スキマー・RBNについて 

アマチュア無線の世界で、スキマーや、RBN、さらに広く言えば、クラスター等の技術が、多くの方に利用されている。自分の活動が、リアルタイムで他のハムに自分の知らないうちに伝わる、というだけのことだが、何か名状しがたい違和感を、これらの技術に感じてきた。

QRZ.comでJim W6YAが自己紹介をする文章に、「スキマーは、自分の無線人生のなかで最悪のものだ。いわば、スポーツ界で使われるアナボリックステロイドみたいなものだ。」と書いてあるのをみて、思わず笑ってしまったのだが、ちょっと時間が経ち、本当にそうだなと相槌を打ったのだった。

Jimも感じているであろう違和感の正体は何かとしばらく考えてきた。そうした技術(代表としてスキマーとしておこう・・・クラスターは少し違うが、アップされる側としては本質は変わらない)は、ワッチする手間を省かせ、どの局がどこに出ているかをリアルタイムで教えてくれる。それは、バンドが開けているかどうかのチェックにも使える。便利ではないか。現代技術の恩恵そのものではないか。いや、アップされる方は、自分の行動が監視されているように感じる。RBNで私のことをいつもワッチしているという友人が実際にいるのだ。別に、彼に不都合なことを話しているわけではないが、何か検閲されているような気になるのだ。また、アップされた情報を利用している局も、結局、自らの経験と技術で、自らワッチし、パスが開け、貴重な相手が入感するのを自分で見つける楽しみを奪われるのである。

こうした事態を抽象化していえば、自由の喪失ということになるのではないだろうか。スキマーに依存すると便利さと引き換えに、偶然から生まれる楽しみが無くなる、または少なくともそれが減弱させられるのだ。偶然とは受け身のことでは、文字通り予期されないことを経験することという意味もある。が、アマチュア無線での偶然の楽しみとは、より積極的に経験と技術を総動員して、希望する交信を成立させること、気に入った相手と交信を続けることだろう。ここで、偶然と我々が感じることは、自らの意思でものごとを選択しうる自由さなのだ。アマチュア無線の楽しみの大きな部分は、この自由さにあるのではないだろうか。ところが、スキマーは、それを限りなくゼロにする。残すは、大きな設備を競って、競争するか、得られた情報で相手のことをストーキング(言いすぎか?)することだけだ。

短波帯の無線はすでに古臭い過去の通信手段で、アマチュア無線は、それによってのんびりリアルな関係を築くことを、大きな楽しみにしている。その楽しみを担保するのは、自由さだ。スキマーが、自由さを阻害するものだとしたら、アマチュア無線にとって必要な技術なのかどうか疑問に感じざるをえない。大勢は変わらないのだろうと思うが・・・スキマーがすでに存在することは事実だし、多くのハムが、それを利用し続けることだろう。時間を逆戻りさせるわけにはいかないのだ。

Jimがスキマーを嫌う論旨は、その登場によって、コンテストの個人的な経験・技術を競うことがなくなってしまったという点にあることを付言しておこう。ここでも自由さが阻害され、設備という必然性によってコンテスト結果が左右されることを、Jimは敏感に感じているのだろうと思う。

基督教独立学園高校 

山形県西置賜郡小国町に、基督教独立学園高校という小さな高校がある。私は訪れたことがないのだが、静かな山間にある小さな学校だ。一学年25名で、無教会主義のキリスト教に基づいた教育を行っている。その淵源は、1920年代、内村鑑三の主導によってこの地にキリスト教の伝導が行われ、鈴木弼美等によって開設されたと、その沿革に記されている。

何故この学校の存在を知っているかというと、この学校に在学し、またそこから卒業なさった方数名と知り合う機会が、若いころにあったからだ。とくに、遠縁にあたるNMは、この学校を出て、看護師の道を歩み、現在東海地方の基幹病院で看護の責任者になっている。私が高専から大学に進むころに親しくさせて頂いた方である。私が現在住む地域にも何人かこの学校の卒業生がおられる。この学校は、決して進学教育をするところではないので、有名大学に進学し、所謂世の中で高い地位についた方は多くはない。が、卒業生全般に言えることは、その人柄に共通して、裏表のなさ、透明さを感じることだ。そして、純朴であり、人の上に立とうとしたり決してしない。この学校の卒業生とは、それと知らずにお会いしても、すぐにそうではないかと想像がつくほどだ。

昨年12月号の月刊誌「世界」に、鈴木弼美のことが記されていた。この気骨の伝道者については、若いころに、いろいろなところで耳にしていた。彼は、東大の物理学科を出るのだが、内村鑑三と出会い、キリスト教伝道で生きることを志す。最初に記したとおり、山形県の山村で伝道を行い、そこに移り住み私塾を開く。それが、現在の同学園に発展してゆく。「世界」の記事には、鈴木弼美が、戦後、自衛隊の違憲訴訟を立ち上げた経緯が記されていた。彼は、自衛隊が戦力にあたり、違憲であることを主張し、自衛隊戦力予算に相当する税金分の不払いを行い、同時に自衛隊の違憲訴訟を一人で提起する。結局は、敗訴するのだが、口頭弁論が実際には開かれず、書面での審議になることを不服とし、裁判官忌避の訴えを起こす。だが、それも門前払いを受けてしまう。彼は、なぜ裁判官忌避の訴えが一度しか認められないのか(これは法的規定はなく、慣例でそうのようになっているらしい)を、裁判官に厳しく問い詰めるが、裁判官は無視をする。そして、彼が定めた回答期限までに裁判官からの返答はなかった。そこで、彼は自らを「勝訴した」と結論づけ、その文書を裁判官に送りつけるのである。

このように記すと、ドンキホーテのように見える。だが、戦争中に天皇を神と認めず、それによって1年近くを監獄で過ごした彼の経歴を思い返すと、この戦いが、ぴしっと筋の通った精神に基づくことが分かる。ここまでしっかり筋を通し、非戦の戦いを権力に挑んだことに私は驚嘆し、敬意を抱かざるを得ない。これほどに、自分の意志をしっかりもって生きることは、やはりキリスト教信仰があったからなのだろうか。

