米国公的医療保健導入の苦闘 

米国で、公的医療保険を導入しようと政治的なせめぎ合いが行われている。幾度も試みられてきたが、尽く失敗した国民皆保険政策。自助努力をうたい、小さな政府を目指す共和党と、民間保険資本等利権を握る当事者が、公的保険導入に強烈に反対している。民間保険に医療を委ねている米国では、富裕層は優れた医療を享受できるが、そうでない国民にとっては、重病になると破産する危機が待ち受けている。医療費の総額、または対GDP比の数値は、全世界でトップだ。

一方、日本では、公的保険が疎かにされ、さらに低医療費政策で医療システムそのものが疲弊している。官僚は、補助金行政を行い権益を増やすことを目指し、低医療費により公的医療機関を中心に現在の医療システムを破壊しようとしている。政官業の三者が目指すのは、混合診療の導入だ。いわば、医療の米国化である。特に、高年齢層の貯蓄を狙って、民間保険を導入する動きが盛んだ。現在の医療制度下では、ほころびが目立ってきているとは言え、低医療費下で医療の質と医療へのアクセスは一応確保されている(これはこれで改革が必要なことなのだが・・・)。

わが国では、医療が米国化される方向に動いている。さらに米国よりも悪いことには、強大な官僚システムが医療を支配し、利権を得ようとしている。一旦、そのようなシステムが出来上がったら、容易なことでは後戻りはできない。オバマ政権が、公的保険導入でどれだけ苦労しているかよく見ておく必要がある。



以下、引用~~~

米医療改革、総力戦に オバマ氏「最大の試練」
09/06/29
記事:共同通信社
提供:共同通信社

 オバマ米大統領が10月の法案成立を目指す医療保険改革を阻止しようと、政財界の「抵抗勢力」が一斉に動きだし、経済危機の克服に代わって米政局の焦点に浮上してきた。歴代政権が挫折を繰り返した改革議論は来年の中間選挙も左右しかねず、大統領自身が「最大の試練」と認める政治問題と化している。

 ▽政局の中心

 「実現不可能と思い込んでいる人たちに、大統領選の合言葉を贈りたい。イエス・ウィー・キャン」。改革実現は「危機」に陥ったとする米メディアの論調が強まった21日、大統領はホワイトハウスで「われわれは成し遂げてみせる」と強調、改革への熱意が冷めていないことを強調した。

 今の米政局を動かすのは経済危機ではなく、イランでも北朝鮮でもない。オバマ氏の支持組織オーガナイジング・フォー・アメリカは「大統領の最優先課題は医療保険改革法案の成立」と言い切り、メンバーに臨戦態勢を取るよう呼び掛けた。

 約3億600万人の米国民のうち医療保険に入っていないのは4570万人。高額の医療費が払えず破産する無保険者、急騰して家計を圧迫する保険料、従業員向けの医療保険を維持できず破綻(はたん)する企業-。いびつな医療制度が「超大国」の福祉と経済を脅かしてきた。

 ▽身内も異論

 大統領は「すべての国民への手ごろな医療保険」の提供を公約した。事実上の国民皆保険だ。しかし法案作成に向けた上下両院での審議が各論に入るにつれ、共和党だけでなく身内の民主党からも異論が出始めた。

 最大の対立点は新たな公的保険制度の導入。オバマ政権は、民間の保険料に値下げ圧力をかけて「健全な市場」を作るには新しい公的保険が必要と訴える。一方の共和党は民間企業が駆逐され、肥大化した公的保険が財政を圧迫して、つけを国民が払うことになるとの論陣を張る。1兆ドル(約96兆円)を上回るコストの財源確保も、大型景気対策などで財政が窮迫する中で深刻な問題だ。

 「国民は際限のない支出が始まることに気付き始めた」(キャンプ下院議員)と攻勢をかける共和党に、財政規律を重視する民主党の一部穏健派グループが同調。様子見だった保険業界も、政府の役割拡大は「破滅的な結末」を招くとする意見書を議会に出すなど、巻き返しに動き始めた。

 ▽国民は支持

 「小さい政府」を志向する共和党にとって、公的保険の肥大は「欧州型の福祉国家」(ローブ元大統領次席補佐官)への変質につながり、受け入れがたい。ローブ氏は「共和党はこの計画をつぶすことを今年の最優先目標とすべきだ。さもなくば米国は取り返しがつかない打撃を受ける」と徹底抗戦を促す。

 議会や業界との調整不足で失敗したクリントン政権時代の反省に立ち、議会の折衝に委ねる姿勢を示していた大統領も危機感を募らせ、国民との対話集会を重ねるなど自ら腰を上げ始めた。

 大統領の頼みの綱は国民の支持。ニューヨーク・タイムズ紙の世論調査では、72%が新たな公的医療保険の導入に賛意を示している。大統領は15日に全米医師会総会の演説で「就任後最も長い」(NBCテレビ)約1時間の熱弁を振るい、改革実現に理解を求めた。

 夏休み前に上下両院がそれぞれ法案を可決、9月に法案を一本化し、10月の成立を図るのがオバマ政権の描くシナリオだが、見通しは日増しに厳しくなっている。(ワシントン共同)

人生は旅 

昨日は、朝ゆっくりできるかと思ったが、患者の一人から電話があり、草むしりや、野菜の世話をそこそこに仕事場に向かった。いつもは車で1時間ほど離れた場所に住むお孫さんを、祖父母にあたる方が連れてこられた。お孫さんを大切そうに扱うお二人に思わず微笑んでしまう。祖母にあたる方は、かるい片麻痺がある様子だった。

昼食をとり、車で30分ほどかけて、Tさんのお宅に伺う。数週間前からお願いしていた、室内楽を合わせるためだ。小奇麗に整頓され、ピアノが二台置かれたレッスン室。譜面台もすでに準備されていた。ピアニストが到着するまでの小一時間、弦だけで合わせた。ピアノの方が、演奏の仕事を終えて駆けつけ、1楽章だけ合わせた。少しゆっくり目のテンポ。最後に、二度ほど通し、それを録音した。

Tさんのことは何度か記した記憶があるが、娘がバイオリンを習っていた頃、同じ先生の門下生で優秀なバイオリニストであった。今回、しばらくぶりに室内楽の相手を引き受けてくださり、また来年1月に地元で行われるアマチュア奏者の発表会に、この曲を持って参加してみないかと声をかけて頂いた。仕事のお邪魔かなと思っていたが、とても快くお引き受けいただき、その上、このような申し出も頂戴し、恐縮至極。

最初にお目にかかった頃、まだ高校生だったTさんは、専門教育を受けられ、充実した20代を過ごしておられる。いろいろなことに関心を抱き、周囲に気配りをし、生きるエネルギーに満ちておられる。生きることは、自分の成長と、事業の充実そのものなのではないだろうか。

一方、入院し寛解導入療法を受けている白血病の友人Nさんと時々電話で話をする。50歳代半ばで、人生の先行きの見えぬ状況に置かれている。1クール目の化学療法の効果が、もう一つだったそうで、骨髄移植も視野に入れて置くように主治医に言われたらしい。

彼とは、もともと冗談ばかりを言い合うような仲だったので、病状を訊く以外は、いつもと同じ調子で話しをするようにしている。が、彼のこころの葛藤はいかばかりかと何時も思う。これからの見通し、それに無菌室に隔離されていることへのストレスが、彼を苛んでいるのだろう。心理面のフォローをしてくださるスタッフもいて、精神安定剤の助けも借りている様子だ。しかし、人生の終末を迎えるかもしれぬという、人生から彼への根本的な問いかけは変わらない。

生命が輝き、自分を伸ばす時期を生きるTさん。Nさんは、人生の終末を見据えて生きることを余儀なくされている。

人生の二つの異なる相を、彼等の生に見る思いがする。人生は旅なのだ。願わくば、Tさんの輝きに満ちた人生にはこころからの祝福の気持ちを抱くことができるように、そしてNさんには、できるだけ寄り添うことの出来るように・・・。私も同じように歩んできた。そして、人生の終末に向けて歩いているから。

呼ぶほうも、呼ばれるほうも・・・ 

今夜の7メガは、凄まじいノイズに覆われていた。14メガに移り、JAのパイルを発見。グリーンランドのOX3YYだ。2、3局のJAとの交信を聞いていたが、JR7某局との交信の際に、なかなかコールが取れなかった様子。

「JR7オンリーだ」と、ゆっくり繰り返しても、呼び倒すJAがいる。それを、1,2度繰り返すと、OX3YYは、「JAがこちらの指定を守らずに、呼び続け混信を引き起こすので、QRTする」とアナウンスして、いなくなってしまった。昔、こうした情景を何度か聞いたことがあるのだが、あまり後味のよろしいものではない。

7メガ同様、ノイズが多少あった、このOXの局の信号が余り強くない、それにスプレッドアウトしている気安さから、JAの連中は呼び続けたのかもしれない。また、OXの局は、もっとスプレッドアウトをするように誘導できたような気がする。2,3KHzの幅に、せいぜい10局程度が呼んでいただけだからだ。

しかし、呼ぶ側の指定無視は、頂けない。よく聞こえなければ、呼ぶべきではない。相手が何かメッセージを打っているのが全く分からないのだろうか。まさか、クラスターに上がったOXを見つけて、メモリーキーヤーで呼び続けてたなどということはないだろうか。

OX3YYは、QRTすると言って引っ込んだのだが、数分後、その近辺で私がCQを出したのに応答してきたOZの局と私が交信を終えると、OX3YYが、そのOZを呼ぶのが聞こえた。私が動くからと、周波数をOZの局に譲って、彼等が交信を成立させるのを聞いた。OX3YYは、QRTするといったのは、もうJAと交信したくないという意思表示だったのだ。

呼ぶ側も呼ばれる側も、それなりにテクニックを持ち、パイルに参加することだけで楽しめた時代は、遠くになってしまったのかもしれない・・・てなことを書くと、自分が歳をとったと感じるものだ。

この週末は、日曜日の室内楽の練習に向けて最後の練習だ・・・。無線機のスイッチは、オフにしたまま・・・になるか。

蘇った槿 

仕事場の東側に、開院時、父が植えてくれた槿。自宅から移植したもの。以前にもアップしたが、この木は、恐らくスタッフが除草剤を誤ってかけてしまったために、一旦枯れたのが、昨年生き返った。今年は、白い可憐な花をいくつか咲かせている。

枝があまりに多くなったので、少し切り落とした。その切り枝を、駄目だろうと思いながら、地面に差し込み、水を与えた置いた(その背後にあるのが、蘇った槿)。徐々に、枯れて行き、やはり駄目だったかと思っていたのだが・・・

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先日、その挿した枝に、芽が出ているのを見つけた。恐らく根付いたのだろう。槿の生命力に、改めて驚かされた。

