国保は早晩破綻する 

雇用されていない高齢者は、結局、国保に加入することになる。ただし、高齢者のための国保は、市町村ではなく、都道府県単位での財政になる。

国保は、高齢者が元々多く加入しており、また非正規雇用・失業者も多い。健康保険の中で最悪の赤字を計上している。数年前の段階で、確か7割が赤字だったはず。そこに、高齢者を戻すことになると、国保の保険財政は、さらに悪化することは明白だ。

被用者保険、ことに公務員の加入する共済組合健康保険は、まだ黒字を確保しているものが多い。

健康保険の一元化を進めるべきだ。特に共済組合健康保険だけを優遇する政策を止めてもらいたい。公務員が自らに有利なように、健康保険制度を弄っているといわれないように、国全体を見て制度設計してもらいたい。

このままでは、国保は早晩破綻する。


以下、引用~~~

厚労省 高齢者医療制度改革会議 新制度は国保と一体運営で
10/06/28
記事:Japan Medicine
提供:じほう
ID:1438180


 高齢者医療制度改革会議(座長=岩村正彦・東京大大学院教授)は23日、新高齢者医療制度の基本的な枠組みを示し、高齢者医療と市町村国保を一体的に運営する方向で意見をまとめた。新制度ではサラリーマンである高齢者や被扶養者は被用者保険に、このほかの高齢者は国保に加入することになる。来月の会合で案を示した後、8月末に中間取りまとめを示す。

 高齢者は国保もしくは被用者保険に加入することになるが、高齢者のうちサラリーマンや被扶養者は、職域内での連帯を守る観点から、被用者保険に加入する。これらに該当せず、地域で生活する高齢者は国保に加入する方向だ。

 新制度下で市町村国保に加入することになる高齢者について、75歳以上の高齢者医療は後期高齢者医療制度が廃止された後も引き続き都道府県単位での財政運営となる方向だ。財政運営上で年齢区分が生じることになるが、岩村座長は「財政調整をしないことには制度は支えられない。財政調整のところでの年齢区分は避けて通れない」との見方を示した。

 国保加入の高齢者の保険料については、同一世帯の現役世代の保険料と合算して納付する方向性が示された。これに対しては、現役世代とともに暮らす高齢者とそうでない高齢者の間で保険料負担の公平性が損なわれるとの意見が出たが、岩村座長は「(実質的に)保険料を負担しない被扶養者も出てしまう」とし、制度上ある程度はやむを得ないとの考えを示した。

 運営主体については都道府県単位とする方向で合意が形成されているものの、都道府県側は運営主体となることについて「責任分担が明確でない」と慎重な姿勢を貫いた。70-74歳の患者負担は法定により2割負担とされているが、現在は予算措置による凍結で1割負担となっている。新制度における負担率については委員の意見は分かれた。


高橋三郎先生逝く 

無教会主義のキリスト教伝道者、高橋三郎先生が亡くなられたと、姉が言ってよこしてくれた。

高橋先生の聖書集会に、高専から浪人していた時代に、私は通わせていただいたことがあった。父と弟と一緒に、目黒の柿の木坂で日曜日の午前中に行なわれる集会に参加したのだ。静謐な場で先生が語られる言葉に一生懸命耳を傾け、また午後に行なわれた読書会では生き生きとした学問的な討論を目の辺りにさせて頂いた。ボンヘッファーの著作だったろうか・・・。

高橋先生は、旧制高校の時代に、生きる道を求めて、三谷隆正の門をくぐり、その後、矢内原忠雄の薫陶を受けられた。東大の工学部を卒業後、西洋古典学や神学の勉強を志され、ドイツに留学なさり、帰国後、内村鑑三の流れを汲む、無教会主義の独立伝道者として生きてこられた方だ。16年ほど前に交通事故で頚椎損傷を起され、その後病床に臥す日々を送られた様子だが、それでも24日に89歳で亡くなられるまで活発に発言を続けてこられた。私が接しさせて頂いたころは、伝道者としてもっとも充実した時期だったのだろうか、畏怖の念を感じざるを得ない厳格さと、肌理細やかな愛情とに満ち溢れた方であったように記憶している。

選ばれし者ではないという自意識が、その後私がキリスト者としての道を歩むことを阻んだような気がする。私は、いわば落ちこぼれた不肖の弟子にしか過ぎなかったが、彼のような人格の信仰者が存在したという事実からだけでも、世界への希望を失わずに生きろと指し示されているように思える・・・個人崇拝ではない・・・先生を存在せしめた超越的な者がいるということを私に間接的に示しているように思えるのだ。

先生のご冥福をお祈りしたい。

医療費削減が目的? 

1999年から2008年にかけて、向精神薬の大量服用で救急出動が増えた、その背景には、精神科・心療内科診療所の増加がある、という内容の毎日新聞の記事。

この記事には、不明な点、おかしな点がいくつかある。

○薬物の大量服用が、途中から専ら向精神薬の大量服薬にすりかえられている。向精神薬以外の薬物の大量服用は、どうなのだろうか。

○恰も自殺者がこの10年間で増加しているように思わせる内容だが、実際は、ほぼ横ばいで高止まりしている。この記事の内容は、自殺企図の手段の割合が、薬物の大量服用にシフトしている可能性を示しているに過ぎない。薬物が手元にあるから大量服用したということは事実かもしれないが、その背後には、自殺企図をする人々の抱える個々の問題がある。薬物、ましてや向精神薬が出回っていることだけを問題にしても解決しない。

○精神科・心療内科診療所が、向精神薬を投与していることが問題であるかのような内容だが、そうした診療所で自殺企図を起こしうる方々に医療を行っている、自殺企図に至らぬように努力していることは無視している。また、最近、専ら医療費削減のために、薬物の長期間投与が医療行政上進められており、それの弊害を何らこの記事は論じていない。

薬物の大量服用で救急出動が増えたということだけをもって、精神科・心療内科診療所での向精神薬投与が問題であるかのように結論付けるのは、短絡的過ぎる。

うがった見方をすれば・・・というか、この見方が当を得ていると思うのだが、精神科・心療内科診療所での向精神薬の投与を抑制することで、医療費をさらに削減しようと考えた、厚生労働省官僚と毎日新聞記者の為にする記事と思える。

毎年3万人が自殺している。その家族や親族も含めると、数十万人の規模の方々が、自殺により大きな影響を受けている。これは異常な事態だ。それを解決するかのように見せかけて、医療費削減を目論もうとするさもしい人間が、マスコミと官僚の中にいる、ということだ。


以下、引用~~~


向精神薬の大量服用で救急出動倍増 東京、大阪など10年で
10/06/25
記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社


過量服薬:向精神薬の大量服用で救急出動倍増 東京、大阪など10年で



 自殺や自傷目的で向精神薬などの薬物を大量に飲んだとして消防が救急出動した件数が東京都と3政令市で08年までの10年間で約2倍に増えたことが毎日新聞の調べで分かった。向精神薬を主に処方する精神科や心療内科の診療所が同時期に1・5倍に急増し、受診の機会が増えたことが背景にあるとみられる。厚生労働省研究班も向精神薬乱用の実態調査に乗り出した。

 本紙の調査は、東京都と政令市、県庁所在地の計52自治体の消防局と消防本部を対象に実施。自殺や自傷目的で向精神薬や市販薬を過量服薬したとして救急出動した件数(一部は搬送件数。農薬など毒物もわずかに含む)を尋ねたところ、7割にあたる37都市から回答を得た。うち99~08年の10年間のデータを回答した札幌市、東京都、大阪市、北九州市の4都市について出動件数の推移をまとめた。

