週末の夕食 その24 

某ブログで、さばの塩焼きの記事を読み、作ってみたくなった。だが、生さばはスーパー等ではあまり入手できない。

一昨日、土曜日の午後、さばを手に入れるために、那珂湊の魚市場にでかけた。

那珂湊の海。台風の影響か、荒れていた。

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同じく、那珂湊の町並みと海岸。手前は、海水プール。シーズンオフでもあり、誰もいない。

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目当ての魚市場。週末だともっと混みあっていたような記憶なのだが、すぐに車も停められ、中に入れた。さば、4匹で500円也。高速道路代とガソリン代が、この数倍かかっている・・・。

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帰路、筑波の山。少し紅葉が始まっているか。

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で、出来上がった、さばの塩焼き。塩を混ぜた酒を、切込みを入れた身にまぶして、塩焼きするだけ。新鮮な焼き魚。栗ご飯は、自家製の栗を炊き込んだもの。右上の一部だけ写っている煮物は、さつま揚げと野菜の煮物。簡単なので、我が家の定番になっている。

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自分で仕事をしていると、忙しくは決してないのだが、自由になる時間が少ない。患者さんからの電話が携帯にかかってこなくなる、毎晩午後10時になると、ほっとする。リタイアするまでは、こうしてちびちびと自由な時間を自分で作って愉しむほかないのかもしれない。




匙加減は結構 

臍帯血バンク・臍帯血移植について、新たな発言が、MRICに載った。

臍帯血移植の保険収載コストについて、私の誤解があった。実際にかかる費用の数分の一しか、支払われていない。その中から、臍帯バンクに17万円という僅かな額が支払われ、場合によっては、患者の状態の悪化により、移植が行われなくなり、支払いが滞ることもあるらしい。

基本的な私の問題認識は変わらない。

移植にかかる費用を、積算し、それを保険でカバーすべきだ。カバーしきれないのであれば、「紐のついていない」合理的な補助金を国は毎年出すことだ。維持可能なシステムにする必要がある。補助金に天下り先の確保等の官僚の権益がからんではならない。

医療費は、官僚の匙加減一つで決められている。この臍帯血移植費用もしかりだ。根拠の薄弱な費用設定なので、それを官僚はまた根拠無しに変える。医療現場では、それにウンザリさせられている。


以下、MRICより引用~~~

日本の公的臍帯血バンクの将来像

名古屋大学大学院医学系研究科
造血細胞移植情報管理・生物統計学
鈴木律朗
2010年9月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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宮城さい帯血バンクの経営危機問題に端を発した日本の公的臍帯血バンクの問題点は、新たな展開を迎えている。筆者は本年5月にも本MRICメールマガジンvol. 172で臍帯血バンクのあり方に関して私見を述べたが(下記リンク参照)、その後の状況をふまえて将来像に関する提言を行いたい。http://medg.jp/mt/2010/05/vol-172.html

日本の公的臍帯血バンクは全国に存在する11の地方バンクと中央の「日本さい帯血バンクネットワーク」という調整組織で成り立っている。経営危機が明らかになったのは11地方バンクのうちの一つである宮城さい帯血バンクである。同バンクは東北地方唯一の臍帯血バンクであり、これがなくなると日本の臍帯血収集体制に大きな空白地帯
が生ずるところであった。同バンクの年間赤字は約1,000万円であったが宮城県の血液診療関係者の努力もあって浄財が集まり、とりあえず来年度は存続が決まった。また、厚生労働省は臍帯血事業に対する補助金を国全体で
3,000万円増額することを決定したことも報道されている。

しかしながら、これで問題が回避されたかというと全くそうではない。宮城に続いて北海道臍帯血バンクでも同様の経営危機が報じられた。筆者が委員を務める東海臍帯血バンクでも年間数千万の赤字経営であり、日本発の骨髄バンクとして発足した東海骨髄バンク(骨髄移植推進財団=骨髄バンクの発足に伴い業務は発展的解消)時代の遺産を食いつぶしている状態である。日本さい帯血バンクネットワークはこの問題を受けて、全国の11地方臍帯血バンクにアンケートを実施したところ、全体で年間約2億円の赤字であることが確認された。2億円の持ち出しがわずが3,000万円の補助金増額で解決するはずがなく、この問題に対しては抜本的対策が必要である。臍帯血バンク事業に対する厚労省の補助金のうち運営費の推移を見ると、2002年度には8億8400万円であったのが年々減少し2008年度には6億500万円と2億8000万円も減額されている[1]。年間2億円の赤字が出るのも頷けるが、この資料は秋篠宮ご夫妻も出席された日本さい帯血バンクネットワーク10周年式典で配布されている。

この間も臍帯血バンクの経営問題は風雲急を告げており、同様に経営問題のあった神奈川臍帯血バンクはこの10月に東京臍帯血バンクに合併することが決まった。日本赤十字社が運営する5つの地方臍帯血バンクも、統合の動きがある。日本の臍帯血移植件数は年間約900件と全造血細胞移植件数の5分の1を担っており、移植医療の根幹をゆるがす大問題である。前記補助金の減額理由は定かではないが、安定した移植医療の供給のためには、まずは補助金額を適正な元の金額に戻すことが急務である。

当面の問題は補助金増額で回避するにしても、長期的に見た臍帯血バンクの将来像はどうあるべきであろうか? 算定根拠のあいまいな現行の補助金に依存するより、自律的なシステムを構築すべきである。「臍帯血移植のすべては保険医療ではまかなえないので、国庫補助を必要とする」とするのであれば、算定基準を明確にした補助金を継続的に支出すべきであろう。

では、臍帯血移植にかける費用はいくらが適切なのであろうか。日本さい帯血バンクネットワークから長妻前厚労相に出された要望書には、厚生労働科学研究・免疫アレルギー疾患等予防・治療研究事業「臍帯血を用いる造血幹細胞移植技術の高度化と安全性確保に関する研究」班での算定金額が記載されており、保存1件あたり75万円、移植1件あたり400万円となっている。数値の算定には厚労省の補助金が使用されており、結果も厚労省に報告されているが、それが実際の医療に反映されていないのは如何なる理由によるものか。臍帯血バンクの経営危機問題が起きることは、この数値を知っていれば十分予見できたことであるが、何故回避できなかったのか。臍帯血の提供1件あたりの価格は国際的に見ても同程度であり、米国骨髄バンク(National Marrow Donor Program)では臍帯血1本につき42,000ドルを請求している(移植にかかる医療費は除く)。

仮に9億3000万円あった補助金を出さずに、健康保険ですべてまかなうとすると一件あたりいくらになるであろうか。2009年の臍帯血移植件数は882件であったため、単純に割ると105万円という数字が出てくる。現行では各臍帯血バンクは1件あたり17万4000円を病院から得ているので、ここからは120数万円という数字が出てくる。臍帯血の国際価格はいくらか?米国は前述のように約400万円であるが、台湾は約100万円、韓国は約280万円を請求している。ここでも日本はおかしくて、国内と同じ17万4000円しか請求していない。国際的に見ても、国内の歪んだ制度のために国益を逸している様子が見えてくる。

現行制度には更におかしな点もあり、日本の臍帯血バンクは移植病院から1件17万4000円を得ていると書いたが、この数字の法的根拠はどこにもない。少なくとも算定基準は公表されていない。このように法律の根拠なしに移植医療を行っているのは先進国では日本だけで、世界でも特異な存在である。海外の研究者と話をすると、日本では法律もなしになぜこれほど多くの造血細胞移植が出来るのかと質問されることがあるが、回答に窮する。ちなみに米国ではビル・ヤング法という法律に則って造血細胞移植が行われており、臍帯血だけでなく骨髄移植・末梢血幹細胞移植もカバーするが、全米骨髄バンク(NMDP)に年間3,800万ドル(約35億円)の予算が支払われている。日本に話を戻すと、臍帯血移植を1件行うと移植病院には健康保険から44万3000円が支払われるため、この中から病院は17万4000円を払っている。臍帯血バンクから病院に臍帯血が提供されても、患者さんの状態が悪化するなどして移植が受けられないような事態も残念ながら時として生ずる。この場合、病院は健康保険からの収入がないため臍帯血バンクに臍帯血の料金を支払えないが、一旦供給された臍帯血は温度管理などの問題があるため返品はできない。しかしながら臍帯血バンク側でも、17万4000円というのは法的根拠がない金額であるため強制徴収はできない。単に支払いを「お願い」することしかできず、「お願い」では応じられない病院との間で債務が増大する一因となっている。甚だ日本的な風景であるが、臍帯血バンクが経営危機に陥っている現在では笑い話では済まない。不作為と言ってもよい制度設計の未整備が、いろいろな方向から移植医療を危機に陥れているのである。

[1] 日本さい帯血バンクネットワーク10周年記念誌「そして明日から」.62ページ、2009

改善したCONDXと、蛸壺交信と・・・ 

このところ、ハイバンドのCONDXが着実に上がっている。21メガでは夜間英国からの信号が良く聞こえるようになってきた。ベアフットにワイアーアンテナ組が、そこそこの強度で聞こえてくる。Jack G3LNCや、Jiri OK1GTと久しぶりに交信した。Jackは、ベアフットに逆Lというクラシックな設備。もう80歳を超えている様子だが、お元気そうだった。チェコのJiriとも、2,3年ぶりの交信か。経済状態は余り良くなくて、75歳になった今も、以前の会社にパートとして勤めているそうだ。

朝の21メガも、北米、特に東海岸に開けるようになってきた。今朝は、ノースカロライナの20WにINV Vという設備の局が、それなりの強さで入感してきた。カリフォルニアの友人、Ira K2RDも呼んできてくれた。製薬業界のマーケットリサーチの仕事をしている彼に、以前、Gooznerの著書(タイトルが「新薬に1000億円?!」というものだったか)について尋ねたのだったが、その本を手に入れて読んだ、Gooznerの主張は概ね正しいと思うとのことだった。夕食に友人を呼んでおり、その準備をしなくてはといって消えてしまったが、また後で詳しい感想を聞けることだろう。

