Hartmut DK2SC Dave VK4CEU 

過日、14メガでHartmut DK2SCに呼ばれた。少し意識が飛んでいたのか、聞き覚えのあるコールだなと思っただけだったが、かのHartmut ex9X5HGではないか。大変喜んでくださり、私もぞくぞくするような気持ちになった。

自宅にビームを上げられたそうで、信号は大変強い。実は頼みがあるのだが、とおもむろに彼が言い出した。9X当時のカード類をすべて失くしてしまったので、もう一度送ってくれないかというのだ。ルワンダの内戦に伴い、突然の帰国を余儀なくされ、持ち出せた(一緒に帰れた)のは、奥様とラップトップのPC一台だけだったとのことだった。確か、首都のキガリにたまたま出張していて、そのために助かったということだったのかもしれない。

セミリタイアしたこと、来年の夏はドイツ行きを考えていることを申し上げたら、家には客を泊める部屋もあるし、ハンブルグの近郊で交通の便も良いからぜひ来るようにと仰って下さった。北ドイツの夏、良いかもしれない・・・。

拙ブログを読んでおられる方で、9X5HGと1990年代前半に交信した方がいらっしゃったら、ビューロー経由でも良いので、カードをDK2SC宛にお送り頂きたい。きっと喜ばれると思う。

昨夜、夜遅くの7メガで、Dave VK4CEUに呼ばれた。とても夏場とは思えぬ、静かなCONDXで、彼の65Wの信号も、しっかり入感していた。最近は、あまり電波を出さなくなってしまった、メルボルンにいたころには活発に運用していたものだが、とのことだった。昔からのハムのようだったので、Tim VK3IM、さらに今は亡きClive VK4CCを知っているか尋ねてみた。それに、メルボルン時代の彼のコールも・・・。

以前のコールはVK3ABRだとのこと。私の備忘録のノートに見事にヒットした。1968年に最初の交信をしている。ついで、1980年だ。VK4CEUになってからも何度か交信をしているはずだ。彼は、上記の二人を良く知っているとのことだった。Timとは、1年以上会っていないと仰るので、Drew VK3XUから聞いた、Timの大変な状況を手短にお知らせした。Cliveとも盛んに交信をしたものだった、彼の自作のアンテナの話しをしたものだった、とDaveは仰った。そうだ、Cliveは、T2FDのような進行波型でブロードな同調のアンテナを自作して、いつも我々に比較リポートをくれるように言ったものだった。何か画期的なアンテナをどうにかして自作したいという熱意を持っていた様子だった。

無線、特にCWでラグチューを楽しむ者の世界は狭いと改めて感じた。あまり太くはならぬように、細く長く続けようと改めて思ったことだった。

加齢に抗して 

電鍵でCWを打つ時に、腕が伸びきる、それに近い状態では、手指の筋緊張が高まり、その微細な運動を阻害することは以前に記した。解剖学的な根拠を知りたいと思って、云ン十年前の解剖学の教科書を開いた。腕と、手の筋肉・・・う~ん、複雑だ(笑。学生当時もどれだけ理解したことやら。手指を動かす筋肉の一部が、上腕から起こっていること、さらに手の粗大な運動は、それらの上腕から起こる筋群がつかさどり、微細な運動はもっと手に近いところから起こる筋群がつかさどることを確認した。それに、神経支配からいっても、上腕と手の支配神経はかぶさっている。解剖学的な根拠の探求は、ほどほどに終えた(笑。

真面目な話、上肢とくに肘関節が伸びきった状態、ないし緊張した状態だと、手の微細な運動がうまくゆかないのは事実。肘関節をリラックスさせるためには、椅子にきちんと座って電鍵操作をする必要がある(これまで、ややもすると、リクライニングをして上肢は伸ばした状態で電鍵操作していた)。加齢にともない、微細な運動の能力は落ちるはずだから、なおさらのこと、肘関節・手首をリラックスさせることがこれから重要になるだろう。パドル操作でいうと、短点・長点レバーを行き来することがスムースに行かない、遅れることが、誤送信の主要な原因だろう。この瞬時の動きは、筋緊張を最低限にしておかないとうまくいかないわけだ。加齢にともない、意識下の筋緊張の調節がうまくゆかなくなる。それをカバーするためにも、普段の練習と、リラックスした打鍵姿勢が大切になるのだろう。

それに、英語の問題・・・何しろ使うことが大切だ。CWでのコミュニケーションでは、読み書きの能力が必要になる。特に、読むこと、生きた語彙を頭に入れておくことが大切なのだろうと思う。毎度申し上げる通り、ザルのようになった頭にどれだけ入るか分からないが、この努力をしないと、抜け落ちるばかりだ。、それに交信のように情動を伴う状況でであった語彙は、忘れにくいものだ(これも何度か記したが)。交信中に気に入った表現、語彙に出会った時には、メモをとることにしよう。英語のブログも恥をさらすみたいなものだが、勉強・自己訓練の積りで続ける。face bookは、身の回りの出来事を気楽に発信する媒体のようだが、私の場合、発言の送られる相手の7、8割は英語圏の方なので、いきおい英語になる。以前、イタリーとアルゼンチンの方と友人になり、彼らの母国語でのやり取りが、displayを占領して閉口したことがあった。というわけで、f/bも当面は英語で行く。

おぉ、これでどこまで年齢との戦いを戦っていけることだろうか・・・。あ、それに様々な事象について、本を読み、ニュースに目を通すことも大切だろうな、もっとも基本的な知的な活動の部分だ・・・。

異様な一画 

先日、ある証明書を取りに、私の仕事場のあった市の合同庁舎に出かけた。以前にも、その近辺の威容を紹介したことがある。前回は、夜間に出かけてびっくりしたのだった。今回は、日中改めてそこに出かけて、その近辺の建物(市営の美術館(?)、地銀支店、それにこの合同庁舎)のある一画が、他の街並みから浮き上がっているのを改めて目の当たりにした。

