歯科医療の倫理的崩壊 

私の仕事場の近くに、大学時代の同級生が、歯科医院を開業している。私が開業するよりも大分前に開業したらしい。地域歯科医師会の幹部をしているようで、時々、診療報酬レセプトのチェックに駆り出されている様子だった。私の開業当初は、お祝いを持参し、何くれとなく訪れ、さらにご家族の健康管理を任せてくださった。心細かった開業当初に、大学時代の顔見知りが来てくれるのはありがたかった。

私も歯に問題が生じると、彼の診療所でお世話になってきた。昼休みが終わる直前に、お願いして、診てもらっていた。通わないで済むように、処置を一回ないし二回で済ませてくれた(こちらがお願いしたことではない)。何時も驚かされたのが、診療費の自己負担の少なさ、だ。歯科の診療報酬の公的な部分が、激安であることは以前から聞いていたが、数百円から千数百円の自己負担を請求されて、一体これで診療所を経営できるのかと心配になったものだった。

歯科は混合診療で、私費部分で収入を上げ、経営が成立するのだろうと漠然と思っていたが、どうもそれだけではないらしい。歯科の開業医が、MRICにその事情を記している。歯科開業医の方が、このように赤裸々に実情を記されることに敬意を表したい。最後に、この方の個人情報も載せられていたが、MLからの転載なのでここでは省いておく。

我々を含めて、患者側としては、医療はすべて低廉な料金で受けられれば、それに越したことはない。だが、低廉さも程度問題だ。6年間の専門教育を受け、その後数年間ないし十数年間の研修を積み、大きな初期投資を行って、スタッフを雇い入れて開業する。それに見合っただけの診療報酬が、確保されるべきだ。それは、各診療手技・材料費に、各歯科医・スタッフの人件費・社会福祉厚生費、さらに施設・診療機器の投資回収費用等を積み重ねれば、適切な金額が自ずと明らかになるはず。

ところが、現在の歯科医療は、滅茶苦茶なバーゲン料金になっている。まともな医療が成立しがたい診療報酬だ。で、この記事の筆者の言う「手抜き」が頻繁に行われることになる。歯科のその「手抜き」が止むに止まれぬものであることは、容易に想像がつく。それを行政は、もぐら叩きのように叩こうとする。行政の「指導」は、時に言葉の暴力を伴う。「指導」によって、自殺者が出たという話も聞く。その「手抜き」は、ますます地下に潜行する、という構図なのだろうか。

まともな診療報酬を保障せず、一方で行政的な締め付けを行い続けると、歯科医療は、経営的に立ち行かなくなる前に、倫理的に崩壊する。恐らく、その過程に既に入っているのだろう。専門家の倫理が崩壊すると、その被害は深く進行し、回復には大きな犠牲を要する。滅茶苦茶な歯科医療行政を行う政治・行政と、それに安住する国民に大きなツケが巡ってくる。

いや、歯科医療の問題は、他岸の火事ではない。開業医の担う地域医療でも、それに段々近づいている。歯科以外の医療の場合は、これまで経済的に比較的恵まれてきた高齢の開業医がリタイアを早めるという形で、この問題が表面化することだろう。それによって、地域医療の文字通りの崩壊(というか、不在)と、急性期医療機関への患者の殺到が起きる。それから、慌てても、容易には回復しないだろう。



以下、MRICより引用~~~

▽ 歯科の本当の姿、問題点 ▽

                    津曲(つまがり)雅美

         2009年10月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行
                 http://medg.jp


 まず、歯科の診療報酬が物理的に診療行為として実行不能な低点数だということを、皆さまになんとかわかっていただきたいと思います。例えば、虫歯のムシがくった、罹患した部分をエンジンや、手でスプーンを使って取り除く行為は根気のいる仕事で30分から1時間もかかることもありますが、これが16点(1点10円ですから160円、以下同様)です。また根の治療が140円でこれも時間がかかる根気のいる仕事です。入れ歯の型取り、これは場合よっては2日2回に分けて、2時間くらいかかることもありますが、これが2250円です。総入れ歯を入れた時は22800円ですが、技工代、材料代などを払えば私の場合は1万円ほどしか手元に残りません。あれだけやったのにです。

 また、話をわかりやすくするために、内容を簡略化しますが、同じ前歯の抜歯でも医師がやれば4578円、歯科医がやれば1500円です。同じく親知らずの埋もれている歯を抜歯すれば、同じく54830円と11500円です。抜歯と言えども外科手術です。神経も使いますし、事故などの危険性もある程度はあります。こんな点数で勘弁して下さいというのが正直な気持ちです。
  
 また、歯周病(歯槽膿漏)の手術では、先進医療(混合診療)の時は58000円ほどだったのが、保険に導入されたら9000円になり、材料代が15000円~31500円かかり、実際には施術できません。
  
 九州大学の水田副学長によると、歯科の1カ月の売り上げは外科の1日分だそうです。
  
 こういっても、にわかには信じられないと思います。今でこそ歯科医はワーキングプアとも言われ、前ほどは儲かる仕事ではなくなったが、昔は、または少し前までは儲かる仕事の代表の一つではなかったのか、儲かっていたということは、保険点数は、そこそこはもらっていたのだろう、歯科医の困窮化は数が増えすぎ たことだけが問題なのではないか、と思われるでしょう。当然です。
  
 その理由を書かせていただきます。日歯学会編纂の『歯科診療行為(外来)のタイムスタデイ調査2004年版』で、各診療行為に要する時間が精査されています。各診療行為にかかる時間を複数のモニターを使って精査しています。現在、歯科保険医療機関が一か月当たりに上げる平均保険点数は約30万点(300万円)ですが、これを1時間あたりに換算すると、一日9時間働くとしても1400点(14000円)/時間です。各診療行為の点数を1時間当たりに換算して、この14000円と比較します。抜歯、サシ歯、義歯など高い診療行為で700点/時間で平均の半分、義歯の調整、根の治療など低い診療行為で70点/時間つまり平均の5%、歯科の診療行為中『平均の1400点/時間を上回るものがない』のです。これは明らかに矛盾しており、日歯学会は日歯の内部組織ですから『日歯自身が多くの歯科医が手抜きで食っている』といっているのです。このタイムスタデイどおりに診療したら、月に30万点どころか10万点ほどしか上がらないと思います。これは私個人が言っているのではなく、日歯自身が言っているのですから、我々は十分なる証拠だと考えます。点数が低いぶん、パッパッと手早く、手抜きでやっているのです。日歯がそう言っているのです。

 手抜きには、不正・不当に密接に関連する部分があります。療養担当規則というものがあり「歯科医学上妥当適切に行うこと」と記載されているから、手抜きは同規則違反でもあります。外科や口腔外科なら、例えば抜歯したはずの歯が口の中にある、手術してないのに手術をしたことにして保険請求した・・・そんなこ とでもない限り基本的にはやった、やってないが全てで、不正も何もないわけです。だから我々一般歯科医のことは理解しづらい面があると思います。

 我々が多く手がける一般歯科とでもいうべき治療、例えば虫歯の治療ですが、軟化牙質(虫歯のムシ食いの部分)を残して、パッパッと詰めモノを詰める、これは手抜きであると同時に、療担規則違反の不正請求になります。上から詰めてしまうから、ムシ食いが残っていることは、外からはわかりません。患者さんにも わかりません。前述の外科の不正に比べ、この入り組んだ、わかりにくい構成が何とも言えない特徴です。手抜きは不正・不当と密接に関連しますし、手抜きでした、下手なんです、スイマセンでは済まない面があります。『手抜きとは、十分なことをしないで、十分なことをやったとして保険請求することですから、それは当然不 正請求になります』。
  
 そのようなわけで不正しているから技官が怖い、保険の個別指導が怖い。歯科医の技官への恐怖心は半端ではありません。引退し閉院し、子供が跡を継がない、保険指導が怖くいない歯科医しかモノが言えないと言っても決して言いすぎではありません。怖いから国民や厚労省や技官にモノが言えない、点数を上げてくれと言えないのです。だから営々と低点数でやってきたのです。
  
 それと歯科の低点数を国民の皆さんに理解してもらうのは、大変に困難だと思います。歯科が低点数なのは事実なのです。前述のとおり、点数が低いなら点数を上げてくれと言えばいいではないということになります。しかし、やましいから、点数を上げてくれと言えない。「歯科医の困窮は、数が増えすぎたことだけで はないのか。昔はまたは少し前までは歯科医は金持ちの象徴だったのだから、点数が低いというのはどういうことなのだ」と言われれば、まさか「実は点数は低かったのです。だから手抜きで食ってました」とは中々言えません。「言うに言えない」状態で悶々と出口の見えないトンネルの中を彷徨っていると言っていいと思います 。医科は大まかにいえば歯科に比べて、「高点数で高収入」です。歯科は今まで述べたとおり「低点数で高収入」です。
  
 低点数で、数で捌いて手抜きで稼いでいましたなど言ったら、大騒ぎになるでしょう。耐震偽造の事件では、誰しも建築業界ではこれが常識になっているのではないか、調べようがありませんが、業界の多くの業者がこんなことをしているのではないか、という疑念を持ったと思います。有罪判決を受けたイーホームズ(廃業)の藤田東吾社長が、今でも国民に訴えておられます。

 しかし、この類の事件は、検察も新聞も深追いしないし、検察もある程度で捜査を打ち切るのは、周知のとおりです。マスコミもここまでは載せてくれません。だから国民に伝わりません。事実が全て明らさまになれば、国中が大混乱に陥るからでしょう。政治家の不審な死に方や自殺も、このような事件に関わっている からではないのか、と思っている人は多いと思います。
  
 この歯科の低点数などの問題も、これに属するほどの件だと思います。国民は自分たちが手抜きの治療を受けていたと知ったら、それは簡単にはすまないでしょう。歯科界から社会、厚労省に保険点数の大幅アップを訴えるのは、そういう理由で中々に困難です。しかし、私たちは歯科の低点数の問題を正面から見据え主 張しないと、歯科医療、歯科界の再生はない、歯科医療は救われないと思います。物理的にできないものは、あくまでもできませんとしか言いようがありません。

 保団連は「保険でいい治療を」と言います。逆にいえば「保険でいい治療はできない」と言っているのに等いのです。それなら、自費収入が保険の不採算をカバーできるほど多い歯科医または、自費収入が少なく、かつ、規則どおりにキチンとマジメに診療し、その結果当然なこととして極貧に喘ぐ歯科医など、それら以 外の多くのというより、ほとんどの歯科医が、毎日手抜きしながら歯科保険医療制度の改革を望むという自家撞着に陥ります。毎日手抜きしながら改革を望むことになります。

 近年、厚労省の暴力とも言える指導監査が行われ、保険医、保険医療機関取り消し事由に当たらないのではないか、と思われえるケースでも、処分が行われています。さすがに、このままでは厚生行政に抹殺されるという思いが、医療界を立ち上がらせていると思います。

 拙文を読んでいただいた方、ありがとうございました。ご意見、ご質問等あれば下記にご連絡ください。

桐生市伊藤弦楽器工房をTさんと訪ねた 

昨日午後、自由になる時間を使って、同じ北関東在住のバイオリン製作者I氏を訪ねた。室内楽でお世話になっている、バイオリンのTさんをお連れして紹介することと、I氏がつい先日クレモナで行われたバイオリンコンクールに提出した作品を見せていただくことが目的だった。

残念ながら、彼の作品は、まだイタリアにあって見ることができなかった。Tさんの弓・楽器を、I氏に診ていただき、彼の感想と今後のメインテナンスの方針を相談することに多くの時間を用いた。Tさんの楽器には、ニスのリタッチ・ペグ調整が必要のようだったが、急ぐことはないだろうとのことで、機会を改めて調整修理に持参するということになった。Tさんが不満に思っている、E線のハイポジでの音の伸びがもう一つなのは、フィッテング等の変更・調整等である程度解決できるのではないか、という話だった。

かの高名なバイオリン製作者佐々木朗氏のお弟子さんであるI氏・・・匿名にしておく必要もあるまい・・・桐生市の伊藤氏(伊藤弦楽器工房を主催され、ネット上でサイトも開いておられる)は、30歳前後の若手の製作家で、佐々木氏譲りの理論的な説明を、ソフトな語り口で丁寧にしてくださる。持ち込む楽器の良い点を必ず見つけて、楽器を大切にするようにと話されるところに好感を持つ。

