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 2011年03月 

非常通信網としてのアマチュア無線の可能性 

東北関東大震災での救急医療情報をやりとりするシステムは、どのように機能したのだろうか。広域災害医療情報システムという、都道府県単位で構成され、それを千葉にあるバックアップセンターがバックアップするシステムがある。各都道府県の医療機関・保健所・消防署に端末があるようだ。このシステムが、どれだけ機能したのか(しているのか)、情報はまだ入らない。もしかすると、都道府県センター自体が機能しなかったのかもしれない。小児科のMLでも、名古屋大学の吉田氏が、小児医療資源のデータを共有するためのPedPowerというデータベースを立ち上げた、という情報が流されていた。また、下記のように災害に強い医療情報システムの構築を改めて呼びかける意見もある。

阪神淡路大震災の後、アマチュア無線を非常通信網のシステムに利用すること関心を持ち、少し調べたことがあった。地方自治体単位での防災無線網が構築されていたようで、少なくとも、アマチュア無線が、防災無線の主要な通信システムになる可能性は低いように思われた。

しかし、今回の大震災のような大きな災害では、全国規模・地方自治体規模の非常通信システム、それを運用する方々が被災し、非常通信システムが作動しなくなる可能性は高い。そのような状況下では、アマチュア無線を利用することも考えられるかもしれない。

アマチュア無線の利点としては、簡易であること、移動することが容易であること、システムとしてフレキシブルであること等が挙げられる。しかし、運用者自身が被災する可能性があり、また通信網としての確実性に欠けるといった弱点もある。被災後の急性期に、通常の通信網が遮断されそれが回復するまでの間、被災医療機関や、避難所からの情報発信に用いることには利用価値がありそうだ。その場合、普段からの通信訓練と、実際に通信が始まってから総括する場・人間が必要になるのかもしれない。被災地にアマチュア無線家が乗り込んで行くなど、実現の可能性はないが、VHF・UHFのハンディトランシーバーを常日頃、医療機関等に備えておくだけでも、利用価値はあるかもしれない。非常電源のついたリピーターであれば、さらに多くの利用価値はあるだろう。

今回も、7メガSSBでの通信や、VHFリピーターを介した通信が用いられたようだが、経験を生かして、次の万一の機会にさらに活用できるようにしたいものだ。


以下、MRICより引用~~~

災害に強い医療情報システムの構築を

東京大学医学部附属病院
原 一雄
2011年3月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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 このたびの東日本大震災によって尊い命を失われた多くの方々に深い哀悼の思いを捧げるとともに、ご遺族の皆さま、負傷された方々、今なお避難所で極限状態の生活を強いられている方々に心よりお見舞いを申し上げます。また、この極めて厳しい状況の中で必死に援助活動を行っている医療チーム、必要物資を被災者のもとへ届けようと頑張られている方々、被災地からの患者さんを受け入れてケアをしている医療者の方々に心より尊敬の意を表します。

 今求められていることは、電気・ガス・水道などのインフラを一刻も早く復旧し、被災者に食糧・燃料・水・医薬品などの必要物資を届け、被災地の医療が機能することに全力をあげることであることは言うまでもありません。その上で、今回の震災で明らかとなった事実から教訓を学び取り、大規模災害のリスクと常に隣り合わせである災害大国日本において、どのような医療システムが災害に強いかを検討することが是非とも必要と思われます。

1.広域大災害時にも医療情報を安全に参照できる情報システムの構築を

 今回の東日本大震災では、津波による甚大な被害を受けた沿岸部だけでなく極めて広い範囲で基幹病院が停電や職員の通勤困難のために機能不全に至りました。このため、人工透析中の患者さんなど多数の患者さんを後方搬送する必要が生じました。問題となるのは、被災地の医療機関が停電やシステム自体の損傷のために、受け入れ先の医療機関に引き継ぐための患者情報を、電子カルテから引き出すことが極めて困難となったことです。紙カルテがあったとしても、送り手側は不眠不休で働いており詳細な診療情報提供書を用意することは困難です。津波や火災などで医療情報そのものが消失してしまった場合には復旧は永久に不可能です。
 もし、医療情報が安全な場所に置かれ、今回のような特殊な状況に限ってクラウドコンピューティングなどの技術を介して搬送先の担当者が電子カルテを参照することが出来るようにすれば、個々人に合わせた医療が持続して行えるでしょう。避難所を巡回する医療チームがiPadなどから電子カルテを参照できるようにしておけば、避難所でも患者さんの病態に合わせた医療を可能な限り行うことが出来ます。更に、患者さん本人がスマートフォンから自覚症状などを打ち込むことによって、直接主治医や他の医療機関の医師・看護師から指示を受けることが出来るようにするのも技術的には可能ではないでしょうか。孤立した避難所で自分の病気のことを誰にも相談出来ない時に、主治医や看護師とつながることが出来る安心感は計り知れないものがあると思います。病院の中には診療支援システムが破損して、処方など全て紙仕事になるケースもあるようですが、診療支援システムをクラウド上で動かしている場合には、復旧が比較的容易でしょう。今回、原発に近い地域は役場も含めて街ごと他県に疎開しましたが、このような場合でも疎開先の自治体や医療機関などとクラウド経? M3$G>pJs$r6&M-$G$-$k$h$&$K$7$F$*$/$3$H$G!"0eNE$r4^$a$?9T@/%5!<%S%9$r%7!<%`%l%9$K6!5k$9$k$3$H$,=PMh$k$H;W$$$^$9!#

2.被災地の医療ニーズを整理・可視化・共有する情報システムの構築を

 今回の震災で、人的・物的被害がなかった医療機関も、ガソリン不足と原発問題などによって物流が途絶えたために必要な薬剤・点滴が枯渇し医療の機能が停止に追い込まれるという危機にさらされました。また、避難所でも慢性疾患の患者さんが津波などで自宅の薬剤を消失した上に、ガソリン不足で医療機関を受診することが出来ず、高血圧、糖尿病などの薬を全く内服しない状態が続く危険な状況となっています。現在、医療支援チームが各避難所を巡回し、薬剤を最小限処方していますが、薬の手帳を持って逃げる余裕のなかった患者さんも多く、薬剤の処方が出来ないことも多々あるようです。このような状況は広範な地域で発生しており、医療支援チームがカバーできない避難所も多々あると思われます。阪神大震災の際にも指摘されたようですが、供給側も、どこにどの薬がどの位の量必要なのか分かりにくいことから、大量に物資が届けられる避難所と、全く届けられない避難所もあるなど、個々の避難所の様々な医療ニーズに対応することは災害時には極めて困難です。

 そのような状況の中で判明したことは、インターネットが地震直後も機能し、停電で病院内のLANにつながらなくても携帯電話の電波を使ってネットにつなぐことが出来たため、災害時にも通信機能を発揮したことです。これに対して、固定電話・FAX・携帯電話は地震発生直後から通話制限がかかって利用できませんでした。医療機関・避難所ごとに、どのような薬や処置を必要としている患者さんが何人いるかどうかなど医療ニーズの情報を一元的かつリアルタイムに集積出来るようなネットを使ったシステムが構築出来れば、災害時にも効果的に医療資源を供給することが可能となります。GPS機能を持ったスマートフォンを利用し、患者さんの疾患名・重症度・人数などを避難所の位置とともに地図上に表示して情報共有することが出来れば、医療支援チームが刻々と変化する被災地の状況に対応してより効果的に活動することが出来ます。また、被災地を支援しようという医療機関や企業にも必要に応じて医療ニーズの情報を伝えることでマッチングのようなことも可能となり、被災地の復旧が加速すると思います。

3.災害に強い医療情報システムの整備と個人情報保護の議論を

 災害に強い医療情報システムを構築するためにはコストやセキュリティ、個人情報保護に関する問題を解決しなければいけません。安価だからといって個人の医療情報を海外のデータセンターにのせることは出来ません。国内の災害の影響を受けにくい場所にバックアップ用も含めて複数の医療情報データセンターを設置するにはかなりの投資が必要と思われます。しかし、大規模災害時に医療が機能不全となる被害の大きさを考えると、コストに関しては比較的理解を得ることが出来るのではないでしょうか。セキュリティに関する技術的問題について専門家の間で検討を早急に開始するべきです。また、大規模災害時の個人情報保護の在り方についても議論が必要です。どのメーカーのスマートフォンでも使用可能な充電器や太陽光による発電機がついたものなど、技術的に簡単に解決出来る問題については民間の力でどんどん解決していけるのではないでしょうか。

 東日本大震災の被害のあまりの大きさに思わず立ちすくんでしまいそうですが、思考を停止しないで、災害に強い、安心・安全な社会の実現に向けて、日本中の知恵が結集して立ち向かうことを期待したいと思います。

原発事故作業員に、生涯にわたって医療補償を 

午前中、予防接種に訪れた小学生の男の子と話をした。父親が、消防隊の師長をしているとのことで、今日は、福島に救援に出かけたらしい。「20キロ圏内・・・」と彼が呟いた。彼にも、きっとそれの意味するところが分かっているのだろう。被曝への防護対策はとるのだろうが、危険があることも事実。父親を誇らしく思う気持ちと、心配する気持ちとが入り混じったような思いつめた表情をしていた。

こうした名も無い多くの方々が、被災地・原発近辺で様々な救援活動に携わっておられることを、改めて思った。

最近、テレビを余り見なくなっているので、どのように報じられているか(報じられていないか)良く分からないのだが、原発で作業されている方々が、劣悪な条件での労働を強いられ、疲弊してきていると聞いた。

一番心配なのが、放射能被曝による健康被害だ。健康被害のなかで、深刻であり、かつ頻度も少なくないのが、血液系の悪性疾患である。それに対処する根本的な治療法は、骨髄移植だ。他人からの骨髄ではなく、自己の血液幹細胞を本人に戻すことは、合併症・副反応も少なく、極めて有望な治療法になる。先にアップした虎ノ門病院の血液内科医による、自己血液幹細胞の保存を作業されている方々に行うべきだとの提言は、マスコミにもあまり取り上げられていない様子。今日、その血液内科医の記者会見がある。下記の通り。

日時: 2011年3月29日(火曜日) 午後2時~
場所: 虎の門病院 8階 第一会議室
説明者: 谷口修一(虎の門病院血液科部長)、
豊嶋崇徳(九州大学病院遺伝子・細胞療法部准教授)

政府は、作業されている方の健康を守ることを、是非優先課題にして行ってもらいたい。彼等を英雄扱いして、美談に終わらせるだけで済ませてはいけない。

日本の未来が、彼等の仕事にかかっている。

作業員の方々は英雄ではなく、被害者であるという下記の論考は、その通りだと思う。彼等は、英雄であり、かつ被害者なのだ。彼等をバックアップすることは、我々の責任だ。



以下、MRICより引用~~~

「英雄」ではない「被害者」である原発事故作業員に、生涯にわたって医療補償を

有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役
木村 知
2011年3月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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 とうとう、原発事故作業員の方々に大きな被曝事故が起きてしまった。

 ほんの数日前まで、新聞をはじめとした各メディアは、原発事故現場に向かうこれら作業員の方々のことを、「決死の覚悟」で「命懸けの任務」を行う、まるで戦時中の特攻隊員を彷彿とさせる「英雄」として扱い、その勇気を讃美する論調を世間にあふれさせていた。こうしたある種の異様な論調やそれに同調する国民感情に空恐ろしい違和感を覚えたのは、けっして私ばかりではあるまい。

 しかしそんなメディアの論調も、今回の被曝事故が起きてやっと「作業員の安全確保を」という方向に変わりつつあるようだ。

 とは言え、事故の全容も未だ不明で、今後の見通しもつかず、事態収拾にこれからも多くの時間を要する状況で、これら作業員の方々はますます増員されていくに違いない。それに伴い、このような被曝事故も、仮に杜撰な安全対策が見直されたとしても、今後「二度と起きない」とは、けっして断言できないだろう。

 また、重大な被曝事故でなくとも、ギリギリの作業環境のもと相当量の被曝をすることで、「直ちに影響」は出なくとも、数年、数十年の経過を経て健康被害が発生する可能性も否定はできない。

 被曝のリスクだけでなく、十分な食料や睡眠さえ保障されない劣悪な労働条件での任務を強いられているとも聞く。肉体的なダメージはもちろん、精神的なダメージも計り知れない。このようなダメージは、仮に任務を終えて無事家族のもとへ帰宅できたからと言っても、簡単に癒えるものではないだろう。

 つまり、この原発事故現場での作業に関わったすべての方々には、「直ちに影響が出ない」とは言っても、将来なんらかの肉体的あるいは精神的「健康被害」が発生する可能性が否定できないと言える。

 そこで、非常に心配されるのが、将来なんらかの健康被害がこれら作業に関わった方々に生じた場合、「適切な補償が受けられるのか」、という問題だ。

 ただでさえ労働者の立場は弱い。

 日頃診療をしていると、明らかに「就労中のケガ」であるにもかかわらず、「ぜったいに『労災扱い』にしないで欲しい」と建設現場で負傷した土木作業員に懇願されることは、珍しくない。

 建設業界ではゼネコン、下請け、孫請けと順次下部企業へと工事が発注される受注形態があり、「労災事故」が多い下請けには、その上部企業からの工事の発注がされなくなるという、「病的ピラミッド構造」が根強く残っている。

 そのため、下請け、孫請けなどの零細企業は、なるべく「労災事故」の件数を少なくする必要があり、作業中ケガ人が発生した場合、全額自費診療扱いとして事業主が自腹で治療費を支払ったり、酷い場合はケガそのものを「就労と無関係」と作業員に言わせたりするなどの、いわゆる「労災逃れ」「労災隠し」を行う事例が後を絶たない。

 これは、建設業界に限定したものであるとは、けっして言えないだろう。

 今回の原発事故現場でも「協力会社」といわれる「下請け企業」から多くの作業員の方々が動員されているとのことだ。

 はたして、この「下請け企業」の方々に将来健康被害が発生した場合、適切な補償はされるのだろうか?