三つの豪華な建物は、駅の北側に位置し、駅から歩いて2,3分の一級地にある。不思議なことに、この一画だけが、道路幅が拡張されており、街路灯などもいかにも手の込んだものがしつらえてある。合同庁舎は、5階建ての瀟洒なビルで、全面ガラス張りである。ビルの前には、縦横10から20mはあると思える広いスペース。そこもブロックで舗装されている。が、単なる飾りのスペースで駐車には用いられていない。裏には数十台駐車できる広い駐車場。周囲には、こぎれいな植木が植えられている。合同庁舎内もゆったりとしたスペースが確保され、クッションの効いた訪問者用の椅子がきれいに並べられている。全面ガラス張りの窓から、穏やかな陽の光が射しこんでいる。平日日中(しか仕事をしていないのだろうが)のせいか、訪問者は二、三人しかいない。何かちょっとしたホテルのラウンジの佇まいである。

いや、この建物・設備が、住民サービスのために作られたのだろうから、本来、何も文句を言う筋合いはない・・・のだが、この建物群の一ブロック先に目をやると、古い民家や、商店が並んでいる。立ち並ぶ零細規模の商店の7、8割はシャッターを下ろしており、商売をしていない。民家は、庭のない古びたものが多く、一軒当りの敷地もかなり狭いようだ・・・恐らく、一軒当たり20、30坪の家が多そうだ。そして、そこを走る道路は両側に電柱が走り、狭いことこの上ない。合同庁舎の一画のように、将来は街の区画整理と街づくりをするのかとも思ったが、前回夜間訪れたときと何ら変わりはない。夕張市並みの財政状況という当市に、そうした街の改造は無理なのだろう。

はっきり言って、合同庁舎の建物は、街並みから浮き上がっている。当市の経済状況を無視して、行政機関が自らに奢った建物としか見えない。帰りに街並みを改めて眺めながら帰ってきたが、元気そうなのは、少数のファーストフード店と葬儀屋だけだ。葬儀屋の数が以前の2、3倍になっているのではないだろうか。ほかの地域経済を担うはずの店舗は、上記のとおり、閉店している。街の通りに人通りは殆どない。

この見方を一般化するつもりもなければ、定量化したデータに基づくものでもない。でも、行政がやたらに肥大化して、そこで働く人々は身分も安定し大企業並みの給与を得、さらに年金でも優遇されている。官僚の上層部は、さらに恵まれた状態なのだろう。官僚機構が、民主主義体制を維持する上で必須なのはわかるが、官僚は、他のセクターと比べて、優遇されており、いかにもバランスが悪い。また、官僚機構の自己目的化した動きを監視し、適正化するシステムがない。このままで行くと、国民は滅び、官僚機構だけが生き残る社会が到来するのではなかろうか。

てなことを考えながら、街中の道をのんびり走って帰って来たのだった。

四号炉の危機 

今朝のニュースで、東電福島第一原発四号炉の崩壊しかかった建屋が、さらに傾きを増したと報道されていた。「建築基準法」に照らして、安全な範囲にあるので、大丈夫というのが、東電の説明らしい。あれだけの地震に被災し、さらに三号炉の水素爆発で建屋の多くの部分が吹っ飛ぶ被害を受けた状態にある四号炉である。一方、建築基準法は、正常な構造・強度の建物に関する基準のはずだ。どうして「建築基準法」が四号炉の安全の基準になるのだろうか。4階のプールには、1500本超の核燃料が保管され、内1300本超は、特に危険な使用済み核燃料である。プール内には、瓦礫も相当落ちているらしい。

建屋が崩壊し、それらの核燃料が、地面に散逸することになれば、下記のような事態が想定されるようだ。

1)容易に人が近づけなくなり、甚大な放射能の大気・地下水・海水汚染が、進む。四号炉プール内の使用済み核燃料による汚染は、広島原発の数千倍、原発三基分以上になる。

2)冷却ができなくなり、再臨界が始まる可能性もある。再臨界では、強烈な熱エネルギーと新たな放射性物質の生成が始まる。核爆発に至ることはないのかもしれないが、再臨界に至ると、さらに放射能・熱による被害が生じる。

3)四号機以外の原子炉も、コントロール不能となり、それらも水素爆発や、再臨界を起こす可能性が高い。東電福島第一原発全体の崩壊・爆発である。近くにある同第二原発・女川原発も、かなりの影響を受ける可能性がある。

4)これらすべての原子炉を停止し、冷却させる作業は、殆ど不可能になる。

ドイツの放送局ZDFが、報道したタイトルは、四号炉がハルマゲドンのカギだというのだ。まさに、わが国と、世界にとって未曾有な放射能汚染がさらに拡大するかどうかの瀬戸際にある。

まず行うべきは、

1)四号炉の現状の評価を、東電や原発行政に関与してきた組織以外の第三者に大至急行わせること。

2)四号炉プールを、構造的に支え、保持する強化策を大至急打つこと。

3)四号炉プール内核燃料の取り出し方法を、国内外に援助を求めて策定し、大至急実行すること。

今年1月には、野田首相は、この原発が冷温停止状態に入ったとして、収束の方向に向かっていることを印象づける発表を行った。東電も、ことあるごとに、問題はないと繰り返すばかりである。この原発事故があたかも落ち着いているかのような見方が広まることが、彼らの利益になるのだ。

しかし、この四号炉を初めとして、決して収束の道筋は見えていない。原発利害関係者以外の組織に、現状の評価をしてもらい、困難なことはよく分かるが、適切な方策を打つことが、今すぐに必要なことなのだろう。この原発事故で、これまでのシステム・発想で物事に対処することはできないことが明らかになった。新たな対処をすぐに始めなければならない。

命がけで実行 

するというのは、野田首相の十八番のセリフ。2009年には、その対象が、マニフェストの実行だったが、首相になったら、行財政改革よりも先に消費税増税と変わった。こちら参照。

消費税増税は必要だとは思うが、彼の言っていたシロアリ退治はどうなったのだろうか。結局、政官の利権は温存し、増税という財務官僚の利権につながる政策だけを強行しようとしている。政治家の歳費削減、官僚の給与削減は、2年間に限定された処置である。議員定数削減も進んでいない。特別会計の詳細な検討も未だだ。道路を新たに建設する必要もないだろうに、まだガソリン価格に税金を上乗せしたまま。

野田首相がにじり寄った自民党は、10年間で200兆円の公共事業を計画している。これは現在の公共事業費と、消費税増税分に相当する額だ。人口減少社会に既に入っており、景気の賦活効果に乏しい公共事業の積み増しをし続けた結果が、現在の国の赤字であることを、自民党首脳は知らないらしい。

