また、システムエラー 

気管カニューレの挿管作業で、「内管」を外し忘れて、患者さんがお亡くなりになったという事故が起きた。亡くなられた方の冥福を祈りたい。

小児科では、気管切開することが稀だったし、もう大分昔のことなので、どのような器具で問題が起きたのか、もう一つ分からないが、管を挿入しやすくするスタイレットのような器具を外し忘れたということらしい。

担当医の責任は確かにある。が、それを追及するだけでは、問題は少しも解決しない。下記は、毎日新聞の記事だが、読売新聞とは違って、状況を少し詳しく報道している。

将来おなじことを繰り返さぬために、このケースから考えるべきことは三つ。

○病院側が、「考えられない」ミスとしているのは、恰も傍観者の発言だ。担当医に責任を全て負わせようという、意識的、または無意識の防御反応が働いているのではないだろうか。下記のシステムエラーの責任の一端は、病院側、さらに行政にある。「考えられない」ミスが現実に起きたことを、自らの問題として捉えるべきだ。

○こうした処置を行なった後は、しばらく容態の変化を確認するのが常だが、この主治医は「緊急外来から呼び出し」を受けて、現場を離れた。生命に関わる処置を行なっている医師が、現場を離れざるを得ないシステム、それだけのマンパワーしか可能としない医療制度に問題はないのだろうか。医療現場はいつも「剣が峰」を歩かされている。「剣が峰」のシステムを放置している、病院と行政に大きな責任がある。

○この挿管器具が、スタイレット様の内筒を放置しうる構造になっていることも問題。放置を出来ないようにする、ないし放置した場合、強く警告する構造になっていることが必要だ。

このようなケースで、担当医を刑事告訴すべきではない。告発すべきは、システムエラーそのものだ。


以下、引用~~~

◇書類送検の女性内科医「よく覚えていない」
 金沢赤十字病院(金沢市三馬2)で女性の入院患者(当時90歳)=白山市=が医療ミスで死亡した事故。18日、会見した病院側は「あり得ない」ミスと、信じられない様子で頭を抱えた。業務上過失致死容疑で金沢地検に書類送検された女性内科医(27)は「覚えていない」と話しているという。【宮本翔平】
 内科医が患者の気道に装着した気管カニューレ(管)の付属器具(内筒)を外し忘れたため、患者が窒息死した。処置は内科医と2人の看護師が当たった。病院は同様のケースでの医療ミスは全国的にも報告例がなく「普通ありえない」単純なミスだとした。
 内科医は4月から勤務し、交換作業は3回目だったが、以前の勤務地でも数回経験はあったという。だが、今回は作業中に緊急外来から呼び出しの電話があり、作業を終えるとすぐ退室した。内科医は病院の調査に「よく覚えていない」と話しているという。慌てたため手順を忘れたらしい。
 病院は防止対策として、管と内筒を色違いにしたタイプを導入。ガイドラインを作り、呼吸確認の徹底を進めているという。
 内科医は厳重注意処分を受け、現在も勤務している。岩田章院長は会見で「亡くなった患者様に深く哀悼の意をささげ、ご遺族に深くお詫びします」と謝罪した。

11月19日朝刊

Tortelierバッハを弾く 

とあるお方のブログで得た、Youtube動画。トルトゥリエの弾くバッハ無伴奏組曲1番プレリュードについては、過去にこちらで記した。



骨太でありながら、流麗さもあわせたバッハを聴かせてくれる。私をチェロに誘ってくれた、トルトゥリエ。大学入学後、夏休みの某運動部合宿の宿で見た、彼の演奏するバッハ。強烈な印象を残してくれた。角度をつけたエンドピンのチェロ。懐かしい。

その年の暮れに思い切って大学のオケに入り、学生時代はほぼチェロ漬け。再開して10年ちょっと。カメのような歩みで、他人からしたら、無駄なことをしていると思われるかもしれないが、自分にとっては、チェロと相対してきた時間は、貴重なものだった。トルトゥリエとの出会いが、人生を豊かにしてくれた。まだ、もう少し、チェロと格闘し、チェロを愛撫し続けることにしよう。

「新型インフルエンザ」予防接種に伴う死亡例 

舛添元厚生労働大臣の元で、厚労省改革に取り組んだ、村重直子女史が、官僚を辞めてすぐに、「さらば厚労省」という本を書かれた。以前にも、ここで少しご紹介した。厚労省の制度疲労を、内部から経験した彼女が、その実態を記している。現在の厚生労働行政、特に医療行政がどのように行われているのか良く分かる。ご一読をお勧めしたい。

その中で、昨年から今年にかけての「新型インフルエンザ」問題、特にその予防接種の問題が大きく取り扱われている。官僚は、天下り先である国内中小予防接種メーカーを護送船団で守るために、予防接種の配布・接種要項を事細かに管理・支配し、予防接種を円滑に国民に投与することなど殆ど考えていなかったことが、事実に基づき記されている。

その中に、わが国の「新型インフルエンザ」予防接種での死者数が、諸外国と比べて多いことが記されている。村重女史の推測では、基礎疾患のある方々への接種が優先と決められたために、無理をして、そうした方々に接種したためだったのではないか、ということだ。下記のMRICの記事も、同じ推測を述べている。東大の上教授と同じグループであり、データ、その解釈が同様なのだろう。

いずれにせよ、厚労省の官僚に、国民の健康を預けてよいものか、大いに疑問を感じさせることだ。こうした副作用の可能性のある事象を徹底的に調査し、その原因を明らかにすべきだろう。厚労省の過度な臨床現場への口出しは、医療を混乱させ、全体としてみると有害な問題を引き起こしうる、一つの例なのではないだろうか。


以下、MRICより引用~~~


新型インフルエンザワクチン有害事象に関する学術誌上での議論

東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携部門
中田はる佳
2010年11月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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1.はじめに

 2010年10月1日から、新型インフルエンザワクチンの接種が開始されている[1]。
 私たちは、新型インフルエンザワクチン接種後の有害事象に関する論文を2010年6月1日にアメリカ感染症学会誌(CID; Clinical Infectious Diseases)上に発表した[2]。本論文に対して、アメリカ疾病対策予防センター(CDC; Centers for Disease Control and Prevention)からコメント[3]が同誌に投稿され、これに対する私たちのコメント[4]と合わせて2010年10月1日に掲載された。本稿では、一連の議論についてご紹介する。

2.新型インフルエンザワクチン接種と接種後の死亡件数

 2010年6月1日掲載の私たちの論文では、2010年1月7日までの厚生労働省の公開データを用いた。それによると、2009年10月19日に新型インフルエンザワクチンの供給が開始され、2009年12月21日までに推計約150万回分のワクチンが接種されたという。
 2010年1月7日時点で、新型インフルエンザワクチン接種後の死亡例107例が報告された。107例のうち98例(91.6%)が60歳以上であった。107例全てに基礎疾患があり、そのうち22例では基礎疾患の悪化が死因とされた。新型インフルエンザワクチン接種と死亡との因果関係について、因果関係ありと判定されたケースはなく、因果関係なし34例、評価不能73例であった。そして、1日当たりの死亡例数は接種後24時間以内をピークに急速に減少しており、64%の死亡例が接種後4日以内に含まれていた
 この結果は、新型インフルエンザワクチン接種と接種者の死亡との間に時間的関連性があることを示唆している

3.CDCからのコメント

 2010年10月1日掲載のCDCのコメントでは、一般的な自発報告の意義と限界について述べられていた。自発報告から有害事象の発生率や因果関係の有無を正確に評価することは難しいが、まれな有害事象を発見し、さらなる研究に導くという重要な役割がある。
 
4.私たちのコメント

 CDCのコメントは自発報告に関する一般論について述べられていたが、わが国の新型インフルエンザワクチン接種後の有害事象報告は、実態として「自発」報告ではなかったため、そのコメントはあてはまらないということを論文報告した。
 新型インフルエンザワクチン接種は、医療機関と国(厚生労働大臣)との「新型インフルエンザ予防接種業務委託契約」により行われた。医療機関が行う業務は、必要量ワクチンの購入(契約書第3条1号)、優先接種対象者等であることの確認(同条2号)、優先接種対象者等に対するワクチンの接種(同条5号)などのほか、厚生労働大臣に対する重篤な副反応の発生に係る情報の報告(同条11号)も含まれていた。本契約には、以下のように国が契約を解除することができる旨が定められていた


(解除等)
第九条 甲は、次の各号のいずれかに該当するときは、催告なしにこの契約を解除することができる

 一 乙がこの契約に違反したとき
 二 乙の委託業務の実施が不適当と甲が認めたとき
三 乙がこの契約を履行することができないと甲が認めたとき

※甲:厚生労働大臣、乙:医療機関

 この規定から、本契約の解除について、厚生労働大臣の裁量の範囲が非常に広いことが読み取れる。医療機関は「契約に定められた重篤な副反応の発生に係る情報の報告」をしなければ、契約を解除される可能性があった。

 この実態から、国家政策によって現場医療従事者の臨床判断に介入したことがワクチン接種直後の死亡例数の増加の一因になった可能性が考えられる。わずかなワクチンしか供給されず、ワクチンを無駄なく使わなければならなかったにも関わらず、10mlバイアルを開封後24時間以内に使い切れなければ残りを廃棄しなければならないことや、ワクチン接種の順序を厳格に定めたことにより、個々の患者に合わせた臨床判断が阻害された可能性があるワクチン接種順位があまりに厳しく非現実的だった時期と、ワクチン接種後の死亡例数が最も多かった時期が一致しているのである。このようなプレッシャーのある状況下では、ワクチン接種機会を逃して新型インフルエンザに罹患するリスクよりも、基礎疾患があってもワクチンを接種することを選択したのかもしれない。
 さらに、輸入ワクチンは臨床試験データに基づく通常の薬事承認プロセスを経たが、国産ワクチンは臨床試験データが不要だった。そのプロセスは十分に公開されていない。

5.おわりに

 ワクチン接種に関する臨床判断に国が介入しないことが国民の命を救うかもしれない。今後わが国においては、緊急時に対応できるワクチン接種方式や薬事承認についての法整備を議論する必要がある。

【References】
1. 厚生労働省「新型インフルエンザワクチン接種事業(平成22年度)のお知らせ」 
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/inful_vaccine22.html
2. Nakada H, Narimatsu H, Tsubokura M, et al. Risk of fatal adverse events after H1N1
influenza vaccination. Clin Infect Dis. 2010 Jun 1;50(11):1548-9.
3. McNeil MM, Broder KR, Vellozzi C, DeStefano F. Risk of fatal adverse events after H1N1
influenza vaccine: limitations of passive surveillance data. Clin Infect Dis. 2010 Oct
1;51(7):871-2
4. Nakada H, Narimatsu H, Tsubokura M, et al. Reply to McNeil et al. Clin Infect Dis. 2010
Oct 1;51(7): 872-3.
5. Centers for Disease Control and Prevention. Safety of influenza A (H1N1) 2009
monovalent vaccines - United States, October 1-November 24, 2009. MMWR Morb Mortal Wkly
Rep. 2009 Dec 11;58(48):1351-6.

