根室市民病院55億円をかけて新築?? 

根室市民病院は、医師不足と経常収支の悪化した病院として有名だ。

その病院の建物を新築する計画が進んでいるらしい。55億円の予算で、すべて市が税金で賄うとすると、市民一人当たり20数万円の出費である。

この病院は、毎年12億円の赤字を計上しているらしい。

で、根室市の人口は、年々減少の一途を辿っている。現在は、2万数千人の規模のようだ。

この地域に、上記規模の病院建物を新築すべきなのだろうか。

国の交付金が4割出るから、強引にそれに乗って建築を始めようというのだろうか。建てた後のことを何も考えていないのではないだろうか。大きな赤字を出して、上手くいったとして診療所化、ヘタをすると閉院という可能性が見えてくる。

地方自治体行政は何らかの利権と絡んで、強引に建築を進める積りなのだろうが、それを報道する新聞が、この病院の過去・未来に目を向けて、批判的に報道しないでどうするつもりなのだろうか。新聞が「弾みがつきそうだ」等と地方自治体行政の太鼓持ちのようなことを言っていて良いのだろうか。市内外からの1億円の寄付など焼け石に水。現在の医師の不足には何の効果もない。


以下、毎日新聞地方版より引用~~~

根室市民病院:新築基金が1億円突破 /北海道
 市立根室病院(東浦勝浩院長)の新築に向け、市内外から寄付を募っていた「根室市ふるさと応援寄付金」の病院建設基金に24日、匿名の市民から現金100万円が寄せられ、寄付の累計額が1億円を突破した。市にとっては思いがけないクリスマスプレゼントで、来年度の建設着工に向けて弾みがつきそうだ

 同市は00年に「病院建設基金」を創設。さらに08年に「ふるさと応援寄付金」の中に病院指定寄付を創設。今年度は、38件1005万6300円が病院建設指定の形で寄せられた。寄付の総計は、これで1億2万3166円となった。

 病院新築の総事業費は55・3億円。同市ではこのうち約4割を国の交付金で確保し、残りを起債でまかなうことにしている。【本間浩昭】

Elmering 

7023KHz近辺に、中国のハム、特にビギナーと思しきハムがたむろしている。その辺りに出ると、彼らから呼ばれることもある。CQ DXを出しているのに、だ。交信の仕方を心得ず、こちらが応答する前に、勝手に私相手に交信を始めてしまう局もいる。SWLの経験がないか、「厚かましい」かのいずれだろう。でも、彼らのactivityと熱意は、かなりのものだ。1960年代のJAの状況を思い起こさせる。

こうした中国のハムの状況について、Jim W6YAと話したことがある。彼らに対してJimは結構好意的だった。ビギナーで熱心に運用しているのだから、相手をしてあげるべきだというのだ。米国西海岸からすると、中国は結構なDXであり、また勃興する中国への関心も高いのだろう。

で、最近、CWopsの幹部のMLで、若いニューカマーのハムを如何にCWオペに育てるかということが議論になっていた。実際に、若いニューカマーに意見を求め、それがML上に流されている。印象的だったのは、Elmerがいない、Elmerになってもらいたいという、そうしたニューカマーからの要望だった。Elmerとは、アマチュア無線界で用いられる用語で、個人的な指導者を意味する。1970年代初め、QST上でW9BRDが「無名のアマチュア無線の父」と呼んで、Elmerという個人の名を、個人的な指導者という意味で初めて用いたらしい。

私にとっても、何人かのElmerの名を挙げることができるが、彼らは、その知識・経験が豊かで、運用にも確立したスタイルを持ち、後進への指導も自然にかつ暖かく行なってくれるような方々だった。彼らのようになりたいと思わせるような方々だった。彼らとは、自然な永続する関係を結んでいただいていたような気がする。

オンエアーでのそうしたElmerとお付き合い頂くことにより、自分の技量も多少なりとも向上した(向上するためのドライブになった)ように思う。そうした関係の特徴は、一対一の関係であること、永続的な関係であること、指導者と弟子といった気色ばった関係ではないが、後進のハムは、Elmerに対してその実力を認め、尊敬の気持ちを抱くことなのではないだろうか。

私なぞ、Elmerとなるにはまだまだ実力不足だが、最初に述べた中国の(恐らくは)若い経験不足のハム達にどう接してゆくべきだろうか。Elmerを欲している若いハムの声を聞き逃さないようにしないといけないと改めて考えた。

「事実」と「意見」の区別 

数年前、NHKが戦争責任の番組を放映する際に、自民党代議士二人(安倍・中川氏)が事前にNHKに放映内容を変えるように圧力をかけたという記事を、朝日新聞が報道した。しかし、少なくとも中川氏がNHKに接触したのは、番組放映後であったことが、後に判明した。その後、朝日新聞は、検証をしたが、誤った報道であったと謝罪した形跡はない。

この「事件」でも分かるとおり、新聞社は、無謬であり、さらには、世論を形成するために「事実」を捻じ曲げて報道しても良いという意識、ないし無意識の行動原理のようなものがあるように思える。そうした「意識」「行動原理」の背景にあるものは何だったのだろうか。

「記者クラブ」という組織を通して、政治・行政の流す情報をマスコミは独占してきた。政治・行政は、記者クラブを通して流す情報を世論誘導に利用していた。さらには、マスコミがその世論誘導に積極的にかかわっていた。そうした、政治・行政と両輪の輪になって、世論誘導を進めてきたマスコミは、自らが無謬であり、「事実」のなかに「意見」を巧妙に、場合によってはあからさまに混合させても良いという「意識」「行動原理」が生まれたのではないだろうか。

「事実」と「意見」を明確に区別することは、突き詰めると難しいこともある。「事実」を選択した段階で、一つの価値判断を下すことになる。しかし、その区別を恣意的に、ないし意図的に蔑ろにすることは、それとは別だ。それは、許されることではない。

「記者クラブ」の実情が、世の中に知られるにつれ、マスコミ報道にフィルターがかかっていることを、国民は知り始めている。マスコミ、とりわけ新聞の凋落が始まっている。

がんワクチン報道事件での朝日新聞の対応は、こうした状況を全く認識していないことを示しているように思われる。



以下、MRICより引用~~~

「事実」の報道と「意見」の発表の混同

井上法律事務所 弁護士 井上清成
2010年12月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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1.朝日新聞がんワクチン報道事件

 日本医事新報2010年12月18日号14頁の記事によると、「癌ペプチドワクチンの臨床試験を巡る朝日新聞の記事によって名誉を傷つけられたとして、東大医科研の中村祐輔教授と医薬品ベンチャー『オンコセラピー・サイエンス社』は、8日、朝日新聞社と、記事を執筆した野呂雅之論説委員、出河雅彦編集委員を相手取り、計2億円の損害賠償と謝罪広告を求める裁判を東京地方裁判所に起こした」という。

 訴訟提起とともに「記者会見を行った中村教授は『記事は私に対する誹謗・中傷に満ちたものだ。癌の進行によって、食道に静脈瘤ができ出血することは内科の教科書にも書いてある。それを説明したにもかかわらず、記事では一切触れていない』と強調。『ペプチドワクチンと消化管出血との因果関係を否定できない』とした朝日新聞の記事に強い憤りを示した」らしい。

 日本医事新報の同記事では、朝日新聞社のコメントも同時に報道されている。「一方、朝日新聞社広報部は同日、『当該記事は臨床試験制度の問題点を被験者保護の観点から医科研病院の事例を通じて指摘したもので、確かな取材に基づいている』とコメントしている」らしい。

 この裁判の行方は、今後の医療報道に大きな影響を与えるであろう。注視して行くべき重要な裁判である。

2.憲法第21条「表現の自由」

 憲法第21条第1項は、表現の自由につき、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と定めた。報道の自由は明文では定められていないが、表現の自由の一つとして認められることに異論はない。ただし、報道の自由とは「事実」の報道の自由であるという点は、注意を要する。

 憲法学者の芦部信喜・東大名誉教授(故人)の憲法学?人権各論(1)〔有斐閣〕282頁によれば、「報道の自由とは、一般に、報道機関が印刷メディア(新聞・雑誌)ないし電波メディア(放送)を通じて、国民に『事実』を伝達する自由だと解されている。もともと表現の自由(言論・出版の自由)は、『思想』の発表ないし『意見』の表明の自由を言い、単なる『事実』の報道を含まない、という見解も有力だった。それを示す典型的な例として、ワイマール憲法下のドイツで、意見の発表(表明)と事実の報道とを区別するのが通説であったこと、それを受けて戦後の現行基本法が、意見表明の自由と出版の自由・報道の自由とを並べて明文で保障する規定を置いていることを挙げることができよう。しかし、表現の自由に言う『表現』の意味が広義に解されるようになるに伴って、報道の自由は、それに関する明文の規定がなくても、当然に表現の自由の保障の中に含まれていると考えられるようになった。」

 最高裁判所も1969年11月26日大法廷決定で、このことを認めている。「報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、国民の『知る権利』に奉仕するものである。したがって、思想の表明の自由とならんで、事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法21条の保障のもとにあることはいうまでもない。」

