BKの頻用について 

交信中に、BKで送信を終える方が目立ってきた。無線交信は、手間がかかっても、相手と自分のコールを、送信の最初と最後に送出して、自らを名乗るのが礼儀であり、法令にも則っているはず。それが、どういうわけか、BKで省略してしまうことが頻繁に起きるようになっている。

BKで送信を切り上げることが、スマートなやり方だと思っておられるのかもしれない。少なくとも、相手と自分のコールを繰り返すことで省かれる時間はたかが知れている。BKを用いる効果は、ただ一つ、相手に交信を急がせることだ。

何度かここでも取り上げたが、BKは、送信を「通常ならざる形で一旦切り上げる」ということだ。BREAKは、通常の流れを一旦強制的に止め、はしょるような効果を及ぼす。

昔は良かったということは避けたいが、BKを頻用することは昔はなかった。相手のコールと自分のコールを打つことによって、交信の「形」が整い、受信から送信に移る側に、その気構えを促す効果があった。それが失われると、交信はせせこましく、終わることを促されることになる。

実際に、BKで返してくる局とは、ラグチューにはまずならない。そして、こちらもラグチューを楽しむことはご遠慮申し上げることになる。

ただ、リポートを交換し、カードの交換を約束するだけでは、何ともつまらない。私は、BKで送信を切り上げる方とは、すぐに交信自体を切り上げることにしている。

あの交信の仕方は、アマチュア無線を窮乏化させる。

母の一周忌 

うかつにも、母の命日が昨日であったことを失念していた。それまでは、あと何日で命日だと時折思い出していたのだが・・・。

姉が、母の一周忌の集まりにと、ある文章を送ってくれた。私の母の晩年は、まさにここに記されている通りだと思った。母は、苦しいこともあっただろうが、あるべき老いを生きて、その姿を我々に見せて旅立っていった。昨年の母を見舞ったときに記した文章を読み返してみた・・・。


以下、引用~~~

最上の業

この世の最上の業は何?
楽しい心で年をとり
働きたいけれども休み
おしゃべりしたいけれども黙り
失望しそうなときに希望し
従順に平静におのれの十字架をになう

若者が元気いっぱいで神の道を歩むのを見てもねたまず
人のために働くよりも
謙虚に人の世話になり
弱ってもはや人のために役立たずとも
親切で柔和であること

老いの重荷は神の賜物
古びた心にこれで最後のみがきをかける
まことのふるさとへ行くために
おのれをこの世につなぐ鎖を少しずつ外して行くのは
真にえらい仕事
こうして何もできなくなれば
それを謙虚に承諾するのだ

神は最後にいちばんよい仕事を残してくださる
それは祈りだ
手は何もできない
けれども最後まで合掌できる
愛するすべての人のうえに神の恵みを求めるために

すべてをなし終えたら
臨終の床に神の声をきくだろう
「来よ、わが友よ、われ汝を見捨てじ」と

            春秋社「人生の秋に」
            ヘルマン ホイヴぇルス著

引用終わり~~~



VEフランクルは、この思想を、老いだけではなく、人生の全体に敷衍して、「運命を受容する価値」を唱え、この価値を実現することが人生の究極の目的になることを述べた。人生が傍から見てもっとも落ち込み、悲惨な状況になったとき、人生は実はもっとも輝くという消息があるのだろう。

老いを迎えるのは、容易なことではない。だが、この価値を実現し、自分の人生の終焉を迎えたいものだ。

5月3日に家族が集まり、母を思い起こす記念会を、こちらで開く。

人生の不思議 

KTちゃんは、近所の知り合いのお家のお嬢様だ。もう二十歳を過ぎたという。彼女と初めて会ったのは、もう20年近く前になる。それは普通のことではなかった。

当時、まだ近くの大学病院で仕事をしていたのだが、朝、出勤の準備をしていると、彼女のお母様から悲痛な叫び声のような電話が入った。KTちゃんが、お風呂の湯の張ってある湯船に落ちてしまった、すぐ来てほしいということだった。大急ぎで彼女のお宅に向かった。数分以内に着いたのだったと思う。畳の間に蒼白になったKTちゃんが横たわっていた。心拍はあったが、呼吸が見られない、または弱くなっていたのだったと思う。蘇生をし、救急車で仕事先に向かった。結局、低酸素脳症で軽い脳性まひ様の症状が残った。精神運動面での発達も、普通のお子さんよりは遅れた。が、お母様が頑張って中学まで普通学級へ通学させたのだった。

今夕、彼女のお母様からまた自宅に電話があった。何年ぶりだろうか。私の元の職場に電話したら、私がリタイアしたことを知らされた、とのことだった。KTちゃんが、急に咳をし始め止まらなくなってしまったとのこと。私が非常勤で仕事をしている、私の元の職場に電話を入れ、そこの先生に承諾を得て、そこでKTちゃんを診させて頂いた。喘息のようだ。吸入でかなり改善。お話をお母様から伺うと、KTちゃんは現在作業場に通い、仕事をしているらしい。人と関わる仕事がしたいと、特殊な介護の資格も得たらしい。現在の仕事場でも、真面目に休まず仕事をするので、頼りにされている、とのこと。

久しぶりに会ったKTちゃんは、小柄で痩せていたが、きれいな目をした女性に成長していた。きいたところでは、音楽を愛し、ピアノの演奏もされる、とか。彼女の存在があったためだろうか、姉妹も医療関係に進んでいる様子。お母様も、介護の仕事をフルタイムでこなしている。以前から、思っていたのだが、彼女も、彼女の家族も、彼女がこうした障害を負ったことを何の負い目とも感じず、透明感のある明るさを感じさせる生き方をなさっておられる。彼女の負った生涯は、世間の目から見たら、大きな重荷なのかもしれないが(そして、実際生活の苦労は伴うのだろうが)、彼女とご家族は、そうは感じていない様子だ。その事実を静かに受け入れ、その上で、生かされていることを周囲に存在自体を通して示しているかのようだ。

人生の不思議を改めてみた思いがした。

撤退も、留まるも大変 

名もなき一介の診療所を閉院するとき行うべき手続き・・・関東厚生局へ保険診療を終える届け(届と言いつつ、かなり面倒)、同じく保健所に届け、社会保険への手続き、医療保険についての手続き、各業者(半端な数ではない)への連絡(NTTは法人の印鑑証明まで要求する)、法人の決算関係・定款変更、スタッフへの退職金、先月までは、普段の仕事をしながら、これらを行い、仕事終了後も請求事務があり・・・リタイアした今も、まだすべてを終えられない。これ以外に、私の仕事を継承される医師との打ち合わせ、サポートがある。自分への退職金も考えなければ。自分の年金、医療保険も・・・。医療機関と言う社会的な存在が消えるために必要な手続きと言えばそうだが、いかにもすさまじい事務量だ

仕事と言えば仕事だが、小規模医療機関は、最後まで大変だ。

m3という医師のためのネットのサイトを見ていると。「一般名処方」という今春新たに導入された診療報酬の規則で、医療現場が右往左往させられている様子が分かる。右往左往させられているのは、大体において、中小医療機関。厚労省の薬品名マスターが不完全なためと、例外規定があることと、一般名処方をするとトンでもないゾロ品が薬局の一存で出されることと・・・。トンでもないゾロ品で何らかの重篤な副作用が起きても、医師も薬剤師も責任を負わなくて良いと厚労省は言うが、やはりまず医師に批判の矛先が向かうことだろう。厚労省がこうまで無責任なことを言ってまで、ゾロ品導入を進めたいのか、意味が分からない。大体において、こうした規則を導入するに先だって、出現しうる様々な状況を考えておくべきだったのだが、思いつきをそのまま現場に押し付けただけのようだ。医療現場も大変だ。

この一般名処方という施策は、恐らく次の診療報酬改定では、取りやめになるはず。一処方2点(20円)の加算では、とても手間に見合わないのと、何が処方されるか分からぬという不安で、医療機関側は二の足を踏むことになるのではないだろうか・・・でも今のところ、医療機関はこの制度を取り入れることに努力している様子。どうみても、官僚に踊らされているとしか見えない。傍で見ていて、哀れを催す。

撤退も大変、とどまるのも大変

Cello Talk 

上記のタイトルで、エマーソン弦楽四重奏団チェロ奏者 David Finckel氏が、Youtube上で連続したvideo clipをアップしている。それを「こうふくの弦楽工房」の主催者がまとめておられる。こちら

弦楽器の学習というのは、教える方も教わる方も極めて個別的であって、ネットで教授する、されることには正直懐疑的だったのだが、Finckel氏の情熱あふれるネット授業を目にして、考えが多少変わった。