Tさんは、既に何度かこのブログでも記した、演奏活動かつバイオリン教師をなさっている方だ。近々、自宅を出て独立することを考えておられると聞いて、感慨一入だった。彼女がまだ10歳代の頃、当時バイオリンを習っていた私の娘の同門で、上手に弾く優秀な生徒さんだった。音楽教育を終え、苦労なさって海外留学もなさり、今度は親元を離れて自立するというお話しに、なかなか大変なことだろうけれど、頑張ってもらいたいものだと心底思った。

彼女のお弟子さんには、大人の方も結構いるらしく、中にはアンサンブルの希望を持つ方もいるようだ。アンサンブルの好きなTさんは、将来弦楽合奏団を組織することが夢らしく・・・それとも、私が押し付けた夢?笑・・・同じくバイオリンを弾くTさんの妹さん、それに愚娘も引っ張り出して、弦楽合奏団を是非主宰して欲しい、私も参加させていただくとお話しした。

とりあえずは、来年1月、近くのホールで開かれる演奏会に、ブラームスのピアノトリオ2番を持ち込むことだ。11月8日の練習で、Tさんのご自宅にお邪魔することを約して、お別れした。

低太陽活動期への「遷移」 

無線をしておられる方には、とっくのとうに当たり前の情報なのかもしれないが・・・昨年暮れにサイクル23が終わり、サイクル24が立ち上がったが、低太陽活動期が今後少なくとも35年続くことが予測される、ということを、某雑誌の記事で知った。中々新しいサイクルに入らず、太陽黒点数の上昇も見られないと思っていたら、低太陽活動期に「遷移」したことが、経験則で分かったらしい。

1980年代から2000年頃にかけて、味わったあのハイバンドの熱狂が、生きているうちに経験できないと知り、大きな感慨を覚える。が、あの太陽黒点極期のコンディションが無くても、無線はできるし、むしろ、いろいろと工夫する楽しさも生まれようというものかもしれない。

先程、米国中部に住むArt K0ROと、7メガで、H1N1騒動のことなどを議論していた。Tamifluの効果などについて、かなり批判的な様子。その直後、emailボックスを覗くと、Massの友人Bill K1YTから短いメールが入っていた。Artと私の交信を聞いていたのだが、私の信号がカツカツで呼べなかった。7メガのワイアーアンテナをようやく上げ直したので、よく聞こえていたら、呼びたいとのことだった。まだ、リタイアのことを考えているか、実際にリタイアするのは、考えるのよりも難しいね、と結ばれていた。

Art、Billともに、お子さんがH1N1に罹患しているらしい。

で、米国の東海岸や、英国等とは、なかなか容易に交信できない時期が続く・・・少なくとも、私の生きている間は、それが難しくなることは覚悟してなければならない。でも、ネットの力を少しばかり借りて、そうした地域のハムの友人とは、連絡を取ることにしよう。無線の揺籃期のコンディションに戻るのだ。

ワクチン接種回数を、医系技官が決めると・・・ 

先日にも拙ブログで取り上げた、新型インフルエンザワクチン接種回数変更問題の経緯について、東大の上准教授がMRICに寄稿されている。

厚生労働省、特に医系技官が、ワクチン不足の自らの責任を回避するために、マスコミを動員して、事実に基づかないことを勝手に世の中に広めた、ということのようだ。

政治や、行政などでは、交渉ごとなどで、様々な事象の判断が少しずつぶれるということもあるだろうが、医学的な事象には、科学的な判断を行うべきだ。医学的な判断を、自らにとって有利なように、恣意的に変えることは、決して許されない。

医系技官という職種の方々は、一体、どのように物事を考えているのだろうか。

マスコミを使った大衆操作という手法を、官僚が常用し、自らの判断を世間に押し付け、自らにとって有利なように物事を進めるのはいい加減止めてもらいたいものだ。それに対して、批判的な記事を書けぬマスコミの無能力は一体何なのだろうか。

第二次世界大戦前、日本は、軍部と、官僚によって支配されていた。敗戦によって、軍部の支配は終わったが、官僚支配は綿々と続いている。その延長に、こうした官僚のいい加減さ、出鱈目さがあるのではないだろうか。今回の政権の変化は、それを突き破り、官僚を真の意味での公僕にする良い機会だと思うのだが、さて、政府与党にそれを行う意思と能力はあるか・・・。


以下、MRICより引用~~~

新型インフルエンザワクチンは、何回打てばいいのか?

東京大学医科学研究所
先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門
上 昌広

※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail MediaJMMで配信した文面を加筆修正しました。
2009年10月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp


 新型インフルエンザの流行が急速に拡大する中、今週から予防接種が始まりました。医療現場ワクチン接種の準備に大慌てです。ワクチンの供給が十分でないため、多くの病院では、全て医療従事者が接種を受けることは出来ません。また、厚労省の方針では、事務職員は接種対象外のため、彼らが新型インフルエンザに罹れば、休診せざるをえない病院が出てくることが予想されます。


【新型インフルエンザワクチンに関する意見交換会】

 ここにきて、さらに病院を混乱させる事態が生じました。それは、16日に厚労省で開催された「新型インフルエンザワクチンに関する意見交換会」でのことです。その議論内容は、当日の夕刊、および翌日の朝刊で広く報道されたため、ご覧になった方が多いでしょう。

 産経新聞によれば、「厚生労働省の専門家会議は16日、免疫が上がりにくいとされる「1歳から13歳未満の小児」以外は原則1回接種とすることで合意した。」とあります。

 この結果、「2回接種を想定した場合の2700万人分から大幅に増加し、4000万人分の国産ワクチンが確保されることになる(産経新聞)」となったようで、多くの国民は吉報と感じたでしょう。


【厚生労働省の専門家会議が合意した根拠は?】

 果たして厚労省の言い分は、科学的に妥当なのでしょうか?どうして、突然、以前は2回打たねばならないと言われていたワクチンが、1回でよくなったのでしょうか?結論から申し上げますと、厚労省が下した結論は医学的に無理がありました

 この意見交換会で、厚労省はアメリカ、オーストラリア、そして日本で実施された3つの臨床試験の
結果を呈示しました。このうち、オーストラリアと日本の臨床研究では、アジュバントを含まない同じタイプのワクチンが用いられていて、研究デザインも似ているため、日本での議論の参考になります。

 日本では、本年9月に20~50歳代の健康な男女200人を対象に臨床研究が行われました。全体を二群にわけ、それぞれに対して、通常量、および倍量の国産ワクチン(北里研究所製)を接種し、3週間後に抗体価を調べました。その結果、1回分のワクチン量を打った96人のうち75人(78%)、倍量を打った98人では86人(88%)に効果が確認されたと言います。

【臨床研究結果を曲解した厚労省】

 この結果をもとに、厚労省と専門委員は、1才から13才未満以外は原則として1回打ちにすることで合意しました。インフルエンザワクチンの予防接種の基本は「二回うち」です。果たして、その判断は妥当だったでしょうか。

 問題点は以下です。

1)今回の研究で評価したのは抗体獲得率。この指標は、必ずしもワクチンの能力を示す指標の一つに過ぎません。抗体獲得が、実際の感染防御に直結するかも議論の余地があります。これまで、医療界がワクチンの2回打ちを標準としてきたのは、総合的に評価した結果であり、抗体獲得率だけで判断するのは危険を伴います

2)臨床研究で検討したのは、通常量 vs. 倍量投与であり、1回打ち vs. 二回うちを検討したわけではありません

3)日本、オーストラリアの何れの臨床研究も、研究対象は「健康な成人」。妊婦、中高生、持病を持つ人は対象外で、彼らはワクチンに対する免疫反応が弱い可能性があります

4)今回の研究における抗体獲得率は、通常量、倍量接種で78%、86%であり、約10%程度の差があります。逆に、接種量を減らすことで、抗体を獲得できない人が5割ほど増加したとも言えます。これを許容するか否かは評価が分かれます。

 今回の試験で分かったことは、健常人に対してはワクチンの1回接種で78%程度の人で抗体価が上昇することだけです。このため、今週から接種が始まる医療従事者、年明けから予定されている健常人には、1回打ちで対応可能かも知れません。

 一方、妊婦、中高生、持病をもつ人に対しては、今回の臨床研究は何の情報も提供していません。既に、南半球やアメリカでは妊婦に死者が多いことが問題となっていますし、従来、5才以下に発症するとされてきたインフルエンザ脳症が5才以上の小児にも多発しています。更に、先日、16才の高校生が新型インフルエンザ脳症で亡くなりました。妊婦や中高生を、健常成人と同列に扱うのは無理があり、現時点では「標準的な接種法」である二回接種を推奨すべきです。


【厚労省の論拠】

 では、今回の臨床試験結果を、厚労省医系技官がどのように解釈したのでしょうか?医系技官が厚労省幹部に提出した資料(レク資料)によれば、以下のようになっています。

 この文章をみて、私は衝撃を受けました。まともな医学トレーニングを受けた医師が書いたとは思えなかったのです。この説明を受けた、足立信也政務官は激怒したでしょう。彼は筑波大学医学部の助教授まで務めた人物で、医系技官の誰よりも臨床経験が豊富です。彼は、後述するように、19日の深夜に緊急専門家会議を招聘し、政治主導で方針転換をはかりました。

 以下に医系技官の主張をご紹介します。

1)妊婦は健常成人より免疫がつきにくいという根拠はなく、成人同様1回でよい。(筆者注:成人が妊婦と比べて免疫抑制状態であるのは、医学的公知。また、新型インフルエンザでは妊婦の死亡が問題となっています。)

2)高齢者は1回接種とする。(筆者注 今回の研究から高齢者は除外されており、データがありません。)

3)基礎疾患を有する者は1回接種を原則とする。(筆者注 今回の研究から基礎疾患を有する者は除外されており、データがありません。)

4)中学生、高校生は過去のインフルエンザの流行状況から考えると、成人同様にプライミングされていると考えられることから、成人同様1回接種を基本とするが、念のため、臨床試験を行うことを努力目標とする。(筆者注:今回の研究は中高生に関する一切のデータを提示していません。根拠のない推論です。)

5)季節性ワクチンの実績から、国内メーカー4社の品質に大きな差異はないと思われるため、今回の国内1社の臨床試験に基づいて国内メーカー4社の方針を決めても問題ない。(筆者 ワクチンの製法は各社で異なり、「大きな差異はない」と結論することは無理がある。この理屈を通すなら、外資系ワクチンメーカー、また他の薬剤の承認で厳しい臨床試験を求めていることとはダブルスタンダード。)

このように、医系技官の主張に共通するのは、「事実」と「推論」の区別が出来ていないことです。このあたり、医師教育においては、大学院や医局での研究を通じて徹底的に仕込まれます。医系技官の多くは、初期研修を終えて、そのまま行政官となっているため、トレーニングを受けていないことが関係するのかも知れません。

 このあたり、自治医科大学の森澤雄司准教授は、以下のように述べています。「海外のワクチンが1回で効果があると言っても、それと国産ワクチンとは全く別物。それぞれ独立に判断しなければなら
ない。前提条件を3重にも4重にも間違えている。以前は確信犯的にやっていると思っていたのだけれど、最近は本当に知らないんじゃないかと思うようになった

【単なる意見交換会の話し合いを、決定事項として報道するマスコミ】

 今回の厚労省の発表は、「科学の仮面を被ったデタラメ」と言っても過言ではありません。しかも、意見交換会での議論が、恰も厚労省の決定事項であるかのように報道しました。例えば、前述の産経新聞は「輸入品の接種効果も調査中で、こちらも1回で効果が確認されれば、国内生産分と合わせ全国民にワクチンが行きわたる計算となる」とまで、解説しています。この論調は、産経新聞だけでなく、ほぼ全てのマスコミに共通したものでした。勿論、長妻大臣が承諾した訳ではありません。

 これは、どう考えても変です。そもそも、12-14時にかけて開催された会議の内容が、当日の夕刊
には大きく報道されるのですから、誰かが事前に入念に準備したことは明らかです(夕刊に記事を載せようと思えば、12時過ぎまでには内容が固まっていなければ間に合いません)。その誰かは、容易に想像がつくでしょう。こうやって既成事実が積み重ねられていきます。

