TPPA 

TPPAの議論が、ようやく盛り上がってきた。政府の方針は、加入の方向ですでに定まっているようだ。

TPPAのような協定によって、地域の経済連携を高め、地域経済を活性化し、同時に国際的な短期投機資金による国際経済の攪乱に対抗することは必要なことだと思う。

しかし、現に出来上がろうとしている協定は、米国の巨大資本にとって圧倒的に有利で、また大規模の農業のメリットを生かした米国・オーストラリア等の農業にはわが国の農業は太刀打ちが不可能であり、わが国の農業を壊滅させる可能性が高い。地域経済のせーフティネットとしてのTPPAと、現に進められているTPPAの内容は、全く違う。

特に問題だと思うのが、ISD(Investor State Dispute)条項である。投資企業(実際のところは米国籍の巨大資本)が、外国政府の政策等により不利益を被った(と、その企業が判断した)場合に、その企業が、当該政府を訴えられるという条項である。訴訟は、WTO傘下の第三者機関に持ち込まれ、そこで秘密裏に審議されるようだ。そこでの審議のポイントは、投資企業が不利益を被ったかいなかだけであり、当該国で同企業が公共の利益を侵害したり、環境破壊に関与していないかといった問題は検討されない。上告制度はない。いわば、治外法権を認める条項なのだ。

以前、オーストラリアでも、この条項に関して反対論が起きていることを紹介した。米韓の間のFTAでは、韓国だけにこの条項が適用されることになっているらしい。様々な自由貿易協定に、この条項が含まれ、現に多くの訴訟が提起されている。

ISD条項が、医療分野に適用されたら、公的保険制度は、なし崩し的に廃止されることになるだろう。米国の保険資本が、日本に参入する障壁は、公的保険制度だからだ。政府が、医療分野はTPPAの対象外と言っているようだが、米国がわが国等に切り込みたい対象が、農業と、社会福祉医療分野であることは自明のことだ。TPPAに参加することを表明したら、例外なくすべての分野で参加することになり、実質的に中途で参加を取りやめることは難しくなっている。

米国が、新自由主義的な経済財政政策で生きづまり、今後生き延びるために画策しているのが、TPPAなのだろう。それを見極められぬ、政府と官僚。我々は、現状のTPPAに参加することには否と言うべきだろう。

原発村が、蠢いている 

関西電力は、原子力安全保安院にストレステストの結果を提出、原発再稼働を目指す・・・このストレステストは、机上の検討であり、さらにこれまでの原子力行政を担ってきた組織による、デッチアゲの検査である。

原子力委員会は、原発発電コストが、他の発電方法に比べて、最安であると報告した・・・これまで、原子力を持ち上げ続けてきた方々が算出したコストには説得力がない。さらに、山野の除染といった莫大な費用のかかる作業を、コストが決まらないといって除外している。これでは、コスト計算の途中でしかない。

原子力安全委員会は、東電福島原発の事故のような過酷事故の起きる頻度を、1000万年に一回から、5000年に一回とした・・・一遍に2000倍も予測頻度が変わるとは一体どのようにサイエンスしているのだろうか。福島の惨状が現に起きていることを目の前にすると、このような数字の遊びが虚しく響く。

東電福島原発事故雑感 

ある方のサイトBBSで、原発事故の問題が取り上げられ、様々な意見が出されていた。今回の原発事故を受けて、原発廃止に意見が一致するかと思いきや、そのようなことはないようだった。原発事故よりも、その後の危機対応がなっていない、とか隣国の原発施設の方がリスクが高いといった意見である。

原子力という技術自体が未完成の技術であり、万一過酷事故が起きた場合、対処の仕様がない、ということを理解されているのだろうか。また、わが国で稼働中の原発に、地震のリスク、長期間稼働に伴うリスク等々があり、いつ再び同じような事故が起きるか分からないのだ。原発地域では、そうしたリスクが高いのだ。さらに、中性子線による原子炉璧脆弱化によって、原子炉運転中に爆発が起きると、日本という国家が生き残れぬほど広範囲に放射能汚染が起きる。そして、そのリスクは、現実のものになっている。

事故の起きた東電福島原発から放出された放射能は、ウラン換算で広島原爆の20倍、セシウム量では100数十倍になるらしい。さらに、原発で用いられる核燃料の性格から、放射能の減衰は緩徐だ。セシウム137の放射能量等が、事故前のレベルに戻るには300年以上かかる。児玉教授のおっしゃる通り、莫大な量の放射性物質が、環境中に放出されたのであるから、今後ともに様々なところで放射能汚染が明らかになることだろう。肉牛汚染を、農家の責任にした某新聞・・・朝日新聞のようだが・・・といったマスコミの短絡的な報道を、言葉を震わせながら弾劾した児玉教授に、全幅の賛意を表したい。農家の人々は、生きるか死ぬかの状況で、できるだけのことをしてきたのだ。問題は、放射能による環境汚染を起こした原発にある。環境汚染を起こした放射性物質を、人々の生活に影響を及ぼさないように隔離し、放射能の減衰に必要な長い時間をやり過ごす以外にないのだろう。

今日、幼子二人を抱えたお母さんが来院された。ご自身が甲状腺疾患を患っておられるので、放射性ヨードによる甲状腺に対する障害の問題を気になさっていた。この付近は、北関東でも比較的汚染を免れた場所であるし、まず大丈夫ではないかとお話ししたが、事故直後、放射能雲が通り過ぎ、比較的高度の汚染が起きた、県南部で生活していたらしい。乳幼児を抱えた方にとっては、やはり気になることだろう。事故直後にSPEEDIによる汚染予測をなぜ公表しなかったのか、と述べておられた。近くで行われた、反原発のデモにも参加された由。このようなお母さん方が自然に集まり、原発廃止を訴える大きな勢力になって行くことを期待したいものだ。

40年前・・・ 

学生オケに入り、チェロを始めたころ。信州 神城の合宿所。8月下旬。右に立つのは、チェロの先輩。専ら、開放弦のボーイングばかり練習していた。初心者オケでは、ハイドンの驚愕の2楽章。本オケの方は、ブラームスの3番とシューマンのピアノ協奏曲。北アルプスの峰から吹いてくる、初秋のそよ風にのって、ブラームス3番の3楽章が聞こえてきた。このチェロの先輩が、合宿の最後に開かれる部内演奏会で、ブラームスのソナタ1番1楽章を弾かれたのも、この時だったか。ホールの窓から差し込む木漏れ日が、きらきらしていた。再現部のピアノのアルペジオ・・・。

あれからもう40年・・・皆はどうしていることだろう。

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ナンセンスな冷温停止 

事故を起こした福島原発の冷温停止を今年中に完了すると、東電・行政は述べていたが、それはおかしい。第一から三号炉まで、メルトスルーを起こしており、圧力容器・格納容器の底に穴が開いて、核燃料はどろどろになって建屋の床を溶かしている可能性が高いのだ。第二、三号炉は、建屋内部の状況も良くわかっていない。核燃料の多くが抜け落ちている圧力容器の温度を測っても意味がない。

1~3号機の炉心が再損傷する確率を1/5000としているが、これもどうやって計算したものなのだろうか。複数のセキュリティシステムが、独立に作動する、といった前提はないのだろうか。地震にしろ、津波にしろ、自然災害は、原子炉全体の機能を一度に奪う可能性が高い。すなわち、セキュリティシステムは互いに独立ではない。こうした確率を求める方法をぜひ知りたいものだ。

事故の確率が、この数値だったとすると、日本に54基ある原発が、東電福島原発と同様の事故は、ほぼ100年に一度となる。セキュリティシステムが互いに独立でないとすると、その可能性はもっと高まる。また、現在、地震の活発に起きる時期に突入していることも考慮すれば、さらに高まる。さらに、原発の多くが耐用年数を超えつつあることを考えると、危険性はさらに高まる。おそらく、数十年に一度起きると予測しておいた方が良いのではないだろうか。

もっとも、福島原発で事故が現に起きてしまっているのだから、こうした確率論はもうほとんど意味がない・・・。

以下、引用~~~

<福島第1原発>冷温停止の定義に疑問…保安院に専門家ら
毎日新聞 10月22日(土)21時26分配信

 東京電力福島第1原発事故で、経済産業省原子力安全・保安院は22日、原発の「冷温停止」実現後3年間の安全対策をまとめた東電の計画書について専門家に評価を聞く意見聴取会を福島県いわき市で開いた。出席者からは、政府と東電が年内の達成を目指す、原子炉の温度を100度以下に保つ冷温停止状態の定義などについて疑問が呈された。

