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 2011年09月 

コメント 

英語ブログに、論文の抄録と、それへの私のコメントを載せた。こちら

すると、それへのブログ上のコメントは、皆無なのに、メールで感想等を送って下さる方が数名。米国の知り合い、知り合いではないが同じCWopsのメンバー等々。

あのブログ、ブログの雰囲気がコメントしにくいのか?以前にかなり刺激的なコメントをされた方がいたので、コメントを書き込みづらくなってしまったのか。はたまた、あちらでは、コメントは私信で送ることが普通なのか・・・。

コメントは、結構書くためのエネルギーを与えてくれるのだが。

フォーレ ピアノトリオ 再び 

10月8日に本番を迎える、フォーレのピアノトリオ。今回は、おそらく1楽章だけ。そのために、音源を再びていねいに聴きなおした。音楽そのものと、演奏の仕方が如何に深く彫琢されたものであるかを改めて感じた。

以前、2楽章の中間部分で、韜晦さ、気難しさまたは投げやりな諧謔のようなフレーズが、ピアノに出てきて(Youtube画像4分前後のところ)、同時に弦がユニゾンで歌い上げる憧れと夢に強烈なスパイスになっていることを記した。こちら

昨夜、チェロの譜面を眺めながら、この曲を聴きなおした。2楽章、冒頭の弦の旋律をデフォルメしたそのピアノの動きが、楽章の最後で見事に静かな解決に向かっている、否解決というよりも、すべての葛藤の響きを包み込んで平和な静寂に戻る様子を聴くことができた。フォーレが最晩年に記した、この音楽、彼の晩年の境地と無関係ではあるまい。人生を思い返して、自らへの反省の思いが去来したのではあるまいか。それを解決することはすでに叶わず、ただ、人生と和解すること、それによって平静な気持ちに立ち戻ったということだったのではあるまいか。フォーレの二男による、フォーレの伝記には、当時フォーレが自分の作品はやがて忘れ去られると言っていたと記されている。音楽家として、それは自分の人生を否定することに近い思いだったはず。でも、晩年に、このトリオと弦楽四重奏曲という稀有の傑作を生みだした。その中で、人生への諦観に基づく平安を書き残したのではなかったろうか・・・。

そう考えて、フォーレをさらに理解できたような気持ちになり、気持ちが「ほっこり」としてきた。う~ん、フォーレはやはり素敵だ。


El Noi de La Mare 

Jim W5JAWとはいつ頃からの知り合いだろう・・・10年前後になるか。彼が大分長い期間のQRTから7メガに復帰したころに最初にお目にかかった。彼の用いるCarolina Windomというアンテナが如何に効率的かという話を得々として語っていたのを覚えている。

彼がほどなくFOCに加入したときに、sponsorになったのかどうかも記憶にない。しばらくあまり信号を聴かなかったが、最近また交信をした。テキサス大学で電子工学を教えていたが、13年前に退官。乞われて、しばらく物理学科の大学院で研究の指導をしていたが、それも最近辞めたと言っていた。

ジョギングや、カヌーだったかボートの類も楽しむ。それに若いころに熱中していたギターを再開したとのこと。録音したクリップを送ってくれた。こちら。いやぁ、なかなかの腕前だ。若いころにギターを練習していて、もう腕が伸びないと感じて止めてしまった。再開して、早いパッセージやテクニックの面では、以前の状態に戻らないが、それでも楽しめる、と言っていた。タイトルの名称の、この曲は、4,5世紀前のカタロニアのクリスマスにちなんだ民謡を彼が編曲したものらしい。

退職しても、することがたくさんあるから退屈しないと、若々しい71歳である。

福島県の横暴、福島県立医大の悲劇 

福島県と福島県医大は、総事業費約1千億円で330床を有する放射線医学県民健康管理センターなど5施設を震災復興の名のもとに建設する意向のようだ。予算規模1000億円。

この話を知って、まず浮かんだのが、福島県ではそれだけ原発事故による被曝で将来悪性新生物の患者が生じる可能性が高いと見ているのか、という嫌な印象だ。事故当時、「すぐには」健康被害を生じることはない、と繰り返し政府関係者が述べていたことの裏の意味だ。

それもあるのかもしれないが、どうも単に県と医大の利権話、火事場泥棒計画という性格が主体のようだ。下記の、小松秀樹氏の痛烈な告発文を読むと、そう思える。

大体において、「1000億円」という予算のアバウトさは一体何なのだろうか。国の財政が、このままだと、この数年のうちに破たんすることが確実視されているのに、このアバウトな予算要求のやり方はないだろう。小松氏が個々に指摘している点を読むと、その思いは強くなる。県が、県民を統率することだけを考え、県民の立場に立っていないことも、小松氏の文章でよく理解できる。被災している方々のためになる施策を、行政と政治は考えないのだろうか。


以下、MRICより引用~~~

福島県の横暴、福島県立医大の悲劇

小松秀樹

2011年9月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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○報道
福島民報(2011年9月20日)によれば、福島県と福島県立医大は、総事業費約1千億円で330床を有する放射線医学県民健康管理センターなど5施設を、5年以内に新設しようと計画しています。これを、東日本大震災の復興計画として、国の第三次補正予算案に盛り込むよう求めています
復興とは、被災者の生活が再建されることです。私は、東北大学による東北メディカル・メガバンク構想に対する批判で、復興予算を使うことを正当化するための4条件を提案しました。(「東北メディカル。メガバンク構想の倫理的欠陥」http://medg.jp/mt/2011/09/vol268.html#more)

1.地元の被災者の生活の維持と再建に直結すること
2.被災者の雇用に直結すること
3.被災者を多数雇用する地元企業にお金が落ちること
4.被災地を後にした被災者の再就職と生活再建に直結すること

福島県立医大の計画は、東北メディカル・メガバンク構想と同様、被災者の生活再建とは無縁です
復興予算の受益者は、福島県立医大ではなく、浜通りの被災者であるべきです。日本では、火事場泥棒のような予算要求がこれまでも横行し、実際に認められ、発展を阻害してきました。日本を腐らせてきたと表現する方が適切かもしれません。大震災を機に、この悪しき習慣を廃するべきです。

○計画概要
記事を読む限り、盛りだくさんの内容です。まとめると下記5事業です。

1.医療施設の拡充
がんの早期治療を担うために、330床の放射線医学県民健康管理センターを新設する。附属病院にある甲状腺外科、血液内科、放射線科、皮膚科、小児科、産科を移す。このために、9階建て・延べ床面積2万9千平方メートルの壮大な箱を建設する。
画像診断のための施設として、分子イメージング施設を2か所に設置する。PET、高解像度CT、ホールボディカウンターなどを設置する。
2.がん治療薬の開発
創薬・治験センターを新設する。
3.被ばく者健康管理
被曝医療専門講座を新設する。全県民を対象とした健康管理調査を行い、結果を集積・解析する。
4.医学部の定員増
医師養成数を増やし、公的病院に派遣する。
5.医療産業振興
放射線関連の医療産業の集積に取り組む。

○計画の問題点
1.医療施設の拡充
現在、附属病院は778床の病床をもてあまし気味だと聞いています。病床利用率と平均在院日数を調べれば、実態は簡単に分かります。果たして、330床は活用できるのでしょうか。附属病院から診療科を移すとすれば、附属病院はガラガラになるのではないでしょうか。病院は膨大な赤字を生みます
もし、330床を増床するとすれば、株式会社の社長が、株主に大きな事業計画を説明するように、事業計画を、責任を持って納税者に説明できるのでしょうか。国、県が赤字補てんを続けることになる可能性が高いと思いますが、そうなった場合の責任は誰がとるのでしょうか。
赤字が増えると、福島県立医大付属病院の運営費はどう考えても削られます。公的施設だとしても、事業計画がずさんだと、その後の経営を蝕みます。財政破綻をきたした自治体の行政サービスと同じで、診療水準が下がります。診療を担当している福島県立医大の診療科の教授たちは、この計画を知らされていなかったと聞いています。果たして納得するでしょうか。

一部では、復興予算を、病棟の建て直しと医療機器の充実に回そうとしているのだと言われています。これが本当なら被災者はだしに使われただけで、震災と関係のない計画です。ホールボティカウンターは、予算の体裁を整えるためかもしれません。実際、ホールボティカウンターが切実に求められた時期はすでに過ぎました。通常の病院は、診療で得た収入で病棟を建設し、医療機器を購入します。この計画は、真面目に診療している全国の病院を愚弄するものです。
そもそも、福島県内で医療サービスが足りずに困っているのは浜通りです。福島市ではありません。
警戒区域の病院は閉鎖されました。緊急時避難準備区域のすべての病院で収入が激減しました。一部の病院では、被災地の医療を維持するために、職員の給与が大幅に削減されています。復興予算を使うのなら、浜通りの医療機関を援助すべきです。

2.がん治療薬の開発
福島県立医大に、がん治療薬の開発が果たして可能でしょうか。過去、がん治療薬を開発したことがあるのでしょうか。そもそも、開発しようとしたことがあるのでしょうか。福島県立医大に創薬の下地があるのでしょうか。どう考えても創薬は無理です。福島県立医大は、これまで、医師養成と通常の医療を行ってきただけです。これだけでも、きちんとできれば、立派な仕事です。
日本の製薬メーカーにとって、膨大な費用がかかる新薬開発は難しくなっています。世界のメガファーマが、許認可を含めて開発環境の悪い日本で、しかも、研究実績が高いとは言えない福島県立医大と協力関係を結ぶとは思えません。
実現できるはずのない事業を持ちかけて、お金を出させることを、日本語では詐欺と言います。国会は詐欺を正当化するための機関ではないはずです。

3.被ばく者健康管理
福島県・福島県立医大は浜通りの被災者から信頼されていません。この状況で無理に健康管理を県民に押し付けても、さらなる離反を招くだけではないでしょうか。理由を思いつくままに箇条書きにします。 
1)福島県立医大は、原発事故後、浜通りの医療機関から一斉に医師を引き上げた
2)福島県立医大は、被災地で本格的な救援活動をしなかった
3)福島県は、南相馬市の緊急時避難準備区域に住民が戻った後も、法的権限なしに、入院病床を再開するのを拒否し続けた
4)福島県立医大副学長に就任した山下俊一氏は、原発事故後早い段階で、過度に、安全・安心をふりまいた。子供の被曝を助長した可能性があると親たちから恨まれた。被災地の住民の中でリコール運動が起きている。
5)福島県・福島県立医大は、放射線被ばくについての被災者の不安が強かったにも関わらず、健康診断や健康相談を実施しようとしなかった。しびれを切らした市町村が、県外の医師たちに依頼して健診を始めたところ、県はやめるよう圧力をかけた。
急がないといけない場所についても、県は除染を開始しようとしなかった。このため、市町村が外部の専門家と一緒に除染を開始した。
6)福島県は、健診に一切寄与しなかったにもかかわらず、地元の市町村が独自に行った健診結果を県に報告せよ、ついては、個人情報を出すことについての了解を地元で取れと指示した。県や福島県立医大の職員は、健診場所に来ていない。常識外れの傲慢な行動と言わざるを得ない。
7)地元の病院には、甲状腺の専門家や甲状腺の超音波検査に習熟した技師がいない。そこで、地元の病院の院長が、他県の専門機関の協力を得て、小児の甲状腺がんの健診体制を整えようとした。講演会や人事交流が進められようとしていた矢先、専門機関に対し山下俊一氏と相談するよう圧力がかかり、共同作業が不可能になった。関係者はこれまでの経緯から、福島県が横やりを入れたと推測した。
8)福島県立医大は、学長名で、被災者を対象とした調査・研究を個別に実施してはならないという
文書を各所属長宛てに出した。行政主導で行うからそれに従えとの指示である