 「労災認定されるはずだ」という意見もあろう。

 しかし残念ながら、答えは「否」であると、私は思う。

 確かに「直ちに影響が出た」ものについては、労災認定される可能性はもちろんあり得ると思われるが、将来起こり得る健康被害も不明であるうえ、遅発性に起こったものについての認定は、原発事故現場での作業と相当因果関係が強固に証明できるもの以外は、まず無理だろう。

 そもそもただでさえ、作業中の安全管理対策が杜撰である企業が、将来起こり得る健康被害まで補償することなど、到底期待できない。

 つまり、「原発事故作業に起因した健康被害」を労災ですべて補償するのは、不可能ということだ。

 自衛官については、原子力災害対処によって死亡もしくは障害が残った場合、「賞恤金(しょうじゅうつきん)」が支払われ、今回その額が通常の1.5倍に引き上げられたという。

 もちろん、金銭が補償されればいいという問題ではないが、企業、特に下請けなどの零細企業に所属している作業員の方々にも同程度の補償は最低限必須と考えられる。今後起こり得る健康被害の種類が特定し得ないこのような特殊な状況である以上、原発事故作業との因果関係が証明できるものについてはもちろん、それ以外の傷病を含めたすべての医療費および定期的な健康診断による健康被害調査についても、国が責任を持ち、生涯にわたって補償を行うべきと考える。

 今後、入れ替わり立ち替わり、各方面、各所属の作業員の方々がこの任務に関わってくるにつれ、すべてがウヤムヤになってしまいかねない。早急に、いや緊急にこの医療補償について論じ検討しておく必要性を強く訴えたい。

 原発作業員の方々は、「英雄」である以前に「労働者」であり、自分自身や家族の犠牲を強いられている「被害者」であることを忘れてはならない。

 いくら「英雄」と讃美されても、肉体的精神的被害はけっして癒されることはない。

 この「被害者」としての作業員の方々に、生涯にわたって医療補償を行うことは、安全を犠牲に今日まで原子力政策を推し進めてきた国がなすべき、最低限の「せめてもの償い」と言えるのではなかろうか。

 作業員の方々を「英雄」と讃えた国民ならば、この「勇気ある被害者」への公的医療補償に、まったく異論はないと信じる。

木村 知(きむら とも)
有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役
AFP(日本FP協会認定)
医学博士
1968年カナダ国オタワ生まれ。大学病院で一般消化器外科医として診療しつつクリニカルパスなど医療現場でのクオリティマネージメントにつき研究中、2004年大学側の意向を受け退職。以後、「総合臨床医」として「年中無休クリニック」を中心に地域医療に携わるかたわら、看護師向け書籍の監修など執筆活動を行う。AFP認定者として医療現場でのミクロな視点から医療経済についても研究中。著書に「医者とラーメン屋-『本当に満足できる病院』の新常識」(文芸社)。きむらともTwitter: https://twitter.com/kimuratomo

風評被害を防ぐために、許容値を変える? 

先日、原発で仕事をなさっている方の、放射能被曝許容値を、政府は何の根拠もなく、100から250mSvに変えた。政治が、科学的に決めるべき数値を変えることによって、その数値のもつ信頼性が揺らぐ。

民主党岡田幹事長は、農産物の放射性物質の許容値を、同じく恣意的に上げようと言っている。理由は、「風評被害」を招かないため、とのことだ。

許容値には、決定的な科学的な根拠がないのかもしれないが、十分な安全率を見込んで決められているはずだ。それを、政治がいとも簡単に変えるということは、許容値の信頼性を根底から損なう。そうした許容値の信頼性が失われれば、それこそ「風評被害」の跋扈する状況になってしまう。

「風評被害」とは、真実から離れたところで根拠のない言説によって生み出されるものだ。真実が政治によっていい加減に扱われれば、真実は失われ、社会に流布される言説は、その根拠を完全に失い、すべてが「風説」になる。

国民を愚民として扱うのは、いい加減止めてもらいたい。我々が欲するのは、真実の情報、もしそれに幅があるのであれば、楽観から悲観まですべてを隠さず提示すること、それに対処する方策の選択肢を我々に提示することだけだ。真実を恣意的に捻じ曲げることは問題をより複雑かつ深刻にする。


以下、朝日新聞ネット版より引用~~~

放射性物質の基準「厳格さ求めすぎ」 民主・岡田幹事長2011年3月27日19時25分


 民主党の岡田克也幹事長は27日、農産物の出荷停止や摂取制限の目安となる放射性物質の基準値について、「少し厳格さを求めすぎている」と述べ、風評被害を招かないためにも見直しが必要との認識を示した。青森県八戸市で記者団に語った。

 現在適用されている食品衛生法の基準値は暫定的な数値で、食品安全委員会が体内に取り込んでも健康に問題がない数値について議論している。岡田氏は「心配ないものは心配ないときちっと言えることが必要だ。科学的な厳格さを求めすぎれば風評被害になる」と指摘した。

東電は危機意識が欠けている 

東電は、土壌中のプルトニウムの測定を、開始すると公表したようだ。プルトニウムは、第三号炉で燃やしていた核種だ。微量で肺がんを生じる危険な物質である。プルトニウムの測定装置がないので、これまで計っていなかった、と。結果が出るまで、1週間を要するらしい。I131とセシウムだけしか問題にされていなかったので、他の元素はどうなのかと思っていたが、やはり計っていない様子だ。ウランやストロンチウムの飛散はないのか。

東電には、当事者意識が欠けている。東電任せにしていては、放射能汚染は進むばかりではないか。当初、廃炉にする積りで、手を打っていれば、このように酷い経過にはならなかったのではないか。

再臨界を起す危険は本当にないのか。

国家の一大事であるという危機意識が、東電や保安院には欠けている。

原発について思うこと 

我が家から一番近い、東海村の原発のことが気になって、調べてみた。軽水炉の第二原発が稼働中の様子。先日の地震による津波で、非常時冷却用ディーゼルエンジン三基中、一基が故障したが、他の電源により福島原発と同じトラブルにならずに済んだようだ。東海村原発の少し南にある大洗での津波が、4メーター程の高さだったらしいから、津波に対して脆弱である(が、今回は何とか冷却機能喪失に至らずに済んだ)ということのようだ。東海村の原発が冷却機能を失う等して、水蒸気・水素爆発でも起こすことを想定すると、関東一円、東京都等に放射能汚染が広がることが予想されよう。ちなみに、この原発も既に稼動開始後30年前後たっている(かなり旧い原発)らしい。

それ以上に驚いたのは、福井県の原発の多さだ。13基あるらしい。「もんじゅ」等休止中の炉もあるようだが、関西の原発依存率は50%に達するようだ。何らかの自然災害が福井で起きたら、関西地方は、電力の喪失、放射能汚染に見舞われる。また、静岡県にある浜岡原発は、地震好発地に建てられており、福島原発と同じく、東海地震の場合に津波に晒される可能性が高い。津波の高さは5メーターを想定しているらしい(うろ覚え)。中部電力は、津波を避ける堤防を高くする計画らしいが、数年先のことのようだ。この原発が、福島と同じようになると、中部地方のみならず、東京にも大きな汚染をもたらすことだろう。

電力会社の現経営陣、ましてや社員を非難しても始まらない。しかし、電力会社を含めた産業界、官僚と地方政治家が、共同して、原子炉建設を進めてきた(進めている)。原発は安全だという広告が度々大規模に新聞等に載っていた。あれだけ安全性を広告しなければいけなかったということは、実は「安全では決してない」ことの証拠なのではないかと、今にして思う。学者達の多くは、原子炉促進派である。原発反対派の学者は、昇進できぬらしい。今回、事故発生後NHKに出てきた教授連中の解説は、楽観論に終始していた。原子力安全・保安院に関わる学者に、原発に批判的な方が果たしていただろうか。国民は低廉な電気料金で電気を使い続けてきた。

このような現状を見て、どのように国民が考えるようになることだろうか。

東電は、今回の事故に対処するためとして、大手銀行から2兆円の融資を受けることになったらしい。発電施設の新改築に用いるのだろうか。法律の定めでは、原発事故による住民への損害賠償の多くは、電力会社ではなく国が行なうことになっているらしい。基本的に、東電は損害賠償の責任を負わない。東電の連結内部留保は、2007年の時点で4兆円あることが分かっている。その上、早々に政府閣僚から、電力の消費を減らすために「電気料金の改定(値上げ)」をするべきだという声が上がっている。このように絶好調の財務状態にある東電に対して、余りに甘い対応ではないだろうか。電力会社・官僚・産業界が、国民の安全を蔑ろにして進めてきた原子力政策、彼らの策動にチェックの入らぬシステムに大鉈を振るうべきではないだろうか。そうしなければ、今回の問題が過ぎたら、同じことが繰り返される。

原子力発電をしないと、必要な電力を得ることが出来ないという議論もある。総電力供給の内、30%が原発による電力らしい。が、供給電力は最大需要に対して余力を持たせている。原発依存から徐々に脱却するために行なうべきことは、ピークの需要を様々な方策で減らす、さらに、既存の発電の効率化、代替発電の推進である。火山や温泉の多いわが国では、まだ総発電量の内0.2%しか占めていない、地熱発電も有望な発電方法なのではないだろうか。原発を減らすために、できることをやるべきだ。

原発は、我々の生存基盤を危うくする。外来で診る子供達に、安全な国を残さなければと思いつつ、彼らに接している。

原発事故現場の作業者によって我々は支えられている 

原発事故現場で、自分の生命を賭して、冷却作業等問題解決に当たっておられる方々がいる。彼等が受けうる放射線による障害は、急性および慢性の経過をとり、生命に直接関わる可能性がある。

我々のこれからの生活・人生が、彼等の双肩にかかっていると言っても良い。彼等が行っている原発事故対応が上手く行かなければ、相当広範囲にわたって、放射能被曝が進行し、我々の生活基盤が根底から破壊される。

そうした現場の方々を支えることを何としても行いたい。東電「協力」企業社員とは、東電の下請けの方々のことらしい。弱い立場ゆえに、危険を冒させられているということはないのか、気になるところだが、現時点では、現場の方々を全力で支えることが、我々の行うべきことだろう。

原発事故現場の作業者の方々を我々は支えるべきだというタイトルで、一度この文章をアップしたが、本質は、彼等によって我々が支えられている、ということだろう。その主旨でタイトルを変更した。

下記の文章は、血液内科医による、彼等に対する、事前の自己血液幹細胞の保存の勧めである。全面的に賛成し、支持したい。


以下、MRICより引用~~~

なんとしても原発作業員は守らねばならない
虎の門病院血液科
谷口修一
2011年3月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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福島原発の放水作業に従事された東京消防庁職員の記者会見に胸を打たれた方が多いのではないかと思う。指揮をとられた隊長さんが男泣きをこらえ、時に嗚咽しながら、出動した隊員や送り出されたご家族に対して感謝と謝罪の言葉を述べておられた。出動された隊員およびご家族も、想像を超える世界ではあるが、我が身顧みずとも、なんとしても地域住民ひいては日本国民を守りたいという強烈な使命感で業務に従事されたものと考える。しかし、それではいけない。彼らにそんな思いをさせてはならない。技術者は現代の先駆技術を駆使して彼らを守り、我々医療者は有効な予防法を考え実行し、万が一の不測の事態でも、絶対に救命するという覚悟で、たった今準備、実行せねばならない。

その準備とは、私の携わっている領域で言えば、作業に当たる方々の自己幹細胞を事前に採取し凍結保存しておくことであり、場合によってはそのために未承認薬を用いることである。

急性の放射線障害は、嘔気、嘔吐、疲労感などの全身症状から個々の臓器障害に伴うものまで、さまざまな症状が発現しうる。造血幹細胞移植領域では、白血病などの悪性細胞を死滅させる目的で広く全身放射線照射が行われている。通常の移植医療では全身に12Gyの照射が行われる。放射線障害は細胞回転(分裂)が速い細胞が障害を受けやすい。よってこの線量を照射すると、まず生殖機能と骨髄(造血)機能が確実に破壊される。ほかの臓器は比較的維持されるため造血組織が障害されている白血病などの血液疾患には適切な治療法とされる。この場合、精密に計測された情報から全身に一様に放射線が照射されるが、放射線事故ではまだら状に照射を受け、局所の被曝量も大きく異なるため、全く同じようには考えられないが、参考にはなる。さまざまな悪性腫瘍の治療(脳、肺、食道、乳がんなど)で局所の放射線治療が行われるが、その線量は照射野を限定しながらではあるが、通常30-50Gyの照射が行われる。いかに生殖機能と造血機能が放射線に感受性が高いかがご理解いただけると思う。これを逆に考えると、急性放射線障? 32$NCf$K$O!"B$7l>c32$@$1$,CWL?E*$G$"$k$H$$$&>u67$b5/$3$j$&$k$o$1$G$"$k!#

