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 2010年05月 

官房機密費の使途 

官房機密費の使途について、小渕内閣時代の元官房長官 野中広務氏が、マスメディアで語った。一頃、大きなセンセーションを巻き起こしたが、その後、マスコミさらに政治家達も問題にしようとはしていない。

官房機密費は、毎年、時の政権が、国家予算数十億円を自らの懐に入れただけでなく、野党議員に配り、さらに評論家にも配って、自らに利するようにしていた。これは、議会制民主主義の私物化に他ならない。権力を持つ者は、必ず腐敗する。こうした腐敗の歴史を明らかにし、それを繰り返さないシステムを作る必要がある。

民主党は、野党時代、官房機密費の使途を、ある程度時間がたってから公開する法律を上程していたが、勿論実現していない。政権についた民主党は、そうした情報公開には後ろ向きになっているように見える。国際関係における情報収集などに用いる、真の意味の官房機密費、外交機密費の使途であっても、一定期間が過ぎてから公開すべきだ。

マスコミが、この問題を取り上げない理由として、マスコミにも評論家達と同様に、この機密費が渡っていたことがあるのではないか。

官房機密費の使途についての報道は、上脇博之氏のブログに詳しい。


以下、引用~~~

野中元長官が使途証言 官房機密費 評論家にも配る
2010年5月1日 朝刊

 小渕内閣で官房長官を務めた自民党の野中広務元幹事長(84)は三十日、長官在任中に内閣官房機密費を「一カ月当たり、多い時で七千万円、少なくとも五千万円くらい使っていた」と明らかにした。共同通信の取材に答えた。

 内訳については月々、首相に一千万円、国会で野党工作などに当たる自民党国対委員長や参院幹事長に各五百万円程度のほか、政治評論家や野党議員らにも配っていたと説明した。官房機密費は毎年十数億円計上されているが、官房長官経験者が詳細を明らかにしたのは極めて異例だ。

 野中氏によると、評論家に転身した元政治家が小渕恵三首相に電話し「自宅を新築したから三千万円ほどお祝いをほしい」と要求したことや、野党議員から「北朝鮮に行くから官邸にあいさつにうかがいたい」と暗に機密費を要求されたこともあったという。

 野中氏は「前任の官房長官からの引き継ぎ簿に評論家らの名前が記載され『ここにはこれだけ持っていけ』と書いてあった。持っていって返してきたのはジャーナリストの田原総一朗氏だけだった」と証言。「政権交代が起きた今、悪癖を直してもらいたいと思い、告白した」と強調した。

 野中氏は京都府副知事を経て一九八三年に衆院議員に初当選。一九九八年七月から翌年十月まで官房長官を務め、二〇〇三年に政界を引退した。

骨髄バンクに、もう天下りはいらない(その1) 

ここに登場する天下り官僚の個人的問題もあるのだろうが、システムがやはりおかしくなっているように思える。

以下、MRICより引用~~~


骨髄バンクに、もう天下りはいらない(その1)
 ~公益法人の事業仕分け、天下り根絶は「新しい公共」実現への試金石
山崎裕一(元骨髄移植推進財団事務局総務部長、現在、復職を求め裁判中)

2010年5月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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1.はじめに

 鳩山・民主党政権が、国民の願いを本当に実現してくれるか?市民・国民は固唾を飲んで見守っている。とりわけ大きな期待が寄せられているのが、昨年秋から始まった「事業仕分け」である。行政の無駄、不要な補助金などを洗い出し、資金を捻出すことが目的ではあるが、それと共に、事業仕分け対象先団体への質問では、必ずと言っていいほど、官僚の天下り人数、年収などが取り上げられ、天下り問題が焦点のひとつとなっている。

 今月20日から始まった事業仕分け第2弾目後半、公益法人への事業仕分けでは、骨髄バンク(骨髄移植推進財団)が事前調査され、直前になって対象から除外されたとの報道があった。骨髄バンク事業は、患者さんの命を救う大切な事業で、それなりの実績を上げている団体が、何故、事業仕分け対象にノミネートされたのか、疑問に持たれる関係者も多いと思われる。

 また、今週に入り、造血細胞移植の現場医師である名古屋大学医学部の鈴木律朗氏が、骨髄バンクとさい帯バンクの問題点、その解決への取れ組みなどについて提言があった。現場の第一線で医療を担っている方からの貴重な意見であり、私も同感するところが多く、感銘を持って読ませていただいた。

 私は、骨髄バンク(骨髄移植推進財団の別称、以下・骨髄財団)の事務局員として、長年勤務してきた者である。これまで、骨髄バンク事業は、全国の医療関係者、日赤血液センター、支援ボランティア、そして事務局スタッフなど現場の方々の努力と協力により、紆余曲折があっても進展し、着実に成果を上げていることに、この機会を借りて、心からの感謝を申し上げる。

 さて、より良い骨髄バンクとするためには、避けて通れない問題が、まさに「今、そこにある危機」として存在している。それは、骨髄財団の天下り官僚たちのあまりに酷い言動である。今回は、その実態報告である。あまり愉快な話題ではなく、患者・家族、現場の医療関係者、支援ボランティアの方々に無用な心配をかけたくないと、これまで発言を控えてきたが、この機会に、具体例を通じて、天下り問題の弊害、公益法人のガバナンスの確立の必要性について提言をしたい。

2.不当解雇、いわゆるパワハラ、セクハラ裁判の勃発

 私は、2006年9月末、骨髄移植推進財団(以下、骨髄財団)事務局員を不当解雇された。その背景と理由は、1年前の05年8月末に正岡徹理事長(医師・元大阪府立成人病センター院長)に、余りにひどい天下り官僚の言動があり、その改善をお願いする報告書を提出した。しかし、正岡理事長は、最初から「臭いものに蓋」する態度で、ろくな調査もされないまま、逆に、私は1ヶ月半後に総務部長を解任、閑職に降格左遷された。更に1年後には懲戒解雇までされた。天下り官僚に楯ついた者は追放するという、明確な報復だった。

 私は、不当解雇という余りに理不尽な骨髄財団の対応に、やむ負えず、財団職員としての地位確認と損害賠償を求め提訴した。いわゆる骨髄バンクのパワハラ、セクハラ裁判といわれる事態の勃発である。

 昨年の09年6月12日、東京地方裁判所で第1審の判決があった。判決では、骨髄財団側が懲戒処分理由とした「報告書は虚偽である」との主張は退けられ、「報告書は根幹的には真実」、解雇は無効。損害賠償も認められ、私は、全面勝訴した。敗訴した骨髄財団は、全く反省の態度も示さず、東京高等裁判所に控訴したが、高裁段階では、財団側からの新たな事実、証拠も示されず、今年3月に審理は終了している。裁判長からは、1審判決の路線を前提とした和解勧告があり、協議が続いているが、不調に終われば6月末には判決が出される見込みとなっている。

3.傍若無人な天下りの言動~植民地としての公益法人、天下りが常態化

 骨髄財団は、1991年12月に旧厚生省から設立許可されたが、半年後の翌年4月に、早くも旧・厚生省から天下り官僚が舞い降り、それ以後、5代にわたりノンキャリア官僚が天下ってきている。今まで、常務理事のポストに天下り以外で就任した者はいない。ただ、ノンキャリア官僚たちは、天下りであることを自覚してか、事務局運営にあたっては、あまり横暴な態度は示さず、問題が起きると各部課長・職員から意見を聞き、その意見をもとに判断することが多く、また、重要な政策方針の変更等については、後輩である厚生労働省の役人にお伺いを立てるのが常であった。つまり、居ても居なくともよい、ただ、年収約900万円の給与を貰う為に来ているもので、いわば「お邪魔虫」としての存在であった。天下りについて、ある役人から直接言われたことは、「所管の公益法人で、国庫補助金を出している所には、天下りは原則として受け入れてもらう。」という、まるで、国民の税金で支出されている国庫補助金は、役人・役所の財布から出しているという発想。まさに、公益法人は植民地と同じであり、天下りが当然という発想の構造は、今も続いている。

 02年に、骨髄バンクの財政危機が表面化し、財団の基本財産8億円のうち約2億円を取り崩す事態となった。この問題は、骨髄バンクでの移植件数が毎年大幅に増大し順調に進展してきたが、それに伴った形での国庫補助金の増額がなく、また、医療保険点数の増額適用も遅々として進まなかったことから、財政危機に陥ったものであった。基本的には、厚労省の対応が悪く遅いという、行政として責任が問われるべき問題だった。しかし、それへの回答は、何と、天下りの強化という、「焼け太り」としての対処であった。

1)キャリア官僚の天下りが始まってから、問題言動のオンパレードとなった。
堀之内敬氏について(在任期間:2004年8月~06年3月)

 05年8月に、それまでのノンキャリア官僚に代わって、元キャリア官僚(法令担当官僚)の堀之内敬氏が、常務理事兼事局長となって天下ってきた。それから、ノンキャリア官僚のやり方を一遍する事態が次々と起きたのである。なお、骨髄財団は、元キャリア官僚を受け入れるため、急遽、常勤役員報酬を900万円程度から1400万円ほどに引上げ改正を行った。

 堀之内氏が、天下ってきた時の挨拶は、「この財団に来たのは、前の厚生労働省次官で、現在、日本赤十字社副社長をしている大塚さんから、骨髄バンクが色々ごたごたしているようなので、2~3年行ってほしい。任せるからと言われてきた。普通、僕みたいな者(キャリア官僚)は、こんな小さな団体には来ないのだがーーー、長くは居ないが宜しく。」というものであった。

 堀之内氏は、就任直後から、総務部の幹部職員への高圧的な対応が始まり、人事院勧告があったからとして、職員ポーナスの減額を実施し、気に入らない契約職員である男性職員の雇い止め(契約打ち切り)も相次いで行われた。契約職員からは、雇用に不安を持つ声がささやかれた。しかし、人事権をもつ常務理事に、誰も意見するようなことはあり得ないことであった。

 05年4月、私は総務部長に就任したが、その直後から堀之内敬常務理事からパワハラと思える言動があったとの話が聞かされ、そうしたさ中に、今度はセクハラ?とも思えるとの苦情が、複数の女子職員から受けた。私は、これ以上、放置できないと思い、嫌な役目と思いつつも、同年8月末に、正岡理事長に報告書を提出した。ひとり一人へ具体的な問題言動については、裁判中であり、また、プライバシーの関係上、詳細には記載できないが、その概要は次の通りである。

パワハラ疑惑:
 5名の職員に対し、学歴や経歴等を侮蔑したり、パワハラと思われる言動について、具体的に聞き取った内容を報告した。

セクハラ疑惑:
 2名の独身女子職員を常務理事直属に人事異動し、個人の携帯電話番号、メールアドレスを執拗に聞く言動等があったり、さらに、地方出張に同行、同宿するよう手配するなどを行ったことについて、具体的に聞き取った内容を報告した。 

職場の改善:
 当時、骨髄財団の事務局職員の身分は、契約職員(1年更新)あるいはアルバイト(半年更新)が全体の7割を超える状況で、かつ、その給与待遇は、公務員の6割~7割程度。こうした処遇と権威主義的な上司の態度、また、堀之内敬常務理事の指示により、4名が一方的な雇い止め(契約更新の拒否)されたことなどにより、職場内に雇用不安感が一気に増大した。1年間に職員の3割もの退職者が出るという異常事態になっていた。業務量の増大と職員の補充交代に伴う新人教育などが重なり、人員不足の現場はかなりの混乱状態にあったので、その改善を要望したもの。

 私は、こうした堀之内氏の言動問題について、同年6月~7月に、厚労省の担当(健康局臓器移植対策室長、室長補佐)や、官僚OB(伊藤雅治・元厚労省医政局長、当時、財団理事)に、内々に善処を求めたが、全く埒が上がらなかった。そんなさ中、正岡理事長から何か報告があれば、という連絡を受けたことから、総務部長として、意を決して報告書を提出したものだった。

 さらに、同年10月中旬、厚労働省の健康局臓器移植対策室の室長補佐に呼び出された。厚生労働省の会議室で、正岡徹理事長が同席のうえで「堀之内氏の言動について新聞報道された、報告書は正しい内容ではない。堀之内常務理事もいずれ辞めるだろうから、お前も混乱の責任をとって辞めろ。」という恫喝を受けた。という事実もあった。つまり、厚労省の役所ぐるみで天下りを庇ったものであり、財団執行部は現場で天下りを庇うことを文字通り実行したという構図であった。そして、10月下旬には、内部調査途中であるにもかかわらず、正岡理事長と鈴木常任理事(弁護士、内部調査委員長)は、「全く問題なし、パワハラ、セクハラ行為という事実もなかった」という記者会見まで実
施した。

 同年11月下旬、こうした骨髄財団の執行部のあまりにひどい対応に、多くの職員たちの不安が頂点に達し、職員有志達は労働組合を結成し、専横的な労務管理、職員処遇の改善、パワハラ、セクハラ的言動の中止改善などが要求した。組合員数は、瞬く間に20名を超えるまでなったと聞いている。

日本の移植医療の行方(2) 

続き、MRICより引用~~~

日本の移植医療の行方(2)
-骨髄バンクと臍帯血バンクのありかた-

名古屋大学大学院医学系研究科 造血細胞移植情報管理・生物統計学
 鈴木律朗

2010年5月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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前回は骨髄バンクの問題点に触れた。今回はもう一方の臍帯血バンクネットワークの問題点を述べる。

骨髄と臍帯血は、ともに造血幹細胞という血液をすべて作ることができる細胞を含んでおり、このために移植が成立する。末梢血幹細胞という細胞もあるが、日本ではこれを非血縁者から採取することは認められていないので省略する。骨髄移植と臍帯血移植をまとめて、「造血細胞移植」とか「造血幹細胞移植」と言う。その造血細胞移植の観点からは、骨髄と臍帯血は「ほぼ同じもの」である。不謹慎とのそしりを承知で分かりやすく例えると、りんごとみかんのような違いであって、どちらも造血の源である。違いを挙げるとすると、骨髄は移植が決まってから提供者から採取するが、臍帯血はもともと出産時に捨てていた“へその緒”の中から絞り出した血液でいわば廃物利用である。これを捨てずに冷凍保存してあるわけで、移植する時に解凍して使用する。その意味では臍帯血バンクの方が、細胞が保存されているので「バンク」という言葉のイメージに近い。

臍帯血バンクは日本全国に存在する11の地方バンクと中央の「臍帯血バンクネットワーク」という調整組織で成り立っている。この「臍帯血バンクネットワーク」は任意団体で、財団法人化もされず、天下りも受け入れていない。こちらの場合の財務状況は悲惨である。移植件数は2008年で見ても骨髄バンク1046件vs.臍帯血バンク748件(造血細胞移植学会資料)と拮抗してきているが、職員数は骨髄バンク約70人に対して臍帯血バンクはわずか2人である。臍帯血バンクネットワークのホームページを見てみよう。委員会議事録の更新は平成19年度で止まったままである。筆者は同ネットワークの事業運営委員でもあるので知っているが、これは職員2名の怠慢によるものではない。そこまで手が回らないのである。実のところ、このホームページもネットワーク設立以来基本構築が変わっていない。情報の付け足しを繰り返しているため、大変分かりにくくなっている。関係者も周知のことであるが、人手と予算がないので手がつけられないのである。日常の臍帯血の供与にしわ寄せが出てはいけないから、こういう部分への対応が後?
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骨髄と臍帯血は、前にのべたように造血細胞移植にとっては「ほぼ同じもの」である。それがどうしてこうも扱いが違うのか。金銭面での違いは顕著である。補助金の額は公開されていないが、職員数の違いは前に述べた。移植施設に入る保険点数にしても、骨髄移植は1件65万6000円で、臍帯血移植は44万3000円である。ちなみに骨髄移植はこの4月に8万4000円分加算されたほか、採取料19万2000円というのも設定されている。臍帯血は移植のつど採取されるわけではなく、冷凍庫に保管されているので採取料の単純な比較はできないが、臍帯血の採取・保存の費用は補助金で賄われていることになっている。

ここでも医療の一部が補助金で賄われているのであるが、それがどういう根拠で昨年度削られてしまったのか?「医療の一部である」ことが忘れられていたのではないかと思われても仕方ない。システムとは自律的に回らねばシステムとは呼べない。その意味で、このような補助金依存が果たしてシステムと呼べるのかという疑問が生ずる。臍帯血とお金をめぐっては、さらに不思議なことがある。骨髄バンクには検査費用と調整費用ということで、患者さんからの実費および移植病院からの還流金が入っている。ところが臍帯血バンクにはこれがない。どちらのバンクにも共通する輸送実費のみである。一部の地方臍帯血バンクでは、患者さんから一部費用をいただいていた時期もあるが、「補助金で運営しているのにお金を取るとはけしからん」との指導で廃止されたと聞く。骨髄バンクには補助金は入っていないのだろうか?この扱いの違いはどこから来るのか?

