週末の夕食 その30 

姉が送ってくれた生牡蠣をつかった、牡蠣雑炊。娘が、「海の牛乳だっ・・・」とのたもうた。上品でコクのある雑炊だ。

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レシピはこちら

山中伸弥教授が研究のために募金を募っている 

IPS細胞の研究で世界のトップを走り、ノーベル賞の候補にもなっている、京大教授山中伸弥氏が、研究のための資金(実際は、研究者の人件費らしい)を、ネット上で募っている。こちら


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でもねぇ・・・ノーベル賞級の研究者が、こうして募金を募らなきゃいけないなんて、日本という国の行く末が見えてくるような気がする。

殆ど社会に貢献することのない、日本医療機能評価機構という天下り団体には、毎年数十億円以上が溜り続けている。その金は、おそらく天下り官僚の給与や退職金に充てられるのだろう。官僚のためのリゾート施設に化けるのかもしれない・・・。

が、こうして実務で業績を上げ、社会に貢献している人のところに、国と行政は、金を出さないのだ。

国家として終わっている・・・。

住民への対応の違い・・・ 

原発事故直後、食料も医薬品も入らなくなった相馬市で、「こめと梅干があれば生き延びられる」と発言し、市役所に「籠城」された相馬市、立谷秀清市長。彼の最近のメルマガでの発言だ。

彼のような行政のトップであれば、信頼を置いて、任せられる。事故直後、政府当局は情報を隠ぺいし、一部の住民を被曝させた。また、相馬市のように比較的被曝の少ない地域では、政府による同心円状の避難指示のため物資流通が止まった。こうした政府・国の行政当局と、相馬市、相馬市長の住民への対応は、方向性がまるで違う。

立谷市長は、医師であるという。同業の者として、立谷市長を誇りに思う。


以下、MRICより引用~~~


私の書き下ろしエッセー「相馬市の子どもたちを放射能から守るために」

この記事は相馬市長立谷秀清メールマガジン 2012/02/23号 No.264より転載です。

福島県相馬市長
立谷 秀清

2012年2月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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●相馬市の子どもたちを放射能から守るために
震災、原発事故からもうすぐ一年になろうとしているが、ハードの上での復興は果たせても、長期に亘って徹底した対策が必要な課題は子どもたちへの放射能問題である。

まず、放射性物質拡散直後の放射性ヨードの問題。これは半減期8日ときわめて足が速いので、今の段階ではどのくらい被ばくしていたかを調査することは不可能である。チェルノブイリとはちがって、海洋国家の日本では栄養的にヨード不足は考えにくいという学者もいるが、こればかりは甲状腺がんの検査体制を整えて、発症していないということを毎年実証して行かなければ解決しない。常識的には3~4年後あたりから毎年、子どもたち全員に超音波検査を実行する必要がある。気の遠くなるような話だが、検査体制づくりには今年から着手したいと考えている。

次に内部被ばく問題。南相馬市のホールボディカウンターの多くの検査結果および相馬市のサンプル検査から、震災直後の内部被ばくは量的には小さかったということが分かった。セシウム137の生物学的な半減期により算出される預託実効線量からは、少なくても不安神経症に駆られるような数値ではないと考えられる。この点は放射性物質を浴びた牛乳や野菜果物に、いち早く出荷制限(スーパーなど流通過程)をかけた県の対応が効奏した。しかし、学校での給食調達食材が、どのようなチェックを受けてきたのか不安だというご父兄もいるので、先月より給食の食材をまとめて市役所のシンチレーションカウンターで調べ始めた。さいわい全ての給食が検出限界値以下だったが、今月からは市内の全小中学校に導入し、給食を作る前に食材の全例を検査している。また、公民館にも配備して地区住民が摂食する食材を、それぞれのご希望により計測している。この問題については、震災直後からしばらくたって、気持ちが緩んだ時にこそチェックが必要なので(現在は住民の方々の不安対策の意味もあるが)市としては5年とか10年とかの長いスパンで調査と注意喚起をしていきたいと思っている。

外部被ばくについては何処をどのように除染するかを決め、また効果をその都度検証して方法論を改善しながら進めなければならない。一般生活領域の空間線量検査は1キロ、場所によっては10メートルのメッシュ検査を行った上で、我々は子どもたちの通う小中学校については一校当たり50か所の詳細調査を月2回ずつ行ってきた。その都度対策を講じてきたが、問題はセシウム汚染土の仮置き場だった。一般ごみの焼却灰の処理も含めて、仮置き場確保は重大問題だったが、相馬共同火力発電所の協力を頂いて、石炭灰の産業廃棄物処分場の一部を仮置き場に使わせてもらうことが出来るので、除染計画を躊躇することなく進められる。現在、搬入に向けて工事中である。
外部被ばく回避のためには、高線量地区の空間線量の低減が基本方針だが、肝心なことは、その結果子どもたちがどの程度被ばくしているかを検出し、適切な対応を速やかにとっていくことである。当該家庭には丁寧に説明しながら、除染も実測値に基づいて優先順位をつけて、実効性のある作業をして行かなければならない。またここで言う適切には、過剰に心配して副次的な健康障害をもたらさないことも含まれる。

相馬市の中学生以下の子どもたち4000人を対象に、10月から12月まで測定したガラスバッチの結果(年間換算)が出たので、個人個人に通知し、相対的に高い子どもたちの家庭や生活環境に対しては優先的に除染を行うことにした。さいわい5ミリシーベルト(以下シーベルトを略)を超えるケースはなかったので、今すぐに健康に被害をもたらすレベルの子どもはいない。しかし、子どもの場合政府が決めた一般的な数値、すなわち年間20ミリ以下なら安全とはとても思えないので、さらに安全値を下げて対策を講じなくてはならない。文部科学省では学校での外部被ばく総量を年間1ミリ以下にするという目安を発表したが、これはあくまで学校の滞在時間での被ばくの議論であり、ガラスバッジのような子どもたちの全生活についての基準ではない。また地域全体の除染は年間線量1ミリ以下を目指すとしているが、子どもたちが実際にどのくらい被ばくしているのかが問題なのだから、除染と対策を進める上では、実際の子どもたちの被ばく線量を示すガラスバッジの数値は非常に説得力がある。相馬市では被験者数4010人のうち、年間2ミリ以上が33人いた。学校生活での被ばくの限界線量が1ミリであるということを踏まえると、全生活では2ミリを一つの目安にすれば安全に近づくと考えたが、ぎりぎり危険値を大きくとって1.6ミリ以上は経過観察対象としたいと考えている。このグループに属するご家族の生活領域全般が、除染の最優先実行先である。線量の高い場所を遊び場にしているとしたら、行動範囲も含めた生活指導も必要となるが、線量値の説明も含めて、これらは個別面談説明形式で行いたい。除染などの対策を行った上で、再調査をしながらメンタルなケアを含めて徹底的なフォロー体制をとりたいと思っている。