人生の終焉を迎えるときに 

今日も午前10時頃に仕事場に向かった。特に急患からの連絡もなかったのだが、習性で足が仕事場に向く。仕事場に着く少し手前に、真っ直ぐな通りがある。周囲は、住居や田畑、所々に食べ物屋さんが点在している。右手の歩道を、歩いているカップルに遠くから気付いた。近づくと、70歳は優に超えているだろうと思われるご夫婦と思しきお二人だった。ご主人と思われる男性は、すらりと背が高く、白髪である。一方の女性は、小柄でやはり白髪が目立つ。陽の照る方向に向かってゆっくり歩いておられる。車で彼らの横を通り過ぎる少し前に、お二人が手を繋いで歩いていることに気付いた。お二人の姿にこころが動かされた。

ハンセン氏病患者への医療と、精神医学の臨床家・研究者であった神谷美恵子女史は「生きがいについて」という著作を記し、「生きがい」とは何かを人生の諸相で明らかにした。それと一対をなす、「こころの旅」という著作では、「生きがい」を追い求めるのではなく、人生にある種の距離を置いて、人生の様々な時期のあり方を記している。「生きがい」は追い求める始めると、目の前から消え去ってしまう消息のことがらなので、人生に距離を置いて人生に起きる様々なできごとを記したと著者自身が語っていたような気がする。

「こころの旅」の最後の方で、老化や死について、彼女らしい静謐な筆致で記されている。死は、元来宗教家の領域だったが、宗教の力が失われるに伴い、医師が「死の精神療法」を行なうようになってきた、と彼女は記す。死を受容し、よりよく死ぬためには、充実した人生、意味のある人生を送ってきたと死に行く人が思えることが必要だと言う。人生を振り返り、そこに意味を見出すことを促すのが、「死の精神療法」の提要だということだったような気がする。

今朝、手を繋ぎ、太陽の方向に歩いて行かれる白髪のお二人の姿が、充実した意味のある人生だったと自分の人生を肯定なさっておられるように見えたのだ。もしかしたら、私の思い入れが過ぎるのかもしれない。が、人生の晩年を迎えて、あのようにお二人で歩ける姿は、私にとって神々しくさえあった。お二人は、きっと現世との別れに際しても、不要な恐れや嘆きを抱かずに、平安なお気持ちでおられるのではないだろうか、と思った。

で、私自身はどうなのか。願わくば、こころ乱れることなく、晩年と最後のときを迎えられるように。自分の人生を肯定することが出来るように・・・。

日本医療機能評価機能の貪欲 

11月15日に開催された厚生労働省の社会保障審議会医療保険部会で、2009年1月からスタートした、「産科医療補償制度」の概要が報告された。2009年1年間の収 支報告で、収入保険料からこれまでに支払った保険金や事務経費を差し引いた「支払備金」が約262億円に上っているようだ。年間の収入保険料は、約315億円。こ れに対し、2009年1月末までに確定した保険金は約3億6000万円、事務経費は49億3560万円。これらを差し引くと、支払備金が約262億円とのことらしい。民間保険であっても、利益率はせいぜい20%程度らしい。この制度を運用する、日本医療機能評価機構(または、民間保険会社)は、暴利を得ている(実際の運用は、民間保険会社三社)。

支払い金の総額は、2014年にならないと確定しないと、行政サイドは弁解しているらしいが、現在確定した保険金が、支払備金の2%未満というのは凄まじい制度設計であることを意味している。

補償の対象が、分娩に関連して発症した重度脳性麻痺児のみで、「2000g以上、33週以上の出生児」が原則となっている点も大きな疑問。何故、このように対象を絞っているのか。脳性麻痺の原因の多くは、周産期の問題よりも胎内での胎児期の問題にあると言われている。脳性麻痺を補償すると言いながら、脳性麻痺を生じやすい早産児・低出生体重児の多くを除外している。一体、官僚は何を考えているのだろうか。

医療側が、この制度に対して最も期待した、訴訟の減少は、ほとんど見られないらしい。

この制度が出来るときに、私も何度も危惧を表明した。残念ながら、事態はその時恐れていた方向に向かっている。その方向は、行政の意図した方向である。

日本医療機能評価機構は、終末期医療をも食いものにしている。終末期医療の砦の一つ、緩和ケア病棟がその診療報酬を受ける際に、同機構の認証を受けることが条件になっている。その認証とは、事務的な作業だけであり、医療の実態に迫るものではない。その対価として、同機構は、数百万円の費用を医療機関に請求する。同機構には官僚が天下っている。官僚と一部の医療人による、終末期医療を貪る構図だ。これは、上記の産科医療補償制度にも通じる。

人の誕生と死を看る医療を貪り食らう官僚には、反吐が出る。

このような社会的な不正を放置していて良いのだろうか。



ChevronからMercuryへ 

ここしばらく、Chevronのパドルを用い続けてきた。このパドルの感触は、何と言っても最高で、滑らかさと、カチッとしたレバーの動きは、他のパドルでは代えられない。だが、例の「接触不良」が時折起きる。John K1JDが、以前教えてくれた通り、プラグの部分のケーブルに問題がある可能性もあり、その部分を少し触れたりすると収まる(ような気がしていた)。でも、肝心なときに、ミスキーイングを出すことがあり、まるでロシアンルーレットをやりながら、キーイングしているようなものだった。

そこで、以前から使っていた、Mercury Paddleに戻った。このパドルは、接触不良は皆無なのだが、打つ際に、微妙な反動を感じる。その反動が、あまり心地よくはないのだ。でも、接点間隔をかなり狭く設定し、テンションも軽めにすると、あまり気にならなくなる。この反動は、恐らく、レバーなどの部材が、Chevronに比べると、軽量のために、打鍵操作により、不要な二次的振動をレバーに生じ、それを感じているもののようだ。このパドルに戻ったら、ミスキーイングはかなり減らすことができ、高速巡航も可能になった。ミスキーイングしたときに、パドルの所為でというexcuseをし難くなったのが、難点だが・・・。

今朝、14メガでJohnを見つけ出し、事情を説明した。抵抗計で導通を測ってね~という当然の指摘を受けた。それをやっていなかった・・・テスター、どこに行っただろうか・・・。空のチケットを取ってくれれば、修理をしに、こちらまで行くのだがね、と仰る。Chevronには、二つの問題点、即ち、プラグでの導通の問題、それに接点を固定するリングの導通の問題がありうるので、おいおい詰めてゆかなくてはならない。

当面は、しかし、Mercuryで快適に過ごすことができそうだ。Schurrも時々は使わないといけない・・・。

オバマ ヘルスケア改革への暗雲 

米国在住の細田美和子女史が、オバマ政権のヘルスケア改革の行く末を論じている。彼女の文章は、分かりやすく、それでいて含蓄に富んでいる。

オバマ政権への批判が米国内で強いことを、様々な機会に見聞きしてきた。特に、国民皆保険を目指すヘルスケア改革に対して強い反発があることを、友人達の言動から知り、不思議に思うことがあった。オバマのヘルスケアで不利益を被るだろう階層だけではなく、すべての階層の人々から、批判の声が上がっていた。

その理由を、細田氏は明快に述べている。特に、最後の医療費高騰への懸念(というか強烈な反発)が最も大きな、反対理由だったように思える。民間保険に任せた医療制度が、被保険者にとって、どれだけ高くつくかを私が言っても、彼らには、民間保険が最も効率的であり、また自らの病気は基本的に自分で対処すべきだという堅い信念があるように思える。歴史的に、国民皆保険制度を経験したことがないために、そのように考えるのかとも思っていたが、どうもそれだけではないようだ。

オバマへの米国民の幻滅は、この医療制度改革の方向性から来ているように見える。が、本当のところは、国民の不安と苛立ちは、経済財政政策の失敗から来ているのではないだろうか。Stiglitz教授の「フリーフォール」という著作を現在読み進めているが、ケインジアンのリベラル派である彼も、オバマへの強烈な批判を、その著書のなかで行なっている。

オバマは、ブッシュ政権で規制緩和を進めてきた人物を、財政政策のトップに居座らせ、ブッシュ政権の過ちを踏襲し、その場限りの場当たり的な財政政策を進めてきた、というのだ。銀行等金融機関は、欠陥のあるコーポレートガバナンスから、誤ったインセンティブを得、公正さ・モラルに反する経営を行なってきた。その制度上の問題を、根本的に改革することをしていない。むしろ、金融機関が「潰すには大きすぎる」として、底なしの公的資金の注入を繰り返してきた。それが、モラルハザードを生み、将来の国家財政の悪化を呼び、さらに事態を悪化させた、というのだ。100万というオーダーで、住宅ローンが返済不能になり、破産する人々が生じているのに、そうしたローンの借り手には救済の手をほとんど差し伸べていない。Stiglitz教授のこうした指摘は、リーマンブラザースの破綻以前からのもので、大いに信憑性がある。あの規制緩和を推し進め、すべて市場原理により解決するとした資本主義は、破綻したのだ。その痛みを、米国民は痛烈に味わさられているということなのではないだろうか。

米国が、この20年間進めてきた市場原理主義の破綻こそが、問題の本質であって、ヘルスケアの改革が主要な問題ではないように思える。銀行幹部が高額のボーナスや退職金を得、銀行が株主に配当を出すことには、批判の声が上がっても、その背後にある資本主義制度の問題にまでは批判の声が上がらない。むしろ、セーフティネットの拡充を目指す、ヘルスケア改革に矛先が向けられている。

米国の状況は、細田女史も言及しているように、他岸の出来事では決してない。日本も国家財政の破綻の瀬戸際で、医療を始めとする社会保障が切られようとしている。細田女史の描く、先に明かりの見える未来は、果たしてやってくるのだろうか。超高齢化社会と、財政の破綻状態が、同時に到来しようとしている現在、その未来は、果たして実現しうるものなのだろうか。この文章を読みながら、細田女史の優しい眼差しを感じつつも、将来に対して戦慄に似た気持ちを抱かざるをえない。

以下、MRICより引用~~~

『ボストン便り』(19回目)
「中間選挙とヘルスケア改革」

細田 満和子(ほそだ みわこ)
2010年11月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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オバマの民主党敗退とヘルスケア改革への暗雲

 11月2日に行われたアメリカの中間選挙では共和党が大躍進し、定数435の下院では民主党から共和党に61議席が移り、共和党が多数党になりました(民主党188議席、共和党239議席)。上院の方は民主党が半数を死守したとはいえ(民主党53議席、共和党46議席)、この結果は民主党オバマ大統領の敗北と評価されています。
 そしてこの結果は、オバマ政権の目玉であったヘルスケア改革にも大きな影響を与えるだろうといわれています。選挙の始まる前からも、2010年3月に劇的に成立した皆保険を謳ったヘルスケア改革法(正式名:The Patient Protection and Affordable Care Act)の撤廃を求める裁判が次々に起こされ、まさしく暗雲が立ち込めている様子でした。
 どうしてこんなにまでアメリカでは国民皆保険が嫌われるのでしょうか。自由の侵害、法律上の問題、医療費高騰への懸念という3つの理由が挙げられると思います。

自由の侵害

 アメリカの人々はヘルスケア改革法が健康保険への加入を「個人の義務」と定めている点について反対しています。国に何かを強制されるなどということは、自己決定や自己選択を重んじるアメリカ人の心情には全くそぐわないのです。4700万人の無保保険者のうち900万人余りは、7万5000ドル(約600万円)以上の年収がありながらも無保険でいることを選んでいます。無保険者をなくすことが目標であったヘルスケア改革法の要、加入の義務化こそ、アメリカ人の絶対に譲れない信条である「個人の自由」と抵触してしまうのです。
 ところで自動車のナンバー・プレートは州ごとに異なり、好きなデザインや番号を選ぶこともできます。また何か言葉を入れることも多く、マサチューセッツ州は「アメリカ精神 The Spirit of America」が一般的なのですが、お隣の州ニュー・ハンプシャー州のナンバー・プレートには、「自由に生きるか、さもなければ死ぬか LIVE FREE OR DIE」と書かれています。それほどまでに人々は強烈に「自由」を重んじています。

法律上の問題

 マサチューセッツ州ではすでに2006年に健康保険加入は州民の義務と決められており、ヘルスケア改革の際にもマサチューセッツ州の例はお手本になるはずとしばしば言及されました。ただし法律的解釈では、州に個人に対する義務を課す権限はあっても、連邦の権限は州間の商業取引の規制や福祉税に関するものに限られているという議論もあります。
 実際、様々な領域において州で定められていることが多く、自動車に関して言えば運転免許は州が管轄していて州ごとに規則があります。たとえば飲酒や未成年の運転できる範囲や禁止事項など、州によって異なります。また、州をまたいで引越しする時には、アメリカ市民は免許も書き換える必要があり、外国人は新しく取り直さなくてはなりません。ちなみに医師免許や看護師免許も州の管轄です。
 雇用と連動する健康保険の創設案に対しては、常に1974年に成立したERISA (Employee Retirement Income Security Act)という連邦法が引き合いに出され、すでに連邦法があるのだから、その上にさらに法律ができるのはおかしいということがずっと言われてきました。

医療費高騰への懸念

 その他に、皆保険になれば医療にかかる人が多くなり、医療費がさらに高騰するという懸念も表明されています。現在でさえアメリカの医療費は諸外国と比べてとびぬけて高く、GDPの17パーセントに上っています。(ちなみに日本は8パーセントと先進国中最下位です。)
 そこで、どのようにしたら医療費を安くできるかということも問題の焦点でした。しかもただ安いだけでは意味がなく、いかに人々の健康に資するための費用かを図る費用対効果(cost-effectiveness)の計算がいろいろなところでされてきました。
 たとえばハーバード公衆衛生の健康政策管理学部教授ミルトン・ウェンスタインらは、生活の質調整生存年数(Quality Adjust Life Year: QALY)なる概念を開発し、どういった医療的介入をすると、どのくらい質の高い生活を患者は送ることができるかを研究してきました。つまり、いったいいくら医療にお金をつぎ込んだら、それは費用対効果が高いと言えるのか、お買い得(good value)と言えるのかという研究です。
 こうした研究者らとの協力でWHO(世界保健機関)では指標を出しています。それは、かかった医療費が収入の3倍を超えなければ費用対効果がある、というものです。例えば年収400万円の人だったら、治療費が1200万円以内に収まれば費用対効果があるということになります。
 このような研究では、さまざまな病気とその治療費についてのデータが示されていますが、もし費用対効果が低いと評価された病気を持つ人にとっては危険な指標になりうるでしょう。ただ、それほど医療費の高騰は深刻な問題で、多くの人々が手を変え、品を変えて取り組んでいます。