海外に臍帯血を送る場合は、さらに不思議なことになっている。骨髄を海外とやり取りする場合は、国際価格である1件250~400万円がかかる。日本との差額が大きいがこれは医療システムと負担の考え方の違いによるものだ(実際には、日本の骨髄バンクは国内からの移植との差が大きすぎることを考慮して、その差が生じないよう調整している)。ところが臍帯血の場合、これを輸入すると上記の額が患者負担で必要になるが、輸出の場合は輸送費しか取ってはいけないことになっている。このため海外に提供する場合、わずか10~20万円という対価しか請求されない。日本国民の税金からなる補助金で、海外の移植患者さんの負担を軽減していると言えば美談だが、それが目的であるとは考えられない。りんごの輸出とみかんの輸出が、どうしてこうも違うのか。骨髄と臍帯血は、やはり一つの組織が一元的に扱うのがスジである。

移植医療は何も、骨髄や臍帯血などの造血細胞移植分野ばかりではない。固形臓器の移植分野でも補助金依存は言えることである。筆者は腎移植の研究班でも班員に属している。この班長のある大学教授は、補助金がなくなった場合のシステム維持のことを心配して奔走しており、これは何も骨髄移植という狭い医療分野に限った話ではないのである。医学は進歩を続けている。医学研究の目的は国民医療に還元されることが目的であるのだが、肝心の「どう医療システムに組み込んでいくか」の部分の手順が日本では定まっていない。当然、その評価システムもない。それをどう構築して行くか。医療保険の仕組みや背景が違うので、欧米のシステムはそのまま使えない。これまでは“何となく”欧米で確立した医療を日本に持ってくることで進んできたが、臨時対応を繰り返してきたことの歪みが出てきたのが現状である。一つ参考になるのは、米国の骨髄バンクでは患者さんやボランティアなど医療者や官僚以外の第三者が運営に携わっている点である。こうした人たちに複雑な医療の事情を分かってもらうように説明するのは骨が折れるのは想像に難くないが、急がば回れという言葉もあ?

日本の移植医療の行方(1) 

何度も記してきたことだが、日本の官僚制度は、制度疲労を起こしている。官僚は無謬という建前で、マスコミを通して国民をコントロールし、政策を立案実行する。政治家は、施策の実行段階で地域で関与するだけ。官僚が政策を実施する際に、官僚の天下り先を確保し、そこに補助金を流し、権益を与え、自らの組織の温存・拡大を図るという構図だ。これが莫大な税金の無駄使いの温床になり、国民生活に負の影響を与え続けている。

医療に対しても、官僚は支配をますます強めようと企んでいるように思える。医療の財布である保険医療制度、行政が関与を強める医療事故対策、医療機関の質を認定するという触れ込みの医療機能認定制度、産科から他科にも広げようとする無過失補償制度、ここで紹介する骨髄バンクをはじめとする様々な医療機構、医師の研修配置、さらに専門医認定制度にまで手を広げようとしている。医療は行政と切り離せない側面もあるが、官僚は、自らの権益を確保するために、本来手を出すべき領域ではない医療領域にも支配の手を伸ばそうとしている。こうした施策・制度設計では、天下りの影が必ず伴っている。この結果は、医療の荒廃と破壊である。

この肥大する官僚組織をコントロールすることを、民主党連立政権に期待したのだが、残念ながら、なし得ていない。むしろ、官僚に政権が取り込まれているように見える。

官僚の骨髄バンクへの関与、補助金と天下りをカップルさせる手法によって、骨髄バンクが危機に瀕していることが、骨髄バンク内部の方からMRICに報告されている。二つに分けてアップする。その後に、骨髄バンク生え抜きと思われる方からの天下り官僚の告発の文章もMRICから引用する。この告発だけを読むと、さてどうなのかと思うが、先の二つの文章を読んでから内容を吟味すると、さもありなんと思わせられる。

以下、MRICより引用~~~

日本の移植医療の行方(1)
-骨髄バンクと臍帯血バンクのありかた-

名古屋大学大学院医学系研究科 造血細胞移植情報管理・生物統計学
 鈴木律朗

2010年5月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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骨髄移植という言葉は今では知らぬ人もないくらい一般的な言葉となった。移植医療に関わる先人たちの努力の賜物であるが、このことは医療として既に定着していることを示していると言える。

しかるにこの日本において、その移植医療の基盤がどうかと問われると、極めて脆弱であると言わざるを得ない。骨髄バンクのセクハラ訴訟、骨髄採取キットの欠品問題、天下り官僚の問題、宮城臍帯血バンクの経営危機と、近年新聞誌上をにぎわした問題を挙げてみた。いずれもあまり好ましい話ではなく、患者さんや家族など関係者の方には不安をかきたてるような話題ばかりで医療者の一人として申し訳なく思う。一見、関係ない話題であるように見えるが、その奥底には一つの共通点が見える。それは「移植医療のシステムとしての未整備」である。その中で、骨髄バンクが事業仕分けにかかるという報道が流れた。移植医療のシステムはいかにあるべきか。これをきっかけに考えてみたい。

話を分かりやすくするために、時計の針を20年ばかり前に巻き戻す。そう、全国骨髄バンク推進連絡協議会会長の大谷貴子さんが骨髄移植を受けて生還し、大学院生の学究活動を捨てて骨髄バンク活動に身を投じた頃である。当時、筆者は研修医で、下宿は眠りに帰るだけのホテル状態。病院で寝泊まりすることもしばしばの骨髄移植漬けの生活を送っていた。大谷さんと知り合ったのは、そんな頃である。当時の日本には骨髄バンクはなく、慢性骨髄性白血病は骨髄移植以外では不治の病。この病気に罹患した患者さんが必死になるのは当然で、私のある患者さんは友人・知人・そのまた知人と何と200人ものHLAを調べた。HLAというのは白血球の血液型のようなもので、これが合わないと移植できない。兄弟であれば4分の1の確率で一致するが、血のつながりのない人では約10,000分の1である。私は祈る思いで200枚に及ぶHLA検査報告書をチェックしたが、一致者はいなかった。患者さんはその半年後に他界した。

ほぼ同じ頃の1989年、名古屋に「東海骨髄バンク」ができた。何の支援もない民間団体であった。この年すぐにHLA適合者がみつかり、同年第1号の移植が行われた。これを受けて、1991年には東京に骨髄バンクが設立された。異例の速さである。正式名称を財団法人骨髄移植推進財団という。まさに今、事業仕分けの対象となっている財団法人である。迅速な同法人の設立は、日本の造血細胞移植医療に極めて大きな恩恵をもたらした。多くの患者さんが骨髄バンクのおかげで助かったのは言うまでもない。当時の移植医療に関するマスコミ報道は、明るいニュースで湧きかえっていた。東海骨髄バンク設立、第一号の移植成功、日本骨髄バンク設立、米国から移植骨髄を空輸して移植を実施・・・。ちなみに最後の「米国からの骨髄空輸」の、成田からの骨髄の移送は私が主治医として担当した。当時日本に一つしかなかった全米骨髄バンクの移植骨髄輸送容器は、今でも我が家の本棚の上に静かに鎮座している。

ちなみに、この全米骨髄バンク(National Marrow Donor Program, NMDP)の設立は1987年である。当時の日本は米国に遅れること4年でこれを達成しているのは、実に驚くべきことである。任意団体の東海骨髄バンクに至っては、わずか2年しか遅れがない。しかしながら、この成功体験が後に尾を引くのである。

日本の骨髄バンクの運営費用は、寄付などの浄財も一部には当然入っているが、多くは補助金で賄われている。これは上記のように短期間に目的を達成する上では、まさにベストの選択であった。医療の一部に組み入れて、医療費から経費を支出できるような仕組みを作るのは2年や4年ではできない。医療保険を適用してよいか、どういう項目名として適用するか、保険点数としてどれくらいが適正か、など数多くの審議会・協議会での承認を経ないとできない。しかも医療者側が「必要」と考える新規医療はゴマンと存在する。「なぜ骨髄移植を優先して承認する必要があるか?」、この疑問にも答えなければならない。しかも前例のない移植医療である。保険点数をつけようにも項目の所属する大区分さえない。正攻法ではとんでもなく時間がかかるのが日本の保険医療承認の現状であり、これは当時も今も変わらない。

当時の設立の経緯を筆者は知らないが、財団法人の設立に伴って厚労省からの職員を骨髄バンクは受け入れることになる。いわゆる天下りである。天下りをすべて否定するのが本稿の目的ではない。官僚時代の知識や技能を生かして、業務遂行に貢献されている方もみえるだろう。では骨髄バンクの場合、どうであろうか?厚労省の職員は、医師免許を持つ医系技官と、法学部卒などで公務員試験をパスした法令系からなると聞く。前者であっても、医療の中の超特殊分野である骨髄移植の領域でその「知識や技能」が役立つとは考えにくい。ある移植学会の元理事の「歴代の臓器移植対策室の医系技官は、(来た時は何も知らないから)我々が教育してきた」との言葉はそれを裏付ける。適切な骨髄バンクの運営に必要なのは同じ医師免許保有者でもこういった医系技官経験者ではなく、現場を知っている移植医の経験を持つ者である。

全米骨髄バンクにはこうした医師が何人も直接雇用されている。2008年9月に発行された米国骨髄移植学会の刊行する学術雑誌、Biology of Blood and Marrow Transplantationの特別号、NMDP設立20周年記念誌を読めば彼らの活動が理解できる。筆者は職業柄、骨髄バンクと日本の造血細胞移植データの管理をめぐってやり取りをする機会が多いが、骨髄バンクから出される指示には首を傾けたくなる場合がある。この珍指令に従って日本中の移植施設が右往左往するのであるが、医師の目の届かないところでこうした方針が決定されていることが元凶である。骨髄バンクには各種委員会が設定されていて、移植医が委員に名を連ねているがいずれも専任でない。骨髄バンクの組織は設立時より大きくなっているために、細部の運用には医療者の目が行き届かなくなっていて、不適切な方針が決められる温床になっている。

では一方で、法令系の官僚を受け入れる場合を考えてみよう。彼らに期待されることは「あるべき移植医療体制の法的整備」にほかならない。移植医療に補助金が投入されていることは既に述べた。繰り返すが、世界に後れを取らないように適切な医療を国民に供給するためには、ベストの選択であった。しかしながら長期間持続するシステムとして見た場合、補助金に依存することはふさわしいであろうか。この補助金は国民医療費に計上されないため都合のよい点もある。「医療費増大」との財務省やマスコミの批判をかわすことができる。しかしながらこれは医療の自律の妨げとなる。補助金は政治や財政の都合でカットないし削減されることもある。その場合、補助金があることが前提で医療のシステムができていれば、医療は止まることになりかねない。

現にそれが露呈したのが前述の、宮城臍帯血バンク経営危機問題である。骨時バンク事業を補助金から独立した医療システムに持って行くことが、これら法令系元官僚に課せられた使命であると思うが、それが実行された形跡はない。医療界の重鎮クラスに聞いても、はたまた骨髄移植に関わるボランティアに聞いても、「提供骨髄の保険適用、保険点数設定」は一貫して求められていることであるが、結局骨髄バンク設立20年を経ても実現していない。ために骨髄バンクは今も、設立当時の臨時システムのままであり、医療に組み込まれてはいないのである。これがもし補助金に依らない医療システムとして確立すれば、骨髄バンクは補助金も天下りも不要になる。そうと分かっていることを元官僚自身が推進できるかという問題になってくる。保身のために、ポジションを維持するために、現在の補助金体制を継続しようとするのは想像に難くない。医療の補助金依存体制を維持するのが適切か、という問題になるのであるが、「臨時システムとしてはベストであった選択が、持続システムとしては最悪の選択肢になる」ことがお分かりいただけよう。

骨髄バンクの体制はどうすればよいのか。自立できるシステムを目指すべきである。保険適用・点数の問題が絡むため一朝一夕には難しいが、医療に組み込んでそこから補助金に代わる適正な運営費用が出るシステムにすべきである。そうすれば現在の、違法とも言える移植病院から骨髄バンクへの還流金システムも、改めることが可能である。同時に現在の管理体制も改めねばなるまい。設立20年を経て、制度疲労が来ているのも事実である。補助金依存体質が招いた官第一主義との決別が必要である。これは関係者ならば誰にも分かっていることであるが、20年前の成功体験がそれを邪魔しているとも言える。いわば「王様は裸だ」と誰も言えない状態にあるのだ。誤解を招かないように言うと、医療界の重鎮を「王様」と私は言っているのではない。「官僚システム」がこの場合、王様になっている。補助金に依存するシステムになっている以上、医療界は上から下っ端の医師まで、現在のシステムはよくない(裸だ)と思いつつも、「大変よい医療システムです」としか口外できない状況になっている。このため、異端を恐れて誰ひとり「裸だ」と言えない状況になっている?

