1から4歳小児の死亡率が高い・・・その原因と対策は? 

昨日のNHK「クローズアップ現代」で、小児の死亡率について放映されていた。1から4歳の小児死亡率が、他の先進国に較べて高い、というのだ。

具体的な数値ではなく、棒グラフでの表示だったが、先進国の平均に較べて、それほど多いわけではなさそうだった。しかし、確かに、平均を超えている。

私の理解した限りでは、NHK(と番組に出演した識者)の分析では、この原因は

1)小児科医が1、2名しかいない施設での死亡が多い。

2)一次(救急)医療機関の医師が、頑張りすぎる傾向がある。

3)小児ICUが足りない。

それに対する同じくNHKの推奨する対策は

1)一次医療機関で医師が頑張らない、必要があれば、すぐに小児ICUのある施設に患者を送るべきだ。

2)小児ICUの数が足りない。現在の全国で10施設しかないところを二倍程度にすべきだ。

3)上記に合わせて、小児科医の集約を行なうべきだ。

この番組の方向付けの基本になったのは、この報告のように思える。

上記の論議は、厚生労働省の理解と方針そのものなのだろう。

私には、この論議に対して、大きな疑問を抱く。1から4歳までの小児の死亡率を左右するのは、事故による死亡ではないかと思うが、事故の原因の追求と対策を講じることがまず一番に来るべきなのではないだろうか。少なくとも、1から4歳の死亡原因を精査して、それに対する対策を講じることをまず行なうべきだ。特に、NHKの上げる原因(1)(2)は、この年齢層の死亡率が何故高いのかを説明しない。

事故における医療の対応では、外科系専門を含めて複数科が対応する必要が出てくる。が、そうした医療機関へのアクセスが確保されているのか。小児ICUを増やすべきだというのは正しいと思えるが、その前に、基幹医療機関での集約治療が可能であるのかどうか、アクセスはどうか、地域ごとに分析すべきだ。少なくとも、小児科医の能力が劣るとか、単位医療機関当りの小児科医数が少ないとまともな治療をしていないといったニュアンスの現状把握はピントがずれている。外科的対応が必要な患者を小児内科専門の医師が引き止めたりするはずがない。

死亡数の多くを扱っている医療機関は、番組では、小児科医の少ない医療機関、上記引用した報告では、年間死亡者の少ない医療機関であるとされている。どちらも重なり合うように思える。が、これをもって、小児科医の少ない、年間死亡者を出すことの少ない医療機関に問題があるとは言えない。勿論、重症患者を高次医療機関に搬送すべきは当然だが、小規模医療機関のパフォーマンスが悪いということを言うには、各々の規模の医療機関を受診する、ないし搬送される重症患者の数を母集団にして、死亡者数を議論する必要がある。

現在、小児科を標榜する医療機関、特に入院可能な医療機関は激減している。その大きな理由は、小児科が医療経済的にペイしないからだ。その点については、番組では一言も触れられていなかった。小児科ICUでは、なお更経済的には成立し難いはずだ。小児科ICUを増やして、それが抱え込む赤字はどうするというのか。

NHKは、厚生労働省の主張をそのまま番組にしているように思える。その主張に批判的な見解の現場医師や、識者の意見を何故流さないのだろうか。

Bruce K6ZB来日予定 

Bruce K6ZBが、10月上旬、仕事で奥様共々来日される。私は、彼とは1980前後に数回交信し、その後彼がQRTしていたために長いブランクがあったが、10年ほど前に彼がカムバックしてからは、頻繁に交信させて頂いている。時には、外出先からネットで自宅の無線機をコントロールして出てこられる。

彼は、衛星通信の専門家で、それに関する企業を立ち上げている様子。仕事で全世界を飛び回っている。bioはこちら。無線のことやら、投資の話しやら、話題が豊富。無線も、ワイアーアンテナで自宅からactiveに出ている。FOCのメンバーでもある。奥様のCathyもなかなかの論客らしく、ご夫婦で様々なことについて議論するのが愉しみの様子。

まだかなりプリミティブな予定の段階なのだが、10月2日から3日にかけて、北関東の温泉にでも招待しようかと考えている。同行希望の奇特な方がいらっしゃったら、私信で連絡されたい。

後期高齢者医療保険制度改正は一体何なのか? 

健康保険も年金も、これからは高齢者・失業者等に厳しいものに変えられて行く、ないしは変わってゆく。

後期高齢者医療保険制度は、国保と一体化させるという国の方針に対する私の批判は、以前に記した。

済生会宇都宮病院中澤氏が、大企業優遇をすることが、この方針の本質であるとして批判している。

企業が元気になって初めて十分な社会保障が可能になるということは、マヤカシだ。大きな利潤を上げ続けている企業は、さらに利潤を上乗せすることを目指す。中澤氏が言うとおり、その利潤の一部を、社会保障に回すことが、企業の社会貢献であり、さらに国家基盤を強くするはずだ。

民主党は、政権交代を訴えた際の政策を忘れてしまったのだろうか。または、口先だけの政策だったのか。


以下、MRICより引用~~~


新後期高齢者医療保険制度中間報告案の疑問

医療制度研究会・済生会宇都宮病院 中澤 堅次
2010年7月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


 評判の悪かった後期高齢者医療制度は再編成され、新しい案が中間報告として提示される段階にある。医療現場に働くものとして気になる改革が含まれており、方向性が定まらない民主党政権の新たな火種の一つにならないうちに問題を指摘させてもらう。