9)福島県・福島県立医大は、住民の生活上の問題や不安に向き合おうとしてこなかった。福島県の健康調査について、住民は、実験動物として扱われていると感じ始めている。

4.医師養成と公的病院への派遣
福島県立医大の定員増が、そのまま福島県の医師を増やすことにはつながりません。福島県庁は日本の医師の信頼を失っており、福島県は医師として働くのに適さない場所だと思われています
二つの有名な事件を紹介します。福島県は、いずれの事件でも自らの責任問題を解決していません。多くの医師は、同じことが今後も繰り返されるだろうと思っています。
1)福島県庁は、大野病院事件で死亡した妊婦の家族への賠償金支払いを容易にするために、医師に過失があったとする報告書を作成し、刑事訴追を誘発した。最終的に医師は無罪になったが、この事件は、日本の医療を危機的状況に追い込んだ。
2)大野病院の約2km南に双葉病院がある。共に原発まで約5km。双葉病院は、原発事故で、電気、水道、外部との通信が断たれた。避難誘導が中断された後、院長を含めて残った6名の職員が、2日間、孤立無援のまま200名を超える患者を守り続けた。搬送が再開された後3号炉の水素爆発が生じた。職員は、警察に強制されて、病院を一時的に退避した。自衛隊との待ち合わせ場所が食い違い、最終搬送に合流できなかった。福島県災害対策本部が実情を調査しないまま「病院関係者の付き添いはなかった」と発表したため、報道機関が、いっせいに「患者を見捨てて逃げた」と病院を非難した。当時、双葉町役場そのものも避難し、混乱していた。避難誘導の責任は、福島県災害対策本部にあったのではないか。
 
5.医療産業振興
福島県は、放射能汚染、風評被害によって、投資場所として新たなハンディを負いました。株式会社では、義侠心も経済合理性で裏打ちされていなければなりません。明らかに損になるとすれば、株主に対する背任です。
コンビニエンスストアチェーンのローソンは、新浪社長を先頭に、被災地で大活躍しました。一連の活動は、社会のインフラとしてのコンビニの立場をさらに強めました。長期的に見れば、経済合理性のある企業活動です。
震災のなかった他の県でも企業誘致は盛んです。私には、原発事故を乗り越えて、医療産業に投資させるための経済合理性のある誘致策が想像できません。税の無駄遣いを排除するために、説得力のある誘致策が提示されなければ、予算に組み込むべきではありません。

○学問における批判精神と政治における立憲主義
福島県個別の問題から、話題を変えます。
まず、学問における批判精神についてです。盲目的に行政に従えというのは、学問に必須の批判精神を捨てよというのに等しいことです。日本では、批判精神を行政に売り渡すことが、学者としての出世の条件になっています。日本の学会の中心的学者は、研究班の班長職や審議会の委員職を得るために、行政にすり寄ります。自らの権威を行政に認定してもらおうとします。

日本原子力学会は、学会自身が反省しているように、批判精神が欠如していました。学会が学問の場ではありませんでした。権威と研究費を独占した原子力ムラが、批判精神の阻害要因でした。批判精神の排除が、原子力発電の安全性を損なう方向に働いたと思います。
実際には、批判精神がなければ、学問的真理についての真剣な議論が成立せず、学問になりません。
批判は、けなすことではなく、正しく評価することです。結果として研究者を勇気づけることもしばしばあります。権力が学問における正しさの決定に関与すれば、ガリレオの宗教裁判になります。日本の学問が世界の一流になれない最大の理由は、批判精神が足りないことにあるかもしれません。

もう一つは、近代立憲主義の意味です。行政権力にタガをはめて常に監視していないと専制を招くという考え方です。近代国家は、市民革命によって専制を乗り越えて成立しました。日本国憲法は、「人権保障と権力分立原理を採用し、権力を制限して自由を実現するという立憲主義の思想」(『立憲主義と日本国憲法』高橋和之、有斐閣)を基礎にしています。憲法は公務員に憲法擁護義務を負わせていますが、一般国民には負わせていません。人権を侵すのは公権力であり、憲法は国民に戦えと命じています。すなわち、憲法12条前段は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」としているのです。福島県が震災以後行ってきたことは、近代立憲主義が実際に必要であることを示す具体例です。

○復興に県は必要か
話を被災地に戻します。
福島県は、原発事故後、住民が切望している施策を迅速に実施しようとしませんでした。民間の組織や個人、市町村が動こうとすると、県が邪魔をしました。私自身、震災でいくつかの救援活動に関わりましたが、福島県は、阻害要因にしかなりませんでした。県民に対して悪意を持っているのではないかと思ったほどです。国と市町村だけなら、もっと機動的に動けたはずです。

復興では、県の役割はさらに小さくならざるを得ません市町村ごとに個別事情がまったく異なるからです。私は、9月23日、桜井南相馬市長、立谷相馬市長から、別々に、長時間お話をうかがう機会を得ました。両市は、隣り合っていますが、状況、課題がまったく異なっていることが良く分かりました。
三陸の被災地の事情も、それぞれ大きく異なります。例えば、1本松が象徴になっている陸前高田市は、市街地の建物の大半が消滅しました。市街地の広い地域が海面とほとんど同じ高さになりました。絶望的ですが問題を設定しやすいと思いました。一方で、釜石市の中心街では、建物は残っていましたが、全ての店舗の1階が破壊されていました。震災から半年後、人が住んでいる様子はなく、ほとんどがそのままになっていました。今も停電しているのか、信号機が動いていませんでした。釜石市の1970年の人口は72,923人、2010年の人口は39,578人。2020年までの10年間で、さらに18%人口が減少すると、2008年段階で推計されていました。震災前にも、中心街はシャッターが閉じられた店舗が多かったはずです。所有者も高齢者が多かったはずです。所有者による再建は期待できません。所有者が若くても、需要の大幅縮小が予想される状況で、店舗への投資を躊躇するのは当たり前です。
よほどの権限を、釜石市に与えない限り、所有権に阻まれて、中心街は現状のまま使われずに放置されるでしょう。陸前高田市と釜石市の抱える問題はまったく異なります。

住民にとって意味のある復興を迅速に行うために、特別法を制定して、県の役割をなくして、財源と権限を市町村に移すべきです。県に復興計画を求めるから、火事場泥棒になってしまうのです。市町村ごとの状況が大きく異なるところで、県に大きな計画を提案させると、被災者の具体的問題からかけ離れてしまうのは当たり前です。被災者の生活に関わる重要な決定は、被災地の市町村しか下せません。県が踏み込んだ決定を下すには、正当性を支える根拠が弱すぎます。市長村長は住民の投票で選ばれます。本気で復興するためには、国が市町村を直接支援するような仕組みにするべきです。

憲法92条は、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める」と規定しています。「地方自治の本旨」には、「住民自治」と「団体自治」の二つの意味があるとされています。「住民自治」とは、地方公共団体の運営が住民の意思によって行われるべきことを意味します。

「団体自治」とは、ひとまとまりの地方の運営は、国とは独立した、すなわち、国の言いなりにならない統治機構により行われるべきことを意味します。市町村で状況が異なれば、「団体自治」は、当然、県ではなく市町村が担うべきです。復興予算を県に提案させることには、憲法上の大きな問題があります。

○結論
国は、復興予算を、増税でまかなおうとしています。すべての国民が、自らを犠牲にして、被災者を助けようとするものです。福島県・福島県立医大の計画には、復興予算の基本である被災者への同情と奉仕の精神が欠如しています。税金を使うことについて、公共心と自制心が欠如しています。実施されれば、福島県立医大の将来を奪います。赤字で病院運営に支障が出ることが問題なのではありません。誇りを捨ててしまうことが問題なのです。大学も人間同様、誇りがないと未来を切り開けません。

事業仕分けとは一体何だったのか? 

公務員宿舎の着工批判に反論したという安曇財務相は、問題の本質を分かっていない。

「事業仕分け」で仕分けられたことを、官僚が「有識者会議」という隠れ蓑を使って、ひっくり返し、事業を開始したということが問題なのだ。事業仕分けは一体何だったのか。人気取りのショーにしか過ぎなかったのではないか、という疑問だ。

震災が起きたのは、官僚たちが着工を決めてからのこと。着工を決めたことを、震災復興に結びつけるとは、政治と行政がぐるになって震災を利用していることに他ならない。震災で援助が必要な人々に公的な支援が届かず、震災とまるで関係ない人々が震災予算・震災「関連」事業で潤う。何ともやりきれない。


以下、引用~~~

国家公務員宿舎の着工批判に反論=朝霞への集約で復興財源捻出―安住財務相
時事通信 9月26日(月)16時30分配信

 安住淳財務相は26日の衆院予算委員会で、東日本大震災の復興財源に関する議論が高まる中、埼玉県朝霞市の国家公務員宿舎が着工されたことに批判が出ていることについて「全国の宿舎の廃止・集約で15%削減する方向だ。朝霞宿舎の着工だけを見て、公務員はぜいたくをしてけしからんという見方にはくみしない」とし、建設の正当性を主張した。塩崎恭久氏(自民)への答弁。
 朝霞宿舎は、野田佳彦首相が財務相時代に着工を指示した。首相は同日午後の予算委の答弁で、公務員宿舎の売却益を復興財源に充てる方針を示した上で、同宿舎の着工については「特段変更するつもりはない」と語った。 

個別医療 

気管支喘息の患者にとって、ステロイドの吸入薬が、この20年来の大きな福音だった。副作用が少なく、その一方、効果は優れている。しかし、ステロイドへの反応が良くない例が、少なからず存在する。その臨床的な知見の理由を、遺伝子レベルで明らかにした報告が、New Engl J Medの最新号に載った。それを踏まえて、個別医療の可能性を論じた総説がこちら

核酸の一つが異なる変異遺伝子の有無で、ステロイド吸入への治療効果が大きく左右されることに驚かされる。抗IL16単クローン抗体への効果にもpolymorphismがある、とのこと。leucotriene受容体拮抗薬の感受性にも遺伝的な多型性があったはず。こうした知見を個別に当てはめて、ベストなテーラーメイドの治療を進める、ということになってゆくのだろうか。

医療経済学の観点からすると、効果の期待できる治療の組み合わせを最初に確定するためのコストと、その後の経過で行う治療のコストとを考え併せて、この個別的な医療は、医療費の膨張を起こすことにはならないだろうか。最初の紹介した論文を生むきっかけになった、CAMPという、長期間気管支喘息の小児をフォローした研究では、ステロイド療法が、疫学的に見て、長期予後に影響を及ぼさないということも明らかにされていたと記憶する。それも考えると、個別医療は、個々の症例にとっては福音だろうが、医療全体としてみると大きな前進になると言えるのかどうか、複雑なところだ。

マスコミも原子力村の一員だった 

官学民が一体となって、原子力村を作り、膨大な利権を手に入れていたことは、すでに常識になりつつある。下記の記事も、むべなるかなというところだ。

でも、何で今までこの記事を出せなかったのか、マスコミにこそ責任があるのではないか。

東電から、内閣府に天上がっている官僚もいると報じられている。官学民がスクラムを組んで、原発維持に働き、東電の賠償責任を最小限にとどめるように動いている。

マスコミも、その一翼を担ってきた、担っているのではないだろうか。

以下、引用~~~

<東電>官僚天下り50人以上 ゆがむ原発行政(1)
毎日新聞 9月25日(日)11時13分配信

歴代経産省首脳OBが東電副社長に
 東京電力に「嘱託」などの肩書で在籍する天下り中央官僚が47人(8月末)に上ることが24日、毎日新聞の調べで分かった。次官OB向けの「顧問」ポストも加えれば50人を超え、出身は所管の経済産業省から国土交通、外務、財務各省、警察庁、海上保安庁と多岐にわたる。東電福島第1原発事故では安全規制の不備が指摘されるが、原子力行政に携わった元官僚は「(当局と電力会社との)癒着が安全規制の緩みにつながった」と認める。