3.一般紙第1面で報道すべき「事実」

 芦部教授や最高裁決定が述べたように、「事実」の報道の自由は国民の知る権利に奉仕するものとして、憲法第21条の表現の自由に含まれ尊重される。しかし、逆に言えば、意見の発表や思想の表明のために、報道する事実を恣意的に取捨選択してはならない。国民が意見や思想を形成する素材となる前提事実の認識に誤認混同があったならば、国民の知る権利に奉仕するという報道の自由の本旨に反してしまう。

 朝日新聞は、例えば日本医事新報のような専門紙ではない。通常一般の国民が読む一般紙である。そして、その第1面は、意見や思想よりも、まずもって重大な事実を報道するものと一般に思われている。意見や思想にリードされて事実を取捨選択することが否定されるわけではない。とはいえ、事実は適切に報道しなければならない使命を報道機関は負っている。そして、その適切な報道事実の上に、意見や思想が発表され表明されるべきものであろう。

 一般紙という朝日新聞の性格、および、重大な事実の報道が前提となる第1面の性格からすると、10年10月15日付朝刊第1面の「事実」の報道は、「意見」の発表との混同があると評せざるを得ない。一般読者たる通常一般人に誤認混同を与え得る「事実」報道であると思う。

4.「重篤な有害事象」は日常用語でない

 一般読者は、「重篤な有害事象」とあるので、死亡もしくは重大な後遺障害があり、かつ、その結果はがんペプチドワクチンとの日常用語的な因果関係があった、と思ったのではあるまいか。

 実際は、患者は血圧も下がらず1週間入院期間が延びた後に軽快して退院したらしい。朝日新聞の記事では、このことにまったく言及がなかった。

 また、有害事象というのは、医療上の専門用語である。副作用や併発症、偶発症も含む。日常用語的因果関係も科学的因果関係(統計学的に有意なこと)もあるのが副作用であろうし、日常用語的因果関係はないが科学的「因果関係を否定できない」のが併発症であろうし、日常的因果関係も科学的因果関係もないのが偶発症であろう。そうすると、通常一般人たる一般読者に、併発症を副作用と誤認混同させてしまったと思わざるを得ない。少なくとも、東大医科研の副作用ではないとの説明を、記事では言及しなかった。 
 重要な問題は、朝日新聞の記事が意見もしくは思想の表明をよりインパクトあるものとするために、意図的に、「事実」の報道の表現を巧妙に言い回してしまったのではないか、という疑念を抱かざるを得ないことである。この点、朝日新聞社は、中村教授らとの裁判は裁判でやればよく、むしろ裁判とは別個独立に、社内監査を実施して記事作成に至るプロセスを明らかにし、早急に記事を撤回すべきであろう。その後に、別個に意見や思想を表明して、臨床試験制度の議論を展開すればよい。

 「事実」の報道と「意見」の発表の混同はすべきではないし、また、この点こそがきちんと検証すべき重要事項であろう。

(月刊『集中』2011年1月号所載「経営に活かす法律の知恵袋」第17回を転載)

小児科医のクリスマス 

巷では、クリスマスに沸きかえっているころ、私は、胃腸炎にやられて、むかむかしながら、仕事をし、ようやく週末を迎えた。前ポストで、自慢げなことを記したバチが当ったのかもしれない。吐くほどではなかったが、胃がほとんど動かず、胃内貯留物によって不快な鈍痛が生じる。仕事場の自室のソファーに横になって、うとうとしつつ、右下にして寝た方が、胃の内容が多少なりとも、先に進むらしく、その不快感が少し良くなるなと考えていた。テレビで映し出されていたのは、HDDに記録した、最近のN響のマーラー2番の演奏。曲目も、こうした状態で聴くべきものではなかったのだが、やはり合唱と女声ソロのところで、感動した。

今日26日になってようやく一段落。いつもの習性で午前中に家を出て、仕事場に車を向けて走りだしたのだが、日光や、那須の山々が雪を頂き、荘厳ともいえる美しさを見せていた。それで、車にカメラを積んでいたこともあり、一路北に方向を変えた。途中、車から降りて、写真を何枚か撮った。郡山以北では、結構な積雪だった。会津では豪雪のため停電になっていたらしい。福島北部まで足を伸ばそうかと思ったが、途中で踵を返して、戻ってきた。

具合が悪くなるのは、週末のことが多く、恐らく自律神経系の変化が関与しているのだろう。平日、通常勤務のときでなくて、本当に救われた。でも、小児科医たるもの、少々のウイルスには免疫が大体ついているはずなのだが、どうも加齢現象で、免疫学的な記憶が、脳の記憶の減退と相まって、怪しくなってきたのかもしれない・・・というのは、言い過ぎで、今回の病原体と考えられるノロウイルスへの免疫応答は不十分なことが多いとあった。それでも、回復に少し時間がかかるようになっている気がする。やはり、リタイアを考えろということなのか・・・。

という冴えない近況と生存の報告・・・。

年末に・・・ 

冬至も過ぎ、あと一週間と1日で新年を迎える。でも、しがない小児科の開業医にとっては、関係ない。今日も、仕事場に来て、数名の急患に対応し、これから少しのんびりできるかというところだ。急患の連絡がないか、しばらく仕事場に留まる積り。

今日これから行う予定は、外国の友人達にクリスマスカードの代わりの挨拶メールを送ること。そこに記すことを、今年一年の自分の総括として簡単に記しておきたい。

まず、一昨年秋に米国で始まった金融危機は、根本的な解決をみることなく、さらに深く広く進行しているように思えることだ。コロンビア大学のStiglitz教授の指摘では、度の過ぎた誤った金融面での規制緩和が、誤ったコーポレートガバナンスを生み、そこから金融機関の経営者、元経営者達に誤ったインセンティブを与えてしまった、という構図のようだ。不動産バブルによる不良債権の証券化が進み、またレバレッジを利かせたCDs市場の負債も莫大なものになっている。米国は、米ドルを刷り続け、機関通貨発行国の責任を放棄しているように思える。こうした、米国資本主義の崩壊は、どこまで行くのだろうか。日本の田舎で仕事をしている、我々にも大きな重石になってのしかかって来る。いや、米国資本主義に自分も与っていたのかもしれない。これは、自分のこれからの生き方にも密接に拘わる重大な問題だ。現状をさらによく理解し、それに対して取るべき行動を良く考えてゆく積りだ。

私のリタイアメントという目標が、さらに宙に浮いている。上記の問題もあるし、私的な条件も、すぐにリタイアをすることを躊躇させる。いつも遅刻すれすれに仕事場に来る私が、先日、始業前20分に仕事場に来てみたら、スタッフは既に全員揃って仕事を始めてくれていた。熱心に仕事をされる彼女達の将来も考えねばならない。勿論、一人で背負い込むことはできないが、スムースにソフトランディングする道筋を考えてゆくことが必要だ。自分自身も健康でいる限り、仕事を何か続け、社会に貢献し続けることを考えねばならない。社会に貢献することというと口幅ったいようだが、社会や周りの人々によって生かされているということを、今までよりももっと明確に感じるようになってきた。

音楽活動も年寄りの冷や水と言われないように、そう言われる前に自ら退くことができるようにと注意しながら続けたい。今年は、1月にブラームスのピアノトリオ2番、1,2楽章をとある場所で演奏した。その後も、そのトリオのメンバーと、練習を月一回のペースで続けてきた。来月には某所で上記のトリオ全楽章を録音し、残る楽章を聴衆の前で演奏する予定だ。信州のUさんの演奏会に家内と出かけられたのも嬉しいことだった。Uさんがその際の録音をCDに焼いて送ってくださった。バリトンに寄り添い、歌をつむいでいる演奏を改めて聞かせていただいた。大学時代に1楽章だけお相手いただいたブラームスのソナタ1番の全楽章を彼女の伴奏で一度弾きたいもの・・・少し欲張りすぎか・・・。

最後に、そして一番嬉しかったことは、次男が今春医師への道を歩み始めたこと。医師という職業が、恵まれた職業ではなくなってきているし、今後は、医師の置かれる状況は悪化しこそすれ、改善するようには思えない。しっかり実力をつけ、世界に雄飛することも視野に入れて、勉強を続けてもらいたいものだ。少し大げさな言い方になるが、私自身が生きてきたことが無駄ではなかったと天与の声が私のこころを満たしたように感じられたことだった。でも、彼には彼の人生がある。そっと遠くから見守り続けることにしよう。

と記したところで、熱性痙攣の児が来たいとの電話。

今年一年雑文にお付き合い下さり、こころかれお礼申し上げたい。まだポストすることもあるとは思うが、これを年末のご挨拶とさせて頂きたい。

医師不足論にかこつけた利権漁りか 

医師の不足は、地域医療と特定のリスク・ハードワークの科での現象だ。それに、余りに多い事務作業も医師が本来の仕事をできぬようにしている。

今春の診療報酬改定では、勤務医の負担を減らすという名目で、診療所から病院への医療費の移転が行われた。実際、その効果は外科の一部等を除いて殆どないようだ。病院も厳しい経営を続けているから、増えた診療報酬を医師の負担軽減にすぐ用いることはできないのだろう。