マサチューセッツの中間選挙―人々の良識の勝利

 中間選挙では、州知事の選挙も同時に行われました。連邦議会における共和党の躍進、民主党の行きづまりをよそに、マサチューセッツではこの不景気のただなかにあって増税を続けてきた民主党の現職デュバル・パトリックが、共和党による連日のネガティブ・キャンペーンにも負けずに再選されました。
 一般に政治家は、選挙に勝つためにめったに増税はしません。選挙前だったらなおさらです。ところがパトリックは現職で増税し、さらに今後も増税しようとしながらも選挙に勝ちました。
 4年前の彼の公約は、交通、年金、教育を手厚いものにするというものでした。それを実現するために彼は、不況にもかかわらず増税をしてきました。そして今回も州民は、公教育の向上、クリーン・エネルギー化の促進、そしてすべての州民への医療ケアの充実を掲げるパトリックを再度支持しました。ボストン・グローブの社説では、「デュバル・パトリックの勝利は、彼の主義主張の勝利であるとともに、州民が彼の良識(common-sense)を認めた結果であった」とまとめられていました。
 2010年の1月には、前年に急逝した民主党の大物にして、オバマ大統領の政治における師、エドワード・ケネディ上院議員の補欠選挙で、民主党はまさかの敗北を期しました。しかし今回は、教育、医療、福祉を充実させるためにみんなで負担することをマサチューセッツの州民は選びました。

ヘルスケアの費用コントロール

 しかし医療福祉を充実するためには税を上げればいい、というほど問題は単純ではありません。デュバル・パトリックも、選挙前のテレビ討論会において、費用のコントロール、すなわち保険料の引き下げと医療費削減が重要であることを述べてきました。
 そもそも皆保険導入以前からもマサチューセッツ州の一人あたりの医療費は他州と比べて高額でした。その理由としては、人口当たりの医師数が多いこと、全米でも有数の高度先進治療を行う病院が多くあること、処方薬や精神保健なども適宜保険でカバーする新しい州法が定められたことなどが挙げられています。近年ではマサチューセッツ州の一人あたりの医療費は、30パーセントも他州と比べて高額になっています。
 保険料は年々上がり医療費も高騰していますが、しかし、中・低所得者への州の補助と未加入者への罰金が功を奏して、無保険だった40万人が新たに保険に加入し、今やマサチューセッツ州の健康保険加入率は97.5パーセントに上っています。この点を見れば、マサチューセッツ州のヘルスケア改革は成功であったと評価できると思います。
 今後、医療費の問題をどのように解消し、コントロールしてゆくのか、人々の期待に応える政策が試されています。

オバマのヘルスケア改革法の支持者たち

 今年3月に成立したオバマのヘルスケア改革は、多くの批判にさらされていますが、その恩恵を受けている人たちもたくさんいます。
 たとえば、心臓に持病を持つ51歳の男性は、既往歴ある者への保険加入拒否を禁じたこの法律によって、健康保険を奪われなくて済んだと感謝しています。そして「こうしたいい話を、友達、家族、同僚にして欲しい」と訴えていました。「この法律がなかった頃には絶対に戻りたくない」とも言っていました。
 アメリカ家族会(Families USA)やアメリカ会(Enroll America)といったアドボカシー団体も、ヘルスケア改革法の患者側からの利点を説明したレポートを、アメリカ50州に向けて発行したり、医療者にどんなところが良い点か伝えてもらうよう促したりしています。
 共和党やティー・パーティ(近年支持を広げている保守層の草の根運動体)など、ヘルスケア改革法に対する反対者の声ばかり大きく聞こえてきていますが、それによる恩恵を受けている人たちも声を上げて、改革法を守っていこうとしているのです。
 
日本へのレッスン

 日本も急速な高齢化社会に伴う医療費の高騰が心配されています。医療費の負担を抑えて、サービスの低下をやむなしとするか、増税でも医療の充実を目指すか、大きな選択を迫られています。しかし、その答えは実は見えてきているのではないでしょうか。
 内閣府が2010年9月に行った高齢者医療制度に関する世論調査では、将来の高齢者の医療費増加を支える手段として、「税金による負担の割合を増やしていく」と答えた割合が43.4%と最も多くありました。つづいて、「現在の仕組みと同じぐらいの負担割合」が32.9%、「高齢者の保険料の負担割合を増やす」が12.0%の順でした(複数回答、上位3項目)。
 これは5年前(2005年10月)に内閣府の行った「高齢社会対策に関する特別世論調査」で、66.4パーセントの人がたとえ税や保険料の負担が増したとしても社会保障を充実または維持すべきと答えていたことと合わせ、日本人のcommon- sense(常識/良識)だと思います。あとは増税を訴える勇気のある政治家が出て、国民がその人に本当に投票するかどうかです。
 そのためには、例えば日本のアドボカシー団体も、保健医療サービスが足りない、福祉が足りないと訴えるだけではなく、こんな保健医療サービスがあったから良かった、福祉があったから生活を送れている、というようなストーリーを社会に伝えるというのはどうでしょうか。医療者もこんな所に日本の医療はよさがあるから、それを守っていこうと訴えるのはどうでしょうか。かなり甘い考えだとお叱りを受けるかもしれませんが、一つの方法になるのではないでしょうか。


参考文献

・Lawrence O. Gostin, 2010, The National Individual, Health Insurance Mandate, HASTINGS CENTER REPORT Vol.40, Issue 5, p.8-9.
・Can Cost-Effect Health Care=Better Health Care?, Harvard Public Health Review, Winter 2010, p.7-10

参考ウェブサイト

・中間選挙に関するニューヨーク・タイムズの記事 2010年11月4日
http://topics.nytimes.com/top/news/health/diseasesconditionsandhealthtopics/health_insurance_and_managed_care/health_care_reform/index.html
・知事選に関するボストン・グローブの記事 2010年11月3日
http://www.boston.com/news/politics/articles/2010/11/03/for_patrick_a_personal_triumph_and_mandate_for_common_sense/
・マサチューセッツ州知事選のテレビ討論会
http://commonhealth.wbur.org/2010/10/debate-health-care/
・中間選挙前のヘルスケア改革に関する記事
http://www.bloomberg.com/news/2010-09-23/obama-makes-retail-sales-pitch-to-defend-health-law-flouted-by-republicans.html
・State-mandated employee benefits: conflict with federal law? Monthly Labor Review, April, 1992 by Jason Ford
http://findarticles.com/p/articles/mi_m1153/is_n4_v115/ai_12247209/pg_5/?tag=content;col1
・ERIZAに関する連邦労働省のサイト
http://www.dol.gov/dol/topic/health-plans/erisa.htm
・内閣府の2010年9月に行った高齢者医療制度に関する世論調査(2010年9月)
http://www8.cao.go.jp/survey/h22/h22-koureisyairyou/2-2.html
・内閣府の高齢社会対策に関する特別世論調査(2005年10月)
http://www8.cao.go.jp/survey/tokubetu/h17/h17-kourei.pdf


紹介:ボストンはアメリカ東北部マサチューセッツ州の州都で、建国の地としての伝統を感じさせるとともに、革新的でラディカルな側面を持ち合わせている独特な街です。また、近郊も含めると単科・総合大学が100校くらいあり、世界中から研究者が集まってきています。そんなボストンから、保健医療や生活に関する話題をお届けします。
(ブログはこちら→http://blog.goo.ne.jp/miwakohosoda/)

略歴:細田満和子(ほそだ みわこ)
ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー。博士(社会学)。1992年東京大学文学部社会学科卒業。同大学大学院修士・博士課程を経て、02年から05年まで日本学術振興会特別研究員。05年から08年までコロンビア大学メイルマン公衆衛生校アソシエイト。08年9月より現職。主著に『「チーム医療」の理念と現実』(日本看護協会出版会、オンデマンド版)、『脳卒中を生きる意味―病いと障害の社会学』(青海社)。



院内感染をめぐる講演会 

今夜は、医師会主催の講演会に出かけた。山形大学の森兼啓太氏が「院内感染」について話された。例の、多剤耐性アシネトバクター(MRAB)の問題が主要なテーマ。MRABの院内感染問題について、今年発覚した帝京大学の事例と、昨年から今年にかけての福岡大学での事例を比較して、分かりやすく話された。

帝京大学では、今年4月まで院内感染を制御する部門に専任のスタッフがいなかった、それで培養検査の結果を院内で共有する体制が整っていなかったことが問題だった、ということらしい。一方、福岡大学では最初のMRAB症例の集積から40日程度で問題を把握し、対応を積極的にとったらしい。感染の多発したERの閉鎖、スタッフ教育、標準的感染予防対策、キャリアー・患者への対応等々。ERで用いるバイトブロックが主要な感染源になっていたらしい。最終的には、院内全体の消毒まで行なった様子。感染制御部門が独立した部門となること、感染の情報が院内で共有されることが重要とのことだった。

それにしても、ガウン・手袋を処置毎に交換し、様々な器具はできるだけディスポにし、できなければ中央で滅菌し、一人の患者には同じ器具を用いる・・・大変な手間である。勿論、医療の安全を確保するためには、その手間をかけ、それに十分なスタッフを配置することは必要なのだが、そのための医療費はどうなっているのかについても、是非お聞きしたかった。今年4月まで、実質上診療報酬上、院内感染対策に対して手当てが行なわれてこなかった、その手当ては到底必要な額とは言えないことも、是非言及して頂きたかった。

院内感染の報道に関わる話しが興味深かった。「何々菌の院内感染何例」というタイトルのすぐ後に、「何例死亡」としばしば続けて報道される。その報道に接する一般人は、院内感染によって、死亡したと受け取る。例のがんワクチン報道の有害事象の問題と同じ。だが、その死亡は、院内感染が関わっていないことの方が圧倒的に多いということらしい。そのような報道の仕方についてマスコミに変えるように森兼氏は何度も言っているのだが、変えようとしないということのようだ。医療関係者がマスコミに強い不信感を抱くのは、マスコミのこうしたセンセーショナリズムによる。

会場は、パラメディカルスタッフと思われる方々で満杯。でも、小規模の診療所で仕事をする私のようなものには、あまり関係のない話だったなと思いながら帰路についた。耐性菌の問題については、抗生剤をむやみに投与しないこと、使うとすれば、できるだけ感受性スペクトラムの狭い抗生剤を必要十分な期間用いるだけにすること。それに、「出来る範囲で」感染予防策をとること程度だろうか。

会場の建物を出て車に向かって歩いていると、その建物のある部屋に煌々と明かりが灯り、四名の方が弦楽四重奏と思われるアンサンブルをしているのを見つけた。音までは聞こえてこなかったが、しばし足を止めて、四名の若い方々が熱心に弾く姿を眺めていた。あと数年したら、私はこうした講演会ではなく、あのようなアンサンブルに入り、音楽のことだけに集中して過ごすことができる・・・はずだ、そうなりたいものだと思った。どうなることだろう・・・。

リヒテルの弾く平均律第一巻 

夜、休むときに聴く音楽について、以前記したことがあったと思うのだが・・・検索しても出てこない・・・いわば私のナイトキャップに最適な音楽は、リヒテルの弾くバッハの平均律の一巻だ。あまりピアノ音楽を聴かない私には珍しい曲目。

この曲は、学生時代、医学部の3年の冬に、二枚組みだったか、LPレコードで購入したものだ。お茶の水のレコード屋で入手して、そのレコードケースを大事に抱え込んで、丸の内線に乗り込んだことが昨日のように思い出される。研修医になるころまでそのレコードは保存してあったのだが、聴取環境がなくなり、残念ながら処分してしまった。

数年前、この録音がCD化されていることを知り、手に入れたのだった。少し残響を効かせた録音。こころを鎮めさせるこの演奏をどのように表現すべきなのだろうか。宇宙大の世界が広がる。同時に、こころに肌理細やかにしみ込んでくるよう。他の演奏家でこの曲を聴いたことがないので、リヒテルの演奏の特質なのかどうか分からないが、以前記した通り、弦楽四重奏で演奏される「フーガの技法」にも同じような感想を抱くので、バッハの音楽、特に多声の音楽に気持ちを鎮められるということなのかもしれない。