短い時間のなかで、ポイントと思われることを要領よく話しておられる。深いビブラートをかけるときに、左手の指を寝かせ、さらに弦に向かって90度以下の角度で指が交わるようにするという理由が初めて分かった。saultier(だったか)のやり方を教えてもらったことがなくて、苦労していたのだが、彼のサジェスチョンで大分理解し、できるようになったような気がする。とてもためになる。

一方、こういっては失礼化もしれないが、授業料のとれないネットでの公開授業は、彼にとってどのような意味があるのだろうか、という疑問がわいた。これだけの内容は、非公開の有料コンテンツであっても視聴する価値がある。音楽への彼のnoblesse obligeなのか。演奏旅行の先々、ホテルで録画もなさっている。その熱意に敬服である。

エマーソン弦楽四重奏団の音源を求めてみたいと思った。BSから録画したものがあったはず・・・。ネットの便利さ、それを利用して自らの技術を惜しみなく公開する音楽家に感動した。

ただし、このclipだけでチェロをマスターすることはできない。やはりチェロの先生について練習を重ねることが必要だろう。

滅びゆく技能 

ここ数日、忙しい日を過ごした。土曜日・月曜日と仕事だった。またウイルス性の胃腸炎が流行している様子。

で、今朝は、しばらくぶりにのんびりできると、コーヒー片手にシャックへ。21メガのSSBで北米が聞こえる。CWに移って、CQを出すが、応答がない。メモリーキーヤーから、エレキー、さてはバグキーまで動員したが、やはり応答なし。普段覗くことのない、リバースビーコンを見ると、私の電波が北米まで届いているのが分かる。しばし、考え込み、かなりブルーになって、英語ブログに悲観論丸出しの文章をアップした。

何度も繰り返し記してきたことなのだが、CWが滅びゆく技能なのかどうかは別として、CWのactivityは確実に世界規模で下がっているのを実感する。CWは、コンテストとアワードのためのものという観念が、ハムのなかに植え付けられているのではないかしらん。それらがアマチュア無線の楽しみ方の別な側面という言い方もしばしばされるが、私は、普通の交信と、それらの交信が両立しがたいのではないかと感じている。道具としてCWを観ると、時間をかけて、CWで普通の交信をする等というまどろっこしいことはやっていられぬ、ということになるのではないか、と思うのだ。

ま、滅びゆく技能を見届ける役回りも、それはそれで良いのではないかと、最近は思っている・・・というようなことは繰り返し述べてきた通り。

で、おもしろかったのが、その後何局か応答を貰ったのだが、CQを出す際に応答率が一番良いキーは、バグキーだ。縦ぶれも使えば同じ効果があるだろう。ついで、エレキー、メモリーキーヤーの順。勿論、バグキーでの送信が一番時間を食うので、送信時間の補正をしなければはっきりしたことは言えないが、印象としては、バグキー・縦ぶれが、エレキーの類よりも応答率が良いのは、経験的にはっきりしている。ここまで書いて、同じようなことを以前にも書いた記憶がよみがえってきた・・・ま、いいか。キーイングの微妙な揺らぎが、それの乏しいキーイングに比べて、耳に心地よく聞こえるということだ。

でも、みなさん、忙しい様子。リポート名前の交換を終えると、QRTするとかなんとか言って、どこかに消える方が多数。それに相変わらず、送信の最後のIDを省略して、BKで受信に移る方が多い(これをやられると、こころに寒々としたものが走る)。

やはり、滅びゆく技能ということか 苦笑。

と、同じ結論を記して、今朝の運用日記とする。

売ることが最大の目的のマスコミ 

人の関心には、さまざまなレベルがある。高潔な意図から出たものから下劣な根性に由来するものまで。マスコミは、そのどちらに照準を合わせているのか。

マスコミも、ニュースが売れることが、最大の目的なのだろう。すると、人の下劣な、さもしい野次馬根性に媚びるようなニュースを流すことが彼らの仕事になる。

時の権力、公的・民間を問わず、に迎合するニュースとともに、マスコミの本態は、こうした人の下劣な部分に照準を合わせたニュースを流すことにあるかのようだ。

亀山での痛ましい交通事故(というより、犯罪か)に関連して、但馬救命救急センターの医師が、マスコミの無法ぶりに怒っている。

こちら

ワイン 

改めて住まいの貯蔵庫、納戸の整理を少しずつ進めている。仕事場から持ち帰った物品の置き場所を作るためもあるし、過去云十年の堆積物を整理するためでもある。

で、大量に出てきたのが、ワイン。赤、白合わせて20本以上はあるだろうか。皆頂き物である。私は、あまりアルコールが行ける方ではないのだが、呑む方に受け取られているのか、またはただ呑まないでため込んだためなのか・・・。

で、早速、白ワインを一本開けて飲み始めた。少し早目の食前酒。ワインというと、研修医(レジデント)をしていた時代を思い起こす。まとまった休みも取りにくく、自宅に帰って、簡単な食事をとりながら、ワインを呑むのが楽しみだった。

時には、料理を準備して友人を呼び、ワインで乾杯することもあった。大学の同級生が二人、東京からはるばるやってきて、少し先輩の女医さんも呼んで過ごしたことがあった。家内の得意料理・・・というか、当時彼女の作れた唯一の料理、鶏肉のトマト煮を食べつつ、ワインを傾けた。「大貧民」というゲームをやった。レジデントハウスは狭く、汚く、決して居心地はよくなかったが、それでも楽しい時間を過ごした。気が付いたら、夜が白々と明けていた。

と、食前酒のワインを注いだグラスが空になりかけ・・・さて、夕食を作るか・・・。

ブラームス インテルメッツォ 

ブラームスの室内楽の特徴の一つは、親密さ、作曲者たるブラームスが、聴く者に演奏者を通して語りかける親密さなのではなかろうか。

私は、あまり鍵盤楽器の曲を聴かないのだが、昨夜寝る前に、バックハウスの弾くIntermezzo OP118を聴いた。月並みな言葉だが、テンポや色調を大きく変えることをしない演奏だが、それが、音楽の持つ聴く者への親しみ、こころの襞を分け入ってくる親密さをむしろ際立たせている。

このルプーの演奏は、大分ロマンチックな演奏で、音も美しい。これはこれで良いが、やはりこころ落ち着かせる音楽は、バックハウスの演奏か。

引退小児科医の戯言 

小児科医、それも市中の臨床最前線の小児科医として仕事を続けてきて感じたことの一つが、所謂風邪症候群への対処について、系統だった研究もなければ、そうした研究に基づく対処方法の知見も乏しいことだ。私は、研究をしたわけではないし、臨床現場でその不足を感じてきただけなのだが、感じたことを少し記してみたい。

所謂、風邪症候群の多くはウイルスによる上気道炎だが、同症候群と判断されてきた症例に、かなりの頻度で、アレルギー性鼻炎、副鼻腔炎が単独またはウイルス感染と併存することがあるように思える。以前にも記したが、私の受けた現場教育では、診療に際してルーティンに、鼻腔を覗くことをしてこなかった(今は、この点改善されているのかもしれないが、一般臨床では、まだまだ小児科医は鼻腔は観ないことが多いようだ)。が、良く観察される口腔と同等、またはそれ以上に重要な所見を呈するのが、鼻腔だ。これまでの小児科医は、鼻・耳の問題と考えると、すぐに耳鼻咽喉科への紹介を考える。でも、鼻腔・副鼻腔の問題が、所謂風邪症候群に持つ意味の大きさを考えると、小児科医も鼻腔所見はぜひとも取るべきだろう。耳鼻咽喉科でも、幼少児の場合、内服薬投与と吸引吸入をして終わりということが多く、繰り返すことへの対処をされぬことが多い。

鼻汁・鼻閉を繰り返すこと、具体的には、口呼吸をする、いびきをかく、飲み込みにくいということが、繰り返していないかを尋ねることも大切だ。朝、痰のからむ咳をすることも、後鼻漏を反映していることが多い。年長児であれば、後鼻漏を直接訴えることもある。allergic shinerや allergic grimace等の所見も有用だ。全身状態は良いのに、こうした症状を繰り返している場合は、鼻炎・副鼻腔炎を考慮する必要がある。親は、それを当たり前のことと思い込んで、医師に訴えぬことも多い。

鼻炎・副鼻腔炎があると、生活の質を落とし、狭い意味での風邪症候群を生じやすくなる。また、乳児の場合は、哺乳困難になる。また、睡眠が十分とれなくなる。虫歯・中耳炎等を起こす。等々の問題を生じる。

