、雑用に追われ、専門以外の診療能力も育ちにくい状況だった。これを是正するために現行制度が導入された。厚労省研究班の調査では、研修医が2年で経験する症例数は徐々に増えており、内容に過半数が満足している。

 だが厚労省は、効果の検証をしないまま、研修短縮ありきで見直しを始めた。舛添要一厚労相は早くから「2年を1年に」と話し、全国の病院の約6割が加入する四病院団体協議会などの反対意見は、事務局作成の「たたき台」に反映されなかった。

 期間短縮に強い危機感を抱くのが、必修から外される診療科の医師だ。日本精神神経学会の小島卓也理事長は「内科や外科の患者もうつ病などを併発するリスクは高く、どの専門でも精神科の研修は必要」と力説する。

 一方、研修が短くなれば地域の中核の大学病院に早く若手医師が戻ってくる、という厚労省の思惑にも、疑問の声が上がる。関東の大学の小児科講師は「研修医は都市部の大病院を選ぶ傾向が強く、期間や定員の変更では大学病院に残らない。地域医療を支える自負心を育てる教育が重要だ」と指摘。岩手医科大の小川彰学長も、見直しには賛成しつつ「診療科別の定員設定に踏み込まないと、産科など労働環境の厳しい診療科の医師不足は続く」と予測する。

 大学医学部の卒業生は毎年約8000人。その数の新人医師を働き手に組み入れても医師不足の根本解決にはならず、埼玉県済生会栗橋病院の本田宏副院長は「医師の絶対数を増やし、地域の実情に応じた細かい対策を取るべきだ」と訴える。

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 ■ことば

 ◇医師臨床研修

 医師法に基づき04年度から現行制度が始まり、原則1年目に内科(6カ月以上)、外科、救急・麻酔科を、2年目に小児科、産婦人科、精神科、地域保健・医療(各1カ月以上)を学ぶ。見直し案は、必修を内科(6カ月以上)、救急(3カ月以上)、地域医療(1カ月以上)のみとした。研修先は自由に希望できるが、地方や大学病院を選ぶ研修医が少なく、見直し案では都道府県ごとに募集定員を設けるとしている。



4年前の経験から学んだのだろうか? 

鎌倉市で、新しい産科診療所が作られ、運営を始めた。市が建物・運営費補助それに訴訟対策(保険)を提供し、医師会が医師等の人事・運営を行うということのようだ。今朝、そこで働く産科医三名の内、一番年長と思われる矢内原巧氏がテレビに出ていた。彼は、以前このブログでも取り上げた、元昭和大学産婦人科教授で様々な社会的活動もなさってきた大ベテランだ。彼のラジオ放送での言葉に感銘を受けて、そのエントリーに記した。彼も、すでに74歳。もう一方が60歳代らしい。

産科医療の医療機関がそれまで一つしかなかった鎌倉市では、とても歓迎される医療機関誕生なのだろう。矢内原元教授等医師会の面々も善意でこの仕事を進められているのだと思う。

だが、産科医療機関を集約化するという流れから見ると、どうも中途半端な規模に思える。一日一分娩としているようだが、少数の分娩であっても、正常分娩が異常分娩と判明する、変化することがありうる。その場合、3名の産科医だけで対応ができるのだろうか。また、新生児に仮死等があった場合の蘇生はどうするのだろうか。夜間の緊急事態には、ベテランを含む3名の医師で対応可能なのだろうか。

もう一つ、現在、極めて好意的に産科医療機関に対応し、サポートしている行政が、一旦、医療事故が生じたときに、どのような対応を医療機関・医師にとるのだろうか。大事にしまいと、医師側に不利な解決策を取らないだろうか。さらに、保険金額が2億円と高額だが、この支払いを安易に行うとすると、それは産科医療をますます窮地に追いやることになる。

4年前の今日、福島県で起きた出来事から学んでいるのだろうか。



以下、引用~~~

医師会独自の産科診療所 市民の要望受け、鎌倉に
09/02/17
記事:共同通信社
提供:共同通信社


 神奈川県鎌倉市の市医師会が設立した産科診療所「ティアラかまくら」が17日、開院した。2月中は外来診療と妊婦健診のみで、3月から分娩(ぶんべん)を扱う。

 日本医師会によると、医師会独自で産科診療所を開設するのは全国で初めて。新たな取り組みとして注目を集めそうだ。

 開設のきっかけは2006年秋、市からの「お産施設ができないか」という相談。市内には分娩を扱う医療機関が最近まで1カ所しかなく、07年度に市内で生まれたのは、出生者全体の約3割。市民から「地元で安心して出産したい」との要望が市に多く寄せられていた。

 医師会は昨年5月、早期の産科診療所設立に向け市と協定を締結。運営や医師の人員確保は医師会が担い、市は運営費などを補助するほか、トラブルや訴訟への対応について積極的に支援することが協定に盛り込まれた。

 ベッドは8床で、通常分娩を扱う。産科医3人、助産師9人と看護師3人が常勤。分娩数は、08年度15件、09年度300件、10年度以降は360件を見込んでいる。市医師会の細谷明美(ほそや・あけみ)会長は「医師の早期確保など医師会のメリットが生かせて開院にこぎ着けられた」と話している。

 長女(3)と訪れた近くの主婦内田有加(うちだ・ゆか)さん(31)は「長女は神戸市で里帰り出産したが、2人目は自宅近くで産みたかった。臨月なので開院がぎりぎり間に合ってよかった。今度は夫も出産に立ち会えるかも」と笑顔を見せた。

小さいが、嬉しい一歩 

今朝、仕事に出かける前の僅かな時間、14メガをワッチしたが、北米の信号も弱く、K5D騒ぎも起きていなかった。早々に、リグのスイッチを落とし、チェロに向かった。3月下旬、知り合いに誘われて、あるコンサート(といっても、アマチュア演奏家がこじんまりと開く発表会のようなもの)でメンデルスゾーンのピアノトリオ1番、1,2楽章を弾くことになっている。それで、少し尻に火がついてきたのだ。それに、楽器にもっと時間をかけないと、年齢との戦いで敗れるばかりということがはっきりしていることもある。

メンデルスゾーンのこの曲、学生時代から何度か弾いたことがあるのだが、1楽章の3拍のリズムに乗り切れないのがいつもの反省だった。とりあえずメトロノームに合わせて、インテンポで弾けるように練習。2楽章は、楽譜上は比較的易しい、美しい歌が綿々と続く緩徐楽章。途中、短調に転調して、3連符のピアノの伴奏にのって、チェロが大きく歌うところがある。fの音からaまで下降する簡素でいながら、熱のこもる旋律なのだが、指使いがもう一つ決まらない。

譜面をつらつら見て、何度か色々なフィンガリングで弾き直しているうちに、四分音符+付点八分音符+十六分音符からなる音型を二回繰り返していることに着目。二回ともに、付点八分音符の前でポジション移動を行うことにした。すると、旋律が流れ、さらに付点のリズムが正確に出せる。

この発見をしただけで、少しハッピーな気分になる。チェロという楽器は、オクターブ(以上)で飛躍することが難しかったり、ポジション移動の距離が大きかったり、バイオリンに比べると、演奏上のより大きな困難さが付きまとうのだが、それだけにフィンガリング等で工夫することが面白い。その工夫が上手く行くと、それだけで音楽が出来上がってくることを経験できるからだ。

こんな工夫は、上手な方や、プロの方にしてみたら、常識程度のことなのかもしれないが、下手なアマチュアチェロ弾きにとっては、小さいが、喜びに満ちた一歩なのだ。いずれ敗戦することが決まっている「年齢との戦い」も、この調子で、頭を使いながら戦ってゆこう。

医療訴訟による医療崩壊 

医療訴訟による医療崩壊の米国での歴史を、東大の上先生が手際よくまとめておられるので、転載する。

米国のこの歴史から、日本が学ぶのかどうか、ぎりぎりのところまで来ている。日本医師会の医師賠償責任保険が100億円以上の赤字になっているとは知らなかった。こうした保険の掛け金の上昇は避けられないのだろう。すると、救急医療等リスクの伴う医療は、成立しがたくなる。

ボールは、国民の側に投げられている。



以下、MRICより転載~~~

■□ メディアが報道しない東京都立墨東病院事件の背景 第6回 □■
      医療再生への特効薬は、メディエーションと対話型ADR

       東京大学医科学研究所
       先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門
       上 昌広

今回の記事は村上龍氏が編集長を務めるJMM (Japan Mail Media) x月x日発行の記事をMRIC用に改訂し転載させていただきました。

 前回までの配信で、わが国の医療が民事訴訟の濫発による崩壊の危機に瀕していることをご紹介しました。これは1970年から2000年にかけて米国が辿った道筋とそっくりです。米国は民事訴訟の濫発が医師賠償責任(医賠責)保険を破綻させ、ハイリスク医療から医師が撤退し、患者が大きな迷惑を被りました。しかしながら米国というのはダイナミックな国で、この騒動を契機に、医療界に新しい流れが生じました。今回は、アメリカ社会が医療訴訟の濫発にどのように対応したかをご紹介し、日本の進路を考えてみたいと思います。


【 1970年代 医療訴訟の濫発、賠償額の高額化 】

 前回の配信でもご紹介させていただいたことですが、1970年代、医療訴訟が急増した米国では、 賠償金の支払額が18倍に増加し、多くの保険会社が医師賠償責任保険から撤退しました。踏みとどまった保険会社も掛け金を値上げせざるをえず、医師の保険料は1950年代の30倍に達しました。保険料が高騰化すれば、訴訟リスクの低い医療に従事する医師は保険から脱退しますので、保険システムは加速度的に不安定になります。この結果、全米で多くの医師や病院が医賠責保険に加入できなくなり、訴訟リスクの高い産科や救急医療から撤退するようになりました。


【 1975年 カリフォルニア州に端を発した医療過誤危機 】

 医療訴訟の濫発と賠償額の高額化が医師のハイリスク医療からの撤退を招いた米国で、特に顕著だったのがカリフォルニア州です。同州では、医療過誤訴訟から第一次医療危機(医療過誤危機)が発生しました。(詳細については、李啓充氏の著書『市場原理が医療を亡ぼす―アメリカの失敗』(医学書院)をお奨めします。)