NTTdocomo携帯の不具合 

この2、3週間、私のNTTdocomoの携帯の感度が短時間に変化し、落ちた状態になることが多くなった。携帯を同じ場所に置いておいても、感度が秒・分の単位で変化する。で、最終的に不感状態になり、通信不能になる。

仕事でも使う携帯なので、困って、今朝docomoのサービスに電話した。サービスマンの言うには、同じような訴えが他の利用者からないので、docomoのシステムの問題ではなく、私の携帯のトラブルだろうとのこと。感度が浮き沈みすることが納得行かなかったが、この携帯も5年間も使い続けてきたので、そろそろ取替え時期か、別な会社に変えるかといったことを考えた。

ところが、その直後から、不感状態になることは殆どなくなったのだ。同じようなトラブルがdocomoの携帯で起きていないか調べると、今年の冬にもあった記録がネット上にあった。それは通信をコントロールするソフトの不具合のためだったらしい。今回のことは、一体何だったのだろうか。通話が集中することによって、個別通話に利用できる中継機の電力が相対的に減少するといったことを、漠然と考えていた。でも、問い合わせをした途端に、改善したことは、それでは説明がつかない。

ボンヤリと、何か人為的な出来事が背景にありそうな気がするのだが・・・この時代遅れの携帯ももう少し使い続ける。使えるのに買い換える積りはない。次は、ナンバーポタビリティを利用して、別会社にするか・・・。

朝日新聞がんワクチン記事の意図 

朝日新聞が、何故事実を捻じ曲げてまで、東大医科研のがんワクチン臨床試験を攻撃したのか、何となく理解できた。

臨床試験すべてを、薬事法の監視下に置き、その監視体制、即ち厚生労働省官僚の権益を拡大しようということらしい。

臨床試験には、二種類あって、国際的に通用する(というか、米国主導の治験のグローバル化に乗せられる)基準GCPに則った臨床試験(治験)と、その前段階のものとがある。新薬・新たな治療法の開発には、現実問題として、GCPによって規定される臨床試験(治験)は馴染まない。この辺の整理は、Yosyanさんのブログ11月13日の記事に詳しい。ここ

治験ではない臨床試験である、医科研で行なわれたがんワクチンの臨床研究で、「有害事象」が生じたと聞きつけた朝日新聞の記者は、小躍りしたに違いない。これを元に、治験ではない臨床試験を攻撃できると踏んだのだ。で、そのシナリオに沿って、事実を捻じ曲げ、記事を仕立て上げたというのが、実情らしい。

臨床試験・治験の問題は置いておく(これにも米国の主導するグローバリズムの問題が色濃く存在する)として、自らのシナリオに沿うように事実を捻じ曲げた朝日新聞の報道姿勢は厳しく糾弾されるべきだ。彼等のシナリオが、厚生労働省官僚の意図を体現したものだとすれば、官僚も同罪だ。

以下、少し長いのだが、朝日新聞のオピニオン記事が医科研・医療界・患者団体への反論の体をなしていないことを、国立がんセンターの中面哲也氏が一つ一つ明らかにしている。


以下、MRICより引用~~~

福島雅典氏と朝日新聞は治験でない臨床試験はやめろと言いたいのか

中面哲也
国立がん研究センター東病院 臨床開発センターがん治療開発部機能再生室
室長 医学博士 中面哲也

2010年11月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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 事実誤認・歪曲やねつ造を問われている朝日新聞は、先端医療振興財団 臨床研究情報センター長 福島雅典氏に、東京本社科学医療エディター 大牟田透氏がインタビューする形で、臨床試験の安全性を問うと称してオピニオン面に記事を掲載した。

 学会や患者団体から抗議を受け、臨床研究ネットワークからねつ造疑惑を指摘されているにもかかわらず、それに答えることなく、自社の主張を福島氏に代弁させる形で掲載した。そこに述べられているコメントからは、残念ながら、がんワクチン治療に対する世界の動きや米国FDA(医薬食品局)から公表されている「治療用ワクチンガイダンス」の内容、あるいは日本で行われている臨床試験の実態をどこまで理解しているのだろうかと疑念を抱かざるを得ない。

 以下、大牟田氏のインタビューに対する福島氏のコメントに一つ一つ反論する。

【記事】
-日本では薬の製造販売承認申請のデータ収集を目的とした臨床試験(治験)とそれ以外の臨床試験に対する規制が異なり、いわば二重基準になっています。
「そうです。ただし、後者は国際的に通用しません。治験は薬の品質や安全性、有効性を規制する薬事法と、それに基づくGCP(医薬品の臨床試験の実施基準=厚生労働省令)で国への届け出を義務づけるなど国際ルールに基づいて管理しています。しかし、それ以外の臨床試験は法律に基づかない『臨床研究に関する倫理指針』で対応しているため、事実上野放しの状態です。その結果、国際競争に耐えられないのです。」

○ 臨床試験は医師法に基づいて行われているものであり、「法律に基づかない野放し状態」という発言は、現場の医師の努力を踏みにじるそれこそ「野放しの」放言と言わざるをえません。薬事法に基づかない臨床試験から薬事承認に向けた治験に発展した例もあります。本当に、『臨床研究に関する倫理指針』で対応しているため国際競争に耐えられないのでしょうか?現在、日本が国際競争で負けているのは臨床試験が「野放しの状態」だからではなく、別の構造的な問題があるためではないでしょうか?

【記事】
-どのような不利益があるのですか。
「薬事法に基づかない臨床試験のデータは薬事承認申請に使えないので、一から治験をしなければならない。そのうち特許(20年)が切れてしまいます。製薬会社の手で最終的に製品化してもらおうと思っても、市場に出る時点で5年以内に特許が切れるような薬に企業は手を出しません。薬事法に基づかない臨床試験をするから開発が遅れるのです。ところが日本の研究者の中には、面倒な規則のせいだと考える人がいます。そんな人は臨床試験の土俵に上がる資格はないのです。」

○ 薬事法に基づかない臨床試験が開発を遅らせるという見解は本当に正しいのでしょうか?新規の作用機序をもつ薬剤の開発には研究が重要です。どのような特徴をもつのか、評価基準はどのようなものがよいのか、薬事法治験を実施する前の探索的段階の研究は、迅速に開発を進める上でも本当に有効な薬剤・治療法を見出すという意味でも非常に有用な手法です。それらを全部治験という形でやりなさいということになると多くの課題(費用は誰が出すのか、人手は十分にいるのか、審査体制は充実しているのか)を解決しなければなりません。この問題を無視して「すべてを治験に」と主張するのは、あまりにも実態からかい離した意見ではないのでしょうか?
 「薬事法に基づかない臨床試験をするから開発が遅れるのです。」というのは、最初からこれは明らかに有効で必ず承認されるとわかっていれば成り立つ発想です。通常効くか効かないかは臨床試験をやってみないとわからないことが多く、薬事法に基づかない様々な臨床試験によって有望である可能性が出てきた時点で治験をやり直しても決して遅くないと考えます。それよりも今の日本の体制で、全部治験ではない臨床試験はだめとなれば、新規薬剤や治療法の開発はそれこそストップしてしまうでしょう。
 臨床試験の土俵で行司を務めたり解説をしたりするお立場の福島先生には、規制を強めさえすればいいというお考えではなく、もっと新薬開発の本当の現場、問題点を認識した上で現状が改善するための意見を述べていただきたいと切に希望いたします。

【記事】
-なぜでしょうか。
「国際的に合意されている臨床試験ルールに従わないことを野球に例えれば、『審判無しでやろう』『三塁と本塁の距離を短くすればやりやすくなる』と言っているのと同じです。もし野球で日本がそんなことをしてきたら、イチローのように国際舞台で活躍できる選手が輩出しなかったはずです」

○ 新薬開発を野球にたとえて、ルールを変えることと同じ、というのはかなり乱暴な意見です。しかし、あえて野球に例えるとすれば、打撃フォームや投球フォームを型にはめて選手を育成することによって、選手を潰してしまうことだってありえます。それぞれの薬剤の特性を理解し、それを生かした臨床試験を行うべく、現場の医師たちは必死に努力を続けています。多種多様な種類の薬剤、多種多様な病気、それぞれの特性を考慮した開発方法があるはずです。同じ打撃フォームで同じ投球フォームといった単純な理論では対応できない時代であることをご存知でしょうか?
 型にはめた指導から、はたしてイチローや松井が輩出されるのでしょうか?

【記事】
「薬事法の適用を受けない臨床試験を可能にしているのは研究者、医師の無理解と厚生労働省の怠慢です。国際的に通用するように、すべての臨床試験に薬事法を適用すべきです。」

○ 多くの医師たちは限られた予算で研究し、努力をして臨床試験を続けてきました。また厚生労働省や経済産業省もそれを支援しています。患者さんのために必死の思いで携わっている研究者、医師や役所の人たちの気持ちを踏みにじる一方的な発言は理解できません。ここで述べるように薬事法の適用を受けない臨床試験は現時点ですべて中止することが患者さんや国民のためになるのでしょうか?新しい治療や臨床試験に期待している患者や国民の気持ちはどうするのでしょうか?どれぐらいの数の患者の希望を奪うことになるのでしょうか?限られた命の時間の中、臨床試験への参加を希望されているがん患者の声を実際に聞かれたことはありますか?実情を無視した発言を繰り返す朝日新聞社と、福島先生には、現在の臨床試験を中止した際の責任を負う覚悟があるのでしょうか?

【記事】
-臨床試験は実地治療とどう違うのでしょうか。
「実地医療と違い、安全性、有効性が確認されていない薬の候補となる物質を使います。だから、臨床試験は厳格な管理が必要です。そのデータを規制当局が審査、承認して初めて薬になるのであって、それまでは薬でも何でもありません。朝日新聞の報道に対して日本癌学会などが出した声明に『ワクチン治療』とありますが、そのような治療はまだ確立しておらず、研究段階なのです。医療者が臨床試験と実地医療の違いを認識しないと、患者さんをミスリードします。」

○ 米国医薬食品局(FDA)が今年4月、前立腺がん治療薬「Provenge」を承認した事実をご存知ないのでしょうか?すでに、がんワクチン療法はがんの治療法としてFDAが承認し確立したものとなっていますし、米国以外でもスイスなどで治療法として承認しています。ワクチン治療は確立されたものであり、欧米では多数の治験が行われています。このような基本的知識の欠如した状態での発言こそ、「患者さんをミスリード」するものです。
 また、2009年9月、FDAは「治療用がんワクチンについての臨床的考察(案) Clinical considerations for Therapeutic cancer vaccines DRAFT GUIDANCE」を公表し、従来の薬剤と全く異なる作用機序をもつ「がんワクチン療法」は、既存の薬剤と異なる考え方をもとに臨床試験をデザインする必要があることなど、がん治療の概念が変わりつつあることを表明しました。あまりにも時代遅れのコメントです。
 また、臨床試験と実地医療を区別する意図がよくわかりません。臨床試験といえども、眼の前の患者さんにとっては医療行為そのものです。もちろん安全性、有効性が確認されていない薬の候補となる物質を投与している以上は、厳格な管理は必要でしょうが、それは、実地医療でも同じはずです。

【記事】
―倫理指針は「共同で研究する場合」の他施設への重篤な有害事象の報告義務を定めていますが、東大医科研は「単一施設で行った臨床試験だから有害事象の報告義務は負わない」と言っています。
「米国政府の臨床試験登録サイトには日本国内の多くの施設で行われているペプチドワクチンの臨床試験の情報が登録されています。東大医科研ヒトゲノム解析センターが『コラボレーター』と記載されています。これは『共同研究者』と翻訳する以外にないでしょう。医科研提供のペプチドなくして他施設で臨床試験はできないわけですから、常識的には共同研究施設です。付属病院での有害事象を医科研が他施設に伝えるのは試験物の提供者として当然ではないでしょうか。さらに、製造物責任法による責任がどこにあるのか問題になります。」

○ 朝日新聞社は何度も医科研から指摘を受けているようですが、医科研附属病院と、医科研ヒトゲノム解析センターは別の組織です。両者が同じものとして報道するのは事実と異なります。また、今回の有害事象については、医科研ヒトゲノム解析センターとの共同研究施設では、医科研附属病院で発生した時点以前に経験しており、周知済みだったと聞いています。
 尚、製造物責任法は、業として製造した場合に該当する法律です。製造物責任法を持ち出して「責任がどこかわからない」という見解は、今回はあてはまらないと考えます。

