勤務医の労働 

勤務医の労働実態のアンケート調査。回答率が31%と低く、問題意識の高い医師が多く回答している可能性もあるが、私から見ても、この調査結果は実態をほぼ反映しているように思える。

この結果をみて言いたいこと・・・

日本医療機能評価機構」が、毎年「ヒヤリハット」事例の集計分析をしているが、この勤務実態に照らし合わせた解析・提言をしたことを聞いたことがない。この機構は一体何をやっているのだろうか。「労働政策研究・研修機構」は、是非上記機構にその解析が意味のないことを直言してもらいたい。

財務省や厚生労働省は、この勤務医の勤務実態を盾にとって、開業医も「楽をしていないで」勤務医と同じように働けと言わんばかりの政策を打ち出している。在宅医療診療所等、その最たるものだろう。24時間365日開業医に働くことを強要する制度を、何のためらいもなく打ちだしてくる。開業医は、彼らなりに様々な雑用に追われ、診療以外の時間も拘束されている。それを観ずに、開業医が楽をしている、勤務医を見ろというのは誤りである。そして、開業医の労働条件を勤務医と同じにするのは愚かなことだ。

で、最終的に、このような労働条件で働く医師に自分の生命を預けられるかを、是非患者になりうる国民の方々に問いただしたい。




以下、二つのソースを引用~~~



勤務医の4割、過労死ライン ヒヤリ・ハット経験8割
2012年9月24日(月)19:16

 病院で働く医師の4割が過労死ラインとされる月80時間以上残業しているとの調査結果を、独立行政法人「労働政策研究・研修機構」がまとめた。疲労感を感じる医師の8割以上は事故につながりかねない「ヒヤリ・ハット」を経験しているという。

 調査は昨年12月、インターネットを通じて全国の勤務医1万1145人を対象に行った。有効回答は3467人。

 調査によると、主な勤務先以外での労働を含めた1週間の労働時間は、平均53.2時間。60時間以上が全体の40%を占め、80時間以上も10%いた。週60時間の勤務は、労働基準法の法定労働時間(週40時間)を上回り、時間外労働は過労死ラインとされる月80時間になる計算だ。




宿直明けも通常労働86% 病院勤務医の実態調査
12/09/24
記事:共同通信社
提供:共同通信社


 宿直明けの日も通常通り働く勤務医が86・2%に達していることが、厚生労働省所管の独立行政法人「労働政策研究・研修機構」が実施した勤務医アンケートで23日分かった。年次有給休暇(年休)の取得が年3日以内の人が47・2%に上ることも判明。過酷な労働実態が浮き彫りとなった。

 調査は昨年12月、ベッド数20床以上の病院に勤める全国の医師1万1145人を対象に実施し、有効回答率は31・0%。

 調査では、勤務医の67・4%が宿直をしていると回答。回答者全体のうち、宿直が月に5~6回(7・9%)、7~9回(2・2%)、10回以上(0・7%)と、週1回を上回るペースの人も

 宿直時の平均睡眠時間は「4時間以上」が52・7%で最多だったものの、半数弱は4時間足らず。3~4時間未満(27・7%)、2~3時間未満(10・4%)、2時間未満(5・8%)のほか「ほとんど眠れない」との回答も3・5%あった

 宿直明けの勤務は、86・2%が「通常通り勤務する」としたほか「午前中勤務し、午後から休み」が9・8%で、ほとんどの人が明けの日も働いていた。

 1年間に取得した年休数は1~3日が24・9%。1日も取得していない人も22・3%いて、計47・2%が3日以内にとどまった。

電子カルテの洗礼 

今日というか昨日、週に一度のバイトだった。午前中、結構患者が途切れることなく来ている最中に、11月から使用される電子カルテの説明会がある、と呼び出された。患者の切れたところを見計らって、説明会会場に向かった。

電子カルテは初めての体験。外来用と入院用に別れている。きれいなお姉さんが、横について説明をしてくれる・・・いや、説明というより、一通り動かしてみるだけ。アイコンの位置や、その意味等、聞いたそばから、記憶の外に抜けてゆく。説明のパンフも項目が羅列してあるだけ。二度にわたってトータル1時間弱をかけて説明を受けたが、それでも全部の一通りの説明も終わらない。後は、しつらえてある練習用のPCで練習しろということか。

良く理解できなかったので、いきおい批判的になってしまうが、感想としては、例えこのソフトに慣れたとしても、冬場等一日に100人近い外来数になったらお手上げだろう。または、この電子カルテのために、端折った診察・カルテ記載にせざるをえなくなるのではなかろうか。私は、週一回しかそこで仕事をしておらず、8、9割の患者さんは新患同然なので、特に時間がかかる。この電子カルテで対応できるのは、一人に、15分から20分以上かけられる場合だけになるのではないだろうか。画像を多く取扱い、診るべき患者さんの数が多くない科では、電子カルテは有用なのだろう。が、小児科では、Xである。

別な日に仕事に来る、他の医師と共同で患者を診ていることもあり、とりわけ丁寧にカルテ記載をこころがけてきたが、それはまず無理になるだろう。テンプレートを作ったところで、大切な病歴・家族歴・既往歴は、テンプレートでは対応できない。要するに、これまでのような仕事はできなくなる、ということだ。ほかの病院、第一線の病院の外来では、電子カルテでどのように多数の患者さんに対応しているのだろうか。

で、結局、これは事務部門の仕事を、医師が引き受けるということに他ならない。それに、このシステムの立ち上げとメンテナンスを請け負うIT企業も潤うことだろう。医療現場中の一番の現場が犠牲になるわけだ。電子カルテが有用性を発揮するのは、米国のように、一日10名からせいぜい20名をゆっくり診ることができるような環境だけだ。言葉は悪いが、日本の薄利多売の医療では、電子カルテは医療現場に更なる負担をもたらすだけなのではないだろうか。それとも、若い医師諸君は、一人数分間の診療を電子カルテで楽々とこなしているのだろうか。どう考えてもそうは思えない。

電子カルテで多人数の患者をこなす医療現場の姿は一体どのようなものだろうか。ディスプレーにだけ目をやり、患者を見ようとしない(というか、見る余裕のない)医師、それに通り一辺倒のステレオタイプな内容のカルテ記載ということになるのではなかろうか。これが杞憂であってくれれば良いのだが・・・。

今日の外来をやっていて、ちょっと嬉しかったことは、患者さんの親御さんのなかに、私がその病院以外ではどこで仕事をしていているのか尋ねる方が何人かいた、ということを看護師の方から聞かされたこと。ちょっと自慢話になってしまうが、きっと丁寧に診察していることを評価してくださっているのではないか・・・違うか。看護師さんの語るニュアンスでは、そのような感じだった。でも・・・この電子カルテの導入と同時に、その丁寧な診察は無理になるのかもしれない。

Skype初体験 

数日前、Bob W6CYXがメールでSkypeをやらないかと勧めてきた。いろいろと他にやることはあるし、その内にね、と答えたら、Bobは、お前がその内にということは「やらない」ことを婉曲に言っているに等しいと詰ってきた 苦笑。確かに、どこかの国の官僚答弁で「検討します」と同じかもしれない・・・さすが、Bobは鋭い。

で、今日、日中、ちょっと時間があったので、Skypeのアプリをダウンロードし、アカウントを作り・・・BobのSkypeでの名前をちょんとクリックしてみた・・・ら、あらぁ、シャックに座る彼が笑顔満面で現れるではないか。こちらは、庭仕事を終えたばかりで、ランニングシャツしか着ていない。少し耳が遠くなった彼と、英語の発音が今一の私の、のんびりとした会話がその後30分ほど続いた。猫を見せろというので、嫌がる猫をdisplayの前に・・・それに、乞われたわけでもないのに、ケースから外に出してあったチェロで、「夢のあとに」やバッハの無伴奏の一節を弾いた。思ったよりもうまいじゃないかと、変な褒められ方をした。「主よ人の望みと喜びよ」を是非弾いてくれと言う。曲は知っているけれど、譜面がないと弾けないと答えた。この曲は、彼がスタンフォード大学を卒業する時に、音楽の教授がオルガンで演奏し、その後即興で変奏を延々と続けた思い出の曲らしい・・・。

彼は、今がインターネットの黄金時代ではないかと言っていた。確かに、Skypeの映像も音声も殆ど遅れはなく、質もかなり良い。まだ開けていた21メガで私の打つ信号を受信して聞かせてくれたが、そこには確かにlatencyがあった。これは電波伝搬に伴うものがあるからだろう。Bobが言うには、政治家達は、このSkypeといったインターネット通信手段に対して課税をしたいと考えているのではないかと心配していた。今無償でこうした技術の恩恵を受けられるから、黄金時代なのだ、というのだ。検閲の問題もあるだろう。個人情報の漏えいもあるかもしれない。インターネットに乗った場合は、情報がどのように扱われるかは、自分の手の中から飛び出してしまい、追いきれなくなる。ま、メールもブログも同じことだが・・・。Skypeのように、秘匿性があたかも高いかのような通信手段では尚更それを意識しておくことが必要なのかもしれない。