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10数年前、仕事場の周囲に木を植えてくれた父が、亡くなって、もうすぐ5年。

雑草を抜かなくては・・・。

バグキーと戯れながら 

昨日、比較的早く自宅に戻れた。チェロを弾く元気がイマイチなく、無線機の前に座った。バグキーを使おうとしたが、短点が乱れる。ベストなセッティングから、ずれている感じだ。レバーのストローク間隔、短点の接点間隔、錘の位置、さらにはレバーの回転軸の圧まで弄くるが、安定した状態になっても、しばらくするとずれる。レバーストロークを大きくとって、振動部分が大きな振幅幅で動くようにして、多少安定したが、まだ不確実。これまで安定に動作していたものが、どうしてこのようになったのだろう。色々と調整していて、だらだらと交信を続け、時間を費やしてしまった。

バイブロのこのバグキー、しげしげと見ると、作りが大分いい加減であることに気づいた。レバーが、どうしてもベースの前後の辺と平行にならない。また、回転軸の軸受けにかなりのガタがある、等等。歴史のあるバグキーだが、このようなものかと改めて感じた。

エレキーとバグキー、それに時にはストレートキーを持ち出して、様々な方々と交信した。

Tommy W6IJは、彼が4月に甲状腺がんの手術を受ける前に交信して以来だったか。この3週間ほど、さ声が出てきてしまい、抗生物質の投与などを受けたが、良くならないので、近いうちに耳鼻科医の診察を受けることになっている、とのこと。今週末にミシガンからお孫さん達3人がやってくることになっており、にぎやかになりそうな様子だ。釣りにでかけているのか訪ねたら、サーモンを釣って満面の笑みを浮かべている画像を、すぐに送ってきてくれた。

Dave W8FGXは、結構な強さなのだが、フラッターとQRNで少し取りづらい。彼の古くからの友人Bob W8KICが、すい臓がんで亡くなったことを知らせてきた。時間が過ぎてゆき、親しい友人が去ってゆく、と。私の記録では、Bobとは1981年に交信していた。コールは聞き覚えがある程度で、頻繁にお目にかかったことはなかった。Bobは、Johns Hopkins出身だとことだったので、同窓の内科医Bill N4ARとも知り合いだったのか尋ねた。その通り、知り合いだったとの返答だった。

Chuck W7MAPが、ダラス近郊から呼んで来てくれた。ブログつながりの友人。先日、強風でアンテナが落ちてしまい、ダイポールを上げ直したらしい。彼のブログをみると、アンテナポールを固定していた大きな木が、見事に倒されている。友人との毎日のCWでのスケジュールも続けている様子。そのスケジュールはCW訓練、特に送信の訓練のためらしいが、もう訓練する必要はなさそうだけれどと言うと、いや集中力の訓練が必要なのだとのことだった。彼のブログの記事、それに交信内容ともに、何か文学的な香りが漂っている。

すでに夏至を過ぎ、あと2ヶ月もすると、空の上では秋めいてくる。

医療行政の問題が、医療事故の背景にあることが多い 

医療事故調について、本質的な議論がされぬままに、厚生労働省はなし崩し的に法案上程の機会を狙っているようすだ。

原因究明と責任追及は別な枠組みで別な組織が行うべき、即ち原因究明のための医療事故調では、原則的に責任追及は行わないこと。業務上過失(致死)罪を医療に適用するのかどうかを検討すること。故意に近い医療過誤とか、標準的治療から大きく外れた治療といった抽象的な文言で、刑事罰の対象にするかどうかを分けることはできない。これらを、当事者が徹底して議論し、医療事故調を立ち上げるべきなのだが、実際は、官僚主導の検討会(研究班)のなかだけで議論しているだけだ。

医療事故の当事者になる可能性が高く、厚生労働省案に強く反対している、麻酔学会と救急医学会の医師が、この検討会に加えられていない。また、警察・検察の方も入っていない。これでは、医療事故調が、本当に、原因究明のための組織になることは難しい。

さらに、大きな問題であるのは、あくまで厚生労働省が主導して、組織を立ち上げようとしていることだ。医療事故の背景には、システムエラーのあることが多い。医療のシステムは結局厚生労働省の作る枠組みと規則によって成立している。医療事故の本当の問題を追究するとなると、行政の問題に必ずぶつかる。厚生労働省管轄下の組織では、自らの組織の問題を究明することはできない。

この会合で挨拶してる厚生労働省担当者の佐原氏は、医療のプロであれば、医療事故の責任は逃れられないと述べているが、それはそっくりそのまま厚生労働省の行政官に当てはまるのだ。医療崩壊の現状では、システムエラーを明らかにすることが重要で、それはこうした厚生労働省の医療行政の問題を明らかにすることでなければならない。


以下、m3より引用~~~

 まず佐原氏の挨拶を紹介する。

 「厚労省では昨年4月に第3次試案、6月に大綱案を作成して、国民の皆様の意見を幅広く聞いて、議論していただいているところだ。賛否両論があり、まだ残念ながら意見集約には至っていないように思う。第3次試案、大綱案に批判的な意見の中には、医療事故の調査と責任追及は完全に切り離すべきだというものがある。今日はこのことについて述べさせていただきたい。

 例えば、病院で退院間近の患者が予期せずに急に亡くなったとする。なぜ予期せず亡くなったのか、原因究明や再発防止のために、調査委員会を立ち上げて、いろいろと調べ、結果として生理食塩水と間違えて、消毒薬を静脈内に注入していることが明らかになったという場合を想定してみる。

 医療事故の調査と責任追及を完全に切り離すべきという意見は、このような場合でも、この調査結果と医療者の責任は無関係であるべきという主張のようにも聞こえる。医師や看護師などは医療のプロとして、実施した医療に対する責任というものから完全に逃れることはできないのではないか。プロとしての責任からいたずらに逃れようとすれば、社会は逆にそれを医療界の無責任だと思うだろう。これでは医療界は社会からの信頼を失ってしまうのではないだろうか。

 ただ一方で、プロとしての責任が理不尽な方法で追及されることは適切ではないと思う。妊婦が出産中に死亡したからと言って、医療内容が不適切だったと一律に論じられるのか。そうではないと思う。高度で専門的かつ日常的に死と隣り合わせの医療において、死亡事故の調査や評価は医療者が中心となって、専門的かつ科学的に、また個々の医療現場の状況を十分に踏まえた上で行われなければならない。何より個人の責任追及を目的とするのではなく、医療の質や安全の向上に主眼を置いた調査や評価でなければならないと思う。そのような新しい社会システムを日本に作っていく必要がある。

 現在、大綱案まで来たが、制度設計にはまだ課題がある。第三者機関が調査すべき死亡事故とはどんなケースなのか、あるいは事故調査の具体的な方法や調査結果報告書の記載内容はどうあるべきなのか。また(第三者機関から捜査機関に通知する事故例である)『標準的医療から著しく逸脱している』と考えられる場合とは、具体的にはいったい何なのか。厚生労働科学研究である木村班には昨年1年間、精力的な議論をしていただいた。今日はその一部を発表していただくが、第三次試案や大綱案を補強するものもあれば、その修正を迫るものもある。国民の皆様にも研究班の内容を知っていただき、理解あるいは議論を深めていただければと思う。

 最後に、『法案はいつ国会に提出されるのか』と聞かれれば、厚労省では今、『関係者の理解が得られ次第』と答えている。実際の評価や調査を担当するのは私のような役人ではなく、医療者の皆様だ。患者や遺族をはじめ、国民の皆様の幅広い支持とともに、医療者の皆様の幅広い理解と協力がなければ、残念ながらこの制度は前には進まない。医療者、患者、法律関係者、様々な立場の方がその垣根を越えて議論し、相互の信頼の上に新しいシステムができるよう、厚労省としても引き続き努力していきたいと考えている」

紫陽花 

家人が、育てた鉢植えの紫陽花。梅雨に濡れて、満開の花が美しい。通勤路でも、神社の境内、家の庭、あぜ道等に植えられていて、目を楽しませてくれる。

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週末の夕食 その18 

鶏肉を赤ワインで煮込んだ。オリーブオイル・バター・ニンニクで焼け目をつけた鶏肉に、赤ワイン・缶入りトマト・マッシュルーム・スープの素等を加え、ぐつぐつと煮込む。一度冷まして、食べる前にもう一度温める。

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ワインが飛びきっていないというコメントもあったが、鶏肉に味が滲みて、なかなか美味。

そういえば、父の日だったのに・・・何も無かったなぁ・・・と少し落ち込む 笑。

西室泰三氏からの手紙 

東芝の相談役、西室泰三氏から、封書が届いた。サインはあるが、本文・サインともにコピーされたもの。

先日、彼は、財政制度等審議会の座長として、社会保障予算の抑制を続けることを提言した。それに対して、東芝の子会社である、東芝メディカルシステムズ社のサイトから、批判のメールを差し上げた。それに対する、返答である。

私の出したメールは、記録がないのだが、恐らく、こんな内容だったのだと思う。

○社会保障予算の削減によって、医療は崩壊しつつある。財務省の諮問会議に過ぎない財政制度等審議会が、医療内容にまで発言することは許されない。

○社会保障予算は、国民すべてにかかわるもので、それを蔑ろにすることは、国民すべての社会保障を蔑ろにすることだ。

○日本経済は、内需をおろそかにし、外需頼みの構造になり、米国発の不況の波をもろにかぶっている。内需を拡充するためには、国民のセーフティネットである医療・社会保障を充実する必要がある。今回の提言は、それと逆行するものだ。

これに対して、西室氏の返答の骨子は;

○財政制度等審議会の座長として、委員の意見を取りまとめただけであり、この提言が、西室氏の個人的な見解ではない。

○西室氏は、東芝の相談役であり、東芝・東芝メディカルシステムズ社の意思決定には関わっていない(これは、東芝製品の不買も匂わせたクレームがあったための、言い訳のようだ)。

○意見は、今後の同審議会での議論の参考にさせてもらう。

こうした、行政のお膳立てした審議会・諮問会議の類が、結論先にありきの集まりで、行政の意向に沿った答申を出すことは良く知られている。西室氏が、自分へ批判が集中し、ましてや出身母体の東芝・東芝メディカルシステムズ社の売り上げに悪影響が出ては溜まらんと考えたのだろう。普通は、ネットを通しての批判など無視されるのだが、こうして私信の形で弁明を送ってくるところは、西室氏等財界の委員がこうした批判を無視できなくなっていることを反映しているのかもしれない。

審議会・諮問会議を通して官・財界が国を動かそうとするやり方は、目に余る。政治が直接彼等を監視すべきなのだが、それも上手く行っていない。我々にできることの一つは、影響力はまだまだ小さいが、直接企業に意見することなのかもしれない。勿論、西室氏の手紙にしても、単なる弁明に過ぎず、財界の動きが変わるとは毛頭思っていないが、彼等の思考・判断に、多少のブレーキをかけることになるかもしれない。