週末の夕食 その21 

昨日午後は、次男を福島に訪ねようかと思っていたのだが、体調がイマイチで断念。少し休んで、夕食を準備した。初めての挑戦(大多数の料理が、初めてなのだが)のロールキャベツ。キャベツを一枚一枚剥くのに一苦労。1時間ほど煮込む。味が良く染み渡り、キャベツもとろとろになって、なかなかの美味。六つ作ったのに、すぐなくなってしまった。牛・豚のひき肉を卵でこねた具が残ったので冷凍保存。キャベツを剥ぐ作業を何とか合理化して、もう一度挑戦してみよう。

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見落としや誤診をゼロにすることは不可能 

仕事をしていて、ひやりとすることが時々ある。

今日は、虫垂炎の初期の症例を経験した。

5歳女児。3日前5回嘔吐。腹痛あり。下痢・発熱はなし。2日前に診察。腸の動きが悪いようだったが、圧痛や、筋性防御等なし。水分摂取が不十分で、元気がなかったために、点滴。軽い脱水の検査所見があったが、CRPは(-)。時々、腹痛が強くなるようだが、昨日一回嘔吐があったのみ。グッタリしていることはなく、水分も摂取可能。CRPが(5+)。今日午前中は、腹部に異常所見ははっきりせず、経口水分摂取を指示して自宅に帰した。だが、母親からやはり腹痛を訴えると電話があった。再診。右上腹部に軽い圧痛があり、軽い筋性防御があるように思える。

急性腹症の可能性があると考え、基幹病院に紹介した。エコーで虫垂が軽度腫脹しており、虫垂炎の初期とのこと。抗生物質の点滴で腹痛は大分軽快した由。

この症例が、虫垂炎初期に診断できたのは、幾つもの幸運が重なっている。

○腹痛を訴えるということを、親がしっかり私に伝えたこと。さらに、腹部所見を取る際に、患児が協力的であったこと。

○たまたま・・・というか、少し気になったために、CRPの経過を見たこと。現在中規模の流行を見せている、ウイルス性胃腸炎と当初判断してたが、腹痛を繰り返し訴えていることが気になったために検査を繰り返した。

○基幹病院ですぐに対応してくださったこと。

こうした経過ではなく、診察を綿密にせずCRPの経過を追うことなく、夜間に悪化し、さらに悪化時たまたま私が診察できず(せず)、または患児が診察に非協力的であったら・・・想像すると、良い気分でない。虫垂炎が重症化して、私が主治医として批判されていた可能性も十分ある。

腹部超音波検査も、ある程度の規模の医療機関では、通常検査として行なっていると聞く。そうした検査にも対応できない。

様々な良い条件が重なって、良い結果に落ち着きそうなケースだが、一開業医としてもいつも剣が峰を歩いていることを改めて意識させられることだ。

非医療者の方が、開業医にかかるときには、開業医は短い診察時間のなかで、神経をぴんと張り詰め、こうしたケースを見落とさないように努力していることを忘れないでいて頂きたい。最終的なところまで突き詰めると、確率的に見落としは生じうる。それを生じさせぬ努力はするし、見落とした場合のバックアップ体制を築くことが大切だが、見落としや誤診を0%にすることは不可能なのだ。


須田年生教授が、延命治療中止事件について論じている 

須田セツ子医師が、延命治療を中止したことにより「殺人罪」の判決を最高裁で受け、確定したことは以前拙ブログでも取り上げた。須田医師は、事件後開業医として医療に携わってきたが、医道審議会による行政処分が近いうちに彼女に対して下されるらしい。寛大な処分を求める署名活動も続けられているようだ。

今夜、m3という医師のためのサイトで、下記の記事が目に留まった。須田医師の兄上が須田年生教授と知って、大いに驚いた。須田年生先生には、初期研修の頃、とてもお世話になった。慶応の基礎の教授に就任されていることは知っていたが、この須田医師と兄妹でいらっしゃるとは・・・。須田年生先生は、臨床にいらっしゃった頃から、該博な医学的知識に裏付けられた優れた見識をお持ちの方だった。彼は、妹さんがおかしなことをしたとしたら、こうした論陣を張られることは決してないだろうと確信する。

m3の記事を表に出すことは、本来禁じられているのかもしれないが、この記事については、存じ上げている須田年生先生のインタビューであることと、是非とも非医療者の方々に読んで頂きたい内容だと思えるので、ここに引用させて頂く。下線は、ブログ主の判断で付けさせていただいた。

以下、引用~~~

◆妹の殺人罪が確定、注目される行政処分の行方 - 須田年生・慶応大学医学部教授に聞く
「厚労省には独自判断を期待、司法改革の必要性も実感」

 2009年12月、最高裁で延命治療の中止で殺人罪が確定した、須田セツ子氏。その実兄に当たるのが、慶応大学医学部発生・分化生物学教授の須田年生氏。今は基礎医学に携わっているが、以前は血液内科の臨床医だった。
 当初から身近に見てきた立場から、事件に対する感想、さらには今後想定される行政処分のあり方などについて、語っていただいた(2019年4月26日にインタビュー)。

――逮捕・起訴から昨年12月の最高裁判決を通して、一番感じたことは何でしょうか。

 「この裁判で得たものは何か、何かに益するところがあったのか」ということです。私が一番心配しているのは、今回の判決で、医師が終末期医療からますます“立ち去って” しまうことです。「危ない目(逮捕・提訴される)に会いたくない」と。これから人口の高齢化がますます進み、医療ニーズが高まる中で、これは非常に大きな問題でしょう。

――終末期医療のあり方について、どんな考えをお持ちでしょうか。

 終末期医療の議論では、「終末期医療のガイドライン、マニュアルの作成が必要」「倫理委員会の場で、複数の医師で判断すべき」「インフォームド・コンセントを取り、それ を文書で残す」といった議論がよく出ますが、果たしてそれで対応できるのでしょうか

 私は今は基礎医学に携わっていますが、以前は血液内科の臨床医でした。再発を繰り返し、次第に悪化していく白血病の患者さんを数多く診てきましたが、人工呼吸器を付ける か、外すかの判断は容易ではありません。倫理委員会に諮っても同様で、もう少し延命できる確率が1%、いや0.1%でもあれば、合議による判断では「人工呼吸器を外す」と いう結論は出せないでしょう。
 
 在宅医療の場合、そもそも複数の医師による判断は物理的に難しい。また、「不要な延命治療はしない」などの文書へのサインを求めるのは、家族に厳しい選択を迫ることにな り、トラウマになる可能性がある。家族にこうしたサインを求めることの方が罪ではないかとも思うのです。

 多くの医療者は臨床経過の流れの中で、家族とのあうんの呼吸、いい意味での曖昧さの中で看取りの医療をやっているのではないでしょうか。妹(須田セツ子医師)は今でも、 今回の件について、「いい看取りをした」と思っています。

 さらに、救急、あるいはがんの末期など、一口に終末期医療と言っても様々。各専門家が各々の立場で発言する中で、皆が納得するガイドラインやマニュアルの作成は果たして 可能なのでしょうか。ガイドラインなどを作成しても、それに当てはまらない例も当然あります。しかし、いったんルールができると、それから外れた場合には訴えられる事態に なりかねません。こうした状況に司法が入ってきても、終末期医療がより良い方向に進むはずはありません。

 司法あるいは法曹界との関連で言えば、法律には素人である我々との乖離を感じたことも多々ありました。

――具体的には、どんな場面でそう感じられたのでしょうか。

 妹は、事件が公になる前に、病院を辞め、開業していました。妹には当初は病院から紹介された弁護士が付いていましたが、「有罪は免れず、執行猶予が付けばいい」と考えて いたのか、妹に警察に届けるよう指示したり、診療を自粛するよう求められたりもしていました。弁護士が考えるゴールは、我々とは違う一面があるのでしょう。

 2007年2月の東京高裁判決では、地裁判決の一部が覆され、「気管内チューブの抜管は、家族の要請に基づくもの」と認定されました。これは大きな前進です。しかも、減 刑された。そもそも一審と同様、執行猶予付きだったので、関係者からは評価する声が上がりました。しかし、妹本人は、「なぜ有罪でよかったか」と、素朴な疑問を投げかけて いました。

 妹にはイノセントなところがあるのは確かですが、それが最高裁に判断を仰ぐことにつながった。結果的には、有罪が確定したものの、本を出版することにより、世間に問題提 起することになったと思うのです。

 普通なら、妥協し、「早く裁判から開放されたい」と思うところ。今回は刑事裁判ですが、損害賠償の有無やその額が争点になる民事裁判ではなおさらです。私の知り合いの弁 護士から聞いた話ですが、そう考えるケースが多い職種の一つに医師が挙げられるそうです。このような事情があり、これまで医療界からの司法への働きかけが乏しかったために 、司法の改善が進まなかったとも言えます。

――「司法の改善が進まない」というのは。

 いろいろ挙げられますが、第一にあまりに医療のことを知らない。例えば、法廷で、検察官が、「注射は、右から打ったのですか、左からですか」と聞いたことがあります。注 射をピストルと間違えているのでしょうか。また裁判官が、人工呼吸器と気管挿管を混同していたり、側管注が何かも理解していない。今回の件で、患者さんは心肺停止で救急搬 送されたものの、意識は戻らなかった。気管挿管をし、人工呼吸器を付けた状態が続き、感染症を来たし、敗血症になり……、と悪化していった。こうした患者の臨床経過を裁判 官や検察官は理解していたのでしょうか。

 また、検察の論理の展開と言うか、資料の使い方にも疑問を感じました。カルテに書いてあることを、「いいとこ取り」「つまみ食い」する。同じカルテに書いてあるにもかか わらず、検察の主張に有利な部分は採用し、不利な部分は「うそを書いている」となる。これはサイエンスの理屈には合いません。サイエンスであれば、信用できない部分があれ ば、その論文全体が信用できないという判断になります。

 さらに印象に残っているのが、地裁判決の言い渡しの時です。裁判長が判決文を読み上げたのですが、あまりに小さな声だったので、傍聴席にいる我々には聞こえにくかった。 また地裁の判決文も、論理的な構成とは言えないものです。

 医療の分野では、患者に分かりやすく説明するように求められ、かなり改善が進んでいます。これに対して、法曹界はこれまで独自、密室の世界で動いており、言葉も、また論 理も一般社会とはずれているように思うのです。

 したがって今後は、司法を変えていく必要があると考えています。さらにマスコミについても、問題があると思っています。

――事件が公になった以降、多数の報道がなされました。

 最初は「猟奇的」とも言える報道でした。普段はいい医師がまるで豹変したように伝えられました。マスコミは検察からのリークを基に報道していたのでしょうが、看護師に話 を聞くなどして裏を取ることはしていたのでしょうか。

――そうしたマスコミの報道、世間の見方はその後、変わったのでしょうか。

 当初は完全に「犯罪者」扱いでしたが、東京高裁判決で「抜管は家族の要請による」と判断された辺りから、少し変わってきたと思います。それはこの東京高裁判決が原因か、 射水市民病院事件(延命治療中止が問題になった事件。書類送検されたものの、不起訴)など、終末期医療が問題になった他の事件の影響があるのかは分かりませんが。

――では今後、司法などにどんな改革を求めていくのでしょうか。

 司法の問題点は、先ほどの通りですが、分かりやすさということでは、裁判員制度の活用も検討に値するかもしれません。

 また東京高裁判決では、患者の自己決定権および治療義務の限界という二つのアプローチをしていますが、いずれにも限界があるとし、尊厳死の問題を解決するには、尊厳死法 やガイドラインが必要だとしています。「これは国を挙げて議論・検討すべきものであり、司法が抜本的解決を図るような問題ではない」としており、これは医療界に投げかけら れた課題でもあります。

 さらに、医道審議会における行政処分のあり方も再考を求めたいと思っています。妹はまだ行政処分されていませんが、いずれ遡上に上がるでしょう。では、「殺人罪」でどん な判断がなされるのでしょうか。妹は、「殺人」をしたとされましたが、いったいどんな動機で、何の得があると考えたと言うのでしょうか

 私はほとんどの公判を傍聴しましたが、同じく傍聴に通い続けた喘息の患者さんがいました。現在、妹は開業し、在宅の方も含め、多数の患者さんを診ています。今、行政処分 に向けて署名活動が展開されています。既に3万人近い署名が集まったと聞いています。これまでの行政処分の対象やその内容は、刑事裁判を基に行われてきましたが、医道審議 会の独自の判断があっていいのではないでしょうか。署名活動では、その判断を求めています。

 今後の方向性としては、患者さん本位の医療を目指して、医師が小異を捨て、大同で意見をまとめ、司法に問題提起をすることが大事だと思います。一つには、尊厳死の法制化 への努力が必要だと考えています。また、終末期医療とは別に、リスクの高い治療を行う救急医療や脳外科分野では医師が不当に訴えられることがないよう、「ガイドライン」と いうより、京都大学脳神経外科の宮本亨教授が研究されているような「ガードレール」の設定なども検討すべきでしょう。

最近の交信と、メールから 

昨夜、14メガが北米・ヨーロッパに盛大に開けていた。特に、北米北東部が開けているのが嬉しかった。NYバッファロー近くに住む、Don K2PMCと交信。ただリポート交換をするためだけの交信ではないことが、阿吽の呼吸で分かる。リポート・QSL交換のためだけの交信では、IDを省略してBKで送信から受信に移行したりする。あれは頂けない。

Donは、70歳、リタイアして14年になるという。qrz.comで調べると、こんな感じ

30mのスペースを置いた、エンドファイアアレーというアンテナ、彼が自分で設計したものだと言っていたが、その紹介を受けた時に、面白そうと話に引き込まれた。14メガでは、複数のローブの水平面特性なのだろう。彼は、アンテナ設計以外に、二輪馬車のレースを趣味としているらしい。息子さんと一緒に愉しむのだと言っていた。現在居住している土地は、22エーカーもあるのだそうだ。屋外で活動するのが好きで、それで若くいられるのかもしれない、と仰っていた。

彼との交信の前後でも、何局か、古くからの知り合いを交えて交信をすることができた。

先日、西海岸に良く開けているはずの7メガで、30分ほどCQの空振りを演じていた後、ちょこっと呼んでくれたAlan WA6MOWに、全般にactivityが低いことを愚痴ると、私が新しい相手との交信を望んでいるのではないかと考えて皆呼ばないのではないかと言っていた。そうとも言うが、私との交信に飽きたとも言えるのかもしれないではないか、と呟いたのだったが・・・やはりCONDXがよくなると、きっとDonのような局が様々な話題で私を愉しませてくれるようになるのかもしれない。

日曜日、UNコンテスト中のScotty W7SWを見つけて呼び、普通の交信をする局がいないねと再び愚痴った。これでは、無線への関心も薄れるばかりだ、と申し上げた。彼は、いつもとても気さくで陽気な、典型的な米国人らしい方で、関心が薄れることもあれば、また興味を持つようになることもあるさと応じてくれた。フェニックスの北西部、砂漠に面する場所から、彼は強力な信号をいつも聞かせてくれる。7メガが、Chinese Dragonに覆いつくされていたころ、彼は、中国の米国領事館に抗議の手紙を送りつけたと意気揚々と語っていたことがあった。その効果かどうか、その直後から、Chinese Dragonの活動は低下し始めたのだった。それで、彼と大いに盛り上がったことがあった。

Bill K1YTから、私の誕生日を祝うメールが届いた。家族や、仕事の近況報告以外に、最近FOCを辞めたことが記されてあった。FOCのMLで繰り広げられる、人種・政治にからむゴタゴタが厭になったと記されていた。私は、そのMLに入っていないのだが、おおよその内容は聞いていた。また、CWopsにしても、ごく少人数のメンバーが取り仕切っており、私同様、あまり関心を持てないとのことだった。やはり、無線は、一対一の交信からすべてが始まるのだという彼の意見には、私は完全に賛意を表した。

599・QSLだけの交信に、残された人生を費やすのは馬鹿げている。

ブラームス チェロソナタ1番 その2 

記録のため、アップしておく・・・

ブラームス チェロソナタ1番 Wendy Warner 

この曲については、過去のブログに記している。ここ。私にとって、いわば、チェロの原体験みたいな曲。私にとっては、シュタルケルの演奏がベストなのだが・・・

たまたまYoutubeをサーフィンしていて、この演奏に目が留まった・・・先日のブラームスのクラリネットトリオのチェリストとピアニストのようだ。チェロはWendy Warnerという米国の女流チェリスト。張りのある力強い音色だなと思ったら、ロストロポーヴィッチ門下らしい。よく聞くと、音色が似ている・・・が演奏自体は、ブラームスへの思い入れが感じられる演奏だ。

