A Late Quartet 

という題の映画が米国で封切りになるようだ。こちら

宣伝の口上に曰く、世界的に有名な弦楽四重奏団のメンバーが、仲間の死、自我のぶつかり合い、そして抑えられぬ欲望に直面しつつ、共にい続けるために戦う・・・。

役者は勿論楽器の素人で、見ればすぐに弾いていないことが分かるが、う~ん、魅力的な映画だ。

弦楽四重奏は、音楽演奏形式のなかで最も安定し、かつ充実した形式。四つの必要にして十分な声部が、一つの宇宙を形作る。で、そこには人間関係の原初の形もある。

予告編に流れるベートーベンの弦楽四重奏曲16番(だったか?)の演奏からしてぐっと来る。

Bob W9KNI 

三日ほど前、Bob W9KNIが7メガで呼んでくれた。7月下旬シアトルで直接お目にかかって以来だ。彼のことは、このブログで何度も紹介している。DX界の有名人物で、かのBencher社の社主でもある。

シアトルの集まりで、ゆっくり話ができなくて残念だったと仰るので、私の方も何か近寄りがたく感じたのだと率直に申し上げた。実際、彼は皆から少し距離をおき、話しかけがたかったのが実際のところなのだ。驚くべきことに、彼は、あのような集まりでは人見知りをしてしまうのだそうだ。実際、以前から知っていたのは、K4XUやW6IJ等数えるほどの方しかおらず、過去に会ったことがあるのはその内のまた少数だったのだそうだ。皆から離れて苦虫をかみつぶしたような表情をしていたのは、そのためだったのかと納得した。

彼は70歳になったが、Bencherの仕事をまだ続けている由。顧客担当の仕事だそうだ。でも、そう遠くないうちにリタイアをしたいと言っていた。政府からの年金を、70歳になるまでかけ続けていたので、かなりの額を受け取ることができ喜んでいるとのこと。無線の方は、専らワッチをしていることが多い様子である。DXを追うということもあるのかもしれないが、ある程度年齢を重ねると、自分から電波を出すのが億劫になるのかもしれない。これは突っ込んでは訊けなかったが、他の友人たちのことも考えると、歳をとることでactivityの下がるのはこうしたことなのではないかと思える。

彼から贈呈された「The Complete Dxing」を読み終えたこと、できればもう一章追加して、ラグチューの楽しみについて語ってもらいたいと申し上げた。すると、そうだ、CWで会話をし、海外に友人を作ることについて記そう、近々改訂する積りなので、その一章を追加しようと答えてくださった。

リタイアについて尋ねられた(最近、この質問は、海外の友人から受ける質問のなかで定番になっている)ので、自由時間が増えて嬉しい反面、仕事を辞め、患者と別れたことが寂しく感じられる、ambivalentな心境だと答えた。開業医でいらした彼の父上はどうだったのか尋ねた。父上は、開業医を辞めてから、退役軍人病院で管理職についたとのことで、前者では毎週70時間も仕事をしていたが、後者の仕事になったら40時間で済むようになった。だが、やはり患者と長い間にわたって付き合う開業医の仕事をしている方が、幸せそうだったとBobは思うとのことだった。Bob自身は、リタイアしてから、まだ著述をしたいテーマがあるそうだ。聴いてばかりいないで、電波を出すように申し上げて、お別れした。

TPPは、公的保険の縮小廃止をもたらす 

以前、TPPにはISD条項があり、外国資本がわが国で事業をする際に、彼らの事業を阻害する施策を政府が行っていると外国資本が判断する場合、外国資本がわが国政府を訴追できる仕組みになることを記した。首相は、ISD条項について「知らない」と答弁したのだった。

仙石民主党副代表は、TPP参加に日医が反対していることを、被害妄想だと評しているらしい。米国型の医療が日本に持ち込まれることは、「今の段階で」ないというのが、彼の主張である。だから、日医の反対理由は根拠がない、と言いたいのだろう。

だが、TPPに加盟すると、米国グローバル保険資本が日本に雪崩を打って入り込む。そこで、公的保険が、彼らの事業の参入障壁になると、ISD条項に基づき日本政府を訴追する可能性が極めて高い。米国がTPPを進めている大きな理由が、医療介護に対する保険金融資本の我が国を含めた外国への事業展開であるからだ。

それに対抗して、わが国が公的保険制度を守ることは困難だろう。財務省は、公的保険の縮小をむしろ望んでいる。仙石氏が「今の段階で」と言っているのは、TPPが締結されたら、公的保険は縮小だと言っているに等しい。また、恐らくラチェット条項もTPPには含まれ、一旦決められたことは後戻りができない。国民の意思が、公的保険の保持を望むとなっても、それが政策に反映されることはないのだ。

一部の医療関係者の間では、現在の低廉な公的医療制度が崩壊すれば、経済的な旨みがあるのではないか、と考えられているようだが、それは甘い幻想だ。大多数の医療機関は、経済的に締め上げられ、また保険資本とのタフな交渉につかざるを得なくなるのだ。

・・・と繰り返し記してきたが、どうもTPP参加、公的医療の縮小の方向に向かうことは既定路線のようだ。

それにしても、政治家、特に現政権の政治家達には、詭弁を弄したり、あからさまな嘘をつく方が多い。


以下、引用~~~

「日医に被害妄想多い」 TPP参加で仙谷氏
12/10/26
記事:共同通信社
提供:共同通信社

 民主党の仙谷由人副代表は25日、都内で講演し、日本医師会(日医)が環太平洋連携協定(TPP)への参加に反対していることに関し「日医には米国型の医療保険が日本に持ち込まれるという被害妄想にとらわれている人が多いようだ」と述べた。