 聴取会には原子炉工学などの有識者7人のほか、東電幹部らも出席した。工藤和彦・九州大特任教授(原子炉工学)は「本来の『冷温停止』は、圧力容器を開けても放射性物質が放出されない状態を指すもので、第1原発に適用すべきではない」と指摘。東之弘(ひがしゆきひろ)・いわき明星大教授(熱力学)も「(冷温停止の目安の一つの)圧力容器底部の温度は、内部の溶融した燃料の位置によって異なる可能性がある。内部状況をできるだけ早く把握するとともに、温度測定方法も検討すべきだ」と注文を付けた。

 計画書の中で東電は1~3号機の炉心が再損傷する確率について「5000年に1回」と試算したが、震災前は2000分の1も低い「1000万年に1回」としていた。山口彰・大阪大教授(原子炉工学)は聴取会で「実際に事故を起こした以上、こうした確率論は意味がない」と批判した。

 保安院は専門家の指摘を踏まえて東電に計画書の再提出を求める方針。【中西拓司】

児玉龍彦教授 日本記者クラブでの記者会見 

児玉龍彦教授の日本記者クラブでの「記者会見」。福島県の原発事故被災者を貶める新聞報道に強い怒りを表明している。行政のパターナリズムではなく、事故に苦しむ人々の立場にたって、科学的な知見を分かりやすく伝え、彼らが自らの判断を下せるように支援しようという態度に感銘を覚える。

SPEEDIの放射能被曝予想が、事故直後に公表されなかった責任は、どこにあるのだろうか。原子力委員会にその責任があったとしたら、同委員会等中央行政と一心同体の識者達は、原発行政と、原発事故からの復興にはもはや関与すべきではない。除染も、中央の行政が統括するのではなく、住民と地域の行政が関与すべきなのだろう。


人は、放射性物質のフィルターではないか? 

柏市で高い放射線量が計測された場所があったと報道されている。セシウムの組成構成から、東電福島原発事故による汚染の可能性が高い、と。

側溝に穴が開いており、そこから雨水が漏れ出た可能性があるとのことだ。セシウムはカリウムに似た動態を示し、土壌にトラップされ、濃縮されたのだろう。

この報道を読みながら、人間の体でも同じことが起きるのではないかと想像した。カリウムと同じように動く放射性セシウムは、汚染食物とともに体内に取り込まれてから、筋肉等に一旦取り込まれる。その後、腎臓で濃縮され、尿中に排泄される、という経路をたどる。

東大の児玉教授が指摘している通り、尿路の上皮細胞にセシウムが取り込まれ、その悪性化に関与する可能性がある。尿路では、濃縮されたセシウムが、一定時間滞留する。尿路系上皮細胞に、セシウムが取り込まれるのは容易に想像できる。実際、文献を調べると、自然界の放射性セシウムが多い地域では、そこに住む人々の尿中から「異型性を示す」上皮細胞が多く見いだされていると報告されている。

いわば、人も放射性物質の濃縮フィルターであり、放射性物質をトラップするのが、尿路系細胞ではないか、ということだ。尿路系の悪性新生物の増加に関与する可能性がある。これが臨床的に問題になるのは、今後十年単位でのことになるだろう。忘れてはいけない。

食物の「暫定基準値」は、晩発性障害に対して安全を保障するものでは決してない。政府はそれを知るからこそ、「暫定」という呼称を付けているのだろう。特に、これから長い人生を生きなければならない小児には、できうる限り汚染されていない食物を与える必要がある。


以下、引用~~~

原発事故影響の可能性=側溝破損、雨水漏れか―千葉の高放射線量で調査・文科省

時事通信 10月23日(日)16時34分配信

 千葉県柏市根戸の市有地土壌で高放射線量が計測された問題で、文部科学省は23日、現地調査を実施した結果、計測場所脇の側溝のコンクリートが破損していたため雨水が漏れた可能性があるとして、東京電力福島第1原発事故の影響との見方を示した。
 調査に訪れた同省の中矢隆夫放射線規制室長は「検出された土壌の放射性セシウム134と137の比率から、原発事故との関連の可能性は高い」と指摘。地中から高い放射線量が検出された原因について「脇に深さ約30センチの側溝があり、破損していた。破損箇所から雨水が地中に入ったためではないか」と説明した。
 同省職員らはこの日、現場周辺の状況や空間放射線量を調査。地表で毎時14.6マイクロシーベルト、高さ1メートルの場所で同2マイクロシーベルトを検出したという。 

Don HC4/W4BWS 

金曜日ともなると、少しのんびりした気分になる。今朝、仕込んでおいた栗御飯で夕食をとり、早々に無線機の前に座った。7メガで2,3回CQを空ぶったあと、Don HC4/W4BWSから呼ばれた。真冬の静かさにはまだ至らず、多少の空電があるなか、それほど強くはないが、何とかコピーできる。のんびりしたハンドキーによる送信だ。

Donとは初めての交信だと思うが、何故にエクアドルにいるのか尋ねた。リタイアして、生活費が安いことと、あちらで薬をできるだけ用いない医療をすることだと言う。おぉ、同業者か・・・。ノイズのなかに時に埋もれながら、彼の履歴を伺った。NASAのエンジニアのパイオニアとして1960から70年代に仕事をし、その後医師になったらしい。スケールが違うが、私の歩んだ道と少しオーバーラップする。現在、72歳とのこと。ネット上に彼のbioがあるからというので、調べてみた。こちら

bioによると、1980年代から20年間ほど、医師としての仕事をした様子。途中で、聖職者の資格も取っている。自作の機械を作りたいのだが、あちらでは部品が入手できないらしい。普段はQRPらしいが、私の交信時には100Wの出力だった。あちらでは、ボランティアとして、貧しい人々のために医療活動を今も続けているらしい。エンジニア、医師そして聖職者、晩年を開発途上国でボランティアをしつつ過ごす。きっと思い通りの人生を歩んでこられたのだろうなと思う。医師になったのは40歳前後だろうから、努力家でもあるのだろう。

そして、あのハンドキーで延々と叩く情熱・・・脱帽だ。

またお目にかかりたい人物のお一人だ。

魚介類の放射性物質 

魚介類に含まれる放射性物質を、環境保護団体の一つが測定したという報道だ。

放射性セシウム88Bq/Kgが茨城県産ワカサギに検出されたらしい。これを高濃度とみるかは、判断が分かれるところだろう。

政府の示している暫定基準値の一桁少ない値であるから、問題はないだろう。また1Kgのワカサギを食べ続けることはないだろうから、大丈夫だ、というのも、一つの判断だ。

一方、食物暫定値が、内部被曝の晩発効果について根拠のないもので、安全限度としては、根拠が乏しいことは指摘すべきだろう。

食物の暫定暫定値が、5mSv/年という外部被ばくの基準の一つを援用して決められたことは、別なサイトの記述を引用してすでにここにもアップした。こちら

様々な食物を人は摂って生きてゆく。食べる食物に含まれる放射性物質の総量が、体内被曝を起こすのだ。個々の食物だけでなく、一人の人間が一定期間にどれだけ汚染された食物を摂るのか、注意深く観察する必要があるだろう。

魚介類については、海の生態系で放射性物質の濃縮が起きる。データの出所は忘れてしまったが、この1,2年でその過程が進むと言われていたように思う。だから、こうした計測は、今後も続ける必要が絶対必要だ。大型の魚介類では、これから放射性物質がより多く見いだされる可能性が高い。


以下、引用~~~

魚介類から微量セシウム

2011年10月20日(木)5時2分配信 共同通信


  環境保護団体グリーンピースが、大手スーパー5社の東北から関東の計17店で店頭の魚介類60点を購入して放射性物質の有無を調べた結果、半数以上の34点で微量の放射性セシウムが検出されたことが19日、同団体への取材で分かった。最大値は埼玉県内の店で売られていた茨城県産ワカサギの1キログラム当たり88ベクレルだった。いずれも国の暫定基準値の同500ベクレルを大幅に下回り、残り26点は不検出だった。


演奏会案内 木管室内楽 

オケの後輩の出演する演奏会の案内。今年は行けるかな・・・。


    ~~~~~

今月29日(土) 18時 開演

場所 松本市 ザ・ハーモニーホール

奏者 オーケストラ・アンサンブル金沢メンバー+臼田由香里

曲目 WAモーツァルト ピアノと管楽器のための五重奏曲 変ホ長調 KV452

   プーランク ピアノと管楽器のための六重奏曲 FP100 

   他 

臼田 演奏会2011・10-1

年金の粉飾決算 

年金受給開始年齢の引き上げを、厚生労働省が主張し始めている。

そもそも、彼らに年金を扱う、能力・資格があるのだろうか。年金を、財政投融資や、特殊法人への投資に回し、大きな焦げ付きを生じさせてきたのは彼らだ。また、2004年小泉政権当時、年金保険料の引き上げ、年金額の引き下げをする代わりに『100年安心プラン』を打ち出した。年金額が、現役世代の50%を下回らない、今後100年間は年金財政が破たんしないことを約束する内容だった。