造血幹細胞移植医療ではこの12Gyの全身照射の後、血液を作りだしていく造血幹細胞を血管から点滴で輸注する。一時的な効果の輸血と異なり、この造血幹細胞は骨髄組織にたどり着き、そこで細胞分裂が始まり(生着)、新たなる血球を作り始め、その造血機能は一生涯維持される。白血病細胞は全身放射線照射で死滅し、あらたなる正常な造血が始めることにより、白血病が治癒するわけである。この場合、造血幹細胞はHLA(組織適合性抗原;兄弟で1/4の確率で一致)が適合したドナーから、もしくは患者さん自身から採取される。通常、全身麻酔下で骨に針を刺して骨髄液を採取する方法とG-CSF(顆粒球コロニー形成刺激因子:本来体内に存在する白血球を増やすサイトカイン)を投与した上で血管から特殊な採血で採取する(3時間ほどかかる)。いずれの方法もその高い安全性が日本造血細胞移
植学会の長期間にわたるドナー調査で証明されている。

これらの知見から考えるに、高度な危険状態に置かれる可能性のある原発作業員から事前に幹細胞を採取・保存しておくと、仮に不測の事態となり、造血機能が危機に陥っても、この幹細胞を点滴で輸注するだけで回復する。ドナーさんから移植する方法もあるが、この場合GVHD(移植片宿主病)と呼ばれる免疫反応(副作用)が生じ、時に危機的となる可能性があるが、自己幹細胞であればその心配もない。もちろん他の臓器の障害もある場合は同時にその治療も行われるが、過去の事例が示しているがGVHD予防・治療を行いながらの診療はかなり複雑なものになる。この方法の有用性は、未だ実施はされていないものの(実際にこれらの技術が可能となってから放射線事故が起こっていない)、世界中の専門家諸氏からその有用性が積極的に指摘されている。具体的には、私信ではあるが、Powles R博士(ヨーロッパ骨髄移植学会原子力事故委員会委員長)、Gale RP博士(元国際骨髄移植登録機関代表、チェルノブイリ・ブラジルの放射線事故時も率先して治療に参加した放射線障害医療の第一人者)、
Champlin! R博士(米国MDアンダーソンがんセンター)らも高く推奨しており、この福島原発事故を受けてLancet誌でも取り上げられる予定である。これらは必要ならば許可を得た上で開示する。Gale博士は既に来日しており、記者会見で「移植は他人からでもできるが、遺伝子の違いによるGVHDと呼ばれる合併症の危険などがあり、場合によっては命にかかわることもある。この危険は、自分のものを使えば避けられる。なので、作業にあたる人は、前もって自分の末梢血幹細胞を採取、保存しておき骨髄移植に備えておくべきだ」と述べている。
(https://aspara.asahi.com/blog/kochiraapital/entry/sWh2otqZz6 参照)

実際にG-CSFを使用して幹細胞を採取するには4-5日かかる。1-3日目はG-CSFを筋肉注射するだけではあるが、やはり重要な任務を前に時間がかかりすぎると思われる。虎の門病院では海外で使用されているが国内未承認のモゾビルという薬剤の使用を考え、既に当座の50人分の輸入の手続きをとり成田空港までは届いている。この薬剤とG-CSFを使用して、1泊2日(もしくは2泊3日)の入院で採取・保存する計画である。初日は午後入院で、事前の検査を行い、夜12時頃このモゾビルを皮下注射で投与し、翌朝G-CSFを皮下注射し、9時頃から採取を開始、12時頃に終了し、夕方には安全性を確認して退院という方法で、既に当院では準備が整っている。これで6-7割の方は目標量が採取できるが、達しない場合はもう一泊していただく。もちろん未承認薬を使用するため、関係諸氏にその効果と安全性については十分な説明を行い、一定のコンセンサスが得られる必要があるが、既に海外での広い使用実績があり、また民族的に近いとされるアジア地域でも使用されている薬剤であるので? !"$3$N6[5^;~$K;HMQ$9$k$N$,BEEv$G$"$k!#$3$3$G9M$($F$$$k$N$O!"J]81?GNE$G$O$J$$!#:n6H$K$"$?$k?M$r0e3XE*$KJ]8n$7$h$&$H$$$&!X;v6H!Y$G$"$k!#@'Hs!"@/<#H=CG$G?WB.$JH=CG$r$*4j$$$7$?$$!#

本日になって飛び込んできた情報であるが、米国国防省が放射線被爆時救命目的で開発した5-androstenediol(NEUMUNE) なる薬剤も既に動物実験での有用性とヒトでの安全性が確認されており、その使用を打診されている。実際の使用に関しては国防省がらみで米国が動いてくれるとのことである。得体の知れぬ物質の投与は躊躇されるが、事態は急を要する。現場の治療者・医学研究者の知識としてはモゾビルが精一杯であるが、使用するなら政治判断であろう。

この文章はいたずらに国民の不安をかき立てる目的ではなく、不測の事態を危惧しながらも決死の覚悟で原発最前線の業務に従事される方々を守らねばならないという一心で記載した。関係者の英断を期待する。

イレッサ訴訟問題 

進行がん患者の視点から、イレッサ訴訟問題を論じた発言がMRICに掲載された。イレッサの問題は、専門外であるのと、微妙な問題を含むので、裁判経過に違和感を抱きつつ、文章にできないでいた。この発言者は、ずばりと問題点を指摘している。彼の提案する医療裁判は、以前は医師のカンファレンスであり、学会だったのだが、医師が裁判を恐れて、治療の失敗等は表に出さないようになってきている、と聞く。結局、それは患者さんにとって不利益になる。

医療制度全体の視点から、この問題を考える必要がある。

study2007さんのブログにある、原発事故問題の情報も有用。


以下、MRICより引用~~~

癌患者 study2007 (http://ameblo.jp/study2007/)
2011年3月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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 イレッサ訴訟は国とアストラゼネカ社が東京・大阪両地裁の和解案を拒否し2月28日に大阪地裁で判決が下りました。和解案では国の責任も認定しながら判決では国家賠償は認められないなど疑問点もありますが、本稿ではイレッサ問題から得るべき教訓と今後の医療に望むことを私の理解の範囲で記載致します。皆様の広範な御意見・ご批判など伺えますと幸いです。

1.イレッサについて:

私は2007年3月に多発肺転移を有する進行癌と診断され国立がんセンター中央病院で化学療法を開始しました[1]。初回治療はカルボプラチン+パクリタキセルでした。その後放射線照射と抗癌剤を繰り返しながら治療を継続しております。残念ながらEGFR遺伝子変異は無く私自身はイレッサ適応はありません。治療を開始した2007年以降もイレッサは広く医療現場で使われており、適応患者さんの経過を聞く度に羨ましく感じております。

近年改善されてきたとはいえ白金系やタキサン系抗癌剤の副作用が強いのは事実です。二剤併用レジメンは4~6コースが治療の目安で半年以上の継続は通常困難です。それに比べればイレッサの副作用は非常に軽微だと言えます。効果の程度や耐性までの期間に個人差はあるものの年単位の処方も可能です。2010年にはEGFR変異を有する手術不適応患者の化学療法として第一選択肢になりうることを示唆する治験結果も出ています[2,3]。イレッサは進行肺癌治療の現場にリスクを上回るメリットをもたらしました。その事実は現在も市販開始当時も同じだと思います[4,5]。大阪地裁の判決もイレッサの効能そのものは否定しておりません。

2.裁判の争点について:

判決では製造物責任法2条2項「指示・警告上の欠陥」が問われました。添付文書の記載が不充分で間質性肺炎の注意喚起が不充分だったという判断です。重要な項目は前の方に書くとの「通達」が根拠になった様です。もちろん原告が訴えたのは「文書だけ」ではありません。臨床試験や臨床試験以外で発生した副作用をアストラゼネカ社が軽視したこと。販売を急ぐあまり積極的な注意喚起を怠ったこと。また国がそれら副作用情報を得ていたにも関わらず承認時に深く考慮しなかった事、などの責任を追及しています[6,7]。

私も原告の指摘は方向性として正しいと思います。アストラゼネカ社も国も自らの判断と行動に反省すべき点がなかったか正直に振り返り今後の教訓とせねばならないと思います。その一方で、いくつかの抗癌剤を経験した癌患者としてイレッサの添付文書(初版2002年7月)に違法と言える程の不備があったとはやはり私には思えません。間質性肺炎の記述が2ページ目、重大な副作用の4番目に記載されているからといって、軽んじたり見落としたりすることは有り得ないと思うからです。

化学療法中に肺炎を併発することの恐ろしさは患者も医療者も文字通り骨髄に染みて感じています。間質性肺炎は一般には馴染みのない病名かもしれませんが、記述そのものが最大限の注意喚起です。レントゲンを頻回に撮り、また咳や熱に注意し主治医と相談しながら治療を行います。イレッサは一般の消費者が薬局で自由に買える薬剤とは違います。医師による処方と指示に従いながら投与をすれば他の抗癌剤に比べ決して危険とは言えません。確かに数万人が服用を経験した現在に比べ販売開始当時の知見が乏しかった事は事実だと思います。しかしながら間質性肺炎の恐れを隠したわけでは無く「頻度が不明」である事も含め添付文書に明記したアストラゼネカ社と、販売を承認した国に法的責任まで認定するのは行き過ぎだと感じます。

3.真の問題はなにか?:

販売後わずか2年半に500人以上が死亡した事実は甚大です。全症例を解析しないと明確なことは言えませんがイレッサ関連死が一定の割合で起こったであろう事は私も疑いません。ですが、その原因の全てが「添付文書の記載が目立たなかった」事だけに拠るとは恐らく誰も考えていないはずです。

○原告に限らず「夢の新薬」や「神の手技」を追い求める信仰が我々癌患者には無いでしょうか? 週刊誌やインターネットの情報は信じても腫瘍内科医の提案には耳を貸さない。内容を理解せず手術の同意書にサインをし「先生にお任せします」。日常的にそういった患者・家族を見かけないでしょうか。

○マスコミもプレスリリースを吟味せず無責任な報道をしなかったでしょうか? 例えば現在も「抗癌剤は効かない」とか「がんもどき」など証拠レベルの極めて低い情報が週刊誌に大々的に報じられ治療判断に悪影響を与え続けていないでしょうか。そういった出版社の過失責任はアストラゼネカの無過失責任とは比較にならないくらい重大だと思えます。

○また販売当時の医療現場に慢心は無かったでしょうか? ある原告の方の治療経過では間質性肺炎が明記されている新薬の、それも初回治療にもかかわらず「30日分処方して退院させ」前縦隔への放射線治療から僅か2週間後に服用を開始させています。こういったケースに見られるように医療者側にも経口抗癌剤に対する油断があったと疑わざるを得ません。

イレッサ訴訟は医療問題に対する裁判の限界をも示していると感じます。今回も癌治療の背景と土壌に横たわり続ける本当の問題を考え直す機会を逸しました。また癌患者の抗癌剤へのアクセスを更に悪くしたとも懸念します。「ドラッグラグを人質に取るのは卑怯」との意見もありますが、もしも今回の司法判断を受け入れるのなら今後は副作用の頻度とグレードを第III相試験で統計的に見極め、法令か通達に基づく字体、大きさ、字色、順番、などを忠実に守らねばなりません。承認までの期間と試験量が増大することはいわば数学的事実です。卑怯かどうかとは関連がありません。それは誰も望んでいないことでしょうし、とりわけ治療が必要な癌患者にとってはまさに死活問題です。

イレッサ問題を真に教訓とするならば、通常の裁判所の下位に医療問題を扱う調停機関として医師による医療裁判所を設けることを検討してはどうでしょうか? 第三者の医師・専門家が審理する合理的な判断の場をつくり、原則として責任追及よりも原因の解明、改善策の示唆、補償内容の提示を行う。希に起こる「故意」による医療事件などは通常の裁判所に廻し医師の職権の停止・剥奪なども行う。医療問題ではしばしば病院や医師の能力・資格についても国民の関心が集まります。これらの問題を国の管理・指導に頼らず医師の自治で解決できる様になれば国民はそれを受け入れると思います。医療裁判所は国民と医療の信頼関係を醸成する一助に成り得るのではないかと考えます。

4.患者が望むもの

患者が最も強く望むものは何でしょうか? それは「治癒すること」だと確信します。それは原告も同様だったと想像します。手術不適応進行癌における治癒とは癌に勝つ事ではなく、長期にわたる引き分けだと私は定義しています。例えば私は「診断から5年生存」をひとつの目標に設定しました。もしも世界中の抗癌剤や分子標的剤、ワクチン療法や高性能放射線装置など全ての武器を自由に使わせて貰えれば恐らく5年はクリアできると想像しています。さらに加速器駆動BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)などが開発費されれば10年生存も夢ではないと期待しています[8]。費用や治療待ち期間に制限されず全ての患者が個々に最適なルートを辿れば全生存期間は飛躍的に伸びると信じます。

仮に治らないとしても「望んだ延命・緩和治療がうけられる」ことは切実な要望だと思います。この部分が適切にフォローされない限り「夢の新薬」事件はいつでも起こり得ると思います。「がんもどき」騒動が沈静化しても繰り返し同様のスキャンダルや根拠のない代替療法が現れると思います。この状況を抜け出し科学的で負担に見合った医療を実現する為には何が必要でしょうか? 私は乗り越えなければならない壁が少なくとも2つはあると感じています。