当然ホールボディカウンターでの調査も併せて施行していく必要がある。ホールボディカウンターは5月に一台入荷してくるが、公立相馬病院が外来棟建て替えを前にして手が回らないというので、相馬中央病院の医師たちに依頼した。35平米のスペースを提供してくれるので、東大物理学教室、医科学研究所の両教授を含めた放射線対策専門部会と連携のうえ進めたい。

東電福島第一原発事故の教訓 

原発事故のような大きな問題で、「こうすればとか、こうだったら」という仮定を過去に置いてみても、問題は何も解決しない。

が、全電源喪失にならぬための対策を、東電が福島第一原発に施していたら、と考えることは、その他の原発の過酷事故を未然に防ぐ、またはそれによる被害を最小限に食い止めるために、必要なことだろう。

東海原発は、危機一髪で全電源喪失に陥らずに済んだ。ここが福島第一と同じ事態になっていたら、東京も確実に汚染され、国の機能が失われた。関東平野全域が、避難地域になっていたことだろう。

東電福島第一原発では、地震後一応動作が停止したことや、当初風が海側に吹いていたこと等が、被害を相対的に小さくした(と言っても、何万人の方々が故郷を失う事態になっているわけだが)。これが、中性子脆化による爆発等運転最中の事故であったら、被害はより甚大になった。

東電福島第一原発事故の教訓は、あまりに重い。が、そこから学ばなければならない。


以下、引用~~~


昨年3月11日の東日本大震災による津波に襲われた日本原子力発電東海第二発電所(茨城県東海村)の非常用電源を瀬戸際で守ったのは、震災の2日前に完了した防水工事だっ たことが13日わかった。

これで、メルトダウン(炉心溶融)に至った東京電力福島第一原子力発電所のような全交流電源喪失を寸前で回避した。

東海第二原発は同日、国の視察に合わせて報道陣に公開された。日本原電は、防水工事を含めた追加対策の費用は明かしていないが、関係者によると1億円を下回る。

事前対策は、2007年に茨城県がまとめた津波想定がきっかけ。日本原電は津波の高さを5・7メートルと試算。非常用電源を冷却する海水ポンプの防波壁を高さ1・6メート ルから2・8メートルにする工事に着手した。標高3・3メートルの敷地と合わせて6・1メートルの津波に耐えられるようにした。

(2012年2月14日10時08分 読売新聞)

Ray K7FU/M 

最近しばしば7メガで交信するRay K7FU/M。あちらでは早朝になるが、彼が出かけるのは、一つは仕事、もう一つは本職はだしの釣り。彼に会うと、「今日は釣りか?」と尋ねるのが習わしになっている。

ケーブルテレビ・ネットワークシステムの仕事をしている57歳。お孫さんが12名、ひ孫が一人いるらしい。オレゴン北部に在住で、車からの運用をすることが多い。「昔は、オレゴンの海岸沿いに住んでいて、7メガのフルサイズ3エレを上げていたのだがねぇ」とのこと。モービルから用いているアンテナは、画像にあるScrew Driverだ。ベースローディングらしいが、とてもよく動作する。信号は、下手な固定アンテナの局よりも強いことが多い。オレゴン北部から、ワシントン州へ仕事に出かけることが多く、ポートランドの街並みに入るからから、とか、太平洋岸の釣り場に出るのに山並みを一つ越えてゆくので、と別れのあいさつを送ってくることが多い。

最近、職種は同じだが、仕事先を変えたようで、これからはカリフォルニアからニューメキシコまで社用車で移動することが多くなり、無線にあまり出られなくなりそうだと先日言っていた。小股の切れ上がった電信でまた何処からか出てきてもらいたいものだ。

Ray (2)
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Wayne N6KR 

朝早く目が覚め、6時半過ぎから21メガを聴く。CWでは殆ど聞こえなかったが、SSBでは米国内の交信が聞こえたので、バンドが開いているのを確信し、CWバンドの上の方でCQを出した。信号は、まだそれほど強くないが、米国全体から呼ばれた。

N6KR Wayneが、呼んできた。弱い。どこかで聞き覚えのあるコールだなと思った。リグは、5Wとのこと。彼の用いているモデルは・・・ELECRAFT KX3・・・そうだ、ELECRAFTの創業者の一人ではないか。KX3は、日本でも評判になっていて、手に入るのを待っている人々がいると伝えた。同社の総代理店制度について疑問のメールを出した時にも、(私がユーザーではなかったのに拘わらず)丁寧な返事をすぐにくれたのだった。アンテナは、木にくくりつけたロングワイアーとのこと。深いQSBを伴って届く彼の信号から、彼が無線と、自社製品にかける情熱を聴く思いがした。

Wayneとは、彼がELECRAFT社を立ち上げる前から、7メガで交信したことがあったような気がする。実際にオンエアーで自社の製品の動作をチェックし、自ら楽しんでいる彼の姿も、同社製品ユーザーにはアピールするところなのだろう。

コリンズも、ETO社も、経営陣の中にアクティブなハムがいた。それが経営にどれだけ寄与したのかは分からないが、「現場」の声を自社製品に反映させる助けにはなったのではなかろうか。

南相馬市立病院における内部被曝調査 

南相馬市立病院においてホールボディカウンター(WBC)による内部被曝の調査を行った中間報告。

結果として、現在のところ、ひどい内部汚染にさらされている方は皆無のようだが、低線量被曝の影響を考えて、今後ともに経過観察して行きたいとの結果のようだ。

筆者は語っていないが、児玉龍彦教授が以前紹介していた、セシウムの尿路上皮細胞への蓄積の問題がある。セシウムは、尿路から多く排泄され、尿路の上皮は、高濃度のセシウムに長時間さらされ、細胞内に放射性セシウムを取り込むことになる。それが、尿路上皮の異型性を引き起こす、という報告がある。この汚染は、WBCによる計測では捕まえられない。以前紹介した論文にもあり、また児玉龍彦教授も繰り返していたが、尿所見、沈査の上皮細胞異型性を長期に亘りフォローすることが必要なのではないだろうか。

以前、テレビでの双葉町町民の方へのインタビューを聴いて驚かされたのだが、3歳未満の小児には、内部汚染の検査が行われていないとのことだった。現在用いられているWBCは、幼少小児への適用は難しい様子。こうした幼少小児での内部被曝の問題こそが、一番の重要事項であるはずだ。行政の怠慢と言われても仕方あるまい。