14歳でシカゴ饗相手にドボコンを弾く実力・・・たいしたものだ。このYoutube画像のパート2に、1楽章の展開部からコーダまでが録画されており、そちらの演奏もすばらしい。惜しむらくは、やはり音質が悪いこと。特にピアノのpなど聴けたものではない。彼女の演奏をもっと良い音質で聴くために、音源を捜そうと思った。

誕生日と、若干の議論と・・・。 

昨日は、仕事を早々に終えて帰宅。「ほうれん草とトマトのツナドレッシング」という献立を娘に手助けしてもらって作った。写真撮り忘れ。新鮮なトマトを患者さんのご家族からいくつか頂戴してので、それを用いて作った。レシピは、ここ。ニンニクを少し利かせすぎたかもしれないが、トマトの味が引き立ち、美味しい。

夜、7メガに出て、常連何局かと挨拶を交わした。Mike W7LPVは、7,8,9月と人前でピアノ演奏をすることになったそうで、忙しくなると張り切っていた。その演奏会場の一つ、メソディスト教会に備えられているピアノは、チェコ製のPetrovというブランドの楽器のようで、Steinwayよりも気に入ったと喜んでいた。私が、また一つ齢を重ねたことを報告し、老年期に入ってきたよと言うと、いやいやまだまだ若いと力づけられた。彼は、もう70歳だったか・・・。

Bruce K6ZBは、韓国からのビジネストリップから戻ってきたばかり。1日半自宅にいて、次はイタリーへ飛ぶらしい。韓国では、ネットを介したリモートコントロールで自宅の無線機を動かし、米国の2局と交信したが、私のことは見つけられなかったと言っていた。リニアーを点けっぱなしで出かけなければならないらしく、またイタリーでのネット事情が良くない可能性があるので、今回の旅行では、ネットでのリモート運用はしない由。奥様同伴での旅になる様子だ。世界経済のことにも詳しい彼に、現在読み進めている本のことを話した。「新薬一つに1000億円(The $800 Million Pill)」というタイトルの本。米国の製薬企業が、ここ20、30年間如何に画期的新薬の創出に消極的であったか、me too drugを作ることだけに積極的であったか、ということを具体的に検証した内容だ(また、別項で内容を紹介したいと思っているのだが・・・)。しかし、彼は、製薬企業は、良くやっていて、その恩恵に我々も与っているではないか・・・私だったら分かると思うが・・・と語っていた。確かに、投資対象としては、良好な結果をもたらしている製薬企業は多いのかもしれない。著者が、ジャーナリストだと言うと、そうそうそこがポイントだと彼は意味ありげに語っていた。

娘が買ってきてくれた、豆乳使用のロールケーキでささやかに誕生祝を行ったことも記しておこう。

Ropartzを聴きながら 

水田を吹きわたる涼しい風を受けながら、朝、車を仕事場に向けて飛ばしてきた。車のオーディオでかかるのは、Ropartzのピアノトリオイ短調。1楽章、暗い色調のピアノのアルペジオにのせて、開放感に満ちた弦がおおらかに歌う。新緑に萌えるなだらかな丘陵を、あたかも鳥になった自分が飛翔して行くような気持ちになる。所々で、立ち止まり、自分へ問いかけるかのような動機と旋律が出てくる。でも、こころを開放する旋律が、再び主導権を握る。彼が作曲して1世紀近くたった、東洋の島国で、音楽愛好家の一人に過ぎない私がこころ揺さぶられる思いで、この作品を聴くことになるとは、Ropartzは想像したことだろうか。

私は、明日また一つ年齢を加える。この美しく、空気の爽やかな時期に生を授けてくれた母に思いを改めて寄せる。連綿と続く生命の流れにたまたま近しく連なっただけなのかもしれない。が、子どもを生み、育てることがいかに大変な事業であるのかを、この歳になって改めて痛感している。文字通り貧しい生活だったが、母が、父と一緒に身を粉にして働き、私を育ててくれたことを改めて思い出す。

これからの人生をどう生きるかというようなことを自問する余裕も意思もない。所与の環境で精一杯生きてゆくだけだ。確実にいえることは、人生の終末が近づいていること。人生の旅路に終わりがくることを常に意識しつつ、生きてゆくことだ。

大切なこと、それは、自分を肯定すること。どうしても自分を否定的に見がちになる・・・それも致し方のないことなのだが・・・でも、それでは生きることが苦しくなる。両親や、家族を始め、多くの人々に支えられていること、私は宗教的な信仰からは離れてしまったが、何か大きな存在に支えられていることを自覚しよう。能天気な自己肯定ではなく、時には、そうして支えられて精一杯やったではないかと自分に語りかけること、それが出来るようになりたいものだ。それが、一つの「救い」というものなのかもしれない。

Ropartzの堪え難いほどに美しい旋律を聴きながら、こんなことをぼんやり考えていた。

事業仕分け第2弾 財務省関連事業はたった一つ 

事業仕分け第2弾、財務省関連事業は、たった一つ。以前にもアップしたが、国家予算を握る財務省関連法人・事業が一つというのは、おかしい。財務省がお膳立てしていることを疑わせる。

実際のところは、構想日本を主宰する加藤秀樹氏が実施しているようだが、官僚の手の内で動いていることをどうしても疑わせる。

この仕分け作業の結果と、行財政改革として何を残せたのか、きちんと検証してもらいたいものだ。


以下、引用~~~


事業仕分け第2弾後半戦 対象事業を正式決定
5月18日20時14分配信 産経新聞


 政府は18日、首相官邸で行政刷新会議(議長・鳩山由紀夫首相)を開き、20日からの事業仕分け第2弾後半戦の対象として、公益法人など70法人82事業を正式に決めた。当初予定されていた公園緑地管理財団(国土交通省)など3法人4事業は最終調整の結果、仕分け対象からはずれた。

 主な仕分け対象は、日本宝くじ協会(総務省)の「宝くじの普及宣伝事業」のほか、司法協会(法務省)の「裁判記録等の謄写費用の支出」▽全日本トラック協会(国交省)の「都道府県トラック協会からの出捐(しゅつえん)金による事業」▽全国市町村研修財団(総務省)の「研修事業」-など。特別民間法人3法人の3事業も含めた。

 対象は、国が事業を委託したり権限を付与したりする、政府の関与が強い公益法人の中で、天下りの人数が多い法人や無駄が多いと判断した法人を中心に選定した。

 仕分けは20、21、24、25日の4日間、東京・五反田のTOCビルで、2班に分けて実施する。公開される予定だ。

 一方、刷新会議は18日、4月に行った独立行政法人の仕分けを踏まえ、平成23年度予算案の概算要求で独法の事業を横断的に見直すための改革案をまとめた。

 また、現在18ある特別会計の改革案も決定。事業内容や資金の流れの不透明さを問題視し、「ゼロベースで見直し、必要不可欠なもの以外は廃止する」との基本方針を示した。

     ◇

 「事業仕分け第2弾後半戦」の対象となる公益法人と特別民間法人は次の通り(カッコ内は法人数)。

 ■ワーキンググループA

 【警察庁(1)】全日本交通安全協会

 【外務省(3)】国際開発高等教育機構▽国際協力推進協会▽日本国際協力センター

 【財務省(1)】塩事業センター

 【農水省(5)】全国農林統計協会連合会▽日本森林林業振興会▽日本森林技術協会▽農村環境整備センター▽林道安全協会

 【国交省(24)】運輸政策研究機構▽海外運輸協力協会▽河川環境管理財団▽関東建設弘済会▽東北建設協会▽中部建設協会▽北陸建設弘済会▽近畿建設協会▽中国建設弘済会▽四国建設弘済会▽九州建設弘済会▽港湾空港建設技術サービスセンター▽空港環境整備協会▽建設業技術者センター▽全国建設研修センター▽航空医学研究センター▽航空輸送技術研究センター▽浄化槽設備士センター▽全日本トラック協会▽道路保全技術センター▽日本建設情報総合センター▽雪センター▽リバーフロント整備センター▽ダム水源地環境整備センター

 【環境省(2)】日本環境協会▽日本の水をきれいにする会

 ■ワーキンググループB

 【内閣府(1)】全国交通安全母の会連合会

 【総務省(11)】日本宝くじ協会▽自治総合センター▽全国市町村振興協会▽地域活性化センター▽地域総合整備財団▽全国市町村研修財団▽自治体国際化協会▽自治体衛星通信機構▽地域創造▽日本消防設備安全センター▽日本防火協会

 【法務省(3)】司法協会▽日本語教育振興協会▽矯正協会

 【文科省(1)】民間放送教育協会

 【厚労省(6)】雇用振興協会▽女性労働協会▽全国生活衛生営業指導センター▽日本ILO協会▽理容師美容師試験研修センター▽労災保険情報センター

 【経産省(8)】JKA▽大阪科学技術センター▽省エネルギーセンター▽新エネルギー財団▽電気工事技術講習センター▽日本エネルギー経済研究所▽日本立地センター▽日本原子力文化振興財団

 【防衛省(1)】防衛施設周辺整備協会

 【特別民間法人(3)】日本消防検定協会(総務省)▽中央労働災害防止協会(厚労省)▽日本電気計器検定所(経産省)

パドル比較感想 

新しいパドルの感想を書くと記しておきながら、そのままにしておくわけにもいかないので、気の付くままに感想を記しておく。あくまで、感想レベル。私が、再開局以来用いたパドルは、順に、カツミのEK160内臓のもの、ベンチャーJA2(だったか)、バイブロプレックス2枚レバー、Schurr Profi、Mercury、それに今度のChevron。 列挙すると、数多く使ってきたものだ・・・。

まず、パドルの理想形とは何かということを考えてみた。

電信符号を、恰も身体の一部であるかのように、接点のon offだけが意識されるように送出することだろうか。その際には、パドルの部品による荷重や、慣性による抵抗感は最小であることが望ましい。

具体的には、1)接点の接触不良がないこと、2)接点のon offが明瞭に識別される(所謂、カチッとなる)こと、3)レバーの戻りは、迅速で、かつ打鍵時の圧は、必要最小限である(出来れば、ゼロが理想)こと、4)レバーの運動系の慣性が最小限であること、5)レバーの回転軸軸受けの摩擦が最小限であること(これは2)にも大いに関係する)、といったことだろうか。

1)接点自体に問題のあるものはなかったような気がする。カツミ、バイブロプレックスが、回転軸の軸受け部分に接触不良があった。導電グリースを軸受け部分に刷り込んで対処した。・・・実は、この下書きを書いたあとで、Chevronの長点側に時々接触不良と思われる現象が起きることに気付いた。Steve N6TTも同様の経験をしていたが、iambic paddleに慣れていないためと考えていた由。また、某BBSでこの顛末を記したら、Atsu氏も同様の経験をしていた様子。接点間隔を調整するscrewのlocking ringを堅く締めるようにアドバイスを頂いた。それと前後して、製作者のKevinからも、私の問い合わせに対して、そのlocking ringを締めることと、screw自体をアルコールで洗浄するようにと言ってきた。同様のトラブルがたまにあるらしい。で、locking ringの締め増しをしたら、今のところ問題なく動作している。送料を除いて、返金すると言って来たKevinの善意に感銘を受けた。問題が一応解決したこととあわせて、このトラブルが起きないように根本的な改善をして下さるようにKevinに書き送った。

2)ベストなのは、Mercury。Mercuryは、その性格のためか、接点間隔を広めに取ると、レバーを介して、反動が指にあり、少し不快な感触がある。接点間隔を狭くすれば、大丈夫。バイブロプレックスも、軸受け圧の調節次第では良好だった。Schurrも比較的良好。Schurrは軽い感触。Chevronは、やや甘い印象があるが、これは好き嫌いの範疇。実際上問題は無い。

3)レバーを戻すための仕組みは、スプリングと磁石があるのだが、やはり基本的に磁石の方が、戻りが早い。MercuryとChevronが優れている。が、Schurrもスプリングタイプとしては健闘。カツミ・バイブロプレックスは、他に比べると、重たい印象だった。スプリングの自重による問題か。

4)軸受けの抵抗等が理想的なほどに小さくなると、レバーの自重・回転慣性の大きさが、打ち心地に影響してくるものと思われる。実際上は、これが効いてくるほどの作りのパドルにはまだお目にかかっていないが、Kevinにはこの点も行く行くは検討されたいと書き送った。Chevronのレバーは結構ゴツイ・・。

5)軸受け圧を調整できる場合、小さくすると、軸受けでの接触不良が生じやすく、大きくすると接触不良はないが、重たくなるという傾向があった。カツミはペケ。バイブロプレックスもあまり良くない。ベンチャーJA2は、確か他の機種のようにボールベアリングではなく、先鋭化させた軸を、軸受けに突っ込んでいるだけの構造だったような気がする。その簡単な構造の割には、接触不良がおきにくかったような気がする。SchurrとMercuryの軸受けは良くできている。Chevronは、軸受け圧が多少高い印象があるが、実用上問題にはならない。これは、先に記した通り、2)と密接に関連する。

というわけで、危ぶまれたChevronをしばらく使用する積り。

残すは腕の鍛錬かな・・・。

fade outしてゆく・・・ 

無線以外の趣味の話や自作機器の話などをする人はいないのか、CWopsはまるでコンテストのクラブになってしまったようだと、CWopsのリフレクターでAI2Qが数日前に発言していた。彼は以前にも同じような発言をアップしていた。彼への返信に、ネットに参加すれば良いのではないかという発言が一つ、二つあった。ネットは、複数の局がやり取りをする仕方なので、複数の局を捕まえるには良い方法かもしれないが、私などはかなりジレッタクなってしまう。

クラブとは、いかにオープンな組織であっても、会員と非会員の間に差異を設けて、クラブ内部でまとまろうとする力学が働く。そうした力学がないと、クラブとして成立しない。その手っ取り早い方法が、何かを競わせることなのだろう。どのクラブにあっても、局数やら、コンテストスタイルでの交信数やらを競わせる催しがある。で、ごく普通の交信は、クラブのなかにあっては、結局異端児になるのである。普通の交信とは、一対一の関係で成立するもので、クラブの力学とは無縁であり、かつ時に対立関係になるものなのだろう。クラブに所属するとはそういうものだと言う事を、よく理解しておかないと、気が付くと交信数や、コンテストスタイルの局数という「量的な」競い合いに嵌ってしまうことになりかねない。

で、そうしたクラブの活動から最も遠い存在に思える、Kemp K7UQHに、昨夕7メガでまたお会いした。お元気そうにされていたが、昔を懐かしみ、あの頃(1960年代)に活発に出ておられたオペは既に皆サイレントキーになられたことを互いに嘆いた。Ed K6NB、Cy K6PA、Ted KH6EFW それにTrevor VK2NS達・・・。CWがまだまだ商業通信の現役として生きていた頃、彼等はCWの生きの良さ、芸術的な運用を体現していた方達だったのだ。

KempのアンプL4は、まだ故障したまま。部品の手配がなかなか難しそうだとのことだ。彼が、20数年前に入手し現用のIC751Aだが、昨日の交信中に少しドリフトするのに気づいた。数十ヘルツの範囲なのだが、非連続的にドリフトするので、送信系の不具合があるのだろう。それを彼に言うと、知っている、VFOがいかれ始めたのだろうとのことだった。その後に、彼が言った言葉が忘れられない・・・リグがこうして具合悪くなり、やがて電波を出せなくなる、その時にそっと無線界から消えてゆくだけだ、というのだ。それは残念なことだとありきたりの反応をしたが、彼の思いも分からぬでもない。