 調査結果によると、4都市の救急出動の総数は05年の96万9517件をピークに減少に転じ、08年は05年比で約1割減った。一方、過量服薬による出動は99年には2217件だったが、05年に4000件を超え、08年には過去最多の4213件となった。

 また08年の36都市(09年分のみ回答した山口市を除く)の過量服薬による出動は計8424件に上った。都市別では最多は東京都の1615件(搬送数)、次いで大阪市の1473件だった。【堀智行、奥山智己】

ソル ガベッタによるエルガー・チェロ協奏曲 

ソル ガベッタによるエルガーのチェロ協奏曲。ガベッタについては、以前、その演奏をBSで観て、感想をしるしたことがあった。ここ

エルガーのこの曲でも、完璧な技術が光る。まるで楽器が自分の身体の一部のようだ。着ている衣装の印象もあるのか、やや暖色系の表現だが、それでもエルガーの霧がかかったような憂愁の思いを聴くことができる。時々、コンミスの方に向かって微笑みかけながら弾いている。



彼女がサンサーンスのチェロ協奏曲について語りながら、演奏も聴かせる作品もYoutubeにアップされている・・・ドイツ語を早口でまくし立てているので内容は分からないのだが、才能と美貌、それに恐らく音楽界での機会にも恵まれたチェロ奏者だということが良く分かる。

でも、やはり、かのデュプレの演奏を思い出してしまう。デュプレの演奏に思い入れがあるためなのか、ガベッタには、まだ何かが足りない(ように自分には思える)。デュプレの人生をこの音楽に重ね合わせて聴いてしまうためだろうか。

口をきゅっと引き締めて、楽器を思い通りに操るガベッタ。憂愁と哀切の旋律を自由に伸びやかに紡ぎだす、この若きチェリストがさらに成長することを期待をこめて見守りたい。

介護の問題 

二日前の午後、定期的な休診の時間を使って、仙台に住む弟夫婦の家を娘と訪ねた。母に会うためである。5月まで母がショートステイさせて頂いた施設よりも、50Kmほど北になる。自宅から車で3時間超かかる。車で日帰りは少しきつい。

母がデイケアから帰ってきて、弟夫婦の家の前に停めた私の車に目をやり、栃木のナンバーであることを発見。嬉しそうに、栃木からの車だと言っていた様子。以前よりも元気そうにしていた。弟夫婦が良く世話をしてくれているようだ。

ただ、義妹に尋ねると、夜中に起き出すことが多いらしい。母の休む部屋の隣で寝ることにしてくれているらしい。「お母さん」と呼びかけながら、何くれとなく世話をしてくれる義妹には、こころから感謝の念を抱いた。弟の強い希望でこのような形で介護してくれているのだが、無理にならぬようにと言うのが精一杯だった。

昨年母が94歳になるまで我が家で生活していたが、もう施設にお願いしなければ生活が立ち行かなくなるというところまでいって、施設への入所の手配を済ませた。そこで、母思いの弟が、母を引き取ると言い出したのだった。それまでも度々我が家を訪れて、母の面倒を見ていた弟の言い分に否というわけにはいかなかった。

でも、身体の丈夫でない、義妹に過分な負担にならないだろうか。どうすれば良いのだろうか・・・親が年老いたときの対処は思ったようにはいかない。そして、やがて近い将来、介護を受ける立場に、私もなるのだ。

介護の仕方は、家庭環境や、マンパワー、地域の施設の充実度等いろいろなファクターがあるだろうが、基本的には、24時間介護が必要になったら、やはり施設にお願いするしか方法がなさそうに思える。近くの施設で、頻繁に面会に出向けること、介護をしてくださる方々と意思疎通ができることが、ベストではないが、多くの場合、選択可能な選択肢なのではないだろうか。家族が、努力をして、カバーしきれなくなったら、やはり公的な援助が必要だ。

医療介護で経済成長を目指すのも結構だが、介護の必要性はどんどん大きくなる。自分の親のことになると、気持ちは大きく乱れるのだが、公的な介護の体制を拡充してもらいたいと心底思う。

私の車が目に止まって、小躍りして喜んだという母、きっと故郷に連れ帰るために私が来たのだと思ったのだろう。


以下、引用~~~

「介護で退職」26% 要介護家族アンケートで
10/06/23
記事:共同通信社
提供:共同通信社


 介護者支援の全国ネットワーク「ケアラー(家族など無償の介護者)連盟」が実施した家族介護者らへのアンケートで、26%が「介護のため仕事を辞めた」と答えたことが22日、分かった。

 調査は今年4月から6月、障害者や認知症などの家族らを介護する介護者を対象に実施、250人が回答。

 仕事への影響を複数回答で尋ねたところ、「勤務時間を減らした」人は33%、「退職した」は26%、「転職した」は11%、「休職した」は6%。

 介護をする以前に行っていた趣味やボランティアなどの社会活動の機会が減った人は64%に上った。

 介護時間は「半日程度」が28%で最多。次いで「1時間未満」(20%)、「ほとんど終日」(17%)、「2~3時間」(16%)と続いた。

 このほか「ほとんど終日、要介護者のことを考えている」(41%)、「孤立していると感じたことがある」(50%)、「身体に不調がある」(52%)、「こころの不調がある」(39%)-などの回答があった。

 必要な支援としては「サービスや制度の充実」、「行政や地域、職場の介護者問題への理解」、「在宅介護者手当」などが挙げられた。

医師数は過剰、それとも過小? 

平成6年11月2日 厚生労働省健康政策局医事課は、以下のような見解を、医師需給見直し検討委員会名で出している。

http://www.umin.ac.jp/govreports/jukyuu/jukyuu.txt

一部抜粋;

3試算の結果
中位推計S3,D3の比較では,平成10(1998)年頃から供給医師数が必要医師数を上回り,平成27(2015)年には約23,000人の医師が過剰となり,平成37(2025)年には約26,000人の医師が過剰となるとの試算となった。

また,供給医師数の下位推計S2と,必要医師数の上位推計D1の比較では,供給医師数が必要医師数を上回るのは平成27(2015)年頃からで,平成37(2025)年には約 26,000人の医師が過剰となるとの試算となった。

さらに,供給医師数の中位推計S3と必要医師数の上位推計D1の比較では,供給医師数が必要医師数を上回るのは平成22(2010)年頃からで,平成27(2015)年には 約10,000人の医師が過剰となるとの試算となった(表1,表2,表3及び図1参照。)。

因みに,開原研究班報告では,平成12(2000)年には約15,000人,平成27(2015) 年には約19,000人の医師が過剰となり,平成37(2025)年の医師過剰は約27,000人となる。

なお,これらの結果はいずれも平成7年(1995)年には医学部入学定員が10%削減 されたと仮定して得られたものである。

抜粋終わり



この見解は、つい数年前まで公式見解であった。

が、「医師が足りない」という声を受けて、つい2年ほど前に医師不足という公式見解に180度方向転換する。

しかし、どうして方向転換することになったか、についてはウヤムヤなままだ。現政権は、現場の反対を無視して、医学部増設を行う積りらしい。その増設の本命候補といわれる大学が、こちら北関東にある。どういうわけか、その学長は、上記の検討会報告で名前の挙がっている、開原研究班の開原氏ご自身だ。

