Gardening 

Since our home is located in a real countryside,
we have fairly big property here. This is a lawn
garden beside the entrance way. It has been my
duty co care for the lawn and the trees every
summer. I always spend even an hour or so in
the morning before going to work.

I found it a refreshing work. Sitting in the lawn,
I pull the weeds among it without thinking of any
matter or issues in life. Just concentration on
it. Breathing the fresh air and the lively odor
of plants, I feel being renewed. I had not enjoyed
gardening until I reached the age of mid forties.
Gardening seems to comprehend something essential
for our lives.

I hated using chemicals against weeds etc. In this
summer, however, the weeds were growing too fast.
I had to be helped by a chemical one time. This
photo shows the garden after being given it. If
I had much more free time, I could have spared
using it. Maybe, next summer, I will go on
without chemicals at all.

The naked tree on the left is a plum. Some worms
have naked it in a few days. In this case, I should
have gone on using an insect killer even against my
own rule not using any chemicals.

008-1.jpg

N3JT 再び 

このところ、7メガが静かになり、14メガも夜遅くまで北米に開けている。両バンドを行ったり来たりして、夜長を過ごすことが多い。

昨夜、8時半頃、14メガでJim N3JTに呼ばれた。S7程度だが、問題なし。彼はベアフットの様子。まずは、過日のワシントンDC周辺に生じた地震について尋ねた。マグニチュード5.8だったか・・・地震の少ない地域だったために、大きな騒ぎだったらしい。被害はなしとのこと。でも、最近、東海岸、特に北東部を襲ったハリケーンが大きな被害をもたらしたと教えてくれた。

地震では、ヴァーモントの原発が停止したそうで、原発の耐震性能に問題があると言われているようだがと尋ねた。いや、あの停止は、川からの取水口に瓦礫が溜ったためだと報道されていると、Jimは答えた。でも、政府・行政・それに官僚たちが、原発について言うことは信用ならないからね、と私。

一昨日は、近所のJohn N3AMと連れ立って、60Km超の距離を自転車で走ったとのこと。Jimは、過去30年間毎朝1.6Kmの水泳も欠かさない。自転車行の行き先には、ハンバーグが半値で食べられるレストランがあるので、数ドル稼ぐためにこの距離を走ったのさ、とJimは笑っていた。

私が引退することを決めたことを言った。すると、彼の家のゲストルームはいつでも私のために空けてあるからと言ってくれた。ノートにそれを書き留めておくと、お礼とともに申し上げた。これ以外にも家族のこと、仕事のこと等々、話は延々と1時間近く続いた。

彼とは、この30年間ほどの付き合いになるが、おもしろいことが大好きで、話好き。冗談のトピックの載ったサイトを知らせて来たりする。CWopsを立ち上げると聞いたときにも、冗談かと思って、最初は取り合わなかった。でも、CWopsは、この2年間で大きなクラブに成長した。Jimは、事務局長に就任。当初彼から依頼された理事職も、今年が改選時期らしい。会長のPete W1RMと、Jimから改選であることと、引き続き理事を続けるようにとメールで言ってよこした。理事と言っても、名ばかりだし、活動らしいことをしていないので、辞退しようかと思ったが、是非にということだったので、もう一期続けることにした。それを二人に書き送ると、Peteからは外交辞令が返ってきたが、Jimからは、理事に値するようなことはしていなという私の言葉に、「いいや、仕事をきちんとしてくれている、何となれば、我々の決定に否を言うことがないから・・・」と、本音とも冗談ともつかぬことを言ってきた。これからは、噛みつくべきところには噛みつくことにせねばなるまい・・・。

彼は、このところ思うところがあり、キーボードを使わず、パドルとキーヤーで運用しているとのことだった。平均レベルのオペに比べれば、とても上手なのだが、往年のJimのカミソリのような切れ味のキーイングは、少し影を潜めてしまったようだ・・・自分のことは棚に上げて、率直な感想。やはり加齢現象なのか、それとも使っていなかったための退歩なのか・・・。パドルの微細なコントロールは、運動として脳を活性化させるはずだから、パドルで老化を防ごうと申し上げた。最後には、彼は、キーボードに戻った。すると、いかにも雄弁になること。30年前を思い起こさせてくれた。

NA_CW_DINNER-23.jpg

左側がJim。右はSig N3RSだったか・・。今年のCWマンの北米での集いで。

『「無伴奏チェロ組曲を求めて」 バッハ、カザルス、そして現代』 

無伴奏チェロ組曲を求めて

表題の本が、御茶ノ水の本屋の棚に積まれていたのをたまたま見つけて購入したのが、今年の冬。その後、東日本大震災が起こり、この本を手にすることはなかった。が、震災後しばらくして、気持ちが落ち着いてきたころから、夜休む時に、少しずつ読み進めてきた。原発関係の本や、吉田秀和氏の評論集と並行して読み進めてきたので、時間がかかったが、読みながらほっとして暖かな気持ちになることができた。ページが残り少なくなって、終わってほしくないと思いつつ読んだ。三日ほど前に読了した。

著者のシブリンは、カナダのジャーナリスト。元来、ポップス音楽の評論を仕事としてきた方らしい。彼が、ひょんなことから、バッハの無伴奏チェロ組曲の音楽会に行き、そこで同組曲と出会うところから、この本の構想は始まる。

彼は、同組曲の自筆譜がないことを知り、それを探す旅に出る。それは、自筆譜という形だけではなく、同組曲がどのようにバッハによって作曲されたのか、さらに一旦音楽の歴史の舞台上から消えたかに思われた、同組曲がカザルスによっていかに見いだされ、新たな生命を吹き込まれてきたか、というこの曲の歴史的な生命の流れをたどる旅でもあった。

著者は、ジャーナリストらしく、あらゆる文献に当たり、関連する国々を旅し、様々な音楽家や関係者にインタビューをしている。精力的なそうした活動に驚嘆させられるが、クラシック、ましてチェロの曲には素人同然の著者は、とてもみずみずしい感性で、素直な感想を記していることがこの本の魅力の中心をなしている。これは学問的な著作とは異なり、著者の思い入れや、断定もいたるところにある。が、そうであるからこそ、この著作に生命が吹き込まれている。バッハの生涯、カザルスのこの曲との出会いと、特に政治的な活動とのかかわり、それに著者自身のバッハ・チェロ体験が、三つの糸になり、一つの布地を編むように、記されている。

不安定な政治状況のドイツにあって、バッハは10歳で両親をともに失ってしまう。リューネブルクの音楽学校で教育を受けるが、そこで友人と喧嘩をし、留置場にぶち込まれてしまったエピソードも紹介されている。その後、家族を抱えながら、より良いキャリアを求めて、ヴァイマール、ケーテンさらにライプチッヒと移り住む。こうしたバッハの生活が、生き生きと記されている。ヴァイマールからケーテンに移る際に、時の雇い主の怒りを買い、牢屋にしばらく放り込まれた。その際に、この曲の構想が練られ始めたのではないかと著者は記している。

いかにも謹厳実直な堅物のイメージがあるバッハが、実際には、家族のために、そして自分自身のために懸命に生きた様子が描かれていて、興味深い。そこに描かれるのは、300年「も」昔に生きた楽聖ではなく、300年「しか」経っていない時代に懸命に生きた、共感できる人間である。しかし、晩年になり、そうした世俗のことから離れて、自らの音楽の世界に沈潜するようになる。そして完成したのが、「フーガの技法」だった。晩年になり、時のパトロンからの注文などを受けることを止め、自らの音楽世界の完成を目指した、というところに、同じような年齢に差し掛かろうとしている私としては、大きな慰めと共感を覚える。

カザルスの父親は息子を、大工に育てたかったらしい。しかし、音楽の才能を見いだされ、母親の助力もあって、彼はチェリストとして大成する。もし彼が大工の道に歩んでいたら、さらにバルセロナの町で、グリュッツマッハーの校訂したこの曲の譜面を見つけ、それにチェリストとして生命を吹き込まなかったら、現在の無伴奏チェロ組曲は存在していなかった。

彼は、スペイン内乱に巻き込まれ、故郷のカタロニアに帰ることはできず、フランスからプエルトリコに移り住まざるを得なくなった。いわゆる大国が、フランコ政権へ否を言わなかったために、彼は、そうした国々での演奏を拒絶する。あの有名な、国連でのコンサートで「鳥の歌」を演奏する際に、彼がきわめて強烈な政治的な発言をしたのをいぶかしく思っていたのだが、彼の後半生が、カタロニアの自由を求める戦いであったことを知り、大いに納得させられた。

シブリンは、この曲への感動と帰依を、この著作に結晶させた。ディレッタンティズムの手垢のついていない、感じたことをありのままに記し、納得がいくまで追求する姿勢が、この著作を魅力あるものにしている。彼は、この曲に傾倒するあまりチェロの練習まで始める。ものにはならず、結局ギターで無伴奏チェロ組曲1番のプレリュードを弾くことになるのだが・・・。自筆譜は、結局探し出せなかったのだが、バッハの様々な自筆譜がどのようにして見いだされたかという話も興味深い。この無伴奏チェロ組曲を求めた旅は、読む者にさわやかでいて、滋味豊かな後味を残してくれる。

このような著作を記すことが、飯の種になるような仕事がうらやましい・・・でも、やはり才能があってのことなのだろう、な。

この本とは、全く関係ないことなのだが、この本を出版した「白水社」、まだこのように素晴らしい本を出していることに感動。学生時代、マルタン・デュ・ガールの「チボー家の人々」という大部の小説、白水社刊、を、一夏かけて読んだことを思い出した。

もう一つ、この本の翻訳がこなれていて、とても読みやすい。翻訳者は仏文学者のようだが、この本に入れ込んで、このように素晴らしい翻訳をなさったのだろう。

格納容器内水素爆発が起きなかったのは、幸運なだけ・・・ 

東電福島第一原発事故が起きて早い時期に、米国は、同原発から半径80Kmの範囲の同国人に対して、退去勧告を出した。米国は、早い時期に、飛行機を用いた放射能汚染を計測し、事故を観察して、汚染の程度と起こりうる危険性を察知していたのだと言われている。

