山本病院事件、その容疑者の死 

奈良県の山本病院での業務上過失致死事件の容疑者である医師が、拘置所で急死した。

何ともやりきれない事件だ。山本病院の山本容疑者には、徹底した取調べをしてもらいたい。医療の場で刑事犯罪を犯したとしたら、その罪は重い。

死亡した塚本容疑者は、どのように関わっていたのだろうか。積極的な関与なのか、それとも山本容疑者の部下として関与しただけなのか。

それに、山本容疑者の死は、所謂死因不詳の不審死だ。「警察」へ届けた上で、検死を行い、司法解剖を含めた適切な対応を行うべきだ。急性腎不全というが、それはきちんと医学的に下された診断なのか。急性腎不全の原因は何か。急性腎不全のまま拘置を続け、取り調べを続けていたことが適切なことだったのだろうか。拘置所は、人権が制限される場所だ。だからこそ、この事例の経過を第三者を入れて解明すべきだろう。

この事件と直接関係ない感想になるが、診療報酬改訂時には、こうした事件の立件や、裁判の報道が多い。昔から、そうだ。診療報酬改訂を行政の意向にそったものにするための世論作りだとしたら、唾棄すべきことだ。


以下、引用~~~

拘置中の容疑者が死亡 山本病院事件、元勤務医
10/02/25
記事:共同通信社
提供:共同通信社


 奈良県大和郡山市の医療法人雄山会「山本病院」(破産手続き中)で肝臓手術を受けた患者が死亡した事件で、業務上過失致死の疑いで逮捕された元勤務医の塚本泰彦(つかもと・やすひこ)容疑者(54)が25日、拘置中の奈良県警桜井署で倒れた。病院に運ばれ治療を受けたが、同日午前、死亡した。

 県警は「自殺をうかがわせる点はない」と説明、死因を調べている。

 県警留置管理室によると、塚本容疑者は同日朝、起床後、洗面を済ませると1人部屋に戻り、あおむけになっていた。午前7時半ごろ、署員が朝食を支給する際にいびきをかいており、別の署員を通じて消防に連絡。病院搬送後の同10時45分ごろ死亡した。

 塚本容疑者は6日の逮捕直後から同署に食欲不振や不眠を訴え、計3回、病院で受診。24日の診察では脱水症状があり、急性腎不全と診断され点滴や流動食の手当てを受けた。

 留置管理室は「亡くなられたことは残念。留置管理業務は適正だった」としている。

 塚本容疑者は2006年、肝臓手術の知識や経験がないのに男性患者=当時(51)=の肝臓腫瘍(しゅよう)の切除手術をして死亡させたとして、同病院の元理事長山本文夫(やまもと・ふみお)容疑者(52)とともに逮捕された。27日が拘置期限で、奈良地検が近く刑事処分を決める見通しだった。

週末の夕食 その19 

先週末は、土日と二日続けて、夕食を準備した。土曜日は、豚肉の生姜焼き。生姜の風味がのって、旨い。

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日曜日は、鶏肉と野菜の煮込み。写真を撮り忘れた。ごぼう、人参、里芋、蓮根、しいたけ、焼き豆腐、こんにゃく等を前処理をしてから鶏肉と煮込む。少し薄味だったが、コクのある美味しさ。

通勤途上、車から出てきたNathan KO6Uと昨日会った。このところjunk food を食べることが多くなったので、日本食を食べなくては、と奥様と話をなさっているらしい。彼は、日本に滞在していた頃、一人で生活していた間は、納豆、秋刀魚、卵で食事をしていたとのこと。納豆が食べられるとは、凄いと感心。今は、殆ど料理をしないが、やろうと思えばできるということらしい。私は、リタイアを睨んで、料理の練習・・・といっても、レシピ通りに作るだけだが・・・をしていると話した。

日本料理、特に、煮物をいろいろと試してみよう。

議事録紛失? 

政府の諮問会議といえば、官僚がお膳立てして、結論先にありきであることが多い。丁寧な議事録が記録される。

政府・厚生労働省の新型インフルエンザ対策の妥当性を後から検証することは、今後のインフルエンザ対策に生かすために大切なことだ。水際対策の妥当性、国産ワクチンの準備の適切さ、輸入ワクチンの契約の適切さ等々、どうしてこうなったのか、知りたいことがたくさんある。この新型インフルエンザ流行に絡んで、様々な利権が蠢いたことを耳にする。専門家と言われる方々、ないしは厚生労働省官僚が、そうした利権に絡んでいるということはないのだろうか。

新型インフルエンザ対策のための専門家諮問会議では、そうした事項を検討したはずの議事録が一切残されていないらしい。

議事録を残さないことは、誰がどのような理由で決めたのだろうか。ほとぼりが冷めた頃になって、厚生労働省のロッカーの中から、議事録が出てきた等ということになることは、まさかないのだろう・・・と思いたいのだが・・・。通常必ず残される議事録が「残されなかった」という不自然な事柄に、新型インフルエンザ対策の不自然さそのものが投影されているような気がする。


以下、引用~~~

新型インフル諮問委、記録残さず=首相に答申の専門家会議-非公開の10回検証困難
2月21日2時34分配信 時事通信

 政府の新型インフルエンザ対策本部(本部長・鳩山由紀夫首相)に、国が採るべき方針を答申してきた専門家諮問委員会(委員長・尾身茂自治医科大教授)が、開いたすべての会議で議事録などの記録を残していなかったことが20日、分かった。
 実効性に疑問が残る空港での水際対策やワクチン輸入などは諮問委の見解に沿って実施されたが、決定に至る過程の検証は困難になる可能性が高い。
 諮問委のメンバーは、尾身委員長と感染症の専門家4人。新型インフルの発生を受け、昨年5月1日に初会合が開かれた。会議はすべて非公開で、原則的に開催自体が明らかにされていない。
 厚生労働省や内閣府の関係者によると、これまでに開催されたのは10回で、うち9回は前政権下で開かれた。同省側が対策の根幹となる「基本的対処方針」などの原案を用意し、委員に意見を求める形で議論は進められたという。
 5月は機内検疫や感染者の隔離措置など水際対策を主な議題に5回開かれた。6月は冬の流行拡大に向けて態勢を見直すため3日連続で開催。8月、9月は各1回で、外国製ワクチンの輸入や接種スケジュール、費用などの方針を検討した。
 会議には同省幹部らが同席したが、類似の会議とは異なり、議事録は作らず、発言は一切録音しなかった。残っているのは出席者の個人的なメモのほか、取材対応用に用意した数回分の議事概要だけで、どのような議論が交わされたのかが分かる資料は内部向けを含めて存在しないという。
 世界的に異例だった水際対策は、諮問委の「一定の効果があった」との評価で継続されたが、実際は潜伏期間の感染者が多数すり抜けた可能性があると指摘する研究者もいる。巨費を投じた輸入ワクチンは大半が余る見通しだ

事業仕分け人の本省じゃなかった本性 

昨年末の事業仕分けでは、パリバ証券やクレディスイス証券の方々が、仕分け人としてバリバリ仕事をなさっていた。パリバ証券は、不正な運用で、2,3年前に金融庁から処分を受けた証券会社である。クレディスイスも、下記ニュースの通り、脱税をやっている人間がうじゃうじゃいる会社のようだ。

こんな証券屋どもに、「開業医は楽して儲けている」と言われる筋合いは無い。

こんな証券屋に、「事業仕分け」という国の根幹に関わる作業をさせたのは一体誰なのだろうか。誰かの書いたシナリオ通りに、これらの証券屋はわめき散らしていたに過ぎないのだろうが、国の根幹を自分達に都合の良いようにするために、証券屋と結託している連中が、どこかに隠れている。

もう一度言おう。こんな証券屋に、「開業医が楽して儲けている」と言われたくない。こんな証券屋を使って、国の根幹を自らに都合の良いように動かそうとしている勢力は世の中から消えるべきだ。


以下、引用~~~

<脱税容疑>クレディ・スイス元部長が1.3億円 国税告発
2月19日15時0分配信 毎日新聞
外資系証券会社「クレディ・スイス証券」(東京都港区)に勤務していた債券部門の元部長(46)が、給与の一部として与えられた親会社の株式を売却して得た所得約3億50 00万円を隠し、約1億3000万円の所得税を脱税した疑いがあるとして、東京国税局が元部長を所得税法違反容疑で東京地検に告発していたことが分かった。

関係者によると、元部長は、インセンティブ報酬(奨励給)として与えられた親会社「クレディ・スイス」(本社・スイス)の株式を海外の市場で売却。06~08年の3年間で 約1億3000万円の所得税を免れた疑いがもたれている。元部長は07年8月に同証券を退職し、現在は海外に出国しているという。