週末の夕食 その17 

鮭フレークとキャベツを和えたポテトサラダ。電子レンジを使うと、とても簡単。結構いける味だ。

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さて、そろそろ買い物をしてから帰宅か・・・。

All Asia CW 2009 

今夜、上記のコンテストであることを失念していた。何かコンテストをやっているみたいだけれど、一体何なのだろう、ナンバーはシリアルナンバーでも地域のナンバーでもないし・・・と思いつつ、Happy W7SWをコール。

Shin OOOOT(Oが四つ) お会いできて嬉しい、チェロから離れて時々は無線の方にやってきてもらいたい、と仰しゃる。このコンテストはAA TESTか、と尋ねると、如何にも、との返事。ではと、私のナンバーを送ると、Happyよりも6歳も年上でいらっしゃる、とまたOを四つ付けた敬称で応答された。そんなに大差ないだろうに・・・。

ついで、Bob K6XXを呼ぶ。彼は、まだ40歳代のバリバリ若手である。I AM LESS YOUNG BY ** YEARSと打つと、大いに受けてくれた。

AA TESTが、最初に行なわれるようになった1960年代から、1969年に一旦QRTするまで、毎年のように参加していた。当時は、私もバリバリの若手。勿論、世界的に全体として、平均年齢が低かったが、私は最も若いくちだった。1980年頃カムバックして、10数年間、このコンテストだけは欠かさず参加した。普段交信している相手や、1960年代に交信した相手の年齢が分かるのが面白かった。年々、互いに歳をとることが実感できた。だが、1990年代になってからだったか、それまで初秋のCONDXで楽しめる8月下旬の開催だったものが、例年夏枯れの時期となる6月開催に変更されてしまい、コンテスト自体への関心も薄れたこともあり、あまり出なくなってしまった。

今夜、しばらく振りに参加して、専ら呼ぶ側に回りナンバー交換をしたのだが、相手の年齢を改めて知ることができて、興味深かった。コンテストという無機的な遊びに、ちょっとしたヒューマンな要因が加えられているように感じるのだ。

といっても、数局とナンバー交換しただけで、お終いにしてしまったのであるが・・・。

今夜は、音楽三昧にしよう・・・。 

13兆円米国債不法所持事件 

先日、イタリアからスイスに向かう国境付近で、二人の日本人がイタリア財務警察当局により拘束された。彼等は、驚くべき額の米国債を所持していた。その額実に13兆円。この事件は、良く分からないことだらけだが、単なる債権偽造犯行のような事件ではなさそうだ。取り上げているブログの一つは、ここ

疑問点

1)マスコミは、当事者たる日米ともに殆ど報道していない。または、事実ではないことを意図的に流そうとしている気配がある。

2)拘束された日本人の一人が、財務省次官・日銀副総裁の親戚にあたる方であるという情報があり、その方の名前まで同定されている。

ネットでよく流される陰謀説などには関心がないが、日米政府の絡んだ、犯罪行為の可能性がある。

日米以外の国々では、注目されている事件らしい。我々も、ネットを使って情報を集め、注目する必要がある。

救急医療へのアクセス改善のため!!! 

経済効果が低いために凍結されていた道路建設を、国は再開する。費用はしめて2300億円。

道路建設再開にあたっての言い訳が振るっている。救急医療へのアクセス改善のため!!!

この建設費用とほぼ同額の2200億円を、毎年社会保障費(本体はほぼ医療費)から削り続けている

私の通勤路の畑道でも道路工事が最近盛んに行われている。渋滞なぞありえない、畑の真ん中の道路の一部を4車線化しているのである。

道路の耐用年数がある。この国は、この先数十年後、管理しきれなくなって、凸凹だらけになった道路ばかりになるのではあるまいか。



NHKニュースより引用~~~

6月18日 19時23分
国土交通省は、経済効果が低いとして建設を一時凍結した全国18区間の国道について、車線を減らすなど事業を大幅に縮小することで、事業費のおよそ18%に当たる500億円程度を削減する方針を固め、これによってほぼすべての区間で建設が再開される見通しとなりました。

国土交通省は、ことし3月、ムダな道路がつくられているという批判を受けて、将来の交通量の予測などから道路の建設がコストに見合うかどうか判断することになり、全国で建設中の国道のうち18の区間は経済効果が低いとして、一時凍結しました。一方、地元自治体などから建設の早期再開を求める強い要望が出され、金子国土交通大臣は、今月中に外部の有識者による委員会を地域ごとに開いて、建設再開の是非を判断する考えを示していました。これにあわせて、国土交通省は、凍結された区間の事業の見直しを進め、車線を減らすなど事業を大幅に縮小することで、18区間で凍結された2800億円の事業費のうちおよそ18%にあたる500億円程度を削減する方針を固めました。この結果、18日建設再開が決まった高知県と沖縄県の5区間以外の13区間も、ほぼすべてで建設が再開される見通しとなりました。国土交通省は、建設の凍結によってムダな道路は作らないという姿勢を打ち出しましたが、結局、防災、救急医療の観点や景気対策も重視してほしいという地方の要望に配慮し、事業を縮小することで、わずか3か月で事業の再開に踏み切り、道路行政のあり方があらためて問われる形となりました。

高知医療センターPFIの失敗  

民間のノウハウを使って、公的医療機関を建設運営するPFI方式による医療機関が実質潰れる。高知医療センターだ。以前にも、PFIの問題として取り上げたことがある。 

医療機関の運営主体は、地方自治体の官僚がトップを勤める病院企業団、運営を委託されているのが「かのオリックス」関連企業の特定目的会社(SPC)。病院企業団は、医療について経験も殆どない行政の人間。一方、SPCは、小泉「構造改革」で規制緩和を首謀し、それにより様々な利権を得ている宮内氏のオリックスという構図だ。

SPCは、独占的に医療機関の運営を任されており、様々な価格決定権は病院企業団になかったようだ。さらに、この医療機関の人件費比率が、同規模民間医療機関に比べても大きいことが指摘されている。

SPC、即ちオリックスは、毎年5億円のマネージメント料を、得ていたようだ。SPCが病院企業団から受けた委託期間は30年間であり、今回の解約によって、相当の違約金を、医療機関・地方自治体はオリックスに支払うことになる。オリックスは、医療機関が潰れようが、潰れまいが、甘い汁を吸える構図が最初から出来ていたのだ。

この大きな失策から見えてくること。一つには、オリックスのような政商の率いる企業が、医療や、他の公的な事業で法外な利益を得ていることだ。例のかんぽの宿問題等も同根だ。

さらに、医療は、民間が経営面で多少絡んだからといって、経営が上手く行くような生易しい状況には無いことも言える。公的医療機関の8割は赤字だそうだ。民間医療機関も大半が経営に苦しんでいる。これは、先進国中最低の医療費に抑えている現政権の方針による。


以下、引用~~~

「PFI契約」解消へ 経営難の高知医療センター 《1》
09/06/16
記事:共同通信社
提供:共同通信社

 民間資金やノウハウを活用して公共施設を建設、運営する「PFI方式」を導入した高知医療センター(高知市)が経営難となり、運営委託先の特定目的会社(SPC)と運営主体の高知県・高知市病院企業団が、PFI契約の解消を前提に協議することが16日、分かった。

 同日開かれた企業団議会臨時会で、山崎隆章(やまさき・たかあき)企業長が明らかにした。

 山崎企業長によると、SPCと企業団は今春から、経営改善に向けた検討に着手。今月8日にSPCが「合意によるPFI事業契約の終了」を提案し、企業団もこれに応じた。今秋をめどに合意に向けた協議を進める。

 病院は来年4月を目標に企業団の直営とし、これまでSPCに包括委託していた薬品の納入などについては、業者との個別契約に移行する。

 医療センターは2005年、全国で初めてPFI方式を導入した病院として開院。直営方式と比べてコスト削減が見込まれていたが、医業収益に占める薬品などの調達コストが、当初の見込みより大幅に上回るなど赤字で推移。08年度には約7億6千万円の運営資金不足に陥るなど、経営難が深刻化していた。

 公立病院のPFI契約をめぐっては昨年12月、滋賀県の近江八幡市立総合医療センターが、経営難を理由に、全国で初めて契約を解除。市直営に切り替えている。

リタイアメント 

このところ、夜、14メガが北米方面に良い。一昨日は、一度CQを出すと、数局が固まって呼んできてくれる状態がしばらく続いた。10年、20年前の週末の7メガが同じようだったなと想い出していた。

一つの交信には、短くても5、6分間はかけ、長くなると、15分20分位話し込むことがある。それでも、私の他の局との交信を辛抱強く聞いていてくれて、「お前の交信を読んでいたよ・・・」と言ってくれる局も結構いた。

各交信で引き続いて話題に上ったのが、リタイアのこと。正確な交信の順序は忘れてしまったが、最初はPete K4EWG。彼は、土木建設の会社を経営しており、現在は、不況だが、リタイアは全く考えていない。二人の息子さんは別な仕事についているし、自分が仕事を続けられる限り、続ける積りだと言っていた。69歳になるが、タワーに昇って、アンテナ設置等も自分でやる。近いうちに、14メガの5エレ八木を上げる予定で、現用のVビームとの比較が愉しみだと言っていた。Peteについては、過去にも記したが、リグからアンテナまですべて手作りで運用面も極めてアクティブな方だ。K4SXが主宰するDXクラブに最近入り、行けるうちに、DXペディションにも出かけて、楽しみたいと言っていた。彼の年齢でリタイアをしないで、仕事を続けるというのは、米国人では例外的な感じがする。

その後、立て続けにお目にかかった方々は、すべてリタイア組。VE1DXは、時々しか交信しない方だが、昨年秋にめでたくリタイアされたらしい。まだ50歳代半ば。これから無線に大いに出たいと言っていた。Al W1FJも、久しぶりにコールしてくれた。彼は、1980年代に我が家を一度訪ねてくれた方で、その後、私がボストン近郊に行った際にもお目にかかっている。彼は、長い間、フィリップスのエンジニアとして仕事をし、全世界を仕事で回っていたが、6年前にリタイアし、現在は、リタイア生活を満喫しているとのこと。彼も、もう60歳代半ばを過ぎただろうか。最後に、落ち始めたCONDXのなか、少し弱い信号で呼んできてくれたのがLarry W1HMD。彼はリタイアして15年になるが、やはりリタイアして充実した生活を送っていると言っていた。もう80歳代だろう。FOCに数年前に入り直して、ヨーロッパの旧友達を訪ねてあるいたりしている様子。

仕事を、十分やり果せたかという問いが自分のこころのなかに何時もあるが、体力面で余力を残して、リタイアをすることに何ともいえぬ惹かれるものがあるのも事実。人生の中で、がむしゃらに突進することは、辛くはあるが、さほど難しいことではない。が、力を抜いて、自らの置かれた状況を冷静に見つめ直し、これから行くべき方向を見定めることは案外難しい。しかし、そろそろそれを現実に考えなければいけない時期に来ている。

交信の度に、相手の家をマークしているアトラスを片手に、レンタカーで、北米の友人達を訪ねて歩く旅行が何時になったらできるだろう・・・。

新聞記事にするに足る内容か? 