 民主党は、記者クラブの開放を主張していますが、状況はもっと複雑です。記者クラブ以外に、リーク、記者懇など、さまざまはルートが存在し、「立派に」機能しています

【足立政務官による緊急会議の招集】
 事態が急転したのは19日の深夜です。事態を憂慮した足立信也政務官が、前回とは別の専門家も加えて、公開で議論をやり直したのです。前回の会議を主導した尾身茂 自治医科大学教授、田代眞人 国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター長に加え、舛添要一前厚生労働大臣のアドバイザーを務めていた森澤雄司・自治医大病院感染制御部部長、森兼啓太・東北大大学院講師、岩田健太郎・神戸大大学院教授の3人が参加しました。

 議論内容は、ロハスメディカルが詳細に報告しています(http://lohasmedical.jp/news/2009/10/20010545.php)。森澤、森兼、岩田氏らが、前回の合意内容について疑問を呈し、尾身教授たちは弁明に終始しました。どちらの言い分に説得力があるかは、明らかでした。

  なぜ、尾身教授や田代部長が、専門家が見ればすぐにわかるような「暴論」に合意してしまった
のでしょうか。その真相は不明ですが、ワクチン不足を糾弾されている医系技官が、国産ワクチンの
「水増し」を狙い、尾身教授や田代部長は医系技官に同調したと考えるのが妥当でしょう。彼らは公衆衛生や基礎医学の専門家で、医療現場での経験に乏しいこと、および、尾身教授は元医系技官、田代部長は医系技官が人事権を行使する国立感染研の要職であることは、示唆に富みます。人は誰しも、人事権を持つものや、自分が属する「ムラ」には抗いにくいものです。

 余談ですが、政権交代が常態化している米国では、医療行政の要職の多くが政治任用です。例えば、オバマ大統領はNIH長官にゲノム研究の世界的リーダーであるフランシス・コリンズ博士を任命し
ました。今回の会議でも、舛添大臣、および足立政務官が登用した森澤、森兼、岩田氏が「正論」を
唱えていることと相通じるものがあります。彼らは、「医系技官ムラ」の住人ではないので、「ムラ」の評価より、アカデミズム、および任用してくれた政治家の評価を気にします。そして、アカデミズムでは、「科学的正しさ」が何よりも求められます。どちらも一長一短ですが、現在の日本に限った場合、後者が活躍してくれる方が国民には有益でしょう。

【どうすればいいか?】

 事態の経緯はどうであれ、厚労省の朝令暮改が国民、および医療現場に大混乱をもたらしています


 責任者の足立政務官は、自ら国民に向かって説明しなければならないでしょう。そして、現時点でのインフルエンザワクチンの標準接種法が二回打ちであることを広報し、全ての国民に二回打ちの機会を保証すべきと考えます。そして、1回で済ますか否かは、医師と接種を希望する国民の判断に委ねるべきです。おそらく、多くの医師は、健常な成人は1回接種で大丈夫だと説明するでしょう。政府の責務は、医師の判断の細部をコントロールすることではなく、ワクチンの確保と遅滞なく医療現場に届けることです。厚労省の奮起が期待されます。

川原千真女史の弾くバッハ無伴奏 

川原千真という邦人女流バイオリニストの弾く、バッハの無伴奏バイオリンソナタ・パルティータ全曲を聴いた。バロックバイオリンによる演奏。この6曲は、バイオリンの曲として不朽の作品だ。が、様々なバイオリニストの演奏を聴いてきた経験では、ややもすると、演奏が切り口鋭く、聴くものの感性に突き刺さるようなものが多かった。クレーメルなど、神経質すぎるのではないかと聴くたびに思ってしまう。

川原女史の演奏は、バイオリンの音色自体に錆のような響きがある。技術的には、文句なし。ホールの性格なのだろうが、残響がかなりあり、少し気になる。

この一群の無伴奏曲は、舞曲の体裁をとって作曲されており、本来角ばった演奏ではなく、舞曲のように流麗に演奏される方が望ましい、という意見を読んだ記憶がある。一流どころの演奏では、苦しそうにギクシャク演奏するところはなく、流れるような演奏であることが多い。一方、川原女史の演奏は、流麗さが表立つのではなく、ぐいぐい食い込んでくるような演奏でもない。表現しにくいのだが、一種鄙びたような印象を与える。これは、バロック奏法のためなのか、彼女の演奏の特質なのか、良く分からない。両者が相俟っているのかもしれない。

聴いていて疲れることのない演奏。バッハが、すぐそこに感じられるような演奏だ。

彼女は、古典四重奏団の1stヴァイオリン奏者としても活躍なさっており、別な弦楽アンサンブルではビオラダガンバも弾かれる由。

医療機関は有限な社会的インフラ 

体調が今朝もあまり優れず、出来たら休診にしたい等と弱音を吐いていたが、ぎりぎりの時間に、えいやっと起きだし、シャワーを浴びて仕事場に向かった。こうしたことを、この15年間何度繰り返してきたことだろう。開業医は経済的にも恵まれ、当直業務はないし、恵まれているという声を、医師仲間の間でも聞くことが多くなってきたが、多大な初期投資を行い、スタッフを抱え、休めばすぐに減収につながり、患者さんも去って行く開業には、リスクと不安要因が満ち溢れている。開業医の一番の頭痛の種は、自分が倒れても、代わりに仕事をしてくれる人間がいないことなのだ。

で、仕事を始めてみると、患者さんが来るは来るは・・・。午前中だけ(といっても、午後にかかったが)で、78名。内、33名は、季節性インフルエンザの予防接種を受ける方々だった。共に、拙院の最近の新記録だ。予防接種は、平日に来ていただけないかと話しても、土曜日しか来れないという方が多いという受付事務の方の話だった。

需要があるならば、週末も仕事をしようかと考えるべきなのかもしれないが、私には、そのエネルギーがない。救急対応をするだけで手一杯だ。

私の仕事場のような一介の市中の小診療所でも、このような状態なのだから、基幹病院等では凄まじい状況になっていることだろう。実際、小児科医のメーリングリストでは、そうした医療機関で働く小児科医から悲鳴に似た発言が流れてくる。

ここで、医療機関をこの時期に利用される方に申し上げておきたいことがある。

○医療機関は、皆で共有する、有限の社会的インフラだから、それに負担をかけるような受診はできるだけ控えてもらいたい。ごく軽症なのに受診して、インフルエンザの検査をして欲しいと要望したり、平日日中に来院できるのに、週末または夜間に受診したりすることは、医療機関というシステムを破壊する。

○この時期に、混雑する週末に医療機関を受診することは、新型インフルエンザに罹患しに行くようなものだ。新型インフルエンザ、またはその疑いが強ければ、隔離するのだが、全ての例で診断がつくわけではない、また潜伏期からウイルスの排出は始まっており、感染を引き起こす。従って、医療機関(特に小児科)は、インフルエンザを始めとする感染性疾患の坩堝だ。混雑する日時を避けることは、患者さん自身を守る行動でもある。

○ご両親の都合で、お子さんの予防接種は、週末しか来れないということもあるのかもしれないが、予防接種児は、健常児なのだから、いかなる疾患の児とも近づくことは好ましくない。予防接種では、問診票を予め受け取っておき、それにしっかり記載しておけば、連れて来られるのは祖父母等でも大丈夫だ。予防接種児は、感染児の少ない日時に来院されることをくれぐれもお勧めしたい。

どちらが本音? 

同じことを報道するのに、こうも違う内容になるとは・・・。一体、どちらが本音なのか?

後段が本音だとすると、医療従事者としては、嫌な気分だ。まずは、政治家と官僚達が受けたまえと言いたくなる。きっと後段が本音なのだろうな・・・。

同じ報道機関が、こうも違う内容を報道しているとすると、玉虫色にしたい官僚の意向を受けてのことのような気がする。最初に予防接種を行なう群で、副作用の調査をしたいというのは、行政当局としては当然の希望だろう。そうであれば、そうと明確に述べるべきだ。前段のような根拠不明確な報道をすべきではない。

医療従事者が、インフルエンザによって倒れると、医療と言う社会的なインフラが機能しなくなるから、医療従事者に優先的に予防接種しようという、建前が忽ち色あせる。

医療従事者を特段大切に扱ってもらいたいとは思わないが、こうした行政の二枚舌は、行政、それにその背後に存在する(はずの)政治への信頼を損なわせ、医療従事者の士気を落とす。


m3から孫引き引用~~~

NHKニュースより

“安全性 季節性と同程度”
10月19日 16時21分
厚生労働省は、国産の新型インフルエンザワクチンの安全性について、季節性インフルエンザワクチンと同じ程度と考えられると説明しています。
先月から行われた国産ワクチンの臨床試験では、接種を行った200人のうち、半数程度の人に注射した場所が腫れるなどの反応が出たほか、全身に発しんが出るなどのアレルギ ー反応が2人に出ましたが、特別に配慮が必要な副作用はなかったということです。しかし、今後、重い副作用が起きた場合、情報をいち早く集めるため、厚生労働省は、自治体 を経由せず、接種を行う医療機関から直接副作用を報告してもらう異例の体勢をとって、健康被害の発生に対応することにしています。また、自治体からは接種を済ませた人の数 や年齢などを報告してもらい、副作用がどの程度の頻度で起きるか、リアルタイムで専門家らと分析することにしています。


ワクチンの副作用 調査を開始
10月19日 18時57分
厚生労働省は、新型インフルエンザワクチンの医療従事者への優先接種にあわせ、接種を受けた2万人を対象に、どのような副作用がどれくらいの頻度で起きるのか調査を始めま した。
この調査は、妊婦や持病がある人など一般の人への接種が本格化する前にワクチンの安全性に問題がないかあらためて確認するためのもので、厚生労働省は全国の医療従事者およ そ2万人を対象に実施します。このうち東京都内の病院では、担当の職員が接種を受ける医師や看護師に調査票を手渡しながら協力を求めました。調査では、接種を受けてから2 週間、発熱や発しんなどの副作用が起きなかったかや、起きた場合の具体的な症状などを記録したうえで、医療機関ごとに報告を求めるということです。厚生労働省から調査の取 りまとめを委託されている独立行政法人国立病院機構の伊藤澄信研究課長は「多くの方がより安心して接種を受けられるように、副作用についての正確なデータを集めたい」と話 していました。厚生労働省は来月中旬までに結果を集計し、どのような副作用がどの程度の頻度で起きるのかを確認することにしています。

益子 地蔵院 

1,2週間前、近くに写真を撮りにでかけた。

高舘山という、当地では多少有名な峠から、西の方を望む。

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益子町の地蔵院。室町時代に建てられたものと考えられている様子。落ち着いた境内。参観者・見物人は殆どいない。時間が止まったように思える場所だ。

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地蔵院の建物の様子。

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別な角度から。整った様式美ともいえるものが感じられる。

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益子の田舎道から、丘陵を見る。あと数週間の間に、紅葉が進むことだろう。

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40年ぶりに恩師・同級生と会う 

この週末も多忙な二日間だった。土曜日、仕事を終えて、車で上京。夕方から、都内某所で開かれた、高専の40年目の同窓会に参加。今日は、朝から救急診療所で、インフルエンザの患者さんたちと格闘して来た。

ホテルに投宿してから、お茶の水でしばらく本を漁った。アトピー性皮膚炎についての専門書と、「音楽の聴き方」という話題になっている新書を購入。恒例になっているCD屋巡りは、時間があまり残っておらず、中止。ホテルでしばらく休憩し、同窓会会場へ。

湯島の小さな居酒屋。下町の高専卒業生の会らしい会場だ。文字通り、40年ぶりの再会だったので、参加者20数名の大多数は、顔だけでは、誰だか分からない。「名前は?」という変な挨拶をして、会話を始めた。外見とは異なり、声と話し方は、昔を髣髴とさせる。10代後半の5年間という多感な時期を一緒に過ごした仲間であることもあるのだろう、皆が威勢よく語る。学生時代に戻ったかのようだ。

殆どが今年定年だが、その半数強は、嘱託といった身分で後数年間仕事を続けるつもりのようだ。ISO認定の仕事や、労働安全コンサルタントの仕事に進んでいる人間もいた。じっくり話しをした数名のうち、2名が、すでに数年前退職し、親の介護をしているということに驚かされた。老々介護だ。定年後、仕事の延長をしないで、昔からやってみたかったラジコンに熱中している、という者もいた。

クラス担任だったS先生も79歳になられたが、お元気そのもの。高専を退職されてから、私立学校の教員と校長を歴任されたらしい。私が、そろそろ退職を考えていると自己紹介したら、まだ30数年しか!医師として働いていないのだから、まだ仕事をしろとヤンワリと諭された。話しぶりは昔のままだ。高専卒業後、医学部受験の際にも、大いにお世話になったことを改めて思い出した。