給与として株式が与えられた場合、付与された時点の株価でいったん申告し、その後株価が上昇すれば売却時に差額を申告する必要がある。元部長は株式の付与と売却のいずれの 時点でも申告していなかったとみられる。

◇他にも100人

また、元部長の他に、同証券の社員ら約100人が同様に株式の売却益を申告していなかったとして、東京国税局から課税処分を受けた。同局は、元部長が隠した所得が巨額だっ たことなどから刑事告発した。インセンティブ報酬は、業績が好調であれば株価が上昇し多くの利益を得られるため、社員のやる気を引き出すために外資系企業の多くで取り入れ られている。海外市場で売却されると日本の国税当局は把握が難しいとされる。【石丸整】

硬直した厚生労働省ワクチン行政 

前ポストは、いささか規模の小さい行政批判だったが、MRICで和田眞紀夫氏が、厚生労働省ワクチン行政の硬直性・誤りを的確に批判している。

特に、ワクチン接種の優先順位を、行政が事細かに取り決め、それに「違犯」すると、「違犯」医療機関・医師をマスコミにリーク、バッシングさせることを繰り返していた事実は注目に値する。ワクチンを無駄にするなと言いつつ、行政の決めたことは徹底して守らせようとしていた。違反者には罰則を与えることを法制化しようとしているらしい。医療機関を支配し、権勢を及ぼそうという、この滑稽なまでの施策。最初、笑ってみていたが、笑ってばかりもいられない。

行政が、医療の現場に足を突っ込み、そこで権勢を確保しようとすると、医療現場は、荒廃し、機能しがたくなる。今回のインフルエンザワクチン騒動が、それを指し示しているように思える。

鳥インフルエンザの流行が起きたら、日本の医療はマヒ状態になることだろう。後に残るのは、厚生労働省官僚の権勢・利権だけ・・・。


以下、MRICより引用~~~


厚生労働省の怠慢と暴走、誰が止められるのか?
わだ内科クリニック
院長 
和田眞紀夫
2010年2月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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【厚労省の怠慢】
 まずは厚生労働省の怠慢の話から。元小樽市保健所長を勤められていた外岡立人先生のサイトから新型インフルエンザの予防接種に関する記載(2月12日付)を引用させていただく(以下)。

「これまでの接種者数はどの程度いるのだろうか?国は何も発表していないが、米国で23%、カナダで50%弱、欧州は北欧を除くと10%以下、中には数%も。こうした情報は国内ではいつも公表されない。調査しているかも分からないが。出荷した本数に現場からの声を加味すると、1000万人も接種してないのではという情報もある。10%以下。」
http://nxc.jp/tarunai/index.php?action=pages_view_main&active_action=multidatabase_view_main_detail&content_id=3080multidatabase

 国はどうしてちゃんと調査して発表しないのだろうか。外国でできていることが、なぜできないのだろうか。国立感染症研究所のスタッフをはじめ、いわゆる側近ブレーンもいるはずなのに、みんながみんななぜ静観しているのだろうか。そして関連学会や日本医師会も新型インフルエンザの流行が沈静化してしまったらもう無関心なのだろうか。

 そもそも新型インフルエンザにどのぐらいの国民が感染したかについても、しっかりした統計を採っていなし、とろうともしていなかった。いわゆる定点医療機関といわれる国内5,000医療施設からの報告が唯一の足がかりだったのだが、その内訳は小児科が3,000施設で、内科が2,000施設。きちんと補正をしないで概算しているとしたら、小児の感染者数が多く計上されていてしまうという不正確さだ。
 厚労省傘下の研究班にしてもこのような事務方の統計資料をもとにして類推しているだけだから出発点の時点で誤りを含んでいる。諸外国のデータに比べて日本では15歳以下の感染者数がやたら多かったことになっているのも、このようなところに起因しているのかもしれない。モデル地区を設定してその地区だけは全数把握を継続すべきであったが、そのような対策も採らなかった(一部の地域では試験的にオンライン報告で全数把握に努めていたことは特筆すべきことだが、全国統計には生かされていない)。

 きちんとした統計を採ってこそ、初めて適切な対応も取れることを理解して欲しい。この章の最後に一つだけ。成文化してしまうことのデメリット。東京都は未だに新型インフルエンザワクチンの供給(配給といったほうがいいかもしれない)を制限し続けていることをご存知だろうか。ワクチンの在庫が有り余って破棄せざるを得ない状況に追い込まれている今になってもである。東京都の配給は月に2回だけ。今すぐに申し込んでも届くのは3月上旬なのである。頻度の少ない定期供給システムを一向にやめようとしないからである。3月に第10回、第11回の配給を行いそれで終了するとの通達が来た。厚労省が怠慢にも新型インフルエンザの流行がどうなっているのかという報道発表すらしないものだから、国民は全くわからないまま、いまだにワクチンを打って欲しいという患者さんがぽつぽつと現れる。当院では在庫はすっかり使い切っているから、「今注文をしても3月上旬にならなければ入らない。」といって他院をあたってもらっている。季節性のインフルエンザワクチンならば問屋さんに注文すればその日のうちに届けくれることを考えれ?
$P!"?77?$NN.DL$,$$$+$K@)8B$5$l$F$$$k$+$,$*J,$+$j$$$?$@$1$k$@$m$&!#

 どうしてこんなことが起こるのか。一旦決定された通達事項が壊れた機械のよう回り続けているからである。そしてその壊れた機械を誰も止めないのである。こんなことで余剰在庫を破棄しても仕方がないで済まされるものか?ワクチンを打つべきだという啓蒙もまったく行わず、3600円も自己負担させる任意の接種にしておいて、全国民がワクチンを打つと思うか?その結果として何%の国民がワクチンを実際打ったのか?全国民分のワクチンを用意して予想は間違ってなかったといってそれで済むものだろうか?厚労省のやってきたことはずさんと怠慢に満ち溢れており、それを誰も弾劾できないでいる今の状況も異様といえるほどほどおかしい。誰がこの暴走を止められるのか。保健所とこれに関わる地方自治体部署の機構改革も絶対必要だ。保健所は機能していない。厚労省の通達以外に彼らを教育し動かすものは何もない(個々の職員は板ばさみで奮闘努力されておられるだろうことは想像に難くないことは付記しておきたいが)。

【厚労省の暴走】
 新型インフルエンザの予防接種にあたっては厚労省が優先順位を決めてそれを厳格に遵守させる方針にうってでた。
 多くの方はもうお忘れかもしれないがこの任意予防接種を実施するに当たって、医療機関と厚生労働大臣との間で優先順位を守るべしという契約書(誓約書と言い換えてもいいもの)を取り交わさせられたのだ。厳しく統制しようとする厚労省役人の強い意志を感じる通告だった。
 そして国民に予防接種を実施するためには否が応でもこの契約書にサインせざるを得なかった。医療行為を行うのになぜこのような異例の契約書を強制させられなければならないのか、強い憤りを感じたとともに、日本医師会や他の誰もが文句一つ言わなかったことも全く信じられなかった。
 ちなみにその契約書は一方的にサインさせられただけで未だに厚労省大臣のサインは我々の手元に届けられていない。法律的にもこのような契約行為があっていいものだろうか(弁護士の方、是非教えてください)。そして今、厚労省は、この契約書に代わるものとして法律を新たに制定して間違った医療行政を現場に強要しようとしている。

 新型インフルエンザ予防接種の優先順位のことについて話を戻そう。これははっきりいって憲法違反といってもいい重罪だ。すべての国民が平等であるべき接種権利を侵害したからだ。しかも予防接種を打てるか打てないかはひとの命がかかっていたのだ。亡くなられた方は幸い少なかったとはいえ、その方が予防接種を受けていたら亡くならなくても済んだかもしれない。その権利を強制的に剥奪した罪は大きい。

 さらに言えばこの優先順位。医学的なエビデンスに基づいているものでないことが決定的におかしい。一つ例を挙げよう。糖尿病の患者さんでインシュリン注射をしているひとと経口血糖降下剤を服用しているひととの優先順位に差をつけた。全く医学的な根拠はない。このような細かい優先順位規定が延々20ページにも及ぶ文書で通達されてきた。それぞれの疾患について関連学会の意見を求めて決定したという経緯があるのだが、このことによって責任を完全に学会に押し付けていることに各学会は気づかないのか。そして医学的なエビデンスもないままに順位決定の意見を厚労省に提出させられたのが実態だ。そもそも新たに開発されたワクチンの効果についてのエビデンスなど存在するはずがない。であれば、この優先順位をそこまでして厳守させなければいけなかった根拠は何か?何もない。

