CW Academy Advisor 

コンテストばかりではまずいと思ったのか、CWopsでは、CWのビギナーの指導・教育を行うプログラムを始める。CWを覚える、CWで交信するそしてCW通信技術の向上を図るという目的を、ビギナーのハムが達成できるように、手助けをしようということだ。当初、昔懐かしいelmerとかelmeringという言葉が躍っていたのだが、いつの間にか、CW Academyと、それに属するAdvisorという、事務的な名称に代わってしまった。

Rob K6RB、それに私もよく知るJay W5JQが主催する。学習者と、教師を引き合わせて、両者に定期的な交信を行ってもらい、それによって技術向上を図る、ということらしい。オンエアーミーティングも行い、そこにチェックインした局を二局ずつのカップルにして、ほかの周波数に移って交信を続けてもらうということも考えている様子。いよいよ、公にアナウンスするそうだ。でも、advisorになっても良いというメンバーが数名しかいない、ラグチュワーは一体どうした?という檄が、Robから飛んだ。

コンテストなぞもうおなか一杯だと思っていたが、このプログラムは意味がありそうな気がしていた。でも、気の短い私ののこと、ゆっくりとしたCWで交信を続けることがはたしてできるか、自信がなかった。・・・しかし、1960年代、WB6BFR、W6ULSそれにWA6YVTといった、今は亡きelmer達に懇切に相手をしていただいたから、現在、多少なりともCWでの交信を楽しめることができるのだから、恩返しを、新たなラグチュワー候補者に対して行うべきなのではないかと考えた。今朝、CWopsのサイトでadvisorになることを希望する旨書き込んだ。

どうも北米中心ですべて進んでいる様子なので、アジアでもこのプログラムに沿って活動をしても良いのではないかと思った。すでに、FEAやらJBAやら類似の活動を続けているクラブ・集まりはあるのだが、一対一の関係で研鑽しあうという団体はない。また、アマチュア無線界でも活躍が目覚ましい、中国や韓国のハムにラグチューを楽しむ方が少ないことも気になっている。そうした、隙間産業ならぬ、隙間オペレーション技術を埋めるお手伝いができたらと思っている。

・・・でも、Ralph WB6BFR達、elmerは、何もわからぬ中学生だった私の相手をあのように根気強く親切にし続けてくださったのは、どうしてだったのだろう・・・。米国にはとりわけそうした精神風土があったのだろうか。

Bob N6EA 

Bob N6EA(故人であり、現在のN6EAとは異なる)とのN6EAのコールでの初交信は、1980年代初め、8月下旬21メガでのことだった。オールアジアコンテストが終わり、ほっと一息ついたところだった。何を話したか記憶が定かではないが、彼の少しゆっくり目で単語間スペースをしっかりとるCWの符号は、今も耳に残っている。

当時、オールアジアコンテストは、バンドがわずかに秋めいてくるその時期に開催されていた。当時、まだ大学病院に勤務しており、まとまった夏休みが取れたので、コンテストに現を抜かしていたのだった。北米の東海岸のビッグガンがずらっと並んだ21メガで、怒涛の最後の2、3時間を過ごし、脱力したようになっていたのだと思う。バンドは、ほとんど誰もいなくなり、静まり返っていた。

Bobは、端正でゆっくりしたCWを打つ方だった。『大草原の小さな家』の舞台となった、カリフォルニアの内陸部Sonoraにお住まいのリタイアしたエンジニアだった。最初に記したとおり、その交信で何を話したのかまでは、はっきりと覚えていない。でも、コンテストの喧騒は、もう「十分だ」と互いに率直なところを話しあったのではなかっただろうか。

Bobとは1960年代にも交信していた。彼はW6K・・というコールを持ち、当時からコンテストやDXに活発だったようだ。共通の友人がたくさんいることも分かった。特に、Eric W6DU(同じく、故人、元のNCDXFの会長)とは、仕事をしていた頃からの旧友であり、14メガで、Ericと毎朝スケジュールを組んでいた。

1980年代半ば、私が、JH0FBH Hide氏とカリフォルニア漫遊の旅に出たときに、ぜひ彼の家に寄るように言われて、はるばるBayエリアからSonoraにレンタカーで向かった。丘陵地帯が続く、木々に囲まれた閑静な住宅地だった。奥様ともどもBobは、我々を歓待してくださった。半地下にあるシャックには、年季の入ったTS930があった。厳つい表情のBobだったが、笑顔がとても人懐っこかった。木漏れ日の差すベランダで奥様手作りの昼ごはんをご馳走になり、別れを惜しみながら、次の目的地に向かった。

その後、彼とは定期的に交信をさせて頂いた。Ericと彼との14メガのスケジュールにも時々割り込ませていただいた。残念なことに、ヘビースモーカーであったBobは、1990年代後半に呼吸器系の病気で亡くなられた。彼とは、古き良き時代の話や、共通の友人のこと・・・サンタバーバラの巨匠K6DCのことも、仕事・無線を介してご存じだったはずだ・・・それに家族のこと等いろいろと会うたびに話をした。

で、彼の思い出に併せて、私が思うこと・・・今のコンテスト、さらには普通の交信までもが、humanな要素をあまりに喪失しているのではないだろうか。Bobも私もコンテストの喧騒と熱狂を愛した。だが、その前後またはコンテスト交信のバックグラウンドにある人間的なつながりを大切に考えていた。今は、humanな要素は、捨象することに熱心だ。効率と、量的な拡大だけを追い求める。

コンテストは、元々は、自分の設備と運用技術を競い合うための催しだった。その背後にあるのは、遠くまで安定して交信を成立させたいという欲求だったのではないだろうか。口幅ったい言い方になるが、相手への関心がベースにあったはずだ。でも、現在は、莫大な費用をかけた巨大な設備を用いて、ネットでバンド情報を求め、ロギンングや運用そのものまでPC頼りだ。コンテストの最中はおろか、その前後までもhumanなものは排除する。

そのようにdehumanizeされたコンテスト等、PCのゲームと何ら変わりがない。そうした活動は、やがて廃れる。または、さほど費用と時間のかからぬPCゲームに置き換えられてゆく。

Bobが存命だったら、きっとこのような私の思いに同調してくれるに違いない。コンテストもよいけれど、もっとこころに響きあう交信をしようではないか、と。

PS;直列に入っていたルーターの、もう一方を初期化して、ネットに安定にアクセスできるようになった・・・一安心。

近況 

このブログは、仕事場で更新することが多かった。前のPCが駄目になって、新しいものを入れてから、当初は快調にネットにアクセスできたものの、徐々に不安定になってしまった。当初、ルーターを初期化すると、不安定さが一時的に改善したのだったが、徐々に元に戻ってしまう、ルーターが、Windows7に対応していない可能性を考え、新しいものに変更した。が、問題は改善せず。ルーターの設定では、ネットにアクセスできるはずなのだが・・・。モデムも変更しなければならないのか・・・そちらは、仕事がらみでもあるので、業者に依頼するか・・・。

というわけで、しばらく更新もままならないかもしれない・・・。

仕事では、看護師のEさんが、今日(昨日)で退職。ミニのスーツ姿で颯爽と面接に現われたのが12年ほど前か・・・。その後、二人のお子さんに恵まれ、いかにもお母さんらしくなった。いつも笑顔で、てきぱきとよく仕事をしてくださった。記念の花束を渡すと、涙ぐんでいた。新しい職場で頑張って欲しいものだ。

無線では、一昨日、北海道在住で同業のTさんと、3.5メガのフォーンでお会いした。20数年前に北海道にドライブ旅行に出かけた折に、偶然知り合った方。その後、数年後に学会か何かの折、こちらに駆け足でおいでくださったことがあった。和文では1,2年に一度程度お目にかかっていたが、フォーンで声をお聴きして、昔を懐かしく思い出した。共通の友人のこと等々、ゆっくりお話しをさせて頂いた。

人の存在を危うくする原発事故 

東大医科研グループが、依頼を受けて、飯館村で検診を行ったという報告。

老齢の方が、飯館村に住み続けたいという希望を漏らされた。それを受けて、この記事の筆者は、緊急の避難指示が正しい選択だったろうか、と問うている。この状況で、住み慣れた自宅にとどまるか否かは、極めて個別的な対応が必要だということは、筆者の述べておられる通りだ。行政にも一律の判断を押し付けることはやめてもらいたいものだ。

が、住み慣れた故郷の自宅に留まれぬという、年配の住民にとっては、生きることを根源的に否定される事態を、この事故がもたらしているという点にこそ、我々は注目すべきではないだろうか。放射能汚染は、年余にわたって生命を脅かすだけでなく、人が社会的な存在であることを脅かすのだ。我々が存在することを根源的に脅かす事態なのだ。この事態を改善する、切り札のような方策がない。一旦、こうした事態になると、周辺の大きな地域は人が住めなくなり、たとえ住めたとしても、放射能汚染の呪縛に数世代にわたって苦しめられることになる。

現在、事故を起こした原発では、10万トンを超える汚染水がたまり、その汚染除去システムが稼働したかにみえたが、どうもうまくいっていないらしい。あと10日前後で、高度汚染水が地表に漏れ出てくる。それは海をさらに汚染することになる。まだまだ剣ヶ峰を歩んでいる状態だ。何としても、このとめどない環境汚染の進行を食い止めてもらわねばならない。さもないと、我々の生存基盤が危うくなる。すでに、なっているのかもしれない。

もう一点、医科研と共同で、この検診事業を進めているという「星槎グループ」。その会長、宮澤氏は、知る人ぞ知るアマチュア無線愛好家。最近は、あまり聞かないが、1990年前後には、無線上珍しい様々な国に出かけて行き、無線をしておられた。何度かお目にかかったこともあるが、DXをやっている方には珍しく外交的で陽気な方だった。頑張っておられるなと思って、同グループのサイト等をサーフしてみた。


以下、MRICより引用~~~

飯舘村 健康診断・放射線相談会の舞台裏

東京大学医科学研究所
坪倉 正治

2011年6月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
村内全体が計画的避難区域に設定された飯舘村で5/21,22、特に空間線量の高い3つの行政区(比曽、蕨平、長泥)の村民を対象に健康診断および健康相談会が行われた。この健診相談会は菅野村長からの依頼にて、飯舘村と我々のチームが共同で行ったが、今回はこの経緯と結果についてご報告したい。

健診の結果は6/1に飯舘村ホームページに掲載されており、そちらもご参照いただきたい。
http://www.vill.iitate.fukushima.jp/news_item.2011-03-16.6166347824#44

【健診・相談会が行われるまでの経緯】
「村民の皆さんが避難する前に健康診断をお願いできないだろうか。」
飯舘村の菅野村長から東京大学医科学研究所(以下、東大医科研と呼ぶ)にこんな連絡があったのは5/13のことだった。相馬市内のとあるビルの2階、ここに星槎グループと東大医科研共同の事務所がある。この事務所を拠点とし、我々は震災後、相馬、南相馬で継続的に医療支援を行っていた。どうして我々に依頼が?そんなことを考えながら、飯舘村役場に初めて伺ったのは5/16のお昼頃だった。

菅野典雄村長と、健康福祉課の菅野司郎さん、石井さん、松田さんと、ハーバード大学公衆衛生大学院の細田美和子さん、と私の5人で相談をした。実は、この段階では誰を健診の対象にするのか、どの様に行うかは全く決まっていなかったのである。しかしながら、ものの数十分で方向性は固まった。なぜなら、村長のご意思が非常に明確であったからである。

「健康診断で、村民の皆さんの不安を出来るだけ取り除いてあげてほしい。1人1人の話をじっくり聴いてあげてほしい。」
これを繰り返し村長は強調された。

通常の健康診断では、医師1人あたり1日で200-300人程度の健診者を診察する。時間的に1人の健診者とのやり取りは1-2分程度が限界だ。僕は言った。「わかりました。できるだけ医者を集めます。しかし、時間的また我々のマンパワー的にも何千人の方々を対象には恐らくできません。」
この相談の5日後、18歳以上、特に空間線量の高い3つの行政区(比曽、蕨平、長泥)の村民の皆さんを対象に健診および相談会を行うことになったのである。

