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 2011年04月 

恣意的な「基準値」「対策」 

文科省は、福島県の小中学校等での屋外活動について、大気中放射能が3.8μSv/hr以上となったら、禁止する旨を通知したらしい。これは、年間被曝量が20mSv以下になるように考えてのことのようだ。

だが、これには大いに問題があるようだ。

年間被曝量が20mSv以下という基準は、ICRPが設定したものだが、対象・条件が、小児の学校生活での被曝を想定したものではない。ICRPの想定は、職業被曝であり、「放射線管理区域」外に退避でき、安全な環境で安全な大気・食料・水を摂取できるという前提のようだ。原発事故が収束せず現在進行中である福島県の状況では、安全地帯へ避難しない限り、大気・食物・飲料水から内部被曝を受け続ける。原発を容認するIAEAでさえ、外部被曝が年間10ミリシーベルトを超える「事故」周辺地域では、年総被曝量が100ミリシーベルトに抑えることが難しく、退避せよと 勧告している、とのこと。

また、発育の盛んな小児は、放射能の悪影響を受けやすい。具体的には、悪性腫瘍の発生が増える可能性が高いことが知られている。成人の放射線を扱う職業人のための基準を当てはめること自体に無理がある。

文科省の基準設定の前提は、屋外で8時間過ごし、それ以外の時間は、被曝の軽減するという屋内で生活をするということになっている様子だ。が、木造家屋では、数日で、被曝量が、屋外と変わりなくなるという報告もある。この点からも、被曝を過小評価している。

郡山市の学校では、グラウンドの表面の土を取り去り、セシウムを中心とした放射性物質の除染をすると、郡山市当局から公表された。が、文科大臣は、その必要はない、そうした作業をするべきではないと述べたらしい。これも、政府の「風評被害」対策なのだろうか。いい加減な基準を国民に押し付け、それをごり押しするのは、現時点を乗り切ればよい、後に現在の小児にどのような健康被害が生じていも良いという無責任な発想なのではないだろうか。

政府・行政は、このようにいい加減な対策は止め、小児の将来を見据えた真の対策を講じるべきではないだろうか。残念ながら、放射能汚染に関して政府・行政の公表することには、かなりバイアスがかかっていると最初から考えておいたほうが良い。彼ら自身が「風評被害」の源なのだ。

母逝去 

昨日午後、姉から電話があり、母が亡くなったことを知った。96歳だった。

2週間前に下血、内視鏡で胃の小湾に左右対称の大きな潰瘍が見つかった。CTで、脾臓に不整なローデンシティエリアがあり、両者を考え合わせると、腹腔動脈の梗塞ではないかとの主治医の話だった。最初、貧血はさほどではなかったが、著名な白血球増多があり、CRPも13と亢進していた。虚血で壊死に陥った組織に感染を生じたのかもしれないとのことだった。

でも、先週水曜日に見舞ったときには、以前にも記した通り、呼びかけると目を覚まし、にっこりと微笑む状態で、そのような深刻な状況とは思い難かった。手を握り、言葉を幾つか交わし、翌日仕事があったので、姉が母の枕元で賛美歌を歌うのを聞きながら、そっと病室を後にした。

その後、少し改善しつつあるようだとの弟からの報告だった。実際、今週始めに行った二度目の内視鏡では、潰瘍が縮小していたとのことだった。とても良くしてくださった、主治医の方も、この回復には驚いたと仰っていた。しかし、入院後PVCが時折見られていた。恐らく、不整脈によって、昨日急に亡くなったのだろう。

3年近く前に、在宅介護が難しくなり、こちらで施設にお願いしようとなったときに、母思いの弟が、引き取って介護をしたいと申し出た。4月上旬、恰も旅行にでかけるように、母は弟に連れられて、宮城に向かった。結局、あちらでも常時の在宅介護は難しく、ショートステイ等を利用しながらの介護になった様子だった。でも、弟と義妹は、精一杯の介護と世話をしてくれたと思う。

両親が、東京での生活を切り上げて、元来母の故郷である当地に戻ってきたのは、30年近く前になる。それ以来、両親は、私達と同じ敷地に住み、普段の生活や、子育てに力を貸してくれた。彼等がいる生活が、当然のことのように思っていたが、その尊い時間は、あっと言う間に過ぎ去った。両親も年老い、病を得、父は7年前に他界した。今、母を失い、彼等の生活していた離れの家が、本当に空虚になってしまったように思える。

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母は、こちらで生まれ、一時教育を受けるために上京したが、馴染めず学校を辞め、帰郷したと聞いている。その後、看護師の資格を取り、伯母の経営していた小さな結核のサナトリウムで仕事をしていた。そこで母は父と知り合い、結婚、共に働くようになった。そこで私も生まれたのだが、私の一番古い思い出が、風で清かに揺れる松林のさわさわという音と、それに重なるように聞こえてくる賛美歌の歌声だ。結核のサナトリウムの社会的な必要性がなくなった頃、両親は私達を連れて上京、都下の病院の多くある町で仕事を始めた。母は、看護師として救世軍の病院で働いた。「早出」で朝早くでかけ、私達が起きる頃、一度戻ってきて、私達の世話をしてくれた。

時々、母の仕事場に遊びに出かけたが、そこで快活に愉しそうに仕事をしている母の白衣姿が、眩しい光景として記憶に残っている。気の弱いところもあった母だが、義さを大切にする面も備えていた。悪いことをした時の母の怒りは凄かった。それほど頻繁ではなかったが・・・。でも、病人の方には本当に優しく接していたような気がする。私達子どもが病気になった時には、常日頃の厳しさはどこへやら、とても優しくしてくれた記憶がある。あの救世軍の病院で仕事をしていた頃が、母の人生で最も輝いていた時期だったのかもしれない。

母の人生は、キリスト教の信仰に支えられていたとはいえ、様々な悩みの多い人生でもあった。でも、もう悩むことはない。彼女の人生を記憶する人々も段々と少なくなってゆく。でも、家族のこころのなかには、母は生き続ける。晩年、アルツハイマーに冒されたが、人格と、昔の記憶はある程度保たれていた。あのような晩年も、恵まれていたというべきなのかもしれない。

明日、告別式が仙台で行われる。姉は、母のかっての希望通り、お棺に看護師のユニフォームを入れようと言っていた。

K2JVB/M再び 

昨日は、午後休診。お昼すぐには帰宅できず、数名の急患を一人で対応し、午後4時頃に帰宅。急いで、夕飯の支度。筍ごはん。夕日が傾く頃、7メガに出てみた。

この所、2,3日余り出ていなかったのだが、大気の不安定さのためか、ノイジーになってきている。私の何時も出るところ前後で、T31Aが北米を指定して、大きなパイルを受けていた。T31Aを呼ぶWが強力。少し下に移動して、CQを出してみた。

何人もの知り合い、初めてお目にかかる方から呼ばれた。Dave K2JVB/Mもその一人。数日前にも会ったのだが、そのときは、信号がかなり弱かった。昨夕は、CONDXが良好で、ピークでS7まで振っている。西海岸を旅行中かと思ったが、オクラホマで、ミズーリに向かっている由。今回の旅行も大旅行で、ニューヨークからフロリダ、さらにケンタッキーを経て、アリゾナ・カリフォルニアへ、カリフォルニアで息子さんを同乗させ、ニューヨークから飛んできた奥様と三人で一週間過ごした由。その後、カリフォルニアに息子さんを送り、現在帰宅の途に就いている。もう、71、72歳になっておられるはず。奥様は、まだ退職なさっていないのだろう。前回、彼を取り上げたポストは、こちら。ネットで彼のサイトを訪れ、旅行で撮った写真、車からの運用の様子を見たことを話した。昨日は、オハイオまで走り、今日にも帰宅される予定とか。

それにしても、100Wにせいぜい3mのホイップでよく飛んでくるものだ。東海岸のベアフットに、ワイアーアンテナ組の方とも交信した。CONDXが本当に良いのだろう。1960年代半ばも、このようなオープニングを自作の機械で経験したことを思い出した。あの当時も、太陽活動が活発だったのだろうか・・・。

Bob W7BVは、膝の人工関節置換手術を受けられ、現在リハ中の由。5週間でリハを終えるようだ。また元気になって、ヨーロッパそれに日本へも研究仲間を訪ねる旅に出かけていただきたいものだ。Bob W6CYXとは1088回目の交信。T31Aと全バンドで交信して楽しめたよ、とのこと。午後10時になって、彼と最初のCWTの交信をした。その後、数局、CWTの交信をしたが、あぁ、もうやってられんとスイッチを切った。CONTESTは、避けるに限る・・・。

相馬市震災孤児等支援金の呼びかけ A request for donation to the fund for the orphans from Souma city 

義援金を扱う「大きな組織」は、平等に分けようとするために小回りが利かない、という声を良く聞く。また、これも下種の勘ぐりかもしれないが、そうした大規模組織は、官僚の天下り先になっており、事務や人件費のコストに義援金がある程度回ってしまうのではないかとも考えてしまう。震災発生直後、米国東海岸の知り合いが、寄付を被災者のためにしたいが、何処にしたら良いか教えて欲しいと言ってきたことがあり、何でこのようなことを訊くのかと少し不思議に成ったが、上記のようなことを考えていたのかもしれない。

福島県浜通りにある、相馬市から、義援金の呼びかけだ。呼びかけ人は、同市市長。各地から送られてきた米と、梅干で立てこもると、以前表明された方だ。東電(必ず東電と付けよう)福島第一原発から45km北に位置する、のんびりした平和な田舎町(だった)。住民救助のために10名の消防士の方が殉職された由。その遺児他への奨学金・支援金の基金を設立するための義援金である。

こうした明確な意図、しっかりした組織の義援金の求めには、率先して応答したい。

Here is the request for donation to the fund for
the orphans in Souma city, 45 km north of the damaged
nuclear reactors as well as heavily damaged by the
earth quake and tsunami on Mar 11. 10% of the population
were lost by the disaster. Many survivors are still
struggling against the damages as well as the threat
from the nuclear contamination. The mayor says in this
request there were 10 fire dept officers victimized while
they were on duty to rescue the sufferers in the disaster.
They left 11 children who need financial support. They
have decided to establish this fund for them as well as
the other orphans. Here is the site you may get the
further info of this fund and donation.

http://www.city.soma.fukushima.jp/0311_jishin/gienkin/tunami_orphan_E.html

Your help would be highly appreciated.


以下、MRICより引用~~~

震災孤児等支援金支給条例

福島県相馬市長 立谷秀清

2011年4月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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被災から40日たって巨大津波の相馬市の被害の全容が明らかになってきた。
まず、床上浸水以上、つまり津波による流水の前に住人が生命の危機に曝された家屋が1512世帯、住民基本台帳での人口は、前回から修正して5249人だった。その中で、今日の段階で死者および行方不明者の合計は475人。津波襲来の時にこのうちの何人が被災地にいたのかは不明だが、現段階で死亡者の数が一割を切っていることには、驚きと感謝の気持ちを禁じえない。原型をとどめた家屋がほとんどない程の大津波から、9割の住民を避難させたのは地元の消防団員たちだった。しかし、その犠牲者数は前回のメルマガ時から3人増えて10人となった。

磯部地区の方々が集団で避難生活をしている「はまなす館」で、殉職された消防団員のお母上とお会いして首を垂れた。息子を亡くした心中を察するに、私は何と申し上げたら良いか?お詫びしたい自分の気持ちをどのようにお伝えすべきか?迷いながら視線を上げた私の前で、背筋を凛と伸ばした彼女は気丈だった。

「止めたのに、仕事だからと言って避難誘導に向かった。やさしくて良い息子だった。残した子どもたちのためにも私はしっかり生きなくてはならない」

殉職した消防団員10人の子供の数は11名、うち18歳未満は9名である。社会人として自立する前の子供たちを残して、死んでいった彼らの気持ちを思うと胸が苦しくなる。さぞや無念、心残りだったろう。多くの市民を助けた代償としても、余りにも重く、辛い。相馬市が続く限り、市民は彼らを忘れてはならない。

我われ残された者たちが、父親の無念の代わりを果たすことなど、とても出来ないことだが、万分の一でもの償いと思い、生活支援金条例を作ることとした。遺児たちが18歳になるまで月々3万円を支給するものである。全くの孤児となった、あるいは片親だけを合わせ、今回の災害で親を亡くした18歳未満孤児または遺児は、全部で44人にのぼる。この子らが成長するまでの経済的負担の一部を、市の責任で担っていくことを市民の総意で決めようと考えている。今月の臨時議会にかけ議決を得しだい支給することとしたい。

財源は、遺児たちのための義援金の基金口座を作ったので、出来れば世界中からの善意をいただきたいと思っているが、不足する場合は市の一般財源で対応する。総額は約2億円。もしも、義捐金がこれを突破することがあれば、次には大学進学のための奨学金などに充てていきたい。その際は条例を改正することになるが、もうひとつの条件は、孤児らに、将来強く生きていくための学力をつけさせることである。

相馬市の小・中学校は4月18日に遅れた新学期を迎えたが、心配したとおり被災地の子どもたちは、心の傷が学習の障害になっている。我われは、臨床心理士と保健師ら常勤6人体制による「相馬フォロアーチーム」を結成し、教育委員会の別働隊として被災児童生徒のサポート体制を敷いた。現段階で2年は継続することとしているが、仮に精神が安定した後もしばらくは、学力向上のためにきめ細かな指導を続けてもらいたいと思っている。

先日、私のメルマガを読んだというフィンランドと英国のテレビ局が取材に来たので、「貴国の友情をこの子らに!」と呼びかけた。ゆえに相馬市のホームページの義援金口座ワッペンは英語バージョンも用意した。
拙稿の読者諸兄にもご賛同いただけるよう、平身低頭。

※相馬市ホームページ
「震災孤児及び被災者就学資金義援金を受け付けています」
http://www.city.soma.fukushima.jp/0311_jishin/gienkin/tunami_orphan_J.html


出典:相馬市長立谷秀清メールマガジン
  (発行 福島県相馬市 企画政策部秘書課)

原子力村 

各電力会社の役員・管理職が、個人献金の形で、自民党に政治献金を続けていた。各役職ごとに献金額が一定しており、組織的な政治献金と看做される。2006年から2008年までの間に、2億2千万円超の献金額となる。

この問題をよくまとめられたサイトは、こちら

1974年以来、東電は、会社としての政治献金は取りやめていたらしいが、実態は上記の通り。

さらに、官僚の天下りを受け入れ、大学の研究者には研究資金を与えて、原子力を推進し、そこで利権を貪りあう「原子力村」を作り上げてきた。

それが、今回の原発事故の遠因になっている。

昨日の国会中継を聴いて 

昨日午後、所用があり、群馬県に出かけた。帰り道、参議院だったろうか、予算委員会の中継をラジオで聞きながら走ってきた。

新聞や、テレビニュースでダイジェストされ、都合の良いところだけ報道されるものと違い、中継を通して聞くと、各議員、それに答弁する政府閣僚の本音がある程度分かる。

自民党議員は、相変わらず、菅首相が、原発事故発生直後に、地震津波被災地および原発事故の現場に飛んだことによって、「初期対応が遅れた」、その責任はどうすると、首相に詰め寄っていた。もし、首相が、地震津波現場に行かず、原発を訪れることなく、ヴェントの状況等を確認しなかったとしたら、野党はどのように言うのだろうか。それはそれで、首相が現場を見ようとしなかったと攻撃するのではあるまいか。