2009年に定期的な年金制度の見直しが行われた。そこで、『100年安心プラン』は、着実に実行されているという結論を、厚生労働省は出した。これがトンデモナイ粉飾であることを、学習院大学経済学部教授の鈴木亘氏が、ちくま新書「年金は本当にもらえるのか?」で述べている。

鈴木氏によると、2009年の財政検証では、賃金上昇率が当年は0.1%、その翌年(2010年)には3.4%に急激に上昇すると仮定し、労働力率も大幅に改善、国民年金の未納率は4割から2割に驚異的な改善をすると仮定している。さらに、運用利回りを、2004年の3.2%を大きく上回る4.1%に想定している。これらの数値は、現状を全く反映していない。年金額が現役給与額の50%を下回らないようにするという「目的」から逆算されたものではないか、と鈴木氏は結論づけている。

何故行政による、こうした粉飾決算が可能になるのかと言えば、企業の監査法人にあたるチェック機関が存在しないことが原因であると、鈴木氏は述べている。たしかに、厚生労働省が、年金を集め、運用し、給付を行い、その上に、年金行政のチェックを自らが行う、現体制では、粉飾を行うのは容易なことだろう。本来は、政治がチェックを行うべきなのだろうが、これまで年金の運用等によって生まれる権益に政治家自身が与ってきたこと、さらに強大で強固な官僚組織にメスを入れるには、1年そこそこで交代する大臣はあまりに非力であったこと等で、チェック機構足りえなかったのだろう。

もうすぐ、年金の準備金も減少し始める。厚生労働省は、それが枯渇することはないと言っているが、それは大嘘だ。この準備金が枯渇しないうちに、年金制度の改革、それに年金の運用主体と別に、官僚以外からなる監査機構を作り出すことが急務のはずだ。現在も優位にある共済年金を、厚生年金や、国民年金と一本化すること、官僚の年金行政を監視し、年金財政の客観的な評価を行う第三者組織を作るべきだ。

医療社会福祉の切り下げ 

昨夜、Steve N6TTと久しぶりに交信した。家族のことなど様々なことを話したのだが、印象に残ったのは、ご両親が救急医療にかかった話。母上が82歳、父上はそれ以上なのだろ思う。母上の具合が悪くなり、近くの病院のERに駆け込んだ。でも、3時間半待たされても診てもらえそうになかったので、そこで診療を受けることを諦め、父上は、母上を80Kmはなれた別な病院に車で連れて行った、とのことだった。

米国の医療は、患者がとりわけ裕福でなければ、こうしたものだと言うことは知っていた。あの映画「シッコ」の世界だ。でも、身近な人物から、高齢者の救急医療の酷さを聞くと、改めて、米国流の医療の歪を身近に感じる。

以前から何度もここでアップしてきたが、少子高齢化の急激な進展と、小泉構造改革以来の「自己責任」の思想によって、わが国の医療も、米国化されつつある。在宅医療を進めるのが行政の基本方針だが、いよいよの最後の時になって、自宅で死を迎える、国民の意識と、家族の体制は整っているのだろうか。これまで年100万人前後が亡くなっていたものが、今後は160万人前後が死亡してゆくことになる。やはり、いよいよのときは、医療機関に駆け込むことになるのではないだろうか。しかし、医療機関にはそれを受ける人的・施設上の余裕はない。

医療を受けることなく、高齢者が自宅で死亡することが頻繁に起きるようになるのではないだろうか。県の医師会が、「死体検案」の講習会を開催するという連絡が、つい先日入っていた。こうした講習会は、これまで聞いたことがなかった。行政が、医療の関わらぬ自宅での死が多くなる事態を見越していることを思わせる。開業医を即席の司法医学者にしたてて、この事態を乗り切ろうということなのだろう。お粗末なことだ。

地域医療のさらなる窮乏化に繋がる具体的な事実がさらに二つある。一つは、TPPを批准する方向に向かっていることだ。TPPについては、以前にオーストラリアでどのような批判があるかを紹介したが、TPPを主導する米国は、グローバルスタンダードとして、医療の市場化をさらに求めてくるだろう。それは一部の財界の意向にも一致する。

さらに、最近、民主党は、懲りもせず、また事業仕分けを行なうと言明した。その対象は、原発と、医療社会福祉である由。重点が医療社会福祉に置かれるのは確実だ。厚生年金の受給年齢を68歳から70歳に引き上げる案が既に行政から出されている。また、行政は、医療機関受診時に定額を自己負担させる制度の導入も画策している。これは、医療費の公的部分を縮小することと、自費診療の更なる導入へのきっかけになることだろう。

社会のセーフティネットが、破壊された今の状況で、社会福祉医療の切り下げが進むと、出現するのは、社会の荒廃そのものだ。年金財政の逼迫を、国民を早く死亡するに任せることで緩和しようという、冗談のような考えが、行政のなかで真面目に議論されているのかもしれない。

Chaussonの室内楽 

Chaussonの傑作、バイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲。1楽章。

後半部分に出る旋律を聴くと、とろけそうな心地になる。部屋を暗くして、ワインでも傾けながら聴くと最高だ。

Franck、Faureのピアノ五重奏曲はもちろん、Vierneのピアノ五重奏曲も良いが、詩情があふれんばかりの音楽は、この曲だろう。





リタイアメント 

今朝、出勤前のわずかな時間28メガに出た。Steve W7QCが呼んできてくれた。28メガで会うのは恐らく初めて。元気そう。シアトルでは秋が深まっている様子だ。週末には、ローカルクラブのミーティングがあり、John W7FUがSDRについて講演するらしい。そういえば、JohnがSDRを操っているときに、21メガのSSBで交信したことがあると言うと、Steveは、T32CをSSBで呼んだら、マイクを握っていたのは、FOCのメンバーEI5DIだった、ちょっと可笑しかった、と言っていた(FOCメンバーは専らCWに出ると考えられているからだ・・・)。

リタイアまで時間が徐々に迫ってきた、仕事場で子供たちに接するときに、子供たちによって、自分が元気にされてきていたことを改めて感じていると、彼に話した。仕事場を離れるのが、辛いことになるだろう、と。Steveも、長年勤めた某巨大ソフトウエア会社を退職するときには、去りがたい気持ちがしたものだ、とのことだった。仕事場では、ハードな課題や、人間関係等々いろいろあったらしいが、仕事を辞めることは、ストレスであった、と。でも、辞めてしまえば、新しい生活が待っている、リタイアメントを楽しめるとのことだった。

定年で辞めるときに、人々は一体、どのような葛藤をかかえ、それをどのように乗り越えてゆくのだろうか。特に、特段定年の年齢が定められていない仕事の場合には、後々後悔する思いがやってくることはないのだろうか。人生の終焉のミニチュア版のような気がしないでもない。皆、この時期を流れに任せて、または自分を何とか納得させて乗り切ってゆくのだろう・・・か。

毎日外来でかわいい子供たちに接することが、ことのほか貴重なことに思えてきた。彼らによって、自分が生かされてきたという不思議な感覚だ・・・。最後までこころをこめて、彼らに接することができるように・・・。

Spotty Contamination 

東京や横浜で放射線量の高い地点や、プルトニウムの検出された箇所が見いだされ、論議を呼んでいる。東京都世田谷区で見いだされた高線量地点では、地面よりも空中1mの点で高線量が記録されている。

今回の原発事故以来、放射線量を詳細に測り汚染マップを作るように、識者は早い時期から発言し続けていたが、行政の動きはあまりに遅く、1か月以上たってからようやくその動きが本格化したと記憶している。行政の公開した汚染マップは、航空機で測定したデータをもとに作られたものだ。それも限定された地域であり、特に健康被害を及ぼす危険の高いプルトニウム・ストロンチウム等の核種の調査は原発周辺に限られている。

今回、世田谷区等で見いだされたホットスポットは、そうした測定から逃れたものだったのだろう。Annals fo the NY Academy of Scienceが一昨年に発行した、チェルノブイリ原発事故が人々と環境に及ぼした影響についての報告論文をネットで読むことができる。こちら

その報告によると(19、20ページ)、汚染は全世界、特に北半球に及んだが、個々の汚染は、極めて狭い面積に斑状に起きている。10m単位で、汚染の程度が大きく変化する、ということだ。航空機による計測では、この斑状の高線量汚染は捉えられない。また、多種類の核種が汚染を起こすことが分かっており、事故当初に高線量汚染を起こす核種には半減期が日の単位のものも多いようだ。すると、事故直後に計測をしないと、該当地域での総被曝量は判断できないことになるのではないだろうか。

この「細かい斑状の汚染」があることを考えると、農作物汚染を把握するために、かなりきめ細かく放射線量の測定を行うべきだろう。少なくとも、現在の測定は不十分だ。

菅前首相の証言では、原発事故が起きた直後に、東京まで避難区域を設定することまで考えたようだ。その際に、政府・行政が把握していた情報、その後の放射能汚染についてのすべての情報を、政府はすぐに公開すべきではないだろうか。この放射能汚染が、枝野前官房長官が繰り返していたように、「すぐには健康被害を生じる問題ではない」としても、今後長期に亘って慢性の問題を生じる可能性はある。そうした状況を見越して、政治・行政・電力会社の責任を逃れるために、現在、情報を隠ぺいすることは許されない。