 医学的な根拠もないことをかってに設定してそれを遵守するように医師に契約書を交わさせ、そして今度はそれを法律にしてさらに堅固なものにして強要しようとしている。これを暴走といわずして何だろうか。そしてこの憲法違反の最悪の暴走を誰が止められるのか?私は日本医師会が憲法違反だとして厚労省を訴えてもいいとさえ思っている。アメリカでは政権党が交代すると官庁のトップも総入れ替えになるという。時代が移り変わろうとも官庁のトップが同じポストに永年居座るという官僚構造自体が諸悪の根源であって、自民党時代からの古い厚労省幹部はすぐにでも総退陣させて新しい風を吹き込むべきだ。

保健所からのお達し 

保健所から、新型インフルエンザ予防接種バイアルの交換をするという連絡が下記の通り入ってきた。

行政が、すべてを取り仕切るという意思が、この長ったらしい文面からヒシヒシと感じられる。

末端の医療機関は、国と行政が取り仕切る予防接種ビジネスの使用人程度に考えているようだ。流行が殆ど終息しかかっている今になっても、予防接種を勧奨せよ!!とある。何せ、官僚の天下り先のワクチンメーカーに利益を誘導するためであるから、何としても、ワクチンを使い切りたいのだろう。

この文面のなかで一番カチンと来たのは、医療機関が、不要になったワクチンを卸しに返品できないとすることの、行政の理由付けだ。返品付加は最初から言われていたことなので仕方ないと思っていた・・・のだが、「医療機関は不要なワクチンを受け取らないように、繰り返し連絡してきたから」返品不可だというのだ。現場を無視した取ってつけた理由付けである。

厚生労働省は、当初より、不要ワクチンの返却は卸から国へは認め、医療機関から卸へは認めない、ということだった。事前に、医療機関からの返却を認めぬという方針は決められていたはずだ。

昨年秋、ワクチン接種の予約を自主的に取っていた。行政からは、ワクチン配布数、配布時期の連絡がなかなか入らなかった。ついに、県から、ワクチン配布の連絡が入ったときに、3,4日以内に必要量を決めるように言われた。それまで、予約を取っていたワクチン希望者二、三百人に対して、慌てて、最終確認の電話を掛け捲った。職員の少ない、当院のような仕事場では、かなりの事務負担であった。その確認作業に基づいて、必要量を連絡した。その結果、まさか当院のように小規模医療機関には配布されないだろうと思っていた10mlのヴァイアルが数個送られたきた。一つのボトルで40名ほどの希望者を一日以内に集めなければならなくなった。それも無理してなんとかこなした。が、ダブルブッキングや、既に罹ったための予約キャンセルも相次いだ。現在も、1mlのヴァイアル50本程度が冷蔵庫に残っている。

ワクチンの必要量を決めるのは実質不可能だった、ということだ。これのどこが、末端医療機関の責任になるのだろうか。

ワクチンが余りにたくさん余ったために、厚生労働省は責任を追及されるのを恐れたのだろう。県や国のレベルでワクチン必要量の予測が外れることは仕方がない。それは理解できる。

が、行政本来集団接種で投与すべきだったのに、その手間と、責任さらに経済的な負担を、末端医療機関に押し付けた。

その上で、残余ワクチンの負担を末端医療機関に押しつけた。小学生でもこんな理由付けはしないだろうという、行政の言い草には、呆れるばかりだ。


以下、保健所からの文書をコピーする;


関係受託医療機関の管理者 殿

**県++保健所長  
(公印省略)   

受託医療機関における新型インフルエンザワクチン在庫品の
取り扱いについて

 このことについて,厚生労働省新型インフルエンザ対策推進本部からの連絡に基づき,下記のとおり取り扱うことといたしましたのでご承知願います。

                  記

1 在庫ワクチンの取り扱い等について
 (1) 新型インフルエンザワクチン(以下「ワクチン」という。)の流通については,国の方針に基づき,県においては当初から各受託医療機関に対して,不要分のワクチンは納品時に受け取らないよう繰り返し連絡してきた経緯もあることから,原則,ワクチンの医薬品卸売販売業者への返品は認められません。 (2) 受託医療機関においては,在庫ワクチンの有効期間に留意し,ワクチン未接種者に対して,積極的に接種勧奨等を行ってください。
(3) 受託医療機関に使用予定のないワクチンが多数在庫する現状を踏まえ,その有効活用を図る必要があるため,2以下に記載する措置を講ずることといたしました。

2 10mlバイアル製剤と1mlバイアル製剤の交換について 
 (1) 受託医療機関からの求めに応じて,10mlバイアル製剤と1mlバイアル製剤との交換を認めることといたしました。 
(2) 10mlバイアル製剤1本(成人18回分)を1mlバイアル製剤9本(成人18回分)と交換ができますが,交換に当たっての価格差(10mlバイアル製剤1本当たり673円)は,受託医療機関に負担していただくこととなります。
 (備考)  10mlバイアル製剤(1本)  25,751円
        1mlバイアル製剤(1本)   2,936円×9本=26,424円
(3) 交換する1mlバイアル製剤の銘柄指定はできません。
(4) 交換を希望する場合は,別紙様式1により2月19日(金)までに県保健福祉部薬務課あて連絡してください。
 (5) 交換は,上記連絡を受けた後,当該ワクチンを納入した医薬品卸売販売業者が対応いたしますが,同業者は事務手続き上,交換する10mlバイアル製剤の返品伝票と1mlバイアル製剤の納品伝票を発行しますので留意してください。

3 受託医療機関間のワクチンの融通について 
 (1) ワクチンを在庫している受託医療機関が,上記1-(2)の措置を講じてもワクチン使用が困難と考えられる場合であって,ワクチンの貯蔵方法(遮光し,凍結を避けて10℃以下に保存)が遵守され,十分品質が確保されていることを前提に,受託医療機関間の融通を認めることといたします。
 (2) 受託医療機関間のワクチン融通の調整(融通先との融通量等の調整)については,県及び医薬品卸売販売業者は行いませんので,必ず自らがその調整を行ってください。
 (3) 薬事法第24条(医薬品の販売業の許可)の規定に鑑み,融通元の受託医療機関が融通先の受託医療機関に直接当該ワクチンを譲り渡すことは認められませんので,事務手続上,融通するワクチンについては,医薬品卸売販売業者にその返品伝票の発行を依頼し,再販する形を取ることとなります。
(4) 受託医療機関間のワクチンの融通に係る調整が終了した場合には,融通元の受託医療機関が県保健福祉部薬務課あて別紙様式2により連絡してください。

4 0.5mlシリンジ製剤の優先使用について 
(1) 0.5mlシリンジ製剤は,保存剤が無添加のため有効期間が6ヶ月(他のバイアル製剤は有効期間が1年)となっておりますので,当該製剤を多数在庫する受託医療機関にあっては,有効期間を勘案しながら,妊婦のみならず一般成人等に積極的に使用してください。

長妻さん、貴方には勤まらない・・・ 

長妻厚生労働大臣が、日本医療政策機構で講演、今回の診療報酬改訂を急性期医療に手厚くし、医療の危機に対応できたと総括した。その上で、今後の医療政策の検討課題として下記六点挙げたらしい。

(1)診療報酬の決定方法と体系のあり方
(2)医師の診療科別、地域別の計画配置の是非
(3)後期高齢者医療制度の見直しのあり方
(4)国として、医療機関の利用者満足度指標を作る是非
(5)成長戦略としての医療のあり方
(6)明細書の発行などを通じた、社会保障の給付と負担の明確化

これらは、医療を受ける患者の立場にたって議論しているかのように読める。患者が、医療の主役と言うことができるが、それはきれいごとでしかない。医療は、需要の側である患者と、供給者である医療者の両者が揃い、かつ国と支払い保険者が医療を財政的に支えることで成立する。特に医療行政を指導する、厚生労働大臣が、どちらか一方の立場にだけ立って医療行政を進めるとしたら、それは医療を破綻させる。

そもそも、医療の危機は、医療の需要サイドの問題であるよりも、低コスト下で需要に応えきれなくなった供給サイドの破綻の問題である。供給サイドの視点を持たない医療行政は、必ず破綻する。

長妻氏の講演内容をざっと読んだが、薬価差益があるから、それに保険での薬価を連動させる必要があるとか、薬漬け・検査漬け医療があるといったことを、この方は堂々と述べている。