 カリフォルニア州では1975年5月、麻酔科医が医療過誤危機に対するストライキに入ったことをきっかけに、この動きが州内および他の診療科に広まりました。この結果、カリフォルニア州の多くの市民が医療機関を受診できなくなる、いわゆる「医療難民」状態になりました。一連の動きは各種メディアで広く報道され、カリフォルニア州民が医療過誤危機について認識するようになりました。

 余談ですが、1970年代前半のカリフォルニア州は、後に大統領となるレーガンが知事を務めていました(在任1967-75年)。レーガンは、もともとはフランクリン・ルーズベルトおよびニューディール政策を支持し、リベラル派として政治家としてのキャリアをスタートしました。しかしながら皆さんご存じのように、後に彼は保守主義者に転じ(ハリウッドの赤狩に手を貸したことで有名です)、1960年代には共和党内で頭角を現し、大統領予備選に立候補しています。1980年代、彼が大統領に就任し、新保守主義が世界を席巻しますが、1970年代のカリフォルニア州にその萌芽を認めることができそうです。


【 医療被害補償改革法(MICRA; Medical Injury Compensation Reform Act)の成立 】

 このような時代背景も影響しているのでしょうが、医療を受けることができなくなったカリフォルニア州民の怒りの矛先は、医師や行政あるいは政治よりも、過大な賠償を求める弁護士に向かいました。

 カリフォルニア州の世論は「医療へのアクセスを確保すること」を強く求めたため、州知事は医療被害補償改革法(MICRA; Medical Injury CompensationReform Act)という法律を議会に提出しました。その中で、賠償金の高騰が医療崩壊の引き金と考え、精神的苦痛など非経済的損失に対する賠償金(慰謝料)の上限を25万ドルに制限することが提案されました。また、弁護士報酬の割合を賠
償金額が増えるにつれ漸減することとし、被害者に多くの賠償金が支払われるように配慮されました。

 もちろん弁護士団体はMICRA成立に大反対しましたが、この法案は1975年9月、カリフォルニア州上院で60対19の大差で成立しました。弁護士団体は医療過誤だけを他の訴訟と区別して特別扱いする法律は違憲と上級審で主張しましたが、最終的に1984年カリフォルニア州最高裁はMICRAを合憲と判断し、この問題は決着しました。

 カリフォルニア州での騒動をきっかけに、医療訴訟での賠償金の高騰について全米で議論されるようになりました。その結果、20以上の州が法律で賠償額の上限を規定しました。一方、アラバマ州やカンザス州のように、議会が立法化したものの、上級審で違憲と判断された地域もあります。


【 2002年 ネバダ州での医療危機 】

 前回の配信でもご紹介させていただきましたが、2002年ネバダ州で医療危機が再燃しました(第三次医療危機)。ネバダ医療危機のきっかけは、医療訴訟の賠償金が高騰したため、大手保険会社が巨額の赤字を計上し、医賠責保険から撤退したことです。この結果、医師が負担する保険料が暴騰し(年4万ドル程度から年20万ドル超)、産科医・救急医はハイリスクの医療行為を控え、ネバダ州から
他州へ転出する医師も出現しました。ちなみに転出先には前述のカリフォルニア州が含まれます。

 ネバダ州は医療危機を回避するため、公費を投入して医賠責保険を補助したり、自治体が保険料を肩代わりするなどの対策を講じましたが、その効果ははかばかしくありませんでした。

 しかしながら、ネバダ州の医療危機は、全米での医療過誤訴訟制度の見直しをますます進めることになりました。全米のほとんどの州議会で、製造物責任訴訟および医療過誤訴訟問題解決のための改革として、不法行為改革法(Tortreform)の制定が検討されました。この中で、損害賠償額の上限設定以外に、出訴期限の短縮、損益相殺ルールの採用、裁判前の専門家パネルでの調停前置など
が検討され、医療過誤訴訟の濫発を抑制しようと試みられました。


【 医療事故発生時の初期対応の重視 】

 アメリカの医療訴訟を研究していて感じることは、患者と医療者、ともに訴訟に対する疲労感が強いことです。アメリカの医療現場では1970年以来、長きにわたり医療訴訟と格闘してきました。弁護士が病院の中をうろつき、訴訟の種を探しているという笑えない話まであります。

 このような中で、アメリカでは医療事故の初期対応、とくに当事者同士の対話が注目されるようになりました。原告・被告の対立関係を前提とした訴訟制度は、医療紛争の解決において思わぬ副作用をもたらします。そのことに皆が気づいたのでしょう。何事ももとことんまでやらないと関係者の合意は得られないもので、アメリカも医療が崩壊して初めて、訴訟より対話を重視することがコンセンサス
になりつつあります。医療過誤危機が創造的破壊をもたらし、新しい文化が育まれつつあると言えるかもしれません。

 2008年の大統領選挙では、ヒラリー・クリントン、バラク・オバマ氏が連名でNew England Journal of Medicineという世界最高峰の医学専門誌に、医療事故発生時の初期対応システムの普及について寄稿し、この問題についての見解を述べました。これはアメリカ社会のダイナミックさの表象でしょう。日本では、麻生総理と与謝野大臣が連名で、自民党総裁選に先だって、日本医学会誌に医療紛
争の論文を投稿するなど想像もつきません。

 ちなみに、このような動きは医療に限定した話ではありません。Sorry Law(ソーリー法)という法律をご存じでしょうか。この法律は米国の約20州にある、個人間の謝罪を促すための法律の総称です。不測の事故が起きたときに、加害者が事故の不注意や失敗を認め、思いやりを示しても、裁判においてそのことを証拠として採用しないというものです。Sorry法は、医療分野はもちろん、交通事故をはじめとした多くの事故で適用され、軽微なトラブルによる乱訴を防止し、社会的ストレスを軽減しようとしています。このように訴訟社会アメリカでは、乱訴による社会不安を抑えようと試行錯誤が続いています。


【 メディエーション 】

 アメリカの医療現場では、ソーリー法以外にも様々な対話の試みがなされています。その一つにメディエーションがあります。

 メディエーションでは、メディエーターという専門技法を有する第三者が当事者同士の対話に寄り添い、患者側と医療側の対話の橋渡しをします。メディエーターは、多くは病院の看護師があたります。このため、このようなメディエーションを院内メディエーションという研究者もいます。

 メディエーションの目的は、医療紛争の発生後できるだけ早期に当事者同士の会話を促進することで、当事者の認知を変容させ、納得のいく創造的な合意と関係再構築を支援することです。この点において、原告と被告の対立関係を前提とし、相手より優位に立つために当事者同士の対話が控えられる訴訟とは正反対です。

 具体的なメディエーターの役割は、当事者同士の会話を傾聴し、双方の言い分に共感を示すことです。そのように努力した上で、当事者が自律的にも問題を解決するのを待ちます。調停のように「調停案」を提示したり、説得や評価をしたりということはありません。また、法律的な解決には一切かかわりません。メディエーションの成果は、メディエーターのスキルのみならず、その人柄や能力に大きく左右されることは言うまでもありません。

 このようなメディエーター制度は、医療訴訟に疲れ果てた米国医療界に大きな期待をもって受け入れられつつあります。特に、東部地域では急速に普及しつつあり、ジョンズ・ホプキンス病院、ピッツバーグ・メディカルセンターなどの一流施設では、初期メディエーションの導入により、医療紛争が大幅に減少しています。

 また、こうした個別病院の動きは、州単位の動きへと広がりつつあります。医療紛争の領域で大規模な制度改革を遂行しているペンシルバニア州では、コロンビア大学ロースクールのキャロル・リーブマン教授のまとめた提言を参照に、メディエーション制度を試験的に導入しています。


【 裁判外紛争処理(ADR) 】

 医療紛争の解決で期待されているもう一つの方法が、裁判外紛争処理(ADR)です。

 従来は、当事者同士の対話で紛争が解決できない場合、医療訴訟に訴えるしかありませんでした。医療裁判は判決が出るまでに長い時間を要し、高額の訴訟費用が掛かります。また、訴訟で確認される「法的事実」は、患者や医療者が知りたいと思う「医学的事実」としばしば異なります。このため患者・家族は、医療訴訟に勝訴したものの満足感が得られないことがしばしばあります。

 このような問題点を解決するための手段が裁判外紛争処理(ADR)です。仲裁、調停、斡旋などの手法を用い、迅速に紛争を解決します。2007年4月には「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律」(ADR法) が施行され、ADRは交通事故などの厳密な裁判に適さない紛争分野で普及しつつあります。

 医療分野におけるADRの特徴は、上記のような手法を用いたミニ裁判型のADR以外に、当事者同士の対話を重視したADR(対話型ADR)が模索されていることです。例えば、米国の名門病院であるジョンズ・ホプキンス病院では、院内で解決できない紛争について、外部の第三者メディエーターに介在してもらい斡旋を試みる対話型ADRシステムを採用しています。2003年度の実績が公表されてい
ますが、24件実施し、21件で合意を得ることができたとされています。


【 わが国の医賠責保険は破綻寸前 】

 わが国の医療裁判の特徴は、裁判を通じて被害者を救済しようとする傾向が強いことです。これはアメリカの懲罰的損害賠償制度と並び、医療訴訟の賠償額の高騰化に拍車をかけています。

 現在、わが国での医療過誤の賠償額は急速に高騰化しつつあります。死亡事例を扱った医療過誤訴訟については、賠償額は1億円を上回ることが珍しくありません。これは民事訴訟額に上限を設けていない米国の州と同レベルであり、欧州の約3倍です。余談ですが、弁護士報酬も高額で、1億円の損害賠償が認められた場合の弁護士報酬は約1100万円です。この事実は、近年、人数が急増している弁護士にとって、医療は魅力的な成長分野に映ることを意味します。

 このように、わが国の賠償額は世界で最高水準ですが、わが国の医賠責保険は高額な賠償金を念頭に設計されていません。実際、病院や医師個人が負担する医賠責保険の掛け金は米国よりずっと低額です。このため、2004年6月10日付のasahi.comニュースによれば、日本の医師の約4割が加入している日本医師会の医師賠償責任保険は、03年末で139億円の累積赤字となっています。他の医賠責保険も同じような状況でしょうから、医賠責保険の掛け金の大幅値上げは避けられません。そうなれば医療訴訟のリスクの低い医師が医賠責保険から撤退しますから、米国のミネソタ州の事例と同様、医賠責保険制度は破綻します。この結果、産科や救急などのハイリスク医療から医師が撤退し、医療難民が出現するでしょう。これは、わが国が辿るもっとも可能性が高い道のりです。