それに、WBCによる内部被曝調査の人員・費用が、病院の持ち出しで行われていることも驚かされる。内部被曝の問題は、今後長く続く。持続可能な体制を、リソースの側面からくみ上げる必要がある。これも、行政がバックアップすべきことだ。

こうしたきちんとした研究者・医師等による信頼のおけるデータが出ることこそが、一番の安心につながる。行政当局が情報を隠したり、市民が情報を得る努力をないがしろにすることは、市民の不安を募らせる。行政には、市民が情報を得る体制へのバックアップと、そうした情報の全面的な公開を続けてもらいたい。

以下、MRICより引用~~~

WBCの検査結果をふまえて

南相馬市立総合病院 坪倉正治

2012年2月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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南相馬市立総合病院では、2011/7/11より、ホールボディーカウンター(以下WBCと呼びます)による住民の方々対象の内部被ばく検査を開始しました。当初は安西メディカル社および富士電機社製のWBCを用いておりましたが、今現在はキャンベラ社製のFast scanというWBCを用いて、一日あたり110人のペースで検査が進んでいます。2012/1/27日の段階で、検査人数は1万人を超えました。

全てが解明された訳ではありません。しかしながらこの検査は我々に多くのことを教えてくれました。この検査に携わるものとして、検査結果とともに、どのようなことが明らかになりつつあり、今何が問題となっているかを紹介できればと思います。

尚、結果は南相馬市のホームページ
http://www.city.minamisoma.lg.jp/shinsai2/kensa/hibakukenshinkeka.jsp
に随時公表されております。

明らかになったことの一つは、「時間経過とともに、セシウムが検出される人の割合が下がってきている」ということです。上記ホームページの図4になります。小児を対象にした2011/9,10の時点での検査では、約半数が検出限界以下であったのに対して、2012/1には約95%が検出限界以下になりました。現在南相馬市の多くの子供で、セシウムの検出をしなくなってきているということです。大人でも同様の傾向が見られます。大人を対象にした場合、2011/10には約半数が検出限界以下でしたが、2012/1には約80%が検出限界以下になっています。

このことは大多数の人間で、「セシウムが徐々に排泄され、体内量は低下傾向である」ということを示しています。上記は完全に同一の人間でのセシウム量の変化ではありませんが、表2と図3は最も値の高かった小児と成人について、約3ヶ月後に再検査の際、全員で値が低下傾向であったことを示しています。

セシウム137自体の半減期は30年ですが、体内に取り込まれた場合、尿や便を通じて排泄されます。生物学的半減期といい、成人で70-100日、1歳で10日とかなり幅があります。成人より小児の方が、男性より女性で排泄速度が早く、一家全員を計るとご家族の中でご高齢の男性のみが検出してしまうことを頻繁に経験します。まだ再検査できている人数は20名強と少ないですが、少なくともセシウムを取り込み続け、体内の放射能量がどんどんと上昇傾向である、といったような状況では全くありません。

二つ目は、「2011年冬の日常生活での慢性被ばく量はかなり少ない」ということです。先ほど2012/1の検査で小児の約95%が検出限界以下であったと申し上げました。このことは、これらの小児での、検査直近での内部被ばく量が、検出されるレベル以下に抑えられていたことを示しています。器械の検出限界レベル以下の慢性的な被ばくを否定できるものではありませんが、今現在の南相馬での日常生活が、大きな内部被ばくをもたらすものではないことがわかってきています。この結果は、南相馬市で実際に診療している我々にとっても非常に勇気づけられる情報でした。しかしながら、今後値が増えないとも限りません。WBCの検査は、1度の結果で何かが言える訳ではなく、継続的な検査を行うことで初めて大きな力を持ちます。今後も定期的に検査を行い、体内の放射能量が増えてこないことを確認する必要があります

ここまで、体内のセシウム量が代謝により下がってきていること、慢性的な被ばくが少なく抑えられていることを紹介しましたが、注意せねばならない情報もわかってきました。
三つ目は、「放射能の値の下がり具合が良い人と悪い人がいる」ということです。先ほどの図3にも示されていますが、再検査にて予想される生物学的半減期よりも減少具合が悪い人がちらほら出始めているのです。つまり、現在もある一定量の慢性的な内部被ばくを続けている人がいるということです。

それらの人々がなぜ、放射能値の下がりが悪いのか明確な理由は突き止められていません。しかしながら、そのような方々のほとんどが、汚染食品(の可能性があるもの)を継続的に摂取し続けている方でした。具体的には家庭菜園のものを未検査で食べ続けていらっしゃる方や、未検査の果物の箱買いをし、継続的にそれを摂取している方です。実際に、それらの行為をやめるよう指導することで値の低下を認めたことはこの仮設を支持すると思います。

ベラルーシのベラルド研究所の報告書には、内部被ばくの原因の94%が食物、5%が水、1%が空気であったと記されています。幸か不幸か食物の自給率の低い日本では、色々な産地の食物を食べるため、このように食品からの内部被ばくがかなり抑えられているのではないかと推測しています。今現在の500Bq/kgであるとか、100Bq/kgといった基準が功を奏しているのではなく、ただ、色々なものを食べているから、それに加え子供を持つ親たちが独自に産地を選び、食品摂取に気をつけてくれているからに他ならないのだろうと思います。当院の結果(子供の平均値7.2Bq/kg)は、同一レベルの土壌汚染地域で比較した場合、ソ連で報告されていた量(約200Bq/kg程度)に比べて文字通り桁違いに低いのはこのためだろうと推測しています。

外部被ばくは、空間の線量に大きく依存しますが、内部被ばくに関しては、空間線量がその量を規定する因子として重要なものでないと感じています。つまり、今の生活での内部被ばくは、現在の食生活でどの程度汚染食品を避けられているかに大きく依存しています。福島県内で食品の摂取に十分気をつけていらっしゃる方と、都内に住んでいて食品には全く気を使わない方を比べた場合、どちらがこれからの内部被ばくリスクが高くなるのかは微妙なところです。食品汚染をどのように考えるかは、南相馬の問題ではなく、浜通りの問題でもなく、もはや東日本全体の問題です

今現在、南相馬にてスーパーで食材を購入し、水道も必要な場合はミネラルウォーターを用いて、適宜マスクをする。この生活で大量の内部被ばくをする状況ではありません。よって逆にベラルーシでは1%が空気と申し上げましたが、相対的に空気からの被ばく量が多いであろうことは予想されます。内部被ばくの主要な経路が、経口なのか吸入なのかという点に関して、ウクライナではWBCの上半身側と下半身側の検査結果を比べるという方法がとられています。吸入が多い場合、上半身側(肺側)での検出量が下半身側(足腰まわりの筋肉側)よりも高くなる傾向があることが言われていますが、今現在の当院の結果にてそのような傾向は見つかっておりません。吸入での被ばくが問題ないなどという気は一切ありませんが、いずれにせよ今後は食品の検査体制の強化と、居住区域のホットスポットの除染が必要なことに変わりはないでしょう。