 日医はTPP参加によって全国民が公的医療保険に入る国民皆保険制度が崩壊し、国民が受けられる医療に格差が生じるとして反対の姿勢を示している。

 仙谷氏は「米国の医療保険システムを今の段階で取り入れるなどということはあり得ない。まったく理解できない」と強調した。

Don N7EF 

Don N7EFと、7メガで会った。3,4か月に一度程度定期的におめにかかっている人物。実は、数か月前に、突然、彼が分厚い封書を送ってよこしたのだった。中身は、金正日の料理人だったかという日本人が、北朝鮮に行ったという記事の切り抜き。P5が彼にとっての最後のentityらしく、何とか私にP5に行って無線をしないか、という内容であった。勿論、これは彼一流のジョークである。P5と交信したいという希望はあるのだろうが、私に行くことは本気で期待していなかっただろう。

彼は、もう70歳台だと思われる。今日も、退職してから20年経ったと言っていた。1,2年前に会った時に、リタイアをどう過ごしているかの話題になったことがあった。彼は、旅行などには一切でかけないらしい。空港で雑踏に押し込まれ、搭乗手続きのために長い列に並ぶなど真っ平だというのが、彼の意見だ。今日会った時にも、ローカルのハムの集まりにも顔を出さないと言っていた。自宅で、庭に水やりをし、庭で採れた新鮮なトマトをサラダにして食べて過ごしている、とのこと。旅行?そんなもの、Googleで検索すれば、何千枚と画像が出てくるではないか、なぜ旅行に出かける必要がある、といった具合である。

私が、この夏、FOCの集まりでシアトル郊外に出かけたことも覚えておいでで、あの「Legendary Giants」の集まりに出かけたことは良く知っているよ、と仰るので、吹きだしてしまった。そんなことはない、単純でCWには熱意たっぷりな子供のような方々ばかりだったと申し上げた。

チェロと弦楽四重奏(ピアノトリオの間違い)を続けているかと尋ねられたので、可愛い女性二人にお相手をして頂いていると言うと、是非録画してyoutubeに載せろと、彼。前回の練習で、カメラの動画に納めてみたのだが、電池切れで途中で切れてしまったので、今回はダメだったが、今度きちんととれたら、秘密のurlをお教えしようと申し上げた。

彼は、きっと世捨て人のように周囲からは観られているのかもしれない。でも、彼との知的で刺激的な会話(大した内容ではないが)は楽しい。少し、シニカルなところもあるが、その背後に、暖かな眼差しがあるように感じられる。Donのように歳を重ねて行ければ良いなと思った。チェロの練習をしなくてはならないことを思い出させてくれた、と言って、お別れした。

さて、本当にチェロの練習だ・・・。

ブログを見直して 

PCデータのバックアップを取り、ついでにこのブログのバックアップもと思って、一連のアップロードした画像を見直した。この7年間の間に、これほどの経験をしていたのかと感慨が深まる。退職をしたら、いろいろと旅行をしたり、他のことに手を出したりと欲張っていたが、これだけのことを経験させてもらったとしたら、もうそんなことは必要ないとさえ思った。

ブログの内容は、取るに足りぬ私個人の内面の一部でしかないし、保存すべきものでもなかろうと、保存は中止。何時かは、このブログに終止符を打つ時には、それと同時に、このブログも消え去ることになる、ということで良いのだろう。

人生の終わりも同様でありたい。そっと一陣の風が吹くように、跡形もなく存在が消えること。勿論、その直前になると自らの存在がなくなることへの恐怖におののくことになるのかもしれない。が、後悔することの多かった人生に終止符を打つこと、そして来たるべきことへの不安に打ちひしがれそうにならずに済むことだけでも、私にとって死とは恵みであるように思える。生きることへの態度は、若い時代とは大分変ってきたように自分でも感じる。願わくば、こころ乱れることなく、その時を迎えることができるように。

と記すと希死念慮のように受け取られかねない。いや、そうではない。通常の繰り返しはこれからも続く。生きることへの執着から少しずつ離れて、それでも一生懸命一日を生きてゆきたいものだと念願する。

無線漬けの一日 

昨日あたりからCONDXが上がってきたようで、28メガまで良く開けている。朝は28メガから14メガまで降りてきた。どのバンドも北米に良く開けていた。14メガで、Steve KB6VSEと1時間近く話しこんだ。Jack WA7HJVご夫妻、それにSteveの奥様と4人で、来年夏か、再来年に日本に旅行に来たいとのこと。歴史的なものを見て回りたい由。こちらにいらっしゃれば、Takaさん JA1KIHともども連れて回ることを約束した。

夕方には、ヨーロッパに28メガが良く開けた。Joe DL4CFと交信し始めたが、やがて彼はフェードアウトしかかる。彼に別れを告げると、Anders SM6CNNが強力な信号で呼んできた。コンテスト以外で会うのは久しぶり。ドイツに別宅があり、昨日ドイツから帰宅したところだとのこと。夏をドイツで過ごし、スエーデンの自宅で冬を過ごすらしい・・・逆が良いように思うのだが・・・。嬉しいことに、私の英語のブログを定期的に訪ねてくださっている由。昔弾いたバイオリンをまた弾くことはないが、私の紹介する音楽をCDで改めて聴いているとのこと。私が思うところを自在にブログで表現していることに驚いている、と過分なお褒めの言葉を頂戴した。最近は、かなりマンネリ化しているのだが、コメントを残さずとも、定期的にブログに立ち寄ってくださって、こうした評価を下さること自体が嬉しいことだ。

夜は、7メガで北米と交信。Jim W6YAからコールあり。Steve N6TTと、Jimが聞こえないと噂をしていたのだが、良く考えると、この時期にワシントン州と、カナダのバンクーバーに出かけると聞いていたことを思い出した。予定通り出かけて、K7SSや、VE7AHAその他の友人たちと会い、自然をカメラに収めてきたらしい。リタイアについて感想を尋ねられたので、ambivalentな感情があることを率直に伝えた。彼は、来年お爺ちゃんになるらしい。交信終了後、アリゾナの別荘に出かけているSteveからJimにコール。Steveは339と存在が分かる程度。

というわけで、無線漬けの一日だった。明日は、メントリの二度目の練習だ・・・。

楽器を受け取りに、桐生へ・・・ 

楽器の修理をお願いしていた方から修理が終わった旨連絡があり、今日の午後、群馬県桐生市まで出かけた。先日楽器を持参した帰り、暗くなってから通った道を、明るいうちに通ってみたくなった。この道は、幹線道路から離れて栃木県南部を東西に走る道(勿論曲がりくねっている)で、私の住む地域から東北道の佐野藤岡インターに行く際に、その昔頻繁に走った道なのだ。

