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医療制度の設計の誤り 

現在の医療体制は、効率化を第一にして、余力のない状態に陥っているという、医療言危機打開・再建国会議員連盟幹事長鈴木寛氏の発言は、その通りだと思う。

今後、毎年「百数十万人」の方々が亡くなって行く死亡者の多い状況が続く。死ぬ前には、何らかの医療の関与が必須だ。そうした受け皿になっていた、慢性期療養病床が削減され続け、死に結びつく状況で患者は、急性期病院や救急病院に運ばれる。そうでなくても、軽症患者であふれかえる救急病院は、お手上げになる。

こうした状況になるのは目に見えていた。でも、小泉構造改革で、医療費削減・効率化が進められ、慢性期病床が減らされ続けた。財務省だけでなく、厚労省の官僚が、この施策に大きく噛んでいる。

で、これを何とかするのであれば、まずは、こうした流れの原因・責任を明らかにしてもらいたいものだ。誤った設計思想を作り、現場に持ち込んだのは、誰なのかということだ。でないと、同じ手法を使って、医療現場を混乱させることが繰り返される。施策の策定、実行には、官僚にも責任を持ってもらわなければならない。財政的な観点だけから医療政策を策定する愚かさや、朝礼暮改の通達行政で現場を混乱させる杜撰さにメスを入れてもらいたいものだ。

それに、救急医療の破たんを、「たらい回し」という言葉を用いて、医療現場の責任だけに帰すマスコミにも大いに反省してもらわねば困る。これは、官僚の世論誘導に、故意にか、知らずか、マスコミが乗っているためだ。この点でも、官僚・行政の責任は重たい。


以下、MRICより引用~~~

震災で露呈 現在の医療提供体制は「設計思想」に問題アリ

今回の内容はロハスメディカル6月20日号に掲載されています

医療現場危機打開・再建国会議員連盟幹事長
文部科学副大臣 鈴木寛

2011年9月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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今も避難生活が続く東日本大震災の被災地。福島原発事故による計画的避難の方も含め、数十万人が自宅に戻れずにいます。衛生面でも精神面でも健康維持は厳しく、かろうじて津波から逃れた方が残念ながら避難所で亡くなるケースも出ています。

津波で運ばれたヘドロに含まれる細菌やカビを吸い込んで起きる、いわゆる「津波肺炎」や、心疾患、脳卒中も増えています。長い避難生活のストレスで発症数が増えたためとも考えられますが、救急医療がパンクして救える命が救えない事態も起きてしまっています。

震災によって多くの医療機関が機能を失いました。多くの医療者が津波で命を奪われました。加えて、救急医療崩壊へ想定外の引き金となったのは、「看取り」です。震災により、本来それぞれしかるべき場所で医療を受けて穏やかに最期を迎える人も皆、行き場を失って救急医療に頼らざるをえなくなったのです。

しかしそもそも医療を含む社会インフラ需要には、変動と偏在がつきもの。問題はそれにどこまで対応するかです。

例えば電力なら、ピーク需要時も停電に陥らないような供給量を設定しています。水力・原子力発電による定常供給に出力を変えやすい火力発電等を組み合わせながら、融通して調整しています。急な需要増を加味して、余裕を持たせた供給とその能力、体制が必要で、そのコストは料金に含まれています。

このようにピーク時の機能不全の回避を第一に考えた運営設計は、電力のほか通信などの社会公共サービスでは当然のこととなっているのです。

ところが医療では、「医療費削減」を掲げて効率を追及した結果、ぎりぎりの供給ラインに限定されてきました。救急等の変動需要と看取り等の定常需要を十把一絡げに合算し、しかもピーク時でなく平均値を基準に供給量を議論しておきながら、それさえ足りずじまいです。療養病床は削減され、いわば常に全国のどこかが?停電?の状態です

被災地での救急医療崩壊も、もとを正せば医療供給全体の「設計」に根本的な問題がありました。今改めて、どこにどれだけ人と物を配置し、そのコストをどう分担するのか、国民的議論が必要です。

認知症入院期間を制限 

私の近辺で、ざっと思い起こすだけでも、超高齢化夫婦の老々介護のケースが、二つ思い浮かぶ。その二つの家庭では、ご夫婦の一方がもう一方を一生懸命介護なさっている。

高齢化にともない、認知症は高頻度で起きてくる。認知症は、進行速度を遅くすることはできても、改善することはまずない。その介護、生活支援は、長い年月必要となり、容易なことではない。認知症が高度になると、老々介護では、共倒れになる可能性が高い。