で、今朝の21メガを聞く限り、JAで「普通の交信」をしているのは、Shigeさん JH1GNUのみだった。彼もベアフットにダイポールらしいが、イリノイの局と交信を愉しんでおられた。CONDXがよくなったといっても、最盛期のそれにはまだ程遠く、別な大陸の局と交信する際には、いずれかがビームを使っていないと、のんびりした交信は難しいかもしれない。でも、20Wにワイアーアンテナの局が、東海岸から聞こえてくるCONDXである。沢山のJAが、海外と「普通の交信」を愉しんでいるようには、どうしても聞こえない。

自分の経験を絶対視する積りはないが、CWによる交信も、英会話の練習に似て、実際に現場に飛び込み、交信をするところから始まる。分からないことや、新たに分かったことを積み重ねて、ある程度流暢に交信ができるようになるのだ。あの「599 QSL」形式の交信をすることは、符号を記憶し、コールサインを打つ練習にはなるだろうが、それ以上のものではない。あの交信スタイルを続けていたら、その先に、急に展望が開けるということはない。「599 QSL」形式の交信を一生続けるのならば、それはそれで良いのだが、世界のアマチュア無線界で一種の蛸壺に入り込んだ奇矯な集団と思われる可能性が高い。

チェロ吉さん 

チェロ吉さんという方が書いてこられたブログがある。ここ。37歳からチェロを始め、オケでも活躍なさっていた様子。彼女のブログには、時々立ち寄らせて頂き、元気にチェロを弾いておられる様子を微笑ましく思っていた。コメントをすることもなく、同じくチェロを愉しむ人間として、彼女の文章をただ読ませていただいていた。

7月9日の更新以来、新しいポストが途絶えていた。体調を崩し、入院なさっていたことは知っていたが、別なサイトで、彼女が8月2日に逝去なさっていたことを知った。

彼女の最後の文章には、病気に打ち勝ち、またチェロを弾けることを心待ちにしている気持ちがストレートに記されている。チェロをまた弾くために、病気の辛い治療も頑張るのだ、と。

5月17日の彼女の文章にも、心打たれる。息子さんが大学のオケでコンサートマスターを勤めた演奏会を聴かれた感想だ。とても凛とした文章に、お子さんを育て上げた親としての感慨をひしひしと感じる。人生の思わぬ終焉を前にして、こうした経験をなさったことにも不思議なものを感じる。

上達の望めぬチェロであっても、こころを集中して、チェロに向き合える幸せをもう一度噛みしめよう。私達の人生は、いつ終わるかもしれない。その終わりの時に、チェロと向き合うことができた幸せを想い起こすことができるように。人生は旅、何時終わるか誰にも分からぬ旅だ。その中でチェロに接することが出来る幸せをもう一度思い返そう。ネットでの間接的な知り合いに過ぎなかったが、チェロ吉さんの生き様から、それを学ばせていただいたような気がする。

チェロ吉さんのご冥福をお祈りしたい。

補助金行政はいい加減にしてもらいたい 

臍帯血移植は、血液系悪性新生物の治療では重要な位置を占めている。また、実際、非血縁者間の骨髄移植に匹敵する成績を上げているらしい。

ところが、臍帯血バンクはすべて赤字だそうだ。下記の報道を読んで、何がおかしいと感じられるだろうか?

医療に携わる者としては、「臍帯血移植には実際200万円のコストがかかるのに、公的医療保険の診療報酬は約17万円だけ」という点に、大きな違和感を覚える。赤字になるのは当然のことだ。この赤字分を、補助金で埋め合わせ、血液センターや大学からの補助も得て、何とかやり過ごしてきたのだろう。が、この一桁少ない診療報酬の決め方がおかしい。赤字分は、補助金で都合をつける、だから行政の言うことを聞け・・・という行政の裏の声が聞こえてきそうだ。

骨髄バンクは、以前取り上げたように、官僚が天下り、かなりいい加減なマネージメントをし、個人的な問題も起こしているようだ。臍帯血バンク程は財政的に悪い状況ではないようだ。天下りを受け入れている点が、臍帯血バンクとは異なるのではないだろうか。

医療費が切り下げられ続けてきたことは、国の財政が破綻寸前だからということもあるだろうが、一方で、診療報酬という正当な対価を設定せずに、補助金で医療機関や関連組織を縛り上げ、官僚の権益を上げることを行ってきた。これはそろそろ止めにしてもらいたい。患者の高額な負担に対して補助をすべきなのだ。

診療報酬をこのように低く設定することは、国が国民の健康を蔑ろにしている、ということを意味する。それが国民に理解されるまで、医療は崩壊を続ける。


以下、引用~~~

さい帯血バンク、全国11カ所すべて赤字 09年度、総額2億円
10/09/21
記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社


さい帯血バンク:全国11カ所すべて赤字 09年度、総額2億円


 白血病患者への移植治療などに用いられるさい帯血を管理する全国11カ所のさい帯血バンクが、すべて赤字経営に陥っていることが分かった。バンクを統括する「日本さい帯血バンクネットワーク」(会長・中林正雄愛育病院長)が18日、神戸市で開いた全国大会で明らかにした。09年度の赤字総額は約2億円に上る。この日の全国大会で、09年度は各バンクが240万~約6300万円の赤字経営となり、総額は1億9911万8000円に上ることが報告された。

 現在、移植は年間800~900件実施されている。移植には、1件当たりの検査や管理などで約200万円かかるが、公的医療保険の診療報酬は約17万円と決められている。バンクは移植の普及に取り組んでいるが、実施するほど赤字が膨らむ構造になっている。

 さい帯血バンクは、収入の大半を国から支給される約6億円の補助金に頼っている。しかし、経営母体の血液センターや大学病院が補てんしなければ運営できないのが実情だ。一方、厚生労働省は来年度予算の概算要求で補助金約3000万円の増額を求めている。

 大会では、全国11カ所のバンクそれぞれで実施しているさい帯血の処理や冷凍保存などの事業の効率化を図るため、将来的に集約化すべきだとの意見が出された。【藤野基文】


院内感染対策についての的確な見解 

院内感染対策について岩田神戸大学教授がMRICに素晴らしい文章を寄稿している。臨床現場の切実な声は、岩田教授の発言に要約できるのではないだろうか。

厚生労働省の医系技官が、臨床を知らない、現場の問題を把握しようとしないことが、このインフルエンザ問題で完膚なきまでに明らかになった。この官僚システムの制度疲労をどうすれば良いのだろうか。

岩田教授は、昨シーズンのインフルエンザ対策会議(または、その反省の集まり)のメンバーで、そこでも正論を繰り広げられておられたと思うが、新しいインフルエンザ対策会議のメンバーから外されている。その会議のマスコミ・一般関係メンバーでは、以前予防接種について適格な問題提起をしていた方もいたが、今回のメンバーには、伊藤某という医療訴訟原告(敗訴しているはず)から「医療問題評論家」を称している方しか入っていない。

官僚にとって耳が痛いことを述べる専門家が、こうした会議から外されることこそが、厚生労働省の問題だ。


以下、MRICより引用~~~

院内感染対策は専門性、総合力、そしてビジョンの問題

岩田健太郎
神戸大学医学部附属病院感染症内科
2010年9月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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 2010年9月9日の産経新聞によると、厚労省は「帝京大病院の多剤耐性アシネトバクターによる院内感染問題や国内で新型の耐性菌が検出されていることを受け」、多剤耐性菌の発生動向把握のための具体策の検討を始めたという。

 厚労省が耐性菌の問題に注目することそのものには、特に問題はない。問題は「発生動向把握」のために策を練るという目的にある。
 我が国の奇妙なところは、何か問題が生じると早急に何らかの対策を立てなければならない、と浮き足だってバタバタと走り出してしまうことにある。感染症対策、高齢者の戸籍問題など、ほとんど全ての問題が同じパターンで、同じ構造で、毎度毎度繰り返される。騒ぎ立て、「何とかしろ」というマスメディアとそれに呼応して政治的に正しく振る舞おうとする政治家が、「早くしろ、対策を立てろ」と急き立てるのである。我が国の官僚は常に多忙であるが、その割に生産性が低いのはこのような脊髄反射的な仕事に追われているためである。

 すでに多剤耐性アシネトバクターは全国の多くの医療機関で検出されていることが分かっている。同等の耐性を持つ緑膿菌も、その他のグラム陰性菌も普遍的に日本中の病院に存在することは我々専門家は「昔から」分かっている。報じられたNDM-1産生菌についても、特に他の耐性菌と本質的に異なったり、対策に違いがあるものではない。つまり、日本の耐性菌問題は何年も何十年も恒常的に継続されている慢性的な問題なのである。慢性的な問題に可及的速やかな対策をとる根拠は二つしかない。メディア対策と政治的自己満足である。そこでは病院の医療者やそのユーザーたる患者の利益はまったく顧慮されていない。
 なぜ、耐性菌の動向を把握するのか。この質問を先日、厚労省結核感染症課の官僚に尋ねたが、「それは耐性菌の状況を把握して情報提供し、耐性菌対策の助けにするためだ」と立て板に水のような「模範解答」が返ってきた。しかし、そのような机上の観念と現実は(他の多くの医療行政がそうであるように)かなりの乖離がある。

 すでに耐性菌の報告システムは日本に存在している。例えば「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(いわゆる感染症法)」では、1999年より耐性緑膿菌の定点報告を義務づけており、その発生動向を調査している(2003年より5類感染症)。
 しかし、この報告が医療現場の助けになることはほとんどない。なぜなら、耐性菌の情報とは「全国がどうなっていますよ」という情報ではなく、「うちの病院ではこうですよ」「私のいる病棟ではこうですよ」という情報こそが大切だからだ。こういう情報を我々はローカルな情報と呼ぶ。だから多くの病院では「アンチバイオグラム(病院や病棟における耐性菌情報)」を作成して、実地診療に役立てている。

 では、行政として耐性菌の発生動向を把握する意味はないかというとそんなことはない。多剤耐性緑膿菌(MDRP)は日本で承認されている抗菌薬が全く効かない耐性菌である。したがって、その発生動向を調査すれば日本でこの菌が普遍的に検出されているリアルな問題であることが即座に理解できる。もし耐性菌情報を現場の医療に活かそうと官僚が本気で考えているのなら、「これではいかん」とMDRPの治療薬の緊急承認や普及に尽力を尽くすのが筋であろう。 
 しかし、厚労省はこれまで「耐性菌対策と医薬品承認・審査は担当が違う」「製薬メーカーから申請が来ていない」という誠に「官僚的な」言い訳で知らんぷりを決め込んでいた。対策もとらず、ただ病原体を届け出させて数を数えているのなら、これは子どもの夏休みの絵日記と同じである。「今日はとんぼを2匹見つけました」と日記に書くのと構造的に同じだ。