財務官僚による、政治家コントロール、世論の誘導はすさまじいものがある。官僚制の適切さは、政治が確認、確保すべきことがらなのだが、それができていない。

上記のサイトに出てくる文言ではないが、2009年当時の野田佳彦の言葉を、現首相に聞かせたいものだ

贅沢な時間 

昨夜、中身の詰まった交信を三つ続けて楽しませて頂いた。7メガの午後9時過ぎから、11時近くまで。

まずは、Paul WA6IAF。ヨセミテ公園の近くに住む、60歳の方。以前にお目にかかったようなおぼろげな記憶があるのだが、思い出せず。1981年までPalo Altoに住み、血液ガスの計測器の会社に勤めていたのだが、月の内2/3は国内出張だったのと、二人の子供たちを田舎で育てたいと思って、現在の場所に越してきたとのこと。自営の電気器具修理屋さんをやっていたが、2年前にリタイアした、とのことだった。ヨセミテ公園は、一日入場者数を限定するようになり、昔の趣を残しているとのことだ。1980年代、WJ6Oに連れられて、ヨセミテ公園に出かけたことを懐かしく思い出した。当時でも、日本の観光名所の感覚からいうと、決してごみごみしていなかったのだが、環境保護に関して当局・住民ともに強い意思があるのだろう。驚くべきことに、彼の弟さんが、Steve KB7VSEだとのことだった。ヨセミテ公園の近くと聞き、ヨセミテの公園で働いていたSteveのことをもしかしたらご存じなのではないかと思っていたが、彼のコールが家族として紹介されるとは予想していなかった。Steveも自然志向の強い方なので、やはり兄弟で同じような生き方をなさってきたのだろう。外に出たがる犬に起こされたと言っていたが、1時間近く話し込んでしまった。

彼との交信が終わって、呼んでくださる局でちょっとしたパイルが起きた。久しぶりの体験。とりわけ強かったのが、Jim W6YA。8月上旬にLAで会うのを楽しみにしているということだった。Jimが、明日(今日になる)father in lawになるとおもむろに言うので、ちょっと面喰ったが、御嬢さんが結婚されるのだと気付いた。一人娘の結婚だから、とりわけうれしい、とのことだ。キーイングの様子からも、うれしさがこみあげている様子が分かる様な気がする。結婚式の行われるMalibuに、これから出発するとのことだった。

お次は、Takeshiさん、JA4IIJ。彼とも、数か月ぶりの交信である。すでに名誉教授の称号を得た様子だが、特別に来年春まで主に管理業務のために仕事を続けておられるらしい。アンテナが貧弱なので信号が弱くて、と仰るが、国内交信には十分な強さ。グールドの弾く、ブラームス間奏曲118-2が瑞々しくすばらしいことに気付いたと申し上げた。彼は、グールドの弾くバッハの信奉者でいらっしゃる。8月下旬に東京で初めてお目にかかるのを約してお別れした。

う~ん、何とも贅沢な1時間半であった・・・残念なことに、この贅沢な時間が極めて貴重になりつつある・・・。 

私の老化か、それとも・・・ 

今日は、パスポートの受け取りと、無線局再免許の手続きをぱぱっとやるぞと意気込んで、愛車マーチに乗り込んで出かけた。懸案事項を一遍に片付けると意気軒昂である。市役所生協の昼休みは、避けて・・・と。ところが、市役所>市役所生協購買(臨時休業!!)>郵便局>銀行>郵便局と移動させられた。収入印紙に国と、県のものがあり、それらを購入するのに、生協が臨時休業で、郵便局に行ったら、県の収入印紙(証書)は銀行でと言われたが、すでに銀行は3時を過ぎて閉店。パスポート受け取りは断念。

それならと、無線局再免許の納付金を銀行ATMでと思って、銀行に向かった。ところが、ATMの前で立ち往生。銀行員に尋ねると、この振り込みは郵便局でしかできないと言われ、再び郵便局へ。郵便局でようやく1950円なりを納付し・・・。

パスポートを受け取る際に、なぜ市役所で直接納付金を納められないのだろうか、二種類の収入印紙を納めるのは、確かに地方分権を我々に分からせる(思い知らせる)ための手続きなのかもしれないが・・・無線局再免許の手続き説明文書では、どう読んでも、銀行ATMでできるようにしか、私には読めなかった。電子納付が、ネットバンキングでの納付を意味すると後になると読めるが、そのすぐ前には、銀行ATMでの納付の話が続いているのだ。もうちょっと分かりやすく、アルゴリズム風に表現したりできないものかね・・・。

私が老化したのか、それとも行政のシステムに問題があるのか、自問しながら帰宅の途についたのだった・・・。

お茶の水管弦楽団の思い出 

私の所属した大学オケは、お茶の水管弦楽団という名称だった。そのオケが、先月19日に90回目の記念演奏会を開催した。そのサイトはこちら。マーラーの巨人他を、シビックホールで演奏したらしい。このホールも建て替えられたのだろうが、40年近く前に、私がオケに入り最初に演奏会を当オケが開催したホールだ。当時は、文京公会堂という名称だったと思う。

過日、後輩にあたる方だと思われるが、上記サイトからこのブログに来訪してくださった方がいらっしゃった。その訪問者の足跡から、この演奏会のことを知った。現在は、オケの団員は150名を数えるらしい。私が所属していた1980年前後は120名程度だったような記憶なので、大分増えた様子だ。私の母校に、看護・検査・歯科衛生等の学部ができ、学生数が増えたためなのだろうか。でも、医療系大学と、小規模な女子大の合同のオケとしては、団員数はかなり多い方なのかもしれない。

私の在籍していたころは、演奏する曲目としては、マーラー・ブルックナーといって大きな交響曲は不可侵の領域で、専ら、ベートーベンやブラームスの作品だった。最初にオケに乗って演奏したベートーベンの1番の交響曲や、ドビュッシーの小組曲等がとりわけ懐かしい。後者を聴くと、夏の合宿を行った白馬の近くの民宿の情景が、そこを吹き抜ける初秋のそよ風とともに、本当にまざまざと思い出される。