東北道に乗ることは少なくなったが、どうしても乗る場合は、北関東自動車道に乗って栃木インターの近くのジャンクションで東北道に入ることが多い。

某医大の近く、畑の道端にコスモスが乱舞していた。

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栃木市の東側、畑の中をまっすぐ伸びる道路。見通しが良く、いつも気持ちよく走ったものだ。西の方を望む。水平線近く見えるのは、岩船の山。この近くに、タワーを二三本建てHFのビームを上げていた局、それに大きなクランクアップタワーにやはり巨大なHFのビームを上げていた局があったが、両方ともアンテナが見当たらない。この20年程の間に無線を止めてしまったのだろうか・・・。

途中、やはり街並みが変わっていたため、二度ほど道に迷った・・・カーナビでしっかり確認し、前進。

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特に懐かしい、ブドウ団地への入口。山の裾野にブドウ栽培農家が点在し、その間を縫うように走り、最後に峠を超えて、岩船町に入る。やはり、その昔、家族、母親と一緒に何度も訪れた場所だ。

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ブドウ栽培はすでに終わっており、道端にあるブドウの直売所はどこも閑散としていた。

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佐野藤岡インター近くで、50号線に乗り、一路桐生へ。

楽器は大変良く修理されており、安心した。ペグ穴を空けかえるという結構大きな作業だったが、ていねいにしっかりなされていた。楽器が多少変形したためか、魂柱が、やや相対的に短くなっているとのことだったが、今回は魂柱の交換はなし。修理の説明を伺い、早々に帰路についた。

桐生の街は、いつもこのような具合にシャッターの降りた商店が並ぶ。きっとどの小売店も経営が大変なのだろう。和菓子屋さんに立ち寄り、土産に美味しそうな大福と山菜おこわを購入。店主に伺うと、郊外の大規模店舗にお客が流れてしまうのと、製造業の撤退があり、町から人がいなくなってしまった、とのことだった。

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一部東北自動車道、北関東自動車道に乗り、1時間と少しで帰着。今週末は、またピアノトリオの練習だ。

A jammer 

このところ、21メガに朝出ていると、決まって、私の周波数にぴったり合わせて汚い罵り言葉を連続して送信し続ける輩が出現する。特徴あるキーイングと、南西方向のビーム方向から、彼のコールもほぼ特定できているのだが、特に何も対応はしない。信号はそれほど強くはなく、交信相手と内緒の(笑)打ち合わせをするとすぐに対処可能だからだ。もし対処不可能なら、交信をすぐに打ち切って、他のことをするだけの話しだ。

今朝交信したBob W6CYXは、このjammerに大層憤慨して、こうした輩はとっちめて、社会から抹殺すべきだといったことまで言い出した。それには及ばない、何時の時代にもこうした輩はいるもので、社会からこのような輩を排除したところで、また別な同様の輩が出現するものだ、と申し上げた。インターネットでも遠隔操作という個人が特定されぬ仕方で、犯罪的な行為を行っている者がいるらしいが、それに比べれば、この輩はまだかわいいものである。だが、表面的な匿名性を利用して、他人に害を加えようとする邪悪な意志は共通するのかもしれない。繰り返すが、実害はないし、そのまま放置するつもりではいる。

で、こうした輩のこころが如何に貧しい状態にあるのか、ということを想像し、憐みを感じざるをえない。このように「負の働き」かけをすることで、他人との関係性を持とうとするのは、「通常の人間的な関係性」を持てない事情があるためなのだろう。何という寒々しいこころなのだろう。20分でも30分でも粘着し続け、同じことを続けるのは病的心理状態以外のものではなさそうだ。アマチュア無線とはいえ、世の中の縮図だ。恐らく現実社会でも、同じような人間がいるのだろう。

こうした相手は、無視するのが一番だし、現にそうしているが、彼の寒々しいこころの中を想像して、何かやるせないものを感じる。近くに、相手をしてくれる友人・知人はいないのだろうか・・・。

検診結果 

昨日、結構忙しかったパートタイムの仕事から帰ると、その仕事先から郵便物が来ていた。検診の結果報告書である。視力・血圧等の予期された要精査項目に加えて、「胸部X線上右下肺野に網状陰影があるので、CTを取るように」とのコメントがついていた。

このX線上の異常から、すぐにCTを取るようにという指示は、どのようなものなのか。まずは、検診の担当者としては、私を受診させて、詳細な病歴を聴取すべきではないのか、という疑問が湧いた。来週、仕事に行った時に受診してみるつもりだ。今のところ、自覚症状はない。網状陰影は、普通間質性の病変なので、瀰漫性でなく、症状がなければしばらく経過観察でも良いような気もするのだが、郵便でこのように送りつけられるとかなりびっくりさせられる。

この検査結果がどのようなものになるにせよ、年齢的に、深刻な病気にいつでもかかりうる、その可能性が徐々に高くなっていることを自覚しなければならないと改めて感じた。先日、鷹栖先生の逝去のことが思い浮かぶ。彼は、亡くなる直前まで、仕事をなさっていた。今、彼の日記を読み返すと、亡くなる一か月前に、激しい咳に襲われ、本番中に咳が出そうになるのが辛いことを記しておられる。彼は、その時点では、深刻な病気・・・恐らく肺がん、原発性か転移性かは別として、の末期・・・の状態だったのだろうが、亡くなられる直前まで、最後の時を生きていることを自覚なさっていなかったのかもしれない。深刻な悩みに直面する時間が短かったことが彼にとって幸いなことだったのか、と考える。自分を彼の立場に置いた場合どうだろうか・・・。

一番心配していた糖尿病は今のところ大丈夫のようだが、少しずつ年齢相応の体の不調が出現するものだ。その時に備えることは難しいことだが、その時がいつ来ても良いように、こころの準備をする必要がある。そして、毎日をかけがえのないものとして生きることだ。