あのような卒業生を輩出する学校のバックボーンに、鈴木弼美の持っていた強靭で変わることのない信仰があったのだということを改めて教えられた。

対テロ戦争へ加担すべきではない 

Bruce K6ZB に用件があり、三が日を過ぎたころメールした。それへの手短な返信が彼からあったのが今月8日だった。それには、当日パリに着いたばかりで明日チャドに向かうとあった。勿論、ビジネスの旅行なのだろうが、アフリカにまで足を延ばす行動力に改めて驚かされた。

で、その直後に、フランス軍のマリ侵攻、そして痛ましいアルジェリアでの日本人を含む人質殺害事件が続いた。アフリカから帰国したばかりのBruceに様子を尋ねると、帰国便が飛ぶかどうかが心配だったが、それ以外は問題なかったとのこと。チャドでも有望な油田が見つかり、石油メージャーのエクソンが採掘していること、カメルーンへの1000kmに及ぶパイプラインが敷設され、今のところ順調に稼働していると教えてくれた。エクソンは、現地の人々を多数雇い入れ、それで現地経済が潤っているようだ、とのことだった。

しかし、北アフリカの政情について少し調べてみると、石油ガス・ウラン等の資源をめぐる利権を求める欧米先進国(日本も例外ではない)、トゥアレグ族というマリ北部の原住民、それに北アフリカ一帯をイスラム圏として宗教国家化しようとする急進派・穏健派勢力、それに現在の各国政権が複雑に入り組んで、覇権を争っている構図が見えてくる。フランスのマリ侵攻は、現政権から依頼され、テロリストを抑え込むためとされているが、決してそれだけではない。

日本人技術者が犠牲になったことは痛恨の極みだ。彼らを殺害した一派は許されざることだと思うが、この事件を単にテロリストによる残虐な人質殺害事件として「だけ」捉えると、それへの対処を誤るように思える。エネルギー資源の利権を求めるメージャーとその背後の国家が一方的に流す報道・図式には一応疑問符をつけてみるべきではないかと感じる。わが国の政府は、この事件から、自衛隊の国外派遣と、対テロ戦争への関与を導き出そうとしているように見える。「テロとの戦い」というと、あのブッシュの言葉を思い出す。その戦いを口実にして、中東に軍事的な侵攻を行い、イラクやアフガンで絶望的な泥沼状態を作り出したのが、ブッシュだった。勿論、9・11への報復という理由はあったのだろうが、侵攻には、それだけではなく、石油利権等が絡んでいることは明白だ。そうした、戦争に積極的にかかわるべきではない。

むしろ、北アフリカ情勢のしっかりした現状認識と、フランス軍のマリ侵攻をきっかけにして情勢が流動化するだろうことを読み解く能力が、国と当該民間企業に欠けていたのではなかっただろうか。Bruceの比較的楽観的な現状認識が、チャドでは真実であり、戦火がそこまで及ばないと良いのだがと思いながら、彼との交信を終えた。北アフリカが遥かかなたの地のことと考えるべきではないのだろう。

アベノミクス、それは繰り返してきた過ち 

Bloomberg.comで、同サイトのコラムニストであり、東京在住のWilliam Pesekが、安倍政権による経済財政政策を鋭く批判している。こちら。Bob W6CYXからの情報。

自民党政権が、過去20年間行ってきた政策と同じことを繰り返している。当面、効果が出るかもしれないが、すぐにこれまで以上の落ち込みになる、と述べている。タイトルにあるKrugmanは、ノーベル経済学賞受賞の経済学者だが、そのレフィル政策を批判されている(コメントでも)。

安倍政権の経済財政政策をアベノミクス等と持ち上げる向きもあるが、結局は、公共事業を主体としたバラマキである。下記記事にある通り、財政規律を守ると政府は述べているが、国債発行限度は明らかにしておらず、本質は、財政出動政策である。生保への給付を減らす、そして恐らくは医療介護への予算も減らす方向になるようだ。緊縮政策は、もっぱら社会保障面に限られる。

一時の表面的な経済指標の改善に騙されてはいけない。これを繰り返したことによって、現在の日本の財政状況があるのだ。


以下、引用~~~

財政健全化目標は堅持 予算の基本方針決定
13/01/25
記事:共同通信社

 政府は24日、臨時閣議を開き、2020年度までの財政健全化目標を堅持し、新規国債発行額を「できる限り抑制する」とした13年度予算編成の基本方針を決定した。東日本大震災の復興を加速させるため「必要な事業規模と財源を見直す」とし、復興予算の拡大を打ち出した。

 13年度予算は12年度補正予算と一体的な「15カ月予算」とし、デフレからの早期脱却を最優先する。同時に中長期的な財政規律の維持にも配慮した。政府は基本方針に基づき予算編成の最終調整を行い、29日に予算案を閣議決定する予定だ。

 基本方針は「民主党政権時代の歳出の無駄を最大限縮減」すると強調。生活保護のうち、原案段階で引き下げ方針を示していた生活扶助の水準は、一律カットの印象を与えると与党から異論があったことから「適正化」との表現に弱めた。後発医薬品の使用を促すよう検討している医療扶助も、適正化の対象とする。

 復興予算の使途は厳格化。公共投資は老朽化対策などに重点を置き、海上保安体制の強化方針も示した。与党の要請を受け、科学技術、資源・海洋開発などの予算も重点項目に追加した。

 予算の基本方針は、民主党政権時代には盛り込んでいた国債発行枠や政策経費の上限額は示しておらず、大胆な効率化につながるかは不透明な内容になった。

薬物の副作用による事故の責任を医療現場に丸投げしないでもらいたい 

薬の副作用で意識レベルに問題を生じたために、交通事故を起こしたと思われる事例が最近注目された。その結果、運転に支障をきたしうる薬物を投与する場合は、それを医師が患者に伝え、危険をきたす作業、自動車運転等に従事しないように話しをするように、行政上取り決められたようだ。万一、薬物が原因で、何らかの事故が起きた場合、患者と、場合によっては診察し処方した医師に責任が負わされることになる。