当時は、週二回の練習があり、確か水曜日の放課後は母校で、週末土曜日午後にお茶の水女子大で開催されていたような気がする。オンボロのチェロを抱えて、茗荷谷の通りを丸ノ内線茗荷谷駅からお茶の女女子大に向かって歩いた。そして、わんわん残響がうるさかった学生ホールで練習をし、夜のとばりの降りたキャンパスを友人とまた茗荷谷駅に向かったのだった。オケの友人と、休みの日に学生ホールで練習していた時に、のちに芸大の指揮科を出て、ブザンソンコンクールで優勝し、有名になった松尾葉子女史が、音楽棟からやってきて、君らは何をしているのかといったことを言われた記憶がある。彼女がまだお茶の水女子大の音楽教育科に在籍しておられたころのことだ。あの当時から、貫録十分な方だった。母校の部室は、今は取り壊された歯学部の半地下にあり、何時も何人かの部員がたむろしていた。その内、私も年がら年中そこに居続ける一人になったものだった。夏休みも殆ど皆勤で部室に通った。夜は、神田の学生相手の食堂で夕食をとり、また部室に戻る。時には、居合わせた部員同志で、即席のアンサンブル(といっても下手なものだったが)をすることもあった。夜9時過ぎに、帰り道の同じ先輩か後輩と連れ立って帰ることを常としていた。

私が在籍したころは、バイオリンの経験者が一ダース近く入部した。そのほとんどは、お茶の水女子大の学生たちだった。腕の達者な彼女たちが、合宿で練習の合間に、ヴィヴァルディの四台のバイオリンのための協奏曲(調和の霊感作品8の12だったか・・・)を見事に弾いていたのを覚えている。チェロは、大学から始めた部員が多かったが、一学年上に、音楽一家の出身の先輩チェリストがおり、チェロパートを引き締めていた。それ以外に、ピアノが玄人はだしだった後輩などもいた。2,3年間一生懸命練習すると、皆それなりに上達していた。

オケの曲の練習以外に、部内でアンサンブルを組み、バロックの曲や、室内楽を楽しんだ。病院の慰問に出かけたことは以前に記した。教育学部の音楽科の学生は皆ピアノが達者で、下手なチェロの伴奏を何度もして頂いた。ピアノを練習している方は、あのように達者に弾けるのが当たり前なのだと当時思い込んだが、それが間違いであることに後程気が付いた。音楽科学生たちが3年生になると、秋の学園祭で卒業演奏をする習わしになっていた。オケのメンバーが、彼女たちから声をかけられて、演奏することになるのだが、私がチェロを弾くように依頼された年は、モーツァルトの「魔笛」が演目だった。同級生のチェリストと二人で、楽しく練習に参加した。女性だけでオペラを演ずるので、男性パートはやや苦しかったが、ちょっと「大人びた」セリフや、時事批評のようなセリフも飛び出し、おもしろい内容だった。徽音堂という戦前からあったと思われるホールでの演奏だった。あの建物はまだ残っているのだろうか・・・。

取り留めなく、思い出を記し始めると、キリがなくなる。何と恵まれた時代だったことだろう。当時は、それなりに悩みや葛藤もあったが、日々生きる実感を感じていたと思う。またあの日々を繰り返したいとは思わないが、あふれるほどの懐かしさで、あの日々を思い起こす。

この記念演奏会に出かけようと思っていたのだが、閉院後のドタバタについ忘れてしまい、思い出した時には、すでにその日を過ぎていた。近いうちに、是非後輩たちの演奏を聴きに出かけたいものだ。茗荷谷界隈にもまた一度出かけてみたいものである。

官僚制は、必要悪 

野口雅弘著「官僚制批判の論理と心理」(中公新書)によると、民主主義それ自体から、官僚制が必然的に社会に必要とされる、とあった。民主主義による、平等でフェアな社会の実現の民衆の要求は、それを実現するために官僚制が必須なのだということだ。官僚制の弊害を糾弾し、脱官僚を目指すと、それは「小さな政府」を必然的に主張することにほかならず、これまた弊害が指摘されている新自由主義経済体制にくみすることになる、というのだ。マックスウェーバー等の政治思想がなかなか難解なのだが、近代から、後期資本主義の時代にあって、官僚制の問題が大きな問題であり続けたことを知り、私自身の問題意識が本質的なところを外していなかったことが分かった。それはそれで、スリリングな知的体験だったが、それにしても現実の官僚制の問題はあまりに大きく、我々の前に立ちはだかっている。

昨日、民主党副代表で、税と社会福祉の改革を担当する大臣でもある、岡田氏がラジオに出演し、今回の消費税増税法案について説明(弁明)していた。彼によると、増税の前に行うべき行財政改革もちゃんと行っているということだ。公務員の給与は7%引き下げ、国会議員の歳費も200数十万引き下げた、と自信たっぷりに語っていた。彼は、それらの引き下げが二年間」の期間限定の処置であることを全く語らなかった。こうしてまで増税法案を通そうとするのだろうか。

政治主導の掛け声のもと、国会答弁が、政治家だけによってなされると、民主党が政権についたときには決められたはずだが、過日国会中継を観ていたら、多くの官僚が実質的な答弁を行い、政治家は同じ総論を繰り返し述べているに過ぎない様子だった。あのような政治家は不要である。あれでは、官僚の傀儡といわれても仕方あるまい。

増税法案の中身は殆ど議論されていない。増税によって、社会保障の充実が図られると言うが、その見立てがかなりいい加減であることが明らかになっている。介護の必要性の具体的な見通しが、本来の半分以下であることが、自民党議員の質問で明らかにされている(過日、このブログでも取り上げた)。この法案は、財政規律を最優先とし、また歳入増によって利権を得る、財務省の発案であることは明らかで、そのためのキャンペーンが、マスコミを使って繰り広げられてきた。増税の中身は、知らしむべからず寄らしむべしという官僚によって、ブラックボックスのなかである。

官僚によって企画され、キャンペーンを張り、政治家を動かして、実施されようとしている増税だ。国民には、その中身(使途)も知らされず、虚偽と紙一重のキャンペーンに乗せられ、政治家の節操を欠いた離合集散をただ見せられるだけである。

民主主義という、絶対的な価値の必ずしもおけぬ政治体制にあって、官僚制の存在が必須のものであったとしても、官僚制の正当性は厳しく問われるべきだ。特に、マスコミを利用した、誤ったキャンペーンが、彼らの世論形成、ひいては国民の意識操作の手段となっていることに注意を向ける必要がある。マスコミに対抗する手段としてのネットでの個々の意見の発信が、官僚のそうした動きに抗し、官僚の誤った意図を挫くために重要になってきているのかもしれない。