 この問題に対するもっとも有効な処方箋は、欧米と同様に医療訴訟の賠償額に上限を設けることです(米国は法的に上限、欧州は慣例的に高額の慰謝料を認めていないため、同じ結果をもたらしています)。しかしながら、現時点では、この案は国民的同意を得ることはないでしょう。


【 わが国でも普及しつつあるメディエーション 】

 私が医療紛争の解決で、もっとも期待しているのはメディエーションです。近年、わが国でもメディエーションは着実に広がりつつあり、その効果が証明されつつあります。その立役者のひとりが、早稲田大学紛争交渉研究所所長の和田仁孝教授です。彼の著作である『医療コンフリクト・マネジメント-メディエーションの理論と技法』(シーニュ)は、医療メディエーションの理論と実践を簡潔にまとめており、是非お奨めしたい一冊です。

 和田教授は法社会学の専門家です。法社会学とは聞き慣れない言葉ですが、社会における法制度がどのように現実に作用して、人々がどのように反応するかを研究する学問です。建築基準法改正や貸金業法改正が、法改正の主旨とは異なる影響を社会に与えたことは有名です。和田教授は長年、あらゆる分野の紛争問題の解決に取り組んできました。このような活動の中で「法の限界」を痛感し、それを補完するものとして「コミュニケーション」に着目するようになりました。

 近年、和田教授は紛争の一分野として医療問題に取り組んでいます。この分野に参入した彼にとってまず印象的だったのは、医療紛争における感情的軋轢の強さです。確かに自動車事故と比較して、医療事故の方が感情的しこりを残しやすいことは誰にでも想像がつくでしょう。しかしながら、和田教授が指摘するまで、私を含め多くの医療者がこの問題を十分に認識していなかったように思います。

 現在、日本全国で様々な個人・団体がメディエーションに取り組んでおり、その成果は着実に上がっているようです。

 全国で52施設の医療機関を運営する全国社会保険協会連合会は、病院内で医療事故が発生した際、医療メディエーターを通じて問題解決を図るように取り組んできました。その結果、2008年11月現在で年間の事故紛争件数は14件にとどまり、前年同期の29件から大幅に減少しています (2009年1月14日付 日刊薬業新聞)。

 また、大阪府の市立豊中病院では、看護師の水摩明美氏を中心に院内メディエーションの導入に取り組んでいます。市立豊中病院では、約90%の患者さんが院内メディエーションを通じて納得されているようです。彼女のインタビューは大変興味深いものですが(http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02801_01)、院内メディエーション成功の極意を「あっちつかず、こっちつかず」「患者と真摯に向き合うこと」だと述べておられます。私には、この2点が医療メディエーションの極意のように感じられます。おそらく、医療事故にあった家族には「医学的な正しさ」以上に求めているものがあり、医療界はそれに十分に対応してこなかったのでしょう。

 対話を促進することで紛争が減ることは当たり前です。この当たり前のことを如何に実行するか、医療界および国民が問われています。







受験の思い出・・・ 

私の職場で4年間近く受け付け事務を担当してくださった方が、看護師になる希望を持ち、この春いくつか看護学校・大学看護学部を受験した。四年制大学を過去に卒業している、優秀なスタッフのお一人で、私の職場でも得がたい人材だったが、これからの彼女の将来を考えると、引き止めるわけには行かなかった。

何時ごろから受験の準備を始めたのか、二つの看護学校は、合格。その内の一つは特待生としての合格だったそうだ。ところが、第一志望であった自治医大看護学部は、学科試験は通ったが面接で落されてしまったとのこと。残念なことだが、学費は安く、3年間で看護師免許の取れる看護学校に行くようにという天の声なのかもしれない。看護学部を面接で落ちたという報告を、彼女から聞いて、私の大分昔の思い出が蘇った。

自治医大は、私が初期研修を受けた大学だが、実は、その前に因縁がある(笑。自治医大の一期生の試験を東京で受験したのだ。20数倍あった一次試験の学力試験は通った。大いに期待して、面接試験に臨んだ。今でも良く覚えているのだが、面接官に『赤軍派のような行動をどのように思うか?』と問われた。赤軍派の群馬での立てこもり事件、浅間山荘事件が、その受験の前後で起きたのだった。

私は、一瞬何と答えるか迷ったが、正直に、彼等の暴力的な行動は支持しないが、政治の腐敗・閉塞に対する問題意識には共鳴を感じるところもあると答えた。

結果は、不合格。一期校の試験の最中にその知らせを受けて、ガックリ来たものだった。勿論、自治医大一次試験の学力が足りなかったのかもしれないし、年齢が行っていたことが問題だったのかもしれない。

しかし、印象としては、政治的な信条に関わることを面接で問われ、それに対して率直に自分の思うところを答えたことが合否に影響したように思える(もしかしたら、思い込みの類なのかもしれない・・・むしろ、初期研修でお世話になった大学に対しては、そうであってほしいと思う)。予備校が一緒だった受験生も同じ面接で落され、結局彼女は、某有名大学の医学部にその年に入学した。私も、幸いなことに、同じ年に、他の大学に入学することができた。

どのような学生を入学させるかは、最終的に各大学当局の判断だ。しかし、それはフェアな仕方でやって欲しいものだ。(私は、フェアに・・・落されたのだろう・・・笑。)

自治医大から離れて、かなりの年月が経つので、状況は良くは分からないが、この大学は、旧自治省のお役人の天下り先である。事務の方々の力がとても強いと耳にする。あのキャンパスに立つ、とてつもなく高い建物の高層階には事務が陣取っているらしい。・・・もしも、自治医大の医学部であれ、看護学部であれ、学生の合否に、学力・適性以外の要素が入り込むとしたら、それは大学としては自殺行為だ。思想信条で合否を左右させるなどもっての外、年齢で落すのであれば、学生の募集要項にその旨明記すべきだ(そんなことは許されないだろうが。)

地域枠という医学生を地方に縛り付ける枠が、どんどん拡大されているが、これにも、要するにお役人にとって都合の良い医師を大量生産しようとする、恣意的な意図を感じる。18歳を過ぎたばかりの学生に、自分の将来を一定の方向に縛り付けさせることが倫理的に認められるべきことなのかどうか、そうした学生が医師になって地域医療の戦力に育つのかどうか、多少の違和感がある。お役人に都合の良い学生を恣意的に入学させる・・・何か違和感が付きまとう。

自治医大に入学しなかったことが、彼女の将来にむしろプラスになるように祈りたい。きっと4年制大学で学ぶ以上の勉強を看護学校でして、立派な看護師に育ってくれることだろう。

このところの暖かい気候で咲き始めた梅の花・・・受験の季節であることを思い起こさせてくれる。

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週末の夕食 その10 

ちらし寿司に挑戦。具を煮た煮汁を、寿司酢に混ぜるところがポイントか。高価だった「いくら」を載せ忘れた・・・。固めに炊いたご飯だが、寿司酢が多すぎたか、少しベトとしてしまった。錦糸卵も、ひっくり返すときに、グチャグチャになり、一応千切りをしてみたが・・・。帰宅していた娘に味噌汁を作ってもらい、完成。母の十八番の料理が、ちらし寿司で、家族が集まるときなどによく作ってくれたことを思い出した。

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あきれる官僚の利権構造 

日本が輸入を義務付けられている米、ミニマムアクセス米が使われること無く、倉庫にしまわれている。昨年、その一部が、詐欺まがいに食用に回されて、大騒ぎになった。しかし、あの詐欺行為を行なった民間業者は、まだ可愛いものだ。この米の保存で大きな利権が生まれ、官僚の天下り先の倉庫業者と、それを統括する特殊法人を潤している。この特殊法人も、勿論天下り先である。倉庫で保存するコストが、毎年130億円以上になるらしく、倉庫業者を束ねるその特殊法人には、ほとんど仕事がないのに、毎年1億3千万上納されており、その内8千万円は天下り官僚等への人件費に消えているらしい。この特殊法人の会員にならないと、この倉庫事業には参入できなかったが、昨年のあの騒ぎで、会員であることは必須ではなくなったらしい・・・バレたので、上納規則を嫌々取り払ったのだろう。

この報道だけでも、苦々しく思っていたら、外国人介護師の導入にも、官僚達が上手い汁を吸うシステムが作られていることが報じられていた。下記の記事である。驚くよりも、呆れ果てる。

日本社会の隅々までこうした官僚の天下り利権の網が張り巡らせられているのだろう。日本が沈没しかかっているのに、官僚の天下りと渡りはますますはびこることになっている。

官僚をこき使い、自分達ではほとんど立法の仕事をせず、利益分配だけに腐心してきた国会議員たちにも責任はある。国会議員は、そうした仕事の見返りに、天下りと渡りを黙認してきた。官僚が、出世競争に敗れたときに退職しなくても済むような官僚制度を作る必要がある。さらに、国会議員は、官僚に下請け仕事ばかりさせず、自ら仕事をして欲しいものだ。そうした国会議員を選出することが、国民の責務だろう。


以下、nikkeibpより引用~~~

2009年1月29日
これでは“派遣切り”予備軍に
役所が貪る「外国人介護士・看護師受け入れ利権」

出井 康博

 今日1月29日、約100人のインドネシア人介護士が、日本国内の老人介護施設に配属され、仕事を始める。彼らは、日本が初めて介護分野で受け入れた外国人労働者だ。

 日本とインドネシア両政府が結んだ経済連携協定(EPA)に基づき昨年8月、ほぼ同数の看護師とともに来日し、日本語の勉強に励んできた。首都圏の介護施設に配属が決まったD君もその1人だ。筆者はD君が来日する直前、インドネシアの首都ジャカルタで取材したことがある。

 いよいよ日本で介護の仕事を始める前に、D君の近況を知りたくて、2週間前に彼と会って話を聞いた。インドネシアにいた頃、D君は日本語が全くできなかった。しかし日本に来て半年が経ち、彼は日本語で次々と質問してきた。