余談だが、こんなことも聞いた。どうして我々に依頼するのですか?と。答えはこうだった。「相馬市の立谷秀清市長からあなた方のことは聞いた。他に頼める人がいない。」と。
この時点で飯舘村は無医村であった。福島県や国は、「予算を30年間つけて住民の健康【調査】を行う。まず第一回目の会議を始めないと、、、」といったことを言っている段階であった。村長はじめ、地元の方々が望んでいたのは国や県がやろうとする調査ではなかったし、国や県は村民の皆さんが避難するまでの短い時間内に動ける状態でもなかったのである。

【健康診断・放射線相談会当日】
当日の健診会場は受診者でごった返し、まさにカオスだった。この大混乱を何とかまとめることが出来たのは、星槎グループの宮澤保夫会長を始めとする星槎スタッフの皆さんの協力なくては実現しなかった。この場を借りてお礼申し上げたい。
南相馬医師会長の?橋亨平先生、南相馬市立総合病院の及川友好副院長をはじめ、東京大学国際保健政策学専攻の渋谷健司教授、田仲曜先生、小林一彦先生、日向正光先生、谷本哲也先生、角泰人先生、福井一人先生、浅谷麻美子先生、飯舘村の看護師の方々、渋谷研の学生さん達、その他多くの方々が快く協力してくださった。
問診、採血採尿、身体測定、血圧測定を行い、その後医師診察を行った。私自身も診察に加わったが、村民の方々は本当に色々なことを話してくれた。村の歴史、自分の家族の歴史、仕事のこと、子供や孫のこと、自分の思いなど、ここではとても書き尽くせない。無念だという気持ちがひしひしと伝わってきた。じっと話を聞いていた。
腰が曲がった高齢者の方もたくさんいらっしゃった。「この村で死にたい。」そういわれて返す言葉は無かった。15~20分なんてすぐに過ぎた。
確かに空間線量は高い。健康に影響が出るかもしれない。ただ全員に、「じゃあ避難してください。」というのが正しいなんてとても思えなかった。

【当日の結果 背景・症状】
感想文のようになってしまっているので、結果の概要をご紹介したい。
今回の健診には合計257人の住民が受診した。年齢中央値は62歳、50歳以下は全体の20%程度であり、高齢者が大部分を占めていた。そのためか多くの方が、慢性疾患を合併しており、高血圧92名、高脂血症30名、糖尿病14名であった。悪性腫瘍の治療歴のある住民は11名だった。
抑うつの程度を計るため、PHQ-9を導入したが、住民全体のスコアの中央値は3点で、大半の住民は特に問題がなかった。しかしながら、47人(18%)がカットオフ値の10点以上であった。専門家による継続的な介入が必要であるというのは医師としてのコメントだが、この状況で何も感じないなんて不可能だとも思う。

【震災後の生活環境の変化】
特筆すべきは、震災後、生活環境が激変していることが明らかになったことだろう。震災前は半分以上の住民が、農家だからか、毎日5時間以上屋外で生活していた。それに比べ、震災後は屋外での作業時間は激減し、大部分の住民は一日に数時間しか外出していなかったのである。

【血圧身体測定、血液検査結果】
上記の生活環境変化が影響を及ぼしたかはわからない。
だが、明らかになったのは慢性疾患のコントロールが悪い健診者が多いことであった。血圧は94人(37%)で収縮期血圧が140 torr以上で、前年度に比べ統計的に有意に上昇していたのである。同様の傾向はBody Mass Index (BMI)でも認められた。
一方で、急性被曝の指標とされる白血球やリンパ球の明らかな低下を認めた住民は存在しなかった。

【結果を見て】
当然のことながら今回の検査結果のみで、放射線被ばくによる身体への影響は出ていない、なんてことは言えない。しかし、この結果を見て、私はあの健診のときの、腰のまがったおばあちゃんを思い出した。このおばあちゃんの血圧が避難指示を含めた災害によるストレスで急激に上昇し、虚血性心疾患や脳血管障害を引き起こしたら?
被ばくにより、十年後に発ガン率が、、、とか白血球が下がって、といったことももちろん重要なのだが、本当に健康に最も影響を与えている要因は被ばくなのか?
もっと言うと、本当に緊急の避難指示を出すことが正しかったのか?と。

被ばくによる影響を軽んずるつもりは毛頭ない。長期の慢性的な低線量被ばくの影響は不明である。Whole body counterを用いた内部被ばくの調査も行えていない。年齢を含め個人間で放射線の影響は異なる。きっと子供や妊婦さんにこの議論は通用しない。現在この結果の精密な分析を行っており、今後発表の予定だが、まだ我々は原発災害が身体にどのような影響を及ぼすかについて知らないことが多すぎるのだ。

繰り返しになるが、村民の皆さんの不安を出来るだけ取り除いてあげてほしいとおっしゃり、今回の健診の開催をご判断なされた、菅野村長に敬意を表する。今回の健診を通して、我々もできるだけの支援を続けたいと思うと同時に、この地区のより多くの方の健康が守られることを切に願う。


検視業務 

警察による検視業務を、これまで二人の医師会員が担ってきたのだが、dutyがあまりに重いと、会員全員の持ち回りで行うようになった。丸一日、24時間オンコールで呼び出しを待ち受ける。

で、泥縄式に、古本の「検視マニュアル」なるものを入手し、読み始めた。犯罪絡みが確実な検視は、専門家に回されるらしいが、それでも亡くなられた方の人生の最後の記録をする責任は重たい。はたして、やって行けるのだろうか。

私は、大学病院に勤務していた頃は、受け持ち患者の病理解剖に立ち会ったことは何度もあるが、検視の経験はなし。死後時間の推定は、様々な方法で可能かもしれないが、病死の原因は、単なる検視ではわからないことが多いらしい。私個人は病理学には関心が深かったのだが、あの病理のルーティンワークである肉眼病理解剖がどうにも苦手で、病理学教室に入局するのを止めた口である。

この検視の記録が、個人の記録として残るだけでなく、死亡原因の疫学的な調査の資料にもなる。それを、検視の経験の全くない、小児科医等の非専門家に任せておいて良いものだろうか。法医学会、それに行政は、異状死の定義を広く取り、診察後24時間以上経っての死亡を、すべて異状死とし、死体の検案をする、という方針のようだ。

それを現場で担う検視体制が、こんな貧しい体制で良いのだろうか。

ちなみに、丸24時間オンコールで待ち受ける報酬は、「3千円」の由・・・。


Amy インドでインターンシップ 

無線の旧友Steve N6TTのお嬢様Amyが、IJMという組織のInternshipとして、インドに行っている。6月12日に現地着。早速活動を始めているらしい。こちらが彼女のブログ。彼女は、1年前フィアンセが事故に遭い、以来苦しい日々を送ってきた。が、昨秋からPepperdine大学でMBAのコースに通い始めた。Steveが目に入れても痛くない(?)ほど愛しているお嬢様だ。

IJMは、主に南アジアの開発途上国で、労働搾取、性的搾取等々の人権問題を扱い、現地の法律に則り、現地法曹と協力して、そうした人々を抑圧と搾取から解放するために活動する組織らしい。そのサイトはこちら

Amyの母上、すなわちSteveの奥様Lindaは、Amyが旅立つ時に、旧約聖書イザヤ書の一節を送ったとある。熱心なクリスチャン一家だ。母国を離れて、訓練と研究に勤しむAmyに幸多からんことを祈りたい。彼女の未来が、大きく開かれるように。若い時期に、援助の手を必要としている人々のもとで仕事をするための訓練を受ける、その心意気に拍手を送りたい。

あれほど、Amyを追ってインドに行くんだと張り切っていたSteve、結局、フロリダで息子さんのでるホッケーの試合を見に行くことでお茶を濁すらしい。インドは、米国からはやはり遠いか・・・本人曰く、私はhome personなのだよ、と。次女のHannahは、教会関係の団体に入り、夏の間、オーストラリアで舞踊の公演をする日々のようだ。Steveの家も、すっかりもぬけの殻になりつつある。

真冬の南アフリカから 

2日前、本格的に寝る前に、うたた寝をしてしまったのと、昨日昼休みに所要で隣町まででかけたために午睡がとれなかったので、昨夜は、無線機の前に座っても眠気に襲われ続けた。2,3局7メガで北米と交信したのだが、受信の最中に意識がとび、送信の最中に夢の中で送信していた。これは如何と早々にスイッチを切った。歳を取るとはこういうことなのだなと確認させられたような気分。

が、寝る直前、午後11時ころに、一度だけと考え、7メガの定住周波数でゆっくりCQを叩いた。北米はすでにフェードアウトしていたようだが、弱い信号で呼ぶ局がいた。ZS1と聞こえる。北米向けにしていたビームを慌てて180度振ると、ノイズの海からZS1JX Peterの信号が浮かび上がってきた。それでも、ようやく559程度。フラッターを軽く伴う。彼とは何度か交信しているが、夏至を過ぎたばかりの深夜、7メガで南アフリカが聞こえると、ちょっとした感動だ。

当然のことながら、あちらは真冬の寒さ。ZS1AAXや、ZS1XRといった昔懐かしいコールが最近聞こえないが、ぜひよろしくと伝言を依頼した。Al ZS1AAXのことはご存じらしく、伝えると返答があった。

1960年代は、西海岸のビッグガンが、秋めいてきた時期に、強力な信号で、南アフリカの局と交信していた。7メガの、こうした時間帯に、ロングパスによる交信だった。ZS5KI、ZS1XR等々。1980年代になると、定期的なそうした交信はあまり聞かれなくなった。でも、ZS6QUが強力に入感することが多かった。ZS6BCRや、ZS5TXも常連のように聞こえていた。Chris ZS6BCRは、そのうち、ZS6EZとコールを変え、コンテスト専門に堕して(笑)しまった。だが、最近は・・・とんと聞こえない。北米のビッグガンが聞こえなくなったのが先か、それともZSの連中が先に消えたのか・・・。60年代にCR6から出ていた、Manuelが最近LU5OMとして復活した。彼は、しかしハイバンド専門だった。

南アフリカは、距離としてはかなり離れている。が、伝搬路は、主に海上なので、安定したパスが期待できる。昔懐かしい、古き良き時代の運用スタイルを守っているハムが多い。この秋は、時々南西にビームを向けて耳を傾けよう。

夏至を迎えて 

昨日は、夏至。あの冬至からもう半年が過ぎたのか、と改めて思う。怒涛の半年だった。

暑さがひと段落したころに自宅に戻った(午後は休診だった)。草むしりと、植木の刈り込み作業。汗だくになる。球形のどうだんつつじが、枝を伸ばしているので、枝を丁寧に落としてゆく。若木のむっとした匂いが、一瞬漂う。

夏至としてはバンドが静かだ。14メガで、古くからの友人のAl W1FJ等々と会う。彼が我が家を訪れたのは、もう20数年前か。フィリップス社のエンジニアとして世界を駆け巡っていた、若々しい彼のイメージしかない。が、彼ももう70歳。リタイアして7年。私のリタイア計画を話すと、喜んでくれた。彼とは、1991年、K1YTのお宅を訪ねた際にも、そこでの歓迎会で会っている。また是非東海岸に来るように、と招待してくれた。こういう話が、現実味を帯びてくるのが、嬉しい。彼は、秋に地中海のクルーズに出かける由。キーイングは、まだまだ立派だ。

夜、寝る前に7メガを覗いた。Dave K6XGが、他のW6の局とラグチューをしていた。それにしばらく耳を傾け、終わると同時に呼んだ。Daveは、趣味のリコーダーで、プロのマスタークラスのオーディションを受けるらしい。Vivaldiのト短調のソナタだったか、協奏曲だったか・・・。緊張するとのこと。前の交信で、奥様がDebussyを好まれると紹介されていたので、「バッハ以降には作曲家は存在せず」という彼の信念と相容れないのではないかと突っ込んでみた。いや、彼の自宅にあるBoesendorferでDebussyを弾くと、素晴らしい音がするのだよと自慢げに彼は応えた。