毎日新聞神奈川地方版の記事。

記者の父親が、老衰と脱水のために入院した経験を綴ったもの。

新聞に載せるとしたら、何故このような事態になっているのか、突き詰めて欲しいものだ。

まず、老衰と脱水になるような状況に何故なったのだろうか。医療機関の入院のキャパシティは、どんどんと小さくなっている。入院が必要になるまでに、どのようなケアがなされていたのか、知りたいところだ。

受け入れ拒否という表現は、正確さを欠く。受け入れできない、受け入れ不能のケースが圧倒的に多いはず。拒否という、医療機関を非難するニュアンスの表現を安易に使うべきでない。

延命処置については、少し辛口の説明を受けたのかもしれないが、主治医の言うことに間違いはない。これが荒涼としているというなら、その背後にある医療体制・医療行政をこそ問題にすべきだ。延命治療の適応の問題・効率を追求する、即ち患者の回転を早めなければ急性期医療機関の経営が成り立たない問題は、医療現場で解決できることではない。

自分の家族の入院に関して、医療機関を非難する論調に終始する記事を書くことに、マスコミ人として違和感を抱かないのだろうか。家族のことだからこそ、私的な感情を交えず、公正に物事をみるべきであり、背後にある問題まで見据えて欲しいものだ。これでは、医療機関への単なる私的な愚痴を
こぼしただけで、新聞記事とはとてもいえない内容だ。


以下、引用~~~

現場から:荒涼とした医療 /神奈川
 4月中旬、老衰と脱水症状で救急搬送された父。受け入れ拒否の連続で6カ所目の病院に入院し、点滴治療を受けたものの、38度台の熱が約1カ月間下がらなかった。「このまま逝ってしまうのでは」と心配した▼「自分でものを食べられないというのは、生き物としての体を成していない」との主治医の説明。さらに「状態がさらに悪くなった場合、人工呼吸器などの延命処置をしますか。処置を求めないご家族も多いですが」と言われた。延命処置を求めたが、回復する可能性の話も聞かせてほしかった▼この1週間、幸い父の症状は安定した。しかし、口からものを食べるのはほんのわずかで、胃に穴を開けて栄養を補給している。主治医は転院先の話をし始めた▼次々やってくる重症患者のためにベッドを空けなければならないのは分かる。延命処置の確認も必要なことだ。だが、医療の現場が荒涼としていることを感じざるを得なかった。【吉田勝】

国立大医学部長会議の要望 

国立大学は、独立法人化された後、徐々に国からの財政援助を減らされ、一方、以前からの借金はそのまま引き継がされているようだ。さらに、評議員や理事に、文部科学省の役人等が天下っている、と聞く。

医学部では、数少ないスタッフで、診療・教育・研究を行わなければならず、予算は少なく、慢性的な人手不足だ。基礎は、臨床以上に大変だ。もう20年以上前になるが、出身校の基礎の教室に一時戻った時、研究の下働きは勿論のこと毎朝の床掃除から何から自分達でやらねばならなかったので、驚いたことがあった。米国等では、研究者は、研究だけを行う環境にある。この違いは、研究面の遅れを確実に生じさせている。

国立大医学部長会議が、医療費の削減そのものに反対する意見を公表した。自らのことだけでなく、開業医へのしわ寄せにも問題意識を示した点も評価したい。財界に牛耳られている政府・官僚は、こうした見識に裏打ちされた意見に耳を傾けるのだろうか。それとも、無視して、医療・医学を、回復し難いところまで貶めるつもりなのだろうか。


以下、引用~~~


国立大医学部長会議 財政審建議の医療費重点配分に懸念 次年度予算編成の要望書まとめる
09/06/15
記事:Japan Medicine
提供:じほう

 国立大学医学部長会議常置委員会(委員長=安田和則・北海道大医学部長)は12日、2010年度の予算編成に向けての要望書をまとめた。財政制度等審議会の建議をもとに、医療・医学教育を含む予算編成方針が決定されることを危惧。低医療費政策の見直しや医師定員数増加のほか、大学病院の借入金約1兆円の解消を強く求めた。なお要望書は、麻生太郎首相のほか、与謝野馨財務相、西室泰三財政審会長あて。

 要望書では、日本の医療費がOECD加盟30カ国中21位にとどまることが、医療崩壊の元凶との見方を表明。先進諸国並みへの医療費増額を求めた。財政審の建議で、医療費配分の重点を、開業医から勤務医に移行するとしたことにも問題意識を示した。

 日本の人口1000人当たり医師数も、国際水準まで引き上げるべきとし、「国立大医学部入学定員を計画的に増員する必要がある」と主張した。さらに教育の質を維持することも必須として、「学生当たりの医学部教職員数を国際水準まで増員し、また定員増に見合った教育施設の整備、教育経費の措置が必要」とした。建議で、国立大の運営費の削減と成果主義を推し進める方針が盛られたことには、「国立大の運営費が今後さらに削減されれば、日本の教育および研究は確実に崩壊する」と危機感を示した。

 ドイツの例をとり、自由開業医制を一部規制する考え方が、建議に採用されたことには、「専門職に強制や規制を強化すれば、その社会や業務が健全に機能しなくなる」と反発。外国の一部制度だけを採用することに強い違和感を主張した上で、「もし国家の医療制度をドイツに習うのであれば、すべての制度を同じにしなければ、その制度は機能しない」とし、意図的なデータの活用にも不快感をあらわにした。

 医学部のある42の国立大全体で、約1兆円に上る借入金の解消も要求。「本来、国立大が法人化されたときに解消すべきであった借入金を(病院で稼いだ)医療費から返金しており、法人経営の大きな足かせとなっている」とした。国立がんセンターなどの国立病院の法人化の際には、借入金が大幅に減額されたとして、「国立大病院の借入金も国立病院と同じ構図でできたもの」と、その解消を求めた。

 安田委員長は同日の記者会見で、「今回の要望内容はすべてが絡み合っているもので、どれかひとつをやればすむものではない」と強調。その上で、「まず医療を良くしたい。医療の質の低下を座視して待てない。さらに日本が良くなって欲しいとの願いで要望した」と訴えた。

 嘉山孝正氏(山形大医学部長)は、大学病院の借入金について、「国家がやらないといけない事業なのに、われわれの労働で借金を返している。そんな国はほかにない」と批判。「病院の所有権という権利はないのに、義務だけ果たしている。われわれの奉仕でやっているようなもの」と憤った。


ふっと思うこと・・・ 

朝、あたふたと車で仕事にでかける。畑の続く道に出るT字路で、北西の方に、日光連山が見える。そちらに向けて、車を走らせ、金精峠を抜けて、関越から、新潟に出て、その後姫川沿いに信州に行きたいと、ふっと思うことがある・・・このルートは、大学を辞めて、市中病院に移る前の1ヶ月間の休みに何度か走った道だ。


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白血病で入院中の友人も、締め切られたガラスを破って、外の息吹に接したくなるようだ。彼の場合は、私の朝の血迷いごとなどよりも、よほど切実な思いなのだろう。サービスエンジニアとして、日本全国を走り回り、さらに余暇には、山の岩登りをしていたのだから、身体の奥底から、外に出て、自由に動きたいという気持ちになるのだろう。治療効果が上がるかどうかという、大きな不安を抱えて。

今年の秋には、休みをとって、彼と信州の温泉をめぐりたいものだ。それまで、ふっと旅に出たいという願いは封印だ。

国は公的医療提供から撤退する 

秋田の社会保険病院の存続を求めて、地元の方が4万人超の署名を集め、社会保険庁や、厚生労働省に提出するという報道を目にした。行政は、社会保険病院を次々に譲渡している。そうした施設を譲渡するのが、彼等の意思なのだから、いくら署名を集めたところで、何も変わらない。公的医療機関は、不要だ、無くなったほうがよいというのが、国の方針なのだ。

社会保険病院等の施設を、民間に譲渡する作業をしている特殊法人がある。年金・健康保険福祉施設整理機構だ。年間、数十から百程度の施設を譲渡している。この組織の理事長は、民間の金融機関出身の方のようだが、恐らく、その下で働いている職員の多くは、社会保険庁等からの横滑りなのだろう。こうした法人が、着々と、地方の社会保険病院を譲渡し続けている。

この特殊法人のサイトで運営状況や、経理が公開されている。私には、それを分析する能力がないのだが、気の付いたことをを二、三指摘しておく。様々な一般入札の告知と結果が示されているが、その経過は全く明らかにされていない。これでは、一般入札になっているのかどうかが分からない。
また、この2,3年譲渡物件の数がプラトーに達し、今年はむしろ減っているのに、人件費は右肩上がりに上がっている。これは、一体どうしてなのだろうか。また、譲渡物件の管理費・価値以下の値段で譲渡しているように読める(確信はない)が、「簡保の宿」と同じ状態になっていなければ良いのだが・・・。

国民は、もう気づくべきだ。現在の医療費で、これまでと同じ医療は受けられないこと、そして国は公的医療からどんどん手を引こうとしていることを。秋田で行われた署名活動等は、もう無意味なのだ。

病原性大腸菌感染後遺症で、医療機関・幼稚園・保健所を提訴 

病原性大腸菌の中に、ヴェロ毒素を産生するものがあり、それによって、溶血性尿毒症性症候群(HUS)という合併症を引き起こすことがある。血小板減少による出血傾向、貧血、腎不全等が生じる重篤な合併症である。食物を介して感染することが多いが、残念ながら、夏場には時々見られる感染症である。感染そのものは1,2週間で自然治癒傾向が高いが、HUSを生じると、死亡率は、数%に上る。

病原性大腸菌の一つO157の感染を起こし、不幸にも後遺症を残したお子さんのご家族が、「県や医療法人、学校法人」を相手取り、1億円近い損害賠償請求の民事訴訟を提訴した、という報道だ。「医師の誤診と不適切な措置」によりが、その後遺症の原因で、さらに感染を防ぐ対策を、幼稚園や保健所が取らなかったという原告の主張のようだ。

この報道では、どのような経過でどのような後遺症が生じたのか、全く分からない。そもそも、重症化し、致死性の経過をとりうる疾患にかかわる医療訴訟を、このように適切な情報を欠くまま、報道するマスコミの姿勢には、大きな疑問を感じる。医療法人だけでなく、地方行政機関、学校法人が提訴された、このケースの訴訟の経過を、医学的にも理解しうるように報道してもらいたい。