当院での検査で明らかになってきたことをいくつか紹介しましたが、まだこれから解決しなければならない問題も多く存在します。
一つはヨウ素の問題です。やはり内部被ばくにおいて、一番懸念されるのはヨウ素による甲状腺がんの増加だと思います。我々が検査を開始できた2011/7の段階から、既にヨウ素は全く検出できない状況になっていました。その頃には既に検知できない程度の量だったと言えるのかもしれませんが、ヨウ素の被ばくは終わっており、痕跡を追うことは出来ませんでした。つまり我々にはヨウ素の内部被ばくがいかほどだったかを知るすべがありません。このことに関して我々の出来ることは、ヨウ素とセシウムの比率を決め、セシウム量からヨウ素の内部被ばく量を推測することです。しかしながら、セシウムがかなり排泄されつつある今、この方法での予想はかなり雑であり、ヨウ素の内部被ばくの高リスク群がどのような方々なのかを突き止めるまでには至りません。その意味でも、全員の小児には年に一度ペースの定期的な超音波による健康診断が必須であろうと考えています。

二つ目は他の核種の問題です。代表的なものはストロンチウムでしょう。ベータ線しか出さないストロンチウムはガンマ線の検出器であるWBCでは検知できません。尿検査するしかないのですが、大量の尿が必要であったり、処理に時間がかかったりと、高度専門施設でしか検査できないのが現状です。少なくとも当院では計測出来ません。計測できたとしても、尿自体の濃さが朝と夕で違うように、値が安定しないという問題もあります。これに対しては、ウクライナと同じ方法であれば、セシウムとストロンチウムの比率をいくつかのサンプルから推測する方法があります。経時的に変化しますが、チェルノブイリ事故後、セシウム対ストロンチウムが9対1程度でした。被ばくの約9割がセシウムによるものだったという評価です。日本でもより明確なデータの解析が進むことが必要です。プルトニウムを含む他の核種も同様です。

三つ目はWBC自体や、その情報を処理するリソースが圧倒的に不足しているということです。今現在に南相馬市立総合病院では1日あたり110人ずつの検査が行われておりますが、この速度では全く必要な検査数をこなせません。WBCは継続的な検査と評価が必須です。実は、WBC検査は、検査自体が医療行為でもなければ、医者が説明しなければならないという規定がありません。医療行為でないため、その検査を行えば行うほど病院の持ち出しになっているのが現状です。今後の体内放射能量が増えてこないかをチェックすることは今後の暮らしの方向性を決める上で、絶対に必要なことです。各自治体でも状況は同じです。WBCが各地で導入されることは決まっていますが、多くの自治体はどのように運用すれば良いのかわからず、悲鳴を上げています。

WBCの規格化がなされていないことも問題です。東京大学の早野先生が指摘されていらっしゃるように、今の福島で、きっちり遮蔽されていない部屋内での椅子型WBCは役に立ちません。大量の内部被ばくをしていないかを確認するスクリーニングとしての意味は持つかもしれませんが、現在フォローのターゲットにしているような体内セシウム量まで検出限界を下げることが出来ないからです。当院でもキャンベラ社製のWBCが導入され、検出限界を250Bq/body程度まで下げることが出来ましたが、椅子型のもので検出限界を3桁以下とするには、1人あたり10分という検査時間が必要でした。ウクライナでは、厚さ10cm以上の金属の壁に囲まれた特注のWBCが稼働していましたが、もっと細かく計れるWBCや、小児のための特注WBCも必要です。

ここまでいくつかの値を紹介してきましたが、1回の検査値の評価は明確な結論を導くには困難を極めます。もし、内部被ばくと外部被ばくが等価であると考え、体内の分布が一様で、臓器特異性が無いと仮定した場合、大雑破に言い換えれば、国際放射線防護委員会(ICRP)の基準で話す場合、今まで計測された値はまず問題がないと言い切ってよい値です。99%以上の人が1mSVの被ばくもしていないからです。今現在、この解釈のみがメディアを通して流されるため、問題ない問題ないと繰り返し報道され、内部被ばくの実態がわかりづらくなっています

しかしながら、内部被ばくの影響は、様々なことが言われています。バンダジェフスキーらが「放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響」で述べているように20Bq/kg、場合によっては10Bq/kgでも心臓に影響が出るかもしれないという報告すらあります。20Bq/kgの人間は、その後の内部被ばくがどれほどかによって、3,4ヶ月後には値が半分になったり大きく増えたりするはずで、一時点のセシウムの値のみで、長期のセシウム慢性被ばくの影響の評価は厳しいのではないかと考えていますが、慎重を期すため、当院でも体内のセシウム量が高かった方から心電図の検査も同時並行して開始しました。現在のところ明らかな致死的不整脈が見つかった方はいらっしゃいません。これらも順次報告して行きたいと考えています。採血で明らかな放射線障害によると思われる血球減少を呈している方も今現在いらっしゃらないことも付け加えたいと思います。

問題の多いWBC検査ではありますが、当院では今後もこの地域の方々のために継続的な検査と評価、情報公開を行って行きたいと考えています。ご支援賜りますようどうぞよろしくお願い致します。

Oblivion 

今日は、仕事場で自分の患者を数名診た後、近くの町の救急診療所のお手伝い。5時間で40名以上は診ただろうか。インフルエンザA、Bの競演。インフルエンザの検査をしてほしいという患者が多くて困った。検査には、行うべき時期があるし、万能でもない。臨床状態や、周囲の状態を診て、医師が行うべきかどうか決めるべきもの。でも、患者周囲も、家族も、検査をしろの一点張り。検査をした上に、抗インフルエンザ薬を用いていたら、医療費は一体どうなるのだろうか。そんな話を、最初は患者の親御さんに話しつつ診療していたが、その内、疲れてきて、機械的に検査をし、抗インフルエンザ薬を出すようになってしまった。救急診療所には、検査試薬が山ほど置いてあった。