私が、Lekeuのピアノトリオを最近よく聴くと言うと、Lekeuは未知の作曲家だったらしい。交信終了後、Lekeuのどの作品がお勧めかと言うので、私は、Lekeuの作品を紹介できるほど聞いていない。ただ、ピアノトリオと、未完のピアノクワルテットだけしか聴いていないとお答えした。Lekeuの短い音楽家としての人生にも少し言及した。彼は、その二作品をネットでダウンロードして聴いてみると言っていた。最近、子どもの頃にちょっとだけさらったバイオリンを再び始めた由。バッハの無伴奏をさらっているのか尋ねたら、SUZUKIの1巻を練習中で、今の当面の目標は、「きらきら星」らしい・・・。

Daveとの交信を始めたのが、11時半頃。7メガが良く開いていたものだ。でも、交信中に徐々に信号が落ち始めた。CONDX上、あと2ヶ月もすると、めっきり秋らしくなるはず。それが、今から楽しみだ。

野菜の放射能汚染 

我が栃木県では、県内の農産物の放射能汚染サンプリングデータが、週に一回県のサイトにアップされている。こちら。最近は、検査するすべての農産物に汚染が認められぬという結論になる。

が、このデータを見て、疑問に思うことが幾つかある。

○3月15日、大規模な汚染が生じた日から、1週間程度の一番大切なデータが抜け落ちている。ライフラインは、回復していた時期であるから、データ自体はあるのではないだろうか。是非、公表してもらいたい。

○3月から4月中旬にかけて、IついでCsの汚染が進行しているのが分かる。『地域差』が大きいことに注目すべきである。汚染は、やはりspottyに生じている可能性が高い。ということは、よりきめ細かいモニタリングが必要なのではないだろうか。

○検出感度以下という表記があるが、検出感度が幾つなのか、記載されていない。データを素直に読めば、1の単位なのだと思われるが、データ表記上もっとも大切な事項を明記していないのは、様々な憶測を呼ぶ。

○これが一番の疑問だが、Iは半減期の短い核種がメインなのかもしれないが、Csは半減期が30年と長い。さらに、Csは、地中にとどまり、野菜類に吸収されることが知られている。3、4月にCsの高濃度汚染が起きた地域であっても、その後、汚染はあたかも消えたかのようにになっている。Csの汚染は、地域により大なり小なり続くと予測されるが、このデータはそれを否定するかのようだ。サンプリングの段階で、汚染の少ないことが予測される地点を取り上げるといった、恣意的な選択が行われていないだろうか。同じ地点での観測を時間を追って続けることが是非必要だろう

土壌のCs等の核種の汚染は年余にわたり続き、野菜類がそれをを吸収し、汚染されることは当然予測される。野菜類の吸収による汚染の起きやすさは、根の深さに関係するらしい。こちらに、野菜別のCsの吸収率の比較がある。

そもそも、日本の食物中Csの基準値、500Bq/kg、が高すぎる・・・規制値として甘すぎるのではないかという問題を検証しているサイトがある。こちら。わが国の基準値は、汚染地域からの野菜の輸入を想定した国際的な基準値の3倍、ドイツの基準値の実に50倍にあたるという。わが国の算定根拠にも言及されており、元来が、高度の被曝を想定した値であり、原発事故から時間が過ぎたら、汚染地域以外からの野菜が手に入るようになると想定した数値であるらしい。同サイトには、実際上推奨される基準値が記されている・・・もっとも、行政の行っているモニタリングのデータに信頼が置ければ、という前提がつくが・・・。

やはり、行政は何かを隠しているとしか思えない。

決断 

来年4月で、閉院することに決めた。様々な理由があるが、それはまたこの計画が成就してから。

これまでもずっとリタイアすることを検討してきたが、複雑に絡む様々なファクターがあり、一向に物事を先に進められなかった。「えいやっ」と閉院時期を確定することで、そこから時間を勘定して、今実行すべきことを実行する。X線装置のリース機器の返還も、これに沿って実行したことだ。

この計画、まだ2,3名の方にしか明らかにしていないのだが、いやぁ、こうして私が消える状況になると、周囲の関係者の立ち位置、考えがあぶりだされてくること。

開業医は、あくまで孤独な職業だ。自分で決めて、自分の責任ですべて遂行しなかればならない。来年春以降、国は本気で開業医をつぶす作業にとりかかる。それによって、医療費を形だけ減らし、さらに勤務医が開業に『逃げる』ことのないようにするのだ。医療制度がどのようになるかはお構いなしである。一生懸命一緒に仕事をしてくださっているスタッフ、それに通ってきてくださっている患者さんに迷惑のかからないように・・・。

閉院には、かなりの不安もあるが、決めたら、前に進むことだ。米国の友人たちには、リタイアするぞ~と言って回っている。彼らに直接会うこともできるだろう。米国をぐるっと車で回りたい・・・。年老いた義理の両親への孝行も多少できるだろう。ハウスキーピングももっとしっかりできることだろう。料理の腕ももっと磨かなければ・・・。カミさん孝行もしよう。

朝、ふっと気が向くままに、信州に車で出かける・・・夢のような生活。でも、社会とのコネクションを何らかの形で保つことも考えよう。

ARRL A1 Operator Club 

過日、旧友のRod K5BGBが、「あるところに私を推薦した、そのうち分かるよ」とメールで言ってよこした。ほとんど忘れかけていたら、今日再び彼からメールがあり、彼が私をARRLのA1 Operator Clubに推薦し、その後もう一方の推薦者がついたので、私が正式のnomineeとなったとのことだった。

ARRLのこのクラブについてはこちら。メンバーのリストを見ると、知っているコールがいくつもある。このクラブは1933年に始まる長い歴史を持つ。クラブについて説明するK1ZZによると、「elite」のクラブだそうだ・・・私がeliteなんて言うと、お臍でお茶がわいてしまいそうだが・・・。elitism等、普通はないというところだろうが、それを表だって記しているところがすごいといえばすごい。

会員証等が、近いうちに送られてくると、Rodがメールに記していた。私が1980年代にFOCに加入する際にも、彼は推薦してくれたのだった。6人いた推薦者は、彼とChris G4BUEだけになってしまった。正直なところ、すべからく無線のクラブというものに、いささか距離を感じているのだが、このクラブには、ありがたく加入させて頂こう。

でも、メンバーの条件に、「送信前によく聞くこと」と記されていて、わが身を振り返り、苦笑してしまった・・・。Rodには、お互い、これから残りの人生、同じクラブメンバーとして引き続き仲良くしてもらいたいと書き送ろう。

Lekeu Piano Trio 

ルクーは、19世紀末を駆け抜けるように24年の短い生涯を生きたベルギーの作曲家だ。フランクの弟子でもある。

彼の室内楽は数多くはないが、どれも傑作だ。このピアノトリオも、21歳の時に作曲されたとは思えぬ、完成度を見せている。彼自身の悲劇を予兆するかのような、緊張感を持った旋律。彼の実際の人生では、この曲の作曲と前後して、師であるフランクが亡くなったらしい。

このところ、寝る前に、吉田秀和氏の評論集を読み、もう一冊天皇の系譜の書物(このアンバランスさ・・・)を読み、その後、この曲に耳を傾けることにしている。

国難の時、まだ過ぎ去らず (1) 

東電福島第一原発事故の影響について、専門家の見解が、MRICに掲載された。この見解は、科学的にみて妥当なものだ。

行政・政府・東電は、当初の放射能汚染の事実を隠蔽している可能性が極めて高い。SPEEDIによる汚染予報を公表できなかったのも、この記事の筆者の想像している通り、余りに汚染が酷かったからなのではないだろうか。

以前、このブログで記したと思うが、茨城県県立小児病院の医師が、あの原発爆破直後に、同病院で不可解な出来事があったと、同病院のニュースに記していた。核医学の施設から出るときに、手指の放射能汚染の有無を確認する機械に手をかざすと、どうしても汚染を知らせるアラームが鳴ってしまう、というのだ。不思議なことと、彼は記していたが、本態は、東電福島第一原発から飛散した放射性物質によって酷く汚染されていたためなのではなかったろうか。この一帯でも、同じ汚染が起こったと考えるべきだろう。

汚染情報の隠蔽に加えて、低線量放射線の影響を軽視し、さらに内部被曝の評価を意識的に行なおうとしない
内部被曝は、今後、食物を通して、多くの人々の問題になるだろう。食物や飲料水の放射能基準値も、国が恣意的に動かしている(勝手に大きくしている)。幼小児の内部被曝は、大きな問題になる。

これがどのような結果を生むのか、そう遠くない将来、明らかになってくることだろう。放射能汚染によっておきるであろう発ガンの予測を見ると、戦慄を覚える。ガンになりやすい人々が、ガンになるだけだという専門家もいるが、老年期に発ガンするはずが、もっと若い時期に発ガンするようになるのではないか。

さらに、事故を起した原発は、メルトダウンの状態であり、放射能の環境汚染は、引き続き起こっている。作業員の被曝をできるだけ減らしつつ、人海戦術で対策を講じなければならないのに、そうした方向に向かっていないことを筆者が述べているが、全く同感だ。

これは、専門家が議論してどうにかなることではない。国民一人一人が問題意識を持ち、対応を冷静に考え、さらに政治・行政に適切な対応を促すことが必要なのだ。とても大切なことがここに記されている。

国難の時はまだ過ぎ去ってはいない。



以下、MRICより引用~~~

福島原発事故における被ばく対策の問題-現況を憂う』

独立行政法人国立病院機構北海道がんセンター 
院長(放射線治療科) 西尾正道

2011年6月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
●はじめに
2011年3月11日は日本の歴史上で忘れられない日付となった。大地震とそれによる津波被害だけでも未曾有の事態であるが、福島原子力発電所の全電源喪失による事態により原発の「安全神話」は崩壊し、今なお震災復興や事故対策の目途が立たない状況が続いている。関係者は全力で対応しているが、情報開示不足や指揮の不手際や事故収拾に向けた不適切な対応もあり、今後の健康被害が憂慮されている。
原発事故による放射性物質の飛散が続く中、地域住民は通常のバックグランド以上の被ばくを余儀なくされて生活している。私は事故直後に風評被害を避けるために、3月14日に『緊急被ばくの事態への対応は冷静に』と題する雑文を短期収束を前提に書いて配信させて頂いた。しかし事故の全容が明らかになり、放射性物質の飛散が長期的に続くとなれば、全く別の対応が必要となる。6月5日現在の情報をもと、原発事故を通して見えてきた【放射線】を取り巻く社会的対応や健康被害についてに私見を述べる。

●原発事故で判明した「放射線」に関する社会の無理解
原爆被ばく国であり本来は最も「放射線」に対して知識を持っているはずの日本人の原発事故への対応は、なお混迷している。
事実の隠蔽と会社存続に固辞して画策する東京電力、文系技官が中心で正確な知識を持ち合わせていない行政、指導力と緊張感を欠如した政府首脳、政争の具に利用しようとする政治家達、今まで原発の安全神話を作り上げてきた御用学者や業界人、こうした原子力村の人々の姿を見れば、日本に明るい未来を感じることはできない。なんとも悲しい現実である。

多くの報道機関からも取材を受けたが、社会部などの担当者の知識が乏しいため、5分でおわる電話取材でも30分となる。これでは詳細な情報や真実は国民には伝わらない。本当の使命は真実を伝えることなのだが、パニックとなりかねないことは決して報道しないジャーナリストや報道機関。本当にこれでいいのだろうか。しかし現実の超深刻な原発事故の収拾には、多くの犠牲を払っても実現しなければならない。