実際、こうしたシビアアクシデントでは、原発に存在する核燃料の量が、事故の重大さを決定づけるといわれている。福島原発に保管、使用されていた核燃料すべてが、格納容器の爆発等によってばらまかれたとしたら、チェルノブイリ事故の規模をはるかに超える惨事になっていたと言われている。一つの原子炉で、格納容器内の水素爆発が起きると、その周辺の原子炉には容易に近づけなくなる。そうすると、他の原子炉も最終的に、格納容器内の水素爆発に至る可能性が高い。

その場合、都心も確実に激しく汚染され、首都機能が失われることになる。水素爆発が、格納容器内で起きるかどうかは、確率的な事象であり、今回、それが起きず、建屋での爆発にとどまったことは、僥倖にしか過ぎない。

首都機能が失われるということは、日本という国家が機能しなくなることを意味する。

政治家達の多くが、「原発の安全性を確保して、原発再稼働を!」と言っているが、こうした剣ヶ峰の状況にあった(まだ、ある)ことを、彼らはどれだけ認識しているのだろうか。

原発からばらまかれた放射性物質は、セシウムが主体のようだ。セシウム137の半減期は30年。これから、放射性物質との長い闘いが始まる。


以下、引用~~~

<福島第1原発>放出セシウム…広島原爆の168個分
毎日新聞 8月26日(金)22時28分配信

 経済産業省原子力安全・保安院は26日、東京電力福島第1原発1~3号機と広島原爆から、それぞれ大気中に放出された放射性物質の核種ごとの試算値を公表した。セシウム137(半減期約30年)の放出量を単純比較すると、福島第1原発は広島原爆の168.5個分に相当する。

 ◇保安院が試算

 試算値は衆院科学技術・イノベーション推進特別委員会に提出された。原爆は「原子放射線の影響に関する国連科学委員会2000年報告」、福島第1原発は、6月に国際原子力機関(IAEA)に提出された政府報告書の試算を基に作成された。

 セシウム137の放出量は、福島第1原発1~3号機が1万5000テラベクレル(テラは1兆)に対し、広島原爆は89テラベクレルだった。ストロンチウム90(半減期約29年)は、福島第1原発が140テラベクレルに対し、広島原爆が58テラベクレルで約2・4個分。ヨウ素131(半減期約8日)は、福島第1原発が16万テラベクレル、広島原爆は6万3000テラベクレルで約2・5個分に相当した。

 保安院の森山善範原子力災害対策監は「原子爆弾は一瞬に爆風や熱線、中性子線を放出し、破壊するもので、単純に放出量で比較するのは合理的ではない」と述べた。【足立旬子】

産科医療補償制度は一体誰のために? 

産科医療補償制度に基づく、日本医療機能評価機構の報告書。

この奥歯に物がはさまったような言い方は一体何なのだろう?曰く、「投与が直接脳性まひ発症の原因になったものではない」「それ自体が脳障害につながったとは言えないが」。ならば、このように「まとめて」公表する意味はないのではないか。この後だしのコメントが、医療現場で行われている医療そのものを改善するとは思えない。医療現場の問題は、学会の出す指針だけで解決しない。スタッフの労働環境、医療環境等すべてを考えて、ケースバイケースで解決しなければならない。このように、ペーパーの上だけで検討し、何事かを医療現場に対して忠告するかのような体裁の報告は、この機構の権威付けをすることを目指しているのではないか。一般の方が読めば、医療現場は何をしているという疑念の眼差しを向けることになる。脳性まひの大多数は、胎内で生じることが知られているのだ。

もう一つ、保険料と給付の問題。一件のお産で3万円を医療機関が同機構に支払う。毎年、200億円以上が、同機構に振り込まれる。厚生労働省の制度設計では、毎年800名の脳性まひ児に補償金を支払うことになっていた。こちらを参照。一人、トータル3000万円である(この額自体が、脳性まひ児の一生の生活費には全く足りない)。ところが、この制度で補償が認められたのが、予測の1/4に過ぎない。60億円ほどが同機構と契約した民間保険会社から補償金として支払われる。残り100数十億円は一体どうなるのだろうか。事務費に52億円が計上されているが、これもベラボウな気がする。民間保険会社は、この事業でもきっと数十億円のマージンを取っている。このように公的な性格の強い事業に、民間企業を参入させることには賛成できない。

同機構は、毎年100億円前後の内部留保をため込むことになる

お産の費用は、日本は、ヨーロッパの1/2前後、米国の1/5前後である。お産の現場には医療資源が足りない。それでいて、ミスは決して許されない

この制度は、お産の現場を、さらに疲弊させている。


以下、引用~~~

出産時の指針逸脱が多発 促進剤投与や蘇生処置
11/08/23
記事:共同通信社
提供:共同通信社

 出産で赤ちゃんが重い脳性まひになった場合に、過失の有無にかかわらず補償金が支払われる「産科医療補償制度」を運営する日本医療機能評価機構は22日、再発防止に向けて初めてまとめた報告書を公表。学会の指針を逸脱した陣痛促進剤の過剰投与や、心肺蘇生処置が不十分だった例が相次いでいたとして、関係学会や医療機関に注意喚起した。

 制度は2009年に始まり、機構はこれまでに208件を審査、うち192件の補償が決まった。報告書は、原因の分析が終わった13都府県の15件について、どんな問題があったかを分析した。

 陣痛促進剤を使用したのは15件中6件で、投与の量が日本産科婦人科学会が定めた指針より多かったり、投与の間隔が短かったりした。報告書は「投与が直接脳性まひ発症の原因になったものではない」とする一方「過剰な陣痛などを引き起こした可能性を否定できない事例がある」と指摘した。

 新生児の蘇生では「蘇生方法が不十分」「必要な器具や酸素が常備されていない」「蘇生できる医療関係者が不在」など7件で問題があった。胎児の異変を察知する心拍数モニタリングが十分でなかった例も8件あった。

 再発防止委員会の池ノ上克(いけのうえ・つよむ)委員長(宮崎大病院長)は「一部ではあるが、極めて基本的なことが守られていなかった。それ自体が脳障害につながったとは言えないが、産科医療の質向上のために、指針順守の徹底などを求めたい」と話した。

ワクチンが高価だ 

最近のワクチンは、高価なものが多い。

子宮頸がん予防ワクチンは、1回1万6千円弱の費用で、それを3回行う。公費負担があるので、接種を受ける方には負担がないが、いかにも高額だ。この内、医療機関の技術料は、2割程度に過ぎない(あのワクチン料金がすべて医療機関の収入になると誤解するのはぜひ止めて頂きたい)。残り8割は、製薬会社の取り分になる・・・と思っていたが、ネット上の情報では、この半分がワクチンの検定料なのだそうだ。検定料は国の機関が行っており、公費負担の半分近くは、厚生労働省の外郭団体に流れる構図らしい・・・残念ながら、この検定料の根拠となるデータを記録していないので、断言はできないのだが、話としては大いにありうる。

こうした価格設定でも、ワクチン製造販売をする製薬企業は、大きな利潤を得ているらしい。同じ会社が、新型インフルエンザを日本に輸出し、それらが使われなかったのに、コストを回収し大いに利益を上げたことが知られている。

髄膜炎を起こすインフルエンザ菌のワクチンの費用対効果比を検討した、厚生労働省委員会の報告が下記にある。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000yw9d-att/2r9852000000ywhv.pdf

諸外国の同比とわが国のそれを比較するといった検討をしているが、目につくのは、ワクチン価格がわが国でいかにも高いことだ。高い理由は分からない。もしかしたら、検定料なのかもしれないし、製薬会社の利益を上乗せしているのかもしれない。医療機関の得る技術料は、子宮頸がんワクチンと同じく、かなり低いレベルである。

わが国のワクチン行政は遅れている。ポリオを発症しうるポリオ生ワクチンを使っている先進国はない。でも、生ワクチンを使い続けている。この行政の犯罪的な無作為はどうにかならないのか。その一方で、高額なワクチン料金の設定によって、天下り組織に利益を還流しているようなことは、よもやあるまい・・・と信じたいが・・・どうも疑いを持たざるをえない。

安全チェックシステムの欠如 

今更何を言っても遅い、ということも言えるが、こうした検証は徹底して行うことが必要だ。なぜ適切な対応をとらなかったのかという問題について、個人の責任よりも、システムとしての問題を考えるべきだろう。個人の責任にだけ帰しては、同じことを繰り返す。

この事故を起こす直前に、海外への進出を企図したのだろうか、東電は大規模な増資を行った。東電の社長は、営業企画関係の出身ではなかっただろうか。東電が、利益拡大の路線に走っていなかったか。

さらに大切なのは、学会・原子力安全保安院が、この試算に基づき東電が対応したかどうかをチェックしていないことだ。チェック機構が働かなったことが、最大の問題だろう。


以下、引用~~~

東電福島原発、2008年に「津波10m」試算

2011年8月24日(水)3時3分配信 読売新聞


 東京電力福島第一原子力発電所の事故で、東電が、同原発に従来の想定を超える10メートル以上の津波が到来する可能性があると2008年に試算していたことを、政府の事故調査・検証委員会(委員長=畑村洋太郎・東大名誉教授)に説明していたことが分かった。

 東電はこの試算結果を非常用ディーゼル発電機の位置を高くするなどの津波対策に結びつけていなかった。速やかに対策が取られていれば、今回の事故被害を小さくできた可能性もあり、事故調は詳しい経緯を調べている。

 東電は、土木学会が02年2月にまとめた指針「原子力発電所の津波評価技術」に基づき、福島県沿岸部に津波を引き起こす地震は1938年の「塩屋崎沖地震」が最大級だと仮定。同原発での津波の高さを最大5・7メートルと計算し、冷却水(海水)をくみ上げるポンプの電動機の位置をかさ上げするなどの対策を取ってきた。だが東日本大震災で襲来した津波は14~15メートルに達したため、非常用発電機が浸水して全電源を喪失し、炉心の溶融を招いた。 

国の耐震設計審査指針が改定された06年9月、経済産業省原子力安全・保安院は電力各社に、各原発の耐震安全性を再評価(バックチェック)するよう指示した。関係者によると、これを受けて東電は08年夏、福島第一原発で想定される津波の高さについて新たに試算していた。



メルトスルーの進行か?! 