開原氏には、どのような経緯で、医師過剰路線から、不足路線に変更し、さらに「不足」を補う(という触れ込みの)医学部増設の首謀者になったのか是非伺ってみたいものだ。学者としてのプライドがないのだろうか。

週末・多功街道 

今朝は、8時過ぎに起き出して、庭仕事。オールアジアコンテストが開かれており、しばしワッチ。Allen N5XZが運用していると思われるKL5DXを21メガで見つけてコールした。53歳。若い・・・無線界の中では・・・。JE1CKAが頑張っている。彼は私と同世代だ。ちょっとだけCQ TESTを出してみると、W1、W2から何局か呼ばれた。一人に州を尋ねると、CTとのことだ。バンドは結構静かなのに、東海岸まで開けていることに感動・・・でも弱い。このところしょっちゅうお相手頂いている、広島のT氏と土曜日の夜、のんびり交信をさせて頂いた。やはりこうした交信の方が、性に合う・・・。

近くのモール街に出かけて、食料と本を調達。仕事場に向かって、南下。その時に通過する道の一つが、通称「多功街道」。この画像の通り、雑木林に囲まれ、静かな佇まいを見せている場所がある。時々通る道で、以前から気に入っている。調べると、江戸時代に、日光街道のわき道として発達したらしい。歴史の流れを感じさせる。是非、こうした道は、このまま残してもらいたいものだ。

IMG_1344-1.jpg

Wikipediaより;

日光東往還(にっこうひがしおうかん)は、日光東照宮参詣の為に造られた日光街道の脇往還である。水戸街道からは、小金宿と我孫子宿の間、向小金より北東、かつての小金牧内、柏市豊四季字新木戸(現・JR常磐線南柏駅付近)で分岐し、関宿、結城といった城下町を経て、雀宮宿で日光街道に合流する。その道程は20里34町(約82キロメートル)に及ぶ。参詣目的のほかに周辺大名の参勤交代や物資の輸送、庶民にも利用された。周辺住民からは旧日光街道と呼ばれるほか、久世街道、関宿道、結城街道、多功道という名前もある。幕府による制式名称は関宿通多功道である。

アマデウス弦楽四重奏団によるモーツァルト弦楽五重奏曲KV516 

モーツァルトの弦楽五重奏曲ト短調KV516。Aronowitzを第二ビオラに迎えてのアマデウス弦楽四重奏団の演奏。

この団体は、戦後20年間程度活発に活動を行った団体のようで、またもや学生時代の愛聴音源だった。重厚な響きと、心ゆくまで歌う演奏が特徴のような気がする。すばやく、無用な味付けをしない、現代の演奏とは一味違う。どちらが良いということは別な問題。アマデウス弦楽四重奏団は、恐らく、戦前の旧きよき時代の演奏スタイルを引き継いだ団体だったのではないだろうか。

第一楽章。他の弦の刻みにのって、バイオリンが嘆きの旋律を歌う。それは、1stビオラに受け継がれる。嘆きつつ立ち止まることはない。哀しみを抱いて、小走りに走るような気配だ。



第四楽章冒頭のAdagio、アマデウス弦楽四重奏団、特に1st バイオリンのBraininの面目躍如たるところ。濃密な歌を聞かせてくれる。昔、これを聴いて、弦楽器でこれほどに濃密な感情表現ができるのかと驚いたことだった。それに続いて、かろやかなロンドが演奏される。



実に、この曲も、学生時代に上手なバイオリンのオケ団員を強引に引っ張りこんで、ビオラのK君達と一緒に弾いたことがあった。もう一度、何かの機会を見つけて弾いてみたい曲の一つ。

最悪な出来事に悲しむ友人と、嬉しい再会を喜び合う友人と 

昨夜、Steve N6TTが少し乱れたCWで私を呼んできた。この2,3日会わなかったので、元気にしているかと尋ねた。彼は、家族の歴史のなかで最も辛い時期を過ごしていたと応えた。長女Amyが長く付き合っていたボーイフレンドが、事故で頭部に重たい外傷を生じ、入院中であるとのこと。脳活動は確認されるが、意識は戻っていない様子。英国に留学中のAmyは、あと1週間と少しで、卒業試験を終え、帰国することになっていた。そしたら、彼が彼女に求婚することにしていたのだ。そのことをAmyは知らない。SkypeでAmyと話をしているが、何と声をかけてよいか分からない・・・とのこと。

decompressionを実施されている様子なので、脳浮腫がかなり酷いのだろう。脳実質の出血なのか、硬膜下の出血なのか、さらに脳幹部への損傷はあるのか、彼は詳細を聴いていない様子・・・私の父親が、生前、やはり転倒により、硬膜外血腫を生じ、大変だったが、適切な治療で殆ど病前の状態に回復したことをお話しした・・・今こん睡状態にある彼の予後については、予断を許さない状況なのだろうが・・・。Amyに寄り添ってあげて欲しいと申し上げた。

Steveとの交信後、あまり強くない信号でZQ云々という局が呼んできた。Jim W7ZQだった。この1,2年間、彼の信号を聞くことがなかったが、10MHz辺りに出没しているのかと想像していた。彼は、1年前にワイオミングからアイダホに転居したとのことだった。ロータリーダイポールを30mの高さに上げて、ようやく復帰したとのこと。ワイオミングでアンテナを上げていた高さ(50m超)には上げられないが、またクワッドを30m高に上げる積りだと語っていた。自分でやるのだ、と。奥様は脚の痛みはまだあるが、歩けるようになった様子。こういっては失礼になるが、Jimのキーイングが以前よりもミスが格段に少なくなったようだ。我々CWマンは、声の調子ならぬキーイングの調子で相手の健康状態や、精神状態を判断する・・・。彼も、すでに82歳、タワーに登る前には、自分の歳を一度唱えて欲しいと申し上げたら、笑っていた。通勤途中に畑に突っ込まないように、ね、と突っ込み返された。

日本医療機能評価機構という、医療に巣食う鵺 

日本医療機能評価機構については、これまで何度も取り上げてきた。

同機構の事業内容が無意味であるだけでなく、むしろ医療従事者の劣悪な労働条件を隠蔽し、さらに経営の厳しい医療機関に、認定評価費用と称して、多額の金を要求することを述べてきた。さらに、産科医療補償制度を、どういうわけかこの特殊法人が扱うことになり、それによっても10億円単位の収入が見込まれることも述べてきた。

2006年から2008年までの医療事故・ヒヤリハット事例の報告を、同機構が公表した。ここ

同機構が行っているのは、こうした事例を集計して、注意喚起を行うだけである。こうした事例の背後にある、システムの問題、労働環境の問題にまで切り込まない。これでは、医療事故防止には殆ど意味がない

同機構の会計収支を覗いてみた。ここ。事業収支は殆どトントンなのに、4億円の国庫補助があることが記されている。平成22年度予算でも3.4億円の国庫補助が組まれている。内部財産が、3億円以上あることも分かる。常勤理事は一人だけだが、その退職金の引当金として6千万積み続けていることも分かる。

どうしてこのような組織が「事業仕分け」されないのか、レンポウ議員に膝つめ談判をしてみたい 笑・・・恐らく、こうした「成長」を見込める特殊法人は、将来の天下り先として確保する、というのが、官僚の真意なのではないだろうか。