 今回の案は、75歳以上の後期高齢者が入る保険を、国民健康保険に一体化させて運用することを骨子としており、企業が運営する被用者保険が後期高齢者医療制度から外された形になっている。国保は今までもまた今後も単一の保険では財政上成り立たないハンデを背負っており、後期高齢者医療の費用負担は公費か他の保険からの支援金に頼るしかない。
 公表された案は被用者保険が高齢者の支援に原則係わらない構造で、厚労省がこれから国保の支援策を検討することになっているが、高齢者が抱える医療問題から被用者保険を撤退させ、企業を優遇しようとする姿勢には違和感を覚える。

 一生のうちに病気のリスクが最も高い時期は、周産期を除けば、75歳前後の十数年であり、それ以外には医療費を使う機会はあまりない。これは医療統計上の事実であり、年齢別国民医療費も全国の入院統計も同じ事実を示している。うまれたときと出産期に健康の危機があり、これを経過すればしばらくは平穏だが、50歳を越える頃から老化による疾患のリスクが増加し、75歳を越えるころから年々死亡数が多くなり、人口も減り100歳を超えると全てが終わる。国の医療費が使われるのも75歳周辺の時期が際立っている

 高齢世代に偏る医療費を負担するために、健康な国民から保険料が徴収され、集金は国民健康保険と企業が運営する被用者保険がやっている。ところが二つの保険加入者はそれぞれ年齢構成が異なり、退職者や今度加入する高齢者が入る国保の年齢は高く、定年で区切られる被用者保険の加入者は若い。被用者保険は収入があっても使わないという特性になり、国保は収入がままならないが支給額だけは高い国保に自力解決が求められれば資金はすぐに枯渇し、所得の低い人は簡単に排除される。はじめから勝負は見えている
 被用者保険を高齢者から切り離す政策は、保険料の半分を支出する企業にとっても異例の優遇処置になる。もちろん拠出金や支援金で支援が行われるが、救助される側の要求が支援する側の意志を越えることは無く、保険者間の格差は無くなることはありえない。医療は総額が大きいから保険者の負担の差も大きなものになる。

 知ってか知らずか、菅内閣は日本の企業税が高過ぎて経済の足かせになっているから、企業税を減税して立て直したいと表明した。しかし、日本の企業が負担する社会保障費は他の先進国に比べて低く、企業の負担率と合算すれば決して高くないということは常識であり、この現象に被用者保険の優遇が関係しているかもしれない。
 つまり日本の企業は国際競争において国の社会保障を担わなくて良いというアドバンテージを与えられ、その代わり企業税を取られているといえる。その帰結はトヨタが一兆円という大きな利益を上げても、国全体の豊かさに貢献せず、経済危機にあっては真っ先に派遣労働者を切って逃れる発想になる。質の高い産業を持って得た外資を、国内の社会保障に廻して国を支えている北欧諸国とは正反対の対応である。

 強い産業を志向するために企業減税をするのも良い。しかし同時に得た利益を社会に還元するために、企業は健康保険でも対等な貢献をするべきである。それは企業の信頼感につながり、内需型の産業の育成にもなり、将来どの国も遭遇する高齢危機にアドバンテージを持って貢献できる産業の育成につながる可能性をもっている。目指すのは改訂案のようなまやかしの国保への一体化では無く、民主党が政権交代のときに表明した純然たる健康保険の一体化、すなわち国保も健保も高齢者医療保険も一体化する統合である

 国保と健保の統合は、国保加入者の所得が補足できないから無理だという議論が必ず出る。それなら社会保障を目的とした消費税を主な財源とするべきである。若い勤労者に対する搾取ともいえる皆保険では無く、全国民がそれぞれの活動の中で支払う消費税を基本に設計するべきである。国も企業も一体化された社会保障に惜しまず貢献し、軽減された企業税により産業を発展させるべきである。支えを要する高齢者や母親世代がそれにより助けられるならば、若者もいつかは自分にめぐってくる運命の循環で、国民同志の助け合いと民族の継承を実感するに違いない。

テレビの「ドラマ」や「カンファレンスもどき番組」は、現実とは異なる 

NHKだったか、現役の医師が出演して、ある患者さんの臨床所見や、検査所見から、診断名を当てるという番組が放映されている。臨床医学の授業か、クリニカルカンファレンスかと見まごうばかりの内容のように思えるが、結論がすぐ出てくることや、ある程度の演出が施されていて、何か薄っぺらい印象だ。

昔流行った、『ER』という米国製のドラマは、なかなか迫真の筋書きと演技で少し関心を持ってみていたが、やはり臨床の本当の現場とは違うと感じた。

両者と、臨床現場とはどこが違うのか、等という問題設定自体が馬鹿げているかもしれないが・・・『問題がすぐに解決する』ところが、実際の臨床現場との違いなのではないだろうか。臨床現場では、問題の解決に時間がかかることが多く、時には、診断がつかないことも度々あるのだ。前記のNHKの番組は、症例を検討するカンファレンスの形式を取っているので、症例提示者が最後に正解を述べるということで良いのかもしれないが、それにしても、あのように問題が明快に解決しないことが実際の現場では多い。『ER』でも、良い結果であれ、悪い結末であれ、結論がすぐに出るところに違和感がつきまとった。