東電福島第一原発の所長は、事故後、雑誌のインタビューで、彼らが東電本部に上げる情報の1割以下しか公表されていないと述べた。

確かに、たとえば、3月21日に生じた、放射能プルームについて、記者会見等で当時も、それ以降も何も報じられていない。重要な情報が握りつぶされている可能性がある。

外国メディアが、福島第一原発からのニュースを下記のように報じている。日本のメディアでは、一号炉の温度が100℃以下に下がったと、のほほんと報じられている。メルトスルーが起きて、核燃料が、格納容器の底を突き破り、その下の構造・土壌にまで達しているのだから、原子炉内温度が下がるのは当然のことではないか。この外国メディアの報道は、余震等によってメルトスルーが進行していることを意味する。

泊原発三号炉営業運転再開 

泊原発三号炉が、18日営業運転を再開した。北海道知事高橋はるみ氏が、ゴーサインを出したのだ。この運転再開の意味するところを、ダイアモンドオンラインで上杉隆氏が、述べている。こちら

高橋知事は、経産省官僚出身で、北海道電力から政治資金の提供を受け、最大の政治資金供与団体が、建設団体のようだ。彼女は、東電福島原発事故後、最初に原発運転を許可した地方自治体首長として記憶されるべきだ。

私の関心を強く引いたのは、この事実を報道するマスメディアの対応だ。NHKは夜のテレビニュースで、この事実を報道した直後に、いつものやり方で、現地の人々の意見を二つ三つ報じた。彼らの意見は、表現の違いが多少あったが、「安全を期して運転をしてもらいたい。」という内容だった。この問題のように重大な事柄で、世論が割れる問題については、通常、否定的な意見も併せて報じる。が、原発営業運転再開を肯定する意見だけであったことが目を引いた。

安全を期して運転するのは当然のことだが、原発は、機械であり、機械の故障は必ず起きる。特に、地震等の自然災害に際しては、必発と考えるべきである。東電は、福島原発の事故は、津波によるものであると推測しているが、津波よりも前に、原子炉内の配管が損傷した可能性が極めて高く、それによって一連の事故事象が進行したという、説得力のある見解もある。これは、原子炉内パラメーターの解析等で必ず決着をつけなければならない問題だ。また、原発を運転する人間のヒューマンエラーも必発である。それが重大な事故につながることは、過去の原発事故でも起きた。完全な安全などはあり得ない。

そして、ここが一番大切なことだが、重大事故から全電源停止状態になり、原子炉溶融状態になった時に、原子炉の暴走を食い止める手段がない。全電源停止状態は、福島原発の事故以前にも、東海原発でも見られたことだ。原子炉溶融にまで進行しなかったことは幸運なことだったが、福島原発は、その幸運が続かないことを示している。原子炉の暴走は、近傍への直接的な障害だけでなく、広範な環境の放射能汚染を招く。これに対する手立てはない。安全に事故を収束させることができない。福島原発は、それを如実に示してくれている。

NHKのニュースが報じた、現地の人々の意見は、現地の人々の意見を集約したものでは決してない。むしろ、NHKの報道方針に沿った意見を載せることによって、報道方針を実現しようとするものだ。NHKは、原発再開へ舵を切ったのだ。「安全に原発を運転する」のは無理だということが明らかになったのであるから、「安全に運転して」という現地の人々の声は無意味である。そうした無意味な条件のついた賛成の意見は、無条件賛成に等しい。これがNHKの報道方針でもあるのだろう。

福島や近縁地域で、人々を苦しめ、不安に陥れている、東電福島原発の事故の展望が見えない現時点で、早速原発の商業運転を開始する決定を下した官僚達、それを支持する報道機関は、大きな誤りを犯している。

Mike K6QD 

TRANSPAC_FINISH_spray2[1]-1

Santa Barbaraに住むMike K6QD。頻繁ではないが、2、3カ月に一度程度交信を続けている。確か、私と同年配か、少し年上。懐かしのSanta Barbaraに住む、ということだけで、親しみを感じる。

元来、電気系の設計技師らしいが、海洋スポーツに関心があり、SONAR等海洋関係の仕事についているらしい。

7月中旬に、2週間弱かけて、西海岸からハワイへのヨットレースに参加したようだ。一日4時間程度の睡眠しかとれず、キツイ航海だったが、楽しんだとのこと。画像は、ハワイに着いたところ。一番前に座るのがMike。何とも豪快なセーリング。

Santa Barbaraはぜひ再訪したいところだ、その際には、ビールを片手に、古き良き時代を語り合おうではないか、と申し上げた。彼も、大歓迎とのこと。さて、いつ実現するか。

専門別医療訴訟の頻度 

上記のテーマの論文が、最近号のNew Engl J Medに掲載されている。こちら

外科系の科目では、頻度が高く、内科系では低いことは予想通り。賠償金支払いに至るケースは、かなり少ないようだが、それでも外科系だと1,2割程度は支払うことになるようだ。外科は、基本的に生体に侵襲を加えるハイリスクの特性から、このような結果になるのだろう。

賠償金額も数千万円のオーダーになるようだ。医師が65歳になるまでに、こうした医療訴訟に巻き込まれる確率は、ローリスクの科の場合75%、ところがハイリスクの科だと99%にまで上るという。ハイリスク科の場合、医師が一生の間にほぼ確実に一度は訴訟に巻き込まれる。こうした状況で医療が成立するためには、以下の三通りの可能性しかない。

1)訴訟リスクに見合った医療収入になる。医療を受ける立場からすると、医療費の高騰である。

2)徹底した防衛医療になる。ハイリスクの医療から撤退する、または訴訟に備えて、不必要と「思われる」医療まで実施する。

3)ハイリスク科からの医師の撤退。ハイリスク科を専攻する医師の減少。米国では、外科系ハイリスク科の医療収入はべらぼうに高いので、同科の専攻を志望する医師は絶えない。が、産婦人科のように訴訟のリスクの度合いが過ぎると、ある地域から、産婦人科医がいなくなるといった現象が起きているようだ(この現象も、訴訟を制限するといったことで緩和されてきているとは聞いたことがあるが・・・)。

日本の医療は、診療報酬は極めて低く抑えられたまま、制度と訴訟への傾向は、米国に近づいている。

医療訴訟さらに賠償を要求される「期待値」から行くと、わが国の医療は「経済的に」成立しがたくなりつつある、と言えるのかもしれない。

市場原理主義の破たんと原発事故 

昨夜、反グローバリズムを説く、慶大 金子勝教授の本をたまたま読んでいた。彼は、21世紀に入る前から、グローバリズムと市場原理主義を批判し続けてきた経済学者だ。米国では、マネーゲームの結果生じた不良債権の査定を厳格に行わずに、兆、十兆円のオーダーの資本注入を民間企業・民間金融機関に政府が行ってきた。その結果、1990年代にわが国が経験した、「失われた十年」を、規模を大きくして、そのまま繰り返している、というのだ。

現在、米国は、なりふり構わず、米ドルを増刷し、自らの財政破たんを覆い隠そうとしている。米ドルは基軸通貨としての役割を終えた。米国の市場原理主義とグローバリズムは、破たんした。

そのようなことを改めて思いつつ昨夜は休んだ・・・で、今朝、同教授の低線量被曝について記した文章をネットで発見した。金子教授は、あの児玉教授と、同窓の様子。児玉教授の言わんとするところを、分かりやすく記している。この文章では、低線量被曝が、「必ず」健康被害を起こすように読めるが、それを断言するのは言いすぎかもしれない。でも、小児(の一部)等には、健康被害を数十年後に生じる可能性はかなりある。

膨大な量の放射性物質が、環境に放散された。それが、どこかで濃縮され、健康被害を生じる危険性は、現に今ある危機だ。

一つは、すでに明らかになっている、農産物・水産物の食べ物。特に魚類が、食物連鎖の過程で放射性物質を濃縮する可能性が高い。水産物すべての放射能測定をすぐにでも始めるべきだ。

もう一つ、これもすでに報道されているが、下水での放射性物質の濃縮が明らかになっている。下水処理施設では、数万トンの単位で汚染された汚泥が溜っており、その処分に困っているらしい。一部は地中に埋めることを考えているらしいが、汚染の再拡大はぜひとも止めてもらいたい。拡大した汚染には対処できなくなる。

グローバリズムの終焉と、原発事故による環境汚染、直接は結びついていないように見えるが、各々を生じさせた背景には、共通したものがありそうな気がする。金子教授には、これからも発言を続け、警鐘を鳴らし続けて行ってもらいたいものだ。


以下、引用~~~

[原発事故]低線量を長期間被曝する恐怖
[慶大教授 金子勝の天下の逆襲]
(日刊ゲンダイ2011/8/16)

衆院厚労委(7月27日)に参考人として出席した児玉龍彦東大教授が、放射性物質への国会の対応が遅いと厳しく批判し、話題になっている。ユーチューブの閲覧は50万回近くに達する。
彼とは中学1年から40年来の付き合いだが、あれほど激しく怒ったのを見たことがない。
彼は専門家の間では知られた存在だ。東大医学部の助手時代、米マサチューセッツ工科大学に留学。血管の中のコレステロールを吸収するスカベンジャー受容体のDNA配列を解明し、その配列が「ネイチャー」の表紙にもなった。最近は、放射線治療と組み合わせたゲノム創薬による抗がん剤の開発をしている先端研究者だ。
いったい、彼は何を問題にしているのか。

日本のメディアや行政は、英国のNPOにすぎない国際放射線防護委員会(ICRP)が1990年に打ち出した基準をたてに「20ミリシーベルト以下なら安全だ」などとしているが、時代遅れだという。低線量被(ひ)曝(ばく)は症状が出るのに時間がかかるので、90年基準では意味がない。実際、2000年代に入って、福島昭二博士が、長期間セシウムの低線量被曝を受け続けると膀胱がんになることを解明した。
またゲノム解読以降の研究も進展している。田中ひさし博士は、甲状腺がんでは放射線で遺伝子が切断されると、本来2個のCLIP2遺伝子が3個の遺伝子になってしまう現象(パリンドローム変異)を解明している。
なのに、ICRPの1990年基準が独り歩きし、土壌汚染を長期間放置しておく状況を、医者として放置できなかったのだろう。福島原発の事故は戦後最大の「公害事件」になるかもしれないのだ
児玉氏によれば、特定箇所の放射線量が問題なのではなく、莫大な放出量が問題だという。福島原発が放出した放射性物質は、少なくみても広島型原爆の20個分である。放置しておけば、どこかで濃縮してしまう。水俣病も工場排水を薄めていたので有機水銀の濃度は基準をクリアしていたが、魚に濃縮し、多くの被害者を出してしまった。
内部被曝を防ぐために、除染と食品検査に全力をあげなければいけない。子どもは日本の未来だから。