原発事故は、INES分類上最悪の事故であり、国難であるだけでなく、世界に放射能の環境汚染をばら撒いている。その危機をただ政局がらみに利用しようとする野党には納得しかねる。さらに、中曽根内閣以来、積極的に原発を推進してきた、原発の安全を喧伝してきた一翼をになったのが、自民党ではなかったのか。東電から、多くの政治献金を受け入れてきたのも、自民党だ。

自民党の質問者が、東電の社長に改めて、ヴェントが遅れた(を遅らせた)理由を質した。清水社長の主張は

1)プラントの通常・非常電源が落ちたために、手動で行わねばならず、その作業に手間取った

2)プラント内部の放射線量が高く、作業は、交代で行わなければならなかった

というものだった。

1)については、ヴェントを行わなければならない状況では、当然予想される事態であり、リスク管理がおざなりだったことを意味している。

2)は「想定外」だったのかもしれないが、プラント内の配管が、地震・津波によって破壊されていたことを意味する。地震の水平方向の揺れは、最大550ガルで、想定された最大の揺れの20%程度を超えるものだったらしい。安全率を見込んで、この程度で配管が破壊されることが、安全上許されることなのか、是非専門家の意見を聞きたい。いずれにせよ、元来安全な原発ではなかったように思える。

政府・首相の主張は、原発の電源が落ちた早い段階で、「ヴェントを行うように」という指示を出し続けていたというものだ。震災後最初の首相の談話で、原発事故に時間を割いてコメントしていたことを考えると、これは事実のように思える。だからこそ、東電は、上記のように「遅れた」理由を述べているのだろう。

昨日、間接的にだが、東電で仕事をする方が、原発事故発生直後、東電の幹部が、「大丈夫大丈夫」と言って、ヴェントをすべきという現場の声に耳を傾けなかった、それで現在、東電の現場では大きな不満が渦巻いていると語ったと耳にした。こうしたことも、今後明らかになってくることだろう。

これは、菅首相が、現場に飛ぶヘリの中で、原子力安全委員長の斑目氏から、「原発が爆発することはけしてありませんから、大丈夫です」と聞かされたことと一致する。東電も、原子力安全委員会も、高を括っていたのではないか。また、東電にすると、ドル箱の原発を生き延びさせたいという思惑があって、徹底した対策を取ろうとしなかったのではないか。この点を、質問者は質すべきだったと思うが、東電には、上記の説明をさせただけで、何もさらに突っ込むことをしなかった。

自民党議員が、質問の最後に、IAEAの関係者である参考人への質問を通して、興味深いことを述べていた。

一つは、福島原発と同型の原子炉で、冷却系がダウンすると、2時間後には、核燃料の溶解メルトダウンが起きると想定されているらしい。以前に、わが国の行政も同様の予測をしていた。東電・行政の対応の遅さを考えると、この事実は重たい。

現在、原子炉内に水を流し込んで冷却する対策を取っている。これは、米国のBWR型炉のエマージェンシープロトコルに則って行われているのだが、同プロトコルでは、現在の福島原発の破損状況を前提としていない(これだけの破損があると、適用できない)。

現在の水を流し込む方法では、汚染水を増やし、環境汚染を拡大するだけだ。

というのだ。これ以外の方法をとるべきである、と。

これらに対する、政府関係者・東電の見解を聞きたかったが、質問者が言いっぱなしで終わってしまっていた。こうした論点こそ徹底して議論すべきだったろう。

過去を振り返るとしても、これからどうするかという視点で問題提起しないと、建設的な議論にならない。与党・野党の区別なく、この歴史に残る原発事故をどうやって終息させるのか、という議論を、国会で行ってもらいたい。

Ayako and Nathan expecting a baby soon! 

A few minutes ago, I finished a contact with Vic WA6MCL
on 40m. He was really loud tonight. I have enjoyed his
fluent fist.

He told me Ayako and Nathan KO6U were expecting a baby
very soon. Now I know how much they have yearned for a
baby. This news made me so happy. Nathan had his dipole
blown down in the end of last year, as Vic told. I know
why I have not heard Nathan for months. He must be busy
preparing for the baby right now. Ham radio will wait
for you, Nathan, no matter how long it is. I wish both
of them uneventful birth of the baby very soon.

Since Vic told me he had read my blog with the PC
translator, I tried to post this in English. I hope this
post could be in the right place in this blog. The
alignment of the lines is quite tricky. This blog
template may not be suitable for posting in foreign
languages.

Again, congratulation to you, Nathan and Ayako, if you are
reading this. Vic, thanks for the nice news.

Happy Easter to you all.

医療支援の報告二つ 

この大震災に際して、被災地に早期に入り、様々な医療活動をなさった方々がいる。彼らの報告をネットで読むことが出来る。経験したことをありのままに記した報告、客観的に医療情報としてまとめた報告、さまざまな報告がある。

DMATの一員として、東京から派遣され、医療活動をなさった看護師さんの記録。こちら。瑞々しい感性で、力むことなく、あるがまま、感じたままを報告されている。怒涛のようなコメントによって、この記録の筆致、内容が如何に人々の心を打つかが分かる。英訳を試みたものもあり、それもネットに挙げられている。後者をCWopsのMLで紹介した。

一方、大学の救急医が、同じように被災地に入って仕事をなさった経験の報告がMRICの記事になっている。報告者は、救急医学部門の教授のようだ。科学者として冷静な眼差しで医療支援活動を総括している。

被災地への支援活動は、むしろこれから長期に渡って必要となる。


以下、MRICより引用~~~

東日本大震災でのDMAT医療支援活動雑感

東京医科歯科大学大学院 救急災害医学分野
大友 康裕

2011年4月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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今般発生した東日本大震災に対して発災当日に出動し、被災地でDMATとして活動する機会を得た。今回の派遣経験を紹介するとともに、DMATの医療支援活動に関して総括し、現時点で筆者が感じている課題について、あくまでも個人の考えとして述べる。ただし、現在、DMAT活動の全体を整理する作業が、厚生労働省DMAT事務局で行われており、正確なデータは、その報告を待ちたい。

●派遣報告
東京医科歯科大学医学部附属病院は、医師4人、看護師1人、ロジ担当の事務官2人の計7人の医療チームをDMATとして派遣した。地震発生当日の3月11日午後7時半に大学を出発した。都内は大渋滞で、午後9時にようやく首都高速道路に乗ることができた。東北自動車道では、郡山あたりから、亀裂・段差の生じた、また積雪した路面を走破した。12日の4:00am (発災約12時間後)に宮城県仙台市に到着し、県の最大の災害拠点病院である国立病院機構仙台医療センターにて、病院支援を行った。病院は地震による建物被害は軽度であったが、仙台市内の広範な停電のため電気・水が使えず、集中治療室や一部の病棟がかろうじて自家発電で運営されていた。
 12日朝7:00の時点で、仙台医療センターに集合したDMATは25チーム、約130名であった。18チームが病院のERを6時間交代で支援し、5チームは沿岸部の津波被害地域の救出救助現場の指揮所に、2チームは自衛隊霞目基地に設置したStaging care unitで活動した。仙台医療センターに参集したDMATは、13日夜までにさらに52チーム(合計77チーム、約390名)に達した。
 病院機能としては、自家発電のみの電力供給のため、CTスキャンは使用出来ず、単純レントゲン写真と緊急血液検査など一部の医療機器のみの稼働であった。手術室は一部機能が残され、小手術のみ実施可能であった。病院のスタッフは大多数が参集しており、発災直後から不眠不休の勤務を実施していた。DMATのER支援チームはそれぞれ、病院入り口でのトリアージポスト、重症患者を治療する赤エリア、中等症患者を治療する黄色エリア、軽傷患者を治療する緑エリア、広域搬送患者をケアするチームに分かれて活動した。私達東京医科歯科大学のチームは、3月12日と13日にリーダーチームとして赤エリアを主体に活動した。
1日に100人弱の患者が救急車で運ばれてきたが、ほとんどは野外の寒い環境で長時間救出を待ったことによる低体温症だった。重症症例(いわゆる赤タッグ)は骨盤骨折、重症頭部外傷、頸椎損傷や、車中で眠ったことによる肺血栓塞栓症などで、11日および12日はともに13名であった。中等症を含めた入院を要する患者数は、1日30人から40人程度であった。全体としてみると、圧倒的に軽症患者が多かった。その後、患者数は一旦減少したが、仙台市から遠方の沿岸部で孤立していた地域からの搬送患者が14日15日に発生したため、2峰性の患者分布となった。まとめると、地震や津波の直接被害による患者は、発災から24時間以内の来院であり、しかもその大多数は救出までに野外で過ごした低体温症であった。24時間以降は避難後に生じた傷病が大部分であった。
4月10日時点での警察庁の発表では、この地震による日本全国の死者は12,431人、行方不明者は15,153人、負傷者は2,869人である。特に宮城県では被害が最も多く、死者は7,571人、行方不明者は6,312人、負傷者は1,122人であった。一方、1995年の阪神淡路大震災では、死者:6,434名 行方不明者:3名 負傷者:43,792名であり、傷病者/死亡者比は、それぞれ東日本大震災 0.10、阪神大震災6.80となる。死者(行方不明者)の数に比べ、負傷者の数が極端に少ないのが津波災害の特徴といえる。

●DMAT活動総括
 阪神淡路大震災後に体制が整備されたDMATは、震災後に多発するクラッシュ症候群や重症外傷への救命治療(被災地内での安定化治療と被災地外への後方搬送等)に従事することを想定していた。今回の津波災害では、多数のDMATが超急性期の被災地に、迅速に参集して活動することができた。しかし津波災害では、想定していた救命治療を要する重症患者の発生は多くなく、DMATの活躍は限定的となった。
以下、論点を整理して述べてみたい。

1. 超急性期医療を担うDMATのシステムは、上手く機能した
 これまでDMAT活動要領の策定・改定および中越沖地震・宮城岩手内陸地震等々の実災害でのDMAT派遣経験の積み重ねによって、今回の災害においてもDMATの活動は迅速かつ大規模かつ有機的に展開可能であることが実証された。ポイントは、
1) 参集拠点を明確に設定した
2) 意思決定機関である被災県の県庁にDMAT統括者を入れた
3) 広域災害救急医療情報システム(EMIS)をフルに活用した
4) 各活動拠点に統括DMATをおいた
という事である。結果、300を超えるDMATが、24時間以内に被災地(茨城県、福島県、宮城県、岩手県)に入り、活動を開始し、超急性期の医療ニーズを情報共有しつつ、ほぼ適確に展開・実施することができた。

2. 超急性期医療のニーズは大きくなかった(津波災害の特徴)
1.で述べたごとく、迅速かつ大規模にDMATの医療資源を被災地に投入し、かつ組織的に活動できる体制を確立することに成功した。しかし今回の津波という災害の特徴によって、実際の超急性期救命医療のニーズは、それほど大きくならなかった。
 一方、被害が甚大かつ広域であり、孤立した地域の多発や燃料不足などの要因が重なり、救出救助の時期が長引いた。その結果、急性期の災害医療も長引き、DMATの活動も当初想定していた発災後72時間程度という活動期間を大幅に伸ばす必要が生じた。宮城県でのDMAT活動は3月15日まで、岩手県でのDMAT活動は3月20日まで、福島県でのDMAT活動は、原子力発電所事故による避難地域内医療施設からの患者搬出などの追加の任務が発生し、3月22日までであり、都合11日間の活動となった。

3.広域医療搬送が空振りに終わった
 発災後、早い段階から、甚大な被害が見込まれたことから、広域医療搬送の体制を早期に確立した。具体的には、被災地の陸上自衛隊霞目駐屯地(宮城県)、福島空港および花巻空港(岩手県)から羽田空港へ、自衛隊の航空機によって患者を搬送することを想定し、羽田空港では100名程度の患者受入を行う体制整備を3月12日午前中に開始した。さらに隊霞目駐屯地には、九州からDMAT 24チーム(119名)が参集し、広域医療搬送拠点(Staging Care Unit; SCU)を設置した。しかしながら、前述のごとく津波災害の特徴で、治療対象となる重症患者の発生数が多くなく、霞目駐屯地から羽田空港へ搬送した症例はなく、かろうじて福島空港から3例、花巻空港から6例が羽田空港へ航空搬送されるにとどまった。花巻空港からは、新千歳空港へ4例、秋田空港へ6例の搬送があり、自衛隊固定翼機を使用した広域医療搬送は、合計19例という結果であった。
 他方、当初広域医療搬送に従事することが期待され、航空機で被災地(霞目駐屯地)に入ったDMATは、自前で移動手段を持たず、持参した装備も限られていたことから、広域搬送以外の被災地内での医療支援活動を実施することが困難であり、十分な活動を実施することなく、九州へ戻ることを余儀なくされた。このことは、従来から予想されていたことであるが、実災害で現実に起こってしまったと言える。しかし、緊急対応が求められ、かつ不十分な情報に基づき判断しなければならない状況では、こういった、いわゆる「空振り派遣」は許容されるべきである。

終わりに
 阪神淡路大震災の頃は、医療支援チームが被災地に入って「どこで、どのような医療を実施するのか」整理されていなかった。「DMATは超急性期の救命医療を実施する」と整理したことによって、その後の「急性期医療:被災地内病院での入院治療」「亜急性期医療:避難所生活者への巡回診療、保健医療」と、他の災害時に求められる医療ニーズを明確化することができたといえる。現状は、過酷な避難所生活を余儀なくされている被災者への医療の継続的提供と感染症対策や心のケアなど、まさに亜急性期医療が実施されている。引き続き医療支援を続けていくとともに、被災地内での医療体制の復旧にも目を向けていかなければならない。

DK2SC Hartmut その2 

昨日は、往復600kmのドライブを終えて、自宅に戻ると午後10時近く、テレビの前で転寝をしてしまった。今夜はゆっくり出来るかと思いきや、嘔吐の患児の親から二度ほど電話があり、致し方なく仕事場に出てきた。現在、点滴中。仙台の病院に入院中の母親は、かなり危ないと言われたが、少し持ち直して、医師が聴診を終えると、栃木訛りで「按配はいいんかい?」と尋ねていると、付き添っている姉が知らせてきた。でも、いつ急変があってもおかしくない。

さて、患児の点滴が終わらぬうちに、昨日の続きを・・・

Hartmutが、ヨットに乗り、世界旅行をする希望を持っていることは、彼がルワンダからドイツに戻って下さった手紙で知っていた。それは1990年代初めのことだったろうか。その後、無線でも、手紙でも音信普通になってしまっていた。

彼は、確かに、2001年にドイツを出港し、世界一周の船旅に就いたのだった。ところが、ギリシャに寄港していたときに、脳出血を患ってしまったのだ。ドイツに空路戻り、治療を受け、その後リハをする日々を過ごされたらしい。彼は左利きで、右半身の麻痺だったようなので、言語障害は免れたのだろう。リハのおかげで、多少は歩くこともできるようになったらしい。パドルは、左手なので自由に使えるようだ。その後、無線にもカムバックしたのだが、つい数日前まで3.5メガばかりに出ていた、14メガのダイポールを上げて、早々に私の信号を見つけたと嬉しそうに語ってくれた。