その仕事を終えて、再び自分の仕事場へ。急患を二人診て、自分の部屋に落ち着いたところだ。別なブログには紹介済みだが、ソルガベッタの弾く、Oblivionを貼っておく。ピアノトリオ版は以前にもこちらで紹介したが、とてもこころに残る曲だ。ピアソラの生きた時代を反映しているのか、それともピアソラにうつ病圏の心理があったのか、鬱々とする旋律が全体を流れる。ガベッタは、最初から決然として、短調の旋律を歌い上げる。途中、長調でその鬱とした気分に抗うような旋律が出て、ガベッタは、さらに高調させて演奏するが、再び、暗い憂愁の思いの旋律に戻って行く。そこで、ガベッタは、ほんのわずかに感傷を見せるが、再び情熱的に憂愁の歌を歌い上げ、最後はテクニカルな装飾音で終える、といった演奏。

暗く鬱々とする旋律だが、癒しを感じる。「忘却」というタイトルもよし。

あの野戦病院のような、医師患者関係の希薄な仕事など忘れてしまえという天の声か。

3月31日 

リタイアまでいよいよ6週間を切った。以前にも記したように、仕事に未練もあって、複雑な心境でもあったが、ここまできたら、ただ突進するのみ、だ。

3月31日土曜日が、最終の仕事になる(と言っても、4月2日には非常勤で出勤 笑)。一つの大きな区切りなので、近くのレストランで昼食会を開く。現在のスタッフ、新しくこられる先生、薬局の主任(彼とは、20数年の付き合いになる)それに開業当初数年間仕事を一緒にして下さり、手薄になる看護部門にパートで改めて入って下さるヴェテランの看護師Aさん、彼らをすべて私が招待する積りだ。思えば、17年前開業時、診療所の待合室に机を並べて、開業祝をこじんまりと行った。後で考えると、医師会の面々等を招いて、大々的に行うべきだったのかもしれないが、私の仕事場らしいアットホームな開院の行事だった。終わりも、こじんまりと行う積りだ。

現在勤めてくださっている看護師のお一人、Bさんは、彼女がまだ20歳台始めだった頃当院に就職してくださり、途中子育て等で2,3年のブランクもあったが、強力なスタッフとして、私の仕事を支えてくださった。彼女はもう30歳台半ばになるのだが、Aさんとの接点がないと聞いた。改めて、私の職場に流れた年月の長さを思った。

ただ一人の常勤事務員として頑張ってくれているCさんも、学校を卒業してすぐに就職してくださり、その後、2,3年大きな施設での仕事を経験し、また戻ってきてくださった。彼女も、もうすぐ30歳台半ば。さらっとした人柄で、大変な事務業務をてきぱきとこなしてくださっている。だが、Cさんも開業当初からのスタッフではない。

二人の看護助手の方々も、ヴェテランで、10年以上勤め続けてくださっている。

小規模の仕事では、人事管理が大きな課題になる。どのような方と、どのように仕事をするのか。何度も間違った人事をしたこともあるが、最終的には、とても良い方達に恵まれた。大げさな言い方をすれば、彼らと仕事ができたことは、私の人生の財産だった。看護師さんは、ここの仕事が終わっても、仕事場はほかで見つかるだろうが、看護師以外の方々にとっては、同じ条件の職場を見つけるのは難しいのではないか。そう思って、仕事を継承してくださる医師を探したのだ。継承してくださる先生には、このスタッフと仕事を続けることは、大きな財産になると申し上げている。

3月31には、「夢のあとに」でも弾こうか・・・。こころにあふれる感謝をこめて、最後の6週間を走りぬく。

『医療を営利産業化していいのか』 

日本医師会から諮問を受けた医療政策会議が、上記のタイトルの報告書を答申し公表した。こちら

特に、山口・二木教授の論文を是非お読みになることをお勧めしたい。

社会公共財として医療を考える姿勢が必要であることを改めて教えてくれる。

小泉政権時代の様々な審議会やら会議で幅を利かせていた経済学者達の言説が、社会公共財としての医療資源を貶めるものだった、即ち、一部の財界と高額所得者達だけに利する制度に作り替えることに熱心だったことを改めて知る。

現在の政府・官僚・それにマスコミ(経済界は当然のこととして)が、市場原理主義的な思想に冒されていることを改めて思った。規制撤廃・自由化が、経済社会活動を改善するというスローガンは、間違っている。1970、80年代から世界を覆った市場原理主義的な思想は、わが国においては、小泉「構造改革」でもっとも政策に反映されることになったが、今もマスコミの報道の多くは、そのフィルターがかかっており、政治家・官僚も強く影響を受けている。医療を、成長産業に、という発想が、その表れだ。

国民が、この問題を知り、自ら判断すべきなのだが、権上教授が引用した「合理的無知」によって、選挙に際しては、テレビで名前を知っている、威勢の良い候補者に投票することになってしまうのだろう。マスコミを通した世論誘導が如何に功を奏しているか、だ。

川内村で帰村というが・・・ 

川内村産の食品の放射能汚染を調べたデータが、ネット上でも見ることができる。こちら。調べた限りでは、136品目中4品目だけが、基準値を超えていたという

基準値という呼称もおかしなもので、意味するところは、許容上限値である・・・こんな何気ないところにも、この値を許容上限と受け止めにくいようにという、行政の作為が感じられる。これは、中央省庁の問題。

データをざっと見る。

基準値を超えぬ食品にもセシウムは低濃度ながら認められている。

NDは検出限界以下ということだろうが、その限界値を表示しないのはデータとしておかしい。

四つの品目の内、キノコ類はセシウム親和性のある点で良く知られている。問題だと思うのは、野生のいのししに高濃度のセシウムが検出されていること。最近、小出裕章氏が、同村で採取したミミズから2万Bq/kgのセシウムを検出したことを報告している。食物連鎖による、放射能の濃縮が起きている可能性を示唆している。このプロセスは、今後続き、さらに酷くなる可能性が高い。

村当局は、「除染」によって、被曝量を減らすと言っているが、除染は、放射性物質のある場所をただ単に移すだけに過ぎない。また、広大な山野、田畑の除染は無理な話だ。土地に浸透した放射性物質が、様々な経路、そして上記の食物連鎖により、住民に内部被曝を起こす可能性を慎重に検討すべきだろう。

現在の大気中の放射能線量は殆ど意味がない。考えるべきは、食物等を介した、内部被曝だ。政府当局は、故郷に戻ることを安易に認める、ないし勧めるべきではない。政府当局のやり方は、短いスパンでの責任回避行動のように思える。

村立診療所の鈴木医師は、村当局の帰村の意向に躊躇を感じている様子。村に帰りたいという人々の希望は良くわかるが、科学的なデータから村民の将来の健康が最善になるような判断を下すべきなのだろう。

鈴木君は、大学時代の同級生。24時間在宅診療で疲弊し、村立診療所に職を変えた。その新しい職場で、この難しい状況にすぐに直面させられている。困難な状況が続く。彼の健康を祈りたい。