岡田氏は、もうちょっとまともな政治家だと思っていたのだが・・・。

大飯原発反対デモ 

15日、官邸前で行われた大飯原発再稼働抗議デモ。主催者側の発表では、11000人集まったらしい。マスコミは、全く報道していないようだ。

人生の下り坂の時を前にして 

元の仕事場の隣の産婦人科医院が、数日前ひっそりと閉院した。以前にも記したとおり、悪性腫瘍で入院治療し、4月に仕事に復帰した、同院の院長N先生が健康上の理由で仕事を続けられなくなったためらしい。どうも遠隔転移を起こし、その病状が急激に悪化したためらしい。スタッフにも説明のないほど急な出来事だったようだ。

親しくしていた院外薬局の薬剤師に、彼の奥様がやって来て、涙ながらに報告なさったようだ。彼とは、二三度救急診療所で仕事が一緒になり話をしただけで、あとは駐車場越しに目礼する程度の間柄だった。まだ開業して10年前後だったのではないだろうか。開業医として一番油の乗り切った時期に、病魔に倒れ、仕事を断念せざるをえなくなった。どのような思いでいらっしゃることかと思う。

生まれて成長し続ける時期は、急峻に伸びる。そして、仕事の訓練を受け、家庭を持ち、仕事にまい進する。そこは、たとえ谷・峠はあっても、いわば前後の時期に比べれば、なだらかな地平を歩むことに似る。だが、そのあとに、急激な下り坂がやってくることがある。幸運な人には、なだらかに下り坂を下りる道が用意されているが、そればかりではない。この急峻な下り坂に面しても臆したり、取り乱したりせずに、歩み続けることができるようでありたいものだ。そのためには、ありきたりな言葉になるが、一日一日を大切に、ひと時ひと時を愛おしむように生きることだろう。

N先生の闘病が苦痛の多いものではないように、こころの安寧が守られるようにと願うばかりだ。

精神科入院は1年間限り 

精神疾患患者は、長期の医療が必要になり、場合によっては、社会復帰が望みがたく、施設での生活を送らねばならないことがある。

厚労省は、精神科医療の機能分化・質の向上を検討する会合で、精神科入院の上限を1年間に制限する案を打ちだした。1年間で精神病院を退去させられる患者は、「地域移行」という抽象的な言葉で表現される対応をされることになる。結局、地域にそうした患者を受け入れる施設が殆どない状況では、家庭がその受け皿になるのだろう。

一般急性期医療の入院患者の入院期間削減と同じやり方である。こちらの場合も、慢性期病床がすでにかなり削減されているので、結局在宅医療となる。在宅医療スタッフが地域で如何に揃えられると言っても、結局、医療介護の担い手は、家庭での家族となる。その歪はこれから明らかになることだろう。

精神疾患の場合、経過はより慢性になることが多く、家族への負担は、重たくなる。また地域社会での受け入れもスムーズに行くかどうか、大きな不安が残る。

行政は、患者を医療施設から、家庭に戻し、医療施設でかかるコストを、国民に医療介護労働という形で直接負担させようとしている。はたして、これで破綻せずに済むのか、数年もしたら、その結果が明らかになることだろう。

現在進行中の消費税増税問題、増税分を社会保障に使うと言っているが、介護に必要になるコストの見積もり等が甘いことが、国会の質疑で明らかになっている。国民は、消費税増税と、医療介護上の労働をさらに引き受けることの二つを同時に受け入れさせられることになる。


以下、引用~~~

[精神医療] 新たな長期精神科入院生まないため、厚労省は入院上限1年を提示
12/06/15
記事:WIC REPORT
提供:厚生政策情報センター
ID:1871730


精神科医療の機能分化と質の向上等に関する検討会(第6回 6/13)《厚生労働省》

  厚生労働省は6月13日に、精神科医療の機能分化と質の向上等に関する検討会を開催した。この日は、議論の取りまとめに向けた議論を行った。

  厚労省当局からは、「今後の方向性に関する意見の整理(案)」が提示された(p5-p10参照)。そこでは、今後の方向性として大きく(1)入院患者の状態像に応じた機能分化を進める(2)機能分化に当たっては、アウトリーチ(訪問支援)や外来医療の充実も推進する(3)段階的に機能分化を進め、資源を効率的に配分し、地域移行を推進する―という3つの視点を打出している(p6参照)。

  (1)では、入院期間等に応じて(i)3ヵ月未満では、医師・看護師配置を一般病床と同等(医師は16対1、看護師は3対1)とし、精神保健福祉士など退院支援に関わる従事者配置基準を規定する(ii)3ヵ月-1年未満では、医師は現状と同じ(48対1)とするが、看護師は精神保健福祉士等と併せて3対1(現行は4対1)とする―方向で概ねまとまっていることを報告。ここで、新たな長期入院患者を作らないために、原則として「入院医療は1年を上限とする」との考え方も示している(p7参照)。

  また、「重度かつ慢性」の患者(定義は、調査研究等を通じて明確化する)に対しては、地域移行を可能とするために「一般病床と同様の人員配置にすべき」などの意見があることを紹介している(p7参照)。

  一方、現在すでに長期入院をしている患者(「重度かつ慢性」を除く)に対しては、(a)医師は現行の療養病床(48対1)より少ない配置基準とする(b)看護師、精神保健福祉士、PTなどの多職種で3対1とする(c)外部支援者との関係を作りやすくし、かつ開放的な療養環境を整える―ことなどが打出されている(p9参照)。


突然停電になった場合、人工呼吸器に頼っている人の人命にもかかわる 

野田首相は、大飯原発再稼働が行われなければ、突然停電となり人工呼吸器で治療を受けている患者の生死にかかわると述べたらしい。

これは、政治家の国民に対する恫喝である。再稼働を目指すという目的のために、どのように恫喝したら、国民は納得するかという発想の発言だ。

突然の停電は、原発の再稼働の有無に関わりなく起きうる。医療現場や、在宅治療の現場では、そのような状況に対応しようと精一杯の努力をしている。東電の「無計画停電」のような事態にならなければ、さらにUPS電源の準備があれば、数時間の停電はやり過ごせるはずだ。政治家としては、そうした方向の努力を示すべきなのだ。東電の「無計画停電」を行わせた人間の社会的責任はどうなったのか。