このようなお手軽な医療番組は、一般視聴者に、医療では、問題がすぐに解決して、診断がすぐにつくことが当然のことという予断を与えるのではないだろうか。夜間緊急入院させた患者の容態が悪く、十分な検査もできない状態で、一睡も出来ずに夜を明かす医師の憔悴と疲労とを全く捨象してしまっているのではないだろうか。また、たとえ時間をかけて経過を追い、検査を重ねても、明確な診断に到達できぬことは度々ある。

そうしたことにならぬように、医師は普段から病態について学び、多くの症例の検討を重ねるのだが、決して、問題をすぐに解決できることにはならない。病態は、個々人によって異なり、また我々がまだ科学的に理解できていないことも多くあるからだ。いわば、科学としての医学の不完全さが何時までも存在し続けるのだ。これを患者さん・そのご家族がしっかり受け止めていただけないと、医療をする人間には大きなストレスになる。

テレビで格好良く問題を解決する医師は、あくまで仮想の世界の存在なのだ。

Jack KD6SU・Tim W1MKA 

米国では、ハムが無線を止めるか、亡くなるか等すると、彼・彼女のコールサインは、一定期間を置いて他のハムに割り当てられる。米国ハムのコールサインの使用状況を載せたN4MCのサイトに時々お邪魔して、知り合いのコールサインが昔からの友人達に割り当て続けられているか調べることがある。

最近、家人に「そろそろ海外旅行をしよう、今を逃すと、どこにもいけなくなってしまう」と言われた。海外旅行には、もう20年近く行っていない。私は、最初の海外旅行であった、米国カリフォルニア、ベイエリアへの旅行を思い出した。30年近く前のことだ。仕事がらみの短期の旅行だった。

海外旅行は、すべて初めての経験であり、かつ基礎の研究室で試験管を振っていたこともあり、出発するまで時間に追われっぱなしだった。母校から、北関東の我が家に深夜車を飛ばして帰り、殆ど眠らずに、翌日、当時まだ飛んでいたパンアメリカンに成田から乗り込んだ。

スタンフォード大学で研究機器の研修を受けることが目的だった。が、無線に相変わらず活発に出ていたので、当時親しくしていた、今は亡きSteve WA6IVNに会う約束も取り付けた。Steveが彼の友人Jack KD6SUに、私の旅行のことを話してくれていた。私とは全く面識のなかったJackだったが、私が米国に着いた日の夕方、夕食をとろうと、ホテルに迎えに来てくれた。

Mountain ViewのHilton Innのレセプションホール。日が暮れかかっていた。背の高い、髪がグレーの紳士が、にこやかな笑顔で私を迎えに来てくれた。50歳代半ばのリタイアしたエンジニア。口数は少なかった(私がしゃべれなかっただけかもしれない・・・)が、初めての海外旅行で緊張しきっていた私に、いろいろと親切にしてくださった。彼は、元来VHF・UHFのフォーンに車から出ることが多い方で、彼との無線での交信は、一度だけ、14か21メガで短時間行うことができただけだった。それから数年後、私が二度目の訪米をし、Bob W6CYX宅に滞在しているときに、奥様同伴で会いに来てくださった。

それから程なくSteveが逝去したこともあり、Jackとは音信不通になってしまった。最近、N4MCのサイトで、彼のコールサインを検索すると、Jackが依然として免許人として載っていた。もう80歳過ぎだろうが、元気にしておられるとホッとしたのだった・・・。私が、BobにJackの話しをした際に、Bobが彼の家に電話をかけてくれた・・・残念なことに、Jackは3年ほど前に神経系の癌で亡くなっていたと奥様が電話で教えてくれたとのことだった。共通の趣味を持ち、共通の友人がいるということだけで、心を開いて接してくれたJack。もう一度、生前にお目にかかりたかった方だった。

もう一人、N4MCのサイトで検索して見つけることができた友人がいる。Tim W1MKA。実に中学生時代の「ペンフレンド」である。当時、どのようにして知り合ったのかは覚えていないが、無線をしているということで親しくなったのだったと記憶している。彼は、私より少し年上だっただろうか、当時、WB2MKAというコールサインを持ち、ニューヨークの高校のクラブ局W2JTAから無線に出ているという話しだった。数回、手紙のやり取りをして、7メガでのスケジュールを組んだが、当時の貧弱な設備で東海岸は余りに遠く、信号をかすりもしなかった。

1980年前後、私が無線にカムバックした頃、21メガが夜間東海岸に開けるお祭りのようなCONDXの日があった。当時ニューヨーク在住だったW2RRNに、これこれの経緯でWB2MKAと連絡を取りたいと話しをすると、彼はすぐにTimの自宅の電話番号を探し当て、電話をかけてくれた。Timの母上が電話に出て、Timは自宅を出て、テネシーに住んでいると教えてくれたようだった。その際、Timの母上も大変興奮していたとのことだった。テネシーの住所を教えてもらい、一二度手紙のやり取りをTimとしたが、当時は無線から全く離れてしまっていたらしく、その後音沙汰がなくなってしまった。

N4MCサイトの情報から、Timが最近W1MKAというコールサインを取得したことが分かった。QRZ.comに彼のbioが載っている。ここ。髪はグレーになり、マサチューセッツの田舎でのんびりと生活している様子が読み取れる。ヨットに乗り、ドイツ語を趣味とし、リコーダーを演奏するらしい・・・。Steve N6TTの助けも借りて、彼のメールアドレスを探したが見つからず。結局、手紙をまた出して、連絡を取り合ってみようと思っている。