彼の愛娘も、二児の母親になり、ハンブルグで生活をしているとのこと。残念ながら無線は止めてしまった様子。息子さんにも、孫娘が生まれたばかり。67歳のお爺さんになってしまったと言って笑っていた。暖かくなったら、自宅にタワーをあげて、ビームを載せる積りだと仰っていた。

時々キーイングでつっかえると、彼は恐縮されるのだが、昔の悠揚相迫らざるキーイングは、そのままであった。英語の表現にも詰まることがあって、それも大分気にされていたようだった。きっと脳卒中を患ったことで、神経質になっておられるのかもしれない。

というわけで、20年ぶりの再会をまた経験することが出来た。一度は、自分のコールを9X5HGと打って、おどけて見せてくれたが、DK2SCというコールも記憶のなかに強烈に刻み付けられたコールだった。これで、しばしば彼とも会うことができるようになることだろう。

というところで、点滴は終わり。地震も一つやってきた。そろそろ帰ることにしよう・・・。

Hartmut DK2SC 

このところ、太陽活動が活発になって、ハイバンドのCONDXがかなり良くなっている。朝、仕事にでかけるまでのしばらくの時間、14メガでヨーロッパ、21メガで北米と交信している。懐かしいコールの方々から呼ばれて、しばし時の経つのも忘れる。

今朝、SM3EVRやSP2DXという旧知の方々から14メガで呼ばれた。Tord SM3EVRは、旧友JE1JKL中村氏が、地震の被害に遭ったのではないかと気にしていた。彼が中村氏と最初に交信したのは、1977年、その後何度か会い、1988年には中村氏が、彼の自宅を訪れたとのことだった。中村氏も忙しくなさっているのだろう。FOCからも最近脱退された。でも、きっとあと数年したら、社会的にも責任を負うことが少なくなり、また空に出てこられるのではないだろうかと話した。南関東では、地震・津波の被害はあまり出ていないと言うと、Tordは安心した様子だった。

そろそろ、切り上げようかと思っていたら、DK2SCからコールされた。一瞬、耳を疑った。元9X5HG Hartmutではないか。Hartmutかと尋ねると、その通りだとのこと。思わず「おぉ」と声を上げてしまった。彼も、興奮している様子だ。少し混信があるというので、リグをQSKにして話しを進めた。

彼との付き合いは、1990年前後に彼がルワンダに在住だった頃から数年間のことだった。彼のことは、以前のポストでも触れた。ここ。彼との付き合いの経緯は、以前にも紹介したA1Cのサイトに納められている下記の拙文の通りだ・・・


以下、引用~~~

前回のサンスポットサイクル最盛期の頃、9X5HG,Hartmut、がルワンダからactiveであった。彼は当初DK2SC/9Xとして空に出ていた。このコールを朝早く7メガで聞いた時には、感動したものだった。当時国連絡みの9Xの運用はまだなく、9Xは珍しいカントリーであった。また、決して早くはないが確実で重めのウエイトのCWで母国の局とドイツ語でラグチューしていた。

その後、9X5HGという自分のイニシアルをサフィックスにしたコールを手に入れたようで、14,21のロングパスを中心に良く聞かれるようになった。Hartmutの運用は所謂DXのばりばり捌く運用ではなく、一局一局に名前とQTHを送り、その他の話題を丁寧に続ける形式であった。殆ど唯一の9Xの局であったので、束になって必死に彼を呼びにまわった局は、やきもきさせられたことだろう。21はCONDXが良いと、アフリカの南西部に対して午前10、11時頃からロングパスで開けて来る。丘の上にビームを上げ、リニアーを用いていた彼の信号は、ビーコンのように入感するのが常であった。パイルを一向に捌こうとしない彼に業を煮やしたヨーロッパの口の悪い連中から、この人種差別主義者!!等と揶揄されても、それに動ずることなく、「諸君は、少しは躾を受けた方が良いだろう」とやり返していた。

私が彼としばしば交信するようになった経緯は、よく覚えていないが、互いにラグチュー好きという点で、共鳴しあうものがあったのだと思う。彼は、ルワンダで放送中継所のメインテナンスを担当する技術者で、首都Kigali近郊で奥様と暮らしていた。日本の文化にも興味を持っていたようで、よくいろいろなことを質問された。私が医師であることを知ると集めて研究?しているというマラリア感染者の血液標本の事について言及したりもした。また、当時VEで生活していた美しい愛娘Gisaのことも良く報告してくれた。
GisaはDL6***というコールを持つハムで、現在Z2から運用している。
彼がたまたまDLに休暇で戻っている時に、例のルワンダのツチ族対フツ族の内乱が勃発、一段落してから自宅に戻ってみると跡形も無く荒らされていたとのことであった。その後まもなく、仕事・無線ともにQRTし、母国に戻った。

数ヶ月前彼から届いた手紙によると、現在は所謂アパマンハムの状態で無線はバーチカル1本で細々出ているだけとのことだ。年来の夢であった、ヨットでの世界一周を実現すべく、ヨットを入手したとのことであった。(この「夢」も9X時代に彼が良く語っていたものであったが、まさか実現するようになると思っていなかった。彼の実行力に脱帽・・・)近い将来、DK2SC/MMのコールが流れるようなCWで入感するようになることだろう。

引用終り~~~


Hartmutは、その世界一周の航海に2001年に出かけたのだった、・・・

今日はこれから仙台市の病院に入院中の母を見舞いに、姉と車ででかける。続きは、また夜にでも・・・。

福島の苦難 

福島第二原発で健康管理の仕事に従事されている医師の報告。現地で原子炉を最悪の状況にならぬように仕事をなさっている方々、またその現地スタッフのために仕事をされている医師のことを知ると、胸が熱くなる。下記MRICの記事は、淡々とした報告だが、現地の過酷な状況を伝えてくれる。

東電の上層部には、今回の問題について大きな責任があるが、現地の東電・関連会社の方々は全く別だ。現地スタッフの仕事がなければ、大きなカタストロフに陥る、今もそうした状況になる可能性は大きい

一方、福島県人に対する偏見も、時々見聞きする。ある方のブログで、福島県民は、原発のために巨額の金を手に入れていたのだから、福島に住めなくなっても同情はしない、という書き込みがあった。原発誘致のために、関連する市町村に巨額の交付金が与えられてきたことは事実だろう。原発が誘致されると、その地域に他の企業が来たがらず、現地の方々の就業の機会を奪われるから、その交付金はそれを補償するためだったと聞く。さらに、誘致前後には年間100億円超の交付金が与えられるが、誘致後年数が経つと漸減されていく。実質は、地方自治体に交付され、主に箱物を作るために使われた、原発誘致のための掴み金だったのだろう。青森県六ヶ所村のように、他の自治体に比べて、住民の所得が高いという例もあるようだが、福島県では原発の有無で各地域を比較しても、住民の所得に明らかな差はない。

その金は、住民に直接配られたわけではない。就業の機会が補償されるとしても、大多数が原発関連の事業の仕事だ。今も、現地スタッフとして仕事をされている方々の多くは、地元出身の方々ではないのか。彼等は自ら率先して原発での仕事を志望し、仕事が死に至る可能性のあるものになっても仕事をし続けることを、当初から予測していたのだろうか。

とてもそうは思えない。が、これまでの経緯、そして、自分の町を守るためにと、彼等は危険な現場で踏みとどまってくれているのではないだろうか。大体において、これまで多少経済的な利益を得ていたからといって、故郷と生活基盤を奪われることが正当化される理屈にはならない。

福島原発で発電される電力は、福島県に供給されるものではなく、東京電力管内だけに供給されたことも忘れてはなるまい。

福島県民の大多数は、福島原発から直接の利益を得たりはしていなかったのではないか。あの狭い避難地域外にも、多大な損害を受け、生活基盤を破壊されている地域がある。そうした地域で生活している方々にも、福島県民だから、福島原発の被害を蒙っても同情の余地なしという言葉を投げかけるのか。

福島県民は、第一の被害者であり、我々が本来受けるべき苦難に代って立ち向かっている方々であることを忘れるべきでない。彼等と共同し、彼等の苦難にこころを何時も向けるようにしたいものだ。


以下、引用~~~

福島原発からの報告

愛媛大学大学院医学系研究科公衆衛生・健康医学分野
谷川 武

2011年4月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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4月16日午後から19日午前の予定で非常勤産業医として福島第二原子力発電所(以下F2)に寝泊まりして健康管理を支援しています。これまでの状況を要約します。

福島第一原子力発電所(以下F1)のみならず、F2ももう少しでF1と同様の事態になるところでした。F2も震災当初から不眠不休で皆がんばっています。確かに東京電力は今回の原発事故の当事者であり、広範囲の放射能汚染の加害者ですが、F1,F2で働く所員の多くも自宅、家族を失ったり、自宅が避難指示区域にあったりする被災者です10日以上、震災から一度も戻れず、家族の安否も電話がつながらずに確認できないまま、電気が供給されない原発で命を張って事態収拾に努めた方々です。その中には九死に一生を得た方々もいます。しかし、避難所では露骨な批判を浴び、風呂も入れない状態で通常勤務以上のストレスの高い激務をこなしています。これまでは、急性期でしたがこれからは慢性のストレス状態が続きます。

17日に長期ビジョンが東電本社から示されましたが、フェーズが変わったことから震災当初から激務をこなした所員に長期休暇をとらすことや、復旧を進めるF1の所長以外に長期ビジョン担当の所長(前所長が適任か)を現地に常駐させることが適切と思います。

また、F2の状況も次もし津波が襲えばF1と同様の状態になることは避けられず、所員が一丸となって対策を進めています。そのため、F2からF1に応援を出す余裕はありません。F1はすでにレベル7です。一企業が事態収拾する事態ではありません。東電本店をはじめ、ALL JAPANでF1を応援することが求められます

産業保健に関してもこの一ヶ月の対応は現場では必死でやっていますが、これからは計画的な健康管理体制が求められます。現地の医療スタッフは産業医科大学から2人の医師の常駐を希望しています。本日産業医科大学の森学長補佐に連絡したところ、東電本社の要請があれば検討すると回答を得ましたのでF2増田所長から本店に現地からの声を届けてもらうことを依頼しました。今後、従来からの東電の産業保健体制ではなく外部からきちんとF1,F2の所員の健康管理(通常の労働安全衛生法に基づくもの以外にストレス対策、放射線被曝対策も含めたもの)を実施することが求められます。これは、原発周辺地域住民も含めた国の枠組みが必要です。

谷口プロジェクト(原発作業員の自己末梢血幹細胞採取)について両所長とも感謝しており、本日午後F2の副所長が担当として詳細な説明を求めて来室します。虎の門病院谷口医師の現地での説明も実施する予定です。

F2の体育館がF1所員の宿泊所になっています。夜間巡視すると重症の睡眠時無呼吸症候群(SAS)患者による強烈ないびきにより、睡眠を妨げられている状況でした。昨日、フィリップス社に支援を要請し、CPAPの提供を受け、これまでCPAPを使用していた2名に装着し、さらにSASが強く疑われる大きないびきを発している方々に置き手紙を置きました。今晩からそれらの方にCPAPを装着する予定です。


福島原発事故の政治的責任の大半は自民党にある 

今日の午後、仕事の合間に、テレビで、参院予算委員会の実況を見た。私は、現政権を強く支持するものではないが、自民党議員の態度に違和感を覚えた。

自民党議員は、昨年行なわれた原発での非常事態への訓練の内容を覚えているかと菅首相に質問していた。菅首相には事前に質問事項の通告がなかったようだ。菅首相が総論的なことを述べると、内容を覚えていない、またその結果から改善すべきことをまとめていないと、かの自民党議員は、首相を非難した。揚げ足取り、重箱の隅を突く質問以外の何者でもない。

原発事業を開始したのは、自民党政権だったではないか。さらに、野党議員がかって福島原発の危険性を指摘したのに対して、冷却機能がすべて機能しなくならないようにしているから、原発の大規模な事故が起きることはないと繰り返し答弁してきたのは自民党政権だったのではないだろうか。東京電力から多額の政治献金を受け取り、原発を推進してきたのも、自民党だった。かって長期政権を担ってきたときに自らが推し進めた政策の一つの結果が、福島原発事故であることを自民党は真摯に反省すべきだ。

私が、参院予算委員会の実況中継を見た範囲で、参考人として出席していた東電社長に、責任を追及する質問を、自民党議員は行なわなかった。東電社長は、一応謝罪をするが、直接の責任を認める答弁をしていない、のにだ。自民党は、過去に膨大な政治献金を受けた企業に遠慮しているのではないか。自民党は、この福島原発事故をも、政局材料としてのみ利用しようとしている。

菅首相にも、原発事故への対応で間違いはあったかもしれない。でも、過去に例のない深刻な事故だ。揚げ足を取ったりせずに、どうしたら、この難局を乗り切れるか、国民を放射能被害から救えるのかを党派を超えてて議論し、将来のエネルギー政策のあるべき姿を提示してもらいたいものだ。

先程、NHKのニュースで、民主党が支持率を落とす一方、自民党が支持率を伸ばしていると報道されていた。自民党に回帰しても、昔の「安定」はもう戻らない。国民はこの国難に対処するのに、過去の安定していた時期の記憶・・・砂上の楼閣のような記憶に頼っているように思える。


今日の参院予算委員会を報じるニュースを引用~~~

原発増設の凍結示唆=避難住民の帰宅へ努力―菅首相
時事通信 4月18日(月)16時55分配信

 菅直人首相は18日午後、東日本大震災に関する参院予算委員会の集中審議で、今後の原子力政策について「(東京電力福島第1原発)事故を踏まえて白紙から検証し、再検討する必要がある」と強調した。その上で「安全性を確認することを抜きにして、これまでの計画をそのまま進めていくことにはならない」と述べ、原発増設計画の凍結を示唆した。
 国内には福島第1原発を含め54基の商業原発があり、政府は2030年までに14基以上を新増設することを計画している。首相は3月に共産党の志位和夫委員長と会談した際にも「白紙を含め検討する」と述べていたが、国会でも事故の検証を踏まえて再検討する方針を示した。
 また、首相は福島第1以外の国内の原発について「これまでの(安全)基準でいいか再チェックする必要がある」と述べた。
 首相は原発事故で避難している住民への対応について「(東電が事故収束への工程表の第2段階とした)6~9カ月たった時点で、できる限り多くの方が戻っていけるように努力するのが政府の役割だ」と述べ、帰宅実現へ最大限努力する考えを強調した。
 一方、民主党マニフェスト(政権公約)の重点政策に関しては、「最優先されるべきは震災の復旧・復興だ。その優先度の中で判断していく」と、復興財源確保のため柔軟に見直す姿勢を示した。公明党の加藤修一、みんなの党の小野次郎、社民党の福島瑞穂各氏に対する答弁。 

晩年のフォーレ 

フォーレ晩年の作品には、若い時期の「甘美さ」が影を潜め、晦渋さ、怒りの感情を聴くことができる。そうした晩年の作品群の典型としては、チェロソナタの1、2番、さらにピアノトリオの3楽章等が挙げられる。