一見、もっともな行政の対応のように思えるが、現実には大きな問題をはらむ。例えば、精神科関連の薬物の大多数は、危険作業・自動車運転をしないようにとその能書に記されている精神科的な投薬を受けた場合、ほぼ例外なく、危険作業・自動車運転に従事できなくなってしまう。意識障害を生じうる程度が、薬物によって違うのではないか。また、他の薬物との併用、患者の個別的な生活条件等によっても、投薬禁忌の程度は変わるのではないだろうか。能書に危険作業・自動車運転不可と一律に記すのは、製薬企業の責任逃れなのではないだろうか

薬物の副作用が問題になると、当該薬物の能書に記されているか否かがしばしば問題にされる。能書には、生じる頻度は不明のものまで、ありとあらゆる副作用事象が記載されている。細かい字でびっしり書かれた副作用の羅列を読んでいると、その作業だけでも時間がとられるし、さらには副作用があまりに広範なために投薬を控えざるをえなくなることもあり得る・・・実際は、投薬の必要性を勘案して、リスクをとって投薬するわけだが。一般論としても、薬物の副作用についての記載が、実際の投与を念頭に置いたものとはかけ離れていることが多い。この精神科の薬物での意識障害の記載もその典型だ。医療現場に責任を丸投げするような、副作用情報は製薬企業の責任逃れ以外のなにものでもない

医療現場では、そうした薬物を処方する医師は時間をかけて、薬による意識障害の可能性を患者に説明する。医師は、患者が危険作業・自動車運転に従事しないことを願うのみだ。だが、現実問題として、一部の大都会を除いて、自動車運転は生活するうえで必須になってしまっている。患者が、その説明をうけたのに、自動車運転を行い続け万一事故を患者が起こした場合に、そうした説明を受けたか否か、はたまた、患者に理解しうるように医師が説明したかの不毛な議論が展開される可能性がある。場合によっては、医師の責任が問われることになる。これでは、正常な治療関係を、医師・患者間で結べなくなってしまう

行政は、何事か事故なり不都合が起きた場合、その責任をどこかに押し付けようとする。それを無造作に、医療現場で行うと、医療が成立しがたくなるわけだ。製薬企業・行政には、安易に医療現場に責任を押し付けるのではなく、よりきめ細かな薬物についての情報提供を行い、患者の日常生活への障害が最小限で済むように配慮すべきだ。さらに、事故が不幸にも起きた場合の責任の所在を医療現場に丸投げすることは、避けてもらいたいものだ

インフルエンザメモ 

当地ではインフルエンザA型流行の極期を迎えている。それに加えて、時々見られる乳幼児のRSウイルス感染、くすぶっているNoroウイルスと思われる胃腸炎もある。昨日の仕事場も、それなりに多忙だった。

インフルエンザ等についてのメモ。

インフルエンザの可能性があるというと、検査を希望する患者、親御さんが多い。が、検査が万能ではない。時期を選ぶ。発症後すぐと、時間が経ってからは、インフルエンザでも陽性にならない。また、手技的に偽陰性になることもある。臨床的にインフルエンザの可能性が高いとなると、検査をしないことも多い。検査を全例にするのは、手間と医療費の無駄である。だが、幼稚園・学校で、検査をしてくるように言わたと言って、粘る親御さんも結構いて、彼らへの説明に手間取る。幼稚園・学校側は管理上情報が欲しいのかもしれないが、何時までもこの繰り返しを続けるのは止めてもらいたいものだ。

インフルエンザで現在流行中の株のメインは、A香港型H3N1だが、ごく一部H1N1(いわゆる豚インフルエンザからの新型といわれていた株)の感染がある様子。この場合、通常の検査キットでは、陽性に出難い。インフルエンザは、これからB型の流行をすることもあるので、一度かかったからと気を緩めることなく、感染防御の様々な手立てを講じ続けて頂きたい。

抗インフルエンザ薬といわれる薬剤を、以前ほど要望されることは少なくなったが、重症感が強かったり、早い解熱が必要な場合、さらにハイリスクな患者の場合では、投与することも多い。ただし、インフルエンザの一番重い合併症である脳症は、これらの薬で防げるという根拠はない。解熱を早める、一部の合併症(中耳炎、肺炎等)の発症を防ぐ効果があるのみだ。これらの薬剤も、万能ではないし、ウイルスをすぐに体から排除するものではない。

乳児が発熱し、ぜーぜーし始め、ぐったりした場合、様々な病気を考えなければならないが、RSウイルスによる急性細気管支炎の可能性を念頭に置く。朝方少し落ち着いたから様子を見ようとせずに、かならず日中早い時期に小児科にかかって頂きたい。夜間呼吸が苦しそうで眠れなかったりしたら、入院としなければならないことも多い。

最近の親御さんは、共稼ぎのことが多く、お子さんを解熱後三日間自宅でみていなければならない、というのは、特に仕事を持つ母親にとっては負担になるようだ。受験生にとっても、受難の季節だ。今のところ、その解決策はないが、効果が限定的といっても予防効果があるという予防接種を受けること、流行期に入ったら、極力人ごみを避けること、それに予防のための対策を講じることだろうか。