大多数の医療機関は、既に院外薬局になっている。薬価差益はあったとしても、消費税分程度だ。薬価差益があまりに低くて、消費税分を考えると、医療機関の持ち出しになることもある。使用期限切れの薬剤が生じることを考えると、医療機関にとっては、薬剤で損はすることはあっても、何も利益は生まない。また、薬漬け・検査漬け医療は、例外的な医療機関を除いて、ありうべからざることであり、行われることはない。

さらに、一人当たりの診療報酬が平均を逸脱するということだけで、地方厚生局の厳しい個別指導・監査の対象にされ、診療報酬の返還を求められる。医学的には納得しがたいことでも、地方厚生局は、重箱の隅をつつくように難癖をつけてくるらしい。

マスコミ、それも一昔前のマスコミの報道を鵜呑みにしたかのような、厚生労働大臣のこうした発言は、現実を知らないか、または現実を故意に無視し世論に迎合しようとするものだ。彼のこれまでの医療に関する発言を考えると、現実を知らないところに、官僚からのレクチャーを受けて、それを丸呑みしている可能性が高いように思える。

上記六つの論点も、患者のためとの建前だが、官僚が自らの権勢を伸ばし、そこに権益を確保しようとしている姿が垣間見える。

医師の強制配置は、官僚がマスコミを用いて盛んに喧伝していたことで、医師の人権・就業の自由を奪う由々しい問題だ。この医師の配置権は、官僚にとってぜひとも手に入れたい権益なのだろう。大体において、地方の衰退を招いた者が、この地域僻地医療の崩壊の責任を取るべきなのだ。医師にその責任はない。

医療機関の満足度調査をして一体どうするのだろうか。そもそも生命を守るために、限られたインフラと人員で格闘している医療機関を、恰もサービス産業であるかのように、満足度を調査するとは一体どうした神経をしているのだろうか。勤務医の待遇改善のために導入が中医協で一旦決められたタイムカード導入も、いつの間にか立ち消えになったらしい。医療従事者の満足度、特に、医療行政への満足度をこそ調べるべきなのではないか。医療機関満足度調査をする特殊法人なり、行政の部局を新設し、そこに官僚がポストを得ることを考えているのだろうか。また、講演では、今回のごく僅かな診療報酬増額を自画自賛している。民主党のマニフェストにある、OECD平均並みの医療費には程遠いのにだ。その一方、医師数だけは、OECD平均に増やすと明言している。これは、医師の待遇劣化を行うと宣言しているに等しい。この点からも、医師の医療行政への満足度調査を是非してもらいたいものだ。

成長戦略としての医療は、長妻氏がこの講演を行った、日本医療政策機構が度々取り上げていることがらだ。長妻氏も同機構に歩調を合わせた積りなのかもしれない。この機構は、主に、保険資本・製薬資本の出資で作られた民間組織であり、様々な医療政策を提言している。その提言の基本基調は、成長戦略として医療を考えるということだ。結局は、医療を資本の利益追求の場にしようとする連中だ。

この長妻氏の問題提起は、結局、患者の立場に立つような体裁をとりながら、官僚と製薬・保険大企業の利権を実現しようとする意図のもとに行われたと考えるべきだ。

で、結論。長妻氏が厚生労働大臣を務める限り、医療はさらに崩壊の過程を進む


日本アマチュア無線振興協会の私物化 

平成3年、日本アマチュア無線連盟JARLがそれまで行なってきた、アマチュア無線技士養成課程事業を、日本アマチュア無線振興協会JARDが引き継いだ。内実は、JARLの現会長が、自分と、取り巻きそれに天下り官僚のために、同事業を私物化するためにJARDという特殊法人を立ち上げたのだ。

アマチュア無線の斜陽化によって、JARLは必然的に衰退する運命にあった。JARLにとってドル箱であった、同事業をJARDに渡したことにより、JARLの財政破綻は加速化することになった。最近、終身会員の身分を有名無実化することが、JARL現指導部によって決められた。これは、法的にも問題のある決定だ。JARLの財政が破綻寸前の段階にあることを示すできごとだ。

JARDの現状を下記のサイトの情報公開資料というページで見ることができる。

http://www.jard.or.jp/media/info/what_is_jard/index.html

JARDの現状について、気のついた点を列挙してみる。

○常勤職員は、理事長ともう一人だが、非常勤の理事には、天下り官僚が多くいる。

○主要な収入源である、アマチュア無線技士養成課程事業は、一年に数十%の単位で縮小している。

○財政は基本的に赤字で内部留保を取り崩している様子。役員退職金引き当て金がしっかり予算化されている。

○平成15年に制定された、役員給与規定では、特殊法人としては高くは無いのかもしれないが、赤字を出している邦人の役員給与としてはかなり高給の様子。退職金も十分得られる規定になっている。平成15年には、JARL・JARDともに財政が緊迫化していることがはっきりしていたのだろうが、その時期に、こうした規定を作るところが、私物化であることを物語っている。

○「電波利用秩序維持事業」への支出が、新たに前年度から始まっている。これも天下り官僚の特殊法人がらみだろうか。新しい事業に手を出せる財政状況ではないと思うのだが・・・。

こうした情報から見えてくることは、財政的に立ち行かなくなることが明確な特殊法人の財産を、役員が簒奪しつつあるということではないだろうか。JARLの問題であれば、JARL会員がクレームをつけることはできる(実際上、理事会等が、会長一派で占められており、難しいのだが・・・)。が、JARDは特殊法人であるから、監督権のある総務省しか、問題を指摘し、是正を求めることができない。総務省官僚も、権益に預かる当事者なので、そうした是正処置も期待できない。JARLとともに、JARDも破綻させる、という暗黙の了解があるのではないだろうか。

こうした、官僚と一部民間がグルになって、公の資産を食い潰す構図が、国のいたるところにあるのではないだろうか。こうした構図の関係を壊し、公のものが公に使われるようにすることを、我々は現政権に期待したわけだが、これまのでところ、何も変わらない。むしろ、政治が官僚機構に丸投げしている状況がいたるところで見られる。

地域医療貢献加算=10円 

昨日、診療所の再診料が引き下げられるのと引き換えに、「地域貢献加算」という診療報酬が新たに付け加えられた。24時間、365時間救急患者に対応すれば、再診料に1点(10円)を付け加えることができる、ということだ。小児科は、夜間救急の半数を占める。24時間、365日、救急対応をするのは、如何に体力があろうとも無理な話だ。日中にも通常業務がある。

この加算を考え出した官僚は、電話を受けるくらいはできるのではないかと考えたのかもしれない。が、夜間救急が多い小児科では、これが制度化されると、きっと2,3時間おきに起されることになる。さらに、電話で救急の相談を受けると、そのケースに対して、医師としての責任が生じる。それに対する対価が、再診料へ10円の上乗せである。このコストの多寡そのものは、経営の実際上あまり重要ではない。しかし、再診料を引き下げておいて、官僚の意図する「地域医療の充実」のために、これだけの医療費で開業医を動かそうという、彼らの「浅ましさ」に気分が悪くなる。

私は、開業以来、患者さんの急変には、できるだけ対応してきた。現在も、毎日午後10時まで、患者さんに教えた番号の携帯をオフにすることはない。休日も、原則午前中だけだが、午後・夜間も携帯に連絡が入ると、診に出かけることが多かった。休日は、一日に二回程度仕事場にでかけることも稀ではない。365日、同じようにしてきた。これは、経営のためでもある(といっても、実質の一人当たりの実質的な収入はせいぜい千円数百円程度)が、基本的には、自分が診ている患者さんをできるだけ自分でフォローしたいという気持ちで行なってきた。これが私なりの地域医療への貢献の積りだった。

今回の「地域医療貢献加算」の策定は、こうした市中の小児科開業医、救急に積極的な開業医の地域医療に貢献しようという意欲を殺ぐのに十分である。私は、時間外の救急診療を原則的に止めようと思っている。官僚が、開業医をこのように使おうとすることに同意ができないのである。患者さんには申し訳ないことだが、官僚は、地域医療を再生させ、維持しようとは考えていないことを、分かっていただく必要がある。

一昨年、国家公務員給与が、実質2%程度アップされている。単純計算では、それは恐らく6000億円の人件費増に値する。さらに、昨年秋に行なわれた「事業仕分け」では、特殊法人への切り込みが殆どなされていない。新たに指名された枝野行政刷新担当大臣は、次回の事業仕分けで、そこにも切り込むと言っているが、今までのところ、民主党政権は、官僚に依存しきっている。もし依存していないのであれば、最初の「事業仕分け」で財務省の描くシナリオに沿ったものにする等考えられぬ。国家公務員給与そのものに何故切り込めないのか。それは、官僚に依存しているからだ。