行政・政治の行おうとしていることは、医師を新たに増やすことだ。既存の医学部の定員もかなり増やされ、後10年前後で、一定人口当たり医師数はOECDの平均に近づく。ベビーブーマー世代の高齢化はあと10数年後にピークを迎えるが、基本的には人口減少社会に突入しており、医師を増産することでよいのだろうか。

地域医療を支えている中堅の医師達の窮状を放って置いて、ただ新たに若い医師を増やすという対策で良いのか。繰り返し述べてきたが、この場当たりの施策は、後々大きな禍根を残す。

今後の医師増員を検討する検討会の初会合が、厚生労働省で開かれたらしい。具体的に、医学部・医科大学の増設・新設を議論するらしい。

そのメンバーは、下記の通り。この人選が、余りに偏っている。行政の意図が明々白々だ。このメンバー達の大多数は、大規模医療機関の「管理者」達だ。彼等は、低賃金で過重労働をこなす若い医師を喉から手が出るほど欲しがっている。医学部新設に積極的な意見を述べた今井浩三・東京大学医科学研究所附属病院長は、函館出身の方で、医学部新設に名乗りを上げている函館未来大学の懇話会の座長のようだ。これこそ利益相反なのではないか。

地域医療現場で苦闘している医師は殆ど見当たらない。また、多くが元勤務医であり地域医療の現場にいる開業医の代表も日医の副会長一人位ではないか。 医師は余剰だという報告を出していた、厚生労働省の諮問会議のメンバーを何故加えないのだろうか。厚生労働省が長年固執してきた医師余剰論の反省も済んでいない。

医科大学・医学部新設となると、建物の建設・スタッフのポジションそれに管理事務部門のポジション等々、様々な利権が絡む。行政が、医学部新設に積極的なのは、そうした利権に絡んでのことであり、医師不足に名を借りた彼等の利権拡大なのではないだろうか。

以下、検討会委員名簿:

【検討会委員】(五十音順)
安西祐一郎・慶應義塾学事顧問
今井浩三・東京大学医科学研究所附属病院長
片峰茂・長崎大学学長
木場弘子・キャスター、千葉大学特命教授
栗原敏・社団法人日本私立医科大学協会副会長、東京慈恵会医科大学理事長・学長
黒岩義之・全国医学部長病院長会議会長、横浜市立大学医学部長
桑江千鶴子・都立多摩総合医療センター産婦人科部長
坂本すが・社団法人日本看護協会副会長
妙中義之・独立行政法人国立循環器病研究センター研究開発基盤センター長
竹中登一・アステラス製薬株式会社 代表取締役会長
丹生裕子・県立柏原病院の小児科を守る会代表
永井和之・中央大学総長・学長
中川俊男・社団法人日本医師会副会長
中村孝志・京都大学医学部附属病院長
西村周三・国立社会保障・人口問題研究所所長
浜口道成・名古屋大学総長
平井伸治・鳥取県知事
森民夫・新潟県長岡市長
矢崎義雄・独立行政法人国立病院機構理事長
山本修三・株式会社日本病院共済会代表取締役社長

レセプト売却益30億円 

診療報酬請求書所謂レセプトを、原則電子媒体で提出することが、医療機関に今春から義務付けられた。そのために、医療機関は、種々の多大な出費を余儀なくされた。私の仕事場でも、ORCAというレセプト作成ソフトをメインテナンスしている会社に手数料を支払い、さらにネット上での情報流失を恐れて、そのためだけにレセプト提出に使うネットプロバイダーとの契約を行い、毎月数千円の利用料を支払っている。こうした出費に対して、経済的なメリットは、医療機関側にはほとんどない。

医療機関としては、患者さんの保険証の使用期限切れがないのか、オンラインでリアルタイムにチェックできると、とても便利なのだが、そうした医療機関側への配慮は全くない。月に一、二件、使用期限の切れた保険証を使って受診される方がおり、そうした患者さんのレセプトは撥ねられて戻ってきてしまう・・・これが、例の「不正請求」と言われ続けていた診療報酬の大多数である。使用期限切れの保険証を回収しない企業・雇用者の問題なのだ。が、経済的な不利益は医療機関に被せられ、さらに「不正請求」とレッテルを貼られる。とんでもないことだ。

で、支払い基金が、医療機関からの診療報酬請求を受けて、その内容を審査し、問題がなければ保険者にそのデータを回す。そして、保険者がそれを認めると、医療費の保険負担分を支払い基金を介して、医療機関に支払うということになっている。

支払い基金は、レセプトの電子請求の受付けを開始すると同時に、新たなビジネスを始めたらしい。情報源はこちら。それまで、紙媒体のレセプトは無償で保険者に渡していたものを、電子媒体にした途端、レセプト一枚に2円の値段をつけて保険者に売りつけたのだ。総額30億円超が、支払い基金に転がり込むことになっている。支払い基金は、官僚の主要な天下り先である。支払い基金には、総額800億円の手数料が毎年入ることになっているらしい。

電子請求の導入で投資の必要とされる医療機関には、ほとんどメリットがなく、こうした天下り団体が益々肥えてゆく構図、何とかならないものだろうか。

コリンズの記憶 

あまり良くないCONDXの続く中、先日、Tom W0WPが7メガで呼んできてくれた。アイオワに住む61歳のエンジニア。1984年に初交信をしていた・・・と彼に言ったら、いや、WA0WCRという彼の前のコールで、1969年に交信をしている、とのことだった。

コリンズ(正式には、ロックウェルコリンズ社なのだろう)に37年間務めたが、来年にはリタイアする積りだと言っていた。コリンズは、1970年代に、新しいリグを発表して以来、アマチュア無線界でその名を聞くことが少なくなってしまったが、アマチュア無線にカムバックする予定はないのかと尋ねた。いや、ない、専らマイクロ波の軍用の機械を作っている、とのことだった。

彼とは、あまり長話せずに、季節の挨拶を交わして、早々に失礼した。

で、コリンズのリグについて、少しネットで漁ってみた。このようなCollins Museum(あぁ、既に博物館ものになったのだ)があった。

http://www.wa3key.com/collins.html

1930年代早期に、Arthur Collins W0CXXによって設立されたらしい。懐かしいProse W4BWが設計に携わったという75A4。この受信機は、私のelmerのお一人、Ed WA6UNFが使っていた。さらに、Sライン。1950、1960年代を風靡した、完成されたリグだった。車一台分の値段がした、とのことで、実物を見たこともなかった。米国の製造産業のピークに出現したリグだったのだろう。WA6IVMや、W6TSQ等多くの米国のハムが使っていた。30S1のリニアと合わせて、CWでは、クリックの微塵も感じられぬ波形で、透明で中抜けのする美しい音調の信号を生み出す機械だった。Sラインを現用している局は、もう極端に少なくなっている。

コリンズの30S1は、PAチューブに、4CX1000を用いている。プレート損失が1000Wで、定格の出力が500Wだから、かなり余裕を持たせた動作をさせているのだろう。恐らく、それと同じように、すべての部品・動作条件に余裕を持たせているのではないだろうか。それが、あのように美しい符号・電波を出す理由のように思えた。

コリンズは、もう戻ってこない。でも、我々、アマチュア無線の一つのピークを経験した世代の記憶のなかでは、燦然と今も輝いている。

無線の「ハイテク化」 

数日前、Steve N6TTに7メガで会った。久しぶりの交信だった。彼のKWに3エレの信号でも、S7程度。バックグラウンドが静かだから何とか交信になるが、冬至に近づいた現在、バンドは西海岸辺りまでの距離も、スキップしているかのようだった。昨日、午後の早い時間帯から7メガをワッチしたが、同じようにスキップしている。日本が丁度北極の空の下に入ったかのようだ。

さて、彼には、「例の道具」を用いて、私がここに出ていることを知ったのかと尋ねた。彼は、笑いながらそうだと応えた。その道具とは、Reverse Beacon Network(RBNと略す)を、CWopsの会員名簿と組み合わせて、どこかにCWops会員が出てCQを出し始めると、PC上にポップアップするソフトのことだ。Bill N5RRの作ったソフトらしい。Steveがしばらく前に、そのソフトが便利だとメールで言ってよこしていたのだ。

RBNは、もうご存知の方も多いと思うが、CWスキマーを世界各地の局が動作させ、CQを出す局をリアルタイムかつ自動でネット上にアップする仕組みだ。特定のコールで検索すると、その局がどこでCQを出しているのかが、すぐに分かる。

RBNのことを知ったときに、無線の「ハイテク化」もここまで来たかと思ったが、さらにN5RRソフトが出るに及んで、これは無線の「自動化」だと感じた。その内、知り合いが出てきたら、自動で呼び出し、情報交換を自動で行い、それをオペレーターが後でPCから読み出す何ていうことが行われるのかもしれない・・・待てよ・・・それはemailの無線版ではないか 笑。