警察・検察権力の腐敗 

品川美容外科は、現在問題になっている池袋分院での2009年の死亡事故と同じような死亡事故を、熊本分院で2008年にも起こしている。後者は、書類送検の処分だけだ。一方、今回は、執刀医師が逮捕されている。医療事故としての重大性の違いがあり、かつ医師を逮捕すべき理由があったのかもしれない。が、警察の捜査陣から逮捕者が出て、また警察から同院に就職した者も複数逮捕された事態と、どうも絡んでいるように見えて仕方がない。いわば口封じだ。

今回同じく逮捕された白鳥警部は、事件の捜査を担当し、情報を同院側に漏らしたとされている。彼の苛烈な捜査手法を、元三宿病院長で、彼の捜査によって院長職を辞さざるをえなかった、紫芝良昌氏が、MRICに記している。紫芝氏も、一種の被害者だと思える。少なくとも、個人的に責任を負うべき筋合いではないように思える。白鳥警部は、女子医大事件でのちに無罪となった佐藤医師の捜査も担当していた。三宿病院事件に共通するのは、白鳥警部の描いたシナリオ通りになるように自白を強要する捜査方法だ。

その強引な捜査手法で無実の被疑者を生んだことに加えて、捜査対象から利権を得ようとした。この権力の腐敗は、絶対に見過ごせない。こうした腐敗を生じた構造を改めなければ、第二、第三の「白鳥警部」が、より巧妙な手口で医療機関や、医療従事者を食い物にすることだろう。医師逮捕に踏み切った警察・検察の意図は何か。検察の一連の不祥事を思い起こさざるを得ない。権力腐敗の構造を隠ぺいしたら、警察・検察の自殺行為だ。この事件から学ぶべきは、紫芝氏の指摘する通り、捜査の可視化の必要性だろう。

もう一点、刑事訴追にかかわる司法解剖の結果は、医療機関には知らされない。この現在の司法手続きは、刑事訴追されたら、真実の追求はなされず、裁判で勝つか負けるかの勝負になることを意味している。医療事故の原因を究明し、再発防止につなげるためには何ら貢献しない。故意に起こされた医療犯罪を除いて、医療事故は刑事裁判になじまないことを改めて示している。


以下、MRICより引用~~~


捜査中のOB就職斡旋がもたらすもの ~品川美容外科事件に関連して考える

元 三宿病院長
紫芝 良昌

2011年8月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
私は前稿で、白鳥警部が品川美容外科の取調べに際して警察OBの就職を斡旋した行為は、この時・この場限りのものでなく、7年前2004年三宿病院の捜査においても行われたものであることを述べ、この行為は法律には触れないかも知れないが、市民社会の良識と倫理を裏切る不適切な行為と判断しMRICに投稿した。これを報道した読売新聞の記事(7月28日朝刊)に警視庁は「三宿病院の捜査は適切に行われた」とコメントしたとある。本当だろうか。品川美容外科にはなんと合計10人もの警察官OBが再就職し、そのうち4名が現在在職しており、二人は白鳥警部の斡旋によるものであるという。

どのような経路であるかは争われているとしても、事前に捜査情報が漏洩されて、不利な文書やメールのやり取りが消去されたり、捜査される上で有利な準備がなされたと報道されている。この7年間には我々のように、この斡旋を断った医療機関もあるだろう。そこでは逆のこと、つまり、捜査上不利な取り扱いを受けることはなかったと本当に言えるのだろうか?このような疑問に対して、警視庁は5人のOBの再就職の事実を把握していなかったとされるから(産経新聞7月31日朝刊)、この事件の発覚がなければ、品川美容外科に関する捜査も適正に行われた、と判断されたことであろう。

捜査する側にとって、適正であるかどうかは、手続きと捜査の手法についての違法性の有無が判断材料であろうから、捜査権力をかさにきて、再就職を斡旋しようと、恫喝があろうと、適正と判断されることになろう。しかし、捜査される側が、適正に捜査されたかどうかは、何を基準にどう判断したらいいものだろう。私の場合に即して云えば、「白鳥警部によるOB就職の斡旋を断ったり、看護師の一人に対する扱いに正面から抗議しようとしたことが、書類送検など法的な結論や新聞報道による社会的制裁-バッシング-に影響したかどうか」というものである。どうすれば、この問いに対して意味ある答えを返すことが出来るだろうか。私は、これに対する答えの一つは送検時の新聞発表(捜査官の側の意見と結論)と送検後に明らかにされる検察の判断(捜査官とは異なる検事による結論)の落差を比較することで、これに何らかの手がかりを与えることが出来ると考えた。私は三宿病院に院長として着任後58日目に院内で起こった医療事故について死因が不明であったことから、まず、所轄の警察署に異状死届出を行い、解剖等死因の究明を行うことを求め、院内の調査委員会に事故調査報告書を院長宛提出するように求めた。

ところが司法解剖の結果は医療側(加害者)には開示しないが、家族(被害者)には開示するとの判断で、解剖による死因の究明なしに委員会は調査報告書の作成を余儀なくされ、その結果の一部が解剖所見と異なることから、事故の隠蔽を疑われ、8ヶ月の捜査の結果として調査委員長は「有印公文書偽造同行使」の正犯、院長は共犯という、おどろおどろしい罪名の容疑で書類送検された。書類送検に伴う記者発表は白鳥警部自身が行ったと聞いている。この記者発表に基づきマスメディアは私が記録しただけでも18本以上の記事を公にし、その多くが調査委員長は匿名としたが、院長は実名とし「院長が部下を守りたいために、腸洗浄剤をのませたのは適切であったなどと、担当科の医師達の意見を抑えて、うその報告書を書くように指示・調査委員会を開くなと指示・調査報告書を自ら改竄」とするものであった。

もちろん、調査報告書の作成過程にかかわる資料からは、そのような結論が出せるはずはなく、そのことを白鳥警部に訴えたが、「書証はそうでも、反対のことを言っている証人がいる。こちらには人証がある」とのことで聞き入れなかった(この証人は後に私が提起した裁判の証人尋問で「腸洗浄剤を飲ませたのは適切であったとしたのは主治医グループの共通の判断で院長に強いられたものでない」「調査委員会を開くなと院長に指示されたことはない」「院長が調査報告書を削除・加筆したとしたのは、自分の思いこみに過ぎず、根拠はなかった」と宣誓証言している)。書類送検されて程なく、検察庁の調べがあり、送検時と同じ主張を述べ調書がとられた。程なく起訴猶予が決定され、その理由が次長検事によって発表された。

これは文書によるものでなく口頭発表で要旨は新聞にでた。読売新聞2005年1月7日の夕刊は「経過などを記した事実関係と、それを評価した部分があるが、事実関係の部分に間違いはなく、刑事罰を問うほどでないと判断した」、また、毎日新聞2005年1月7日は「記述は病院側の意見で、虚偽の事実を記したとまでは言えない」と判断した、とある。日経夕刊2005年1月7日は文書の性質について「役所に提出するたぐいの公的証明文書でもなく」と記載している。当初送検時には「ミス隠しの病院長書類送検 うそ報告書を遺族に」(共同通信12月3日)など書き立てられたが、起訴猶予の理由まで報道したものはこのうち4紙に止まり、名誉は深く傷つけられた。看護師の一人は、排便のあったことを患者に問診し確認した上で、腸洗浄剤を服用させたが、「水洗便所でも、ちゃんと目で見届けなくてはダメだ」として業務上過失致死容疑で書類送検され、もちろん起訴猶予となった。幸いなことに、彼女に対しては発表・報道によるバッシングもなかったが、起訴猶予となっても心の傷が癒えることはなく、この看護師も医療界から去った。このように、白鳥警部による送検時の記者発表の内容と、検察の判断の間には大きな落差というか、乖離がある

ここで注目したいのは、報道は独自でこのような記事を書けるわけでなく、送検時の記者発表を取材して書いている。三宿病院事件では記者発表は白鳥警部が担当したと聞いており、このような際、白鳥警部は「読み筋はこうなんだ」とかなり独断的に警察の見立てを語ることがあったというから、白鳥警部が自らの「見立て」と「送検した被疑者の評価」を語ることに何らの制限もない。つまり「言いたい放題」が許されている構造である。これを無批判に報道することがバッシングを効果的にしているのである。この点にも何らかの制約を設けないと、すべてが「報道の非道」と誤解されることになろう。彼自身は送検時に私に語っていたように、このような結果になることをはっきり認識し、マスコミによるバッシングを目論んでおり、それは効果的に果たされた。このような目論見の幾分かに、前報に記したように、OB就職の斡旋を断り、看護師に対する扱いに正面から抗議しようとした私に対する反感が含まれていた、と考えたくはないが、白鳥警部の捜査中のこれらの不適切な行動は、その可能性を考えさせる隙間を残してしまうのである。

これは法の権威を傷つけるものであり、法の執行者が高潔を求められるのは、法以外の理由によって市民が罰せられることがない憲法の規定を具体的に体現するものだからである。従って、右手で強制力を背景にした権力による捜査をしながら、左手で年俸600万円の就職を取引する、などという事態は法の尊厳を踏みにじること著しいもので、法に従い法を守ることを職業とする司法警察官に決して許されることではないだろう。かようなことは、別に法律で禁止されていない、と白鳥警部をはじめ、警察関係者は言うかもしれない。しかし、法に携わる職業人には、「社会で慣習とされてきた良識を守る」こともその業務に含まれている筈である。捜査の場を利用して就職活動をする、またそれを受ける、などという事は、捜査という公権力を一部署に私物化するものだ、といわれても仕方あるまい。良識ある人間として誘惑を感じても自制心と節度を持って排除する、と言うのが、現在の日本でも健全な倫理であるだろう。市民を法律で罰するには憲法の制約があるが、市民にとって大きな脅威「報道によるバッシング」には何らの制約もなく捜査官の「胸三寸」になっている事態も法と良識に照らして考えるとき健全なものとは言い難い