これまで同窓会に全く顔をださなかったためか、私についての情報は、どうも医師になったらしい、ということだけに留まっているらしく、皆から、どうして医師になったのか、何時から考えていたのかといった同じ質問を何度も受けた・・・40年前からの疑問だったのだろう。

友人との会話のなかで記憶に残ったのは、上記の親の介護をしているという話と、もう一つ、当時からとても優秀だったI君の言ったこと・・・社会のためになると思って仕事をしてきたが、最近は、すべてステークスホルダーのために仕事をするということになってしまっている、ということだった。高度成長期に仕事を始め、新自由主義経済に被い尽くされた現在退職をしようとしている、エンジニアとしての感慨なのだろう。S先生は、社会科学的な発想もこれからの物作りには必要になるなと仰っていた。

私は1次会だけで、失礼することにした。数人の友人と握手をして別れた。また、次の同窓会にも出てみようと思いながら、ホテルに戻った。

ホテルでは、精神的に興奮したせいか良く寝付かれなかった。4時間ほどまどろんで、日が昇る前に、帰路についた。首都高から東北道では、午前5時過ぎだというのに、渋滞一歩手前の車の数だった。一路北関東・東北へ遊びにどっとでかける人達なのだろう。高専を出て、製造・設計の現場で遮二無に働いてきた同級生達の人生が、その車列と何となくオーバーラップして見えた。また近いうちに元気な彼らと会いたいものだ。

新型インフルエンザワクチンの投与回数は1回 

いよいよ新型インフルエンザワクチン接種が始まる。その投与回数は、13歳以上では1回と決められた様子。

この研究では、15μg1回皮下注と、30μg1回筋注を比較しているだけで、2回投与は行なわれていない。1回投与とした根拠として、1970年代以来のAソ連型の流行によって、中高生以上の年代では、(部分的な)プライミングが済んでいる可能性を挙げている。が、これは推測であり、証明されたことではない。また、米国でも10歳以上は1回投与とされたことも、今回1回投与と決めた根拠の一つとされているが、FDAのその記載を読むと、「1回でも効果が期待できると予想される。臨床試験を行なっている。」と記されているだけで、明らかな根拠はなさそうだ。

というわけで、希望的観測と、恐らくは、ワクチンをできるだけ多くの国民に投与したいという思いから、1回投与に決められた印象だ。

それにもう一点気になることがある。投与された200名中1名にアナフィラキシーを生じたケースがあった、という点だ。そのケースのアレルギー素因それに重症度を是非知りたいところだ。アナフィラキシーは、生命にも関わる副作用なので是非情報を開示してもらいたい。


以下、m3より引用~~~

10月16日、厚生労働省の「新型インフルエンザワクチンに関する意見交換会」において、13歳以上への新型インフルエンザワクチン接種回数を見直し、1回とする意見がまとめられた。

 合意された方針では、(1)13歳未満の小児については2回接種(今後の臨床試験の結果により1回接種に見直す可能性あり)、(2)13歳以上18歳未満は1回接種(今後の臨床試験の結果により2回接種に見直す可能性あり)、(3)18歳以上は1回接種(妊婦、基礎疾患を持つ患者も含むが、これらの接種希望者については希望・主治医の判断により2回接種も可能)となる。この意見は長妻昭・厚生労働大臣へ報告され、来週初めに大臣の決定が発表される予定。

医系技官の意図が通る 

厚生労働省の医系技官が、新型インフルエンザの国産ワクチンに固執し、今回のドタバタ劇が繰り広げられた。結局、医系技官の意図がほぼ実現したようだ。その経緯を、東大の上准教授が記している。

ワクチンの費用は、接種率を上げるためにはできるだけ低廉の方が良い。上准教授が述べているように、欧米諸国と同じく、無料接種をすることが最も望ましい。

しかし、わが国では、有料とすることに決められた。ワクチン接種費用も、民主党議員の働きかけで、最初の予定額より減らされたようだ。医療従事者としては、関心の高かった、ワクチンの医療機関への納入価が、まだ公表されていない。が、その情報が、ネット上で得られた。

それによると、納入価は季節性インフルエンザのそれの二倍である。接種費用が安くなるのは、受ける側にとっては結構なことなのだが、医療機関としては、手間を考えると、かなりキツイ。また、返品不可ということになりそうで、それも厳しい条件だ。ワクチン接種の受診手続き・問診・診察・接種手技等に必要な時間は、優に10分を超えると思われるが、それに対する対価としては、あまりに低い。新型インフルエンザ流行という非常時だから、医療機関にも負担をするようにというのならば、ワクチン自体の価格(即ち、製薬会社と卸の取り分)が、季節性インフルエンザの二倍であることは納得しかねる。優先順位なるものを考えて、優先すべき患者さんを選び出す作業も結構な作業量であった。さらに、このワクチン接種は、通常診療以外の時間に行なうことになっており、通常診療業務への皺寄せが避けられない。

このようなことなら、行政がすべて主導して、集団接種をすべきではないのだろうか。10mlバイアル等、小児科の臨床現場では、まず使えない。この体制でワクチン接種を進めようとすると、医療現場に大きな負担を強いることになり、混乱を招くことは確実だ。

医系技官が、このようなワクチン騒動を引き起こし、最終的に自らの意図を実現させた理由を良く考える必要がある。彼らが向いているのは、国民か、医療従事者か、それとも・・・。



以下、MRICより引用~~~


▽ 「新型インフルエンザに対するワクチン接種の基本方針」を読む ▽


      東京大学医科学研究所
        先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門
        上昌広


※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail MediaJMMで配信した文面を加筆
修正しました。

         2009年10月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行
                 http://medg.jp

 10月1日、政府は新型インフルエンザに対するワクチン接種の基本方針を発表しました。過去の連載で、新型インフルエンザ対策は民主党と厚労省医系技官の対立が明らかで、民主党政権の実力を占う試金石だと述べてきました。

 結論から申し上げますが、長妻厚労大臣は医系技官に言いくるめられた感じです。主な論点をご紹介しましょう。


【ワクチンの確保は十分か】

 厚労省によれば、合計7,700万人のワクチンが確保出来る見通しです。具体的には、2700万人分の国産ワクチンを、10月19日の週から接種開始する予定です。また、年度内に5,000万人分の輸入ワクチンを確保し、12月末から1月にかけて輸入を開始するようです。

 日本の人口は1億2700万人ですから、年内に人口の20%に接種し、将来的に約60%の国民に対するワクチンを準備することを目指しています。他の先進国もワクチン確保には必死です。例えば、8月25日のロイターによれば、米国は10億ドル以上をワクチン購入予算に割り振り、年内に1億6000万人(人口の50%)に接種を終える予定です。また、イギリスは人口の半分である3,000万人を対象に、来年初めまでに接種を完了する予定です。英米ともに、さらにワクチンを確保するように交渉中です。また、フランスはワクチン9,400万回分(二回うちとして、人口の77%相当)を注文し、カナダも5,000万回分(人口の78%相当)を確保しようとしています。欧米先進国と比べ、我が国のワクチン確保量は、やや見劣りする程度です。問題は、欧米先進国より準備が遅れていることです。各国とも、年明けまでには国民の半分程度には接種を終える予定ですが、我が国は20%に過ぎません。新型インフルエンザの流行時期を考えれば、我が国のワクチン備蓄体制は大きな問題がありそうです。


【ワクチン輸入に消極的だった厚労省】

 実は、日本政府がワクチン確保に出遅れたのは、医系技官がワクチン輸入に消極的だったためと言われています。

 例えば、サンデー毎日9月27日号には「厚労省が欧州のメーカーと結んだ「仮契約」は8月下旬に切れたが、同社の問い合わせに応じず、11日現在で厚労省はこれを放置したままだという」、「同社が厚労省に示した日本向けワクチンの確保期限は9月18日。デッドラインを過ぎれば、日本の「予約分」は他国に流されてしまう」ことになっていました。つまり、海外ワクチンは、国内に入ってこないところでした」と紹介されています。医系技官は輸入ワクチンを妨害するため、サボタージュしていたことになります。

 このような状況を強引に方向修正したのは、舛添前厚労大臣です。総辞職直前の9月11日の閣議後記者会見で、「海外メーカーから4200万人分を輸入できる見通し」と発表し、「不足するワクチンを輸入すること」の既成事実化を計りました。この発表は、勿論、官僚の意向に反したものでした。

 この話、後日談があります。9月11日の閣議後記者会見では、国内で製造するワクチンは1800万人分の予定でした。それが、いつの間にか、2700万人分に増えたのです。

 厚労省は、9月24日に記者クラブへのリークで、9月4日には、ワクチンの増殖がうまく進まないことを想定して1800万人分としていたが、「製造効率が予想ほど低くならない見通し」(同省)と発表し(9月25日日経)、国産ワクチンの生産を2,700万人に上方修正しました。真相はわかりませんが、タイミングを考えても、俄には信じられない話です。


【厚労官僚は、なぜ国産ワクチンに固執するか】

 なぜ、厚労省は、躍起になって国内ワクチンメーカーを守ろうとしているのでしょうか。この背景については、雑誌『選択』10月号の「ワクチン後進国 日本の惨状」が秀逸で、一読をお奨めします。

 これまで、我が国のワクチン製造は、財団法人化血研や阪大微研、北里研究所のような学校法人が担ってきました。一方、世界のワクチン市場は急成長を続け(年間成長率16%)、グラクソ・スミスクライン、ノバルティスファーマ、サノフィ・アベンティス、メルクのような大企業が参入しています。国内でも、武田薬品が興味をもっています。

 国内ワクチンメーカーの中には、高い技術力を誇るところが多いのですが、パンデミックに対応し、大量生産することは出来ません。世界的にワクチンへの関心が高まり、メガファーマが参入してきた以上、国産ワクチンメーカーは再編せざるを得ない運命です。厚労官僚の存在は、メガファーマにとり「参入障壁」となっています。

 余談ですが、政府が発表した「新型インフルエンザワクチン接種の基本方針」の末尾には、「国は、今後、国産ワクチンによりインフルエンザワクチンの供給が確保されるよう、国内生産体制の拡充等を図るものとする」とあります。まるで、「これからも補助金漬けにして、護送船団を守るぞ」と言っているようです。このあたり、役人はしぶといです。


【重い自己負担 6,150円】

 新型インフルエンザワクチンの接種費用は、生活保護や低所得者を除いて、自己負担です。二回の接種で6,150円が必要です。四人家族全員が接種するとすれば約2.5万円の出費となり、この負担は重くのしかかることは間違いないでしょう。多くの先進国で、新型インフルエンザワクチンは公費負担で、自己負担がないこととは対照的です。

 ちなみに、ワクチンの接種率は、自己負担の有無が影響することが知られています。当然ですが、自己負担を高くすれば、接種する人は減ります。

 感染症学には「集団免疫」という考え方があります。国民の大半が免疫を持っていれば、たとえ感染者が外部から侵入してきても、感染症に対して弱い集団にはうつりにくく、守られるという意味です。インフルエンザの場合、国民の70-80%程度が免疫をもっていれば、大流行は防ぐことが可能と考えられています。逆に、ある一定レベルまで免疫を持っている人を増やさなければ、大流行は避けられません。このように考えれば、6,150円の自己負担が極めて大きな意味を持つことがお分かりでしょう。

 今回、政府は1,000億円程度の予備費をワクチン接種費用に充てています。予備費の総額を考えれば、新型インフルエンザ対策に大きなウェイトを置いたことは間違いありません。しかしながら、政治主導で補正予算を組み、国民負担をなくすという選択肢もあったはずです。その総額は約5,000億円。数万の国民が亡くなるのですから、議論の価値はあります。民主党にとって、政治主導を示す恰好の舞台を逃したことになるかもしれません。

 余談ですが、厚労省の原案ではワクチン接種料は7,200円でした。約1,000円分を軽減したのは、足立信也政務官が強硬に主張したためだと言われています。


【輸入ワクチンは本当に危険か?】

 輸入ワクチンの安全性が懸念されています。厚労省は、ワクチンに関するパブリックコメント募集の案内で、1) 国内外で使用経験がないこと、2) 国内で使用経験のないアジュバント(免疫補助剤)を用いていること、3) 国内で使用経験のない細胞培養による製造法が用いられ、「がん原性は認められないものの、腫瘍原性がある」と説明し、アジュバントの使用と、細胞培養法の危険性を強調しています。これを読むと、誰でも輸入ワクチンは危険と考えるでしょう。