そこまでは行かないと思うのだが、この技術は、一定程度受け入れられ、多くのハムは、ディスプレーに目をやり、ポップアップするデジタルサウンドに耳を傾けるという事態をもたらしそうだ。事実、Steveは、PCで別な作業をしている時に、私が出現したことを知りコールしてきたものだ。

このソフトの出現を目の当たりにして、何かが失われる、何かが違うという気持ちになった。N5RRソフトである局を見つけ出し、交信を始めれば、後は同じなのだが、そこまでのプロセスが失われる。バンドをワッチし、CONDXを把握する、さらに出ている局の交信に耳を傾け、呼んでみようと思う局を見つけ出す、そしてリグやアンテナを適切な設定にして呼ぶ、というプロセスだ。偶然性と隣り合わせの、我々の自由な意思が損なわれるように感じたのだ。N5RRソフトによって、我々は受身になるのだ。不十分な表現だが、そうしたことなのではないか。恐らく、このソフトを使う方は、私の言う「自由さ」は、不自由さだ、不便さだと主張されるのかもしれない。こうしたハイテク技術が完成し、使用に供されていること自体を否定しても始まらないし、その積りもない。

RBNを、自分の電波がどのように世界中に飛んでいるかのチェックには用いることはあっても、私は、Steveのようには使うことはないだろう。・・・そういえば、シャックにLAN配線は来ているのだが、ネット環境自体がなかった。私の無線の世界は、アナログな世界だとSteveに言って、お互いに笑ったのだった。

乳児期早期の鼻炎 

以下の論文抄録は、大規模な乳児期(ないし幼児期早期)のアレルギー性鼻炎についてのコーホート研究だ。

アレルギー性鼻炎アトピー体質を思わせる症状、検査所見、遺伝的負荷のある場合には、乳児期であってもアレルギー性鼻炎を疑うべきだという結論だ。

乳児期のアレルギー性鼻炎は、医療現場であまり問題にされないことが多い。だが、哺乳困難とか、睡眠障害という問題を引き起こすことが結構ある。場合によっては、結膜炎・中耳炎を合併する。

私が注目しているのは、新生児期・乳児期早期に起きる慢性の鼻炎だ。鼻がつまりフガフガする、ミルクが飲めないといった訴えで、来院する赤ちゃんが結構いる。その多くは、ウイルス感染によるものなのだが、中には症状が2,3週間以上続く場合もある。そうした児の鼻腔を診ると、粘膜が浮腫状に腫脹し、鼻閉を起こしている場合が多い。

この問題については、以前にも記したのだが、Nelsonのテキストレベル、さらにPubMedでの文献検索等でも、引っかからない。恐らく、self limitingなことが多い(ただ、一部は、典型的なアレルギー性鼻炎に移行するように思われる)のと、全身症状の悪化がないため、「風邪でしょう」ということで済まされている可能性が高い。小児科医が、鼻腔を診察しないことが多いことも問題が表に出てこない理由なのかもしれない。以前から繰り返している通り、口腔・咽頭を診るならば、同じように鼻腔も、小児科医は診察すべきだろう。

乳児期早期のこうした鼻炎の病態と、予後、治療方法について、臨床研究が進むことを期待したい。



Allergy. 2010 Aug 30. [Epub ahead of print]

Does allergic rhinitis exist in infancy? Findings from the PARIS birth cohort.
Herr M, Clarisse B, Nikasinovic L, Foucault C, Le Marec AM, Giordanella JP, Just J, Momas I.

Université Paris Descartes, EA 4064, Laboratoire Santé Publique et Environnement, Paris, France.

Abstract
To cite this article: Herr M, Clarisse B, Nikasinovic L, Foucault C, Le Marec A-M, Giordanella J-P, Just J, Momas I. Does allergic rhinitis exist in infancy? Findings from the PARIS birth cohort. Allergy 2010; DOI: 10.1111/j.1398-9995.2010.02467.x.

Abstract Background: Early onset of allergic rhinitis (AR) is poorly described, and rhinitis symptoms are often attributed to infections. This study analyses the relations between AR-like symptoms and atopy in infancy in the PARIS (Pollution and Asthma Risk: an Infant Study) birth cohort.

Methods: Data on AR-like symptoms (runny nose, blocked nose, sneezing apart from a cold) were collected using a standardized questionnaire administered during the health examination at age 18 months included in the follow-up of the PARIS birth cohort. Parental history of allergy and children's atopy blood markers (blood eosinophilia >/=470 eosinophils/mm(3), total immunoglobulin E >/=45 U/ml and presence of allergen-specific IgE) were assessed. Associations were studied using multivariate logistic regression models adjusted for potential confounders.

Results: Prevalence of AR-like symptoms in the past year was 9.1% of the 1850 toddlers of the study cohort. AR-like symptoms and dry cough apart from a cold were frequent comorbid conditions. Parental history of AR in both parents increased the risk of suffering from AR-like symptoms with an OR 2.09 (P = 0.036). Significant associations were found with the presence of concurrent biological markers of atopy, especially blood eosinophilia and sensitization to house dust mite (OR 1.54, P = 0.046 and OR 2.91, P = 0.042) whereas there was no relation with sensitization to food.

Conclusions: These results support the hypothesis that AR could begin as early as 18 months of life. Suspicion of AR should be reinforced in infants with parental history of AR or biological evidence of atopy, particularly blood eosinophilia and sensitization to inhalant allergens.

法人税減税の是非 

菅首相が、法人税の5%引き下げを指示した。これには、経済の素人の私でも(だからこそか)、疑問を感じる。

リーマンショックまでの数年間、法人税を納めるような多くの大企業は、空前の利益を上げ、それを内部留保に回し続けてきた。菅首相は、引き下げた法人税分を、設備投資や雇用の拡大に回してもらいたいという意向のようだが、内部留保を拡大し続けてきた大企業の性向が変化するとは思えない。大企業は、国内での経済が今後緩やかに落ち込んでゆくことを見越してのそうした行動なのだろう。また、企業優遇税制も見直して、この減税の財源にあてると菅首相は言っているようだ。それに対して、経済界から反発が生まれている。

法人税が国際的に見て、高すぎる、国際競争力が得られない、わが国に外国からの投資を呼び込めない、さらには、法人税と配当金課税は二重の課税ではないのかといった、減税を支持する意見もあるようだ。法人税から、大企業優遇税制分を差し引いて、実質の法人税の多寡を論じなければならないだろうし、わが国を魅力ある投資先にする上で、法人税減税というのはネガティブな方法ではないかと思う。さらに、最初に述べた、大企業の過去の性向は、変化するとは思えない。

新自由経済体制にもってゆこうとするのか、それとも的確な規制を設けて福祉国家を目指すのか、基本的な方向が、民主党内閣では揺らいでいるような気がする。国民的な議論も必要なのだろう。国の借金がこれだけ膨らんでいる現在、残された時間はあまりないように思える。

ナチスドイツの人体実験への反省を理解しているのだろうか? 

朝日新聞社説担当者は、11月16日の社説で、このように記している。


朝日新聞11月16日社説より引用~~~

研究者は試験に参加する被験者に対し、予想されるリスクを十分に説明しなければいけない。被験者が自らの判断で研究や実験的な治療に参加、不参加を決められるようにするためだ。

 それが医学研究の大前提であることは、世界医師会の倫理規範「ヘルシンキ宣言」でもうたわれている。ナチス・ドイツによる人体実験の反省からまとめられたものだ。

 東京大学医科学研究所が開発したがんペプチドワクチンの臨床試験をめぐり、そうした被験者の安全や人権を脅かしかねない問題が明らかになった

引用終わり

ナチスドイツの人体実験への反省から、ヘルシンキ宣言が生まれた。一方、現代の日本にあって、東大医科研の臨床試験は研究者の倫理が問われるべき試験だ、そこで朝日新聞は医科研の臨床試験のあり方を問う、というわけだ。明らかに、東大医科研の臨床試験を、ナチスドイツの人体実験と並列し、比肩させた記述だ。

ナチスドイツの人体実験への反省から生まれたヘルシンキ宣言の理解が、浅薄なのではないか、と北大の中村利仁氏が、MRICで述べている。朝日新聞を始め、マスコミの立ち位置は、恰も反権力のような位置であるかのように見せつつ、内実は権力側に立つことが多い。この一連の医科研、中村教授への攻撃も、その本質・本音を見極める必要がある。


以下、MRICより引用~~~


北海道大学大学院医学研究科
医療統計?医療システム学分野
助教 中村利仁

2010年12月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

 2010年10月16日付社説で、朝日新聞は「東大医科研/研究者の良心が問われる」と題して、ヘルシンキ宣言を引き合いに出し、研究者の良心に問題があるという指摘をしました。対象は、同10月15日付同紙記事「東大医科研でワクチン被験者出血、他の試験病院に伝えず」(編集委員・出河雅彦、論説委員・野呂雅之)において名指しで非難された東京大学医科学研究所の中村祐輔教授らです。

 今回はヘルシンキ宣言とナチスドイツについて考えてみましょう。

 ナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)が選挙に勝利して国会で第1党の地位を確保したのは1932年、授権法によって独裁権を獲得したのは、1933年のことです。

 1934年には「長いナイフの夜」と呼ばれる粛清事件が起き、アドルフ?ヒトラーの政敵多数が暗殺されました。この時、興味深いことにこの暗殺を合法的なものとするための法律が制定されています。つまり、ドイツの国内法によって、裁判によらない暗殺が事後的に合法化されたのです。これ以降、ナチスを法によって裁くことは簡単には出来なくなりました。

 ナチスドイツの数々の非倫理的行為については、その占領下にあった多くの国の公務員や民間人が協力していたことが戦後に問題となりました。

 政治的・思想的共犯者などに対しては、リンチや戦犯法廷が開かれ、これはこれで後日の反省の元になりましたが、深刻だったのは、ナチスが全く合法に政権を獲得して、法制度を整えながら非倫理的行為に手を染めたがため、律儀な普通の人々がそれに協力したことです。.