ごく普通の交信が殆ど聴けなくなってしまった無線界に未練はないぞという、エキスパート達が世界中に沢山いるのではあるまいか。

母親を泣かせてしまった 

今日、外来で患者さんのお母さんを泣かせてしまった。

長期間続く鼻閉で、10日ほど前に来院した乳児。鼻腔所見で、鼻粘膜の腫脹が見られ、それ以外に異常所見がなかったために、この時期にしばしば見られる慢性の鼻炎と診断した。以前、このブログでも記した通り、この病態には、ステロイドの点鼻薬がよく効く。他の治療薬では効果が乏しい。それで、乳児にも投与しやすいステロイドの点鼻薬を処方した。

ところが、自宅に帰り、姑に報告したところ、「ステロイドなどトンでもない、投与してはいけません。」と言われた由。私と、姑の間に入って、お母さんは悩んだのかもしれないが、とりあえず薬を投与しなかったらしい。そしたら、数日して、鼻閉がさらに酷くなり、汚い鼻汁も見られるようになったので、慌てて私のところにやって来た、というわけだ。

このお母さんには、お子さんの病態について改めて説明し、ステロイド点鼻薬が必要なこと、さらに点鼻薬のステロイドは、極めて少ない量であり、全身投与の場合の副作用の可能性は少ないことを説明した。抗生物質の吸入も行なっていただくようにした。その上で、医療は、患者さんと医師の間の直接の関係であり、患者であるお子さんの代理人がお母さん自身であること、適切な医学的知識・経験のある方以外の言うことは、たとえ姑の言うことであっても副次的な意見として聴くこと、最終的にはお母さん自身が良く考えて判断することと、時間をかけて説明した。

私の言葉が少しきつくなってしまったのか、途中からお母さんは涙目になってしまった。

聞くと、ご主人は仕事が忙しく、お母さん自身で様々なことを決めなくてはならない様子。さらに、姑とは同居していないが、子どもの養育に関して様々な指示を強い口調されるらしい。

私は、投げ出すわけではないが、私の言うことが受け入れられないのであれば、他の医療機関にかかった方が良い。しかし、お母さん自身が自分で調べて、自分で考えて、最終的に決めるべきことを申し上げた。

このようなケースは、今までも何度も経験しているのだが、私に疑いの眼差しを向けられると、治療関係には到底入れない。そうした場合は、転医して頂いたほうがお互いのために良いと思うのだ。このお母さんの場合は、本当に迷った挙句に、投薬を見合わせただけのようで、最終的に私の意見に沿って治療を進めて欲しいとのことだった。最後には、涙目ながらもにっこり微笑んで、お子さんを抱っこして、診察室を出て行かれた。

医師・患者関係で根本的な信頼関係が成立しないと、とても治療を進めることはできなくなる。信頼をして頂くと、医師として本当に最善のことをする責任を感じる。こうした一種の修羅場をくぐると、結構しっかりした信頼関係を結ぶことができるものだ。お母さんの必死の思いに応えなくてはという気持ちになる。こうした医師・患者関係を誤ったパターナリズムとして排除しようとする動きも世の中にはあるのだが、それは患者にとっても、医師にとっても不幸なことだ。

夕方、診療が終わってから、「先程怒られたIですが・・・」といって、そのお母さんから電話がかかってきた。鼻閉のため咳き込み、ミルクを吐いてしまったとのこと。対応方法を指示した。お母さんは明るい声で、お礼の言葉を述べて電話を切った。「怒ったわけではないよ。」とは言ったのだが、医師・患者関係の最も基本的なところを分かってもらいたかったというのが本音だった。お母さんは、言葉や概念としてはそれを明白に把握しなかったかもしれないが、信頼関係の中にあるという安心感に包まれているように、私には思えた。

農道のかきつばた 

朝、車で飛ばす農道のわき道に沿って、かきつばたと思しき花が整然と列をなして咲いていた。かきつばたの間にも、芝桜みたいな小さな花が一面に。水田には、植えられたばかりの稲が整然と並んでいる。

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ここは、秋には確かコスモスが植えられていたかもしれない。

農家の方の優しい気持ちが、伝わってくるかのよう。仕事にも、生きること自体にも、優しい気持ちで対処するのだと、そっと教えられるかのような気持ちになる。植えられた方にはそうした意識などないに違いないが・・・。

医師増員は、医療崩壊を救うか? 

過去に医師の大幅な増員が実際行なわれたのは、1980年代始めのことだ。各県に一つの医大を、というスローガンの下に、国(公)立、私立の医学部、医大が、ぞくぞくと作られた。その当時は、人口が増え、さらに経済も右肩上がりの状態だった。それで、医師の大幅増員が可能であったし、その社会的な要請もあったのだろう。

現在の医師不足は、上記の大増員以降の医師数抑制策が効いてきたこともあるが、医師の数をより多く必要とする医療の発達と、それを支えきれぬばかりか、削減され続けてきた医療費の問題によって起きている。現政権は、こうした問題を根本的に改善することなく、医師数を増やそうとしている。現在、医師は、地域的に、さらに専門科により、偏在しているといわれている。医師数を増やせば、医師数の相対的に少ない「裾野」、即ち、地方と、リスク・労働環境の大変な専門科に医師が流れてゆかざるを得なくなると踏んでいるのだろうか。また、医師が過剰になれば、行政による、医師の強制配置が可能になると予測しているのだろうか。医療費は実質据え置きのまま、医師数を大幅に増やすという政策は、現在の医療の根本的な問題を解決しようとするものではないことは明らかだ。

そのような思惑通りに事が運ぶとは思えない。低医療費では、問題の根本的な解決はないからだ。さらなる歪が出てくることだろう。さらなる過酷な労働環境が医師に与えられたら、家庭に入る女性医師は必然的に増えるだろうし、団塊の世代の多くの医師が退職する、または第一線から退くことが早まる。女性医師は、医師全体の3割を占め、さらに開業医の半数は団塊の世代以上なのだ。これまで医療制度がようやく保たれてきた背後にある、医師の倫理観・エートスは、失われるに違いない。専門家の倫理観・エートスが失われる事態は、法律や、行政の命令では強制的に改善し得ない、恐るべき問題になる。行政の強制力の及ばない、自費診療に生きようとする医師も増えるだろう。

臨床家として分かりやすく医師増員問題(この場合は、医学部数ないし医大数を増やす問題)を分析している、多田智裕氏の論文が、MRICに載っていたので紹介する。


以下、MRICより引用~~~

医師を増やせば医療崩壊は本当に解決するのか

武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕

※このコラムは世界を知り、日本を知るグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載
されたものを転載したものです。他の多くの記事が詰まったサイトもぜひご覧ください。 URLはこ
ちら→http://jbpress.ismedia.jp/

2010年5月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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 民主党は、政権を勝ち取った2009年の総選挙の際に、医療 崩壊を防ぎ、医療を成長産業とするために「医師数1.5倍」と「医師養成数1.5倍」を実現するとマニフェストに明記していました。2010年2月には 「医学部新設へ申請、3私立大が準備 認可なら79年以来」(朝日新聞)との報道もありました。

 一昨年、医師不足により閉鎖した銚子市立病院の例を見るまでもなく、「医療崩壊の原因は医師不足である。だから、医師の数および養成数を増やせば医療崩壊は解決する」と言われれば多くの人は納得してしまうことでしょう。

 しかし、医師不足だから医師の数を増やせば良いという理屈で医学部を新設することは、実は現状の日本の医療にとっては「百害あって一利なし」なのです(全国医学部部長病院長会議が医学部新設に反対する声明(http://www.ajmc.umin.jp/22.2.22youbou.pdf)を連名で公開していますので、参考までご覧ください)。

【そもそも日本の医学部は少ないのか?】
 日本には現在80の医学部が存在します。ちなみに米国の医学部は130校ほどです。人口が日本の約1億3000万人に対して米国は約3億人ですから、人口比率の上で日本の医学部の数はすでに十分すぎるのです。

 しかも、既にこの3年間で各医学部の定員を増やすことにより、1200名(医学部12~13校分)、割合にして16%もの医師養成数増加を達成しているわけです。これだけでも、毎年4400人ずつ医師は増加していきます。

 今後は高齢化が進むために医療需要が増大していくのか、それとも日本の人口減によって医療需要は実はそれほど伸びないと見るのか。その予測は難しいものがあります。

 でも、経営再建中のJALですら、不採算路線の削減は様々な反対に遭ってスムーズに進んでいません。いったん医学部を新設してしまったら、投資し た設備や従業員のことなどを考えると、「10年経って医者が足りてきたから、必要数を見直して閉鎖統廃合する」なんてことはほぼ不可能でしょう。

【現在の医師数でもより高いサービスは実現できるはず】
 今の医療崩壊の本質は、医療現場で働く人材が不足しているため、利用者(患者)がサービス面で不利益を被っているということです。

 ですから、医療スタッフの数を増やことは確かに重要です。しかし、これは、ただ単に医師の数を増やせば良いということではないのです。

 一例を挙げましょう。日本において、年に50件前後(週に1件程度)しか全身麻酔手術を執刀していない外科専門医は数多く存在します。その主な原因は、外科医が手術を行えない状況にあるからです。

 医療事務や看護師などの「コメディカルスタッフ」を倍増して、外科医がもっと手術に専念できるような環境にすれば、1人当たり3~5倍の件数を執刀することは十分に可能でしょう。

 このようなことが各科目内で達成できるならば、実は医師数を増やす必要はないのです。現在の医師数でも、より高いサービスが提供できるようになるのです。

 なぜ、これが実現できていないのかというかと、コメディカルスタッフを増員する余力が医療機関にないからです。

 よく挙げられる例ですが、米国では盲腸手術代金が平均243万円なのに対して、日本では37万円に過ぎません。これに加えて、輸入手術消耗機材 は、物によっては米国の約3倍の値段で購入しているのです。ですから現場にしてみれば、スタッフを増員することなど常軌を逸した夢物語でしかないのです。

【数を増やしても質が伴わなければ本当の医療崩壊をきたす】
 弁護士を見てみましょう。2002年度に、司法試験合格者数は約1000人でした。それを、ロースクール増設によって、2009年度は2000人にまで倍増させました。

 しかしその結果、弁護士の質の低下をきたし、さらに1人当たりの仕事が減ることで質の向上が図られないという悪循環に陥っています。

 冒頭の全国医学部部長病院長会議の声明の中で、「医学部を新設すると、医学部スタッフとして地域の働き盛りの現場の医師を引きはがしてしまい、地域医療の崩壊を悪化させる」という指摘がありました。

 その指摘はもちろん正しいのですが、しかし、もっと問題なのは、単純に6年間の医学教育を施しただけでは一人前の医師は育てられないという事実です。

 医師は医学部卒業後、優秀な指導者のもとでさらに5~10年の実地指導を受けて経験を積むことで、初めて一人前の医師として活動できるのです。

 医師を急激に増やした場合、弁護士と同じく、卒後研修施設への就職すらままならず、未熟なまま独立せざるを得ないる医師を増やすだけでしょう。

 「医原性」(医療を受けたことで病気が発生すること)という言葉もあるように、医療行為によって逆に危害を被る可能性もゼロではないのです。卒後の教育体制まで見据えないまま医師の数を増員すれば、真の意味での医療崩壊を引き起こすことでしょう。

【150億円を超える予算を注ぎ込む必要があるのか?】
 鳩山由紀夫現総理は2009年の総選挙前の党首討論で、「(医療費増額を数%としている麻生太郎総理とは違い)診療報酬を2割ほど上げないと厳しい(医療崩壊は食い止められない)と感じている」と発言しました。

 しかし、蓋を開けてみれば、総選挙後の2010年4月の診療報酬改定結果は、プラス0.19%に過ぎませんでした(その後、新薬値下げ分のマイナス0.16%を除外していたことが判明したので、実質はプラス0.03%でした)。

 医療に回す予算を増やせない以上、マニフェストにいくら「医師養成数1.5倍」と記載されていたとしても、150億円を超える膨大な費用を新設医 学部につぎ込む必要はあるのでしょうか? それよりも既存医学部の定員増加の方が、はるかにかかるコストは少なくてすむはずです。

 特色ある医学部を新設することで、これまでとは異なる多様性を備えた医師を育てることができるかもしれません。

 しかし、全体の政策として見ると、他の部分を削ってまで新設医学部に莫大な予算を注ぎ込むのは、日本の医療の現状に即していないのではないか──。私にはそう思えてならないのです。

ハンセン病をめぐって 

ハンセン病という病名を耳にすると思い出すことが二つある。

一つは、多摩全生園の近くで生活していた、私がまだ子どもの頃のことだ。当時は、同園は、結核療養所のある地域の更に奥まったところにあった。周囲が雑木林に囲まれた静かな場所だ。看護師をしていた母が、同園の生垣沿いの道路を通勤路にしていた。夜間、自転車で帰宅するときに、同園の入園者が生垣を抜けて出てくるようだと言って、母は怖がっていたのを覚えている。

母のそうした言葉に、本当の恐れとともに、ハンセン病患者へのかすかな差別意識が隠されていることを、子どもながらに感じた・・・後者は、後にハンセン病を良く知ってから感じるようになったのかもしれない。いずれにせよ、同園には何か穢れたものがある、という気持ちが、子供心に植えつけられていった。

母は、医療従事者であったし、リベラルな考えの持ち主だった。そのような彼女にしても、隠れた差別意識というべきものを持っていたと考えると、当時の社会の平均的な人々の意識が、ハンセン病を理解し、その隔離政策が間違っていることを理解することから程遠いところにあっただろうということが分かる。当時には、ハンセン病の治療法も確立し、恐れるに足らない病気であることが分かっていたはずなのに、だ。そうだからこそ、ハンセン病患者・元患者の隔離政策を根本的に改めることが、1990年代半ばまで遅れることになったのだろう。

ここで学ぶべきは、社会のなかで、忌み嫌われるような病気の者、さらには特定の属性を持つもの、特定の人種の人々を、穢れたものとして疎外し、時には迫害する傾向が、何時の時代にもあるということだろう。恐らく、私自身にもそれはある。そうした差別によって、社会内部の葛藤・軋轢のエネルギーを消し去ろうという個々人のこころのなかでの動き、さらに社会全体の動きに、我々は常に注意しなくてはならないと感じる。

もう一つ、学生時代に読んだ神谷美恵子女史の書物に、彼女がハンセン病患者に初めて出会ったときの様子が記されていた。彼女は大きな衝撃を受け、その療養所からの帰路、何故彼等が(ハンセン病にかかり)、何故自分ではなかったのかという問いが心に渦巻いていたと記されていた。センチメンタリズムのように聞こえるかもしれないが、そのように本当に感じた、というのだ。それが契機となって、神谷女史は、そのハンセン病の療養所、長島愛生園、で医師として長らく働くことになる。この啓示のような思いは、決してセンチメンタリズムではなく、彼女の医師としての生き方を変えた出来事だったのだと思う。

ハンセン病の患者に寄り添い、ともに戦った人々は、数多くいる。根本的な治療がなく、社会から蔑まれていた時代に、それらの方々が、そのように生きられたことに感銘を受ける。医療制度研究会草津セミナー報告として、医療制度研究会 中澤堅次氏 井上法律事務所 井上清成氏が、そうした人々の一人について報告し、病者の権利を重視する立場に改めて立つべきことを述べられている。