●作業員に対する被ばく対応の問題
この2カ月余りの経過を報道で知る限り、住民や原発事故の収拾に携わる作業員の健康被害について極めて問題がある。事故発生後、早々と作業員の緊急時被ばく線量の年間限度値を100mSvから250mSvに上げたが、この姿勢はご都合主義そのものである。250mSvは遺伝的影響は別として、臨床症状は呈しないと言われる線量である。「ただちに健康被害は出ない」上限値である。しかし作業員の健康被害を考慮すれば、やはり法律を順守した対応が求められる。そのための法律なのである。
また作業員への衣食住の環境は極めて劣悪であり、人間扱いとは思えない。誰が被ばく管理や健康管理を担当して指揮しているのか、そのデタラメさは目に余るものがある。
自衛隊ヘリによる最初の注水活動「バケツ作戦」では、被ばくを避けるために遮蔽板をつけ、飛行しながら散水した。遮蔽板を付けるくらいならばその分、水を運んだほうがましであり、最適な位置に留まって注水すべきなのである。この論理でいえば我々は宇宙から注ぐ放射線を避けるために頭には鉛のヘルメットをかぶり、地面からのラドンガスを避けるために靴底にも遮蔽板を付けて、常に動きながら生活することとなる。
医療で部位を定めて照射する直接線(束)からの防護と、空間に飛散した放射性物質からの防護の違いを理解していない。必死の覚悟で作業している自衛隊員が気の毒であった。
また、白い独特の服装を防護服と称して着用させて、除染もしないで着のみ着のままで就寝させている光景は異常である。放射線に対する防護服などはない。安全神話の一つとして、ヨード剤を放射線防護剤と称して、あたかも放射線を防護できるような言葉を使用してきたが、防護服も同様な意味で名称詐欺である。着用すれば、塵状・ガス状の放射性物質が直接皮膚に接触しないだけであり、防護している訳ではない。防護服を着たまま寝るよりは、通常の衣服を厚めに来て皮膚面を覆うことが重要であり、毎日新しいものに着替えたほうがよほど被ばく線量は少なくなる。放射線防護の基本的なイロハも理解していない対応である。また通常は13,000cpm(4000Bq/m2)以上を除染対象としていたが、入浴もできない環境下で、いつのまにか除染基準を100,000cpmとした。13,000cpmの基準では全員が除染対象となるからであろう。作業当日の被ばくからの回復には高栄養と安静が最も重要なことであるが、プライバシーも無い体育館のような免震重要棟に閉じ込めておくのは、逃げられないためなのであろうかと疑いたくない。30分もバスで走れば、観光客が激減しぁ F6u$$$F$$$k%[%F%k$G@EM\$G$-$k$O$:$G$"$k!#

被ばく線量のチェックでは、ポケツト線量計も持たせず、またアラームが鳴らない故障した線量計を渡すなど、下請・孫請け作業員の無知に付け込んだ信じられない東電の対応である。さらに作業中のみ線量計は持たされても、それ以外は個人線量計も持たせていないのは論外である。寝食している場所も決して正常範囲の空間線量率の場所ではないのである。被ばく線量を過小評価してできるだけ働かそうという意図が見え見えである。また放射性物質が飛散した環境下では最も重要な内部被ばくもホールボディカウンタで把握し加算すべきである。これでもガンマー線の把握だけなのである。
原発周辺の作業地域は中性子線もあるであろうし、プルトニウムからのアルファ線もストロンチウムからのベータ線も出ているであろう。線質の違いにより測定する計測器や測定方法が異なるため、煩雑で手間暇がかかるとしても内部被ばくの把握は最も重要なことである。インターネット上の作業員の証言では通常よりは2桁内部被ばく線量も多くなっているという。このような対応の改善が無ければ、まさに「静かなる殺人」行為が行われていると言わざるを得ない。

5月24日には1~3号機の全てで原発がメルトダウン(炉心溶融)の状態であることが発表されたが、ガンマー線のエネルギーを調べればコバルト-60も放出されていたはずである。ウランの崩壊系列からは出ないコバルト-60の検出は、燃料ペレットの被覆管の金属からの放出であり、メルトダウンしていることは想像できたことである。

今後は膨大なマンパワーで被ばくを分散して収拾するしかない。そのためには多くの作業員を雇用して、原発建屋や配管などの詳細な設計図や作業工程を熟知させて作業に当たる必要がある。しかしその準備の気配もない。現在は5千人前後の人達が原発の収拾に携わっているらしいが、作業員の線量限度を守るとすれば、百倍、千倍の作業員が必要となる可能性がある。不謹慎であるが、低迷する日本経済の中で、皮肉にも被ばくを代償とした超大型雇用対策となった。

3号機はMOX燃料であり、ガンマー線の20倍も強い毒性を持つα線を出す半減期2万4000年のプルトニウム-239も出ている作業環境である。ガンマー線の測定だけでは作業員の健康被害は拡大する心配がある。揮発性の高い核種であるセシウムやヨウ素は遠くまで飛散するが、事故現場周辺はウランや中性子線もあるであろうし、被覆材からのコバルト-60も出ている。6月4日の報道では1号機周囲で4千mSv/hが測定されており、人間が近づける場所ではなくなっている

作業員に対して事前に造血幹細胞採取を行い、骨髄死の可能性を極力避ける工夫も提案されたが、原子力安全委員会や日本学術会議からは不要との見解が出され、事の深刻さを理解していないようだ。
また放射性医薬品を扱っている日本メジフィジックス社は事故直後にラディオガルダーゼ(一般名=ヘキサシアノ鉄(?)酸鉄(?)水和物)を緊急輸入し無償で提供した。この経口薬はセシウム-137の腸管からの吸収・再吸収を阻害し、糞中排泄を促進することにより体内汚染を軽減する薬剤である。作業員にはヨウ素剤とともにラディオガルダーゼの投与を行うべきである。このままでは、いつもながらの死亡者が出なければ問題としない墓石行政、墓石対応となる。

●地域住民に対する対応の問題
地震と津波の翌日に水素爆発で飛散した放射線物質は風向きや地形の違いにより、距離だけでは予測できない形で周辺地域を汚染した。高額な研究費を費やしたとされるSPEEDIの情報は封印され、活用されることなく3月12日以降の数日間で大量の被ばく者を出した。SPEEDIの情報は23日に公開されたが、時すでに遅しである。公開できないほどの高濃度の放射線物質が飛散したことによりパニックを恐れて公開しなかったとしか考えられない。郡山市の医院では、未使用のX線フィルムが感光したという話も聞いている。また静岡県の茶葉まで基準値以上の汚染が報告されているとしたら、半減期8日のヨウ素からの放射能が減ってから23日に公開したものと推測できる。
管首相の不信任政局のさなか、原口前総務大臣はモニタリングポストの数値が公表値より3桁多かったと発言しているが、事実とすれば国家的な犯罪である。情報が隠蔽されれば、政府外の有識者からの適切な助言は期待できず、対応はミスリードされる

「がんばろう、日本 !」と百万回叫ぶより、真実を一度話すことが重要なのである。3月23日以前の国民が最も被ばくした12日間のデータを公開すべきである。
後に政府・東電は高濃度放射能汚染の事実を一部隠蔽していたことを認めたが、X線フィルムが感光するくらいであるから、公表値以上の高い線量だったことは確かである。全く不誠実な対応であるが、その後も不十分な情報公開の状態が続いている。
そして現在も炉心溶融した3基の原子炉から少なくなったとはいえ放射性物質の飛散は続いているが、収束の兆しは全く見えてこない。

日本の法律上では一般公衆の線量限度は1mSv/年であるが、政府は国際放射線防護委員会(ICRP)の基準をもとに警戒区域や計画的避難区域を設け、校庭の活動制限の基準を3.8μSv/hとし、住民には屋外で8時間、屋内で16時間の生活パターンを考えて、「年間20mSv」とした。文科省が基準としたICRP Publication 109(2007)勧告では、「緊急時被ばく状況」では20 mSv~100 mSv/年を勧告し、またICRP Publication 111(2008)勧告では、「緊急時被ばく状況」後の復興途上の「現存被ばく状況」では1 mSv-20 mSv(できるだけ低く)に設定することを勧告している。
政府は移住を回避するために、復興期の最高値20mSvを採用したのである。しかし原発事故の収拾の目途が立っていない状況で住民に20mSv/年を強いるのは人命軽視の対応である

この線量基準が諸兄から「高すぎる」との批判が相次いだ。確かに、年齢も考慮せず放射線の影響を受けやすい成長期の小児や妊婦にまで一律に「年間20mSv」を当てはめるのは危険であり、私も高いと考えている。しかし私は、「年間20mSv」という数値以上に内部被ばくが全く計算されていないことが最大の問題であると考えている。

政府をはじめ有識者の一部は100 mSv以下の低線量被ばく線量では発がんのデータはなく、この基準の妥当性を主張している。しかし最近では100mSv以下でも発がんリスクのデータが報告されている。
広島・長崎の原爆被爆者に関するPrestonらの包括的な報告では低線量レベル(100mSv以下)でもがんが発生していると報告2)され、白血病を含めて全てのがんの放射線起因性は認めざるを得ないとし、被爆者の認定基準の改訂にも言及している。
また、15カ国の原子力施設労働者40万人以上(個人の被曝累積線量の平均は19.4mSv)の追跡調査でも、がん死した人の1~2%は放射線が原因と報告している3)。
こうした報告もあり、米国科学アカデミーのBEIR-?(Biological Effects of Ionizing Radiation-?、電離放射線の生物学的影響に関する第7報告, 2008)では、

さらに、欧州の環境派グループが1997年に設立したECRR(欧州放射線リスク委員会)は、国際的権威(ICRP、UNSCEAR、BEIR)が採用している現行の内部被ばくを考慮しないリスクモデルを再検討しようとするグループであるが、先日の報道では、ECRRの科学委員長であるクリス・バスビーはECRRの手法で予測した福島原発事故による今後50年間の過剰がん患者数を予測している。原発から100kmの地域(約330万人在住)で約20万人(半数は10年以内に発病)、原発から100Km~200Kmの地域(約780万人在住)で約22万人と予測し、2061年までに福島 200km 圏内汚染地域で417,000人のがん発症を予測している。しかし計算の根拠とした幾つかの仮定や条件が理解できない点も混在しており、予測値は誇張されていると私は感じている。ちなみにICRPの方法では50年間で余分ながん発症は6,158人と予測されている。さてこの予測者数の大きな違いはどう解釈すべきなのか。

また、震災前の3月5日に、米国原子力委員会で働いたことのあるJanette Sherman医師のインタビュー4)では1976年4月のチェルノブイリ事故後の衝撃的な健康被害が語られている。彼女が編集したニューヨーク科学アカデミーからの新刊 "Chernobyl : Consequences of the catastrophe for people and the environment"によると、医学的なデータを根拠に1986~2004年の調査期間に、98.5万人が死亡し、さらに奇形や知的障害が多発しているという。また、ヨウ素のみならずセシウムやストロンチウムなどにより、心筋、骨、免疫機能、知的発育が起こっており、4000人の死亡と報告しているIAEAは真実を語っていないと批判している。これは、(1)正確な線量の隠蔽、(2)低線量でも影響が大きい、(3)内部被ばくを計算していないため、といった原因が考えられる。この大きな健康被害の違いについても、私は内部被ばくの軽視が最大の原因だと考えている。
しかし低線量でも被害が大きいことが隠蔽されている可能性も否定できない。ちなみに原発事故の翌日に米国は80Km圏内からの退避命令を出しており、低線量被ばくの被害の真実の姿を握っていて対応した可能性もある。

(その2/2に続く)

文献
(1)Amy Berrington de Gonzalez, Sarah Darby: Risk of cancer from diagnostic X-rays:
estimates for the UK and 14 other countries. Lancet 363:345-351, 2004.
(2)D.L.Preston, E.Ron, S. Tokuoka,et al: Solid Cancer Incidence in atomic Bomb
Survivors;1958-1998. Radiation Res.168:1-64,2007.
(3)Cardis E, Vrijheid M, Blettner M, et al: Risk of cancer after low doses of ionising
radiation: retrospective cohort study in 15 countries.BMJ.9:331(7508):77,2005.
(4)http://www.universalsubtitles.org/en/videos/zzyKyq4iiV3r/