インターネットに政治・行政がどれだけ関心を持っているかということについて、ブラジルでグーグル(だったかしら)の社長が訴追を受けかかっている、とのことだった。Youtubeの内容に制限をかけないことを良く思われていならしい。いろいろな形で、政治・行政がインターネットに介入してくるのではないか、というのが、Bobの観方のようだった。

何かしら、Skypeを通したメッセージが彼から頻繁に届きそうな気配・・・Skypeは便利だし、新鮮だが、何かすぐに飽きがきそう。アルコールでもテーブルに並べて、太平洋をまたいだ居酒屋談義になりそう・・・。アルコールが呑めるのは、どちらか一方だけだが。昔ながらの電信でやり取りしようじゃないか、と言うことにするか・・・。

我が道をゆく 

コンテストとDXに明け暮れる無線は、ゲームへと変質しているのではないかと、英語のブログに記した。それに対して、様々な反応があることは9月22日にこのブログでも記した。その反応の一つに、大きな設備を持ち高速CWでラグチューをする私の贅に過ぎないとこき下ろすものがあった。あぁ、そんな風に観るのかと新鮮な驚きだった。確かに、アパートでワイアーアンテナを使ってベアフットでやっておられる方からすると私は恵まれているのかもしれない。

でも、私が無線を始めた当初は、何度も記したとおり、6AQ5シングルの送信機、5球スーパーそれにワイアーアンテナだったのだ。その設備でも、無線で海外とつながることに大きな喜びを覚え、さらに海外の方と何とかコミュニケートをしたいと切望していた。中学生の時代のことだ。で、上記の方と何が違うかと言うと、設備はむしろ劣り、英語の力はなかった。でも、海外の人々と無線でコミュニケートをするという意気込みだけは人一倍あったような気がする。

この一例報告でものごとを決めつけるのはどうかと思うが、昔と現在の違いの大きなものは、その意気込みなのではないだろうか。コミュニケートをしよう、それを楽しもうという意気込みがなければ、残るのは、偶然性と競争に左右されるゲームとしての性格だけだ。人間的なつながりが入り込む余地はない。

コンテストもDXも、私自身通過してきた道程ではあるので、その楽しみは理解できるつもりだ。が、それだけでは、結局、ゲームとしての趣味となり、一生かけて楽しむようなものには到底ならない。コンテスト・DXに狂っていても、やがて聞こえなくなった症例は、周囲に沢山ある。コミュニケートをしようという強烈な意志が、あるかどうかが大きな分かれ目になるのではないだろうか。勿論、自作したり、QRPにチャレンジしたりする楽しみ方もあるのは知っているが、基礎にこの意志があるのとないのでは、趣味としての楽しみの深さが違ってくるような気がする。

ま、あまり同じことをくどくど言っていると、年寄りが自分の楽しみ方こそすべてと自画自賛している醜悪な構図に見えるかもしれないので、この辺で止めておく。半世紀を超えて無線を楽しんできた人間の知恵というものもあるのではないかと思うが、なかなか理解されぬことではある。

残る趣味の人生、我が道をゆく、だな・・・。

東京医大茨城医療センター 保険診療停止処分 

茨城県県南部の基幹病院の一つである、東京医大茨城医療センターが、診療報酬請求上不正を行ったとのことで、保険診療停止処分を下されることになった。比較的近いところにある医療機関であるのと、不正内容と、処分とのバランスに関心があり、注目している。Yosyanさんが、分かりやすく問題をまとめてくださっている。こちら。

まずは、規則は、如何なるものであっても守ることが必要であり、その点で、同センターが犯した、故意と思われる違反は弁解の余地がない。この論の前提として、それは申し上げておきたい。

この一件、医療現場を知るものとしては、不可解かつ疑問に感じる点も多い。

保険診療停止処分は、5年間である。その間、同センターは、保険診療ができない。ということは、実質上医療ができないことを意味する。500病床の基幹病院、外来患者は一日1000人、救急患者を年間3000人以上受け入れている医療機関に対する処分として、違反事項を考えて適切なのかどうか、疑問に感じざるを得ない。処分を行った役所は、地方厚生局で、彼らは地域の医療事情等を考慮せず、保険診療規則に照らし合わせて、処分の軽重を決めるらしい。保険診療は、それ自体を目的として存在しているのではない。地域の医療が適切に確保されることが第一の目的のはずだ。それが、保険診療体制の整合性だけを考慮して処分するのは疑問だ。

さらに、違反のあった規則について。これらの規則は守ることが医療現場に要請されており、それを故意に破ることは許されないのはすでに述べた通りだ。ただし、一般論としては、それらの規則の公正さ、妥当性を問題にすべき点は少なくない。そうした指摘・議論を医療現場から提起する場・方法がない。あるとすれば、途方もない手間と費用のかかる行政訴訟だけだ。実際、行政訴訟を医療機関側から提訴し、行政が敗訴しているケースも出てきている。診療報酬体系は、時々の行政の意図を実現すべく、継ぎはぎだらけになっており、かつ特定の条件を認めた場合だけ得られる診療報酬というものが多々ある。その条件が、往々にして複雑怪奇かつ不明確で、地方厚生局の現場での判断にゆだねられ、結局恣意的に運用されることが多い。それに異議を唱えられぬ現状は、医療現場を苦しめ、歪めている。地方厚生局は、いわば、医療現場に対して圧倒的に優越する権力を与えられ、自身が法律であるかのごとき振る舞いをしている。

Yosyanさんの分析にある通り、外来診療の医師の事務補助に専任の事務員をつけた場合の加算は、先の診療報酬改定で、医療現場の医師の負担を減らすための新たな加算として華々しく登場した。が、現実問題として、専任の事務員を置くと、その給与は医療機関の持ち出しになる。要するに絵に描いた餅を、行政は定時しているのだ。そして、この絵に描いた餅で、医療現場を手厚く遇したと、行政・政府は主張する。診療報酬改定のたびに同じような詭弁がなされてきた。

どうも、同センターの幹部の発言等々からすると、保険診療停止期間を短くする方策が、現実には練られている気配がある。患者さん、それに同センターのスタッフのことを考えると、一遍に潰す影響は大きすぎるので、停止期間の短縮は、ありうることだろう。だが、そうだとすると、この処分は、ある意味、「見せかけだけ」、「見せしめ」として行われる茶番劇のように思えてくる。その茶番劇で高笑いをするのは、行政だ。地方厚生局の圧倒的な権力を誇示する茶番劇として仕組まれているのである。

診療報酬規則の簡素化、そしてそれを施行する行政機関の運営の透明化・法治化が求められる。

70万アクセス 

今朝、このブログをチェックしたら、70万回のアクセス数に2つ足りないところでカウンターが止まっていた。70万回目を自分で踏まなくて良かったと少し安心。その後、30分程度して戻ってくると、70万回+7回にまで進んでいた。

アクセスもユニークアクセスだけではなく、重複して数えているし、70万回という数字自体にそれほど意味があるものでもないとも思うが、6年間によくぞこれだけの方がアクセスしてくださったことと感謝の気持ちでこころが満たされる。

当初、医療訴訟問題についてどうしても発言したいと思って立ち上げ、その後自分語りや、仕事のこと、そして音楽や無線のこと、はてまた料理のこと、昨年からは原発問題等を思いつくままに記し続けてきた。記憶力等がだいぶ落ち、さらにほかの老化現象も生じはじめ、ブログ主が何時まで主でいられるかは分からないが、まだブログのリタイアをすることなく、続けてゆく積りだ。医療の現場から足を洗い始めているとはいえ、大きな問題であるので、今後ともこの領域の問題について議論してゆきたい。さらに、頭の老化を少しでも遅らせるために、いろいろと読書し、それについても記してみたいと思っている。原発問題は、戦後生まれの我々に強烈なパラダイムの変化を要請しているように思える。原発は、利用不可能な技術であることを前提に、今後とも記して行きたい。

今後とも、ご支援、ご叱正をお願いしたい。

コンテストの楽しみ方 

私は、最近アンチコンテスト原理派になった。コンテストだけではなく、DXもアマチュア無線の質を落とし、アマチュア無線を良からぬ方向に向けて動かしていると思うのだ。それを英語ブログに書くと異論反論のコメントが結構現れる。が、私の観方・信念は変わらない。

で、今日は、FOCのQSOパーティの日。QSOパーティと言いつつ、交信曲数だけを競うのはおかしいではないかと思いつつ、良いCONDXに誘われて、21メガでしばらくCQ BWと叩いていた。