 6月28日、東京都港区のホテルで開かれた東電の株主総会。株価暴落で多額の損失を出した株主から「なぜムダな天下りを受け入れ続けているのか」との質問が相次いだ。山崎雅男副社長は「電力事業には(いろいろな)知識を持った方が必要」と答弁。事故の巨額賠償負担で経営が揺らいでも天下りを切れない電力会社の体質を浮き彫りにした。

 経産省キャリアOBの最上級の天下り先は東電副社長ポスト。次官OBの石原武夫氏に始まり、資源エネルギー庁長官や次長経験者が10年前後の間隔で就いてきた。今年1月には、昨年8月に退任したばかりの石田徹エネ庁前長官(当時)が顧問に天下り。東電は「慣例通り副社長に昇格させる予定だった」(幹部)。しかし、「退職後2年間は所管業界に再就職しない」という自民党政権時代に作られたルールを逸脱していた上、原発事故による行政批判も重なって、4月に顧問を退任せざるを得なかった。

 経産省は関西など他の電力各社にもそれぞれ元局長や審議官、部長クラスを5人前後ずつ役員や顧問として再就職させている。

 ◇報酬、霞が関以上に

 中央省庁OBを幅広く受け入れる東電のような余裕は、独占事業ではない他の民間企業では考えられず、経済官庁幹部も「東電など電力は再就職の最大の受け皿」と認める。

 東電関係者によると、天下り官僚の肩書はキャリアOBなら「顧問」、ノンキャリア出身者なら「嘱託」。報酬は「霞が関での最終ポスト時代を下回らないのが暗黙のルール」(経産省OB)だ。

 東電は「国交省や警察庁OBに電源立地対策で知見を発揮してもらうなど、経営に役立っている」と説明。しかし、財務や外務官僚OBの場合「本命の再就職先が決まるまでの腰掛けで東電に入り、給料だけ払うケースも多い」(東電関係者)。

 ◇「世話になれば無言の圧力」

 天下りを通じた当局と電力会社のもたれ合いの弊害は原発行政にも影を落とした。1979年の米スリーマイル島の原発事故などを教訓に、欧米当局は、原発事業者に地震など災害対策や炉心溶融など過酷事故への実効ある対応策を厳しく義務付けた。しかし、日本では事実上、電力会社任せとなり、津波で全電源が喪失した福島原発のようなずさんな対応が取られた。

 元原子力安全・保安院長は「欧米並みの規制を導入すべきだとの意見もあったが、コスト負担に反発する電力会社に押し切られた」と説明。元原発検査官は「上司のキャリア(官僚)が退官後、電力会社に世話になっていれば、無言の圧力がかかるのは当然」と話す。【三沢耕平、野原大輔】

日本国債のCDS上昇中 

自分へのメモ・・・

日本国債のCDSが上昇している。2008年以降、上昇と下降を繰り返しながら、緩やかな上昇傾向を示していたが、このところ上昇が急ピッチ。こちら

ギリシャは論外の高さだが、ポルトガル・イタリア・アイルランド等と比べて、まだ数分の一から、一桁小さい。でも、要注意のレベル。

外国人投資家からみて、日本国債がデフォルトを起こすリスクが高くなりつつあると判断されていることを意味する。

ただし、海外投資家が日本国債を投げ売りしたとしても、全体の数%に過ぎず、売られた国債は国内で買い戻される可能性がまだ高い。

財政の健全化は、緊急かつ必須の課題。でも、行政のシステムの改革をしてもらわないと、行政だけが焼け太りしそうだ(または、国全体が沈没する)。「行財政改革を行う」という政治家の言葉を聴き続けて久しい・・・少しも実現していない。

Distractionを超えて 

今朝は(も、というべきか)21、28メガが北米に開けており、28メガに30分ほど出た。東海岸のAlan KF3Bや、CWopsでactiveなK2VCO、KZ5D等々と交信した。

Alanには、coop shackの写真をまだかと言ったら、シャック移動のどさくさでPCとデジカメをつなぐコードが紛失とか。気長に待つことを伝えた。SFIが160を超えている割には、強くない。CONDXの日内変動の最盛期を過ぎたのか。

K2VCOは、Vizバグキーで出てきて、どうだこれも良いだろう?とのこと。私が、別なWの局が、CWopsのMLで紹介したイタリア製のバグキーに関心を示したのを知って、自分の道具を自慢したかったらしい。確かに、Vizもコストパフォーマンスは良さそう。

Jim KF7Eには、来春、シアトルに来るのかとまた聞かれた。一応その予定で、確定したら連絡すると答えた。Face Bookに、友人関係の依頼メッセージを送ったが返事がないと言うと、あまり見ていない様子。F/Bは、distractionだが、無線の方を優先するとのこと。

distractionという言葉を聞いて、パスカルが「パンセ」の中で、キリスト教信仰と対比して、この世の楽しみを、divertissementと表現していたのを思い出した。慰み、もっとストレートな言い方をすれば、世の中の本質的なものから目をそらさせるものという意味か。確かに、無線にはdistraction以上のものがある(はずだ)と思った。もっとhumanで永続的な関係が、そこにはある。W6SJからも呼ばれて、来年7月の訪米について尋ねられたが、そうでなくてもいつもカスカスの彼の信号は、ほどなく東南アジアからのSSBの放つスプラッターの陰に沈んでいった。

最近、感染症・喘息等で仕事も忙しくなり、なおかつ二週間後には、小さな音楽会に出るので、その練習にも時間を取られる。昨夕は、バイオリンのTさん宅で、練習。フォーレのトリオ、1,2楽章。フォーレの響きのなかに身を置けるのは、至上の瞬間。その響きはまだまだなのだが・・・。1楽章冒頭のチェロのソロにもお褒めの言葉を頂いた・・・きっとお世辞なのだろうが、教育者として優れているTさん 笑。英語版ブログも放置状態・・・何とかしなくては・・・。

distractionを超える本質的なことに時間を費やしたいものだ。

冷温停止には程遠い現状 

核燃料を被覆するジルコニウム合金が、高熱になった時に、水と反応して水素ができるのではなかったか。

下記のニュースは、核燃料が未だ高温の状態にあることを示唆しているのではないだろうか。1%が、100%に?可燃性のガスとは、水素以外にありうるのか?報道の問題なのか、東電が事実を隠ぺいしていたのか?

計画を前倒しして、年内に、冷温停止すると公表されていたが、核燃料がメルトスルーして格納容器から基礎のコンクリート、さらにはそれを突き抜けて土壌中に落ちている可能性が高いのに、何たる楽観。というか、分かっていても、大本営発表をせざるをえないのか。原発再稼働に向けて

水素爆発を起こし、核燃料が大気中に放出される可能性がないのか、それに対して、どのような対策を打つのか・・・。水蒸気爆発の可能性はないのか・・・。


以下、引用~~~

配管内、ほとんど水素か=「爆発恐れなし」見解変えず―福島第1原発事故

2011年9月24日(土)12時20分配信 時事通信


 福島第1原発1号機の格納容器につながる配管から1%を超える濃度の水素が検出された問題で、東京電力は24日、配管内部の気体はほとんどが水素である可能性が高いと発表した。東電の松本純一原子力・立地本部長代理は同日の記者会見で、「着火源がないので、直ちに爆発のリスクが高いとは言えない」と述べた。
 東電によると、23日午後に配管の出口部分の気体を複数回測定したところ、いずれも「水素を含む可燃性ガスが100%以上」との数字が出た。今後、水素だけを計れる測定器を用意し、正確な濃度を測定する方針。 


病院の震災対応 (その2/2) 

行政の行動原理が、被災現場に害をもたらした例が述べられている。

行政は、自らの責任回避のためには、国民が損害を被ることには構わない、むしろ積極的に責任転嫁をし、その結果損害を被る国民が出現する。双葉病院事件の行政の責任を明らかにすべきだろう。同じことを繰り返さぬために。



以下MRICより引用~~~

病院の震災対応 (その2/2)

この記事は日本評論社の経済セミナー増刊『復興と希望の経済学』に掲載された記事を転載したもの
です。

亀田総合病院 副院長 
小松秀樹

2011年9月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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(その1/2)より

○3. 福島県庁
行政の問題の具体例として、福島県庁の2つの事例に触れる。

(1)双葉病院事件
複数のソースから得られた情報をまとめる。
・3月11日、14時46分、大地震発生。
3月12日、早朝、避難指示が原発3km圏から10km圏に拡大され、双葉病院と関連の老人保健施設が避難地域に入った。昼、外出した双葉病院の職員が防護服を着た誘導者に「なぜ避難誘導がないのか」と尋ねたところ、「双葉病院はもう誘導したはずです」と返ってきた。
・14時、町からバスの迎えがあり、209名の比較的状態のよい患者と数十名の職員が避難。
15時36分。福島第一原発1号炉で水素爆発。病院は、電気、水道が使えず、外部との通信が途絶していた。この状態でほぼ2日間、残った職員で患者の世話をした
・3月14日昼前、自衛隊が到着した。患者・施設入所者130名を搬送した。患者98名と院長ら職員4名、警察官が残り、自衛隊の救援を待っていたが、自衛隊が来るという時間になっても、来なかった。
待っている間に3号炉で水素爆発が発生した
3月15日、午前1時、院長と職員は、警察の車で強制的に川内村に避難させられた。院長一行は再び病院に戻ろうとしたが、避難指示のエリアということで許可されなかった。午前から午後にかけて、自衛隊が残された患者を搬送した。搬送中・搬送後、21名の患者が死亡した。
3月17日、午後4時、福島県災害対策本部が「病院関係者の付き添いはなかった」と発表した。多くの報道機関が、事実を確認することなく、いっせいに「患者を見捨てて逃げた」と病院を非難した

双葉病院は長時間、孤立無援の状態に置かれた。双葉町役場そのものが避難する状況で、福島県災害対策本部に病院の避難誘導の責任があったのではないか。誰のどのような判断に基づいて記者会見を行ったのか。詳細な調査が必要である。

(2)知的障害者施設
亀田総合病院は、千葉県と鴨川市に働きかけて、福島県の知的障害者施設を4月初め、「鴨川青年の家」に迎え入れた。3月28日の朝日新聞夕刊がきっかけだった。「知的障害者200人転々 生活維持『もう限界』」という見出しで「いま3か所目。付き添う職員やボランティア約50人とともに、小さな建物で限界の生活を続けている」と伝えた。4月22日段階で、鴨川への避難者は、福島県福祉事業協会傘下の9施設の利用者278名、職員92名、職員家族3家族に達した。知的障害者の施設の主なものは原発に近接しており、元の場所に戻るのは不可能と思われた。「新しい施設を建設するまで、相当期間滞在することになる」という認識を、千葉県を含めて関係者で共有していた。千葉県と鴨川市は迅速に対応した。しかし、福島県の障がい福祉課の対応には大きな問題があった。以下、箇条書きにする。

1)避難先を転々として困り果てていたときに、福島県は利用者をばらばらにして、さまざまな施設に分散収容するように、施設側に提案した。職員は、これを受け入れると、結果として施設が解散することになると理解した。施設が解散すれば、知的障害者は慣れた職員から離されることになる。職員は職を失うことになる。