五洋水産 大漁茶屋 

ネットで調べたら、すぐヒットした。記憶に誤りがなかった(ほっ。

23年前も、この画像のままの姿だった。

http://tabelog.com/niigata/A1503/A150302/15002458/

週末の夕食 その33 

先日失敗したあら汁のリベンジ。今夕買い物時、さばのあらが目に留まった。塩じゃけではないことを確認して購入。あら汁のリベンジである。

まずさばに付着した血を水で流す。その後、沸騰したお湯に通し、薄切りにした生姜と煮る。根菜類を加えて、さらに煮込む。最後に、味噌汁を加えて出来上がり。

いやぁ、旨い。出汁と脂身が程よく溶け出し、生姜がきりっと味を引き締め、旨い。

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あら汁というと、大学を辞めて、市中病院に出るまでのしばらく休暇をとり、姫川から糸魚川にドライブをした時のことを思い出す。姫川沿いの国道が、糸魚川にようやく出て、北陸道にぶつかるところに、五洋水産というドライブインがあった。海岸にほど近く、土産物や、魚を売っていたようが気がする。だが、トラックドライバー相手の飯屋のようだった。早朝に着き、そこで、あら汁を食べた。感動するほど旨かった。あれ以来、もう一度あら汁を食べてみたいと思っていた。今回、それに準じたものができたと自負している。

でも、またあの飯屋に行ってみたいものだ・・・五洋水産は、まだあるのだろうか。

新たな発見 

昨今の料理(買い物)での発見・・・

カツオのたたきは、切り分けられているものより、en bloc(懐かしい言葉だ)のカツオたたきの方が格段に旨い。やはり、切り分けられ空気に触れると酸化が進むのだろうか。

あら汁を作ろうと、鮭の頭を買い込んできて、レシピ通りに作ったが・・・味噌を入れる前に、味見をすると、なにかショッパイ・・・おかしいと思いつつ、適当に味噌で味付け。やはり、出来上がりがショッパイ。どうも塩鮭の頭だったようだ。この地域の郷土料理「しもつかれ」のための食材だったらしい。鍋一杯のショッパイあら汁は、明日、庭に埋められる運命にある。

ビールを呑むと、10分、20分程度はフンわかするのだが、その後強烈な眠気に襲われる。2,3時間うたた寝をするはめになる。あまり生産的ではないと思い、しばらく止めようと思ったのだが、スーパーにあったサントリーモルトの黒ビール350ml缶六本をまた買い込んでしまった(これが旨いのだ)・・・学習ができぬ。酒には、弱い身体的な習慣性があり、精神的な習慣性はかなりのものがありそう。間を開けて呑むか。

つみれを自作すると旨い。たらや、鶏肉で作る。時には、普段用いない、ミキサーまで登場する。生姜のすりおろしたものを入れると、絶品である。鍋物にも、おでんにも。

当たり前のことばかりなのかもしれないが、私には新たな発見が続く。

Jim K9JWV 

寒い日が続く。が、陽の光は確実に明るくなり、昼間も長くなってきている。日陰にはまだ雪が残っているが、日向は暖かな陽がさんさんと降り注いでいる。家内が腰を痛めたために、家事労働を全部こなしつつ、無線も頑張っている(といっても、少しactivityは落ちたかも)。

今朝、Jim K9JWVに21メガでお会いした。昨夜、7メガでお呼びして、続けての交信。大学で教べんをとっておられる方だ。以前にも彼について記したことがあったかと思うが、15Wにverticalという設備で、どのバンドでも結構な強さで入感する。数年前は、別なverticalを使っていて、その時にはお会いするたびに、コピーするのが一苦労だったが、現在のアンテナに変わってからは、まるで別な局のように強力に入感するようになった。お願いしたわけではなかったが、交信後、メールでアンテナの写真を送ってきてくださった。

43ftのラジエーターに、トップバンド用のトップハットを三本・・・これは、支線の一部もかねているのだろう・・・良いアイデアだ。トップバンドを運用するときには、給電部にローディングコイルをリレーで挿入するようにしているらしい。給電部にATUを入れて、全バンドで運用している。ラジアルは、30ftのものを30本、25ftのものを30本、floatingで張っている様子。ロケーションが良いこともあるが、あのローパワーできっちりこちらまで届く。


!!K9JWV Vertical and top band top hat wires emphasized - Copy

Vertical Pic _1


来週に、Tentecの新しいArgonautVIと、アンプが手に入ると楽しみになさっている様子。アンプというから、少なくとも100Wにするのかと思ったが、35Wだそうだ。最近は、大多数がElecraftの機械を選ぶところ、Tentecとは渋い選択だ。昔のArgonautは、アナログ機で、盛んにドリフトしたり、ちゃぴったりしていたが、この最新鋭機は、digital機でそのような心配はないはずとのことだった。

行政の論理と、医療の論理 

産科医療補償制度は、医療機関から集めた300億円の内、60億円程度しか補償に回さず、40億円を事務手数料として使い、残り200億円を毎年内部留保としてため込んでいる。ため込んでいる組織とは、これまで医療機関の認証という怪しく無意味な事業を展開し、医療機関から多額の手数料をせしめてきた、日本医療機能評価機構である。これらの制度を当面変更するつもりはないらしい。

行政は、この成功体験を医療全般に広げようとしている。医療事故調を立ち上げ、それにともない産科医療補償制度を医療事故補償制度に拡大するのだ。それにより、何百億円という内部留保を毎年獲得し、さらに天下り先を確保しようとしている。

行政が、医療を正しく統御し、そこで生じる問題を行政が処理するのだ、それに対する対価として、その程度はあってしかるべきだ、というのが行政の意向なのかもしれない。しかし、10円、20円の収入に右往左往させられてきた開業医だった立場からすると、こうした不正な集金機構、天下り先確保のための仕組みは、到底許されるものではない。特に、医療事故調という医療裁判に直結する仕組みを背景に、このような不正を行うことは、許されない。

さらに、この行政による医療支配は、医療と行政の論理構造の違いから、医療の荒廃をもたらす。それを、小松秀樹氏がMRICで述べておられる。医療は、経験科学として、常に「より正しいもの」「より個別的な解」を求めて試行錯誤しつつ進むものだ。が、行政の思考は、規範から演繹的にものごとを判断する。往々にして、そこには誤った権威主義と、強制力がついて回る。そのような場では、医療の論理は成立しがたくなる。