認知症の入院期間を短くしようと、厚労省はしている。2か月という短さだ。慢性疾患として認知症を扱わないということだろう。老々介護の家庭に、強制退院させるのだろうか。

受け皿が足りないことを、厚労省は知っているのに、まず入院期間の上限を定めるのは、強制的に退院させるということを意味する。

少なくとも、入院期間をまず2か月と区切るのではなく、家庭の状況、受けられる在宅介護・医療の状況を個別に勘案して、入院期間をフレキシブルに考慮すべきだろう。老々介護の家庭に、一旦入院が必要になった患者を送り返し、夫婦共倒れになるような悲劇を生じないようにしてもらいたい。

この施策を行政が実行する場合、2か月を超えた認知症の入院患者への診療報酬を減らす、というやり方をする。いわば、医療費削減の施策の実施を、医療現場に押し付けるのだ。入院のコストは、ぎりぎりまで削減されている。慢性疾患での入院なぞ、三食・24時間の看護・医療付きで、安いビジネスホテルの宿泊料金にも満たない程度だ。従って、医療現場は必死に認知症患者を早期に退院させることになる。患者とその家族は、医療現場に厳しい目を向けることになる。だが、この現場を無視した施策を生み出した行政は、批判されずに医療費削減という手柄だけを得ることになる。医療現場は、こうしてまた疲弊してゆく・・・ということになる。



以下、引用~~~

以下、引用~~~

認知症の入院短縮で目標値 「半数は2カ月で」厚労省
11/09/06
記事:共同通信社
提供:共同通信社


 厚生労働省は5日、認知症による精神科病棟への入院患者の半数が退院するまで6カ月以上かかっている現状を改善するため、「2020年度には患者の半数は2カ月以内に退院」との目標値を省内の有識者検討会に提案し、了承された。

 医療機関で対処する必要性が低い軽度患者については入院期間の短縮を図る考えで、実現に向け、退院後も自宅で医療や介護を受けられる支援態勢を整える方針だ。

 アルツハイマー病などが原因の認知症で精神科に入院する患者は08年に5万2千人。1996年には2万8千人だったが、高齢化の進行で急増している。

 同省によると、地域で支援の受け皿が少ないと、在宅治療が可能な患者でも退院できず、長期入院となる例が少なくない。このため老人保健施設の活用や訪問看護の充実など態勢を強化し、退院を促すとしている。


なんちゃってストレステスト 

原発のストレステストを行い、それで「安全性」が確認されたら、原発を再稼働するというのが、経産省の目論見のようだ。

ストレステストは、EU各国が東電福島原発事故を受けて行うことを決めたもの。地震・津波に対する対策、過酷事故に伴う問題等を検証するようだ。方法は、コンピューターによるシミュレーション。半年以上かける。各国の事業者が行い、その結果を、当該国の関係者の含まれぬ査読チームが検証する、という。

これに対しても、様々な批判がある。人為的な事故、火災、飛行機墜落、テロ、金属疲労による事故等々を考慮することになっていない。市民に十分開かれていない、といった批判である。私個人としては、コンピューターシミュレーションでどこまで危機的な状況の再現が可能なのか疑問に感じる。シミュレーションする場合に、必ず省略する変数が出てくる。そうしたシミュレーションという方法論の問題は克服できるのか。

EUのストレステストをわが国の行政が取り入れたのだが、中身はかなり違うもののようだ。経産省の外局ないし関連団体にあたる、原子力安全委員会、および原子力安全保安院が、「1週間」でスキームを作り上げ、事業者の出す結果を、同じ二者が評価する、ということのようだ。

原子力安全委員会・原子力安全保安院は、これまで原発を推進し、根拠のない原発安全神話を作り上げてきた当事者である。ストレステストで原発の安全性を否定することは、彼らのこれまでの仕事、推進してきた原発建設を否定することに他ならない。そのような自己否定を彼らがするはずがない。彼らにストレステストのスキームを作らせ、その結果を評価させるということは、原発の安全性を真摯に問い直そうという姿勢に欠けることを、行政自らが吐露していることになる。原発再稼働に向けての、儀式なのだろう。