鼻水・咳があると、機械的に去痰剤を出すだけという処方をされる小児科医が多い。さすがに、抗生剤をバンバンだしたり、中枢性の鎮咳剤を処方したりする小児科医は減ってきたが、まだ時折見受けられる。慢性の、または繰り返す鼻水・咳を観たら、必ず鼻腔を観察し、さらに鼻炎・副鼻腔炎を念頭に置いた病歴の聴取を行うべきなのだ。

もう一点、気管支ぜんそくの小児の8割では、慢性副鼻腔炎・鼻炎の合併があると、奥田元日本医大教授は、その好著「アレルギー性鼻炎」のなかで記しておられる。副鼻腔炎と気管支ぜんそくの関連は、昔から記載されてきた通りで、気管支ぜんそくの場合、鼻炎・副鼻腔炎を念頭において診療すべきだと思う。気管支ぜんそくを専門に治療している医療機関でも、慢性副鼻腔炎・鼻炎への対処が不十分ないし全くなされていないことが結構ある。後者の治療が不十分だと、気管支ぜんそくのコントロールに悪影響を及ぼしうる。

と、偉そうに記してみたが、引退した小児科医の戯言として誰からも注目されないのだろうな 苦笑。鼻炎・副鼻腔炎は、生活の質を落とすことはあっても、生命にかかわることはないし、多くの場合、自然治癒傾向がある(でも、一部は確実に大人まで問題を持ち越すが)ので、大学や基幹病院での研究テーマにはなりにくいのだろう。それに、研究の方法論がなかなかなさそう。

陳腐な自己肯定ととられるかもしれないが、これらの慢性副鼻腔炎・鼻炎をいつも念頭において診療してきたことで、少なくともいくばくかの患者さんには生活の質を上げ、様々な合併症を起こさないで成長してもらえたのではないかと、信じている。科学的な知見の集積というよりも、いわば現場での経験に基づく技術的が知見が身に着いたということだろう。残念なことに、それを次代の小児科医に継承してもらうすべはない。学問と言う形を取らないのだから、それはそれで仕方のないことなのかもしれない。もしここをご覧になっている若い小児科医諸君がいたら、鼻腔・副鼻腔という炎症の好発部位も、診療の際に注意して観察し、それに関する病歴・所見を取ってもらえたらと念願する。

そう言えば、今は亡き五十嵐先生も、耳鼻科的な診察・診療技術が、小児科にとって必要なことを、身を以て教えてくださったことがあった。彼が自治医大の小児科を去り、北海道厚岸町の町立病院に赴任なさり、地域医療を実践し始めたころ、自治医大で姿をお見受けしたことがあった。どうして戻ってこられたのかお聞きしたら、耳鼻科で研修を受けているのだと仰っていた。彼は、ものごとを突き詰めて考える小児医であったので、臨床現場で耳鼻科的な診療技術がどうしても必要だと考えたのだろう。

こうしたありふれた問題が、医学教育でいつ重要なこととして取り上げられるようになるのだろうか。もう変化は生まれているのだろうか。一生に一度お目にかかるかかからないかという病気を詳細に研究することも医学の進歩だろうが、ありふれていて重要な疾患が置きわすられているようにも思えるのだ。

リタイア生活 

ようやくリタイア生活に落ち着きが見え始めた、この週末、収納用のラックを買いにでかけ、それを組み立て、さらに庭の草むしりに精を出した。週末に帰宅する娘が良く手伝ってくれる。

無線は、JIDXCそれにヨーロッパのどこかの主催らしいGCという二つのコンテスト、それに聞こえないが、ジョージアのQSOパーティも開かれているようだ。JIDXCもCONDXが比較的良い割には、参加局が少なくなっている印象があった。コンテストのリストラが必要なのではないか。JIDXCの始まる直前、Bill W7GKFに14メガで呼ばれて、この夏のシアトルでのミーティングのこと、ホテルや交通機関の予約のことなどを伺った。交信終了とともに、JIDXCに突入。ポイントを差し上げた。

コンテストには全く食指が動かず、日中二三度7メガでCQを出し、JAと交信するが、QTHをJCCナンバーで送られるのには、参った。早々にお開きにした。何で、まともな交信をしないのだろうか。アワードも楽しみの一つだと思うが、「それだけ」では味気ない。

明日は仕事。最後の給与明細の提出。リタイアしたら、時間を建設的に使うことというAlan KF3Bの言葉が切実に感じられる。毎日何かやり遂げること、たとえ小さなことでも良い、それが必要なのだろう。

AIJ問題 

例のAIJ投資顧問が、厚生年金基金それに厚生年金の一部、2000億円弱を運用の失敗でなくし、運用がうまくいっていないことを隠して、厚生年金基金から投資を募り続けていた問題。AIJの社長、その配下の証券会社ITMの社長、それにAIJと厚生年金基金の中を取り持った元社会保険庁官僚の三名が、昨日国会で証人喚問されていた。私は、昨日車を運転しながら、後の二者の証言を大体聞いた。

彼らの責任逃れ振りがすごい。ITMの社長は、AIJに完全にコントロールされていた様子だが、自社の取り扱うファンドの監査報告書を最初の二年間しか読まなかった、その後は、AIJ社長の言うがままに、受け取った監査報告書を開封せずにAIJ社長に渡ししていたという。いわば、AIJのロボットである。元社会保険庁官僚は、AIJの売り出すファンドを厚生年金基金に紹介していただけであり、詐欺的な運用だったことは知らなかったと主張していた。しかし、彼の投資顧問会社設立時から、AIJの資金供与を受け、その後も引き続き資金を受け取っていたこと、彼が紹介したファンドの主要なものがAIJの商品であったことなど、ずぶずぶの関係であることは明らかだ。

こうした事実は、すでに報道されているし、やがて刑事事件として立件されるのだと思う。で、感じたことの一つは、国会議員の調査能力が殆どないこと。殆ど新聞などに載っていることを質問し、本質的なところに切り込めていなかった。最後に証人を罵倒するような言葉で質問を終えるだけ。あのような証人喚問では意味がない。

社会保険庁のOBが多数天下っているという、厚生年金基金との関係について、突っ込むべきだと思ったが、それをわずかにやっていたのは、共産党の佐々木議員のみだったような気がする。ITMの交際費は、過去3年間、1600から1800万円程だったということだ(AIJも厚生年金基金の人間を接待しているようだが、聞き逃した)。ITMの顧客は、厚生年金基金だけだから、この線で洗い出せば、この厚労省外郭団体と、こうした年金を食い物にする投資会社との関係が浮かび上がってくるだろう・・・に、そこに突っ込みを入れる議員が彼以外いなかったような気がする。この問題を、上記三名だけの民間人の犯罪ということで幕を引かせてはいけない。

この事件で明らかにすべきは、以下のような点だろう。金融庁・厚労省等がここまでひどい結果になるまで見抜けなかった(または、目こぼしをしていた)こと、官僚を抱き込んで杜撰な投資を年金基金に行わせ甘い汁を吸う連中がいること、リスクの高いファンドを積極的に年金運用に用いさせる投資顧問がいること、行政と業界が裏で結びつく構造的な問題があること。特に、最後の構造的な問題に関しては、他でも行われている可能性があり、徹底的な追及が必要だ。

茨城北部から福島へのドライブ 

リタイアしたらやってみたいと思っていた、行き先の定まらぬドライブ。昨日午後、ふらっと茨城県北部からいわき方面に出かけてみた。

高速道路、北関東自動車道はがらがら。ごらんの通り。

044-1.jpg

常磐道は、それなりに車が走っていた。日立を過ぎた辺りで下の道に降りたが、ナビがあるのに迷う・・・というか、幹線道路の6号線から外れてしまう。この茨城北部は、家族がまだ若かった頃に、しばしばドライブに訪れたところなのに。走行中の勘が落ちていることを実感。

北茨城市、いわき市等々、街並みは依然と変わらず、6号線も以前の交通量だ。平日だったこともあるかもしれないが、小名浜で観光客等見かけない。観光客相手に魚を売る店にも客がいない。

小名浜の岬に行ってみた。初めて訪れるところ。海岸に面しての高台だ。立派な道路、駐車場があり、手入れのされた遊歩道が、丘陵に巡らされていた。海岸に面して、切り立った崖が続く。

056-1.jpg

この岬に、とても立派なリゾートホテルがあるのを発見した。ところが、営業停止中との看板。津波での被害はなかったはずの高さだし、外から見る限り、地震でも大きな被害を受けたようには見えないが、やはり風評被害?実際、この辺りは、原発から南に30km前後であり、事故当時は、結構な被曝があったのかもしれない・・・でも、現在は問題ないはず。建物の一部には明かりが灯り、車も数台停車していた。営業を再開する準備をしているのか。