行政は、民主主義を成立させる社会的なコストと考えるべきだと思うが、行政の組織としての自己目的化と、その論理の及ぶべきでない領域への強制、支配は目に余る。

この中央集権行政が、日本を潰すことになる。



以下、引用~~~


医療事故調問題の本質6:日本のアンシャンレジーム

この文章は月刊「集中」1月号から転載しました。

小松 秀樹

2013年1月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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●科学は認識であり、多様である
日本の学者は行政に極めて弱い(1)。原発ムラの科学者が行政に支配されていたことが、原発事故の要因の一つだった。文部科学省は、混乱を招くことはいけないとする規範を理由に、SPEEDIによる放射性物質の拡散の試算を公表しなかった。このため、原発から北西方向の高度汚染地域に住民が避難した。SPEEDIには科学者が関わっていたはずだが、科学者の声は一切出てこなかった。行政が科学を支配していたため住民の被ばく量が増大した。

学会は本来知的生産の場である。科学は規範ではなく認識である。学会の目的は知的活動を活発にして、知的生産量を増やすことにある。このためには、学問の自由を尊重し、正しさの決め方を、権威ではなく合理性に求めなければならない。科学的議論では、方法と条件が厳密に規定される。科学、特に医学や工学のような実用を目的とした科学では、あらゆることについて適用できるような真理が学問的に成立することはない。学問的真理は、仮説的であり、暫定的である。多様性と批判精神が科学の進歩に必須である。規範を背景に学会の権力者が正しさを決めると、科学と程遠いものになる。例えば、神学的規範は、残虐な刑罰を背景にした宗教裁判によって地動説を退けた。

日本産科婦人科学会の診療ガイドラインは、出産の全過程について望ましい方法を記載している。根拠となるデータが挙げられたとしても、医学論文は、煎じつめれば、一つの条件を変えたときの、二つの群間の比較検討に過ぎない。特殊な条件下での議論であり、想定の幅を広くとれない。多くの選択肢がある中でのベストを示せるような性質のものではない。学問的に、多様性を排除することは不可能としてよい

2012年7月22日、NPO法人医療制度研究会主催による公開討論会の場で、岡井崇医師(昭和大学産婦人科主任教授)が診療ガイドラインについて説明した。学会の委員が提案をして、学会誌で異論を求め、異論があれば議論をし、異論がなければ、異論がないことをもって正しさの根拠としているという。これは政治的権威付けの類であって、科学的正しさの証明ではない。ムラの寄り合いで長老が意見を述べ、異論を雰囲気で抑圧しつつ、強制力のある方針が決められるようなものではないか。討論会の後、知人の外科医が、「つくづく、産婦人科医でなくてよかった」と感想を述べた。私も、学生時代、産婦人科を進路の選択肢に入れなかった理由を思い出した。産科医療補償制度には、日本産科婦人科学会の古い体質が表れているのかもしれない。

●病腎移植
2007年、宇和島徳州会病院での病腎移植が、日本移植学会、日本泌尿器科学会、日本透析医学会、日本臨床腎移植学会によって断罪された。
当時の医療現場では、小径腎癌でも部分切除術ではなく、腎摘出が選択されることが多かった。4学会は、摘出した腎を捨てずに腫瘍部分を切除した上で移植したことを、あってはならないことだと非難した。当時、私は、移植免疫の強さからみて、腫瘍の再発が臨床的に問題になることはほとんどないだろうと推測していた。その後の世界での治療成績は、私の推測が正しかったことを裏付けた。
尿管狭窄では、狭窄が判明した時点で、皮膚-腎実質を通して腎盂にチューブを留置し、尿を体外に誘導して腎機能を温存する(腎瘻)。狭窄部に対するカテーテル治療が成功しなければ手術を考慮する。手術に耐える体力がない、あるいは長期生存が見込めなければ、そのまま腎瘻を温存する。手術する場合は戦線をどこまで広げるのかが問題になる。狭窄が短ければ狭窄部を切除して尿管を吻合する。下部尿管で狭窄が長い場合、膀胱壁を筒状に形成して長さを稼ぐ。私は推奨しないが反対側の尿管に尿管を吻合する方法もある。狭窄が上部尿管に及び距離が長ければ腸管を利用する。自家腎移植(摘出した腎を自分の骨盤内に移植)では膀胱と血管に戦線が広がる。それぞれのメリット、デメリットを患者に説明して、最終的に患者の合意を得て実施すべきものである。私は2001年、手術の教科書に以下のように記載した(2)。

「原則的には戦線を可能な限り広げないほうがよい。手術操作を加える臓器は少なければ少ないほうがよい。健常側を巻き込む手術は望ましいものではない。健常側の腎機能が合併症で失われると取り返しがつかない。剥離の範囲も可能なら狭いほうが望ましい。当然のことながら、吻合も少なければ少ないほどよい。」
当時の日本泌尿器科学会の奥山理事長に、腎摘出を非とする論理が乱暴すぎること、適切な医療の範囲を絞りすぎていること、この問題を学会で討論すべきであることを手紙で伝えた。
「3例の尿管狭窄についてすべて、腎摘出は不適切であるとしています。実際に、尿管狭窄に対して、回腸代用尿管を安全に実施できる経験と能力のある医師は、紹介されてきた患者の経験を通して感じていることですが、大学病院にもめったにいないと思います。また、このような症例に自家腎移植を行ったことのある医師も数少ないと思われます。
ましてや膀胱全摘人工膀胱吻合部の狭窄の再吻合は、経験者として申し上げますが、ほとんどの泌尿器科医には不可能な手術だと確信します。私も途中で断念しました。」
「治療方法を決定する権限を持つのは、本人だけです。腎摘出術を選択肢として提示せずに、回腸代用尿管、自家腎移植、あるいは、人工膀胱尿管再吻合を実施することこそ許されることではありません。教科書には腎摘除も選択肢の一つであると書きました。」