 「アパートでインターネットは使えますか」
 「ヘルスインシュランス(健康保険)は入っていますか」
 「モスクはありますか」

 特訓のかいあって、D君は日本語で簡単な会話ができるまでにはなっていた。だが、筆者には疑問だった。果たしてこの程度の日本語で、今日から始まる介護の仕事を務められるのか…と。

インドネシア人介護士・看護師の就労が開始したのはいいが

 久々に会った筆者に彼が次々と質問してくるのは、日本語ができるようになったことを示したかったからではない。

 就労先の情報が、受け入れ実務を担った厚生労働省の関連団体から十分に得られないまま、配属されようとしているからなのだ。異国の地に来て、現地の言葉も十分に話せない状況では、不安になって藁(わら)にもすがりたくなる気持ちがよく分かる。

 こうしたD君の様子を見るにつけ、外国人介護士や看護師の受け入れが始まったのはいいが、彼らの就労先での生活が不安になってくる。

5年後に介護職は50万人不足の予測も

 D君は、もともとジャカルタで看護師として働いていた。当時の月収は日本円で1万円にも満たなかった。日本行きを希望したのは、インドネシアでは考えられない高収入に惹かれてのこと。本当は日本でも看護師をやりたかったが、経験が短く介護士で申し込むしかなかった。

 インドネシアからは今年も、最大で800人近い介護士・看護師が入国する。加えてフィリピンからも、2年間で介護士600人と看護師400人の受け入れが始まる。ほかにもタイやベトナムなどが日本に受け入れを求めており、介護・看護分野の「人材開国」は今後、一気に進む可能性を秘めている。

 その背景には、日本の介護や看護の現場で深刻化する人手不足がある。最近、景気悪化で日本人の雇用不安が声高に叫ばれ始めているが、一方では働き手の集まらない職種も存在する。とりわけ介護分野は深刻で、厚労省は5年後の2014年、40~50万人もの介護職が足りなくなると予測する。

 政府は、介護職の報酬を引き上げる方針を打ち出した。東京都は1月、“派遣切り”などで失職した人たちが介護ヘルパーの資格を取得する際、講座受講料を補助することを決めた。とはいえ、介護に人材が十分に回る保証はない。

 そんな中、外国人労働者に期待を寄せる介護施設は少なくない。だが、肝心の厚労省は、

 「人手不足解消のために外国人を受け入れるのではない」

 と強調する。 では、介護士らは何のため、誰のために受け入れられたのか。

厚労省傘下の財団法人が徴収する手数料は16万円

 今日から就労を始めるインドネシア人介護士は、本来であれば300人に上るはずだった。それが3分の1程度にとどまった大きな原因は、厚労省にある。同省の定める条件があまりに厳しく、受け入れに関心はあっても二の足を踏む介護施設が続出したのだ。

 介護士を受け入れる施設は、彼らへの賃金とは別に斡旋手数料や日本語研修期間への支払いで、1人につき60万円近くを負担しなければならない。受け入れは2人以上が原則で、小規模な施設にとってはバカにならない金額だ。

 それを山分けするのが官僚機構である。まず、日本側で唯一の斡旋機関を務める「国際厚生事業団」(JICWELS)が、手数料などの名目で1人当たり約16万円を徴収する。JICWELSは厚労省傘下の財団法人で、歴代理事長を同省の事務次官経験者が務める天下り先だ

 斡旋といっても、受け入れ施設は介護士と事前に面接すらできない。互いの名前などを伏せた簡単なデータを基に、施設側と介護士が希望を出し合い、それをJICWELSがコンピューターでマッチングするだけだ。

 施設にとっては、初めて受け入れる外国人である。インドネシアでの面接を希望する施設も多かったが、現地に行けば「人買いになる」(JICWELS担当者)という不可解な理由で、面接は許されなかった。

経産省と外務省も利権に関与

 一方、介護士らが来日後に受ける日本語研修も官僚機構の利権となった。研修はすべて、経済産業省と外務省の関連機関が担う。介護士らの受け入れには、今年度だけで20億円近い税金が使われるが、出所は両省の政府開発援助(ODA)予算である。つまり、金を出した役所が、関係する機関に仕事を割り振ったわけだ

 たとえ税金を使おうと、また官が外国人の受け入れ利権を独占しようとも、それが国の将来や、施設で介護を受ける利用者にとって好ましい制度になっていれば問題はない。だが、現実は違う。

 JICWELSは、半年足らずの日本語研修で「小学3~4年レベルの語学力を目指す」としていた。しかしD君をはじめ、筆者が就労前にインタビューした数人の実力は、そのレベルにすらない。

 そもそも、来日前にインドネシアで日本語を勉強すれば、1~2年かけようと日本で研修するよりずっと安く済む。その間、日本式の介護も併せてしっかり教育し、受け入れ施設にも面接してもらう。そして、一定のレベルをクリアした人材だけを日本に招いていけば、施設と介護士ともに納得できるはずなのだ。

日本人には不要の「介護福祉士」の資格取得を強制

 厚労省は、インドネシア人介護士が就労を始めて3年後、「介護福祉士」の資格取得を義務づける。日本語で国家試験を受け、一発で合格しなければ、故郷に帰国しなければならない

 日本人であれば、介護福祉士の資格がなくても仕事を続けられる。看護師などの場合と違い、資格の有無によって仕事内容が変わることもない。そんな資格の取得が、外国人に限って強要されるのだ。

 しかも試験は、日本人でも2人に1人が不合格になる難関だ。インドネシア人の現在の日本語レベル、さらには仕事の合間を縫っての受験勉強では、恐らく大半の介護士が試験に落ち、帰国を余儀なくされるのは間違いない

 施設としては、3年かけて仕事を教え、1人前に育てたところで人材を失うのだ。介護を受ける利用者にとっても、慣れ親しんだ相手と別れることになる。十億単位の税金をつぎ込んだ結果がこうだ。官僚機構の仕事が増えただけで、後は何も残らない。これが今の制度の実態なのである

 もちろん、インドネシアなど発展途上国には、たとえ短期間の就労であっても日本で働きたい人材は多いだろう。しかし、先進諸国で少子高齢化が進む中、若く優秀な労働力に対しては世界的な争奪戦も始まっている。日本が身勝手な受け入れ政策を続けていれば、やがては彼らからも見放されることになる。  

CW受信は、「読むこと」と近縁関係にある 

かってAA5JGに紹介された、ARRLのサイトの記事を読み直してみた。過去のエントリーに記したものだ。CW受信におけるショートタームメモリーの作用を実験的に調べている、被験者を求むというピッツバーグ大学心理学科の研究者の発言を紹介している。これによって、人が音を聴くプロセスを解明したいとしている。

その実験の被験者の一人,John K3WWPが述べた下記の言葉は、所謂暗記受信の内容そのものだ。

"You don't hear letters," he said. "You hear words or sometimes short sentences. You have to use a keyboard to copy because no one can write that fast and you always copy 'behind,' meaning that you are typing in what was sent several seconds earlier, so you're definitely using short term memory."

CW受信に際しては、文字を聞くのではなく、単語や、時に短い文章を聞く。そのプロセスは、受信する作業が、即「意味を取る作業」であることを意味する。

このプロセスは、文章を読むことに近いと言えるように思える。文章を読むときに、文字一つ一つを認識するのではなく、文字の集合体の「意味するところ」を、直接理解する、そうすることによって、文章を理解できるのだ。文章を「文字の集合体全体」として理解することは困難だ。

CWを受信する際に活性化する脳部位の局在を調べた報告を過去に紹介したことがある。それによると、CW受信という作業は、「読むこと」と類似するという。

読むという知的な作業と、CW受信が関連する、または近い関係にあることはとても興味深い。

死・臓器移植 

先日、昔所属していた医局で病棟医長をなさっていた方から、分厚い封書が届いた。当時の医局で一緒に仕事をさせて頂いていた方が、肝不全の状態になり、肝臓移植以外に助かる途がなくなった。米国で移植を受けられるので、その費用のカンパをお願いしたい、という文面だった。

その医師の方は、明るく誰とでも分け隔てなく接する方で、誰からも好かれる方だった。その医局から離れて以降お付き合いは全く無かったが、恐らく専門領域で優れた仕事をなさってきたのだろう。現在は、とある大きな医療施設で、ご自身の専門領域の責任者をなさっておられる。すでに50歳代半ばを過ぎているのではないだろうか。

肝不全の状態に徐々に病態が進行するに伴い、どのようなことを考えられたことだろうか。ご家族、そして仕事を抱えて、どれほど重い日々を過ごされたことだろうか。

折りしも、小児科医のMLで、臓器移植の問題が議論されていた。日本では、脳死をさえ死と認めぬ立場があり、小児科領域では移植に関わる死の定義がなされていない。一方で、臓器移植をするために海外に渡る患者さんを肯定的に報道する(一般論としては、そのような報道には正直疑問を感じる)。そうした事例の報道は、国民が、臓器移植を肯定し、臓器移植を受ける側としては、積極的に行ってもらいたいという意思の反映なのだろう。いわば、ダブルスタンダードなのだ。

米国では、心臓死を人の死として、心停止後数分以内に移植の手続きを始めることになっているそうだ。移植可能な臓器が手に入りにくいことと、移植により生きうる生命をより尊重する考えが、そのような移植を行わせているのだろう。

日本では、移植医療に対して、国民はダブルスタンダードの態度を取っている。海外で臓器移植を受けなければならない同胞の患者さん、それに貴重な移植臓器を外国の患者に優先させてくれる彼の地の患者さんに対して、それで良いのだろうか。

最初に述べた、元同僚の肝移植のために、翌日僅かながらドネートさせて頂いた。具体的な知り合い、それもお世話になった方の窮状に対しては何ら躊躇することはなかった。海外での臓器移植報道に感じる違和感と、私のこの行動は背反するが、それは私の中での矛盾を反映しているのかもしれない。

人の死をどのように捉えるのか、私にも問われていることなのだ。

読売新聞、子連れ女性医師を将来『計画配置』 

読売新聞が、昨年秋行った「緊急対策5項目」と「構造改革5本の柱」に沿って、女性研修医の状況を報じている。

この女性は、初期研修開始直後にお子さんを生み、病院付属の保育所にお子さんを預けながら、初期研修を続けているようだ。この研修医は、周囲のサポートがあって初めて研修が受けられると述べている。秋田大の教授は、「女性医師が働きやすい職場を考えることは、男性医師にとっても労働環境の改善につながる」と述べており、その通りだと思う。