以下、MRICより引用~~~

病人権利とハンセン病の歴史
-医療制度研究会草津セミナー報告

医療制度研究会 中澤堅次
井上法律事務所 井上清成

2010年5月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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■ ハンセン病療養所栗生楽泉園見学
 ハンセン病療養所栗生楽泉園は、残雪に輝く白根の山々のふもと、高原の温泉地草津から2キロほど離れたゆるやかな台地の南斜面にあります。門を通過し台地の斜面を南に下りてゆく車道の突き当たりに療養所があり、取り囲むようにハンセン病に罹患した人たちの住宅が並んでいます。低層でこぎれいな集合住宅は塀がないせいか、芝生に囲まれどこか欧風で開放的な印象を受けます。ここには、平成8年菅直人厚生大臣のときに廃止になるまで続いた、らい予防法により隔離され、治療法が確立した今でも、皮膚の後遺症と長かった療養所生活で社会に戻れない高齢の方たちが住んでいます。

 門を入ってすぐ右側、木立に囲まれた小道を200mほど入ったところに重監房跡地があり、ここには隔離療養中に脱走や療養所の規律に反した人たちが全国から集められ収容されたそうです。林の中にポッカリ空いた200坪ばかりの空間に、複雑な住居の土台だけが残っています。とても狭い廊下と、部屋の間仕切りがいくつもあり、明り取りの窓だけだったという個室は、逃げられないように造られていたことが良く分ります。わずかな米と水ものだけが支給される生活は、病人を標的にした収容所のようなもので、極寒の当地ではかなり過酷なものだったと思います。楽泉園設立の目的は隔離により社会から、らいを根絶するという当時の政策によるものでしたが、病人であるがゆえに自由を奪われ、正当な主張でも罪人とされてゆく、悲しい歴史を物語る貴重な医の遺産ということができます。

■ 療養自治区湯之沢とコンウォール・リー女史による救済
 古来ハンセン病の人たちは社会から差別を受け、流浪の末各地に集落を形成しました。楽泉園ができる大分前から、上信越山中の草津には温泉の効能を頼って多くの人たちが集まっていました。はじめは他の湯治客とは別に、場所と時間を分けて同じ地域で療養していましたが、町の観光色が強まるにつれ、町外れの湯川下流にあたる湯之沢地区に集められ、財力のある罹患者は旅館や商店を経営し納税義務も果たす、いわば療養自治区のようになっていました。自治区とはいえ病気の人にはお金が無く、病気が進むとさらに困窮が深まり、悲惨な人々の暮らしがありました。

 湯之沢に来ていた、キリスト教徒でもある療養者の熱心な願いに応えて、聖公会の宣教師であるイギリス人女性コンウォール・リー女史が湯之沢に入り、聖バルナバミッションと呼ばれた救済活動が開始されました。リー女史は聖バルナバ教会を建てて活動の拠点とし、最終的には三十数棟にも及ぶ病人用のホームを建造したそうです。家族から仕送りがあり働ける人でも、病気が進むと最終的には救済が必要となり、両親が病気で養育者を失った子供、被害を受けやすい婦人、罹患者が多く自力での生活がままならない独身男性などが救済の対象になりました。聖バルナバ医院と呼ばれる病院も日本人の女性医師と看護師の献身で開設され、湯之沢ではじめての医療施設となりました。これらの大規模な事業は、イギリスはもちろんアメリカの篤志家の寄付に依ったようであり、日本でも藤倉電線が聖バルナバ医院の増築に資金を提供したといわれます。

 女史は、当時は投げ捨てられるようにして葬られていた病死者に花を手向け、化膿してぼろぼろになった衣服を脱がし皮膚を清めて弔いました。また湯之沢住民と変わらない清貧な生活ぶりで人々の感動を呼び、精神的にもすさんだ人々のよりどころとなり“くさつのかあさん”と慕われ、59歳で草津に入ってから活動は80歳まで続けられました。

 昭和7年政府の隔離政策で国立療養所栗生楽泉園が開院し、湯之沢の人々はここに集められることになりました。反対運動が起き湯之沢はその後も存続しますが、昭和11年、80歳を迎えたリー女史は健康上の理由で厳寒の草津を離れ、その5年後の昭和16年には、日中戦争で悪化する国際関係で資金が枯渇する中、湯之沢の人々は楽泉園に大多数が移住し、部落が取り壊されると同時に聖バルナバミッションもその役割を終えました。

■ 病人権利と栗生楽泉園と聖バルナバミッション
 感染症として社会から疎外され、科学の恩恵を受けることの無かった時代の人々の悲しみは、リー女史を中心とした多くの人々の献身により救済が行われましたが、後に近代国家として日本は国立療養所を作り、人々を収容隔離することで吸収してゆきます。社会の利益のための隔離政策は別の形の人権侵害を産み、治療薬ができた後も、何回となく行われた療養者や医師や官僚による廃止運動をよそに、つい最近まで続きました。日本の例は特殊と評される背景には、上からの目線で社会の繁栄や安全には着目しても、病を背負った人の悲しみに思いが至らない日本人の思考過程が関係しているようです。

 今回の4月24日から25日にかけてのセミナーの主題は病人権利で、病を得た人々の人権に着目し、病人であるがゆえに生きる権利を侵害されたハンセン病の人々の歴史に思いをはせるというものでした。病人であるがゆえに、故無くして社会から疎害され、国家の大義や社会の安全のために犠牲になった人々の悲劇があり、近代人を自称する私達がつい最近まで気づかずに過ごしたことも驚きでした。湯之沢におけるリー女史の大規模な救済事業とともに、この事実は良い悪いを言わずに、大切に後世に伝えたいと思います。

参考文献:
1)写真集・コンウォール・リー女史物語、コンウォール・リー女史顕彰会編、2007年
2)草津「喜びの谷」の物語、コンウォール・リーとハンセン病 中村茂 教文館 2007年

『「子ども手当て」を寄付してください』 

民主党鈴木寛文部科学副大臣が、「子ども手当て」を、医療福祉に「寄付」することを呼びかけている。

実際の「子ども手当て」の使い道予定を国民に質したアンケートが、先日報道されていた。高収入家庭では、貯蓄に、低収入家庭では、子育てと関連しない生活費に回すという回答が、それぞれ一番多かったようだ。

一方、政治家は、「寄付」をするように呼びかけている。ということは、期待しているのだろう。

医療の採算が取り難くしておいて、国民に現金を配り、医療に寄付することを期待するということは、二重に間違っている。

採算が取れなくなっている医療を放置している、ないし、医療をさらに窮乏化させている政治の問題がある。

さらに、その政治の誤りを、国民に配った現金で取り繕おうとしていることも問題だ。うがった見方をすると、「子ども手当て」が単なるバラマキに見える。バラマイておいて、それを国が本来行なうべき事業のために寄付しろと言っているようにしか思えない。

何故、ストレートに医療にもっと国費を投入しないのだろうか。予防接種を無料化しないのか。病児保育を充実させないのか。医療従事者の育成に国費と人材を投入しないのか。

民主党政権は、空想の世界で理念を弄んでいるだけのような気がする。自民党55年体制に戻ることも真っ平だが、政治が現実に立った政策を起案・実行できるようになるのは何時のことだろう。


以下、MRICより引用~~~

子ども手当の意義は
所得の再配分と社会参加意識の向上
医療現場危機打開・再建国会議員連盟幹事長
文部科学副大臣
鈴木 寛
2010年5月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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安心して子育てと教育のできる社会を実現していくため、中学卒業までの子供にこの6月から月額1万3千円の、「子ども手当」が支給されます。現在まで財源や支給対象の議論ばかりが注目されてきましたが、この手当には、我が国の医療・福祉サービスのお金の流れを変えることで、国民自らの目で必要なサービスを選択し、社会を形成していくという意味があるのです。

手当の使い道として、所得に余裕のない方は学用品の購買などに充てていただければと思いますが、高所得の方には、未来をつくる子供たちへの投資と考えて寄付をしていただくことも期待しています。

寄付文化の根付いているアメリカなどでは一部の小児病院や子供関連サービスNPO、人材育成を支援する基金などは多くが寄付金で運営されています。例えば日本なら、ワクチン接種など青少年の予防医療に関する基金、小児医療従事者の育成基金、無過失補償制度の整備、病児保育や子育て支援のNPOなど、多くの活動が考えられます。これらの活動の中から、国民が自分たちの目で必要だと思うものを判断して寄付をしていけば、良い活動が広がります。手当に所得制限を設けなかった理由はここにもあります。

市町村に手当を寄付することもできます。自治体は住民にとって魅力的なサービスを提供することで、国や都道府県の補助に頼らず住民と一緒になって地域を作っていくことができるでしょう。子供関連サービスを行う企業や、保育所設置など子育て環境の充実を望む企業が自治体への寄付する場合にも税優遇が受けられます。また、消費者も同じ学用品を買うのなら、子ども関連の公益活動に対して寄付や支援を行う企業の商品を選んで買う目が求められます。

こうした寄付が行われやすいよう現在の寄付税制の改正など制度整備を進めていくのは、私たち国の仕事です。こうしてNPO、市町村、企業の社会貢献活動を、国民が賢い目で公益性を判断していくことで、公共活動が促進されます。子ども手当の導入をきっかけに新たなお金の流れをつくることで、日本の医療や福祉の文化を変えていけます。ぜひ一緒に使い道を考えていきましょう。

(この文章は『ロハス?メディカル』5月号に掲載されたものです)

Chevron debut 

Kevin M0AGAより、このChevronがUPSで送られてきた。お正月前後に衝動注文したもの。価格;送料含めて、他のパドルの3から4倍はする。注文受け付けのメールをもらってから、4ヶ月以上何の連絡も無かったので、半分忘れかけていたのだが、Steve N6TTが言うとおり、Kevinは少しのんびりした性格らしく、先月になって、できたとの知らせ。その後、また数週間置いて、「アイスランドの火山噴火の影響もなくなって飛行機が飛びそうだから、そろそろ送る」と言ってきた。しかし、費用については後回し。コストを教えるように言ったら、言ってよこしたが、その前に製品はUPSでこちらに送ったと言って来た。何とも悠揚としている。貧しい私に無料で恵んでくれるのかとメールしたら、貧しいのはこちらだと言ってきた。Paypalを初めて利用して送金し、取引完了。

HCD Shin JA1NUT[1]-1

BencherのMercuryと、Schurr Profiもあるので、キーコレクター化しそう・・・。いやいや、これで打ち止め。もう要らない。

Chevronは、とても精巧に作られている。クロームメッキが美しい。軸受けは恐らくボールベアリングなのだろうが、レバーの動きに少し重たい感じもある。が、まだ実際に使っていないので、正確なところは分からず。軸受けのガタ等はなし。フィンガーピースは、指に当たる部分を少し削ってあったりして、手が込んでいる。レバーのテンション調節は、磁石を利用している。微調整が効きそうだ。接点は、半球状の接点と平面の接点が対峙する形になっており、接点不良に対しては、面接点よりも、この方が良さそう。

これだったら、数十年の使用に耐えそうだ・・・と、このキーを、私の後受け継いでくれるのは誰かなという思いがフッと湧いた。

さて、今夜はChevronデビュー。

「寝たきりアパート」  

慢性期病床の削減が進み、在宅医療が推進されつつある。要するに、慢性期の高齢患者は自宅でケアをするようにということだ。

しかし、核家族化が進み、普段のケアが必要な患者を在宅で看ることが困難な場合が多い。

そこに目をつけた、新たな商法が出現したようだ。

介護医療を利益追求だけの民間組織に委ねるとこのようになるという典型例だ。

政府も、高速道路建設に1兆数千億費やすのであれば、他にやることがあるのではないだろうか。



以下、引用~~~

訪問看護で不正請求か 新手「寝たきりアパート」
2010年5月2日 中日新聞 朝刊


 口から食事をとれない「経管栄養」の要介護者だけを対象に入居者を募り、アパート形式で自治体の監督を免れる自称「寝たきり専用賃貸住宅」が愛知、岐阜県内で急増している。入居者1人の費用は月約100万円。その8割以上が介護保険と医療保険で賄われ、訪問看護の医療保険が不正請求されている疑いのあることが、本紙の調べで分かった。関係自治体も状況を把握し、今年に入って複数回、協議の場を持つなど、調査を始めた。

 「賃貸住宅」は、名古屋市内の医療系コンサルタント会社が運営。ホームページなどによると5月現在、愛知、岐阜両県の計12カ所に高齢者ら約200人が入っているとみられる。この2年だけで、新たに7カ所建設された。

 岐阜県内の「賃貸住宅」に入居していたお年寄りの利用明細などによると、1カ月の費用は99万2000円で、うち15万円が本人負担、残りの84万2000円が公費(介護保険34万円、医療保険50万2000円)だった。

 関係する県市町と後期高齢者医療広域連合に本紙が情報公開請求して入手した資料では、岐阜県多治見市と同県土岐市の3施設に入居している約40人について、同様の請求が確認できた。

 入居者には1日3回の訪問看護が毎日行われ、介護保険の限度額(自己負担を含め月額約36万円)をいずれも24万円超過。本来なら自己負担となるが「賃貸住宅」に訪問診療する医師が特別指示書を定期的に発行するという「想定外の手法」(厚生労働省)で、超過分を医療保険で請求していた。

 特別指示書は「容体の急変など緊急、例外的なケース」(同省)だけに認められるが、看護記録などから容体の急変はなかった。医師はどの入居者にも毎月機械的に指示書を発行していた。

 厚労省は、有料老人ホームなど施設に訪問診療する医師の報酬額は、戸別の訪問診療の4分の1以下にするよう指導しているが、「賃貸住宅=アパート」であることを理由に戸別扱いで報酬を請求していた。

 取材に応じた医師の1人は「入居者はいずれも寝たきりで容体が急変するおそれがある。行政から指導があれば改める」と話し、恒常的な特別指示書の発行を認めた。

 コンサルタント会社の責任者は「入居者は病院を追い出された人たちで、家族も同意しクレームもない。(自己負担額を抑えるのは)経営ノウハウだ」と主張している。

 早い時期に施設ができた多治見市と土岐市は、県や厚労省東海北陸厚生局と協議機関を立ち上げ、対策を急いでいる。

(シリーズ「介護社会」取材班)

CWops sponsorship 

昨年末結成されたCWops。米国のCW愛好家が主体だが、メンバーは全世界に分布している。メンバーは既に700名?を突破したような気配。メンバーはさらに増え続けている。

このクラブの良さは、誰でも受け入れる(といってもある程度のCWの送受能力は必要とされているが)こと、ネット環境を利用した風通しの良さといったことか。Daytonハムコンベンションにもブースを出すそうだ。

反面、少し不安なこともある。

メンバー加入を現メンバーの推薦によって認めているのだが、推薦条件というハードルを作っているのに、誰でもどんどん入れようという風潮が見られること。いっそのことハードルを取っ払ってしまえば良いのではないかと、時々考える。FOCのやや閉鎖的な加入制度への反省もあるのだろうが、少しどっちつかずになっているような気がする。

さらに、少しずつ表面化しつつあるような気がするが、世界中からのメンバーが集う、目的なり、中心にあるものがぼやけてきている印象がある。メンバー数が増えれば増えるほど、その不明瞭さが問題に繋がりうるのではないか、または中心がぼやけることにより、求心力がなくなるのではないかと思われてならない。長い目で見たときに、クラブが存続するかどうかは、結構この点にかかってくるような気がする。