残る腎が健常なら、片方の腎を摘除しても何の問題も生じない。リスクも限定されている。一方で複雑な手術は、戦線に応じた合併症のリスクを伴う。
丁重な返事だけで、実質的には無視された。私自身、当事者ではなかったこともあり、本気で争うことはしなかった。
宇和島徳州会病院での病腎移植については、手続きに問題があった。私は、瀬戸内グループの一部の医師について、移植とは関係のない患者とのやり取りから、手術に固執し過ぎ、患者への説明が不足していると感じていた。手術に固執することと説明不足は大学病院も同じではないか。違いは、大学病院が概して手術が上手でないことである。腎摘出についての合意形成、レシピエントの選択の手続きが適切ならば、病腎移植は有用な方法である。しかし、瀬戸内グループが学会内で正当な手続きを踏んで病腎移植を申請していたとしても、学会の権力者たちが許したと思えない。その後、世界で行われた病腎移植の結果から、有用性はすでに証明されたとしてよい。
2007年の「病気腎移植に関する学会声明」(日本移植学会、日本泌尿器科学会、日本透析医学会、日本臨床腎移植学会)の冒頭には「わが国で行われている生体腎移植は、日本移植学会倫理指針に基づいて、健康なドナー(臓器提供者)から家族を救うために腎臓を提供する移植であり、腎臓も健常であることが前提である。」と書かれていた。自ら決めた倫理規定を根拠に、病腎移植そのものを全面否定した。他者との論争で、自分の決めた倫理指針を自分の正しさの根拠としても説得力はない
そもそも、健康なドナーから健常な腎を摘除すること自体、倫理的に大きな問題がある。家族間の生体腎移植にも大きな問題があり、病腎移植より倫理的に正しいと安易に決め付けることはできない。当たり前のことだが、学会で決めれば、倫理的問題がないということにできるわけではない。
この事件は、ギルドの中で生じた政治権力が、自らの権威の維持のために学問研究の進歩を阻害した不祥事として記憶されることになろう
当時、日本病理学会の代表が、「病気腎移植に関する学会声明」の議論に参加していたが、最終的に名前を連ねなかった。これは、称賛されてよい。

●アンシャンレジーム
フランス革命はアンシャンレジーム(旧体制)を嫌悪しこれを打破した。中間団体が徹底的に排除され、国家と個人が直接対峙することになった。以下に示す1776年のテュルゴ勅令に反対するパリ高等法院次席検事アントワーヌ=ルイ・セギエの演説が、旧体制の雰囲気を見事に示している。
「陛下、陛下のすべての臣民は、王国にさまざまな身分がありますのと同じように、多くの社団に分かれております。聖職者身分、貴族身分、最高諸院、下位諸法院、これら諸法廷に所属します官職保有者、大学、アカデミー、金融会社、貿易会社、これらすべてが、あらゆる分野におきまして、活力に充ちた社団を構成しているのであります。それは恰も長い鎖の一つ一つの輪にも当たるべきものでありまして、その鎖の最初の輪はまさしく陛下の御手の中にあるのであります。このような貴い鎖を打ち砕こうなどという考えは、耳にしただけでも身の毛がよだつでありましょう。商人や手工業者のギルドも、王国の全般的なポリスに貢献するこの分かちがたい全体の一部をなすものと言わねばなりませせん。(3)」。
高村によれば、「絶対王政期の社会は、このように多様な『社団』をその構成単位とする社団的編成を取り、国王は直接に臣民を支配することなく、臣民を何らかの『社団』に属させ、これら『社団』を媒介として初めて統治を実現できたのである。『社団』とは、行政・司法・租税上の『特権』を国王によって許可され、その限りで「自由」を保障されている法人格のことである。(3)」
旧体制下では、社団が特権と引き換えに中央集権を支えた。トクヴィルによれば、旧体制下で、行政的中央集権によって、パリへの一極集中、思考の画一化が進んだ(4)。「行政的中央集権は旧体制の産物であり、付け加えるなら、革命後に残った旧体制の政治制度の唯一の部分である。」「自らの問題を自らの意思で処理し、自らの財産を自由に管理することのできるもの‐都市、町村、小集落、施療院、工場、修道院、中学校‐など一つもなかった。それゆえ、今日と同じく当時も、行政はすべてのフランス人を後見的監督下に置いていた。」「農業改良が進捗しないその責任は、主として、十分な助言も援助も行わない政府にある、と信じる傾向にあった。」「各個人は極度の困窮状態に陥ったとき、政府に助けを求めるのが当然のこととなった。だから、つねに公益を建て前にしながら、実は小さな私益のことしか考えない莫大な数の請願書が現われるのである。」「農民たちは、自分の家畜の被害や家屋の損害を補償するよう求めている。裕福な地主たちは、自分の土地のいっそう有利な開発を援助してくれるよう要求している。企業経営者たちは、不利な競争を回避する特権を地方長官に懇願している。」
フランス革命は、旧体制を嫌悪したが、旧体制のもたらした行政的中央集権をさらに強めた。旧体制以上に、思考の画一化が多様性と自由を奪った
トクヴィルは1835年『アメリカの民主政治』を出版した。以下の文章は行政的中央集権が未来を切り開く個人の活力をいかに削ぐかを雄弁に語っている。日本の衰退の原因について書かれた現代の文章と見まごうほどである。
「中央集権は、日常の事務に規則正しい様子を加味したり、社会的警務の詳細事を巧みに指導したり、軽度の無秩序と小軽罪とを抑制したり、本来退歩でも進歩でもない『現状』に社会を維持したり、行政官たちが良秩序、公安とよびなれている一種の行政的半睡状態を社会のうちに育成したりすることには容易に成功する。つまるところ、中央集権は進んで行うのでなく、防止することではすぐれている。ところが、社会を深くゆり動かしたり、社会を速く前進させたりすることが必要な場合に、中央集権は全く無力なのである。(5)」
「ある権威があるとする。それは、わたくしの歓楽が平穏に満たされるのを見張っており、わたくしの行く先々を先廻りして、わたくしが心配しないでもすむようにすべての危険を免れるようにしてくれる。この権威はこのようにしてわたくしが通過する途上でどのような小さなとげも除いてくれると同時に、私の生活の絶対的な主人でもある。そしてまた、この権威はそれが衰えるときにはその周囲ですべてのものが衰え、それが眠るときにはすべてのものが眠り、それが亡びるならばすべてのものが死滅するにちがいないほどに、それが運動と生存とを独占している。(5)」