早速、私のブログを読んでくださっている、Pat N9RVが呼んできて、これは通常交信かと強烈な皮肉。

だが、楽しい交信も多い。AA3B Budは、大のコンテスターなのだが、彼に呼ばれたときに、わざと少し引っ張ってみた。何週間か前に、床屋に行った時に、所要時間が短くなるのが哀しいと彼が言っていた。彼の髪は大分さびしい状況になっているのだ。そこで、床屋に値下げ交渉をしたか尋ねた。それを笑って受けてくださって、いや、値下げ交渉はしていないが、鋏で処理するものがないとしても、鋏を空中に浮かせて、所定の時間かけるようにしてくれないかと、床屋に言う積りとのこと。

その他にも、バカ話程度だが、楽しめた交信がいくつもあった。

私は、この楽しみ方で行く。ほかの方の楽しみ方をとやかく言う積りはない。

コンシエルジュ ドクター 

現在、マイケル サンデルの「それをお金で買いますか 市場主義の限界」を読んでいる。なかなか面白い。市場の原理で扱えないもの、領域が、社会にはある、ということについて記されている。読み終わったらまた紹介したいと思っているが、米国の医療の一側面が記されていて、興味深かったので、その点をまず紹介しておきたい。

米国では、プライマリーケア医の診療に対して、保険会社が報酬をあまり支払わないので、開業医は、多数の患者をかかえ大急ぎで診療をするとある。で、その多数の患者とは、一日に25から30人なのだそうだ。一人当たり、10から15分程度かけるらしい(これが、忙しい医療現場ということらしい・・・日本では、この時間をかけられたら、むしろ丁寧に診たということになる)。私が、自分の仕事場で一日に100人近くの患者を診たなどと米国の友人に言うと、例外なく大層驚かれたのを思い出した。この人数でも、多数の患者ということになるとすると、100人などと言うと想像すらできない世界になるのだろう。

で、最近、米国ではコンシエルジュドクターというシステムが流行し始めているらしい。患者は、ある額の年会費を払うことによって、当日予約を取ることができる、ないし医師に24時間いつでも診療を受けられるというシステムだ。年会費は、1500から25000ドルとのことだ。このシステムは会社が経営しており、年会費の2/3が医師の取り分である、とか。これで、医師は、一日10名程度の患者を診るだけで済む。

こうした医療の市場化は、患者の自由意思の尊重と、社会的効用の最大化という功利的な観点から、首肯する立場もある。が、サンデルの主張では、医療のこうした市場化は、公平さを欠くうえに、当該職種、この場合は医療ということになるが、の公共善を実現するのではなく、私的利益の源として扱うことにより、それを「侮辱している」、即ち「腐敗をもたらしている」と述べられている。この問題については、また読了してから詳しく論じるとしよう。

ここで私が考えざるを得ないことは、米国の悲惨なプライマリーケアの状況よりも、格段に悲惨な日本の現状である。日本の開業医の場合、一日25から30人の患者では、暇を持て余すことになる。一人の患者さんにかける時間が短いことが通常のことになっているからだ。また、この患者数では、初期投資規模にもよるが経営的にも立ち行かない可能性が高い。プライマリーケアの収入の多くは、医師の技術料になるが、それは10円単位で削られ続けている。再診料についていえば、コーヒー一杯の値段程度しか得られない。

昨今の新しい予防接種の薬価の多くは、一人一回当たり1万円程度する。一方、それに対する技術料は、3000円程度であろうか。これは予診を取り、診察、そして予防接種の接種、さらに母子手帳や予診表に書き込み、副作用・効果・予防接種計画について説明する一連の作業に対する報酬である。事務受付、看護師、それに医師が関わる。予防接種バイアル一本1万円に対して、あまりに技術を低く評価されていないかと感じざるを得ない。

予防接種の開発には、巨大な研究・設備投資が必要になることはよく分かるのだが、一つの予防接種で、日本だけで毎年数十億円から数百億円の収入が、予防接種を生産する企業に入る。世界的な規模では、数千億円の額になることだろう。それが、10年、20年単位で続くのである。日本では、医療は原則社会主義的なシステムになっているので、医療の外側、即ち、薬品・医療機器それに医療を管理する行政の外郭団体への、このような資本移転が大きい。

サンデル教授の言う「腐敗」は、より積極的に医療を私的利益の源として利用するやり方にあるが、こうした医療技術への報酬を少なくすることも、結局は医療専門職への「侮辱」なのではあるまいか。社会主義医療体制下では、こうした形での「腐敗」が進むのだ。金を医療側にたくさん寄こせという単純な議論ではない。医療技術への敬意の問題だ。こうした安価な医療のもと、最終的に、「侮辱」されるのは、きちんと診察を受けられぬ患者たちになる。

医療現場の声も医療市場化の流れの中ではかき消される。政府も、混合診療の方向に舵を切った。コンシエルジュドクターが日本に現れるのも、そう遠い将来のことではあるまい。ただし、日本の官僚が支配する似非社会主義体制下でのことなので、医療現場はさらに搾取されることになる。これを読まれた方は、数年後この記事を是非思い出してもらいたい。この通りになっていること、請け合いである。

返戻 

先日、国保の支払基金から、2万数千円を返還せよという書類が届いた。私が3月に診療した2例について、診療報酬を支払ったのが間違っていたということらしい。診療報酬請求書は、金を支払えば、私に送り返すということらしい。

一般の方には、診療報酬の仕組みが分からないと思えるので、簡単に解説を・・・

診療をすると、その診療報酬(医療機関が対価として受け取る収入)は、自費分以外を、支払基金に請求する。小児の場合は、大体自費は少額の定額制であって、殆どが保険請求することになる。その場合、国保と社保に分れる。各々の支払基金は、診療報酬が妥当であると認めると、各保険者(地方自治体であったり、各企業であったりの保険を実際に扱っている部署)にそのコストを請求する。一方で、支払基金は、診療報酬を医療機関に支払う。

こんな仕組みになっている。保険医療の財政がひっ迫していることもあり、支払基金、および保険者から、医療行為を正当なものとして認めないということが多くなってきている。だが、それ以上に多いのは、診療している月に、患者が保険を変更したために、その診療報酬請求は認められぬという返戻だ。昔、「不正請求」とされていたものの大多数がこちらに属する。

後者の場合、医療機関は良い迷惑である。大体、最低月一回は、保険証を確認することにしているが、それでも保険の変更を把握できぬことはしょっちゅう起きる。患者さんには、保険を変更すると、そのままでは診療が受けられぬことが十分周知されていない。本来ならば、保険者が、旧い保険証をきちんと戻してもらい、旧い保険証では診療が受けられぬことを説明すべきなのだ。それをいい加減にしているために、医療機関が、一時的ではあれ、診療報酬を支払基金に戻さなくてはならなくなる。行政・ないし保険者のいい加減な仕事のしりぬぐいを、医療機関がさせられているのである。

で、今回の返戻について、支払基金に尋ねたところ、どうも患者が3月中に国保から社保に変更になったためと分かった。それで国保を運用する地方自治体から、診療報酬を返還すべしと言ってきたというのである。

私は、それは地方自治体が患者にきちんと説明し、旧い保険証を返却してもらわなかったために起きた問題であり、医療機関が責任を負うべきことがらではない、と主張した。さらに、すでに閉院してしまっており、新たに社保に請求することが事実上不可能である、とも申し上げた。地方自治体から私の方に書類で正式に問い合わせてもらいたい、と。たいした金額でもないし、払ってしまおうかとも思ったのだが、もしこうした「返戻」が五月雨式に私に対してなされると、経済的な損失はバカにならない。さらに、行政・保険者の怠慢を医療機関に尻拭いさせる悪習に対して異を唱えるという原則を曲げることになる。

行政は、これまで通りの習慣に基づく処理を、ただ機械的に進めているだけなのだろう。近い将来、消費税が増税されても、医療機関では消費税が取れないことになっていること等も同じだ。医療機関は、叩いても、行政上の指導等が怖くて何もしない、何も異を唱えないと考えられているのだろう。

こうした行政とのやり取りを終えることができたと思って、ほっとしていたのだが、医院を運営していた頃の苦い思いがまたふっと蘇った。・・・これではいけない。

一つ問いかければ・・・ 

最近、これまでにも増して、一つ一つの交信を大切にしたいと考え、相手に対して一つ二つ質問をなげかけるようにしている。

ここ何度か立て続けにお会いしたJim W6YAにはベトナム戦争に従軍したことをたまたまお聞きしたので、それについて詳しく伺った。大学在学中に海兵隊の予備役に志願し、本来は日本の岩国基地に配属されることを予想していた(期待していた)のだが、ベトナム戦争勃発とともにベトナムに送られたということだった。戦場で歯科診療に従事していたのだが、一日に100数十名を診なければならず、ことごとく抜歯をしていたとのことだった。それにプライバシーにかかわることもたくさん伺った。彼の親友Jerryとも、海兵隊予備役・ベトナム従軍そして米国に帰ってから仕事場での偶然の再会という話もあった。この秋には、カナダのBC州にでかけて、以前からの趣味である写真撮影を再開する積りだとのこと。