【記事】
―医科研は出血とペプチドワクチンとの因果関係について「誤解を与える表現をしている」と主張しています。
「被験者の日常生活を害するものはすべて有害事象になりますが、薬との因果関係の有無を議論してもその時点ではわからないこともあります。だから因果関係を簡単に断定してはいけない。データ蓄積してから最終的に薬に起因するかどうかを結論づける。それが副作用被害の拡大を防止するための鉄則です」

○ たしかに、有害事象と試験者との因果関係を簡単に断定してはいけません。しかし、開発初期の段階で、明らかに原疾患による可能性が高いと判断される事象について取り上げ、過度に不安をあおることも問題です。確かに因果関係はなかなか断定できるものではありませんが、今回の消化管出血がペプチドワクチンのせいで起こったと考える臨床医ははたしてどれくらいいるでしょうか?仮に各施設に伝えていたとして、各施設の医師は全員「理由はよくわかりませんが、ペプチドワクチンで消化管出血が起こる可能性があります」と患者さんに説明するのでしょうか? いきなり冒頭にヘルシンキ宣言を引用して、臨床試験がヘルシンキ宣言すら無視しているかのような書きぶりですが、臨床試験においてもヘルシンキ宣言を尊重し、治験と同様に患者さんを尊重して実施していることは言うまでもありません。

【記事】
―医科研病院より前に別の大学病院での別種のペプチドを用いた臨床試験で消化管出血例があり、医科研はそれが臨床試験に参加する研究者間で共有されていたと言っています。
「有害事象や副作用に関する情報は、研究者間で共有していればよいわけではありません。患者さんの利益のために臨床試験をしているわけで、患者さんの不利益になる可能性は患者さんに開示されて初めて意義を持ちます。予想されるリスクの説明義務はヘルシンキ宣言にも規定されています」

○ 私の知る限り、当該の臨床研究中に生じた消化管出血例については、原病の悪化によるものと判断されたもので、通常であれば有害事象としての周知は必要ないにも関わらず、進行がん患者を対象として、常に出血を含めた様々なリスクを抱えた患者を対象とした臨床試験であることを重視して、あえて施設間で情報共有をしたものであり、規定上の必要があったために情報共有をしたものではないと聞いています。
 ヘルシンキ宣言は、臨床試験に際して、がんの進行で起こりうる合併症などをすべて有害事象として患者に伝え、不必要な不安を与えることを求めているのでしょうか?進行したがん患者さんに対する治療の実情をあまり理解されていないとしか思えません。

【記事】
―医科研は、人に使われる前提で未承認薬のペプチドを他施設に提供しました。薬事法は治験以外での未承認薬の提供を禁じていますが、厚労省が今回、倫理指針に反しないと判断すれば、例外扱いされる可能性があります。
「医薬品の安全性を確保するための唯一の法律は薬事法です。未承認薬が法律に基づかず、すなわち管理されないで配布、提供、使用されると極めて重大な結果を招きます。今回の問題は薬事法に照らして、それを所管する医薬食品局が調査すべきです」

○ 今回の臨床試験は、医師法の中の医師の裁量権を根拠として実施されているものです。製造販売行為ではないため、薬事法の適用範囲外です。未承認薬の配布について、業(商売)として配布するものでなく、医師・研究者の共同研究チームによる自主臨床研究として配布するものについては、受け渡し可能で問題とされていないのは周知の事実であり、「調査すべき」などというコメントは極めて無責任です。本件について、久留米大学・先端癌治療研究センター所長の山田亮教授は厚労省へ問い合わせ、「監視指導・麻薬対策課に、ペプチド抗原を有効成分とする製剤の配布について照会したところ、薬事法には抵触しないという回答を3月頃に得た。」(日経バイオテク2009年6月30日)と公表されています。朝日新聞も福島先生もこれらのことをご存じなかったのでしょうか?

【記事】
―医科研からペプチドを提供された全国の施設はペプチドを一つもしくは複数組み合わせたり、抗がん剤と併用したりしています。この試験をどう評価しますか。
「臨床試験の初期の段階は、人での安全性確認が目的です。複数の試験物を用いたり、抗がん剤を併用したりすれば、どちらの副作用なのか、二つを合わせたから起こる新たな副作用なのか、抗がん剤の副作用なのかがわからなくなる恐れがあります」

○ 臨床試験の初期の段階から、米国、ヨーロッパでは既に、複数の新規の試験薬のカクテルを用いた「がんワクチン」の臨床試験が多数実施されています。また、抗がん剤などの他の薬剤の併用についても、新規の薬剤候補物質とのカクテルとしてであっても「がんワクチン」においては、世界的には、通常の臨床試験が実施されています。それを非難するのは、世界の「がんワクチン」の現状について、非難しているのと同じです。「がんワクチン」では、試験薬の投与により、患者の体内で起こる特異的な免疫反応を検出することが可能で、その免疫反応をよく調べれば、どのペプチドが特異的反応を患者に引き起こしているのかの判別が可能な時代になっています。古典的な細胞毒性をもつ「抗がん剤」の開発についての20世紀のお話としては間違いはないのかもしれませんが、新規の作用機序をもつ「がんワクチン」に現在、その概念を用いるのは、世界の常識に照らしあわせて、不勉強と言わざるを得ません。
○ 米国FDAにより「治療用がんワクチンについての臨床的考察(案)」として公表されている資料にも、従来の薬剤と全く異なる作用機序をもつ「がんワクチン療法」は、既存の薬剤と異なる考え方をもとに臨床試験をデザインする必要があり、抗がん剤や放射線療法との併用に言及されており、作用機序の異なる従来の「抗がん剤」の考え方を「がんワクチン」に持ち込むのは当てはまらないと思います。

【記事】
治験以外の臨床試験も公的管理下に置くとなると、審査体制の充実が必要ですよね。
「薬や医療機器の審査をする独立行政法人医薬品医療機器総合機構を強化し、現在約390人の審査担当者を少なくとも数倍には増やす必要があります」

○ 審査担当者の数は、数倍でも足りないと思いますが、それがすぐには実現不可能ということを認識しておられるにもかかわらず、なぜ「臨床試験はすべて公的管理下でなければならない」という考え方をなさるのか、理解できません。

【記事】
―なぜ大学が医薬品開発を行う必要があるのですか。
「市場規模の小さい薬や、再生医療のように商品化が困難な場合は製薬会社が開発したがらないからです」

○ 確かにそのような製薬会社が開発したがらないものには大学で医師主導治験を実施していく必要はあるでしょう。アカデミアが目指すところはあくまでも製薬会社とタイアップした医薬品開発です。がんなど難治疾患は現状の治療法だけでは限界があり、常に新しい治療法、治療薬が求められます。そのためにはアカデミアが新しいシーズやアイデアをどんどん生み出して、たくさんの治験ではない医師主導の臨床試験を実施して、その中から有望なものを製薬会社が拾い上げて治験をするという体制をしっかりと作り上げることこそが今の日本が世界に乗り遅れないで新しい薬剤や治療を生み出していく手段だと考えます。効くか効かないかわからないうちから限られたものを治験でやっていくという体制ではなかなかいいものは生まれないと思います。

【記事】
―「治験は医者には不可能」という声もありますが。
「それは事実ではありません。橋渡しプログラムではすでに4件の治験がスタートしています。このプログラムは医薬品開発で激烈な国際競争から脱落しかけている日本の起死回生策なのです」

○ 無尽蔵に資金があればそれは最初から治験を目指すかもしれません。しかし、医師たちは限られた予算の中で一生懸命患者のために臨床試験をやっています。がんペプチドワクチン療法は、臨床医も患者も納得するデータが出るかもしれないというところまで来ていると思います。すべての新しい治療を待っているがん患者に有効な治療を提供しようと思ったらまだまだたくさんの基礎研究と臨床試験が必要です。限られた数の治験だけでは不十分です。たくさんの臨床研究をやった中から本当に効きそうなものが出てきて、それを製薬会社が拾い上げて治験するという流れをつくるのが現状ではいいと思います。


○ 最後に、このインタビューを通じて感ずるのは、患者さんに対する思いやりの欠如です。全国で多くの患者さんやその家族は、治療法がないままに苦しい思いをしておられます。その患者さんや家族の思いを受け止めて頑張っているのが臨床試験を実施している現場の医療関係者です。自分たちの主張を展開するために事実を捻じ曲げる報道をしたうえに、患者会・学会・臨床研究者の質問に対してまともに答えないばかりか、さらに紙面を自分たちの保身のために利用するなど許しがたい蛮行と言わざるを得ません。大牟田氏は、11月10日の今回の記事で「『がんワクチン臨床試験』をめぐる記事で朝日新聞が最も伝えたかったことは、薬事法の規制を受けない臨床試験には被験者保護の観点から改善すべき点があるということです。」と書いていますが、10月15日のあの記事は、事実を捻じ曲げてまで本当にそのことを伝えたかったのでしょうか?朝日新聞は、論点をすりかえず、どうしてあのような記事が出たのか、外部委員を交えた「報道事故調査委員会」を立ち上げ、徹底的に検証して紙面に結果を公表すべきです。

 治験でない臨床試験を多くの医師が手掛けているのは、第一に患者のことを考えているからです。死までの時間が迫った患者に向き合ったとき、「治験でない臨床試験は日本ではできなくなったのであきらめてください」と言えるのでしょうか?

風邪薬は嘘っぱち 

風邪の季節が始まった。毎日新聞が、風邪薬の選び方の記事を載せている。

でも、ここに書いてあることの殆どは根拠のない嘘っぱちである。

例えば、抗ヒスタミン剤の副作用として、眠気だけを記しているが、小児科領域では痙攣を起こしやすくする薬剤として注目され、またその効果も根拠の乏しいものであるため、ただの風邪症候群には用いないことが常識になりつつある。燐酸コデイン等中枢性の鎮咳剤等も用いない。咳の出る原因を見極め、それに対する治療を行なうのが筋だ。

総合感冒薬も、小児科領域のものは、様々な成分が「僅かずつ」含まれるものだ。製薬会社としては、副作用が出ることが一番不都合であるから、含有成分は多岐にわたらせるが、含有量は年齢相当量よりもはるかに少ないことが多い。家庭の常備薬として適している等と言うのは、製薬会社のPRそのもの。

この新聞社は、英字新聞に日本人の女性を誹謗する記事を載せ続け、それが表ざたになって、広告収入を減らしたことが最近あった。で、製薬会社に広告を出してくれるように依頼する文書を社長名で出したことがあった。この記事のタイトルに1000億円市場と、如何にも物欲しそうな文字が並んでいることからも分かるとおり、これは一種の広告記事である。

私は、明らかな風邪症候群の場合は、暖かくして水分を取り休むことにしている。勿論、乳幼児や基礎疾患のある方、発熱が4,5日以上続く場合、意識障害や激しい嘔吐等重篤な症状のある場合は、医療機関にかかるべきだが、基本的には身体を休めることで多くの場合は治癒する。

所謂風邪薬など嘘っぱちである。


以下、引用・・・でも読むのはタイトルだけで十分・・・

風邪薬の選び方 市販品は1000億円市場。「症状別」「大人専用」など…
10/11/07
記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社


医療ナビ:風邪薬の選び方 市販品は1000億円市場。「症状別」「大人専用」など…



 ◆風邪薬の選び方 市販品は1000億円市場。「症状別」「大人専用」など多様に。

 ◇常備用には総合感冒薬

 ◇引き始めの服用、効果的 成分少ない薬に利点も

 「眠くならない」「1日2回」「のどの痛みに」--。東京都千代田区のドラッグストア「セイジョー神田神保町店」の風邪薬コーナーには数え切れないほどの商品が並び、さまざまな宣伝文句が目を引く。大崎達弘店長は「年配の方は飲み慣れた製品を選び、若い世代は薬剤師などに症状を訴え、相談する人が多い」と話す。

 市販の風邪薬市場は1000億円規模で、一つのブランド名から何種類もの製品が出ていることも珍しくない。症状や生活状況に合わせて選ぶことが大切だ。

   *

 風邪は医学的には「風邪症候群」と呼ばれ、鼻やのど、気管支などに急性の炎症が起こる病気だ。8~9割はウイルス感染が原因で、鼻風邪を起こすライノウイルス、のどの痛みを伴うアデノウイルスなどがある。たいてい1週間ぐらいで自然に治るが、肺炎や熱性けいれんを引き起こすこともあり、油断はできない。