CW送信について 

CWの送信については、あまり考えたことがない。送信の仕方よりも、何を送信するか、何を語るかが一番の関心事だったからだ。が、昨夜、Steve N6TTと交信した際に、普段よりも少し早いスピードで送信してみた。早く打つことはできるが、何かしら満足できなかった。そこで、CW送信、特にその速度がどのように規定され、コントロールされるかということを考えた。

昨夜は、いつもの巡航速度30WPM程度(実測ではなく、Steveの言)よりも若干早く打った。35から40WPMの間程度だろうか。速度が増すに従い、打ち間違え、言いよどみが増える。以前アップした腕をリラックスさせる姿勢で打つと、それでも何とかその程度までは打てるようだ。でも、なぜか心地よく感じられない・・・。

送信のプロセスは、大まかに言ってこんな風になるのではなかろうか。

1)会話の流れから、言うべき内容を意識化する。

2)英文の場合、翻訳、キーワードの意識化。

3)言語化さらに文章化された内容を、電信コードに置き換える。

4)その電信コードを、上肢・手の動きに変換し、送信動作をする。

これらすべて、特に1)から3)のプロセスには、意識レベルが十分高いことが前提となる。眠気に襲われると、これらのプロセスは大きく障害される。2)は、話題の内容によって、かなり苦労しながら進める場合と、すらすら進む場合がある。3)は、私の場合、ほとんど無意識に進む。また、4)がスムースに進むためには、余分な筋緊張がなく、上肢・前腕・手・指の微細な運動を可能にする姿勢でいることが必要になる。良くあるパターンで、椅子のリクライニングをきかせて、腕をまっすぐ伸ばして送信する場合は、あまりピッチを上げられない。

また、このプロセスは一連らなりの流れではなく、相互に関連しあって進む。言うべき内容を意識すると同時に、キーワードも探し出す、また3)のプロセスにあるときに、言うべき内容を表現できているか反芻し、語りつつある内容が、本来言うべき内容からそれていれば、それに対応して次の1)にフィードバックする、といった具合だ。人間の意識とは、重層的な構造をしていることを改めて感じる。

で、送信速度を規定する因子は、各人の言語能力、CW能力、さらに運動能力によって変わってくるのだろう。初心者の時には、3)がrate limiting factorかもしれないし、英語が得意でなければ、2)が速度を規定する。加齢により、手の微細な運動が難しくなると、4)によって速度が決まることになるのではないだろうか(1)が規定因子だという突っ込みはなし)。

私の場合、1)2)が大切だ。これがうまく働くと、心地よくCWで会話をすることができる。話題の内容により、また相手によって、それがスムースに行かないことがある(勿論、それは相手の瑕疵ではなく、こちらの能力不足なのだが)。思考とCWの送出速度が、同期すると、ピタッとはまる愉しみが生まれるわけだ。そのスピードを超えると、物理的には送信できていても、何か浮ついた調子になり、さらに、思考の流れが、CW送信自体によって障害されるような気がする。

Steveは、40WPM以上でも送信できると言っていた。以前、別なブログで、そうしたアクロバットみたいなCWは好きになれないということを私が不遜にも言ったことが気に障ったのかもしれないが、盛んに早く送信する楽しさを、彼は強調する。

私は、自分の道を行くまでである。

「社会保障と税の一体改革関連法」 

政府の推し進めている「社会保障と税の一体改革」について、鈴木寛議員が、MRICでその理解を求めている。日本の財政規律の立て直しは、一刻の猶予もならない。なんとなれば、このままで行くと国債金利が上昇してしまい、国家財政が破たんするというのだ。これは、医療におけるパターナリズムと同等である。緊急事態なのだ、ということらしい。

国債の大部分は自国内で買われているので、禿鷹ファンド等外国の資本により荒らされる可能性は少ないと言い続けてきたのが、財務省・政府だったのではなかったか。確かに、日本国債を持つ外国資本の割合が現在8.4%と上昇してきているらしい。が、今になって、国債暴落で緊急事態だと喧伝し始める政治家としてのいい加減さに呆れる。

大体において、今回の増税が何のためなのか。増税の見込みが立った時点で、政府は、整備新幹線3区間の着工を認可、さらに外環道建設も再開しようとしている。この両者だけで4兆円を超す事業となる。政府だけでなく、野党側も10年間で200兆円(自民党)、100兆円(公明党)の公共事業の計画を打ち上げている。2012年度公共事業予算が5兆円であったことを考えると、数倍の上乗せである。さらに、復興増税には、公務員の利権が絡むと思われる復興と直接関係のない予算が組み込まれて、問題にされている。

一方、社会保障分野にどのように税を用いるかの検討は、今後の国民会議での議論待ちだと言う。こうした諮問会議は、官僚の意向を実現するための儀式であることは、良く知られたことだ。社会保障分野には厳しく切り込まれることだろう。

税の用い方、また税の用い方を決める方法は、国の進む方向、国の形を決める根本的なことがらだ。今のままでは、「審議が不十分」「マニフェストにない」「まずは国民の意思を問うべきだった」と言われても仕方ないのではないか。まさにインフォームドコンセントの欠如である。国家財政がまったなしの危機的状況にあるのはよく分かっている。だからこそ、しっかりと議論をすること、国民の意思を問うことが必要なのではないだろうか。

パターナリズムを、それの実行主体である政治家が言うのはおかしい。限られた資源のなかで困難な仕事をしている医療界に対する冒涜に近い比喩だ。政治家には説明責任と結果責任がある。


以下、引用~~~

医療現場危機打開・再建国会議員連盟幹事長
民主党政策調査会副会長 鈴木寛

2012年10月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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17年ぶりの消費税率引き上げを定めた「社会保障と税の一体改革関連法」。6月には衆議院可決に先立つ3党合意をめぐって、与党内が紛糾する場面もありました。テレビ等では、「審議が不十分」「マニフェストにない」「まずは国民の意思を問うべきだった」といった論調が中心でした。しかし実際、国民の皆様に本当に偏りなく情報が伝えられているのか――改めてご説明し、ご理解いただく必要性を感じています。