 得られた情報に呼応する対策が講じられない限り、病原体の「届け出」には意味がない。それは「対策をとっていますよ」というポーズ、アリバイ作りにしかならない。あるいは研究者の研究材料にしかならない。現場の医療者は、そして患者はひとつも得をしないのである。
 感染症対策の先進国であるオランダでも届け出感染症は存在する。ただし、「届け出することで対策をとり、公衆衛生的な介入をかけ、そして減らすことが可能な」感染症のみが届け出義務を有している。しかも、多忙な医療者の便宜を図り、報告は電話でもファックスでもメールでもOKである。これに対し、日本の感染症では多くの場合、「届けて何をするか不明瞭な感染症に」報告義務を課している。例えば、「急性ウイルス肝炎」には届け出義務があるが、急性肝炎を報告しても肝炎は絶対に減らない。もしウイルス性肝炎を本気で減らしたいのであればキャリア(ウイルスを有するが症状のない場合)の数を調べなければならないのだ。日本の届け出用紙は記載事項が多く、これも現場の医師には評判が悪い。デング熱の届け出をするのにどうして患者の住所や氏名が必要なのか。ヒト?ヒト感染をしないデング熱の場合、発生数さえ把握できていれば感染対策上問題はない。感染対策を何故やるのか、という根源的な理由を理解しないまま多くの保健所は「報告を受けたので」という理由患者の家に電話をかけて「情報収集に」あたっている。対策に寄与しない不要な検 D?M>pJs$NO31L$G$"$k!#

 このように、日本では感染症発生動向把握に対するビジョンやプリンシプル(原則)がないのである。動向を把握してどうしたいのだ?という目標がないのである。ただ場当たり的にメディアに呼応し、それを報告させて対策をとっているふりをする。これが重なって現場はますます疲弊するという構造である。
 繰り返すが、日本の耐性菌問題は昨日今日起きた緊急の問題では決してない。長い間、我々専門家が必死で取り組んできた慢性的な問題である。プロが長い間取っ組み合ってきた問題であるということは、この問題に「イージーなソリューション(解決策)が存在しない」ことを明白に示唆している。イージーなソリューションがない問題に、安直な届出制度を作ることで「解決してしまったふり」をしてはならない

 耐性菌の問題は、耐性菌の数を数えたからといって解決するわけではない。検査の方法、日常の抗菌薬の適正使用、病棟における感染対策、そして耐性菌感染症の治療戦略など、たくさんの施策を重層的に駆使して対策する。病院の総合力が大切なのである。ならば厚労省がもっとも心を砕くべきは病院の総合力アップのための施策である。それは病院で感染症のプロがフルタイムでコミットしやすい施策であり、病棟が安全に運用されるための施策であり、抗菌薬が適正に使用される施策でもある

 一方、病院は「耐性菌対策のため」に存在するわけではない。過剰な耐性菌対策はコストもかかるし日常診療を圧迫する。日常診療を円滑に進めつつ、適切な感染症対策を継続する「塩梅」が大事になる。塩梅、微調整が必要となる問題については専門家がよくよく現場を俯瞰して、その場その場の「妥当な振る舞い」を決めなければならない。中央が一意的に計画書をたてるような対策法は、「塩梅」の重要な院内感染対策にはそぐわない。ことあるごとに厚労省や保健所が調査に入るような「労多くて益少ない」対策だけはごめん被りたい。

 厚労省は何も慌てる必要はない。時間をかけるべきである。まずは多種多様な感染症の専門家の意見をじっくりと時間をかけて聞いてほしい。そしてなによりもまず最初に、我々はどのような院内感染のあり方を目指しているのか、ビジョンを明確にすべきである。病院が病院である限り院内感染はなくならない。なくならない、という前提でどこまでの対応が妥当なのか「塩梅」探しの模索をすることこそがビジョンの追求である。

参照 岩田健太郎 古谷直子 オランダには何故MRSAがいないのか?差異と同一性を巡る旅 中外医学社 2008年

Steve W7QC 

昨日から今日にかけて、Steve W7QCと二度お目にかかった。一回目は、昨夜遅く、7メガでAlan WA6MOWとの交信を終えた時に、Bruce K6ZBと同時に呼んできた。Steveは、かねての予定通り、近くの山の頂近くにキャンプしている。木曜日から日曜日にかけて、週末のローカルのコンテストに出るために、そこに移動したのだ。昨年は、風が吹き荒れ、テントが飛ばされそうになったということだったが、大きな石でテントを固定して飛ばされずに済んだらしい。ベアフットであるが、結構な強さ。

夜中に目が覚めて、外に出てみると満天の星が見えたとのことだった。老後、一人で生活し、気の赴くままにこうして、野外に出かけてゆくことができる、また実際出かけてゆく、彼の境遇・意思が素晴らしい。車のディーラーであるAlanと、車の買い替えの話をしていたのを耳にしたのだろう、Steveにとってこれまで最高の車は、Toyotaだった、とのこと。忘れたものを買いに、日中町に下りる積りだと言っていた。

今朝、14メガで2,3度CQを出し続けていると、彼が、「我慢し切れなくてもう一度呼んだ」と言って、出てきた。彼のコールは、いつでも歓迎だ。CONDXが良くて、ヨーロッパそれに東海岸の多くの局と交信できたと言っていた。そこでの彼のアンテナは、80mのループだ。東側に開けた場所らしい。自宅で悩まされている、電灯線から生じるノイズがなく、バンドがとても静かなので、euphoricになってしまうと言うので、笑ってしまった。

彼が、こうして移動運用をするのは、自然の環境のなかで無線を愉しむこともあるのだろうが、コンテストで珍しいカウンティを「サービス」することも目的らしい。夜に満天の星を眺め、静かなバンドに微笑みながら無線を愉しむ彼の愉しみ方は、せかせかしつつコンテストスタイルの交信だけをしているJAの移動組の面々に、何かが欠けていないかと問いかけているような気がしないでもない・・・余計なお世話か。

警察の罪、厚生労働省の罪 

帝京大病院の院内感染問題が公表されて、すぐに警察が捜査に動き出した。

担当したのは、警視庁捜査一課であるという。

警視庁のサイトで、刑事警察の仕事の説明が次のようになされている。

刑事警察の仕事
 人々の生活形態の多様化といった社会の変容に伴い、巧妙化、複雑化、高度化の度合いを深める犯罪。その最前線で、日夜「悪」と対峙しているのが、「刑事」です。

 事件発生とともに現場に急行し、鑑識係員とともに綿密な現場検証を行い、証拠資料を収集し、同時に被害者や目撃者等の話を聞き取り、有形・無形の証拠を一つ一つ積み重ね、地道な努力により、犯人を割り出し検挙します。

 犯人の取調べを徹底し、供述に基づく裏付捜査を行って事件の真相を明らかにし、これを法のレールに乗せ、犯した罪を償わせて被害者の無念の思いに応えることが刑事の仕事です。



刑事警察が捜査に入ることは、医療のなかに「悪」が存在し、「犯人」がいることを想定している。そして、彼らは、犯人を検挙し、罪を償わせることを目的としている。そこには、医学的な検討や、再発防止の方策を見出す作業はない。

警視庁捜査一課について下記のように説明されている。

刑事警察の種類
 警視庁刑事部では、罪種によって担当するセクションが決められ、それぞれの専門性を活かした捜査活動が展開されています。
捜査第一課

 殺人、強盗、傷害、放火といった「強行犯捜査」のほか、誘拐、ハイジャック、爆破事件等の「特殊犯捜査」


殺人強盗のような重大犯罪、また特殊捜査が必要になる重大犯罪が対象のようだ。

院内感染問題のような医療上の困難な問題が生じた時に、捜査一課が、重大犯罪として捜査に「乗り出す」という可能性がある、としたら、院内感染が問題となる重症患者の医療を、医療現場では忌避する傾向が生じる。困難に立ち向かい、少しでも予期せぬ結果が出たら、捜査一課によって重大犯罪の可能性があるとして捜査されることが分かったら、そのような医療には、医療人は手を出さないことになる。

今回の問題で、警察がこのような行動に出たこと自体が問題だが、何としても解せないのは、問題が公になるや否や、捜査を開始したことだ。警察が捜査の対象にすることで、上記のように重大な影響を医療に及ぼすことを理解していないのか、理解した上で、何らかの意図の下に捜査に取り掛かったのか。

郷原信郎氏が、検察のあり方に警鐘を鳴らしたことと同じことが、警察のこうした行動にも言えるのではないだろうか。社会の辺縁にある犯罪事象を社会から消し去る時には、社会は検察の正義に信頼を置いてきた。が、社会の中枢の問題に、検察が安易に手をつけることによって、社会に負の甚大な影響を及ぼすことになった、ということだ。警察は、社会システムの微妙な問題に手を出すことによって、その問題の関連するシステム全体に大きな悪影響を及ぼすことになる。そうした検察や、警察は強い批判にさらされることになる。

もし、この警察の行動が、厚生労働省の医系技官の意図の下に仕組まれたとしたら、医系技官の罪は重い。これは、想像の域を出ていないが、帝京大学から権益を得ることを医系技官が意図していた可能性があると言われている。医療事故調に反対した帝京大学病院の新院長を失脚させ頓挫している医療事故調を医系技官の意図通りに立ち上げ、そこに天下り先等医系技官自身の権益を得る、という可能性もnyamajuさんが、コメントし教えてくださった。こうした可能性が否定できるのか、「捜査」をすべきは、むしろ厚生労働省の方だ。

院内感染防止のための実質的な診療報酬上の手当てを、今春まで行なってこなかった。また、院内感染のサーベーランスを十分機能させず、院内感染が生じたときの医療機関へのバックアップ体制を取ってこなかったこと等も、医系技官の怠慢だろう。こうした不作為の罪を、誰かが暴き、裁いてくれないのだろうか。それをしてもらえないと、医療はますます悪い方向に向かってしまう。