2)知的障害者施設の多くは、福島原発の10km圏内にあった。急に避難を強いられたため、名簿が持ち出せなかった。利用者の多くは、抗てんかん薬をはじめ、重要な薬剤を投与されていた。法令上、生年月日が分からないと、正確な年齢が分からず、処方箋が書けない。このため、福島県の災害対策本部及び障がい福祉課に対し、生年月日データの有無とない場合の対応について相談したが、自分たちの責任で対応するよう言われ、一切の協力を拒否された。結局、国保連の好意によって、過去のレセプトから氏名と生年月日のデータを入手でき、この問題が解決した。

3)この直後、てんかん発作の重積状態で障害者が1名死亡した。福島県はこれを受けて、投薬などが適切に行われているか、避難所に調査にきた。

4)鴨川市への避難が決まったあと、当事者抜きに、福島県と千葉県の間で「鴨川青年の家」の利用が7月までと決められた(7月になって撤回された)。少なくとも、千葉県は、新たな施設建設まで受け入れを継続することを了解していた。筆者は、この決定を知って、福島県の障がい福祉課の稲村課長に電話した。福島県知事から千葉県知事に依頼する形をとりたかったのだが、知事につないでもらえなかった。当事者抜きに決定したことについて、稲村課長は、頼む側だから遠慮があったと説明した。県庁の役人が、被災者を踏みにじる決定を下す権限があると思っているようだった。後日、関係者、メディアから聞いたところでは、福島県の担当者が7月までと期限を切ったという

○4. 結論
官僚の論理的整合性すなわち責任回避へのこだわりが、東日本大震災の危機的状況で、迅速かつ臨機応変の対応を阻んだ。日本の行政の行動原理が危機管理に不向きであることを、国民の共通認識にすべきである。災害時の基本方針として、病院は、常識と想像力に基づいて、それぞれの病院にあった簡潔なマニュアルを作成しておく、指揮官を決め、災害本部を設置する、指揮官は、状況を見極めて、大きな判断を下す、職員は、いざとなれば自分で何が正しいか考えて行動する。

文献
1 小松秀樹:後方搬送は負け戦の撤退作戦に似ている:混乱するのが当たり前.MRIC by 医療ガバナ
ンス学会 メールマガジン;Vol.89, 2011年3月26日.  
http://medg.jp/mt/2011/03/vol89.html#more
2 小松秀樹:ネットワークによる救援活動 民による公の新しい形.MRIC by 医療ガバナンス学会
メールマガジン;Vol.103, 2011年4月5日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol103.html#more
3 小松秀樹:災害救助法の運用は被災者救済でなく官僚の都合優先.MRIC by 医療ガバナンス学会
メールマガジン;Vol.112, 2011年4月9日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol112.html#more
4 小松秀樹:知的障害者施設の鴨川への受入れと今後の課題.MRIC by 医療ガバナンス学会 メール
マガジン;Vol.124, 2011年4月14日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol124-1.html
5 小松秀樹:日本赤十字社義援金は能力なりの規模に 免罪符的寄付から自立的寄付へ. MRIC by 医
療ガバナンス学会 メールマガジン; Vol.126, 2011年4月16日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol126.html#more
6 小松秀樹:行政が大震災に対応できないわけ. 月刊保険診療, 66, 46, 2011.

表1 病院における災害対応の原則
(1)法令より常識と想像力 臨時組織より既存組織 完璧は危うい
・緊急対応の決めごとは単純に。法令より常識と想像力をよりどころにする。
・既存組織を優先。臨時組織にできるのは、簡素な機械的対応のみと心得る。
・完璧を期すと、意味のない連絡や作業が増え、結果を悪くする。
・詳細情報は時間と労力を奪う。詳細情報そのものが、迅速な行動の阻害要因になる。
・緊急時には、やりとりに食い違いが生じるものだと覚悟しておく。
(2)指揮官
・集まれる幹部で当面の指揮官を決定し、適切な場所に災害本部を立ち上げる。
・指揮官は、災害本部の設置を院内に周知する。
・指揮官の任務は、全体像を把握し、組織としての行動の方向を決めること。
・指揮官は、手に入る情報でとりあえず状況を判断する。必要に応じて適宜修正する。
・指揮官の横には参謀、観察者、情報係、装備係、遊撃隊などを適宜置く。
(3)職員
・機能する上司が存在しているかどうか確認する。
・存在する場合は、その上司の指示に従う。
・上司が、明らかに危機対応できない場合には、適切な指導者をさがす。
・適切な上司・指導者がいなければ、自律的に被害を最小限にすべく行動する。
・自分の生命が危ういと感じたら逃げる。
(4)災害本部からの放送と指示
・状況判断と大方針を院内に伝える。
・NHK第1放送を院内放送で流し続ける。
・簡潔な指示を適切な部署に伝える。細かい対応は現場の裁量に任せる。
(5)報告
・各部署は、本部に簡潔な報告をする。本部は必要以上の詳細報告を求めない。
(6)判断
・患者・職員の安全確認。建物の安全確認。避難誘導の指示。院内院外の通信手段の確認。電気、水
道の確認や被災者の受入れなどは、状況に応じて考える。
・判断は迅速に。優先順位を明確に。
・行動しながら事態の変化と行動の結果を予想・観察しつつ、最適行動を変更する。
・下記レベルの大方針を決定し、周知する。1.外部に救援を求める 2.患者や負傷者を外部に搬送す
る 3.全員院外に避難する

病院の震災対応 (その1/2) 

震災への支援・対応を医療現場を経験した小松秀樹氏が、病院職員・管理者が震災時にどのように対処すべきかを述べた論説。

行政への批判が手厳しい。行政は、平常時の過去に同じような例のあった事例・事象には対応できる(それも前例主義で、凝り固まった形になることが多い)が、震災のような過去に例のない緊急時への対応はできないことが多い、ということか。

「財団法人日本消防設備安全センター」の例が上がっているが、医療の現場でも、同じように医療現場を食い荒らす財団法人は多い。

行政が現実に対応できなくなりつつあるのは、震災だけに留まらないのかもしれない。



以下、MRICより引用~~~

病院の震災対応 (その1/2)

この記事は日本評論社の経済セミナー増刊『復興と希望の経済学』に掲載された記事を転載したもの
です。

亀田総合病院 副院長 
小松秀樹

2011年9月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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東日本大震災での医療・介護に対する救援活動については、実際の活動に携わりながら、さまざまな文章を書いてきた(文献1,2,3,4,5)。医療介護救援活動の全体像については、『緊急提言集 東日本大震災 今後の日本社会の向かうべき道』(全労済協会)にまとめた。本稿では、病院が大災害にどのように対応すべきなのか考えたい。

○1. 規範より実情が重要
東日本大震災は想定を超えた大規模なものだった。病院のみならず、大半の自治体で、災害時のマニュアルは役立たなかった。行政の危機対応は遅く、拙劣だった(文献2,6)。
亀田総合病院は、被災地から、透析患者、人工呼吸器装着患者を受け入れ、老人健康保健施設、知的障害者施設の千葉県鴨川市への疎開作戦を立案・遂行した。
亀田総合病院の小野沢滋医師は、鴨川市を含む安房地域に要介護者を受け入れるために、石巻の避難所で活動した。石巻の医療・介護需要を明らかにするために全戸調査を実施した。これには、亀田総合病院から多数の職員がボランティアとして参加した。
いずれも、想定していなかった災害に対する、誰もが実施したことのない救援活動だった。新しい取り組みだったこともあり、様々な局面で、行政と齟齬が生じた。行政の、法令と前例に縛られた硬直性、事実を捻じ曲げる知的誠実性の欠如、被災者救済より自らの責任回避を優先する倫理的退廃には、何度も驚かされた。自らの権力を高めるだけのためとしか思えない情報の非開示や小出しは、日常的に行われているように思えた
行政は、法令が、災害の実情に合わなくても、規範として扱う。法令に無理があることを反省せずに、しばしば、「法令を遵守していなかったではないか」と現場を非難する。法令は、現場を蹴落として、その反作用で自分を高めて責任を回避するための行政の道具に見えてしまう

○2. 「病院における災害対応の原則」義解
病院における災害対応の原則をA4紙1枚にまとめた(表1)。東日本大震災を見聞・体験した上での筆者の個人的メモである。以下、意図を簡単に解説する。

(1)法令より常識と想像力 臨時組織より既存組織 完璧は危うい
大災害時には、対応を単純にしないと動けない。ところが、官僚にとっての最重要課題は、論理的整合性である。責任回避を可能にするからである。論理的整合性にこだわると、複雑になり、実行不可能になるが、問題が生じても現場の責任にできる。官庁のお仕着せのマニュアルは、そのままでは、いざという時に役立たない。常識と想像力で、それぞれの病院にあった簡潔なマニュアルを作成する必要がある。

消防法の改正で2009年6月1日より、施設の建物の階数や面積が一定の条件を超えると、自衛消防組織の設置・届出が義務付けられることになった。東京消防庁の「自衛消防隊の組織編成基準」の冒頭に、自衛消防とは、「火災、地震その他の災害等による人的又は物的な被害を最小限に止めるため、事業所で行う必要な措置の総称」と定義されている。これに続いて、自衛消防隊、自衛消防活動、防災センター、防災センター要員、自衛消防活動中核要員、自衛消防組織、統括管理者、自衛消防要員、告示班長、自衛消防業務講習修了者等の定義が並ぶ。通報連絡班、初期消火班、避難誘導班、応急救護班などを設置し、それぞれを告示班長が統括することになっている。これらを、通常の機能している組織内部に置くという。複雑怪奇としか言いようがない。

そもそも、病院には何種類かの通報連絡設備があり、担当部署が運用と保守点検に当たっている。入院患者の避難誘導は看護師の主要任務の一つである。病棟では護送、担送すべき患者の数は常に把握されている。救急部は応急救護の専門家集団である。
災害対応のために普段と異なる職務の訓練を本格的に行うとすれば、本来の職務を阻害し、結果として病院の機能を低下させる。組織横断的な自衛消防隊を設置するとすれば、既存組織にない機能や既存組織の補助・支援に限定しないと矛盾が生じる。自衛消防隊の機能はできるだけ既存組織が担うようにすべきである。
なぜ複雑・怪奇になるのか。自衛消防では、各種講習の受講が義務付けられている。新規講習の受講料は1名当たり3万7000円。講習業務を、財団法人日本消防設備安全センターが担当し、講習事務を地方の公益法人が引き受けている。あらゆる業種を集めての講習なので、講習内容は少なくとも病院の実情とはかけ離れている。しかし、義務付けられているので、受講せざるをえない。。毎年、莫大な受講料が天下り財団に流れる仕組みになっている

(2)指揮官
迅速に集まれる病院幹部が集まって、当面の指揮官を決定し、災害本部を立ち上げる。病院幹部の定義は病院ごとに決めればよい。危機管理に不向きの管理者が、指揮官に選ばれないように工夫する必要がある。

病院の日常業務の多くは、指揮官がいなくても回っていく。通常の火災は、仕組みさえ作っておけば、自動的に対応できる。一方、大災害への対応は指揮官が必要である。病院の運命を決める重要な決定を下さなければならない場面が生じうる。このため、指揮官には、病院の最高責任者が就任すべきである。

災害本部の設置場所をあらかじめ決めておく。東京消防庁の「自衛消防隊の組織編成基準」は、防災センターを自衛消防隊本部拠点にするとしている。防災センターは、自動火災報知の受信、スプリンクラーの監視、消防ポンプの監視・遠隔操作、非常放送設備などの操作を行うことのできる総合操作盤を備えている。いずれも火災を想定したものである。1997年9月16日の総合消防防災システムガイドライン(消防予第148号)では、防災センターを「原則として1階(避難階)に設ける」としている。1階は津波に弱い。通常の火災と地震をひとまとめにしようとすることに無理がある。自衛消防組織については、欠点が多すぎる。早急に消防法を改正する必要がある。