しかし、読売新聞の提言では、後期研修医を『計画配置』すべきだとされている。ここで紹介された医師は、計画配置を司る組織の命令により、お子さんとご主人から離れて、僻地勤務をさせられる可能性がある。この女性医師の生活ぶりを報じつつ、彼女の将来は、家庭を犠牲にする可能性のあることを、自身の提言で主張しているのだ。

医師の専門・就業地域により偏在が確かにある。それは『計画配置』という強権的な方策では解決しない。特定の専門科・地域で医師が減少している理由・原因を明らかにして、それを解決すべきことだ。この根本的な解決へ向けた提言をこそ読売新聞はすべきだ。

さらに、この『計画配置』は元来厚生労働省官僚の描くプランだが、明らかに、自らの天下り先の確保を狙っているものだ。その点を、マスコミは追及すべきだ。

読売新聞は、官僚のお先棒担ぎをするだけでは足りず、女性医師の研修振りを報じる同じ記事で、彼女の将来を困難にさせる提言を改めて記している。この神経がどうにも理解しがたい。どこが、沿っているのやら・・・。


以下、読売新聞より引用~~~

《医療改革提言 秋田の現場から》母親研修医に職場の支え
09/02/10
記事:読売新聞
提供:読売新聞


 医師不足などによる医療崩壊を防ぐため、読売新聞社は昨年10月、「医療改革提言」を発表した。提言で示した「緊急対策5項目」と「構造改革5本の柱」に沿って、秋田の医療現場から実情を探った。

 医学生が大学卒業後の研修病院を自由に選べるようになった「臨床研修制度」。制度5年目の2008年度、秋田大卒業生48人を含む63人が県内の病院を選んだ。

 その1人、秋田市の金美善(きんみそん)さん(25)は北海道旭川市出身。札幌医科大(札幌市)卒業後、同大で知り合った大館市出身の夫、仲沢順二さん(26)とともに08年4月から中通総合病院(秋田市)で臨床研修医として勤務している。

 翌5月には、長女有李(ゆり)ちゃんを出産。全国でも珍しい“ママさん研修医”だ。

 大学に残ることも考えたが、大学6年の研修先を決める時期に妊娠が分かり、院内に24時間保育所がある中通総合病院に決めた。研修が始まって間もなく4月下旬から産休を取り出産、7月から研修を再開した。



 毎日、午前7時30分に病棟に入り、担当する3人の入院患者を回診する。その後、消化器科の症例検討会に加わり、先輩医師の説明に耳を傾ける。

 「夜中の3時に有李が目を覚まして、明け方にようやく眠れた。もっと早く出勤して勉強しなきゃいけないんだけど」。金さんは症例検討会が終わると足早に内視鏡検査室に向かい、胃カメラの検査を行う先輩医師のそばでモニターに目をこらす。

 「ここが食道、そして胃。水がたまっていたら吸引する。これはポリープじゃないよ」。消化器科の千葉満郎医師が胃カメラを操作しながらアドバイスする。金さんは検査が終わるたびに、専門書をめくり症状や用語を確認する。

 「大学と違って『これやってごらん』と教えてくれるわけではない。自分から動かなければ何も得られない」。先輩の書いたカルテをのぞき見て、手帳にメモした。



 内視鏡検査室を離れ、救急車で運ばれて来た患者の処置を手伝うと、時間はすでに午後1時15分。昼食もとらないまま、金さんは院内保育所に向かった。07年10月に開設した院内保育所は、夜間の当直時や土日も含め、24時間対応している。

 金さんは保育所に入ると白衣を脱ぎ、有李ちゃんを抱きかかえた。衣類やおむつを整理し、保育士と言葉を交わすと、「いい子にしててね」とそっと有李ちゃんの頭をなでる。わずか10分。再び白衣を着て扉を閉めたが、ドアの向こうの泣き声が耳に残った。

 結婚や出産で現場を離れる女性医師がいる。そんな話を聞くたび、金さんは思う。「家族や病院のサポートがあるからやっていける。出産でスタートが遅れ、焦ることもあるけど、必ずやり遂げたい」



 県医務薬事課によると、県内の女性医師は316人(06年12月現在)。このうち病院に所属しているのは304人だが、実際は休職や離職しているケースも多いとみられる。医師を目指す女子学生も増えており、秋田大医学部医学科の入学者の女性の割合は、ここ5年間38-46%で推移している。

 県医師会、秋田大でつくる県女性医師支援プロジェクト会議代表の阿部寛・秋田大医学部教授はこう指摘する。「女性医師が働きやすい職場を考えることは、男性医師にとっても労働環境の改善につながる。女性の割合が高くなっている勤務医や臨床研修医に現場が対応できなければ、医師不足はますます加速してしまう」

<緊急対策>医師不足解消若手医師の計画配置を

<構造改革>医師を増やし偏在をなくそう

◆提言要旨

 まず、解決すべきは医師の絶対的な不足だ。医学部の定員を2割程度増やして1万人とし、欧米並みを目指す。ただ、医学部の在学期間と初期研修期間(現行2年間)を合わせて最低8年間かかるので、すぐには医師不足に対応できない。

 産科や救急医療の体制を維持するには、診療科や地域ごとに生じている医師偏在の是正が欠かせないが、今、働いている医師を他の専門・地域に替えるのは現実的ではない。

 初期研修を終えて後期研修(3-5年間)に進む若手医師を、計画的に配置すべきだ。それにより、中核病院に人的余裕が生まれ、中堅医師の医療過疎地域への派遣も可能になる。

 計画的配置では、大学や基幹病院、自治体、医師会などが第三者機関を設立。地域や診療科ごとに必要数(定員)を定め、若手医師の希望や意欲も聞いて、すり合わせるなどのシステム作りも求められる。

老母インフルエンザに冒される 

昨日、診察中に、家から電話があった。よほどのことがないと電話が家からかかることがないので、厭な気分で受話器を手にすると、老母が発熱をして動けなくなっているとの家人の報告。常日頃お世話になっている、C先生に相談すると、わざわざ往診してくださった。A型インフルエンザの診断。リレンザを吸入器を用いて、投与したようだ。

夕方戻ってみると、母は傾眠傾向。呼吸困難はなさそう。熱がなかなか下がらない。オムツと下着の交換が、一大事の様子。それを少し手伝い、夜は添い寝をすることにした。私が3時間程度眠り込んでしまった。午前3時前、紅潮していた顔色も落ち着き、顔のほてりがなくなってきた。体温37.7度。声をかけると、にっこり返答するが、まだ傾眠状態。お腹は空いていない様子。何が食べたいか尋ねると、悪戯っぽい顔をして(いや、本気なのだろうが)、アンコロ餅との返答。

その後、私もまた横になり、CDを聴くが眠れず。母親の状態がよくなってきたこと、点滴が漏れる心配があまりなくなってきたので、母屋に帰ることにした。家人が程なく起きてきた。太陽が昇る頃に、再び母のもとに。体温37.6度程度。呼吸状態も悪くない。

高齢者のインフルエンザは、とても怖いということを知っていたので、どうなることやらと心配したが、一先ず山は越せたように見える。今朝、仕事場に来る前に、母のところに行ったら、家人と帰省している娘が、トイレに行く母を手助けしていた。

筋肉が落ち、下顎を落して、軽いいびきをかきながら眠る母。壁には、5年近く前に亡くなった父の微笑む写真。父には、家族として医師として何もして上げられなかったが、母には、できる範囲でベストのことをしよう、そして最晩年の今の時期を苦しむことなく過ごせるようにしてあげようと改めて思った。

国立がんセンターは赤字と官僚支配で沈没しかかっている 

国立がんセンター総長が、いかに権限を持たず、官僚に支配されているかを講演で述べている。

国立がんセンターの負債は600億円、法人化された国立大学医学部全体の負債は1兆円に上るらしい。国立大学は、国から交付金を受ける一方、理事に天下り役人を受け入れている。交付金がなければやって行けぬ状態で、交付金の額の決定権を握る官僚の言いなりになっているらしい。

官僚だけが悪いのではない。官僚は、現役時代、国会議員の国会答弁等で忙殺される。その見返りに、退官後、『天下り』『渡り』が、国会議員黙認のもと認められているのだろう。無能な利益調整型の国会議員達。一部の政治・行政に取り入る民間業者が、これら両者に取り入り、国の予算をむしりとり、権益を得ている。この強固な国家支配のトライアングルにしたら、医療がどうなろうが構わないのだ。地方自治体の公立病院の7割は、赤字に苦しみ、大学病院は、計1兆円の負債を抱える。医療・医学教育・医学研究すべてが、地すべりを起こすように、崩れてゆく。

それが国を沈没させることを、このトライアングルの当事者達は見てみぬ振りをしている。自分達は、選ばれし者、沈没するわけがないと多寡を括っているのだろう。愚かなことだ。


以下、MRICより引用~~~

  ■□ がんセンターの問題って、そういうことだったのか □■
     ~世田谷区医師会内科医会講演会レポート~

                   ロハス・メディカル発行人 川口恭

 土曜日の昼下がり、国立がんセンター中央病院の土屋了介院長が世田谷区の医師会会館まで出掛けて行って、ナショナルセンター問題などに関して講演。その模様がインターネットで(全世界に)中継されるという面白い仕掛け。なぜこんな企画になったのか、インターネット中継のサイトから趣旨を全文拾うと『国立がんセンターが平成22年度から独立行政法人になることが決まっています。ご承
知のように一般病院の1.5倍の経費をかけ、壮大なセンターが出来ていますが、官僚的運営によって麻酔医が5人一度に退職するなど、いろいろな問題を抱えています。このまま法人化して国の管理下から放り出されると、約600億円という負債を抱えたまま厳しい運営を迫られることが予想されています。国立がんセンターは、世田谷区の地域医療にとっても重要な専門医療機関です。今後のしっか
りとした展望と、医療連携の基盤をどのように作っていくのか、是非忌憚のないお話をお聞きしたいと考えています。』ということらしい。

 講演そのものの内容は後期研修班会議などの議論と重なるところが多いので割愛して、質疑応答部をご紹介する。のっけからエゲツナイ話が続く。

神津(司会)
 「夢のあるお話を聴かせていただいた一方で、とりあえず国立がんセンターが平成22年度に独立行政法人化する際に600億円の負債を抱えた状態で、そこまで行き着くのか、海原の大波に翻弄されるのでないかと気になる」