昨夜お目にかかったJohn 9V1VVには、何故無線通信士の道に歩んだのかを尋ねた。若いころに、中東からインドに2年間ほど旅をしたのだが、帰ってから知り合いに、無線への関心と旅の趣味を生かすには、無線通信士になったら良いのではないかと言われ、その通りにしたのだ、ということだった。Johnは繊細な神経の持ち主で、文も立つから、文学か教職のような仕事が良かったのではないかと尋ねたが、過去を振り返っても仕方あるまい、現在を生きることだとの答えだった。数年前に、シンガポールに東京交響楽団が演奏旅行に行った際、その音楽会に足を運んだらしい。このオケの実力は大したものだと思うが、名前は知れているのかと尋ねられた。日本で最高の評価を受けているとは言えないかもしれないが、トップクラスのオケだとお教えした。東響のチェロパートの響きが素晴らしかった、とのことだった。

これは問いかけから始まった交信ではなかったが、Tom K8EBRとの交信も興味深かった。リタイアしたエンジニアである彼とは何度か交信をしたことがあった、がそれほど親しく話をした仲ではなかった。先日会った時に、私の英語のブログを読んでいること、昔の仕事場のBossだったErnest Rodin博士に私のブログを紹介してくださったとTomの方から突然切り出された。Rodin博士は、1960年代脳波研究にコンピューターを応用する研究を始めた神経学の医師で、その方面ではパイオニア的存在であること、そしてTomは彼の下で仕事をしてとても有意義な年月を過ごしたことを伺った。Rodin博士は、第二次大戦後オーストリアから米国に移住された方で、第二次世界大戦当時の経験を、医師の眼差しで記した書物があるという。War Mayhemというタイトルでネットでも公開されている。Tomに、その本を読んでみるように勧められた。ネットでダウンロードして、読み始めたところだ。ナチスの行ったことは、特に狂った者たちの仕業ではなく、ありふれた人間の行ったことだったという、冷静な分析に興味を抱いた。このような書物を紹介してくださったTomには感謝である。私が医学への道を歩みだす大きなきっかけを与えてくれたVictor E Frankleと、Rodin博士は同時代にウィーンで医学の勉学をしていたのかもしれない。

私もややもするとそうなのだが、無線の話しでは独演会になってしまうことが多い。また、英会話に自信がないため、型通りの交信内容が終わるとお仕舞にしてしまうことが多い。そこを一歩突っ込むと、また新しい世界が開ける。交信相手の人生を追体験するような貴重な話が聞けるのだ。大切なことは、一歩を踏み出すことだ。

ラグチューや、暗記受信というと、何か特殊な技能・領域のように思われるかもしれないが、そうではない。普通の交信から一歩踏み出し、相手に語りかけ、相手の言うことに耳を傾けることから始まるのだ。PCで訓練したところで、仲間内で紋切型のラグチューを繰り返したところで、この楽しみには到達し難い。
一歩踏み出し、そこから新たな人生体験をすることだ。

それを楽しみに、私はまた電鍵を叩く。

ある友人がFOCを退会した 

先日、FOCのニュースレターで友人のお一人が、クラブを辞められたことを知った。良く知っている方なので、彼自身またはクラブとの関係で問題があって辞められるのかとメールで尋ねた。彼の返信では、クラブに居続ける意味を感じなくなったとのことだった。2年前のクラブ内での論争にきちんとクラブ委員会が対応していないこと、クラブメンバーのactivityがあまりに低いこと、無線への熱意が、相対的に下がったこと等を理由に挙げておられた。

無線の活動が活発でないことは、FOCに限ったことではないかもしれない。アマチュア無線人口、特にHFのCWを楽しむ人口は減り、その活動も限られたものになっている。散々繰り返した議論だが、私からすると、これは無線を量的なもので評価することが原因なのではないか、と常々考えてきた。量的なものは有限であり、また設備の大小で勝負が決まる。飽きるのだ。さらに、ネットの発達も、無線の退潮に拍車をかけているのも良く知られたことだ。ネットとは違う楽しみもあるとは思いつつも、ネットの便利さ・確実さにはどうしても無線は敵わない。

で、これも繰り返し述べてきた結論だが、無線の質で勝負すべきだと思うのだ。無線通信の内容である。勿論、無線設備の薀蓄を傾けても良いだろうし、量的な競争という側面もあっても良いかもしれないが、それだけでは、飽きも来るし、限界がすぐに見えてくるのだ。その事情は、無線を長い間やって初めて分かる消息なのだろう。

件のFOCを退会された友人は、無線以外に幾つかの趣味を持ち、それにかなり傾倒している。無線の技術も優れたものを持った方だ。そうした方にとっては、無線のactivityの低さ、モノトーンな楽しみ方が我慢がならなかったのかもしれない。

結論は特になし。まぁ、このまま行くしかないのかな、というところだ。私も、楽しめるだけは楽しみ、この楽しみが続けられないとなれば、無線を去るのみだ。退会した友人ともまた無線でも会うことがあることだろう。それができなければ、ネットでのやり取りに移行する。

診療をしながら 

一昨日は、非常勤で仕事をしている先での自分の検診。実を言うと、検診を受けるのは久しぶりなのである。結果は、白内障によると思われる視力低下が酷く、さらに血圧も正常上限一杯のところだった。血液検査等で何が引っかかるか、ヒヤヒヤものである。でも、まぁ、年齢相当なのだろう。

で、外来の仕事の方で、新生児が肛門周囲膿瘍でやってきた。元気いっぱいに泣く赤ちゃん。その処置をしながら、急に、昔繰り返して読んだ、ロマンロランの「ジャンクリストフ」の一節が思い起こされた。何も考えていないところに、その一節が咄嗟に思い出されたので、しばし呆然とした体であった。その一節とは、長いこの小説の最終章の最後の部分、ジャンクリストフが生涯を終えようとしているときに、何者かが先を行く、そこでクリストフが「一体貴方は何者なのか?」と問う、それは「生まれいずる日だ」と答える、という内容だったように記憶している。かってこの小説を読んだとき・・・20歳前後だったか・・・は、ジャンクリストフは、このように生きた、さぁ貴方が今度は生きる番だと、作者のロランに力づけられたように思ったものだった。しかし、今回は違う、生まれいずる者に対して、自分がしっかりとこの生命の流を受け渡すことだ、という声を聞いたように感じたのだ。

恐らく、生命力に溢れた先の赤ちゃんを目の前にして、老いつつある自分がいる、しっかりと生命の流れを次の世代に受け渡すことはできたのか、その時に備えよ、という啓示・・・大げさに聞こえるかもしれないが・・・だったような気がする。深い畏怖の念をもって、老いる意味を教授されたように感じた。小児科医として仕事をしてきて、初めての経験だった。

老いを恐れず受け入れること、次の世代に生命の流れをしっかりと伝達し終えること、それがこれからの私の課題だ。

それにしても、若い日に読んだ書物は記憶に残っているものだ。そうしためぐり合わせのあったことにも感謝したいものだ。

東日本大震災復興特別会計 

上記の歳出・歳入予算が、国会に提出された。こちら。是非目を通してみて頂きたい。以前、雑誌のコラムを引用して、ここでも取り上げた。

どう考えてもおかしいのではないかという項目が並ぶ。ナノテクノロジーの研究・酒類関係の研究から始まり、こどものための給付金、職員厚生費等々。新聞報道によると、被災地の地方自治体施設が全く復旧されていないのに、霞が関の役所の「耐震化」予算も組まれているらしい。大体において、公務員の人件費が組まれているが、特にこの事業のために臨時に公務員を採用するのだろうか。訳のわからない内容が延々と続く。復興のための予算項目も、中身は、結局担当役所の利権につながるものが多いのではないだろうか。

選挙間近の国会では、まともな議論もされずに、この予算案が通ってしまうのだろう。

特別会計とは、役所と特殊法人のための会計であるように思えてならない。

日本がギリシャ化している、というのは本当のことなのかもしれない。

Rich G4FADと仲間たち 

今夕は、夕食の準備をする必要がないので、日が暮れるころからシャックにこもり、ビームをヨーロッパに向けた。21メガ。強くはないが、西ヨーロッパが入感している。FOCメンバーであるDL8PG・DL3AZと立て続けに交信。ともにボン郊外にお住まいの様子。特に、Andy DL3AZとはつい先日交信して、ここで紹介したような記憶がある。来夏、できればドイツを訪れたいことを盛んにアピール。ビールを一緒にという約束を取り付ける。

その後、Rich G4FADから呼ばれた。ベアフットにHEXとのことで、sは4つ程度。混信等がなければ、ラグチューができる。Herefordshireという町で、畜産業を営んでいるらしい。英国の局とゆっくり交信するのはなかなか難しいので、喜んでいる旨を伝えた。