平成20年度収支(100万円の単位で四捨五入)

事業収入 18.4億

国庫補助  4.1億

収入計  22.8億 

支出計  18.2億 (内、一般会計への繰り入れ金 1129万を含む)

常勤役員一人の退職金引当金 6千万

ゲノム医療の将来 

ゲノム(遺伝子)解析を医療に応用しようという試みは、様々な領域で実行されている。遺伝子情報を診断に用いる、治療に用いる、治療に用いる場合は、遺伝子によって産生される物質を用いる、生体機能に調節を加える、さらに遺伝子そのものを組み込もうとする、といった方法があるようだ。1980年代、遺伝子工学が花開き、この方面では産業化されたものもある。現在、医学雑誌にはゲノムの絡まぬ論文を見出す方が難しいほどだ。

が、ゲノム医療には、様々な問題が付随している。メリルグーズナー著『アメリカ医薬品研究開発の裏側 新薬一つに1000億円!?』によれば、治療への応用では華々しい成功は未だ例外的だ、と記されている。遺伝子産物の効果は、病的事象と一対一ではない、様々な予期せぬ影響を生体に及ぼすといったことや、遺伝子を生体に組み込むプロセスに伴うリスク等、乗り越えなければならない問題は多いようだ。臓器から、細胞・蛋白質、さらにゲノムまで知見が、微細化されてきたが、ゲノムから人の病にまで戻ることは、一筋縄ではないかないようだ。私が母校の基礎の研究室に在籍していた1980年代、ボスが、「遺伝子・・・で、so what?だよ。」と言っていたのが印象に残っている。ゲノム情報から、生体の病気の治療にたどり着くには、また長く絶え間ない研究が必要になるという趣旨の発言だったのではなかったろうか。

でも、下記のMRICの記事で、上氏が紹介されているように、ゲノムについての知見を用いた医療は、これから飛躍的に伸びる領域のようだ。こうした治療で健康を取り戻す方が増えるとしたら、とても喜ばしいことだ。

で、上氏が言及を殆どしていないのは、こうした医療にかかる莫大な費用の問題だ。こうした先進の医療を保険医療にそのまま導入することは費用の面から、不可能だ。ばら色のゲノム医療の将来を語るときに、同時にコストの問題も検討されなければならないだろう。私には、解決策は全く分からない。恐らく、腎透析がかって高価な治療手技で、一般化されなかったのが、技術の進歩で保険診療にも適用できるようになってきた(それでも、かなりの高コスト医療なのだが)ように、ゲノム医療も一般的になるのだろうか。少なくとも、先進医療を成長戦略に組み入れるといった場合、その費用を、一般人が受けられるものにすることは考慮されていないように思える。

ゲノムの個人情報が、民間医療保険のチェリーピッキングに利用される、即ち、遺伝的に疾患のリスクが高い人に保険を売ることをしないといった問題も生じうる。個人のゲノム情報をどのように保護するか、簡単なことではない。ゲノムを人為的に操作することも、倫理的に問題になりうる。ゲノム医療を進展させるのと同時に、それに付随する様々な問題も考えてゆかねばならない。



以下、MRICより引用~~~

パーソナルゲノム解析は社会を変えるか?

東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム
上 昌広

※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail Media JMMで配信した文面を加筆修正しました。
2010年6月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp



【医療と成長戦略】
 参議院選挙を控え、マニフェストをめぐる議論が活発です。民主党は、昨年の総選挙で弱点とされた成長戦略を強化することに余念がありません。
 高齢化が進む我が国では、医療・介護は成長が期待できる数少ない分野です。現政権でも、国家戦略室が中心となって、様々な施策をうちだしています。例えば、「メディカル・ツーリズム」や「混合診療の部分的解禁」など、その例でしょう。しかしながら、両者とも医療界は強く反発しています。果たして、医療は本当に成長分野になるのでしょうか?

【ゲノム情報に基づく個別化医療】
 私が、一連の議論で残念に思うのは、ゲノム情報に基づく個別化医療に関する議論が少ないことです。
 私は、3月10日の配信で、遺伝子配列技術が急速に進歩し、ゲノム情報が簡便に入手でききるようになり、個人の体質にあった個別化医療が実現しつつあることを報告しました。http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report22_1966.html
 この勢いは、更に加速しつつあります。今回は、最近の動きをご紹介したいと思います。

【最初のがん治療ワクチン「プロベンジ」の承認】
 4月29日、米国FDAはデンドレオン社が開発した前立腺がん治療ワクチン「プロベンジ」を承認しました。これは、世界で初めて承認された、がんの治療ワクチンです。
 プロベンジは、患者から採取した免疫細胞(抗原提示細胞)を体外で培養し、前立腺がんの殆どに発現しているPAPという蛋白質を加えて培養したものです。このワクチンを患者に戻すことで、体内のTリンパ球がPAPを認識し、これを攻撃する細胞傷害性T細胞となって、抗腫瘍効果を発揮します。
 デンドレオン社がFDAに提出した資料によれば、512人の転移性の前立腺癌患者を対象に、プロベンジ群の生存期間中央値は25.8カ月、プラセボ群は21.7カ月と、プロベンジの投与で生存期間は4.1カ月延長しました。進行がんの生存期間を4.1ヶ月延長したことは、がんの専門家にとっては驚異的です。早期がんの患者に投与すれば、さらに高い効果が期待できるでしょう。
 しかしながら、プロベンジは問題山積です。調剤は煩雑で、また費用は9万3000ドルと高価だからです。このため、プロベンジが、どの程度、普及するかは不明です。高額療養費は、日本だけの問題ではありません。

【パーソナルゲノム研究の進展】
 3月以降、患者の全ゲノム情報を解読し、その結果を解析した論文が多数発表されました。
 まず、医学誌の最高峰とされるNew England Journal of Medicine (NEJM)の4月1日号に、米国のベイラー大学から、シャルコー・マリー・トゥース病という遺伝病に関する研究が報告されました。この研究では、シャルコー・マリー・トゥース病の一家系の全ゲノムが解読され、新しい原因遺伝子を発見されました。神経難病の診断に貢献したことになります。
 ついで、Natureの4月29日号に、米国のカリフォルニア大学サンディエゴ校から、多発性硬化症という神経難病に関する研究が報告されました。この研究では、一卵性双生児の全ゲノムを解読しました。この双子は、一人が多発性硬化症を発症、もう一方は健常人です。両者を比較することで、多発性硬化症発症に関わる遺伝子修飾(エピゲノムなど)を明らかにしようとしました。
 さらに、欧州最高峰の医学誌Lancetの5月1日号にも、全ゲノム解析の研究成果が発表されました。米国のスタンフォード大学の研究です。この研究では、心筋梗塞で急死した家族を持つ患者のゲノムを解析したところ、心筋梗塞のリスクを高める3つの遺伝子多型、および心臓病治療薬の代謝に影響する複数の遺伝子多型が見つかりました。このような情報は、患者の生活習慣を変えたり、治療法を選択する上で有用です。
 Natureは兎も角、NEJMやLancetのような実地臨床医を対象とした雑誌に、パーソナルゲノムの論文が掲載されるようになったことは、アメリカで実用化が進みつつあることを示しています。