法案成立によって政府が守ろうとしているのは、まさに国民の財産であり、生活です。最大の懸念は、国債金利の上昇です。国債金利の急変が仮にあった場合、日本の金融機関や国民の財産が減失し、国家予算編成に窮するという可能性が否定できません。IMFも同趣旨の懸念を表明しています。ところが、こうした事態の危機感は共有されていません。

もちろん、一体改革法は国民の意思を問うに値する重要な案件です。国民の皆様にしてみれば「もっと自分たちを信じてほしい」と思われるでしょう。ただ、判断材料たる情報をきちんと伝えてくれない状況で、皆様も適切な判断が下せるでしょうか。特に、国債金利を低くとどめる努力は一瞬も気を抜けません。「マニフェストにない」からと放置はできないのです。

この状況は、医療で言うところのパターナリズム(父権主義)とインフォームドコンセント(説明を受けた上での患者の同意)の関係を思い起こさせます。古来より医療では、患者に利することを前提に、医師に治療の裁量がありました。近年では患者の意思決定の自由を尊重し、事前のインフォームドコンセントが重視されます。しかし患者の容態が急変しそうな場合には、可能な限り説明を尽くした上で緊急手術に踏み切るのが、主治医のあるべき姿です。同じように一体改革法は、目前の最悪のシナリオを回避するための、ぎりぎりの選択というわけです。

なお、社会保障制度改革の中身については、有識者や国会議員による「国民会議」ですみやかに議論し、結論を出すことになります。これからが本当の正念場なのです。

鷹栖光昭氏逝去 

東京交響楽団のチェロ奏者でいらした鷹栖光昭氏が、今年2月25日に急逝なさっていたことを、ネットの情報で今日知った。ある方のブログでそれを知った時、えっと声をあげてしまった。

鷹栖氏とは、12年ほど前、ネットのアマチュアチェロ奏者のサイトで知り合い、その年の末、東響の第九演奏会のあと、仲間と喫茶店で彼を囲んで話しをさせて頂いたことがあった。サントリーホールだった。笑顔を絶やさず、飄々とした方だった。

その後、二度ほど彼の教室の発表会に聴衆として参加し、彼のお弟子さん、それに彼ご自身の演奏を聴かせて頂いた。彼が奏でる、フォーレの「エレジー」、品のある深みのある音色がまだ耳に蘇ってくる。発表会では、ステージマネージャーのような仕事もなさり、皆に細かく気を配っておられる様子だった。彼のサイトに時々お邪魔し、そこで時にコメントをさせて頂くこともあった。3,4年前に、お嬢様が、オーボエ演奏により、日本音楽コンクールで優勝。確か、東響とシュトラウスのオーボエ協奏曲で親子共演が実現したのではなかっただろうか(これは、昨年とあるアマチュアオケでお嬢様がその曲を弾いたことを誤って記憶していたことだった・・・でも、お嬢様のコンクール優勝は、彼にとってやはりとても嬉しいことのようだった・・・)。

彼は、アマチュアチェリストの教育にも熱心で、彼のサイトにもネットで教授しうる技術について記載されていた。彼が、升田俊樹氏と共著で出版された教則本も、アマチュアチェリストの間では良く知られた書籍だった。私は、学生時代に升田俊樹氏から2年間ほど教えて頂いたこともあり、その点からも鷹栖氏には親近感を感じていた。何度か彼にレッスンを受けることを考えたのだが、これまで仕事に追われ、実現できなかった。彼が急逝なさったことで、それは永遠に実現できぬことになってしまった。

彼の人柄について語るほど親しくお付き合いさせて頂いたわけではなかったが、音楽家として、教育者としてこれから最も油がのる時期だったことだったろう。お嬢様が音楽家として大成される姿も見届けたく思っておいでだったことだろう。今年の1月の彼の日記に、咳が止まらないという記載があったが、そのすぐ後に、入院なさり、本当に短い期間で永遠の旅に旅立たれてしまった。53歳、死ぬには、あまりに若い。残念でならない。ご冥福をお祈りしたい。

秋が深まる 

このところ、草刈りと畑作りに熱中している。敷地の南東の角は、以前、くぬぎの大木が二本あったので、それほど下草が生えることはなかった。だが、昨年だったか、家内が「自主判断(笑)」で、それらの木を切るように業者に依頼、気がついたら、この場所がきれいさっぱりとなっていた。それで、夏場に雑草がものすごい勢いで生えるようになってしまった。それを何とかして、一部を畑にしようという計画である。

雑草を刈り取り、土を耕す。土の中にある、ごみ、雑草や木の根をていねいに取り除く。手前の畑には、ホウレンソウの種をまいた。後ろの畑は、これからきれいにし、苛性ソーダ、堆肥をまき、その後、種をまく。レタスにする予定。この土地は、以前くぬぎの落葉による自然の堆肥が十分積層しているはずで、肥沃な土地のはずと期待している。これ以外にも、畑にした土地がある。畑といっても小さな面積。それでも来年の春に、様々な野菜や果物が収穫できるのを楽しみに作業をしている。

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私の先祖は、きっと百姓だったのかもしれない。一心不乱に畑仕事をしていると、こころを煩わせていることを忘れることができる。40歳代後半から、植物や土に触れる作業が心地よく感じられるようになってきた。農作業に熱中できるのは、年齢的なものもあるのかもしれない。

栗が豊作で、80度程度で処理した栗がレジ袋に小分けにされて、冷蔵庫に眠っている。毎週末娘が帰宅するたびに、栗ごはんが食卓に並ぶ。柿は、一時降水不足で、小さなまま熟してすぐに落ちていたが、雨が何度か降ってからは、ある程度の大きさになるまでゆっくり熟している。種のある柿だが、スーパーで売られている柿に比べて、新鮮な甘さが際立つ。

秋が深まる。

栃木県北行 

このところ、何やかやとゆっくりできず(と言いつつ、無線をやったりしているのだが)、テレビで景勝地、塩原の様子を放映していたのを偶然みて、ふっと思い立ち、カメラを持って塩原に向かった。自宅から2時間弱だろうか・・・。