ところが、首相はそうした努力をしない。再稼働止む無しという世論に誘導するために、人工呼吸器が停電で止まり、人命が失われるとしゃあしゃあと述べる。人工呼吸器を扱う医療現場、それで治療を受ける患者への配慮などありはしない。野田首相にとっては、人工呼吸器の問題等、自らの政治的な目的を達するための言葉の遊びである。

首相の立ち位置が明らかになった発言である。

突合せ点検だそうで・・・ 

今日・・・もう昨日になりかけているが、かるい椎間板ヘルニアの10年ぶりの再発で痛む腰を抱えつつ、仕事場にでかけた。パートの日だった。診療机の上に、診療報酬支払基金からの分厚い封筒が置いてあった。この分厚い封筒の中身は、いつもあまりありがたくないものである。

今回は、夜尿症の治療に用いた、抗鬱剤、抗コリン剤がどっと削られていた。その書類のタイトルには、突合せ点検とある。上記の薬剤のコスト、それに支払基金が薬局に支払ったコストを、今は亡き我が診療所に払えという命令書のようなものだ。頭に一時血が上ったが、落ち着いて、支払基金に問い合わせの電話をかけた。丁寧な応対だが、要するに、健康保険者が切ってきたのを、支払基金の審査者が了承したのだということらしい。このケースは、先月にも、書類で再審査請求という不服申し立てをしたものであり、もう一度検討してもらいたいと申し上げて電話を切った。

このケースで問題なのは、

1)抗鬱剤・抗コリン剤は、成書にも載っている、夜尿症の治療薬であり、それが認められないとなると、抗利尿ホルモン剤という高価な薬剤を、(抗利尿ホルモンの分泌不全と思われる症例を選択したうえで)用いざるを得ないということだ。他に選択肢はない。確かに、夜尿症という病気は、成長に伴い改善することが多く、まずは生活指導や、行動療法を試みるべき病気だが、ケースによっては、薬物治療が必要になることがある。それを、保険者は、薬物の適応症に夜尿症が入っていないということだけで機械的に切ってくるわけだ。夜尿症の薬物療法の主要な選択肢を、保険者は奪っている。

2)上記のことについて、保険者の言い分を認めるとしても、コスト負担をこちらに求める請求が、数か月に及ぶケースがあること。何故もっと早くこの返戻をよこさないのだろうか。患者も薬局も、この処方で利益を得ているのに、それが適応症外の処方であるという形式的な理由で、数か月にわたって医療機関のコスト負担をさせることには納得がいかない。何のための電算化だったのだろうか。

もう何度となく、繰り返されてきたやり取りなのだが、仕事を終えるにあたって、こうやってドサッと理解しがたい、受け取りがたい書類を送られると、がっくりくる。でも、私の出番はもう終わりだ。保険者が機械的に行うこうした査定と関わることはもうない。後に続く開業医たちのことを考えて、できるだけ粘ってみるが、ダメと分かれば、さっさとこうした理不尽な扱いをされる場から立ち去るのみである。

こういう日に限って、忙しいもの・・・80名近くを診た。かわいい子供たち。癒されるが、もう少し時間の余裕がないものか・・・。

今起きつつある事態 

国会から委託された、東電福島第一原発事故の事故原因究明委員会が、東電は3月15日の段階で、原発から全員撤退するとは言わなかったという、東電の当時の社長の発言を支持しているらしい。当時の菅首相はじめ関係閣僚がすべて、全員撤退の意向を東電側から示されたと言っているのに拘わらずである。

東電側の言い分は、全員撤退とは言っていない、一部要員を残しての退避をするという意向だった、ということらしい。その一部要員とは、10名程度を指すらしい。あの厳しい状況で、この10名が残ったところで何ができただろう。それは、全員撤退と変わらない。意味するところは。東電の現場は白旗を上げたということだ。東電と、その背後にいる行政、特に原子力安全委員会は、この事態に対して、何もできないということを表明したことになる。

撤退と退避といった言葉の遊びをしている暇はない。東電・行政に、過酷事故への対応が全くできなかった(そして、今もできない)ということが、この事実から明らかになる。

この東電寄りの発言をした、上記委員会の黒川委員長は、大飯原発再稼働について、同委員会での答申がでてから再稼働の是非を議論すべきではないかと言ったそうだ。これは正論だろう。東電福島第一原発事故の教訓を得ないまま、これまでと同じ体制で、再稼働に突き進むのは大きなリスクを伴う。勿論、過酷事故の起きる確率は高くないのかもしれないが、それによって引き起こされる被害の甚大さを考えると、事故の「期待値」は限りなく大きい。

今起きている事態はこうだ。原発の過酷事故に対して無能な業者と行政が同じ体制のまま、今回の事故の原因究明を待たずに、大飯原発の再稼働に突き進むということだ。福井県近傍で大地震・津波が生じると、若狭湾沿いの複数の原発が被害を受ける。それは、東電福島第一原発事故と比べ物にならぬほど大きな被害をもたらす。

大飯原発事故シミュレーション 

青山東京都市大学名誉教授による、大飯原発事故時のシミュレーション。こちら

関西中部地方に甚大な影響がでることが予測される。特に、地震津波などの自然災害による事故では、若狭湾沿いにある複数の原発も同時に深刻な事故を起こす可能性があり、関西地方は、再起不能の事態になる可能性が高い。

政府・野田首相は、こうした事態になる可能性をきちんと示したうえで、それでも自分が責任を取る、そして責任の取り方はかくかくである、と説明すべきなのだ。

国民のために再稼働するという説明だけでは、到底納得しかねる。

青山氏はJA1IDYというコールを持つアマチュア無線家でもある。

食事の心理学 

この大西女史のシリーズ、なかなか味がある。食べることが、生きることとも密接にかかわっていることが、彼女のこの小論で分かる。

大げさにな表現になるが、料理を人生の最後にさしかかって遅まきながらするようになって、料理をして親しいものと一緒に食べるという行為が、生きることの本質的な部分をなしていることを、痛感している。その昔、先史時代には、一日一日食べるものが見つけられるかどうかで生きるかどうかが決まったのだ。それが今は、コンビニやスーパーに行けば出来合いのものが手に入り、お金を出せば、レストランで美味しい料理がすぐに食べられる。飢えることはまずない。で、大西女史風に言うと、ドーパミンを沢山リリースすることが容易になったわけだ。だが、それによって、過食に陥り易くなり、また苦労をして食にありつく喜びがないがしろにされている。この苦労が、生きていることの実感につながる。