手紙の最後に、いずれかがサイレントキーになる前に、一度だけでも交信をしようではないか、と記そうと思っている。

ライス女史の弾くドボルザーク 

Youtubeでクラシック音楽をサーフィンしていて、ドボルザークのピアノ五重奏曲イ長調の演奏を見つけた・・・この曲は、食事の準備をしているときにいつもかけている曲。たまたまオーディオセットに、スメタナ弦楽四重奏団とヤンパネンカの演奏のCDが入っているため、ついついいつも同じ曲をかけることになっている次第だ。チェロが冒頭から、可憐なメロディを歌う。歌心に溢れた佳曲だ。

で、何か長ったらしい名前のピアニストだな・・・と思ったら、米国の前国務長官ライス女史ではないか。彼女がピアノを玄人はだしで弾くことは聴いていたが、このような音楽祭でプロに混じって堂々と演奏していることに驚かされた。現在は、スタンフォードで教鞭をとっておられるのだったろうか。他の演目で、演奏者が演奏開始前に聴衆にお辞儀をするのだが、ライス女史だけはほとんど頭を下げない・・・面目躍如だ、と笑ってしまった。

医療費の伸びは専ら薬剤費の伸び 

保険医団体連合会が2001年から2008年にかけての医療費の変化を、実証的に調べた。その結果、7年間に入院外医療費は2.44兆円増加しているが、その大半は薬剤費の増加(1.28兆円)によって占められ、透析と調剤薬局技術料の伸びを除くと、医科本体の入院外医療費の伸びは僅か0.07兆円に過ぎない、ということが分かったらしい。データはこちら

これは、実際に診療していて実感するところと一致する。外来診療での実際の感覚は、医療費の伸びが、薬剤費の伸びだ、ということだ。

厚生労働省の公表するデータは、今回保険医団体連合会の出したデータと異なる。何故、実態と乖離したデータを、厚生労働省当局は作り上げているのか。

「新薬創生加算」という加算が、今年4月の診療報酬改訂で作られた。新薬を作るために「莫大な開発費」が必要だから、重要な新薬の薬価を守ろうという施策だ。あからさまな製薬企業への利益誘導策である。リーマンショック前までの10年間、大手製薬企業は、空前の好決算を計上してきたのに、である。

結局、厚生労働省は、製薬企業へ更なる利益を誘導させることを行なってきたし、これからも新薬創生といった瞑目で、利益誘導を行なうということなのだろう。できれば、表ざたにならないように、そうしたいと考えたに違いない。それが、今回の保険医団体連合会の調査で白日の下に晒されたということだ。

この利益誘導は、一つは、米国からの構造改革要望書に基くものなのかもしれない。また、官僚は、製薬企業への天下りポジションを確保し、さらに増やすことを目指しているに違いない。

米国では、国民の間で薬剤費への関心が高い。薬剤は、自費で購入することになっているからだ。日本では、一応健康保険が、今のところ薬剤費の大半をカバーしているから、薬剤費の高騰に国民の目はむかない。しかし、財務省は、明らかに米国流の医療制度導入を目指している。この数年の間に、国民の間に薬剤費についての関心が今よりも深まるだろう・・・しかし、その時点では、もう遅いのだが・・・。

レセプト並み明細書 

義務化された詳細な明細書の発行を、今月初めから開始した。義務化なのに、地方厚生局に「届け」を出す必要がある、という辺りが、いかにも官僚的な制度であることを思わせる。この明細書の発行を知らせるチラシを受け付けカウンターに張り出した。そこで、この制度が、複雑怪奇な診療報酬を患者さんに提示する「正しくない」制度であると、私は考えると記した。複雑な診療報酬を、2年毎の改訂によって、さらに複雑にしている。それを簡明でわかりやすいものにすることをまず行なうべきであることも記した。

この制度の問題点は、上記の点だけではない。

一枚の明細書の発行に対して、診療報酬上「1点」即ち「10円」の手当てがつく。しかし、手間や、プリントするコスト、プリンターのメインテナンスコストを到底カバーする金額ではない。大体において、役所でどれほど簡単な証明書であっても、200円や300円を徴収されるのではなかろうか。実質、無料でこうした新たな作業が強制されることにゲンナリする。

また、レセプト、診療報酬明細書は、一種の請求書であり、内容は確定したものではない。保険者に、医療機関から請求する書類にしか過ぎない。それを確定した内容であるかのように発行することは大きな問題だ。

一般診療所外来ではあまり起きない問題だが、この明細書の内容で、診断名が患者さんに知れることもありうる。認知症や、統合失調症、その他の難治の病気を、患者さんに告知する前に、診療明細書で患者さんが知り、それによって大きなショックを受けることも十分ありえる。患者さんが、「知らない」権利を侵されたときに、誰が責任を取るのだろうか。

で、我が診療所での発行の結果・・・今のところ、7,8割の患者さん・その親御さんは、明細書を不要であるとして帰られると聞いた。明細書を必要とする、または受け取られる方に、一定の傾向があるように思える。その一つの群は、新しく私の診療所にかかられた方である。また、もともと診療内容に対して疑念を持つかのような言動をされる方も、明細書を求められることが多い。