 よく例に出されるのですが、ユダヤ人たちがヨーロッパ各地からゲットーや強制収容所に運ばれた貨物列車は、普通の鉄道員たちの日常の仕事の一環として運行されていました。

 医学研究の分野でも事情は同じでした。

 ナチス政権による、戦争継続や人種政策に関連した人体実験は、遅くとも1939年頃には開始されていたようです。しかし、やはり事前?事後の法と命令に基づいた合法的なものが大半を占めていたであろうことが、歴史家によって指摘されています。ただし、多くの文書が戦火の中で失われ、全体像を描くことは容易ではありません。

 一部のエキセントリックな人々を除けば、非倫理的な人体実験等に従事したのは、普通の医学研究者であり、普通の医師でした。むしろ当時の基準では優秀とされていた者が含まれています。簡単に言えば、戦後、ヨーロッパの医師?医学研究者は、ナチスに協力したことによって国民に顔向けが出来なくなり、また立場がなくなったわけです。

 戦後、ニュルンベルグでナチスの戦争犯罪が裁かれました。その中の一つとして「医者裁判」と呼ばれる法廷が設置されました。ナチスの人体実験等で主導的役割を果たした医師やその関係者23人を裁くための法廷です。

 しかし、裁判官たちはすぐに問題に直面しました。これらの人体実験を裁くための法律がなかったのです。一般の医師の目から見ても、また医療?医学の訓練を受けた経験のない戦勝国の検事?裁判官から見ても、これらの人体実験は倫理的問題のあるものでした。けれども、その問題を問題として捉えるための基準が、あるいは線引きのための法律が、当時は明文として存在しなかったのです。

 ハーバード大学の医学研究者であり、当時はアメリカ陸軍少佐としてヨーロッパに駐在していたレオ?アレキサンダーと、アメリカ各地から集められた裁判官たちは、その判決の中で、非倫理的な人体実験と合理的な臨床研究を区別するための基準を10項目にまとめました。これがニュルンベルグ綱領(1947年)です。

The Nuremberg Code (1947)
BMJ 1996; 313 : 1448
http://www.bmj.com/content/313/7070/1448.1.full


 たとえナチスの制定した法律や命令に基づいていたとしても、ニュルンベルグ綱領に反した研究は裁かれるべきものとされました。ニュルンベルグ綱領で主として謳われたのは、現在ならインフォームド?コンセントと呼ばれる考え方です。患者や被験者の利益が第一に考えられるべきであり、そのために充分な説明と自由意志による被験者の同意と拒絶の権利が求められました。

 医者裁判の意味するところからして、ニュルンベルグ綱領は国の方針や法律よりも上位に位置づけられます。法が人体実験を命じたとしても、個々の医学研究者は、それが医学的合理性に基づかないか、あるいは被験者の同意が得られないこと等を理由にして、これに関与することを断ることが求められます。実際に医者裁判では、法に従って非倫理的な人体実験に従事したことを理由に、死刑判決が出されています。

 ニュルンベルグ綱領が医者裁判に於いて果たした役割は大きなものでした。そしてこれ以降、ヨーロッパ、特に敗戦国の医学研究者たちに強い影響を与えていきます。

 ニュルンベルグ綱領では個々の医学研究者が臨床研究に従事する際の倫理規範が宣言されました。医学研究者が市民からの信頼を取り戻そうという努力の始まりです。しかし、個々の医学研究者の努力で何とかなるものであれば、そもそも先の悲劇は起こらなかったはずのものでもありました。


 1947年、ニュルンベルグで医者裁判が終結したのとほぼ同じ頃、フランスのパリで世界医師会が結成されました。各国の医師会が加盟する国際組織であり、結成翌年にはジュネーブ宣言が出されています。ヒポクラテスの誓いの現代版とも評される臨床医の倫理規定です。ここでも専門職の倫理規定が国内法の上に位置づけられるべき事が論じられています。

 1964年、世界医師会の手によって、臨床研究の倫理指針であるヘルシンキ宣言が出されました。ヘルシンキ宣言は何度か改定されており、当初の宣言の文面はニュルンベルグ綱領の大部分を引き継いだものであり、個々の臨床研究に従事する医師の取るべき行動や態度を定めたものでした。現在であればインフォームド?コンセントと呼ばれる手続きを遵守することが、” Doctors are not relieved from criminal, civil, and ethical responsibilities under the laws of their own countries.”として、各国の法律より上位に置かれています。

[PDF]DECLARATION OF HELSINKI
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1816102/pdf/brmedj02559-0071.pdf

 ヘルシンキ宣言が大きく変わったのは1975年の第1回修正です。この時、個々の医師?医学研究者の良心を問うだけでなく、医師と医学研究者のコミュニティがこれを担保することとして、” Independent committee review of research protocols”、後にInstitutional Review Board (IRB) 等として普及する仕組みが導入されています。

Declaration of Helsinki (1975)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1884510/#app2

 peer review(同僚評価)によって、ナチスのような国家による暴虐から国民を守ることを医師?医学研究者のコミュニティに求めたというわけです。これ以降、現在までに何度か修正や追加が行われていますが、インフォームド?コンセントとIRB等によるpeer reviewの仕組みは一貫しています。

 ヘルシンキ宣言の背景にあるのは、国家は医学研究に於いて国民を守ることが出来なかった、むしろ国家の名に於いて、国家のために被験者を犠牲にしたことがあるという歴史的事実です。これは作為であるか不作為であるかを問いません。

同時にまた、ヘルシンキ宣言の1975年の修正では、個々の医師?医学研究者の努力の限界に対する方策が示されました。一人一人の努力を補強するものとして、コミュニティの努力が求められるに至ったのです。

 これが遠い歴史の一幕であるとは自分は考えません。

 いま、日本では多くの患者さんがドラッグラグやデバイスラグに苦しんでいます。他の先進国では標準的治療として使える薬剤や医療機器が、日本では使えないという現象です。国家の名に於いて一握りの権力者の意思が被験者を犠牲にしたのがナチスの人体実験であったのですが、現在の日本では、薬剤や医療機器の導入を遅らせる、あるいはそれを放置するという不作為によって、今度は被験者ではなく患者さんが苦しんでいます。

 もっと言えば、諸外国にも未だ無い、より良い治療法を求める数多くの患者さんがいます。

 ヘルシンキ宣言は、医師?医学研究者がインフォームド?コンセントとIRBによる自律によって、国家による非倫理的行為から被験者と患者さんを守ることを求めています。ここにはいま、国家と対峙する患者さんの姿があるのです。医師?医学研究者がどちらの側に立つべきか、ヘルシンキ宣言の精神を考えれば明らかでしょう。

 念のために申し上げておきますが、治験外の臨床研究や治験の参加者が人として尊重されるべきは当然のことと思います。手続きとして、インフォームド?コンセントが適切に行われるべきであることも言うまでもありません。その意味で、ヘルシンキ宣言を引き合いに出して臨床試験を論じることに特段の問題があるとは思いません。

 しかし、ヘルシンキ宣言を、その現在の文面だけでなく、ナチスドイツに言及して考えるなら、それは当然に、文面や手続きの瑕疵の問題ではなくなります。唯々諾々と権力者の意思にすり寄って患者さんや被験者を犠牲にするのか、あるいは患者さんのために国家と対峙するのかという問題になるのです。

 国家の不作為によるドラッグラグとデバイスラグで患者さんが苦しんでいる中で、ナチスドイツを引き合いに出しながら国家による臨床試験の一元管理を主張している朝日新聞の社説は、その根本でヘルシンキ宣言の精神を理解していないか、あるいは少なくとも信じていないということになると考えます。 ナチスドイツは、医師?医学研究者のコミュニティにとって、患者さんのために対峙し、否定すべき国家権力の象徴なのですから。


【参考文献】
Jennifer Leaning; Editorial. War crimes and medical science, BMJ 1996; 313 : 1413
http://www.bmj.com/content/313/7070/1413.full