 ところが、この説明には具体的なデータは示されず、かなり一方的です。私は、輸入ワクチンの危険性は厚労省が喧伝するほどのものではないと考えています。その理由は以下です。

 我が国が輸入を考えている新型インフルエンザワクチンは、ノバルティスファーマ(スイス)とグラクソ・スミスクライン(イギリス)の製品です。前者は細胞培養法を用い、後者は日本と同じ鶏卵培養法を用いています。細胞培養法は、鶏卵培養法より効率が良いのが特徴です。今回、ノバルティスはMDCK細胞というイヌの尿細管上皮由来の細胞を用いていますが、欧州では07年に同法を用いた季節性インフルエンザワクチンが承認され、臨床現場で用いられています。アジュバントは入っていませんが、これまで大きな問題は指摘されていません。厚労省は、この情報は伝えていません。

 厚労省は、細胞培養法で作成したワクチンを接種すれば、微量の動物細胞由来物質が体内に入り、腫瘍化の可能性が否定できないと指摘していますが、これは杞憂でしょう。ワクチン接種の際に混入する微量物質が原因となって、腫瘍が発生することなど、常識的に考えられません。

 さらに、厚労省は、「がん原性はないが、腫瘍原性がある」などと、一般人に理解できない言葉を使っていますが、これは不適切です。腫瘍を専門とする私でも、何が言いたいか分かりません。このような表現を用いる場合、白血病や肉腫などの、上皮細胞由来でない悪性腫瘍か、あるいは良性腫瘍を指します。厚労省が、リスクを本気で心配するなら、具体的に書くべきです。勿論、専門家は否定するでしょう。

 次は、アジュバントについて考えましょう。グラクソ・スミスクラインは、「アジュバントとは、少ない抗原量で高い免疫応答を惹起させるためにワクチンの核となる抗原に添加するものです。「抗原節減型」ワクチンによって、大規模な人数分のH5N1型ワクチン製造が可能となり、より多くの人に対してインフルエンザ・パンデミックから守るための集団接種が出来るようになります。」と、パンデミック対応におけるアジュバントの意義を説明しています。

 新型インフルエンザワクチンでは、グラクソ・スミスクラインはAS03、ノバルティスはMF59というアジュバントを用いています。AS03は、これまで市販されていませんが、過去にトリ・インフルエンザワクチンのアジュバントとして1万例を超える治験が行われています。一方、MF59を配合したワクチンは97年に初めて承認、過去に4,000万回分が出荷され、1.6万回の治験実績があります。両者とも大きな問題は指摘されていません。このような具体的な情報を厚労省は紹介すべきです。

 勿論、新型インフルエンザを対象とした初めてのワクチンという意味では、慎重な対応が必要なことは言うまでもありません。特に、ノバルティス社ワクチンでは、MF59とMDCK細胞を初めて併用していることには留意すべきです。現在、両社は急ピッチで治験を実施しており、一部の結果は公表されています。対照的に、国内メーカーは治験をやらないようです。これでは、どちらが安全なのか分かりません。


【医学の常識を逸脱した10mlバイアル】

 厚労省はインフルエンザワクチンを10mlバイアルで供給すると発表しました。季節性インフルエンザワクチンは、通常、1mlバイアルで供給し、二人に接種します。医系技官は、バイアルの用量を大きくすれば、壁面や底に残るワクチンを節約できるので、接種可能な人数が増えると考えたようです。

 ところが、この方法は医学の常識に反する「机上の空論」です。私の周囲で、この問題を認識した医師は、ほぼ全員が反対しています。

 まず、ワクチンはゴムキャップに針を刺して吸い取りますが、この操作によって、空気中の細菌・ウイルスなどがバイアル中に押し込められます。これらの病原体は、時間がたつと急速に増殖するため。注射薬は、一度あけたら使い捨てが基本です。このため、多くの注射薬は、最初からシリンジ(注射器)に入っていて、吸い取る操作がいらない「プレフィルド・タイプ」になりつつあります。昨年、三重県の整形外科診療所が作り置きの点滴で院内感染が生じ、マスコミ騒ぎになりましたが、「10mlバイアル」案は大差ありません。

 次に、このような方法で、本当にワクチンが節約できるかも疑問です。一旦開封したワクチンは当日中に使い切らねばならず、添付文書にも明示されています。このため、一日のワクチン接種希望者の数が、20の倍数でなければ、多くのロスを生じます。例えば、21人なら、50%近いワクチンが廃棄されることになります。

 このように、まともな医者なら誰でも「論外」と考えることが、政府案として通ってしまうところが、我が国の医療行政の恐ろしさです。医療行政を司る医系技官が「ペーパードクター」と言われる由縁です。


【副作用の補償】

 ワクチンは、多くの国民を感染症から守りますが、一部に重篤な副作用が生じ、現在の医学では予見できません。ワクチンの普及には、ワクチン被害者に対する補償制度の整備が重要です。ところが、今回の新政府の方針は、ワクチンの補償という観点からは大きな問題を孕んでいます。

 まず、新型インフルエンザワクチンは、予防接種法に位置づけられていません。政府は「現行の予防接種法に基づく季節性インフルエンザの定期接種に関する措置を踏まえて必要な救済措置を講じることができるように検討を行い、速やかに立法措置を講じる」と述べています。政府が何と言おうが、現時点では、法律上、民民契約に基づく通常の医療行為です。

 この場合、医薬品医療機器総合機構(PMDA)が運営する健康被害救済制度で補償されます。この制度は、薬の副作用を補償するため、製薬企業の拠出する基金で運営されています。ワクチン接種に、この制度を当てはめる場合の問題は、予防接種法に基づく補償より安いこと、およびワクチンによる薬理的副作用(医薬品を適正に使用した場合に、当然に予想される副作用)以外は救済されない可能性が高いことです。具体的には、注射部位の感染、注射による迷走神経反射で倒れて大怪我をしても補償されません(このような合併症も、予防接種法は救済します)。このような場合、被害者は裁判に訴えざるを得ません。

 万一、ワクチン事故があった場合、被害者は、製薬会社や医療機関等を相手に訴訟を起こし、過失責任を立証し、勝訴しなければなりません。被害者の負担は、相当なものになるでしょう。結局、今回の措置は、「裁判に訴える患者だけが救済される」スキームを政府が認めてしまったことになり、世界の潮流に逆行します。これまで、何回も主張してきましたが、予防接種禍は訴訟をしなくても救済される「無過失補償制度」の整備が必要です。
 

【免疫制度を作らず、訴訟費用を肩代わり】

 このような動きは、製薬メーカーにとっては大きなリスクです。今回は7,700万人がワクチンをうちます。10万件に1回の副作用、あるいは医療ミスでも770人の被害者が出てきます。集団訴訟は、企業イメージを損ね、巨額の賠償金が必要になります。

 このため、海外メーカーの中には、米国やフランスの制度に倣って、ワクチン副作用の免責を強く主張し、免責が担保されなければ、ワクチンを輸出しないと主張した企業がありました。このような意向を受け、海外企業が敗訴した場合に、政府は賠償金を肩代わりすることを約束しました

 この判断は稚拙です。なぜなら、国内メーカーと海外メーカーを正当な理由もなく差別し、さらに、政府が「訴訟による被害者救済」を打ち出したため、判決は被害者有利にならざるを得ないためです。これは、海外メーカーにとっては、敗訴の連続によりブランドイメージを損ねる危険性があります。この結果、海外メーカーは我が国への参入を敬遠し、ワクチンラグを更に悪化させるかもしれません。

 厚労省は、ワクチン副作用補償のための、新制度の創設を表明していますが、予防接種法と同じレベルの補償が行われるかは、法制度上、財政上、まったく不明です。十分な補償が行われることを願ってはいますが、楽観できない状況です。

 いずれにせよ、医療行為の無過失補償・免責の仕組みができあがるまでは、法定接種のスキームこそが最良です。これは、国会での法改正は不要で、厚労省にやる気があれば、即座に実行が可能です。このように考えた場合、今回の厚労省の対応は、優先接種と称して、事実上、接種を勧奨し、法定接種に限りなく近づけつつ、責任と補償は回避していると見るのが妥当です。


【厚労省のガバナンス】

 このように振り返ると、今回の新型インフルエンザ対策は、医系技官の主張がほぼ通ったようです。これは舛添前大臣時代とは対照的です。政権交代の過渡期の権力の空白だったのか、あるいは、医療に対する知識が少ない長妻厚労大臣が役人に操られているのかは、現時点では判断は出来ません。ただ、医系技官にとって、目の上のたんこぶであった舛添前厚労大臣が去って、厚労省のガバナンスは大きく変わったことは間違いなさそうです。

謙遜な態度で、病気に対峙する 

機械工学の勉強(たいして真面目に勉強したわけではないが・・・)から、医学の学びに移行して、一番驚いたのが、医学が定性的にものを言い、誤差を論じることの少ない学問だということだった。統計学的手法が用いられることが多くなっているが、それでも、定性的な議論に終始し、なかには常識と言う「思い込み」で判断していることも多い。臨床の現場では、とくにその感が強い。生体、それに外的環境の複雑さから、仕方の無いことだろうとは思うのだが、そうした医学・医療の限界を常に意識しておく必要がある。

「事実をありのままに認める」謙遜さが、科学としての医学を学び、実践してゆく上で、とても大切なことであるように思える。

神戸大学の岩田教授が、新型インフルエンザについて、MRICで優れた評論を記されている。彼の考え方に、共感し、教えられるところが大だ。彼のこの発言が、世の中でも受け入れられることが必要なのだ。特に、医療・医学の情報を流すマスコミには、彼の発言をよく読んでもらいたいものだ。そして、患者になりうる方々、さらに医療者の我々自身が、この謙遜さをもって、この新しい病気と対峙して行くことが必要だ。

MRICより引用~~~

        ▽ 今、新型インフルエンザにどう対応すべきか ▽

             岩田健太郎 
神戸大学都市安全研究センター、医学研究科微生物感染症学講座教授 神 戸大
学医学部附属病院感染症内科診療科長
         2009年10月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行
                 http://medg.jp

 新型インフルエンザへの対応法が多く議論されています。いろいろなご 意見を伺っていて、私がずっと考えたことをこの場で申し上げさせてくだ さい。

1.まず、思い出したいのは、新型インフルエンザ、豚由来インフルエン ザA (H1N1)は今年3月に発見されたばかりの見つかりたてほ やほやの疾患だとい うことです。 私たちは多くの病気に取っ組み合いますが、各々の疾患について長い間 研究が重ねられてきました。大抵は何十年という年月です。けれども、私 たちは未だにアルツハイマー病の決定的な治療法を知らず、脳梗塞時の決 定的な至適血圧を知らず、理想的なコレステロール値を知らず、全ての年 齢層におけるうつ病の最良の治療法を知らず、多くの進行癌の治癒法を知 りません。疾患の理解には長い年月をかけた基礎的な研究が必要になりま すし、治療法や予防法の開発についてもそうです。臨床的に、実際に現場 で患者さんに役に立つか、という議論になるとさらに長い年月をかけた検 証(≒臨床試験)が必要になりま
す。予防接種の有効性や安全性の検証に も時間がかかります。季節性インフルエンザの有効性については未だに多 くの議論がありますし、麻疹ワクチンの安全性についても何十年と議論が ありました。エイズや結核、マラリアというコモンな疾患に対するワクチ ンの実用化はようやく夜明け前と言ったところです。

2. そんな中で、新型インフルエンザです。まだ見つかって半年あまり のこの疾患、そして原因となるウイルスについて、我々は多くのことを知 りません。予防接種については接種により抗体が産生されること、健康な 方に接種するとわりと副作用が少ないことが分かってきました。国内産の ワクチンについては、まだ有効性も安全性もまだまだ未確定で、臨 床試験すら行われていません。。effectiveness、本当のワクチン の持つ意味については、やってみないと分からないところも大きいでしょ う。

http://news.goo.ne.jp/article/cabrain/life/cabrain-24359.html

 国外の輸入ワクチンについても臨床試験の中間データが発表されたまで で、「抗体がある程度できる、健康な人を対象とすれば」「わりと 安全」ということを我々は知っています。しかし、それ以上のことは知り ません。

http://h1n1.nejm.org/?p=869

 妊婦や基礎疾患のある方など、多様な方へのデータはまだ検証不十分で す。抗体が出来ることと実際に感染症を防御したり、症状を緩和したり、 入院・死亡といった大きなアウトカムに寄与するかどうかはまたべつの問 題で、これにはもっともっと時間が必要でしょう。日本での臨床試験も始 まったばかりです。

http://mainichi.jp/select/science/news/20091007ddm041040131000c.html
http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=231405&lindID=4