●医療事故調問題の本質:全体を通しての結論
日本医師会、日本病院会、日本産科婦人科学会はフランス革命以前の旧体制を彷彿とさせる。国家にすり寄り、国家の僕として、憲法によって国家が行使することを禁止された強制力を、国家に代わって行使しているように思える。産科医療補償制度への参加の実質的な強制、診療記録の提出の実質的強制は、法律に記載されたものではない。行政が行えば、憲法違反になりかねないことを任意の形で強制している
厚労省は、産科医療補償制度に倣って医療事故調を創設し、規範を掲げて、医学会の支配層を介して日本の医療を統制下に置こうとしている。規範は画一化を強い自由と多様性を奪う学問の発展を阻害し、しばしば患者の利益を損ねる。何より活力ある個人の未来を切り開く自由な活動を阻害して、社会を停滞させる。認知的予期類型である医療システムを規範的予期類型である行政システムの統制の下に置くと、医療システムが変容し、進歩が阻害され機能を発揮できなくなる。
医療事故調をめぐる対立は、社会システム間の言語論理体系の違いに起因する。しかも、医療事故調を運営するには、膨大な労力と資金を必要とする。関係者の幅広い賛同なしに無理に制度化を進めると、大きな弊害が生じかねない。

文献
1.小松秀樹:行政から科学を守る. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.408, 2012年2月20日. http://medg.jp/mt/2012/02/vol408.html
2.小松秀樹:医原性尿管損傷.馬場志郎,松田公志編,外傷の手術と救急処置.pp29-40,メジカルビュー社,東京,2001.
3.高村学人: フランス革命期における反結社法の社会像 ル・シャプリエによる諸立法を中心に. 早稲田法学会誌, 8, 105-160, 1998.
4. アレクシス・ド・トクヴィル: 旧体制と大革命. ちくま学芸文庫, 1998.
5.アレクシス・トクヴィル: アメリカの民主政治. 講談社学術文庫, 1987.

K0RUの4square 

今日(正確に言うと昨日)の7メガは昼過ぎから、弱くだが北米西海岸が聞こえるほど良好なCONDXだった。ここで紹介する4squareの持ち主Rob K0RUと交信した直後に呼ばれたVic K9UIYに3.5メガに下がってみないかと誘われた。外はまだ明るかったので、3.5メガはVicの住むイリノイへはまだ開いていないだろうと思った。が、Vicの100WにLWの信号はしっかり入感し、交信が成立した。Vicはラジアルを55本敷設し、LWエレメントは北向きとのことだった。

そのような良いCONDXに恵まれたこともあるが、日の沈む前のRobの信号は、時々S9+を振って入感した。彼の4squareの威力を実際に体験させて頂いた。15m高のダイポールでは、S4から5であり、S5程度の差があった。4squareのバックでは、Sが1から2まで落ちる。フロントゲイン・F/B比共にフルサイズ3エレ八木を超える性能なのではないだろうか。

floating radialを、各エレメント14本張っているようだ。当初4本だったが、12本に増やしたら性能が大幅に改善したので、14本にした様子。画像で見る通り、木製のポールにエレメントを直付けしているので、雨の時にトラぶらないかと尋ねた。雨・雪等で全く問題ないそうだ。

各エレメント間隔が10m、それにラジアルも10mとなると・・・日本では、おいそれと張るわけにはいかないが、単独のエレメントのverticalを立ち上げる際に参考になるのではないだろうか。

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日本の未来・・・ 

必見のインタビュー。

安倍政権の公共事業バラマキを持ち上げる論調のマスコミが大多数だ。

しかし、東電福島第一原発事故はまだ収束の見通しさえ立っていない。四号炉の使用済み核燃料が、プールの破損で地上にばら撒かれたら、関東一円はおろか、日本全国が放射能汚染にさらされることになる。

同事故により、故郷を追われた人々が多数いる。彼らは、何の落ち度もなく、生活基盤を突然奪われ、それを復活させる見通しが得られないでいる。

同事故の収束にどれだけの人々の被曝と、どれでのコストがかかるのか、まだ誰も予測を立てられない。

こうした状況で、株価が上がったと浮かれてても良いのだろうか。

京大小出裕章氏のインタビュー・・・

医師増員論は、戦時中の医師増員を思い出させる 

かって数年前までは、厚生労働省も「諮問会議」等「外部有識者」を使って、医師が将来過剰になるという議論を盛んにしていた。実際、それ以前は、医学部の定員を減らしたりしていた。

ところが、「医療崩壊」が起きてから、2008年を境に、医師の増産に舵を切ることになる。医療現場で医師が過労の状況にあるから、医師を増やせば良い、という発想だ。毎年医学部に入学する学生数は、2006年までしばらく7625人だったものが、年々増やされ、2010年では8846人となり、16%の増加だ。最近の厚生労働省が出した医師数実態調査による将来の医師の必要数は、14%増となっており、少なくとも毎年10000名の医師を生み出す体制にする積りのようだ。2006年以前の人数の5割増しを目指すということも言われており、そうすると11400人前後まで増やされる可能性が高い。

この大きな方針転換について、疑問がある。

以前の医師過剰論との整合性はどうなっているのだろうか。有識者の意見に過ぎないという言い訳は許されない。厚生労働省の意向を汲んでの過剰論であったはずだし、結論を厚生労働省は受け入れ政策に反映させていたはずである。このように真逆の方向に政策転換するのであれば、その根拠を以前の議論を踏まえて示すべきである。それをしないのであれば、政策決定すべての根拠が薄弱と見なされることになる。