東海第二原発がメルトダウンすると・・・ 

茨城県東海村は茨城県中部の太平洋に面した、穏やかな田舎の村落だ。原発が二基あることを除いては・・・。

最初に作られた原発は、機能を終えたが、長い期間と費用のかかる廃炉作業の過程にある。現用中の第二原発は、先の震災時、一基の非常用電源が落ち、残る二基でようやく東電福島第一原発と同様の事故に会うことを免れた。その経緯は、下記に記されている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%B5%B7%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80

これまで原発推進を行ってきた、お役所が、東電福島第一原発以外は「安全・安心」だから、すぐに稼働を再開させるようにと、原発各々のある地方自治体に申し入れをしたらしい。お笑いである。これまでの原発行政によって、現在の事態が引き起こされたのであるから、原発行政を行ってきたお役所に、そんなことを言う資格も権利もない。

元来、原発の耐用年数は、16年だったものが、経済的な理由により、30年に延ばされ、さらにそれが40年とされてきた。東海第二原発は、建設稼働開始後32年経っている。当初の耐用年数の2倍だ。

東海第二原発が、メルトダウンすると、私の住んでいる地域は勿論、北関東さらに都心も放射能汚染が生じるだろう。今回の震災でも綱渡りでメルトダウンに至らずに済んだのだ。それとも、お役所の方々は、都心が実際に避難区域になるような放射能汚染が生じないと、考えを改めないのだろうか。

これまでの原発政策の反省に立った、長期的な展望がが是非とも必要だ。


以下、引用~~~

東海第二発電所、住民説明会で厳しい声
< 2011年5月14日 1:35 >

 茨城・東海村にある日本原子力発電東海第二発電所は13日、東日本大震災後初の住民説明会を行った。参加者からは「廃炉を検討してほしい」など厳しい発言が投げかけられた。

 東海第二発電所は、東日本大震災で緊急停止し、大事には至らなかったが、津波で非常用発電機の海水ポンプ3台のうち1台が水没し、動かなくなった。

 住民説明会は、東海第二発電所が地震・津波の安全対策について、地元の理解を得るために行われた。近隣の住民ら108人が参加したが、一部の参加者からは厳しい発言が投げかけられた。

 「日本原子力発電」は「11月まで行う定期点検の後、運転再開に向けて地元の理解を得たい」と話しているが、原子力に対する住民の不安の声が高まっていることから、運転再開をめぐる環境はさらに厳しさを増しそうだ。

自己血液幹細胞移植の準備の可否 

New Engl J Medの最新号に、『原発事故の早期、晩期健康障害リスク』という総説が掲載されている。こちら。

目新しい知見が記されていなかったが、チェルノブイリ原発事故での早期の被曝疾患の内訳が興味深かった。同疾患を発症した134例全例に骨髄抑制が見られた一方、皮膚炎は19例、胃腸障害は15例だったという。このように頻度の高い骨髄抑制だが、骨髄移植については、議論のあるところだという。

骨髄移植を受けた13例中、長期生存は2例のみだから、というのがその理由。死亡11例中、骨髄移植自体が死亡原因となったのは2例のみだったらしい。

東電福島第一原発の復旧作業に従事する作業員の方々に事前に自己骨髄を採取し、不幸にも大量被ばくを起こした場合に、それを輸注する自己血液幹細胞移植を行うことを、谷口医師等が提言しているが、学会等で反対意見もあり、政府もそれに動き出さない理由は、チェルノブイリ原発事故でのこの経験にあるのかもしれない。

だとしたら、自己血液幹細胞移植に反対する方々は、同移植が必要になった場合、移植をするしないにかかわらず予後が圧倒的に不良だからと言うべきだろう。

だが、チェルノブイリ原発事故の起きた1980年代から、医療も進歩しており、また当時のソビエト連邦と現在のわが国との違いもあるだろう。頻度としてこれだけ多いのであれば、自己血液幹細胞移植の準備を、少なくとも希望者には行っておくべきなのではないだろうか。

『蒸気凝縮モード機能』の削除を、原子力安全委員会が了承していた 

既に週刊誌等でも取り上げられていることだが、東電福島第一原発を含む様々な原発で、原発の非常用冷却系の一つ、『蒸気凝縮モード機能』が、10年近く前に『削除』されていたことが判明した。

このシステムは、非常時に、格納容器内に溜る水蒸気を水に戻し、冷却に利用するシステムらしい。電源が落ちても機能するシステムなので、今回のような事故でも冷却システムとして作動すると期待されていたものだ。

ところが、浜岡原発でこのシステムに水蒸気爆発事故が起き、またこのシステムのメインテナンスに費用がかさむため、このシステムを『削除』することを東電は決め、原子力安全委員会に申請した。その議事録が残っている。こちら

今回の大事故に際して、このシステムが機能しなかったのではないかと、復水器の設計者である佐賀大学の研究者が指摘。調べたところ、すでにこのシステムが『削除』されていたことが判明した。このシステムがあれば、メルトスルーが防げたか、または決定的な事態になるまでに十分な時間を稼げたか、検証が必要かもしれない。が、少なくとも、東電・原子力安全委員会の安全軽視の姿勢は明らかだ。この当時の政権与党は、現政権の対応を批判する資格があるのだろうか。東電の安全よりもコストカットを優先する姿勢は、厳しく問われるべきだろう。

原子力安全委員会の議事録、専門外の内容で理解しにくいことがあるのだが、このシステムの削除が提案されたときに、説明役の行政官は、『主蒸気逃し安全弁』があるから、このシステムがなくても安全が確保されると言っている。が、両者は別なシステムであり、このシステムが電源が落ちても作動する安全システムであったことから、このシステムの削除の理由づけには全くならない。こうした点を、会議に参列した委員は全く問わない。この「安全」委員会は機能していない。

また、このシステム『削除』のコストは、一基2億円ほどのようだ。実際は、バルブを一つ閉めるだけのようなのだが、どうしてこれほどのコストになるのだろう。密室で、こうしたコストの決定が行わていたのではないだろうか。

このシステムの『削除』は、他の原発でも広範に行われたようだ。

原発が安全であると広告宣伝をしながら、電力会社は、裏でこうした手抜きをしていた。原発事故の原因究明に際して、厳しくこうして手抜きを明らかにしてもらいたい。それを可能にした、行政制度にメスを入れてもらいたい。

全世界に窓が開けて 

昨夜、14メガが一時全世界に開けていた。N6TTから呼ばれて、しばし交信。お嬢様のAmyはインドに研修(MBA取得のためのインターンシップ)のために出かけた。とても幸せそうだ、とのこと。彼の仕事上、新しい領域を扱うようになって忙しい、とのこと。強力な高速電信。HIと打つ時に、Iで少しタイミングが崩れるのが彼らしい。昨年の今頃、彼は病気で外を歩くことさえ難しかった。このように健康を回復されたのはとても嬉しいことだ。

Steveとの交信終了時、数局が同時に呼んできた。とりあえず、最も強かった、HS0ACに応答。この局は昔からバンコックのタイの無線連盟に設置されているクラブ局。キーイングから、Finnがオペレートしていることがすぐ分かった。ビームがバックなのに、S8は振っている。今朝、Finnの故郷デンマークのハム、そしてFinnの友人でもある、Hans OZ5DXとも会ったよ、というと、彼はHansにしばらく会っていないなぁと言っていた。今週末のオールアジアコンテストに出るからとのこと・・・昔は、アジア以外の局との交信がポイントになったと思うが、最近はどうだろう・・・聞こえていたら呼ぶよと彼に言った直後にルールも忘れかけている自分に苦笑してしまった。

ついで、弱い信号で呼んできてくれたのが、英国のBert G3XSN。FOC時代には交信したことがあるが、CWopsになってからは初めてだねといささか興奮の様子。彼のCWopsメンバー番号が14で私のひとつ前だ。彼も、私と同じく、CWopsのdirectorをしている。200Wに3エレだそうだが、弱い。英国は、遠い・・・。

こうしたオープニングも、Maunder Minimumが来るとすると、経験できなくなるのかもしれないな、でも天気予報と同じで外れることもあるのではないかなと思いつつ、リグの電源を落とした。PLCが、スマートグリッドに使われたら、目も当てられないだろうな、とも思う。でも、もう1世紀近く、かっては無線通信のパイオニアであり、最近は世界的な民間交流の強力な手段であった、この趣味がなくなることはないだろう。なくなってほしくないものだ。

The Maunder Minimum 

今回の太陽活動サイクルのピークは2013年に来ると予想されている。その後、太陽活動は徐々に低下、2020年に新たなサイクルに入ると予測されている。

が、どうも、次のサイクルから、太陽活動が低いまま続く、新たなMaunder Minimumとなる可能性があると言われている。Maunder Minimumの解説はこちら。1645年から、1715年前後まで、太陽黒点がほとんど観測されなかった、その時期を、Maunder Minimumと呼ぶらしい。

アマチュア無線がらみでは、ハイバンドの良好なパスが、今後数十年の長さにわたって期待できなくなるということだ。ローバンドがアマチュア無線の主要なバンドになることだろう。この数十年は、比較的太陽活動が盛んな時期にあたり、それによるハイバンドの良好なパスを楽しめた、と10年後に思い返すことになるのかもしれない。

とすると、ローバンドがアマチュア無線のメインストリートになる可能性が高い。私自身のことでいえば、リタイアしてまで、デカいビームを使い続けるのは現実的ではない。将来用いるアンテナとして、20m程度に上げた平衡フィーダーで給電したダイポールか、ヴァーチカルのフェーズドアレーを考えている。今朝、14メガで交信した、Hans DJ1KJは、2エレのフェーズドアレーを用いていた。マルチバンドのバーチカル二本を5m間隔で屋上に建てている。ラジアルは金網を用いているらしい。二本の同軸を室内に引き込み、室内にフェーズラインを設置している様子。ちょこっとビーム方向を変えてみてくれたが、確かによく切れている。このエレメント間隔でもハイバンドでもよく動作すると言っていた・・・ゆくゆくは、このようなアンテナを使おうかと、話を伺いながら思った次第。

短波帯利用に関して、悪いニュースがもう一つ。わが国でのPLCの利用が規定路線で、現在は、そのモデムの規格をどうするかということが問題になっていると、JA1ELY草野氏が知らせてきた。財界・業界は、PLCをどうしても使いたいようだ。聞くところによると、スマートグリッドのコントロール手段にPLCを使う意向らしい。PLCが全国で使われるようになったら、短波帯の弱い信号での交信は不可能になる。JARLも、強力な反対の意向を示してこなかったので、自分で自分の首を絞めることになっている。これから、我々に何かできるか・・・とりあえず、PLC訴訟の原告団の一人ではあるのだが・・・。

関係のない話、Maunder Minimumの時期は、地球の寒冷化と一致していたようだ。寒冷化が起きると、木の年輪が密になり、それが弦楽器の良い材料となるらしい。Maunder Minimumの時期は、ストラディバリウスの生存し活躍した時期に一致するらしい。そういえば、バッハの活躍の少し前にあたるかしら・・・。

1960年代、1980から90年代にかけての太陽活動が盛んだった時期を経験させてもらったことだけでも良しとしなければならないか・・・短波帯のアマチュア無線が生き延びてくれることを祈ろう。

300病床の3次救急病院を建てる? 