岬の丘陵地帯の桜。ようやくほころび始めたところのようだ。茨城県も日立や、その周辺では、桜が満開だった。

059-1.jpg

茨城県北部の風景、それに道路も気に入っているところなので、また訪れてみよう。でも、一人だとやはりつまらない 苦笑。もっとも、ドライブ中、例のAIJ関連の国会証人喚問を聴き続けていたので、退屈したことはなかったが、一人旅を強行する年齢ではなくなったということだ。

自らには甘く・・・ 

議員定数削減もどうやらうやむやになりそう。

豪華な議員宿舎も、築5年で1割値下げだそうだ。元々の賃料が、民間相場の1/3程度と聞いたことがある。築20年もしたら、4割の値下げになるのだろうか・・・。

議員の方々は、こうして自らには甘くしているので、増税などによる国民の痛みは理解できないのだろうね。

議員の懐を云々するという主旨ではない。立法に関わる立場の方にモラルハザードがあるのではないか、ということだ。


以下、引用~~~

「豪華すぎる」議員宿舎、使用料下げ8万4千円

2012年4月12日(木)21時34分配信 読売新聞


 東京・赤坂の衆院議員宿舎の月額使用料が今月から約8000円引き下げられ、月額8万4291円となったことが12日わかった。

 同宿舎は2007年に新築され、入居が始まった。衆院事務局は、建築年数が経過した場合、賃料見直しを認める国家公務員宿舎法施行規則に準じ、引き下げたと説明している。

 宿舎は総戸数300戸で、間取りは3LDK(約82平方メートル)。衆院議院運営委員会の小平忠正委員長は12日、国会内で記者団に対し「(賃料引き下げは)ルールに準じてやっている」と述べたが、宿舎は都心の一等地に位置し、「豪華すぎる」との批判も浴びている。

Pete W9FPZ 

最近、何度か交信しているインディアナのPete W9FPZ。72歳のリタイアしたCWを愛好するハムだ。

何時も驚かされるのは、彼が用いているアンテナが室内アンテナであること。とてもよく入ってくる。

画像を送ってくれるように頼んだら、これらの画像を送ってくれた。ガレージの天井裏、高さは6m程度。40から10mまでのダイポールをパラに張っているようだ。40、30mは、ローディングコイルが入っているようだが、他のバンドはフルサイズ。住んでおられるところは、特に高台ではないらしい。CONDXに助けられていることもあるのだろうが、これに200Wという設備で、いつも20mでソリッドコピーの信号を送り込んでくる。

昔は、ビッグステーションのアンテナ群に感嘆していたものだが、最近は、こうした設備で楽しんでおられる方にお会いすることの方がエキサイティングである。


ANT 1-1

ANT 2

ANT 3

ANT 4


JA向けに窓を開け放っているのではないかとジョークを飛ばした。それが彼に受けた。

今回頂いた彼のメールの最後に、「窓を開けておくから・・・」とあった。

Steve KB6VSE 

リタイアの話題を、既にリタイアしている友人、特に米国の友人にすると、反応は二通りだ。

リタイアしたら、バラ色の人生が開ける。なすべきことが次から次に湧き出て、リタイア前よりも忙しくなるぞ、という方。もう一方では、ご自身の経験から、仕事のことが忘れられない、何か大きな穴がこころに空いてしまったかのようだ、という方もいる。どちらかというと、前者の積極派が多数を占める。

この違いは、職種には関係しない。専らその方の個性を反映するのだろう。後者は、過去を、良く言えば、大切にする、ありていに言うと、過去に囚われる方なのだろう。人生の生き方の一般論としては、前者がより良い生き方になるのかもしれない。でも、私自身、後者のように感じる方に同感するところがある。多くの方は、きっと後者から徐々に前者になってゆく、または両方の感じ方を何時までも同時に持ち続けるのかもしれない。

Steve KB6VSEは、どちらかというと、後者に属するようだ。カリフォルニア北部、レッドウッドの群生する地域の国立公園の管理官を最後に、1年半前にリタイアした方だ。生まれ、育ちは、ベイエリアのPalo Altoと聞いたので、私の最初の米国旅行のことを少しお話した。Mountain ViewのHilton Innに滞在し、あの半島中心部を南北に走る、El Camino Real沿いの立派なレッドウッドの並木が、印象深かったことをお話しした。それに、Stanford大学に短期間滞在したこと、も。

彼は、Stanford大学の構内で、子供の頃によく遊んだとのことだった。6年前リンパ腫で奥様が亡くなる前の1年間、同大学の病院で過ごし、幹細胞移植も受けたことも伺った。辛い日々だったが、輝かしい日々でもあった、と。レッドウッドは、あの通りのものはまだまだで(それでも、優に30mはありそうな立派な並木だったが・・・)、Humboldt市に行くと、樹齢1000年を超え、高さが100mはある(と、Steveは言っていたと思う)レッドウッドがある。機会があれば是非訪ねてみると良い、とのことだった。

彼が会うたびに言うのは、公園管理官をしていた時代が懐かしい、仕事をしていた日々が忘れがたいということだ。リタイアしてから、それだけ時間が経っていても、仕事を思い出して、そんな風な気持ちになることかと、自分の感想と共鳴しあうように感じる。

でも、私のリタイア祝いに下さったカードには、リタイアメントが健康で楽しい時間と、良い仲間をもたらすようにと記されていた。彼は、Eurekaの自宅から、無線設備のある北カリフォルニアの家まで車で行き来しているようだ。自宅から無線機をリモートコントロールして出てくることもある。前に記したかもしれないが、ネット回線のlatencyの問題で、短点や長点がつながってしまうことがあり、そうした電信はまるでクロスワードパズルのようになる・・・。それで受信に困っていると、それをまた楽しんでいる様子だ。きっと今は、徐々に過去への囚われから解放されつつあるのだろう、か。

彼が下さった祝い状には、立派なレッドウッドの写真があった。

PS;QRZ.comの彼のページを見ると、Bendowというコミュニティがいかに素晴らしいところであるかが分かる。

ゾロ品 

医療薬品のなかで、オリジナルの先発品の特許が切れた時に、多少安い薬価でぞろぞろと出てくる二番煎じの薬品をゾロ品という。

ゾロ品は、薬物内容が先発品と同等であることだけが求められる。溶出試験でそれがチェックされるだけだ。薬品に添加された物質や、実際の薬効、それに副作用等に関して、事前に検討されることはない

財務省・厚労省は、ゾロ品を使わせることに熱心である。その目的は、勿論医療費削減だけである。ゾロ品の医療上の問題などわれ関せずである。今回の診療報酬改定でも、医師が処方箋を切るときに、一般名(商品名ではない、先発・後発品共通の学名)で処方すると、処方料が「2点」(20円)上乗せされる制度が作られた。この制度には、ゾロ品使用促進以外に、医師から処方権を薬剤師に移すという問題点もある。

で、知り合いの精神科医に最近聞いたところでは、その「一般名処方」にしたところ、ある院外調剤薬局で、それまで投与されていた先発品から、ごそっとすべてゾロ品に切り替えられたそうだ。数日もしないうちに、その患者さんは具合が悪くなったと医師に相談してきたらしい。薬局では、ゾロ品の方が値段が安いですよと、強くゾロ品を勧めたとのことだ。私も、かってこの制度ができる前に、気管支ぜんそくに用いる、交感神経刺激剤の外用薬のゾロ品を処方したことがある。すると、効果はおち、副作用が増えた。その後の論文では、このゾロ品は、血中濃度の上昇が早く、急峻であるために、そのようなことになると知った。それで、すっぱりそのゾロ品を用いるのを止めた。薬局では、ゾロ品の方がマージンが大きいこともあり、ゾロ品を勧めるということである。

ゾロ品にも良い薬剤もあるが、うさん臭いものも結構多い。行政と調剤薬局は、ただ、経済的な理由で、ゾロ品を国民に押し付けていることを、国民は知らされていない。マスコミも全く取り上げない。

もう一点、この2点の増額で、結局処方の責任は、医師が負わされることになる。薬局の判断でゾロ品に変更されても、その情報を薬局から医師に知らされることに、建前上なっていて、それで医師に責任が発生するらしい・・・行政も薬局も無責任である。

私が知りたいのは、財務省官僚のかかりつけの医療機関では、この一般名処方を行っているかどうか、である。

原発再稼働の「政治判断」 

政治家が、原発の安全対策を了承する「政治判断」を下した。原発の安全対策という科学的な知見に基づくべき再稼働の最終判断を、素人同然の政治家が下すというのはおかしくないか。