彼と、仲間二人でのQRPオペレーションの様子がYoutubeにアップされている。Sandy G0VQWの録画らしい。場所は、Richの農場である。「正座」またはそれに近い恰好で座って、行儀よく運用しているのが微笑ましい。陽の高い時間帯なのに、結構遠くまで飛んでいる様子。こうやって見ると、QRPでの野外運用も楽しそう。

陽の暮れるころ、またビームをヨーロッパに向けてみよう。

デコーダーCWマン 

今朝も定時QSOのように、Bob W6CYXと交信。彼の創作ドラマについて。創作とは言いながら、現在世界的に進行中のQuatitative easingに対する批判を述べたもの。

それは置いておいて、交信途中で、同じサンノゼに住むDon AI6REが、リピーターで呼んできたと待ったがかかった。Donとは、私が数週間前14メガのSSBで交信していた。彼が、サンノゼにお住まいと聞いて、私たちが泊まったホテルや、Bobのことを尋ねたのだった。Bobが自宅に設置しているリピーターの常連であることが分かり、世界は狭いものだと感じたことだった。

で、Donは、デコーダーを使って、我々の交信を「読んでいる」とのこと。DonはCWをコピーできないのである。Bobと私の交信が終わってすぐに彼が呼んできて、三人の入り混じった交信をデコードしたのが、この画像である。結構正確にデコードしている。Bobは、感涙を流さんばかり。

CW QSO with Bob and Shin

Bobによると、CWを全く知らずに、CWでのDXCCを完成させた強者もいるらしい。その方もデコーダーとキーボードを頼りに、CWを「運用していた」方らしい。その後、CWそのものに関心を抱き、デコーダーを使わないで済むほどに受信能力をつけたらしい、が。

Bobは、デコーダーDXerについて結構寛容である。私は、結構驚き、がっくりである。将来CWオペに成長していってくれれば良いのだが、どれほどの割合のデコーダーDXerがCWオペレーターに脱皮してくれるのだろうか・・・。

K6ZBのアンテナ 

前回のポストで紹介した、Bruce K6ZBのバーチカルの画像。彼が早速送ってきてくれた。確かにスギの木に挟まれるようにして立っている。途中でステーも張っている様子。注目すべきは、給電点の処理の様子。木製の箱にきれいに納められている。ラジアルも目立たぬように地面を這わせている。芝を植えて、分からぬようにするとか・・・。ご近所の目が気になるらしく、大分気を付けているようだ。本当は、4squareをトライしてみたいのだが、無理だなと呟いていた。周囲の建物からどの程度離れているのか等も知りたいところだ。

やはりフルサイズは強い。

40 m vert 004-1

40 m vert 003-1

フルサイズと短縮型の相違 

今夜、Bruce K6ZBの信号を7メガでしばらくぶりに聞いた。相手の25Wに室内アンテナというK9の局は聞こえない。Bruceがカリフォルニアからテキサスに移り住んで以降、Bruceの信号が今夜ほど強力に入感したのは記憶がない。

彼が交信を終えるのを待って、お呼びした。スギの木の間にアルミの10mのポールを建て、ラジアルを地面に40本張ったらしい。以前使っていたScrew Driverとの比較をしてくれた。1/4波長の新しいこのバーチカルでは、S6から8。Screw Driverでは、S2から6程度だった。フルサイズのバーチカルの圧勝である。Screw Driverのラジアルをどうしているのか聞き忘れたが、以前からこちらを使っていたので、かなり力を入れて張ってあるはずだ。

Screw Driverは、短縮型のアンテナとしてはかなり効率が良い方だと思っていたが、この差には改めて驚いた。短縮型は、短縮された部分での輻射が小さくなる、短縮された部分が電流の腹に近い(多くの短縮型アンテナはそうなっている)とその効率低下が大きくなる。そして短縮部での高周波エネルギーの熱への変換が大きく、それでもロスるということだ。やはり無理をしてでも(電圧の腹部分は折り曲げてでも)、フルサイズに越したことはない。

Bruceの越したところは、なだらかな丘陵の尾根の部分にあたり、こちらへの見晴らしは良い様子。カリフォルニアにいたころには、日本の方向に丘があったから、と言っていた。テキサスということで、砂漠地帯を連想していたのだが、彼の住む東側は緑が多く、住みやすいところのようだ。スギが多いので、花粉症になってしまったとぼやいていたが、それ以外は仕事も、生活もし易い場所らしい。

そういえば、Bruceに最初にお目にかかった1980年、私がカムバックしたばかりの頃は、14AVQを宿舎の屋根の上にあげていたんだった、とふと思い出した。テキサスで4月に開かれるFOCの集まりに是非来るように誘われたが・・・何時行けることになるやら。いずれにせよ、Bruceの信号が以前のように復活したのは喜ばしいことだ。

基本の型 

毎日、家事や庭仕事をする合間に、14か21でCQを出している。大体、3、4時間間隔。今日の午後、14のローエンドでは、NH8Sがヨーロッパからパイルを浴びている。パイルはさほど大きくない。北米にも開けているはずと考え、少し上の方でCQを出した。何度目かのCQを終えて受信に移ると、数秒間置いて、FR4**のコール。あら、誰かを呼んでいるのかとしばし私も沈黙。すると、あちらは同じコールだけを二三回繰り返して打つ。ME?と打ったが、反応なし。数秒おいてまた、そのコールだけを繰りかえす。もしかしたら、私のことを呼んでいる「積り」なのかと思ったが、こういう変なオペレーションをする局とは関わりたくないと、2KHzばかり上に移動し、もう一度CQを出した。

すると、そのFR4**がドンピシャなタイミングで、今度は私のコールそしてDEのあとに自分のコールを入れて打ってきた。やはり私を呼んでいたのである。だが、私のサフィックスが最初の二文字になっている。それを訂正してもらおうと何度か打ったが、分かったのかどうか判らず。何となくリポート交換をしてお仕舞。インド洋とロングパスで開けていることだけは分かった。

以前にも記したが、誰かを呼ぶときに、「自分のコールだけ」を一、二回打つスタイルが結構流行っている。だが、これはとても紛らわしい。「ドンピシャの周波数で」「間髪を入れずに」コールした場合で、その近辺にパイルなどがなく、またこちらを呼んでいることを納得させるだけの信号強度があれば、それなりに、呼ばれていることは理解できなくもない。だが、そうした状況はむしろまれ。こちらをお呼びかと問いただしても、そうした呼び方をする方は理解できないことが多い。周波数が微妙にずれていたり、タイミングが遅れたり、信号がやけに弱いなどということはざらだ。

ちょっと前までは、DEを入れてから、自分のコールを打っていたはずだが、最近はそのDEも省略するのだ。その上に、上記のような状況になると、一体だれを呼んでいるのかと問いかけたくなる。こちらのコール、そのあとにDEを打つことを省略する意味は一体何なのだろうか。

一つは、所謂コンテスト形式の交信が蔓延っていることと関係しているのかもしれない。自分のコールだけを打ち、リポートを交換するだけの交信だ。それがスマートなやり方だと思っているのだろうか。ここは私の個人ブログなので言いたいことを言わせてもらうが、ああいった交信は、本当の交信ではない。一種のゲームである。符牒のやり取りだけである。あれを交信と言うのが常識になるなら、私は無線を辞める。

それに、あのようにコールする局は、自分の信号がどのように相手に届いているのかを想像する能力が欠けている。CONDXが、ローパワーでも良く開けるのか、相手の設備がどのようなものなのかを良く判断してから、呼び方を決める必要がある。相手が聞こえるのと同じように自分の信号が届いているとは限らないのだ。この想像力は、経験によって生まれるもので、ろくにバンドをワッチすることも経験せずに、免許と設備が整ったら、すぐにオンエアーするというパターンのビギナーに、このような呼び方をする方が多いのではないだろうか。

日本のハムの間でも、この「符牒のやり取りゲーム」が大分流行している。週末の朝、DXにバンドが開けている時間帯に、そのゲームを延々と続けているクラブもある。一種の訓練としては、あれも意味があるのかもしれないが、せっかくバンドがDXに開けている時間帯に、毎週のようにあの「符牒やり取りゲーム」を続けるセンスがよく分からない。恐らく週末だけしか無線が満足に楽しめない方も多いのだろうに、それは人生の貴重な時間の浪費ではないのかとボソッと呟くこともある。

で、その延長で、普通の交信も、それと同じ調子で呼ぶことになるのではあるまいか。わずかにずれた周波数で、少し間が空いて呼ばれると、どちらをお呼びですかと問いかけたくなるのだ。あのスマートなようでいて、間が抜けた呼び方に接すると、交信をする気が、すっと失せてゆく。私の気が失せても大したことではないが、弱い信号でその調子で呼ぶのは、間が抜けているとしか言いようがない。是非止めてもらいたい。「呼ぶ相手のコール・DE・自分のコール」を打つ。これが基本の型なのだ。