追記;世田谷区の高線量の原因は、人為的な問題の可能性が高いようだが、斑状の汚染について大まかなところは、ここで記載した状況だと思えるので、特に訂正はしないで、このままアップしておく。

医療を利権の巣窟にするべきではない 

医療事故の原因の究明は、純粋に医学的な見地で行われ、その結果は医療事故の再発防止に向けてのみ用いられるべきである。それに、官僚や法曹、医療外の利権がからむべきでない。もしそうした利権が絡むと、医療を荒廃させる。リスクのある医療からは医療人は撤退するか、さもなければ、専門家としての倫理を見えぬところで蹂躙するような医療が行われる倫理的な荒廃が起きる。

特に、最近痛感するのは、行政が医療を支配下に置く、ないし医療を権益確保の場にしようとしているように思えることだ。前回の診療報酬改定の前後で、診療所スタッフも、年二回以上医療安全等の講習を受けることが義務付けられた。この講習で学ぶことは、知識としては意味があるかもしれないが、実際の診療には殆ど意味のないことばかりだ。この講習の講師は今のところ大学のスタッフ等が行っているが、この制度が順調に動き出したら、行政が絡んでくる可能性があるように思える。

医療事故調査委員会のプランにしても、また実際に動き出し巨額の内部留保を毎年生み出している産科医療補償制度を担当する、日本医療機能評価機構の事業も、同じ行政による医療支配の一環のように思える。医療事故調査については、弁護士達の狩場にされようとしている。医療裁判の米国化である。医療が、医療外の勢力が利権を渉猟する場にされ、荒廃させられようとしている。

この被害を受けるのは、今、医療界で中堅を担う若い医師たち、さらには医療を受けることになる国民である。


以下、MRICより引用~~~


「医療事故調査に関する検討委員会」答申に関するアンケート調査への回答私案

亀田総合病院 
小松秀樹

2011年10月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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私は、2006年に出版した『医療崩壊 立ち去り型サボタージュとは何か』(朝日新聞社)で、医療事故調査機構を提案した。その後、考え方を大きく変えた。最大のきっかけは、日本弁護士連合会が2007年3月16日に発表した「『無過失補償制度』の創設と基本的な枠組みに関する意見書」である。
この意見書は以下のような前提に基づいていると思われた。

1)大半の医療事故は適切な対策をとれば防止可能である。
2)したがって、医療事故は起きてはならないことであり、医療事故に際して医療提供者が最初にとるべき行動は自らの非を認めることである。
3)保険診療が、公共財として国民に広く医療を提供するためにいかに低廉な費用で運用されていようと、サービス料金を提供者が決められる業種と同様の制度と基準で賠償金を請求できる。
4)危機的状況にある医療制度の保全は、弁護士の活動とは無関係である。

これでは医療はやっていけない。その後の医療事故調をめぐる議論、新型インフルエンザ騒動などを経て、厚労省を含めて、人間の集団が、利害で動くことが良く分かった。
平成23年9月14日付で、日本医師会から、各都道府県医師会、各郡市医師会に、「『医療事故調査に関する検討委員会』答申に関するアンケート調査のお願い」が送られている。回答の私案を作成した。締め切りは10月15日である。日本の医療を左右しかねない大きな問題である。各郡市医師会会員の先生方には、本私案を熟読、ご批判いただき、同様の回答を日本医師会に送っていただければ幸いである。

◆設問1 「すべての医療機関に院内医療事故調査委員会を設置する」
 回答番号3.このしくみを進めるべきではない
【理由・コメント】
●院内医療事故調査委員会は診療所にとって危険
大病院が自身の医療水準を高めるために、院内医療事故調査委員会(以下、院内調査委員会)を設置するのは望ましいことである。
しかし、院内調査委員会は、これまでさまざまな二次紛争を引き起こしてきた(文献1)。院内調査委員会を運営するには、過去の紛争についての該博な知識と注意深さが必要である。小規模病院や診療所が、自力で院内調査委員会を設置するのは危険である。実際に診療所で院内調査委員会が必要になることはめったにない。院内調査委員会を設置するとすれば、常におっかなびっくりで運営されることになる。危ないからといって、自力でできないことを、外部の権威に委ねてしまうと破壊的なことが生じかねない。破壊的にならないまでも、診療所の立場は悪くならざるをえない。
医師会役員でも院内調査委員会の経験があるのは、先進的な大病院の関係者に限定される。多くの大学教授にとって、小規模病院や診療所は視野にない。要求水準を、診療所の実情に合わせる大人の能力が、大学教授にあるとは思えない。大学や大病院が診療所の行動の正しさを決めることになれば、診療所はやっていけないのではないか。

●院内医療事故調査委員会の二つの位置づけ
日本では、院内調査委員会の位置づけについて、大きく意見が分かれている。自律的で内向きのものとする意見と、対外対応のためのものとする意見である。自律的な委員会の理念は、「当該医療機関及びその医療従事者の医療事故や有害事象についての科学的認識をめぐる自律性の確立と機能の向上」(文献1)と表現される。医療問題で政府や日本医師会の委員を歴任している児玉安司弁護士は外部からの視点や社会への対応を重視する(文献2)。事実そのものを科学的に正確に記載することより、患者・家族への対応、民事の損害賠償への対応など、報告書のもたらす二次的意義が強調されている。

●東京女子医大事件
東京女子医大事件では、対外対応のために作成された院内調査委員会の報告書が刑事事件のきっかけになった(文献3,4,5)。このため、佐藤一樹医師が逮捕・起訴され、無罪が確定するまでに7年間刑事被告人の立場に置かれた。東京女子医大調査委員長は、法廷で調査は科学的ではなかったと認めた。調査は、科学的でなかったことに加えて、当事者の権利の侵害があった。当事者の意見を十分に聴取してその意見を反映させることなく、誤った認識に基づいて当事者の行為を過失と決め付けた。
児玉弁護士は、当時の東京女子医大の顧問弁護士として、この事件の処理に関わっていた

●「医療のプロセス」論
井上清成弁護士は、事前の説明、医療行為、事後の説明を全体として医療のプロセスに含めている(文献6)。患者・家族と医療提供者という私人間のプロセスである。院内調査委員会の認識は、事後の説明の補助として使うことができる。外部委員会の議論は、私人間の説明と納得に関しては、補助的意味しか持ちようがない。強制力を持てば私人間の問題ではなくなる。病院の説明に家族が納得しなくても、説明が継続される限り医療のプロセスである。仲介人が関わる場合は医療メディエーションとなる。私人間の納得のプロセスは多様である。権威を有する第三者が裁定し、判断が判例のように蓄積される構図は、納得のプロセスを狭める。医療の多様性を奪い、医学の進歩を阻害する
「説明することが信用できないと公然と意思表示する相手に対しては、納得の得られないことが客観的に明らかなのだから、もうこれ以上の説明は不能であろう。そこで、そのような確定的な不信の表明がなされた時点をもって、説明は終了せざるをえず、医療のプロセスも終了する。もちろん、説明の支援(手助け)である院内事故調査委員会も要らない。(文献6)」医療のプロセスが終了した後の対立の処理は、裁判所に持ち込まれる。民事裁判では二当事者対立構造がとられ、公平性を担保した徹底した争いが繰り広げられる。

文献
1 小松秀樹, 井上清成:?院内事故調査委員会?についての論点と考え方. 医学のあゆみ, 230,313-320, 2009.
2 児玉安司:医療事故の院内調査をめぐって. 胸部外科, 62, 145-148, 2009.
3 小松秀樹:東京女子医大院内事故調査委員会 医師と弁護士の責任を考える.  Vol.1 2010年4月26日, http://www.m3.com/iryoIshin/article/119297/
4 小松秀樹:東京女子医大院内事故調査委員会 医師と弁護士の責任を考える.  Vol.2, 2010年4月28日http://www.m3.com/iryoIshin/article/119298/
5 小松秀樹:東京女子医大院内事故調査委員会 医師と弁護士の責任を考える.  Vol.3, 2010年4月30日http://www.m3.com/iryoIshin/article/119299/
6 井上清成:日本医師会「医療事故調査制度の創設に向けた基本的提言」の改善点. 医療ガバナンス学会メールマガジン, Vol. 245, 2011年8月21日.
http://medg.jp/mt/2011/08/vol245-2.html#more