捜査の適正さを判断する次の基準、捜査手法に付いて、白鳥警部は「書証」よりも「人証」に重点を置く.前掲の産経新聞記事でも「病院つぶれるぞ、と迫って」との記載があるが、これも7年前と同じ。三宿病院の職員も聴取のたびに、耳にタコが出来るほど、「病院をつぶさないために、本当のことを話してくれ」と聞かされたのである。そして、白鳥警部らが求める「本当のこと」とは、彼らの「見立て=ストーリー」を裏付ける話なのである。8ヶ月間も何度となく、「病院をつぶさないために」と前置きして聴取を続ければ、彼らの見立てに合う証言を集めることは、容易な事であったろう。「書証は院長に有利かも知れないが、こちらには人証がある」との白鳥警部の言葉は、この間の証言収集に関する自信の程を物語っている。これには自供の重視と物証の軽視に通ずる面があると思う。果たして、前述したように、こうして集めた「人証」は後に私が提起した裁判の証人尋問でほとんどすべて撤回されることになった。このことも証言の誘導に無理があったことを裏付けている。

白鳥警部のチームは「医療機関捜査の第一人者」として多くの医療機関に捜査に入ったと聞いている。対象となったどの医療機関も我々と同じような経験をしたに違いない。特に彼のチームは、「上層部を落とす」ことに執念を燃やしていたから、心ならずも退くことを強要された医療機関幹部職員も少なからずいただろう。彼らは医療バッシングの嵐にあって、これからは、うつむき加減にひっそりと仕事をして暮らしてゆこうと考えたことだろう。そのことが医療崩壊を加速しなかったとは思えない。でもそうしていたら、次世代にもこの災厄を引きずることにならないか。

最後に、「このようなことの再発を防ぐためにはどうしたら良いと思うか」と記者から問われたが、私は「捜査の全過程の可視化」と答えた。自制心或いは節度といい、人間の優れて自律的な機能が、ある職業集団から失われつつあるとしか思えないとき、適正な行動を担保するものは「他人の目・世間の目」しかないと思うからである。

低線量被曝による次世代への遺伝的不安定性の移行 

原爆被爆者の二世にも発がんの頻度が高いことが報告されている。

チェルノブイリで低線量被曝(その程度はこの抄録では不明)を受けた父親から生まれた子供に、遺伝的な不安定性が認められたとする報告。

放射能を侮ってはいけない。次世代にも大きな影響を及ぼす。


以下、引用~~~

Environ Mol Mutagen. 2011 Aug;52(7):538-46.
doi: 10.1002/em.20655. Epub 2011 Apr 28.
Analysis of genomic instability in the offspring
of fathers exposed to low doses of ionizing
radiation.
Aghajanyan A, Kuzmina N, Sipyagyna A, Baleva
L, Suskov I.
SourceDepartment of Molecular Biology and
Cytogenetic, Federal State Institution
"Russian Scientific Center of Roentgeno-Radiology"
of Ministry of Health and Social Development,
Moscow, Russia.
ann-aghajanyan@yandex.ru.

Abstract
Transgenerational genomic instability was studied in
nonirradiated children born from fathers who were
irradiated with low doses of ionizing radiation
while working as clean-up workers at the Chernobyl
Nuclear Power Plant (liquidators) and nonirradiated
mothers from nuclear families. Aberrant cell
frequencies (ACFs), chromosomal type aberration
frequencies, and chromatid break frequencies (CBFs)
in the lymphocytes of fathers-liquidators, and their
children were significantly higher when compared
with the control group (P < 0.05). Individual ACFs,
aberration frequencies, and CBFs were independent
of the time between irradiation of the father and
conception of the child (1 month to 18 years).
Chromosomes were categorized into seven groups
(A through G). Analysis of aberrant chromosomes within
these groups showed no differences in the average
frequency of aberrant chromosomes between children
and fathers-liquidators. However, significant
differences were observed in the average frequency
of aberrant chromosomes in groups A, B, and C
between children and mothers in the families of
liquidators. These results suggest that low doses
of radiation induce genomic instability in fathers.
Moreover, low radiation doses might be responsible
for individual peculiarities in transgenerational
genomic instability in children (as a consequence
of response to primary DNA damage). Thus, genomic
instability may contribute to increased morbidity
over the lifetime of these children.

フォーレ ピアノトリオ初練習  

3月14日に予定していて、震災のために中止した、フォーレピアノトリオの練習を、昨日行った。予定から5か月遅れての初練習だった。

フォーレの室内楽は、譜面を一見したところ易しそうでいて、弾いてみると、ところがどっこいというものが多い。このピアノトリオも、どうなることやらと心配していた。苦手な三拍子系であるし・・・。久しぶりにお目にかかるピアニスト・バイオリニストのお二人は元気そう。早速、1楽章に取り掛かる。

フォーレのピアノの入る室内楽の常で、ピアノのトレモロに乗って、弦・・・この曲では、チェロが歌い始める。ピアノのトレモロが繊細で美しい。私のチェロは、どうだったろう・・・息の長い旋律、この楽章全体を支配する動機やフレーズが、凝縮された旋律を歌う。

その旋律をバイオリンが受け継ぎ、綿々と歌い継いでゆく。この楽章は厳格なソナタ形式をとっていないようだが、第二主題に相当する、可憐な旋律を弦がユニゾンで歌う。フレーズの変わるところのアウフタクトがイマイチ合わない。

その後、ピアノが低音域で主題を歌うところで、弦はシンコぺの複雑な動きをする。ここも鬼門だ。その後、主題の動機を組み合わせた、甘く憧憬の気分に満ちた旋律が各楽器に受け継がれる。バイオリンのTさんが、とろけそうな歌を紡ぐ。

冒頭主題の動機が、各楽器に受け継がれて、バイオリンがダブルストップの和声的な動きをするなか、主題が、チェロと、ピアノの低音部にフォルテッシモで再現する。

その後、主題の一部と、主題を変形した動機を各楽器が受け継ぎ、さらにユニゾンで歌い、コーダに進む。弦は、オクターブのユニゾンだが、チェロにとっては、音がとびキツイ・・・でも、色彩豊かなフォーレ的な和声が畳み掛けるように鳴り響くなかフォルテで終わる。

・・・と、素人の音楽分析は、どうでもよいのだが、学生時代から愛して止まなかった、この音楽の中に浸れること、そしてその音楽を作り出す作業に加われたことは、表しようがないほど嬉しいことだった。お二方も、とても「乗って」弾いているのが分かる。震災以来、またアンサンブルができるかどうか、不安に思うこともあったが、練習を続けながらじっと待っていた甲斐があった。

フォーレの最晩年のこの作品を、聴き、スコアを眺め、さらに演奏してみて、余分なもの、本質的でないものをそぎ落とした、フォーレの真髄に触れる思いがする。虚飾、表面的な効果を狙ったもの、聴く者に媚びるようなもの等が一切ない。

このところ、エリック シブリンというジャーナリストの書いた『「無伴奏チェロ組曲」を求めて バッハ、カザルス、そして現代』という本を読み進めている。バッハの無伴奏チェロ組曲に魅入られた著者が、バッハの生涯、カザルスの音楽と政治の人生、それに著者自身の無伴奏チェロ組曲体験という、三つの糸を紡いでゆく構成になっている。無伴奏チェロ組曲の各々の曲に当てはめて、物語が進行してゆくのだ。

膨大な資料を用い、現地調査を行いそれにインタビューを交えての念入りな著作なので、それにも感心させられるが、音楽を生業としない人間の素直な感性で音楽に迫っているところに強い共感を覚える。無伴奏チェロ組曲二番の作曲が、バッハが最初の妻を亡くしたことに重ね合わせる見方等、学問的には証明されていないことなのかもしれないが、著者の音楽の読み込み方に素直に感動させられる。

バッハの晩年についての記述にまでたどり着いた。バッハは、ライプチッヒでのカントールとしての生活に疲れ、よりより条件の仕事場を求めて就職活動を続けるのだが、思わしい結果は得られない。就職のための活動には、目を向けず、遺すべき自分の音楽に正面から向かうようになる。その結果として、「音楽の捧げもの」や「フーガの技法」といった、世俗から離れたバッハの音楽の集大成が生み出されてゆく・・・。

世俗のことにこだわることがなくなったバッハの音楽は、マクロ的には音楽を通して世界創生を語る音楽、ないしミクロ的には、我々のこころの襞の奥深くまでしみいるような音楽になる。ここでも、余分なものを一切排除した音楽が響く。

老年を迎えることは、できれば避けたい、目をつむりたいという気持ちになりがちだ。でも、この世のものから距離を置き、一切の虚飾と、見かけだけのものから自由になれることは、大いなる恵みなのではないだろうか・・・フォーレの響きのなかに身を置きながら、そのような思いが浮かんできた。バッハも、フォーレも老いを迎え、このように生きた、お前も恐れることなく、老いを生きろと言われているかのように・・・。

放射能除染の問題 

放射能汚染がある南相馬市での除染作業の報告。

本来こうした事業は、国が率先して行うべきではないのだろうか。行政は、「前例のない」こうした事業には、すぐには取り組めない。「法令により、前例を踏襲し、公平に行う」のが、行政の手法だ。でも、こうした「前例のない」事業には、対応できぬことは目に見えている。

産婦人科医療に携わる人間が、こうした事業に携わらなければならないことに、複雑な感情を抱く。でも、現地で、妊婦さんのために率先して、この作業に携わった方々に敬意を表したい。