途中、昔の氏家町辺り四号線沿いのコンビニで飲み物などを買い込んだ。そこで、北部の山の方に厚い雲がかかっているのが見えた。久しぶりに温泉に浸かりたいと思い、塩原も有名な温泉地なのだが、雲に覆われていなそうなより近くの温泉に方向転換。そこから北東に数キロの距離にあるその温泉に向かった。カーナビで見つけたところで、初めて行く。

栃木県北部は、阿武隈山地が関東平野に移行する丘陵が南北に幾重にも走っている。稲も刈り取られ、このような具合。道に人は見かけず、道行く車もあまりない。

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目指す温泉、丘陵の稜線上にあった・・・が閉鎖されていた。

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食べ物屋等の建物も荒れ放題。このように見晴らしは良いのだが・・・。

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この温泉が、どのようにして建設され、そして閉鎖になったのか、私は良く知らない。だが、バブル景気の頃のことだろうことは想像がつく。

最近読んだ、宇沢弘文・内橋克人著「始まっている未来 新しい経済学は可能か」(岩波書店)という本に記されていたことを思い出した。これは、お二人の対談を文章にしたものなのだが、宇沢氏が、米国による日本への支配を極めて厳しい調子で述べている。米国政府は、プラザ合意で円高に誘導したあとも、米国の貿易赤字が減らないために、日本に対して、日米構造協議を通して、公共投資をすることを要求、日本政府はそれを受け入れた。計600兆円超の公共投資を、地方自治体に債権を発行させた上で行わせた。地方自治体への交付金でその債権を処理させるスキームだった。だが、小泉内閣当時に、地方自治体への交付金を大幅に減額したために、地方自治体の多くが赤字に転落した、という話だ。公共投資を行う際に、生産性を上げるような投資は行わないことを、米国は日本に要求していたというのである。それで、地方自治体は、テーマパークのような施設を作り続け、それを運営する第三セクターが赤字に陥っているということらしい。

この前段に、次のように興味深いことが記されている。、公務員の幹部が、終戦後レッドパージ等により、米国への忠誠を誓わせられ、彼らの多くが1960、70年代に米国に留学し、フリードマン等の市場原理主義に色濃く染められていたことが、こうした屈辱的な経済政策を取らされた背後にある、というのだ。

繰り返すが、この閉鎖された温泉が、このような公共投資に絡んでいるのかどうかは分からない。が、同じバブルの時期に建てられ、やがてさびれ閉鎖されたものだったのではないだろうか。当地には、地方自治体が立てた立派なホール、テーマパークさらに温泉施設等が至る所にある。この莫大な公共投資が、米国の指示で行われ、そして現在のGDP比230%を超える国の借金の元になったわけだ。

そんなことを考えながら、景色の良い丘陵地帯を、のんびり車を走らせた。

やはり初めての黒羽温泉に行き先を変更だ。

その途上、大きな前方後円墳と思われる遺跡があった。遺跡名を記録し忘れ。観光のためだろう、下草はきれいにかられ、周囲は柵で囲まれていた。たまたま散策に訪れた様子の女性が二人だけ。他はだれもいない。

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目指す黒羽温泉に到着。前の温泉よりは少し開けたところにあり、近くに運動公園もある様子。広々とした駐車場があり、丘の上に立派な建物が立っている。でも、平日の昼間のためだろうか、利用客はまばら。

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利用料を支払い、タオルを購入し、いざ温泉施設へ。かなり広く、また南側全面ガラス張りになっており、なかなか豪華。露天風呂もすぐ外側にある。実際に入るとなると、ゆっくりできない性質で、20、30分ほどで出てきた。秋風が心地よい。

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帰り道、所々で写真を撮った。稲刈りはとうに終わっている。丘陵の木々が色彩豊かになるのももうすぐだろう。

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母親が健在だったころ、家族とともに、さらには母親と二人で、この辺をドライブに来たことを思い出した。秋が深まる頃、日が沈み始めると、暗くなるのは早い。母親が、「秋の夕陽はつるべ落とし」と独り言のように呟いていたものだ。その母親も既に亡く、やがて連れて歩いた母親と同じような年齢に自分がさしかかりつつあることを思った。

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ドライブ中にかけていたのは、メンデルスゾーンのピアノトリオ1番、ブラームスのピアノクワルテット1、2、3番だ。各々が懐かしい。学生時代、ブラームス3番の四楽章、大学オケの後輩のM君等と、階段教室で合わせたっけ。夕陽の差し込む階段教室で。M君、元気にしているか・・・。

自宅近くのスーパーで夕食の食材を購入。暗くなる前に、自宅に帰着した。こうして出かけるのも、もうあまりないだろうな・・・。

手短か交信と、じっくり交信の違い 

ACAGの喧騒も終わり、バンドがシーンと静まり返っている。「手短な交信」についてTさんがコメントを下さったのを読んで、しばらく考えていた。現象としては、彼の言うようなところなのだろう。現象面をああだこうだ言っても理解が深まらない。この現実をどのようにとらえるべきなのだろうか。

この週末、ACAGだけではなく、ヨーロッパ、北米それに中国、もしかするとオーストラリアで別なコンテストが開かれていたようだ。聞いていてめまいを感じるような状態であった。それらのコンテストに耳を傾け、要するに、「短い交信をするのが常識になった方々が集う」のがコンテストなのだ、と思い至った。別に目新しいことではないのだが、コンテストで競争しようかという方々はごく一部。大多数は、たくさんの局が出ているので、一つ参加してみよう、上手くすればアワードを完成させられるかもしれない、新たなentityを得られるかもしれない、という望みを抱いて、ちょこっと参加しよう、ということなのだろう。コンテストでは、それ専用のナンバーを送るところが、JCC/Gナンバーを送る普段の交信と違うだけだ。短い時間にまとめて「稼げる」良い機会というわけだ。

DXにしろ、アワードにせよ、コンテストと、交信の内実は変わらない。皆が出てくるコンテストという機会に、いつもの交信の延長で交信するということだ。とすると、それらの楽しみ方に共通することは何かということになる。