指揮官は災害対策本部の設置を院内に周知する。病院がどのような状況にあるのか、現場で忙しく働いている職員には分からない。状況を把握して職員に説明し、行動の方向を決めるのが指揮官の役割である。病院から逃げ出す必要が生じたときに、指揮官が逃げると決めて号令しなければ、大混乱が生じる。指揮官は右往左往してはならないが、判断を固定化してもいけない。常に状況を観察しつつ、判断が正しいかどうか検証して、必要があれば、適宜修正しなければならない

避難誘導は火災と津波を想定する。東京の一部では、テロを想定しないといけないかもしれない。地震で建物が倒壊すれば、病院職員による避難誘導だけでは対応できない。
通常の火災対応は総務畑の管理職が統括すればよい。火災時の避難は、防火扉設置場所を超えて、反対側に水平移動する。あるいは、非常階段から下方階に避難する。看護部主導とし、応援部隊を設定しておく。動きやすい計画に基づいて訓練をして、自主的に動けるようにしておく。

津波では上方階への避難が必要になる。地震のために、エレベーターは使用できない。何階まで避難させるかの決定は指揮官の仕事である。本当に避難が必要かどうか判断しにくいが、決定のタイミングが遅れると大きな被害が出る。集中治療室の患者にとって、移動すること自体、極めて危険である。手術中の対応はさらに難しい。

亀田総合病院は、東日本大震災で、透析患者の受入れ、老健疎開作戦を行った。透析患者や要介護者の多くは、自力でバスから降りることができなかった。高齢患者は簡単に骨折する。もっとも活躍したのは、体の扱いを熟知し、かつ、体力のある理学療法士や作業療法士といったリハビリテーション部門のスタッフだった。亀田総合病院では、約100名の理学療法士が働いている。上方階への避難は、理学療法士の知恵と力を借りるべきである。

指揮官の周囲に、情報係、施設係、装備係、遊撃隊などを置く。指揮官の仕事を減らして、指揮官が冷静に考えられるようにする。さらに、判断を支えるために、参謀、冷静に眺める観察者をおくとよい。観察者は、判断が大きくぶれたとき、組織上の阻害要因が目立ったとき、冷静に指摘することが任務となる。

(3)職員
最も重要なことは、大災害では組織が総崩れになる可能性があるので、いざとなれば、自分で考えて動くことである

上司が被災するかもしれない。生き残っていても、適切な判断が不可能になっているかもしれない。そもそも、危機的状況で適切に判断する能力がないかもしれない。修羅場に対応する能力があるかどうかは、平時には分かりにくい。上司が適切な行動をとれない場合、適切な指揮官をさがす。いざとなれば、自分で何が正しいのかを考えて行動する。自分の生命が危うくなれば、逃げる。これは当然の権利である。

行政は、指揮命令系統が混乱するという理由で、この原則に反対するかもしれない。しかし、病院の職員は資格を持っていることが多く、命令ではなく、自身の職業上の正しさを基準に動く性癖を有する。実際に、病院は個々の専門家に対し、専門領域の判断について命令することはない。

そもそも、現代の医師は、国家や法であっても、状況によっては服従してはならないとされている。第二次大戦中、医師が、国家の命令で戦争犯罪に加担した。これに対する反省から、戦後、医療における正しさを国家が決めるべきでないという合意が世界に広まった。国家に脅迫されても患者を害するなというのが、ニュルンベルグ綱領やジュネーブ宣言の命ずるところである。

(4)災害本部からの放送と指示
災害対策本部から全体への発表事項は大きな状況判断と大方針のみとする。周知のために、同じ放送を繰り返す。災害の状況を患者や職員に伝えるため、テレビ報道やラジオ報道を流し続ける。
各部署への指示は簡潔を旨とする。細かいことは、できるだけ現場の裁量に任せる。
 
(5)報告
現場からは、重要な点だけを簡潔に報告する。中央に情報が集まり過ぎると、適切に対応できなくなる。危機的状況に陥っている部署に詳細な報告を求めると、無理な負荷がかかり、混乱を助長する。

(6)判断
最初に、患者、職員、建物に被害がないか各部署に素早く確認し、避難誘導について必要があれば指示する。同時に院内と院外に対する通信手段を確認する。電気・水道はその次である。食糧、飲料水、燃料、酸素、薬剤、被災者の受入れなどは、初期対応の後、担当部署を交えて考えればよい。

人間の活力は無限ではない。完璧はあり得ないので、優先順位を考えなければならない。例えば、医療安全対策では、効果が大きくコストの小さい安全対策が未実施の場合、効果が小さくコストの大きい安全対策を実施してはならない。優先順位を無視すれば、安全対策の合理性が失われる。

外部に救援を求める、患者や負傷者を院外に搬送する、全員院外に避難するなど、大きな判断を必要に応じて確実に決断し、周知する。

使えないマニュアルは無視する。行政の都合で作成を強いられた使えないマニュアルは、棚の奥にしまっておく

(その2/2へ続く)

文献
1 小松秀樹:後方搬送は負け戦の撤退作戦に似ている:混乱するのが当たり前.MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン;Vol.89, 2011年3月26日.  
http://medg.jp/mt/2011/03/vol89.html#more
2 小松秀樹:ネットワークによる救援活動 民による公の新しい形.MRIC by 医療ガバナンス学会メールマガジン;Vol.103, 2011年4月5日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol103.html#more
3 小松秀樹:災害救助法の運用は被災者救済でなく官僚の都合優先.MRIC by 医療ガバナンス学会メールマガジン;Vol.112, 2011年4月9日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol112.html#more
4 小松秀樹:知的障害者施設の鴨川への受入れと今後の課題.MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン;Vol.124, 2011年4月14日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol124-1.html
5 小松秀樹:日本赤十字社義援金は能力なりの規模に 免罪符的寄付から自立的寄付へ. MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン; Vol.126, 2011年4月16日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol126.html#more
6 小松秀樹:行政が大震災に対応できないわけ. 月刊保険診療, 66, 46, 2011.

表1 病院における災害対応の原則
(1)法令より常識と想像力 臨時組織より既存組織 完璧は危うい
・緊急対応の決めごとは単純に。法令より常識と想像力をよりどころにする。
・既存組織を優先。臨時組織にできるのは、簡素な機械的対応のみと心得る。
・完璧を期すと、意味のない連絡や作業が増え、結果を悪くする。
・詳細情報は時間と労力を奪う。詳細情報そのものが、迅速な行動の阻害要因になる。
・緊急時には、やりとりに食い違いが生じるものだと覚悟しておく。
(2)指揮官
・集まれる幹部で当面の指揮官を決定し、適切な場所に災害本部を立ち上げる。
・指揮官は、災害本部の設置を院内に周知する。
・指揮官の任務は、全体像を把握し、組織としての行動の方向を決めること。
・指揮官は、手に入る情報でとりあえず状況を判断する。必要に応じて適宜修正する。
・指揮官の横には参謀、観察者、情報係、装備係、遊撃隊などを適宜置く。
(3)職員
・機能する上司が存在しているかどうか確認する。
・存在する場合は、その上司の指示に従う。
・上司が、明らかに危機対応できない場合には、適切な指導者をさがす。
・適切な上司・指導者がいなければ、自律的に被害を最小限にすべく行動する。
・自分の生命が危ういと感じたら逃げる。
(4)災害本部からの放送と指示
・状況判断と大方針を院内に伝える。
・NHK第1放送を院内放送で流し続ける。
・簡潔な指示を適切な部署に伝える。細かい対応は現場の裁量に任せる。
(5)報告
・各部署は、本部に簡潔な報告をする。本部は必要以上の詳細報告を求めない。
(6)判断
・患者・職員の安全確認。建物の安全確認。避難誘導の指示。院内院外の通信手段の確認。電気、水道の確認や被災者の受入れなどは、状況に応じて考える。
・判断は迅速に。優先順位を明確に。
・行動しながら事態の変化と行動の結果を予想・観察しつつ、最適行動を変更する。
・下記レベルの大方針を決定し、周知する。1.外部に救援を求める 2.患者や負傷者を外部に搬送する 3.全員院外に避難する

ベビーブーマー世代がリタイアを迷う・・・ 

このところ、太陽面活動が活発のようで、ハイバンドが長時間開ける。今朝は、急患から呼ばれぬこともあり、午前8時前から昼近くまで、21メガで出続けていた。北米の東海岸から、100Wにシンプルなアンテナの局の信号が飛んでくるのを耳にすると嬉しくなる。

沢山の旧い友人達に会った。リタイアの話題になる、というかそれを話題に私が持ち出す。私と同年輩か、少し年上の連中、例えば、John W8FJ等は、まだリタイアしないという。Johnの場合は、自分で経営している動物病院を任せられる獣医師がいないということのようだが、多くの方は、現在の世界経済の不安定さ、先行きの不透明感を口にする。すでにリタイアした、Geo W0UA等も、今後の年金については心配があると言っていた。あと数年は仕事を続けるという方が多い。

米国の人々の多くは、政治家の責任と、移民等への社会福祉による負担の増大を、現在の不景気の理由にする。それに対して・・・私は、銀行経営者や、投資家のモラルと、制度に欠陥があるのではないか、と考える。政治家も勿論関わっているのだろうが、米国中心に回ってきた(回してきた)世界経済が、上手く機能しなくなっている。特に、莫大な余剰資金の投資先を動かす投資家が、経済を混迷させているように思える。その投資を、米国国外でスムースに行なわせようとするのが、グローバリゼーションの目的だったのだろう。他国に強制したグローバリゼーションの規則は、米国国内では骨抜きにされ、完全なダブルスタンダードになっている。もうこのシステムでは、世界経済は、バブルとバブル崩壊を繰り返しつつ、疲弊しきるのみ、というのが私の考えで、相手によっては、この線を披露するのだが、なかなか同意を得ることはない。

むしろ、大統領が変われば、経済もよくなるといったシンプルな考え方の方が多いような気がする。

私の考え・・・というよりも、スティグリッツ教授や、金子勝教授の受け売りなのだが、グローバリゼーションが世界経済に混迷を生じさせているという立場の正当性がやがてよりはっきりすることだろう。でも、そのときまで、日本経済、世界経済が持つのだろうか・・・。

いやいや、この時期にリタイアを決めること自体、かなり勇気のいることだ。多少の蓄えがあったとしても、インフレがちょっとでも襲ってくれば、それは紙切れ同然となる。

ベビーブーマーの世代で、リタイアをするかどうか、迷っているご同輩達が、世界各地にたくさんおられるのだろうなと思いつつ、交信を続けたことだった。

ストレステストは通過儀礼にしか過ぎない 

わが国の原発ストレステストを、EUのそれとを、専門家が比較すると・・・こちら

わが国のストレステストは、原発再稼働へ向けての儀式に過ぎないことがよくわかる。

大体、原子力委員会と、原子力安全保安院は、原発を安全だと認定し、増設を認め続けてきた組織ではないか。ストレステストの結果、ある原発が安全でないとの評価を彼らが下したとすると、それは自らの過去の仕事を否定することになる。論理的にも、そのような評価を下すはずがない。

そして、こうした大きな問題を全く取り上げぬ、マスコミの姿勢にも、背後に何か不気味な勢力のあることを感じる。

このストレステストの比較、ネット上で是非広げたい。

クルト ザンデルリンク死去 

指揮者クルト ザンデルリンク死去のニュース。

彼が、ドレスデンのシュターツカペレを率いて振った、ブラームスの第四交響曲は、今でも愛聴盤。彫の深い、味わい深い演奏だ。以前にも記したが、1楽章1stVnが歌うすすり泣くような旋律、アウフタクトの思いのこもったテヌートは、ほかの指揮者では聞くことができない・・・。