メンバーの推薦についても、時々おかしいなと思う経験をする。私はかなりactiveに出ている方なので、何人もの方から推薦を頼まれることもあったし、またクラブの幹部から誰それを推薦しないかと尋ねられることもある。で、実際推薦をしようと思って、当該ハムに接触を取ろうとしても、連絡が取れなかったり、木で鼻をくくったような返事が来たりする。幾らなんでも、入ってくださいということはなかろうと思うのだ。

でも、積極的に推薦したい方々には、推薦のメールを本部に送るようにしている。先程、JA4IIJ、K0DTJそれにW1HIJのお三方を推薦しようとしたら・・・あちらのサーバーにアクセスできず。一応メールで推薦を手配しておいた。この方々は、きっとメンバーになられて楽しまれると思うし、クラブにとっても有為の方々だと確信している。

でも・・・アマチュア無線の本質は、やはり一対一の関係にあるという思いが通奏低音のようにあり、このようなクラブ活動にどっぷり浸かる気持ちにブレーキをかけている。この辺は、他のメンバーと少し違うのかもしれないが、自分の流儀・考えはやはり大切にして行きたいと思っている。

消費者庁が、医療事故にまで手を広げると・・・ 

電化製品や車の製品事故と、医療事故が同じ扱いなのか。目を疑うような記事が・・・。

医療事故をしっかり定義できること、原因を十分検討できること、さらに再発防止に役立つこと、少なくとも再発防止を阻害する要因にならないことが、この消費者庁の出番があるとすれば、前提となる。

事故を公表し、事故を起した医師・医療機関を名指し、反省を促す。場合によっては、民事訴訟への足がかりを与える。このようにしたいのだろうか。記者会見で公表した事例の主な記載事項に、「原因の検討」が抜けている。

消費者庁がのこのこ出てきて、医療事故の再発防止に寄与できるなんて生易しい問題ではない。消費者庁が、何も分からず、世論に迎合して、医療事故を公表することは、再発防止とは逆の方向に物事を進める。医療事故調の議論で散々検討されたはず。よりによって、医療のど素人の集団が公表するとは一体何を考えているのだ。

もし、こんな滅茶苦茶な行政が行なわれるのであれば、多くの医療事故の背後にある、医療従事者の労働環境にも是非注目してもらおう。労働環境を劣悪なまま放置する、医療行政の責任省庁、厚生労働省も、消費者庁に訴えてみたいものだ。


以下、引用~~~

消費者庁、医療事故も公表 「不安あおる恐れ」の声も
10/05/06
記事:共同通信社
提供:共同通信社


 消費者庁は30日、電化製品や食品に関するものが多かった消費者安全法に基づく重大事故の公表事案に、医療機関で起きた事故も含めて発表した。今後も継続する。

 「リハビリ中に骨折」「リモコン操作のベッドに体を挟まれた」などのほか、「手術中に容体が急変し死亡」といった原因究明に高度な専門知識が必要なものも含む。

 消費者庁は「横断的に情報を明らかにすることで再発防止に結び付く」としているが、事故の詳しい経緯や発生日時、場所、個人名は公表されておらず、「情報が少なくあいまいで不安を招く恐れもある」との消費者団体の指摘もある。

 消費者庁によると、3カ月に1回程度、記者会見やホームページで公表していく。厚生労働省や地方自治体が公表していないケースも、内容次第で明らかにする。

 30日に記者発表したのは、死亡8件を含む17件。主な記載事項は(1)報告日(2)死傷者数(3)数十文字の事故概要(4)取った対策。うち自治体未公表は15件あったが、大半は「患者の体質が影響し因果関係の判断が困難」「専門家でも因果関係の判断が困難」とされた。

 主婦連合会の佐野真理子(さの・まりこ)事務局長は「医療事故を積極的に公表することは一歩前進だが、病院名など具体的な情報が必要だ」としている。

Brahms Clarinet Trio A Minor OP114 

Youtube の画像をペタペタし始めるのは、ネタ切れ・エネルギー枯渇の証拠でもあるのだろうが・・・もしよろしければ、また他愛も無い感想・思い出話としてお読みいただきたい。

この曲を生で聴いたのは一度だけ。このブログを書き始めたころに一度だけ触れたことがあるのだが・・・、1970年代、上野近辺のお寺のホールでの演奏だった。ごく普通のホールに、パイプ椅子が数十並べられた簡素な会場。季節までは思い出せないのだが、比較的強い夕陽が会場に差し込んでいた。専門課程の勉強が始まった頃だったろうか。恐らく週末の午後、一人で歩いて聴きに出かけたのだった。チェロは、かの倉田澄子女史。1楽章冒頭のチェロの旋律、この曲全体が人生の寂寞感を訴えるものであることを指し示す。音楽が情動を介して記憶に強く働きかけることを改めて感じる。会場に差し込む夕陽、各奏者の動きが、この曲を聴くたびに目の前にまざまざと蘇る。

で、このYoutubeで見つけた映像。惜しむらくは、家庭用ビデオでの録画らしく、音質・画質ともに良くは無いのだが、この演奏は、私にとっては、最良の部類に属する。

1楽章冒頭のチェロ。柔らかい音色で、呟く。ここは、協奏曲の主題提示のように弾いては興ざめになる・・・そうした演奏をするチェリストも多い。だが、ここで必要なのは独白を静かに呟くことだ。旋律のなかで一番高いAの音もフラジオレットではなく、しっかり押さえてビブラートをかけている。ゆっくりめのテンポを旋律の最後まで維持するのも好ましい。

チェロの旋律を受けて、ビオラが歌い継ぐ。本来は、クラリネットで演奏されるのだが、クラリネット本来の空虚な響きが、この曲の暗さを強調し過すぎてしまうような印象がある。クラリネットに代って、ここで登場するビオラが、はっとするほど切なく甘い。勿論、節度を保った甘さなのだが、曲想からくる暗さと対照的にほっとするような明るさを聴く思いがする。再現部直前のビオラの走句では、微妙なritをかけて、聴くものの心を揺り動かす。

実は、このアンサンブルで最も感心したのが、ピアニスト。他の楽器に目を配り、耳を傾け、それらに寄り添うように、素晴らしい演奏をしている。旋律の受け渡しをするところのリズムの揺れ等、絶品だ。音色も、柔らかく、目立たないが、それでいてブラームスらしい骨のある音をしている。このピアニストにはブラヴォを送りたい。

Youtubeには、こうした名の知れぬ素晴らしい演奏者(私が知らないだけ?)の演奏が沢山ある・・・。


事業仕分けは結局・・・ 

第二次事業仕分けが、終わったようだ。

対象にされた特殊法人の数で目立ったのが、科学技術教育関連法人と、社会福祉医療関連の法人だ。それらの法人の事業内容について詳細を知らないし、さらに事業仕分けがどのようになされたのかも余り関心がない。しかし、「人を大切にする」がスローガンの政府にしては、仕分けの重点対象を見ただけでも、ピントが外れていると言える。

最も期待された財務省関連の特殊法人の内、そもそも検討対象になったのが、ただ一つ「日本万国博覧会記念機構」という殆ど名の知れ渡っていない特殊法人だけだった。これはどう考えてもおかしい。財務省は国家財政を担い、その権益・利権は大きなものがあるはず。

やはり財務省主導でこの事業仕分けという政治ショーが引き続き行なわれたことを意味しているのだろう。その観点からすると、むしろ筋が通っているというべきか。

財務省関連の特殊法人は、財務省が発表しているだけでも、これだけある。特に、政策金融機構なる特殊法人は、所謂政府系金融機関の統合された組織であり、その予算規模は、数十兆円に上る。それに一切手をつけないで、一体何の事業仕分けなのだろうか。監視・指導すべき対象法人に、ごそっと官僚が天下っているのは、どう考えてもおかしいではないか。

厚生労働省関連の特殊法人でも、日本医療機能評価機構という組織は、まず整理されるべきだ。この組織は、医療機関を評価認定することを事業としているが、最近、産科補償制度の受け皿ともなって、その事業規模をどんどん拡大している。医療機関の評価認定については、数百万円の認定料及び数十万円の会員会費を毎年医療機関から徴収している。評価認定は、ペーパーワークが主で、医療機関従業員の労働環境を実際に調査することなど現場にとって重要なことは一切行なわれていない。

また、行政機関ではないが、衆参の議員(数)も仕分けされるべきだろう。議員一人当たり、4千数百万円の国税が費やされている。殆ど活動していない、数合わせだけの議員は必要が無い。これから公共サービスの低下、増税は必至だ。それに伴い、政治家諸氏にも痛みを分かち合ってもらわねば困る。

こうした政治ショーを見せ付けられると、国民として、無力感に押しつぶされそうになるが、本当の行財政改革を行なうように、政治家に引き続き働きかける必要がある。今回の「事業仕分けショー」は、財務省主導で行なわれ、本当の無駄が省かれることは全くなかった。これを良く覚えておく必要がある。

チャイコフスキー ピアノ トリオ イ短調 

チャイコフスキーの作品は、総じてあまり受け付けられないのだが、この有名なトリオだけは別。チャイコフスキーの友人を追悼するために作曲された曲。

大学オケ時代、クリスマスパーティという名の忘年会で、一学年上のチェロのT氏がトリオを組んで演奏した曲だ。某女子大の貧相な学生ホール。周囲は、夕闇に覆われていた。深々と冷えこんでいた。目の前の机には、紙コップに注がれたビールだったか、ソフトドリンクだったか・・・。ピアノのアルペジオが、チェロに歌うことを促す。チェロは、息の長い旋律を歌いだす・・・プロの演奏に較べたらきっと聴き劣りのする演奏だったかもしれないが、私の耳には、親しくさせて頂いているT氏が奏で始めたその美しい旋律は、身体を硬直させるほどにこころをゆさぶるものだった。私は、まだチェロを始めて1年目のことだったような気がする。

Youtubeで見つけた、この曲の映像。以前、Smetanaのトリオの演奏団体と同じ。チェリストに注目したい。このLeskovarというチェリストは、力強さと柔軟性を併せ持ち、表現力が豊か。ネットで検索すると、まだ29歳で、Geringasの門下生らしい。Geringasのチェロは、やはり学生時代に、東京フィルの定期演奏会でドボコンを演奏するのを聴いたことがある。Leskovarの歌いだし、なんとふくよかなことだろう。関心を持たれたら、Youtubeでcodaを含む映像まで見ていただきたい。

些細なことなのだが、Leskovarの弓の毛が元々少なくなっているのに、codaになると、また数本切れている。熱演だ・・・。

日暮れ時の7メガ 

以前にも記したかもしれないが、夕方日の暮れる前に、7メガで、徐々に浮かび上がってくる北米やオセアニアの信号を聴くのが好きだ。秋には、全世界が一度に開ける神秘的な瞬間を経験する。この時期には、西側の方面は開けないが、南米・北米等東側の半球は良く聞こえる。一昨日は、日暮れ直前に、北米全体が開けていた。

中学生、そして高専生の頃、学校が終わるとさっさと自宅に帰り、自作の無線機の前にすわり、日の暮れる前の1,2時間を過ごした。その頃からの知り合いが、まだ何人か存命で、時々お目にかかる。こうした日暮れ前にぱっと目の前が開ける様子は、その頃から記憶に焼き付き、今でもそのパスを聴くことで心落ち着くということなのかもしれない。

数日前に、そうした時間帯に、7メガでKemp K7UQHと会った。昨秋、バグキーの接点を拭くための布地を送ってもらって以来だろうか。彼は、1960年代から、宵っ張りの方で、こちらの日暮れ時に出現することが多かった。最近、ドレークのリニアL4がポシャッてしまったらしい。使っていると、煙が出て、動かなくなった由。恐らく、電源系統だろうとのこと。そのL4は、実に、1964年に入手したものらしい。交換部品をなかなか入手できないから、どうしようかと思っている、当面はベアフットで行く積りだとのことだった。最近は、犬を散歩に連れて歩くことが一番の楽しみだとのこと。彼ももう63歳になったのだ。生活が平和であることが一番だと繰り返していた。交信の終わりには、お決まりの台詞「CW FOREVER」を打ってこられた。

昨日、7004KHzという普段余り聞かない周波数でBob K6RRを見つけた。午後3時過ぎだ。以前から思っているのだが、例のJCC/Gのコンテストスタイルの交信は、ローエンドでは止めてもらえないだろうか・・・7メガは、夕方には全世界に開けうるバンドなのだから・・・。そうした混信の合間をぬって、Bobの信号は、しっかりと入ってきた。以前にこのブログで彼のことを記したのが2年近く前で、その時に79歳になっておられたから、もう80か81歳だろうか。

彼は200マイル北のSanta Mariaという町で、ウィークデイを仕事をしている由。以前のようにハードなスケジュールではなく、一日8時間の仕事らしい。車で10分の所にホテルを準備してもらって、そこに泊まっているようだ。金曜の夜に、自宅に戻り、日曜日に仕事場に向かうという生活らしい。101号線を、夜間ひた走りに走っている、Bobを想像した。週末にまた7004で会おうといって、彼は引っ込んだ。

Chris N4CJも、そうした時間帯に呼んで来てくれた。FOCの事務を長く担当していた方で、UKでのコールはG4BUE。以前に記した通り、私をFOCに推挙してくださった方で存命なのは、ChrisとRod K5BGBだけになってしまった。ベアフットにヴァーチカルという設備なので、ゆっくりラグチューすることは出来ない。次の週に、UKに向けて旅立つそうで、UKから会おうと言って、早々に別れの挨拶を送ってきた。彼は、FOCの幹部として、中々の豪腕だった。彼がFOCの委員会から去ってから、FOCで色々と問題が表面化してきたような気がする。

日暮れ時の7メガは、activityが昔に較べると低下しているとはいえ、ワッチしていると、故郷に戻ったような気がする。

東京女子医大院内事故調査委員会:医師と弁護士の責任 (その3) 

引き続き、弁護士の果たした役割について議論をしている。

毎年、以前よりも多く弁護士が生まれるようになったが、中には、あぶれて実地研修ができない弁護士もいると聞く。その一方、医療訴訟は、弁護士にとって組みしやすい訴訟であるとも言われている。訴えられる医師・医療機関は、逃げ隠れせず、また医療の結果が悪いと、それに対する負い目を(責任の有無に関わらず)どうしても感じ勝ちなためなのかもしれない。医療訴訟が、弁護士の草刈場になって欲しくは無い。もしそうなるとすると、医療は、防衛的な医療になり、荒廃することになる。結果として、被害を受けるのは患者自身だからだ。

以下、MRICより引用~~~

東京女子医大院内事故調査委員会:医師と弁護士の責任 (その3)

  *この文章はm3 comに掲載された記事を加筆修正したものです

小松秀樹
2010年5月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
(その1:Vol.150、その2:Vol.152は、http://medg.jp からもごらんになれます)
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【弁護士の陥穽】

弁護士が、紛争に関連した調査に関わることには、2つの問題がある。

第一の問題は、弁護士が本質的に代理人であることに起因する。代理人は、クライアントの利益に忠実であることが求められる。東京女子医大事件では、東京女子医大と佐藤医師の間に利益相反があった。調査がクライアントの利益にかかわる場合には、判断がクライアントに有利な方向に偏る可能性が高い。