明細書を持ち帰られる方には、気心がお互いに知れたら、その明細書で一体何が分かったか、尋ねてみたいものだと思っている。

診療内容を、様々な意味で透明化すべきであることは言を待たない。これからも、そのように大いに努力する積りだ。しかし、現行の診療報酬体系は、つぎはぎだらけ、例外だらけの制度になってしまっている。あの明細書で理解できることは殆どないだろう。

むしろ、この明細書を受け取るかどうかで、医師患者関係の距離が自ずから明らかになったようで、それはそれで一つの収穫だったかもしれない。その距離を自覚しながら、診療することは余り楽しいことではない。こうした制度を作る、一部の患者代表の方や、官僚は、恐らく意識せずに、医師患者関係の距離を開けるように物事を決めているように思えてならない。

豊かな死 

死に行くときは、何時訪れるか分からない。瞬間的なことかもしれないし、年の単位の時間がかかることかもしれない。でも、死に行く時間は、万人に等しく訪れる時間であり、人生の中で最も重要な時間のような気がする。歳を重ねるたびに、その思いを強くする。

死に行く時間を過ごす人々の多くは、社会に向かって、思いを述べることはない。大多数の方々は、ただ黙ってその時間を過ごして永遠の沈黙のなかに去ってゆく。

生きた時間の総体よりも、ある意味でより大切な時間を過ごす、そうした方々が、痛みや、不安にのみ苛まれることなく、有意義な時間を過ごせる社会制度であって欲しいものだ。

「豊かな死」を迎える上で優れている国はどこかということを論じた論文に関する記事を、m3から引っ張ってきた。その元になる論文は、こちら

英国が一位ということに多少驚かされるが、終末期医療の施設の数・国民の終末期医療への満足度という点で一番という評価らしい。日本は、ホスピスの数が少ないこと、終末期医療の際の患者の自己負担が高いことなどから、先進国中でかなり低くランクされている。このランク付けそのものに大きな意味はない。指標をどのように扱うかで、ランクは変化する。

この記事にある「医療費が高い」というのは、共同通信の記者が意識的にそうしたのか分からないが、明らかな誤訳。「自己負担の高さ」が問題にされている。医療費は、先進国中最低のレベルにあるのは周知の事実。

この論考は、ホスピス等、豊かな死を迎えるのに必要な施設の拡充と、そこで働く専門家の育成が、わが国にとって大切な課題であることを指し示している。

物を言わず死への道を歩む人々は、そのような思いでいるのではないだろうか。


以下、引用~~~

「豊かな死」1位は英国 日本は23位、医療費高で
10/07/15
記事:共同通信社
提供:共同通信社


 【シンガポール共同】世界で最も「豊かな死」を迎えられるのは英国-。英調査会社が14日、終末医療の現状などを基準にした40カ国・地域の「死の質ランキング」を発表。日本は高額な医療費と医療に従事する人員の不足がたたり、23位と低い評価だった。

 調査したのは、ロンドンが拠点のエコノミスト・インテリジェンス・ユニット。終末医療や苦痛を和らげる緩和医療について各国の医療関係者に聞き取りを行い、普及状況や質、医療費など複数の観点から評価した。

 トップは英国で、ホスピス普及率の高さに加え、専門家養成の環境が整備されていることなどが評価された。2位以下はオーストラリア、ニュージーランドが続いた。

 高齢化が著しい日本について、調査に当たったトニー・ナッシュ氏は「医療システムは高度だが、在宅医療など患者や家族に寄り添うケアが難しいようだ」と分析した。

 施設の整備度が評価される一方、医療保険の不備が問題視された米国は9位。中国(37位)、ブラジル(38位)など新興国は軒並み評価が低く、人口増大に医療普及が追いつかないと指摘されたインドは最下位だった。

音楽を語ること・グールドのゴールトベルク変奏曲 

Tさん

昨夜は、交信をありがとうございました。いつも刺激的な・・・私の方が一方的に刺激的にしているという話もありますが・・・内容の交信で、愉しんでいます。

さて、「音楽を語る」ということについて、昨夜ご紹介した岡田暁生氏の「音楽の聴き方」に面白く記されています。一般の人々が音楽について語ることを止めたのは、二つの事柄が関係していると岡田氏は記します。一つは、近代のロマン派の作曲家達の主張です。彼等は、音楽を神聖なものとして奉り、音楽について安易に語るべきではないとしました。同時に、同じ時期に、音楽での分業・・・演奏する、聴く、それに批評するという作業が、別々な人間によって担われるようになったことも関係しています。批評することは、批評家に任せればよいというわけです。これは、音楽が産業化されることと密接に関係していると、岡田氏は記しています。

仰られる通り、音楽を聴くのは自分自身であり、自分の感性に正直に愉しめば良いのでしょう。しかし、それだけでは音楽経験は不十分です。音楽経験の原初の形は、言葉にならぬ感性すべてを動員するもので、圧倒される経験だと、岡田氏は言います。でも、音楽を作ったり、演奏したりすること自体に、言葉での分析・表現が密接に関わっている、また音楽経験を他の人間と共有することによって、より深い音楽経験をすることができる、としています。

音楽について語ることは、具体的なイメージを湧かせる言葉(わざ言語といったか・・・)によって自由闊達になされるべきだ、ということを、実際の演奏家・指揮者の例を挙げて、岡田氏は語ります。