吉田秀和氏も、彼の東ドイツ時代の演奏には、気概が感じられるものだったと評していたような気がする。

一つの時代の終わり・・・少なくとも、私にとっては。

哀悼の意を捧げたい。


以下、引用~~~

クルト・ザンデルリンク氏死去

2011年9月19日(月)5時31分配信 共同通信

 クルト・ザンデルリンク氏(ドイツの指揮者)18日ベルリンで死去、98歳。家族がDPA通信に明らかにした。老衰とみられる。12年、東プロイセン生まれ。世界的な指揮者フルトベングラーらと活動を共にしたが、ユダヤ系だったためナチスの台頭を機にソ連に亡命。60年に東ドイツに帰国した。60~77年にベルリン交響楽団(現ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団)で首席指揮者を務めた。(ベルリン共同)

原発過酷事故の被害予測 

石橋克彦編『原発を終わらせる』(岩波新書)は、タイトルこそ政治的プロパガンダのように読めるが、内容は、なぜ原発が危険なのか、東電福島原発で何が起きたのか、原発をなくすために行うべきことは何かと分かりやすく教えてくれる好著だ(そのサマリーを何時かこのブログでもアップしたいと考えている)。脱原発が、歴史的な必然であることを示しているのだ。

で、その中で、京大の今中氏が、1966年に始まる東海原発の稼働を前にして、原子力損害賠償法を制定するために、原発事故による被害を予測する研究が行われたことを記している。日本原子力産業会議が、1960年にまとめた「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害に関する試算」である。

この報告は、結果があまりに大きな被害を予測する内容だったために、当時の国会でも、一部が公表されただけで、全体が一般に公開されたのは1973年になってからだったらしい。

東海原発での事故を想定し、周囲の人口密度・都市の位置・放射性物質の放出パターン・気象条件・拡散と沈降の条件・被曝量計算(この報告では、地表に沈降した放射性物質からの外部被ばく・飲食物による内部被曝が考慮されていない)・人的被害区分(急性障害だけを見積もり、晩発性障害を考慮していない、死亡時賠償金額は83万円と試算)と賠償額・物的損害区分と賠償額等が検討されている。

事故被害の様相が、放出条件と気象条件により大きく変化することが示されている。

東電福島原発事故に近い条件は、放出条件が「揮発性・粒子小」で、気象条件が「温度逓減・雨あり」の場合だろうと、今中氏は記している。この場合、人的被害が、要観察3100人、6カ月以上の退避・移住が360万人、1年間の農業制限が37500平方K(日本の面積の約1割)、損害額5650億円。

被害額が最も大きいのは、「全組成・粒度小」「逓減・雨あり」の場合で、損害額は、3兆7300億円に上る。

1960年の日本の国家予算が、1兆7000億円だった。

日本の原子力発電は、万一の場合は、原子力事業者のみならず、国家経済が破たんすることを前提にして開始された、と今中氏は記している。

人的被害が少ないように思えるかもしれないが、晩発障害は長い時間をかけて、広範に起き、多くの国民を苦しめることになる。

上記のことを頭に入れて、下記のニュースを読むと、この予測が、現実性をもって我々に迫ってくる。行政・政府・業者は、こうした大事故の確率を小さく見積もり、さらに起きた場合の被害を小さく見積もろうとすることを覚えておく必要がある。


以下、引用~~~

原発事故、首都圏も避難対象 菅氏、最悪予測で3千万人

  菅直人前首相は18日までに共同通信のインタビューに応じ、3月11日の東京電力福島第1原発事故発生を受け、事故がどう進行するか予測するよう複数の機関に求め、最悪のケースでは東京を含む首都圏の3千万人も避難対象になるとの結果を得ていたことを明らかにした。

 発生直後には、現場の第1原発の担当者と意思疎通できないなど対応が困難を極めたことを強調。原因究明を進める第三者機関「事故調査・検証委員会」(畑村洋太郎委員長)は菅氏から事情を聴く方針で、事故対応をめぐる発言は、再発防止の鍵になりそうだ。

2011/09/18 16:09 【共同通信】

震災復興関連予算という蜜に群がる蟻達 

当地で300床の三次医療機関建設が計画されていることは、ここですでに二回ほど記した。

その計画が具体化の第一歩を踏み出した。この市の東端に建設することが本決まりになった。その2kmほど東側に、過去30年間以上地域医療を行ってきた同規模の民間病院がある。周辺は、高齢化の進む農村地帯だ。都市部も人口の増加はない。新たな病院は、三次救急を謳い文句にしているが、医師が集まらないのは目に見えている。さらに、この民間病院にあまりに近い。医師会や、影響を受ける医療機関には何も知らせず立ち上げたこの新病院構想、どのような結末になるのか・・・は私はあまり関心がない。

このための予算の大部分が、大震災復興のための国家予算からくることが、腹立たしい。大震災復興にはほとんど関係ない。単に箱ものを作るだけのことだ

東大児玉教授が危惧していた通り、「除染作業」が、国家予算を手に入れるための利権を漁る公共事業のようになってしまっている、という声も聞こえてくる。

東北大学の打ち出した、東北メディカル・メガバンク構想も、MRICで小松秀樹氏が批判しているように、釈然としないものを感じる。被災地の人々の震災復興には結びつかない事業でしかない。大学だけでなく、官と民の関連省庁・組織が、震災復興の名を借りて、利権にありつこうとしているのではないだろうか。

11兆円超の震災復興関連予算。それの財源は、所得税・住民税の増税が当てられる様子。法人税も増税といっているが、減税分を少なくするという見かけ上の増税(実質減税)だ。この大きな国家予算を自らの利権の拡大にだけつなげようという官民の動きに厳しい目を向ける必要がある。


以下、MRICより引用~~~

東北メディカル・メガバンク構想の倫理的欠陥

小松秀樹

2011年9月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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政治状況が多少落ち着きましたが、国難ともいうべき状況は変わっていません。
私は、東日本大震災の救援活動に関わってきたこともあり、復興に個人的な思い入れがあります。
東北大学を中心に、東北メディカル・メガバンク構想が提案されています。これを復興計画に含めるには無理があります。この計画で、実際に実施することは、下記、2点だけです。いずれも、同様の試みが既にあり、オリジナリティはありません。予算獲得のための付け焼刃の構想に見えます。

1 ヒトの遺伝子情報を集積する研究センターを作ること
2 医療情報の電子化とネットワーク化

この二つは独立したものであって、互いに直接関係ありません。目的として大きいのは遺伝子研究のようです。医療情報のネットワーク化はおまけです。全体として、研究者主導です。
あるいは、研究内容と無関係に、単に研究費が欲しい人たちが計画を進めているのかもしれません。
背景として、日本では、高等教育、科学研究費の予算が徹底して削減されていることがあります。東北大学を含めて、日本の大学が疲弊していることは間違いありません。予算の削減は、日本が急速に貧しくなり、さらに貧しくなりつつあること、高齢化によって、社会保障費に莫大なお金が必要になったことによります。

一番目のヒトの遺伝子情報の集積については、研究者、大手建設会社、研究関連の企業には確実にメリットがあります。逆に、最も疲弊している被災地、すなわち、福島県の浜通り、宮城県の石巻・女川から気仙沼まで、岩手県の三陸海岸の被災者にはまったくメリットがありません。つらい思いをして、故郷を離れた被災者にも何のメリットもありません。
創薬研究、橋渡し研究がうたわれていますが、日本の大学の研究者は実用化を安易に考え、臨床家から見ると信じられないような夢を見ます。現実を踏まえた実務能力に欠けるため、研究者主導の試みが実用化することはほとんどありません。実用化、産業化は別のステージの研究です。別の組織と研究者が必要になります。本構想に予算を付けることは、研究のための研究に予算を付けることに他なりません。

二番目の医療情報のネットワーク化によって最も利益を受けるのは、大手のIT企業です。被災者に一切メリットはありません
医療情報のネットワーク化は、本来、特定地域の医療に大きな影響力のある大病院が地元の開業医や自治体と協力して開始すべきものです。患者情報の医療機関同士でのやりとりの構図が単純で、実用化のための協力体制を構築しやすいからです。確実な成果を得た上で、徐々に拡げていくべきものです。この分野でほとんど実績のない基礎研究者が思いつきで言い出したものに予算をつけても、無駄になる可能性が高いと思われます。結局、大会社にお金が渡るだけです。これが回りまわって、被災者のメリットにつながるという意見もあろうかと思いますが、それを認めるとあらゆるものが復興計画になってしまいます。県単位に拡げるとすれば、先行研究で実績を残したところが担当すべきです。

この構想を説明するための東北大学のスライドには、「東北メディカル・メガバンクの医師・コメディカルスタッフを被災地域の病院に派遣・常駐させて地域医療復興を支援する」と書かれています。
研究者が派遣業まで開業しようというのでしょうか。この枠組みでは、遺伝子研究をしたい基礎医学者しか集まりません。被災地で働こうという医師は、臨床医学を中心にした教育、地域での地道な医療活動から生まれます。研究者主導のメガバンクから地域に派遣されるとなれば、臨床医は参加しません。ましてや、コメディカルスタッフを「派遣・常駐」させることなど絵空事です。麻酔医の確保もままならない大学が、過疎の被災地で働く医師を集められるとは思いません。無理すると、大学全体から、真面目な臨床医が立ち去ることになります。

私は、復興財源を使うことを正当化するための4条件を提案します。すくなくとも、どれかを満たす必要があります。

1.地元の被災者の生活の維持と再建に直結すること
2.被災者の雇用に直結すること
3.被災者を多数雇用する地元企業にお金が落ちること
4.被災地を後にした被災者の再就職と生活再建に直結すること

増税までして復興に回そうとするお金が、研究者と大企業だけを潤すのは許されることではありません。
私は被災地の復興を望みますが、被災者の生活再建が最も重要だと考えています。地域に立派な建物が建つだけでは、復興とは言えません。ある地域が繁栄するための必須条件は、その地で生活する住民の幸福度の総和が大きくなることです。これは、被災地の住民数を多くし、一人当たりの収入を多くできれば、ある程度達成できます。

しかし、東日本大震災の復興は、地域の繁栄だけを目指すべきではありません。東日本大震災では、故郷にとどまりたくてもとどまれない被災者が、多数故郷をあとにしています。この人たちを含めた復興が必要です。
私には、東北メディカル・メガバンク構想の予算要求は火事場泥棒に見えます。大学の予算が足りないからといって、誇りまで捨てた行動をとると、未来を失うことになりかねません。遺伝子情報の集積については、本来、震災復興と関係なく、科学研究として文部科学省に予算要求すべきものです。
医療情報のネットワーク化については、震災復興とは関係なく、総務省に予算要求すべきものです。
この構想に1000億円から1500億円もの予算が必要だと伝えられています。これが本当なら、被災者を冒涜するものと言ってよいのではないでしょうか。この構想に予算が付くとすれば、復興予算全体の論理が歪みます。

ガラスバッジによる外部被ばく測定 

被曝には、外部被ばくと内部被曝がある。外部被ばくは、体外からの放射線被曝であり、ガラス線量計というバッジのような簡易な測定器で測ることができる。

東電福島第一原発近くの地方自治体のなかには、この測定器を学童等に配布して、外部被ばくを測定しているところもあるようだが、広範囲な地域で測定した報告はまだないように思える。

東京医療保健大学医療保健学部看護学科准教授の渡會睦子氏が、国立がん研究センターと共同で、周辺地域で仕事をする保健師147名にガラス線量計を配布して、5月一か月間外部被ばく量を測定し検討した。

その結果、被曝量が比較的多かったのは、相双地区(最も高い保健師は0.7mSv(年換算8.4mSv))や川俣町(同0.3mSv)などで、地域の空間線量率とガラス線量計による測定値にはある程度の相関 性が見られた