以下、引用~~~

迷う、村の医師 線量、患者搬送への懸念 「わが家へ 福島・川内村の帰村宣言」
12/02/01
記事:共同通信社
提供:共同通信社

 避難した住民に村への帰還を呼び掛けた福島県川内村。役場、保育園、小中学校は4月に元の場所で再開、村内では放射性物質を取り除く除染が急ピッチで進むが、村民は安心して「わが家」に戻ることができるか。医療、農業、雇用、子どもは-。

  ×  ×

 政府による東京電力福島第1原発の冷温停止状態の宣言が目前に迫った昨年12月15日。福島県郡山市にある川内村の臨時役場で、村唯一の医師鈴木高(すずき・たかし)さん(59)は、遠藤雄幸(えんどう・ゆうこう)村長と向き合っていた。

 「今、帰村するのは早い。村は、チェルノブイリ原発事故で移住の権利が発生する地域の汚染状況と同じくらいではないか」

 村長は応えた。「除染するから頑張って帰りたい。年間の追加被ばく線量を1ミリシーベルト以下にするのが目標だ」

 専門家でも意見の分かれる低線量被ばくの人体への影響。村内の空間放射線量は大部分が年間1~5ミリシーベルトで、村は安全とみているが、鈴木さんは「危険」と感じる。

 役場機能の移転先、郡山市の仮設住宅にある診療所で1日約20人を診察する鈴木さんは、村に戻るべきか迷っている。「住民を"危険な場所"に帰すのに加担することになるのでは」と自問。村内でただ1人の医師の考えは、村民の行動を左右しかねない。「戻った住民を診る医師が必要なのは分かる」。だが「帰村を促す材料として医師を利用しているのでは」と、村への不信感も。心は揺れる。

 鈴木さんは2010年4月、村立診療所の医師となった。それまでは同県いわき市で開業、高齢患者の訪問診療をしていたが、24時間態勢の勤務に疲弊し、村の医師募集に応募した。村では慢性疾患のお年寄りを中心に診察、小中学校の校医も引き受ける。震災、原発事故の避難生活を経て、昨年6月から避難所の救護所で働き、10月からは今の仮設の診療所に移った。

 鈴木さんの心配は放射線だけではない。村で救急患者が出た場合の搬送先だった病院は現在、警戒区域にあり閉鎖されたまま。「原発事故前までは大きな病院に30~40分で搬送できたが、別の場所に運ぶとなれば、かかる時間は倍になる」

 村は国と県に救急搬送に必要な道路整備を要望、整形外科医や小児科医、精神科医らを定期的に診療所に派遣するよう求めたものの、実現するかは未定だ。

 村長は1月31日、帰村宣言。4月から村で診療所を再開させる方針に変わりはない。鈴木さんの苦悩は深まっている。

反社会的なことを平気で押し付ける行政 

地域貢献加算が、時間外対応加算とか名称を変え、さらに複雑になって4月から実施される様子。

      診察一人当たりの加算点数 一日50人診た場合の増収

24時間対応    5点(50円)    2500円

準夜帯までの対応  3  30      1500

輪番体制での対応  1  10       500

ということになる。

2500円の収入で、24時間、365日、電話で対応し、救急に従事することが要求されるのだ

医師という専門職の職業を馬鹿にした設定である。そして、労働基準法の精神を踏みにじり、医師の基本的な生活を侵す、反社会的な施策だ。国民のなかで、24時間365日拘束される職種の方はいるだろうか。2,3日眠れぬ修練の日々を繰り返し、研修してきた医師が、60歳前後になり、こうした拘束を、ただ同然で引き受けさせられる、これは反社会的な行政以外の何者でもない。

まともな医療をしている開業医は、このような加算は算定できない。

それを見越して設定したに違いない。僅かな収入も減らせない開業医が、この加算を無理して算定し、実際上この時間外対応を行なっていないことが判明したら、行政は当該診療所に厳しいペナルティを課す積りなのだろう。  

こうして診療報酬規則を細分化し続ける、行政当局のやり方も失笑ものだ。診療報酬はつぎはぎだらけ。ますます複雑怪奇な世界になる。

このような医療行政に直接関わらなくて済むようになり、後輩医師諸兄姉には申し訳ないが、実際のところ、清々した気分だ。

こうした医療行政は、必ず医療を悪い方向に導く。


以下、引用~~~

地域医療貢献加算 3段階評価に変更へ
12/02/10
記事:薬事ニュース
提供:薬事ニュース


 厚生労働省は1月27日の中央社会保険医療協議会・総会で、次期診療報酬改定で夜間・休日の診療に対応可能な診療所に3点の加算を認める「地域医療貢献加算」について、算定要件に応じて3段階に分けて評価する方向性を提示。具体的には、診療時間外での電話などによる問い合わせに対し、▽常に24時間対応している▽準夜帯で対応し、休日や深夜・早朝では留守番電話などで応じる▽地域の医療機関と輪番体制で対応し、当番日の深夜・早朝は留守番電話などで応じる--の3段階に分ける。また、加算の名称も実態に見合うように変更する。

負け戦 

その昔、高専時代に、ドイツ語を2年間ほど勉強した。大学受験でしばらく、ドイツ語からご無沙汰し、大学に入って、いざ第二外国語として勉強しなおそうとしたら、本当に基礎的な単語や文法まできれいに忘れていたことがあった。大卒の同級生に、それでドイツ語をやったことがあるのかとバカにされた記憶がある・・・彼は文学部哲学科の出身だから、出来て当然だったのだと当時は負け惜しみを言っていたが、それでも外国語を使わないと、容易に忘れることを身に沁みて知ったのだった。

現在の私にとっての切実な問題は、記憶力・記銘力がざるのようになり、残った唯一何とか使える英語の知識がぼろぼろと零れ落ちるようになくなっていることだ。元々読み書き主体で勉強してきたので、それをあまりしなくなったためであることは明らか。

しばらく前から英字新聞をとり、政治経済関係の記事に目を通すようにしようと思っていたのだが、いつの間にか、新聞は積読状態。で、現在負け戦の真っ只中にあって、何とか闘う手段になっている(なりそう)なもの三つ。