結局、音楽について、自分の言葉で大いに語ろう、演奏ができるのであれば、たとえ下手であっても愉しもうではないかというのが、岡田氏の結語であったような気がします。音楽を語ることの復権とでもいいましょうか・・・。手元に、彼のこの著作がないので、うろ覚えかついい加減なサマリーですが、彼の該博な知識と、音楽への愛情が行間から感じられる優れた著作だと思います。確か、吉田秀和賞を受賞された作品だったように記憶しています。もし機会がありましたら、是非手にとって一読されますように。私も、もうすこしきちんとサマリーをしたいと思いつつ、何か学校の宿題みたいになってしまい、のびのびになっています・・・その内、きちんと要約と感想を記したいと思っています。

グールドのドキュメンタリー番組も、とても印象深いものでした。彼の最後のゴールトベルク変奏曲の録音が、番組の中で流されており、あたたかさと高貴さを感じさせる演奏でした(わざ言語からは外れた通り一遍の感想 笑)。このゴールトベルクの演奏を評して、この世に信じるに値する神が存在することを指し示してくれるような演奏だとグールドのファンのお一人が話しておられましたが、なるほどと納得させられることでした。グールドは、しかし、精神的に病んでいたような印象がありました。交信中も申し上げましたが、途中で演奏会活動をピタッと止めてしまったのは、彼の完璧主義とともに、人間関係への恐怖心のようなものがあったのではなかったかと想像していました。あれほどに感性鋭く、音楽に切り込む能力を与えられた一方で、きっと苦しむこともあった人生を送られたのではないかと、(見当違いかもしれませんが・・・)想像しておりました。

この話の続きは、また7メガで・・・お返事は、その節で結構です。この所、ブログ更改が遅れており、本来個人メールで送るべき内容を、ブログに載せさせていただきました。また、近いうちにお目にかかります。

Water Wells for Africa 

先日、Steve N6TTと交信した際に、次女のHannahがマラウイでのNPO活動、井戸掘削に参加するために旅立ったと聞いた。昨日の段階では、ロンドンに無事到着、今日マラウイに向かうとのことだった。

高校を終えたばかりのHannahが、恰も夏休みの旅行を愉しむかのように、国際援助活動に参加することに、ちょっとした感動を覚えた。長女のAmyも、同じ活動に関わり、その後の進路を決める際にも影響を受けたと聞いた。

以前にも記した通り、Steveも体調が回復し、事情が許せば、来年は、お嬢様二人と一緒にマラウイに飛んで、この事業に参加したいと言っていた・・・勿論、無線もやるのだろう。

で、こうした国際援助活動が良く行われているのか、ネットで調べてみた。すると、最初にヒットしたのが・・・

WATER WELLS FOR AFRICA

というNPOだった。その内容を読むと、NPO本部のある場所が、Steveの住んでいるManhattan Beachである。毎年夏マラウイに井戸の掘削事業に人を派遣しているということも、HannahやAmyの関わっている活動と同じ。このWWAというNPOが、Steveのご家族が関わっているNPO団体そのものだろうとほぼ確信した。

WWAの趣意を読むと、マラウイのような開発途上国では、水が足りないのではなく、水を供給するインフラが足りないのでそれを作ることを目的とし、さらに、そのインフラの使い方、メインテナンスの仕方も指導するとあった。ただ足りないものを現地の方々に与えるということではなく、現地の方々が自立してインフラを使い続けられるようにするという、素晴らしい援助の仕方だと思う。

Steveのお子さん達が、こうした活動に参加して成長なさってこられたのだろう。子育てにもっとも必要なことなのかもしれない。

Steveには、このNPOに関わっているか確認をしていないが、それに関係なく、Paypalを使って僅かな寄付をこのNPOにしておいた。

茄子料理とわき芽から育ったトマトと・・・ 

ミシシッピー在住のFred K5FAは、仕事場である骨董家具店の裏に結構な畑を所有している。そこで様々な野菜を栽培している。沢山できると、知り合いに分け与えているようだ。春・夏彼と交信をすると、野菜の育ち具合が話題になる。このところ、茄子が良く出来ていると知らせてくれた。どういうわけか・・・茄子は日本原産なのか・・・茄子に私のコールをつけて呼んでいる。

そんなに沢山採れる茄子を一体どのように調理しているのか尋ねた。Babaという中東風の料理に使うらしい。その後、レシピを長々と打電してくれたが・・・茄子をペースト状にして他の食べ物をつけて食べるものらしいことだけは分かった。とても美味しいらしい。先日、共通の友人であるVic W9RGBと奥様が彼の家を訪ねたときにもご馳走したと言っていた。私が訪ねてゆくときにも、同じようにご馳走しよう、とも・・・。

我が家の家庭菜園はとうかというと・・・トマトがなり始めているが、日照不足でなかなか赤く熟さないと報告した。それに、西瓜、とうもろこし、それにキュウリに茄子。キュウリだけは、すぐに大きくなり、ポテトサラダに加えたりして食べている。とりたてのキュウリは、甘みがある。

Fredには説明しなかったが、不要なものとして取り去った、トマトのわき芽を、水につけ数日すると元気になる。それを再び植えると、成長を始める。生命に満ち溢れている。この画像は、そうしたわき芽由来のトマトの一つ。まだ実をつけるまでには至っていないが、毎朝その成長具合を見るのが楽しみだ。

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Fredには、以前にも記した通り、高齢で認知症の傾向があり、施設に入所しているNoraという伯母さんがいる。彼女のことも彼から何時も報告がある。彼女は自分の家に帰りたがっているが、Noraの娘さんがOKと言わないと、その娘さんにちょっぴり批判的なFredだ。だが、そうした高齢の方を自宅で介護することは大変なことだと思うと、Fredに申し上げた。