しかし、同じ相双地区でも、検出限界以下の0.1mSv未満の保健師もいるなど、行動パターンにより大きな開きがあることが明らかになった。

同時に、活動記録もつけてもらったが、記入率は61%にとどまった。福島県は、3月11日以降の行動を振り返ることで被曝線量を推計する県民健康管理調査を行っている。

この結果から、言えること。一つは、この研究者達も述べているが、被曝量は、同一地域、同一職種でも、個別の差が大きいから、個別的に測定しなければならないということだ。さらに、被曝から時間がたっての当時の行動を思い起こすような被曝量推計は、意味がない。

研究を行った渡會睦子氏は、線量計を自分で購入して保健師達に渡したらしい。その費用は、40万円とか。このように重要なデータ収集を、地方自治体・国の行政機関がなぜ早期に行わなかったのか、後々禍根を残しそうな気がする。外部被ばくは、原発の爆発が起きた12日以降1,2週間の間がピークだったはずだ。今後継時的に測定を繰り返せば、個々のデータの減衰曲線から当時の被曝量を推定できるのかもしれない。がそれにしても、行政機関の対応が遅い。

内部被曝についてもようやく測定が行われるようになってきているようだが、外部被ばく以上に個別性の高いデータが出てくる可能性が高い。被曝が高度である可能性がある青少年は、すべて測定を継時的に続けるべきではないだろうか。

退職が決まって 

来春退職することが確定した。

この職場を引き継いで仕事をして下さる医師が決まり、来年早々にもさまざまな手続きにはいる。

別ブログに記したように、自由になれるという希望にこころがぱっと明るくなり、これまでやれなかったことを順次こなしてゆきたいとも思うのだが・・・何か、不安と退却することのうしろめたさのようなものも感じる。気持ちがささくれ立つ。

退職という人生の道程を、先輩諸氏はどのように乗り切ってこられたのだろうか。私の場合は、もしかしたら、あと数年仕事を続けられるかもしれないという思いもあったのが事実で、それが覆った(自分で覆した)ことからくる、心理的な落ち込みか。

いわば自分のidentityがなくなるような寂しさと、不安感だ。

でも、もう、歩み出したのだから、後ろを振り返らずに、一歩一歩歩みだす以外にない。行政や医師会との不快なやり取り、彼らからの義務の強制・朝礼暮改から自由になる、それだけでも祝杯を上げるべきではないか・・・。

これからの見通し、希望を、表明できるものだけ;

勉強をもう一度すること。一種の老化防止程度にしかならないのだろうが、社会科学・思想的な分野の本を読み進めたい。

音楽と無線の活動は、ほどほどに・・・。

何らかの社会とのかかわりを持つ必要がある。

おぉ、来年7月のシアトルでのW7 FOCの会合にはぜひとも出なくては・・・。

A Nuttycellist's Monologueへの新しいポスト 

A Nuttycellist's Monologueに以下のポストを行った。

12日 To young CW lovers

13日 A Decade has passed

ユーロ危機・・・他人ごとではない 

ユーロが財政危機に陥っている。ギリシャ、南欧諸国の国家財政が赤字となり、特にギリシャの国債の不履行が必至とのこと。調べてみると、ギリシャは公務員が優遇されており、公務員の年金は退職時の90%、結婚していない娘は、公務員であった親が死亡した時に、その年金を相続できるといった優遇を受けていたらしい(それは、今回の危機発覚で取りやめられたようだ)。ギリシャの問題が重視されるのは、EU加盟当時から財政赤字を政府自らEUに対して少なく申し立て続けてきたことがある様子。

国家財政の破たん寸前の状況、公務員の優遇策・・・どこかで見た状況・・・そう、日本と似ている。日本の場合、国債が国内で買われており、海外への債務が少ないという点で、国債価格の暴落が起きることは当面ないとは言われているが、団塊の世代が資産を取り崩して生活するようになると、国債の国内での受け入れが困難になる。わが国の財政赤字の対GDP比は、先進国中ダントツの一位だ。

国債の売却ができなくなり、国債価格の暴落が起きると、日本もギリシャと同様の状況になる・・・それまで時間はあまり残されていない。公務員給与は、大企業の給与水準を目安にされており、さらに年金でも恵まれている。天下りと、天下り企業・法人への利権誘導はよく知られている。それを改革せずに、国家破たんを避けることは難しい。

もう一つ、ギリシャの場合は純粋に国内問題なのかもしれないが、南欧諸国の財政赤字には、ヘッジファンドが絡んでいそうだ。ヘッジファンドは、ハイエナのように財政体力が弱った国々に襲いかかる。ヘッジファンドがこれほどに暗躍する理由の一つは、世界市場に過剰な資金の存在があるのだろう。これも何とかしないと、バブルと、バブル崩壊の連鎖が絶えず繰り返されることになる。

もう一つ、ユーロが崩壊するのではないかという議論もよく聞くようになった。が、ユーロが生まれた背景を考えると、ユーロによって得られる安定性・利益は、EU諸国にとって大きなものがあり、そう簡単にはつぶれないのだろう。独仏の首脳が、ギリシャのユーロ圏離脱を否定したのは、そうした判断がベースにあるためと思われる。ユーロ圏がこの事件を契機により強固になって、世界経済の安定のために資してほしいものだ。


以下、引用~~~


ギリシャのユーロ圏離脱を否定=緊縮策徹底求める―首脳会談後に独仏が声明
時事通信 9月15日(木)4時52分配信

 【フランクフルト時事】ギリシャ、ドイツ、フランス3カ国の首脳は14日夜に電話会談し、ギリシャの債務問題を協議した。独仏は会談終了後に共同声明を発表し、ギリシャのユーロ圏からの離脱を回避する決意を示した。一方、欧州各国が合意済みの安定化策を実行に移すことが重要と強調した。
 声明は「ギリシャの未来はユーロ圏にあると確信している」と表明。また、ユーロ圏諸国が7月に合意した欧州金融安定基金(EFSF)拡充など債務危機の安定化策を「完全に実行することが不可欠」と指摘した。その上で、ギリシャの生命線である国際通貨基金(IMF)と欧州連合(EU)からの次回融資獲得には、「財政赤字削減策の実行が前提条件」として、ギリシャに緊縮策の徹底を求めた。
 16、17両日にガイトナー米財務長官も出席して開かれるEU財務相理事会では、今回の声明に沿った内容の議論が進むとみられる。
 IMF、EUによる第1次支援枠からの第6弾融資80億ユーロ(8400億円)を9月中に獲得できなければ、ギリシャ財政は破綻するとみられている。今後の支援の要となるEFSF拡充も、ユーロ圏各国の議会での承認が不安視されており、ギリシャ10年債の利回りが24%を突破するなど、市場での不安は極度に高まっている。 

木槿 

仕事場の東側の土地に植えられた木槿。一昨年だったか、あまりに樹勢が強かったので、枝を落としてくれるように、業者に依頼したら、可哀そうになるくらい枝をバサッと落とされてしまった。昨年は、枝が伸びず、このまま枯れるのかと思ったら、今春からまだ枝を勢いよく伸ばし始めた。

そして、数日前に花が咲き始めているのに気付いた。数cmの大きな花。花が白いものと、縁に向かって紅色が濃くなるものと二種類の木がある。生命力の強さに感心することしきり。

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以前に書いたかと思うが、この木槿は、開院当初、父親が自宅から移植したものだ。何も頼まなかったのに、せっせと自宅から運び込んで植えてくれたものだ。

木を植えるのは、多くの場合、後の世代への贈り物になる。そういえば、我が家の東側に父と植えた銀杏の木が、大木に育っている・・・。

この仕事場の南側に植えなおした、夏椿の木が見事に育つのを私が見ることはないだろう。夏椿が大きく育ち、日陰を作ってくれるのを、だれが見て楽しんでくれることになるのだろう。

残暑の朝 

例によって、朝早く目が覚め、あちこちのバンドにダイアルを合わせ聴いて過ごした。北米が開けた14メガに落ち着く。14047KHzのW1AWによるQST(だろうか?)の文章の送信をしばらく聴く。科学論文のような内容だと、眠気がまた襲ってくる・・・。これを受信練習に使っているハムもいるのだろうか。Sは3から4、ひどいフラッターを伴っている。

14025KHzにJohn K1JD。ヨーロッパの局と交信中。しばらく聴いていたら、CQを連発するので、呼んでみた。FACEBOOKの仲間にしていただいたお礼も言おうと・・・でも、なかなか取ってもらえない。ビームをこちらに振ったが、取れない様子。ようやくコールを確認してくれて、VKにはロングパスが開いていたからと彼が言うので、互いにロングパスにアンテナを振るが、かえってダメ。あちらでは、ノイズレベルが高い様子だ。早々にお別れした。

すると、Alan KF3Bが呼んできた。2KHzアップして交信開始。ビッグガンの彼でも、Sは6から7。でも、彼のところではノイズがないようで、こちらを完璧にコピーできる。鶏小屋シャックの写真を撮ったが、内部の写真も一緒に送ろうと思っている、内部を撮るために、まずは整理しなきゃ、整理整頓の動機付けをしてくれてありがたい、と。彼も所要があるとのことで、数分後にはいなくなった。

Alanも言っていたが、太陽黒点数が多い(そして、A/Kindexが低い)割にどうもCONDXが良くない。開けることは開いているが、信号が全般に弱い。一時的なことであれば良いのだが。過去2,3回の太陽活動の活発な時期に比べると、天に突き抜けるようなCONDXの日に恵まれないような気がする。

蒸し暑さの残暑の一日の始まり・・・。

Gary W5ZL 

Gary W5ZLは、テキサスに住む明るく、快活な男だ。いかにも米国人らしく、善良で開放的な考えの持ち主。

彼と知り合ったのは、まだ2,3年前のことだ。ヨーヨーマの弾くチェロが良いからぜひ聞けと言って、CDを送ってくれそうになったことがあったが、丁重にお断りしたこともあった。

その彼が大腸がん、それも進行した病期のそれに冒されていることが分かったのが、今年の冬だったか。無線でその一報を聞いた時には、それまでの元気さから信じがたかった。5月に手術を受けたが、根治的な手術にはならず、複数の転移巣を抱えて、その後化学療法を受け続けている。その闘病の様子をつづったブログが、こちら。つとめて明るく、ポジティブにふるまう彼の様子が読み取れる。彼のブログを訪れ、ゲストブックに一言書き記してくださると、彼も元気づけられることだろう。

下記は、手術の翌日、奥様のLeslieと顔を合わせるGaryである。お二人の信頼と愛情が、この写真からひしひしと伝わってくる。(画像の使用許可を得てある)

W5ZL.jpg

良くなって、来年7月にはシアトルで会おう、それに何時かは日本も訪れてみたいと言っておられる。ぜひ実現するように、闘病を続けて頂きたいものだ。でも、病と闘うよりも、病と寄り添うという生き方の方が良いのかもしれない・・・。

地域医療再生基金は誰のために? 