Rumen LZ1MS 

昨日夜14メガがヨーロッパに良く開けていた。強力な信号のRumen LZ1MSを見つけて、呼んだ。2,3年ぶりの交信ではないだろうか。

彼が、中米のBelizeに滞在していた頃(90年代前半だったか)、V31LZとして7メガによく出没しており、何度か交信し、その後彼がFOCに入ってから頻繁に・・・といっても年に何度かの頻度で、このところは間隔が空いたのだったが・・・お目にかかっていた。

経済学、特にビジネスの国際関係論が専門と伺っていた。Belizeにもその専門を教えるために行っておられたと伺っていた。そもそも、ブルガリアのような東ヨーロッパの局で、英語で話しが出来る局は多くはない。ブルガリアでは、Rumen以外に話し込むのは、Dim LZ1AFくらいしかいない。ブルガリアの政治経済の様子は、かなり気をつけていない限り、ほとんどマスコミのニュースでは入ってこない。

Rumenに、経済状況はどうなのか、近くのギリシャ等が経済が破綻しかかっているようだがと尋ねた。Rumenに言わせると、ブルガリアはそれほどは酷い状態ではない、上手く動いている、ギリシャの影響を確かに受けているが、とのことだった。経済の専門家のはずだが、あまりその手の話題には乗ってこない。

Belizeにいた頃から使っている、TS870を大切にまだ使っているらしい。ブルガリア製のアンプにKT34XAというかって無線界で流行したトライバンダー。ケンウッドから今秋市販される新しいトランシーバーに注目している、もし良いものであれば、買いたいと思っている、とのことだった。ご家族のことでは、1年前に最初のお孫さんAngelaが生まれた由。孫娘自慢の祖父になったよと言って笑っていた。

QRZ.comの彼のページを覗くと、上記と同じ情報が記されている。1956年生まれだから、50歳代半ばだ。90年代後半に、ブルガリア政府の閣僚(財務大臣や、第一副首相)を務めた様子。同じ頃、国連の経済関連のスタッフも務められたようだ。こうした話しは無線では一度も聞いていなかった。彼自身、経済的には恵まれているのだろう。その経歴からして、国内経済の状況はどちらかというと良い方に受け取っているだろうし、国外の友人にもそのように話したいのだろうなと納得した。今度お会いした時には、彼の考えにそのバイアスはかかっていないか尋ねてみなくてはなるまい。

今月下旬から、新しい年度が大学で始まる、授業の準備をしていると張り切っておられた。

徹底していないだけという、官僚の認識 

地域の保健所から、「院内感染対策の徹底について」というタイトルのメールが送られてきた。帝京大病院でのアシネトバクター感染問題を受けて、厚生労働省が保健所を通じて、医療機関に出した通達のようだ。

多剤耐性アシネトバクター(MDRAと略す)の疫学と簡単な説明に続いて、MDRA院内感染の「対策」が記されていた。

国立感染症研究所第二細菌部長 荒川宣親氏の文章のようだ・・・

「対策としては、緑膿菌と同様に、日常的な医療環境の衛生管理の徹底と標準予防策の励行とともに、本菌が尿や喀痰などから検出された患者における接触感染予防策の徹底、さらに病院内の湿潤箇所や、特に人工呼吸器の衛生管理と消毒などに留意する必要がある。点滴などの混合は、可能な限り無菌的な環境と操作により行い、混合後直ちに使用する。」

一方、世界標準の対処方法の一つを述べた総説を以下に挙げる。

院内感染共通感染原の発見、そのために培養と菌のタイピングを行うこと。

一連の感染予防策を講じること、即ち、厳重な環境整備、再利用医療機器の効果的な無菌化、手指の洗浄の励行、接触感染の予防等。

この対策にかける温度差を、厚生労働省の文書と、この総説の間で感じてしまう。特に、大きいのが、培養とタイピングを、流行時には行うことを強調している点である。厚生労働省は、JANISという限られた医療機関でのサーベーランスシステムがあることを紹介しているが、実際にMDRA院内感染が生じたときに、医療機関が培養・タイピングでどのように対応すべきかを述べていない。

さらに、重要なことは、こうした感染予防に関わる、医療機関の人的・経済的な負担について、一言も言及がない。厚生労働省は、この春まで、院内感染防止への診療報酬上の手当てを全くしてこなかった。本腰を入れて、厚生労働省が、院内感染防止に乗り出しているとはとても思えない。

院内感染対策の徹底について、下々の医療機関に通知するということは、その対策は既に厚生労働省から出されており、現場が徹底していないだけ、という官僚の認識なのだろう。


Lancet Infect Dis. 2008 Dec;8(12):751-62.

Current control and treatment of multidrug-resistant Acinetobacter baumannii infections.
Karageorgopoulos DE, Falagas ME.

Alfa Institute of Biomedical Sciences, Athens, Greece.

Comment in:

Lancet Infect Dis. 2010 Mar;10(3):143-4.

Abstract
Institutional outbreaks caused by Acinetobacter baumannii strains that have acquired multiple mechanisms of antimicrobial drug resistance constitute a growing public-health problem. Because of complex epidemiology, infection control of these outbreaks is difficult to attain. Identification of potential common sources of an outbreak, through surveillance cultures and epidemiological typing studies, can aid in the implementation of specific control measures. Adherence to a series of infection control methods including strict environmental cleaning, effective sterilisation of reusable medical equipment, attention to proper hand hygiene practices, and use of contact precautions, together with appropriate administrative guidance and support, are required for the containment of an outbreak. Effective antibiotic treatment of A baumannii infections, such as ventilator-associated pneumonia and bloodstream infections, is also of paramount importance. Carbapenems have long been regarded as the agents of choice, but resistance rates have risen substantially in some areas. Sulbactam has been successfully used in the treatment of serious A baumannii infections; however, the activity of this agent against carbapenem-resistant isolates is decreasing. Polymyxins show reliable antimicrobial activity against A baumannii isolates. Available clinical reports, although consisting of small-sized studies, support their effectiveness and mitigate previous concerns for toxicity. Minocycline, and particularly its derivative, tigecycline, have shown high antimicrobial activity against A baumannii, though relevant clinical evidence is still scarce. Several issues regarding the optimum therapeutic choices for multidrug-resistant A baumannii infections need to be clarified by future research.

観音院 

仕事場への通勤路、畑をはさんで、鬱蒼とした木々に囲まれた場所がある。観音院の境内。中まで入ったことがないのだが、18世紀に建てられた天台宗の寺院らしい。通常信者の墓を持たない、厳しい戒律の寺だったようだ。中には、平安朝の時代に由来する絵画も保存されているらしく、歴史は、江戸時代以前に遡るようだ。

と、もっともらしく書いたが、これはネットで調べた情報。

以前にアップした、弁天塚古墳のすぐ近くに、この寺があり、昔の人々が宗教と近いところで生活していたということに、改めて感慨を持つ。

IMG_1423-1.jpg

これを撮ったのは、1週間ほど前だったか。すでに稲の刈り取りが始まっている。

デュメイ、ワンそれにピリスの弾く、ブラームスのピアノトリオ1、2番を大きな音でかけながら、この通勤路を飛ばしている・・・そろそろ帰ろう・・・。

行政・警察・マスコミが医療現場を麻痺させている 

多剤耐性緑膿菌(MDRP)の検出状況を化学療法学会が調査報告したと、読売新聞が伝えている。このMDRPが、MBL陽性か否かが分からないが、6割の医療機関で検出されたとされている。MDRPは、検出されることは決して多くはないとされてきたのだが、こうした多剤耐性菌の蔓延は全国的に広がっているものと思われる。この報道で目を引いたのが、帝京大学病院だけ、その死者数と共に名指しされていることだ。これは、マスコミだけの意図したことなのか、それとも背後にいると思われる行政の意図するところなのか。帝京大学病院へのバッシングが、マスコミでも続いている。

帝京大学病院では、救急患者受け入れ、新規患者入院の自粛を決めたようだ。警察が刑事犯罪として捜査をし始めている状況では、止むを得ない選択だったのだろう。患者さんが困ることは勿論だが、そこで働く医療従事者にとっても生半可なことではない。院内感染を完璧に防ぐことを、行政や警察が求めるとしたら、医療は成立しない。

これは、主語・目的語の不明確な”機能まひ”ではない、行政と警察によって強制的に機能を停止させられたのだ。医療現場に警察が捜査に入ることは、こうした事態になることを意味する。これで不測の事態が二次的に起きるとすると、それは行政と警察の責任である。


以下、引用~~~

"機能まひ"に広がる不安 救急、入院の受け入れ自粛 耐性菌
10/09/09
記事:共同通信社
提供:共同通信社


 多剤耐性菌の院内感染の広がりを受け、帝京大病院(東京都板橋区)が、救急患者や新規入院患者の受け入れを無期限で自粛すると決めた。救命救急だけでなく、休日・夜間診療も担う拠点病院の"機能まひ"に、患者や住民、医療関係者から不安と当惑の声が上がる。「安全が確認できるまで再開できない」とする病院。東京都や東京消防庁も対応に乗りだした。

 「入院できなくなったら、突然重い病気にかかったときにどうなるのか心配だ。かといって、院内感染で死んだらたまらないし...」。帝京大病院の近くで理容店を経営する鬼澤喜重(おにざわ・よししげ)さん(63)は複雑な思いを口にした。

 「持病があるので緊急時に頼れなくなるのは困る」「救急がなくなるのは心配だ」。患者や家族にも動揺が広がった。

 8日の記者会見で、森田茂穂(もりた・しげほ)院長は自粛の理由を「患者の環境が安全であるということを確認した後でなければ、受け入れはすべきではない」と説明した。

 今後、入院中の患者約900人の痰や尿、便など検体だけでなく「漏れのないように」とベッド周辺まで細菌検査すると宣言。「再開は外部委員の判断に委ねる。正確な期限は分からない」と、めどすら示さなかった。