彼らは、「プラント技術者の会」等の専門家による問題点の指摘に耳を傾けようとしない

原子力安全保安院と、原子力安全委員会という、原発の安全対策を検討し、問題点を指摘すべき組織は、「政治判断」の後追いをするだけ。彼らは、官僚の意図するところを代弁するだけの組織だ。原発推進策に見かけ上の公的な認証を与え続け、結果として、東電福島原発事故を招いた、いわば前科がある。斑目原子力安全委員会委員長は、東電福島原発が爆発することなどありえないと言っていた「専門家」だ。今回、彼らは、再稼働の可否を判断しないと、逃げている。

この「政治判断」は科学的根拠に基づいていない。この判断を下した政治家は、後々まで責任を負うことはない。

何たる無責任体制なのだろうか。科学的見地に立って、再稼働の危険を述べる人間は政府内にいないのか。


以下、引用~~~

閣僚協議、大飯の安全対策了承

2012年4月9日(月)22時15分配信 共同通信

 野田首相と枝野経産相ら3閣僚は9日夜、関西電力大飯原発3、4号機の再稼働に向けた4回目の協議を首相官邸で開き、関電の安全対策を大筋で了承した。関電が提出した中長期的な安全対策の工程表は、新たな安全基準におおむね適合していると判断。津波などによる全電源喪失対策も実施済みと評価し事実上、安全性を確認した。原発が再稼働しない場合、2010年並みの猛暑なら供給力が最大19・6%不足

高薬価、高収益、最大の内部留保 

製薬企業が、高収益を確保し続けている構図が下記論文で詳細に明らかにされている。

わが国の最大製薬企業、武田薬品の内部留保が、知らない間に2兆円を超えていたと知って驚いた。数年前は、1.7兆円だった。この不況のなか、利益をどんどんため込んでいる。

企業の努力と効率化のたまものによって、製薬企業のこうした高収益がもたらされているなら、傍からものを言うのは妬みともとれるかもしれないが、どうもそうではない。武田薬品工業は、多くの官僚が天下っていることで有名な企業だ。下記論文から見えてくるのは、行政と業界がつるんで高薬価を実現し、それにより高収益を得ているという構図である。

卑近な例では、一錠1000円を超す薬剤が最近小児科診療でも結構見られるようになってきた。製剤とは異なるが、予防接種の新しいものもすべて1万円以上する。社会的公正さを欠く、価格設定であるように思えてならない。薬が決定的に重要な、悪性新生物・膠原病等々の疾患にかかって初めて、この高薬価が身近な問題として感じられるようになるのだろうか。

医療は、社会的共通資本の典型的なものであり、そのコストの決定には、社会的な公正さがなければならない。現実に行われている医療費配分は、社会的な公正さを欠くものだ。


以下、MRICより引用~~~

製薬企業の高収益を適正化し、患者負担軽減・医療技術料の引上げ財源へ

全国保険医団体連合会「日本の薬価問題プロジェクト2011」委員 
小薮 幹夫(大阪府保険医協会事務局)

2012年4月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
内外に大きな反響をよび、厚生省(当時)の一連の医薬品行政改革にもつながった「薬価の国際比較調査(1994年、1995年)」(大阪府保険医協会実施)から16年。全国保険医団体連合会(保団連)は、1)日本の薬価水準、2)製薬企業の収益性・財務の実態―について、精細な調査を行い、「薬価の国際比較調査にもとづく医療保険財源提案」を発表した(2011年12月22日)。調査結果をもとに、医療費の供給側要因、とりわけ高騰する薬剤費の分析を踏まえ、医療保険財源のあり方について提言する。 

○ わが国では、患者負担増など需要要因にもとづく露骨な医療費抑制政策がとられた結果、「病人になれない患者」が増えている。一方、継続的な薬価引下げをしてきたにも関わらず、薬剤費は高騰し約10兆円にも達している。
○ 日本でよく使われている薬剤77品目の相対薬価(倍率)は、英国、フランスと比較して約2倍、ドイツと比較して約1.3倍であり、市場規模の大きい薬剤ほど2.2~2.3倍と高く、依然として日本の薬価水準が国際的に高いことが判明した。
○ 医薬品製造業の過去10年間の売上高営業利益率は、多額の研究開発費、販売管理費等を控除してもなお、全製造業平均の3倍近い異例の高水準を安定して記録している高収益構造を反映して財務上は異常なまでの内部留保も存在する。同じ医療保険財源に依拠しながら、医薬品業だけが高収益を享受している実態は決して看過できない。
○ 保団連は日本の医療費を対GDPで11%までOECD平均並みに引き上げることを提起している。こうした医療費の総枠拡大と同時に、医療費配分の最大の矛盾、高すぎる医薬品や医療機器の価格をせめて欧米並みに是正すべきだ。とりわけ薬価そのものの決定メカニズムについて、抜本的改善を図るべきだ
○ 例えば「後発品のない先発薬」の薬価を一律2割カットしただけでも、約1兆円を捻出することが可能。

1. 医療費高騰の分析視点―需要側要因から供給側要因へ
近年、わが国政権は高騰する医療費を抑制するためとして、保険料、窓口負担の引上げ、平均在院日数の短縮など受診抑制策を実行してきた。こうした需要側要因にもとづく露骨な医療費抑制策がとられる一方、医療供給サイドの要因に着目し検討した研究はほとんどない。

調剤医療費の変動要因を処方せん枚数と一枚当たりの調剤医療費(単価)に分解して対前年度比を調べると、近年の傾向として、一枚当たりの単価の伸びが調剤医療費を押し上げる要因になっていることがわかる。
巷間、診療報酬引き上げの財源確保のために薬剤費を削減してきたといわれる中で、処方せん一枚当たりの薬剤費がこのように高騰し続けている実態は、医療費高騰の要因がいわゆる“薬づけ診療”では説明できないこと、むしろ新薬の薬価そのものの決定メカニズムに大きな問題があることを明示している(参照1)。

元厚労省担当者が薬価交渉を指南―薬価算定の実態と不透明性
2009年12月から2011年3月までに新規収載された71品目をカテゴライズすると、類似の既収載薬がある新医薬品45のうち類似薬効比較方式(II)が採用されたのは1品目、その他はすべて類似薬効比較方式(I)が適用され、その29.5%にあたる13品目では有用性加算により、既収載薬より5%~25%の価格引上げがなされている。この加算率は製薬業界の要望に沿って、継続的に引上げられている。また、4品目で外国価格調整の適用により、価格の引上げが図られる一方、引下げはなかった
これら加算率の刻みをどのように決定するのかは、審査する厚労省担当者の裁量に委ねられている。元厚労省薬価審査責任者が某企業のセミナーで「当局との薬価取得交渉~薬価の算定基準・予測と当局の考える『値ごろ感』」というテーマで講演している。その要旨に「(新薬の)薬価算定については、算定ルールが公表されているものの、比較対照薬の選定、加算の有無および加算率の選定など、いくつかの点で交渉する余地が残されている。これらへの対応を最近の薬価算定の実際を踏まえて考察する」とある(参照2)。新薬の“値づけ”の妥当性について、疑義を抱かれても仕方ないだろう

2. 日本の薬価水準と製薬大手一人勝ちの実態
販売上位薬剤の薬価水準は依然として高い
2010年の市場規模(メーカー出荷額)上位100位までの薬剤で、米国、ドイツ、フランス、英国のうち3か国以上の国で薬価が判明した薬剤77品目を対象とした。各国の薬価は最新の薬価表(参照3)にもとづき、薬局購入価格(日本の薬局購入価格は2種類で推定)と、最終患者価格の3種類を円に換算し、海外の薬価に対する日本の相対薬価を求め、幾何平均値で比較した。
その結果、日本の薬価は、英国、フランスと比較して約2倍、ドイツと比較して約1.3倍であり、市場規模の大きい薬剤では、2.2~2.3倍と相対薬価(倍率)がより大きかった。薬効別では、抗うつ剤(SSRI)、降圧剤(ARB)の薬価がとくに高かった。
米国における薬局購入価格の実態の不明確さ(薬局価格・最終患者価格推定の困難性、一部に極端な高価な薬剤があること、自由価格制のもとでの価格維持と上昇など)を考慮したとしても、今回の調査結果(対米相対薬価0.75倍)から、米国の薬価の方が日本より高いと推察された。
他の薬価国際比較との関連では、英国保健省調査結果(参照4)(13か国の比較)による2008年の相対薬価は、保団連調査結果に近似し、今回の薬局価格と最終患者価格の中間的な値であった(ただし、日本との比較はない)。なお、日本のみ薬局マージンを含まない薬価基準価格そのもので比較した倍率では、対4か国倍率の幾何平均で2を超えるものは77薬剤中、6薬剤であったが、薬局価格では12薬剤、患者価格では10薬剤であった。購買力平価を用いた比較でも、英、仏、独より高く、米国より安価であるという点については基本的な違いはなかった。