被災地の地域医療再生のために、地域医療再生基金の積み増しを、厚労省は補正予算請求するという。

地域医療再生基金とは、2年前に開始された施策で、このブログでも取り上げたことがある。

3100億円を全国にばらまき、医療機器・設備・建物の購入建設費用と、医師等の人材獲得のための費用を、地方自治体に対して与える一種の交付金だ。一件100億円とか・・・竹下首相時代の故郷創生基金を思い出させる。

地域医療の窮乏化は、医療費削減と、地方から人がいなくなりつつあるのと同じ理由で、地域医療を担う人材が現場から立ち去っていることによる。それに対する、行政の対応は、地方交付金を積み増して、官僚の利権を拡大しつつ、箱ものと人材派遣事業の拡充を行うということだ。人材派遣事業とは、医師の人材派遣と、医学生へのひも付き奨学金の貸与である。

現に地域医療の現場で汗を流している人々への直接の手当ては行われない。むしろ、診療所で言えば、再診料という、そうでなくても低額の医師の技術料は削られ、代わりに24時間救急対応という現実には不可能な診療体制をとれば、高々30円程度の上乗せを診察料にするという滅茶苦茶な診療報酬改定を最近行ったばかり。この加算が、地域医療貢献加算という名称であることが笑える。

ピントがずれている。

言ってみれば、医療機関の正当な診療報酬を削り、それを官僚の利権を確保する地方交付金に回している、という構図だ。その交付金では、箱ものが作られ、官制医局もどきが作られようとしている。医療現場の人間の収入・就労条件の改善等には結びつかない。地方自治体首長と官僚たちの利権のための施策である。

これでは、震災地域の医療介護復興はおろか、地域医療の再生は望めない。


以下、引用~~~

2600億で医療介護復興 3次補正で厚労省 円高での失業者対策も
11/09/09
記事:共同通信社
提供:共同通信社

 東日本大震災復興に向けた2011年度第3次補正予算に対する厚生労働省要求の全容が8日、判明した。被災地の医療機関や介護施設の復興など医療、介護、福祉の支援策2600億円を盛り込んだ。このほか、円高対策を含む雇用施策に3700億円を計上し、要求額は一般会計で6300億円となる。

 岩手、宮城、福島の被災3県の医療再生のため、地域医療再生基金を720億円積み増す。病院ごとに機能を分担して医療提供体制を強化するほか、医師、看護師の人材確保にも充てる。

 また、被災者が生活圏で医療や介護などのサービスを一体的に受けられるよう、小規模の特別養護老人ホームなど介護施設を整備するため119億円を計上する。

 地域で高齢者、障害者、生活保護受給者などを支援するNPO法人などへの補助を拡充する。仮設住宅での生活の長期化による健康状態の悪化を防ぐため、巡回保健指導などに財政支援。中長期的なメンタルケアのため「心のケアセンター(仮称)」も整備する。

 福島第1原発事故を受け、食事を通じた放射性物質の内部被ばく量の調査や作業員の健康管理などで特別会計を含め計4億円を充てる。

 雇用対策では、被災者を長期雇用する企業への助成など雇用創出支援の基金積み増しに1510億円、復興が本格化するまでの「つなぎ雇用」や円高による失業者対策に2千億円を充てる。

 被災者への職業訓練も拡充し、復興に伴って生まれる新産業への職種転換を促す。新卒者の就職支援費237億円も盛り込んだ。

 これとは別に、第3次補正予算案には、基礎年金の国庫負担を2分の1にするための措置や、B型肝炎訴訟の和解費用の基金設置などが盛り込まれることになっている。

Bob K6RR 

今朝、14メガで6Y5WJと交信するBob K6RRを見つけた。彼が交信を終えるのをまって、コールした。彼については、過去に2回ほどここで記している。もう82歳になるだろうか、内科医であり、週日をSanta Mariaという町の医療機関で仕事をし、週末にロスアンジェルス近郊まで2時間(だったか)程度かけて戻る生活をされている。今も、同じスケジュールで仕事をしているとのことだった。

原発事故による放射能汚染についてまず尋ねられた。現状では、ここは酷い環境汚染には晒されていないが、これから長い時間をかけて、内部汚染との戦いになると応えた。彼は、右目の網膜黄班部変性にかかり、治療を受けている、とのこと。同疾患は、高齢者に比較的見られる難病で、私の記憶では有効な治療法はなかったはずだった・・・が、彼は抗癌剤の一種Avastinの投与を受けている、もう一種類新しい薬もあるのだが、Avastinが一回500ドルなのに新薬は1000ドルかかるので諦めたとのことだ。医師であっても、経済的に恵まれていなければ、最新の治療を受けられぬことをまた知った。でも、同疾患に有効な治療が生まれ、彼もその恩恵を受けられ、良かった。局所に注射するらしく、痛そう・・・。

アンテナは、5BTVというトラップバーチカル二本を位相給電している様子。バンド毎に、フェーズラインを変えているのか尋ねたら、K9AD(だったか・・・)製作の電気的に位相を変えるシステムがあり、それを用いている様子。一方のバーチカルのトラップがおかしく、14と21メガの同調点が、高くなってしまっているので、息子さんの助けを借りて、調整するとのことだった・・・が、交信中に息子さんから電話が入り、彼が来れないとのことで、Bobは苦笑していた。

彼も以前90歳まで仕事を続けると言っていたが、本当にそうする積りなのか・・・。キーイングも、送信内容もしっかりしているので、きっとそれまで仕事を続けられるかもしれない・・・。

The so called Safety Test of the Nuclear Power Plant in Japan  

こちらに新たに投稿した。

事業仕分けが、簡単に反故にされ・・・ 

「事業仕分け」という財務省主導のお祭りが行なわれたのは1昨年。元々財務省関連の事業仕分けは、ほとんどなかった。財務省の巨大利権は、温存されたまま、引き剥がしやすい部門から、予算が削られた。医療もかなりの影響を受けた。

事業仕分けされた公共事業の一つが、財務省主導で復活し、その工事が開始されたことを告げるニュース。

全国を転勤し続ける公務員に対しては、宿舎の提供は必要なこともあるのかもしれない。でも、民間の賃貸料の数分の一で、豪勢な宿舎を提供することは、おかしい。また、公務員宿舎は余っているという指摘もある。この公務員宿舎建設という公共事業を再開するに当って、財務省は、旧い公務員宿舎を売却し、その売却金を東日本大震災の支援に回すという、理解し難い弁明を行なっているらしい。

我々が民主党政権にかけた最大の期待は、行政・官僚の自己増殖的な振る舞いをコントロールし、この国が坂から転がりおちるように崩壊してゆくことを阻止することだったのではないだろうか。新政権が誕生したばかりで、ケチをつけるのは気が引けるが、この財務省の勝手な振る舞いは、見過ごせない。これは、今後の現政権の方向性を示す出来事になりうる。民主党政権・財務省は、このようなことをしていて、増税を国民に受け入れさせられると思っているのだろうか。


以下、引用~~~

2011.09.08 夕刊フジ

野田佳彦首相(54)の「官僚優遇」ぶりがあらわになった。事業仕分けで凍結されていた埼玉県朝霞市での国家公務員宿舎建設工事が、新内閣発足直前の混乱の中、再開された のだ。

国民に負担を強いる増税路線を突き進む野田首相だが、100億円を超える巨大事業の凍結解除は、なんと自身が財務相時代に決定していた。まさに永田町的二重人格。「公務員 宿舎は余っている」という識者もいる。

「事業仕分けの凍結判定で、『やっと国民の声が届く政治に変わった』と思ったのに…。裏切られた気持ちです。野田首相は被災地復興よりも、公務員の福利厚生を優先させるの でしょうか」

公務員宿舎建設に反対する地元の市民団体「朝霞基地跡地利用市民連絡会」の大野良夫代表は、こう残念がった。

野田首相がゴーサインを出した建設計画は、1970年代に返還された米軍朝霞キャンプ跡地の一部、東京ドーム3分の2ほどの敷地(約3万平方メートル)に、鉄筋コンクリー ト13階建ての国家公務員宿舎2棟を建設するもの。完成予定は再来年6月、総事業費105億円という巨大事業である。

政権交代後の一昨年11月、「税金の無駄遣い根絶」を掲げて行われた、第1回事業仕分けで、この巨大事業は真っ先に取り上げられた。

当時無役だった枝野幸男前官房長官は「公務員に宿舎を提供しなければならない合理性はない」と指摘し、仕分け人も「公務員が住む場所を作るために、国費で自然豊かな場所を 潰すことがあってはならない」と評価。ほぼ全員一致で「事業凍結」を決定し、政府は2010年度予算で建設費用の計上を見送った。

ところが、ここから財務省や地元自治体などの巻き返しが始まる。

国家公務員宿舎の建設・維持を所管する財務省は「公務員宿舎に係る関係省庁連絡会議」を立ち上げ、公務員宿舎のあり方について議論を始めた。建設賛成の地元首長らも「地元 活性化のために宿舎は必要だ。凍結解除を」などと陳情を続けた。

その結果、「政治判断」として工事再開が決まったのだ。一度死んでよみがえったこの「ゾンビ事業」を決定した財務相は「財務省の傀儡」ともいわれた野田首相自身。
そして、首相交代のどさくさに乗じるように今月1日、工事は再開された。

そもそも、公務員宿舎は余っているとの指摘もある。今年3月、東京都江東区に完成した「東雲宿舎」(地上36階建)はガラガラだというのだ。

ジャーナリストの若林亜紀氏は「東雲宿舎はレインボーブリッジを見下ろす豪華タワーマンションだが、被災者に開放している。しかし、900戸のうち半数ほどしか埋まってい ない。つまり、『宿舎が足りない』とはいえず、新規建設は明らかな無駄遣いなのです」と語った。

なぜ野田首相は建設再開を認めてしまったのか。
みんなの党の柿沢未途国対副委員長は「公務員宿舎を建てれば、財務省は各省庁に恩を売ることができる。宿舎建設に好意的な有識者を集めて、野田首相を洗脳したのだろう」と いい、こう続ける。

仕分け結果が、官僚や業界団体などの圧力団体の要望でひっくり返された典型的なケース。政策を官僚に依存し、選挙での票やカネを団体に依存しているから、この人たちが喜 ぶ政治をすることになる。自民党政治への先祖返りだ。公務員宿舎は野田首相にとって裏切りの金字塔、政治主導の墓標になる」

Pete W1RM、Steve N6TT 

昨夜は、20時前に、Pete W1RMが7メガで呼んできてくれた。米国東海岸の北部が入感し始めると、本格的な秋のシーズン。昨夜は、バックグラウンドが少しノイジーなのと、SSBの混信があったが、フラッターを伴った彼の信号を耳にして、夏が過ぎ去りつつあることを実感した。

ハリケーンIreneでは、Peteのところではアンテナ家屋等に被害はなかった由。地下に水が少し溜ったくらいだったようだ。東海岸に沿って北上した、この大型ハリケーン、ニューイングランドでも被害をもたらした様子だ。

最近始めた、私の英語ブログについてちょっと宣伝した。CWopsのMembers Directoryに、ブログのurlを上げたもらったらどうか、との彼のアドバイス。CWopsのサイトで、会員のサイト・ブログにリンクするページを作っても良いかもしれない、と言っていた。その場合、そのページを一般公開するかどうかが問題だ、とも。

英語のブログを立ち上げた理由の一つ、一番の理由は、原発の情報を私の得た範囲で発信すること。どうも事故直後とは異なり、情報が外国には十分伝わっていないということを耳にする。我々国民にも伝わってきていないのだから、外国ではさらにそれに輪をかけて情報が少なくなるのだろう。コメントへの対応などもしていると、何が本業か分からなくなりそうだが、できる範囲で続けてゆきたいものだ。

Peteは、打てば響くようなさわやかな人柄を感じる。いつか直接お目にかかりたいものだ。

遅くなって、Steve N6TTと久しぶりに交信。ご家族のこと。仕事の継承のこと。奥様の学生生活のこと。それに、引っ越すかもしれないこと等々。AtsuさんとTakeshiさんの信号を聴かないなと言っていた。来年7月のシアトルで行われるW7 FOC eventに一緒にでかけようではないかと、出不精の彼に申し上げ、自分へも言い聞かせた。

さて、閑古鳥が鳴くのは、このブログか、あちらのモノローグか・・・。

The old question, contest or ragchew 

The old question, contest or ragchewと題して、こちらに、新しい投稿をした。