ストレステストの一次評価の結果次第で原発再開をするようなことを、新しい経産大臣が言っていた。政治家による行政のコントロールがまるでなっていないことを、その言は意味している。十分でないという批判のあるEU版ストレステストの足元にも及ばぬ、経産省版「なんちゃってストレステスト」で原発再稼働を受け入れさせられる国民は大きな迷惑だ。

最後の輝き 

昨日は、少し落ち加減だったが、それまでの数日間、7から21メガにかけて、CONDXは秋そのもの。週末は、所用のあるときを除き、あちらこちらのバンドに出続けた。全世界に開けるのだが、開ける時間は長くない。開けると、ワッと束になって呼んできてくれるのだが、その時間が過ぎると、さっと潮の引くように、呼ばれなくなる。また、CONDXのピークでも、少し霞のかかったような聞こえ具合だ。これから、太陽面活動の低い時期が数十年にわたって続くことの予兆なのだろうか。

北米の友人たちの多くとゆっくり話をすることができた。Alan KF3Bとは、1,2年ぶりだったか。鶏舎をシャックに改造し、移動をほぼ終えたところだそうだ。鶏舎というので、首をひねってしまったが、きっともともとしっかりした鶏舎なのだろう。PAのビッグガンの一人。昔は、音楽のことなどを話し合い、彼から、Nathan Milsteinの自伝を頂いたりしたものだったが、今回の交信ではお互いの健康のことが話題の中心だ。彼は、脳血管障害で片方の目の視野狭窄を生じてしまった様子。白内障は、手術を受け、とてもよくなったと喜んでいた。車の運転もできる様子だ。息子さん夫婦、お孫さんの話も・・・。

CWopsのCWTが週末にあり、それの終了直後には、ラグチューでもしようではないか、という発言が、MLであった。土曜日夜11時にCWTの最初のセッションが終わると、その発言の主の一人、Rob K6RBが呼んできた。彼は、CWopsの主要創立メンバーの一人で、コンテストにアクティブ。Santa Cruzに住み、世界を飛び歩いている仕事人でもある。つい先日、イスラエルに息子さんを連れて行った、息子さんはあちらの学校で2年間過ごす予定だ、とのことだった。帰路、イスラエルの空港で22時間、ニューヨークでは4時間待たされた由。トータル44時間の旅になったとぼやいていた。ハリケーンIreneのためらしい。30年近く前、私が初めてベイエリアを訪れた時に、レンタカーでSanta Cruzを通り過ぎた、懐かしいと言ったら、来ることがあったら、ぜひ立ち寄ってほしい、ゲストルームにどれだけ滞在しても良いよとのお誘いを受けた。彼のCW、文字間を少し空けるキーイングで、ちょっとスムースさにかける。やはり、普段のコンテストはキーボードで出ているのだろうか・・・訊き忘れた。

その他にも、気の置けぬ友人たちからたくさん呼ばれた。電離層を介した居酒屋での飲み会・・・いや、アルコールはなしなのだが、のような雰囲気だ。そこで、ふざけたことも、また深刻な問題についても、喧々諤々話を繰り広げる、そのような場が無線なのだ。無線、とりわけCWでは、符号・符牒のやり取りをさっと終えるだけの交信が幅を利かせている。私のような楽しみ方は、少数派だ。もしかすると、こうした古き良き時代の楽しみ方は、滅亡の途上にあり、私たちの世代が、その滅亡を自ら経験することになるのかもしれない。それはそれで良いだろう。滅亡の時最後に輝く光彩を放とうではないか・・・。

JARL社員選挙 

JARLの社員選挙が行われている。法人格を維持するために、これからは一般会員が選ぶ社員と、都道府県の支部長がJARLの法人としての決定にかかわることになるようだ。間接選挙ということになる。

だとしたら、社員の考えを選挙公報で公表してから選挙すべきだろうに、選挙公報はなし。ただ、立候補者のリストから一名だけ選ぶという歪な選挙。

執行部は、JARL総会で一旦否決された、終身会員の資格制限をまた持ち出す積りらしい。社員と支部長の考え次第で、それも容易に通ることだろう。執行部の責任、現在の赤字運営のやり方を反省することなく、会員へのサービスだけが切り下げられるとしたら、問題だ。