William E Seidelman; Nuremberg lamentation: for the forgotten victims of medical science,
BMJ 1996; 313 : 1463
http://www.bmj.com/content/313/7070/1463.full

冬の静けさのなかで 

この2,3日、7メガのCWバンドからOTHレーダーのノイズが消え(下の方に動いていった様子)、冬の静かなバンドが戻ってきた。夜、そうしたバンドに居座り、しばらくCQを出している。

SM6CNN Andersは、FOCのメンバーでアクティブなスェーデンの局。CQWWCWでは、EA8CNのところに、SM6CUKと共に出かけて、EF8Nとして運用したらしい。恐らく、浜辺にアンテナを建てたのだろう、コンテスト途中で嵐に見舞われ、その保守で大変だったらしい。あちらではFOCメンバーも活発に出ているとのこと。やはり北極圏を越えるパスで、信号が減退するのか、こちらではあまり聞こえてこない。Jurgen DJ3KRが最近のメールで書いてきたが、東ヨーロッパには鉄のカーテンが存在するかのようだ。しばらく後、7メガで呼ばれなくなって、3.5メガに降りたら、そこでもAndersが呼んできてくれた。さすがに弱く、ラグチューは無理だった。

W9VE/M Donは、ダラス近郊に住むハムで、あちらの早朝に私を呼んできてくれた。75Wというのは、モービルの設備としては当たり前だが、アンテナがCBアンテナだと強調する。3mのホイップらしい。27メガの1/4波長として動作する、ローディングコイルも何も入っていないアンテナなのだろう。給電部にAH4を入れて、チューニングしているらしい。CWを愉しむ方と見受けたので、何故トップローディングでキャパシティハットをつけた本格的なアンテナにしないのか尋ねた。それが日本との違いだ、と言うので、一体何事かと耳をそばだてた。あちらでは、目立つアンテナをつけていると、不良達の餌食になり、奪われてしまうのだ、とのことだった。ありふれたCBアンテナであれば、彼等に持ちされられることもないのだ、と。恐らく、ダウンタウンでの状況だろうが、あちらの犯罪事情を垣間見るような思いだった。東京等の大都市でも同じような状況になりつつあるのだろうか。

静まり返ったバンドで結構な強さで呼んできてくれたのが、Mike K7CF/7。65歳になるハムで、アイダホの田舎に大きな敷地を得て、そこにローバンドのフェーズドバーチカルを上げている。7メガは5エレで、内3エレに給電しているとのことだった。各エレメントに32本のラジアルを設置しているらしい。F/Bを見せてくれたが、フロントでS5から6なのが、バックにするとSは殆ど振らない。とても良く動作している様子。彼は、65歳になるのだが、近々リタイアする予定とのこと。2年前にリタイアをする積りだったが、例の金融危機で遅れてしまった、ということだった。ブッシュの政策が酷かった、と言っていた。リタイアに備えていくら金を蓄えても、それは当てにできないし、金よりももっと大切なものがある、それは時間だ、と言っていた。年々体力が衰え、年をとることを自覚している、これ以上リタイアまでの時期を延ばすのは、その大切な時間を無駄にすることだ、というのだ。リタイアを考えるときに、(残された)時間は考慮すべき大きなファクターだと私も同意し、こころのなかで大きく頷いた。

K7CFには、YOU HAVE MADE MY DAYと打ってお別れした。

室内楽の練習 

今日は、午後急患を一人診ると、予定してあった室内楽の練習の時刻が迫っていた。二つ隣町のTさんのお宅に車を走らせた。ピアノのNさんが遅くなるというので、少し遅れていったら、すでにNさんは到着し、ピアノでバッハの曲を弾いておられた。

まず、来月弾くことになったバッハのブランデンブルグ協奏曲4番を、三名で合わせた。Nさんは、ピアノからバイオリンに・・・。Tさんのソロは安定している・・・が、途中32分音符になるところで、テンポが急にゆっくりに。どうも勘違いされていたようで、テンポを訂正して、すぐにバッチリ弾かれる。さすがだ。通奏低音は、それほど難しくないのだが、指使いを決めかねているところで少しもたついた。でも、一応最後まで通すことができた。ブラームスのような心情吐露の熱い音楽ばかり弾いていると、こうした造型の美しさで聞かせる音楽がとても新鮮だ。フルートや他のパートが入るのが楽しみ。

ついで、ブラームスのピアノトリオ2番、2楽章。大分弾き込んだこともあり、大きな齟齬はないが・・・シンコペでバイオリンと歌い交わす変奏が、イマイチだったかもしれない。最後に出てくるチェロのソロを、Tさんが褒めてくださった。半分外交辞令かとも思いつつ、嬉しくなる。ブラームスの変奏曲は素敵だ。

4楽章を一度通して、お茶を頂く。インフルエンザには抗生物質は効きません、今流行中のノロウイルス感染症は胃腸炎の一種で、感染性がとても強いです、潜伏期は1.2日と短いです、罹ったら、スポーツドリンクを少量ずつ飲んでお腹を安め休息を取りましょう、といった医療の話。電子ピアノはどれが良いか、でもやはりアコースティックのピアノとはタッチが違う、バッハの曲、面白い、四つの鍵盤楽器のための協奏曲を弾いたことがある、それはヴィヴァルディの調和の霊感の四つのVnのための協奏曲の編曲ですね・・・といった話。仕事のこと等々。

ついで、4楽章を丁寧にさらう。コーダの前、リズムが変わるところが合わせ難い・・・が、ピアノに出る動機にちょっとしたアクセントをつけることで、かなりリズムが取り易くなった。コーダでは、同じ旋律が二度ffで出る前をリタルダンドをかけようと改めて確認。最後は、圧倒的なアッチェランドで終わる。

ピアソラのOblivionを久しぶりに合わせた。やはりブラームスに較べると、単純な構成。でも、ソロを弾くような緊張感がある。弓の配分をもう一度練習しなければならない。ダルセーニョの繰り返しで引っかかる・・・老化か。良い曲ですね、という三者の意見。このような短い曲を仕上げるのはむしろ難しそうだ。

最後に、3楽章のテンポを確認。あまり早くすると崩壊しそうなので、四分音符で80チョイ程度のテンポにした。

今月30日午後に今年最後の練習をすることに決定。仕事場から直行だ。

専門家のお二人に、私のようなアマチュアチェリストの相手をしてくださることに改めて感謝だ。至福の時間。疲れも感じることなく、充実した時間が過ぎてゆく。学生時代に室内楽の真似事をしていたときもこんな風に時間が経つことを感じていたと改めて思った。

朝日新聞の恫喝的言動 

医科研の中村教授と、オンコセラピー社は、朝日新聞を名誉毀損で訴えた。両者が直接関わらない臨床試験で、さも関係あるかのように記事にされ、社会的な信用失墜と経済的な損失を受けたのだから、彼らにしたら当然の対応だと思える。臨床試験そのものにも大きな問題があるようには思えない。

一方、朝日新聞も反訴の動きを見せている。東大の上特任准教授や、CAPTIVATION NETWORKさらに医療報道を考える会が、朝日新聞を批判する記事をネット上等で公表してきた。彼らを、朝日新聞が名誉毀損で訴える、ないし訴えると恫喝しているのだ。朝日新聞が「記事内容を捏造したと考えられる」といった、朝日新聞を批判する記事をネット上から削除し、謝罪しろと要求している。

朝日新聞は、自らの記事や社説で掲げた、医科研それに中村教授への誹謗中傷記事に対する批判にきちんと答えていない。大体において、ネット上での発言を取り消せ、さもないと名誉毀損で訴えるという恫喝を、言論を仕事とする新聞社が行ってよいものだろうか。

朝日新聞は、医科研の臨床試験を批判した「という」医師へのインタビューを記事に載せた。朝日新聞を批判する側は、そのインタビューが捏造ではないかと論じている。批判する側が調べたところ、がんワクチンの研究者で朝日新聞から対面インタビューを受けたのは、大阪大学の医師だけだった、ところがその医師は、朝日新聞が載せたインタビューの内容を語っていないと証言したのだ。一方、朝日新聞は、取材源を明かすことはできないが、大阪大学の医師以外であることを臭わせ、インタビューにも対面以外の方法もある・・・即ち、何でもありだ、と答えている。

医科研をナチスと擬えて社説で述べた朝日新聞なのだから、このインタビューの真正性を何らかの形で明らかにする責務がある。それを怠る一方で、朝日新聞への批判を力ずくで押さえ込もうというのは、言論機関としてあるまじき行為ではないだろうか。

朝日新聞は臨床試験のあり方に一石を投じる積りだけだったのかもしれないが、その一石はとんだ所に飛び込んだようだ。もしかしたら、故意にとんだ所に投げ込んだのかもしれない。