一点、汚染された表土を、庭の一角に埋めるらしいが、これはさらに汚染を拡大するのではないか。粘土層に多くの放射性物質はトラップされるというが、一部は地下水にも流れ、また多くが、川・海に還流するのではないだろうか。汚染は、できるだけ範囲を限局化することが望ましいはず。学校でも汚染土をグラウンドの一部に埋めている様子だが、とても気になる。これは、汚染物質は、各自治体、ひいては各施設・家庭で保持することという行政の方針によるらしいが、この場当たり的な対応が、汚染の際限のない拡大を引き起こすのではないだろうか。臭いものに蓋の対応は、放射性物質の場合汚染拡大につながる。


以下、MRICより引用~~~

南相馬市における妊婦宅の除染作業報告

亀田総合病院 総合周産期母子医療センター長 
鈴木真

2011年8月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
日本の未来と夢は、すべて子どもたちにかかっており、妊婦、子どもは優先的に守られるべきである。南相馬市は原子力発電事故のため警戒区域(20km圏内)、緊急時避難準備区域(20~30km圏)を含んでいるが、多くの地域は低線量地域である。しかし一部に高線量地域があり、妊婦や子どもが居住するには危険な区域が存在するため、個々にその影響を勘案し対応する必要が生じている。

南相馬市で産婦人科医院を開業され、地区医師会長を務める高橋亨平先生は、5月初旬より市内に在住している15名の妊婦に個人線量計配布し独自に月間被ばく線量を測定してきた。その測定結果より年間被ばく量を計算し、3.5mSv/年以上であった4名に対して、その状況を説明し除染することを申し入れ、同意の得られた1名の方の住居について今回除染作業を行った。
作業は原町中央産婦人科院長 高橋亨平医師を中心として、南相馬のNPO方針実践まちづくり、石川建設会社、放射線測定機器販売会社サードウェーブ、医師として東京大学医科学研究所の上研究室および亀田総合病院総合周産期母子医療センター、以上合計21名が参加した。

除染作業は
1.放射線物質の分布評価(除染作業前の空間線量測定)
2.1の結果に基づいた除染部位、方法の検討
3.除染作業(高圧洗浄、表土除去、立木などの伐採など)
4.作業の効果判定(除染作業後の空間線量測定)
の順で行った。

まず、除染に先立ち空間線量の測定を行った。原則として、ある点における空間線量は空間で5m、地中で5cmからの放射線が85%を占めると考えられており、敷地内をある間隔で測定することにより、どこに、どの程度の放射性物質があるか推定することが可能である。そのため、敷地を2×2mの格子状に区分し、それぞれの交点および敷地外周との交点で、それぞれ地表から3つの高さ(5cm/1m/2m)で空間線量を計測した。
室内についても同様の方法で行った。平均空間放射線量は庭で1.46/1.12/1.11μSv/hと地表が高く、空間で低くなっており、屋内の一階部分の外周の南側(庭側)では0.65/0.88/0.88 μSv/h、内側では0.42/0.52/0.62μSv/h、二階では0.48/0.57/0.66 μSv/hと上方ほど高くなっていた。
また雨どい、浄化槽からの排水口付近などに線量率が高い部分が存在していた。立木などで特に高くなかった。

以上の結果より放射性物質は屋根、雨どい、および庭の表土に存在することが明らかになったため、屋根および雨どいの高圧洗浄と庭の表土剥離を行うことを決定した。
簡単な足場を組み屋根の洗浄を行ったのち、雨どいに詰まっていた泥および落ち葉を除去した。洗浄作業終了後表土の剥離を行った。表土を一次保管するための穴を住居より最も遠い場所に設定し、1mを目標に人出で掘り始めたが、30cm程度から粘土層が出現したため作業は困難となり50cm程度で終了となった。
次いで表土剥離を行ったが、芝の根が張っており、体力的にかなりきつい作業であった。すべての作業が終了するのに開始から昼食を挟んで6時間を要した。

終了後の空間線量測定結果は、庭では0.63/0.70/0.79といずれも40%程度低下した。室内について1階部分は南側0.40/0.45/0.63 は28/49/38%低下し、中心部0.29/0.38/0.45 は30%程度低下したが、2階については大きな変化が見られなかった。
この結果を考察すると1階部分は雨どいの洗浄と表土剥離により極めてよい効果がみとめられたが、2階部分は低下しておらず、今回の洗浄方法では屋根の放射性物質除去は不十分であったと考えられた。

(参照:除染報告図)
http://expres.umin.jp/mric/img/Vol.235.pdf

今回の除染作業で分かったことは、最初に施行する測定方法が適切な評価が行われることが極めて重要であるということである。このためには測定方法の統一は必須と考えられる。除染作業では、その家の素材(屋根は瓦、スレート、トタンなど、壁はトタン、モルタル、木材、コンクリートなど)は様々であり、建築メーカー、建設資材メーカーの協力を得て屋根や壁などの素材に最も効果的な洗浄方法を開発することが重要であると考えられた。
また、作業は想像以上に大変で、人力のみで行うことには限界があり、建築機器、重機などで行うことが必要だと痛感した。

この除染作業は「放射性物質汚染の有効な除去方法の開発に関する研究事業」であり、
1.適切な測定方法とその評価方法の研究
2.外壁、屋根などの素材に応じた除染方法の研究
3.除染不能例における放射線防御方法に関する研究
4.土壌から放射線物質除去法の研究
など様々な価値ある研究が含まれている。
そして、これを現場で実行する作業員は重要な研究補助員であり、これを継続可能な状態にするためにはボランティアではなく事業としての形をとることが重要である。
さらに、これを事業化することで雇用が生まれ、南相馬市において環境的にも、経済的にも居住可能となる住民が多くなり、復興が進むことが考えられる。

最後に、南相馬市に上記研究施設を設置し、研究事業の拠点とすることを提案したい。

Jim W6YA、そしてMerle K6DC 

先日、寝る前に、7メガでCQを叩いた。北米の2,3局の相手をしたが、せわしないコンテストに近いスタイルの交信・・・。もうちょっと、ちゃんと話をしないのか、と呟きながら、交信を終えた。

そろそろ引っ込むかと思った時に、Jim W6YAが呼んできた。起きたばかりで、パドル操作にミスをしてしまうと言いつつ、圧倒的な強さと、確たるCWで、聴くものを酔わせてくれる。膝関節の人工関節への置換術を再び受けて、1ヶ月以上たった。以前femoral nerveのブロックを受けた後遺症で、大腿四頭筋に一部に麻痺が残っている由。痛みは大分少なくなり、以前の手術より経過は良さそうだ。

Jimは、多くのDXerと同じく、ST0Rを追いかけていたようだ。80、12、10mでは厳しかった由。互いの友人 Cliff K6KIIは仕事に忙しくしているが、彼とは数日後に会うことになっていると言っていた。

たまたまネットで見つけた、10年ほど前のSouthern Calif DX ClubのBulletineに、Jimが、サンタバーバラのMerle K6DCを訪れ、そこのOM達と面会した記事が載っていた。Jimは、何枚かの写真を撮っている。Merleが、その数か月前に交通事故に遭い、歩くこともままならなかったことが記されていた。Jimが彼に会って数か月後、Merleは急死することになる。

Merleの最後について何か知っていることはないか、彼が自殺をしたと聞いたことがあるが、とメールでJimに尋ねた。友人たちに優しく、真のジェントルマンであったMerleが、どのような理由で、そのような最後を迎えねばならなかったのか、知りたいとずっと思っていたのだ。

死因は分からない、が事故の後遺症から立ち直れず、抑うつ状態にあったのではなかったろうか、というJimの返事だった。当時お目にかかったOMたちも多くは亡くなり、残っているのは一人だけだ。それは仕方のないこと、亡くなった人々のことにあまりに思いを傾けるのはやめておこうではないか、MerleはJimにとってもelmerだったが、我々は残された人生を精一杯生きよう、と記されていた。我々はまだ「子供」なのだよ・・・と。

Jimの言わんとするところは分からくもないが、10代の頃から世話になった、Merle、その奥様のことはやはり記憶にいつもある。リタイアしたあかつきには、サンタバーバラをまた訪れてみたいものだ。Alston RdのMerleの広大な地所はどうなっているだろう・・・奥様は健在だろうか・・・。

こんな人事が実現すれば 

この国にも未来はあるのかもしれないが・・・

http://www.tokyopressclub.com/2011/08/blog-post_09.html

twitter署名を、今日15時まで受け付けているようだ。

関東土壌汚染調査結果  

放射能防御プロジェクトという団体が、首都圏を主体として放射性セシウムによる汚染状況を調べて公表した。放射能防御プロジェクトのサイトは、こちら。関東土壌汚染調査結果をマッピングしたものが、こちら

この団体のバックグラウンドは良くわからないが、国と業界の原発事故対応に危機感を持って、自ら汚染の度合いを測定しようということらしい。

で、結果として、埼玉の南東部・東京の東部にかなり高度の汚染地域があることが分かった。

詳細な汚染マップを作ることが喫緊の課題なのだが、国・業者は動く気配がない。

国の基準値自体もICRPの緊急時の許容値をもとに作られている。これから長い年月我々がさらされる内部被曝に対しての基準値としては緩すぎる

これで一体良いのだろうか。

児玉教授インタビュー 

児玉教授のインタビュー記事。分かりやすいので、以前のポストと同じ内容だが、引用掲載する。ネットでの彼の発言への支持が、マスコミを動かしたと言ってよいだろう。


以下、毎日新聞から引用~~~


放射線:「除染急げ」 東京大アイソトープ総合センター長

児玉龍彦・東京大アイソトープ総合センター長=東京都目黒区の東京大学先端科学技術研究センターで、武市公孝撮影 「7万人が自宅を離れてさまよっている時に、国会は一体何をやっているのですか!」。東京大アイソトープ総合センター長の児玉龍彦さん(58)が7月下旬、衆議院厚生労働 委員会で国の放射線対策を厳しく批判したことが反響を呼んでいる。がん治療薬開発のかたわら、「行動する研究者」として福島県南相馬市で除染活動を続ける児玉さんに、政府 がなすべきことを聞いた。【聞き手・青野由利論説委員】

--今回の汚染はこれまでの考え方では対応できないと指摘していましたね。

◆私たちの推計では、福島第1原発からの放射性物質の放出量はウランに換算して広島原爆20個分に上ります。しかも、原爆に比べて放射線の減り方が遅い。少量の汚染ならそ の場の線量を考えればいい。でも、総量が膨大な場合、粒子の拡散を考える必要があります。これは「非線形」という難しい科学になり、予測がつかない場所で濃縮が起きる。だ から、稲わらによる牛肉のセシウム汚染や、お茶、腐葉土の汚染といった問題が次々出てくる。