一貫して製造業平均の3倍の高収益―景気変動とは無縁
医薬品製造業(以下、医薬品業)の過去10年間(2001年3月期から2010年3月期まで)の総合的収益性(総資本経常利益率・ROA)をみると、全産業平均及び製造業平均と比較した場合、医薬品業は、2001年から2010年の間にほぼ11~12%で推移している。全産業では、ほぼ2~4%であり、また製造業平均も2~6%で推移している。医薬品業の総合的収益性は全産業平均の3倍前後を記録し、2010年3月期には5倍を超えている。               
医薬品業と全製造業平均の利益率の格差をもたらした究極の要因は、売上高総利益率(粗利益率)の格差にあると考えられる(参照5)。事実、医薬品業では過去10年間には58%から66%の幅で推移し、全製造業平均の17%から21%のほぼ3倍の水準を記録している。さらに、東証上場の医薬品業のこの期間の売上高総利益率の平均値は、67%から71%という異例な水準を記録している。  
売上高で業界トップの武田薬品工業の過去10年間の売上高営業利益率は27%から43%の幅で推移している。売上高原価率は24%から41%の幅で推移している。このため売上高総利益率は70%を超える高率となっている。これまで比較的高い収益を得ていたトヨタ自動車など自動車製造業が2008年秋のリーマンショックや2011年のタイの洪水によって業績が低迷している一方、医薬品業は景気変動に左右されず他産業と比べても価格競争は極めて限定的で、需要の停滞がなく高収益構造を維持している。

武田一社の内部留保だけで消費税1%分
さらに医薬品業の財務内容を見ると、総資産に対する各項目の割合では、金融資産(有価証券+投資その他の資産)が総資産の60%にまで達している。負債は、約2割で少ない。利益の留保部分である利益剰余金は8割を占めており、非常に多い。この利益剰余金から負債を相殺しても6割以上が内部留保(狭義)として残ることになる。武田薬品工業の2010年度の利益剰余金は、消費税1%にほぼ相当する2兆2721億円に達している。株主から出資された資本金635億円の36倍もの利益剰余金が蓄積され、株主には毎期1000億円もの配当が行なわれている。株主資本分は、とっくに株主に返還済みといえる。これは医薬品卸業者や医療機関への高値での医薬品販売からの利益の蓄積によって形成されているものである。
利益の内部留保が蓄積されることによって、長期安定性を示す自己資本比率は非常に高くなっている。全産業では35%から41%、製造業では46%から51%であるのに対して、医薬品業のそれは68%から78%である。医薬品業は全産業の約2倍、製造業の1.5倍の自己資本比率を有している。収益性が高いことによって、利益剰余金が増える。このため負債比率が低くほぼ30%であり、全産業の約150%、製造業の約100%よりも大幅に低い。それだけ借入や社債発行をしなくても経営ができることを示している。
武田薬品工業の自己資本比率は80%から83%であるのに対して、医薬品業のそれは70%から74%である。ほぼ10ポイント高く、製薬業界の中でも際立った安定性が保たれている。大手5社(武田薬品工業、大塚HD、第一三共、アステラス製薬、エーザイ)平均では64%、準大手10社平均では77.2%と高い。後発品6社平均では47.2%で、前者に比べて低くなっている。このことは大手5社や準大手10社の利益の内部留保を示す利益剰余金(とりわけ任意積立金)が増大したことによる。なお、医薬品業に対しては、研究開発費の損金処理以外にも、研究開発税制として約600億円の特別な減税措置も取られている(参照6)。
一方、同じ医療保険財源に依拠している医薬品卸や医療機関の経営環境は、悪化の一途である。10年度の各企業の決算でも大手製薬企業26社の経常利益率は18.4%であるのに対して、医薬品卸業連合会加盟92社のそれは0.63%と過去最低水準まで落ち込んでいる。医療機関経営においても、医科診療所の経営指標である損益差額(可処分所得ではない)は、落ち込みが顕著になっている(参照7)。

3. 患者が支払い可能な薬価か
お金の切れ目が薬(命)の切れ目
長引く経済不況の中で、「患者になれない病人」が多くいることが報告されている。とりわけ、高い薬価の医薬品を使用せざるを得ない癌、糖尿病、リウマチなどの疾患では、患者負担が深刻であると想定される(参照8)。まさに、「お金の切れ目が薬(命)の切れ目」であり、患者が希望する医薬品を経済的事情で使えない実態がある。
国民皆保険制度の下で、国民は等しく医療を受ける権利があるにも関わらず、必ずしも安心して薬物療法が継続できない状況にある。この要因は、1)国際的に見てもわが国の一部負担率が高いこと、2)医薬品(とくに新薬群)の薬価が高いこと―に求められる。

薬価下げても膨張する薬剤費―約10兆円に
日本では、ほぼ2年ごとに、市場の実勢価格を参考にして薬価が引き下げられているが、それにもかかわらず医療費(参照9)に占める薬剤比率(参照10)は、30%前後と高い水準が続いている(参照11)。2009年は、前年より4.2%も増え、33.2%と一気に30%を突破した。2010年も33.0%と3割台が定着してきた。2010年の総薬剤費は、DPCなど包括医療に係る部分を勘案して推計すると9.8兆円に達している(参照12)。
厚生労働省は、1990年前半の薬剤比率約3割が1999年には19.9%と最低を記録しその後は20%前後で推移しているとするなど、長期にわたり実態より低い値を用いてきた(参照13)。製薬関連団体は、このデータを根拠に薬価引下げに強く抵抗してきた。しかし、1990年前半から1999年にかけて急速に低下してきたという薬剤比率には、調剤薬局で調剤された薬剤費(薬局調剤分の薬剤費)を含んでいない。薬局調剤分の薬剤費を含めば、2001年においても、すでに26.3%(8.2兆円)になることが判明し、これが2010年では既述のように33.0%(医科分)、薬剤比率が低い歯科医療や包括医療を包含しても総医療費の26.8%を占有している。

総薬剤費の約半分は新薬群
薬価収載品目の出荷額シェア(2009 年)によると、薬価収載銘柄では全体の13.2%の「後発品のない先発品」(新薬群)は、総薬剤費の47.8%も占めている(参照14)。後発品が発売されても引き続き先発品の売上は維持されている。この傾向は少なくとも95年薬価調査から現在まで継続している。

4. 薬剤費削減は喫緊の国民的課題
製薬業界は景気変動に左右されず他産業と比べても価格競争は極めて限定的で、需要の停滞がない高収入・高収益構造を維持している。コンピューター・電機など知識・技術集約型産業における比較でもその収益性は群を抜いている(参照15)。
さらに2010年薬価改定から試行実施された「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」(新薬加算)は、その目的とされたドラッグ・ラグの解消にただちにつながらないばかりか、税制など様々な優遇策と相まって現在でも十分に高い製薬企業の収益性をさらに伸長し徒に医療費の高騰につながる可能性が高いそもそも日本のGDPに占める総医療費の比率が先進諸外国に比べて低い中で、薬剤費総額の約半分を消費している新薬群の薬価水準が依然として高いことが今回の調査で明確になった(参照16)。医療技術料が厳しく抑制されてきた一方で、モノの評価、とりわけ薬剤費が“聖域”として膨張してきた。これが医療費配分の最大の問題となってきている。
医療機関や医薬品卸とは桁違いの製薬企業の高収益の最大の源泉が新薬の高薬価構造であることは自明である。企業の収益性を否定するものではないが、製薬企業は、人間の生命に関わる

商品(医薬品)を製造販売する点で、自動車や電気・コンピューター産業とは大きく異なる。国民皆保険制度の下、国内売上の8~9割(参照17)を公費、保険料、患者負担からなる公的医療費財源に求めている以上、製薬企業には高い公共性、公益性がある
公的医療費財源を国民のために有効に使うためには、国際的に高い新薬群の薬価を中心に大幅に下げること、及び製薬企業の高い収益性を適正化する方策を講じることが必要である。ドイツなどEU諸国は薬剤費抑制、とりわけ新薬の薬価については患者が支払い可能な金額に引下げる方向に大きく舵を切っている。
医療費削減政策のもと地域医療崩壊に直面しているわが国において、今こそ恒常的な高薬剤費構造を抜本的に見直すことは喫緊の国民的課題といえる。そして生み出された財源を、患者負担の軽減や診療報酬の引き上げ、難病患者等の希少薬の開発などの原資とすべきである。政府が以下の財源提言を断行するよう提言する。