 集団発生の予防、となるとさらに不明確です。数学モデルにより、有効 性X%のワクチンが基本再生算数Yの感染症に対して、人口 何%に接種すると、どのくらい集団発生の防御に寄与するかを計算するこ とが出来ます。しかし、我々はXもYも知りません。血液中の 抗体産生と病気の予防はパラレルに動くと思われますが、同義ではないの でXを推し量ることは不可能ですし、実のとこ
ろXは各人各様 (あるいは地域の属性、社会の構造や有病率も関与します) で、よくて平 均値しか出すことが出来ないでしょう。基本再生算数R0はいろい ろな状況で大きく変動します。5月16日に2以上あった(流行が広がるモードだった)神戸の基本再生算数は17日には1以下(収束モード)に 変じていました。これには、マスクや休校やあるいはいろいろな他の要素 が関与していたと想像されますが、比較対象を持たない介入だったので本 当のところは何とも言えません。

 数学モデルは起こった事象の後付の説明は出来ます。しかし、「数学モ デルは流行の将来像を予測するためにはあまり役立たない」(感染症疫 学、昭和堂)のです。

 専門家は、しばしば自身の専門性の無謬を主張します。非専門家は、非 専門家であるが故にその瑕疵を論破するのが困難な立場にあります(不可 能ではないです)。インフルエンザの専門家、といってもいろいろな専門 家がいます。ウイルスの専門家がおり、疫学の専門家がおり、公衆衛生の 専門家がおり、ワクチン学、免疫学の専門家がおり、感染防御の専門家が おり、薬剤開発の専門
家がいます。地方、中央の行政担当者がいますし、 そして、私のような臨床医がいます。それぞれの専門家はその専門領域の 外にある「新型インフルエンザ」をよく知りません。自分の立場を 離れ、情報から領域全体を俯瞰する眼を持っていれば、それはある程度払 拭可能なのですが、それは理屈の話であって、感情や自尊心やプライオリ ティーのあり方などのノイズが入ると、皆で仲よく同じ方向を向いて、と いうのはなかなかに困難です。このことは、現場に発するメッセージにお ける問題の原因の一つになっているでしょう。

 一方、すこし視点を転じてみましょう。同じ根拠で、ある臨床家がウイ ルス学や疫学や公衆衛生学やワクチン学や免疫学や感染防御学や薬理学、 さらには地方、中央の行政といった多様なパースペクティブをすべて俯瞰 するのは極めて困難であると思います。あえて言うのならば、「私には見 えていない新型インフルエンザの地平がある」という謙虚な自覚だけが、 この誤謬を最小限にし
てくれるように思います。私は、ウイルスの増殖の あり方やワクチンの具体的な製造法を経験を持って知ることが出来ませ ん。霞ヶ関のあれやこれやの圧力や思惑や背後にあるねとねとした事情を 全て察知することが出来ません。ネットでそのようなブラックボックスも だいぶ開陳されるようになり、空けてみたらそれほど崇高な天上物でもな かったな、ということも最近は多いですが、それでも全てを理解するの は、私には難しい。「見えていないものがある」という自覚だけ が、私をこの問題に対して、それなりの正気を保たせています。

3.さて、そんな中で、誰がワクチンを優先的に接種されるべきか、につ いて、「科学的に正しい」順番があるわけではありません。何を持って 「基礎疾患」とよぶか、当然線引きをする基準はありません。日本の厚 労省は非常にまじめですから、「基礎疾患とは何か、教えろ」と要望され て、その定義(案)を作りました。

http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/dl/infu090918-01.pdf

しかし、冷静になって考えてみれば容易に分かるように、ある人を接種す べき、しなくてよい、という線引きを「科学的」にするのは不可能 です。もし科学的に、と言及されたとしたら、それは欺瞞を伴うものにな らざるを得ません。

例えば、肝硬変患者に対してワクチンを打つべきだ、という意見は 「科学的事実」というより、「常識」に基づいた見解です。もち ろん、こういうときに常識を重視するのは大事です。しかし、それを科学 的言説と称してしまうのは問題があるのです。
 
よくコントロールされた糖尿病患者は、厳密に言うと病気を持っていな い人と新型インフルエンザのリスクは変わりないかもしれません。が、そ れを言っては訳が分からなくなってしまうでしょう。これらをすべて厚労 省に厳密に定義させ、運用を強いるのは酷だと私は思います。

 妊婦は危ない、とよく言われます。日本には今妊婦が65-10 0万人くらいいるそうです(会議で開陳されたデータでの数字です。その 根拠を知りません)。さて、9月の時点で、概算ですが、定点観測からだ いたい85ー125万人近くの新型インフルエンザが発症したと推計され ています(東北大学の森兼先生や神戸共同病院の上田先生による)。で は、その「危ない」妊婦が新型
インフルエンザで何人入院し、何人死亡し たでしょう。

 答えは、9月29日の時点で、入院は7人、死亡者ゼロです。厚労省の ウェブサイトは、ややこしくて見づらいですが、結構いろんな貴重なデー タを手に入れることが出来ます。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/rireki/091002-02.html

 さて、7人入院で死亡者ゼロの妊婦です。本当にリスクグループなので しょうか。しかも、妊婦である、というだけで「いちおう妊娠している し、入院して経過観察」という例もあるかもしれません。
 
 もちろん、報告から漏れた例もあるでしょう。妊婦さんが報道を受けて 普通の人より手洗いやマスクなど予防を徹底して発症をより予防している のかもしれません。しかし、妊婦は危ない、と称するだけの決定的なデー タを我々は持っていないのです。言葉だけが、一人歩きをしている。

 もちろん、妊婦をないがしろにして良いことはありません。妊婦が入院 すると隔離が大変ですし、高熱は早産を起こすかもしれず、母子感染が懸 念される新生児をNICUに入れるのには感染管理上たくさんのリスク が伴います。だから、私も妊婦は徹底的に新型インフルから守るべきだと 思っていますが、だからといってそれを「妊婦は危ない」という簡 単なキャッチフレーズに変換させてはならないと思います。

 米国では妊婦の死亡例が出ていますが、それは「妊婦だから死亡 した」のかどうかの検証なしでの事例に過ぎません。入院率は一般よりも 高かったですが、これも「妊婦だから入院しとくか」の懸念は払拭 されていません。米国では日本よりたくさんの死亡例が報告されていて、 9月下旬で1000人近くが死亡しています。妊婦がそれにどのくらい寄 与しているか分かりません。そこで、論文の結論も、might be at increased riskと留保された表現になっています。

http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2809%2961304-0/abstract
http://www.cdc.gov/h1n1flu/updates/092509.htm

4.そこで、死亡のリスクの話になりますが、

a. 新型インフルエンザは季節性インフルエンザより死亡率が高い
b. 日本では、外国より新型インフルエンザの死亡率が低い
c. タミフルを早期に投与することで日本の新型インフルエンザの死亡率 は低
くなっている。

という言説がしばしば聞かれます。それぞれ、本当なのでしょうか。

 季節性インフルエンザの死亡者はおもに高齢者に起きます。その死亡率 は、社会のあり方やワクチンの接種率など多様な条件によって変動しま す。冬の超過死亡が計算されています。

http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/inf-rpd/00abst.html
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1955.html

 超過死亡は年によってばらばらです。「数倍」差があります。人 口変動の少ない最近の数年をとっても、大きく違います。2004- 2005年では1770万人の患者、15000人程度の死亡者と推計さ れているので、死亡率は0.09%と計算されますが、他の年では超過死 亡はずいぶんと違いました。

2003-2004年では2400人 しかいなかったのです。年によって6倍程度の開きがあるのです。

http://idsc.nih.go.jp/iasr/27/321/tpc321-j.html
http://idsc.nih.go.jp/iasr/26/309/tpc309-j.html
http://idsc.nih.go.jp/iasr/25/297/tpc297-j.html

 つまり、一緒くたに季節性インフルエンザの死亡者や死亡率が何パーセ ント、と言い切れないのです。

 ただし、粗死亡率をみると、インフルエンザの超過死亡が増えても減っ てもそんなに日本の死亡者に大きな変動は見られません。スペイン風邪の 時は大きかったですが、アジア風邪、香港風邪ですら、日本の人口に変動 を与えるような超過死亡は起こしていなかったのです。前者は実数、後者 は「率」なのも要注意です。

http://georgebest1969.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-0c15.html

 さて、死亡率(あるいは死亡割合)を計算するには分母が重要になりま す。季節性インフルエンザにしても、新型インフルエンザにしても、その 分母が充分吟味されないままに「高い」「低い」という議論が 行われてきました。直接比較は従って難しいです。例えば、先の0.0 9%というのは病院を受診した臨床的には新型インフルエンザと思われ た、、、というのが分母のもととなっていますから、無症状者や未受診の ものは外されています。最近は、symptomatic case fatality rate という言葉もあるのですが、それでも受診の有無という問題は変わりあり ません。
 
 サンプル数からの推計値ですから、この0.09%にも信頼区間が存在 します。0.09という数字は大きく変動すると思います。

 新型インフルエンザの日本での死亡率は、報告されている20人を分子 にし、推計の100万人くらい(「受診者」の定点観測からの推計 値)を分母にすると、0.002%の周辺、ということになります。季節 性インフルエンザと比較すると、むしろ低いと言うべきでしょうか。い や、信頼区間を考えると、そうとは言い切れないと思います。いずれにし ても、結論としては、新型インフルエンザが季節性インフルエンザより死 亡率が高い、あるいはその逆、ということを明解に示したデータは皆無で す。この部分について、我々は素直に「よく分からない」とすべき です。ただ、新型インフルエンザの死亡率は、(他と比較してどうかは知 りませんが)低い、ということは言えるのでないでしょうか。

 当初、0.4とか0.5%といわれた新型の死亡率ですが、アメリカで も修正がなされています。

http://knol.google.com/k/anne-m-presanis/the-severity-of-pandemic-h1n1-influenza/agr0htar1u6r/16?collectionId=28qm4w0q65e4w.1&domain=knol.google.com&locale=ja&position=2#

 症状のある方を分母にしていますが、sCFRは0.02から0.0 9%の間です。国別での比較は、それぞれ計算する土台となる分母が異なるので、直接 比較は困難だと私は思います。
 
 さらに、地域間で比較しようと思えば、本当は、流行している人口の マッチングなど統計操作が必要です。若くて元気な患者層と、そうでない 患者層が居た場合、その死亡率を直接比較して「A国とB国の 違い」とは言えないでしょう。国別の死亡率の高い、低いを議論するのは 難しいのです。

 ましてや、タミフルが日本における死亡率を下げている、という根拠は (仮説はありですが)、どこにもありません。

5.タミフルを誰に出すべきか。

 季節性インフルエンザについてのタミフル、リレンザの効果については すでに前向き比較試験があります。新型インフルエンザについては、私の 知る限り皆無です。

 ある、日本のドクターのコメント「新型インフルエンザなんて怖くないよ。タミフル出したら、みんな2, 3日で良くなったよ」

 ある、香港の家庭医のコメント「新型インフルエンザはそんなに怖がっていません。タミフルを出さない 人が7割くらいですが、みんな2,3日で良くなっています」

 新型インフルエンザの問題に対して、我々は都合良く、あちらでは 「季節性インフルエンザのデータ」を応用し、こなたでは「季節性イン フルエンザとは違う」という言い方をして巧みに使い分けてきました。こ の辺の曖昧さについてももっと自覚的であるべきだと思います。

 治療薬に関して、我々は新型インフルエンザにどのくらいの効果がある のか、何も知りません。WHOやCDCは全例に薬を出す必要はな い、といい、感染症学会や英国は出せといいます。どちらが正しいのか、 それは今のところ誰にも分かりません。これは、「どちらが正しいか」と いう命題ではなく、「何の価値をより重視しているか」という価値観の問 題です。CDCと感染症学会では、もっているデータは同じです。よ り大事に思っている価値観は異なるのです。個々の専門家についてもこれ は同様でしょう。私は、これは人として自然なことだと思います。
 