日本医師会も間接選挙の弊害が著しいのだが、JARLも同様になりそうだ。ネットがこれだけ発達している現在、ネットによる直接選挙・直接投票も不可能ではないだろうに・・・。


以下、JA1ELY草野氏からの投票依頼のメール;

JARLの臨時社員選挙の投票用紙が昨日届いたかと思います。
地方によっては今日になるでしょう。
PLC原告団メンバーから下記5人の方が立候補しています。
全員当選することを願っています。

関東エリア  JM1EJH 竹内さん
東海エリア  JA2GXU 土屋さん
関西エリア  JA3EGZ 妻鹿さん
東北エリア  JA7IC  柳沼さん
北海道エリア JA8BMK 福多さん


お知り合いの方にも是非この5名の方に投票して頂くよう
呼びかけて頂きたいと思います。
なお投票は、自分のエリアの1名を選ぶだけです。今まで
のように複数ではないです。お間違いのないように!

現理事会は、昨年の名古屋総会で否決された前納(終身)会員
のサービス停止案を、来年の社員総会に再提案しようとしてい
ます。今までの委任状はもはやありません。社員の過半数の
賛成で決まってしまいます。社員総会はきわめて重要です。

選挙応援HP
http://www.fivenine.com/zousan/


草野

A Nuttycellist's Monologue 

I have started another blog in English with the
above title for the visitors from abroad.

It may be renewed only infrequently. However,
your reading and commenting will be much
appreciated.

You may go to that blog in the link on the right side
of this page.

行政による医療現場支配 新型インフルエンザ問題を通して 

新型インフルエンザ流行の際に、行政が、予防接種、診療体制、検疫に直接的な関与を行い、現場を混乱に陥れた。予防接種は、その流通から接種対象者まで事細かに現場に指示を行った。それが現場の実情に合わないために、現場は大混乱に陥った。

予防接種の流通をコントロールしようとして、行政は、流行極期を過ぎてから、外国の製薬会社に予防接種を大量に注文した。それは殆ど使われなかった。そのために、国の予算が、数百億年の規模で無駄になったはずだ(その顛末も公表されていない)。また、現場では実用にならない「10ml」という大きなボトルの予防接種を大量に流通させ、大量の無駄を生んだ。どうもこれは、予防接種生産企業の都合を優先したためらしい。

また、年齢別・リスク別等で接種順位を事細かに設定し、現場を大混乱に陥らせた。事務手続きが煩雑を極めた。また、廃棄処分にせざるを得ない予防接種をかなりの量生じた。行政の指示通りに接種しないと、下手をすると新聞に書きたてられたのだ。

空港での検疫によって、流行の開始を遅らせることができたと、行政ないしその代理者は自画自賛しているが、実際は、検疫にその効果がないことが判明している。潜伏期の患者は、検疫を容易にすり抜ける。検疫には意味がない。

この失敗も最初の経験だから仕方のないことかと思っていたら、どうも行政が事細かに現場を支配するやり方を法制化する積りらしい。医療現場の人間を強制的に徴用することや、医学的に意味のない検疫で感染の疑いのあると行政が判断した人間を強制的に隔離する積りのようである。

医療現場にいると、行政が我々を意味なく支配し、コントロールしようとしている、その姿勢を強めているのを感じる。医療が自由化される方向に進む潮流のなかで、行政の存在意義、すなわち権益を確保しようとする行政の対応なのではないだろうか。

これは、翻って、医療の窮乏化をもたらし、医療を受ける国民に跳ね返ってくるはずだ。


以下、引用~~~


新型インフルエンザ対策は助成的・調整的行政指導であって規制的権力行政ではない
-医療従事者や帰国者・濃厚接触者の人権を侵害してはならない-

井上法律事務所 弁護士 
井上 清成

2011年8月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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これは「新型インフルエンザ対策行動計画」(改定案)に対する意見募集(パブリックコメント)に
提出した意見です。

平成23年8月28日

内閣官房新型インフルエンザ等対策室 御中

新型インフルエンザ対策行動計画(改定案)に対する意見
新型インフルエンザ対策は助成的・調整的行政指導であって規制的権力行政ではない
-医療従事者や帰国者・濃厚接触者の人権を侵害してはならない-