一つは、無線。CWでは、読む・書くという作業が必要になり、楽しみながら、勉強をしている・・・はずなのだが、どうもまんねり気味だ。最近、交信中に記憶に残った表現や単語を、ログの上部に書き出し、できるだけ辞書を引くことにしている。時には、赤字のボールペンででかでかと書いておく。何しろ、会話の中で出てきた表現は、自分の感情に訴えるものがあり、乏しくなった記憶力の網になんとか引っかかることが・・・時々ある。あと、できるだけ守備範囲以外の話題にも食いつくことだ。あちらのハムには様々な経歴、経験を持つ方が多い。面白い話を聞くことができる・・・ことも時にはある。また、音楽の趣味が一致するのも嬉しい。これらも記憶力の賦活には有効なのかもしれない。

二つ目には、英英辞典をできるだけ引くこと。英単語と、日本語の単語が一対一対応していることはむしろ稀であり、単語の微妙なニュアンスを理解し、その単語の本質的なものを把握するには英英辞典が、英和に比べれば優れているのは目に見えている。仕事場にはPED、自宅にはロングマンを置いてある。でも、まだ使いこんでいるとはとてもいえない。これから使い込む積りだ。上記のログに記した単語は、例外なく、英英辞典に当るようにしている。

三つ目は、泥縄式の英文ブログをつけ続けること。これもまだ始めて半年程度であり、闘う手段になったとはとても言えない。政治経済を格調高く議論しようと思っていたが、結局無線と音楽ネタばかりになってしまっている・・・これもまだまだどうなるか分からぬ・・・。でも、時々無線で会った友人に「読んでいるよ。」と言われると、悪い気はしない。読む価値のあるネタを見つけること、自分なりの考えを持つこと、そして英語表現に少しは神経を使うこと、これが課題だ。

真面目に言って、こうした語学や専門の知識が抜け落ちてゆくことに、ある種の恐怖にも似たものを、私は感じる。もともと大した知識も、学識もあるわけではないのだが、日本語でさえ、固有名詞を主体に思い出すことができないことがしばしばある。自分の海馬にしっかりしろとエールを送るが、返事はない。同じ世代の方々はどうなのだろうか・・・。私の場合、負け戦であるのは承知の上で、せいぜい楽しみながら闘い続けてみようと思っている。実行して効果があらたかだったことを記せれば良いのだが、あくまで負け戦の始まりの戦況報告にしか過ぎないのが辛いところだ。

行政による、精神科医師の支配 

今回の診療報酬改定で、精神科診療所に365日24時間、自らのところで診ている患者の救急対応をすることが求められる、と聞いた。精神科病院の救急が大変なのに、診療所では夜間救急対応をしないのはけしからんという議論らしい。

自院で診ている患者の救急対応を診療所にも求めることはある程度理解はできる。が、24時間365日というと、それはあまりに過酷な負担である。精神科救急は、診療所外来ではなじまない。様々な処置、治療、投薬を夜間人数が圧倒的に少ない診療所でどうするのだろうか。元来、診療所を開業する医師は、大学・病院等で経験を積んだ医師であり、そこで積んだ経験を地域医療に生かす立場にある。若い時代に一睡もせずに当直業務をこなし、相当の年齢に達した医師達である。そのような精神科医に、勤務医以上にハードな負担を求めることは、社会的な公序良俗に反する医療行政と言わなければならない。診療所院長が、管理者の立場にあり、労働基準法に守られる立場にないことを良いことに、こうした過大な負担を、医療現場に平気な顔をして要求する行政がここにある。これは行政による反社会的な施策だ。

そうした過酷な負担を医療現場に要求し、それに医療現場が沿えぬ場合は、懲罰的に診療報酬上の減額を行う。最近しばしば取られるネガティブな動機付けである。精神科診療所は、これまで診療報酬改定のたびに、狙い撃ちにされるように診療報酬を減額され続けてきたようだ。ここにきて過酷な要求を飲まなければ、さらに診療報酬を減額するという要求を、行政は医療現場に行っているわけだ。診療報酬を、懲罰的な手段として用いることには制限があってしかるべきである。特に、今回行政が実現しようと画策している、365日24時間医師を義務で縛るような反社会的な施策にこの手法が用いられるのは、行政の犯罪と言わなければならない。むしろ、精神科救急体制構築に医療資源を回すべきなのだ。

精神科救急が、医療制度のなかで置き去りにされている行政的な失策の尻拭いを、懲罰的な手法で末端の医療現場に押し付けることは決して許されるべきではない。

こうした反社会的・非人間的な行政を、日医が黙認するとしたら、精神科医・他科医師の開業を阻止したい病院経営者が幹部の多数を占める日医も、医師を非道な行政に売り渡し、加担していると言わざるを得ない。

行政は、精神保健指定医制度で、精神科医師を資格上統御する味を占めた。今度は、診療報酬の懲罰的減額という経済的な手法で精神科医を縛り上げることに乗り出した。

これは、精神科だけの問題ではないことを、医師全体が認識すべきだ。味を占めた行政は、同じことを順次他科に拡大してゆくことだろう

独立行政法人理事長選任の怪 

がんセンターの理事長を務めておられた嘉山孝正氏が、再任されず辞められるようだ。彼のことは、良くは知らないが、山形大学医学部長時代から、言うべきことを言うしっかりした方という印象を持っていた。彼がメンバーの一人である、先日の中医協で、中医協の審議内容に関する「パブコメ」をほとんど無視するやり方に、それではいけない、パブコメを検討しなければならないと発言していたのも彼だった。パブコメが、ただ国民の意見を集めるだけの儀式になっており、それを行政施策に反映しようという動きが全くないことは明らかである。その事実を端的に指摘し、改善すべきことを、厚生労働省関連の中医協委員の立場で言明したのだ。

彼は、がんセンターの総長としても、業績を上げ、経営面でも昨年は黒字を計上したらしい。独立行政法人の評価をする組織からも、高く評価されていた。再任されぬ理由が見当たらない。

がんセンター理事長の選び方というのも、今回初めて知ったのだが、厚生労働省の主催する選考委員会が決める。ただし、その委員会は、非公表であり、当然人選は行政が行なっているのだろう・・・ということは、行政にとって都合の良いような人物を、独立行政法人理事長としていると想像できる。行政に批判的な人物、行政の天下りを渋るような人物を排除する選任制度になっているのだろう。この制度は、独立行政法人全般に適用されているらしい。今回、幾つかの独立行政法人理事長の改選が行なわれたが、嘉山氏以外は再任だった様子。

独立行政法人が、官僚の支配下に置かれている状況を示す出来事なのだろう。これではいけない。官僚機構という固定化し、自己増殖を目的とする組織が、国の制度を侵食している。

ひやっとしたケース 

久しぶりに、仕事場でひやっとする経験をした。4歳の男児。今朝一度嘔吐したと午前中に来院した。いつも元気一杯のいたずら小僧が少し元気ないかと思ったが、意識はしっかりしており、発熱がなく、嘔吐回数も少ないので、経口輸液の方法を教えて帰宅させた。自宅では、イチゴジュースを飲ませていたらしい。