◆設問2「医療界、医学会が一体的に組織・運営する第三者機関による医療事故調査を行う」
回答番号3.この仕組みを進めるべきではない
【理由・コメント】
●医療行政
日本の医療行政は、遵守不可能な規則を設ける傾向が強い。通常は規則が破られても、多くは放置している。医療機関は常に何らかの違反をせざるをえない。行政は恣意的に医療機関を罰することができる。第三者機関による医療事故調査が行われると、予算と運営を行政が握る。結果として行政の権力が大きくなる
第三者機関の判断が判例のように蓄積されると、医療における正しさを固定して、医療の多様性と進歩を奪うことになる。国家が医療における正しさを決める状況で、国家に対するチェック・アンド・バランスが弱ければ、医療の進歩を阻害するだけではすまない。ナチ政権下でのドイツでは、国による大量殺戮が起きた。

●「公平性の担保された信頼関係の構造化」あるいは「対立関係の構造化」
「医療事故調査に関する検討委員会」答申の3ページに、「公平性の担保された形」で調査分析することや、「医療者・受療者間に信頼関係が構造化されていることが不可欠」であることが記載されている。たぶん、医療者ではなく、法律家が起草したものであろう。公平性が、医療者と受療者の利害の代弁者を等しく議論に参加させることを意味するとすれば、逆に対立が高まる。産科事故補償制度の原因分析委員会は対立関係が構造化されている。医療側弁護士、患者側弁護士が参加している。弁護士の任務は、依頼人のために戦うことである。議事録が日本医療機能評価機構のホームページに掲載されている。権限を持った議論の整理役がいない中で、殴り合いのような激しいやり取りがなされている。対立構造になるとすれば、裁判所以外では扱えない
患者側弁護士は、医療事故調査報告書にこだわる。作成過程に関与して、有利な内容にできるかもしれない。別の弁護士が、それを使って、民事訴訟を起こすことができる。紛争があれば、弁護士の仕事が増え、収入が増える。あらゆるところで、公平という文言のもとに、対立構造を作ろうとしているように見える。しかも、対立構造から生まれた文書に権威を持たせようとする。科学的真理は、対立構造となじまない。対立の中で生まれた文書は、科学とはかけ離れたものにならざるをえない
第三者機関は、権威のあるものではなく、相談程度の補助的役割に留めるべきである。様々な団体が、さまざまな機関を作ればよい。私人間の納得のプロセスの手助けである。納得は多様である。統一的な正しい方法を作ろうとすると、対立が持ち込まれ、害が大きくなる。

●モデル事業の評価
答申は「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」を有意義だったと評価し、モデル事業を引き継いだ一般社団法人日本医療安全調査機構を調査の担い手としてとりあげている。しかし、この検討委員会にモデル事業の関係者が複数参加している。手前みその評価ではないか。
以下、埼玉医科大学総合医療センター高度救命救急センター長である堤晴彦教授のモデル事業に対する評価を紹介する。

モデル事業はうまくいったと自己評価をしているが、我々、第三者はそう思っていない。モデル事業に関しては、患者側の満足度は、極めて低い。また、扱っている件数も、当初年間200件程度を予定していたが、年間20~30件がやっとという状況である。ちなみに、このモデル事業には、毎年1億7千万円ほど補助金を使っている。1件あたり、数百万かかっていることになる。そもそも、大々的な事故調査委員会などできる訳がない。それにもかかわらず、できるような幻想を与えている。あまりにも甘い自己評価に、唖然とする。その中の一部の医師は、事故調査委員会が出来た時には、自らそのポストに座ろうと意図しているように見える。5年間のモデル事業が終了し、延長となった。その補助金の受け皿として、内科学会や外科学会が中心となって、昨年4月に社団法人日本医療安全調査機構を設立した。ところが、その後、補助金が減額され資金がなくなったために、日本救急医学会にも社員として入れと言ってきている。呆れて物が言えない。モデル事業を推進してきた人達は、その発展型が、国が目指す医療事故調査委員会だと考えている。それは、幻想にすぎない。誰が調査をするのか? それだけの人数を確保できるのか?

◆設問3「医師法21条の改正を行う」
回答番号1.この改正を進めるべきである
【理由・コメント】
●医師法21条の廃止
医師法21条は「医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定している。1949年、厚生省医務局長通知で「死亡診断書は診療中の患者が死亡した場合に交付されるもの」であり、「死体検案書は、診療中の患者以外のものが死亡した場合にその死体を検案して交付されるもの」として、診療関連死は医師法21条の届出対象ではないと判断していた。
しかし、1999年の都立広尾病院事件とその報道を受けて、2000年、厚生省は、国立病院部政策医療課が作成したリスクマネージメントマニュアル作成指針に?医療過誤によって死亡又は傷害が発生した場合又はその疑いがある場合には、施設長は、速やかに所轄警察署に届出を行う」と記載し、医師法21条の解釈を変更した。
官僚によって、法律改正に等しい解釈変更が、通知やマニュアルで恣意的になされた。医師法21条については、文言の変更ではなく、廃止すべきだと考える。その上で、故意犯罪についての届出を罰則なしの義務とすべきである

◆設問4.「ADRの活用を推進する」
回答番号4.いずれでもない
【理由・コメント】
●ADRの限界
ADR(裁判外紛争解決)は、裁判の重い手続きに伴う過大なコストを下げることを目的とする。三つの類型がある。あっせんは、あっせん人が仲介者として当事者同士の話し合いを進めて解決を図る。調停は、調停人が提示した解決案を両者が受け入れることで、紛争を解決する。仲裁は、仲裁合意の上で仲裁案が提示される。仲裁合意があるので仲裁案を拒否できない。
債権をめぐる会社同士の争いでは、紛争が拡大すると双方の損失が大きくなる。解決は互いの利益になる。立場が入れ替わる可能性もあり、相手の立場が良く分かる。裁判に伴う各種コストを低減することが、双方のメリットになる。一方、医事紛争は感情的なもつれが大きく、泥沼の紛争になりやすい。この意味で、医事紛争でADRが果たす役割には限界がある
あっせんは有用かもしれない。医療のプロセスの延長とみなすことができるかもしれない。あっせんの中身は多様であってよい。権威が細部まで方法を規定するようなことになれば、害が大きくなる。
裁判に近い仲裁による解決は、医事紛争には向かない。

◆設問5.「患者救済制度を創設する」
回答番号4.患者救済制度を創設すべきではない
【理由・コメント】
無過失補償制度は、本来、過失の有無について議論することなく、一定の有害事象を迅速に救済するものである。
目的は、医療提供者と患者側の軋轢を軽減して、医療を保全することであろう。ちなみに、合衆国では医事紛争処理のためにかかる費用の軽減策として議論されてきた。

●産科医療補償制度の実像
日本の産科医療補償制度は、無過失補償制度ではない過失の有無についての議論を同時に行うことになっているからである。各種委員会が対立構造になっている。患者側弁護士は過失判定をさせようと努力し、医師や病院側弁護士はこれに抵抗する。第1回産科医療補償制度原因分析委員会http://www.sanka-hp.jcqhc.or.jp/pdf/bunseki_giji_01.pdf で報告書に記載すべき内容が議論された。内容の概要を示すが、実際には詳細を極める。

報告内容
1.報告書の位置づけ・目的
2.事例の概要
(分娩機関から提出されたすべての記録をもとに、以下の項目に関して整理する。)
1)妊産婦に関する基本情報
2)今回の妊娠経過
3)分娩のための入院時の状況
4)分娩経過
5)産じょく期の経過
6)新生児期の経過
7)診療体制に関する情報
(分娩機関から提出された、診療体制等に関する情報をもとに要点をまとめ記載する)
8)分娩機関から児・家族への説明
9)児・家族からの情報
3.脳性麻痺発症の原因
1)発症原因の考察
2)結論
4.診療経過に関する医学的評価
5.今後の産科医療向上のために検討すべき事項
1)診療行為について検討すべき事項
2)設備や診療体制について検討すべき事項

委員の一人は、以下のような懸念を表明した。
「こういう文言をずっと見ていると、助産所というのは実際に厳しくやっていくと、お産は非常に難しくなる」
私は、助産所のみならず、診療所でのお産も難しくなると危惧している。

●利権の可能性
別の問題もある。産科医療補償制度は毎年3百億円ほどの保険料を集めている。数十億円に上る事務費が計上されている。保険料の使途の詳細は報告されていない。利権の温床になっていることを想像させる
前述の堤晴彦教授も同様の危惧を伝えてきた。

------------直感として危ないと感じている。
「お金の集まるところには、利権が生じる」世界である。日本社会のこれまでの有り様から類推して、この制度を作ると、利潤を得る人達が出て来る。厚生労働省のねらいも、そのあたりではないか、と疑わざるをえない。

本来の無過失補償制度が本来の目的に沿って設計され、利権を排除した形で運営されるとすれば望ましいことである。しかし、現状はその環境が整っていない。補償と医療事故調査が一つの制度に組み込まれた産科医療補償制度について、行政の影響を排除した場で、詳細な検証がなされ、抜本的な改革がなされない限り、無過失補償制度についての議論は開始すべきではない。