最近、ピアノトリオの2楽章の中間部にもそうした晦渋さが隠れていることに気付いた。バイオリンとチェロがユニゾンで息の長い旋律を弾くところがある。少しメランコリックだが、憧憬を表すかのように、徐々に上り詰めてゆく旋律だ。その旋律の背後で、ピアノが諧謔さを通り越して調性の崩壊に繋がるような、渋い動きをしている。先日、スコアを眺めながら、この部分を聴いていて、初めて気がついた。そして、怒りにも似た楽想に満ちた3楽章が続くことになる。

こうした厳しいフォーレの側面を知った後で、このピアノトリオの次の作品番号を与えられている、弦楽四重奏曲を聴くと、驚かされる。この「白鳥の歌」で繰り広げられるのは、柔和で、優しく、音楽の世界に遊ぶ精神だ。1楽章冒頭、ビオラが柔和に問いかけるような旋律を歌うと、他の楽器が、優しく、慰めるかのように応える。そこから、柔和な響きで、音楽の交歓が続くのだ。あの怒りや晦渋さが微塵も感じられない。人生と抗うことを止め、人生と和解したかのように聞こえる。

ピアノトリオで激しく問い詰め、怒りを見せたフォーレが、次の作品であるこの弦楽四重奏を作るまでの間に、どのような精神的な葛藤と、超克があったのだろうか・・・。

この弦楽四重奏を作曲し終わったときに、フォーレは死の床に就いていたらしい。この作品を公開する前に、ラロ、その他の作曲家に意見を請い、彼らの支持を得てから、公開するように、と病の床から言い残したらしい。フォーレの次男によるフォーレの伝記にはそのように記されていた。

今朝、朝風呂に浸かりながら、NHKの音楽番組がフォーレのピアノ四重奏曲二番とチェロとピアノのためのエレジーを流していた。その二つの作品を聴きながら、ぼんやりと、上記のようなことに思いを馳せた。

原発推進学者の陳謝 

原子力災害は、数年の被害では済まない。それこそ、何十年に亘り続く災禍だ。チェルノブイリの原発事故は、20数年経った今も、対策が立てられ続けている。福島原発もおなじような経過を辿るのではないかと、戦慄を覚える。

原発推進の学者達が、反省の弁を述べ国民に陳謝している。嘘ではないが、悪い情報を伏せた、緊迫感のない、政府や、東電・保安院の発表とは異なり、尋常ではない状況であることがひしひしと感じられる。彼らの言葉を知ると、もう祈ることしかできないような気持ちになる。

今でも原発を推進しようと言う人々は、この状況をどのように考えるのだろうか。

原発を推進してきた、行政・政治の該当者にも強く反省してもらいたい。

この事故から学ぶことが是非とも必要だ。このクラスの事故が、中部・関西で起きたら、日本は再起できなくなる。

原発から脱することが是非必要だ。


以下、引用~~~

原発推進学者が次々懺悔 「国民に深く陳謝する
J-CASTニュース 4月16日(土)13時22分配信

 東京電力の福島第1原子力発電所の深刻な事故を受け、政府の原子力安全委員会の歴代委員長を含む原発推進派学者の重鎮たちが原発の「安全神話」崩壊に懺悔を繰り返している。特に元原子力安全委員長の松浦祥次郎氏や前原子力委員会委員長代理の田中俊一氏ら原発推進の学者16人がこのほど、異例の緊急提言を行った。

 「原子力の平和利用を先頭だって進めてきた者として、今回の事故を極めて遺憾に思うと同時に国民に深く陳謝する」との謝罪を前面に掲げた提言の内容は政府や東電の発表よりも今回の事故を深刻に受け止めており、緊迫感が伝わってくる。

大量の放射能を閉じ込めるのは極めて困難、と認める

   「私たちは事故の推移を固唾を飲んで見守ってきた。しかし、事態は次々と悪化し、事故を終息させる見通しが得られていない」「膨大な放射性物質は圧力容器や格納容器内に拡散・分布し、その一部は環境に放出され、現在も放出され続けている」 「特に懸念されることは溶融炉心が圧力容器を溶かし、格納容器に移り、大量の水素ガスの火災・爆発による格納容器の破壊などによる広範で深刻な放射能汚染の可能性を排除できないことである」

 提言は、水素爆発などで格納容器が破壊され、放射性物質が長期にわたり国土を汚染する可能性を指摘している。日本を代表する学者たちが、チェルノブイリ原発事故級の最悪の事態を想定していることがわかる。

 16人は東京大学名誉教授、京都大学名誉教授、東京工業大学名誉教授など錚々たるメンバーで、原子力安全委員会や原子力委員会の歴代委員長や委員を務めるなどした日本を代表する原子力の専門家たちだけに、発言には重みがある。

 特に気になるのは、「当面なすべきことは原子炉及び使用済み核燃料プール内の燃料の冷却を安定させ、大量の放射能を閉じ込めること。これを達成することは極めて困難であるが、これを達成できなければ事故の終息は覚束ない」と述べた点で、有効な解決策を見いだすのが難しいことを自ら認めているとも受け取れる発言だ。

 2011年4月1日、会見した田中俊一氏は「原子力の平和利用を進めて、まさかこういう事態、これほど国民に迷惑をかけるような事態は予測していなかった。結果的にこういうことになっていることについて、原子力を進めてきた人間として、国民に謝らなくてはならないという気持ちは、みんな持っていると思う」と心境を明かした。

 田中氏は提言をまとめた理由について「(我々は)余計なことを言わなくてもいい年齢だけれども、黙っていられないと。とにかく早くこの状況を抜け出して頂きたいという思いでまとめた」と述べた。学会で地位も名誉もある学者たちが、自分たちのこれまでの仕事を全否定するような今回の提言や会見が、事故の深刻さを物語っている。

■原子力安全委員会では、歴代OB、現役首脳も自己批判

 提言は、最後に事態打開策について「当面の難局を乗り切るためには、関係省庁に加え、産業界、大学等を結集し、我が国がもつ専門的英知と経験を組織的、機動的に活用しつつ、総合的かつ戦略的な取り組みが必須である」と指摘する。

 提言に加わっていない原子力安全委員会前委員長の鈴木篤之氏(日本原子力研究開発機構理事長)も4月6日、衆議院経済産業委員会に招致され、「国民にたいへん申し訳ない。私にとって痛恨の極みだ。この事故を反省し、よく考えていかないといけない」などと反省の弁を述べている。

 原子力安全委員会では、歴代OBに限らず、現役首脳も自己批判に追い込まれている。斑目春樹委員長は、やはり6日の衆議院経済産業委員会で、「今回の事故を深く反省し、二度とこのようなことが起こらないよう指導していきたい」

審議会・委員会の制度エラー 

経済産業省・原子力安全・保安院の下に、「総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会耐震・構造設計小委員会地震・津波、地質・地盤合同ワーキンググループ」という長い名称の審議会がある。そこで、地震・津波について、電力会社担当者・行政担当者が専門家を交えて議論を行っている。平成19年10月12日が初回、平成22年11月16日が第56回。議事録等のサイトはこちら

当然のことながら、経済産業省の建物内で定期的に行われている。原発推進の行政の要である、同省に所属し、かつ同省の建物内で行われる審議会で、原発の安全・保安を議論することに限界があるのではないか、とまず思える。

さらに、委員の半数以上出席が、審議会成立要件らしいが、毎回、半数をようやく上回る程度の人数が集まっているに過ぎない。この参加者数からして、問題の大きさに比し、行政・委員に熱意に乏しいのではないかと思わざるを得ない。

審議内容の詳細は、素人でもあり、また分かりやすい記載ではないので、理解し難いが、大体において、電力会社担当者か、行政担当者が説明を行い、それに対し、委員が質問ないし訂正をするというやり方で進行される。前二者の説明に費やす時間が圧倒的に長いことが分かる。また、地震・地盤についての報告が多く、津波については殆ど議論されていない(後でも触れる)。

このワーキンググループは、中越地震に伴う柏崎刈羽原発の問題が発端になって立ち上げられたものらしく、ざっと議題に目を通したところ、同原発、さらに以前から東海地震によって被災する可能性が取りざたされている浜岡原発についての議論が主だ。福島原発については、私の気の付いた限りでは、平成21年6月24日と、同7月13日に議論されているだけだ。その議論の中で、岡村行信委員が、津波のリスク評価について突っ込んでいる。彼は、津波について議論が足りないことを指摘し、歴史的な「貞観の津波」が、福島原発の地域を襲っていることを指摘した。それに対し、東電の担当者は、その津波では「被害が生じていない」と述べている。結局、その次の審議会で、さらに検討することにされたようだが、東電が津波自体を「想定外」にしていたことが良く分かる。

で、現状に対する過去の犯人探しをしようという積りはない。行政と業者、それに一部の学者が一体となって、原発を推し進め、根本的なリスク評価を怠っていた可能性がないのか、それの背景に、システムのエラーがあるのではないかという疑念を抱く。行政の設置する委員会・審議会は、行政、それに行政と深く連携した業界の意向を追認する、形式的な組織に成り下がっているのではないか、ということだ。

福島原発の事故を、こうした側面から検証し、現に稼動している原発の安全を確保する方策を根本的に検討してもらいたいものだ。


以下、MRICより引用~~~

原子力安全委員会の存在意義はどこに?―御用学者は必要ない―
木村 盛世
2011年4月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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原子力安全委員会は1978年に原子力の安全体制を充実させるためできた、専門家集団です。現在の、原子力行政は、経済産業省原子力安全・保安院、文部科学省と共に、原子力安全委員会が関わっています。経産省、文科省には、原子力に関わる審議会があり、所謂「専門家」と呼ばれる人たちで構成されています。

既に、専門家の集まりがあるにも関わらず、なぜ、もう一つの専門家集団が必要かと言えば、行政から独立した中立的な立場で原子力行政をチェックする、という意味合いを持っています。原子力安全委員会だけでなく、食品の安全について政府に意見を言うための「食品安全委員会」というものもあります。果たして、このような委員会は必要なのでしょうか。

本来の目的である「行政と一線を画し中立的な立場での専門家」というのは必要な事です。しかし、現実はといえば以下のような状態です。

原子力安全委員会。定例会議は週1回。委員は常勤の特別職公務員。委員への報酬は年間約1650万円(月給93万6000円とボーナス)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E5%AE%89%E5%85%A8%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A
しかも、その議事録を見れば、「本当に必要なのか」と頸をかしげたくなる状況です。
http://www.nsc.go.jp/anzen/shidai/index.htm

原子力や食品などの安全を確保すべく立ちあがった委員会が、なぜ、このような「開店休業」状態にあるのでしょうか。それは、委員会が中立ではなく、官僚たちの意向を代弁するために作られた組織だからです。

こうした委員会にはたくさんの人たちが働いています。事務局のポストは官公庁からの出向です。そうした中で、官僚たちの意向に反して異を唱える事が出来るかと言われれば、難しいところがあります。なぜならば、官僚たちは委員会のメンバーを牛耳るすべを持っているからです。

委員会のメンバーは、大学の教官が主です。官僚たちは、こうした研究者たちに、研究するための費用(科研費)を、誰に分配するかという裁量権を持っています。つまり「お金を誰に、どれだけ与えるか」という事を決められるのです。この、科研費配分を決めるプロセスは誰にも明かされていません。つまり、官僚たちが秘密裏に行うのです。

「ホームページ等に、なぜこの人が選ばれたのか理由が書いてある」という意見もあるでしょう。しかし、理由づけなど後で何とでも出来る事です。官僚の得意技は「文書を作成すること」にありますから、何となく、もっともらしい文章にみな惑わされてしまうのです。そして、結果的には、官僚の意に染まぬ研究者は排除されてゆくのです。

具体的な例を挙げれば、ある委員会のメンバーが、事務局(官僚)が用意した筋書きに反対意見を唱えるとします。委員の任期は、大抵2、3年程度です。官僚にとって特に問題がない人材であれば、次も「継続」して委員任命されますが、問題児は次回からは入れない、と言う事になります。このような排除プロセスを繰り返す事によって、一部の高級官僚の言葉を「専門家」として代弁してくれる「御用学者」が生まれ、委員会は御用学者の塊になるわけです。

審議会の委員も、同じようなやり方で選ばれます。こうなってくると、審議会と委員会と言う2つの専門家集団は、どちらも官僚の言葉を伝えるイエスマンの塊と言う事が出来ます。

例えを少し日常的なことにしてみましょう。今回の震災でも多くの情報が流れました。例えば放射性ヨードについても「イソジンをのめば大丈夫」という意見がありました。イソジンにヨードが含まれています。ヨードは甲状腺に取り込まれやすいので、あらかじめ放射能を発しないヨードをたくさん摂っておけば、有害な放射性ヨードが入る余地がない、という考えです。これは「ヨードブロック」と呼ばれ、実際、医療現場で使われる事です。私自身は特別な状況下以外は、イソジンを服用する必要はないと思っています(ブログ主注;イソジンには、アルコール等の添加物があり、内服は元々不適だったと思われる)。ところが、「イソジンが効果がある」という噂が伝わると、その真偽は別にして「効果があるかも」と信じてしまいがちです。すなわち、言っている人が1人だけでなく、複数になると、人は納得してしまうものです。

専門家集団にしても同じような事が言えます。つまり、審議会と委員会、という2つのグループが同じ事を言っているとしたら、「その意見は正しい」と思うようになります。それが如何に、科学的に間違っていたとしてもです。何しろ、「専門家」と呼ばれる人たちが集まっているのですから、普通は信じてしまうのではないでしょうか。これが、官僚の手のうちです。

そんな事を、専門家たる人たちがすべきではない、という声が聞こえてきそうです。全くその通りだと思います。このような、御用学者だけが重宝されると「正しい事を言っているが、官僚の意見と合わないもの」や、「国益を考えて、反対意見を述べるもの」が排除されてゆくのです。

「これを読まれた方は、「本当にそんなことあるのか」と訝しがるかもしれません。しかし、実際、私は厚労省で新しい審議会を立ち上げた事もあります。委員を選ぶ際には、事前に「根回し」という事をし事務局が、委員から発言して欲しい事に関して打ち合わせをします。つまり、審議会自体が官僚の意見を通すためのセレモニーなのです。

また、科研費についても、分配担当の同僚のやり取りをよく見ていました。科研費は、表向きは公募になっていますが、実際は、既に厚労省の担当者が人を選んでおくのです。そして、その人に「公募」という名目で科研費申請をさせるのです。選ばれる人のほとんどが厚労省が内諾済みの、「政策に反対しない」研究結果を出してくれる人たちなのです。

こうした仕組みは、早急に変える必要があります。原発問題は、人の命に関わるものです。官僚を抑える事が出来るのは政治家です。そして、その政治家を選ぶのは、国民です。私たち一人一人が、この事実を認識し、問題意識をもって政治家を選ぶ、という事が必要な事なのです。

内部被曝・防塵対策 

知り合いの薬剤師さんに、福島県出身の方がいる。自宅を離れ、こちらで仕事を数年間してこられた方だ。昨年お目にかかったときには、そろそろ帰郷しようかと思っていると仰っていた。その後、この大震災、引き続く福島原発事故の直後にお目にかかった。彼女の出身地は、避難対象対象地域にはなっていないが、放射能汚染の比較的酷い地域である。例の飯舘村の隣町だ。ご両親が田舎で仕事を続けており、こちらに呼び寄せようと思ったが、農業関係の仕事を離れるわけにはいかない。「覚悟は決めた。」と仰っていたとか・・・。