官僚は、地域医療が荒廃するのは仕方がないと踏んでいる。その事実を改めて見せ付けられた出来事だ。それを、患者さん方にも伝えて行こう。

バッハ 魂のエヴァンゲリスト 

バッハの音楽には、悲哀と喜びが同時に表現されているように感じる(これは以前にも記した)。「管弦楽組曲2番」や、「ブランデンブルグ協奏曲4番」等々。生きることの喜び、その一方では、生きることの悲哀と死への希求をも感じさせる。不思議な感覚。

さらに、「フーガの技法」や「音楽のささげもの物」といった、より抽象的な音楽になると、宇宙大の広やかさを聴く思いがする。旋律線が、絡み合い、複雑な音の織物を作り上げている。このような音楽に接すると、自分のこころがより広やかな空間に誘われ、そこで包み込まれているような思いになる。

最近、改めてバッハの音楽にこころ癒される思いがして、バッハの音楽を探る旅に出るために、磯山雅氏の著作「バッハ 魂のエヴァンゲリスト」を読み始めた。この本は、20数年前に発行されたもので、既に絶版になっているらしい。数年前に、お茶の水の古本屋で手に入れてあったもの。

磯山氏の浩瀚な著作「マタイ受難曲」にも言えることだが、この著作は稀有な力作である。研究のあとが、どの章からも偲ばれる。それだけでなく、著者が序文でも記している通り、彼自身の思いが強く込められている。単なる学術的な研究書に留まらない。

読み進めて感じたこと。

バッハが生きて活躍していたのは、まだ200数十年前に過ぎないこと。磯山氏の筆致のすばらしさもあるが、バッハが恰も身近に生きている人間のように感じられる。オルガン演奏に強い自負心を抱き、音楽の世界に打って出たであろう若きバッハが目に見えるようだ。より良い条件の仕事場を求めて運動するバッハにも身近なものを感じる。

一方、彼の生きた時代は、30年戦争の傷跡が残り、また病に早くに倒れる人が多い時代でもあった。彼は、幼くして両親を相次いでなくし、兄弟ともに親戚の家に身を寄せて成長していったようだ。彼の作品の多くに認められる、死を憧憬する思想は、彼のルター派信仰から由来するものだろうが、そうした時代背景や、個人的な事情も影響していたのではないかと改めて思った。

私のバッハ経験は、受難曲と、器楽曲・合奏曲が主だが、彼の音楽の源であるオルガン曲と受難曲以外の宗教曲にもっと目を向けなければならないと思った。特に、カンタータは私にとってまだ未開の大地だ。

磯山氏のバッハの音楽への傾倒振りが、ひしひしと伝わってくる著作だ。わき道にそれるが、磯山氏は、松本深志高校の卒業生らしい。数年前、同高校のOBオケの末席に加えて頂き、「メサイア」の抜粋や、フォーレの「ラシーヌ頌歌」を演奏させていただいたことがあった。すばらしい団体で、団員の方々も皆暖かな人々だった。磯山氏ももしかしたら、彼が高校生の時代に、同高校のオーケストラで楽器を演奏なさっていたのかもしれない等と想像をした。

バッハの音楽の素晴らしさだけでなく、磯山氏の真摯で熱のこもった執筆振りが印象にのこる著作だ。

驚きの愚策 その2 

内服薬処方の記載方法が、厚生労働省主催の検討会の答申を得て、改められるらしい。その内容は、以下の通り;

【内服薬処方せん記載の在るべき姿】
・ 「薬名」は、薬価基準の製剤名の記載が基本
・ 「分量」は、最小基本単位である1回量の記載が基本
・ 散剤と液剤の「分量」は、製剤量(原薬量ではなく、製剤としての重量)を記載
・ 用法は標準化(「標準用法マスタ」作成)

で、細かくコメントする。

・ 「薬名」は、薬価基準の製剤名の記載が基本

「薬名」は、ゾロ推進のために一般名にするとなっていたのではなかっただろうか。

・ 「分量」は、最小基本単位である1回量の記載が基本

これが驚きの変更だ。内服薬は、一日量を記載するのが、これまでの基本だった。最新の記載方法が、国際的に一回量に改められたのかと思い、最新版のNelsonのテキストを見てみた。が、やはり抗生物質、抗喘息薬、それに抗痙攣薬といった、ある程度の期間処方する内服薬は、一日量と、分法回数が記されている。能書もこれまではすべて一日量の記載だった。

この変更は、注射薬と同じ記載方法にするためと、検討会ではしているようだが、注射薬と同じにしたら、注射薬と内服薬の混同が起きるのではないか。注射薬は、血中濃度がすぐに上がるので一回量を明示する、一方、内服薬は、血中濃度が上がるのに時間がかかるので一日量で記載する、これがこれまでの考え方だったのではないだろうか・・・これのどこに問題があるのか。

・ 散剤と液剤の「分量」は、製剤量(原薬量ではなく、製剤としての重量)を記載

これも、驚愕の変更だ。散剤・液剤ともに、薬物に添加物・添加剤が加えられて製剤化されている。これまで行われてきたのは、もともとの薬物の量(原薬量ないし力価)の記載だ。それを、添加物・添加剤を加えた後の製剤量を記載しろ、ということだ。

一つの薬にも、様々な製剤がある。各々の製剤ごとに、その添加物・添加剤の量が異なることがあり、そ多寡により、濃度差がある。医師の記憶にあるのは、力価であるから、こうなると、それを一々製剤量に変換して処方箋に記載することになる。製剤ごとに、その換算が変わる。小児科では、散剤・液剤で処方することが多く、多くの手間になる。これまで行ってきた年齢別の量の加減の上に、力価から、製剤量への換算が新たに必要になるのだ。さらに、計算した一日量を分法回数で割って、一回量を出すことも新たに付け加えられる。それを処方箋におもむろに記すことになる。手間が増えることは、処方の間違いにつながる。どれだけ注意しても、間違いは起きる。

・ 用法は標準化(「標準用法マスタ」作成)

この変更の肝は、ここにありそうな気がする。これまでの医療での慣行を全部ひっくり返して、こうした煩雑で手仕事ではとても対応できぬ処方方法に変更するのは、標準化するというより、電子カルテ化を促すことに目的があるのではないだろうか・・・いや、それしか考えられない。電子カルテは、画像診断をすることの多い科などでは有用なこともあるようだが、まだまだ使いづらいという話を耳にする。それに、小児科のように、短時間に多くの患者さんの対応をしなければならない科では、まず利用価値がない。

しかし、より大きな市場を得たいIT産業は、医療に触手を伸ばすべく虎視眈々と狙っている。それに呼応した、官僚の暴走なのではないだろうか。

医療現場の声を何も聴くことなく、ただ産業界の意向だけで、このように根拠がない誤った変更を行う。産業界の意向を受け入れることによって、官僚にも何らかの権益が生まれるのだろう。

これは当面義務化させないようだが、だとしたら、混乱はさらに酷くなるはずだ。試行後、医療安全への影響等を検討するとしているが、犠牲が出てから引っ込める積りなのだろうか。

どうも最近の官僚の質が、どんどん落ちているような気がしてならない。

医療現場を無視した愚策がまた一つ 

診療明細、全患者に無料で…10年度に義務づけ
10/02/05
所謂レセプト並みに詳細な診療明細書の発行が、大多数の医療機関に義務づけらることになる。

記者クラブに胡坐をかき、国から補助金を得ようとしている新聞社ごときに、医療の透明化がこれで達成できるなどと言われるのは大いに心外だ。まずは、新聞社の経営内容、それに官僚・政治家との癒着を透明化させよ、と声を大にして言いたい。

確かに、医療内容とその費用が、患者に理解できるようになるのは理想かもしれない。が、克服しなければならない多くの課題がある。それらの課題を何ら検討することなく、医療過誤訴訟支援団体の勝村氏等の要望に官僚が乗って、中医協でこの診療明細書の発行が安易に決められた。医師会の代表とされる人物も、明細書発行のソフトがこれで安くなる、などとピンボケなことを言っている。彼も、官僚の根回しにまんまと乗せられたのだろう。

これは、医療現場に新たな負担を強い、混乱を招くものだ。

解決されるべき課題とは;

○診療報酬明細書は、診療報酬規則の則って作成されている。その規則が、煩雑を極めている。この煩雑になった理由の大きなものは、診療報酬によって、政策を誘導し続けてきたことである。診察料は、初診・再診の違いはだけでなく、時間帯・年齢によって異なり、医療機関の規模によっても異なる。初診・再診の算定も、医学的な判断とは異なるあるルールに則っている。様々な指導料の算定要件も種々であり、例外規定なども多い。指導料は、初診後1ヶ月間はとれないものと取れるものがあり、その後も月に一度だけ算定できるものと、二度算定できるものがある、簡易な処置は外来管理加算に含まれる等々。これらの規則が簡略化されなければ、何も知識のない患者さん・その親御さんには到底理解不可能だ。