 したがって、WHOとCDC,それと感染症学会の見解が異なる のはけしからん、ということはありません。いろいろな見解が専門家の間 で出てくるのは、専門家のレベルのどちらかが高く、どちらかが低い、と いう意味ではありません。まだ生まれて半年あまりの新型インフルエン ザ、前向き試験がない新型インフルエンザ。治療薬のあり方については不 明点があまりにも多いのです。だから、異論が噴出するのは無理もないと 思います。

 というわけで、私の意見と異なる専門家に対して、その人が間違ってい る、と私は主張しません。私の正当性はどこまで担保できるかは自分では よく分かりませんが。

 ただ、せめて専門家には「分かっていないことが多いので、あくまで意 見としてですが」という留保を持ってコメントしていただきたいと思いま す。科学的真実である、とかあるいはそのように解釈されるような言い方 をするのは問題だと思います。

 感染症学会は全例にタミフルを推奨していますが、さすがに「それが絶 対に正しい」と断言するには至っていません。本文をよく読むと、「抗イ ンフルエンザ薬の投与の適応は、原則的に各々の医師の裁量で行われる」 と明記されています。

http://www.kansensho.or.jp/news/pdf/influenza_guideline.pdf

6.検査はだれに、何をすべきか。

 各検査の感度、特異度を考え、検査前確率を考える。そのあとは、何故 検査をするのかを考えます。また、検査を行うことによる医療者への曝露 や、検査キットの兵站学、検査をしないでタミフルを投与することによる コストや副作用のリスクなどいろいろなことを考えるでしょう。いずれに しても、治療がどうあるべきか、とリンクして検査を考えなくてはならな いので、全例タミフルを出す、と決めている場合に、あるいは出さない、 と決めている場合に検査をしてもしなくてもあまり何かがもたらされるこ とはないでしょう(研究目的を除く)。

 私(岩田)はどうしているか。基本的に、臨床試験以外での診療では、 基礎疾患がある、重症感があるなどあれば抗インフルエンザ薬を、リスク が小さければ患者さんと相談して考えています。迅速検査をするときもあ ればしないときもあり、PCRまでもっていくこともあればしないこ ともあり(外来ではほとんどしない)、タミフルを出すときも出さないこ ともあります。たぶん、100%これ、と一律に一方法を決めてしまうの は、問題だと思います。

 なにしろ、よく分からないことが多いこの疾患です。患者さんとの対 話、患者さんの価値の確認こそが、こういうときは求められるのではない でしょうか。参考に、亀田総合病院のガイドラインをお示しします。なか なか良くできていると思います。

【外来患者におけるインフルエンザ 】

・表1に示す合併症の高リスクの患者には、原則的にオセルタミビ ルまたはザナミビルによる治療を推奨する(1, 8)。アウトブレイク 初期の報告で、BMI30以上の肥満も死亡のリスクとされ、これも高 リスクに含めた(2)。いったん治療すると決めたら、治療はできる だけ早期に(発症から48時間以内が望ましい)開始するべきであ る。

・高リスクにあたらない生来健康な5歳以上の小児や65歳未 満の成人で、入院を要しない軽症患者に対しては、患者との相談の上、抗 ウィルス薬を投与するかどうかを決める。この患者層については、WHO やCDCは抗ウィルス薬の投与を推奨していないが(1, 8)、日 本感染症学会は投与を推奨している(9)。抗ウィルス薬による重症 化予防の可能性はあるが、有効性を示すデータはまだ乏しく、なんともい えない。薬剤の副作用(腹痛、下痢、悪心などの消化器症状が主で、稀に アナフィラキシーなどのアレルギー反応。因果関係は不明だが、国内では 10代を中心として異常行動の報告がある)を説明した上で投与を希望する かたずねる。

・外来患者で発症から48時間を超えて受診した場合には、有効性は 低いであろうことを説明し、投与の希望をたずねる。

・インフルエンザ患者(疑いを含む)で肺炎を疑うような徴候(呼吸困 難、頻呼吸、低酸素血症)があれば、速やかに抗ウィルス薬と必要に応じ て抗菌薬を投与するべきである(8)。

http://docs.google.com/View?id=ddbrbpz7_0g438bchc

7.プロの臨床医はいかにあるべきか。

 不明確なことが多い新型インフルエンザですが、それはこの疾患がこれ だけ歴史の浅いことを考えると、当然と言えると思います。今後の流行の あり方や「強毒化」の懸念、第二波はいつくるのか、そもそも来る のか、第三波は?患者は何人出るの?正確な予測は不可能です。過去のパ ンデミックの歴史を振り返っても、波のおき方は年によって、地域によっ てバラバラです。愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶという言葉が ありますが、歴史は「未来予測」がいかに困難かを教えてくれま す。

http://content.nejm.org/cgi/content/full/NEJMp0903906

 このような不明確な状況の多い中で、現場の診療医はどうあるべきで しょう。情報は当然集めるべきでしょう。そして吟味すべきでしょう。 「妊婦は危険」のようなスローガン的なキャッチコピーには要注意で す。言葉だけの一人歩きは多く、実際にデータを見るといろいろと異なる 側面が出てきます。

 厚生労働省は臨床の素人です。素人にプロの臨床医が診療のあり方を指 図してもらってはいけません。某市のある会議で、診療医のひとりが「薬 の出し方について行政がきちんと指針を出して欲しい」とおっしゃってい ましたが、私はとんでもない話だと思います。プロがアマチュアに教えを 請うなんて、プライドも何もあったものではありません。基本的に、他の 全ての病気についてそうであるように、現場における診療のあり方は最終 的には現場で決めるべきだと思っています。厚生労働省(という一つの人 格があるわけではないですが)だってそれを望んでいるはずです。

 感染症学会も新型インフルエンザについて見解は持っていますが、真理 を持っているわけではありません。誤解のないよう弁解しておきますが、 私は感染症学会のこれまでの行動をとても高く評価しています。これまで 社会的なコミットメントがほとんど皆無だった感染症学会がこのように世 の中の役に立とうとガイドラインを発表したことに対して素晴らしいこと だと思っています。各論的には意見の異なる部分もありますが、それは、 「当たり前」なことなのです。同じ科学的バックグラウンドから異なる 見解が出てくることなど、よくあることなのです。

 shared decision makingという言葉があります。私は、新型イン フルエンザの診療の時こそこの言葉が重要な意味を持っていると思いま す。曖昧模糊としたこの疾患にどういう態度で臨むか、各臨床家が見識を 持っているのは自然なことであります。でも、よく分からないことは多 い。患者さんは新型インフルエンザについて我々ほどの情報を持ってはい ないでしょう。でも、病気について、薬について、ワクチンについて、予 防について、いろいろな価値観を持ってはいると思います。ぜひ、それは 問うてみるべきだと思います。

小諸、懐古園 

2週間ほど前の水曜日午後、思い立って、小諸市の懐古園に車ででかけた。例によって、忙しい駆け足旅行だったが、小糠雨の降る古城の秋の佇まいを楽しんできた。

平日で午後遅かったこともあり、入園者が殆どいなかった。

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この城は、小諸川の川べりの小高い丘の上に築城されたため、城内の土地に起伏がある。木立は、数百年の樹齢なのだろう。鬱蒼としている。

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美しい紅葉。

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見張り台から望む、小諸川。

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こけ生す城壁。本丸跡。

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Fred K6KX 

朝夕のグレイラインパスが、とても効くようになってきた。昨日、日が傾き始める頃、カリフォルニア バークレーのFred K6KXと交信した。私の方では、コールの記憶が全く無かったのだが、彼が言うには、10年ほど前に確かに会っている、とのことだった。当時、朝早くサンフランシスコまで車で通勤する途上、車から私と交信したと言う。タワーを建てようかと思っているときに、私から、雷の直撃を受けたことを聞いたので、よく覚えている、とのことだった。

年齢を聞きそびれたが、投資アドバイザーをしていた7年前にリタイア。恐らく60歳代半ばなのだろう。現在は、無線と、ピアノそれにオハイオに住む年老いた両親のもとに出かけケアをすることに明け暮れているとのことだった。ピアノでは、その後プロの道に進んだ友人と室内楽を組んでいたが、時として、アマチュア奏者にとってとても難しい箇所があることが多く、当惑するのを感じずにはおれなかったとのことだった。それは、私自身も現在のアンサンブルで実際感じることが多く、他のプロの方々に申し訳ない気持ちになる、と申し上げた。バルトーク、ベートーベン、ブラームスそれにジョプリンといった作曲家の作品を好んでおられるらしい。最近は、友人と二台のピアノのための作品を好んで弾いておられるらしい。

両親、特に母上の健康状態が悪化しつつある、ただ精神的にはしっかりしている、とのことだった。カリフォルニアからオハイオに定期的に世話をするために出かけるという、ご両親への思いに心動かされた。自分の母親への対応を、少し苦い思いを抱きつつ思い起こした。

リタイアしてからは、宵っ張りになったので、私がよく7メガに出ている時間帯はまだ寝床のなかにいる様子だったが、少し早起きできたら、7メガで私を探してみてくれるようにお話した。彼は、結構私のことを覚えていてくれたのに、こちらはさっぱり記憶にのこっていなくて、申し訳ない気持ちになった。最近付け始めたB6判の情報カードへ、彼の情報を記録したのは言うまでもない。

日が落ちてからは、東海岸にも開けた。Al W1FJ、Pete W1RMから呼ばれた。FOCの最近号の雑誌にニューイングランドのメンバー10名が、この夏、Don N1DG宅に集まり、バーベキューパーティをした記事が載っていた。そこにアップされた写真にAlが横向きになって写っており、我が家を訪れた20年前と較べてやや貫禄がついたように思えると言ったら、「そうだ、生活が安泰だからね」と言って、笑っていた。この時期、ニューイングランドの森は燃えるように美しいことだろう。その写真、Bill K1YTのように髪が灰色になったり、Alのように貫禄が出てきたり、20年近く前に、Billのお宅でこの面々にお会いしたときから時間が確実に経ったことを感じた。

今夕、ヨーロッパ・北アフリカへのロングパスが、7メガで活発に開けていた。FOCメンバーは見つけられなかったが、EA8CK等が強力に入感していた。

秋本番だ。

う~ん、遅いなぁ 

新型インフルエンザの予防接種について、問い合わせが結構あるのだが、何も答えられないでいる。

これまで、この件で行政から当院への働きかけは二つだけ。

今週月曜日に、地域の保健所から、この予防接種を受けるべき、スタッフの人数を教えろとFAXで連絡があった。そのFAX到着後、2時間で返事をするようにとのことだった。自分達の遅れを棚に上げて、2時間で返信しろとは、一体何なのだと思いつつ、返信をした。

今夕、帰ろうとすると、emailで行政の方から、「基礎疾患」を持つ症例の数を教えるようにという内容の連絡が入っていた。返信書式がファイルで貼付されてあったが、まだ空けていない。一週間で返事を出せとのことだ。土日には作業ができないから、実質3日間で返答しろということだ。これがきっと恐ろしく手間取る作業なのではないだろうか・・・。

私の印象、それにネットで得られる情報では、この新型インフルエンザは感染力は強いが、重症化する例は少なそうだ。重症化するケースがあるということが、やたら強調されているが、実際のところどうなのだろうか。そうした情報を、行政は出すべきだと思うのだが、母集団をきちんと定義して、その中でどれほどの症例が重症化するか、死亡するのかというデータを、彼らは出さない。

先程もテレビニュースで、新型インフルエンザで脳炎を生じた5歳の子が亡くなったと報道していた。発症翌日に、タミフルを投与され、その後脳炎を生じたらしい。20例目の死亡例だそうだ。死亡された方、そのご家族にとっては、取り返しのつかないことで、死亡者は、一人でも少なくしなければならないのは当然のことだ。しかし、季節性のインフルエンザでは、1シーズン約1万人が死亡するようだ。とすると、新型インフルエンザの死亡率が、季節性インフルエンザに較べて、特段に高いとはどうしても思えない。きちんとした疫学データを、現場では必要としている。

行政も対応すべきことが多く、大変なことだろうと思うが、輸入ワクチンの扱いの問題やら、予防接種の実施計画の実行については、大分よたよたしている感じが否めない。新型インフルエンザの予防接種を行なう医療機関が、挙手で決まるのだとしたら、私は手を挙げない積りでいる(いた)。が、喘息のお子さんを多く診ていることもあり、手間がかかっても、やはり行なわなければならないだろうか・・・。

行政への要望は、正確な情報を出すこと、予防接種実施計画を官僚の思惑で右往左往させることなく、確実かつ早急に実施することの二つ。それに、小規模医療機関に十分な時間的余裕なしに、予防接種実施の準備にあたらせないでもらいたい・・・やってらんないよ、全く。


以下、引用~~~

接種開始、ずれ込む見通し=医師会への協力依頼遅れる-厚労省がミス・新型インフル
10月8日14時45分配信 時事通信

 厚生労働省が19日から開始を予定する新型インフルエンザ用ワクチンの接種が、一部の都道府県でずれ込む見通しの高いことが8日、分かった。同省による日本医師会への協力依頼が遅れたのが原因で、自治体側は対応に苦慮している。
 同省は都道府県の担当者を集めた2日の会議で、接種に向けたスケジュールを公表。9日にワクチンを初出荷し、19日の週から医療従事者への接種を始めるとした。これに先立ち、7日までに接種を行う医療機関を選定するよう求めた。
 医療機関の選定は、地域単位の医師会を通じて行う計画だが、国の要請が医師会側に伝わっていなかったことが判明。自治体の指摘を受け、同省は6日夜になって文書で協力依頼を行った。
 同省は初出荷のワクチン納入を希望する場合、接種の10日前までに都道府県へ登録するよう医療機関に求めている。
 しかし、依頼が遅れた医師会に配慮し、選定期限を週明けに延ばした自治体もあり、都市部を中心に接種の開始を遅らせる動きも出ている。 

地域医療再生=医療機関の移転? 