彼女のご両親のような方が、沢山おられることを、我々は忘れてはいけない。都知事に再選された、石原慎太郎氏は、震災の渦中にある福島を訪れて、自分は原発推進論者だと言明した。福島原発は、福島のためではなく、主に東京の電力を賄うために稼動してきた。その原発が大事故を起こし、故郷に10年単位で住めなくなったり、上記のように「覚悟を決めて生きて」行かざるを得ない方々が数多くおられる。そうした方々の痛みを感じたなら、福島を訪れて、かような発言は出来ないはずだ。だが、この老政治家は、自らの信念を曲げぬというポーズなのだろうか、原発を推進すべしと言う。彼を、都知事に再選した都民にも、大きな責任があるのではないだろうか。

内部被曝の問題は、今後長期間、原発近傍に住まわれる方々に付き纏うことだろう。下記の耳鼻科医の提言、あまり慌てることはないが、大気中の一定時刻の放射能活性が下がっているということで安心しきるわけにはいかない。また、原子炉自体もまだまだ楽観できない状態にある。まだ、いつ水蒸気・水素爆発を起こすか分からない。これまで、水素爆発で、ラジウム相当量として10トン程度の放射性物質が、大気中にばら撒かれた。その10倍の量の放射性物質が燃料として、原子炉に残っている。そのような爆発が再び起きた場合には、放射性物質の飛散予報をすぐに当局は出すべきだ。それに基づいて、風下にあたる地域の方々は、十分な注意を払う必要がある。


以下、MRICより引用(文字化けは、配信時に既にあった)~~~

「耳鼻科医として内部被曝と防塵対策に憂慮すること」

共立耳鼻咽喉科院長 
山野辺滋晴

2011年4月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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 政府は、福島第一原発事故後に発生した放射能汚染に対して「直ちに健康被害はない」と繰り返していますが、原爆が投下された被爆地、長崎に住む私は、政府と原子力安全保安院の対応に疑問を抱かざるを得ません。現在行われている被曝による健康被害の推測は、原爆投下後に発生した放射線障害に基づいて想定されています。しかし、DS86やDS02といった原爆放射線量評価体系は、飲食や呼吸による内部被曝の影響を十分には反映していないとする意見も存在しています。つまり、低線量の外部被曝だけが繰り返される環境であれば被曝量は分割されて健康被害は少なくなると評価できますが、呼吸や飲食による内部被曝が長期にわたって継続する環境では、たとえ内部被曝の増加が少量ずつであっても放射能による健康被害は確実に蓄積していくと考えるべきではないでしょうか。さらに、原子爆弾では放射性物質の拡散は一回だけですが、原発事故では放射性物質の拡散が低線量ではありますが継続します。したがって、今回の福島原発事故では、今後長期間にわたって内部被曝の危険性が継続する可能性があるわけですから、空間放射線量の積算だけで人々の安全性を? O@$8$k$3$H$O$G$-$J$$$H;W$$$^$9!#

 内部被曝の中の呼吸による内部被曝では、放射性物質の飛散範囲が問題になります。今回の福島原発事故では、原子炉建屋の爆発やドライベントがあった時に大量の放射性物質が空気中に放出されました。米エネルギー省の調査によると、3号機の爆発の後で風下になった北西方向に30~40キロにわたって高濃度の放射能汚染地帯が拡がっています。今後も同様の爆発やベントが起きる可能性は否定できませんから、原発の風下で発生する放射性降下物による内部被曝を防ぐ対策を啓蒙する必要があると考えます。もし再び爆発やドライベントが起こって放射性プルームが発生する様な事態があれば、行政は風下地域に被曝に対する警報を出すべきでしょう。

 また、一旦地上に粉塵が降下しても、塵の状態なら風によって再び舞い上がることが知られています。これはスギ花粉でも観察される現象ですが、放射性降下物でも発生します。気象庁気象研究所の環境放射能研究では、セシウム、プルトニウム、ストロンチウムなどの放射性降下物は風によって砂塵とともに舞い上がることが推測されていますから、放射能汚染が強い屋内退避地区などでは、風が強い日などにも内部被曝を防ぐ防塵対策が必要になるはずです。こうした放射性物質を含む粉塵の危険性は、内部被曝の反復を防ぐために、警察や消防関係者だけではなく一般住民やボランティアにも周知しておくべきだと考えます。

 このように、放射性物質を含む粉塵による内部被曝は無視できません。粉塵を肺に吸い込むばかりではなく、鼻粘膜、咽頭粘膜、気管壁に付着した粉塵は、繊毛機能によって鼻汁や喀痰とともに嚥下されるからです。特に生物学的半減期が長い核種については注意が必要でしょう。現在、放射性のヨードやセシウムばかりが計測されていますが、セシウム-134の生物学的半減期が約100~200日であるのに対し、ストロンチウム-90の生物学的半減期は約50年にも及びます。ストロンチウム-90はβ崩壊するので計測が煩雑で、これまで観測対象になっていないようです。しかし、放射性ストロンチウムは白血病の原因にもなるわけですから、たとえ少量ずつの内部被曝といえども軽視するべきではないでしょう。できれば、福島原発における爆発事故で発生したプルトニウムやストロンチウムなど様々な放射性核種が拡散した範囲と量を確認するべきだと思います。東京電力(参照1,2)と福島県原子力センター福島支所(参照3)は、事故発生前に行っていた環境試料中のプルトニウムとストロンチウムの測定を事故発生後は中止したぁ ^$^$G$9$+$i!"D>$A$K:F3+$9$Y$-$G$9!#
参照1: http://www.tepco.co.jp/fukushima1-np/monitoring/index9.html
参照2: http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/t19780929001/t19780929001.html
参照3: http://www.atom-moc.pref.fukushima.jp/branch.html

 呼吸に伴う内部被曝を防ぐためには、放射能防護マスクや防塵マスクが必要となります。現在、半径20キロ圏内の避難区域で作業する警察や消防関係者の皆さんは、DS2,3区分などのN95やN99規格に匹敵する防塵マスクを使用しているようですが、テレビの放映を見ていると隙間が開いた状態で使用している人々も多く、内部被曝を適切に防ぐことが出来ていないのではと危惧します。放射性物質による被曝を防ぐ目的でマスクを使用する場合、マスクの漏れ率が問題となります。たとえN95クラスのマスクを使用しても、マスクの漏れ率は約50%前後にも及ぶという報告もあります。したがって、放射性物質を吸入しないためにはマスクを正しく使用することが必須ですし、高濃度に放射能汚染された地域では原発敷地内で作業員が行っているようにテープ等でマスク周囲を密封することも必要でしょう。新型インフルエンザが流行した時には、実際にテープでマスク周囲を密閉するN99マスクも市販されましたから、放射能汚染の場合でも爆発後の風下など本当に危険性が高い環境では実践すべきだと思います。手袋の着用や肌を露出させ? $J$$I~Au$J$I$N4pK\E*$JHoGxBP:v$O8@$&$^$G$b$"$j$^$;$s!#

 原子力安全保安院も被曝対策としてマスクの着用を勧めてはいますが、前述のようなマスクの選択や着脱について具体的な使用方法を説明していません。このため、屋内退避地域でマスクを使用する場合でも一般的な花粉症用マスクを勧める人々もいます。しかし、スギ花粉の大きさは30~40μmで、花粉症用のマスクにはN95マスクに匹敵するようなフィルター機能がありませんから、十分に説明することなく、ただ単にマスクの使用を勧めるべきではありません。また、マスクを使うと周辺の塵を集塵しますから、高濃度の放射能汚染がある地域では一定時間使用したマスクは使い捨てとし、適切に廃棄する必要があります。長期間使用したり、使用したマスクを触った後で手洗いを怠ったりすれば、かえって内部被曝を誘発する危険があります。

 いま、主に放射性ヨードやセシウムの計測結果だけが公表されていますが、空間や食物や土壌に放射性ヨードやセシウムが存在するということは、その他にも観測されていない様々な放射性核種が存在していることを意味します。現在のように福島原発からの放射性物質の拡散が少ない状況が続けば問題ありませんが、今後、3号機が爆発し4号機で火災が起きた時のような状況が繰り返された場合、セシウムばかりではなくストロンチウムなどの様々な放射性核種による内部被曝が増加する危険性が高まります。3月14日から16日にかけて北西30~40キロの広範囲に拡がった放射能汚染が再発する危険性は今後とも実在するわけですから、内部被曝による被曝者の増加を最小限に抑えるために、正しい防塵・被曝防護対策を啓蒙して頂きますようお願い致します。


福島原発事故 INES分類7に 

すると、保安院が今日発表していた。チェルノブイリの事故と同じ、最も深刻な事故と当局が判定したことになる。施設外に飛散させた放射能の量で、レベルを決めるらしい。その量はチェルノブイリの1/10と言われているが、環境・国民に悪影響を与える量である。

しばらく前に、茨城県の小児病院の医師が、メーリングリストで、「事故直後、手を放射能レベルを検知する機械でチェックすると、「除洗」が必要な表示になった。何度行ってもそうだった。」と記していた。恐らく、1,3号炉の水素爆発で、放射性物質が飛散し、同病院のある水戸市まで大量に飛散したのだろう。実際、15から16日にかけて、大気中放射能値が現在の数倍以上の値を示していた。それはピーク状であり、水素爆発に伴うものであるように思えた。

あの時点で、大量の放射性物質が飛散し、風に乗って、遠くまで飛来したと考えるべきだろう。その時すでにレベル7になっていたのではないだろうか。退避勧告を「念のためと称しながら」3.5.10さらに20kmと徐々に同心円状に行っていった。気象条件を考慮しない、いい加減な情報であり、かつ情報を出すのが遅い。当時、気象庁の放射性物質飛散予測を公表させなかった。状況の重大性を隠そうとする意図が、政府・当局にあったと考えざるをえない。本当の情報を、政府・行政はすぐに出すべきだったが、ようやく1ヶ月近く経ってから、その事実を認めようとしている。

あのピーク状に放射性物質が飛散した時期に警告を出していれば、屋外から室内へ退避できる者は退避しただろうに、当局・東電はそれを怠った。

また、こうして飛散させた放射性物質の核種毎のデータが出されていない。I131とCsだけでないはずだ。そのデータも公表すべきだ。プルトニウムやストロンチウム等々のデータを早く出すべきだ。

以下の記事は、今日午後の公表を前に、受け手の衝撃を和らげるためか、事前に予測記事をマスコミに書かせたもの。このように姑息的なことをせずに、情報は、迅速に出すべきだろう。こうした情報操作をしているから、流言飛語が飛び交うことになるのではないだろうか。



以下、引用~~~

最大で1時間1万テラベクレル 国際尺度、最悪の7も
2011年4月12日 01時28分

 ソ連・チェルノブイリ原発の全景。中央の矢印が4号炉の事故現場=1986年5月(タス=共同)


 福島第1原発の事故で、原子力安全委員会は11日、原発からは最大で1時間当たり1万テラベクレル(テラベクレルは1兆ベクレル)の放射性物質が放出されていたとの試算を明らかにした。

 政府はこれを受け、原発事故の深刻度を示す「国際評価尺度(INES)」で最も深刻な、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故に並ぶ「レベル7」とする方向で検討に入った。

 INESの評価によると、放射性のヨウ素131換算で外部への放射性物質の放出量が数万テラベクレル以上である場合は、レベル7であるとしている。

 原子力安全委の班目春樹委員長は、1時間当たり1万テラベクレルの放出が「数時間」続いたとの推計を明らかにした。

 1時間当たり1万テラベクレルの放出が数時間続けば、レベル7に当たることになる。現在は同1テラベクレル以下になったとみられるとしており、安全委は、放射性物質の総放出量については「検討している」とするにとどめた。

 政府は暫定的に「レベル5」としている現在の評価を見直し、レベル7に格上げすることの検討を始めた。

(共同)

ICRP年報 111巻 

4月5日に上記の報告書が、ICRPよりネット上に公開された。本来有償の報告書だが、福島原発事故に対処する人々に向けての処置だそうだ。被災した方々にささげると、序文に記されている。

70ページもある報告書で、通読はなかなか難しいが、今のところ、拾い読みをしている。関心のある方は、ググッてダウンロードしてみていただきたい。pdfとして得ることができる。

今のところ、この報告書を読んで気になったこと・・・

〇体外・体内被曝両者合わせて、急性期は1~20mSv/yearが基準になる。急性期を脱したら、1mSv/yearが基準。

〇事故の急性期を抜けて、長期の対応を求められる時期になったら、基準値を徐々に下げることが必要だ。

〇チェルノブイリの場合、当初半径30kmを退避範囲としたが、後で検討してみると、この範囲は狭すぎた。実際に放射能汚染を受けた人口・地域は、200万人、40000平方Kmになる(ざっと計算すると、半径110Km程度・・・勿論、実際は同心円上ではないし、放射性物質の飛散は、チェルノブイリの方が数段酷かった様子)。

〇食物による汚染は、生産者・マーケット・消費者等が複雑にからむので、コントロールすることは難しい(が、しなければならない)。

〇各核種の汚染への対応方法も記載されている。汚染された土地土壌の改良等有用な情報が得られる。

ICRPは、放射能汚染の対応に対して、ヨーロッパの組織に比べると、「保守的」であると聞く。でも、この報告書を読むと、その保守的な立場であっても、なかなか厳しいことが分かる。

政府は、こうした報告書の内容は当然知っているのだと思うが、「ただちに健康被害を生じない」といった類の詭弁は止めて、正確な情報、特に将来にわたっての予測を、現時点で分かる範囲で明らかにすべきだろう。

官僚性が被災者救援を阻害 

原発事故に際して、東電と保安院の官僚性が、対策を遅らせた可能性が高い。

それと同様に、被災者救済に関わる関係省庁の官僚性が、被災者救済を阻害していると、小松秀樹氏が論じている。

官僚制度は、基本的に、緊急時には対応が難しくなる制度なのかもしれない。原発事故や、被災者救済への対応は、官僚制度を超えて行われるべきものなのだろう。


以下、MRICより引用~~~

災害救助法の運用は被災者救済でなく官僚の都合優先
小松秀樹
2011年4月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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1 後方搬送の必要性

 知人の石森久嗣衆議院議員は、脳外科医でもある。自分で被災地に援助物資を運んだ。多くの被災地を訪れ、その臭いを嗅いできた。彼から4月5日に以下のメールが送られてきた。

「避難所での生活は限界です。いくらボランティアが炊き出しを行なっても、医師が巡回しても感染症を食い止めることは出来ません。
 清潔な環境で生活を出来る様に集団避難をしなければなりません。それが旅館であろうと、仮設住宅であろうと構わないと思います。精神的にも普段の生活に近いもので、毎日入浴の出来る環境にしなければなりません。このままでは避難所で、第4次災害で病人、死人が増加します。」

 避難所からの後方搬送を実効あるものにするには、臨機応変に利用できる宿泊施設が必要である。後述するように、厚労省、観光庁から、被災者に旅館やホテル等の宿泊施設を提供する制度について、二つの文書が発出されている。避難所で活動している医師からは、この制度が使えるようになっていないので何とかしてほしいと要請された。これを、中央につないだが、動いているのかいないのか、少なくとも、使いやすくはなっていない。
 個人で避難した被災者も滞在場所に苦労している。かつて亀田総合病院に勤務していた茨城県北部在住の看護師は、妊娠40週になっていた。大橋が壊れ、病院に到達するまでの時間が倍増した。出産時に間に合わないことを懸念した。鴨川に避難し、知人宅を転々としていた。結局、亀田総合病院に相談があり、病院で、落ち着き場所を用意した。