(1)医療体制の強化ではなく、医療提供体制の充実を図るための助成・調整と規制緩和をすべき新型インフルエンザ対策で最も大切なことは、新型インフルエンザ患者への医療提供の体制を充実させることである。そこにおける国、地方公共団体の役割は、医師・医療機関を半強制的に動員したり診療体制につき指揮命令したりすることではない。医療現場に必要な医療資器材や医薬品を医師・医療機関の要望に応じて迅速・柔軟に供給し、医師・医療機関に必要な医療情報を無制限・全面的に公開して供給することであり、緊急の正当業務行為たる診療に対する規制を緩和して自由に診療活動をできるようにし、その過程で生じた医師・医療機関の被災・被害を直ちに補償し、逆に、医療過誤等の責任問題を免責することである。
今回の行動計画(改定案)は、このような視点が乏しい。そこで、あくまでも助成・調整が国・地方公共団体の役割であるという観点から、見直しを図るべきである。

(2)医師・医療機関の半強制的な動員政策や帰国者・濃厚接触者の隔離政策は憲法に定める基本的人権を侵害しかねない
憲法第22条は、その第1項で「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」と定め、その第2項で、「何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。」と定めた。
「職業選択の自由」は、選択した職業を遂行する自由(事業活動の自由)を含み、医師・医療機関に即すれば、それは「医業遂行の自由」である。必ずしも医学的根拠が十分でなく合理性に乏しい「水際対策」の実施に、医師・医療機関を半強制的に動員してはならない。また、国や地方公共団体の政治的思惑に基づき「帰国者・接触者外来を指定しての診療体制」や「一般の医療機関でも診療する体制」への体制チェンジの指揮命令をするなどして、医療現場を混乱させてはならない。いずれも、医師・医療機関の基本的人権たる「医業遂行の自由」を侵害するものと評しえよう。
「外国に移住する自由」は、出国の自由や再入国の権利を意味する。必ずしも医学的根拠が十分でなく合理性に乏しい「水際対策」によって、出入国に規制をかけるならば、国民の基本的人権を侵害するものとなりかねない。さらには、離島その他に徒らに「地域隔離」政策を実施するならば、国民の「居住、移転の自由」を奪うものと評されるであろう。憲法第14条第1項に定める「法の下の平等」を侵すものとして、地域差別とも評されかねない。
新型インフルエンザ対策は「規制的な権力行政ではない」という原点に立ち戻って、人権侵害の恐れのある行動計画の部分は適切に見直すべきである

中性子照射脆化の問題 

中性子照射脆化(以下、脆化と省略する)という問題が、原子炉の構造材にあることは以前から耳にはしていた。だが、石橋克彦編「原子炉を終わらせる」(岩波新書)を読むまでは、それが差し迫った危機をもたらしていることを知らなかった。

原子炉では、核反応を続けるために中性子を発生し続ける。その中性子が、原子炉(圧力容器)の構造体である金属に照射され続けることにより、金属の脆化を起こす。一種の原子炉の経年変化(劣化)である。金属本来の粘りがなくなり、脆くなるのだ。原子炉は、脆化のない条件で設計されている。この脆化の生じる条件で原子炉が作動されると、容易に圧力容器が破壊される。すると、チェルノブイリと同等、それ以上の放射能が大気中にばらまかれることになる。そうした事故が起きると、日本の大半が汚染地域となる可能性が高い。

原子核工学の専門家でもある、共産党の吉井議員が国会で、この問題について質疑を行っている。このサイトに、その内容が掲載されている。彼によると、プルサーマル化により、中性子の発生は5%程度増え、この脆化現象が起きる危険はそれだけ増す。また、経年劣化であることから、建設後年数の経った原発ほど危険性は大きくなる。

使用年数が40年以上で、プルサーマル化されている、玄海第一原発が、この脆化の問題からして目下一番危険な原発と指摘されている。これ以外にも、脆化が進行していると思われる原発は複数存在する。

電力会社や、安全保安院でも、この問題を重視しており、検討を加えている。実際には、実験での知見以外に、実際の原子炉に試験片を入れて、それの脆化を検証し、そのデータから、予測式を用いて、脆化の実際を推定し、進行を予測する、という作業をしている。

しかし、この予測作業が現実を反映するとは限らない。現実に合致するように、補正され変更されつつある。また、推定された脆化の程度も、実験では再現不可能な緊急冷却といった事態では、圧力容器の振る舞いにどのような影響を及ぼすかが不確定である。想定以上のストレスが加わり、脆化の限界を超え、爆発する可能性も大きい。