私の仕事場の近辺には、三つの入院施設を持つ中規模医療機関がある。そのうちの二つが、下記ニュースで取り上げられている、県西総合病院と、筑西市民病院で、ともに厚生連と地方自治体の公的施設だ。もう一つは、両者の中間に位置する私立病院。

で、公的施設の二つを合併させるという報道がしばらく前の地方紙に載った。あっと驚きである。何で驚いたか・・・

○筑西市民病院は、赤字が3年前の時点で29億円、毎年数億円づつ市から補填され続けていた。医師が、どんどんいなくなり(大学に引き上げられ)、現在は、数名の医師だけ。ウェブサイトでは、170床の規模とされているが、実働は数十床だったはず。産婦人科・小児科は数年前に常勤医がいなくなり、救急を受けていない。築40年近くで、先日の震災で建物がほぼ使用不能になり、現在、プレハブで外来だけを行っている。建て替えた上で、抜本的な経営改革が必要ではあったのだろうが・・・。

○県西病院は詳しいことは分からないが、医師も減少傾向だったはず。小児科救急は、曜日と時間帯を決めて、細々と行っている。

○震災復興の予算がつくということで、急きょ、市長の間だけで、両院の合併移転が決まったらしい。市議会での議論、また間に挟まれた私立病院との議論、医師会との協議、さらに必要になるだろう医師の派遣先との協議、皆後回しの様子。その私立病院は、かってはかなり熱心に救急を受けていた。新しく作られる病院の候補地から数kmの距離にある。

○建築予算は、70から75億円、内国の補助が20億円超あるらしい。筑西市は、この負担に耐えられるのか。「茨城県の夕張」ともいわれる筑西市の財政状況で一体大丈夫なのだろうか?

○これが一番の疑問だが、300床の規模で、24時間365日3次救急を行うために必要なマンパワーをどうする?筑西市民病院時代に、大学病院から見切りをつけられていたのではないのか?地方自治体首長の独断専行で箱ものを作ったは良いが、医師やパラメディカルが集まらず、病床を十分利用できない、ということになるのではないだろうか?大体、人口規模15万人規模の医療圏で、救急車を使えば、30から40分でたどり着く大学病院が二つある地域に、この医療機関が必要か

病院がつぶれるのが先か、地方自治体が財政再建団体化するのが先か・・・に見えて仕方がない。


以下、茨城新聞から引用~~~

2011年6月4日(土)
県西に300床の新中核病院 筑西・桜川市が建設合意

高度救命救急に対応

県西地区の医療体制を整備するため検討を進めてきた県の地域医療再生計画で、筑西市の吉沢範夫市長と桜川市の中田裕市長は、県西総合病院(桜川市鍬田)と、筑西市民病院(筑西市玉戸)を統合し、新たに3次の高度救命救急医療に対応する300床規模の新中核病院を建設することで合意し、3日までに両市議会の全員協議会で説明した。これまでは200床規模の新中核病院建設を検討していたが、建設場所をめぐり検討が中断していた。しかし、東日本大震災で両病院が被害を受け、新たに国からの交付金のめども付いたことで新中核病院の建設計画が再始動した。

両市の説明などによると、新中核病院は脳梗塞(こうそく)や急性心筋梗塞などの急性期医療に対応する300床規模の3次救急病院とし、将来的には500床規模を目指す。運営については当面、両市で組織する県西総合病院組合が行う。

課題となっていた建設場所については、国道50号沿いで、両市境界から約5キロ以内として、病院建設に必要な用地買収が可能な地域を検討。現在の県西総合病院と筑西市民病院はサテライト化し、今後の運用などについても協議していく。

今回の大震災で、国から従来の地域医療再生基金に加え、被災地である本県に対し地域医療再生臨時特例交付金(県全体で上限120億円)が認められたことで、県と両市が水面下で急ピッチで話し合いを進めてきた。

県は16日までに国に対し、地域医療再生計画の仮申請をする。国の有識者会議で内定されれば9月までに本申請を行う予定。その際には建設場所なども決定する方向で協議を進めている。

大震災によって筑西市民病院は入院患者を全て周辺医療機関などに移送しており、患者を再び受け入れるために今後、新たに手術施設を備える50床規模の軽量鉄骨の建屋を設置。県西総合病院も南側施設の老朽化が指摘され、大震災で大きな被害を受けるなど両病院を取り巻く環境は大きく変わった。



内部被曝の予測・実測を 

福島県内の学校等における小児への放射能被曝が問題とされ、文科省が当初年間20mSvという基準値を設けたが、住民の抗議にあい、それを1mSvに近づけるように「務める」ということになったようだ。これも単なる努力目標である。

が、これすら、3月23日までの最も被曝の多かった時期を「除いた」、それ以降の基準値だ。さらに、外部放射線による被曝だけを問題にしており、内部被曝を考慮していない。

今後は、内部被曝が大きな問題になる。下記の山野氏の記述によると、原発近傍では、驚くべき内部被曝量に達していることが予測されているらしい。彼の主張する通り、小児だけでも内部被曝の予測・実測を行うべきだ。それができる技術・機器があるのに、行わないのは、明らかな不作為だ。

この不作為は、将来の東電・政府による賠償の問題を見据えて、賠償をできるだけ小さくしたいと考えてのことなのではないだろうか。行政も、その賠償の結果次第では、大きな利権を失うことになる。

今、内部被曝のデータを得なければ、将来長期にわたる賠償請求訴訟という不毛な手続きが必要になる。また、住民の間に、本来不要な不安を増大させることにつながる。



以下、MRICより引用~~~


SPEEDIによる内部被曝予測を正しく活用し、直ちに内部被曝の実測を

共立耳鼻咽喉科 山野辺滋晴

2011年6月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)は、文部科学省管轄の財団法人原子力安全技術センターが運用しており、SPEEDIに関するパンフレットを公開しています[1]。このパンフレットには、次のような記述があります。

・降雨および乾燥沈着ならびに放射能の減衰を考慮し、放射性物質の大気中濃度および地表蓄積量の予測計算を行います。
・放射性物質の大気中濃度および地表蓄積量の計算結果から、空気吸収線量率を計算します。空気吸収線量率は、各核種からの複数のγ線による寄与を個別に計算して合計する詳細な手法により計算されます。
・空気吸収線量率の計算結果から外部被ばく実効線量を計算します。
・放射性物質の大気中濃度の計算結果から、吸収による臓器等価線量や内部被ばく実行線量等を計算します。

このパンフレットによれば、炉心溶融やコア・コンクリート反応などの重大事故が発生した場合、燃料種別、炉心溶融割合、炉心温度、コンクリート反応の有無、格納容器からの漏出割合を想定し、核種の組成比率データが格納されたデータベースから放出源情報を入力するか、希ガス、ヨウ素、セシウム、プルトニウムなど核種ごとの単位時間放出量等を入力すれば、日本各地における事故発生後の外部被曝実効線量と内部被曝実効線量をSPEEDIで予測できていることがわかります。また、出力図形一覧を参照すると、1歳児、成人といった年齢別の内部被曝量も、甲状腺や肺といった臓器別の内部被曝量も、具体的に予測できることもわかります。

実際に、原子力安全委員会は3月23日、1歳児が屋外にい続けた場合、事故発生から12日間で甲状腺の内部被曝が100ミリシーベルトを上まわるというSPEEDI試算を公開しました[2]。さらに、この3月23日の試算結果と同じ放出源情報に基づいて文部科学省が試算したWSPEEDIによる予測結果では、茨城県東部から千葉県東部まで1歳未満児の場合に、10~50ミリシーベルトの甲状腺内部被曝が予測されています[3]。

しかし、その後は、なぜか、放射性物質の放出量をヨウ素単独で1ベクレル/時の単位量放出と限定して、5000枚のSPEEDI試算結果が公開されました。この5000枚では、日々放出され続けた実際の放射性物質総量を入力していませんから、SPEEDI本来の能力は活用されていません。また、燃料の温度上昇による放出+溶融炉心・コンクリート反応による放出を想定した文部科学省の解析予測でも[4]、気象データは昨年4月から9月までの過去データによる試算しか行っておらず、なぜか、今年3月12日から現在までの気象データを利用していません実際の放出量と気象データを用いた予測が必要だと思います。。

最近になって、事故直後から3月16日までに大気中に放出された放射性物質の量は、77京ベクレルと推定量が2倍になりましたから、実際のダストサンプリング結果と今年の気象データに基づいて、SPEEDIを正しく活用し、年齢別、臓器別に、原発周辺地域において事故発生から現在までの内部被曝累積の予測結果を公表して頂くよう切に要望します。さらに、実際の放出量を入力した上で、明日および明後日のSPEEDI予測も毎日公表すべきだと思います。そうすれば、学校等での被曝防護対策に活用できるはずです。

住民への情報開示の観点からも、こうしたSPEEDIによる現実的予測を活用し、これまでに各地の住民が被爆した内部被曝総量を予測して、直ちに内部被曝の実測を開始すべきでしょう。ホールボディカウンタ検査だけではなく、バイオアッセイの試料に毛髪を利用すれば、内部被曝を時系列で推測できますし、今後の食物由来の内部被曝実測にも活用できる可能性があります。実際に、人の毛髪を使い、飲み水中のウランによる内部被曝を予測する報告もありますし[5]、毛髪だけではなく爪でも内部被曝を実測できるという報告もあります。また、独立行政法人産業技術総合研究所は、セシウムの微少濃度変化を測定するため、極微量の金属元素分析が可能な誘導結合プラズマ質量分析装置を発注していますから[6]、仮に、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)を用いて内部被曝を測定するとすれば、下記のように毛髪を保存、検査機関に郵送して、内部被爆を計測可能でしょう。

1.毛髪0.2g保存。できれば、多い方が良い。
2.採取量0.2gは、長さ3~4cmで150本程度。
3.出来るだけ毛根近くの毛髪を採取。陰毛でも測定可。
4.本人確認のDNA鑑定に備え、一部は毛根も含めて採取。
5.採取日を記載したジッパー付きビニール袋に毛髪を入れ、さらに封筒に入れ暗所保存。

残念ながら、上記の方法は私見ですので、将来、内部被曝を解析できなかった場合の責任は負えません。ぜひ、SPEEDIを正しく活用し、内部被曝が高い地域を推定して、政府および原子力防災関連機関の指導の下、原発周辺住民の被曝を低減する目安とするために、尿、毛髪、爪などを用い、内部被曝の実測を開始して頂きますようお願い致します。


[1] http://www.bousai.ne.jp/vis/torikumi/download_data/speedi.pdf
[2] http://www.nsc.go.jp/mext_speedi/0312-0324_in.pdf
[3]http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/05/10/1305799_0324.pdf
[4] http://www.nsc.go.jp/mext_speedi/index.html
[5] A compartmental model of uranium in human hair for protractedingestion of natural
uranium in drinking water.:14:Health Phys. 2009 Jun; 96(6):636-45.
[6] http://unit.aist.go.jp/fad/ci/supplyinfo/detail/45819172/


相馬市の復活を祈る 

相馬市市長の立谷秀清氏が行った、震災孤児のための義捐金の呼びかけを4月に知り、ここでも記した。こちら。その義捐金を扱うNPOを立ち上げた報告が、MRICに載っている。最後に引用する。

細田満和子女史が、被災地を訪れて、見聞きしたことを、MRICで「ボストン便り」として報告している。その中に、相馬市での社会行政活動についての記述がある。

相馬市では、この震災前から、高齢者が孤独に陥らないように活動を展開し、震災を経てから、なお一層共助活動を進めているようだ。

細田女史の記述から引用開始;

相馬市では、従来から高齢者が閉じこもりや寝たきり、孤独死になってしまわないように、いろいろな試みをしていました。その一つが「ライフネット相馬」です。市民である限り、誰からも声をかけられないという状況がないよう、高齢者同士が声をかけ合い、希望者には昼食を届けるというサービがス行われていました。この試みをしばらくやっているうちに、声をかけられている人が、自分から声をかける人になるという現象も起こってきました。
まさに軌道に乗ってきた時に、この災害が降ってきたのです。災害直後は合計4400人の方々が避難所で過ごしました。立谷市長はすぐに、孤独死を絶対に出すまいと心に決めました。直ちに被災者全員の生活状況を調査すると、110人の方が単独世帯になったことが分かりました。最高齢は93歳の男性で、こうした方々の中には、自分だけが助かったことを悔やんでいる方もいたとのことです。
かねてから、高齢者が互いに支えあえるような共助生活を構想していた市長は、この構想を基に、震災仮設住宅ではなくて、復興永久住宅を提供したいという意欲を語ってくださいました。プライバシーを尊重した個室が、食事のできる集会所を取り囲む空間。食事は高校生がクラブ活動として作ったらどうか。お互い声をかけ合える暮らし。介助が必要となった時もずっと暮らせる仕組み。避難してきている他の自治体住民も受け入れる。立谷市長はこれを「新しい村」と呼んでいます。この「新しい村」の構想が実現することを願っています。