レストランに出かけて、美味しい料理を食べて、満腹になっても、何かが欠けているような気がする。これは、食べることが、生きることと密接にかかわる実感が得られないためなのかもしれない。

料理を作り、家族とともに食べること、これは生きることそのものの大切な一部なのだろう。そうした時間が持てることに感謝しつつ、毎日料理を作り食べることにしたいものだ。


以下、引用~~~

郷に入っても郷に従わず その4 ~食事の心理学

ハーバード大学リサーチフェロー
大西 睦子

2012年5月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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前回のコラムで、人工甘味料と肥満や糖尿病の関係は、体の生理的反応と人間の行動的、心理的な要素が関与していることをお伝えしました。そこで今回は、『食べる』という行動が起こるまでの心理的な状況を、さらに深く考えたいと思います。例えば、みなさんが5人のお友達とレストランに行くことを想像してみてください。おそらく、5人とも違うメニューを選ぶことが多いと思います。私は和風パスタとチーズケーキを選んだのに、あなたはサラダにステーキを選んだ理由、それはなぜでしょうか。けっこう深い理由があるのです。

1)嗜好
最近の科学雑誌に、様々な文化の異なるヨーロッパ諸国において、1600人以上の子供たちを対象に、食事の嗜好と肥満の関係についての報告がありました。結果は、肥満の子供たちは、脂肪や糖分の多い食事を好んだということでした。動物実験で、食欲を抑制するホルモンであるレプチンが、空腹感を抑えるだけではなく、食べ物の嗜好にも関与していることがわかってきました。例えば、レプチン濃度が低いと、空腹感が増強するだけではなく、食べ物による喜びも増加します。
●ということは、人種や文化の違いにかかわらず、肥満の子供は、高脂肪で甘い食べ物を摂取することによる喜びが強いと考えられますね

2)学習
私たちは生後まもなく、食に対する行動的、感情的な反応を覚えます。この頃、親は重要な役割を果たします。なぜなら母親の食事は母乳に移行し、後の子供の嗜好に大きく影響するためです。従って、特に母親の食の影響は強いと思われます。離乳後、子供は自分で食べ始めますが、新しい食べ物に拒否反応を示し、少なくとも繰り返し10回以上経験して、ようやく受け入れます。このころの経験も、後の好き嫌いに影響します。さらに、食べることは、罪と報酬の意味もあります。食事の量や食べるスピードも、親の影響が大きいと考えられています。『ぐずぐずしないで、早く残さず食べなさい。』なんて、親に叱られた経験はありませんか?子供は食べ物を残すことに罪を覚え、出されたものは全部食べる習慣がつきます。

3)再学習
私たちの食事の好みは幼少期の経験に決まると考えられていますが、大人になって、再学習することによって好みを変えられることも報告されています。
●これは、いいニュースです。子供の頃の悪い習慣を、大人になって変えるチャンスがあるのですから。

4)食欲
ドーパミンは、連続した学習による行動の動機付け(associative learning)と関係している神経伝達物質です。食事開始後、ドーパミンの分泌が上昇し、食欲が増強します。重要なのは、連続した学習によって、食べ物を想像するだけで、ドーパミンが分泌されるようになるのです。例えば、食べ物の写真、料理の音やにおいでドーパミンが分泌され、食欲が増加します。ストレスでもドーパミンの分泌が増え、過食になります。コカイン、覚せい剤は、ドーパミン分放出させ快感を起こします。セロトニンはドーパミンをコントロールする神経伝達物質です。食欲を抑えるには、ドーパミン分泌を抑制し、セロトニンを放出することとなります。最近、インスリンやレプチンもドーパミンに影響を与えることも報告されています。
●やる気、ご褒美、学習などに関わるドーパミンは、脳の『快楽物質』とも呼ばれています。ドーパミンをたくさん増やしたい!と思いがちですが、やはりバランスが大切と思います。それは、5)の中毒に関係するからです。

5)習慣、依存、中毒
これは大トピックです。習慣、依存、中毒には、行動(心理的)問題が大きく影響します。2010年に、動物実験により、過食による肥満の脳内の分子経路が、麻薬中毒者のものと同じだとする報告があり、大変な話題になりました。米国フロリダ州のポール・ケネディ准教授の研究チームは、コカイン中毒者の脳内ではドーパミンが大量に放出され、ドーパミン2受容体が過剰に刺激されていることは明らかになっていましたが、同様な変化を「食事中毒」のラットで証明したのです。
●食に限らず、人生において、喜び、幸せは大切ですが、実際はそれだけではないと思います。苦しみ、悲しみを克服しつつ得る喜びを経験することが、人間の成長につながるのではないでしょうか。私もそうなりたいと思います。

6)感情
感情、例えば、喜び、怒り、悲しみ、不安も肥満に影響します。肥満のひとでは、食事摂取による感情の変化に違いがあるとも言われています。肥満の人は、食べることで報酬を得ます。
●誰でも美味しい物を食べると嬉しくなりますが、嬉しさの度合いが肥満の人は強いようです

7)決定
意思決定は、自動的に即座にされる経路(これはかなり訓練されています)と、ゆっくりですが、コントロールした上で行われる経路と2種類あります。食べる行為に、この決定は重要な役割があると思いますが、残念ながら、動物実験モデルをつくることが難しく、まだまだ不明な点が多い分野です。
●例えばみなさんが飲み物を注文するとき、『とりあえず生ビール(メニュー見ずに注文する人もいると思いますが)』という人もいますし、メニューをよく読んで『このカクテル下さい。』という人もいます。自分で決められず『お勧めは何ですか。』と店員に聞く人もいます。どうしてこんなに人は最終的な意志決定が違うのでしょうか?