玄海第一原発では、2007年に、試験片の計測に基づき、脆化の程度を表す脆性遷移温度が、98℃という値を得た。1993年には56℃だったので、大幅な増加、すなわち脆化の進行である。九州電力は、試験片が圧力容器隔壁よりも炉心近くに位置するといたことから、実際の脆性遷移温度は80℃であり、同原発は、60年間使用可能であると予測し公表している・・・どのようなエネルギー機器であっても60年使い続けることはないだろう・・・。。

「原発を終わらせる」の著者の一人、井野博満によると、玄海第一原発の脆性遷移温度について予測が成立しがたいことを述べ、98℃という実測値を脆性遷移温度とすべきだろうとしている。そうなると、98℃以下で圧力容器内の圧を上げることはできず、実際の原子炉の運用が極めて難しくなる。そればかりか、脆性遷移温度が100℃を超え、実際に原子炉
を使えなくなるのが目に見えている。

予測値と実測値が乖離する場合、予測値よりも、実測値を重視するという考え方が、より科学的であり、重視すべきである。ことに、重大事故に繋がる観測項目であれば、尚更だ。

また、電力会社、これまでの安全保安院等の行政官庁、および彼らと関係の深い研究者達の出すデータにより、原発の安全危機管理を行うのは止めるべきだ。原発の安全性についての計測データを出す作業、さらにそれを用いて、原発の現状と将来の予測を行う作業、両作業ともに完全に中立厳正で利益相反のない、組織・研究者が担当すべきである。そうでなければ、原発の安全等絵に描いた餅である。

現にある原発の危機に慄然とする思いがする。重大事故が起きる前に、安全危機管理の体制を刷新すべきだろう。

利益相反はないのか? 

東電福島第一原発で作業されていた方が、急性白血病にかかり亡くなられた。

東電の発表によれば、亡くなられた方は

○8月上旬に1週間、放射線管理等の業務についた。被曝線量は0.5mSv。

○体調を崩し、死去。

○8月16日に関連企業から東電に報告。

という経過だったようだ。

経過がこの通りだったとすると、8月に入る前にも、白血病ないしその前段階にあったと考えるのが妥当だ。とすると、この方の急性白血病発症と、8月に入っての放射線業務との関連はまず考えられない。白血病の自然経過からして、考えられないのだ。

しかし、8月上旬の業務以前の被曝に関して、情報がない。放射線業務についていなかったのだろうか。40歳代の関連企業職員であれば、これ以前にも、原発での作業に従事していた可能性がある。その点を明らかにするべきだ。

もう一点。東電に情報が集められ、東電の判断でそれを公表するかどうか決めていることが問題だ。東電は、この事故の当事者であり、賠償をする責任を負っている。その賠償問題に直接結びつく、このケースのような問題を東電が扱い、判断するのは、利益相反になるのではないだろうか。

事故直後、東電は、作業員の放射線被曝管理を十分行っていなかったことが分かっている。そうした企業が、作業員の健康管理の評価を自ら行うのはおかしい。

亡くなられた方の病因を確定するのは、少しまってもらいたいと思う。原発事故の復旧に尽くされた、この方の冥福をお祈りしたい。


以下、引用~~~

急性白血病で作業員死亡 福島第1原発に従事 「作業との因果関係なし」
11/08/30
記事:共同通信社
提供:共同通信社


 東京電力は30日、福島第1原発の復旧作業に当たっていた40代の男性作業員が急性白血病で死亡したと発表した。この作業員の被ばく線量は0・5ミリシーベルトで、東電は「医師の診断によると作業と死亡の因果関係はない」と説明している。

 東電によると、男性は8月上旬から1週間、放射線管理などの業務に従事。体調不良を訴え診察を受けたが、その後死亡した。内部被ばくはゼロだった。就労前の健康診断では問題がなかったという。16日に元請け企業から東電に連絡があった。

 東電によると、急性白血病に関する厚生労働省の労災認定基準は年間5ミリシーベルト以上の被ばく、1年間の潜伏期間などがある。この男性の福島第1原発での作業は、基準に達しないという。

 同原発の作業に従事する以前の職歴については分かっていないが、東電は「これ以上調査する予定はない」としている。