以下、毎日新聞より引用~~~

静岡・裾野の男児、O157で後遺症 「措置不適切」 県など相手に損賠提訴
09/06/10
記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社


損賠提訴:裾野の男児、O157で後遺症 「措置不適切」 県など相手に /静岡



 ◇9575万円

 裾野市内で06年、当時3歳の男児が腸管出血性大腸菌(O157)の感染で後遺症が残ったのは適切な措置が取られなかったためだとして、この男児と両親が、県や医療法人、学校法人を相手取り、計約9575万円の損害賠償を求める訴えを地裁沼津支部に起こしたことが9日、わかった。

 訴状によると、男児は06年6月、O157に感染。診察を受けた病院の担当医の誤診と不適切な投薬で、症状が重くなり後遺症が残ったと指摘。通園していた幼稚園についても健康に配慮すべき注意義務に違反したとしたほか、県東部保健所も感染症の拡大を予防すべき法的義務に違反したとしている。

 県医療健康局疾病対策室は「訴状は受け取ったが、対応は協議中だ」とコメントした。【田口雅士】

我が菜園近影 

ジャガイモを初めて植えたのだが、どうも最初の頃に枝落としをしなければならなかったようで、それをしないで伸びるままにしてしまったため、ジャングルに近くなりつつある。実がなるのかどうか・・・。

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ジャガイモの花。決して華美ではないが、可愛らしい。

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トマトもよく生育し、実を付け始めている。これ以外に、西瓜も植えてある。西瓜にも花が咲き始めた。

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以前にも記したかもしれないが、私は40歳代後半から、それまで無関心だった樹木や野菜に関心を抱くようになった。、当時高齢になってきた父親の庭仕事の手伝いをしなければならなくなったことがきっかけだったかもしれない。が、それだけではない。無心に野菜・草や木々の手入れをしていると、癒される気持ちになるのだ。新鮮な野菜を得るという関心だけではない何かがある。自然のなかの生命に共鳴する何かが、この年齢になってようやく生まれたということなのだろうか。

新型インフルエンザ騒動で見えた、硬直した行政機構 

今回の新型インフルエンザの流行を経験して、日本の医療行政が如何に硬直しているかが、分かった。行政は、医療をコントロールしようしてきた。ただし、そのコントロールは、極めて硬直化しており、現実に進行していた事態に対応できていない。また、行政の目的は、自ら作ったルールの整合性を確保することになっていたように思える。

検疫が形だけのパフォーマンスに過ぎないことは、最初から見えていた。その検疫には、数億円をかけて新たに購入したサーモグラフィーの機械を使い、また2億円の出演料を支払い、首相自らテレビに出て「冷静な対応」を訴えたりしていた。

しかし、実際の患者の診断に使うPCR検査を行う対象は、行政の作った意味の無い疑い症例基準に適合する患者だけであった。PCR検査を行う費用をケチり、さらに蔓延しているという明白な事実を隠そうとしていたように思える。パフォーマンスには金をかけるが、実際の医療現場で必要とすることには金も人手もかけない、という対応だった。簡易診断キットも、専ら行政が流通を止めた、ないし行政側が確保したという噂で、末端の私の職場などには回ってこなかった。

小松秀樹氏は、厚生労働省の今回の対応を厳しく指摘し、局長以上は、政治任命とし行政責任を取るような制度に改めるべきことを提言している。行政官が政治的に独立しているとはとても言えず、行政の権益拡大が自己目的化している現在、政治によって行政の瑕疵を厳しく追及し、その責任を明らかにできるような制度が必要だ。

東大の上准教授が、今回の騒動をまとめ、医系技官の問題を指摘している。



以下、MRICより引用~~~

▽ 新型インフルエンザ騒動の舞台裏 ▽

        東京大学医科学研究所
        先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門
        上昌広

 我が国をパニックに陥れた新型インフルエンザ騒動も、ここに来て落ち着きを
見せ始めています。5月28日には神戸市の矢田立郎市長が「安心宣言」を出し、
30日には騒動の発端となった兵庫県立神戸高校、兵庫高校で授業が再開されまし
た。また、主要五大新聞に掲載された記事数(地方版も含む)は、5月17日の週
の7872件から、24日の週には3533件と半減しています。

 一方、5月28日には参議院予算委員会で新型インフルエンザの集中審議が行わ
れ、政府の対応が批判されました。これまで議論されていない多くの問題がある
ようです。今後、様々なところで新型インフルエンザ騒動が総括されていく必要
があるでしょう。


【通知を濫発した厚労省】

 4月28日、WHOは、新型インフルエンザの継続的な人から人への感染がみられる
状態になったとして、パンデミック警報レベルをフェーズ4に引き上げました。
それ以降、厚労省は、かねてより作成していた「行動計画」と「ガイドライン」
に従い、成田空港等で大規模な検疫を開始するとともに、都道府県や医療現場に、
多くの通知や事務連絡を驚異的なスピードで出し続けました。その一部は厚労省
のHPで公開されています
(http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/hourei.html)。その中に
は、症例定義(PCR実施基準)、外来の取り扱い、入退院基準、確定診断など、
事細かな内容が含まれており、厚労省が医療現場の箸の上げ下ろしまで指示して
いるが分かります。

 このような行政指導を通じ、厚労省は司令塔としての役目を果たそうとした訳
ですが、その指示は現場の実態と乖離していたため、医療現場は大混乱に陥りま
した。知人の開業医は、「新型インフルエンザ自体より、厚労省の対応に振り回
され、医療スタッフは疲弊してしまった」と語っています。

 特に、PCRに関する通知は医療現場に甚大な影響を与えました。この通知によ
り、PCRを受ける患者は、メキシコ・北米への渡航歴があり、簡易診断キットでA
型陽性となった人に限定されたため、多くの患者が適切に診断されず、国内での
蔓延を発見するのが遅れてしまったのです。現に、5月8日に国内で最初に診断さ
れたのは、厚労省のルールに従わず、渡航歴がないのにPCRを受けた患者ですし、
国立感染症研究所は、4月下旬には国内に新型インフルエンザが進入していた可
能性が高いと報告しています。医療現場でPCRを行う第一義は、厚労省が公衆衛
生データを取るためではなく、患者の治療なのです。この点に関し、厚労省と医
療現場には大きな乖離があったように思います。

 また、「行動計画」に従って、全国の病院に約800カ所の「発熱外来」が急遽
作られました。そして、厚労省は「新型インフルエンザの患者は発熱外来へ、そ
れ以外の患者は一般医療機関へ」と指示しました。しかしながら、これは机上の
空論です。なぜなら、全ての患者は新型インフルエンザか否か分からない状態で
病院を訪れるからです。つまり、全国すべての医療機関が、新型インフルエンザ
かもしれない患者が来ることを想定した準備をしなければならないのです。とこ
ろが厚労省は、発熱外来以外の一般医療機関には、その準備のための物資・予算
を渡しませんでした。これでは、「発熱外来」など名前だけで実態の伴わないも
のになってしまいます。この姿勢は、食糧も物資も補給しないが戦闘命令だけは
出す、旧日本陸軍の参謀本部を彷彿とさせます。参謀本部は、ロジスティックを
軽視して、多数の兵士を無駄死にさせました。余談ですが、「発熱外来」は諸外
国にはありません。

 本来、医療とは、患者と医師が十分に相談し、状況に応じて柔軟に対応すべき
ものです。第三者である厚労省が、行政指導を通じて介入すべきではありません。
そんなことをすれば、治療が手遅れになったり、過剰になったりして、患者・医
師は大きな負担を強いられます。まさに、前述の開業医のコメントの通りです。
ちなみに、日本感染症学会は5/21に「一般医療機関における対応は(厚労省ガイ
ドラインとは)当然異なって然るべき」と緊急提言しています。厚労省の行政指
導を見るに見かねたのでしょう。


【予算が足りない!】

 では本来、厚労省に求められている役割とは何でしょうか? それは、医師の
判断を封じ込めるルールを作ることではなく、医療機関が新型インフルエンザに
対応できるだけの予算・物資・人員を供給することだと考えます。現場の医師が
「この患者にはPCRが必要だ」と判断したとき、それを実現できるだけの体制を
用意するべきでした。長年の医療費削減政策によって、日本の病院の73%(う
ち自治体病院の91%)は赤字ですから、必要な物資を購入したり、雇用する余
力はありません。

 ところが厚労省には、この問題に取り組んだ形跡が全くありません。新型イン
フルエンザ対策(発熱外来設置など)に使える医療機関の整備予算は、平成20年
度の補正予算と平成21年度予算を合わせて、38億円です。これでは感染予防のた
めの、個室を整備できません。また、発熱相談など、国民への情報開示に至って
は、わずか5000万円です。これでは十分な新型インフルエンザ対策ができるはず
がありません。

 5月28日の参議院・予算委員会で、民主党の鈴木寛議員は、新型インフルエン
ザ対策充実のため、医療体制の整備やPCR検査体制拡充について質問しました。
鈴木議員は、「国内感染の発見の遅れは、PCR法による検査が渡航歴のある人に
限られていたことが一因。PCR法での検査は、1日当たり全国で約1000人分しかで
きる体制にない。今後、予想される第二波などに備えて、検査体制を充実させる
べきではないか」と主張しましたが、厚労省の上田博三・健康局長からは具体的
な回答は得られませんでした。新型インフルエンザの診断体制の予算は、全て併
せて7.5億円で、絶対的に不足しています。

 鈴木議員は、新型インフルエンザ対策として約800億円の新規の予算確保を求
めましたが、麻生太郎総理大臣は、「2009年度補正予算を組み替えたり、新たな
補正予算を組む予定はない」と答弁しました。新型インフルエンザ対策は、補正
予算の最大の目玉になるべきテーマですが、麻生総理の答弁には呆れるばかりで
す。

 ちなみに、米国のオバマ大統領は4月29日に新型インフルエンザ対策として、
議会に15億ドルの予算を求めました。あまりにも対照的です。


【参議院予算委員会における参考人隠し】

 今回の新型インフルエンザ騒動における厚労省の対応には多くの改善点があり
ます。しかしながら、もっと議論すべきが厚労省の隠蔽体質です。それが明らか
になったのは、5月25日の参議院予算委員会です。詳細は、中田はる佳氏の論文
をお読みください(http://medg.jp/mt/2009/05/-vol-125.html)。