 観光庁のホームページを4月8日朝確認したところ、4月7日更新の情報として、30都道府県の宿泊施設のリストが提示されていた。しかし、観光庁が関係省庁と連携して支援する県域を越えた被災者のホテル・旅館での受入れとして実施するものではないと、断り書きがあった。実態は、閑古鳥のなく旅館・ホテルの割引料金の案内情報である。
 千葉県のリストを開くと、「災害救助法に基づく『要援護者』の旅館等による受け入れについても、調整を進めております」とあった。厚労省の災害救助法の弾力的運用についての文書の発出後、3週間も調整が続いていることになる。致命的に遅い

 震災後、様々な救援活動に関わってきたが、意味のある活動を行おうとするたびに、官僚機構が壁になった。自らの管理下にある施設が、税金で作られているという事実を認識していると思えなかった。従来の官僚機構の動きの遅さと責任回避性癖は、民間による救援活動の阻害要因になっている。後日、官僚抜きで徹底した検証をする必要がある。
 以下、厚労省と観光庁の後方搬送の受け入れに関する文書を検討する。

2 社援総発039第1号 平成23年3月19日

「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に係る災害救助法の弾力的運用について」
厚生労働省社会・援護局総務課長から、各都道府県の災害救助担当主管部(局)長あての文書。

「都道府県からの県域を超えた避難」については「災害救助費等負担金の国庫負担の対象となる」。
「被災した都道府県から要請を受け、災害救助法が適用された市町村からの避難者を受け入れて行われた救助については、受け入れた都道府県から災害救助法の適用を行った都道府県に対して求償することが法律上もできるとされているので留意されたい。」

まとめ
 国庫負担の対象となる。被災した都道府県からの要請を受けて救済。受入県が費用を支弁。受入県は被災した都道府県に求償できる。

ある関係者の解説
 災害救助法35条「都道府県は、他の都道府県において行われた救助につきなした応援のため支弁した費用について、救助の行われた地の都道府県に対して、求償することができる。」
 被災県からの要請が必要だとする記載は災害救助法にはない。しかし、「できる規定」となっており、求償したとしても、被災県が支払わなければいけないことになっていない。被災県が断る場合が想定されるので、「被災した都道府県からの要請を受け」との文言が入ったと想像される。

問題点
(1)被災県と受入県の関係があいまいであり、双方に、利害判断に基づく行動の選択を許している。緊急性の高い被災者だと、受入県の担当者が慎重に対応するだけで、受け入れを拒否したのと同じことになる。当初、ある県が受け入れないと表明したと、市の職員が話していた。法令上は受け入れない選択肢もあるかもしれないが、許されることだとは思わない。
(2)避難所で医師、看護師、社会福祉士などが、後方搬送が必要だと判断しても、その後に、時間を要する手続が介在するため、スムースな後方搬送を阻害する。
(3)障害者や要介護者の受け入れは、相当な覚悟と能力を要する。送り出す側と受け入れ側に信頼関係がないと、被災者が安心できない。障害者を、受け入れ体制の整った地域に送り出すのに、コーディネーターに裁量権がないと細やかでスムースな救援ができない。裁量を追認する分かりやすいシステムがないため、機能していない。
(4)個人で避難した被災者は、自分で被災県に連絡して、受入県に要請してもらう必要が生じる。被災県の担当者は超多忙であり、連絡することはまず不可能。結果として、独力で避難した被災者は救済されない

3 観観産第660号 平成23年3月24日

「県境を越えた被災者の旅館・ホテル等への受入れについて」
観光庁観光産業課長から、都道府県観光主管課長あての文書。

「宿泊費用は受入県において」「負担していただいた上で」「受入県が負担した費用は被災県に求償されることとなり」「最終的には、国が被災県に対して、必要な財政措置を講ずることを予定しています。」
「全旅連」(全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会)が「受け入れ可能な旅館・ホテル等の情報を集約の上、観光庁に情報提供」(施設リスト)。「リストは、都道府県旅館組合が作成していますが、組合員以外の旅館・ホテル等であっても、当該施設が希望すれば、リストに掲載されることになっています。」「観光庁は、リストを被災県に提供」。これを「被災県は被災市町村に提供」。
「被災県は」「県外の旅館・ホテル等への避難が必要と判断した被災者の情報(以下「避難者リスト」という)を集約の上、観光庁に情報提供」「観光庁は、避難者リストを全旅連に提供し、」全旅連が「マッチングを実施」。

まとめ
 同業者の組合である全旅連が旅館・ホテル等のリストを作成。被災県が作成した被災者リストを使って、全旅連がマッチングを行う。

問題点
(1)観光庁は権限と実務を全旅連に丸投げした。このため、利益相反が生じた。全旅連が、リスト掲載希望の受付や掲載作業を「丁寧に慎重に」行えば、加盟外の宿泊施設を実質的に締め出すことになる。実際、ある市の担当者は、ペンション、民宿は災害救助法の対象外だと信じていた。この影響は今も残っている可能性が高い。
(2)利益相反があり、価格カルテルを誘発しかねない。
(3)被災者、現場で救援活動をしている医療・福祉関係者、自治体職員の意見の痕跡すらない。役に立たない机上の空論としてよい。被災者リストを迅速に作成する能力が、被災県にはない。そもそも、リストを作成してから避難させることに無理がある。避難を実施しつつ、結果としてリストが積み上がるのが緊急時の合理的な動きである。

4 震災で発出された良い文書例

事務連絡 平成23年4月2日
「東北地方太平洋沖地震及び長野県北部の地震の被災者に係る被保険者証等の取扱い等について」
厚生労働省保健局医療課から関係団体あての文書12の質問と回答が記載されている。具体的であり、現場で困らないように踏み込んだ配慮がなされている。以下にいくつか例示する。
問い1 対象地域は限定されているのか。
(答) 対象地域は限定していない。

問い2 患者の氏名、青年月日、住所等は、免許証等で確認しなければいけないのか。
(答) 免許証等を、紛失あるいは家庭に残したまま避難していることにより提示できない場合も考えられ、必ずしも身分証明書を提示いただく必要はなく、患者に窓口で口頭による確認することで足りる。

問い12 保険優先の公費負担医療(※)の対象者が、今般の災害による一部負担金等が猶予される
患者である場合、保険医療機関は審査支払機関にどのように請求をすればよいのか。
(答)一部負担金等が猶予される患者は、患者負担がないことから、公費負担医療の対象とならず、全額医療保険に請求することになる。このため、レセプトは医保単独として扱い、公費負担者番号及び公費受給者番号は記載を要しない。
※保険優先の公費負担医療とは、特定疾患治療費(法別番号「51」)などの、本来、「公費併用レセプト」として審査支払機関に請求されるものをいう。

5 結論

 厚労省と観光庁の後方搬送の受け入れに関する二つの文書は、いずれも、被災者のためではなく、行政官の都合に合わせたものである。どれだけ多くの人を救えるかを運用の基準にしていない。官僚の責任逃れのための整合性追求が最優先になっている。現場の実情は一切考慮されていない。当然ながら、全く機能していない。不心得者が少数でるのは仕方がない。不心得者への対応は別に考えればよい。とりわけ、観光庁の文書は、大災害時に発出された不適切な文書の典型例として、歴史に残すべきものである。溝畑宏観光庁長官と鈴木昭久観光産業課長には、現場で1カ月ほどボランティアとして活動されることを勧めたい。



今日、嬉しかったこと 

朝、14メガで、世界が同時に開けているのを目の辺りにしたこと。スエーデンのAndersと話した直後に、北米西海岸のWB3JGPに呼ばれた。このようなCONDXは滅多にお目にかかれない。

10年以上一緒に仕事をして下さっているEさん、自宅で栽培している小玉西瓜の初物を持ってきてくださった。毎年の心遣いに、恐縮。今年は、茨城大学の方で、放射能汚染の度合いを測定してもらい、問題ないとのこと。ハウス栽培なので、当然だ。また知り合いや親族に送ってくださるように依頼しよう。

「太陽君」が、また来院。2歳の男児。まだ言葉があまり出ない。少し縮れた毛を額にたらし、いつもにこにこ。波打つような上唇、それに下に湾曲した下唇。悪戯そうな眼差し。会うだけで、こちらもにこにこ。

夕方には、大学の寮に入った娘が、帰宅する。近くの駅で待ち合わせ、自宅に連れ帰る。今朝作ったさつま揚げと野菜の煮物と、温野菜、ロールキャベツそれに味噌汁の夕食を家族とともにとること。

原発作業員を守ろうとしない国 

原発事故が起きて1,2日間、東電と保安院は、精神的に「固まっていた」、何も手を打てずにいたことが徐々に分かってきつつある。特に、「ヴェント」を開く決定を下すことが半日以上遅れたために、結局建屋内の水素爆発を誘発したことが明らかになってきている。あの水素爆発によって、配管の類が大きな損傷を受け、放射性物質の大気中への拡散を招き、汚染を拡大させ、敷地内に汚染した瓦礫を散乱させた。それによって、その後の対応が著しく困難になった・・・この辺の消息は、やがて明らかにされることだろう。

現在集中すべきは、原子炉の冷却であり、汚染した排水の処理のはずだ。それを行なうのは、現場の作業員の方々だ。彼らの働きがなければ、原子炉の圧力容器内で更なる水素爆発が起きる。そうすると、最悪の事態に突き進む。作業員の健康状態を維持することが、最大の後方支援なのだ。だが、どうも東電・保安院それに政府はそう考えていなそうだ。

この点については、当ブログでも何度か指摘してきたが、彼らの健康問題がウヤムヤにされている。彼らが仕事を続けられなくなったら、即最悪の事態が生じるということを、政府当局者はどれだけ理解しているのだろうか。彼らは、最悪の事態にならぬように最後の一線で闘ってくれている方々なのだが。


以下、MRICより引用~~~

国を守ろうとしている原発作業員を守ろうとしない国は、やがて世界から孤立する

木村 知
2011年4月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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 東電福島第一原発事故は、発生から三週間以上経過した現在も、未だ冷却装置の復旧がなされないばかりか、多量の放射性物質を含んだ汚染水の処理に難渋するなど、ますます深刻な事態に陥りつつあり、作業の長期化はもはや疑いようがない。

 現場では、現在も多くの作業員の方々が連日作業にあたっているが、高放射線量が測定された水たまりでの被曝事故をはじめ、衣食住すべてにおいて非常に劣悪な労働環境、さらに線量計不携行での作業といった杜撰な放射線管理など、作業員の安全を脅かしている問題点が、次々と顕在化してきている。

 このような杜撰な放射線管理の実情を耳にすると、驚くべきことで「あってはならないこと」ともちろん誰でも思うに違いないが、混乱を極めている実際の現場においては、むしろ驚くべきことではなく「そうせざるをえないこと」になっている可能性も否定できない。

 「線量計が鳴らなかった」とか「数が足りなかった」というのは、おそらく言い訳にすぎず、「線量計など付けていては、あっという間に被曝線量上限に達してしまい、作業にならない」というのが、実態ではなかろうか。

 これら作業員の方々の労働環境を監視・監督しているのは、いったい誰なのか?
 そして作業員の方々の肉体的・精神的健康管理は、いったい誰が行っているのか?
 それとも、これら作業員の方々の労務管理、健康管理は、いっさい誰も行っていないのか?

 これらについて、明確な証拠を持って情報を開示する義務が、東電にはある。
 そしてこれらについて、東電が情報開示しないのなら、国が責任を持って現状調査し、国民に情報開示し、早急にそして適切に問題点を是正しなければならない。

 もしもそれを行わず、杜撰な放射線管理がなされているのを知りながら、「見て見ぬフリ」をして、それを放置しているのであれば、それは国が作業員たちの「人権」を認めていないということに、他ならない。

 これは、明らかに憲法違反だ。
 もしもこれらが「放置」されているならばそれは、「国家的犯罪」と言わざるを得ない。

 さらに、原子力安全委員会・緊急技術助言組織は、大量被曝の危険性がある作業員に対しての事前の造血幹細胞採取について、以下の見解を示し、その必要性を否定した。
『造血幹細胞の事前採取については、作業従事者にさらなる精神的、身体的負担をかけるという問題があり、また関連国際機関等においても未だ合意がなく、国民にも十分な理解が得られてはおりません。このため、現時点での復旧作業従事者の造血幹細胞の採取は、必要ないと考えます』

 一見、作業員の精神的、身体的負担についての配慮を窺わせる文体だが、いったいどのような「負担」がかかるというのか、これではまったく分からない。そしてその「負担」というのは、現場で作業を行っている作業員の方々が、今現在味わっている「負担」、そして今後味わうかもしれない「負担」と比べて、著しく大きい「負担」といえるものなのであろうか?

 そしてこの見解は、大量被曝のために準備し得る施策についての、作業員の自由意思による選択肢さえも制限しかねない見解と言えるのではなかろうか。
 これを行なうか行わないかの決定権は、本来、作業員の方々にあるのではなかろうか?

 「大量被曝の危険性がないのだから、造血幹細胞採取という『負担』を作業員にワザワザ負わせる必要性はない」と言いたいのかもしれない。
 しかし、線量計の管理も杜撰、被曝線量上限値も変更、そして「現場で線量について語るのはタブー」という作業員の証言の存在からは、「大量被曝」はむしろ既に発生しているのではないか、と案じずにはいられない。

 放射性物質には、何の匂いも色も味もない。
 その放射性物質が多量に漂う事故現場で働く作業員たちの、姿も動きも声も叫びも、ほとんどわれわれは目にしない。
 テレビだけを見ていれば、ややもすると「人格」のない「使い捨てロボット」が作業し続けているのではないか、と錯覚してしまうほどだ。

 国は、はたしてこれら作業員の方々の「顔」や「名前」をすべて把握しているのだろうか?
 国は、はたしてこれら作業員の方々を、本当に守るつもりはあるのだろうか?