○診療明細書には当然診断名が付くのだが、その中に所謂レセプト病名が含まれることがある。薬剤には適応症が決まっていて、通常はそれに基いて投薬される。が、適応外でも、患者さんのためにどうしても使わなければならない薬がある。そうした薬の適応症の一つを、診療情報明細書に記さないと、その薬剤の「適応外」投与として、医療機関の責任にされ、医療機関にその薬の費用が回ってくる。院内処方であっても、薬価差益は実際上ない。院外処方であれば、どの薬を処方しようが、医療機関には経済的なメリットは何も無い。この適応外処方は、医学的にどうしても必要と医師が判断して投与するのだ。診療明細書の載ったレセプト病名に、患者さん・そのご家族が不信を抱くことになりうる。すると、必要な薬が処方できないということになる。医学的な根拠の明確な薬の適応外投与を、まずは認めることが先決だ。

○診療明細書に記された診断名が、患者さん・そのご家族に知られるとすると、全ての病名を直裁に告知することが必要になる。悪性疾患・精神科疾患・その他予後が絶対不良の疾患でも、告知が原則化されて良いのだろうか。

○診療明細書を発行するのに必要な費用、人件費を全く考慮しないのは何故なのだろうか。特に、明細書の説明には、上記の複雑な内容があり、専門的なスタッフが時間をかけて行なう必要が出てくる。小規模な診療所では、それにスタッフがかかりきりになると、仕事の流れが止まってしまう。小規模医療機関では、通常受け付け・会計は、一人ないし二人で行なわれる。その内、一人が、診療明細の説明に当ると、受付事務がストップするのだ。診療明細を説明するスタッフが新たに必要になる。その人件費は、どこから湧いてくるというのか。大体において、役所で証明書の類を発行してもらうだけでも、数百円の費用を取られる。詳細な書類の発行と、それに付随する説明を、民間ないしそれに準じる公的な医療機関が行なう場合、無料にしろというのは無茶な話だ。

このように問題山積の診療明細書発行を強行する行政当局の意図は何か。

まずは、一部の患者団体に押されたということがあるだろう。勝村氏は、この明細書発行で「散らかった部屋を、(患者と医療者が)一緒になって片付けようということだ」と語った由だが、散らかった部屋とは一体何のことなのだろうか。極めて稀に、法の網をかいくぐった医療を行っている医療機関があるかもしれない。それを念頭においてのことなのだろうか。そうした違法、ないし違法すれすれの医療行為を行なう医療機関は、こんな書類上の手続きをかいくぐる方策をすぐに見つけ出すことだろう。この一部の患者団体は、医療を良くすると主張しつつ、多くの医療機関に負担を強い、医療を破壊することになるのを気付いていないのだろうか。

行政当局自身にとって、診療報酬明細の発行を医療機関に義務付けることによって、行政の意図をより容易く実現できるようになると踏んでいるのではないだろうか。箸の上げ下ろしまで医師に強制させることが、彼らの目的なのだ。その強制に違反する医師には、彼らは罰則を科することが出来る。また、医師の「箸の上げ下ろし所作」を少し変えるだけで、医療体制と医療費を思うように動かせると考えているのではないだろうか。

この施策は、患者さんのことも、医療機関のことも疎かにした愚策だ。医療は、さらに窮状に陥る。そして、医療現場の意欲は大きくそがれることになる。

以下、引用~~~

記事:読売新聞
提供:読売新聞

 2010年度の診療報酬改定を議論している厚生労働相の諮問機関「中央社会保険医療協議会(中医協)」は5日、患者が受けた医療の詳しい費用の内訳がわかる「診療明細書」を、原則として全患者に無料発行するよう医療機関に義務づけることで合意した。

 例外を除き10年度から実施され、医療の透明化が一歩進むことになる。

 診療明細書は、医療機関が健康保険組合などに医療費を請求する際に作成するレセプト(診療報酬明細書)と同等の詳しい内容。受けた診療の単価だけでなく、検査や投薬の中身が記録されている。06年度から発行は医療機関の努力義務となり、08年度には400床以上の大病院で義務化されているが、患者が求めた場合に限られ、手数料の徴収も認められていた。

 全患者への無料発行が義務づけられるのは、レセプト請求を電子化している全医療機関。厚労省によると、病院と調剤薬局の9割、診療所の半分が当てはまる。ただし、発行機能がついていないコンピューターや自動入金機を使っている医療機関は、すぐに対応するのが難しいことに配慮し、例外となる。



行政を監視し、矯正する役割が、医師会にある 

今日は、とりわけ忙しい一日だった。胃腸炎の患者さんがどっと押し寄せる外来の合い間、昼休みには地域の医療センターでポリオの摂取の仕事が入っている。出かけようとしたら、IP電話の不調で、仕事場に外から電話がかからないことが判明。それの対応をしているうちに、予防接種に5分遅刻。

予防接種を一緒に行なったS先生と、合い間に少し雑談をした。新型インフルエンザの予防接種についてである。彼は、所謂パーティボトル(10mlのバイアル)の購入は断っているそうだ。大人で18名も患者を一度に到底集められないから、とのこと。小児では、40名近く集めなければならないのだ。現場を無視する、行政のやり方には、こうやって否の意思表示をし続けなければなるまい、と改めて思った。

日本医師会に対して強烈な批判を浴びせ続けてきた小松秀樹氏が、日本医師会を改編しなおして、厚生労働省へのチェックアンドバランスを施す組織にしてゆかねばならないと、MRICで述べている(下記の記事)。下記の論文で紹介されている、日医の飯沼氏の発言は、むちゃくちゃだ。こんな官僚のお先棒を担ぎ、医療現場を陥れる連中は、日医からすぐに去ってもらいたい。日医は、勤務医と開業医が協同する民主的な組織にし、その上で、医療現場のことを何も知らず、ただ組織の権益拡大だけを目指す厚生労働省官僚に対して、現場から否の声を挙げ続ける必要があると痛感する。

以下、MRICより引用~~~

「岡っ引」日本医師会
虎の門病院 泌尿器科 
小松秀樹
2010年2月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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【予防接種法改正の議論】
  新型インフルエンザを受けて、予防接種法改正の議論が厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会ではじまった。厚労官僚は、今回の新型インフルエンザ騒動での大失態を逆手にとって、組織拡大と権限強化に結び付けようとしている。

【組織拡大】
  第一の問題点は資料1の論点2-3 (http://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/01/s0127-8.html)。
ワクチンの製造販売業者や卸売販売業者に協力を求める仕組みを導入するとしている。従来も護送船団方式で十分すぎるほど協力体制があり、逆に進歩の阻害要因として問題視されてきた。論点2-3を法律に盛り込むと、さらに国家事業色が強まる。製造方法やアジュバントなど新規技術導入で立ち遅れたワクチン業者に予算が投入される。天下りの促進要因になる。
  世界では次々と新しいワクチンが登場している。研究開発には莫大な費用と高度な技術が必要なため、国際的な巨大企業が開発の中心になっている。護送船団方式を守るための障壁で、日本人は世界で流通している有用なワクチンの恩恵にあずかれていない。

【権限強化】
  第2の問題点は論点2-4。臨時接種を国の指示通りに行っているかどうか、医療機関に対し報告を義務付け、状況によっては調査を行い、国が定めた優先順位に従わずに接種している医療機関を処罰するという。

【新型インフルエンザ騒動】
  日本の新型インフルエンザへの対応は、規範優先で実情に基づいていなかった。危機を煽って、世界の専門家の間で無意味だとされていた“水際作戦”を強行した。意味のない停留措置で人権侵害を引き起こし、日本の国際評価を下げ、国益を損ねた。
  医療現場のガウンテクニックの常識を無視して、防護服を着たまま複数の飛行機の機内を一日中歩きまわった。これによって、インフルエンザを伝播させた可能性さえある。知人の看護師は、ガウンや手袋の使い方を見て、唖然としたという。検疫の指揮を執った担当官に、非常時だから、医療現場の常識と異なっても黙っているように言われた。インフルエンザの防御と無縁のアリバイ作りだった。言い換えれば、現実より規範が官僚を動かしたように見える。
関西の勇気ある開業医が、厚労省の非科学的規範に敢えて従わなかったことで、新型インフルエンザの国内感染が発見された。国内発生で「舞い上がった」担当者たちは、実質的に強制力を持った現実無視の事務連絡を連発し、医療現場を疲弊させた。新型インフルエンザの診療に関わったすべての医師が、厚労省の無茶な方針に怒りを覚えたはずである。
  厚労官僚の思考と行動は、大戦時の日本軍に酷似している。レイテ、インパールなどでは、現実と乖離した目標を規範化したために、膨大な兵士を徒に死に追いやった。