 1154床の帝京大病院は、重篤な患者を受け入れる「救命救急センター」に指定されている。さらに都の「休日・全夜間診療事業」も実施し、年間を通じ、命に危険はなくても入院が必要な救急患者を診ている。都によると、昨年度はこの事業だけで約6千台の救急車を受け入れた。

 病院、診療科ごとにリアルタイムで受け入れ可否を〇×で示す東京消防庁の「救急医療情報システム」。担当者によると、実は帝京大病院の表示は7日夜から全診療科×印だった。

 同庁は現場の救急隊員に受け入れ不可であることを周知。同時に本庁の総合指令室で、特に板橋区周辺で救急隊員が搬送先選定に苦慮する事態が起きないか、注視することを決めた。

 救急医務課の永野義武(ながの・よしたけ)係長は「今のところは特に影響は出ていない。だが今後もないとは言い切れず、長期化だけは避けたい」と話す。

 都も8日、都内の全医療機関に「救急患者の受け入れ態勢に万全を期してほしい」と文書で依頼した。「900人もの患者を検査して安全確認をするとなると、それなりの日数はかかる。周辺の医療機関を集め、各診療科でどの程度カバーが可能か、話し合う必要も出てくるかもしれない」と担当者。

 周辺の病院にも波紋は広がる。近くのある病院長は「救急受け入れは現状でも手いっぱい。混乱するのは確実だ」。一方で板橋区医師会病院の泉裕之(いずみ・ひろゆき)院長は「今回のような院内感染は例がなく対応も難しい。自粛の決断は尊重すべきだ」と話した。


行政の硬直性と責任回避の態度 

小松秀樹氏が、帝京大学病院院内感染問題について、発言している。行政の可塑性のなさ、規範によって現場を縛ろうとする態度が、問題をこじらせている、という。諸手を挙げて賛成したい。

さらに、行政が帝京大学のガバナンスに対して不満があり、そのために懲罰的な対応をしている可能性を、小松氏は指摘している。そう言えば、警視庁捜査一課が捜査に乗り出すタイミングが異様に早かった。行政と警察権力が、裏で相談していたと考えると納得できる。警視庁が医療現場の出来事を、刑事犯の対象として扱うのは、謙抑的にすべきだったというのが、大野事件の反省だったのではないだろうか。

ガバナンスへの不満とは、要するに、官僚の天下り先が提供されぬといった行政の権益確保がままらない状況への不満なのだろう。

無床診療所にも、医療安全等に関して、年二回スタッフの教育を行うように、厚生労働省は最近定めた。大半が、パートのスタッフであり、一体何を教育すべきなのだろうか。さらに、年二回の教育で効果が出るのだろうか。恐らく、無床診療所でも何か問題が起きたときには、この通達を盾に、無床診療所を行政は追及する積りなのだろう。あの通達一つで、行政の責任は果たしたという積りなのだろう。診療報酬は、次々に下げ、医療現場に無理を強いる一方で、通達一つで行政は責任回避をするのだ。

訂正を一点。今春4月の診療報酬改正で、院内感染対策に対して、点数がついたらしい。前の発言で、診療報酬がついていないという発言を訂正したい。ただし、院内感染専従者の数、仕事量からすると、この加算ではまだまだだろう。


以下、MRICより引用~~~


「国民を元気にする政治」とは?

小松秀樹
2010年9月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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 またぞろ、行政-マスメディア連合による犯人探しとバッシングが始まった。

 9月6日付のasahi.comによると、帝京大学病院の院内感染問題で、長妻厚生労働相は「重大な院内感染が発生したらルールにのっとって報告することが必要。きちんと機能しているのかどうか検証が必要だ」と話したという。9月6日の午後には立ち入り調査が行われた。警察による業務上過失致死傷を視野に入れた事情聴取も始まった。

 報告しなかったことが被害を拡大させたとする報道もあるが、報告することで被害が防げるわけではない。報告は、法律ではなく通知により求められているもので、厚労省からのお願いレベルのものだという。

 加罰的扱いをするには、立法が必要である。そうでなければ、行政の暴走が防げず、三権分立の意味がない

 現実問題として、報告しても対策の財政的支援が得られるわけではなく、状況によっては不利益を伴う処分さえ下されかねない。厚労省は、無理を押し付けるということにおいて、医療現場から悪代官のような存在とみなされている。

 そもそも、報告をためらわせるような厚労省の姿勢に問題がある。厚労省の今後の対応によっては、さらに情報が集まりにくくなりかねない。

 報道によると、帝京大学病院の感染対策に問題があったとされる。しかし、安全対策には人的・物的資源が必要である。

 感染防止対策に不十分ながらも、診療報酬がついたのは、問題発生以後の、2010年4月からである。出来高払いでは、一人の患者が一回入院すると1000円が支払われる(DPCでもほぼ同額になる)。亀田総合病院で年間2000万円程度になる。しかし、感染対策室には、専従職員が3名、検査室との兼任の感染症の専門医が1名、他に感染症科の医師が5名常時活動している。大病院でも、4月以前に十分な対応できていたところは少ない。

 多くの病院で、対応の努力を始めた段階にあると考えるべきである。実際、診療報酬はぎりぎりに抑制され、多くの病院が赤字に苦しんでいる。報酬が発生しないところに費用をかける余裕がない。これに加えて、感染対策を専門とする医師、看護師は少なく、すべての病院が厚労省の求める人材を確保できる状況にはない

 検査体制を整えている病院で、多剤耐性菌による院内感染を経験していない病院はない。常に対応をし続けているといってよい。

 多くは弱毒性で、健常人には病原性がないが、化学療法を受けている進行がん患者や、大手術を受けた患者など、免疫力が低下している患者ではときに致命的になる。

 世界の専門家から様々な認識や対応が発表されている。人的、財政的制限があるので、あらゆる対応がとれるわけではない。院内感染は、医療側の対応と新たな問題の発生で、時々刻々、その様相を変えている。

 院内感染の撲滅が当面不可能であること、人間の生命が有限であること、医療が不完全であることを前提に、冷静に実情を認識すべきである。不可能なことを規範化すると、士気の低下を招き、医療現場が荒廃する。

 問題になった多剤耐性アシネトバクター・バウマニは乾燥に強く、栄養要求性が低いという。このため、近年、院内感染の主役だったMRSAと異なり、環境に広く分布し、死滅しにくい。手洗い中心だったこれまでの対応で制御しきれないこともあろう。

 厚労省は、規範との整合性ではなく、社会にもたらす結果を基準に、すなわち、今後の耐性菌による被害を最小限にするのに有用かどうかを基準に、対応すべきである。

 具体的には、現場の心理的障壁を小さくして情報を集めやすくすること、集まった情報をすべて開示すること、現場の対策を支援することである。

 厚労省が、さまざまな背景を持つ現場に、罰則による威嚇を伴った一律の指令を出すことは、院内感染対策には有害無益である。対応するのは厚労省ではなく、多様な背景を持つ現場である。厚労省はその援助しかできない。

 行政は法による統治機構であり、原理的に医療を上手に扱えない。物事がうまくいかないとき、自ら学習せずに、規範や制裁を振りかざして、相手を変えようとする。原理主義的で適応性に乏しい。これに対し、医学・医療では、物事がうまくいかないとき、自ら学習し、知識・技術を進歩させる。実情の認識を基本とするので、無理な規範を振り回すことがなく、適応性に富む。

 CDC(アメリカ疾病予防管理センター)では、刻々と変化する医療の状況に科学で対応するために、行政官ではなく、医師が主導権をもっている。

 逆に、日本の厚労省は、自らの責任回避のために、現場を細かく縛る無理な規範を設定して常に現場を違反状態におく。問題が浮上してくると、現場に責任を押し付ける。新型インフルエンザ騒動では、水際作戦に代表されるように、無理な規範を掲げて、実質的に強制力を伴う事務連絡を連発し、無残な失敗を重ねた。

 報道機関から漏れ聞くところでは、厚労省が加罰的対応をしているのは、帝京大学での沖永家による支配体制が気に入らないからだという。ガバナンスに問題があるのなら、院内感染と切り離して、ガバナンスに問題があることを真正面からとりあげるべきではないか。別件逮捕のようなことをすると、院内感染対策が歪む。

 古い体験を話す。35年前、東京大学泌尿器科学教室では細菌培養を中央検査室ではなく、教室の研究室で実施していた。そのデータは病院全体の感染管理に還元されていたわけではない。大学は各科の独立性が強く、病院全体のガバナンスはほとんどなかった。

 病院のガバナンスは、比較的最近、輸入された考え方である。しかも、望ましい医療機関のガバナンス像は常に変化している。例えば、国際的な病院評価機関であるJCIはガバナンスも評価しているが、数年ごとに基準を変更している。医療機関のガバナンスの実態も常に変化している。しかも実際の医療機関は極めて多様である。望ましい定常状態を想定してそれを押し付けること自体無理がある。

 全国の大学病院のガバナンスの実態はどうなのか。その中で、とくに帝京大学が劣っていたのか。多少なりとも問題のない病院はあり得ない。ガバナンスのありようを外部から強権で変えること自体、ガバナンスを傷つける。厚労省からの天下り役人が帝京大学を支配するようなことがあれば、かえって弊害が出かねない。

 実際、厚労省の天下り役人が支配してきた骨髄移植財団では、天下り役人がセクハラ、パワハラを繰り返し、大量の退職者が出た。財団は、セクハラ、パワハラに抗議した部長を解雇したが、不当解雇だとして訴えられ、敗訴した。

 良いガバナンスとは、制御の利いた合理的な自律である。内部に真摯な動きがないと、いくら外部から叩いても、改革は成功しない。具体名はあげないが、複数の大学の例が実証しているように思える。

 そもそも、帝京大学のガバナンスが悪かったから耐性菌の問題が明らかになったのか、改善されたから明らかになったのか。漏れ聞くところでは、事件後4月に新院長に就任した森田茂穂氏の英断で、外部調査委員会が開かれ、すべてが開示された。望ましい自律の動きが始まった可能性がある

 菅直人総理大臣は国民を元気にする政治を唱えている。私は、菅総理の考え方に大賛成である。 フランスの政治哲学者であるトクビルは、政治的中央集権を評価するが、行政的中央集権を嫌う。『アメリカの民主政治』の中で、菅総理と似た考えを提示している。