そんなこんなの話題をさっさと話すと、彼は仕事をしなければと言って、去って行った。米国南部の家族関係の濃密な地域に住む、暖かな人柄の友人だ。この数年以内に彼をミシシッピーの田舎に訪ねることができるだろうか・・・。

千葉の地域医療危機 

千葉の東部は、医療過疎であることは良く知られている。それをどうにかしなければならないという機運が盛り上がってきたという記事だ。

問題は、ハッキリしている、医師不足、特に小児科・救急医療を担当する医師の不足。

医師は、もう一杯一杯だと言う。住民は、医療に地域格差があってはならないと言う。青年会議所の方は、住む人間がいなくなってしまう、経済活動が成立しなくなると言う。行政の意向を受けたと思われる医師会の人間は、住民と行政・医療者が連携すべきだと言う。

国の地域医療再生計画では、大学に寄附講座を作ることになっている。

さて、どうしたら問題は解決されるのだろうか。

問題の原因を明らかにしないと解決しないように思えるのだが・・・。関係者は、原因に迫ることができない、しようとしないようにしか見えない。


以下、引用~~~

(千葉)医師不足地域医療の危機
10/07/05
記事:読売新聞
提供:読売新聞


 茂原市の会社社長玉川大樹さん(35)は先月、1歳の長女が39度前後の熱を出し、日中に市内の病院で診てもらった。「夜も高熱が続いたら?」と尋ねると、医師は車で約1時間の市原市の病院名を挙げ、「そこに行くしかない」。茂原市と周辺6町村の「長生郡市」では、夜間の入院・手術に対応する2次救急医療を、公立長生病院(茂原市)など5病院が輪番で受け持っているが、当直医に小児科医が入っていないためだった。

 幸い玉川さんの長女の熱は落ち着いたが、玉川さんは「この地域の小児救急医療を考えさせられた」。

 長生郡市は人口約15万6000人。10万人当たりの医師数は97・4人(2008年末)で、県平均161・0人の6割にすぎない。特に、小児科医の不足は深刻で、長生郡市内では10人に満たない。

 問題は小児医療にとどまらない。脳卒中や心筋梗塞(こうそく)をはじめ救急患者は搬送時間が長いほど、命を危険にさらすリスクを負うが、救急患者を他の地域の病院に運ぶ「管外搬送」の割合は36%(08年)と県平均を9ポイント近く上回る。重症者となると、半数以上が管外搬送だった。

 2次救急の輪番病院では、当直医の担当時間は夜8時から翌朝6時まで。日中の診療時間(午前8時半から午後5時)の前後に計5時間以上の空白が生じている。空白時間には、管外の病院に搬送せざるを得ないケースも多い。こうした背景にも絶対的な医師不足の問題が横たわっている。

 地域の中核病院である長生病院は06年に一時、内科医が1人まで減少。医師集めに奔走し、08年4月には9人まで増えたが、他の病院へ移る医師が出るなどしたため、現在は常勤4人が外来、病棟回診をこなし、救急は非常勤2人の助けを借りる。小笠原明医局長は「医師の負担は限界に近い」と話す。

 玉川さんら茂原青年会議所メンバーは、地域医療をテーマに市民フォーラムを今年10月に開くことを決めた。理事長の市橋拓道さん(35)は「このままでは将来、この地域で暮らし続けたいという人がいなくなる」と危機感を口にする。

 茂原市在住の宍倉朋胤・県医師会理事(救急担当)は「子育て世代が関心を持って立ち上がったのは心強い。地域医療を良くするには住民と行政、医療者との連携が不可欠」と話す。

 長生郡市などで国の基金を利用した医師確保策などが今年度動き出すが、玉川さんは「国は住んでいる地域によって受けられる医療サービスに格差が出ないようにしてほしい」と参院選候補者の訴えに耳を傾けている


期限切れ保険証による受診 

今日、外来をしていて、嫌な事件があった。被用者保険の家族であるはずの患者さんが、実は昨年夏から無保険だったというのだ。受付の事務員が、気まずそうな顔をしながら、診察中の私に、それを報告に来た。喘息で定期的にかかっていた患者さんなので、不払いの額はかなりに上る。その親御さんは、この夏から再び同じ保険に入る由・・・一体何があったのだろう。

その患者さんの親御さんは、私が間接的にだが個人的に存じ上げている方だった。その保険証は使えぬこと、使えぬようになった時点で事業所に返還すべきことを申し上げた。また、事業所にも、彼のような立場の方が保険から脱退したら、必ず保険証を返還させてもらいたいと強く申し入れた。

企業組合が保険者である被用者保険の保険証には、有効期限の記載がない。なので、事務で月に一度の保険証チェックをしても、こうした問題は防げない。使えぬ保険証で容易に受診できてしまう、いわば詐欺に近い行為に巻き込まれたことと、それを行なった方が存じ上げている方だったことにショックを受けた。

我が弱小診療所では、収入の減は厳しく、ピーク時の4割程減っている。内部留保も減り続けている。こうした状態で、このような行為が頻繁に行なわれると、仕事がとてもし難くなってしまう。すぐ潰れるということはないのだが、診療の透明化を求められ、さらに診療報酬はじわじわと引き下げられている状況で、こうした行為が行なわれるシステム上の問題は、痛い。