いわば「我とそれ」の関係を、アマチュア無線に取り込むやり方なのではないか。「我と汝」ではなく「我とそれ」である。「それ」は没個性化された存在であり、目的とするのではなく、利用する手段となる存在だ。「それ」と対するときに、専ら量的な拡大が関心事となる、ということだ。それは人間関係ではなく、物として交信相手を扱うことだ。量的な拡大は、有限なものを扱うために、やがて終わりが来る。人間関係が本来あるべき、個性的で人格的な関係性を捨象したところに、この「我とそれ」の世界は展開する。

と、ブーバーの哲学を少しお借りして、コンテストの手短か交信の本質を私なりに理解したところを記してみたが、どうだろうか。で、問題は、「我とそれ」の世界と「我と汝」の世界は質的に異なるということだ。「我とそれ」をいくら追求しても、「我と汝」に回帰することはない。真逆の方向を向いて歩みだすことになるわけだ。

以前のコメントにも記した通り、「我と汝」の関係とは、ブーバーにとって究極のところ、自分と神との関わりに関することであり、いわば人生の究極の問題、最後の問題に属する。アマチュア無線などという世俗の楽しみそのものにそのまま当てはめることは間違っているのかもしれない。が、コンテスト手短か交信と、じっくり交信の違いは、想像する以上に大きな違いであり、いわば逆方向を向いているということを時には思い起こしてみることも悪いことではあるまい。

行政と調剤薬局の関係 

過日、茨城県の基幹病院が、診療報酬の不正請求を行っていたとして、保険医療機関の取り消し処分を受け、大きな騒ぎになっている。不正は不正なのだから、処分を受けることは致しかたないが、如何にも事大主義な処分という印象を抱くとすでに記した。多くの患者や、この不正にかかわっていない大多数の医療従事者のことはお構いなしの処分なのだ。だが、どうも処分を軽減する話が裏でついている気配がある。処分はしたが、軽減するということになれば、この出来事で印象に残るのは、行政の権限の圧倒的な強さ、支配力である。その効果を狙って、行政はこの処分を行った、ということになる。



一方、調剤薬局と、厚生労働省の関係で面白い事象がある。国民医療費が伸びたといって問題にされているが、高齢化の進展や医療技術の発展に伴う医療費の伸びがあり、致しかたのないところもある。

だが、調剤薬局の収入の伸びがすさまじいことはあまり知られていない。

m3で上げられたデータを示す。


          国民医療費        調剤医療費

H9         28.9兆          1.6兆

H22         37.4兆          6.1兆


この間、全体の医療費は8.5兆円の伸びがあり、そのうちの4.5兆が調剤医療費。医療費の伸びの52%が、調剤のみによって起こされている。国民医療費が27%増える間に、調剤医療費は281%増加している。医療費全体の伸びに占める、調剤医療費の伸びは飛びぬけている。この多くは、調剤薬局数自体の伸びを反映している。しかし、調剤薬局へ多くの医療費が誘導されていることに変わりはない。

さすがに、この数年間の調剤医療費の伸びは鈍化しているが、すさまじい伸びである。調剤薬局が、これだけの医療費に対応する仕事をしているだろうか。私の見聞きする範囲では、そうは思えない。薬剤師は、病気の診断について「知ることなく」、投与薬剤について説明をすることになっている。また、調剤薬局は、診察室のような構造にはなっておらず、ホールのようなところで、「通り一辺倒の説明をする」だけだ。患者のプライバシーも何もあったものではない。

医薬分業の功罪について、ここで論じる積りはない。現状の調剤薬局における調剤業務・患者への説明の内容からして、現在の調剤薬局に対する診療報酬は、医療機関のそれに比べてバランスを欠いている。すなわち、仕事内容に比べて、高すぎると言いたいのだ。



で、調剤薬局は、行政に対して「極めて強気」である。医療機関にとって、厚労省の通達はまさに法律のような意味を持つが、大手調剤薬局は、厚労省の通達の「無視」を宣言し、それを実行している。これは、本来ならば、調剤薬局の保険診療資格停止にも相当する「違反」のはずだ。でも、今のところ行政は何もしていない。何もできないのではないだろうか。

さて、行政はどのような対応をするのか。

この事象の背後に、調剤薬局と厚労省の力関係、背後での結び付きが垣間見える。



以下、引用~~~

厚労省の薬ポイント禁止、ドラッグストアは無視
読売新聞 10月4日(木)17時37分配信

厚生労働省は今月1日から、処方箋を出して薬局で薬をもらう保険調剤で、患者が支払う自己負担分に応じてもらえる調剤ポイントを原則禁止とした。

これに対し、ドラッグストア業界が猛反発。クレジットカードなどで支払った場合のポイントは容認されているためで、ドラッグストアの業界団体は、国の規制の無視を公に“宣 言”するなど、異例の事態となっている。

「公平性から見て、国の規制はどう考えてもおかしい」。日本チェーンドラッグストア協会(横浜市)の宗像守事務総長は、強い口調で国を批判する。

多くのドラッグストアでは、独自のカードを示して、市販薬や衛生商品などを購入した際、例えば100円につき1ポイントを付けるなどしており、保険調剤の際の自己負担分に も同様のポイントをつけている。その後、たまったポイントで商品を購入したり、景品と交換したりできるが、保険調剤の自己負担分には充てられないルールのため、健康保険法 が禁じる処方薬の値引き販売にはあたらないとしており、宗像事務総長は「国もいったんは認めていた」と主張する。

厚労省は9月14日、「薬局の選択はポイントの提供によるべきではない」とする通知を出し、10月から原則禁止とする姿勢を改めて強調。クレジットカードなどの扱いについ ても、「年度内をめどに検討する」とし、何らかの規制を設ける可能性を示唆した。

これに対し、同協会は9月19日、「(クレジットカードなどとの)平等性により、調剤ポイント付与継続は来年3月まで可能」とする独自の見解を発表。大手チェーンの多くが これを踏まえ、10月以降もポイントの提供を続けている。