(1)高薬価維持制度である「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」(「新薬加算」)を即時撤廃すること
【理由】
1)「新薬加算」で高薬価が維持されるための財源は、結果的には保険者と患者に依存することになる。「ドラッグ・ラグ」解消のためのインセンティブの費用を患者負担と保険者に依存することは正しいことではない。国の予算と責任において、位置づけるべきだ。
2)「新薬加算」を得るために製薬企業や卸売業者は、平均乖離率の範囲内で医療機関や保険薬局に販売することが条件となっている。このことは公正取引委員会も認める、医薬品流通における自由な経済取引を阻害することにつながる。
3)「新薬加算」のみで「ドラッグ・ラグ問題」が解決できるものではない。当面、過重な患者負担にならない方向でのコンパッショネートユース(参照18)の導入など、総合的な議論と検討によって対応すべきである。
4)「新薬加算」が恒久化されるならば、薬剤費がさらに膨張することは確実で、結果的にわが国の医療費高騰を助長するものとなる。後発品の使用促進策の一方で、新薬の薬価を現在以上に高止まりさせることになり、政策的整合性を欠く。

(2)1後発品のない先発品(約4.7兆円)の薬価を大幅に引下げること
【理由】新薬の薬価収載にあたっては、研究開発費など真の「原価」を明らかにした上で、後発品が上市される(平均12.4年(参照19))までに投資した開発費が回収できる新たなルール化をつくるべきである。開発コストの回収期間として後発品が販売されるまでの期間は合理的である。
2)万一、その時点においても開発コストの回収ができていない場合は、それを立証できるデータにもとづき、薬価保障期間の延長などの措置を検討する。
※加重平均で2割引下げた場合の財源効果は約0.94兆円

(3)公正で透明な薬価制度改革を実施すること
新薬の薬価決定システムの主な問題点について記述した。
1)類似薬効比較方式の問題点
どんな「新薬」でも比較対象となる既存類似薬の1日薬価より最低でも5%アップになる仕組み。中央社会保険医療協議会で大きな問題となったトレリーフ(大日本住友)のように、同一成分でありながら効能効果が変わっただけで既収載品薬価の113倍になる例もある。
また、類似薬効比較方式と関連して、新薬承認時に採用されている「非劣性試験」の是非についても検討が必要である。

2)「規格間調整」と「外国平均薬価調整」ルールの問題点
「外国平均価格調整」ルールで引下げられた例もあるが(参照20)、外国調整によって算定薬価より引き上げとなった品目については、個々について詳細に検討が求められる。
わが国では「規格間調整(参照21)」と「外国平均薬価調整」の両方が薬価算定時に加味されることから、矛盾も生れている(参照22)。

3)「原価計算方式」の問題点
近年、「原価計算方式」方式で算定された新薬は近年増加の一途である(参照23)。薬価算定において「原価計算方式」は、類似薬のない新薬に適用される。この方式は、製品製造原価だけでなく研究開発費などの投資部分や予め営業利益等を含めて薬価とする方式であり、電気料金などと同じく総括原価方式で算定される。
製薬業界の高い営業利益をベンチマークにしているため、薬価が高止まりする仕組みになっている(参照24)。各コストの詳細は、企業秘密として明らかにされていないが、前提となる予想市場規模を過小に見積もれば、恣意的に高い薬価を申請することができる。例えばオ―ファンドラッグ(希少疾病用医薬品)のほとんどはこの原価計算方式で算定されるが、高い薬価が設定された後に効能を大幅に拡大して市場を占有し大きな収益をあげる源泉となっている。

4)配合剤ラッシュ問題
循環器領域や糖尿病領域など用量調節が常に求められている薬剤の配合剤ラッシュは、患者コンプライアンスの向上という利点はあるにせよ、副作用の面で大きな問題がある。海外でも配合剤は販売されているが、日本ほど処方量は多くない。

謝辞
本提言の作成にあたり、醍醐聰東京大学名誉教授やプロジェクトの各委員から資料提供、助言をいただいた。深く感謝の意を表する。

「薬価の国際比較調査にもとづく医療保険財源提案」「薬価の国際比較―2010年薬価の比較調査報告書」「関連図表」http://hodanren.doc-net.or.jp/news/tyousa/111219yakka2.pdf

≪参照≫
1.  「医療保険財政・薬価制度 医薬品製造業の収益構造」(「會計」2011年7月号、醍醐聰東京大学名誉教授)、醍醐名誉教授の講演レジュメ
2.  https://www.meducation.jp/seminar/regist?id=10493
3. 英・BNF:British National Formulary 仏・ViDAL  独・Rote Liste 米・Red Book Pharmacy's Fundamental Reference
4. Health Department. The Pharmaceutical Price Regulation Scheme. Tenth Report to Parliament:
http://www.dh.gov.uk/prod_consum_dh/groups/dh_digitalassets/@dh/@en/@ps/@sta/@perf/documents/digitalasset/dh_113578.pdf
5.  「医療保険財政・薬価制度 医薬品製造業の収益構造」
6. 行政刷新会議「事業仕分け」(2009年11月11日)
7. 2011年医療経済実態調査
8. 例えば、慢性骨髄性白血病に用いられるグリベック錠の28日薬価は461,832円(1日600mg使用、2012年3月現在)。3割負担金額は138,550円
9. 本分析では、厚生労働省「概算医療費データベース」(各年度版)を使用した。「概算医療費」は、医療費の動向を迅速に把握することを目的として、審査支払機関における算定ベースの医療保険および公費負担医療の診療報酬等を集計したもの。「国民医療費」に含まれるはり・きゅう、全額自費による支払い、労働者災害補償保険、国家公務員災害補償法等による医療費は含まない。
10. 社会医療診療行為別調査結果(医科・調剤、各年6月審査分)
11. 英独仏の薬価表では、薬局の購入価格に、一定の薬局マージンを上乗せした価格、すなわち、基本的に患者の手元に渡る価格で薬価が表示されている。薬局マージン(公定マージン2%、または実勢マージン8.4%)と調剤技術料を加算した額が、外国における薬局マージンに相当する
12. 概算医療費データベース、社会医療診療行為別調査結果(医科・歯科・調剤)、社会保障審議会医療保険部会(2011年10月12日)資料4、厚労省とのやりとりからDPCなど包括病棟における医療費・薬剤費を勘案して算出
13. 現在においても、たとえば 第46 回 社会保障審議会医療保険部会(2011年10月12日) において、2008年度の薬剤比率について、委員の求めにより包括医療費(約6.9兆円)の薬剤費を推計した値を加算したとして21.2%から23.6%に修正提示した
14. 2009年9月調査(2010年12月15日、中医協薬価専門部会)
15. 「知識・技術集約型産業の収益性比較」(日本投資政策銀行「産業別財務データハンドブック」各年版)
16. 製薬企業の販売戦略は薬価の高い「新薬」に重点が置かれ、結果的に医師の処方動向は新薬に移行する。この「製薬企業による新薬シフト」が薬剤比率を高止まりさせている要因のひとつである
17. 「平成24年版日本医薬品企業要覧 製薬企業編」、「有価証券報告書 武田薬品2011.3」他
18. 命を脅かす疾患や強度の衰弱をもたらす疾患などで治療手段が他になく、臨床試験への参加もできない患者に、未承認薬へのアクセスを可能にする公的な制度.現在、米国、EU、韓国では一定のルールのもとに患者が未承認薬を購入できる仕組みがある
19. 「論点案に関する専門委員意見」(中央社会保険医療協議会薬価専門部会、2009年9月18日)
20. 2000年8月以降に薬価収載された新薬のうち外国価格調整がされたものは76品目。そのうち外国薬価より引上げられたのが25品目(最低0.4%:レミニール内用液 106.9円⇒107.3円、最高293.5%:セロクエル錠100mg 50.8円⇒199.9円)、引下げられたのが51品目(最低▲0.9%:ラミクタール錠100mg 269.8円⇒267.4円、最高▲48.2%:デュロテップパッチ2.5mg 6999.7円⇒3626.5円)
21. 有効成分が2倍になっても必ずしも製造コストが2倍にならないことから、規格が2倍になっても薬価は1.5倍するというルール.海外では有効成分の含有量が異なってもほとんど薬価差を設けていない事例が多いのが実情(フラットプライス)
22. 典型例は高脂血症治療薬のクレストール。クレストールは2.5mg、5.0mg、10.0mgの3規格を上市しようとしたが、規格間調整と外国平均薬価調整によって、10mg製剤の薬価が折り合わず(規格間調整では335.0円のところ外国調整が入ると193.0円となる)、実際には2.5mgと5mg錠のみが発売された。10mg錠が発売されなかったことから、臨床上1日10mgが必要な患者は5mg錠を2錠(薬価にして339.6円)服用せざるを得なくなり、規格間調整だけの335.0円よりも高くなるという矛盾を露呈した。これは海外でのフラットプライスが影響していると言われている
23. 2010 年度新規収載成分総数52に対する、原価計算方式での成分数の割合は36.5 %
24. 「医療保険財政・薬価制度 医薬品製造業の収益構造」