引用終わり

原発事故が起きた時に、立谷市長は、避難命令を出すかどうか一旦迷ったが、避難しないことを決めたあとは、「籠城」してでも相馬市に住み続け、故郷を守るとネット上でも宣言した。その事情を細田女史は、次のように記している。

引用開始;

相馬市は避難命令を出していないのです。相馬市の立谷秀清市長は、避難命令を出すべきかどうかという選択を迫られた時、出した時の混乱の方が大きいと即時に判断し、避難命令を出さなかったのです。市長室でお話しする機会があった時、立谷市長は、それでもその時、頭の中では避難すべきか否か、その結果どうなるのかをいろいろ考え、かろうじて避難すべきでないという考えが6割だったとおっしゃっていました。そして「避難はしない」と口に出した時から、避難しない気持ちが10割になったそうです。そしてそれは、「判断ではなくて決心だった」ということでした。
立谷市長はこの決心の後、毎週発行しているご自身のメール・マガジンに「ろう城」と題する記事を載せました。「米と味噌と梅干さえあれば、生きてはいける」という言葉で締めくくられるこの文章は、多くの人の心を打ちました。これは、市長が市民と共に、この地にとどまり、この地を守ってゆく覚悟を表明したものでした。

引用終わり

これだけの覚悟をもって、故郷を守ろうとしている政治家が、他の土地に、また国全体にいるだろうか。共感を覚えて、私もわずかな寄付をさせていただいたが、彼が手書きで署名した丁寧な返信(もちろん、内容は寄付者全体への返礼の一般的な記述)がしばらくして届いた。

あのひなびた、静かで平和であったろう相馬市には、ぜひ復活してもらいたいものだ。そうでなければ、日本という国自体が生き延びることができないのではないだろうか。


以下、MRICより引用~~~

被災した子どもたちの将来のために

今回の記事は相馬市長立谷秀清メールマガジン 2011/06/06号 No.253より転載いたしました。


福島県相馬市長 立谷秀清

2011年6月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
お陰さまで、震災孤児・遺児らへの支援金が日本中・世界中から寄せられるようになった。中には私が直接お話しをさせてもらって意気に感じていただき、お帰りになってから広く募金運動をしてくださった方もいる。
また少額ながらも、気持ちですと伝えて来られた方もいる。
出来るだけ御礼状をと考えているので、口座に送金いただいた場合はメールでお名前とご住所のご連絡をいただきたい。もうひとつは、子どもたちが成長した時まで私が生きていたら、お世話になった方々の名簿を一冊の本にして彼らの旅立ちへの花向けにしたいから。

この震災の復旧・復興作業の指揮を執り続けてきた中で、私自身、大きな勉強をさせてもらった。
瞼に浮かぶ原釜の、生まれ育った家の周りの温かい光景が、すでに消えてなくなっていることを、現地が変わり果てているぶん納得できず、3か月も経とうとするのに、私は現実を心から受け入れることが出来ないのだ。
しかし、被災して人生が築き上げてきた全てを失った方々を前に、悲しみや感傷に浸っている余裕など無いから、気持ちに流されないで公務しなければならないことや、冷静に先々の展開を読んで早め早めの手を打っておくことを学習した。何より仕事をしている時が一番落ち着くことも分かったし、本当に苦しい時に支援を受ける有り難さも知った。こんなにお世話になるほど、私は他人に頭を下げて来なかったから、これからの人生でその分の埋め合わせをしなければと思っている。

私が本心では、今回の震災の甚大な被害を受け止め切れていないように、悪魔のような津波に追われた子どもたちも、恐怖体験から抜け出せないでいる。
加えて家族や友達を亡くした虚脱感が、本来あかるく多感であるべき子どもたちの感性をむしばんでいるのだ。学校が再開した4月18日以降、対策会議のたびに教育長から被災小中学校の様子を報告してもらっているが、PTSDはやはり深刻である。
対応策として臨床心理士によるケアを考え「相馬フォロアーチーム」を結成し、きめ細やかな心のケアを始めたのが4月の末だったが、開始後からその仕事量の大さへの対応と継続性をどのように確保するかが課題だった。対象は幼稚園から高校生までだから、一人ひとりじっくりとケアをして成長の記録をとどめて、さらに最長15年経過を追うとしたら、人材と財源を長期的にマネジメントしなければならない。

6月2日、この活動を理念と継続性と、透明性をもって着実に行っていく目的で、NPOとしての設立総会を行った。理事長には相馬市教育委員の山田耕一郎先生が、副理事長には立教大学教授で「難民を助ける会」理事長の長有紀枝先生が就任された。その他、相馬市内の有識者の方々と、福島から近藤菜々子弁護士が理事になられた。法人格を持つことによって相馬市としても支援しやすくなるし、寄付も集めやすくなる。何より目的と予算執行の間に客観的な検証を加えることが出来る。被災した子どもたちへの支援を長期間しっかりと継続するとともに、彼らの成長過程でアドバイザーになってもらえればとも考えている。

ところで、このNPO活動は孤児・遺児への支援制度と表裏一体である。
子どもたちを残して死んでいった親たちの無念に応えるためには、金銭的な支援だけでは足りないと思うので、高校卒業後の高等教育の奨学金の分もと思って世界中に支援を呼び掛けているが、忘れていけないことは、豊かな心と学力が充分に身につくようサポートすることである。
よって、いずれ体制が整い次第、NPO活動のメニューに学力向上部門を加えてもらおうと考えている。そして孤児・遺児だけではなく、被災した相馬市のすべての子どもたちに、支援していただく方々の善意が着実に行きわたり、最も有効に活かされるよう、一同、知恵を絞り努力を傾注していきたい。

ジクアジサイ 

ジクアジサイの季節。

026-1.jpg

もう一つ、トマトの初果。

014-1

今日は、パソコンの更新ですごす・・・ 

6年間使用したパソコンが、ついに起動できなくなり、新しいものに置き換えた。以前ネット設定は出入りの業者に、仕事の関係の業務と一緒にお願いしてしまったので、ネット設定が面倒だな~と考えていたのだが、LAN設定になっていたようで、ごく簡単に済んだ。

でも、flash playerが64bit対応になっていないのを対応させたり、デジカメのドライバーソフトを入れて操作に慣れたり、ウイルスソフトを設定したり・・・結構大変。プリンターも新調した。その設定はこれから。スキャナーのついた機種なので、いろいろと書類のpdf化で使えそう。

というわけで、デジカメ(これも数年前の600万ピクセルのかなり古いもの)の画像を取り込み、縮小して貼り付けてみた。

父が丹精して育てたバラ。北側の水田が、電波の飛びに影響しているかもしれない・・・。

024-1.jpg

ふぅ、アナログ人間としては、この程度できれば良しとしよう・・・。今日の作業はお仕舞。

Chris G4BUE FOCUS・FOC N/S 編集長辞任 

無線界という狭い世界の、そのまた少人数のクラブ内での出来事だが、Chris G4BUEが、上記の役職を辞任することにしたようだ。

一昨年来、FOCでは、内部で様々な問題が持ち上がり、それがきっかけとなって、CWopsという別なクラブが、FOC執行部に批判的な面々によって立ち上げられた経緯もある。発端は、私の理解するところ、FOCのとあるメンバーの人種差別的な発言だった。

FOCの現執行部が、上記の問題・それへの執行部の甘い対応に批判的な態度をとるメンバーを、クラブを混乱させる者として強硬な態度で対処したことが問題をさらに複雑にしている。Chrisとは直接話したわけではないが、どうもそれが辞任の直接的な引き金のようだ。最近号のニュースでは、FOCの会長が、批判者三名を名指しで挙げ、彼らはクラブを辞めぬ代わりに、執行部にたいして『謝罪した』と記している。この記述は、実際と異なり、さらに執行部に批判的なメンバーの心情を逆なでする。

今朝、Andreとの交信終了直後Keith VK4TTが呼んできて、この問題をどのように思うか訊かれた。Chrisの心情は同情するに余りあるという意味の返事をした。Chrisが過去四半世紀担ってきた、クラブ機関誌と、ニュースの定時発行という、極めて重い仕事をだれか受け継げる人がいるのかどうか・・・とても無理じゃないか。

Chrisは、私が1980年代にメンバーになった時のイギリスからの唯一推薦してくれたメンバーだった・・・Keithにとっても同じだ、とのことだ。Chrisが復帰できる、復帰する条件について何か他のメンバーから働きかけがあれば、それに賛意を表すことにしようと話し合った。辞任することになったとしても、これからはゆっくり無線を楽しんで行ってもらいたいものだ。

世界的なクラブになると、いろいろと問題が出てくる。趣味の世界だから、極端な悪意の言動(上記人種差別発言のようなもの)をする輩はすぐに除名するといった迅速な対処を行い、それ以外は、自由に議論させれば良いものを・・・執行部対反執行部という対立の構図を、執行部自身が作り上げているのは頂けない。

Andre DL4UNY 

今朝、14メガは、そこそこのCONDXだった。ヨーロッパが開けているのだが、ビッグガンしか聞こえない。Andreの信号は、その中でもとびぬけて強い。JA5の方と楽しそうに交信しているのをしばらく聞いていた。その交信終了時にもう深夜なので引っ込むと言っていたが、ちょっとご挨拶をしようと、呼んでみた。

こちらが少し早く打ったら、彼も負けじとQRQで応答してきた。ドイツ中部、ライプチッヒの近くの大学生。彼のサイトはこちら。現在22歳で、電子工学と数学の勉強をしているらしい。750Wに30m高の4エレクワッドとのこと。DA0HQという良く聞くコンテストクラブの設備を用いているらしい。

私がQRQで対応すると、近々HSTチャンピオンシップという高速電信の競技会を開催するから、ぜひ参加しろと言われた。すでに日本から参加表明している方が一人いるらしい。私は、タイプライティングに難があって、それがrate limitingになるし、もともと高速競技には関心がないから、辞退しておくと申し上げた。でも、旅行ではドイツには是非行ってみたいとも付け加えた(これも本心)。彼は、3年前に日本に来たことがあり、昨年はインドを訪れた、今年はモンゴルに行く予定にしているとのことだった。アジアが大好きとのこと。ドイツの政治はあまり気に入らないから、将来は国外に出たい、と・・・。

ドイツがいち早く脱原発政策を表明したことを称賛したら、彼は原発は必要という考えのようだ。原発がなければ電気代がうなぎのぼりに上がってしまう。一交信するたびに、10ドルかかるなんてことになってしまう、と言って笑っていた・・・原発は決して安いエネルギーではないと申し上げたのだが、それを支持はしない様子だった。

彼がCWの輝かしい星であることには変わりはない。Andreは、同じ東独出身でCW愛好家のJoe DL4CFのことを知っているかもしれない・・・JoeはReinsdorf在住だったか・・・。そう遠くない将来、彼らを訪ねてみたいものだ。

交信の最後には、送信のミスが少し多くなってきた。Cと打つところを、Kと打ってしまう。ちょっと待ってと言って、C C Cと送出の練習を始めるので、笑ってしまった。いつもはシングルレバーのパドルしか使わないらしい。crappyなB社のパドルめ、と笑いながらパドルを罵っていた。