第一の壁は医薬品・機器の承認制度です[9,10]。薬や機器の使用や保険適応を監督官庁が主催する会議や所管する独立行政法人(PMDA)で一元的に承認・審査するのは合理的ではないと考えます。薬事承認と保険適応とを切り分けることが最適な医療にアクセスする為の第一条件だと考えます。例えば科学的コンセンサスのあるコンペンディア(NCCN drugs & Biologics Compendium)に載った抗癌剤は自動的に保険適応するなどの制度導入を望みます[11]。ある患者に抗癌剤が有用かどうかは学術的研究を基に個々の治療現場で判断する以外にありません。私は4年にわたる治療の過程でその現実を学びました。また保険負担とすべきかどうかは、その医薬品や機器の必要性、費用対効果や地域性など考慮し県などの医療圏単位で医療費と医療現場の実状に合わせて調整すべきことがらだと考えます。

第二の壁は医療が分散している事です。進行癌の治療は通常何かひとつの特効薬や治療法では制御しきれない事も知りました。それぞれに高度な技量を持った複数の分野の医師に協力して貰う事が必須です。均てん化という政策は「分散化」の側面が強く、専門化と集約化が求められる現在の医療現場には対応できていないと思います。人口分布や疾病毎の統計を根拠とした効率的な医療施設の配置と専門医の育成が急務だと考えます[12]。

この二つの壁を乗り越える為に、患者(国民)も医療費や医師といった医療資源には限りがあることを思い直す必要があると思います。ランチバイキングに群がる様に医療に殺到し、全体のバランスを考えず「自分」達の薬や診療を声高に注文し続ける。こういった態度を改め「公」の医療を育てる自覚を持たない限り医療現場の疲弊は改善されず高度で合理的な医療の実現も程遠いはずです。

5.まとめ

イレッサ問題は「どこまで手を尽くしたのか?」がひとつの争点になったと思います。立場や考え方に差異があるのは当然ですが、少なくとも利益と不利益、目指すべき目標(容認できる事故発生率)などを定量的に話し合う必要があると思います。有限な医療資源(医療費、専門医、新薬開発に要する費用や時間)を度外視して究極の安全を求めるのは非科学的な幻想であることを国民は知るべきと考えます。「注意喚起が足りなかった」、「いや医学的には常識だ」という水掛け論でなく、癌治療における適切な合意点が発見されることを一人の癌患者として願います。

また、現実には医療事故も副作用死もゼロにはならないと思います。しかしながら医療裁判所や無過失補償制度などを設けることで患者や医療者のリスクと不満を最小化することは目指せるはずです。「お上」がいて一部の団体が陳情する、難しいことは医者や企業に丸投げで、何かあれば訴訟を起こす。イレッサ問題がそういった従来型の発想ではなく権限と責任の一部を「民と地域」に移管・分散し、現場の事実の積み上げにより科学的に運用される、そういう効率的な医療の実現を目指すきっかけになる事を切に期待いたします。


参考文献:
[1] http://ameblo.jp/study2007/

[2] Maemondo M, Inoue A, Kobayashi K, et al. Gefitinib or chemotherapy for non-small-cell
lung cancer with mutated EGFR. N Engl J Med. 2010;362:2380-8.

[3] Mitsudomi T, Morita S, Yatabe Y, et al. Gefitinib versus cisplatin plus docetaxel in
patients with non-small-cell lung cancer harbouring mutations of the epidermal growth
factor receptor (WJTOG3405): an open label, randomised phase 3 trial. Lancet Oncol.
2010;11:121-8. Epub 2009 Dec 18.

[4] ZD1839, a Selective Oral Epidermal Growth Factor Receptor?Tyrosine Kinase Inhibitor,
Is Well Tolerated and Active in Patients With Solid, Malignant Tumors: Results of a Phase
I Trial. Journal of Clinical Oncology, Vol 20, Issue 9 (May), 2002: 2240-2250.

[5] Selective Oral Epidermal Growth Factor Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor ZD1839 Is
Generally Well-Tolerated and Has Activity in Non?Small-Cell Lung Cancer and Other Solid
Tumors: Results of a Phase I Trial. Journal of Clinical Oncology, Vol 20, Issue 18
(September), 2002: 3815-3825.

[6] イレッサ薬害被害者の会 (http://homepage3.nifty.com/i250-higainokai/)

[7] 薬事・食品衛生審議会薬事分科会(平成14年6月12日開催分)議事録
(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/06/txt/s0612-2.txt)

[8] 京都大学原子炉研究所、医療照射について (http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/index/iryo.html)

[9] MRIC by 医療ガバナンス学会 vol 87 適応外薬品を何とかしないとドラッグラグはなくな
らない!! 卵巣がんのジェム (http://medg.jp/mt/2010/03/vol-87.html)

[10] MRIC by 医療ガバナンス学会 Vol. 225 「未承認薬?適応外薬検討会議」をガス抜きに終わ
らせるな! (http://medg.jp/mt/2010/07/vol-225.html#more)

[11] http://www.nccn.org/professionals/drug_compendium/content/contents.asp

[12] ドイツの医療制度について~透明性の高い理想的な保健医療制度
(http://www.hi-ho.ne.jp/okajimamic/m401.htm)

音楽へ復帰 

地震で、自宅のスピーカー(KEF IQ90)は倒れなかったのに、仕事場のスピーカー(QUAD 20L2)は、しっかり倒れた。とてもきれいな塗装がされているのに、ところどころ痛々しく塗装が剥げてしまった。仕事場の自室が二階にあるために、揺れがそれだけ酷かったのだろうか。余震も続き、音楽を聴く気持ちにもならなかったので、スピーカーを毛布に包み廊下に寝かせておいた。昨夜、寝る前に、自宅でリヒターが晩年指揮したマタイをヘッドフォンで聴いた。第一曲から、圧倒するように私のこころに滲み渡った。仕事場でも音楽を聴けるように、もう一度セットアップし直した。

ありがたいことに、機器はきちんと動作してくれている。最初にかけたのが、ヘンデルのリコーダーソナタ作品1の2,4,7、11だ。リコーダーの透明な響きが、心地よい。以前、ここで記したかもしれないが、学生時代イ短調作品1の4を、学生寮で合わせたことがあった。まだ、チェロを弾き始めて間もない頃、最初のアンサンブル(とまで言えないか)の経験だった。静かな夜、T君の吹くリコーダーに一生懸命合わせている情景を今でも想い起こす。生命を交歓するかのような暖かで愉悦に満ちた時間だった。

テレビも、ラジオもなく、ついついネットサーフィンをしてしまうが、不安が増幅されるだけだ。心落ち着かせ、音楽に耳を傾けよう。

放射性ヨードの問題 

放射性ヨードの摂取による、内部被曝と、それへの対処について、日本核医学学会の説明文だ。

ヨード以外の放射性物質についても、フォローが必要だろう。セシウムは、都内では検出感度以下とのこと。

慌てないことだ。原発の冷却が進むことを祈るような気持ちで見守っている。速やかに、廃炉への処置を進めてもらいたいものだ。


以下、引用~~~

現状では安定ヨウ素剤による甲状腺の保護処置は不要です 
 東北地方太平洋沖地震で被災された皆様に心よりお見舞いを申し上げます。お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の方々に心からお悔やみ申し上げます。また、被災地域の一日も早い復興をお祈りいたします。
 被ばくが懸念される地域にお住まいの皆様には、東北地方太平洋沖地震に伴う福島原子力発電所事故による放射性物質に由来する健康への影響をご心配のことと存じます。特にお子様をお持ちの親御さんは、子供達の被ばくを心配され、安定ヨウ素剤による甲状腺の保護処置が必要ではなかろうかとご不安に駆られることと思います。
 しかし、現時点での大気・土壌汚染状況から判断し、今の段階では小児の安定ヨウ素剤による甲状腺保護処置は不要です。むしろ危険なことがありますので、避けてください。
 ただし、今後の状況変化によっては必要となることもありますので、政府発表・関連自治体発表・東京電力発表・報道情報などを十分に注視されますようお願い申し上げます。

1.甲状腺はヨウ素を取り込んで甲状腺ホルモンを作る組織で、人間は食物からヨウ素を消化、吸収し、甲状腺はこれを取り込んで働いています。食物中に十分なヨウ素があれば、甲状腺はある程度ヨウ素で満たされた状態にあります。逆に食事中にあまりヨウ素がない生活をしていると、甲状腺はヨウ素欠乏状態になり、ヨウ素の吸収が上がります。通常のヨウ素は放射能を持っていませんが、なかには放射能を含むもの(放射性ヨウ素I-131)があり、これが食物を通じて大量に取り込まれると甲状腺に悪影響を与えることがあります。このため、多くの皆さんはご心配になっておられることと思います。

2.チェルノブイリでの事故後に東欧諸国で小児を中心とした甲状腺癌の増加が見られましたが、その主な原因はミルク等に含まれていた放射性ヨウ素による体内からの被ばく(内部被ばく)であったことが分かっています。たしかにチェルノブイリ事故では、大規模な被ばく発生後4日目に、ポーランドが国を挙げて安定ヨウ素剤を全ポーランドの小児の90%に一回だけ配布いたしました。そうしなかった隣国のウクライナやベラルーシでは小児の甲状腺癌が増加したのに対して、結果的にポーランドでは甲状腺癌増加は認められませんでした。しかし、1)内陸国のウクライナやベラルーシは食物や土壌中のヨードが少なく、もともと国民的にヨード欠乏状態であったのに対し、ポーランドは海沿いの国でさほどヨード欠乏状態ではなく、2)ポーランドは国内での牛乳を禁止して、すべて輸入粉ミルクに変えたという処置も行っています。これらの多くの処置がかみ合い、結果としてポーランドでは甲状腺癌の増加がなかったのであって、必ずしも一回だけの安定ヨウ素剤の投与が効果を現したわけではないと考えられています。

3.食物中、土壌中のヨウ素量の多い日本では、通常の食生活を行うことで十分にヨウ素を摂取できており、自然と甲状腺は安定ヨウ素で満たされています。ごく少量の放射性ヨウ素が簡単に健康に影響するほど吸収されることはありません。むやみに安定ヨウ素剤を服用する必要はありません。また、ヨウ素の入ったうがい剤や消毒剤を飲むことは危険です。乳児の場合には成長障害を引き起こす危険もあります。また、アレルギーなどで命の危険を来す場合もあります。

4.牛乳やその他の食物に含まれる放射性ヨウ素の濃度が上がるには、長期間に多量の放射性ヨウ素が土壌に広まり、これを吸収した植物やそれを食べた牛などが身体の中で濃縮していき、これを人間が食べることで起こりますので、現在の状況ではすぐに危険性があるものではありません。

5.安定ヨウ素剤の投与は、一度に多量の放射性ヨウ素の被ばくを受けた40才未満の方に対して、一度だけ安定ヨウ素剤を飲んで貰って、その後被ばく地から待避していただくことが前提です。現状で一度だけ安定ヨウ素剤を飲んでいただいても、むしろ甲状腺機能が不安定になり、リバウンドで一定期間後に放射性ヨウ素の吸収を高めてしまうことさえ起こりかねません。もし今後、さらに大規模な被ばくなどが起こったときには、かえって甲状腺を危険にさらすこともありえます。

6.国際放射線防護委員会ICRPから勧告されている安全な甲状腺への放射能の基準は甲状腺線量0.020Gy以下とされており、この線量以下では小児に甲状腺癌が増加することはないとされています(ICRP Pub94)(なお、チェルノブイリ事故後に測定されたウクライナ、ベラルーシでの甲状腺線量は桁違いに高く、平均0.15-3.10Gy程度と報告されています)。この安全な線量0.020Gyは、計算すると、体内に約3 μCi程度の放射性ヨウ素が入ることに相当します。これは通常使われる放射能を検出するサーベイメーターで甲状腺に約700万cpm(一分間に700万回のカウントを計測)となり、非常に高い数字です。

7.しかしながら、現状では地域住民の方々の放射能汚染のサーベイの結果は、ほとんどの方が汚染なし(つまりほとんどカウントなし)の結果と報道されていますので、甲状腺に悪影響を与えるほどの体内汚染が起こっているとは考えられません。

8.被ばくが懸念される地域では確かに雨や雪に放射線が微量検出されてきていますが、この放射能は体外からの微量な被ばくを示すだけで、安全な範囲内です。食物・飲用水としてきわめて大量に取り込まない限り、体内への被ばくは心配ないものと思われます。

9.福島市内の上水道中の放射性ヨウ素などの濃度が若干増加したと報道されていますが、通常の飲用に問題がないとされる規制よりも下の値です。

10.なお、放射性ヨウ素による甲状腺癌発がんの危険性は40才未満、とくに放射線に敏感な小児に高く、それ以上の方では危険性はほとんどありません。

11.大変な状況が続きますが、ともかく落ち着いて、政府発表・関連自治体発表などに従ってください。よろしくお願いします。
日本核医学会 
放射線医学総合研究所

(2011/3/17)