土屋
 「一番怖いのはそこの所。今まで独立行政法人化したり民営化したりした所いくつも苦労されている。一番が西川さんのところの日本郵政だと思うが、どうして苦労するかというと国からいろいろ口を出される。なぜ口を出されるかを見た時に、国が株主であるということと同時に借金を抱えているから。その問題に気づいたのは一昨年にJR東日本の山之内さんという人の本をたまたま本屋で立ち読みしてから。国鉄は24兆円の借金があったのを清算事業団にかなり負わせてスタートしているのはご承知の通りで、JR東日本はお前の所は3兆円の分担と言われていたのが、蓋を開けたら6兆円だったらしい。だがJRは商売上手でエキュートとか何とかで大分返した。

 しかし考えてみると、病院は統制経済だから返しようがない。病院と似たところという意味では、国立病院群とか国立大学とかはどうか。国立病院は東京医療センターの隣に立派な本部があって矢崎先生だけは国際医療センター総長から行った医師だけど、他はほとんど天下り。中には優秀な官僚も行っているから何とかやっているけれど、天下りは自分たちが何もしたくないから改革の歩みは遅い。国立大学についても、ナショナルセンター問題が出てから、山形大の医学部長の嘉山先生が調べたら全体で1兆円を超える借金があることが明らかになった。そして、各大学に文部科学省の天下りが理事で入っている。その天下りの理事が何をしているか、といえば、借金の返済を交付金でカバーしている。で税金から出しているんだからという理屈で天下りもさせ、何か改革しようとすると交付金を減らすぞと脅しをかけてくる、そんな状態のようだ。

 改革という意味では、独法化したら銀行から資金調達する必要も出てくるが、その時に土地を担保に入れてというようなことをしたくても、がんセンターは資産計算すらできてない。陰ではやっているのかもしれないが、少なくとも私は知らされていない。レジデントの給与を民間並みにするだけでもお金が要るのだが。それから実は医師賠償保険に今までがんセンターの医師は入ってなかった。国のやることだから、払う必要があったら税金から出る。そういった国の機関でなくなることに伴ってどの程度の費用負担が生じるのかの計算が一切されていない。それを明らかにしてほしいと与謝野大臣(がんセンターで手術をした縁で話をする機会があり『何か恩返ししたい』と言われたとのこと)へは伝えた。メディアも、この問題には気づいたらしく動き出している。とにかく、このお金の不透明さを解決しないと健全経営はできない

 外来は既にいっぱいで、新病院建設の時に通院治療センターに50床を要望したけれど30床に値切られて、それを最近36床まで広げた。それでも外来化学療法を1日3回転しないと回らないのだけれど、そのために必要な看護師を雇おうとしても総定員法に引っかかって雇えない」

神津
 「配置基準は昭和24年に定められたものが、未だに使われている

土屋
 「おっしゃる通り。変革が何もない。外来の通院治療センターというのは化学療法をやっている。それなのに外来の配置基準だと30人に1人だ。36床3回転で100人来ても3人だ。病棟1個分以上の仕事をしているのに、とんでもない。国立だから定員の定めに従わざるを得ない」

清水(会場)
 「土屋先生はいろいろな会の委員をされている。そういった様々な会の横の連携に欠けるような気がするのだが」

土屋
 「本来は役所が1つの組織として動かないといけないのだが、今は役所の中に役所がある。局と局の連絡が全くない。たとえば保険局と医政局。たとえば病棟が大変だから例年よりも40人余計に看護師を雇いたいと申請したら言下に却下された。ところが、その1ヵ月後に保険局が7対1配置だということを言い出したら、何と非常勤でもいいから看護師を確保するようにと言ってきた。どうして1ヵ月前に保険局から連絡が行ってないのか。今回ようやく臨床研修については文部科学省と厚生労働省が合同で検討会を持った。あれは舛添大臣が大変に尽力してくださったんで、夜中まで文部科学大臣に掛け合ってつくった。

 そういえば、その前段のビジョン具体化検討会でもこんなことがあった。役所を会場にすると1回2時間しか取れず議論が未消化なまま終わるから、1泊2日の泊りがけでやろうという話になって、それだったら舛添大臣の奥さんが湯河原の出身なので湯河原がよかろうと決まっていたら、宿泊するホテルの社長と奥さんのお父様が同姓同名だったので、大臣が私腹を肥やそうとしていると一部メディアが騒ぎ出して開催3日前に中止になった。しかし1日前の朝に大臣から電話がかかってきて、『どうしてもやりたいから、がんセンターで会場つくれないか』と言う。そこでノンキャリアの人たちにお願いして会場設営してもらったのだが、キャリアの人たちが何を言ったかというと、医政局から何も聞いてない余計なことをするな、だった。大臣から言われたことをして余計なことと言われるところだ。それを無視して強引にやったら、週刊新潮になった。ああいう卑怯なことをやって潰そうとする

 私は院長だが、実は私の下には医師と看護師の診療部門しかない。医事課とか経理課とかの事務部局は運営局長の下にある。独立行政法人になるまで、運営局長の権限はいじるなと本省から念押しされている。一方で独法化後の病院の姿を考えておけというのだが、考えるなら医事課は下にないと。ちなみに看護師も組織図上は私の下にあるが、その人事権は専門官が握っている

神津
 「官僚のつくる数字には意味づけがない。数字の下には現場の人がいて、その質とか生活者としての姿とかがあると思うのだが、どうして官僚は肉付けのない数字をつくってしまうのか」

土屋
 「官僚をやったことがないのでよく分からないのだが、現場を知らないということに尽きる。すべて机上の空論だ。彼らも『現場には行った』と言うのだが、聞いてみると、その現場は都道府県のこと。病院の現場を知らない。現場の感覚がないから、自分たちに都合のよいデータばかり出してくる

神津
 「今日の朝日新聞にも、厚労省がパブコメを集めても、その取りまとめもそれに対するコメントも出してないのがかなりあるという記事が載っていた」

土屋
 「我々の班会議では最初からホームページを作ってもらったし、日経オンラインの協力で私個人のブログも持った。それでやるようにしたらよろしいのでないか。あらかじめ、勇み足をするかもしれないが、言い過ぎたと思ったら謝るので、言葉尻を捉えた消耗戦はやめましょうというのと建設的な議論をしましょうということを最初に書いた。そこさせ明確にすれば、厚労省もパブコメを恐れる必要はない」

神津
 「班会議のメンバーに川越先生が入っている。大変すばらしい方で尊敬されているが、年に280人看取るという。普通はそんなにできない。在宅医の標準ではないので、もう少し地域の実情を反映するようなハブが要るのでないか」

土屋
 「たしかに在宅医の最右翼を入れてしまった。決して標準ではなかろう。ただ江口先生が緩和ケア学会の理事長なので、そこでバランスを取ったつもりだ。先ほどの話に戻ると、匿名の卑怯者は相手にしないと割り切ることにした。昔から果し合いの時には名乗りあうのが日本の文化。そういう姿勢が一番大事」

 この後もう少しやりとりが続いたがナショナルセンター問題とは関係なかったので、ここで終わる。どうしても気になる方は、ロハス・メディカルwebに書いたものをご覧いただきたい。

(この傍聴記はロハス・メディカルweb http://lohasmedical.jp に掲載された文章に一部手を加えたものです)

週末の夕食 その9 

週末、仕事を終え、スーパーで買い物をして夕食の支度。

今回は、中華・・・というほどのことはないが、白菜と卵のスープ。白菜は、ごま油で炒め、鶏がらで味付け。

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もう一つは、定番、餃子。豚肉のひき肉に、キャベツ・にら・ニンニク・生姜などを加えて、塩・醤油で味付けする。既製品の餃子の皮にせっせと包み込む。これがなかなか良い味・・・そういえば、以前にもアップしたことを思い出した。レパートリーの少なさが期せずして露呈(笑。

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昨夜の7メガ 

昨夜、遅く寝る前の定時CQに、Nathan KO6Uが呼んで来てくれた。1週間ぶりのオンエアーだそうだ。奥様の母上が彼の家に滞在していたために、朝早くから無線をしたりできなかったらしい。母上が帰国なさり、ようやく無線が出来るようになった、とのこと。母上が滞在されていることは、以前の彼の話から理解していたが、毎晩聞こえていた彼の信号がピタリと聞こえなくなったので、無線への関心が失せたのかと心配していた。

彼のCWは、聴いていて心地よい。柔軟で快活な話しぶり。日本の経済状況を心配していた。パナソニックが、人員整理をし始めたことをニュースで耳にされた様子。確かに、外需の対象としての米国が、現在のような惨状になっているので、外需頼みの経済であったわが国は、今後しばらくシンドイ状況が続くと思うのだが、やがて外需の先を米国以外のところに見出すだろうし、内需もそれなりに刺激をされることだろうと申し上げた。何と言っても、金融経済のグローバル化を利用して、過大な消費を続けてきた(それで世界経済を牽引してきた)米国の経済の落ち込みの方が心配だ。さらに、保護主義の動きが米国議会に出てきていることが心配。それは、世界恐慌に直結するから、と申し上げた。

彼は、教育関係の管理部門で仕事をしているのだが、医療と教育は、いかに不景気になってもなくならないから・・・ということで話は落ち着いた。

彼との交信を終えて、バンドをスイープしていると、聴き覚えのあるW0とW6の局が交信をしていた。ところが、彼等にIDを打たずにクレームをつけている御仁がいる。その御仁の主張するところでは、その周波数でDXが出ているのに邪魔をした(だから、彼等に邪魔をしてやる)ということのようだ。その御仁のキーイングから、私は誰であるか分かってしまった。う~ん、聞くべきでないものを聞いてしまった。真相はどうであれ、IDを打たずに、妨害まがいのことをするのは許されないことだ。無線の世界も、人間社会の一つだなと少し落胆。私は、こうした状況に出会うと、かっては、カッカするほうだったが、最近はさっさとスイッチをオフにすることにしている。昨夜も、さっさとスイッチをオフにした。もう少し、互いを思いやることができないものか。そして、IDを打った上で、自分の主張を相手に訴えられないものだろうか・・・。