 トクビルの意見を要約すると、以下のようになる。

国家が、国民生活の些細な部分まで支配すると、有能で活発な人間が、人々や社会に影響を与えられなくなる。国家は、人々を国家に頼らせ、自立できないようにしてしまう。国民は、臆病でただ勤勉なだけの動物たちの集まりにすぎなくなり、政府がそれを羊飼いとして管理するようになる。国民は、あらゆることを国家に頼るようになって、元気がなくなる。国家が衰えると、自力で生きられない元気のない国民は滅びる。

 行政権力は、日々更新されている医学的合理性と大量の情報を活用するための行動原理と能力を有していない。従来、行政権力が無理な規範で医療を統制することを、自民党が支えてきた。

 日本医師会は行政権力の下請けになっていた。これに、日本の医師の多くが反発し、2009年の総選挙で、民主党に投票した。選挙前の何年かの医療をめぐる議論が、政治の大きな流れを変える一因になった。

 医師たちは、政務三役に、行政権力の制御を期待した。長妻大臣の対応は、旧来の自民党と同じであり、日本人の元気を奪うものである。失望を禁じ得ない。

バーゲンセール医療を捜査対象とすると・・・ 

医療機関、特に高度医療を実施する医療機関では、院内感染は深刻な脅威となっている。

帝京大学付属病院で、院内感染により患者が死亡したと報道され、警察が業務上過失致死で捜査を始めたと報道されている。

下記MRICの記事によれば、感染菌は、多剤耐性アシネトバクター・バウマニの由。同菌は、弱毒菌であるが、低栄養乾燥環境でも育ち、免疫力の低下した患者に感染を起こすと、対処が困難になるらしい。乾燥に対しても強いために、伝播を食い止めることも難しい。ただし、通常の免疫力を持つ正常人には感染を起こさない。

一方、帝京大学は高度医療を施す医療機関であり、犠牲になった方は、原疾患・治療により免疫低下状態にあった方々だったようだ。

こうした状況で、何故同菌の院内感染集団発生が起こったのか、今後どうしたら防ぎうるのかを、専門家が事実に基づき検討することが必要だ。ところが、今朝の報道では、下記記事の筆者が懸念されていた通り、警察が捜査に入ったとのこと。警察が入り込んで、何を解明しようと言うのだろうか。これは犯罪ではない。人的にも、物的にも限られた環境下で、院内感染を生じやすい病原体が、免疫力の低下した患者に感染を起こしたという、医療上の問題である。

警察の捜査は、問題の解明の障害になる。医療従事者は、自分に不利になる事実を隠すことになりうる。同じような院内感染のおきうる医療から、医療従事者は手を引くことにもなる。または、同様のケースが再発した場合に、それを隠蔽しようとする。こうした重大な副反応を必然的に生じる。マスコミと警察は、医療を破壊している

院内感染防止対策に対する診療報酬について触れておきたい。院内感染防止対策は、基本的に、入院基本料に含まれており、少数の消毒薬のコスト等以外は、対策に対して特段支払われない。むしろ、院内感染防止対策を取らないと、入院基本料から5点(50円、病床一日当たりということだろう)減点されてしまう。入院基本料が元来かなり安価に設定されており、院内感染防止対策を取らないと、収入を減らされてしまうのである。感染防止対策には、その専門家の人件費、施設、薬品、それに定期的な細菌培養等々、大きなコストがかかる。それを、国は、一大バーゲンセールをしているのだ。何のバーゲンか・・・医療費のバーゲンと思われるかもしれないが、結局は、患者の生命のバーゲンセールなのだ。

もう一点、私の調べた範囲では、行政はこの院内感染防止対策の対象としては、MRSAと緑膿菌を念頭においているようだが、このアシネトバクターのように、どこにでも長期間生存しうる病原菌対策として不十分きわまる。行政が想定しているように、院内感染対策は、いつまでも同じことを繰り返していたら十分ということは決してない。新たなな病原体に対して、有効な手立てを打つ必要がある。が、行政は、同対策は、お金をかけずに、同じようなことを繰り返すことを想定している。ここでも、患者の生命の軽視が明らかである。



以下、MRICより引用。

帝京大学病院におけるアウトブレイクの報道に思うこと

自治医科大学附属病院・感染制御部長、感染症科(兼任)科長
森澤雄司
2010年9月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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 多剤耐性アシネトバクター・バウマニによる病院内アウトブレイクが報道されています。私にはマスメディア報道を越える情報はありませんが、業務上過失致死の疑いで警視庁が動いていることを聞き及び、わが国の医療に禍根を残さないためにも、一方的な処罰感情のみに流されない議論がなされるべきであると考えて筆をとることとしました。

 医療技術の進歩や管理基準の向上、医療従事者の熱意と誠意に関らず、病院それ自体は感染症の温床であり、医療関連感染防止はすべての医療従事者にとってつねに最重要の課題の一つであり続けています。

 医療行為には必ず内在する感染リスクがあり、血管内留置カテーテル関連血流感染症や外科手術部位感染症などは、語弊を恐れずに言えば ”起こるべくして起こる” 合併症を医療従事者の不断の努力によって防止しているのです。日常的なケアのどこかに些細な破綻があっただけでも重大な結果をもたらしてしまうのです。

 また、病院という限定された空間に多数の患者が抗菌薬を投与されている状況は、抗菌薬耐性菌を集約することとなり、一般的にまれな高度耐性菌が病院においては日常的に跋扈することとなっています。

 高齢化社会に伴う患者数の増加、医療の高度先進化の一方で、医療費削減を求める現状においては病院における経費削減が経営上の必要課題となっていますから、医療の現場はますます少ないスタッフ数や予算でより多くの業務を負担しなければならず、患者と医療従事者のいずれにとっても安全が脅かされていると考えなければなりません。医療安全は広く国民の間で議論されなければならない重大事であります。

 今回の問題となっている多剤耐性アシネトバクター・バウマニは医療関連感染防止にとって重大な脅威です。高度耐性菌としては MRSA や多剤耐性緑膿菌が有名ですが、これらの細菌と比較しても多剤耐性アシネトバクター・バウマニへの対策は極めて困難であることが知られています。

 一般的に MRSA 対策は医療従事者の手指衛生と適切な個人防護具(手袋・ガウン・マスクなど)使用の徹底により対応することが出来ます。

 一方、緑膿菌やアシネトバクター・バウマニは栄養要求性が低く、さまざまな環境で生き延びることが可能であるために環境対策も必要となります。

 緑膿菌は乾燥に弱く、いわゆる水周りを押さえれば対策できるのに対して、アシネトバクター・バウマニは乾燥に強く、カーテンや診療端末のキーボードやマウスのような通常の環境表面でも数週間以上にわたり生存します。多剤耐性アシネトバクター・バウマニ対策には膨大な環境調査が必要であり、しかも細菌はスタッフや患者の手指などを介して環境を移動しますから、一度の環境調査だけですべてが明らかになるとは限りません。海外からは医療従事者が使用する PHS を介してアウトブレイクが認められたという報告もあり、多剤耐性アシネトバクター・バウマニへの対策は困難を極めます。

 そしてアシネトバクター・バウマニは抗菌薬耐性を獲得する能力にも優れており、耐性化したアシネトバクター・バウマニの中には多剤耐性緑膿菌と同じく現時点でわが国に使用可能なすべての抗菌薬へ耐性を示す場合があることが知られています。すなわち、高度耐性アシネトバクター・バウマニが感染症の起因菌となった場合、わが国では治療できないのです。

 幸いなことに緑膿菌やアシネトバクター・バウマニは必ず感染症を起こすわけではなく、単に保菌状態で過ぎる場合が多いのですが、侵襲的な医療処置が行われている患者では先述したような医療関連感染症を生じることがあり、病院内では重大なリスクとして対応する必要があります。

 厚生労働省でも多剤耐性アシネトバクター・バウマニの重大性を考慮して、昨年 2009年1月には都道府県に対して病院内における発生を報告するように求めた通知が出されています。

 しかし、これは法的義務ではなく、少なくとも医療の現場に対して明確な通達であったとは言い難いと判断しています。

 一部の報道では今回の帝京大学病院における事例について、保健所へ報告されていなかったことが最大の問題点であるかのように取り上げられていますが、厚生労働省からの通知は都道府県への “「お願い」ベース” であり、法的な義務ではなかったはずです。

 また、一般的に考えると、公衆衛生行政の介入で今回のような医療関連感染アウトブレイクが制圧できるとは考えにくく、もしも行政側の担当者が保身に走って一方的な “病棟閉鎖命令” などの過剰な対策を安易に乱発するようなことにでもなれば、医療現場の混乱は必至です。病棟を閉鎖してしまうと、その期間、患者は受け皿を失って、適切な医療が提供されないこととなります。

 高い見識と専門性を有する専門家によるリスク・アセスメントに基いた方針決定こそが必要です。わが国では日本看護協会が認定する感染管理認定看護師が 1,000 名以上に及んでおり、豊富な臨床経験と高い専門性に裏打ちされた現場での活躍が期待されますが、残念ながら多くの施設では十分な権限を与えられていません。”素人” による場当たり的かつ責任回避的な対策ではなく、現場に根付いたプロの判断が優先されることを願って止みません。

 さて、これも一部の報道による情報でしかありませんが、今回の事例について警視庁が業務上過失致死の疑いで動くのではないかとされています。

 私たち医療従事者はつねに医療関連感染症の予防と制圧を心掛けており、理念として “ゼロ・トレランス” 、1 例の医療関連感染症も容認しない態度で理想を目指すべきであると考えています。

 しかし、実際には医療関連感染症を完全に根絶することは現時点で不可能です。故意による事例であればともかく、医療の結果が望ましくなかったという理由で警察が介入するような事態になれば、医療現場は必要以上に防護的となり、積極的な侵襲的医療処置行為を妨げる結果ともなりかねません

 リスクの高い重症例や耐性菌の保菌患者は受け入れ先を失うかもしれません。

 処罰的な態度で “医療事故” に臨むことが国民の利益になるとは考えられず、むしろ結果的に“医療崩壊” を一層に進めてしまう可能性すらあります。私たちは第 2 の「大野病院事件」を許してはならないのです。