被災地・被災者支援について 

今回の大震災が、早々に激甚災害に指定された。復興に要する費用の8から9割が、国から支出されるようだ。でも、これはあくまで公的な施設に対しての支援である。家を失った方々への財政支援は一切ない。阪神淡路大震災のときにも、同じことが報道されていて、違和感を感じたものだ。確かに、私的財産になるものに対して、公的な支援を行うことは様々な難しさがあるのかもしれない。公的施設・道路等の復旧は必要だが、特定の業者や、行政が潤うだけの支援は止めてもらいたい。

仮設住宅の建設も行われるようだが、その入居期間は、2年間だけだそうだ。被災した家屋のローンを抱えた方も多いことだろう。2年間で生活基盤を確立し、仮設住宅から出られる方がどれだけいることだろう。少なくとも、5年間程度は必要なのではないだろうか。フレキシブルに運用してもらいたい。また低廉な賃料で良質な公的賃貸住宅も是非多く作ってもらいたいものだ。被災者が自立できる基盤ができなければ、被災地の経済的復興はありえない。

また、現在被災者のための募金がいろいろなところで行われている。こうして集まった募金が、被災者の一番必要としていることに用いられるように、是非配慮をしてもらいたい。被災者に直接届くことを期待して、我々は募金をしているのだ。

もう一つ、今回の震災の規模、被災者の数からして、支援は息長く続ける必要がある。それをこころに刻み付けておきたい。被災者支援をすぐに忘れるようなことのないように。

無線への復帰、今の心境 

先週末、床に無残に転がっていた無線機を床上のラックに納め直し、配線し直した。電源を入れると、驚いたことに、すべてが完璧に動作した。午後8時過ぎから2時間、7メガで北米の友人達が次から次への呼んできてくれた。すでにメールで連絡しあっている方も多く、またCWopsのメーリングリストへの投稿で私と家族の消息はご存知の方が多かったが、皆さん、無線で私の信号を聞けたことを喜んで下さった。何でも送るから言えと言って下さる方もいた。マスコミの報道で、最も甚大な被害を受けた地域のことが念頭にある方もいらっしゃったようだ。私、家族は健康で、通常の生活を送っていること、ガソリンが不足していること、放射能汚染の問題が近づいていることなどをお話しした。

Rod K5BGBが、私と再会できたことで、心底喜んでおられるのが、手に取るように分かった。お互いにゆっくり話し合い、互いを理解することを、無線で目指している。そうした人々が如何に少なくなってしまったことか、と彼は言う。既に、このブログでも記したが、1988年頃、FOCというクラブに私を推薦してくださった方で存命なのは、RodとChris G4BUEだけになってしまった。それを改めて口にすると、彼もFOCで35年間という長い時間を、素晴らしい仲間と過ごすことができた。私を推薦できたことも光栄に思っていると言ってくれた。2000年に彼自身がFOCを辞めることになった時に、悩んだが、Prose W4BWが、「FOCのメンバーでなくなっても、無線の生活は続く」と言ってくれたことで背中を押された、とのことだった。実のところ、CWopsに少し期待していたのだが、期待が高すぎたようだ、とも仰っていた。1980年代からの私とのやり取り・・・私が教えられ、受け取るばかりの関係だったが・・・も、彼にとっては、無線の楽しみ方の方向性が一致するもので、大切なものだったのかもしれない。一対一で向かい合うところから生まれる、楽しみを、共有して行きたいものだ。彼の45W出力と低いワイアーアンテナの信号が、フェーディングを伴いつつも、しっかり入感するのを聴きながら、改めて、そのように思った。

Bob W6CYXもとても喜んで下さった。毎日のように、私が現れるのではないかと、いつもの周波数に耳を傾けてくれていた由。根っからの保守主義者らしく、この原発事故を教訓に、原発の安全性を高めて、発電コストの低い原発を使い続けなければならない、というのが、福島原発事故の報道を知っての感想のようだ。私は、原発は、事故を起したときに、コントロールが効かなくなる技術であり、事故の後始末のコストを考えると、決してローコストな発電技術ではないのではないかと申し上げた。少なくとも、日本のように狭小な島国で使うべき発電技術ではなかろう。

私が1週間ほど意欲がなくなり、ぼーっとテレビを見ていたと、精神科医のJohn W7FUに言うと、survivor guiltの感情だったのではないかと言っていた。それも一部在るかもしれないが、想像を絶する災禍に圧倒され、自分の生存、いや家族や親しい人々の生存が根本的に侵されそうになっているためだったのではないか、と申し上げた。

実際のところ、地震の揺れにある場所で見舞われたときに、私に恐怖は全く起きなかった。そこで家屋が潰れても良いという思いがあったような気がする。気がとても小さい私が、こう感じたと自慢する積りは毛頭ない。実際、足を踏ん張り、そこに立ち尽くした(ということは余り揺れなかっただけなのかもしれない、と今記しながら思ったが・・・)のだった。周囲にいた若い女性の事務員は、床にしゃがみ込み、恐怖の声を上げていた。被災した方がこんな言い草を読むと気分を害するかもしれない。が、実際、そこで自分の人生に終止符を打っても良いというような気持ちだったような気がする。Johnは、それは一種の鬱だろう、そうした気持ちを乗り越えるには、家族が大切だ。Johnも、孫といる時間がとても貴重で、そうした鬱の気分から救ってくれると言っていた(彼は、大分前に、事故で孫娘を失い、その後再びお孫さんを得た経験を持つ)。「不安」とタイトルをつけた文章で、放射能汚染への恐怖を述べたが、それは、この時の、人生に終止符を打っても良いという思いと相容れないと思われるかもしれない。が、両方の思いがあることも事実なのだ。前者は、家族、特に子供達のことを念頭におくということがあるための思いなのかもしれない・・・。

あぁ、とりとめなく記してしまった。昨夜も無線に少し出たのだが、やはり長時間時間を費やそうという気持ちにはならない。被災地の惨状と、原発の不安定な状況のためだろう。無線をゆったり心置きなく楽しめる時はまたやってくるのだろうか・・・。

不安 

今日は、知人の手伝いで、近隣の救急診療所の手伝いにでかけた。細かい雨が降る中、同所に急いだ。ガソリンがまた車の量計で半分を切ろうとしている。小児と一部の大人の診療をした。高々30名かそこらだったが、気心も全く分からず、病歴も分からぬ患者さんを初診で診ることはかなりエネルギーを使う。でも、被災地では、不眠不休でこの仕事をなさっている医師や他の医療従事者がたくさんいらっしゃるのだろう。

予想したとおり、環境汚染が始まっている。半減期の短い放射性ヨードと、体内に取り込まれてもある期間で排出されるセシウムが主な汚染物質のようだが、長期間の内部被爆での影響が気になる。福島県、宮城県の状況はどうなのだろうか。野菜も、ほうれんそう等ごく一部の野菜だけが話題になっているが、他の野菜はどうなのだろうか。ストロンチウムやウラン、プルトニウムは本当に拡散していないのか。

原発への交流回線の配置は進んだようだが、冷却装置の部品に交換の必要なものがでたので、これからそれを取り寄せると報道されていた。海水につかれば、使用が不能になる電気部品は容易に想像できる。なぜ最初からそうした部品を準備しておかないのだろうか。大体において、海水に浸かったシステムを復旧できるのか。中央統御室のエアコンが使えるようになったと、一大事業であるかのように報道されていたが、余りに見通しが「甘い」のではないか。

現在、盛大に海水を用いて冷却をしているが、その海水は当然汚染される。汚染された海水が、地面に染み渡り、また海に帰ってゆく。土地と海の汚染が進む。

廃炉を前提とした、大胆な放射能拡散防止策はとれないものなのだろうか。

悲観的にならないようにしなくてはと思いつつ、官房長官の「直ちに健康被害を生じない・・・」という文言の「直ちに」とは何を意味するのかと尋ねたくなる。

まだ、生活基盤と生命とが、根源的に危機に陥っている不安感を拭えない。勿論、原発周辺に住む方々の不安はそれどころではないだろう。でも、こちら北関東も、汚染がしっかり進行しているのだ。

逃げるわけには行かない。原発で必死に働く現場の方々の努力を思い、日常生活を今まで通り続けることにしよう。

また再建しましょう 

この被災された方の言葉は、我々を勇気付ける。単純に力強く、未来が開けることを信じよう。




元原子力安全委員会委員長の見解 

ある方から、松浦祥次郎氏という方の、原発事故についての解説文が送られてきた。

かなり説得力のある文章で、我々に出口があることを指し示してくれているもののように思える。現在、1、2号炉に電源を外部から接続し、冷却水の循環を再開させる作業中と言われているが、私は、海水を一度被ったシステムが再稼動できるかどうか、疑っていた。でも、一旦、事故後そのシステムが稼動していた、電源のシャットダウンで稼動しなくなったとなれば、電源を再び与えられれば、システムが再稼動することになる。

政府は、もっと事実の詳細を公表すべきだ。当局が、事実を隠匿したり、楽観的な評価だけを公表したりすると、我々は疑心暗鬼になる。



以下、引用~~~


松浦 祥次郎  の解説

福島原発事故対応
Date: Thu, 17 Mar 2011 23:13:24 現在

皆様

ご心配ごもっともです。原子力を先頭だって進めて来た一人として、今回の事故を極めて遺憾に存じます。私なりに必死に事故態様を分析し、その最後の姿をイメージし、そこに至る段取りを考えました。昨夕、具体的手段にたどり着きましたので、今日はそれ を原子力安全委員会、原子力安全・保安院、政府防災対策本部に提案します。長い一日になると思います。OBの後期高齢者の言うことにその人たちが耳を傾けてくれることを祈ってください。 事故の極めて正確な経緯は未だに明 確でありません。しかし、およそは次の通りです。

① 地震が来た時、原子炉は緊急停止信号で、制御・安全棒がすべて炉心に挿入され核反応は停止された。

② 直後に大津波が来て、海岸の装置全てに大打撃を与え、それらを壊滅させた。この中には非常電源用ディーゼルの燃料タンクも含まれている。

③ 津波の水が、非常用電源ディーゼル室に浸入し、ディーゼル及びポンプを起動不能にした。(電源施設、燃料タンクがウォーター・プルーフになっていなかったのが根本原因)

④ 発電所へ外部から送電してくる送電ラインも、地震と津波で完全に破壊された。


⑤ しばらくは非常用バッテリーで原子炉の安定停止プロセスが進められたが、間もなく電池切れとなった。

⑥ 全電源喪失となりそれが続いた。

⑦ その後は、必死に予備の電源車を原子炉電源ラインに繋ぎ、冷却ポンプを動かす努力が続けられている。

⑧ しばらくは、原子炉内に蓄えられている冷却水で原子炉が冷やされたが、冷却が衰えるとともに、炉心の残留熱と、燃料中の放射性物質からの放射 線のエネルギーで冷却水は蒸発し、圧力容器内の圧力が上がり、基準を超えると安全弁が開きスチームを放出した。これで、原子炉システム系の水はどんどん減 少した。

⑨ 炉心は冷却水の減少と共に、部分的に空炊き状態となり、燃料被覆管温度が溶融温度(約1200℃)を超え、溶けた被覆管金属が炉心内の残留水中に落ちて行った。

⑪ 高温金属と水の反応で水分解が起こり、多量の水素が発生した。これが圧力容器、その外の格納容器をも抜け、原子炉建屋上部にたまり、やがて水素曝燃を生じた。

⑫ 燃料体も溶け始め、炉底にたまり始めている。

⑬ 一方、原子炉内の発熱量率(kW/h)は、放射性物質の時間減衰により、初めは急速に、やがてゆっくりと減少している。

⑭ 水素と共に漏れたガス元素の放射性物質(ヨウ素、クセノン)と、揮発性放射性物質(セシウム)の一部が炉室外にもれ、環境に放出され始めた。

⑮ 以上が、同様の状態におかれた原子炉で遅速があるものの、併行して順次継続している。

⑯ ひどい状態になったが、それなりに定常状態に達しており、冷却を継続すれば、これ以上悪くはならない。最も重要なのはどのような手段ででも冷却を続けること。


以上ですが、この事故の態様は、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故とは根本的に異なり、米国のTMI-2事故と類似のものです。従って、ガス状の放射性物質の放出は避けられませんが、その他の放射性物質の放出は限定的で、その拡散は広くありません。

このことを、サイト周辺の放射性物質サンプリングで早急に確認する必要があります。これが確認できれば、事故終了後、周辺は十分に安全になり、も との場所に安全に住む事が出来るようになります。地元の人々の気持ちも大いに楽になると思われます。まず、周辺の詳細な測定と分析です。そして、その結果 に基づいて今後の見通しを確かにすることです。見通しが得られれば、社会も安心と力を得るでしょう。


政府は、上記を確認し、社会に公表することです。国際社会も日本の対応に安心することでしょう。今日も頑張ってみます

*松浦 祥次郎 (昭和10年11月20日生).

昭和35年 京都大学大学院工学研究科修士課程修了。 平成10年 日本原子力研究所理事長. 平成12年 原子力安全委員会委員長。

From the land of the earth quake 

I know there are some friends abroad reading this blog.
Tonight, I got a phone call from Jim, N3JT, who kindly
asked me how we are doing. I thought I should let you
know how we are doing right now.

We are doing well now. We have resumed normal activities.
I have been working at own practice while so has my wife
been. We are not obliged to go to Tohoku area for help.
Just working for own patients is our responsibility.
I know a number of doctors are being sent or willing to
go to the suffered area. Most of them belong to universities
or major hospitals. I guess all what we could do is to
watch what's going on and to send items necessary for
them right now.