【パーソナルゲノム研究の宣伝塔】
 では、パーソナルゲノム研究の重要性は、どのようにして社会に伝わるでしょうか?おもしろい報道がありました。
 3月11日、サスペンス映画「危険な情事」の主演で知られる米女優のグレン・クローズさんの全ゲノムが解読されたと発表されました。彼女は統合失調症の家族がいて、以前から精神疾患の啓発活動に協力していました。朝日新聞によれば、今回のゲノム解読について「精神疾患の遺伝学的な側面を科学者が解明し、より効果的な治療につながることを望む」とのコメントしたようです。アカデミー賞に5回もノミネートされた大物女優が発表するのですから、大きな影響力を持ちます。このニュースは世界に打電されました。
 実は、この情報をリリースしたのは、DNAシークエンサーを販売する米国のバイオベンチャー イルミナ社です。同社によれば、現時点で全ゲノムシークエンスに要する費用は4万8千ドル。今後は、1000ドル程度まで下がると考えているようです。今回の報道は、米国のベンチャー企業の強かさを示しています。芸能人を使い、社会の認知度を高めるあたり、民主党の小沢幹事長とも相通じます。

【日本は蓄積されたノウハウを活かしきれるか】
 この数ヶ月、米国の研究が世界を席巻しました。このように書くと、日本は一方的にやられているようですが、そうとも言い切れません。日本がリードしている面もあります。
例えば、SNPという、遺伝子多型を網羅的に調査した国際共同研究(ハップマッププロジェクト)では、理化学研究所(理研)が研究全体の25%に貢献しました。単一組織としては世界一です。
 また、我が国にも、一流の研究者がいます。例えば、理研の責任者として、ハップマッププロジェクトを主導した中村祐輔教授(東大教授と兼任)は、本年度のヒトゲノム国際機構の特別賞(Chen賞)を受賞し、5月18日にフランスで表彰されました。中村教授は、これまで1000以上の論文を発表してきた、ゲノム研究の世界的リーダーです。Natureに15報、Scienceに11報、Nature Geneticsに39報と言えば、その凄さがお分かりでしょう。
 また、東大医科研のスパコンは、ライフサイエンス分野に限れば、世界第二位のスペックを誇ります(2009年5月Supercomputing 2010)。そして、このユニットを率いるのは宮野 悟教授です。彼は数学をバックグランドにもつ、情報工学の専門家です。今や、ゲノム研究の中核は情報工学となり、各国は専門家の育成に余念がありません。例えば、米国NIHは「Center for Cancer Systems Biology」というグラントを提供し、がん研究に情報工学的手法
を持ち込もうとしています。従来の要素還元論的手法では限界があり、人体をネットワークシステムと見なそうとしているのです。我が国は、この分野では、若干の「貯金」があります。
 我が国の問題は人材を活かし切れていないこと。および、中国が猛追していることです。例えば、2008年1月に始まった国際協調ゲノム研究(1000人ゲノムプロジェクト)は、英国・米国・中国を中心に行われ、日本は入っていません。また、今年1月には、北京ゲノムセンターが最先端のシークエンサーを128台、一括して購入することが報道されました。東大には数台しかありませんから、設備の面では太刀打ちできなくなりつつあります。中国はノウハウや人材の蓄積は不十分なものの、豊富な資金力を活かして、研究投資に余念がありません。アジアの研究拠点は、日本から中国に移りつつあります。

【国立がん研究センター・総合科学技術会議】
 果たして、我が国は、このまま米中に置いてきぼりを食らってしまうのでしょうか?私は、この数年が勝負時だと考えています。
 実は、我が国にも変化の兆しが見えます。例えば、前述の中村祐輔教授は、この4月に国立がん研究センターの研究所長に就任しました。同センターは、がん対策基本法に位置づけられた公的機関で、強い権限と大きな予算を持ちます。その研究所長は、一介の東大教授とは違います。今回の人事が、我が国のゲノム研究のカンフル剤になることを期待しています。
 また、内閣府の総合科学技術会議は、ゲノム研究をライフサイエンス分野の優先課題に決めました。これで、ゲノム研究に関わる予算が大幅に増額されるでしょう。従来、総合科学技術会議の委員たちは、ゲノム研究を軽視してきました。その証拠に、麻生前政権が、2700億円の補正予算をつけた「最先端研究開発支援プログラム」では、ゲノム関係の研究は採択されていません。中村教授も応募したのですが、落選したようです。このような状況は、米国とは対照的です。今回、総合科学技術会議が、どのような議論の末、方針を転換したのかはわかりませんが、世界の変化に柔軟に対応したことは評価できます。今後の巻き返しを期待します。

【健康情報の流通は21世紀のライフライン】
ゲノム研究は、医療だけではなく、社会のあり方を変えるポテンシャルがあります。このまま、ゲノム研究が進めば、近い将来、全ての国民が自分の遺伝情報を管理し、自分に相応しい「個別化医療」を受けることを希望するようになるでしょう。しかしながら、このような医療サービスが普及するためには、DNAシークエンサーや電子カルテの開
発はもちろんのこと、患者が自分の情報を管理するための情報システムの整備が必須です。おそらく、クラウド型コンピューターや携帯電話端末などが、その役割を担うでしょう。また、個人情報保護に関する法的整備も必要になります。そうなると、個別化医療は医療界だけの問題ではなくなります。アップル、マイクロソフト、IBMなどのIT産業、NTTやソフトバンクなどの通信産業にとっても、大きな成長分野となります。また、法学者や市民の参加も必須です。
このように考えれば、健康情報の流通は、21世紀の「ライフライン」です。そのシステムをいち早く確立した国が、21世紀をリードすると言っても過言ではありません。果たして、来る参議院選挙のマニフェストに、どの政党が「ゲノム情報に基づく個別化医療の社会基盤整備」を入れてくるでしょうか。オバマが2006年にやったことを、日本の政党は出来るのでしょうか?興味を持って見守りたいと思います。

週末の夕食 その22 

今春から、夕飯作りを手伝う機会が増えた。帰宅前に、家族と連絡を取り合い、夕食のメニューを決める(決まっていない場合は、私がネットで検索したレシピを試す)。家族と台所で手分けして作る夕食は、旨い。味がイマイチでも旨い。何か、生きていると実感する。これまで余りに家庭生活を省みなかったことを反省。これまでサボってきたので、もう遅いかもしれないが、これまでの遅れを取り戻すべく、一緒に食事を作り、一緒に味わうことを大切にして行きたいと念願している。

昨夜は、温野菜。レンジを利用して、簡便に出来る。オリーブオイル・ニンニクを使うので、少し若い人向きかもしれないが、イタリア風の温野菜で美味しい。

写真撮り忘れ。レシピはここ

近況 

このところ、年度末決算の書類準備やら、季節の変わり目のウイルス感染、気管支喘息発作の症例が少し多くなったこと等で多忙にしていた。夏の気候になれば、外来で閑古鳥が鳴くのが必定なので、それまで走りぬくことにしている。

本日午後、1ヶ月振りの室内楽の練習。ブラームスピアノトリオ2番4楽章。コーダに入るところで、リズムが変わるのだが、最初の練習ではそこで躓いたのだ。今回は、そこを中心に合わせた。練習を繰り返すことと、ピアノにリズムをしっかり刻んでもらうことで、無事乗り切れてホッとした。お茶を挟んで、「夢のあとに」のピアノトリオ版を弾いてみる。楽しい・・・。次回から、難物の3楽章にも手を広げることにした。Tさんは、ご両親と夏場に北海道に旅行される由。羨ましいこと。