私は、朝日新聞が医科研・中村教授への言われなき批判を取り下げ、謝罪すべきだろうと考える。

7メガロングパス 

夜間の7メガは、まるで北極圏のオーロラに覆われたように、どの地域に対してもスキップしている。例外的に、ヨーロッパの北部・東部が弱々しく入感することもある。米国の常連もさっぱり聞こえない。それに、中国の軍事レーダーのノイズが酷い。夜間は、あまり運用できない。

今朝、夜明け前に起きだし、ローバンドを聞いた。7メガはおろか3.5メガでも国内がスキップしている。7メガでは、ヨーロッパが聞こえるが強くはない。朝日が昇る頃、7メガのロングパスで北米東部が聞こえ始めた。riseとfallの切れが良い、独特の信号だ。早いQSBを伴っているが、相手がビーム組だと、S9を振っている。何度かCQを出すと、続けて数局呼んできてくれた。今シーズン初めてのロングパスでの交信。

W8FJ Johnと久しぶりに交信できた。彼のことは以前、こちらで記した。ペンシルバニアに住む獣医。もう65歳になるのだろうか。仕事はまだ続けているが、仕事量を減らしている。今日は、休日だったとのこと。Alan KF3Bと昼食を摂り、彼のシャックの配置換えを手伝ってきた由。同じ専門の長女は、その後、彼の元を去り、ニューヨークで仕事を続けている様子だ。彼のクリニックには、部下の医師が一人おり、仕事を共同でしてくれている、近いうちに、彼にクリニックを譲渡してリタイアしたいと言っていた。次女は、彼の仕事を手伝っていたが、来年夏から薬学の勉強を始める意向のようで、その準備を近くのコミュニティカレッジでしているそうだ。最近の子どもは、30歳代になるまで自立しないね、と言って笑っていた。でも、将来の見通しが出来て、ほっとした様子だった。他に待っている局もいるだろうからと、10分程度の交信をきびきびと終え、去っていった。Alanともしばらく会っていないが、Johnとも1年に一度程度会うだけだろうか。東海岸と、このように安定して交信できる機会はさほどない。丁度日食のコロナが光るように、短時間バンドが光り輝く時間だ。

またロングパスを狙って、朝出てみることにしよう・・・。

朝日新聞がんワクチン報道事件 小松秀樹氏の分析 

記者クラブ等現在のマスコミを痛烈に批判し続けている上杉隆氏が、昨日のテレビ番組で、朝日新聞を槍玉に挙げていた。週刊新潮で彼が麻生内閣の退陣はないと記事にしたのと時を同じくして、同内閣の退陣総選挙の予想記事を、朝日新聞が載せた。結果として麻生内閣の退陣はなかった。だが、朝日新聞他のジャーナリズムは、自らの誤報を認める代わりに、退陣の時期を少しずつ後ろにずらし続けていったというのだ。他のマスコミも同調することにより、「解散風邪」が吹いた(正確に言うと、マスコミが人為的に吹かせた)のだ。マスコミの驕りを垣間見る話ではないか。

しかし、そのようにマスコミが、世論を作り上げ、社会を動かせる時代は過去のものになりつつある。

朝日新聞のがんワクチン報道事件は、ここでも何度も取り上げたが、小松秀樹氏が問題の本質を突いた論説をMRICに載せている。こうした報道の仕方が、わが国の新たな医療機器開発をも遅らせる要因になっているという分析は驚きだった。朝日新聞のこの報道事件は、反社会性が強い。

マスコミは、権力者の側に立ち、その世論誘導の手先となるだけでなく、自ら世論を作り上げるという驕りに染まっている。こうした一つ一つの事件を徹底して追及し、マスコミの驕りを除く必要がある。


以下、MRICより引用~~~

朝日新聞医科研がんワクチン報道事件:正当な非難か誹謗中傷か

小松秀樹
2010年12月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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 朝日新聞は、2010年10月15日以後の一連のがんワクチン報道で、医科研病院と中村祐輔教授個人を非難した。少なくとも、私の読解力ではそう読めた。この報道に抗議が殺到し、報道自体が事件になった。朝日新聞は、その後のいくつかの報道で、事件を、臨床試験の在り方の議論として扱おうとしている。朝日新聞が問題にしている臨床試験の二重基準には歴史的経緯がある。いずれにしても、日本全体のルールの問題であり、医科研病院と中村教授を非難する根拠にはならない。

 事件の核心は、報道が医科研病院と中村教授の名誉を貶めたかどうか、結果として、オンコセラピー社に経済的損失を負わせたかどうかにある。長い文章を準備していたが、議論を本筋に戻すために、一部を緊急投稿することにした。

 2010年10月15日付け朝日新聞東京朝刊の1面、社会面、ならびに、翌16日東京朝刊の社説の見出しをすべて並べる。

15日の1面:「臨床試験中のがん治療ワクチン『患者が出血』伝えず東大医科研、提供先に」「医科
研『報告義務ない』」「法規制なし対応限界」

同日の社会面:「協力病院『なぜ知らせぬ』患者出血 医科研は情報収集」「薬の開発優先 批判免れない」

翌16日の社説:「東大医科研 研究者の良心が問われる」

 記事は、「重篤な副作用が発生したにも関わらず、同様の臨床試験を実施している他の施設に伝えなかった。倫理的には報告すべきだったにも関わらず、報告しなかったのは、中村教授が開発を優先させたためではないか。法規制のない臨床試験だからといって許されることではない。協力病院の医師は知らせてくれなかったことに対し怒っている」という印象を読者に与える。井上清成弁護士は『集中』11月号で、これらの報道が一般人に誤認をもたらすものだとして、「朝日新聞社においては早急に社内での内部監査を行い、記事を速やかに撤回し、通常一般人の誤認混同を解くことが望まれよう」と注文をつけた。

 非難の理由が最も率直に表現されているのは、10月15日社会面。中村教授に利益相反があったのではないかと間接的にほのめかす記事に続く部分である。「薬の開発優先 批判免れない」という見出しで「臨床試験の課題に詳しい光石忠敬弁護士の話」が紹介されている。「被験者の選択基準まで変更が必要と判断した『重篤な有害事象』に関する情報を、同じ物質を使う研究者に伝えないのは不当だ」とした。記者が書いた文章ではないが、内容的には一連の記事全体を要約するものである。

 副作用と有害事象は異なる概念である。臨床試験中に発生した医学上好ましくない事象は、因果関係の有無に関係なく、すべて有害事象として記載される。使用された薬剤に起因する有害事象が副作用である。被験者の数が少ないと、稀な副作用は偶発症と区別できない。将来、「副作用とする方がよいのでは」という修正の可能性を担保するために、あらゆる有害事象がもれなく記載される。科学的判断に基づき、多くの場合「因果関係を否定できない」と分類される。臨床試験の記載とは別に、問題となった出血については、医科研病院での症例検討で、膵臓がんの進行によるものと判断された。膵臓がんで消化管出血はまれなことではない。ちなみに「重篤な」という文言は入院期間が延長されたためである。実際には、血圧が低下することもなく出血はおさまった。

 被験者の選択基準を変更して、大量出血の恐れがある患者を除いたことについて、医科研側の文章には説明がない。副作用でないとの判断に立っているので、被験者の保護が目的ではない。常識的には、臨床試験の評価能を保つためである。進行がん患者ではさまざまな併発症が発生し、しばしば死に至る。しかも、有害事象の記載は厳格にしなければならない。原疾患による重篤な症状や死亡が多いと、評価そのものが不可能になる。被験者の選択基準は、被験者の権利を守ることに加えて、適切な評価を可能にするよう設定される。進行がんが対象の臨床試験で、死が差し迫った末期患者が被験者から除外されるのはこのためである。

 朝日新聞は、医科研病院と中村教授を非難する以上、根拠を示す責任がある
 医科研病院への非難が正当化されるのは、突き詰めると、臨床試験での有害事象を、別の臨床試験を実施している研究組織に報告する義務があった場合だけである。

 臨床試験は試験ごとに研究組織が組まれ、責任医師が決められる。情報は共同研究施設で共有される。日本中で膨大な数の臨床試験が実施されている。結果は、論文化され、社会に伝えられる。問題となった臨床試験は、医科研病院単独のもので、治療のプロトコールも独自のものだった。がんの進行による出血は、倫理的にも、ルール上も、実務上も、他の研究組織に報告すべき筋合いのものではない

 臨床試験は、身勝手な判断と行動をさせないようにするため、医師に厳格なルールを課している。このため、ルールにない行動をとりにくい。他の臨床試験の研究組織に有害事象の情報を伝えても、ルールがないため取り扱いに困る。

 話を一つ。佐藤家の家族が鮨屋で食事をした。翌日、風邪をひいた長男だけが下痢をした。隣の鈴木家はその数日後、別の鮨屋で食事をした。ここにシュールな老人が登場。「佐藤家が、長男が下痢をしたことを鈴木家に伝えなかったのは人倫にもとる。」老人が血相を変えて町内に触れ回った。老人の異様な倫理意識はどこから来るのか。老人の認知能力に問題はなかったのか。老人は佐藤家を嫌っていたのか。老人の家族はなぜ老人の行動を止められなかったのか。不可思議な行動を説明できる隠れた合理的理由があるのか。