 風邪薬は原因ウイルスに働くのではなく、さまざまな症状を和らげるものだ。熱や痛みには解熱鎮痛成分のアセトアミノフェン、イブプロフェン、アスピリンが代表的。くしゃみ、鼻水や鼻づまりに有効なのは、花粉症の治療にも使われる抗ヒスタミン成分。せきやたんにはジヒドロコデインリン酸塩やメチルエフェドリンなどの成分が使われる。

 第一三共ヘルスケア経営企画部の森上智行さんによると、総合感冒薬と呼ばれるものにはこうした成分がまんべんなく含まれ、のどの痛みやせきなど11の症状に効果がある。「幅広い症状に対応し、家庭の常備薬に向いている」という。

 最近はこうした常備薬タイプだけでなく、特定の症状への効果を強調する「症状別」や「大人専用」(15歳以上)の市販薬も増えている。今秋はライオンが風邪薬市場に参入、特に熱やのどの痛みへの効果を訴える大人用製品を発売した。

 ただし、症状別でも、幅広い症状に対応できるように配合されている薬が多い。のど、鼻、発熱の三つの症状別タイプを先駆けて発売した武田薬品工業は「鼻水から始まってのどが痛くなる場合もあるため、症状別タイプにもいろいろな成分が必要」(広報担当)と説明する。つまりこうした症状別タイプもある意味では総合感冒薬だが、特定の症状により一層効果を示すのだという。

   *

 改正薬事法で、風邪薬の多くは副作用などで注意を要する「第2類医薬品」に分類されている。例えば、睡眠改善薬の成分としても使われる抗ヒスタミンは眠気を起こすことがあり、「高齢者では尿が出にくくなったり、口が渇くなどの副作用が表れやすい」と大正製薬セルフメディケーション開発研究所の木島春子・主任研究員。同社ではドライバーや高齢者の使いやすさを考慮し、抗ヒスタミン成分を配合しない製品も販売している。

 眠くなると困る人には、葛根湯(かっこんとう)などの漢方薬もある。ただし「葛根湯は体の防御機能を高めて症状を改善させるため、風邪の引き始めに飲むことが大切」(森上さん)という。

 日本薬剤師会中央薬事情報センターの向井呈一部長は「風邪には休養が一番で、薬が必要とは限らない。せきが出て眠れないなど生活に支障があれば、一番困った症状に対応した成分のシンプルな薬を」とアドバイスする。成分数が少ない方が副作用が出た際に原因を特定しやすく、必要のない成分を飲まずにすむ利点もある。

 風邪薬の添付文書にはよく、「5~6回服用しても症状がよくならない場合」は服用を中止し、医師や薬剤師に相談する▽5日間を超えて服用しない--と記載されている。向井さんも「服用しても改善しなければ別の疾患の可能性もあり、医療機関の受診を」と呼びかける。【下桐実雅子】

信州へ「冬の旅」その2 

前ポストにも少し触れたが、この旅行の目的は、存じ上げているピアニスト臼田さんが出演される「冬の旅」全曲の演奏会を聴きに出かけることだった。臼田さんは、大学時代のオケの後輩である。大学オケで私が唯一チェロのトップを受け持ったベト7の演奏会終了時に、臼田さんと同じ大学の音楽科に在籍していたバイオリンのKさんに伴われて挨拶に来られたのが、お河童頭で色白の臼田さんだった。そのバイオリニストの方と、「大公トリオ」を全楽章演奏した記憶がある。残念ながら、チェロは1,2年で辞めてしまわれたが、専門のピアノの腕を見込んで(あぁ、おこがましい)彼女にいろいろと伴奏や、室内楽の相手をして頂いた。技術的に完璧で、冷静沈着な演奏をされる方だった。

お互いに、就職・結婚等があり、年賀状で挨拶するだけの行き来だったが、私がチェロに本格的にカムバックした10年とちょっと前に、まず伴奏・室内楽のお相手をお願いしようと考えたのが臼田さんだった。快く申し出に応えてくださり、上京して何度か室内楽に加わり指導して下さった。数年前に松本で演奏オフ会を開いた時には、モーツァルトの協奏曲20番を室内楽用の編曲版で弾いてくださった。そのカデンツァが凄い迫力だったのを今でも覚えている。ブラームスのピアノ五重奏曲1楽章や、メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲ニ短調1楽章も一緒に弾いてくださった。その際のことは、ブログ上ここ等で何度か記している。彼女は、地域の短大で教鞭を取ったり、サイトウキネンの合唱の伴奏をなさり、ピアノの教師として忙しい日々を過ごしておられた。そのオフ会、今にして思うと、畏れ多いことだったが、音楽仲間と一日中室内楽漬けになった楽しい日々だった。

この夏、彼女から、松本市の「あがたの森」講堂でシューベルト「冬の旅」全曲演奏をするから聴きに来るようにとお誘いを受けた。父上の篤愛の曲を、旧制松本高校の講堂で演奏される特別の演奏会らしかった。家内と一泊の予定を組み、聴きに出かけた。

歌曲は、私にとってほとんど未知の音楽領域だった。出かける前に、ムーアの伴奏で、ディースカウが歌う音源を何度か聴いた。失恋のために厳冬のなか、あてどのない旅に出る若者の歌だ。一度聴いて、マーラーの「さすらう若人の歌」を思い出した。特に、その第四曲「彼女の眼が」である。シューベルトのこの曲は、しかし、マーラーのようにごく私的な経験を音楽化したのではなく、より普遍的な時代精神のようなものを表現したかったのではないかと感じた。

で、臼田さんのピアノ、それに同じくプロのバリトン歌手である太田さんの歌唱による「冬の旅」について記そう。柔和だが、芯のあるバリトンにぴったりと寄り添い、時にリードするかのようなピアノ。タッチがとても美しい。ころころところがる玉のような音。あがたの森講堂という木造の建物の特性からくるのだろうか、ピアノと歌が渾然一体となって、聴衆を包み込むように思われた。暗く陰鬱な音楽なのだが、聴くもののこころにぽっと暖かいものを点してくれるかのようだった。終曲の「辻音楽師」になる頃には、まだまだ終わって欲しくないという思いになっていた。「辻音楽師」の弾くピアノの動機が何と虚ろな響きだったことだろう。でも、こころにはぬくぬくとした思いが残っていた。不思議なことだ。

終演後ちょっとご挨拶をして帰ろうかと思ったが、忙しくしておられたようなので、土産のお菓子を置いて帰路についた。来てよかったねと、家内と話しをしながら、暗闇に包まれた山道を車で飛ばした。自宅に帰りつく頃、臼田さんから携帯に電話があり、感想とお礼を手短にお話しした。

もう一点、この音楽会で印象に残ったのは、聴衆のことだ。中高年の方々が多く、とても熱心に聞き入っておられた。居眠りをしているような方はほとんど見当たらない。背筋をピンと伸ばして、演奏に耳を傾け、演奏者の姿をじっと見入っているのがよく分かった。斜め前に座った70歳代後半と思われる女性は、途中で何度も眼をハンカチで拭っていた。臼田さんと太田さんは共に松本深志高校の同窓である。太田さんは、臼田さんの父上に高校時代教えを受けたらしい。同高校の音楽部の現役・OBの集まり、志音会が、この演奏会をバックアップしている様子だった。志音会は1000名ほどの会員を持ち、定期的に演奏会を自ら開催している様子だった。こうした支援組織があるから、このような音楽会を開くことが可能になるのだろう。

「冬の旅」の有名な曲「菩提樹」は、暗く厳しい冬の旅路にあって、ほっと一息つくことができる休息のとき、言わば小春日和を表現した曲であることを知った。現在が、私の人生にとってまさしくそうした時期なのかもしれない。これから、あの「辻音楽師」で奏でられる虚しく暗い日々が待ち受けているのかもしれない、という思いを強くした。でも、この音楽会は、確かに私のこころに暖かなものをしっかりと点してくれたのだった。

信州へ「冬の旅」その1 

一昨日、午前中の仕事を終え、家内と信州に向かった。信越道の軽井沢の手前、妙義山の近くを走行中に、左前輪から大きな異音。ハンドルが左に取られたが、何とか停車。その前輪をみると、外側面にバーストしたような形跡があった。JAFに連絡し、待つこと1時間強。外は薄暗く、肌寒さを感じるようになっているところでやって来てくださったJAFの車を目にしたときには、本当に嬉しかった。近くのインターチェンジの広場まで牽引され、そこでタイヤ交換。まだ換えて数ヶ月のタイヤなのにこれで大丈夫なのか・・・。メーカーから良く話を聞くつもりだ。

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軽井沢の老舗のホテルに投宿。家内は、フルコース料理に満足そう。久しぶりに生ビールをジョッキ一杯飲んでしまい、夜良く眠れず。翌日、安曇野に行き、信州そばをお昼に頂く。北アルプスが、頂に既に降雪しており、とても美しい。澄んだ空気の中、くっきりと山並が見える。豊科インターから大町に向かう道路から写す。

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昔、大学オケで合宿したり、新婚間もない頃に、ドライブに来たりした、青木湖周辺、懐かしくなり、音楽会の開演時刻も迫っていたが、足を伸ばした。長野五輪の前後は、大分けばけばしい飾りや、看板が目立ったが、落ち着いた佇まいを見せていた。この一つ先の湖で、オケの仲間と泳いだ遠い過去の記憶が蘇る。そこは遊泳禁止だった・・・。

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演奏会場だった「あがたの森」の会場。旧松本高校の講堂だった、時代を感じさせる木造の建物だ。

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演奏を聴いた感想は、別のポストで・・・演奏終了後、握手をするバリトン歌手太田直樹さんと、ピアノの臼田由香里さん。講堂は天井が高く、古めかしいが、立派なシャンデリアが天井から下がっていた。適度なぬくもりのある残響があり、この規模の音楽にピッタリの会場だった。感想のポストでも記そうと思っているが、聴衆には年配の方が目立つ。臼田さんの父上、元松本深志高校の国語の先生をしていらっしゃった、が、訳詩をなさった由。それを右側のスクリーンに、歌ごとに映し出していた。

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演奏終了時のお二人。暗いのと、ズームを使ったために、ブレてしまった。残念。臼田さんは、学生時代と姿が変わらず。

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がんワクチン報道の波紋 

東大医科研の上氏が、朝日新聞がんワクチン報道問題の経過を分かりやすくまとめられた。特に、朝日新聞の内部事情についての記載が興味深い。もしこの通りだとすると、大阪地検特捜部の証拠でっち上げ問題にも通じる、制度・システムの問題がありそうだ。記者は、周囲からスクープ記事を出すことを期待され、また出さなければ生き残れないような状況にあるのだろうか。「報道機関が世論を作り上げる、そのためには多少の不正も許される」という、マスコミ人の驕りが基本にあるのかもしれない。

どのような理由であれ、彼等のでっち上げが免罪されるわけではない。彼等のそうした体質、体質を生む報道機関の制度を変えないと、報道機関自体がゆっくりと自殺することになる。


以下、MRICより引用~~~

朝日新聞 がんワクチン報道の波紋

東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム
上 昌広

※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail MediaJMMで配信した文面を加筆修正しました。
2010年11月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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 前回の配信で、朝日新聞のがんワクチン報道が医療現場を混乱させていると報告しました。
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report22_2216.html

あれから2週間。色んな動きがありました。今回は事件の経過をご紹介したいと思います。


【各地から抗議が殺到】
 10月15日のスクープ記事を受けて、最初に動いたのは東大医科研の清木元治所長です。18日、医療ガバナンス学会が発行するメルマガMRICに『朝日新聞「臨床試験中のがん治療ワクチン」記事に見られる事実の歪曲について』を寄稿しました。http://medg.jp/mt/2010/10/vol-32720101015.html

 それに続いたのが、41のがん患者団体です。20日、厚労省記者クラブで『がん臨床研究の適切な推進に関する声明文』を発表しました。記者会見では、多くの患者・家族が不安になったことを紹介し、臨床研究の予算が削減されないこと、被験者保護のための情報開示、さらに「誤解を与えるような不適切な報道ではなく、事実をわかりやすく伝えるよう、冷静な報道」を求めました。早い段階で、患者が主体的に動いたことは、医療界が変化しつつあることを象徴しているように感じます。

 22日には、日本がん学会、日本がん免疫学会、さらにオンコセラピー・サイエンス社が抗議声明を発表しました。さらに、23日には日本医学会会長である高久史麿氏が、個人的見解と断りながら、『事実を歪曲した朝日新聞のがんペプチドワクチン療法に関する報道』を発表しています。http://medg.jp/mt/2010/10/vol-331.html#more

 その後、27日には、帝京大学の小松恒彦教授を発起人代表とする「医療報道を考える臨床医の会」が発足し、署名活動が始まりました。署名開始後4日間で2000筆以上の署名が集まっています。