最近、二つ、ヒヤッとさせられる事件が起きた。一つは、肺炎の患児にペニシリン系抗生物質を靜脈注射をした際に、軽いアナフィラキシーを生じたもの。幸いにも、気道確保をするといったことまでは必要なかったが、私のような施設で、軽いとはいえ、肺炎まで治療することは不適切なのかもしれないと思った。これまで、数多く外来で治療してきたのだが・・・。

もう一つ、忙しくしているときに、看護師さんが、針刺し事故を起してしまったのだ。一旦用いた注射針を手元の缶に入れ、それを処理しようとしたときに、刺してしまったらしい。その針を用いた患児には、親御さんの了解を得て、肝炎ウイルスのチェックをさせて頂いた(勿論、そのコストは当院持ち)。幸運なことに、陰性の結果であり、看護師さんも健康状態に変化がない。使った注射針は、すぐに回収専用のプラスチックの箱に捨てることを徹底するように改めて確認した。でも・・・多忙だと、事故を起こす可能性がどうしても多くなるのだ。

ヒヤッとさせられることがあったことを、カリフォルニアの友人に話したところ、「それはambulance chaserの鴨になるから気をつけなくてはね」と言うので、苦笑してしまった。弁護士の大量養成は、米国の年次改革要望書で米国政府が日本政府に要求したことだったな、と思い出した。

ヒヤッとしたことが、いつもヒヤで終わる保障はない。事故を減らす努力は精一杯するのだが、それでもゼロにすることはできない。そう言うと、世の中の人々、特にマスコミは、それは許せない、居直りだというのだろうか。

ここまで大きな事故に遭わずにこれたのは、僥倖だと心底思う。

というわけで、忙しく、ヒヤヒヤしつつも、庭仕事に時間を割くこともでき、チェロを楽しめる。恵まれたことだ。でも、やはりそろそろ仕事を縮小すべきなのだろう・・・。

Er barme dich 

マタイ受難曲の有名なアルトのアリア。第39曲。イエスが予言した通り、ペテロは、イエスのことを三度知らないと言う。その直後に、ペテロが悔悟し許しを乞う心情が切々と歌われる。

YoutubeでたまたまJulia Hamariのソロの歌唱の音源を見つけた。コメントをよく読むと、Richter最後の録音、オケはミュンヘンバッハオーケストラ。私が良く聞いている音源と同じ。

Hamariを最初に聴いたときに、随分声量のあるアルトだと感心した記憶があるが、ドラマチックに歌い上げている力量はさすがだ。今回画像で初めて接する彼女の外見が華奢なことに驚いた。この録音当時、29歳前後。その後、シュトットガルト音楽大学で教職に就かれたらしい。Richterは、この録音から程なく亡くなっている。バイオリンソロを弾いたBuechnerという奏者は、2008年に84歳で亡くなられたとコメントに記されていた。バイオリンソロは、ビブラートを存分にかけている演奏で、現代のピリオド奏法からすると受け入れ難いものなのかもしれない。が、この演奏は、一つのスタイルとして私は気に入った。

以前にも記した通り、学生時代、オーkストラ内部でアンサンブルを組み、病院への慰問に何度か出かけたことがあった。この曲もそうした慰問の際のプログラムの一つだった。チェロのMさんがアルトを歌い、バイオリンは当時コンマスをしていたTさん。Tさんのバイオリンは、深いビブラートと、線の太い音で、この曲のオブリガートを見事に演奏してくれた。Mさんは音程がちょい不安定なところもあったが、気持ちの入った力唱をしてくれた。彼女は音楽教育専攻で本来はピアノが専門だった。彼女の弾くピアノは、安定していて良く歌うピアノだった。あの当時の皆は、元気にしているだろうかと、この曲を聴きながら懐かしく思い出した。

夕張市市長へのメール 

夕張希望の杜診療所・村上医師が、心肺停止状態の自殺企図者が搬送されるのを断った件で、市長はじめ、市の幹部は、村上医師に対して、抗議をしてきたそうだ。それは理に適わぬ、現実から遊離していると申し上げたいと思って、市長宛に、下記のメールを送った。

この件についての村上医師の発言は、こちら

夕張市行政へのメールアドレスは;ybrsom@city.yubari.lg.jp


以下、私のメールをコピー~~~

夕張市長殿

先日、報道されました、市立診療所での心肺停止状態の方の受け入れ拒否の問題について、一言申し上げたくメールを差し上げます。私は、茨城県で小児科の開業医をしています。

医療機関には、その規模・スタッフの陣容に応じて、担うべき機能があります。医師が一人しかおらず、また重症患者を受け入れる設備・スタッフのいない診療所では、心肺停止状態の患者を受け入れることはできません。その受け入れを強要することは、患者さんにとっても、医療機関スタッフにとっても不幸なことです。

その患者さんが、不幸にも死亡した状態で医療機関に運び込まれ、その死亡診断と検死とを医師一人の診療所に託することも、過剰な負担を医療機関に与えます。その検死作業を医師が行っている間の外来業務、その他の業務はどうすべきなのでしょうか。診療所機能を麻痺させることになります。

財政再建途上にある夕張市のような地方自治体では、限られたリソースで住民サービスを行わねばならないことは良く分かります。聞くところによると、市長はじめ、市の幹部の方々が、孤軍奮闘されている村上医師のもとを訪れ、譴責に近いことを仰ったとか。果たして、それが行政のとるべき対応でしょうか。

医療機関に過剰な負担になることを、行政が強要すると、医療機関そのものが存続しえなくなります。村上医師がいなくなれば、夕張は無医村(市)になります。もう誰も、彼の重責を引き継ごうとはしないでしょう。医療は、社会的なインフラなのです。医療を酷使し、医療に余分な負担をかけ過ぎると、社会的なインフラが失われるのです。行政の長として、もう一度市立診療所のあり方と、それに対する市民・行政の接し方を考え直してくださいますようにお願いいたします。

発信者名

薬にはならないが、毒にはなりうる 

市販の小児用かぜ薬OTC薬の使用について、厚生労働省から下記のような文書が出ていた。

http://www.wam.go.jp/wamappl/bb11GS20.nsf/0/4a52160a800eea3e492575b400212e05/$FILE/20090512_1shiryou2-5~6.pdf

米国等で、上記薬の4から6歳未満の小児への投与をしないようにされたことを受けて、わが国での同薬の副作用を検討したもの。米国等外国の動きで漸く動き出す行政は、国民の方を向いているのか、外を向いているのか・・・。検討の結果に目を向けよう。

結果、わが国では、2歳未満の小児への投与は、「やむをえない場合のみ」投与するという勧告になったようだ。「やむをえない場合」とは、医師の診察を受けられぬ場合ということらしいが、あまりに漠然とした内容だ。

わが国で、同薬による副作用が少ないのは、米国の同系統薬に比べて、濃度が1/10であるためかもしれないとコメントがついている。

私も、一つ二つのOTC薬の成分・濃度をチェックしたことがあるが、年齢相当の投与量の数分の一という量しか入っておらず、何らかの効果を期待することは殆どできないものという印象だった。

であるから、こうした薬品が、殆ど薬にならないということは言えそうだ。製薬会社としては、自然経過で治癒する風邪症候群に対して、あえて副作用のリスクのある薬品を商品として売り出す必要はない、各成分を有効量をはるかに下回る量しか含まぬ製剤であっても、副作用がなければ(その可能性が低ければ)、自然治癒を恰も効いたかのように思ってもらえるだろう、という発想なのだろう。