手短な交信の理由 

最近の交信は、国内外を問わず、ただリポートの交換だけになることが多い。リポート・QTH・ハンドルを送ると、BKで返し、さっさと終わるというパターンだ。そうなる理由を、以前から考えてきたが、いくつもありそう。

そうした傾向の背景には、やはり以前から繰り返して記している通り、コンテストとDXが交信そのものであり、普段もコンテスト・DXにならって行うという風潮がありそうだ。世の中で行われている、クラブのオンエアーミーティングとやらも、この形式を取っている。後者は、JAに独特な「文化」である。ビギナー諸氏が、そそくさと上記のスタイルで交信することが交信そのものだと思い込んでも仕方があるまい。

ついで、同じような理由だが、交信はQSLを集めアワードを得るための手段という方も多いことだろう。不思議なもので、アワードも完成する人が多くなると、ちょっとルールを変更して、新たなアワードを作り、またそれに向けてせっせとリポート交換だけの交信に励むというパターンがあるようだ。

最近、時々経験するようになったのは、デコーダーでCWを読み取り、それで交信をしている方もいる様子。先日のW6の局だけではない。今朝も、ドイツの大きな設備の局と交信したが、私のQTHを名前と取り違え、それを指摘しても全く反応なし。送信は明らかにキーボード。その局と交信終了後、別なDLの局が、あれはPCによる交信だとご丁寧にも注進してくださった。

さらに、交信をする時間的・精神的な余裕のないままにオンエアーしている方も増えているのかもしれない。これは自分にも当てはまることだが、気乗りしないままに交信を続けることがある。この場合、相手に対して失礼にあたると思い、できるだけそうした気分、状況の場合、交信を始めるのは止めておくようにしている。が、惰性に流されて、意味のない交信を続けてしまう場合がある。

いや、上記の理由による、手短な交信を否定するつもりはない。この忙しい時代に、技能習得に手間取り、交信そのものに時間がかかる、このCWというモードに出るのに、仕方ない側面もある。

が、それだけで良いのかという思いも当然ある。特に、リグ・アンテナの種類が千差万別になっている現在、リポートだけでは、自分の設備の動作・CONDXの把握すら十分できない。すなわち、相手の設備が分からなければ、判断できないのである。設備程度は教えてもらいたいと、そそくさと立ち去ろうとする相手にお願いすることもある。それが通じることもあれば、無視されるというか理解されぬこともある。

「CWというモードでの交信は簡単に楽しめる」といった類のキャンペーンは、功罪半ばする。末永く、意味のある交信をこのモードで続けるためには、それ相応の訓練と準備が必要だと思うのだ。

Mike W3MC 

こちらのブログの更新をさぼってしまった。このところ、さわやかな気候になってきたので、庭仕事を精力的に(自分の力量からすると)進めている。芝を刈り、草むしりをし、台風の風で倒れかけたトマトを起こし、そして今日のメインイベントは、枝が繁茂しすぎたスモモの木の枝落としである。数メーターはある木に梯子をかけて登り、余分な枝を落とす。小型の鋸を駆使するのだ。結構な運動量だった。

午前中、14メガが北米東海岸に開けていた。Mike W3MCと、丁度1時間ほど話し込んだ。さすがに太陽活動の活発なこの時期だ。信号は、ずっと同じように入感していた。彼が元来音楽家であったことを初めて知った。専門はトロンボーン。音大を出て、オケの仕事などを経て、海軍の音楽隊に所属していた。ところが最近、退職を勧告されて、仕事を辞めたらしい。勤続35年とのこと。17歳から22歳までの子供たちをかかえ、まだ学費を稼がなければならないし、というわけで、新たに始めた仕事が、何とアマチュア無線家相手にタワー・アンテナの建設をする仕事。2,3日おきに仕事を入れているとのことだった。それはかなり重労働じゃないかと尋ねると、年齢に対して相対的な労働量を指摘されたと思ったのか、自分はまだ若い、58歳だ、まだまだ仕事をできると言っていた。あと5年間は続けなければいけない、とのことだった。

音楽家としてキャリアーを続けることは難しいのか尋ねた。オケのポジションを得るのはとても難しい、とのことだった。教職は、大学でその課程を取っていなかったのでつけないとのこと。プロの音楽家が如何に生計を立ててゆくことが難しいことは、身近なところで見聞きしているので、彼の難しい状況はよく分かると相槌を打った。アメリカでは、オケの弦楽器奏者の仕事口は結構あるのだが、管楽器は競争が厳しいらしい。プロの演奏家としてのトレーニングは、並大抵のことではないのだから、音楽家がもっと厚く遇されてしかるべきだと考えていると申し上げた。でも、そのためには、クラシック音楽の聴衆の底辺を広げなければいけないのだが、彼に言わせると、生演奏の仕事の機会が極端に少なくなっているとのことだ。先輩から、50、60年前は、そうした仕事の口がたくさんあったと聞かされているらしい。ネットや、CDで簡単に音楽に接することができるようになったことが、そうした演奏家にとって厳しい状況をもたらしたと彼は考えている。確かに、録音媒体の出現は音楽の在り様に革命的な変化を生じさせ、マスメディアは、音楽を大衆化させた。しかし、それが翻って、演奏家の生活を厳しいものにさせている、と言えそうだ。

Mikeは、電信の打ちっぷりから、元気そうで・・・無線をやり、他人のアンテナ上げの仕事をやっているのだから元気でないわけはないのだが・・・きっと今の仕事をやり遂げることだろう。ワシントンDCに出向いて演奏したり、仕事をすることがなくなって清々している、戻りたいとは思わないと言い切っていたが、でも音楽家として人生を終えたいという気持ちはあるのではなかろうか、と思った・・・そうは尋ねなかったが。健康に気を付けて、仕事を続けるように言ってお別れした。東海岸に出かけることがあったら、是非お会いしたい方の一人だ。

夜、メールボックスを整理していたら、昨年の大震災時、彼から消息を尋ねるメールを頂いていたのだが、それがjunk boxに紛れ込んでいたために開封していなかった。そのお礼も申し上げるべきだった・・・。