【余ったワクチンの活用は罪か】
  立法・司法・行政は法による統治システムを構成する。法は、違背にあって自ら学習せず、規範に合うよう相手に変われと命ずる。医療は認知を基本とする。何が起こっているのかを正確に把握し、学習・研究を通じて、事態に対応する。
  無理な規範は、ワクチンの10mlバイアルに具現化している。従来の1mlバイアルに加えて10mlバイアルの導入が決定される前、ワクチンの確保が問題になっていた。メーカーの免責をめぐって、輸入手続の遅れが一部で危惧されていた。長妻大臣は、国会で、10mlバイアルだと生産効率が高くなると答弁した。検査が少なくなるので、市場に出せるまでの期間を短縮できると一部で伝えられた。
  厚労省はワクチンの最大投与可能人数を増やすために、端的に言えば、自らの責任の最小化のために、10mlバイアルを導入した。結果として、供給可能量が1800万人分から2700万人分に変更された。10mlは成人20人分の量である。10mlバイアルは集団接種に適している。何度も針をバイアルに刺すことになる。汚染、感染が生じやすい。ちなみに、世界では、バイアルではなく、あらかじめ1人分のワクチンを封入した注射器の使用が望ましいとされている。
  10mlバイアルの採用に対し、自治医科大学の森澤雄司医師は、「国家の危機的な状況に対応するための計画としては軽率この上なく、杜撰極まると申し上げざる外ない」「先進国で唯一というレッテルは聞き飽きた。単純に本当は先進国でないだけではないか」と苦言を呈したhttp://medg.jp/mt/2009/10/mric-vol-276.html。
  本邦では、10mlバイアルを、集団接種ではなく、一般医療機関で使用した。接種予定日に都合のよい人数の接種希望者がそろうわけではない。バイアルは開封後24時間以内に使用しなければならない。相当量のワクチンが廃棄されることになる。1バイアル当たりのワクチン量を増やすと、廃棄量も増える。2700万人は見方によれば、まやかしの数字である。ワクチンが余れば、優先外の希望者に投与するのは医師として合理的な行動であろう。ところが厚労省はこれを悪として断罪した。官僚の責任最小化のための10mlバイアルによって生じた問題が、現場の悪として扱われた。
  論点2-4は、現場への責任の付け替えを法律で正当化するものである。そもそも優先順位がどの程度の医学的・公衆衛生学的根拠に基づいており、どのような状況下でどれだけ合理的なのか、説明されているわけではない。科学的根拠のない医療を、法律で脅して、強制すれば、医療が現実離れした儀式になる。

【飯沼発言】
  1月27日のロハス・メディカル ウェッブ「対象者以外への接種 厚労省と日医が取り締まる」http://lohasmedical.jp/news/2010/01/27184714.php によれば、第3回予防接種部会で日本医師会の飯沼雅朗常任理事は、「若干ある不届き者は、我々の自浄作用できっちりやっていくのが正しい」と述べたという。

【厚労省の攻勢:強制調査権と処分権による医師の抑圧的管理】
  最近数年間、厚労省は法システムによる医療の徹底管理のために、周到な努力を重ねている。厚労省案による医療安全調査委員会をあきらめたようにみえない。周辺のルール作りを着々と進めてきた。院内事故調査委員会のあり方の研究班は、法と医療の意見の対立のため、合意に達しなかった。処分を受けた医師の再教育プログラム研究班は突然中断された。議論内容が厚労省の意向に沿わなかったためと推測されている。届出判断の標準化研究班では、医療機関から医療安全調査委員会への届出、医療安全調査委員会から捜査機関への届出の基準が決められている。
  医療の質・安全戦略会議では、あろうことか厚労省からの研究費で、医師の自律について議論されている。厚労行政は議論の対象になっていない。この議論を、現場の医師ではなく、研究者が主導している。実情と離れた理念的な制度が提案されている。
  最近、東京女子医大事件の冤罪被害者である佐藤一樹医師に対し、厚労省が行政処分を前提とした「弁明の聴取」を強行しようとしたhttp://www.m3.com/iryoIshin/article/114589/。強制調査の実施者が基準なしに医師を処分しようというのである。中世の罪刑専断主義への逆戻りである。多くの現場の医師の抗議で「弁明の聴取」は一旦中止されたが、強制調査が終了したわけではなさそうである。
  佐藤医師と同じことがいつ何どき普通の医師に降りかかるか分からない。しかも、行政訴訟に経験の深い弁護士によると、裁判所は行政の裁量を尊重することが多く、行政の判断を覆すのは難しいという。
  日本医師会飯沼常任理事の発言は、強制調査と処分権を振りかざす厚労省の意向にすり寄って、日本医師会が医師を取り締まろうとするものである。医療安全(事故)調査委員会の厚労省案に、現場の医師の意見を聴くことなく賛成したのも、同根であろう。医師の自律、自浄の対極であり、例えが悪いが、「岡っ引」を連想させる。江戸時代、追放者や博徒など犯罪社会の一員を「岡っ引」に仕立てて、犯罪者を取り締まった。テキヤ、博徒の親分が「岡っ引」になることも多く、「二足のわらじ」をはくと言われた。二足のわらじには相応のメリットがあったらしい。

【医師の自律】
  厚労省は「正しい医療」を決めるための行動原理を持っていない。医学的に常識外れであっても法令には従わなければならない。政治、メディアの影響を受ける。公務員は原理的に国家的不詳事に対抗できない。対抗できないどころか、最近は、厚労省が国家的不祥事の発生源になっている。
  ヘルシンキ宣言の序言に「人類の健康を向上させ、守ることは、医師の責務である。医師の知識と良心は、この責務達成のために捧げられる」と記載されている。医師は知識と良心によって行動するのであり、命令によって行動するのではない。法や行政が間違っていれば、異議を申し立てるのが当然である。
  かつて、731部隊では、国策に従って医師として許されざる行動をとった者がいた。一方で、学会や社会からの糾弾に屈することなく、ハンセン病の強制隔離、断種に反対した小笠原登のような医師もいた。医師の自律とは、医療における正しさを自らの知識と良心に基づいて医師が自ら判断し、自らを律して行動することである。厚労省の作成した実情無視の規範をそのまま受け入れることでは断じてない。

【現代の革命】
  医療に関する、広い範囲の問題が、規範を優先する立場と、実情の認知を優先する立場の争いに収斂しつつある。異なる問題に対し、私が同じような論理と文章を使っているのはこのためである。
  厚労省は、規範を武器にして、常に、組織と権限を拡大しようとする。予防接種法改正問題はその典型である。厚労省は困った性質を持っており、チェック・アンド・バランスがないとかならず有害になる。チェック・アンド・バランスの考え方は、市民革命を通じて一般化したが、日本では力を持っていない。最近(2010年1月22日)、私は日本医師会によばれて、「日本医師会よ、ともに戦おう」http://www.m3.com/iryoIshin/article/115154/というタイトルの講演を行い、医師が対峙すべきは厚労省であると説いた。
  私は、革命とは考え方の転換が大規模に起きることだと思っている。現在の日本では、大きな社会的危機が生じない限り、暴力を伴う古典的革命が起きることは考えられない。しかし、社会の可変性は昔よりはるかに高まっている。個人的には、『医療崩壊 立ち去り型サボタージュ』の出版後3年8カ月、社会のマジョリティの医療をめぐる考え方が大きく変わったという実感がある。「日本医師会の大罪」http://medg.jp/mt/2007/11/-vol-54-2.html を書いてから2年2カ月、当時、日本医師会が、近い将来危機的状況になるだろうと予想していたのは、私を含めて数名に過ぎなかった。いまや、日本医師会は大義名分を失って追い詰められ、私に講演を依頼するほどの混迷状態にある。
  重要なのは、厚労省に理がなければへこますことは難しくないという考えを、現場の医師が持つことである。医師の60%が、厚労省に対するチェック・アンド・バランスが必要であり、可能だと思えば、政治を通じて、厚労省は容易に改革できる。気分良く、楽しくやれる範囲で、なんでもやればよい。大戦略に加えて、お気楽感とユーモアが重要である。悲壮感は弱気な医師に対して説得力がないので採用すべきではない。
  新型インフルエンザ騒動で、厚労省の無茶な方針に困惑しつつ、現場で独自に対応した経験を持つ医師は大勢いる。郡市医師会が厚労省への対抗の拠点になっていた。予防接種法改正の問題点について、新型インフルエンザで活躍した現場の診療所から、現場の体験に基づいた意見を、国民と政治家にぶつけていく必要がある。
  4月1日には、日本医師会長選挙が予定されている。次の会長は、公益法人制度改革に伴う定款改定に道をつけなければならない。定款改定によって、将来の日本医師会の方向が決まる。方向を誤れば、日本医師会は瓦解する。郡市医師会から、立候補が予定されている唐澤、原中、森の各氏に、飯沼発言を是とするのか非とするのか、質問してみてはどうだろう。