道路行政・道路政治はオワッテイル 

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これは、通勤路途中の道路工事の画像だ。畑のど真ん中を東西に走る新しく舗装整備された道路が、南北に走る私の通勤路にぶつかる交差点。前者の工事の模様は以前にアップした。この通勤路は、朝夕、多少車が走るが、渋滞するなんてことはない。何しろ、畑のど真ん中の道路なのだ。

ところが、その交差点の前後の道路を、複線化しているのである。もしかして、信号もつける積りなのだろうか。野鼠や、野良犬が無事に交差点をわたることができるように、と・・・。


こうした公共事業の道路工事が、全国隅々で今も粛々と行われているのだろう。社会インフラとしての道路工事をまとめる『キレンキョウ』という道路工事業者団体が、毎朝ラジオで宣伝を流している。道路工事がいかに大切か、を連呼している。

道路特定財源の一般財源化が行われるという触れ込みだったが、結局、道路特定財源で道路工事に費やされてきたのとほぼ同額を、一般財源から道路工事に回すということになったらしい。麻生首相が、一般財源化は「終わっている」と国会で述べたらしいが、まさしく「オワッテイル」。

すでに、人口減少社会に向かおうとしているのに、畑のど真ん中に、こうした不用の道路を建設し続ける。この道路行政・道路政治は、オワッテイル。



以下、引用~~~


道路特定財源:一般財源化「終わっている」 衆院予算委で首相

 麻生太郎首相は4日午前の衆院予算委員会で、道路特定財源の一般財源化が「骨抜きになった」との批判に対し、「一般財源化の定義は、道路整備に使う義務づけをやめるということだ。歳入が一般財源化したことで、特定財源の一般財源化は終わっている」との認識を示した。

 前原誠司氏(民主)への答弁。前原氏は、09年度からの一般財源化で創設する9400億円の「地域活力基盤創造交付金」のうち8000億円が道路整備に使われると指摘。「環境など他の分野に使うとの議論から始まったはずだ。首相はやるやる詐欺の常習犯だ」と批判した。【野口武則】

毎日新聞 2009年2月4日 東京夕刊

メタボ健診の闇 

官僚の意向を受けて、マスコミが『メタボ』キャンペーンを始めたのは最近のことだ。メタボなる言葉、その判断基準がいい加減なものであることが判明した。

メタボ健診で規定された『メタボ』よりも、喫煙・飲酒が健康に与える影響が大きいという大規模な調査結果が、厚生労働省班会議から出された。

m3という医療系コミュニティで、この問題が議論されていた。そのなかに、肥満・糖尿病だけを重視するのは、「糖尿病は、罹病期間が長く、それに伴い医療費が多くかかることを、当局が重視しているためである」という発言があった。なるほどと頷かせる。癌などの比較的短期の勝負の病気は、医療介護の国の負担が相対的に少ないのかもしれない。患者が早期に亡くなれば、年金の国庫負担も少なくなる。

タバコという、様々な癌の原因となっている依存性の極めて強い薬物を国家が管理し、販売を続けている。それの喫煙者・喫煙量を減らすために、タバコ価格を上げようとは、官僚はしないわけである。タバコを吸って、長期間に多額のタバコの税金を納め、その挙句、癌によって医療介護費用をあまりかけずに死んでくれたら、医療・年金の国の負担を減らすことができ、官僚にとって、喜ぶべきことなのかもしれない。こうした発言、ブラックユーモアのようにも思えたが、あながちそうとばかりは受け取れない。官僚は、真面目にそのように考えているのかもしれない。


以下、引用~~~

健康は肥満対策より禁煙、節酒 厚労省研究班、メタボ健診に疑問投げかけ
09/01/30
記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社


メタボ健診:健康は肥満対策より禁煙、節酒 厚労省研究班、疑問投げかけ


 ◇揺れるメタボ健診 9万6000人を10年調査

 がんや心筋梗塞(こうそく)などの循環器疾患を起こさないで今後の10年間を生きる可能性が最も高いのは、「禁煙、月1-3回の飲酒、BMI(体格指数)25-27」の人であることが、厚生労働省研究班による約9万6000人の調査結果に基づく推計で判明した。禁煙や節酒の取り組みは生存率を向上させるが、BMIだけ下げても変化はなかった。【永山悦子】

 主任研究者の津金昌一郎・国立がんセンターがん予防・検診研究センター予防研究部長は「がん、循環器疾患を減らすには、肥満対策より、まず禁煙、節酒を推進することが重要。国民全体の健康対策として取り組む場合、肥満中心の手法は適切ではない可能性がある」と、肥満改善を重視する現在の特定健診(メタボ健診)に疑問を投げかけた。米医学誌電子版に発表した。

 調査は、全国8県に住む40-69歳の約9万6000人が対象。生活習慣に関するアンケートをし、約10年追跡した。

 調査対象年齢の人が、10年間にがんか循環器疾患を起こすか、死亡する可能性が最も高いのは、男性が「1日40本以上喫煙、週に日本酒2合相当以上の飲酒、BMI30以上」、女性が「喫煙、同1合相当以上の飲酒、BMI30以上」だった。

 たとえば50-54歳の男性で、最も不健康な条件の人が10年間にがんを発症する割合は、健康な条件の人の2・8倍、循環器疾患は4・8倍に達した。がん、循環器疾患にならないで生存している割合は81%にとどまった。

 一方、BMI30以上の人が同25-27に下げても、平均的な生活習慣の男性の生存率とほとんど変わらなかった。ところが、禁煙や節酒の取り組みを組み合わせると、大幅に向上した。

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 ■解説

 ◇「小太り」が最も健康

 厚生労働省研究班の大規模調査は、従来の「肥満=不健康」との考え方に再考を迫る結果となった。

 昨年4月に始まった特定健診(メタボ健診)は、腹部肥満が循環器疾患の元凶と位置づけた。だが、国内では肥満でなくても糖尿病や循環器疾患を発症する人が多いうえ、国民の死因の第1位はがん。肥満と循環器疾患だけにターゲットを絞った健診への批判は根強い。世界保健機関(WHO)は、やせていても生活習慣病の多いアジアの住民に配慮し、BMIに代わる細めの腹囲を使った基準導入を検討している。

 今回の研究では、従来の肥満の基準を多少超える「小太り」が最も健康な条件に入った。さらにメタボ健診で重視されない喫煙や飲酒習慣の改善が、生存率向上に関与していることが判明した。大櫛陽一・東海大教授(医療統計学)は「メタボ健診では、やせている喫煙者には何の指導もない。メタボ健診のあり方に大きな問題提起をしているのではないか」と話している。【永山悦子、大場あい】

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 ■ことば

 ◇BMI

 国際的に肥満度を示す指標として使われており、体重(キロ)÷身長(メートル)の2乗で算出する。日本肥満学会は「18.5未満」をやせ、「22」を標準、「25以上」を肥満とする。政府が推進する「健康日本21」やメタボ健診では、25以上の人にやせることを推奨している。

厚生労働省が医療費を際限なく削減する 

国民健康保険の支払いが多い地方自治体、即ち、医療費の多い地方自治体に、医療費を減らすように、厚生労働省が指示した

国民健康保険を通じた医療費支払いの高い地方自治体が、こうした指示の対象に選ばれている。医療の中身も、医療機関のアクセスしやすさも、すべて捨象して、ただ医療費が高いということだけで、厚生労働省は医療費抑制を地方自治体に命じている。

このようなやり方で医療費抑制を続けると、医療費は等比級数的に削減され続け、限りなくゼロに近づく。

なんとも馬鹿馬鹿しいことではないか。医療の内容も、住民のニーズも何も関係なく、ただ医療費を抑制しろというのだ。どのような年齢構成の、どのような疾患の患者が、どれだけいるのか、彼等が必要とする医療はどのようなものなのか、さらに医療機関にかかるためにどれだけの距離移動しなければならないのか、官僚にとっては、すべて関係ないのである。

医療費の地域格差を是正するとは、お笑い種だ。是正するのであれば、医療費が少ない地方自治体の医療内容を検証し、必要があれば医療費を増やすことを地方自治体に勧告すべきなのだ。しかし、官僚は、決してそのようなことはしない。

彼等の関心事は、ただただ医療費を削減することだけなのだ。これが、国民の福祉健康を増進することを使命とする官僚の行なっていることだ。


以下、引用~~~

109市町村に抑制求める 医療費多いと厚労省 09/02/02
記事:共同通信社
提供:共同通信社


 厚生労働省は30日、市町村が運営する国民健康保険(国保)で、2007年度の医療給付費が基準より多額だった24道府県の109自治体を、医療費抑制の計画策定を義務付ける「安定化計画市町村」に指定した

 医療費の地域格差を是正し、国保財政を健全化する目的。指定された自治体は、3月末までに具体的な目標を盛り込んだ計画を国に提出する。

 道府県別では北海道が23市町村で最も多く、福岡県の18市町村、徳島県の11市町と続く。指定数は前年度の84自治体から25増えた。全国の市町村に占める割合は6・1%で1・4ポイント増。厚労省は、07年度には大きな制度改正がなく、給付増につながったとみている。

 自治体ごとに住民の年齢構成を調整した上で基準となる給付額を定め、その1.14倍を超えた市町村が指定の対象

マラソンコンテストに参加 

アマチュア無線のコンテストが、何時ごろ、どのようなきっかけで行われるようになったのか、良く知らない。が、短波帯交信のパイオニアであった、アマチュア無線家が、世界的に、同一の日時に無線をしよう、それによって、自分の設備・技量がどの程度のものか判断し、他の局のそれと比較しようという動機だったのではないだろうか。きっと数少ないアマチュア無線局の知り合いが、お互いの消息を知る機会でもあったのだろう。その当時は、アマチュア無線は大衆化されておらず、設備も大きくは決して無く、競技・ゲームとしての側面は無かったのではなかろうか。

FOCのマラソンコンテストは、全世界で500局前後しかいないメンバー間に限定されたコンテストであり、競い合うことにはあまり意味がない・・・中には、シャカリキになって48時間無線をし続ける御仁もいるが、それは例外だ。また、日本のように、メンバーの密集地域、ヨーロッパや北米東海岸から遠い地域では、競技としては最初から成立しない。