 前稿で私は、『「英雄」ではない「被害者」である原発事故作業員に、生涯にわたって医療補償を』と書いた。
 しかし、私の考えは甘かった。

 医療補償がなされる以前に、彼らは現在、「人権」すら認められていなかったのだ。
 国は、彼ら作業員の方々を「英雄」などと思ってはいない。それどころか、彼らの人格や人権が著しく蹂躙されて続けていることを放置し「見て見ぬフリ」をしているのだ。

 多量の放射性物質を含んだ汚染水を海に放水し続けるだけでなく、このような「人権蹂躙」を放置し続けていれば、日本は先進国として、やがて海外から著しく非難され、次第に孤立していくことになるだろう。

 国民としても、このような「国を守ろうとしている作業員を守ろうとしない国」に対して、何も声をあげることをしないならば、それはこの国が世界から孤立していくのに加担する行為に他ならない、と言えるだろう。

 今こそ、作業員の人権を守るための国民的議論の高まりを、強く訴えたい。

 最後に、日本国憲法を供覧する。
 これらひとつひとつを、今、じっくりと噛みしめるときではないだろうか。

日本国憲法

第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第十八条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

木村 知(きむら とも)
有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役
AFP(日本FP協会認定)
医学博士
1968年カナダ国オタワ生まれ。大学病院で一般消化器外科医として診療しつつクリニカルパスなど医療現場でのクオリティマネージメントにつき研究中、2004年大学側の意向を受け退職。以後、「総合臨床医」として「年中無休クリニック」を中心に地域医療に携わるかたわら、看護師向け書籍の監修など執筆活動を行う。AFP認定者として医療現場でのミクロな視点から医療経済についても研究中。著書に「医者とラーメン屋-『本当に満足できる病院』の新常識」(文芸社)。きむらともTwitter:
https://twitter.com/kimuratomo

救援活動について 

小松秀樹氏による、震災に際しての救援活動についての報告。これだけ大規模な災害では、行政・政府の機能が発揮できない、個々人の横のつながりが重要という指摘には納得させられる。医師会の捉え方がややステレオタイプであるところもある(医師会は、過去は開業医の利権団体だったこともあるのかもしれないが、現在は、開業医は投げおかれている・・・)が、医師会が上意下達の組織で硬直化していることは、実際その通りだと思う。医師会の上層部は、全般的に、政治志向が強い、ないし権力志向が強いという印象を私も持っている。一時、医師会活動に誘われたことがあったが、そうした性格が、個々の医師会幹部や、医師会活動そのものに見られて、私は手を引いた。

さて、私自身、もう救急現場でバリバリ仕事をする体力も、能力もなくなってきているが、どのようにして、被災者の方々の力になれるのか・・・それは当然のことであって、別にここで声だかに語るべきことではないが・・・必要とされる場所と時があるのか、見極めてゆきたい。被災された方々が元通りの生活に戻るまでに、かなり長期間かかる様子。一時の盛り上がりだけで終わらせてはならないのだろう。

被災地に出かけて、医療活動をなさっている方々の手記・報告を読み、本当に頭が下がる思いだ。最近涙もろくなってきているのか、淡々とそうした活動をなさり、当たり前のことのように報告されている方の文章に接すると、目頭が熱くなる。被災された方々に対するのと同時に、そうした活動をされている方々を支える活動、寄付にも積極的に関わることがとりあえずの私に課せられたことだと思っている。


以下、MRICより引用~~~

ネットワークによる救援活動
民による公の新しい形

小松秀樹
2011年4月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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1 情報の集中で官邸は機能不全

 東日本大震災は被害の総量と広がりが桁違いに大きい。これに、原子力発電所の事故が追い打ちをかけた。
 自衛隊は、強い命令系統と、衣食住を含めて被災地で自立して動ける部隊を持っている。人手、重機、運搬手段などを必要とする明確で大きな課題に対し、決定的な役割を果たし続けている。南相馬市では、屋内避難地域に取り残された170名の在宅要介護者の家を1軒1軒訪問し、避難の意思を確認した上で、希望者を避難させた。ここまで細やかな配慮ができる軍隊は世界にないのではないか。

 一方、行政には現場から大量の情報が寄せられ、それぞれに対応が迫られている。しかし、市町村、県、省庁は、現場で迅速な意思決定を下せる仕組みになっていない責任と権限が集中している官邸に、膨大な情報があげられる。意思決定の手続には時間がかかる。政治判断で強引に事を進めるには事案が多すぎる。対応すべき情報量の大きさがシステムを壊している。誰かが悪いわけではない。

 被災者の受け入れで旅館やホテルなどを積極的に利用することになったが、動きが悪かった。一人一泊三食付き5000円を支給する「災害救助法の弾力的運用」の条件が、分かりやすく提示されていなかった。観光庁が一部業者の利益誘導になりかねない文書を出した。観光庁が情報を集めて、割り当てを取り仕切ることを前提にしていた。観光庁にそのような能力があるとは思えなかった。結果として、末端の行政は一時的に混乱した。3月24日、仙谷官房副長官に、何とかしてくれと電話で要請した。仙谷氏は、中央を通すと滞るから、個人で動いて既成事実を作って欲しいと悲鳴をあげた。私は、仙谷副長官の正直な発言をメーリングリストに流した。この発言は、建前が崩壊していることを如実に示し、以後の行政の個別対応を多少なりとも現実的にするのに役立った

2 不特定多数のネットワーク

 行政が対応できない部分を、インターネットを介して、個人や小さな集団がカバーしている。多くの眼で観察し、不特定多数に対して発信する。情報を受け取った多数の中から、援助する意思と能力のある個人が行動する
 今、多くのネットワークが立ち上がっている。私が参加しているメーリングリストの一つである地震医療ネットは、東大医科学研究所の上昌広教授を中心に、3月15日16時41分12名でスタートした。3月26日現在、250名(メディア50名)に膨れ上がった。各地の細かな情報が大量に送られてくる。その中で、例えば、赤ちゃんのミルクに飲料水をセットで付けるという北里大学の海野信也教授のアイデアが生まれた。相当量の飲料水が集まったので、すでに動いていると想像する。放射線モニタリングデータや、世界の専門家の意見なども送られてくる。

 被災地から遠い自治体には、危機感がない分、ていねいな検討なしに杓子定規な手続を言い募って、結果的に救援活動を阻害する方向に動く職員が観察された。普通の自治体職員に、本人の権限ぎりぎりの判断を求めたり、仕事量が増える方向に動くことを期待したりするのはそもそも無理である。今回のよう大震災では、よほど情報収集していないと、自分の言動がとんでもない影響を与えることに気付かない。民による公の活動を、官が促進する、あるいは、促新しないまでも阻害しないようにするには、首長の指導力を工夫するしかない。

 情報をやり取りし、活動していく中で大きな課題が明らかになってきた。復興のためにも、被災地に残る障害者、要介護者、高齢者を後方に搬送して、元気な方の負担を減らす必要がある。高齢者には故郷を離れたくないという思いが強い。その気持ちを酌んだ、きめ細かい対応でなければ、事態を改善させることはできないだろう。

 障害者、要介護者は、避難所に普通の被災者と同居するのが難しい。原発の避難地域では、混乱の中で、しばしば、障害者、要介護者が取り残された。一旦避難しても、長期間持ちこたえられるような場所でない。落ち着ける場所の確保が急務である。ところが、日本各地で温かく迎え入れようと準備している人たちと被災者を上手につなぐ方法が確立されていない。

3 自立した個人のネットワーク

 現時点で、成果をあげているのは、実行力のある自立した個人同士のつながりである。

 3月15日、いわき市の透析患者1100名の搬送について、帝京大学の堀江重郎教授から相談を受け、民間バスでの搬送を提案した。「CIVIC FORCE」(大西健丞代表)の小沢隆生氏や旅行会社クラブ・ツーリズムのスーパー女性添乗員(実名の記載を断られた)がバス集めに奔走した。バス会社の担当者に断られてもひるまず、あらゆる伝手を使って社長に到達し、直談判したという。社長の立場では、社会的に要請を拒めないということを見越しての作戦だった。ところが、3月16日に福島県がバスを用意して搬送することになり、民の活動は一旦中断。その後も二転三転、何らかの理由で、県主導の搬送が止められた。当初、厚労省が止めたという情報が流れたが、真相は確認できなかった。
 結局、民主導で、3月17日、7百数十名の透析患者を東京、新潟、千葉県鴨川に搬送した。当時、常磐道下りは緊急車両しか通れなかったが、堀江教授が、警察内部から直接情報を得て、県や国を通さず、所轄警察署で許可を得た。搬送費用は協和発酵キリン、中外製薬の寄付で賄った。いわき-東京間の搬送という名目の寄付なので、他の地域への搬送は別扱いにするという不可解な議論があったが、その後の顛末は知らない。

 亀田総合病院には45名の患者を受け入れた。一部は他の病院に移した。前日、堀江教授から「東京に搬送される患者の宿泊先の確保が難航している。」と連絡が入った。この時点で、日本医師会が動いていたらしい。友人の池田輝明医師(茅野市)を通して、彼の大学時代の盟友である猪瀬直樹副知事に働きかけた。亀田隆明鉄蕉会理事長も独自に東京都に働きかけた。他にも働きかけがあったかもしれない。何が有効だったかよく分からないが、結果として、東京都の尽力で宿泊場所が確保された。堀江教授は都職員の献身的な働きぶりを見て感動していた。
 私はこの作戦の全体像を知らない。関わった人たち全員とその活動を知っている指令塔はいなかったのではないか。学会などの団体と、個人のネットワークの協働で大搬送が完遂された。個人の多くは、互いに名前や顔を知っていたわけではない。

 協働作業を行う中で、いわき市ときわ会グループの常盤峻士会長との間に信頼関係が生まれた。3月18日の深夜、携帯電話のやり取りで、老健施設が苦境に陥っていることを知った。その数分後、老健疎開作戦のアイデアが生まれた(小松俊平「老健疎開作戦第1報」MRIC Vol.76. 2011年3月21日http://medg.jp/mt/2011/03/vol76-1.html)。亀田総合病院の経営者も賛同。翌朝7時より行動開始と決定。19日朝、渡辺敬夫いわき市長が、常盤会長に対し、疎開しても介護保険請求を認めると言明したことを確認した上で、作戦開始。亀田信介院長の怒涛の行動力で、3月21日には、疎開作戦を完遂した。

4 原徹千葉県医師会理事

 千葉県の房総半島先端部には、安房医療ネットという在宅医療を行っている医療・介護の勉強会グループがある。あふれるほどの善意を持っているが、ナイーブで政治的な動きに慣れていない。このグループが、要介護者とその家族の受け入れ体制を整えた。迎えに行くバスまで用意した。南房総市の石井裕市長は、「生命尊重が第一、特に要介護状態の被災者を積極的に受け入れる。国が(一泊三食付き5000円の支払いを)認めてくれない場合、南房総市が宿泊費を立て替えよう!」と英断を下した。

 このグループに、千葉県医師会の原徹理事から、医師会主導で動いていることにするよう申し入れがあった。原理事は地元医師会の有力者である。メンバーは困惑した。医師会幹部は権力意識が強く、中央指令で横並びの行動を強いるからだ。医師会主導になると、多様な活動を抑制する方向に働く。加えて、面倒な合意手続のため、活動が致命的に遅くなる。
 彼らは圧力をかけられたと理解し、私に相談してきた。実は、原理事は泌尿器科の後輩で、若いころ親しくしていた。すぐ、原理事に電話した。個人の多様な活動を理解する人物だと思っていたが
それが誤りであることがすぐに分かった。

小松 「災害があまりに広範囲で大きい。情報が上がり過ぎて、官邸が対応しきれていない。現場で迅速に動ける個人が動くべきだ。今、インターネットで情報を共有しつつ、個人が迅速に動き、大きな役割を果たしている。」
原理事 「個々に対応すると、違いが生じて問題になる。医師会と県の合意を得て行動すべきだ。」

 同じ意見を繰り返して譲らない。自分の見苦しい権力意識に気づいていない。つい、「馬鹿もの」と怒鳴りつけてしまった。
「誰の許しを得てここで商売しとんのや。」とすごむB級映画にでてくるやくざのようだ。ただし、阪神・淡路大震災では、神戸のやくざは、他人の炊き出しの邪魔をしたり、自分の手柄にするようなことをせずに、自分の力で大量の炊き出しをした。

5 前衛政党型組織とネットワーク型組織

 医科研の上教授も、活動主体の中に、日本医師会の名前を入れるよう要求された。一部の活動で、日本医学会の高久史麿会長の名前が入っていたかららしい。確かに、形式上、日本医学会は日本医師会の中に置かれている。しかし、日本医学会の実質部分である専門別の学会は、日本医師会のコントロール下にない。各学会員も日本医師会への帰属意識は希薄である。
 日本医師会は前衛政党型の組織である。中央で、比較的短い文章で表現できる単純な方針を決定して、それを下部に伝える。重要な方針は、しばしば「勝ちとる」という文言が入る。方針は「あるべき論」になりがちである。単純な方針で統一行動をとっていると、発想が固定化する。多様性への許容度が小さくなる。不特定多数との協働が難しくなる。内部に権力が生じやすい。研究機関を持ちづらく、知的に複雑かつ大きな認識を保持できない

 私は、日本医師会をネットワーク型の組織に改編すべきだと提案してきた。(小松秀樹「日本医師会改革の論点」MRIC109号 2010年3月25日http://medg.jp/mt/2010/03/vol-109.html)ネットワークは、組織として対外的主張のための意思決定をすることができないし、その必要もない。小さいグループや個人がそれぞれ主張すればよい。インターネットの発達で、単一巨大組織が機関決定した意見より、ばらばらの同時多発的意見が、社会を動かす原動力になってきた。「あるべき論」より、正確な事実認識がより重要になる。個々の場面で、事実認識が共有されると、対応の選択肢は限定される。医療を取り巻く世界についての事実認識を高めるためには、広汎な事象について、あらゆる情報を収集、分析し、その結果を発信しなければならない。従来の医師会の活動と発想が大きく異なる。

 原理事の意見が、個人的意見か、千葉県医師会を代表するものかどうか分からない。しかし、「何かやるのなら私に話を通してからにしろ」という発想は、従来の医師会の体質の延長上にある。原理事は千葉県医師会の実力者だと言われている。医師会における実力とは、無理にでも自分を通させる話の量と同義のように思える。
 都道府県医師会長は、自動的にそれぞれの都道府県の医療審議会の会長に任命される。この慣習は、都道府県医師会が、それぞれの都道府県の医師を代表する公益団体であるという建前に基づいている。医療審議会は、各都道府県の医療計画の策定に関わるなど、大きな役割を果たしている。しかし、勤務医を含めて、多くの国民はそれが建前であって、実際のところ、公益すなわち不特定多数の利益向上のための団体ではなく、開業医の利益を守る団体だと思っている。

 加えて、能力の問題がある。最近の5年間で、20名ほどの都道府県医師会長と議論した。予想していたことではあったが、多くは、医療制度や、最新の医療について、知識らしい知識を持っていなかった。個人で情報をやりとりする能力にも問題があるように思われた。都道府県医師会の理事の一部はインターネットをなんとか使えていたが、都道府県医師会長の大半は、個人のアドレスを持っていなかった。持っていたとしても、医師会のアドレスであり、個人名が入っていなかった。自分で素早くキーを叩いて、頻繁に情報交換をしたり、世界から最新情報を集めたりしているとは思えなかった。これも、時代に取り残された理由の一つではないか。実力、すなわち、自分を通させる話の量の大きさで、地位が決まるとすれば、能力に問題がでるのは当たり前である。
 原千葉県医師会理事の申し入れが通れば、救援活動の阻害要因になった可能性が高い。今回の申し入れでは阻止できたが、日本中で同様の横車がまかり通っている可能性がある。医師会の画一性、遅さ、醜さは、その組織の成り立ちに由来する。自力更生は不可能ではないか。

東電の組織的硬直性 

福島原発の事故が大規模になった理由の一つが、同じ場所に複数の原発を建設したことなのは否定しようがない。一箇所で原発を一基建設すると、他の土地を取得することが困難なことから、同じ場所に複数の原発を建設する、という経緯らしい。東海村等、大都市圏に近い場所では、原発は少数の建設だが、福島のように離れていると、増設に次ぐ増設ということになるようだ。