【結論】
日本の医療の維持発展のためには、医師が自律することと、「岡っ引」日本医師会を対厚労省大目付日本医師会に改編改編して、厚労省のチェック機関にしていくことが肝要である

通勤途上のNathanと・・・ 

一昨日、Nathan KO6Uが通勤途上7メガに出てきた。1,2週間ぶりか。モービルアンテナが壊れて、ハムスティックという以前のものに交換した様子。CONDXにも助けられてか、S9で豪快に飛び込んできた。

彼は4年間日本で生活したことがある。こちらが雪景色だというと、秋田で冬を過ごしたことを思い出す、とのこと。降雪のことから、農業の話題になり、彼は日本(の恐らく田舎)で、農業で生計を立てるのも良いなと仰る。もっとも奥様に、Nathanは怠け者だから、農業なんてできっこないと突っ込まれているそうだが・・・。

確かに、これからインフレが確実にやってくるだろうから、農業で生きるのは良いかもしれないと私も思った。日米共に、政府が、紙幣と国債をどんどん刷っているから、インフレは必ずやって来る。リタイア後の一番の脅威は、実にインフレだ。収入が固定されている身分では、インフレによりどんどん収入が目減りする。

でも、農業で生計を立てるのは生易しいことではなさそうだ。農業の厳しさを、農業に携わる患者さんや、スタッフの方から伺う。農業技術の習得、厳しい農作業、それに経営上のリスク等、大変な仕事だ。

まだ30歳代でばりばり仕事をしているNathanが、農業に憧れるというのは新鮮な驚きだったが、現実がそれだけ厳しいのだろう。インフレをヘッジするか、インフレに左右されにくい生業に、リタイア後も少しでも携われると良いなと夢想する。実際上は、何も行動していないのだが・・・。Nathanに言わせると、インフレの荒波を被るのは、むしろ彼の世代だということになる・・・。

官僚の不正情報 

毎日新聞にしては、まともな記事。官僚が如何に誤魔化しをするかが、よく分かる。官僚は、マスコミへ恣意的な情報を提供することは日常茶飯事。時には、故意に不正な情報を流すことによって、「世論」を作り上げる。

こうした不正を正すことが、政治家に期待されているのだが、今のところ、何も変わっていない。ネットの情報も玉石混交だが、中にはキラッと光るものがある。ネットを通じて、テレビ等が報じない重要な情報を拾い上げ、ブログ等ネット上の手段を用いて、官僚の不正を指摘し続けたい。


以下、引用~~~

読む政治:診療報酬増を「偽装」 「長妻氏主導」空回り(その1)
 ◇玉虫色の数字、実質ゼロ改定 官僚、巧み操作
 「財務省との激しい交渉では、基本的な社会保障を守っていくため神経を使った」

 14日、厚生労働省の講堂に都道府県の担当幹部らを集めた会合で、長妻昭厚労相は0・19%増と10年ぶりにプラスとなった診療報酬改定など、10年度予算の成果を誇った。

 10年度予算の社会保障費はほぼ同省の意に沿う内容に落ち着いた。最近顔がふっくらし、口数も増えた長妻氏を周囲は「自信を深めている」と見る。ただ長妻氏が「政治主導の実績」と誇示する診療報酬のプラス改定を巡っては、官僚が数字を操作しプラスを「偽装演出」していたことが明らかになった。

 「プラス改定は公約同然」。昨年12月末、診療報酬の交渉で長妻氏が「押し」の姿勢に終始し、藤井裕久財務相(当時)を辟易(へきえき)させていたころ。その少し前から、水面下で別の動きが進んでいた。

 「玉虫色で工夫できませんかね。計算方法を変えるなりして」

 12月上旬、財務省主計局の会議室。財務省側から木下康司主計局次長、可部哲生主計官、厚労省側から大谷泰夫官房長、岡崎淳一総括審議官らが顔をそろえる中、最後に財務省側は診療報酬の決着方法を示唆した。

 「財務省から見ればマイナス改定でも、厚労省から見るとプラスということか」。厚労省側はそう理解した。

 診療報酬の改定率は、医師の技術料にあたる「本体」(10年度1・55%増)と、薬の公定価格などの「薬価」(同1・36%減)を差し引きした全体像(0・19%増)で表す。

 厚労省は当初、薬価の下げ幅を1・52%減と試算していた。ところがそれでは「本体」との差が0・03%増で実質ゼロ改定になってしまう。長妻氏は「プラスが前提」と強調していただけに、厚労省は財務省の示唆を幸いと、ひそかに数字の修正に着手した。

 その手口は1・52%の薬価削減幅のうち、制度改革に伴う新薬の値下げ分(0・16%、約600億円)を診療報酬の枠外とし、みかけの削減幅を1・36%に抑えることだった。制度改革で浮く金は診療報酬の内か外か--そこに明快なルールがない点に目をつけたのだ。これで「プラス改定」と説明できるし、何より浮いた600億円を、財源探しに苦心していた中小企業従業員の医療費に充てられることが大きかった。

 財務省が一転、0・19%増を受け入れたのは、真の薬価削減幅は1・52%のまま、診療報酬改定率は0・03%増で実質ゼロ改定と言えるからだ。「脱官僚」を掲げる長妻氏も、巧妙な官の振り付けで踊った形となった。

 「こういうのが役人の知恵なんだよ」

 厚労省幹部は、そううそぶいた。

 10年度予算の編成を乗り切り、自信を深める長妻氏は、硬軟取り交ぜて省内の統治に乗り出した。しかし依然、空回りも目立つ。

安定化策という、不安定化策 

国民健康保険(国保)財政が逼迫している。その大きな理由は、被保険者の大半が、高齢者・非正規雇用労働者・未就労者等収入が無いか、極めて少ない方々であることだろう。また、小泉構造改革により、国庫から国保への拠出金が減らされ、都道府県にその分の支援が強制されたことも、国保財政を不安定にしているらしい。一方、公務員の健康保険・年金は、共済組合がまとめて扱い、財政も安定している。収入に占める保険料の割合は、国保が、他の健康保険に較べて、圧倒的に高い。

一方、国保の給付が多すぎる地方自治体に、給付を減らすように、厚生労働省が指示をしたことが報じられている。要するに、国保で国民が受ける医療を切り詰めろと言うことだ。国保の財政を「安定化」するためだそうだ。

安定化するのであれば、支出、即ち給付を減らす努力とともに、いや、それ以上に、保険料収入が安定するように図る必要がある。即ち、保険料を十分払えぬ人々が大多数を占めるような構造を変えなければならない。共済健康保険と、国保を一体化したら良いではないか。厚生労働省の官僚が属する、共済保険と国保を一体化し、それによって、国保を安定化しようと、厚生労働省は主張すべきではないのだろうか。勿論、消費税増税等により恒久財源を得て、国庫から国保への拠出を、小泉構造改革前のレベルに戻すことも必要だろう。

厚生労働省のこの国保「安定化」策は、公務員の健康保険は豊かなままに、国民医療を窮乏化させる方策に他ならない。この「安定化」策のもたらす酷いアンバランスは、国家を「不安定化」する。


以下、引用~~~

97市町村に抑制計画求める 医療費多いため、厚労省
10/02/01
記事:共同通信社
提供:共同通信社

 厚生労働省は29日、市町村が運営する国民健康保険(市町村国保)で、2008年度の医療給付費が国の定める基準を大幅に超えたとして、24道県の97市町村を、医療費抑制の計画策定を義務付ける「安定化計画指定市町村」に指定した。

 医療費の地域差を是正し、国保の財政を安定化させる目的。指定市町村は、医療費抑制の数値目標や具体策などを盛り込んだ計画を3月末までに定めなければならない。

 道県別では、北海道が15市町村と最多で、徳島県の11市町が続く。全国の市町村に占める割合は5・5%で、前年度の6・1%(109市町村)からは減少した。

 市町村ごとの住民の年齢構成を調整した上で基準給付費を算出、給付実績がこの1・14倍を超えると指定対象となる。