Our mother and brother/his wife are doing OK in a town
north of Sendai. As reported in CWops reflector, they have
been located inland away from the coast. That's why they
have spared the tsunami. The infrastructures have been
destroyed badly at his place as well, though. But they are
regaining them now. My brother told only the water supply
doesn't work at present. Of course, the transportation of
items are not enough at all. It takes them some time to get
foods etc at supermarkets. I have sent some medicine for my
mother since it is not available there. Anyway, the situation
is surely getting better. Of course, there are 3 hundreds
of thousands of refugees and almost 10 thousands of people
missing. The worst time is still going on for them. But I am
sure the hands of help is being now stretched to them, even
if it is slow.

The another anxiety is the consequence of the nuclear power
plant accident in Fukushima. Four reactors are in serious
troubles, as you might already know. I am afraid the power
company and the bureaucrats were trying to preserve and
recycle the plants after the accident in the beginning. They
should have given it up at the very beginning. One of the
vice presidents, as a news told, had declared it should be
ceased tonight. I don't know if it could be cooled down with
pouring water only. I hope they will completely isolate and
bury the reactors very soon. So far, the radioacitivity of
the atmosphere is not high or hazardous here. But I am afraid
the people around the reactors should give up living at their
homes for the coming years. I heard from Juergen, DJ3KR, that
the German government has decided to stop using, at least, 2
reactors there in the face of this serious accident. I believe
it is the right attitude toward nuclear plant even if the
power generation by nuclear plants apparently costs lower than
the other methods.

It is just the beginning of the long way of recovery ahead
from this devastating disaster. Please keep praying for those
sufferers. I just would do the same way. Please be relieved
for all of us are doing OK here. I always appreciate your
concern on us. My shack is still messed. The operation table
was badly broken by the quake. And the equipments slipped
down on the floor. I am not willing to arrange things again
there yet. It may take me some time to come back on the air.
But surely I will do, my friends. Take care. See you on the
air again soon.

Shin
JA1NUT

東電と保安院 備忘録 

忘れぬために記録しておく。

震災直後、原発に問題が生じたときに、東電と保安院は、原発を維持することを目論んだという情報がある。廃炉を前提とした積極的な対策を講じるべきだったのに、そうしなかった。廃炉を前提として、米軍が援助を申し入れたが、両者は、それを断ったという。

東電と保安院の責任は重たい。

Dave W0FBI のこと、その他 

寒い朝だ。仕事場に来る途中のガソリンスタンドには相変わらず、1,2kmの長さの車の行列が出来ている。まだ、ガソリンがこちらまであまりまわっていない様子。この寒さでは、東北地方被災地が思いやられる。

弟に電話、食料はまだ持つらしい。スーパーが時々売り出しをするので、並んで買っているようだ。母親は、地震の話を聞かされると、義妹は元気か、義妹には世話になったと、弟に話すようだ。アルツハイマーがここまで進んでいても、人格がこのように保たれていることに感動する。でも、2,3分後には、また記憶はなくなってゆく。

海外の友人達からまだ多くの見舞いのメールが来ている。Dave W0FBI は退役した軍医で、日本にも4年間仕事で滞在したことがある。QRPのため、短い交信を何度かしただけの仲だったが、同じ医師仲間ということで、頻繁に見舞いや、情報提供のメールを送ってくれている。最初は、何か必要なものがあれば、米軍にまだ知り合いがいるから、言って欲しい、とまで言ってくれた。当然、その必要はないと丁重にお断りした。だが、今日届いたメールには、日本に奥様共々戻り、何か手伝うことがあればやりたいと考えている、とあった。もう70歳前後でいらっしゃるし、それが実現するかどうかは分からない。実際のところ、被災地は、エネルギーと物資が枯渇しているというのが一番の問題で、自立できないボランティアでは足手まといになるだけのようなので、こちらにいらっしゃることは思いとどまった方が良いと返事する積りでいる。でも、放射能汚染が進む被災地に行こうと言って下さる、その勇気、愛情に、こころ打たれた。

私の仕事は、普段よりも少し忙しい程度。ガソリンが、いよいよ残り3割程度になった。仕事場のテレビ・ビデオが壊れてしまい、時々ネット経由でラジオやテレビを視聴している。マスメディアでは、定型的な見舞いの言葉が、(言い方が悪いが)氾濫している。被災地の方々に一番必要なのは、現時点の生活情報と、これからの具体的な見通しなのではないだろうか。ローカル放送では、そうした内容を報道しているのかもしれないが、放送内容に一工夫が必要な気がする。アマチュア無線も、短波帯で非常通信に準じた通信を行っているようで、いくばくかの寄与が出来ているとしたら嬉しいことだ。孤立した集落、高齢の方達に救援の手が差し伸べられることを切実に祈念したい。

「迫り来る大地震活動期は未曾有の国難である」 

2005年衆議院で、神戸大学石橋教授が、このような証言をした。浜岡原発に反対する方のサイトからの引用だが、今回の大震災、それに伴う原発事故が起きてみると、彼の言葉の真実性が読む者に迫ってくる。

福島原発がこれからどのような経過を取るか、まだ分からない。しかし、原発を率先して進めてきた政策は、大きく舵をとるべきだ。その際に行なうべきこと;

〇エネルギーを使い放題にしていた国民が、それを改めること。

〇原子力に置き換えられる発電技術を研究・実現すること。

〇原子炉建設を進める立場の原子力委員会と、それを抑える立場だった原子力安全委員会とが、いつの間にか「統合」されて、現在の原子力安全・保安院となった。そこに、原子力産業全般を統括する権力が与えられた。原子力によって利権を得る官僚と業界が、この組織を通して、無制限な原子炉建設を進めてきた。国民の安全を蔑ろにする、こうした官僚構造は改める必要がある。

折りしも、今日、福島原発で安全管理を監視する立場であった、原子力安全・保安院のスタッフは、原子炉近くから、遠く離れた福島市に退避した、と報道されていた。生命をかけて原発問題に対処すべきだとは言わないが、もう少し近く(例えば、退避限界である原子炉から30kmの地点)で、原発事故に対処すべきだったのではないか、と思った。危険から逃げるなとは言わないが、安全管理の責任を放棄することは許されない。福島市から福島原発事故の統御ができるのだろうか・・・。

ガソリンの節約を 

茨城県北部(日立市)の状況を、日立保健所長が茨城県医師会のMLで投稿していた。当該地域の状況は報道されていないが、やはり津波の被害を受けており、ガソリン不足も酷い状況のようだ。そうした状況下、福島から続々と患者さんがやってきて、対応に追われているらしい。

別な日立市内の民間病院では、ガソリン不足のために、スタッフの足が奪われているらしい。多くの車は、津波で被災し、走行不能になっている由。

被災地の状況は、マスコミ報道されているよりも悲惨なものらしい。この2、3日が、被災者が生き延びれるかどうかの瀬戸際のようだ。

ガソリン不足は、停電による精製能力の一時的なダウンかと思われたが、製油所の回復には少し時間がかかり、現在のところ、ピークの2/3程度の製油能力らしい。また、被災地へのガソリンの運搬も、太平洋岸の港が利用不能のところが多く、滞っている様子だ。我々にできる被災地への主要な支援は、ガソリン灯油を節約することだ。

特に、西日本の方にお願いしたい。

ガソリン・灯油をできるだけ節約しよう。

私もガソリンがなくなったら、仕事場に泊り込むか、一旦診療中止にせざるをえないかもしれない。

各地の放射能実測値 備忘録 

北関東はかなり高値(苦笑。慌てることはない値のようだが・・・。

こちら

5マイクロ・シーベルト(ほぼマイクロ・グレイと等価)が外部被爆のクリティカルポイントとのことだが、どれほどの時間連続して、この値を超えた場合に、「疎開」すべきなのだろうか?

政府・当局は、情報を出すべきだ。

現時点で、原発問題についての疑問 

原発の問題は、今度の災禍が収まってから、十分に議論されることだろう。

でも、現時点で、福島原発の建設の経緯について、さらに今回の大震災後の原発のトラブルについて素人なりに幾つも疑問がある。

〇大陸プレートの端のところ、地震と津波が起きることが当然予測されるところで、ほぼ海抜のない場所に、原発を何故建てたのか。今回の地震・津波が想定以上のものだったとしても、ほぼ海抜ゼロのところに建てるリスク管理の意識が全く理解できない。

〇建設後30、40年経つ古い原発を、何故、毒性の強いプルトニウムを用いるプルサーマル化したのか。リスクをきちんと評価していたのだろうか。

〇大震災後津波で障害を受けた原発を、当初、機能保持しようとしていなかったか。結果論になるが、対策が後手後手に回っている印象を拭えない。最初から、潰すことを前提に積極的な対策を打てなかったのか。

〇下記のブログでも論じられているが、「原子力安全・保安院」という組織が、恰も他人ごとのような報告をしていた。同院は、原子力行政では、権力を一身に集めた官僚組織だったらしい。このような組織に、原子力行政の「安全」を委ねていたとは・・・このような組織は、潰す必要がある。

〇放射性物質が拡散することがほぼ確実になった現在、政府・当局は、情報をしっかりリアルタイムに公表すべきである。

中京大学の武田教授のブログ、とても参考になる。

こちら

原発事故に対処するために働いておられる現場の方々には、改めてこころから感謝の意を表したい。

ガソリンの不要な使用・貯蔵は控えよう・・・反省をこめて 

今朝、幹線道路を走って仕事場にやってきた。ところどころのガソリンスタンドに向かって、長い車の列が出来ていた。車列は1キロは軽く超えているだろう。こちら北関東は、車がないと何もできない。買い物、仕事等々。実際、ガソリンが枯渇している方もいるだろうし、一応あるが買いだめしておきたいという方もいるのだろう。

でも、被災地では燃料が激しく不足している。医療機関や救援機関での燃料不足は、即、被災者の生命に関わる。こちらで不要なガソリンは使わない、購入しないことが、被災地への支援につながる。そうした気持ちで、ガソリンの使用と購入を控えたいものだと思った。実は、知り合いのガソリンスタンド経営者の方から、僅かな量を融通していただいたばかりだった。それは専ら仕事場への通勤に使用する積りだったのだが・・・。でも、私の車には後タンク半分程度のガソリンは入っていた。反省の気持ちで、あのガソリンを求める方々の車列を眺めていた。

停電でガソリンの精製・運搬が一次ストップしたための一時的な需給の逼迫だ。そう遠くない時期に、供給は回復する。パニックにならないことが大切だ。

茨城県南の総合病院で小児科部長をされている方が、小児科のメーリングリストに載せたメールから、一部引用する。こちらの医療機関の状況が分かる。


以下、引用~~~

茨城県は縦に長く、3.11に県北部で病院の損壊があり、そこの透析患者等を当院など県南の病院が受入れました。停電で在宅医療児が入院してきました。さらに、浄水場が故障して、水が不足しています。当院では一時期、血液検査や放射線検査がストップしました。交通・物流がストップしていて、薬や医療材料が不足し、ガソリンが不足しています。電話がかかりにくく、病院間の情報交換も不便です。今は、福島原発事故が加わっています。すなわちライフライン・物流のストップが大きな問題です。さらに、福島原発問題が加わりました。すなわち、今回の災害は、吉田先生がおっしゃる「周辺地区の病院の患者増」に加えて、「ライフライン・交通・物流のストップ」と「原発事故」の3点が重なっています。

そこで、私たちが今必要としてるのは、ライフライン・交通・物流の回復とともに、吉田先生たち震災の経験者のお話、震災時の小児医療の知識、そして原発事故時の小児医療の知識です。震災後、何が起こるのか、何に注意するのか、どんな病気に注意するのか、水・薬・医療材料が不足する時にどのように医療を行うか、原発事故に際して小児科医はどんな行動をすべきか、色々なことがわかりません。住民たちへ、正しい情報を伝えることも必要で、私たちが学ばねばなりません。皆様の知識、テキスト、文献、あるいは、お知り合いの方を教えてください。差し迫った問題です。よろしくお願いします。

以上茨城県の視点で書きましたが、岩手県・宮城県の津波被災地の人々をひとりでも多くの人々を救うために、今すぐに「必要な物資を十分に持って被災地に駆けつける」ことが、もっとも重要であることはわかります。

支持と連帯を 

今朝、仙台近郊に住む義妹としばらくぶりに電話が繋がり、話を聞いた。前のポストに記したこととほぼ同じ内容だったが、母のお世話になっていた介護施設では、窓が割れ、寒く、食料も十分でなかったので、自宅に引き取ったとのことだった。精神科医の弟は既に仕事に出かけている由。介護医療施設では、自らを犠牲にして、患者・収容者のために働いてくださっているスタッフがいるのだろう。福島原発の近くの双葉町だったか、被爆を続けながら、入院患者が搬送されるまで、患者を診ている病院スタッフがいるようだ。もう無事搬送されただろうか。

下記の報道は、全体を見た内容ではなさそうだが、「自己責任で食料を調達しろ」という担当者の言葉が本当だとすると、それは改めてもらいたいものだ。行政も被災していることは重々分かるが、医療介護の最前線で働いている人々へのバックアップも是非十分行ってもらいたい。