近況 

先週末は、午前中怒涛の外来を終え、午後から近くのホールで音楽会に参加。様々な演目があり、演奏者の人となりも含めて、一つ一つに感興を覚えた。音楽そのものに対する感想とは少しずれた感想になるが、上手い下手を超えて、こころに訴えかける演奏が多かった。自分の演奏は・・・今回は、Youtubeに載せるレベルをと意気込んでいたが、かなりの失敗があり、持越し 苦笑。フォーレは、流れるように美しく弾くことが必要だが、あの転調の多さ、トリッキーなリズムにも悩まされる。これからも2,3楽章と練習してゆく積り。バイオリンのTさんと、ピアノのNさんの弾くフランクのソナタが圧巻だった。演奏で自己を主張するとはこういうことかと感じさせられた。

二次会では、同業の方々、それに音楽つながりで来て下さった方々と楽しく談笑。バッハのドッペル等を弾くつもりにしていたが、疲労でそこまでたどり着けず。遠くは北海道から、信州等々から来られた方々とお別れし、一路急患の待つ仕事場に。胃腸炎の比較的重い症例で点滴が必要だった。帰宅は、日が変わる頃。息子が戻ってきていたので、栗ごはんを仕込んでから寝た。

日曜日の朝は、21メガと28メガを行きつ戻りつしつつ、20局程度の局と交信した。北米全体が開けている。

フロリダのNorm W1MO、心房細動で近々ablationを受けるとのこと。心房細動でのablationは、聞いたことがなかったのだが、最近始められた治療で良い効果が得られるらしい。来春、退職予定であることを話し、北米を旅行してみたいと話したら、Orlandoで開かれるFOC Dinnerに来るようにとのこと。今年は12月初旬のようだ。

Dave K6XGとも会った。奥様がRevという称号を持っておられるので、聖職者なのか尋ねたら、その通りとのこと。特殊教育、音楽そしてキリスト教の学位を取っているとのこと・・・何年勉強していたのだろう・・・素晴らしい。北米旅行時には立ち寄るようにと再び招待してくださった。

Gary W5ZLは、少し前にここで写真入りで紹介した友人。進行性の大腸がんと闘病している。化学療法12コースのうち8コースを終え、原発巣にはかなりの効果が見られたが、骨転移には著変がないとのことだったので、双方が同じ腫瘍なのか、骨転移は別な腫瘍ではないのか、と申し上げた。近々、骨髄生検を行い、それで判明するだろう、とのことだった。今朝になって、良いニュースだと言って、CEAが低下傾向を示したことを知らせてきてくれた。奥様が無線に関心を示し、近いうちに試験を受けると仰っている由。

28メガのあの賑わいは、太陽黒点数が最大であることの証だ。オセアニアコンテストもあったが、バンドが広い分、ラグチューするのにも問題がなかった。

昨日朝も、急患対応のために仕事場に出かける前のわずかな時間を28メガ等で過ごした。北米全体が、わっと聞こえてくるのは壮観。

こうした長い休みではむしろ忙しくなる。これも今年までかと思いつつ、3日間を過ごした。

東電は一旦整理解体すべき 

昨年暮れから今年にかけて、東京電力の株価が少し下がった時期があった。前社長が、業務拡大のために増資をしたことが関係していた。株の売買はあまりしないのだが、東電の配当の高さを期待して、老後の生活のためにと、私にとってはかなり多額の投資を東電に行った。その後の、東電福島第一原発事故により、株価は1/10程度にまで下落した。あぁ、やっちゃったという思いはあったが、仕方のないことだと諦めている。

諦めずに、東電を今のまま再生させようという勢力が、政治経済の領域ではゴロゴロいるようだ。東電の経済・財務を検討する諮問委員会が出した報告では、東電にさらなるリストラを求める、となっている。1兆2千億円の東電のリストラ計画を、二倍にせよという内容だ。マスコミでは、この点を大きく報道して、この委員会の報告の正当性を強調している。

しかし、専門家によると、この委員会では、4兆5千億円と見積もられている東電の賠償費用を、すべて支援機構という公的機関に肩代わりしてもらうことにしている、らしい。きっと、電力料金の値上げも、それに加えられるのだろう。要するに、すべて国民への負担とするということだ。東電の事故対応の負担は、限りなく軽減されることになる。上記リストラは、東電の経営体質を単に改善することにだけ寄与することになる。これだけの事故を引き起こした責任は皆無という、同委員会の認識だ。

こうしたスキームが組まれる背景には、「予期せぬ」重大な原発事故には、電力業者ではなく、政府がその賠償費用を賄うという法律があるのだろう。でも、本当に予期せぬ事故だったのか、原発の耐用年数、事故への備え、さらに実際に自然災害が起きたあとでの対応等に、東電には責任がないのか、という検証をすべきではないのか。それらの点で責任がないとは到底思えない。

はっきり言えば、こうした原発事故を起こしたら、電力業者は潰れるということにしないと、電力会社の経営陣・ステークスホルダーが脱原発を志向しない。マスコミが、不適切な委員会報告を称賛して報道する背景には、マスコミにとっても脱原発の方向に社会が動くことが不利益になるというマスコミの判断があるのではないだろうか。

東電は一旦潰し、解体すべきだ。小さな株主としても、自らの株を投げ捨てでも、そのように思う。

ストレステストは、国民の安心を得るため、だそうだ・・・ 

原発を推進、ないし推進を黙認し、ついには東電福島第一原発事故を発生させた張本人が、原子力委員会であり、原子力安全保安員である。

彼らが、原発のストレステストを企画立案し、その結果を評価するという。茶番ではないか。

このストレステストは、国民の安心のために施行するという言葉が、当局の人間の言葉だとすると、本心を素直に表している。ストレステストは、本当の安全のためではなく、国民に原発が「安心できる」と思わせるための机上の検査なのだ。

それを、当該自治体が重視しないのは当然のことだ。当局は、事態を深刻に受け止めていない。国民は、当局に静かな怒りを向ける必要がある。


以下、NHKニュースより引用~~~

ストレステスト 重視自治体は少数
10月10日 4時1分
国内の原子力発電所の80%以上が停止するなか、NHKが地元自治体に、運転の再開を判断するにあたって重視することを尋ねたところ、「地元の理解」という回答が最も多く、半数余りを占めました。一方で、国が地元の安心につなげようと新たに導入した「ストレステスト」は少数にとどまり、「ストレステスト」が自治体の判断で重視されていない実態が明らかになりました。

NHKでは、原発の地元の道と県、それに市町村のうち、福島県内を除く29の自治体に、先月下旬、アンケート調査を行い、すべてから回答を得ました。まず、定期検査で停止中の原発の運転再開の前提となっている「ストレステスト」を国が導入したことについて尋ねたところ、▽「評価する」「どちらかといえば評価する」と答えたのは合わせて41%に上り、▽「評価しない」「どちらかといえば評価しない」と答えたのは合わせて14%、▽「どちらともいえない」が45%でした。しかし、評価するとした自治体からも、「説明もなく唐突に導入が公表された」「中身がよくわからない」といった、国の説明不足を指摘する意見が多く寄せられました。また運転再開を判断するにあたって特に重視したいことを、複数回答で尋ねたところ、▽「地元の理解」が最も多く59%、▽「国による説明」が45%となった一方で、▽「ストレステストの結果」は17%にとどまりました。「ストレステスト」は、福島第一原発の事故のあと、定期検査などで停止している原発の運転再開のめどが立たないことから、国が地元の安心につなげようと、7月に導入しましたが、自治体の運転再開の判断で重視されていない実態が明らかになりました。国の原子力安全・保安院の森山善範原子力災害対策監は、「テストの審査の過程をオープンにしたうえで、地元の人たちに理解してもらえるよう説明したい」と話しています。

除染に対する疑問 

福島県の放射能汚染がひどい地域では、除染作業が進められている。放射能被曝が住民、ことに年幼児・妊婦に与える長期的な悪影響を考えると、生きてゆく場所を確保するために必須の作業なのだろう。除染活動にボランティアとして関わり、作業をなさっている方々には敬意を表したい。国や地方自治体も除染活動を行い始めている。その費用総額は、1兆数千億円の規模になるらしい。

しかし、現在行われている除染に疑問符を突きつける報告がなされている。こちら。現在の除染作業では、除染効果が十分得られていないということと、本格的な除染を行うためには、コンクリート・ブロックの撤去等町そのものを大々的に改造するほどの大規模な作業を行わなければならない、という内容だ。もしこのレベルの除染を行うとなると、予算規模はきっと数倍以上に膨らむはずだ。町のインフラを新たに作り直すことが必要ということに等しいのだ。