クライアントの利益への忠実度の差が、弁護士の判断を分けたのではないかとの推測される例を挙げる。
骨髄移植財団に常務理事として天下った元厚労省キャリア官僚が、セクハラ、パワハラを繰り返し、短期間に大量の職員が退職して紛争に発展した(文献10)。財団の総務部長は財団の理事長に直訴したが、逆に懲戒解雇になった。財団は、内部調査委員会と外部調査委員会を設置した。財団の常任理事の弁護士が主導した内部調査委員会は、セクハラ、パワハラはなかったとした。財団の依頼で事実関係を調査した外部調査委員会の弁護士は、財団が調査の結論として、セクハラ、パワハラの事実はなかったと発表したことに対し、抗議文を提出し、報酬金約48万円を全額返還した。総務部長が地位確認と損害賠償を求めて財団を訴えた裁判の第一審では、総務部長が勝訴した。

第二の問題は法律家の認識の問題である。
法システムは、理念からの演繹を主たる論理構造としているため、理念によって認識が歪みがちになる。しかも、法システムは、医療、科学、航空運輸など、認識が決定的な意味を持つシステムと異なり、認識のための厳密な方法を発達させてこなかった。

医学で発達してきた認識方法には、生体内の物質を突き詰める生化学的方法、分子レベルまで可視化するにいたった形態学的方法、生体の動的活動を観察する生理学的方法、社会の中での疾病の状況を観察するための疫学的方法などがある。さらに臨床医学では、CTやMRIなどの画像診断が加わる。いずれも、薬剤の有効性を証明するための無作為割り付け前向き試験と同じく、一切の予断を許さない。

弁護士は、その社会的環境、知的環境のために、認識が予断で歪む傾向が生じ、人権侵害にコミットしてしまう可能性がある。医師会や病院団体は、弁護士の利用方法を体系的に研究して、結果を共有する必要があろう。

今回のような状況は、児玉弁護士や『ミズヌマ弁護士』でなくても起こり得たと思われる。児玉弁護士については、医療の結果についての医師の責任のあり方の議論で日本をリードする立場にある。また、医療事故で医療従事者を刑事事件として裁くべきでないというこれまでの主張と、東京女子医大事件での実際の行動に乖離があるように思われた。

同情すべきは、東京女子医大事件は9年前の事件だということである。その後、日本の医療界で、医療事故についての考え方は大きく変化した。児玉弁護士も当時と同じ考えだとは思えない。ただし、児玉弁護士の2009年の院内事故調査委員会についての論文(文献9)には、依然として医学的事実の厳密な認識より社会への対応を重視する姿勢がうかがわれた。福島県立大野病院事件でも、東京女子医大事件と同様、社会への対応を優先したことが、刑事事件のきっかけになった(文献1)。警鐘を鳴らすために、敢えて、児玉弁護士の論文を引用して批判を試みた。

【院内事故調査委員会の目的】

院内事故調査委員会は様々な病院で多くの問題を引き起こしてきた(文献1)。望ましいかどうかとは関係なく、実際に院内事故調査委員会の目的になったものとして、以下の9項目がある。

1) 医療事故の医学的観点からの事実経過の記載と原因分析
2) 再発防止
3) 紛争対応
4) 過失の認定
5) 院内処分

以下、隠れた目的
6) 社会からの攻撃をかわすため
7) 保険会社から賠償保険金を得ることを確実にするため
8) 開設者から賠償金を支払うため
9) 訴訟を有利に運ぶため(病院側、患者側の双方に発生する)
 
院内事故調査委員会が担うべき役割は、語義からも 1)である。再発防止は総合的な安全対策の中で位置づけられるものであり、この意味で、別の委員会で扱う方が望ましい。3)以下の目的を過度に重視すると、1)の目的を損ねる。

【東京女子医大に望まれる自律的検証】

病院の都合で死亡原因を捻じ曲げるとすれば、死者への冒?である。遺族の感情を徒に動揺させることになる。社会への対応のために、科学的根拠なしに刑事責任まで押し付けられるとなれば、東京女子医大で医師は安心して働けない。

東京女子医大は、佐藤医師を告発することになった調査委員会を総括して、「当該医療機関及びその医療従事者の医療事故や有害事象についての科学的認識をめぐる自律性の確立と機能の向上」(筆者と井上の提唱する院内事故調査委員会の理念)(文献1)のための調査委員会に転換させる必要がある。

2002年8月、東京女子医大医療安全管理外部評価委員会が、中間報告書を発表した。この委員会は東京女子医大事件に関連して設置された。状況から、大学が用意した資料のみに基づいて評価した可能性がある。隠蔽が行われた背景について、「医療成果を上げることには熱心であるが、患者中心の医療を行うために重要とされている患者とのコミュニケーションについては必ずしも積極的ではなく、医局員らに対してもこの点を特に重視するような指導をしていたとは思われない」(『ルポ 医療事故』より引用)と記載した。

これが改善したかどうか。最近まで東京女子医大に勤務していた複数の若い医師に事情を聴いたが、はなはだ、心もとない。医療の質の向上のためには、個々の医師が、医学と自らの良心に基づいて自律的に行動しなければならない。科学的事実を厳密に認識し、その情報を医療従事者と患者で共有しなければならない。これらについて、東京女子医大院内調査委員会には大きな問題があった。佐藤医師が大学と調査委員長を訴えた裁判でも、東京女子医大は反省の姿勢を示していない。

しかし、外圧で反省を強制しても、自分たちが本気にならない限り、大きな成果は期待しがたい。東京女子医大の今後の医療の質の向上のためには、自律的な検証が不可欠だと確信する。


(引用文献)
(文献1) 小松秀樹, 井上清成:?院内事故調査委員会?についての論点と考え方. 医学のあゆみ,
230, 313-320, 2009.
(文献2) 橋本佳子:院内事故調が生んだ「冤罪」 東京女子医大事件 控訴審で一審同様に無罪
判決、事故調?一審判決の死因は否定. m3.com. 2009年3月30日.
http://www.m3.com/iryoIshin/article/94460/
(文献3) 死亡原因調査委員会:故X殿死亡原因調査委員会調査報告.平成13年10月3日.
(文献4) 佐藤一樹:被告人の視点からみた医療司法問題の実際. 診療研究, 447, 5-15, 2009. 
(文献5) 日本胸部外科学会, 日本心臓血管外科学会, 日本人工臓器学会: 3学会合同陰圧吸引補助
脱血体外循環検討委員会報告書. 2003.
(文献6) 日本医師会 医療事故のおける責任問題検討委員会;医療事故による死亡に対する責任の
あり方について. 2009年.
(文献7) 小松秀樹:日本医師会改革の論点「科学と医師の良心の国家からの擁護と自由な議論の
喚起」が日医の理念.m3.com. 2010年3月24日.http://www.m3.com/iryoIshin/article/117552/
(文献8) 井上清成:厚労省による行政処分者数を激増させる日医委員会答申. m3.com. 2010年3
月18日. http://www.m3.com/iryoIshin/article/117551/
(文献9) 児玉安司:医療事故の院内調査をめぐって. 胸部外科, 62, 145-148, 2009.
(文献10) 東京地方裁判所判決:平成19年(ワ)第12413号平成21年2月20日.

東京女子医大院内事故調査委員会:医師と弁護士の責任 (その2) 

東京女子医大院内事故調査委員会:医師と弁護士の責任 (その2)

  *この文章はm3 comに掲載された記事を加筆修正したものです

小松秀樹
2010年5月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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【人権侵害】

調査委員会の報告書は、非科学的な調査に基づいて秘密裏に作成され、その過程で佐藤医師の意見を聞く機会は設けたものの、最終的に反論を述べる機会を与えることなく、佐藤医師に過失があったと結論付けた。報告書の内容の重大性から見て、法律家なら誰でも、人権擁護の観点から手続に問題があると認識できたはずである。オブザーバーとして弁護士が参加していたならば、手続上問題があると助言すべきだった。

報告書は遺族に渡され、遺族はメディアに発表した。佐藤医師は遺族に報告書が渡された後、内容を知った。この報告書のために、佐藤医師は諭旨退職(実質上解雇)とされた。心臓外科医としてのキャリアを奪われた。無罪確定までに、逮捕後7年間、刑事被告人としての立場を強いられた。

佐藤医師は、報告書作成・公表の絶対条件として、個別事例の調査を終える前に、当該個別事例に関係する医療関係者から意見を聞く機会を設け、当事者の報告書への不同意・拒否権を担保するとともに、不同意理由を報告書に記載することを挙げている(文献4)。

佐藤医師に対する人権侵害について、弁護士がどのように関わり、どのように判断したのか興味深い。権力を持った医師は、法律についての無知と自分の権力ゆえに、しばしば人権に対する感覚が希薄である。しかし、法律家に無知は許されない。日本国憲法の基本価値は「個人の尊厳」であり、これが最高法規であることの実質的根拠になっている。刑法はその妥当性の根拠を憲法の授権から得ている。弁護士職務基本規程第一条は「弁護士は、その使命が基本的人権の擁護と社会正義の実現にあることを自覚し、その使命の達成に努める」とされている。弁護士職務基本規程は弁護士の行動指針と努力目標を示しており、弁護士の懲戒制度の基準でもある。

【顧問弁護士の関与】

東京女子医大事件では、事故の3カ月後に濱野恭一専務理事を長とする濱野委員会が開かれ、対応が協議された。濱野委員会は対応を決めるための最高決定機関として機能した。東京女子医大は、最終的にこの事件で、2002年7月12日以後5年2カ月間、特定機能病院の承認が取り消された。年間2億ないし3億円の減収になったと想像される。ぎりぎりの経営を強いられている病院にとって無視できない金額であり、社会からの攻撃をかわすことが、経営上、重要課題になっていたと推測される。

この濱野委員会で、東間紘泌尿器科主任教授を委員長とする調査委員会を設置することが決まった。佐藤医師を被告とする刑事裁判の30回公判で、東間氏は濱野委員会に顧問弁護士の児玉安司氏が出席していたと証言した。
前述の民事裁判の2010年3月16日の審理で、東間氏は、児玉弁護士と東京女子医大の事務次長が調査委員会のオブザーバーだったが、実際には、児玉弁護士は調査委員会には出席せず「児玉先生の事務所のミズヌマさんという若い弁護士」が8回の調査委員会すべてに出席したと証言した。『ミズヌマ弁護士』は児玉弁護士の要請あるいは指示で委員会に出席したものと理解される。児玉弁護士は遺族との示談を担当しており、調査の経緯や報告書について情報を得ていたはずである。

児玉弁護士は、調査委員会の進め方が不適切であると判断すれば、東京女子医大に抗議文を渡して、顧問弁護士を辞任することもできたはずだが、そうしなかった。慎重な弁護士なら、調査委員会に関わる情報に接しないようにするかもしれない。しかし、代理人として遺族に対応していた顧問弁護士としては、実務上、無理だったのではないか。

【児玉論文】

児玉弁護士は東京大学法学部、新潟大学医学部を卒業。弁護士かつ医師である。東京大学大学院医学系研究科客員教授、東京大学法科大学院非常勤講師に就任しているが、これ以外にも多くの大学で教壇に立ってきた。

日本を代表する病院側弁護士として多くの医事紛争に関わってきた。厚労省、日本医師会、日本病院会、各種学会の多数の委員会の委員を歴任している。

厚労省案による医療安全調査委員会に関連する検討会、研究班、事業で、委員に選任され一貫して関与してきた。具体的には、厚労省の「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等のあり方に関する検討会」、(病院から医療安全調査委員会への、医療安全調査委員会から捜査機関への)「届出等判断の標準化の研究班」、日本内科学会などによる「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」が含まれる。日本医師会の「医療事故における責任問題検討委員会」の答申「医療事故における死亡に対する責任のあり方について」(文献6)の作成にも関与した。この答申は、行政処分に医師が関与する体裁にして、自律処分であるとしている。しかし、行政処分である限り、行政官が、事務担当として委員の任免を含めて実質的に処分制度を支配することになる(文献7)。処分が多くなれば、実質的に行政が医療行為の当否を判断することになる。医療が行政に支配され、医療の健全な維持発展が阻害される。実際、この答申は行政処分を増やすとして問題にされた(文献8)。

児玉弁護士は、2009年に院内事故調査委員会について短い論文(文献9)を書いている。論文から彼の院内調査委員会についての考え方を探りたい。論文の冒頭で、院内事故調査委員会について、多様な試みがなされており、現時点で定義や類型化は難しいとする。しかし、事実そのものを明らかにすることの意義について触れることなく、患者・家族への対応、民事の損害賠償への対応、懲戒処分、刑事手続など報告書のもたらす二次的意義が強調されている。

次いで、科学における方法と言語に対し違和感を表明する。例えば、病院で行われている症例検討会について、「患者や社会とのコミュニケーションを目的とするものではないというのであろうか」とあいまいな表現ながら非難を込める。学会発表で「断定できない」「可能性を否定できない」という言葉が用いられることに対し、社会に伝わりにくいとして異論を唱えている。気象学を例に出し、「『降水確率』という表現は、学問的な
厳密さから割り出されるものではなく、世間一般の理解を得るためのコミュニケーションの工夫と思われる」と評価する。

児玉弁護士は医学・医療システムと社会の関係を誤解しているのではないか。症例検討会は、医療の質を高めるための医学・医療システム内部の議論であって、社会とのコミュニケーションを目的とするものでは断じてない。フェルマーの最終定理の証明をめぐる数学者間の論争が、数学者と社会とのコミュニケーションでないのと同様である。

医学論文でも断定できるときには断定する。断定できないときには、断定しない。統計学的手法で、極めて厳密に論証される。科学的厳密さがなければ、医学のこれまでの進歩はなかった。「可能性を否定できない」という表現は、症例報告でしばしば使用される。しかし、症例報告は臨床医学の小さな部分にすぎない。事実の収集記載を目的とするものであって、因果関係を証明するものではない。天気予報における『降水確率』はメディアシステムの言語、あるいは、メディアとの連絡のための言語であって、気象学システム内部の言葉ではない。

児玉弁護士は、これまで医療事故を刑事事件として裁くことに反対を表明してきた。論文の結論部分で、「院内事故調査委員会報告書は、・・・・医療システムの不備の中で無用な個人責任の追及を引き起こさないための配慮が必要とされる」としている。しかし、「院内調査について、専門性とともに新たな社会性と中立性を確立していく必要に迫られている」と続いており、社会性、中立性を追求することが厳密な認識の阻害要因になり得る(文献1)という発想がないことを想像させる。

(文献1) 小松秀樹, 井上清成:?院内事故調査委員会?についての論点と考え方. 医学のあゆみ, 230, 313-320, 2009.
(文献4) 佐藤一樹:被告人の視点からみた医療司法問題の実際. 診療研究, 447, 5-15, 2009.
(文献5) 日本胸部外科学会, 日本心臓血管外科学会, 日本人工臓器学会: 3学会合同陰圧吸引補助脱血体外循環検討委員会報告書. 2003.
(文献6) 日本医師会 医療事故のおける責任問題検討委員会;医療事故による死亡に対する責任のあり方について. 2009年.
(文献7) 小松秀樹:日本医師会改革の論点「科学と医師の良心の国家からの擁護と自由な議論の喚起」が日医の理念.m3.com. 2010年3月24日.http://www.m3.com/iryoIshin/article/117552/
(文献8) 井上清成:厚労省による行政処分者数を激増させる日医委員会答申. m3.com. 2010年3月18日. http://www.m3.com/iryoIshin/article/117551/
(文献9) 児玉安司:医療事故の院内調査をめぐって. 胸部外科, 62, 145-148, 2009.