特製オムレツ 

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見てくれはあまり良くないが、旨いオムレツ。鍵はソース。ケチャップ・ソース・バターそれにワインを、フライパンに6:3:1:1に取り交ぜ、流動性が出るまで温める。

これが美味しい。ワインは甘口が良く、ワインの甘みとフルーツの香りがただよう美味しいソースになる。

もう一つ、我が家の庭の片隅で自生したカボチャの煮物。醤油、砂糖、みりん、酒で軽く味付けしてある。今年は、大きなカボチャが三つも収穫できた。

今夜は、牛肉とカボチャの煮物にもトライする積り。

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在宅医療介護に突き進む厚生労働省 

厚生労働省の概算要求予算額が、初めて30兆円を超えたとか。有効に使ってくれれば良いのだが、果たしてどうなることだろう。

在宅医療介護をあくまで推し進める積りらしい。その充実に105億円を見込んでいると報じられた。その金は、医療介護の現場に直接投資されるわけではなさそうだ。下記の報道記事を読むと、24時間往診可能な診療所を自治体が把握するシステムと、保健師の派遣事業が対象になるらしい。医師も薬剤師も24時間対応を迫られることになる。24時間対応に対する報酬上のメリットは最低限に留められ、むしろ厚生労働省の意図に反して24時間対応をしない医療機関にはペナルティとして診療報酬の削減を行うのが、彼らの常套手段だ。基本的には、行政の側のシステム作りに、この105億円の多くが用いられると考えて良いだろう。もしかしら、何とか機構の一つや二つを立ち上げる積りなのかもしれない。それは、天下り先となるはずだ。行政のシステム強化がいくら行われたところで、医療介護の現場は助からない。また、国民のためにもならない。

24時間対応は、医師一人の診療所ではまず不可能だ。24時間しばられることになる。薬局も同じだろう。で在宅対応をしない医療機関が療報酬上冷遇されるとなると、結局、チェーン化された医療機関だけが生き延びることになるのだろう。そこでも、医師の労働条件は、かなり厳しいものになるのではないだろうか。私が退職を決意したこの数年間だけでも、夜間休日診療所のdutyやら、検案医としての責務やらが、大幅に増えた。検案医のdutyは24時間だった。この先、どのような勤務形態であれ、24時間のしばりが出てくることは想像に難くない。平均年齢60歳を超えた開業医には、その対応は無理だろう。開業医が歯が抜けるように退職するなかで、行政はどのように対応しようとしているのだろうか。総合診療医なるよく分からぬ範疇の医師を作り、様々な縛りをかけた奨学金で医学生を吊り上げ、さらに専門医取得の条件としてこうした医療労働につくことを要求するのだろうか。

介護対象の政府の目算が甘いことが国会議論で明らかになったことは以前このブログでも言及した。認知症の症例数の推移も、以前の予測を上回っていることが昨日報じられていた。それでも、行政は在宅医療介護に突き進むようだ。それを国民が望むからというのが行政の言い分だが、国民の意識は原則はそうであっても、急変時には、または自宅での医療介護が不可能になれば、施設での医療介護を期待するということなのではないか。

行政は、医療介護を在宅で行えば、それだけ医療費を削減できると見込んでいるのだろう。医療介護の人件費を、費用が表面上発生しない、家族による在宅医療介護に置き換えようとしているのだ。これが、現在の家族構成で実際可能なのかどうか。また、本当に経済的なのか。実は、親戚に認知症の老人を抱えて、在宅介護を行っているが、介護保険等でカバーされる範囲はごく限られており、老々介護にならざるをえなかったので、結局、24時間ヘルパーに頼っているケースがある。経済的な負担は、大人一人がフルに働いてえられる給与の額を大幅に超す。在宅介護をそうした形で行えなければ、家族が仕事を辞めて、看ることになる。それが国家経済に与える影響はかなりのものになるのではないだろうか。それでなくても、労働人口が減っており、一方数百万人規模で認知症が生じる状況では、現実的な策とは思えない。

行政は、全体を見渡していない、そして自分たちの利権だけ考えているように思えてならない。


以下、引用~~~

在宅医療充実に105億円 容体急変時の対応強化
共同通信社 9月5日(水)

 厚生労働省は5日公表した2013年度予算の概算要求に、在宅医療を充実させるため、地域の医療・介護の連携を進める事業費として105億円を盛り込んだ。市町村が中心となって、在宅の患者が容体急変した際の対応を強化したモデル事業などを実施する。予算が重点配分される特別枠の要求。

 厚労省は11年度から2年間の計画で、在宅医療の拠点を整備するモデル事業を実施。24時間往診できる診療所などを拠点に、医療や介護の専門職が患者の情報を共有して連携する取り組みで、13年度からは「急変時対応」や「薬物療法の提供」などを強化して、引き続き実施する。

 「急変時対応強化モデル」は、在宅の患者の容体急変に備え、受け入れ可能な医療機関を市町村があらかじめ把握。一方で患者が重症化しないよう保健師が定期的に巡回するようにする。

 「薬物療法強化モデル」は、地域の複数の薬局が連携し、抗がん剤を含む薬剤を、在宅の患者に24時間提供できる仕組みづくりを進める。

 このほか、自治体がドクターヘリに衛星利用測位システム(GPS)やデジタル無線を搭載する際の費用を補助するための予算も盛り込んだ。

原徳壽医政局長誕生に際して 

厚生労働省の局長級以上のスタッフが新たに任命された。なかでも目を引くのが、原徳壽医政局長である。彼は、前々回の診療報酬改定で、担当課長として外来に「5分間ルール」を導入。実態に合わぬそのルールは、医療現場を混乱に陥れた。その結果、すぐに撤回されたルールである。

あれほどの失態をしでかした人物であるから、その後左遷されたのかと思いきや、環境省・防衛相と外回りをしたが、今回、医療政策の大元締めである医政局長に返り咲いた。医療現場を混乱に陥れることは、行政にとっては何の失策にも当たらないのか。何のための医療行政なのだろうか。

さらに、医政局長は、医系技官が就任するという、元来の厚生労働省の慣習に戻ったことも意味する。これは一時事務系の行政官が、それまでの慣習を破って着いたポストだったが、何のことはない、行政の旧い慣習に舞い戻りだ。政治主導等というのは絵に描いた餅だったわけだ。

あのような行政上の失敗を起こしても、何ら責任を問われないとしたら、行政官のモラルハザードを招かないだろうか。行政職は、仕事上の個別の責任を問われぬ建前にはなっているが、課長・局長クラスという責任ある地位に立つ人間には、そうした責任があってしかるべきではないか。大蔵事務次官だった人物が、在任当時自分の子供に、公的年金はばからしいから払うなと言っていたとつい先日報じられていたが、このような元次官も今からでも責任を問われるべきではないか。原徳壽新医政局長にあっても、その責任を厳しく問われるべきだ。

それから、厚生労働省の上級スタッフの面々の学歴を観ると、東大法卒の人間が7、8割、それ以外に医系技官と思われる者が少数、それ以外の学歴の人間は本当に少ない。本人の能力でこうした昇格の階段を上ってきたのかもしれないが、硬直的な昇進制度になっているように思われてならない。だからこそ、大きな失策をしても、原徳壽氏のように順調に昇進できるのではないか。

原徳壽氏にどれほどの臨床経験があるか分からないが、医系技官になる条件としては5年「以下」の臨床経験という項目があったような気がする。これだけの臨床経験で「医系」技官として振る舞われたら、医療現場は大迷惑である。医療現場と、行政トップとの人的交流も是非行うべきではないだろうか。

もう一度言うが、大きな行政上の失策をした責任者は、その責任を問われるべきである。

今日のログから 9/4 2012 

今日は、磁気嵐に見舞われ、特に午前中から日中にかけては散々。

朝4時頃7メガを聞くと、ドイツ語でラグチューしている方が一人だけ聞こえた。Tof DJ6ZM。KWに低い方の3エレとのこと。低いと言っても、27m高である。高い方は35mとか。579程度で入感していた。ほかのヨーロッパ勢は、ノイズすれすれ。

今日の教訓、KWに、高く上げた3エレ(私の短縮ナンチャッテ3エレではなくフルサイズ)があれば、磁気嵐も何のそのということ。

私は今の設備で十分なので、Tofのような設備は不要である。

お蔭で、チェロの練習と、庭仕事が捗った。

送信技術・正確さを規定するもの 

パドルや、キーヤーが、送信の技術・正確さを規定する大きな要素になっていることを、最近二人の知り合いの方で実際に経験した。

一人は、ラグチュー友達のSteve N6TT。最近、彼は、以前のWBL(だったか)というパドルから、Begaliのsingle leverのパドルに変更した。以前多少見られたミスが殆どなくなり、ほれぼれするようなキーイングになった。