 同日、朝日新聞の社説の中で研究者の倫理観を問われ、ナチスの人体実験に喩えられた中村祐輔教授(東大医科研)は、朝日新聞秋山耿太郎社長宛に抗議文を送り、名誉毀損のため訴訟を準備していることを明らかにしました。

 29日には日本医学会が、『事実を歪曲した朝日新聞がんペプチドワクチン報道』と公的見解を発表。30日には、朝日新聞で「患者出血、「なぜ知らせぬ」、協力の病院、困惑」と報じられた臨床研究グループCaptivation Networkが、参加施設代表者76名の連名で抗議しました。その中で、「医科研病院患者の出血(2008年10月)に先んじて、2008年2月1日にグループ内で他患者の消化管出血情報が既に共有されており」、「我々の施設の中には、直接取材は受けたが、朝日新聞記事内容に該当するような応答をした「関係者」は存在しませんでした」と述べ、朝日新聞の記事が「捏造の疑いが強い」と主張しています。

 更に、11月1日には東京都保険医協会が抗議声明を発表。これまで、朝日新聞記事を擁護する医療関係者はなく、今後も抗議は続きそうです。

 今回の抗議活動の特徴は、患者会、Captivation Network、医療報道を考える臨床医の会などのインフォーマルなネットワークが早期に動いたことです。民をベースにしたボトムアップの合意形成システムが構築されつつあるようです。


【朝日新聞の対応】
 では、朝日新聞はどのように対応したのでしょうか。

 まず、がん患者団体の抗議を21日の朝刊で報じました。しかしながら、そのタイトルは『患者団体「研究の適正化」』。患者団体が訴えたことは、患者への適切な情報公開、がん研究予算削減阻止、そして「報道の適正化」でした。朝日新聞は、患者の抗議を自らの都合に良い形でねじ曲げて報じました。

 ついで、22日の日本がん学会などの抗議に対しては、23日になって『医科研記事、癌学会など抗議 朝日新聞「確かな取材」』との見出しで報じました。読売・毎日・産経・日経・共同通信などは、前日に記事を配信しており、朝日新聞の対応の遅れは際だちました。また、朝日新聞の広報部が「確かな判断」や「見解の相違」ではなく、「確かな取材」とい良い方に留まったことは示唆に富みます。記事の解釈ではなく、取材の手続きの正確さを保証したに過ぎません。

 ちなみに、22日の読売新聞の記事では、「朝日新聞が報じていなかった問題」と、朝日新聞を暗に批判しました。読売新聞の変わり身の速さが際立ちました。新聞各社は、朝日新聞のスクープ記事に追随した記事を書いており、今更、否定しにくかったでしょう。記者たちは、朝日報道を読んで違和感を抱いたらしいのですが、トクオチを恐れるデスクを説得するには至らなかったようです。横並び新聞報道の構造的問題を示しています。

 その後、朝日新聞が、この件を報道したのは、28日の『教授の人権侵害と朝日新聞に通知書 東大医科研報道』だけです。11月1日現在、朝日新聞記事を捏造の疑いありと訴えたCaptivation Networkの記者会見や、「医療報道を考える臨床医の会」などのインフォーマルネットワークの活動は全て無視されています。


【メディア・ネットワーク】

 一方、新聞・テレビ以外のメディアは朝日新聞に対して批判的です。一番、最初に問題を取り上げたのは日刊ゲンダイです。19日に『がん治療ワクチン報道で朝日新聞と東大が火花』という記事を掲載しました。同紙は28日にも『1面デカデカスクープ報道にアチコチから怒りの声明』との記事を掲載し、朝日批判の論陣を張っています。これ以外に、週刊現代、週刊新潮、J-Castニュースなども同様の記事を掲載しました。電車の中吊りなどでご覧になった方も多いでしょう。

 医療界に関しては、メディファックス、メディカル・トリビューン、日経メディカルオンライン、エムスリー、キャリアブレイン、MRICなどが連日のように問題を報じました。このような医療メディアを通じ、多くの臨床医が問題を認識したのではないでしょうか。筆者が参加している医療関係のメーリングリストでも、繰り返し話題になりました。

 他のオンラインメディアも動きました。例えば、JMMや楽天の「内憂外患」でも繰り返し取り上げられ、金融やITなどの他業界にも広がりました。ネットやメールメディアが情報のハブとして機能したように感じます。

 ツイッターが果たした役割も無視できません。「医療報道を考える臨床医の会」は、ツイッター(@iryohodo)を用いて積極的に情報を発信しました。このような発信を通じ、メディアのあり方自身に問題意識を持つ上杉隆、平野啓一郎、内田樹、岩上安身氏などが問題を認識し、上杉氏(@uesugitakashi)、岩上氏(@iwakamiyasumi)は、ツイッター上で応えました。このようなやりとりを通じて、彼らのfollowerが問題を認識しました。

 このように、今回の事件ではマスメディアが動かなかったにも関わらず、様々な媒体が有機的に連携することで、関係者の認知度があがりました。福島県立大野病院産科医師逮捕事件以降、医療界は様々な事件を経験してきました。このような試練を通じ、医療界と社会を繋ぐメディア・チェーンが形成されつつあることを実感します。


【朝日新聞のガバナンス】
 この事件の真相は不明です。真相解明には、朝日新聞社、あるいは第三者機関による調査を待たねばならないでしょう。

 ただ、現時点で朝日新聞の記事は捏造の疑いが強いと言わざるを得ません。例えば、中村祐輔教授は朝日新聞からインタビューを受けていませんし、東大医科研から朝日新聞への回答と記事内容は全く異なります。また、中村教授との利益相反を示唆され、報道後に株価が暴落したオンコセラピー・サイエンス社は朝日新聞から一切の取材を受けていません。今回の記事を、当事者から直接取材することなく、記者たちの「先入観」に基づいて組み立てたのですから、大問題です。

 これでは、朝日新聞の自作自演と言われても仕方ありません。その構造は、1989年に問題となった珊瑚記事捏造事件と酷似します。この事件では関係者は処分され、一柳東一郎社長(当時)は辞任しました。また、不起訴となったものの、カメラマンは刑事告発されています。

 知人のメディア関係者は朝日新聞の問題点を象徴していると言います。今回の記事を書いた出河雅彦編集委員、野呂雅之論説委員は、1983年産経新聞の同期入社組です。その後、朝日新聞に異動します。朝日新聞が即戦力確保のため、他社からスター記者を引き抜くのは有名です。出河氏は医療分野で、野呂氏は大阪本社社会部のデスクとしてイトマン事件や防災問題で活躍しました。このようなスター記者たちが、独自に進めた取材に対し、後輩の記者たちやデスクがチェック出来たか、甚だ疑問です。編集局長は、社内でのどのような議論の末、記事掲載に至ったかを説明する義務があるでしょう。

 一方、朝日新聞の経営不振は有名です。日経新聞ほどインターネットにウェイトを置くわけでなく、読売新聞ほど紙媒体の販売を促進しているわけでもありません。最近は、人件費削減のため、早期勧奨退職を勧めています。社長など幹部職員は生え抜きが独占する朝日新聞で、途中入社組の出河・野呂氏たちは、どのような思いを抱いていたのでしょう。社内での立場、あるいは次のポジションを確保するためにも、スクープ記事が欲しいと思っても誰も批判できないでしょう。

 余談ですが、10月6日、朝日新聞大阪本社がスクープした検事資料改竄事件が、新聞協会賞を受賞しました。この記事で中心的役割を果たしたのは、下野新聞から途中入社した板橋洋佳氏です。かつて所属したグループの活躍は、野呂氏にどのように映ったでしょう。

 私は、今回の記事は氷山の一角に過ぎないと考えています。探せば、同じような報道は沢山あるのではないでしょうか。例えば、2007年出河氏は『薬の臨床研究、国が補助金打ち切り 慶大医学部長、財団と二重受給』とのスクープ記事を発表しました。小泉改革で運営交付金が減少し、大学病院は臨床研究の継続に苦労していました。このような医療現場の実情を無視して、「細かい手続きの不備」を批判しました。実害を被った患者はいませんでした。今回と全く同じ構造です。当時、患者は勿論、医療界からも記事批判の声はなく、この報道以降、大学病院の臨床研究は失速しました。

 朝日新聞は医療事故報道に熱心です。その中心は出河氏。著書『ルポ医療事故』(朝日新書)は、2009年の科学ジャーナリスト賞(日本科学技術ジャーナリスト会議)を受賞しました。その中で、出河氏は医療機関の隠蔽体質を糾弾し、医療事故から逃げない、隠さないことの重要性を訴えました。私も彼の主張に賛同します。今回の記事は、医療現場に大きな被害を与えた「報道事故」です。真相を究明し、再発防止に努めるのは朝日新聞の義務です。彼らの矜持が問われています。

高齢者終末期医療 

長野に住む遠縁に当たる方、既に90歳近くなのだが、が骨折で入院し、入院中に脳梗塞と心筋梗塞を併発した。先日、ご家族に当たる従兄弟の方から電話があり、彼女の病状について伺った。意識レベルは、家族が行くとようやく分かる程度で、普段は、意識障害が強い様子。胃瘻を造設するようになる、とのこと。胃瘻とは、腹部の皮膚から直接胃に穴を開け、そこから栄養補給する方法だ。従兄弟と、そのご家族は、その方のことを大切になさり、これまで一緒に仲良く生きてこられたことを良く知っている。その従兄弟が、彼女の胃瘻造設について、少し言葉を濁しながらも、「そこまでしなくてもと思うのだけれどね・・・」と言っていた。

何故胃瘻を作らなければいけないのかと私が問うと、「そうしなければ入院を続けられない」との返答が返ってきた。驚いた。高齢者医療に疎かったので迂闊なことだったが、現実問題として、胃瘻を作らないとすると、特別養護老人ホームに入所するか、在宅で介護するしかないことを知った。

この方の場合、従兄弟夫婦も80歳代で各々健康問題を抱えており、在宅介護は不可能だ。特別養護老人ホームも、まず空きはないだろう。胃瘻を作らざるを得ない状況だ。

胃瘻の造設については、高齢患者の延命効果がないというデータもあるらしいが、医療現場では、社会的な要請から胃瘻を作らざるを得ない状況もあるらしい。胃瘻を設置しないで亡くなられた場合に、ご家族から訴訟を起こされる可能性もある、ということだ。医療現場はそのリスクを冒してまで、胃瘻造設を避けることは出来ないのだろう。また、療養系の病床では、看護人員が少なく、胃瘻ではなく胃管での管理は無理なのだろう。

高齢者医療のマンパワーの不足が、患者への医療自体を悪くさせることは望ましくない。それと同時に、高齢者になった時に、各自がどのような医療を望むのかを考えておく必要がある。高齢者の終末期医療を、一つのやり方でくくることは当然できないだろうが、胃瘻を造設したりしない、死を苦しむことなく受容できるような、本当に患者のことを考えた医療にする努力が必要だろう。これは、医療の側の問題ではなく、医療を受ける側個々人に投げかけられている問題だ。

国立長寿医療研究センターの理事長である、大島伸一氏は、最近の民主党「高齢者医療制度改革ワーキングチーム」会合で、高齢者医療に関して以下のように述べている。

「胃瘻の新規導入は年間約20万人、現在実施しているのは約40万人に上るとされている。こんな国は 世界にどこにもない。今は、制度内であれば何でも許され、本人あるいは家族が望めば胃瘻ができる。しかし、日本の医療は今後どのような方向に進むか、財源論だけでは済まず 、生き方の価値感、死生観まで含めて議論していくことが必要ではないか」

胃瘻造設を受けられたこの方は、私の学生時代、夏に信州を訪れた際に、時々お目にかかり、お世話になった方だ。従弟夫婦の家に同居し、家業である農業を手伝いながら、キリスト教信仰に依り頼んで静かな独身の人生を送ってこられた方だ。高ボッチ高原の景色と共に、この方の控えめで暖かな人柄を、夏の信州を思い出すたびに思い起こす。近いうちにお見舞いに行きたいと思っている。

がんワクチン報道問題、朝日新聞への抗議 

マスメディア、ことに新聞が凋落しつつある。米国等では、新聞社のかなりの数が倒産したり、新聞発行を取りやめたりしている。日本でも、各メージャー新聞の発行部数は、年々確実に減少の一途を辿っている。