で、毒でもないとは必ずしも言えない。薬品の副作用の有無は、個体差がある。少量の薬でも強い作用が現れることが、少数例でありうるのだ。OTC薬の成分一覧(ここ、ただし、その説明文にはおかしな点がある。)を見ると、小児医療現場ではまず用いられぬコデインといった麻薬系の中枢性鎮咳薬、または非麻薬系の中枢性鎮咳薬が例外なく含められている。中枢性鎮咳薬を小児科領域で用いることはまずない。さらに、コデインに習慣性があることから、コデインを含むOTC薬の販売について、厚生労働省自身が最近改めて注意喚起している。ここ。また、抗ヒスタミン剤も例外なく含まれている。抗ヒスタミン剤は、中枢神経系の痙攣閾値を下げる、即ち、痙攣を起き易くする薬剤であり、小児科領域では、痙攣の生じやすい熱発時にはまず用いられなくなってきている。こうした成分が、重篤な副作用を生じないとは、決して言えない。

風邪といっても様々な原因があり、また他の疾患であることもある。また、風邪は他の疾患に変化し重篤化することもある。発熱を生じたからといって、慌ててこんないい加減な「風邪薬」のOTC薬をのませたりせず、とりあえずは、水分を与え安静にさせ様子をきめ細やかに観察する、嘔吐、激しい咳等悪化する兆候があれば、医療機関を受診させるということが大切だ。

15周年 

先月中に記そうと思っていたことだが、先月6日で、開業後15年間経った。特に感慨があるわけではないが、このところ、この15年間を幾度と無く思い起こしていた。

私は、元々開業を志向していたのではなかった。スタッフとして仕事をしていた大学を出ることになり、近くの市中病院で5年間近くお世話になった。その後、小児科だけを診る勤務医としての将来に見切りをつけ、また業者から工務店や、現在地の土地の紹介があったこともあり、開業することになった。開業して、斯く斯く云々の仕事をしたいという明確なビジョンがあったわけではなかった。

開業直前まで務めていた病院の好意もあり、そこで診ていた患児のかなりの方々が私の新しい仕事場に通ってくださることになった。まだ準備万端とはとても言えなかった、開業初日に56名もの患児達が受診してくれて、てんてこ舞いをしたことだった。開業当初は、この地域に小児科専門の開業医が、一人、二人しかいなかったこともあって、とても忙しい毎日だった。だが、4,5年目のピークを境に、その後競合医療機関が増えたこともあり、徐々に患者数は減少してきている。診療報酬上も外来小児科は、当初かなり優遇されていたように思うが、徐々に厳しい扱いに変化しつつある。

最初の数年間は、大きな借金を抱えたこともあり、無我夢中で仕事をした。日曜日も必ず仕事場に来ていた。年末年始もなし。仕事自体は、大学・病院勤務医時代に比べて楽にはなったが、仕事に拘束される時間と、医療以外の雑用は多くなった。

開業当初は、人事・経理等すべてが未知・未経験のことだった。よくぞ騙されたりしなかったものだ。取引銀行も途中変更した。借金返済について議論しようとしたら、某地銀は、すぐに全額返済しろと強硬に言ってきたのでびっくりしたことがあった。また、私の言うことを聞いてくれないスタッフも、当初いたのだが、そうした方々は、何やかんやで辞めて行き、今残るスタッフは一人を除いて、7,8年以上前から務めている方々ばかりだ。中には、子育てを終えたり、一旦辞めて他の施設で仕事をしてから戻ってこられた方もいる。

このように書いていくと、まるで成功物語みたいだが、書ききれぬほどの失敗もあった。特に開業当初は、年齢からくる更年期の軽い欝もあり、軽い不安感をいつも抱えていた。決して、上首尾にここまで来れたのではない。でも、途中でこけることなく、曲りなりにもここまでこれたのは、多くの方々との出会い、彼らのサポートがあったからだ。

開業時、個人的には殆ど存じ上げなかった、工務店の社長さんが、銀行の借金の保証人になって下さった。あの時代、まだ開業のリスクはそれほど高くなかったのかもしれないが、今になって思うと、仕事の関係を超えた彼の善意に感動する。また、スタッフ、特に今残ってくれているスタッフには、私は家族同然の気持ちを抱いている。彼等はどう思っているか知る由もないが、これまでとても良く仕事をして下さっている。開業当初、晩年の父が、何くれと無く手伝ってくれた。以前にも記したが、東側の槿の木や、北側のカナメモチの木も、彼が植えてくれたもの。今では、大きく育っている。この画像は、彼が整えてくれた、待合室の蔵書棚。本が壊れかかると、背表紙にテープを張って、直してくれた。具体的には書けないが、家族の物心両面での支援も大きかった。

さて、これからリタイアに向けてソフトランディングするために、少しずつ準備をして行かなければならない。社会の情勢、医療の状況、それに患者・スタッフのこと、私の家族のこと、すべてに目を配りながら、スムースに少しずつ戦線縮小をして行こう・・・でも、始めるときよりも難しいことを痛感する・・・。


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今度は、寄附講座だそうで・・・ 

医師不足によって、地域医療が崩壊している。地域医療を再生させなければならない、というスローガンは、行政・政治の人間もしばしば唱える題目になってきた。

ところが、彼らの発想は・・・

医師不足>医師増員>医学部学生募集増員

またこの報道で示されているように、こんな新しいパターンも出現してきた・・・

医師不足>大学医局からの医師配置増員>大学寄附講座創設

医師不足の理由を明らかにし、それに対する根本的な対応をしようとは決してしない

そもそも、寄附講座は、数千万円の予算で出来るし、数年間の期間限定ともなれば、寄付をする地方自治体としても経済的な負担は、根本原因への対策に要する費用よりも、桁違いに少ない額で済む。

さらに、寄附講座には、寄付をした行政の意向が強く反映されることになる。もしかしたら、行政官のポストを獲得できるのかもしれない。少なくとも、地域医療再生基金という、予算を獲得することができる。行政の利権の拡大になるのだろう。

地域医療が、再生するどころか、地域医療が行政によってますます支配され、困窮化することになる。


以下、引用~~~

厚労省・地域医療再生計画/2年目の実施計画出そろう 医師確保事業は大学の寄付講座、奨学資金など
10/06/02
記事:Japan Medicine
提供:じほう

 厚生労働省の地域医療再生基金による地域医療再生計画は、各都道府県で2年目の実施計画が出そろった。地域医療再生基金の1つの目的となっている医師確保事業では、全体的に大学病院を中心にした寄付講座、奨学資金、研修医等への助成などが多い傾向にある。一方、病院間の統合・再編では、京都府舞鶴市の中丹医療圏で市立病院・国病機構病院・日赤病院という設立母体が異なる病院間での再編・連携に向けた検討が動き出している。厚労省は、地域医療再生計画について「地域医療再生計画に係る有識者会議」(座長=梶井英治・自治医科大地域医療学センター長 )で評価していく。

宮城県は大学に地域医療研修センターを設置

 医師確保事業では、大学に寄付講座を設置する県が多く、地域医療再生計画で各大学が果たす役割の大きさが浮き彫りになっている。その内容は、各県の特性を生かしたものにしようとしている。