もう一つ、疑問に思うのは、除染によって生じた汚染物質の処理だ。基本的に汚染地区で維持保管することになっているらしい。数十年ないし100年のオーダーの期間、二次汚染をきたすことなく、維持保管することができるのだろうか。

除染をなさっている方々にただ異論・非難を唱えようという意図ではない。除染の困難さを我々もともに受け止めなければならない。原発事故で生じた災害は、原発の電力を用いてきた我々全体で受け止めるべきだ。原発がこのような住空間否我々の存在そのものを脅かす、極めて不完全な技術による、危険極まりない施設であることを改めてこころに刻みつける必要がある。


産科医が自分で自分の首を絞めているような・・・ 

産科医療補償制度を担当する日本医療機能評価機構は、同制度により莫大な内部留保を貯めつつある。

一方、同機構が行っていることと言えば、対象となる脳性まひの範囲を狭めた上、書類審査だけで脳性まひの成因を公表すること。脳性まひの多くは、胎内で生じるというのが新生児病学の最新の知見だが、同機構は、脳性まひの成因を分娩時の問題に帰着させているようだ。

原因が複数あり、まだよくわからぬ側面のある疾患の個々の成因を議論するならば、多角的に、かつ医療資源等も考慮して行うべきだろう。それなしに、成因を一面的かつ一方的に決めつけられたら、医療現場としては困惑するのみなのではないだうか。特に、この脳性まひの成因のように医療訴訟に直接結びつく情報を、一面的で表面的な分析から公表されるのは、産科医を追いやることになる。

官僚や学会・医師会の幹部が天下っている、このような組織に、善意からせっせと上納金を納めている構図は、自分で自分の首を絞めていることに等しいのではないだろうか・・・。


以下、MRICより引用~~~

産科事故の一般公開は継続すべきなのか

この原稿は月刊『集中』2011年10月号「経営に活かす法律の知恵袋」連載第26回に掲載されたもので
す。

井上弁護士事務所 弁護士
井上 清成

2011年10月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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1.壮大な実験―産科事故の一般公開
現在、日本産婦人科医会が主導して、壮大な実験とも表すべき試みが開始されている。もし、この実験が成功したと評価されるならば、産科事故に限らず他の診療科にも同様の制度が導入されるであろう。しかし、もしこの実験が失敗だと評価されるならば、産科医療の萎縮もしくは崩壊がさらに進みかねない。大きなリスクを抱えた賭けとも言えよう。筆者が「壮大な実験」と表現するゆえんである。
その壮大な実験とは、一口に言えば、「産科事故の一般公開」とでも評し得る試みにほかならない。
目に付いただけでも3つはあった。
妊産婦死亡事例の厚労省研究班の調査発表、産科医療補償制度での原因分析報告書の公表、同じく産科医療補償制度での再発防止報告書の公表の3 つである。

2.妊産婦死亡事例の厚労省研究班の調査発表
「妊産婦10人救命可能性/昨年出産時出血死16人分析/厚労省研究班」という大見出しの記事が、8月221日付読売新聞に載った。「昨年1 年間に全国で出産時の大量出血で死亡した妊産婦は16人おり、うち10人は、輸血などの処置が適切だったならば救命できた可能性が高いことが、厚生労働省研究班の調査でわかった」そうである。結論として、「研究班は、体内での出血の進行の見落としや、輸血製剤の不備などで、治療が手遅れになったと分析している」らしく、新聞記事ではさらにそれらの詳細が述べられていた。どうしてこのような研究成果を挙げられたのかというと、「研究班は、日本産婦人科医会の協力で、全国約1万5000人の産婦人科医からカルテなどの提供を受け、死因や診療内容の妥当性を分析」できたからであるらしい。

3.原因分析報告書の公表
産科医療補償制度とは、重度脳性まひ児・家族への3000万円の無過失補償と、補償事例の原因分析委員会による原因分析報告、再発防止委員会による再発防止策提言、調整委員会による重過失事案の損害賠償調整とを一体として組み合わせた制度である。分娩機関である病院・診療所・助産所の合計3336機関のうち、99.8%にあたる3328機関が加入しているという。日本医療機能評価機構とリンクし、日本産婦人科医会が主導して創設した制度である。制度がスタートして約2年半がたつ。

この制度の最も先進的なところは、原因分析委員会による原因分析の試みである。批判も多いところではあるが、先駆的な試みとして高い評価に値すると思う。しかし、透明性が高過ぎる点は、懸念材料としか評しようがない。

つまり、原因分析委員会の調査・分析・作成した原因分析報告書は、その症例の児・家族にダイレクトに渡されて、家族からの疑義・質問にも答える。もちろん当該分娩機関にも送付されるが、報告書の要約版はホームページで公表されてしまう。さらには、要約版ならぬ全文版は、学術的研究、公共的利用、医療安全の資料のため請求者に開示される。医療事故を事件として取り扱っている弁護士らも、開示請求するであろう。原因分析報告書は、児・家族はもちろんのこと、一般国民にもオープンにされているのである。

なお、原因分析報告書では、「当該分娩機関における診療行為について検討すべき事項」が厳しく指摘されてしまう。たとえば、「子宮収縮剤の投与量については、日本産科婦人科学会および日本産婦人科医会によって取りまとめられた『子宮収縮薬による陣痛誘発・陣痛促進に際しての留意点』の基準に準拠して行われるべきである」とか、「本事例は出生後に臍帯動脈血の血液ガス分析がなされていない」などと断定される。弁護士も含む一般国民としては、それが直ちに「過誤」「過失」を意味するものと捉えてしまう向きもあろう。

4.再発防止報告書の公表
原因分析委員会に引き続き、次は再発防止委員会が「再発防止に関する報告書」を作成し公表する。
再発防止策等の提言を、国民・分娩機関・関係学会・行政機関などに提供するというコンセプトらしい。ホームページで公表し、報告書を配布する。

日本医療機能評価機構は、8月22日に初めて、第1回目の再発防止報告書を公表した。8月23日付共同通信によれば、「学会の指針を逸脱した陣痛促進剤の過剰投与や心肺蘇生処置が不十分だった例が相次いでいたとして、関係学会や医療機関に注意喚起した」らしい。「陣痛促進剤を使用したのは15件中6件で、投与の量が日本産科婦人科学会が定めた指針より多かったり、投与の間隔が短かったりした」とか、「新生児の蘇生では『蘇生方法が不十分』『必要な器具や酸素が常備されていない』『蘇生できる医療関係者が不在』など7件で問題があった」とか、「胎児の異変を察知する心拍数モニタリングが十分でなかった例も8件あった」などと公表した模様である。

5.一般公開の位置付け
これらの調査発表や報告書公表は、産科医療の信頼を回復することを目指し、透明性を確保しようとの目標を設定したために、実施されたものであろう。そして、その位置付けは、たとえば再発防止報告書の末尾に注書きしてあるとおり、「本報告書は、利用される方々が、個々の責任に基づき、自由な意思・判断・選択により利用されるべきものであります。そのため、当機構(筆者注・日本医療機能評価機構のこと)は利用者が本報告の内容を用いて行う一切の行為について何ら責任を負うものではないと同時に、医療従事者の裁量を制限したり、医療従事者に義務や責任を課したりするものでもありません。」と考えているらしい。

しかし、弁護士を含む一般国民は、必ずしも日本産婦人科医会や日本医療機能評価機構の意図したとおりに受け取るとは限らないであろう。これらの一般公開が、直ちに公的な権威を伴った過失の認定と捉えてしまうかも知れない。訴訟や紛争を誘発する恐れが拭い去れないと思う。さらに、これらの一般公開には、医師のための法的安全弁は何ら備えられていない。そう考えるならば、産科事故のこれほどまでの一般公開については、現時点で改めて、加入しているすべての産科医が再認識すべきであろう。そして、このまま継続すべきなのかどうかを再検討することが望まれる。

福島県では、原発関連の個別研究が許されない 

ネットで得られる情報は、信頼性の高いものとそうでないものがある。ここで引用したものは、福島県立医大で原発事故についての個別研究が行えない状況になっているという情報と一致し、信頼性の高い情報と思われる・・・。

震災が起きた当初、様々な組織が被災地に入り、調査研究活動を行い、それが被災者にとって負担になったということは報じられていた。被災者救援を第一に考えない研究活動に対して、配慮を要請した厚労省の通達が、上段に掲げたもの。この内容は、支持できるものだ。

それを受けての、福島県立医大の学長通達が下段。上記を受けて、福島県の意向として、長期的かつ統一的な対応が必要であり、個別の調査研究は控えるように、というように厚労省の通達をパラフレーズしている。要するに、福島県が調査研究を掌握し、実行するから、個別の研究は行ってはならない(少なくとも、発表してはならない)という内容だ。