--食品の汚染にどう対応すればいいですか。

◆最先端技術を使えば、たくさんの食品の汚染を一度に画像で判定できます。こうした分野で日本の技術は世界一です。メーカーに聞くと3カ月でできるという。それなのに政府 は何の対策も打っていない。これから、コメや海産物の問題も出てくるでしょう。食の安全を支えるために、最新の測定装置を緊急に開発し、各自治体に多数並べ、流れ作業で検 知するといった対策が必要です。

--子どもがいる人は家の周りや学校の放射線にも不安を抱えています。

◆被災地のすべての自治体に「測定すぐやる課」と「コールセンター」を置くことを提案します。電話を受けたら、20~30分でいいから、家の周りや子どもが行く場所を一緒 に見て回る。線量が高い場所はパッパと除染する。南相馬では、子どもだけを避難させ、家族がばらばらになっている人たちがいますが、海側などでは線量が低く、子どもがいて も大丈夫な所はある。それをきちんと見て、緊急避難的な除染は「すぐやる課」が手伝うことです。

--低線量による内部被ばくの問題は専門家の間でも意見が異なり、混乱が生まれています。

◆がんは何十年かの間に複数の遺伝子変異が重なって起きます。チェルノブイリ(原発事故)でも、子どもの甲状腺がんの増加が統計学的に確かめられたのは20年後です。時間 がたたないとわからないので、今「安全」か「危ないか」に決着をつけるより、「測定と除染」に徹することが大事です。

--国会では、局所的な緊急避難的除染と、地域全体を対象にした恒久的除染を分けて実施するよう主張しました。

◆子どもたちが安心して暮らせる環境を作るために、幼稚園などで緊急避難的に除染をしています。でも、側溝を洗った水は環境中に残る上、線量を下げるのにも限界がある。こ れらを根本的に解決する恒久的除染は巨大な事業になるので、「除染研究センター」を作り、まず問題点やコストを評価する。そして日本の総力を挙げ、最高の除染技術を福島に 結集する。除染の方法などは住民の意見を取り入れて決める。利権がらみの公共事業にしてはだめです。何十兆円も出して「これしか除染できませんでした」ということは、日本 の財政状況では許されません。

--緊急事態に、国の動きは遅すぎますね。

◆私たちは、除染した後の土を残しておけず、ドラム缶に入れて持ち帰っていますが、本来は法律違反です。現行法が今回のような事態を想定していないからです。旧来の法律で 手足を縛られたままで、どうやって子どもが守れるでしょう。まき散らされた放射性物質を減らすために、法整備をしてくださいと言ってきました。それを4カ月もやらずに、国 は何をやっているんですか、ということです。「食品の汚染検査」「測定すぐやる課とコールセンター」「緊急の除染」「恒久的な除染」、この四つをぜひ進めてください。

◇「国会何やってる」 委員会発言、ネットで話題に
児玉さんは東大医学部卒業後、内科医として臨床と研究の両方に携わってきた。96年から東大先端科学技術研究センター教授としてシステム生物医学を研究、11年からは同大 アイソトープ総合センター長を兼務している。

アイソトープ(同位元素)を使ったがん治療薬開発に取り組んでいるため、内部被ばくにも詳しい。原発事故後、福島県南相馬市の依頼で毎週末、現地に足を運び、幼稚園などで 放射線量測定と除染作業を続ける。

7月27日、衆院厚生労働委員会に参考人として出席。食品の放射能汚染で不安が広がる中、食品の放射線量測定に全力を注がず、子どもたちを守るための法整備も怠っていると 、国の怠慢を厳しく批判。「放射性物質を減らす努力に全力を挙げることを抜きに、どこが安全だという議論をしても国民は絶対信用しない」と訴え、対策を具体的に提言した。 その様子が動画投稿サイトなどで紹介され、話題となっている。

毎日新聞 2011年8月7日 21時54分(最終更新 8月7日 22時45分)

Tom N0SS Silent Key 

Tom N0SSが亡くなった。まだ50歳代だったのではないだろうか・・・。とても親しいという関係ではなかったが、彼とは、同じFOC・CWopsメンバーということもあり、年に一二度お目にかかっていた。数年前、彼が確かリンパ腫にかかっていることは聞いていたが、発病が15年前で、以来闘病をされていたとは知らなかった。長い闘病生活を送っていたが、いつも生きることに積極的な姿勢を示しておられた。

Elecraftの愛好家だったらしく、同社のMLに、Elecraft社の首脳であるWayne N6KRが追悼文を寄せていた。数年前、ハムの集まりに参加するために、ピックアップトラックに一緒に乗って長いドライブ旅行をした、エアコンのついていない車だったが、冗談を交わしながら、旅行を楽しんだ、あれが今まで最も楽しかったドライブ旅行だったと記している。Wayneの人柄と、Tomの積極的な姿勢がしのばれる文章で、ぐっとくるものがあった。

端正で立派なCWを打つラグチュワーが、また一人去った。

児玉教授インタビュー 

先日、国会で参考人として意見を述べた、児玉龍彦教授が、ネット上Ustream TVでインタビューを受け、その意見陳述について詳しく解説し、さらに呼びかけを行っている。

こちら。少し長いが是非視聴されることをお勧めする。

http://www.ustream.tv/recorded/16442790

私が視聴して、記憶に残った点を箇条書きしておく。

~~~

○予測とシミュレーションによって、放射能汚染に対処する。SPEEDIが、情報の少なさ故に利用できないと言っていた行政は誤り。従来の、統計と疫学は、結果が出てからしか、問題に対応できない、すなわち実際上は、それではこの問題に対応できない。

○今回の原発事故は、環境汚染量が莫大で広範にわたり、これまでの限られた場所での高放射線量汚染に対する法体系では対処不可能。これまでの法体系の上位に立つ、法律・組織が必要になる。

○詳細な汚染マップを作る必要がある。これまでの1km単位の情報では大まかすぎる。地方自治体が、通り・家単位で汚染状況を把握する、ないし住民が測定する補助をすべき。

○放射能汚染に対処するために、民間の技術を利用し、官はそれを統合するプラットフォームを準備する。放射能汚染対処、除染等の技術は、民間の方が圧倒的に進んでいる。

○汚染地域の方々が、今後どのようにするか、移転するのかどうかといった決定をするのは、彼ら自身が行うべきだ。家族が離散するようなことがあってはならない。彼ら自身による決定を下すうえで重要な情報・手助けを、我々は行うべきだ。

○環境汚染の放射能量を減らす努力を始めるべきだ。

○放射能内部被曝による発がんは、ゲノムの修飾以外に、エピゲノムに変化が起きて、始まるのではないか。発がんに放射線量の『閾値』があるという考えは、誤っている。すなわち、低線量だからといって、発がんに結びつかないということはない。

○どのようなことであれ、各人が得意とすることを通して、この非常時を乗り切って行こう。

~~~

笑顔を絶やさぬ、優しく穏やかな人柄の方のようにお見受けした。彼のように、新しい世代の研究者が、この非常事態を乗り切る先頭に立って下されば、問題はより早く確実に解決するのではないかと思った。気になったのは、あの意見陳述後、幾つかの政党から、政策に彼の意見を反映させたいと言ってきたというのだが、その政党は「小さな」政党ばかりであった、とのことだった。「大きな」政党は、メンツと官僚に牛耳られて、このようにダイナミックで斬新な考えにはついてゆけないのだろうか・・・。

『チェルノブイリ被害実態レポート翻訳プロジェクト』 

当地産牛肉が、昨日出荷停止となった。セシウム137に汚染されていることが判明したのだ。

県による、牛肉の汚染状況のデータは、先週まで、『検出されず』が続いていた。2,3日の経過で、どうして出荷不可となるほどの汚染が出現するのだろうか。県のデータに問題はないのか。セシウム137が検出されにくい部分を検査する等、恣意的な操作が加えられていなかったのか、大いに疑問だ。

以前にも記したが、汚染が牛肉に留まるとはとても思えない。そして、この汚染は、長い年月続くことを想定しなければならない。その被害を一番受けるのは、小児である。

『チェルノブイリ被害実態レポート翻訳プロジェクト』というサイトがある。こちら。チェルノブイリ周辺地域における放射能汚染(特にセシウム137による汚染)と、それへの対処方法の科学的知見について、米国で公開された論文があり、その翻訳を進めているグループの仕事らしい。東電福島原発による汚染にさらされている我々、特に小児にとって、極めて示唆にとむ内容だ。

注目すべきと思われることは・・・

被曝の9割以上は、食物に由来する内部被曝である。

〇汚染食物によるセシウム137の吸収を阻害する物質として、不溶性ペクチンが有望だ。実際に、プラセボとの比較で明らかな効果が認められる。

〇セシウムの水溶性の性質を利用して、食物を加工することにより、汚染を減らすことができる。

〇牛への飼料にペルシアンブルーを配合することにより、セシウム137の吸収を抑えることが試みられている。

食物中の放射性物質の許容量を、1mSvに置いている・・・わが国では、前のポストにある通り、17mSvと高い値となっている。わが国の『暫定』基準値はあくまで暫定であるべきだ

〇ベラルーシ・ウクライナの子供達を、放射能汚染から守る支援の国際的なネットワークが息の長い活動を続けている。

我々は、こうした情報をこそ必要としている。こうした情報を国や地方自治体の政策に生かしてもらわなければならない。

以下の項目をすぐに検討するように、政治・行政に働きかけようではないか・・・

〇高度汚染地域の人々の内部被曝の実測を進めること

〇食物の汚染を調べることは当然のこと、農地を主体として詳細な汚染マップを作り公表すること それに基き、除染を進めること

〇汚染等のデータは、恣意的な操作を加えずに、公表すること

〇この報告で示されたような、汚染防止・改善に効果のあると思われる方策を、すぐに取り入れること

〇現行の食物の暫定基準値を長期間用いることは許されない 遠くない将来に、本来の1mSvから求められた値に戻すこと

Unruhige Nacht 

アマゾンで医学書を注文しようとして、ふと、昔読んだ小説をサイトで検索してみた。アルブレヒト ゲースの『不安の夜』。みすず書房から出されていた小ぶりの翻訳書で、三つか四つの中短編が納められていた。とっくに絶版になっていたことも知っていた。