 中村教授への非難を正当化するのはさらに難しい。中村教授は臨床に携わっておらず、有害事象情報の扱いを議論できる立場にないからである。それにも拘わらず、一連の記事で、研究者として実名が登場したのは、中村教授だけだった。社説の見出しは「東大医科研 研究者の良心が問われる」だった。この問題で中村教授を非難できるとすれば、有害事象の情報の扱いに不当に介入して、扱いを変えさせた場合だけではないか。ところが、朝日新聞の記事によれば、医科研病院は「ペプチドと出血の因果関係を否定できない」とし、「被験者の同意を得るための説明文書にも消化管出血が起きたことを追加した」。この記事が正しければ、有害事象情報が正しく記載され、隠蔽されることなく、その後の被験者に伝えられたことを示している。

 朝日新聞はこれまで非を認めていない。事件化してしまった後、議論の方向をそらそうとすれば、逆の立場からは、卑劣に見えるので、結果として紛争が拡大する。どう解決をはかるのか。事件とは、司法が最終的に解決できる具体的な問題である。

 第一の方法は、民事訴訟である。民事訴訟は私人間の争いを固定化し、国家が強制的に解決を図る制度である。名誉を傷付けられた中村教授、株価が一時ストップ安になったオンコセラピー社が、事態の解決のために朝日新聞を訴えるのは当然のことである。個人の関与が大きいと判断するのなら、記事を書いた出河、野呂両記者の個人的責任について、裁判所に判断を求めることも選択肢に入る

 第二の方法は刑事告発である。刑法230条の名誉毀損罪によって犯罪かどうか法的に扱うことができる。

 背景を述べる。日本における薬剤や医療機器の開発は停滞している。特に医療機器はひどい状況にあり、世界における日本の医療機器シェアは下がり続けている。日吉和彦氏は、長年、財団法人化学技術戦略推進機構でこの理由を調査してきた。日吉氏によれば、無過失補償がないこと、PL法による訴訟リスクなどは主たる原因ではない。最大の理由は報道にある。医療機器の市場は、大手の化学・電機電子産業にとって、相対的に小さい。「微々たる事業のために、万一のとき会社全体をPL風評被害にさらすリスクをおかす気はない。まっぴらごめんだ。PL法またはPL訴訟が怖いのではなく、報道されて社名に傷が付くのが、嫌なのだ」というのが、アンケートに応じた東証一部上場大手の化学・電機電子企業40社の偽らざる本心だとのことである。

 報道が日本社会の脅威になっているとの判断に立てば、刑事告発も考慮に値する。佐藤優氏は、国策捜査で長期間収監されたが、それでも国策捜査は必要だと述べている。今回の事件は社会の流れを大きく変える可能性がある。佐藤氏の事件より、今回の事件の方が、筋がよいことは間違いない。国策捜査などと敢えていう必要もない。

 加えて、今回の報道は中村教授の失脚を狙った意図的なものだった可能性が否定できない。上昌広氏は、10月15日という日付に意味があったのではないかと指摘している。

 「実は、翌週に控える政府の政策コンテストで、がん治療ワクチン研究への予算要求が審査されます。今回の報道は、この審査に大きく影響することは確実です。」

 隠れた意図について調査する能力があるのは、警察・検察だけである。警察・検察がこの問題をどう認識し、どう扱うのか、極めて興味深い。

元真壁町 

1週間前の週末、仕事場から帰宅する道すがら、筑波山の北側の丘陵地帯の近くまで、紅葉狩りに出かけた。紅葉狩りといっても、車で走り、山を色鮮やかに染め上げている木々を眺めるだけ。

少し前まで、真壁町といわれた地域。静かな晩秋だ。

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加波山か・・・。

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元真壁町の山間の農家の長屋門。立派な佇まいを見せている。長屋門は、元来武家屋敷の象徴だったらしいが、後に、富農なども構えることができたらしい。私の母が、戦前、母の実家に長屋門があったのだが、火事で焼けてしまったと何度も語るのを聞いたことがある。その実家ももう住む人がいなくなり、分筆されて、小さな借家が何軒か建っている。母の実家は、さしずめ没落した富農というところだろう。

このお宅は綺麗に手入れされ、斜面の急なところに石の壁があり、歴史を感じさせた。そう言えば、この地域は、「石材産業の町」でもあった。

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手かせ足かせ 

八戸市民病院が、診療報酬の「不正請求」を行なったとして、約2億円の返還を東北厚生局から受けたらしい。救急部に所属する看護師を、入院担当と解釈したが、厚生局の解釈では、外来担当とのこと。

病院の収入のかなりの額を返還させられるのだなと驚いた。病院経営に大きな負担となるはずだ。だが、問題は、病院担当者が、上記の看護師の所属を入院担当として良いと、青森社会保険事務局(現・東北厚生局青森事務所)に事前に確認していたという点だ。

社会保険事務局と厚生局の見解の相違と済まされては、病院はたまったものではない。病院側は、行政訴訟も視野に入れて、徹底して行政と対峙してもらいたいものだ。

行政の解釈によって、どうにでもなることが、医療の世界、特に診療報酬にからむ事柄ではあまりに多い。カルテの記載等手とリ足とリで縛り上げられている。カルテに記載をしないと、後で診療報酬の返還を命じられるということが実際に起きる。記載の仕方を事細かに指摘されるらしい。小児科のように患者数が多い科では、患者さんに向き合うのではなく、いきおいカルテに向かって診療するようなことになる。行政は、基本的に、責任を追及されたくないという立場であり、また医療機関・医療従事者が性悪であるという前提で、ものごとを推し進める。そして、規則の詳細は、検査・監督を行なう技官の一存で決まるようだ。法治ではなく、人治だ。それが医療現場に大きな足かせになっている。


以下、引用~~~

東奥日報

八戸市民病院が26日に発表した診療報酬約2億円の返還問題で、返還額の約8割は、看護師配置数の算定不備によることが同日、同病院への取材で分かった。同病院は、24 時間態勢の急患室の看護師三十数人について「入院担当」と解釈していたが、指導に入った東北厚生局は「急患室は外来担当」として、入院患者 7人に対し看護師1人を配置する「7対1看護」の算定基準を満たしていない-と指摘。病院は配置を見直す必要に迫られた。

看護師配置の是正に伴う返還額は、約1億5700万円。残りは、リハビリテーション実施計画や服薬指導のカルテ記載などが不十分と指摘された分。

「7対1看護」は病院に入る診療報酬が高いが、急患室の看護師が「外来担当」とされたことにより、同病院は算定上、入院担当の看護師が減少。指摘を受け看護師の配置を見直 し、「7対1看護」態勢を維持しつつ、別の「特定入院料」などと呼ばれる診療報酬を返還することにした。

同病院事業管理者の三浦一章院長によると、入院担当と解釈できる看護師の範囲については、事前に青森社会保険事務局(現・東北厚生局青森事務所)に確認したという。

返還について報告した26日の市議会民生協議会では議員から、東北厚生局から指導を受けたことについて「厚生労働省の組織間で(解釈をめぐり)連携がなされていないことが 露呈している」との意見も出た。東北厚生局青森事務所の担当者は取材に「個別の指導内容については公表していない」と話した。

4年間を終えて 

ブログ開始後4年間過ぎ、何かそれについての感想を記さなければと思いつつ、公私ともに気ぜわしく時間が過ぎてしまった。

こうした媒体で何事をを記し続けるためには、記すべき物事と、記す内的なエネルギーが、うまいこと私のなかで一体になることが必要だ。書くべきことはいろいろとあるのだが、短期間の間に消化しきることが難しい。でも、まだまだ記しておくべきことはある。4年前は、大野病院事件が、そうしたエネルギーを私に与えてくれた。どうも、私の内的なエネルギーと、能力の枯渇が、このところの一時休止に関係しているのかもしれない。

この4年間の間に、医療界も社会も大きく変貌した。それがどのような方向に向かっているのか、向かうべきなのか、いつも注意深くありたいと思っているのだが、自分の状況の変化と相まって、なかなか難しい。市場原理主義的な方向へのモーメントはこれからも存在し、ますます強くなっているように思える。米国発の金融の崩壊を目の当たりにしても、そのようだ。日本も、その流れにのまれそうだ。

大分いかれ掛け始めている私の頭を酷使して、もう一度そうした流れについて学び、それが特に医療にとってどのような結末を生むのかを警告し続けて行きたい。

この4年間に、新しい知己を得ることができた。また、十代の頃からの知り合いの方も、ウン十年音信不通だった方も声をかけてくださった。こんな雑文の羅列にお付き合いくださり、改めてお礼を申し上げたい。大学時代・大学オケ時代の知り合いからコメントを頂けないかと密かに期待してきた。だが、今のところ皆無。ここで私の個人情報を殆ど晒しているに等しいのだが、それでも分からないのかもしれない・・・ま、それはどうでも良いことだ。

何時も雑文の羅列を読んで下さる皆様に感謝申し上げたい。