 当初、この委員会では、民主党の鈴木寛議員が新型インフルエンザについて質
問する予定でした。鈴木議員は、参考人として、現役検疫官の木村盛世氏と国立
感染症研究所感染症情報センター主任研究官の森兼啓太氏を招致していました。
しかしながら、当日開始時間になっても予算委員会は始まらず、開始予定時刻を
1時間もオーバーしました。これは、舛添大臣は両氏の出席を認めていたのに、
与党が木村氏・森兼氏の出席を拒んだためです。与謝野財務大臣、鳩山総務大臣、
舛添厚労大臣、塩谷文科大臣も1時間、待ちぼうけだったようです。

 私が聞くところでは、厚労省は「木村、森兼氏は政府を代表する立場ではない」
として、別の委員に差し替えるように鈴木寛事務所に依頼するとともに、与党の
予算委員会理事たちに参考人招致に反対するように陳情しました。木村・森兼氏
は、政府代表ではなく、専門家としての意見を聞くために呼ばれた訳ですから、
これは屁理屈です。そもそも国会の参考人を、官僚にとって都合が悪いから妨害
するなど、常識的には考えられないことです。多くの国民は、まさか厚労省がこ
のような姑息な手段を用いて、自らに不都合な情報を隠蔽しているとは知らない
でしょう。

 結局、25日は参考人招致が認められず、28日の午前中に審議されることとなり
ました。このことはメディアでも報道され、政府に不利な発言をすると考えられ
る参考人を隠ぺいしたのではないかと批判されています。ところが、この件の責
任者である上田博三健康局長など、関係者が処分されたという話は聞きません。
「厚労省」を「自衛隊」と置き換えれば、事態の深刻さをご理解頂けるのではな
いでしょうか。厚労省は「シビリアン・コントロール」から外れています。
朝日新聞 「与党、水際対策批判した検疫官の出席拒否 野党は反発」:
http://www.asahi.com/politics/update/0525/TKY200905250417.html
ロハスメディカル 「新型インフル 参院予算委で"参考人隠し」:
http://lohasmedical.jp/news/2009/05/25145547.php 


【参議院予算委員会仕切り直し】

 5月28日に仕切り直された参議院・予算委員会では、以下の4人の医師が参考人
として呼ばれ、新型インフルエンザの集中審議が行われました。与党推薦参考人
として、尾身茂・自治医科大学教授(元厚労官僚、元WHO西太平洋事務局長)、
岡部信彦・国立感染症研究所感染症情報センター長の2人と、野党推薦参考人と
して、前述の木村、森兼氏の2人です。国立感染症研究所(以下、感染研)と言
えば厚労省の下部組織ですから、岡部氏と森兼氏は、木村氏と同様、厚生労働技
官です。ある意味で、新型インフルエンザ対策の指揮官である上田博三・厚労省
健康局長の支配を受ける難しい立場にありながら、医師として専門家として、正
しいと考えることを、それぞれに堂々と発言したことに敬意を表します。

 鈴木寛議員の「なぜ厚労省は、検疫に異論を唱える職員等の意見に耳をかさな
いのか。その背景をどう感じていたか」との質問に、木村氏は「検疫ではN95マ
スクなどで防御した検疫官の姿が報道され、政府のパフォーマンスに利用された
のではないか」「そもそも行動計画の作成には医系技官がかかわっているが、果
たして十分な情報収集を行い、議論を尽くしたものなのか」といった回答をしま
した。森兼氏も、「検疫は全く無駄とは言えないが、要は人、手間、コストのバ
ランスだと思う。検疫に目が向きすぎていた面があり、少なくても国内感染者が
出た時点で、検疫をやめて国内対策を重視すべきだった」と述べましたし、岡部
氏も「行動計画においては適時適切に修正を行うこととなっているので、これを
是非利用していただければと思う」と締めくくりました。

 このような勇気ある発言ができる専門家たちが、この国を守るために不可欠な
存在となります。一方、政府官邸の専門家諮問委員会の長でもある尾身氏は、検
疫は万能薬ではないとしつつも一定の効果があったと述べ、そのひとつは「国内
の発症例が報告される迄に時間を稼げて診断薬を調整し、各地方自治体に配布す
ることができた」と指摘しました。この理屈は、科学者としてはかなり無理があ
ると思います。国内で渡航歴のない患者はPCRで診断させてもらえなかったので
すから、その間、発見が遅れ、単に国内感染者を増やすまで待っていただけだ、
と考える方が自然です。また、水際作戦で時間稼ぎするくらいで出来ることなら、
予めやっておくべきでしょう。それでも最後には、「縦軸に感染力、横軸に病原
力を置いた二次元的な対策を作る、検疫においてもアジャストするということは
これからの課題で、厚生省がすぐにやるべきこと」と締めくくりました。これは、
まさに正鵠を射た発言です。

 4人の専門家が異口同音に検疫見直しの必要性を指摘しましたが、上田博三・
健康局長の回答は、「現時点では、検疫法の改正が必要か否かを検討するのは時
期尚早」というものでした。今秋には新型インフルエンザの再来が予想されるの
ですから、「検討を開始」するくらいはすべきですし、参加した全ての専門家の
意見を無視して、上田健康局長が決める資格があるようには思えません。


【医系技官の存在】

 このように新型インフルエンザ対策に関わった厚労官僚たちは、大臣、国会議
員、専門家の意見を聞き流し、暴走しています。なぜ厚労省は、このような対応
をとってしまうのでしょうか?この問題は、新型インフルエンザ対策を取り仕切っ
た医系技官の存在を抜きに語ることはできません。

 医系技官とは医師免許を持つキャリア官僚で、霞ヶ関に約250人存在する一大
勢力です。医政局長、健康局長という二つの局長ポジションをもち、医療行政を
一手に担います。また、研究費の配分や人事を通じて、国立感染症研究所などの
国立病院・研究所を実質的に支配しています。これは、米国ではFDAやCDCの長官
が政治任用であることとは対照的です。

 医系技官のキャリアパスは独特です。医学部卒業後に1-2年の臨床研修を経て
厚労省に入省し、その後、様々な部署や省庁をローテートし、閉鎖的な「ムラ社
会」で出世を競います。彼らは、権限や予算獲得を追い求め、行政官としての実
績を積んでいきます。この状況は、WHOやCDCが、十分な現場経験を持つ医師を中
心に運営されていることとは対照的です。例えば、テレビにしばしば登場する
WHOのKeiji Fukuda氏は大学卒業後、一貫して感染症対策に従事しています。彼
らは、グローバルな「感染症対策ムラ」で昇進を競い、そのために公衆衛生の専
門知識と、この分野での業績が求められます。今回の新型インフルエンザ騒動で、
厚労省がWHOと十分に連携できなかったのは、両者のレベル・行動原理が違うか
らだと言うことも可能です。

 霞ヶ関に医系技官が必要な理由は、医療は専門性が高く、医師でなければ分か
らないからだと説明されてきました。また、事務官にとっても医系技官は便利な
存在だったでしょう。医系技官が政策立案に関与することで、国民や政治家に対
して医学的な正当性をアピールすることが出来たからです。しかしながら、多く
の国民が「医系技官は医者ではない」と認識するようになり、その存在理由が問
われています。例えば舛添大臣は、医系技官改革の必要性をこれまでに幾度も訴
えています。

 現在、医系技官はこのようなジレンマに悩み、一部の人たちは、専門家並みの
医学知識があることをアピールしようとして墓穴を掘っています。今回の医系技
官の暴走も、このように考えると理解しやすいと思います。更に、5月22日に政
府の「基本的対処方針」が出され、検疫が縮小するまで、実に1ヶ月を要しまし
たが、これは医系技官が面子に拘ったからだと言われています。この1ヶ月は関
西における感染蔓延を考えれば致命的だったと言わざるを得ません。わずか5日
間で学校閉鎖勧告を撤回したCDCの柔軟さとは対照的です。しかも、この方向転
換は難渋を極めました。舛添大臣は5月19日、医系技官が選んだ専門家諮問委員
とは別に、独自に四名の専門家アドバイザーを任命し、彼らの意見を聞くという
「パフォーマンス」を演じなければならなかったのです。その中に、上記の森兼
氏も含まれます。勿論、全ての専門家が機内検疫の即時中止、国内体制の整備を
訴えました。この模様は、マスメディアで大きく報道され、医系技官も方針転換
せざるを得なくなりました。しかしながら、舛添大臣の「パフォーマンス」は官
邸の反発を買い、東京新聞はこれを5月22日の朝刊で大きく報道しました(イン
フル対策指揮の舛添厚労省 官邸「独断専行」批判も)。誰が官邸に情報を入れ
たかは、説明の必要もないでしょう。

 このように、我が国の医療行政は、医師が尊重すべき科学的正しさや良心では
なく、担当者の面子や思惑にあまりにも翻弄されすぎています。既に南半球では
新型インフルエンザの大流行が起こりつつあり、今秋、日本への再上陸は避けら
れそうにありません。このままでは、また同じような迷走劇を繰り返し、大きな
被害が出る可能性は高いでしょう。そうした今、我々は何をしなければならない
でしょうか? 次回、この問題を議論したいと思います。

週末の交信 

昨夜、7メガから運用開始。

Tony W4FOAからコールあり。奥様Nancyがリンパ腫の治療を終えて、自宅に戻った様子。化学療法と放射線療法で大分弱ったが、すこしづづ元気を取り戻しているとのこと。まだ経口摂取ができないようだ。この1月から、彼女の世話に精力を傾注してこられたらしい。放射線照射をした頚部に火傷が残っており、それが治癒していないとのことだったので、人工皮膚製剤のことをお話した・・・きっと、主治医はご存知のはずだと思ったが・・・。Tonyは、Mike W7LPVの幼馴染であり、二人共に、7歳のときに、同じピアノの教師からピアノを習い始めたのだが、Mikeは立派なピアノ奏者になったが、Tonyは、音楽家の才能が無かったと笑っておられた。いや、CWに、その音楽の素養が生きていると申し上げた。

ついで、Vic W9RGBが、イリノイから強力な信号で呼んできた。他の同地域の局に較べても、いつも安定して強いので、あちらからJAへの方向が特によく開けているのかとお伺いしたが、特にそのようなことはない、とのことだった。DJ2UT(だったか)のビームが、よく動作しているのだろう。東京ハイパワーの新しいソリッドステートのアンプが、バンド設定もチューニングも要らず、とても気に入っているとのことだった。昨日、重病に侵された友人を見舞ったのだが、語りかけるべき言葉がなかなか見つからなかった、と彼に言うと、そうだね、ただその病に侵された友人の言うことに耳を傾けることが、私達に出来うることという状況がある、と彼は答えた。なかなかの人物である。