 以上、私の個人的な意見を記述しました。所属機関、所属学会を代表した意見ではないことを念のため書き加えておきます。

 患者さんが亡くなられたことはもちろん重大であり、真摯に受け止めるべきことでありますが、現実の医療はすべての患者さんを救命できるものではありません。

 この機会に医療従事者と国民が互いの立場を理解し合って、よりよい医療現場を実現するための議論が進むことを望みつつ擱筆します。

森澤雄司
自治医科大学附属病院・感染制御部長、感染症科(兼任)科長
自治医科大学・感染免疫学准教授
栃木地域感染制御コンソーティアム TRIC'K' 代表世話人
日本環境感染学会・理事、評議員、教育委員
E-mail to: yujim@jichi.ac.jp

母への便り 

宮城に住む母に、時々、写真の印刷されたハガキを送ろう。

母の世話をしてくれている弟夫婦は、母の姿を映した写真ハガキを母に時々与える。母は、そこにちょっとした文章を書いて送ってくれる。いつも似たり寄ったりの文章だなと思い、返信もたまにしかしなかったが、母にしてみると、自分の過去に便りを送っているのかもしれない。

母と父が、晩年の30年近くを過ごした、こちらのあばら家。忙しくしていた私達に、子育てで大きな助けになってくれた。何時までも続くかのように思えていた、あの時代も、あっという間に過ぎ去った。私達が、人生を終えるまで、時間の流れは早いことだろう。人生は、旅路。少し先を歩く母に、感謝の気持ちをこめて、便りをしよう。

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Adventure Girl 

Paula NX1Pと、今朝14メガでお会いした。今春以来か。14メガが北米全体に開けているが、信号はそれほど強くないCONDXでのこと。

Paulaのことは、どこかで紹介した記憶があるのだが、このブログではなさそう。Fred K1NVYの友人で、一緒にバイクでのツーリングに出かける仲間らしい。Adventure Girlを自称し、AGというハンドルも用いるようだ。

このLabor Dayの週末を、オレゴンの別荘で過ごしている様子だ。一年の半分は、この別荘で過ごすことにしているとのこと。普段は、シアトルで仕事をしている。以前は、オレゴンの別荘では、KX1か何かのQRPで出ていたが、最近、外にダイポールを二基張り、リグもK3とドレークのL4Bというアンプを使うようになったらしい。他のWに比べても結構な強さで入感する。何より、RFIの心配がないのが一番よ、と言って笑っていた。

場所は、オレゴン南部、太平洋を望む、ちょっとした山の頂上らしい。是非景色を見てみたいというと、QRZ.comに写真を載せてあるとのこと。ここ。太平洋が遠くに眺望される、素晴らしい場所だ。静かでこころ休まるとのことだ。QRZ.comに記されたbiographyも素晴らしい。仕事もばりばりこなしておられるのだろう。

CWを愛好されるYL局は何人も存じ上げている。そうした人々のなかで、彼女のCWは特別に早かったり、切れ味鋭いというわけではないが、何かホンワカとしたムードのCWで好感が持てる。9日までは、オレゴンに滞在する様子なので、14メガで探し出してみては如何?

CWによる脳の活性化という仮説への期待 

CW受信訓練前後での大脳の変化の内容を、CWopsのMLに流した。こんな風に・・・

Hi everyone,

What does it mean to you to communicate with this old fashioned mode CW? Just a nostalgia
of good old days? Or a jargon? Maybe, this question is senseless to some. For they just
enjoy it without considering its meaning etc.

It could be worth quetioning this when you would understand why it is so interesting to
you and when you would explain your feeling to the others who don't know of CW at all.

Some of recent medical researches tell us copying CW is functionally analogous to reading
sentences. It is a highly intellectual process. This might be a clue to answer the
question in the beginning.

This is an abstract of such a paper in a recent issue of a medical magazine.

この後に、例の抄録が続く・・・

すると、ML上でかなりの応答があった。それ以上に、個人メールで様々な応答を受け取った。

ふざけたものもあったが、多くは、こうした知見により、脳が活性化する、即ちアルツハイマー等の老化現象から逃れられるのではないか、という希望を述べた文面だった。脳全体の賦活化ということが起きうるものか疑問だし、この論文は、CW受信訓練によって活性化された大脳部位、神経細胞群が増えたと思われる大脳部位について語っているに過ぎないのだが、CWという高度に知的な営為が、間接的に脳を様々な形で賦活する可能性はある。

個人的にも、幾つもメールをもらった。

91歳のあるハムは、音楽を聴くことと、CWの運用をすることを続けている。最近、知的能力の衰えを自覚している(健忘が激しくなってきた)、だが、この論文抄録を読んで力づけられたと記してきた。恐らく、ここまで元気にお過ごしになれるのは、ご両親からの遺伝の賜物と、ご自身の周囲への関心と、積極的な姿勢によるのではないか、また空で会いましょうと、彼に書き送った。

また、Gary W5ZLは、QSTに投稿する予定だったという原稿を送ってきた。アルツハイマーに冒された年配の友人ハムが、いよいよ自宅での生活ができなくなり、介護援助を受けられる施設に奥様共々移転した。だが、新しい環境に馴染めず、辛い日々を送っていた。その友人の奥様が、Garyに自宅で使っていた無線機を持ってきてくれるように依頼した。Garyは、ご自身の奥様の手助けを得て、旧いTS440とバグキーを、友人の部屋にセットした。

数mのワイアーをアンテナとしてつなぎ、18メガでのSSBの交信を聞かせたが反応はなし。次に、バグキーで友人のコールを打った。サイドトーンで流れる自身のコールを聞くや否や、彼はそのコールを大声で叫んだ。ついで、W5ZLと打つと、同じくダブリュー ファイブ ゼッド エルと叫んだということだ。その生き生きとした表情が目に見えるようだ。

恐らく、健忘は、選択的に起こり、感情の伴う記憶は、最後まで残るということを示しているのだろうが、殆ど日常生活・日常会話が成立しがたいこの方に、CWの記憶が鮮明に残っていることに、感動すら覚えた。この文章を公表することで、もう亡くなったこの友人のご家族が当惑されることをGaryは心配していたが、ご家族の承諾を求めて、是非公表されるようにお勧めした。

ハムの中でも、忍び寄る老いに対する関心がとても高いことを改めて知った。そして、CWによる脳の活性化という仮説に寄せる期待もとても高い。

残りの人生は 

こんな風に歩んで行きたいものだ・・・


IMG_1419-1.jpg

通勤路、涼しさの感じられるようになった今朝撮影・・・

もう一踏ん張りだ・・・ 

開院時に購入した、院長室の椅子が具合悪くなった。高さ調節の油圧が、効きにくくなっているのは、数年前からだった。それに加えて、最近、リクライニングがロックされてしまったのだ。何としても動かない。この先、長い間つかうこともあるまいから、このまま座れることだけでよしとしようかとも思ったのだが、テレビをリラックスして観る時等、リクライニングできないのは辛い。

昨日、昼休みに、椅子を探しに、家具屋さんに出かけた。猛烈な日差しの中、車を走らせていると、開院時、昼休みになると必要な物品を買いに歩いたことをまざまざと思い出した。掃除用具、ゴミ箱、机、椅子その他、諸々・・・。昼休みに休む必要などなかった。仕事場をより仕事しやすく、快適なものにすることに熱中していた。年齢が若かったこともあるが、事業を拡大し、それに向かって突き進むときには、大きなエネルギーが湧いてくるものだ。

閑散とした家具屋さんに着き、机椅子の売り場を見回ったが、業務用のしっかりした椅子は見当たらない。子供の勉強机程度しかなかった。昔は、もう少し品揃えがあったのだがと思いつつ、すぐ店を後にした。以前からお客の入りの少ない家具屋さんだったが、それが一段と目立っている。その閑散とした店のあり様で、私は、自分が、事業から撤退することを考えなければならない時期にあることを改めて思い起こした。

仕事から撤退すること、この数年間の基本的なテーマだったが、とても難しい。仕事を始めるときは、エネルギーが、仕事の拡大に向かっていることを実感できる。が、仕事を縮小し、そこから撤退することは、エネルギーのヴェクトルと反しているのだ。多くに被雇用者は、定年という半強制的な撤退のきっかけがある。私のような自営業の場合は、撤退することは困難を極める。

この職場から退職して後の身の振り方も、多少アイデアが生まれてきつつある。私の可愛い患者達に迷惑をかけることなく、できれば同じ専門の医師に引き継いでいただくこと、スタッフもできれば同じように仕事をし続けられるようにお願いすること、そして私の個人的な不安定要因を上手くランディングさせること・・・考えるべきことは多いが、少しだけ光が差してきた心地もする。仕事がなく、収入も得られずに苦労なさっている、同年輩の方々もいらっしゃるので、私のこの苦労などとるに足らないものなのかもしれないが、撤退という負のヴェクトルにエネルギーが生まれるようにすることは、やはり難しい・・・。

仕事場に戻って、椅子に座りなおしてみると、リクライニングが生き返っていた・・・。退職が上手く行ったときには、きっとあの気苦労など何でもなかったではないかと思えるのかもしれない。

さて、もう一踏ん張りだ・・・。

CW受信訓練前後での大脳の変化 

CW受信訓練前後で、大脳の機能・形態上現れた変化を示した研究。機能上は、両側頭頂葉下部、頭頂葉内側部のように言語の認知と記憶に関わる領域が活性化された。形態上、左の後頭・側頭葉の灰白質の密度の増加を認めた、ということらしい。

これらの変化が出現した部位は、ワーキングメモリーのポストで述べたモジュールに関係するのかもしれない。また、CW受信が「読む」機能と関連する直接的な知見ともいえるかもしれない。これも以前の報告から推測されてきたことだ。


以下、抄録~~~


Neuroimage. 2010 Jul 1;51(3):1234-41. Epub 2010 Mar 24.

Distinct patterns of functional and structural neuroplasticity associated with learning Morse code.
Schmidt-Wilcke T, Rosengarth K, Luerding R, Bogdahn U, Greenlee MW.