案の定、翻訳書は絶版。中古本に、定価の10倍位の値段がついていた。あまりな値段なので、それはパス。原書のコーナーに行くと、ソフトカバーの『Unruhige Nacht』が、ヒットした・・・でも、このタイトルの表記と言うことは、ドイツ語である。値段もとても安い・・・安かったからというわけでもないのだが、注文ボタンをつい押してしまった。さて、ウン十年ぶりのドイツ語、原書で読めるかしらん・・・。アマゾンのサイトではUnruhigeが、Ururuhigeとなっていて、苦笑してしまった。

さて、この『不安の夜』を記したアルブレヒト ゲースという作家は、第二次世界大戦中、従軍牧師として仕事をし、戦後、戦争体験を、人間を深く洞察する眼差しで小説として書き記した。『バッハ頌』というバッハを褒め称える歴史上の人物の文章を集めた本のなかで、ゲースは、マタイ受難曲について記している。マタイ受難曲が、平凡な農村で演奏される様子を瑞々しいタッチで記していた。『不安の夜』を読んでしばらくしてから、『バッハ頌』のなかに、ゲースのこの詩的な文章を偶然見出して喜んだ記憶がある。

さて、『不安の夜』の内容は・・・記憶にある限りで記すと・・・第二次世界大戦中、ドイツ軍の戦況が不利になりつつあるころ、ある従軍牧師が、ある年若い兵士の軍法会議による銃殺刑に立ち会うために、ウクライナの某所に向かおうとしている。翌日の飛行敏を待つホテルで、その銃殺刑を受ける若者の人生を、受け取った書類から読み解こうとしている。その青年は、やむにやまれぬ事情から、戦線離脱をすることを選んだのだった。ホテルが混雑していて、カップルが牧師と同じ部屋でカーテンを隔てて、夜を過ごしている。レニングラードに明日飛び、そこでの絶望的な戦いに加わる将校と、その恋人だ。明日、銃殺される青年と、死地に赴こうとする青年将校と・・・。徹夜して、銃殺刑になる青年の人生を理解し、朝、レニングラードに旅立つ将校に、軍隊で何時も交わされる挨拶の言葉、「大たい骨骨折!」という表向き不吉な言葉を投げかけ(不吉さを予め言葉にすることでそのような事態に会わぬことを祈るのだ)、無事を祈って、別れを告げた。ウクライナへ向かう飛行機に搭乗し、流れる雲を見つめる従軍牧師。彼は、そこで全ての不条理と和解する・・・といった筋書きだったような・・・。

こうして短いヘタな文章で記すと、ゲースの詩情溢れる、人間への暖かな眼差しがちっとも生きてこないのだが・・・。学生時代にこの小説を読んで、震えるほどに感動したことを覚えている。他の短編も、珠玉の作品だった。

ほとんど忘れかけたドイツ語、辞書を片手に、もう一度チャレンジするか・・・。みすず書房にも是非翻訳書を復刊してもらいたいものだ。

児玉教授の見解を是非国民に伝えたい 

7月30日付で、このブログに取り上げた、児玉東大教授の国会での参考人意見は、とても大切な内容だと思う。マスコミにはあまり取り上げられていない。ネットでは大きく取り上げられているようだが、それでも国民の一部にしか伝わらないだろう。ぜひネットを介して、または直接、彼の発言内容を、伝えてもらいたい。

彼の発言を逐語的に書き下ろしたサイトは、こちら

注目すべき点を改めて箇条書きで挙げると・・・

高い放射線量のものが少量あるということに対応した法律体系はあるが、低い線量のものが膨大にあるという、それをどう除染していくかということに関する法律がほとんどない。今も汚泥問題、その他すべての問は、これまでの放射能汚染関連法規では解決しない。

東電福島原発の放射性物質の量は、広島原爆に比べて、熱量で30倍弱、さらにウラン相当量比較で20倍多い。

1年後、放射能量は、広島原爆では1/1000程度になるのに、原発では1/10程度にしかならない(なかなか減らない)。

除染を行う必要がある。阿賀野川のカドミニウム汚染との比較で言うと、コストは、おそらく8000億円の数百倍から数千倍かかるだろう。

内部被曝の引き起こす一番の問題は発がんだ。被曝と発がんの因果関係を「疫学的に証明する」には、20年、30年かかってしまう。チェルノブイリの経験から、高汚染地域で、セシウムが尿管膀胱上皮に集積し、発がんを生じることが判明している。

汚染地域の放射能測定と除染を、早急に行う必要がある。子供たちや妊婦へ悪影響を与えぬために、地方自治体・国レベルで、これを行ってもらいたい。

最後の彼の言葉・・・「7万人の方が家を失い彷徨っているのに、国会は一体何をしているのか!」

追伸;Youtubeの当該画像が、削除されている。法律に違反して放射性物質の汚染土を東京に運んでいるという下りのためか・・・それにしても、正論がネット上からも削除されるとは、いやな世の中だ。この削除に対して、強く抗議したい。

追伸2;別なところでアップされていた。

信州再訪 

昨日、塩尻の親戚の家(M家)にでかけた。昨年夏にも訪れて、ここに画像をアップした(8月12日付)。

午前中、急患を三名ほど診てから、一昨日も夜まで仕事場にいたし、出かけようと思い立ち、少し心配だったご夫妻を訪ねることにした。かなり無計画、無謀なドライブだ。考えると、M家の奥様が、私の母方の従妹にあたる。彼女の実家とその親族とは付き合いがあまりないので、関係をあまり意識していなかった。ご主人の耳が遠くなり、精神的に不安定になることもあると、姉から聞かされていた。

50号線を西に向かい、桐生インターで北関東自動車道に乗り、関越道を少し走って、上信越道へ。途中、雨がところどころで降るが、豪雨とはならず。佐久平インターで降りた。信州に入ると、空気がひんやりしている。時々晴れ間も見えた。下の道をせっせと、立科経由で諏訪に向かう。立科高原は、ゆったりとした丘陵の続く美しい農村地帯。初めて走った。

母を唯一旅行に連れて行ったことがあった。小諸から塩尻、そして八ヶ岳山麓への自動車旅行だった。まだ認知症の症状があまり目立たない頃。このM家、それに母が看護師をしていた頃の同僚がリタイアして住んでいた八ヶ岳山麓の家を訪ねた、ほんの短い旅行だった。もっと連れてきてあげれば良かったかなと、感傷がわずかに疼く。車に流れるのは、モーツァルトのクラリネットクインテット。あたたかく幸せな調べ。

立科から大きな峠を一つ越えると、諏訪だ。中央道に少し乗り、塩尻に着く。下の道でやはり時間が少しかかったが、走行している車も少なく、快適。

001.jpg

M家には到着する数分前に電話をかけた。老夫婦が玄関で出迎えてくれた。笑みを浮かべ歓待してくださった。お二人ともに、頭髪は雪のように白くなっていた。美しい白髪を、人生を実直に生きたことに対する天与の褒美に擬えた話を聞いたことがあるが、お二人がクリスチャンとしてしっかり生きてこられた人生を、その白髪が表していると改めて思った。奥様が、脊柱管狭窄で歩き辛くなっていた。ご主人は、かなり大声を出さないと会話ができない。

奥様から、お二人の生活の様子を伺った。自分たちだけの生活でも特に不便はない。生活に慣れたところにいるのが一番だと言う。食事は、生協の出来合いのものを買っている、とのこと。近くに住む三女の方が、月に何度か訪ねてきてくれるらしい。私の母が亡くなる前に、(弟から半ば強制的に書かされていた)母からの定期便のハガキが、毎週のように届くのを楽しみにしていた、とのことだった。私の父が、M家の農作業の忙しい時期に手伝いに来たこともあるらしい・・・。話の時間軸は、私の両親が結婚した頃にまで飛ぶ。

本棚に並べられた額に納められた写真には、懐かしい顔が並ぶ。かって海軍軍人として、日本海海戦で戦い、その後無教会主義キリスト教の伝道者になった山田先生・・・ここにお邪魔した学生時代にご一緒したことがあった。最晩年の山田先生は、夏ごとにここにいらっしゃっていたようだ。幼子のような信仰について語っておられたのを良く覚えている。懐かしい伯母の写真も・・・。皆故人になってしまった。

ご主人が、酪農の仕事を辞めて、70歳から15年間思い立ってフルートのレッスンを受けておられたことは昨年も伺った。楽器を練習してみたいという思いは、子供のころからあったようだ。子供のころ、バイオリンに強い関心を示したので、ご両親がバイオリンを買い与えてくれたとのこと。80年以上前のことだ。残念なことに教えてくれる教師がおらず、自由に弾くまではならなかったらしい。それで、仕事が一段落してから、フルートを・・・ということになったらしい。昨年、彼の年齢を誤解していたのだが、もう92歳とのこと。奥様も90歳近くだろうか。

家は屋根・天井の高い立派な作り。地震で瓦が落ちたりもしていない。でも、ご主人が生まれた時に建てられた家とのことで、「地震で揺れると怖いのよ」と奥様は笑っておられた。水回りもきれいに補修改築されていた。この家に、学生時代、よくお邪魔したことは前のポストにも記した。夏休みにチェロを担いだ私が現れたのを今でもよく覚えていると、お二人が仰った。もう30数年前のことだ。本当にお世話になったものだ。静かなこの住まいにいると、時間がゆっくり過ぎていくように感じられる。

お二人にとって、今の平和な時間が続きますようにと祈るような気持ちで、お暇した。松本市から、鹿教湯温泉を経て、上田(だったか)に出て、その後高速道路を乗りついて帰宅。松本の信大近くを通り過ぎる際に、件のピアニストの友人と携帯で短時間話した。また秋に来ると約束。夕食は、高速サービスエリアの「お焼き」。松本から、3時間ちょっとで自宅にまで着く。近くなったものだ。でも、少し無茶なドライブだったかも・・・。