被災者の方々に負担になるような調査研究は避けなければならないのは当然のことだが、県が主体となって調査研究を進める、個別の調査研究は行ってはならないという発想には大いに違和感を感じる。医学的な調査研究を、地方自治体が推し進めるということの不自然さは、誰でも感じるはずだ。そこで行われるのは、行政的な「判断」から調査研究を選択することで、行政の「意向」をそこに反映させることなのではないだろうか。調査研究は、科学的な真実を追究するために行われるべきで、いかなる勢力の意向であれ、真実以外の要素が結果に反映されるべきではない。

福島県立医大も、福島県には逆らいがたいのかもしれないが、学問の自立・自由を守る気概を少しは示してほしいものだ。


以下、ネット情報の引用~~~

【厚労省から研究機関への通達】

事務連絡
平成23年5月16日

関係試験研究機関
大学等 御中
関係学協会

文部科学省研究振興局ライフサイエンス課
厚生労働省大臣官房厚生科学課

被災地で実施される調査・研究について

今般の東日本大震災による被災地域において、被災者に対する様々な健康調査・研究が実施されているが、これらの健康調査・研究の中には、倫理的配慮を欠き、被災者にとって 大きな負担となっているもの自治体との調整が十分図られていないもの等が見受けられ、関係学会等からも問題提起がなされているところである。
ついては、被災地における被災者を対象とした健康調査・研究を実施する場合には、下記について遵守されるよう留意されたい。



1「疫学研究に関する倫理指針(以下、疫学指針)」が適用される疫学研究を実施する場合等においては、疫学指針等にのっとり、当該研究計画について、倫理審査委員会の審査 を受け、研究機関の長による許可を得るなど、適切な対応を行うこと。
2 被災者を対象とする調査・研究は、当該被災地の自治体と十分調整した上で実施すること。また、調査・研究の結果、必要と考えられる被災者には、適切な保健医療福祉サービス が提供される体制を整備する等配慮すること。
3 対象となる被災者に過度な負担とならないよう、対象地域において行われる調査・研究の状況を十分把握した上で、重複を避け、必要以上に詳細な調査・研究が行われることのな いように配慮すること。

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【福島県立医大学長から、学内所属長への通達】


平成23年5月26日

各所属長様

学長

東日本大震災による被災者を対象とする調査・研究について

今般の東日本大震災による被災者を対象とする健康調査・研究の実施に関し、別添のとおり、文部科学省及び厚生労働省より、被災者に対する倫理的配慮や自治体との調整、対象 となる被災者に対し過度な負担とならないよう他の調査・研究との重複を避け、必要以上に詳細な調査・研究を行わないこと等を求める通知が出されております。
なお、福島県より、被災者を対象とする調査・研究については、長期的・統一的な対応が必要であることから、個別の調査・研究は出来る限り控えてほしい旨の意向が示されてお ります。
つきましては、国からの通知並びに県の意向を踏まえ、 被災者を対象とする個別の調査・研究については差し控えられるよう、貴所属職員に対して周知徹底をお願いします。

インフルエンザB型流行開始 

今日、日中に校医をしている小学校の教頭先生から電話があり、インフルエンザB型の児童が出た由。

インフルエンザの先駆けとしては結構早いと思ったが、B型という話にも驚いた。B型は通常A型の流行が下火になる2月から春先にかけての流行が定番だからだ。でも、B型は、年中くすぶっているだけなのかもしれない。

午後、一人吐き気を主訴とする小学生が来院。そのインフルエンザB型患者の出た学校の生徒だった。念のため迅速診断キットで調べたら、B型だった。メーリングリストに流れる全国の流行状況でも、まだ余り出ていなかったので、かなり早い時期の流行ということになるのだろうか。

B型の場合、アスピリンを服用すると、ライ症候群の危険性が高まる(という総説を、20数年前に書いた記憶がある。)解熱剤の投与は、避けた方が良い。予防接種も早めに済ますことが必要だろう。具合悪くなったら、外出を控えること。解熱後2日間は自宅にいること。いよいよインフルエンザシーズン突入だ。

Jerry K4JKLご一家 

Jerry K4JKLのことは、こちらで記した。

その後も、1,2か月おきにお目にかかっている。私のリタイア予定のことを告げて、その内チェリストである奥様Kathyのレッスンを受けに行こうかと思っていると冗談半分で言ったら、是非に遊びに来るように、とのお返事。チェロも二台あるから、と。

ご家族の近影を送って下さった。ブログでの公開許可を頂いたので・・・

Jerry;

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Kathy;

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Lori;

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三名ともにプロとしての演奏活動や、教育活動をなさっているようだ。特に、お嬢様のLoriは、CDも何枚か出している様子。Loriのサイトは、こちら

最新盤をネットで1枚注文したら、ご両親の演奏のCDも含めて、3枚送って下さった。オリジナルの聴きやすい曲が主体だが、あたたかでこころ慰められる演奏だ。

何時、Kathyのレッスンを受けに行くことができるか・・・。

金融恐慌 

米国、ニューヨークの金融の中心地ウォール街で、デモが行われているという報道が目を引いた。デモ参加者の声までは聞こえてこないが、金融の中心地で行われたということから、現在の金融機関・政府の金融政策へのプロテストであることは容易に想像がつく。

米国では、現在、経済の周期的な停滞とともに、金融の恐慌状態にある。とくに、後者は深刻のようだ。金融工学を用いたデりバティブ商品が金融機関同士の間で売買され、大きなレヴァレッジをかけて巨大な利益をヘッジファンドや、銀行関連企業にもたらしてきた。この影の銀行ともいえるシステムは、銀行決算から外れ、政府の統制から逃れていた。サブプライムローンが破たんすると、それを債権化していた商品が不良債権化した。問題は、債権が繰り返し細分され、別な債権に組み入れられたことにより、この不良債権の額と、存在がよく分からないことだ。

その結果、金融機関は、信用不安を起こし、金融システムが作動しなくなっている、ということのようだ。米政府は、巨額の資金を、経営不安に陥った企業に注入しているが、金融システム自体が作動していないので、それにより問題は解決していない。むしろ、金融界と米政府が、ずぶずぶの関係にあり、金融界のモラルハザードを起こしていると言われている。米政府は、他国には、グローバルスタンダードを導入させてきた。それにより、日本では、格差の拡大と、銀行の機能不全が起き、長期に続く不況を悪化させている。米国では、上記の「影の銀行」は、グローバルスタンダードの適用を逃れていた。明らかなダブルスタンダードである。

この深刻な金融恐慌は、いつどのようにして解決するのだろうか。米国流の市場原理主義は、歴史的に過去のものになりつつある。金融恐慌とバブルが、繰り返す循環から脱する、新たなパラダイムの構築は何時なされるのだろうか。

これからリタイア生活に入ろうとする者にとっては、この問題は大きな問題なのだ。

福島から医師がいなくなる? 

南相馬市は、警戒区域、ないし緊急時避難準備区域に指定され、住民の4割が避難し、小学生は2/3が市外に出てしまっているようだ。南相馬市だけでなく、浜通りと言われる、太平洋岸の地域の医療機関は、大きな打撃を受けている。医療が成立し難くなっている。そこから医師が退去するのは、当然のことであって、非難される筋合いはない。

読売新聞は、南相馬市や、いわき市等の浜通りの医療機関の被害が大きいことを知りつつ、医師が、そこから退避していることを、非難する文面の記事を掲載した。医師は、地元出身者であることが少なく、仕事が成立しないとなれば、当該地域から動くことは当然のことだ。このような数字だけで医師が動いた事実だけを報じるのではなく、浜通りの医療が如何に厳しい状況にあるのか、成立し難い状況にあるのかを報じるべきなのだ。

読売新聞は、原発再稼動を社是としているようだ。

読売新聞が福島の医療事情に関心があるならば、同社の医療情報部を浜通りの何処かに移転したら如何なものだろうか。そうすれば、こんな無責任で意味のない記事を載せることはなくなるだろう。


以下、引用~~~


福島の医師、12%が自主退職…原発から避難
11/09/28
記事:読売新聞

 東京電力福島第一原発事故後、福島県内の24病院で常勤医師の12%に当たる125人が自主退職していたことが、県病院協会の調べでわかった。

 原発事故からの避難などのためとみられ、看護師の退職者も5%に当たる407人(42病院)に上った。県内の病院では一部の診療科や夜間救急の休止などの影響が出ている。

 調査は7月下旬、県内の医師らの勤務状況を調べるため、全139病院のうち、同協会に加盟する127病院を対象に実施。54病院から回答を得た。

 主な市町村で、原発事故前の医師数に占める退職者の割合が高いのは、南相馬市の4病院で46%(13人、警戒区域の1病院1人を含む)、いわき市の5病院で23%(31人)、福島市の6病院で9%(41人)、郡山市の4病院で8%(25人)。

 看護師では、南相馬市の4病院で16%(44人、警戒区域の1病院2人を含む)、いわき市の7病院で8%(113人)、福島市の9病院と郡山市の6病院は4%でそれぞれ68人、54人減少した。