もう一人は、旧友のBob W6CYX。MFJのキーヤーから、TS590内臓のキーヤーに変更し、長短点比を3.5程度に大きく取った。それで、20年前のBobが復活したのだ。少し早いキーイングだと、それ以前はミスが目立ち、やはり寄る年波には勝てないのかと、わびしい思いで聞いていたのだが、現在は、青春復活といった具合である。

パドルは、leverがsingleかdoubleで違うだろうし、スプリング・マグネットのテンション、それにlever回転軸の滑らかさ等によって変わるのだろう。single・doubleの違いは、squeeze機能の無し・ありにも対応する。

キーヤーの変更により、波形の立ち上がりと、終わりの時定数、長短点比、ウェイト、それにキーヤー自身の持つ応答速度等が変わる。

特定個人にとって、何がベストなのかは、試してみないと分からない消息のようだ。一つ言えることは、その昔、送信のトレーニングをしたパドル・キーヤーと同じ条件が良い結果を生む可能性がありそうだ、ということだ・・・ただ、私みたいに、鋸の刃で作ったパドルと、自作の真空管エレキーとで出発した人間では、それを再現しようがないのだが・・・。

それに、見逃せないのは、センスの問題だ。どう聞いても、何じゃこりゃというCWにお目にかかることも、ないではない。でも、このように打ちたいという目指すものを意識して練習すること、客観的に自分の送信した録音を聴くことなどによっても、大きく変わることだろう。それに、練習量・実戦量も重要だろう。これだけは、最近人に負けないと言えるようになってきた(こんなことで勝ってどうするのだろうか)。それがどう反映しているかは分からない。

CWの受信について 

暗記受信の有用性とそのプロセスについて、これまで繰り返し述べてきたことのアウトラインを、英語ブログの方に記してみた。論文の体には程遠いが、その内、「科学的な言葉と知見」で記してみたい内容だ。止めておけとか、ここはこうしたらといったご批判・ご指摘をお待ちしたい。コメントは英文でなくても結構。

http://nuttycellist-unknown.blogspot.jp/2012/09/process-of-head-copy.html

今日のログから 9/3 2012 

これは不定期のシリーズにするつもりだったが、まぁ、連日でも良かろう・・・。

先週の好CONDXのより戻しが、まだ続いているようで、14メガも中の下といったCONDX。

朝、W6CYXからあっと驚く話があって、それについては、別ポストに記したが、その直後にIra K2RDが呼んできた。このところ忙しく無線があまりできなかったとのこと。私との交信も1月以来。彼が製薬会社に勤めており、現在レストレスレッグズ症候群の特効薬を市場に出した(というか、その当時は出すためにあくせくしていたのだった)ところだという話は、以前アップしたような気がする。その薬が、いよいよ日本でも認可されて販売されるようになったとのことだ。「少し手続きの認可に時間がかかるね。」とボソッと本音を漏らしていた。2年後にリタイアすることを決めたらしい。それまでに経済状況が好転していると良いのだが・・・。

午後遅くなって、14メガはまだ芳しくないが、ZL2IFB Garyに呼ばれてしばらく話をした。ヨーロッパにロングパスで開けるのだが、一度CQを出すと東ヨーロッパ勢が束になって呼んでくるので、FOCのメンバーを捕まえにくい、とこぼしていた。John 9V1VVが同じようなことを10メガで経験し、9Vなんていう珍しいコールじゃなきゃよかったのに、とこぼしていたのを思い出し、苦笑してしまった。私も、朝早く14メガでCQを出すと、東ヨーロッパ勢の壁に阻まれて、か細い西ヨーロッパ、就中、UKの信号が取れない、それでCQ WEST EUと出すのだが、それでも呼んでくる。彼らは徹底して無視をする、とGaryに言った。あの東ヨーロッパ勢の、相手のことを考えぬオペレーションは一体何なのか。Garyがかなり強かったので、ひょっとするとロングパスが開けるかもしれない、などと考えつつお別れの挨拶を送った。

すると、直後に呼んできたのが、ドイツ・ドレスデンのHardy DL1VDL。彼がFOCに入ってから、初めての交信か・・・全く記憶にない。500WにOptibeamというセットアップ。信号は決して強くないが、ロングパスでしっかり入感している。彼は、仕事で今年五月に「筑波」に来たのだとのこと。筑波は結構近い。それだったら、連絡をくれれば、この辺りを連れて歩いてあげたのに、というと、彼も残念そうだった。仕事は、超電導と高周波を扱う研究らしい・・・よく分からん。リップサービスかもしれないが、ドイツ・ドレスデンに来た折にはぜひ連絡をよこすようにと言ってくださった。来年夏、ドイツ行きを私たちが具体的に考えているとは彼も知るまい。ドレスデンシュターツカペレを是非聞きたいというと、おぉ、コンサートにも連れてゆくよと言ってくださった。彼は60歳、あと6年間は仕事を続けなければならないと言っていた。FOCのメンバーというよしみ、それにCWという昔懐かしいモードを愛する者同士というよしみで親しくしてくださる、ありがたいことだ。

Hardyの信号を聴きながら、equinox間近であることに思いが及んだ。7メガのロングパスは、来月になってからだろう。

黄金の時代 

今朝、14メガは過去数日の華やかなCONDXと別れを告げ、ようやく北米に開いているような具合だった。いつもは強力なBob W6CYXの信号も、せいぜい579程度。でも、ノイズや混信がないために、交信自体はスムースに捗る。1148回目の交信。

私の英文ブログに載せた「SOWP」についての感想を、Bobは語ってくれた。こちらのブログとほぼ同内容だが、こちらがその記事。

この記事を読んで、黄金の時代が過ぎ去ったことを感じ、寂しかったとのことだ。あと20年もすると、今の時代が良かったと思い出されるのかもしれないが、それでも今が黄金期とは言えないだろう、と。

そこに、驚くべき話題が続いた。Bobは、Stanfordの医学部にまず入ったのだが、勉強のすさまじさに嫌気がさし、工学部電子工学科に進路変更をしたのだった。で、工学部在学中に、プロの無線通信士の資格を取り、マグロや、鮭を取る漁船に乗り込み、ペルーやアラスカ沖に何度か出かけたというのだ。無線通信以外に、当時はGPSもなかったので、船の位置を測定する仕事もしたらしい。3年から4年に進級する際には、1年間大学を休学し、航海の仕事に従事したそうだ。いやぁ、驚きである。収入も良くて、大学の学資を賄えたし、スポーツカーも自分で買ったというのだ。彼の船のコールサインはKISC。この話はしたことが無かったっけ、とこともなげに訊く彼に、いやぁ、凄い話だ、是非自伝を一つ記したらどうかと勧めた。彼は、仕事のキャリアーの上でも、波瀾万丈(とまで言えないか・・・)の経歴の持ち主なのである。要するに、自分の望む道を歩むことを徹底して生きてきた方なのだ。

その元R/Oである彼の見解では、アマチュア無線はさらに斜陽になるだろう、これからはインターネットの時代だ、だが、ちょうど自動車に皆が乗るようになっても、趣味として自転車に乗る人々がいるように、アマチュア無線も存続し続けるのではないか、ということだった。確かに、穏健で常識的な見解だ。で、そのアマチュア無線のどのような楽しみ方が永続的な楽しみ方になるのか、という点では、彼は特に意見はない様子。彼は、今でもDXやコンテストに顔を突っ込む・・・ただし、その競争の真っただ中に入ることはしない。楽しみ方は主観の問題なので、それをことさら問題にすることはないのではないか、と彼だったら言いそうだ。確かに、それも一つの見識かもしれないが、やはりこれから先細って行くであろうアマチュア無線の世界で何が本物なのかを見極めることも必要なのではないだろうか。次回の彼との議論のテーマはこれだ。

今日のログから 9/2 2012 

最近は、年がら年中無線漬けなので、無線関係以外の話題があまりない・・・ということもないが、今日のログから、めぼしい交信内容をメモしておこう・・・。



午前9時過ぎから、北米東海岸が強く入るようになってきた。

Bob W3YY Virginia、先日のシアトルの会合でお目にかかった人物。やはり一度直接お目にかかっていると、親しみがわく。最近仕事をリタイアしたのだが、乞われてコンサルタントの仕事をあと2年程度続けるとのこと。

Mark W6DVO やはりシアトルでお会いした。大学の非常勤の仕事に復帰した由。高校の教師に、授業法を教える仕事。自然科学、スペイン語の教師に教えているらしい。仕事以外は、自転車に乗っているとのこと。 




午後5時頃、7メガで強力に入感したのは・・・

Bert W5ZR あのハリケーンIsaacが、30マイルほどの地点まで来たらしいが、被害はなし。事前にアンテナ群を全部下ろしたらしい。風は酷いことはなく、雨が大量に降った様子。干ばつが続いていた北部の州でも雨が降ったが、一度にたくさん降って洪水を起こしているとのことだ。