14メガが、北半球に広く開けた。

GeorgiaのPete K4EWG。とても久しぶり。彼は、現地の夜間に運用するばかりだったので、どうも私と会う機会がなかったようだ。自作の二台目のエキサイターのsnagを何とか見つけ出して、対応したと仰っていた。以前にも記したが、彼は、アンテナからリグすべて自作派である。アンテナもヴイビームという懲りよう。交信の最中に、シャックの窓際を、野生の七面鳥が通り過ぎた、奥様に見に来るように声をかけた、と仰っていた。息子さん二人共にもう独立。子育ての責任は終えた由。下の息子さんにお子さんが最近生まれて、初めて「おじいちゃん」になった由。この時期、彼の住む地域では、ローバンドはノイズでまず使えないとのこと。秋になったら、彼の好みの7メガでまた強力な信号を聞かせてくれることだろう。

ついで、ビームは、北米向きのままだったのに、Paul G4AFUが呼んできてくれた。ビームを向けると、S8程度で安定して入感している。1980年代末、同じ時期にFOCのメンバーになり、その頃、しばしば交信したと記憶している。どうもGのメンバーがあまり聞こえないのだが、と申し上げると、彼自身もあまりGメンバーの信号を聞かないと言う。80mのCWでCQを出しても、ほとんど呼ばれないらしい。お天気が良くなっているだろうから、外の活動を優先しているためかと申し上げたが、この週末は天気が崩れているのだがね、と彼は笑っていた。彼は、湿った土地に、Steppirの2エレを上げ、400W出力と恵まれた環境にあるので、こちらにも強力な信号を送り込める、Gの局としては例外的に恵まれた存在なのかもしれないが、全体的にactivityが下がっていることは、彼も感じていることで、残念なことである。

その後、Mike W2TBが、ニュージャージーから呼んできた。ビームをまた90度回す・・・忙しい。この1年半悩まされてきた、電線のノイズを、電力会社が重い腰を上げて、取り除いてくれたらしく、とても喜んでいた。1年間、電力会社とバトルをしたと言って、笑っていた。近くのレストランに設置された、避雷アレスターからノイズが出ていた様子だ。CONDXが落ち始めていたので、早々にお開きにした。

ただただ時間を無駄に費やすのではなく、自分が納得する時間を過ごしたいものだ。

今夜は、どのような出会いの機会がめぐってくることだろう・・・。

一種独特な世界 

7メガのCWによる国内交信の半分以上は、アワード集めのためのコンテストスタイルの交信なのではあるまいか。

あの類の交信に、私は全く関心がない。アワード自体に興味がないし、カード集めも二の次三の次である。アワードは、交信の結果手にはいるものであって、交信の目的にはなりうべきものではない。

しかし、これは私の信条であって、他人に強制したりする類のことではない。あのコンテストスタイルの交信が愉しい方は、どうぞ愉しんでいただきたい。

ただ、あの交信スタイルが、世界のCWマンの多くには、かなり異質なものと受け止められていることは指摘しておきたい。秋7メガが日の暮れる頃に、一瞬全世界に開ける時がある。そうしたときに、あのコンテストスタイルの国内交信の信号が全世界に飛んでゆく。

あのコンテストスタイルは、一種の日本のCW界のjargonの世界でもある。一つの閉鎖空間を作り出している。そこでだけ通用する運用ルールのようなものも出来つつある様子だ。その運用ルールが、願わくば、世界に通じるものであって欲しい。

ま、基本的には私には関係ないのだが、お互いに別な愉しみ方をする者同士摩擦は起したくないものだ。

社会保障予算削減に玉虫色のベールを被せて・・・ 

毎年、社会保障費の自然増2200億円分が削られてきた。トータル1.1兆円削減であるが、毎年の削減分が、積み続けられて効いてくるので、この削減は医療を崩壊させる上で、じわじわと効いてきている。

何故、毎年2200億円削減なのか、根拠はない。この程度は、削減できるだろうと、まずは金額を決め、その後どのように減らすか、どの項目を減らすかを議論している。今回の景気対策15兆円と同じ手法だ。景気対策では、防衛庁の車500台を新車にしたり、30の「基金」を新設したり、思いつきでばら撒いている印象が強い。で、この削減も、思いつきの削減金額を現場に押し付けて、無理矢理削減し続けている、ということになる。

選挙間近のためか、下記の報道で、厚生労働大臣や財務大臣までが、この毎年の削減を止めるかもしれないという玉虫色の答弁をしているが、決して、止めるとは言明しない。無駄があれば、やはり削るということのようだ。どこに無駄が転がっているのだろうか。セーフティネットが、まるで無駄と等価のような発言であるが、これもセーフティネットの社会における重要性を無視するものだ。セーフティネットがしっかりしていなければ、社会の経済が成立しないことがまだ良く分かっていない様子だ。医療・社会保障で金儲けをするという、近視眼の意図に、この厚生労働大臣も毒されている。社会が上手く機能するために何が大切なのかが分かっていない。骨太を「夢と希望を与える新しい」と言い換えようという話を読んで、後期高齢者医療制度を、中身を全く替えずに、長寿医療制度に言い換えたエピソードを思い出した。このような言い換えで、中身まで変われば良いのだけれどね>舛添さん。

社会保障予算を削減するということは、国民の健康と福祉を蔑ろにすることだということを、我々はよくよく肝に銘じておこう。


以下、引用~~~

国民不安解消へ、社会保障の機能強化が必要 2200億円削減問題で舛添厚労相
2009年6月5日 提供:Japan Medicine(じほう)


 舛添要一厚生労働相は2日、参院厚生労働委員会で、社会保障費2200億円削減問題について「国民の不安や不満を解消するため、社会保障制度のセーフティーネット機能を強化することが必要」と述べた。ただ、セーフティーネットの強化一本やりでは駄目だとし、「無駄の排除を行うべき」との見方も表明。さらに「財源投入によって、介護や医療がさらなる成長への起爆剤となり得ることを、もう少し明確にする必要がある」とも述べた。石井みどり氏(自民)の質問に対する答弁。

 舛添厚労相は、政府が進める2011年度の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化や、社会保障費の抑制政策について「与謝野馨財務相も、旗はあるが相当ぼろになったと言っている」と述べ、限界に近づいているとの見方を示した。ただ「効率化をするという旗は捨ててはならず、無駄があればきちんと是正する態度を捨ててはいけない。無論、セーフティーネット論だけでも駄目だ」と述べた。

 2200億円削減を骨太方針2009に盛り込むべきではないとの要請には「骨太とは、役人言葉で、国民に夢と希望を与える新しいビジョンに変えた方がよいのではと麻生首相と話した。単に財政コストとして2200億円は限界との話でなく、それを超える新しい夢と希望を与える新しいビジョンを設ける時期に来ている」と述べるにとどめた。

 また「日本の人口は3000万人ではなく1億2500万人。どうしても外貨を稼がないと食べていけない。輸出戦略の中で、厚労行政でも大きな発想の転換を求められており、例えばワクチンで素晴らしいものが出来れば、外貨を稼ぐ成長産業になれる」と期待感を示した。

 2200億円削減問題については山本博司氏(公明)も質問し、舛添厚労相は「社会保障費についても効率化しないといけないが、政策にはプライオリティーを付けないといけない。今、2200億円抑制が大事なのか、国民の生命と健康を守るために必要な施策を行うことが大事なのか、これは言をまたないと思っている」と応じた。


元厚生労働省事務次官の言葉は将来を開くか、それとも単なる弁解か? 

元厚生労働省事務次官辻哲夫氏が、「専門医信仰」からの脱却を訴えている。

彼の主張は、高齢化社会が到来している、高齢者が「心豊かな生活」を送れるように、在宅医療を進めるべきだ、社会のニーズは、在宅医療とそれを支える総合医だ、総合医は、高齢者を在宅で往診し、24時間看るべきだ、ということだ。在宅介護の制度が上手く機能していると、彼は言う。

彼の主張の第一の問題点は、在宅介護の現況がどうなっているのか、ということだ。慢性期病床が削減され続けている一方で、介護施設は全く足りない。また、自宅での介護をする人間もいない。どうしても自宅に引き取るとなると、家族が自らの仕事をなげうって、介護に専念しなければならない。こうした状況を作り出してきた責任は、辻氏にある。

第二に、総合医とは一体どのような仕事をするのか、どのように育成するのかが分からない。欧米でのfamily medicineを想定しているのだろうか。この領域が立派な専門領域であることは辻氏の言うとおりだろうが、その「専門家」の育成に、いままで取り組んでこなかった。それも辻氏の責任である。また、医学の専門分化は大きく進んでいる。専門医の医療を求めることは、社会の趨勢であるように思える。専門外の医療を行い、結果が悪ければ、医療訴訟が提起される世の中に、総合医というジャンルの医師がどれだけ受け入れれらるのだろうか。

第三に、総合医がいくら育成されたといっても、24時間往診を受けるような仕事を受け持たされたら、総合医は疲弊する。また、往診という非能率的な診療形態をとるとすると、そうした総合医の数は、かなりの人数になる。高齢者が2200万人になるときに、総合医一人で200人を担当するとしても、総合医は11万人必要になる。実際は、24時間365日仕事を続けるわけにはいかないから、この2から3倍の医師が必要になるだろう。これだけの医師が、降って湧いてくることはありえない。

第四に、現在の開業医がこうした高齢者医療を担うことを、行政は想定しているのかもしれないが、平均年齢60歳の開業医にとっては、24時間365日の仕事は、あまりに酷である。現在進行中の他の医療政策と相俟って、こうした負担を強制された開業医の多くが、早期退職を考えることだろう。「医療者のやる気」が問われると、辻氏は述べているが、その「やる気」を失せさせるような施策を実行してきたのが、辻氏本人である。

辻氏は、現政権・行政の医療政策を代弁している。要するに、高齢者には、ほどほどの医療で満足してもらい、介護は専ら家族の責任で行え。医師は、そのほどほどの医療を実現するために、休み無く働け、ということのように思える。現在の国の経済状況、さらに急速に進む高齢化社会を考えると、国民にもこれまで同様の医療介護は受けられなくなる可能性が高いことを覚悟する必要がある。だが、これまで誤った医療政策を実行してきた辻氏が、これまでの反省をすることなく、さらに負担を医療現場と患者・介護をする家族に課すというのは全く納得できない。

辻氏は、事務次官を退官してから、東大の新しい研究所の教授に天下った。自らが立案・実行してきた医療政策の辻褄あわせ、弁明をしているに過ぎないように思える。


m3より、一部引用~~~

◆東京大学高齢社会総合研究機構・辻哲夫氏に聞く

Vol.1◆「専門医信仰」からの脱却が必要
人口の高齢化で「生活を支える医療」が求められる時代に
http://www.m3.com/iryoIshin/article/100932/

――最近、総合医の必要性を指摘されています。

 専門医を目指す医師が多く、患者サイドも「専門医信仰」と言っていい状況にあります。しかし、これでは現在、そして今後の日本の医療ニーズとはミスマッチが生じ、医療の混乱を招きます。医師不足の問題も、この点を解決しない限り、構造的には解消しないのではないでしょうか。