北関東は、都会に比べて、二次、三次医療機関同士の距離がかなり開いている。この記事で取り上げられている、小山市民病院と下都賀総合病院の間の距離は、20km程度以上はあるのではないか。その途中に、自治医大病院がある。その二つを統合するとは、一体どこにどのような施設を作るつもりだったのだろう。県は、統合を取りやめることにしたようだが、その判断は間違っていない。

だが、各病院の病床を減らし、その上、移転整備するらしい。確かに、これらの医療機関の建物は、かなり年季が入っているが、すぐに移転し、新しい建物を建てる必要はなさそうな気がする。この経済事情下で、移転するという判断が腑に落ちない。病床を減らすのであれば、既存の建物の改修・既存の病床部分の他への利用等いくらでも、金をかけずに、整備する方法がありそうな気がする。

その移転整備に、例の地域医療再生基金から助成金が出るのだろうか。100億円、25億点といった極めて大雑把な金額がポンと出るところは、まずは予算額ありきであって、医療事情の詳細な検討に基づく予算の積み上げではなさそうだ。

大体、地域医療再生を、建物の移転整備で行おうという発想がピントはずれも良いところなのだが・・・。民主党政権でも、このような地域医療再生計画が認められるのだろうか。


以下、引用~~~

小山市民・下都賀総合病院の統合再編、両病院を単独整備へ 栃木県、医療再生計画
09/10/07
記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社

医療再生計画:小山市民・下都賀総合病院の統合再編、両病院を単独整備へ /栃木

 県保健福祉部は6日、県南、県西両医療圏の地域医療再生計画案を県議会の生活保健福祉委員会で明らかにした。県南医療圏をめぐっては、小山市が小山市民病院と下都賀総合病院(栃木市)の統合再編を要望していたが、県は両病院を単独で整備する方針を示した。

 計画案によると、県南は下都賀総合病院を下都賀総合医療センター(仮称)として移転整備する。14年1月に開院予定で、病床数は475床(今年4月現在)から300床程度に縮小。小山市民病院も移転整備し、14年度に開院する予定。両病院にはそれぞれ「栃木地区急患センター」と「小山地区夜間休日急患センター」を併設し、初期救急と2次救急の連携を図る。

 県西は、上都賀総合病院(鹿沼市)を移転整備し、13年3月に開院する予定。512床(今年4月現在)から402床程度に縮小し、休日夜間急患センターを併設して整備する。

 国の地域医療再生臨時特例交付金は、都道府県が策定した地域医療再生計画に基づき、全国10カ所に100億円、84カ所に25億円が交付される。県は7月、県医療対策協議会を開き、100億円の計画に県南医療圏、25億円の計画に県西医療圏を選定していた。【戸上文恵】

友人が逝く 

今日、正確にいうと、昨日午後4時少し前、白血病で闘病していた友人が亡くなった。仕事から帰る途中、娘さんから電話を頂いて、知った。

彼は、幼くして父親を亡くし、苦学をして電気関係の技術者になった。家庭を持ち、二人のお子さんに恵まれ、田園地帯に立派な家を構えた。上司の顔色をみながら仕事をすることなく、生涯平社員で通したらしい。お子さん方も成長され、ご自身も定年が見えてきたというときに、病魔に襲われた。半年の闘病生活。何度かお見舞いに伺ったが、この2週間ほどは具合があまり良くなさそうだったこともあり、お見舞いを控えていた・・・具合が悪いからこそ、見舞うべきだったのかもしれない・・・。

闘病中も、ずっと希望を持ち、回復したら、あれとこれをやってと計画を立てていた。10数年前に一度一緒にしたように「車で一緒に温泉めぐりをしようや」と話し合っていた。「平然と生きることこそが悟りだ」という、子規の言葉を紹介したら、感激してここにもコメントを下さった。しかし、最後のメールには、「やはり怖い」という意味の言葉があった。それが本心だったのだろう。最後の2週間前位には、親しい方に感謝とお別れの言葉を差し上げた、と言っていた。

化学療法を何度か試みたが、病的細胞は消失せず、今回も亡くなる直前には、末梢血中の芽球は20万/mlを数えたらしい。恐らくDICも合併したのだろう、苦しむ時間は短く、最後は眠るようであったらしい。

生きることとはどういうことなのか、彼の最後の生き様をもって、私にも改めて示して行ってくれたような気がする。いろいろと思い残すこともあったかもしれない。が、我々の意思を超えたところで、我々の運命は決められている。それに従容と従うことなのだ、ということを。

安らかに休んでください・・・Nさん。

近況 

日中、やはり仕事をし、夕方日の暮れる前に、自宅に戻った。7メガでヨーロッパがロングパスで聞こえることを期待していたのだ。7メガは南米に良く開けていた。7008付近でCQを出す。弱い局が呼んでくるのだが、同時にJF1某局がしつこく呼んでくる。2,3度QRZ DXを連呼して、ようやく、そのJF1氏は消えてくれた。この季節、7010以下はDXだけのために空けて欲しいもの。それに、DXの指定を無視する、ないしコピーできないのであれば、呼んでは不味いだろう。

で、呼んできてくれた局は、GA4までは取れたが、サフィックスまで了解できず。スコットランドの特別プリフィックスの局のようだ。信号は、時々ノイズレベルよりも僅かに浮かび上がる程度。今シーズンの7メガでヨーロッパをロングパスで初めて聴いた瞬間だった。たったそれだけのことなのだが、何かうきうきして来るのは、昔からのことだ。来年の1月位までの間、西ヨーロッパが日の暮れる頃に聞こえるようになる。昔は、G3FXB、GW3YDXそれにG4BUEやらがブンブンいわせて強い信号を送り込んできたものだが、最近は少なくともUKからの強力な信号を聞かない。

チェロがようやく弾けるようになり、音階練習、それに思い立って、フォーレの「夢のあとに」をさらい直している。フィンガリングを変えることで、フレージングが改善することを実感。チェロは、音が飛ぶのが苦手だが、それだけにフィンガリングの工夫で、演奏効果が大きく変わる。後半、ハイポジションで降りてくる音型の途中の音程が決まっていないことに気付く。繰り返し練習。11月3日のブラームストリオの練習に向けて、また練習をしなければ・・・。

オーディオスピーカーの位置を変更した。6畳弱の広さしかない私の居室で、KEFのトールボーイタイプのスピーカーを鳴らしているのだが、聞く位置がスピーカーに近すぎたために、音像を聞き取ることができなかった。スピーカーを聞く位置から離した。すると、しっかり音源の楽器の位置が聞き分けられるようになった。フローリングのためと、スピーカーの特性のためか、低音域が少ししまりなく伸びすぎのようだが、不快に感じるほどでもないので、そのままに。フォーレのピアノ四重奏曲、1,2番を聴く。2番をスコア片手に聴いたのだが、とても複雑な構成、リズム、調性の変化に改めて驚く。フォーレの音楽には、聴く者を引き込まずにはいない魅力がある。

のんびり進めている読書は、佐伯隆光著「市場主義の終焉」を読了。第三の道を目指さなければならないことを改めて教えられた。現在、盛山和夫著「リベラリズムとは何か」に取り掛かっている。マルキシズムが歴史的に退場し、その後リベラリズムに裏打ちされた新自由主義が出現した。リベラリズムの思想史的意義を十分理解する必要がある。それによって、「第三の道」が見えてくるのではないか・・・という思いで読み進めている。現在、金融経済の混乱にだけ目をやるのではなく、その背後にある思想的な動きに注目する必要がある。その意味でも、大きな変化の時代にさしかかっているようだ。

残された時間にどれだけのことができるのだろう・・・さて、明日からまた戦いだ・・・。

医師としての出発点に戻れたら・・・ 

先日、7メガでMark KQ0Aが呼んできてくれた。あまり強くない。以前に、何度かお会いした記憶があるが、交信内容はほとんど記憶がなかった。一通りのリポート交換等の定例行事を終えると、彼は「お前はMDか?」と尋ねたきた。オンエアーで自己紹介をする際に、仕事について話すことも多いので、何も気にせず、その通りとお答えした。

彼は、私の職業を他のJAのハムから聞いていたのだった。彼が、元医師であると自己紹介したら、相手のJAが、では私のことを知っているかと尋ねたらしい・・・ま、そのような経緯は、大した問題ではないのだが、彼は、病理を専門として40年間過ごしてきたそうだ。大学卒業後、Johns Hopkinsで研修をし、その後病理の世界で生き続けてきたようだ。一度、臨床に戻る機会があったのだが、「人」を相手にするよりも、「ラボ」で仕事をしていた方が自分に合っている、と思ったようだ。ご自身のことを変人だと言っておられたが、大学在学中に、病理学に興味を強く持っていた自分としては、よく理解できる、と申し上げた・・・私は、病理学で人体病理、特に解剖が苦手だったために、病理学教室に入局することはなかったのだが・・・。彼は、4年前に引退を「余儀なく」された様子。「本当は、剖検のテーブル上で死にたかったのだがね」と言って笑っていた。

引退後、東海岸からニューメキシコに移り住んだようだ。現在は、図書館で利用者がネットを用いて検索をする手伝いを、ボランティアでしており、やりがいがあると言っていた。74歳。充実したリタイア生活を送っておられる様子だ。

さて、医師として、もう一度人生を繰り返せるとしたら・・・意味のない仮定の疑問だが・・・どうするだろうかと、彼との交信をしつつ考えた。臨床であれば、やはり小児科だろうか・・・睡眠不足の続く初期研修の日々、経験がないのに夜間救急の現場に放り投げられた心細さを、また繰り返したいとは思わないが、あの日々があって、現在の自分があることは実感する。いや、これから小児科を目指す方々には、ご自身にとっても、患者さんにとっても、リスキーなあのような研修は勧められないし、許されることでもなくなっている、と思うのだが。的確な診断と治療を行なうと、多くの場合、患児がみるみるうちに元気になり、にこっと笑いかけてくれる、小児医という仕事には、今でも愛着がある・・・。

いや、自分にもう少し能力と、経済的なバックグラウンドがあれば、基礎、なかでも免疫学に進んでいたかもしれない。私が、母校の免疫遺伝学の研究室にしばらく所属していたころ、免疫応答のMHC拘束性の問題、T細胞受容体の問題、免疫応答の制御機構の問題等に、飛躍的な進歩の遂げられた時期だった。雑誌に目を通したり、教授や研究者の方々のお話を伺ったり、さらに様々な学会で熱い議論に接したりして、苦労はあったが、充実した日々だった。

定年近くまで田舎で小児科開業医をしている自分を、その頃予想しただろうか。否、である。しかし、意味のない仮定に立った想像は止めよう。残された日々を、自分なりに、一歩一歩歩むだけだ。

しかし、剖検のテーブルの上で死にたかった、というMark・・・病理医として幸せな人生だったのだろうな・・・。