マラソンコンテストは、日時を決めて、無線で顔を合わせようという性格の強い、原初的なスタイルのコンテストである。この機会に、お空に顔を出すと、あたかもパーティが開かれているかのように、旧知の友人と声を交わすメンバー、自分を推薦してくれた友人にお礼を言って回る新しいメンバー等の『声』が聞こえてくる。

私は、土曜日の午後から夜にかけて、東京で室内楽の練習があり、また日曜日の午前中は急患対応をしなければならなかったのだが、それ以外の時間は、できるだけこのコンテストに参加した。土曜日の夜は、7メガの北米が聞こえたが、東海岸はもう一つだった。翌、日曜日の落日の頃、ヨーロッパ、特に英国の信号がようやく聴こえたが、幕を通して来るかのように弱いものだった。陽が沈む前後で、ロングパスからシょートパスに変わるのだが、弱い信号では、その見極めが難しい。それでも、恐らくベアフットにワイアー系のアンテナと思われる旧知の方々が、英国やアイルランドから一生懸命呼んで下さるのを耳にすると嬉しい。14メガでは、日の沈む前に、元G4ZVJで太平洋の島々を転々としていたことのある、キプロス在住のAndy ZC4VJや、G3MRCのコールを持つハムでマラウイから出ているJoe 7Q7BP等に会った。カリブ海からも、P40LE、VQ5・・・(サフィックスを忘れた)等がバケーションを兼ねて出ていた。

その他にも、多くの知り合いと、久しぶりの交信を重ねた。東海岸ニューイングランドの面々が殆ど聞こえず。そろそろ寝ようかと思っていた頃、Geo W0UAが、私の話を他のメンバーとしていた様子だったので、ブレークをかけた。FOCのメンバーに戻れたとのこと。新しいナンバーは1903。多くのメンバーから受けた祝福の言葉に、いつもの超高速のCWで対応していた。Pete K4EWGは、自作の新しいエキサイターと格闘している様子だった。

これから、アマチュア無線界は、高齢化、そして人数の減少する時期に入る。コンテストも、きっと原初の形態に変わってゆくのではないだろうか。ただリポートとナンバーの交換をするためだけに、何時間も費やすのは時間が勿体無い。マラソンコンテストのような催しであれば、FOC以外のものでも出てみたいものだ。

産科医療への根拠無き誹謗が、産科医療を疲弊させている 

産科医療への言われ無き誹謗に、分娩誘発剤を多用して、分娩を日中に行い、その中で、分娩誘発剤による副作用を児に生じさせているというものがある。これは、事実誤認である。医学的適応下に行なわれる、日中の予定帝王切開・誘発分娩の数から、説明のつく事実であって、産科医の「都合」で行なっているものではない。それを、下記のMRICでの産婦人科医の発言は指摘している。

医学の発達した現在でも、分娩に関連して年間60名ほどの尊い母体の生命が失われている。母体の死亡率は、それでも先進国中でも優れた位置に属する。分娩とはそれほどリスクのあるもので、それと必死に産科医は戦っているのだ。また、児の周産期死亡率は、世界のトップクラスの成績を、これまで収めてきた。日本の周産期医療の実績は、これまで世界的にみても極めて優れたものであった。

そうした成果を収めてきた産科・新生児科医療を、上記のような偏見,、誤った意見が、疲弊させている。それにマスコミ・一般の方々が気付くまでは、産科・新生児科医療は、崩壊を続ける。


以下、MRICより引用~~~ 

     ■□ 産科医療への誤解を解く □■
   ―日本の赤ちゃんたちは人為的な操作と誘導で生まされているのか?

                    尼崎医療生協病院 衣笠万里


 ここ数年、産科医不足の話題が再三、マスメディアでも取り上げられるようになってきた。その原因として多くの医師が指摘するものは、まず非人間的とも言える昼夜を分かたぬ長時間の勤務あるいは拘束と、医事紛争の多さである。筆者自身、1ヶ月に300時間以上の病院勤務(当直を含む)に入っており、また不本意ながら医事紛争にも関わってきたので、その二つについて異論はない。もちろん医事紛争については医療者側に問題がある場合も少なくないだろう。「医師が患者にきちんと真実を説明して標準的な医療をおこなっておれば、結果責任を問われることはない」、ある市民運動家はこう明言した。しかし私の経験ではそんなに生易しいものではなかった。「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」といわれるが、不幸な転帰に至った症例を後方視的に詳細に分析すれば、直接の因果関係があるか否かは別にして診療の過程で一つや二つは何らかの瑕疵が見つかるものである。それを個人の過失として厳しく糾弾されることによって医師は疲弊していく。

 今回は上記の二つ以外にもう一つ産科医のモチベーションを下げているものについて言及したい。それは日本の産科医療に対する評価の低さ、あるいは誤解に基づく偏見である。国民は日本の産科医療に対してどのようなイメージを抱いているのだろうか?それは言うまでもなくマスコミ報道によって大きく左右されている。たとえば医師主導のお産はやたらと人工的な介入が多く、医学的には不必要な陣痛促進剤を用いて平日の昼間に出産を終えるように仕向けている。そのために医療事故が後を絶たない。また重症例を「たらい回し」して恥じるところがない。一方で助産所は女性が本来持っている「生む力」を最大限に引き出す、安心で満足度の高いお産を提供している、等々。そのすべてが間違っているとまでは言えないが、搬送を受け入れられない実情や助産所分娩でのリスクなど、多くの点で十分に理解されていないことも確かである。たとえば出生時間のコントロールについて触れてみよう。

 厚生労働省がまとめた国内の出生に関する統計資料によると、平日午後1-3時の出生数が抜きん出て多く、単位時間当たりの出生数が夜間帯の2倍以上になっている(文献1)。一方で助産所や自宅での出生数は各時間帯でほぼ均等に分布しており、むしろ午前中にやや多い傾向であった(文献2)。この事実から、ある市民団体は「日本の赤ちゃんたちは産科医の都合で人為的な操作と誘導によって生まされている。つまり陣痛促進剤によって無理やり日中に産まされている」という推論を繰り返し展開している(文献3)。出生時間の偏りに関する彼らの解釈は国内に広く普及しており、国会の厚生労働委員会では自民党・民主党・社民党の議員がそれぞれこのデータを引用の上、「あまりにも不自然な実態」として問題視している(文献4・5)。ちなみにこの社民党議員は小児科医師でもある。

 はたして彼らの言う通り、日本の赤ちゃんたちは人為的な操作と誘導で生まされているのだろうか?まず2005年の調査では日本国内で全分娩の17%程度が帝王切開術(帝切)によっているが、これは欧米と比べて決して高率ではない(米国では30%近く、他の英語圏諸国でも概ね20%以上である)。その中でも予定帝切は平日午後に実施される場合が多い。また医学的に正当な理由のある陣痛誘発・促進も当然存在し、その多くはマンパワーの豊富な平日の日中に実施されている。

 実際に筆者が勤務する尼崎医療生協病院での分娩統計に基づいて出生時間の偏りについて調査した。当院では医学的適応を厳格に守って陣痛促進剤を使用している。原則として妊婦や家族の希望、病院都合による誘発や帝切は実施しておらず、分娩予定日超過症例は概ね41週4日以後、前期破水は24時間経過後も陣痛未発来の症例に誘発を勧めている。それ以外の誘発適応は胎児発育異常・心拍異常、胎位異常、合併症妊娠例などである。また微弱陣痛のために数時間以上にわたって分娩が進行しておらず、産婦の疲労感が強い場合に促進剤使用を提案し、同意が得られれば使用している。

 2006年における陣痛誘発・促進率は併せて12%であり、帝切率は15%であった。調査の結果、当院でも平日日中午後(12-18時)の出生数は他の時間帯を大きく上回っており、出生数全体の28%を占めていた。この比率は2004年の全国集計データとほぼ一致していた。10年前と比較すると、1996年における当院での陣痛誘発・促進率は16%とやや高かったが、帝切率は6%と低く、平日午後の出生集中率は24%であり、2006年よりも低かった。実際に分娩様式別に出生時間の分布をみると、午後1-2時の出生数のピークはもっぱらその時間帯に選択的帝切(予定帝切)が集中しているためである。また当院では陣痛誘発例のうち46%が夜間・早朝(18時-翌朝8時台)に出生しており、必ずしも日中に分娩を終えられるとは限らない。一方、過去11年間の周産期死亡例(妊娠後期の死産例および早期新生児死亡例))のうち、入院時には胎児心拍が確認されていて後方視的に救命の可能性があった症例は6例であったが、そのいずれもが深夜・早朝あるいは休日の分娩であった。

 このように医学的適応を守って帝切や陣痛誘発・促進を行っても、出生時間の偏りは生じうる。全国データにおける平日午後の出生集中率:28%という数字は平均帝切率17%という数字から十分に説明可能であり、陣痛促進剤の濫用によるものではない。一方で監視態勢・緊急対応が手薄になる休日・夜間帯は周産期死亡のリスクが高くなるため、日中の帝切や陣痛誘発・促進には一定の妥当性がある。もちろん今回の検討結果は全国津々浦々で陣痛促進剤が適正使用されていることを証明するものではない。しかし強調しておきたいのは、最初に示した時間別出生数のグラフ―出生時間の偏り―によって日本の産科医療が貶められる根拠はまったくないということである。

 現在、日本における周産期死亡率の低さは世界一の水準である。米国などに比べればはるかに格安のコストで良質な医療を提供してきたといってよい。われわれ産科医は陣痛促進や吸引・鉗子分娩あるいは帝切などの医療の介入について妊婦や家族に時間が許す限り十分に説明して納得いただいた上で、これらを実施すべきである。同時に産科医療についての誤解を払拭し正当な評価を受けるために、社会に対して自ら積極的な情報提供に努める必要がある。

(1)厚生労働省:平成17年度 出生に関する統計の概況
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/syussyo05/syussyo3.html
(2)厚生労働省「出生に関する統計」の概況(人口動態統計特殊報告)
http://www-bm.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/syussyo-4/syussyo3-7.html
(3)陣痛促進剤による被害を考える会:「陣痛促進剤 あなたはどうする」神戸市 さいろ社
2003年
(4)参議院会議録情報 第164回国会 厚生労働委員会 第26号
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/164/0062/16406080062026a.html
(5)衆議院会議録情報 第165回国会 厚生労働委員会 第7号
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/165/0097/16512010097007a.html