午後一番で、患児が再び来院。5,6回嘔吐したらしい。元気がなく、顔色も不良。唇も乾いている。現在、インフルエンザと一緒に流行している、ウイルス性の胃腸炎と判断し、点滴を指示。点滴をしている最中に、意識レベルがふ~っと落ちる。痛みに対する反応もない。四肢の筋はflaccid。項部硬直はなし。血圧は90弱。酸素を投与しつつ、入院施設のある病院の小児科に連絡。受け入れてくださることになった。ありがたいことだ。

点滴は、脳症の可能性も考え、遅めの速度に設定。すると、100ml程度入ったところで、意識レベルが戻ってきた。元気に暴れだす。あぁ、脱水による意識レベルの低下だったのか、と胸をなでおろした次第。

嘔吐を生じた場合、脱水は勿論生じやすいわけだが、意識障害が加わってくると、他に急性脳症や、ライ症候群、その近縁の疾患を考えなければならない。初期研修の頃、同じようなケースで、数時間の単位で亡くなった症例があったのを思い出した。

今回のケースは、恐らく、重篤な経過を取ることはないだろうと思いつつ、既に呼んでいた救急車で、紹介済みの病院に運んで頂いた。これが、重篤な経過を取る症例だったとしたら、私の仕事場のように小規模の医療機関では対応が極めて困難になる。いつもそうした状況になりうることを念頭に置いて、仕事をし続けなければと改めて思ったことだった。

嘔吐したら要注意とは、いつも親御さんに言っていることだが、私自身が改めてかみしめるべきことだ。

でもね、・・・嘔吐しているときにイチゴジュースはまずかったな・・・。

残すは、あと1ヶ月と23日。

戦争責任について 

第二次世界大戦で亡くなった軍人を、靖国神社に祭る作業が、家族の承諾なしに行われ、行政がその膨大な事務作業をバックアップしたことを最近になって初めて知った。家族の承諾なしに、200数十万人の戦没者が、「英霊」として靖国神社に祭られている、という。

靖国神社に祭られることを忌避し、その祭祀は憲法の政教分離原則に反することを訴える訴訟が提起されてきたことはおぼろげに知っていた。国民の承諾なしに、その作業が続けられてきたこと、それを行政が援助してきたことを知り、そうした訴訟提訴に意味があると改めて思った。

近現代史を多少なりとも学ぶと、日本が、戦争責任の議論を中途半端にしか行っていないことに気付く。靖国神社は、国民を戦争に駆り立て、国民を「皇国」の軍人とした戦前の支配層が、軍人として亡くなった後も、彼らを国の管理下に置こうとする組織だ。宗教性を持たせることによって、国民を統合する力を与えようとしたのだろう。

あの戦争で亡くなった方々の内、どれだけの方が、靖国神社で神として祭られたいと思ったことだろうか。靖国神社が過去の戦争に果たした役割と責任を総括することを行わず、曖昧なまま、戦前の国民を動員する装置としての機能を持たせ続けてきたのではないだろうか。

Marathon 2012 

コンテストは嫌いだと公言している私だが、FOCのマラソンは別。ナンバー交換以外に、比較的ゆっくりとした会話をするのが楽しい。特に、しばらくお目にかからなかった友人・知人達と出会うのに良い機会なのだ。

今朝、寝坊をして8時過ぎにちょっとだけと思って21メガに出た。信号は強くないが、北米・カリブそれに南米・オセアニアと一通り開いていた。まず呼ばれたのが、Tom N6RA。もう数年間会っていなかった。友人Bill K1YTの幼馴染で、お二人が親しくしているのを知っている。今でも「有線電話」で定期的に話をしているとのことだった。Tomはサンタバーバラに移り住み、集合住宅に入ったので、アンテナが立てられないとのこと。カリフォルニア大学サンタバーバラ校のクラブ局から出ている由。再開を約束して別れた。その後、Alan VE3HXとも久しぶりの交信、共通の友人Tom K6TSを亡くしたことを互いに残念がった。その他、新旧取り混ぜて、20局程度から呼ばれただろうか。仕事に遅刻する~と思いながら、ぎりぎりまで粘ったが、コールされるのが途切れたところで、スイッチを落とした。

で、仕事場には、3時間ぶっ続けで患者が途切れることがなかった・・・ふ~~疲れる。

夕方は、ヨーロッパ勢を迎え撃つ。

休診 

お隣の婦人科診療所が、休診になってもう2週間程度経つ。これまで、ひっきりなしに車が出入りしていたお隣の駐車場がガランとしている。間接的に入ってきた情報では、院長をなさっているN先生が、消化器系の悪性腫瘍にかかり、手術を受けるためのようだ。最初、2,3か月の休診と聞いていたが、診療所の入口に張られた張り紙にh、3,4か月の休診と書いてあったとある。彼とは、垣根越しに二三度声を交わし、また以前外科系内科系別々な医師が従事していた休日救急診療所で、一二度ご一緒させて頂いた程度の付き合いだった。いつもにこやかで、てきぱきと物事を処理する、優秀な医師のようにお見受けした。

彼も、大学、地域基幹病院で働いていたころは、悪性腫瘍を専門となさっていたようだ。ここで開業してからは、当初お産も扱っていたが、福島県立大野病院事件の後、大学からの医師の派遣がなくなったのか、それとも、自らお産によるリスクを負いきれぬと考えられたのか、お産は取りやめられたようだった。

婦人科だけ診療するようになっても、患者さんは結構多く、仕事は順調に進んでいる様子だった。それが、今回この事態だ。まだ50歳台半ばで、無念なことだろう・・・もちろん、彼が院外薬局の薬剤師に語ったように、生還してまた復帰するという希望を持ち、実際そうした経過になることを切望するものだが、どのような状況におられることだろうか。

開業医の辛さを、N先生の休診に際して改めて強く感じる。一旦休診、ましてや廃院になると、医師としての収入は途絶え、それまで設備に投資してきた多額の資金は回収できず、借金だけが残る可能性が高い。また、一緒に仕事をしてきたスタッフも一遍に失職する。患者さんも困るかもしれないが、きっと紹介を受けたり、また自分で探し出して次の主治医を見つける。開業医の休診、廃院のもたらすインパクトは並大抵のことではない。病気のために仕事をできなくなる事態は、どのような職種であっても重大な危機だが、開業医にとっては生半可なものではない。

N先生は、息子さんが外科医をされている近くの大学病院で治療を受けられている様子だ。快癒され仕事に早く復帰なさることを祈りたい。