診療報酬明細書並の明細書を患者さんに発行することが義務付けられ、今月からそれを始めたところだ。明細書発行によって、医療機関の「不正」を見抜けるようにしようということらしい。しかし、あの煩雑な明細書をみて一体何が分かると言うのだろうか。まずは分かり易い診療報酬体系にすることが先ではないか。この明細書発行は、普通の医療機関では、患者さんにとってほとんど意味がない。実際のところ、不要だと言って、発行を求めない患者さん・そのご家族が多いと、受付の事務員が言っていた。それにしても、このように無意味な作業を強いられる一方で、今回のような問題の余波を容易に受けるシステムはどこかおかしい。

こんなことを書くと語弊があるかもしれないが、患者さんと行政は性善説、医療機関は性悪説ということなのだろうか・・・仕事がし難い・・・。

週末の交信 

昨夜、週末ののんびりした気分で7メガに出た。JA4IIJ Takeshiさんから呼ばれた。お孫さんがいらっしゃるそうで、時々そちらからの混信がある模様。オーディオマニアの彼が、ソルガベッタのエルガーについてコメントをしてくださったので、普段どのような音楽をお聴きになるのか伺った・・・しばらくして、同じ質問を以前お伺いしたことだったことを思い出した。Takeshiさんも忘れやすくなっておられると謙遜されるが、私の忘れっぽさの方が圧倒的に酷そう。

で、彼はバッハの鍵盤音楽を良く聴かれる由。グールドのゴールドベルク変奏曲、特にその最終録音が良いとのお話しだった。バッハの鍵盤音楽としては、平均律しかあまり聴かない。かねがね素晴らしいという評価のグールドを聴いて見なくてはなるまい。

彼との交信を終わる頃、Steve N6TTとBob W6CYXから同時にブレークがかかった。30m高の3エレを使うSteveの信号が圧倒的に強いが、Mt Hamiltonの中腹から出ているBobの信号も結構な強さ。Bobは、7月28日にCarmelで恒例のバッハ音楽祭があることを、Takeshiさんとの交信を聴きながら是非伝えたいと思って出てきたと仰っていた。今年の主要な演目が、Takeshiさんと話題にしていたマタイ受難曲らしい。Rillingはさすがにもうリタイアしたのだろうと思って念のために指揮者を尋ねると、やはり別なドイツ人の指揮者に代っている様子。1990年前後にBobからこの音楽祭のことを聞かされ、その際の指揮者が、Rillingだったのだ。そのまた20年程前に私は、Rillingの指揮するシュトットガルトバッハアンサンブルの演奏でマタイ受難曲を、東京で聴き深い感動に包まれたことがあったのだ。時間が経った。

Steve N6TTからは、Aronの脳出血の状況、意識は戻らず、MRIで脳幹部への出血も確認されたことを伺った。明日(今日)にも別な施設に移送されるようだ。Aronが外傷を負ってから、もう3週間。ある「決断」をしなければいけない時が迫っているのかもしれないと、彼は言っていた。ブログでの気丈な言葉と裏腹に、Amyのこころは、大きな葛藤と哀しみに支配されているに違いない。

音楽漬けの週末 

週末。怒涛の外来・・・と言っても人数が多いわけではないのだが・・・を終えて、ようやくホッとしている。今夕はオケの練習。バイオリンのTさんをお誘いしたら、行ってくださるようだ。弦が貧弱なのでびっくりされるかもしれない。明日は、同じTさん達とブラームスのトリオの練習。いよいよ3楽章に突入するはずなのだが・・・。

10月に東京で開かれる内輪の発表会で、PiazzolaのOblivionをピアノトリオで弾かないかとお誘いがあった。これまで良く聴いたことがない曲だったが、引き込まれる音楽。バンドネオンの響き、奏法を想い起こさせる旋律。頭にやけに残る。弾けるかしらん・・・。

Steve N6TTとそのご家族 

最近良く交信をさせて頂いているSteve N6TTと、そのご家族。3年前にハワイで撮ったもの。

Steveは、以前にも記したが、現在57歳。つい最近まで、C型肝炎の治療を在宅で受けていた。殆ど寝たきりの様子だったが、治療を終了、一昨日UCLAでの検査で、ウイルスはほぼ駆除できたとの結果だとのことだった。

お子さん達は、Jon、Hannah、それにAmy。自慢の娘、Amyは、英国のオックスフォードで修士号をとってきたばかり。婚約を控えていたボーイフレンドAronが事故により、重篤な脳損傷を起こしたことは最近記した。Aronを見舞いに行き、涙ながらに帰宅する毎日とのこと。Aronの病状報告のブログで、旧約聖書のイザヤ書の言葉を引用して、希望を持ってAronを見守ると健気な文章をAmyが記していた。

Jon_Hannah_Amy_Steve Hawaii 2007-1

Steveとは1980年代から何度か交信していたのだが、様々な話をするようになったのは、今年に入ってから。彼は、もともとコンテストや、アワードに関心があったらしい。最近も7メガで、JA相手にJCC・JCGを求めて交信をゆっくりとしたスピードでしている。時々、彼の交信を聴いている。

目下のところは、AmyとAronのことで一杯一杯のようだ。7メガで強力な彼の信号を聴いたら、AmyとAronに幸運を祈ると一言掛けていただけると、彼は大いに元気付けられることだろう。