義妹は、持病があり、身体が万全ではないのだが、「大丈夫だから」と繰り返して彼女が語るのを聞くうちに、私は、なんとも声を出すことができなくなってしまった。

福島原発の状況も、どんどん悪い方向に向いている。

でも、希望は捨てないようにしよう。

被災地で必死の思いで頑張っている方々にこころからの支持と連帯の気持ちを表明したい。


以下、引用~~~

医師らに食事行き渡らず 救援活動に支障の恐れも

11/03/14
記事:共同通信社
提供:共同通信社

 東日本大震災で大きな被害を出した岩手県や、宮城県沿岸部の災害拠点病院で働く医師や看護師など病院職員用の食料が不足していることが14日、分かった。ようやくつながった病院から県の担当部局への電話で「被災者優先なのは百も承知だが、このままでは救援活動に支障が出る」との悲痛な声が相次いで伝えられたという。

 岩手県の県立病院で働く職員は計約4800人。震災を逃れた職員の多くが、勤務地で医療活動に当たっている。県の災害対策本部には「市町村役場には食料が届いているのに、われわれのところに回ってこない」といった声が寄せられた。

 同対策本部は「最も被害がひどい沿岸部の病院とは今もほとんど連絡が取れない。状況はより深刻なはずだ」として、こうした病院向けに救援物資の新たな輸送方法を検討中だ。同様の訴えは宮城県にも寄せられているという。

 原子力発電所を抱える福島県では、爆発事故で避難してくる被災者への対応で精いっぱいで、医療従事者の状況まで配慮できないという。担当者は「自己責任で調達してもらうようにしているが、要望があればできるだけ対応していきたい」と話した。

弟夫婦・母のこと、近隣の施設のこと 

今日、未明、弟が姉にメールを寄越した。弟夫婦、それに施設に預かって頂いている母は、怪我をすることもなく元気にしていること、電気も水道もないが、ストックしてあった食べ物で過ごしているらしい。母の面倒を見てくださっている介護施設の職員の方々のことを思い、目頭が熱くなった。彼らも、被災者に違いないからだ。

次々に明らかになる被災の状況、それに剣が峰を歩くかのような原発の状況にのみ目が行く。感情に揺さぶられていてはいけないと思いつつ、目の前に繰り広げられる現実に圧倒されてしまう。

こちらの中規模基幹病院の二つが、地震で被害を受け機能しなくなった由。同じく、近隣のある介護施設でも、建物にかなりの損傷を受け、一部使えなくなったと聞いた。


地震被災地に思いを寄せて 

地震時にものが飛び散って乱雑になった部屋を片付け、崩れた石造り門扉を脇に動かした。無線部屋にも足を踏み入れ、壊れた机を外に運び出し、無線機を床に乗せたラックに一応並べた。バイブロプレックスのフィンガーピースが破損していた。無線機の作動の可否はまだチェックせず。

あまり元気がでず、テレビで繰り返し流される、被災地の惨状にぼんやり目を向けていた。一つの町がすっぽり破壊しつくされている。テレビの画面では、2,3秒間さっと見るだけだが、そこで平穏な生活をしていた幾多の人々の生活と、生命そのものが、あっというまに奪われたのだ。

昨日夕方、福島から下の道を使って7時間かけて帰宅した次男が、よく動いてくれた。日中、町が提供してくれる飲み水を貰いに行ってくれ、その後片付けにも黙々と手伝ってくれた。娘も家内と一緒に片付け仕事をしてくれている。

メールボックスを開けると、わが国、世界各地の友人達から、見舞いのメールが沢山入っていた。外国の友人達の国籍、米国、英国、ブルガリア、オーストラリア、南アフリカ等々・・・。米国の友人の中には、何かできることはないか、何処に募金したらよいかと尋ねてくれる友人もいた。手短に一つ一つ返事をしているが、全部は書ききれない。彼らの暖かな思いに接して、思わずほろリとする。

福島原発の状態がとても心配だ。今日の午後には、枝野さんの発表は現状を率直に伝えようとしているようになってきたようだが、全体として、問題を小さくしようとする、情報操作の意図が見え隠れしていた。NHKの報道・解説員も、その意図を汲んで、現実を隠そうとしているように思えた。原子炉の怖いところは、冷却がうまくいかないと、原子炉の溶融が起き(実際に溶融の初期に至っている様子)、さらに再臨界に達することだ。そうするととめどないエネルギーと放射線を放出し続ける。昨日、USTREAMというサイトで、原発の元開発者が解説していた。現在の状況は、原子炉の設計の段階で想定した状況を超えているということだ。こうした地震による原子炉破壊の問題は、設計段階で想定はされているが、それを現実の原子炉建設に生かすかどうかは、電力会社任せらしい。原子炉を、地震の多いわが国に建設し続けるのかどうか、根本的な反省が求められている。我々も、電力を湯水のように使って原子力発電を当然のことと考えてきたことを反省しなければいけないのではないだろうか。

気になるのは、やはり弟夫婦と、老母のこと。仙台の北部で少し内陸なので、津波に襲われていることはないだろうとは思っているが、通信は途絶し、何も連絡がない。母が、寒い暗闇のなかで、苦しんでいることはないだろうか・・・。こちらに戻ることを想定し、準備しておくことしか今のところできない。

最後に、自らの生命を賭して、被災者の救出に当ってくださっている方々、それに福島原発の破局回避に動いてくださっている現場の方々に、最大の敬意と感謝の念を捧げたい。

ネットに復帰 

たった今、1日ぶりに電気が戻り、ネットに接続できるようになった。まだ、水は出ない。

こちらに住む家族等に怪我等はなし。部屋は滅茶苦茶になり、離れの瓦が落ち、門標の大谷石は落ちたが、大した問題ではない。仙台に住む弟夫婦・老母の状況不明。大いに心配している。

昨日も今日も、仕事を一応していた。でも、レセプトコンピューターは働かないし、院外薬局も滅茶苦茶になっているようなので、実質あまり仕事にならず。喘息の発作の児に点滴をすることができた位か。

東北、北関東等で被災された方々にこころからお見舞い申し上げたい。

この経験をどのように考えるべきなのだろうか。自分の生き方に反省を加えるべきことがらのように思える。

TPPへの懸念は当らないのか? 

TPPへの懸念は、正しくないと、政府が言っているようだ。

でも、TPPの交渉内容はまだ定まっていない。懸念が当らぬと断言することはできるのかどうか。

さらに、米国が、投資家が相手国政府を訴えられるという条項を盛り込むことを強力に主張している。ある国の政府が、環境・公共のメリットを優先させて、他国からの投資に損害を与えた場合に、当該投資家が、その国の政府を訴えられる、という条項だ。要するに、投資が、環境や公共の福祉に優先するというわけだ。これが実現すれば、混合診療の導入等容易なことではないか。


以下、引用~~~

TPPへの懸念当たらず 看護、医療などの自由化で 反対意見をけん制 政府の見解文書判明
2011年3月9日 提供:共同通信社


 環太平洋連携協定(TPP)に参加すると、看護、医療などの各分野で大幅な自由化を迫られるという「懸念は当たらない」などとする見解文書を、政府がまとめたことが8日、明らかになった。

 TPPでは農産物の関税撤廃への懸念に加え、最近は外国人の看護師などが大量に流入したり、医療自由化で国民皆保険が崩れるなど「国の形が(悪い方向に)変わる」という警戒感も高まっている。政府見解は反対意見をけん制し、冷静な議論を促す狙いがある。

 政府は「必ずしも正しい情報に基づかずに懸念を表明する声が広がっている」と強調。全国で開催中の「開国フォーラム」などで説明していくが、理解を得られるかどうかは不透明だ。

 菅直人首相は8日、TPPの交渉入り後でも、状況によっては参加を見送ることもあり得るとの考えを表明した。

 同文書は、単純労働者の受け入れは自由貿易協定(FTA)の対象とされず、TPPでも「議論されているという情報はない」と指摘。看護師、介護福祉士の候補者受け入れも「2国間交渉の結果によるもの」でTPPとは別問題とした。

 医療保険制度の見直しについては、TPP交渉の対象から除外されるとの見通しを明記。保険が効かない高額の自由診療と保険診療を組み合わせる「混合診療」が全面解禁されると、だれもが等しく高度な医療を受けることが困難になるとの見方があるが、「混合診療は専ら国内の問題として議論中」でTPPとは関係ないとした。

 米国から郵政民営化の見直しにストップをかけられるのでは、という指摘には「要請は事実」としながら、公平性に配慮して対応する従来の方針を繰り返した。

 地方自治体の公共工事入札に関しては「国と同程度、外国企業に開放することを要請する動きがある」と指摘。国際入札の対象基準を現行の23億円から引き下げるよう求められる可能性は否定せず、「交渉の中で議論がなされる」とした。

※環太平洋連携協定(TPP)交渉

 物品の関税の原則撤廃のほか、サービス、投資などの幅広い分野で自由化を目指す交渉。米国やオーストラリアなど9カ国が参加している。2月にチリで開かれた第5回交渉会合で関税分野の交渉が本格化。3月下旬にシンガポールで開かれる会合までに、各国はサービス、投資、政府調達の自由化案を提示する計画。日本は6月に交渉参加の是非を判断する。


看護師を目指す娘に 

昨日、娘の受けた大学の合格発表があった。合格していた。すでに他の私立大学からも合格の通知を頂いていたので、心理的には追い込まれてはいない様子だったが、それでも第一志望の大学に入れることは嬉しかったらしい。20歳代半ばを過ぎて、看護師の道を目指すことになる。

祖母、それに大伯母、伯母等々、看護師をしていた、またはしている親族が、沢山いる。そうしたエートスが、彼女を看護師への道に向かわせたのか、それとも自らの経験がそうさせたのか。法律の勉強では挫折を経験したが、きっとその経験が、今後の勉強に直接・間接に生きてくることだろう。

大伯母が、我々一族が医療に携わることになった先鞭をつけた。自らの療養経験と、キリスト教信仰によって、当時不治の病であった、結核患者を受け入れるサナトリウムを、片田舎に作ったことが淵源(というほど大げさなものではないが)だ。大伯母は、結婚をせずに、結核患者の療養を助け、多くの方の最後を看取ってきた。歴史には書き残されぬ事実だが、娘には、そのエートスを是非受け継いでもらいたいものだ。世の中の一時の栄誉や、財産を求めるのではなく、助けを求める人々のために働く一生をこれから送ってもらいたい。娘が、その人生を終えるときに、生きて良かったと思えることが一番だ。

現実の医療の現場が厳しいのは、娘もある程度は分かっていよう。さらに、看護職の世界に、どうも身分関係が厳しく、科学的な態度で看護医療を行おうとする態度が乏しいような気配があることをこれまで感じてきた。ナイチンゲールを挙げるまでもなく、看護職が、戦争と密接に関わってきたことが影響しているのかもしれない。身分関係が厳しいのは、命に直接関わる仕事を行ううえで必要な規律なのかもしれない。が、それを超えた言わば軍隊式の規律があるようにも思える。看護学という学問の科学としての未熟さと合わせて、娘が壁にぶつかるかもしれない。が、その壁を乗り越え、不要な壁であればそれを取り除き、新しい道を敷く作業をする位の積りで勉強をしていってもらいたいと思っている。

看護師は、医師以上に患者さんの傍にいて、力になってあげられる仕事だ。病気の方々は、痛み、悩みや苦しみに苛まれている。が、彼等は人生の本質的なところに立っているとも言える。学問としても看護を実践的に学び、そうした患者さんから多くのものを学ばせていただくことだ。Mitleidenすることを、看護師として中心にすえて、生きていってもらいたい。それによって、自分の人生自体が豊かになることだろう。

キーワードは、画一化、評価機構 

医学教育の現場も大変な状況のようだ。コアカリキュラム・OSCEといった名称は耳にしていたが、内実が、このMRICの記事に記されたものであるとは、つゆ知らなかった。

キーワードは、官僚による「画一化」・教育現場を非専門家に評価させる「共用試験機構」だ。専門性を否定し、または蔑ろにして、統一されたカリキュラムで縛る。さらに、教育現場の画一化の成果としての共用試験で、現場を「評価」する評価機構だ。この評価機構は、官僚の天下り先になっているに違いない。医学教育の破壊だ。そして、それを官僚の権益の源としている。

研修制度も、官僚が良いように破壊し、自らの権益の源としつつある。

医学部のスタッフとして苦労している友人が、「最近、ますます忙しくなりましてねぇ・・・」とぼやいていたのを思い起こす。医学部学生を2から5割も増やし、さらに教育カリキュラムの画一化で縛り上げる。現場は悲鳴を上げているに違いない。

こうした官僚による教育破壊を是正するのは、政治家にしかできない。が、政治家は、官僚に良いように操られている。


以下、引用~~~

医学教育の現場 横浜からのレポート1
医学教育制度について

横浜市立大学付属病院 神経内科教授
鈴木ゆめ
2011年3月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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 横浜市大医学部では2006年の法人化前後を契機として様々な変更を改革と称して行ってきました。折りもおり、医学教育改革の道を先達切って走ってきた横浜市立大学における状況を踏まえて、ご報告させていただきたいと思います。「折り」とはなにか、読み進まれればおわかりになっていきます。

1.コアカリキュラム

 横浜市立大学医学部では、コアカリキュラムに基づく医学教育改革を他施設に先行して行いました。医学教育学講座の指導のもと、全国に見本を示すという、いってみればtest tubeです。まず、2004年からコアカリキュラム、OSCEを導入しました。