『原発・危険な再稼働への道』ストレステスト評価 QandA 

ストレステストを基に原発を再稼働する動きが盛んだ。ストレステストの問題点を、技術者の集まり「プラント技術者の会」がまとめたものが公表されている。

『原発・危険な再稼働への道』ストレステスト評価 QandA

多少長い文章だが、大変重要な指摘であり、是非お読みになって、ネットを通して、さらに周囲の方に直接広めて頂きたい。

東電福島原発事故で、原発再稼働はありえないと単純に思い込んでいたが、ストレステストというシミュレーションを、これまでの枠組みのなかで行い、再稼働に持ち込もうと、政府・業界は目論んでいる。ストレステストは、対象・方法が不十分で、結果判定の根拠がない。東電福島原発事故の原因が究明されていない現時点で行うので、それが生かされていない。実施主体である原子力安全保安院・原子力安全委員会は、既存の組織であり、彼らは再稼働の可否を判断することをしない、という。無責任そのものだ。ストレステストについて検討する専門家の委員会も、司会者を始め、原発企業からの利益相反が疑われている委員がいる。

最初に原発再起動ありきで、物事が進められている。原発地域住民の意向をあからさまに無視し、過酷事故の想定・対策を放棄している。

このまま原発をなし崩しに再稼働させてはならない。

民主党への手紙 

藤村官房長官が、原発再稼働をするのに地元の同意を必要としない、と述べたと報じられています。確かに、地元の同意は、法律で定められていたわけではなく、慣例として行われてきたことなのでしょう。

が、その慣例こそが、政治・行政・業界が一体となって強引に推し進めてきた原発増設路線に何とか歯止めをかける要因になっていたのです。それを、民主党政権は、反故にしようとしている。これは断じて許せません。

現在、地震活動の上昇期に入っており、何時また大規模地震が起き、深刻な原発事故が起きるか分かりません。福島原発の事故の原因究明、先の見通しが明らかにならず、これまで強引に推し進めてきた原発依存路線への真摯な反省がないままに、原発再稼働を図ることは決して許せません。

「誤った」データに基づく消費税増税案 

リタイアしてもさほど自由時間はないのだが、様々な用事を自宅で行いながら、ラジオ・テレビの国会中継に耳を傾けた。税と社会保障の一体改革について、自民党の石井みどり議員が質問をしていた。

彼女の質問は、認知症の高齢者を地域で包括的にケアしてゆく体制を作るというが、その基本になる、認知症の人々の数をどのように推測しているのかという問題だった。

厚労省の試算は、平成15年度の介護保険に関わるデータであり、筑波大の研究者による最近のデータと比べて、認知症人口を「半分」程度にしか推定していない、とのことだった。介護保険での調査では、身体機能を観て、認知症を十分把握していないのと、高齢化がこの9年間の間に進んでいるために、こうしたギャップがあるのではないか、というのが石井議員の論点だった。

厚労大臣・総理大臣も、この指摘をあっさり認めていた。新たに調査を進めているらしい。石井議員からも突っ込まれていたが、政策立案と、それの基になるデータの収集の順序が逆だ。これで良いのだろうか。石井議員の指摘する通り、政策立案はまず最も信頼の置けるデータに基づかなくてはならないはずだ。楽観的に見積もったデータに基づく政策は、すでに最初から破綻しているに等しい。

その最近の研究では、認知症は、高齢者の15%程度に見られる問題らしい。今後の介護・医療の領域では、最も深刻な社会問題になる可能性が高い(というか、すでにそうなっている)。にも拘わらず、現実に立脚しないデータを基に医療介護の施策を取りまとめ、その財源として、消費税を増税するという政府・行政の論理は、既に破綻しているのだ。

こうまでして、消費税増税を急ぐには何が背後にあるのだろうか。

行政は、この認知症の人口に占める割合を低く見積もっておき、地域で包括してケアするシステムを一応立ち上げ、結果として財源が不足する、そこで再び更なる増税を国民に訴えるというシナリオを描いているのではないだろうか。いわば、10%への増税は、さらなる増税へのステップに過ぎないということだ。

また、増税することによって、財務省を中心とした行政が利権を拡大することも事実。国家財政が酷い赤字の状態であり、それを正す必要はあるだろう。だが、特別会計という陽の目をみない国家財政の内容を詳細に国民に示し、それに伴い行政改革を進めることが、増税と同時に必要なのではないだろうか。

こうしたいい加減なデータに基づき政策立案する行政の本当の意図を明らかにすべきだ。

この政府・行政への不信があるため、消費税増税をそのまま受け入れがたい。行政の出すデータが恣意的に操作されていることを、私は、医療分野でこれでもかというまでに見せつけられてきた。少なくとも、私は、こうしたいい加減なデータに基づく増税案をすぐに支持はできない。

開業医の幸せ 

退職後初めてのフリーとなった今日、ゆっくり朝食をとり、コーヒー片手に21メガを覗いた。北米西海岸が開けているが、会話となるような交信を楽しんでいる局は少ない。でも、この自由に時間を過ごせる感覚は、本当に久しぶりだなと思いながら、ワッチをしたり、自分のほかのブログに書き込みをしたりして過ごした。昼前には、仕事場で新しいスタッフの面接があり、それに参加してほしいとの新院長の要請があり、結局仕事場に向かうことになる。

昨日は、新規開院した診療所での仕事だった。新診療所の最初の日に私で良いのかと思いつつ、大多数の患者は顔見知りだったが、すべて新患扱いで私の診療所時代のカルテをできるだけサマリーしつつ診療をした。数年分のカルテをサマリーするのは手間取る。院長室の片づけが済んでいなかったので、診療の合間に片付けを引き続き行った。

保存していた書類の間から、K君の喘息日誌が出てきた。以前勤めていた病院時代のもので、K君が、まだ乳児だったころの記録だ。22年くらい前のものだ。喘息という病気は、慢性の疾患であり、夜間・明け方に悪化したり、運動にともなって発作が出たりすることが多い。日常生活での症状、服薬状況の記録が、病状の把握・治療計画の策定にとても大切な情報となる。それで、喘息日誌をつけることを、親御さんにお願いするのだ。K君のその喘息日誌をざっと見直して、とても几帳面に記録されていることに驚いた。発作の有無だけではなく、様々な生活上の変化等を几帳面な字で克明に記録なさっている。服薬状況もありのままを記しているのが分かる。理想的な喘息日誌だ。何度か入院もしなければならなかったので、母上も必死の思いだったのだろう。

K君は、その後喘息に関しては寛解し、アレルギー性鼻炎の治療を時々行っていた。東京の大学に進学なさり、今春卒業し故郷に戻ってこられたようだ。K君の兄、母親自身にもアレルギー疾患があり、継続的にではなかったが、診療をさせ続けて頂いていた。診療所を閉院することになって初めて来院なさった母上に、閉院の予定を告げると、涙を浮かべて絶句なさった。私の診療所にかかっていなくても、前の通りを通り過ぎ、私の診療所の看板を見ると、ほっとした気持ちになっていたというのだ。そこまで頼りにしていてくださっていたのかと思うと、私の方こそありがたい、その気持ちを頂いて、医師として仕事をし続けてこられたのだと思うと、こころのなかで思った。

あれほど一生懸命子育てをなさり、途中いろいろと問題はあったのだが、お子さんを立派に育て上げられた母上には、教えられるところ大だ。私がお世話したところはそれほど多くはない。むしろ私の方こそお礼しなければならないと思っている。その後、閉院記念の品をもって改めてあいさつに来て下さった。

このような患者さん、そのご家族に恵まれ、医師としての道の大半を歩み終えることができたのは幸いなことだ。あの喘息日誌は、母上にお返しすることにしよう。