日本での新聞の状況と言えば、官房機密費を記者達が与えられ、時の政権に都合の良い報道をしていた疑惑を、自ら解明しようとはしない、また記者クラブに胡坐をかき、行政や警察・検察の発表、多くは世論操作を意図する発表をそのまま記事にし続けてきた。この新聞の胡散臭さを、新聞は自己改革できない。また、今回のがんワクチン報道問題の朝日新聞の姿勢のように、状況を的確に判断し行動することができない、硬直化したシステムが介間見えてくる。

Captivation Networkという医療機関・研究施設の代表者達から、朝日新聞に公式の抗議文が送られた。医療界からの批判・抗議に、「正当な取材活動に基づく」記事だと述べた朝日新聞は、どのように応えるのだろうか。周囲で起きている事象に対応できぬまま、朽ち果てる巨象のように倒れてゆくのだろうか。

朝日新聞の一連の報道は、臨床試験のあり方に一石を投じようとしたものであったことは分かるのだが、その目的のために筋書きを書いて、それに沿うように記事をでっち上げたことは許されない。

朝日新聞の本当の目的は何だったのか。

一つは、臨床試験を国家管理にする意向の厚生労働省の意思を、直接受け、またはその意思を慮って、こうしたキャンペーンを張った、ということが考えられる。臨床試験が国家管理に馴染むことなのか、官僚の新たな天下り先・権益を確保することだけに資するのではないか、批判的に行政の意向を見ることこそが、マスコミの責任なのではないか。

二つ目には、あっては欲しくない事だが、株のインサイダー取引にかかわっている可能性もある。この報道後、がんワクチンに関わる企業(このがんワクチンとは直接関係のない)の株価がストップ安になっている。社会の正常機能を障害する報道によって、思わぬ影響が出ることは良くあることで、それが意図的だとしたら、犯罪行為だ。

目的などなく、ただただスクープをし、論説委員の意見に迎合するための報道現場の暴走なのか。これだとして、それを放置するのだったら、朝日新聞は、自殺行為をするに等しい。

さて、朝日新聞が、どのように応えるのだろう。


以下、MRICより引用~~~


Captivation Network臨床共同研究施設より、朝日新聞社 秋山耿太郎 代表取締役社長と、「報道
と人権委員会」宛に、以下の抗議文が送られました。

抗 議 文

         2010年10月29日

 去る2010年10月15日、朝日新聞朝刊1面に『「患者が出血」伝えず 臨床試験中のがん治療ワクチン東大医科研、提供先に』、社会面に『関連病院「なぜ知らせぬ」』と題する記事が掲載されました。

 社会面『関連病院「なぜ知らせぬ」』の記事には、臨床研究を実施している病院の関係者とされる人物への取材に基づいた生生しい内容の記事が掲載されており、この記事は読者に、東大医科研が有害事象を隠蔽したという印象を与えました。しかし、医学的事実の誤りに加え、捏造と考えられる重大な事実が判明いたしましたので、ここに強く抗議いたします。

(医学的事実の誤りについて)
 第1、我々は東大医科研病院の共同研究施設ではなく、独自の臨床研究が行われた東大医科研病院の有害事象について、情報の提示を受ける立場にはありません。したがって、記事見出しの「なぜ知らせぬ」という表現は、我々自身も不自然な印象を受けます。
 第2、本有害事象は、発表された論文からも原病である膵癌の悪化に伴った食道静脈瘤からの出血と判断されています。進行がんの一般臨床において、出血が起こりうることは少なからず起こることであり、出血のリスクを有する進行がんの患者さんにご協力を頂き臨床研究を実施する危険性について、我々の中では日常的に議論され常識となっております。
 第3、原病の悪化に伴う出血の有害事象については、医科研病院の有害事象が発生する以前に、既に我々のネットワークの施設で経験をしています。ペプチドワクチンによる有害事象とは考えられないが臨床研究実施中に起こった有害事象として、2008年2月1日の「第1回がんペプチドワクチン全国ネットワーク共同研究進捗報告会」にて報告がなされ情報共有が済んでおります。したがって、ペプチドワクチンとの関連性が極めて低いと判断され、原病の悪化に伴うことが臨床的に明らかな出血という既知の事象について、この時点での情報共有は不要と考えます。

(捏造と考えられる重大な事実について)
 記事には、『記者が今年7月、複数のがんを対象にペプチドの臨床試験を行っているある大学病院の関係者に、有害事象の情報が詳細に記された医科研病院の計画書を示した。さらに医科研病院でも消化管出血があったことを伝えると、医科研側に情報提供を求めたこともあっただけに、この関係者は戸惑いを隠せなかった。「私たちが知りたかった情報であり、患者にも知らされるべき情報だ。なぜ提供してくれなかったのだろうか。」』とあります。

 我々は東大医科学研究所ヒトゲノム解析センターとの共同研究として臨床研究を実施している研究者、関係者であり、我々の中にしかこの「関係者」は存在し得ないはずです。しかし、我々の中で認知しうるかぎりの範囲の施設内関係者に調査した結果、我々の施設の中には、直接取材は受けたが、朝日新聞記事内容に該当するような応答をした「関係者」は存在しませんでした。

 我々の臨床研究ネットワーク施設の中で、出河編集委員、野呂論説委員から直接の対面取材に唯一、応じた施設は7月9日に取材を受けた大阪大学のみでした。しかし、この大阪大学の関係者と、出河編集委員、野呂論説委員との取材の中では、記事に書かれている発言が全く述べられていないことを確認いたしました。したがって、われわれの中に、「関係者」とされる人物は存在しえず、我々の調査からは、10月15日朝刊社会面記事は極めて「捏造」の可能性が高いと判断せざるを得ません。朝日新聞の取材過程の適切性についての検証と、記事の根拠となった事実関係の真相究明を求めると同時に、記事となった「関係者」が本当に存在するのか、我々は大いに疑問を持っており、その根拠の提示を求めるものであります。

 また、10月16日、朝日新聞社説においては、捏造の疑いのある前日の社会面記事に基づいて、『研究者の良心が問われる』との見出しで、ナチス・ドイツの人体実験まで引用し、読者に悪印象を植え付ける形で、われわれ研究者を批判する記事が掲載されました。これら一連の報道は、われわれ臨床研究を実施している研究者への悪意に満ちた重大な人権侵害であり、全面的な謝罪を求めるものです。

 今回の捏造と考えられる重大な事実について、我々と患者さんを含めた社会が納得できるように、一連記事と同程度の1面記事を含めた紙面においての事実関係の調査結果の掲載を要求すると同時に、われわれ研究者への悪意に満ちた重大な人権侵害に対する全面的な謝罪を求め、ここに抗議いたします。

 Captivation Network臨床共同研究施設
 岩手医科大学 泌尿器科 教授 藤岡知昭
 札幌医科大学医学部内科学第一講座 教授 篠村恭久
 秋田大学 消化器外科 教授 山本雄造
 秋田大学 消化器外科 講師 打波 宇
 岩手医科大学 泌尿器科 講師 小原航
 岩手医科大学 産婦人科 教授 杉山 徹
 岩手医科大学 産婦人科 准教授 竹内 聡
 東北大学病院がんセンター 准教授 森 隆弘
 東京医科大学茨城医療センター乳腺科 教授 藤森 実
 東京医科大学茨城医療センター乳腺科 講師 藤田知之
 山梨大学 第一外科 教授 藤井秀樹
 山梨大学 第一外科 准教授 河野浩二
 福島県立医科大学 臓器再生外科学講座 教授 後藤満一
 福島県立医科大学 呼吸器外科/臓器再生外科 講師 鈴木弘行
 東京女子医科大学東医療センター外科 教授 小川健治
 東京女子医科大学東医療センター外科 講師 塩澤俊一
 東京女子医科大学東医療センター外科 講師 吉松和彦
 東京女子医科大学東医療センター外科 准講師 金 達弘
 東京女子医科大学 消化器外科 教授 山本雅一
 東京女子医科大学 消化器外科 教授 有賀 淳
 東京女子医科大学 消化器外科 助教 奥山隆二
 東海大学 消化器外科 教授 小澤壯治
 東海大学 消化器外科 教授 安田聖栄
 東海大学 消化器外科 講師 山本壮一郎
 東海大学 消化器外科 助教 名久井 実
 帝京大学 外科 教授 沖永功太
 帝京大学 外科 教授 福島亮治
 帝京大学 外科 講師 飯沼久恵
 帝京大学ちば総合医療センター 外科 教授 幸田圭史
 国際医療福祉大学三田病院  教授 吉本賢隆
 国際医療福祉大学三田病院  准教授 白川一男
 滋賀医科大学 腫瘍内科 教授 醍醐弥太郎
 滋賀医科大学 消化器外科 教授 谷   徹
 滋賀医科大学 消化器外科 講師 目片英治
 京都府立医科大学 泌尿器科 教授 三木恒治
 京都府立医科大学 泌尿器科 助教 三神一哉
 大阪大学 消化器外科 教授 土岐祐一郎
 大阪大学 消化器外科 講師 藤原義之
 大阪大学 眼科 助教 辻川元一
 大阪市立大学大学院 腫瘍外科 教授 平川弘聖
 大阪市立大学大学院 腫瘍外科 講師 田中浩明
 大阪府立成人病センター 消化器外科 主任部長 矢野雅彦
 公立学校共済組合近畿中央病院 外科 副院長 小林研二
 近畿大学 外科 教授 奥野清隆
 近畿大学 泌尿器科 教授 植村天受
 兵庫医科大学 乳腺・内分泌外科 教授 三好康雄
 和歌山県立医科大学外科学第2講座 教授 山上裕機
 和歌山県立医科大学外科学第2講座 講師 谷 眞至
 和歌山県立医科大学外科学第2講座 講師 岩橋 誠
 和歌山県立医科大学 泌尿器科 教授 原  勲
 川崎医科大学 臨床腫瘍学 教授 山口佳之
 高知大学医学部泌尿器科学教室 教授 執印太郎
 高知大学医学部泌尿器科学教室 准教授 井上啓史
 山口大学 消化器・腫瘍外科 教授 岡 正朗
 山口大学 消化器・腫瘍外科 准教授 硲 彰一
 山口大学 消化器・腫瘍外科 講師 吉野茂文
 山口大学 消化器・腫瘍外科 助教 鈴木伸明
 徳山中央病院 泌尿器科 部長 那須誉人
 国家公務員共済組合連合会 呉共済病院 院長 小野哲也
 国家公務員共済組合連合会 呉共済病院 診療部長 光畑直喜
 国家公務員共済組合連合会 呉共済病院 部長 田原 浩
 独立行政法人労働者健康福祉機構 香川労災病院 部長 西 光雄
 九州大学 細胞治療学 教授 谷憲三朗
 大分大学腎泌尿器外科 教授 三股浩光
 大分大学腎泌尿器外科 准教授 佐藤文憲
 大分大学 消化器外科 准教授 野口 剛
 熊本大学大学院 生命科学研究部・免疫識別学分野 教授 西村泰治
 熊本大学医学部附属病院薬剤部 准教授 濱田哲暢
 熊本大学医学部附属病院 消化器内科 教授 佐々木裕
 熊本大学医学部附属病院 消化器外科 教授 馬場秀夫
 熊本大学医学部附属病院 歯科口腔外科 教授 篠原正徳
 鹿児島大学大学院腫瘍制御学・消化器外科学 教授 夏越祥次
 医療法人沖縄徳洲会 千葉徳洲会病院 院長 大嶋秀一
 医療法人沖縄徳洲会 千葉徳洲会病院 副院長 浅原新吾
 帝京大学医学部附属溝口病院 外科 教授 杉山保幸
 帝京大学医学部附属溝口病院 外科 講師 虫明寛行

週末の夕食 その25 

豚の角煮。少し手間(時間)がかかるが、味の滲みた角煮が出来た。大分前に作ったときには、肉がばらばらになってしまったので、その雪辱戦。・・・でも、酒のつまみのような料理。

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同じ日に作ったのではないが、秋刀魚の煮付け。簡単で美味しく、それに冷蔵庫で保存がきくので、我が家の定番になりつつある。秋刀魚が不漁だったとのことだが、一匹70円80円ととても安い。これで漁民の方々はやって行けるのかと心配になるほど。大量に作り、2,3日持たせる。過日、家内の実家に少しおすそ分けした。

秋刀魚一匹を数個にぶつ切りにし、はらわたをのぞき、高圧釜の中の、酒・醤油・みりん・砂糖で味付けした煮汁に入れて10数分煮込むだけ。臭い消しにみじん切りにした梅干も入れる。

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4年前,力み返って始めたブログも、今月末に5年目に突入する。タイトルから「ステトスコープ」が消え、「包丁・まな板」がその位置を占めることになるのは何時か・・・。