もう一度、脱原発へ向けて 

関電の株主総会で、一部の株主が原発からの撤退を議題に上げるらしい。それも尤もな話だ。一旦、原発事故が起きたら、会社として経営はなりゆかなくなる可能性が高いからだ。東電も、今回の決算で数千億円規模の赤字を計上している。損害賠償が進めば、優に兆の単位の負債を抱えることになる。これは、原発の事故が起きたら、民間企業として立ち行かなくなることを意味する。さらに、経済合理性から言っても、原発はペイしないことを意味する。

そもそも、地震大国で狭い国土のわが国で、54基の原発を保有すること自体が、とても危険なことなのだ。でも、原発一基を運転することで、毎日億の単位の収入が電力会社には入る。そして、原発を動かす電力会社の周囲には原発関連の特殊法人が確か6つある。そこには、官僚が天下っている。さらに、電力会社は、毎年数百億円の広告料をマスコミに支払い、数億円以上の政党への献金を行っている。電力会社は、原発推進の研究者達にも多額の研究資金を供給し続けてきた。それで、官僚・政治家・マスコミ・研究者達が、こぞって原発を推進してきた。

事故を起こした東電福島第一原発は、海抜5mしかないが、すぐ北側の東北電力女川原発は20mの高さがあって今回助かった。福島も元来もっと高いところに設置されるはずだったが、ウランの搬入の便宜等のために、低いところに設置されたらしい。こうした人為的な事故発生の原因もおいおい明らかになることだろう。今回の原発事故は、いわば人災の側面が強い。1000年に一度の自然災害という理由づけで納得してはいけない。上記の利権共同体『原子力村』が、こぞって原因をうやむやにしようと画策することだろうが、それを我々は見抜かなければいけない。また、原発はローコストであり、CO2排出も少ないという、プロパガンダも大いに怪しい。そうした根拠のない、または誤ったプロパガンダに騙されぬことだ。

脱原発に向けて国民の意識が定まらないのであれば、今回の大きな犠牲、これから徐々に全貌を表す犠牲に申し訳が立たない。


以下、引用~~~

関電株主、原発からの撤退を

2011年6月12日(日)11時14分配信 共同通信 

 関西電力の株主124人が、同社に原発からの撤退を求めるといった計7議案を、29日に大阪市で開かれる株主総会に提案したことが12日分かった。関電の取締役会は反対を表明している。株主124人は東京電力福島第1原発事故などを受け、「放射能の処理ができない原発はやめる」と定款を変更することを提案。原発から撤退するまで役員に報酬を支払わないことも求めている。


Ira K2RD 

一昨日の夜、Iraと14メガで会った。彼のことを過去に記したかどうか・・・検索しても出てこない。どこかで書いた記憶があるのだが・・・。吉田秀和氏の近刊の評論集には、こうした記載がしょっちゅう出てくる。年配になった者の特権として、繰り返して記すこともありだろうか。

Iraは、以前は専ら車から運用していたのだが、最近、タワーを上げてから自宅からも出てくるようになった。確か、50歳代で、製薬企業のマーケッティングを担当している。最近、FDAによって新薬が承認され、その発売にこぎつけたために、大いに忙しいと言っていた。

新薬は、「一般名gabapentinの前躯体」である。米国では、Horizantとかいう商品名でGSK社から発売される予定らしい。日本でも来年アステラス社から発売予定とのこと。これだけでは、新薬の宣伝みたいだが、この薬の適応症が、restless leg syndrome(RLSと省略する)であると彼が言うので、関心を覚えた。この病気は、小児ではあまり見られないが、成人ではかなりの頻度の疾患である。現に、成人を診ることの少ない私の仕事場でも、最近この疾患と診断した患者さんがいた。

RLSは、夜間に、下肢のむずむず感や違和感を生じる疾患であって、酷い場合には、睡眠を妨げる。腎不全や、鉄欠乏状態で生じることも知られているが、多くは明確な原因が明らかにならない(特発性という)ことが多い。特発性の症例は、遺伝が関与していると考えられていて、その責任遺伝子も見当がついているらしい。脳内の鉄分の不足があることが分かっていて、全身循環から脳内に入る部分のバリアーに、鉄分を転送する蛋白の異常があるらしい。で、これまで用いられてきたのは、パーキンソン病の治療薬の一つでdoperminergic作動薬であった。私の診ている症例も、この類の薬が著効を示した。だが、この類の薬には、連用すると投与量を増やさなければならなくなるという現象が起きることがある、という。

Iraに、その副作用が、この新薬でも出るのか尋ねたら、それはないということだった。確かに、脳内の作用機序も全く異なる製剤なので、それは朗報だ。これは、GABA作動薬であり、この薬が薬理作用を示す代謝産物は、元来抗痙攣薬として用いられてきた。

ただ、彼は慌てて、この新薬は、小児適応をとっているかどうか分からないと付け加えていた。いや、私の患者さんは、大人の方だよと応えた。

彼は、出勤直前で、5分間だけと言って交信を始めたのだが、ついつい長話になってしまった。是非この新薬の薬価が安く設定されると良いのだがねぇと最後に彼に申し上げた・・・もっとも、彼に薬価決定権などないのは分かっているが・・・。薬価の決定はこれから、とのこと。

何しろ、一旦投与し始めると長い期間続けなければいけないわけだから、低廉に抑えてもらいたいもの・・・米国で高めの薬価設定をされ、それがわが国にそのまま持ち込まれるというケースが多々ある。薬の一錠の値段が、医師の診察料(再診料)を軽く超えるような薬が、世の中にはゴマンとあるのだ・・・こうした薬価設定は歪んでないだろうか。

と、そこまでは彼に言えなかったが、米国での新薬の開発と、薬価の設定に問題があることは、Iraも意見が同じだ。

彼は、HEXビームを16mの高さに上げたが、無線をしている暇がないとぼやいていた。また近いうちに会おうといって、別れた。

無線界で、医療、ないし医療関連の仕事についている友人は結構いる。Iraもそうした友人の一人だ。新しい医療の情報を交信のなかで得られることがあり、それはそれで一石二鳥である。

欧州放射線リスク委員会ECRR 2010年度勧告 

上記が、ネット上でpdfとして読むことができる。大分分厚い報告書で通読はしていないが、わが国政府、米国等が拠って立つICRPへの強烈な批判を展開している。ECRRの勧告はこちら

ICRPは、米国の研究者達により、1950年に設立された組織だ。当初内部被曝を検討する下部組織があったが、1952年には、その検討を取りやめてしまったという。以来、外部被曝のみを検討してきた。ECRRによれば、ICRPの防護基準は、100mSv以上(大量)の被曝の急性障害だけに適用できる基準だ。ICRPは、内部被曝の重要性を捨象している。ICRPの方針は、原発産業・兵器産業の意向に沿ったものであるという。

わが国の防護基準は、ICRPの基準の最大値を援用している。内部被曝、それを生じる土壌の汚染状況の詳細な検討に及び腰であるのは、ICRPの方針に拠っている、即ち原発産業に政府・行政が顔を向けているからに他ならない。

ドイツは、東電福島第一原発事故の起きた直後に、すべての原発を停止し、さらに2022年までに、すべての原発を廃炉とすることに決定した。その決断は早い。ECRRのリスク理解を共有しているからなのだろう。勿論、原発発電をしている近隣諸国から電気をドイツが買っている、という問題もあるだろうが、きっとそれも将来止めてゆくに違いない。

一方、日本では、脱原発があたかも一定の偏った思想的運動であるかのように論じる風潮がある。東電が行った、『計画停電』は、国民に原発があたかも絶対必要であることを思い込ませようと言う、社会的実験だったとしか考えられない。停電の直前にまで、停電の有無を知らされぬやり方は、そうとしか理解できない。マスコミも、多少は脱原発の識者の声を報道するようになったが、まだ原発容認の立場が強い。

先の地方選で勝ったのは、大多数が、原発推進・容認派の候補だった。そもそも脱原発を訴える候補者が立たなかった選挙区も多かったようだ。これで良いのだろうか。放射能汚染の影響をもろに受けるのは、次の世代だ。国民は、自ら放射能汚染の問題を理解する必要がある。ECRRの語る『ICRP基準の迷妄振り』を、国民が知れば現在の政府・行政の微温的な原子力政策には否と言うようになるのかもしれない・・・そうでなければ、この国は存立し得ない状況に陥る可能性がある。

原発事故を政治的自己利益に利用してはならない 

東電福島第一原発の吉田所長を、東電は口頭で『注意』したらしい。事故直後海水注入を中止するように東電本部が命じたのに、吉田所長は独自の判断で注入を止めなかったということが理由らしい。東電本部自体、事故直後対応ができず、現場の判断で物事を進めなければならなかったのだから、今になって、それも結果上『正しい』現場の判断を報告しなかっただけで『注意』とは、東電本部は一体何を考えているのだろうか。東電本部は、吉田所長を『注意』するのではなく、同氏に『感謝』すべきことがらだろう。

この件は、自民党が、菅首相を攻め立てていたことでもある。首相の意向で、海水注入を止めさせた、それが事態の悪化を招いたという、自民党の主張である。実際は、海水注入は続けられていたわけだし、首相の意向がどうであれ、自民党の主張は的外れである。

自民党が、菅首相を攻撃したもう一つの主張は、事故の翌日首相が現場を訪れたことが、ヴェントを遅らせ、やはり原子炉の爆発を生じさせたということだ。しかし、ヴェントの遅れは、当初の東電本部の躊躇と、電源系統が落ちていたために手動で行わざるをえなかったためであることが分かっている。この点でも、自民党の主張は的外れ以外の何者でもない。このように事実に反する主張で、菅首相の対応が不味かったという世論を醸成させ、結果として、彼の退陣を実現しようとしている。

自民党、それに同党に同調する政治家・マスコミは、これに対して、どのように弁明するのだろうか。

原子炉は、格納容器の底まで核燃料が落ち、そこまで溶融が進んだ状態であるという。冷却等によって生じた、汚染水は10万トンに達するという。深刻な状態が続いている。

政治が、この事故、大震災を政局に利用するのは決して許されない。

医師国会議員連盟緊急提言 

5月31日、「適切な医療を実現する医師国会議員連盟」の有志は、「福島第一原発事故による、子ども達の安心と安全に関する緊急提言」を取りまとめた。少し時間がたってしまったが、ここにアップする。やはり医師は、見るところが違うと、ホッとした。こうした超党派の議員の集まりが、適切な提言をどしどし行って欲しい。党派やイデオロギーの問題ではない。生命のかかわることなのだから。

(1) 早急に、汚染マップ(室内線量、土壌ともに)を作成し、継続的に結果を公表すべきである。
(2) 子どもの特性を考慮し、大人と区別して対応を図るべきである。
(3) 年間20mSvを下回る校庭の除染についても、極力行うべきである。
(4) 低線量持続被曝による癌の発症率は、直線的に増加するとの考え方に立ち、被曝量は減らせるだけ減らすべきである
(5) そのためには、校庭だけではなく、公園、道路、側溝、草木の剪定(特に通学路など)等、可能な限りの除染を早急に行うべきである
(6) 可能な限り、除染を行った上で、居住地域として適切か否かの判定を実践すべきである。
(7) 個人情報の扱いに関しては、十分な配慮を行いつつ、住民の健康状態を継続的に調査し、住民からの相談に応じる体制を構築すべきである。

福島県在住の方々の被曝量の推定は、3月23日までの被曝は除かれていると聞いた。それで良いのだろうか。また、今後は、この提言の(4)の内容と絡んで、内部被曝の問題が重要になる。ホールボディカウンターを用いた、内部被曝の評価もすべきではないだろうか。

福島市では、雨が降ると、親御さんが学校に子ども達を車で迎えに一斉にでかけるそうだ。そのために、激しい交通渋滞がおきるらしい。福島県だけでなく、環境の放射能汚染の可能性のある地域で子育てをされる方々は、必死の思いだろう。子ども達の将来に禍根を残さないように、無駄と思えることでも、しっかりやってもらいたい。