で、6基の原子炉を持つ福島第一原発が、この惨状にある状況で、同じ場所に後二つの原発を増設するという計画を、東電が国に提出していたことが報道されている。計8基の原子炉が、太平洋岸に接して並ぶことになる、という計画のようだ。

この2基の増設は、間違いなく不可能だろう(ただ、これまで多額の交付金を貰っていた地元地方自治体の首長が、受け入れに積極的だとどこかで読んだのだが・・・住民がそれを許すはずがない・・・大体、地元地方自治体は、この事故によって崩壊の危機にある)。

問題は、こうした計画を提出するのを止める、ないしそこまで出来なくても、提出を延期するということが東電でどうして出来ないのか、ということだ。恐らく、東電の硬直化したシステムが、このように馬鹿げた計画提出を行わせたということなのではないだろうか。きっと、前例に基づいてしか決断できないシステムがあるのではないだろうか。

この硬直化したシステムが、福島原発が津波・地震に対して脆弱であることを指摘されても、改善策を取らせなかったのではないか。また、事故発生後、初動の段階で決定的に対応が出遅れた理由なのではないだろうか

ライフラインを担当する企業には、安定した組織が必要だが、リスク管理だけは、何にもまして迅速で確実な対応が必要になる。初動段階で、1)炉心溶融が時間の単位で迫っていること、2)冷却系の回復が、一刻を争って6基の原子炉全部に必要なこと、3)外国も含めて他の組織に援助を求めること、4)廃炉を前提とした対応を取ること等々が行われていれば、きっと違った経過を取ったのではないだろうか。問題の見通しが立った時点で、是非こうした経緯を洗い直し、第二の福島原発を生まないようにしてもらいたい。全国に、53基もの原発があり、同じような経過をとってカタストロフに進む可能性があるのだから。



以下、引用~~~

東電 供給計画に“原発増設”
4月2日 19時43分
福島第一原子力発電所の事故による深刻な状況が続くなか、東京電力が、国に提出が義務づけられている電力の「供給計画」に原発の増設を例年どおり盛り込むと福島県に伝えていたことが分かりました。県側は「県民感情を逆なでする」として強く反発していますが、東京電力は「震災前に取りまとめた計画で、影響を反映させることができなかった」と説明しています。

電力会社は、今後の電力需要の見通しや、新しい発電所の建設などを示した「供給計画」を毎年3月末までに国に提出するよう電気事業法で義務づけられていて、東京電力は平成7年度から福島第一原発の7号機と8号機の増設計画を盛り込んでいます。福島県によりますと、第一原発で深刻な状況が続いていた先月26日に、新年度の供給計画にも例年どおり7号機と8号機の増設を盛り込むと東京電力側から伝えられていたことが分かりました。これに対し、県側は「事故の影響が広がるなかで県民感情を逆なでする」として強く反発しています。東京電力の供給計画は、法律に基づいて先月31日に7号機と8号機の増設計画を盛り込んだまま国に提出されましたが、資源エネルギー庁は「震災の影響が反映されていない」として公表を見送っています。福島県の野崎洋一企画調整部長は、「最終的に供給計画に盛り込まれたかどうかは確認していないが、事実だとすれば憤りを感じる」と話しています。NHKの取材に対し、東京電力では、「計画は震災の前に取りまとめたもので、影響を反映させることができなかった」と説明しています。

日本小児救急医学会 東日本大震災支援特別委員会 

上記のサイトが立ち上げられ、活動のための寄付を募っている。また、放射線被曝の問題に関するサイトがリンクされている。

こちら

低レベル放射性物質を含む廃液を海洋廃棄すると聞いて・・・ 

今夕、東電が、低レベル放射性物質を含む排水を、海洋へ廃棄することを決めたと報道されていた。1万5千トン。法律に則り、危機的な状況を避けるために、止む無く廃棄するとのこと。周辺の魚介類を毎日一定量食べ続けても、1年の許容放射線量1mSvに達しない、とも付け加えていた。

このニュースを聞いて、改めて苦々しい気分になった。その理由は・・・

先日から、高レベル放射性物質を含む廃液が流出しており、それを止めることができないでいる。こちらは、一日7トンという量で前者に較べると少量だが、毎時1000mSv(単位容積当り)という極めて高濃度の放射性物質を含む。これを流しておいて、法律に則り云々は冗談のように思えた。いよいよ、環境汚染を正面切って行なうことになった。自然災害によって生じた原発事故だが、対応の不味さが、汚染を拡大させているように思えてならない(今回、高レベル廃液を保存する場所を確保するため、という理由自体は分かるのだが・・・ここまで来るのに、対応が余りに後手後手に回っている)。

第二に、汚染食物を食べることによっておきる「内部被曝」の多寡を、外部被曝の基準で議論している。内部被曝をICRP等は認めない立場をとり、外部被曝と同等に扱っているらしいが、内部被曝では、少量の放射性物質が、アルファー線によって細胞の遺伝子を破壊し、時にその組織をガン化させる。外部被曝と同等に扱うわけにはいかない。2003年、ヨーロッパで新たに内部被曝を考慮した安全基準が提唱されたらしい。それは、それまでの米国主導のICRPの基準よりも大分厳しいものになっている。いずれにせよ、東電・保安院の立場は、内部被曝を認めぬもののようだ。

官房長官の発言にしばしば出る「直ちに健康障害を起さない・・・」という「直ちに」は、晩発性の障害、とりわけ内部被曝による発ガンの問題を除外するという意味なのだろうと確信するようになってきた。企業・国家は、内部被曝に対する補償を認めぬという立場から、すべての発言を行なっているように思える。

無為無策と情報操作 

原発、電源喪失で3時間で原子炉(圧力容器)が溶融するというシミュレーションを、東電は知っていたが、対策を講じていなかった。

マスコミも、事故発生当初、核燃料棒が1m露出したとか、2m露出したとか、まるでゲームのように報道していた。核燃料棒が溶け出し、容易に圧力容器が溶融することなど一言も言及がなかった。

東電・保安院は、情報の操作で利益を得る当事者なのだから、彼等に情報を管理させていては、本当の情報はリアルタイムで出てこない。

東電・保安院の担当者(の多く)が、事故が起きてすぐに福島市内に退避したことも、今となっては理由が分かる。

道理で、事故発生後すぐに皇室の京都への疎開が議論されていたわけだ・・・。

こうした無為無策・情報操作は、問題が落ち着いたら、是非全容を明らかにしてもらいたいものだ。


以下、引用~~~

「電源喪失で容器破損」東電報告書検討せず

読売新聞 4月4日(月)3時8分配信

東京電力福島第一原子力発電所2、3号機で使われている型の原発は、電源が全て失われて原子炉を冷却できない状態が約3時間半続くと、原子炉圧力容器が破損するという研究 報告を、原子力安全基盤機構が昨年10月にまとめていたことがわかった。

東電は報告書の内容を知りながら、電源喪失対策を検討していなかったことを認めている。

国は2006年に「原発耐震設計審査指針」を改定し、地震の想定規模を引き上げた。これを受け、国の委託で原発の安全研究に取り組む基盤機構が、09年度から様々な地震被 害を想定した研究を始めた。

1970年前後に開発された、2、3号機の型の沸騰水型原発(出力80万キロ・ワット)については、地震で電源喪失した場合、原子炉内の温度や水位、圧力などがどう変化す るかを計算した。

その結果、3時間40分後には圧力容器内の圧力が上がって容器が破損し、炉心の核燃料棒も損傷。格納容器も高圧に耐えきれず、6時間50分後に破損して、燃料棒から溶け出 した放射性物質が外部へ漏れるとした。

原発は低コストか? 

原子力発電は、低コストであり、環境汚染CO2排出も少ないというのが、原発推進派の主要な主張だ。福島原発も一段落すれば、そうした主張が盛り返すかもしれない。

原発が必ずしも低コストではない、また環境汚染を進める発電方法であることを、実際に即して解説しているサイトがある。こちら。良くまとめてあるので、是非ご一読をお勧めしたい。

感情論の反原発論では、様々なブレーンのついた原発推進派の論理に押し切られてしまう。国民一人一人が、原発とは何か、原発の実際のコストはどうかということを良く理解しておく必要がある。

原発は、中曽根康弘元総理大臣が推進を決め、その後、産業界と政治・官僚組織が一体となって推し進めてきた。原発推進に巨額の公費が費やされてきた。それに群がる利権集団という構図だ。

しかし、原発は、国民の生きる権利を蔑ろにする代物だ。一旦事故が起きれば、収拾がつかない。国民の健康を長年にわたって危険にさらす。建設運用コストも他の発電方法に比べて決して安くはない。さらに、廃炉にする際に、数百億円と10年単位の時間が必要となる。福島原発のように事故を一旦起こすと、廃炉の費用は、兆の単位となるようだ。それに加えて、原発周囲の住民への補償も長期間必要になる。

これで、どこが低コストなのか。

放射線防護レベルのダブスタは迷惑だ 

人が生きるうえで、細胞分裂を繰り返すことが必須だ。細胞分裂では、遺伝子の複製が必ず行われる。放射線は、遺伝子を破壊する。細胞分裂の盛んな、血液・消化管・皮膚等が放射線によって強く冒され易い。また、成長の盛んな小児は、その影響を受けやすい。その影響は、年余に及ぶ。

そのために、国際的に、また国内で、放射線の安全基準が定められている。

福島原発事故を受けて、その安全基準を緩和しようという動きがある。下記のICRPのそうした動きは、外部被曝の問題だろう。内部被曝の問題についても、安全基準の緩和の動きがある。そうしたいい加減な緩和の動きを監視する必要がある。

為政者や、企業にとって都合の良いダブルスタンダードの導入は迷惑な話だ。また、田舎で人口が少ないから、そこはダブルスタンダードでよいということも、個々人のレベルの議論としては納得がいかない。

海等環境への汚染防止の対策が、後手後手に回っている。現場で必死で防止作業に携わっている方々のご苦労があるが、安全なところで指揮を取っている人々の先手を打とうという姿勢が見えてこない。政府・東電・保安院の一層の努力を望む。情報の隠蔽や改竄ではなく、すべての情報の即時の公表を要望したい。


以下、MRICより引用~~~

公衆の放射線防護レベルの緩和についての国際放射線防護委員会ICRPの忠告(3月21日)について

九州大学教授・副学長
吉岡斉(よしおか・ひとし)


2011年4月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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国際放射線防護委員会ICRPは3月21日、Claire Cousins議長らの名で、およびChristpher Clement科学事務局長の連名で、福島原発震災における放射線防護レベルの緩和に関するコメントを発表した。その骨子は、緊急時の放射線防護の「参考レベル」を20~100mSvとし、また事故終息後の汚染地域からの退去の「参考レベル」を1~20mSvとすることを忠告recommend する、というものである。

 日本の放射線防護関係者の中には、それを支持する者もいると聞く。しかし筆者はそれに賛成しがたい。筆者はICRPによる放射線の危険度(リスクと表現する者もいる)の見積りが過小評価であると思っているが、それについて今回議論する気はない。かりそめにICRPの評価が妥当だとしても、今回の忠告を日本政府が受け入れることは賢明ではないというのが筆者の意見である。

 その理由は、この忠告が暗黙の前提としているのが、局所的な少人数の被曝だという点である。そうした範囲内ではこの忠告は一定の説得力がある。しかるに福島原発震災は、巨大都市を巻き込んだ広域的な被曝をもたらすおそれが濃厚であり、そうした事態に対してICRPの考え方は危険である。

 日本政府は、ICRPの勧告に準拠して、国内の放射線防護基準を定めてきた。具体的には原子力安全委員会の原子力防災指針などに、そうした基準が示されている。そこにおける公衆の線量限度(平常時)は年間1mSvである。ちなみに放射線の危険度に関しては、ある集団が20000mSvを浴びると、その集団でのがん死が1名増加すると見積られている。これは言うまでもなく「直線仮説」に基づいた見積りである。これが正しいとすると、今回の福島原発震災による放射能が首都圏に飛来し、その住民3500万人が1mSvずつ被曝した場合、1750人のガン死者増加がもたらされる。これは相当に大きな数字である。

 他方、緊急時においては、平常時よりもはるかにゆるい基準が、公衆被曝に関して適用される。現行の基準では屋内退避の目安が累積10mSv、避難の目安が累積50mSvとなっている。これを首都圏に適用すると恐るべき結果が出てくる。首都圏の人口は3500万人である。この集団が一様に10mSvを浴びた場合、首都圏でのがん死の増加は17500名となる。50mSvでは87500名となる。このような大量死を容認するような基準の適用は妥当ではない。平常時と同じ年間1mSvを厳守することが望ましいだろう。

 ところがICRPの今回の忠告は、これよりもさらにゆるい20~100mSvという「参考レベル」を推奨している。これは地方の都市・農村を念頭に置いた基準であると考えられる。それをそのまま巨大都市に適用するのは大胆すぎる。同じように、恒久的な移住の基準を年間1~20mSvにしてはどうかというICRPの忠告も適切ではない。

 なお首都圏の基準と、福島第一原発周辺の基準を、ダブルスタンダードにして使い分けるのは、理論的にはありうる方式であるが、現実的には立地地域に犠牲を押しつけるものだという批判を浴びることは必至であり、実施困難である。一律に年間1mSvを適用するしか、取りうる方法は無いかもしれない。

復活祭を前にマタイ受難曲を聴く 

今年の復活祭は、今月24日のようだ。受難週を経て、復活祭に至る、キリスト教・キリスト教社会にとっては、大切な時期のようだ。

それに合わせたわけではないが、最近休む前に、マタイ受難曲を聴いている。以前に紹介した、リヒター最後の録音である。ゆったりしたテンポで進められ、コラールではフレーズの最後でフェルマータをかける。磯山教授が、「リヒターがロマン派に回帰した」と嘆いた演奏である。小規模の団体による演奏で、きびきびした音楽を聞かせる、現代の演奏法とは、確かに違う。でも、このリヒター晩年の演奏には、我々のこころを圧倒するものがある。第一曲のテンポは、イエスのゴルゴタの丘を登る歩み。イエスの生涯によって、我々は現世の悩みと憂いから解き放たれるというメッセージ。キリスト教の信仰に拠って立たない者にも、福音とは何かということを指し示してくれているように思える。

この受難曲を聴く上で、ドイツ語を聞いて理解することができない私は、対訳に目を通しながら聴く。すると、一つ一つの音楽が、圧倒するようにこころに迫ってくる。バッハがこの曲を作曲し演奏するのを耳にした、当時のプロテスタント信仰をもつ人々は、こころを揺り動かされる思いで、聴いていたのではあるまいか。現代にあっても、この音楽の持つ力には驚嘆させられる。

リヒターのこの録音よりは、現代的な色彩の演奏である、小澤征爾指揮サイトウキネンオーケストラの演奏。マタイ受難曲第一曲。誠実な印象を残す演奏だ。

遅い春 

怒涛のように過ぎ去った3月。朝夕は、まだ冷えるが、日中は春の温さが感じられるようにようやくなってきた。

仕事場の裏に農業用水がある。その土手に咲く、自生の水仙。先日たまたま見つけて、その生命力の強さに驚いた。

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同じく仕事場の北側に植えられているカナメモチの新芽。もともと日照の少ないところにも育つ強い木だが、昨年かなり強く枝を落とされたのに再び新芽を元気に出している。

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