 具体的に宮城県では、大学に寄付講座の設置と、奨学金制度を実施する計画だ。大学に地域医療研修センターを設置し、すべての世代がスキルアップできる環境を整備していく。しかし、岩手県では、寄付講座ではなく、医学部の入学定員増に対応する奨学金制度の拡充を図る計画だ。また、同県では、地域病院において初期診療の段階で総合的な診療を行い、患者の状態に対応し必要な処置を行うことができる「地域病院担い手医師」養成のための研修プログラムの検討なども予定している。

千葉大は08年度から寄付講座を設置

 さらに千葉県では、2008年度から千葉大に寄付講座(循環型地域医療連携システム学講座)が設置され、その中で地域病院への医師派遣などを実施してきた。今回の地域医療再生計画での寄付講座では、県・市町村、医師会・看護師会などの医療関連団体、千葉大、東京大、県内の拠点病院で編成する「千葉県地域医療再生本部」を設置し、協議などを行い、事業を実施していく計画としている。

 東京都では、小児救急医師確保緊急事業で、調査研究を行う地域の選定については、寄付講座を設置する大学と調査・研究拠点施設となる医療機関の意向を踏まえて決定していくことにしている。また、愛知県では、「医師派遣に係る大学間協議会」で地域医療に意欲のある医師の育成を協議している。名古屋大には、「地域医療支援センター」を設置し、地域中核病院と連携を図りながら、地域医療に従事する医師の育成、研修を行うとしている。福岡県では、大学の寄付講座設置が初めての試みとしており、10年度の成果を検討・分析をしていきたいとの対応も聞かれる。

 こうした地域医療再生基金による医師確保事業が地域医療再生の起爆剤になれるのか、今後、「地域医療再生計画に係る有識者会議」で評価される。

 


Aus Liebe will mein Heiland sterben 

ピアノを弾く姪の結婚祝いに、ショパンの全作品集と一緒にバッハのマタイ受難曲のCDを贈った。結婚祝いに受難曲とはどうかなとも思ったのだが、全ての音楽のなかで一、二を争う優れた、深い内容の音楽だから、一生付き合う音楽としてよいのではないかと思ったのだ・・・音楽や、書物を贈る場合、自分の趣味の押し売りになりがちであることに十分注意なければならないのだが・・・。

すると、彼女の母にあたる姉からメールがあり、良い贈り物だったと言って寄越した・・・姪本人の反応はまだ。姉は、父の葬儀の際のエピソードについて改めて触れた。納棺の際に、マタイ受難曲をかけたのだったが、納棺が終わると同時に、終曲の荘厳な最後の和声が鳴り響いた・・・それは意図したことではなかった・・・というエピソード。既に、このブログでも紹介したことだ。我々家族にとっては、忘れ難いエピソードなのだ。姉によると、姪も喜んでくれた由。

マタイ受難曲の演奏を生で聴いたことが、数回あるが、どれも忘れ難いものばかりだ。学生時代に東京女子大のチャペルで聴いた演奏もそうしたものの一つ。その際のソプラノが、このYoutubeの演奏で表題のアリアを歌うArleen Augerだった。美しく透明な歌声が忘れられない。この演奏は、1985年、ロイヤルコンセルトへボウ管弦楽団、アルノンクールの指揮によるもの。少し残響が大きすぎのようにも思えるが、それでもAugerの澄み切ったソプラノには改めて魅せられる。

この曲は、イエスが、ピラトの審問を経て、十字架に掛けられることが決まったときに歌われるもので、贖罪の信仰を美しく歌い上げている。受難曲全体を聴くべきだが、一つ一つのアリア・コーラス・レシタティーボすべてが傑作だ。

リヒターの演奏とともに昔から良く聴いてきた、リリング・シュトットガルトバッハアンサンブルの演奏のソプラノを改めて確認したら、同じAugerであった。1990年代に亡くなるまで、Augerは受難曲を得意演目にしていたようだ。

実態を把握せずに、診療報酬を弄繰り回すのはいい加減止めてもらいたい! 

先の診療報酬改定で、入院患者が他院を受診することを制限する内容の改訂があった。入院した医療機関で対処し難い、または投薬内容が扱われていないものの場合、とても困る変更のようだ。それに対して、医療機関側が、クレームを中医協で出した。どうも、その改訂が実質変更される様子。

だが、その際の、厚生労働省の担当課の言い分が振るっている。

他院受診の実態を把握せずに、この改訂を行なったことを告白している。さらに、それを入院基本料の議論に反映させろと他人事のような言い分だ。

このようにして診療報酬が、官僚によって弄繰り回され、それに対応するのに現場が右往左往するという構図は、いい加減止めてもらいたいものだ。

m3より引用~~~

厚労省保険局医療課は中医協総会後の記者へのブリーフィングで、この他院受診の在り方について、次のように語っています。

 「本来、入院患者の入院医療はその医療機関でやるべきこと。対応できない場合は、総合病院などに紹介する。ただし、地域の事情などで場合によってはすぐに転院先等が見つ からない場合もある。『合併症のある患者の入院はお断り』といった事態になるのを防ぐため、調整のルールとして通知をまとめた。他院受診がこんなに行われていたのは想定外 であり、もしそうであれば、実態をきちんと把握し、入院基本料の議論に反映させるべき

医療現場の意欲を削ぐ報道 

財政破綻した夕張市では、公的なサービスが引き下げられ続けている。市立病院も規模を大幅に縮小され、診療所化された。そこで孤軍奮闘しているのが、M医師だ。その診療所に、自殺企図によって心肺停止状態の男性が運び込まれようとしたが、M医師は、検死の業務は、外来診療よりも重要度は低いと判断して、受け入れられぬと断ったようだ。

それは、当然の判断だと思える。ところが、市長は、「誠に遺憾、市民の不安が募れば再生に水を差す」と、M医師を非難する発言をしている。

検死のみならず、心肺停止のようなケースを、医師一人の診療所に運び込むことに何の意味も見出せない。対応できぬだけでなく、診療所の機能を麻痺させる。

こうした発言をする行政の長と、それを報道するマスコミは、有為の医療人の意欲を削いでいることが分かっているのだろうか。


以下、引用~~~


市立診療所、救急搬送断る 夕張市長「誠に遺憾」
10/06/02
記事:共同通信社
提供:共同通信社

 北海道夕張市は1日、財政破綻(はたん)後に市立病院から公設民営化した市立診療所が5月、心肺停止だった男性の救急搬送受け入れを断っていたことを明らかにした。男性は別の診療所に運ばれ、死亡が確認された。

 藤倉肇(ふじくら・はじめ)市長は同日、記者会見で「誠に遺憾」と話した。市立診療所を運営する医療法人「夕張希望の杜(もり)」から事情を聴き対策を協議する方針。

 夕張市などによると、5月19日午前8時ごろ、同市旭町で50代の男性が自殺を図り、心肺停止となったと119番があった。救急隊は診療所に受け入れを要請したが断られた。希望の杜は市に対し「自殺と聞いて回復が望めないケースと判断した。医師1人で外来などへの対応があった」と説明しているという。

 診療所は昨年9月にも同様に断ったことがあり、その後、心肺停止患者は市内で最も近い医療機関が受け入れることで合意していた。希望の杜は3月に常勤医3人が退職し現在は常勤医1人。5月19日はほかに非常勤医1人が来る予定だった。

 藤倉市長は「夕張市が立ち上がろうとしている時に、市民の不安が募れば再生に水を差す」、希望の杜は「話せることはない」としている。