Department of Neurology, University of Regensburg, Germany. tobiass@med.umich.edu

Abstract
Learning is based on neuroplasticity, i.e. on the capability of the brain to adapt to new experiences. Different mechanisms of neuroplasticity have been described, ranging from synaptic remodeling to changes in complex neural circuitry. To further study the relationship between changes in neural activity and changes in gray matter density associated with learning, we performed a combined longitudinal functional and morphometric magnetic resonance imaging (MRI) study on healthy volunteers who learned to decipher Morse code. We investigated 16 healthy subjects using functional MR imaging (fMRI) and voxel-based morphometry (VBM) before and after they had learned to decipher Morse code. The same set of Morse-code signals was presented to participants pre- and post-training. We found an increase in task-specific neural activity in brain regions known to be critically involved in language perception and memory, such as the inferior parietal cortex bilaterally and the medial parietal cortex during Morse code deciphering. Furthermore we found an increase in gray matter density in the left occipitotemporal region, extending into the fusiform gyrus. Anatomically neighboring sites of functional and structural neuroplasticity were revealed in the left occipitotemporal/inferior temporal cortex, but these regions only marginally overlapped. Implications of this morpho-functional dissociation for learning concepts are discussed.

予防接種行政の貧困 

先日、昼下がり、卸の営業マンがやってきた。インフルエンザの予防接種の「予約」を受け付ける、という話しだ。大分早いなと驚いた。今回のインフルエンザの予防接種は、再び国が統括することにしたらしいが、実際の予防接種の仕方、予防接種の料金、それに使わなくなった予防接種の返品等について、何も決まっていないらしい。その状況で、「予約」をしろ、ということだ。さらに、前回の新型インフルエンザの効果等についての情報が、現場に来ていない。死亡率、重症合併症の発生率等のしっかりしたデータが欲しい、まだ「予約」できる状況ではないと営業マンにはお引取り願った。

正直言って、インフルエンザ予防接種は、私のような小さな職場では、大きな収入源なのだが、国の方針次第では、契約をしない(これはほぼ自動的に契約することになってしまったみたいだが・・・この契約が現場に一方的に不利な不平等契約なのだ)ないし、予防接種をしないことも検討すべきと思っている。

と、規模の小さな話しになってしまったが、国、厚生労働省の予防接種政策に、いかに一貫性がないか、行き当たりばったりかという、専門家の発言が、下記のMRICの記事だ。このような行政の下で、予防接種を行わされる現場と、予防接種を受けることになる国民は、大いに迷惑なことだ。これは、官僚の能力の問題というよりも、制度の疲労の問題なのだろう。


以下、MRICより引用~~~

ワクチン政策に寄せて

東京大学大学院国際保健政策学
森 臨太郎・渋谷 健司

2010年9月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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長妻厚生労働大臣がヒトパピローマウイルスワクチン(通称子宮頸がん予防ワクチン)への公的支援策を表明した。たしかにこのワクチンの子宮頸がん予防の効果は高いと言われている。一方、この一連の動きを見ると、いつもながらの我が国の政策策定プロセスの未熟さが露呈してくる。

新しい医療技術が生まれ、現場で応用可能となってくると、当然のことながら「政策」として後押しするかどうか、という話になってくる。こういった場合、多くの政策先進国で行われるのは「医療技術評価」であり、この評価においては、単に単独の研究によるがんがどれだけ予防できたかというような効果だけではなく、本幹となるのは「系統的レビュー」と「費用対効果分析」と「総意形成」である。

系統的レビューはそれまで行われた研究を洗いざらい探して、質の高い手法で得られた複数の研究で報告されているその新技術の効果を統合的な統計手法で示す手法である。費用対効果分析というのは、多くの場合、有害事象も含めて、どれくらいのコストがかかり、どれだけの効果(通常は死亡を減らすだけではなく生活の質の向上も含めて)が得られるかという詳細な分析を行うものである。

子宮頸がん予防ワクチンの場合は、がんの発症を減らすことで数多くの命を救い、子宮がんの診療にかかる医療費削減も望める一方で、小学生の女の子全員にワクチンを投与する費用も検討していく必要がある。もし公的補助となった場合は当然税金からの拠出なので、国民全員でこれを負担するということであるから、総意形成は当たり前である。また、子宮頸がん予防ワクチンを公費負担するということは、予算増額が見込まれない限り他の予算がカットされるということであるから、その判断は極めて慎重に行なわなければならない。

また、ワクチン接種に要する費用やヒトパピローマウイルスの型の分布が国ごとに大きく異なるため、他国で行われた費用対効果分析はさほど参考にならない。我が国では過去に一件の子宮頸がん予防ワクチンの費用対効果分析が行われているだけである。

しかし、この研究、実はワクチンを販売している製薬企業が研究資金を供出し、その製薬企業の社員も研究者の一員として共著者となっている。研究費のことや研究者のことは論文上には示されているが、利益相反の有無に関する記述が全くないことには唖然とする。しかも、我が国特有の事情である子宮頸がんスクリーニング率の驚くべき低い浸透度(10-20%、ちなみに、英国は81%、米国は82%)への対処は検討されておらず、さらに、欧米とは大きく異なる我が国のウイルス型分布は分析には反映されていない。

ちなみにこういったことを配慮して我々が行った費用対効果分析においては、ワクチンの費用対効果もさることながら、子宮頸がんスクリーニングの浸透度を高めることによって、かかる費用に比したその効果は飛躍的に増えることが示されており、スクリーニングの浸透度とともにワクチンの効果を見ると、両方に配慮をおき施策の両輪とすることがもっとも費用対効果が高いと考えられる。(もちろん我々は研究の結果がどのような形にも利益の相反を生むような権益を持たない。)

世界の常識は、まず、こういった複数の保健介入の費用対効果分析を、利益相反を含めて検討し、政府そのものがその分析を第三者機関等に委託して提示することが第一歩であり、その後、広く関係者や一般市民を含めて、専門手法を使った客観的総意形成が行われる。筆者の一人が3年前まで所属していた英国の「NICE(国立最適医療研究所)」は、こういったことを行う組織であるが、今や似たような組織はアジア諸国を含む多くの国で確立されている。残念ながら政策後進国の我が国ではそのような機関は存在しない。

費用対効果分析はやはり緻密な分析が必要ではあるが、こういった鍛え上げられた情報を基に、最終的には政策判断は私たち社会の価値観でもって行う。その際、陳情だとか圧力団体の相撲で決められるのではなく、客観的に声なき声も拾えるように総意形成を行っていく。

振り返って我が国の政策策定過程では、大切な国民の血税を突き詰めて考えて大切に使うための情報や手法(政策のための研究)が軽視されて、物事が決められているようである。

これはなにも子宮頸がん予防ワクチンだけではない。

現在厚生労働省の予防接種部会では、さまざまなワクチンの導入に関する検討が花盛りのようである。利益相反の宣言は会議開催ごとにされているのだろうか。系統的レビューや費用対効果分析は施行されているだろうか。ワクチンの中には麻疹ワクチンのように予防すべき病気の重篤さを検証すると効果が高く導入の効果が高いものから、予防効果はあってもその病態の重症度が低いものもある。まだ開発途上ではあるがマラリアワクチンのように効果が期待されるものがある一方で、エイズウイルスワクチンのようにあまり効果に期待できないものもある。

こういう有象無象のワクチンの導入を我が国ではどのように政策策定しているのであろうか。ちなみに我が国の麻疹ワクチンの浸透度は近年まで一部の途上国よりも低い状態であったと言われているが、なによりも正確な浸透度のデータがない上に、周りの途上国が麻疹撲滅へと進む中、麻疹輸出国となっている我が国の現状は、目先の買い物(新しいワクチンなどの新技術)に目がくらんで、大切な足元の政策(古くて重要な施策の浸透)を進めることができない恥ずべき状態である。

さらに、世界のワクチン対策に目をやると、極めて高い成果を挙げている官民一体型の新たな非営利財団の一つである「GAVIアライアンス(ワクチンと予防接種のための世界同盟)」がある。GAVIが支援しているワクチンには、我が国が導入を検討しているロタウイルスワクチンの他、Hibワクチンや肺炎球菌ワクチンもある。

21世紀型国際機関であるGAVIの新しさは、世界保健機関(WHO)のように各国政府がカウンターパートの組織ではなく、その顔ぶれと財源調達の仕組みにある。GAVIの理事メンバーはドナー国政府のみならず、国際機関、ゲイツ財団や先進国と途上国の製薬企業、途上国政府や市民社会から構成されており、ワクチン市場の拡大メカニズムの構築や新種ワクチン開発のためのインセンティブを創出することに成功している。また、ドナーからの拠出に加えて、ワクチン債から得た資金を活用して途上国でのワクチンの普及に努めている。GAVIの支援により、今後5年間で420万人の子供の命を救うことができる。

先進国や一部の中進国政府がこれに参加する中、G8の中でGAVIに参加していないのは我が国だけである。しかし、世界で発行されたワクチン債の総額約2600億円のうち、約半分は我が国の国民が証券会社を通じて購入しており、世界の最先端のワクチン対策に民間として貢献していたりもする。

一方で、我が国政府は、エイズワクチン開発を進める「国際エイズワクチン推進構想:IAVI(International AIDS Vaccine Initiative)」への拠出を決定したようである。実は、エイズワクチンは近い将来実用化の見込みの全くないものであることは世界の常識である。

国内保健政策においても保健外交政策においても、ワクチンひとつ取ってみても、我が国の政策過程の不透明さ・不適切さは明らかであり、客観的にみるととても「恥ずかしい」国である。ワクチンは、国民の命を守る最も大切な施策のひとつであるのに。

必要な情報や国民の思いが、中途半端な政局争いの中で、意思決定にまでしっかりと届くようになるのはいつのことだろうか。

参考資料
[1] OECD Health Data
[2] Ryo Konno, et al., Cost-effectiveness analysis of prophylactic cervical cancer
vaccination in Japanese women. Int J Gynecol Cancer, 2010. 20(3): p. 385-392.
[3] Harumi Gomi and Hiroshi Takahashi Why is measles still endemic in Japan? The Lancet,
Volume 364, Issue 9431, Pages 328 - 329, 24 July 2004
[4] GAVI Alliance http://www.gavialliance.org/
[5] International AIDS Vaccine Initiative http://www.iavi.org/Pages/home.aspx