――「医療ニーズとのミスマッチ」について、もう少し詳しくお聞かせください。

 まず今後の医療ニーズがどう変化するかですが、日本では世界各国が経験したことがない人口の高齢化が進みます。75歳以上人口は今後20年間で倍増し、今の約1100万人から2030年には2200万人強になります。スウェーデンの総人口が1000万人弱ですから、この数字がいかに大きいかが分かるでしょう。さらに100歳以上に限って見ても、現在は2万人台ですが、20年後には20万人以上、40年後には60万人強になると見込まれます。

 もう一つ、重要なデータを挙げると、かつて昭和40年前後の死亡者数は年間80万人ぐらいで、しばらくはそのまま推移していました。ところが2000年ごろに100万人を超え、今は約110万人、ピーク時の2040年頃には年間死亡者数は170万人弱まで増加します。その内訳が問題で、昭和40年当時、死亡者数のうち後期高齢者は3分の1程度でした。ところが、現在は3人に2人、20年後は4人に3人、以降ももう少し増えます。

 慢性疾患あるいは生活習慣病に起因する死亡が増加し、人間は自分の臓器が弱って死んでいく。つまり、虚弱な時を経て死んでいく人が増えるわけです。

 昭和40年頃は、「死と戦う」のが医療の基本でした。いわば臓器別の医療が非常に進展しました。しかし、今後は臓器別の医療も非常に重要ですが、いかに幸せな時を経て死を迎えるか、それを支える医療が必要になってきます。しかし、急性期の治療が必要な時期が終わった後の医療、いかにその人の生活の質を守るかという医療は果たして確立されているでしょうか。現状では必ずしも十分ではないと思います。

(中略)

――「生活を支える医療」の場は病院ではなく、在宅であると。

 日本の人口は米国の半分以下ですが、病床数は米国の約2倍。日本はベッド数が多く、もはやベッドを増やす選択肢はあり得ません。2006年に成立した医療改革関連法案で、2012年度に介護療養病床を廃止する方針が打ち出されましたが、在宅へという方向性を国が決意したわけです。あとでまた触れますが、ここで言う在宅とは自宅だけではありません。

 今後は、医療の機能分化と連携を進め、生活を支える方向に変えていく必要があるわけです。その結果、「病院は、より病院らしく」、急性期の病院はレベルの高い医療を的確に行うなど、それぞれの機能をしっかり果たしながら連携して、患者の生活能力をできる限り良い状態にすることが可能になります。そのような意味で専門医も、臓器別の治療も非常に大事なのは当然のことで、それは今後も変わりません。

――家で生活をして、家で死を迎えたいと思っても、現実にはできない理由をどうお考えですか。

 一つには、「家族に迷惑をかけるから」という高齢者の思い。もう一つは医療上の不安ではないでしょうか。前者については、介護保険で居住系サービスを含め相当システムができ上がりつつあります

 課題は後者です。「医療の場は病院しかない」と言われた途端に、高齢者の希望が叶えられなくなってしまう。病気は時間を問いません。医療の本質は「必要な時に対応する」ことであり、在宅で生活する人については、往診したり、時間外に対応するという医療がなければ支えることができません医療上の不安が解消できれば、在宅でがんばれる人が相当増えるはずです。

 しかし、こうした医療は、医師にとっては、「魅力がない」と映る。専門医は臓器別診療に特化し、開業しても「病院の専門外来」の延長という形態が少なくありません。医療ニーズと医療提供体制がミスマッチになっている、これが今の構造です。


Vol.2◆医療体制を決めるのはプロである医師の仕事
時間外・往診に対応できる体制作りが課題

――総合医的な医療は、なぜ医師には魅力がないと映るのでしょうか。

 専門医として、最先端の研究、レベルの高い研究を行う分野と考えられているからではないからでしょう。今の医療には、「著名な学術誌に、新規性の高い論文を掲載することが優秀な医師である」という文化があります。総合医、在宅医療の分野では、最先端の研究がやりにくいので関心がわかないと。専門医志向の価値観しか持っていない医師が多いわけです。

――臓器別の専門医と在宅医・総合医の相違は、レベルの相違ではなく、分野・価値観の違いなのではないでしょうか。

 その通りだと思います。医師の力量という面では、両者とも同じ。特定の分野において縦に深いか、あるいは浅く見えても、横軸の総合的で幅広い分野をカバーしているかの相違で、知識と技術の総合的な集積量で見たら両者とも甲乙付けられないと思います。しかし、この縦のファクターしか評価されないのが、今の日本の医療文化です。

 医療では、情報の非対称性があるために、患者側はどんな医療を受けるべきかが分かりにくいのが特徴だと言われています。供給側が医療のあり方を基本的に決める構造なので、当然供給側の意識が変わらなければ、医療の体制は変わりません。言い換えれば、「医療をどうするか」が問われる時代、患者の生活を支えるといった観点からの医療者のやる気が問われる時代になっています。例えば、介護保険で主治医の意見書を書くとします。単に書くだけではなく、そこで自分が患者の生活を支えるためにどんな役割を果たすか、それが問われるようになっているのです。

――医療者は病院で亡くなっていく方を一番診ている立場だと思います。

 よく言われるのが胃瘻の問題です。最近の調査(財団法人長寿科学研究財団「高齢者の医療のあり方についての研究事業報告書」)によれば、医師の5人に4人、看護師の10人に9人は、「自分なら胃瘻を付けたくない」と回答しており、ケースによると思いますが一般的には胃瘻を付けることは幸せではないと思っていると聞いています。

 超高齢社会、100歳以上が何十万人もいる社会とは何か。医療者にはこうした社会像を描いた上で、医療は高齢者が心豊かな人生を送るためにどうあるべきかかを考えていただきたいと思います。何度も言いますが、臓器別の専門医療を否定するものでは、全くありませんが、それだけでは十分ではないのです。

 前にも触れたように、在宅には、自宅に限らず、グループホームやケアハウスなどの居住系サービスやケア付き住宅なども含まれ、介護保険はこのような在宅システムを目指しています。こうした場での生活を支える在宅医療分野が育つことで、逆に病院は病院らしく、急性期の医療や回復期のリハビリテーションに特化できるわけです。

白血病と闘病する友人の経験 

白血病に倒れた友人には、まだお見舞いに伺うことができない。無菌室に入っているので、面会が制限されているためと、感染症にいつもかかっている可能性のある私が行って、彼にうつすことを恐れてのことだ。電話で時々状態を伺っている。一回目の化学療法による汎血球減少症から回復し始め、近々骨髄検査を受けるらしい。身体を動かすのが好きな彼は、病棟に備えられた、運動自転車に乗って、フル負荷で漕いだりしているようだ。無理をしないようにしてもらいたいもの。

私よりも若いとは言え、もう50歳代半ば、大病を患い、いろいろなことに思いを馳せるらしい。奥様が、自宅で取れたインゲンを料理して持ってきてくれた、それが嬉しかった、これから何度食べることが出来るだろうか、といったことを考えるらしい。病気をして、人生をまた違う目で見れるようになって良かったではないかと申し上げた。

連休直前、小笠原島に仕事で渡っていたときに、具合がわるくなったらしい。4月下旬に歯茎が腫れたこと以外、それほど体調の悪化を自覚していなかったらしい。小笠原島で仕事をしているときに、急に具合が悪くなり、島の診療所で診察を受けたようだ。その診療所の若い医師、自治医大の卒業生らしい、は、的確に白血病の可能性が高いと診断し、自宅に帰る手はずを一緒に考えてくれたようだ。東京に戻る定期便の船には乗ることができず、その夜は、診療所で過ごしたらしい。白血球数が10万を超えており、後で判明したことにはDICを起しかけていたようだ。友人が、しきりにこの医師に助けてもらった、優れた能力もある医師だったのだろうが、それ以上に、患者のことを考えてくれる医師だった、と繰り返し述べている。その医師と看護師は、診療所に泊り込んで、彼の様子を見守ってくれたとのことだった。あれだけのことをしてもらって、1万5千円だけの自己負担だった、申し訳ないとも言っていた。

翌日、台風の余波の風が吹き荒れる中、自衛隊のヘリに乗せられ、まずは硫黄島へ。その後、飛行機で、東京に戻ってきたらしい。

その医師は、来年4月に任期を終えるらしい。それまでに良くなって、是非挨拶をしに、また小笠原に行かなくては、と私は申し上げた。その若い医師は、きっと彼の訪問を一番喜んでくれるはずだ。

その若い医師と同業であることを少し誇らしく思い、また友人のために骨身を惜しんでケアしてくださった、その医師に対して、私も、満腔の感謝の気持ちがあふれた。

東北行 

昨日、母を見舞いに、宮城まで出かけた。東北自動車道に乗り、一路北上。那須を過ぎると、坂が続くようになる。ここ数年間、月に1,2回定期的に宮城から北関東の我が家を訪れ、母の面倒をみてくれた弟と義妹の苦労を、走りながら思った。

母は弟の家に入るはずだったが、準備が整うまで、しばらく老健施設に滞在している。宮城県南部のあるその施設は、西に蔵王に連なる山々を抱き、新興住宅と、水田に囲まれた静かな場所にあった。母の居室に入ると、昼寝をしていたところだった。さっと起き上がり、数秒間呆然としていたが、私と家内を認識して、満面の笑みを浮かべた。時々、顔をくしゃくしゃにして、***に帰りたいよと言っていた。が、弟と義妹がしょっちゅう訪ねてくれるようで、平安な気持ちでいるように思えた。弟も駆けつけてくれた。1時間ほど滞在し、見送ってくれる母と弟と玄関で別れ、帰路についた。

一度、福島の浜通りを走ってみたいと思っていた。亘理辺りで6号線に乗り、一路南下。鄙びた村落と、所々の町がモノトーンに続いた。10年ほどまえだったか、父が亡くなる前に、南相馬市(だったか)、いわき市の北部に、両親を連れてきたことがあった。両親が、東京で仕事をしていた頃、同僚であった看護師の方が、実家に戻っておられたのだった。両親を一緒に何処かに連れて行った記憶は、それ位しかない。訪れた街は分からなかったが、当時の記憶が、車の窓から見える景色にオーバーラップする。常磐自動車道に北端のインターで乗り、磯原海岸の近辺で降りて、早めの夕食。

そのレストランの窓から、灰色の海が見えた。レストランは、閑散としていた。もうしばらくすると、海水浴客でにぎわうのだろうか。

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家内は少し車酔いを起こしてしまったが、熱い紅茶を口にして、少し人心地付いた様子だった。もう、そろそろ日帰りの強行軍ではなく、ゆっくりした旅をしたいものだと少し思ったが、家に近づく頃には、そのような思いは吹き飛んで、新しい週の生活を準備する気持ちになっていた。

6月にも母が一時帰郷する。