 特にコアカリキュラムについては、循環器、神経が一年先行して実施することになりました。神経内科では歴史の風雪を耐えて存在する内科学、外科学、解剖学、生理学、病理学、薬理学といった学体系を、それが大きな矛盾を生じていないにも関わらず崩し、臓器別に再編成し、作り直されたカリキュラムを忠実に実行してきました。しかも、信じられないことに、最低限の達成ラインを作ってminimum requirementとし、それを超えることは医学生の「ゆとり」のためになされてはならないと制限されました。そして、従前から行われている、minimum requirementを超えている部分に関してはadvancedとしてわずかなコマの選択項目として残されました。
 
 あまりにも専門分化、高度化してしまった医療に対する反省は、総合内科という分野の発達を促しました。しかしながら、昔の教授はどんなに深い専門知識を持っていても、だからといって全身を診られないというようなことはありませんでした。先代の内科の教授方には人間は臓器の集合体ではないと教えられました。学生にとっては各大学というふるいにかけられて最終的に全身を捉えられるようになることがminimum requirementであるはずです。

 果たして、各大学や各医学科の歴史・特徴を一切無視する形で、画一的に教育が行われることにどれだけ利益があるのでしょうか。神経系の強い大学は自ずとminimum requirementも他の大学とは異なるはずで、それを特色と呼んでいます。どんなに優れたものであれ、ひとつのカリキュラムでこの歴史や特色をカバーできるとは到底思えません。受験生がその特色を目指してくることもあり、またそのような教育を行う大学での研修を希望する医師もいます。もちろん、最低限の医学教育はどの地に於いても行われるべきですが、何か問題があったのでしょうか。かつての医学教育や国家試験より明らかに平易なコアカリキュラムとそれに基づく共通試験で医師を粗造する予定なのでしょうか。

2.OSCE

 コアカリキュラムは、画一的に行うことが目的です。極論を言えば、どの大学医学部でも同じ教育を行い、だれでもが教えられる教育、いずれはさほどの臨床的専門性を持っていなくてもできる教育が行われるのだと思います。

 それはOSCEという実習試験に於いてもいえることで、流儀も何もなく、画一的な診察をすることを提唱しているようにしか受け取れません。これでは診察学に於いても進歩を望めません。

 OSCEも私たちは早々に取り組みましたが、その手技は足を組ませて膝蓋腱反射をとるなど、玄人は絶対にしないような手法も含まれています。

 また、外部評価者が必要とされているため、医学部の試験にかり出される偉い先生方は、はるばる遠方から来られます。この外部評価にはどういう意味があるのかを考えると、暗澹たる気持ちになります。外部評価者になるための講習を受ければその資格が得られるのでしょうが、私たちの大学では特に神経内科に通じているわけでもない他の科の医者がこの講習を受け、外部評価者になっております。講習さえ受ければ、専門性は問わないようでございます。

 以前参りました大学のOSCE外部評価報告書に、以下の文を加えて共用試験機構に送りました。
「医師も教師も聖職であって、見張られなくてもうそはつかない、ごまかさない、という職業だと思って頑張ってきました。外部評価を入れて、互いを見張り会わせるのは、どうも信用されていないようで残念な気持ちがしてなりません。だれが評価しても同じ結果になるような評価法を求めるというのも、いうなれば教員に対する画一的教育で、人間性を育成する教育を執り行う人を養成する方針とは一致しないように感じます。所見の取り方も流儀があります。これを否定するのではなく、より効率的に正確に所見が取れれば、巾があってもいいのではないのでしょうか。巾を認めるとなると、その科のより深い専門的知識が必要になり、どの科の先生でも評価できるというようなことにはなりません。評価する側は、その科目について深い見識を持っていることが、評価される側(学生)に対しての最低限の礼儀だと思います。間違っているでしょうか。」
 この意見に対してはお返事いただけておりません。

3.PBL

 コアカリキュラムE1ではPBLをチュートリアル方式で行うことになっています。問題解決型の少人数制教育方法で、教員対学生が1対7までとされ、この修正はありえないとされていました。他の教育法、たとえばベイラー医科大学で採用されているTeam Learning(TL)では、最大1対200までその効果を落とさずにPBLが行え、またその修正は各大学の事情により可能であるとしています。今はやりの熱血講義でも数百の学生を動かす教官がいるのですから、症例を通した症候学のような、実践と直結した講義こそ、熱血講義方式にあっているように思います。

 チュートリアル方式では5-6人のグループに一人の教官がついて、知識ではなく、勉強の仕方を教えるということですが、そもそも、わが医学部は60人という少人数でした。今でこそ90名に増員しましたが、チュートリアル導入時、100-120の医学生を抱える他大学とは教育環境が異なっていました。また、その指導体制については,もっと各科の指導グル-プの実情に任せてなければ現実的でもありませんでした。10グル-プのチュートリアル体制を実行するには,一度に10人の医師を動員しなければならず、同じ時間帯、一斉に診療中断を余儀なくされ、急患をいとわず受けていた私たちの大学病院では無理だったのです。自由度を大きくせずに突入したチュートリアルにより、現実味のない、名ばかりのPBLになりました。

 また、教官は専門知識を持たないものでよいということでしたが、これが教育本来の姿でしょうか.与えられた課題について、深い知識なくして、一体適切な学生指導ができるのか疑問でした。知識を教えるのではないとのことでしたが、教えるかどうか、誘導するかどうかは別として、その科の勉強の仕方や、困難な点、悩ましい点を知っていてこそ、学生指導に当たれるのではないのでしょうか。医学を学ぶものを教えるには医学教育学者ではなく、また、他の専門科の医師ではなく、その専門分野の豊富な経験と知識を持ったものがあたるのが至極当たり前に感じられます。学生、またその父兄、さらには将来医療を受けるであろう市民は一体どんな教育を望んでいるでしょうか。医学は生命を最大の対象としており、医学教育では、命をかけての仕事の重さを心に刻ませることが重要です。命の現場で人を育てるのが医学教育であり、教育はあくまでも,深い知識と広い経験を持った者がこれに当たるのがそれにふさわしいと考えます。

4.研修制度

 医学教育改革では、コアカリキュラムのもと、だれでもが最低限のことを教えられる平易な医学教育、これによる医学部のうちでも特に基礎系教員のリストラ、臨床系では専門性の無視といったことが押し進められてきました。「接遇」があまりにも重視され、「~の診察をしてもよいか患者様にうかがう」などという文言がまともに議論されていました。「患者様にうかがって断られたときの対処まで示さなければ、うかがう意味はないが、どうしたらよいか」と質問しましたが、共用試験機構からの返事はありませんでした。専門職としての医師に対する尊重といったごく当たり前にことすら、「悪」とされる教育です。大学の特色も無用ということです。

 研修制度改革では「マッチング」という、厚労省主導の大きな規制のある自由化がおこなわれ、初期研修医が都市に集中するというごく当たり前の結果が生じました。その上、現在の研修医教育における研修内容を忠実に守るなら実際には教育には不十分な病院の認定により、労基署までもの目をかいくぐったゆがんだ研修がなされるようになりました。研修医を実践に使い、労働力としてあてにする病院ということです。研修医にとっては早く一人前になるために、厚労省や労基署にがんじがらめにされているような大学病院よりも、市中病院の方がよいでしょう。しかし、それで何人の患者が犠牲になったか、誰か正直に調べてみるべきです。

 関連病院に医師を派遣することができなくなるよう、講座制、医局制を破壊して来た人々にとって、では何がその代わりを果たすのか、考えがあってのことなのか、あるいは単に講座制、医局制を壊して、大学医学部を否定したかっただけなのか、私のようなものにはわかりませんが、大きな力が動いている、空恐ろしささえ感じます。今生じた矛盾の責任をとる人はいるのでしょうか。まだまだ、破壊は続くのでしょう。医学教育の人、研修制度改革の人、そういった人たちは、私の頭の中では、深いところで「思想」によってつながっています。

ただ医師を増員する愚、それに乗る官僚達 

医師不足を解決するために、医師を増員するというのは、形だけの解決方法だ。官僚からヒアリングに呼ばれた、本田栗橋済世会病院副院長は、医師増員を唱え、増員すれば、米国のハーバードや、ジョンスホプキンス大学の病院のように多くの医師が活躍できるようになると訴えている。医療費増加の必要性を、かっては、彼も述べていたが、そのヒアリングの席では、ほとんど言及していない。

が、医療の現状を多少なりとも知る人間からすると、医療費をギリギリまで抑制しておいて、それが実現するとはとても思えない。日本の現状は、ファーストフードの食事代で、フランス料理のフルコースを出せと、医療機関に、行政・政治それに国民が迫っているようなものだ。

医師不足を否定し続けてきた厚生労働省は、医師を増員するという名目で、自らの権益を増大させようとさえしている。焼け太りと言わずして、何と言えようか。

大きな天下り先の一つ、日本医療機能評価機構が事業仕分けの対象になれば、民主党のしていることも多少評価できるかと思っていたが、そのような動きは全くなく、同機構は、産科補償制度で産科の窮状という火事場で泥棒まがいのことをしている。医師の人事権も掌握し、医師を思うがままに地方に配置し、その権限を自らのものとしようとしている。

何回となく同じことを言ってきた。

改善する方向には全く向かわない。むしろ、悪化している。

国民にとっても、医療従事者にとっても、悪い方向に向かっている。

失われて初めてその価値が理解できるものが、世の中にはたくさんあるが、医療はその最たるものだ。でも、失われた時点で、多くの患者が苦しむことになる。

村重直子女史の歯切れの良い医療行政・官僚批判の文章を、MRICから引用する。

以下、引用~~~

医師不足を加速化させているデタラメ政策
医師 村重直子
(日刊ゲンダイ2011年1月28日掲載「厚労省に国民の生命は預けられない(5)」を転載)
2011年3月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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ポスト、給料がない医者がゾロゾロ

 医師不足問題にとどめをさしているのは、厚労省が2004年に導入した臨床研修制度だ。官僚が医師「教育」に介入し、6年間の医学部時代に終わっているはずなのに、卒業後も2年間かけて内科や外科など多くの科で研修することを“全国一律”で課したのである。
 どんな組織でも新入社員を短期間で回されたら、困るだろう。彼らには仕事を任せられないからだ。つまり、この制度で医師の実質的労働力は2学年分、約1万5000人分が減ったも同然なのである。
 厚労省はこの制度で、平日は都市部の病院で働く医師が、医師不足地域で夜間、休日に働く慣習も“全国一律”に禁止した。これでは「医師不足」に拍車がかかるのは当然だ。

 1億2700万通りの国民のニーズに応えるには、現場に多様な専門家がいることが必要だ。しかし、厚労省の“全国一律方式”では、多様な国民のニーズには応えられない。一体誰のための臨床研修制度かと思うがこれで焼け太ったのは厚労省だ。
 本当に「教育」のためなら、卒業後ではなく医学部教育を充実させればよい。文科省ではなく厚労省の権限を拡大したかったから、卒業前ではなく卒業後の制度をつくったとしか思えない。
 官僚が教育費や医療費を抑制しておきながら、「教育」に介入するのは本末転倒だ。

 東大医学部の常勤教員数は235人だが、ハーバード大学医学校は8074人だ。医学生1人当たりの教員数は0.5人と11.1人になる。環境は雲泥の差だ。米国では4年で医師になれるが、日本は手薄な教育環境で8年かける。それを厚労省が強要している。もし本当に「教育」のためなら、いたずらに時間を長引かせるのではなく、財源を増やし、教員数を増やせばいい。「医師不足」なら、医師を早く送り出すのが国民のためである。
 大学病院を支える医師のうち、教官・教員といった正規ポストに就けない医師は25~29歳では93%、30~34歳では76%に上る。医系大学院生や研究生のうち、非常勤ポストさえなく無給で診療している医師は5744人。医療現場では常に、針刺し事故や感染症のリスクがあるのに、彼らは通常の社会保険や労災にも入れない。
 医療費抑制政策のせいで大学病院も診療報酬収入が減っている。大学への運営交付金も毎年1%程度削減されている。東大病院は2011年度から医師の正規雇用ポストを12人減らすという。「医師不足」も問題だが、必要な人件費を賄えないほどの「医療費不足」「教育費不足」はもっと深刻だ
 こうした問題に対処するには、厚労省が権限を手放して臨床研修制度を撤廃し、医療費・教育費を増やすべく、政策転換することだ。

 それなのに官僚は「医師の偏在」に論点をすり替え、地域枠、診療科枠など「医師の計画配置」という、次なる権限拡大を進めている。厚労省が「医師不足」をつくったのに、その張本人がさらなる過ちを犯し、「医師不足」を悪化させようとしているのである。
 診療科別人数といっても、どの診療がどの科に属するかを定義するのは不可能だ。未知の疾患が発生したときの混乱も予想される。学問の自由、職業選択の自由、居住・移転の自由なども制限する。旧厚生省は徴兵制のために生まれたような組織だが、そのDNAがいまだに根付いているようだ。こんな役所にあなたは自分や家族の命を預けられるだろうか。

▽むらしげ・なおこ 1998年東大医学部卒。ニューヨークのベス・イスラエル・メディカルセンター
、国立がんセンター中央病院などに勤務後、厚労省へ。2010年3月退官。現在、東京大学勤務。