夜の14メガ、北米東部が強烈なフラッターを伴いながら入感・・・

Joe W1JR、共通の知り合いのRick K6VVAのこと等。別れ際に、以前から疑問に思っていたことを尋ねた。Joeが、アンテナ界で良くコールの出てくる、あのW1JRなのか、と。その通り、クッシュクラフトのチーフエンジニアをして、その後コマーシャルのアンテナを作る自分の会社も作った、とのこと。今でもアマチュア無線家にアンテナの設計を手助けしている、とのこと。彼のアンテナについての論文、こちら。そういえば、RickがP5/K6VVAで出ないかと最初に冗談を飛ばしていたが、JoeにとってP5が残った唯一のentityなのかもしれない。

これ以外にも、多くの面白い交信ができたのだ・・・が、これだけではダメだな・・・少し、他のことにもエネルギーを使おうと反省しつつリグの灯を落とした。

SOWP 

近頃、陽の落ちるころ、14メガで立て続けに、Kemp K7UQHと二度ほど長々と交信をした。先日、シアトルでお目にかかってきたばかりにかかわらずというか、それゆえにというべきか、話題が次々と現れる。彼は、6mにクランクダウンしたタワーに、4エレのトライバンダーを載せているのだが、アンテナは東向きとのこと。でも、結構な強さで入ってくる。それでは、beamではなくeliminatorだねと私が交ぜっ返す。

話題の行く着き先は、大体、昔話になる。これまで何度も記してきた、1960年代夕方の7メガで繰り広げられた、大ラウンドテーブルについてである。お互いに知っているOM達について、昔話に花が咲く。Scrub W7ENGも、その中の一人であったことを思いだした。Kempは、Ted KH6EFWとEd KL7CEXとよく交信をしていたらしい。KL7CEXについてはあまり記憶がない。当時の生き残りは我々だけになってしまったのだから、あの大ラウンドテーブルについて記録を書き残せないかと、Kempに言ってみた。どうも記憶が遠くなってしまって、文章にはできないという彼の返事だった。残念ながら仕方のないことだろう。私の1960年代のログがまだどこかにあるはずなので、探し出して、彼の記憶とすり合わせてみようかと思ったりした。

彼との話題で出てきたのが、表題のSOWP The Society of Wireless Pioneersだ。このクラブは、無線(特に無線電信)を職業にしていたハム達のクラブで、米国にあったものだ。1960年代から80年代にかけて、腕が立つと思われたCWオペは殆どこのクラブのメンバーだった。彼らは、多くは当時、すでにリタイアした人々であり、ビギナーの相手をゆっくりとしてくれたものだった。また、お互い同士が無線通信士という職業についていたということで、友好を深めていたのだろう。そう、ちょうど、現在のJohn 9V1VVのような運用スタイル・人柄のハムの集団だったと言ってよい。

Kempが、SOWPも活動を停止してしまったからな、と残念そうに言った。ネットで調べてみると、確かに、CHRSとかいうカリフォルニアのクラブに「吸収された」とあった。昔の無線通信士で無線を楽しんでいる方が如何に減少したか、ということだろう。かの大ラウンドテーブルの主 Ed K6NBもSOWPのメンバーだった。コンテストに狂っていたSOWPのメンバーがいたという記憶は全くない。大多数は、CWという通信手段を使って、のんびりと会話を楽しむ人々だった。この週末も、狂ったようにナンバー交換をしている一群のハムがいるが、彼らとは、向かう方向が180度違う楽しみ方をしていたのが、SOWPのメンバー達であったと言えそうな気がするのだ。この狂ったようにゲームに興じている人々のなかで、普通の交信をする人を殆ど聞いたことがない。彼らはゲーマーなのである。

コンテスターにとって、ネットとPCを駆使して、いかに大きな成果(量的な成果)を得るかが一番の関心事である。彼らにとって、会話でお互いの人となりを知り、お互いの人生を共に生きるような関係になることは眼中にないのである。そうした楽しみ方は、彼らには喜びをもたらさない。キーボードとディスプレーに張り付き、如何に競争で抜け出すか、それだけが彼らの関心事なのだ。無線と言う趣味から、人間的なものを捨象したもの、単に量的なものを追求するゲームとしての無線を楽しむのである。SOWPの人々が守ってきた楽しみ方とは真逆の方向を向いている。近い将来、コンテストは、廃れるか、またはネット上のゲームに置き換えられる運命にある。

さて、SOWPおよびその運用スタイルを守る人々が、確実に減少してきている現在、この楽しみ方はどこに向かうのだろう?Kempは、交信の最後にCW FOREVERといつも打ってくるのだが、これは「願い」であり、現在の状況はこれと真逆の方向に向かっているという認識があるのではないだろうか。少なくとも、私はそう感じる。

Remodelling 

今朝遅く21メガで久しぶりに会った John N3AM、家の改築をしたから見てほしいと、彼のブログのURLを送ってよこした。

こちら

凝り性な方だと思っていた・・・が、それにしても素晴らしい、いやすごい。大理石製の天板の造作だけは、専門家に依頼したらしいが、それ以外はすべて自作。家族総動員で、これだけの作業をやり遂げる、その集中力というか、根気というか、ちょっとやそっとでは真似できない。

米国の方は、何でも自分でやるというのを知っていたが、ここまで本職はだしの仕事をするとは驚きだ。

彼は、元来凝り性で、趣味のサイクリングでは70マイル程度は走ると言っていた。

Bill N4AR 

このところ、秋のCONDX真っ盛りという感じで、一晩中、いや日中も14メガは世界に開けている。先日、その14メガで旧友のBill N4ARが呼んできてくれた。N4AR/8と打っていたので、いつものミシガンの別荘かと思ったが、別荘から20マイルほど離れたミシガン湖畔に新しく家を建てたらしい。本当に久しぶりの交信だ。

彼のことは、このブログでも何度か記したような気がするが、検索でヒットしたのは、これだけ。彼がJohns Hopkinsという名門の医大の学生だったころから、幾度となく交信をしてきた。当時は、K4GSUというコールで、コンテストでナンバー交換をする程度だったが、1980年代後半私がDXにはまり、かつFOCに入った頃から、7メガでバンドが開けるころにいつもお目にかかり話をさせて頂くようになった。

彼は、内科、特に循環器内科の医師であり、当時心臓の具合が良くなかった母親へ投与する薬のことを尋ねたりしたものだった。あちら、ケンタッキーの時間で、毎朝のように仕事に出かける前に、無線に出るのを常としておられた。交信を終えるときに、病棟回診が無事済むように、というのが、私が彼に送る挨拶だった。

が、数年前にIce stormで、アンテナ群のほとんどが破壊されてしまい、それっきりパタッと信号を聴かなくなってしまっていた。実際のところ、2,3年に一度程度、そのミシガンの別荘からワイアーアンテナで出てこられて、その時に、蚊の鳴くような信号の彼と交信をしていたのだが、まさに生存証明みたいな交信だった。

先日お会いした時に伺ったところでは、病院の同僚医師がどんどん辞めてしまい、この4年間は、毎日オンコールの状態だったらしい。residentは当然いたのだろうが、もう70歳前後になっておられて、ハードな日々だったことだろう。私が、(日本のシステムでは当然のことながら)一人で開業することを告げると、一人では厳しい、だれか同僚と組んだらどうだと盛んに勧めてくれたのが、Bill自身だった・・・それが、その彼が一人で責任をしょって仕事をし続けてきたとは・・・。

で、今年一杯で彼も退職することに決心したとのことだった。ミシガンの新しい家にタワーを建てて、ハイバンドはもう出られるようになった、後は7メガのビームを何とかしたいとのことだった。前日もアンテナ作業していたので、手がこわばっていると言って笑っていた。キーイングは、少しミスがあるが、昔のまま、BTを続けて打つところを、B Tとスペースを開けるのが彼流・・・。

彼がactiveであった1980年代に、徳島の奈木氏JA5DQHがBillを訪ねてゆき、そこで撮った写真を何枚か送ってくださったことがあった。各バンドごとに、T4C・R4Cが備え付けられ、運用する椅子をぐるっと回すと、異なるバンドに出られるようになっていた。タワーも十本近く上がっていたのではなかっただろうか。そのケンタッキーの自宅でも、タワーはまだ立っているので、アンテナを徐々に整備してゆくとの話だった。

歳を聞き忘れたが、すでに70歳台半ば近くなのではないだろうか。これまで仕事に十分精を出してこられた。これからのリタイア生活を無線や旅行で楽しく過ごしてもらいたいものだ。米国でのFOCの開合には4年間、英国でのそれには8年間出ていないとのことだった。どこかのそうした会合でお目にかかろうと約束してお別れした。