最後に、肥満には、環境の影響も大きな問題になってきます。環境とは、車など、便利な社会になったため、人々が動かなくなった点、スーパーマーケット、コンビニなどで、高カロリーの食品を消費者が買いやすくしている点(そういった商品が増えた、安くなった、目に留まる位置に置いてある)などです。駅のキヨスクで、大根やキュウリが売っているのは見かけたことはありませんが、お菓子はすぐに買って、すぐに食べることができますよね。『不便、面倒』という言葉は、売り文句にはなりにくいですが、思っているほど悪くはないかもしれません。

診療報酬請求電子化のもたらす弊害 

医療機関から支払基金への診療報酬請求が電子化され、今春から、縦覧点検というチェックを行政サイドで行うようになったようだ。それにより、医療現場では混乱が生じているらしい。

所謂、レセプト病名が通用しなくなった、しがたくなったということがある。特定の薬剤には、公的に認められた適応症が決められており、それ以外で用いると、医療機関にペナルティが課せられることになっている。ただ、適応症だけで診療がすべてうまくゆくかというと、そのようなことはない。

例えば、鼻閉を主訴とする乳児・新生児は結構頻繁にみられる。その鼻腔所見はアレルギー性鼻炎と似ている。治療薬もアレルギー性鼻炎のものが有効だ(それしか効かない)。しかし、この年齢層では、典型的なアレルギー検査所見は出ないことが多い。行政的な厳密さでいうなら、アレルギー性鼻炎の診断名は、レセプト病名に近いものになる。

また、精神科領域では、うつ病の患者で、抗鬱剤で良くならずに、抗精神病薬を少量用いると改善することがある。その際に、これまでは統合失調症という病名を便宜的に用いてきたらしい。だが、レセプト病名が認められないとなると、適応症外のうつ病には、そうした薬剤は使えないことになる。

検査の領域でも、薬の副作用をチェックする正当な検査が、撥ねられることが起きている(これは縦覧点検とは直接関係ないが、縦覧点検によってさらに厳しくチェックされることになるだろう)。医学的に、検査が、頻繁に必要なものも、診療報酬上削られる事態が生じている。

要するに、行政は、医療機関・医師を性悪説で捉え、その臨床上の工夫、最新の知見に基づく適応症外の治療等、医師の裁量を認めぬ立場に立っている。医師は、保険診療の制度下で仕事を続けるために、この硬直化した医療行政に従わざるを得ない。すると、結局、割を食うのは患者ということになるのだ。

裁量をどこまで認めるかというのは難しい線引きになるし、医療費をなんとしても抑えたい行政の意向もある程度分からないでもない。でも、電子化によってもたらされた、機械的な診療報酬支払い制度では、そのもたらすマイナスの面の方が圧倒的に大きいように思える。

そのマイナスはすべて患者が被ることになるのだ。その事態について、患者・国民は知らされることはない。行政が、医療の内容の詳細にまで立ち入って規制をかけることによる弊害は、知らぬ間に拡大し、それが世間に知れるまでに多くの犠牲者が出ることだろう。行政による医療の破壊だ。

原子力安全委員会の罪過 

医療機関が、こんなことをすると、一発で保険診療ができなくなるのだが・・・。

原子力安全委員会が、原発推進の立場に立っていたこと、福島原発事故の遠因になっていることの証拠。不作為の犯罪ではなく、明らかな犯罪行為。

こうしたことをやっていた原子力安全委員会がそのまま残っていることが不思議だ。

水素爆発が起きる数時間前に、水素爆発は起きないと言明していた、斑目委員長が、まだ委員長の職に就いて、年に千数百万の報酬を得ている。

一方、脱原発の立場に立つようになった菅元首相には、バッシングの嵐をマスコミが起こそうとしている。
あの事故を経験して、脱原発の立場に立とうとしないのは、無責任・無定見だ。


以下、引用~~~


安全委が「作文」指示=長時間電源喪失、対策不要の理由―東電などに、指針見送り

2012年6月4日(月)22時0分配信 時事通信


 国の原子力安全委員会の作業部会が1992年、原発の安全設計審査指針の見直しで、大事故につながる長時間の電源喪失を考慮しなくて済むように、東京電力と関西電力に「理由を作文してほしい」と指示していたことが4日、分かった。
 安全委は東電などの意見を基に報告書をまとめ、指針改定は見送られた。コスト増大を嫌う電力業界に配慮したとみられ、安全委の班目春樹委員長は同日の記者会見で「反省したい。明らかに不適切なことをやっていた」と述べた。
 東電福島第1原発事故の国会事故調査委員会が資料を要求し、発覚した。同事故では、電源喪失で3基の原子炉が炉心溶融(メルトダウン)を起こしている。 

ベイエリアの友人たち 

このCONDXが、このサイクルでのピークなのか・・・。

21メガが朝早くから北米に開いていた。さらに、午後になっても北米東海岸まで開けている。RBNで自分の電波の到達範囲を見ると、ビーム外のヨーロッパ北部にまで弱いながら飛んでいることが分かる。南米・オセアニアも開けているから、ワールドワイドに開けていると言えるだろう。

だが、信号は強くはない。西海岸のビッグガンでさえ、S9まで振るかどうか、なのだ。東海岸の局は、S5から6前後である。開いているが、何か霞がかかったような風情だ。突き抜けるように、ガツンと開けることはないのだろうか。これが、Maunders Minimumに突入する前触れなのだろうか。

そうしたCONDXのなか、Bruce N6TUと21メガでのんびり交信できた。彼は、サンノゼ在住。CONTESTでの交信が主で、これまでのんびり交信した記憶があまりない(もっとも、この記憶が最近信頼置けないのだが・・・)。8月の旅行で泊まるはずのサンノゼのホテルについて尋ねた。ベイエリアには三度行ったことがあり、古い友人がいる(いた)ことを申し上げた。その一人、既に故人であるMerle K6DCのことも良く知っておられるらしい。NCDXCで一緒だったとのことだ。同じく友人であるBob W6CYX、Rick N6XIと毎週火曜日HROで昼食を一緒にしているらしい。サンノゼを訪れた際には、会おうとのことで、彼の連絡先を頂いた。

そんなことを話している途中に、Rickがブレークをかけてきた。ベイエリアでflightseeingはどうか、との申し出。サンノゼ国際空港近くに小型機を所有しており、ベイエリア周遊飛行に招きたい、とのこと。6人乗りのプロペラ機らしい。半島を南北に飛び、ゴールデンブリッジを観て、またサンノゼに戻るというルート。でも、6人乗りの小型機というところが、ちょっと引っかかるな・・・家族の意見も尋ねて、返事しよう。RickはSaratoga在住である。

霞のかかったCONDXだったが、Bruceとも、599QSLの交信ではなくて良かったと言い合いながら、お別れした。秋には、もう少し良くなるのか・・・。