「医療崩壊」は、現場の出来事であり、その原因も多岐にわたる。大きな引き金になったのは、小泉政権当時の医療費引下げと、医療に完全を求める国民の風潮と、それに応えたマスコミ・法曹の問題だったのではないだろうか。医師数を増やすこと「だけ」では解決しない。現場の声を聞き、それに基づいて医療政策を策定すべきだ。急激な医師数増は、問題を解決しないばかりか、別な問題を生じる可能性が高い。

医療教育現場への負担はどうなっているのだろうか。医学部によっては、50%前後の増員が行われている。教育設備、スタッフは十分に手配されているのだろうか。漏れ伝わるところでは、これまでの教育体制とあまり変わらぬという。それでは、粗製乱造と言われても仕方あるまい。

医師が不足するという議論をする場合、現在の医師のワークロードを基準に議論していないだろうか。現在の医師に課せられた負担のどこが過重なのか、を見極め、それに対する対応をきめ細かくする必要がある。医師を急激に増やせば解決するということではないように思える。

医師を増やすとしても、現在、これから医学部に入って教育を受ける医師が一人前になるには、10数年かかる。さらに、彼らの医師としてのキャリアーは、40年間以上続く。高齢者人口が、減少に転じてからも、彼らは仕事を続けねばならないのだ。彼らの医師としての人生を考えてみることも必要なのではないだろうか。

現在の医師増員論は、戦争中に医専を作って、医師数だけを増やしたことを思い出させる。弁護士大量増員の二の前にならなければよいのだが。


以下、引用~~~


20年後も医師不足、高齢化で患者増
12/12/26
記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社

医師不足:20年後も 高齢化で患者増

 現在の医師数を増やす政策でも、高齢化で医療が必要な人も増えるため、20年後も医師不足が続くとの予測を、東京大医科学研究所の湯地晃一郎助教(内科)のチームがまとめた。医師の高齢化も進み、現行政策の効果は限定的としている。

 日本では亡くなる人の8割が病院で最期を迎えるとされ、死者が多いと医療を必要とする人も多くなる。チームは、国立社会保障・人口問題研究所の人口推計や厚生労働省の医師数調査などから、都道府県別の医師と死者数の関係を、10年と35年で比べた。

 その結果、人口1000人当たりの医師数は、2人から3・14人へ1・6倍になるが、死者数も同程度増えることが分かった。このため、医師1人がみとる5年間での死者は、10年の23・1人から24人へとやや増える。

 35年の都道府県別では、埼玉の38・2人が最多で、青森(36・9人)、茨城(36・1人)の順。埼玉は死者数の増え方が最も大きかった。

 国は、救急医療などでの医師不足を受け、08年から大学医学部の定員を増やして、医師増加政策を進めている。人口は今後減少するため、医師不足は解消へ向かうという見方もある。だが、湯地助教は「現行政策で医師不足は解消せず、医師の負担も変わらない」と話す。

 さらに、医師の高齢化も進み、35年には60歳以上の医師が14万1711人と10年の5万5375人の2・5倍になるという。【野田武

30年前の米国旅行 

昨日の続きで、書類整理をしていたら、旧いアルバムが出てきた。30年程前の米国旅行の写真。家内と行く予定だったが、家内がキャンセルしなければならなくなり、当時親しくして頂いていたJH0FBH美濃川氏と行ったのだった。レンタカーを借り、SFからサンタバーバラ、またベイエリアに戻り、ソノラその他を回るという旅程だった。アマチュア無線の友人たちの家を泊まり歩いた、今から考えると冷や汗ものの旅行。

サンタバーバラ在住だった我がelmer Merle K6DC。TS440に自作の8877パラ(!)のアンプ。アンテナはKT34Aと7メガの2エレという設備。サンタバーバラの高台で、西側に太平洋を望むロケーションだった。彼の家には、彼がサンカルロスに在住の時を含めて、三度お邪魔した。この写真でMerleが手にするのは、Honor Roll Topの盾である。要するに、全カントリー交信済みの証。もう一度、DXCCレースを繰り返せと言われたら、No thanksだと言って、笑っていた。ここで、W6THN、W6GTI、W6PMその他にお目にかかった。残念ながら、皆故人になってしまった。

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北米旅行の際には、殆どお世話になっている、Bob W6CYX。パワーの入れ過ぎ(といっても、TL922の出力だったが)で、バターナットの15mのインシュレーターが焼けたといって交換している。昨年夏の旅行の際にもお邪魔した。ハミルトン山の中腹、ベイエリアをすべて見渡す場所にお住まいだ。この30年前と違ったのは、庭木が大きく育っていたこと。

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Bobと奥様のMarikoさん、Marikoさんはブラジル出身の日系二世。Bobは大の日本ファン・・・しかし、この夏お目にかかった時に伺ったのだが、今のままでは、日本の将来は暗いという彼の意見だった。

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「高原の小さな家」というテレビドラマの撮影場所だったSonoraにお住まいだったBob N6EA。ベイエリアから3,4時間かけて行った記憶があり、とても印象的な訪問だった。丘陵地帯にお住まいがあり、閑静な別荘地といった趣だった。とても厳格そうな外見のBobだが、神経の細やかな方だった。残念なことにヘビースモーカーで、この後数年して呼吸器疾患でお亡くなりになった。

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日の降り注ぐデッキで、奥様のPhyllis手作りの昼食を頂いた。Bobは、この旅行時にもお世話になったEric W6DUの旧友でもあった。

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当時、JAで有名人だったRay WA6IVM。Sラインの立派なシャック。奥様 Cathyも健在で歓迎してくださった。毎日のように、こちらJAの夜に、7メガでゆっくりしたCWでJAのハムの相手をして下さった方である。彼が、1st DX、1st Wという方も多いことだろう。とても親切で優しい人柄だが、気骨のあるところも・・・。長男のSteve WA6IVNが、この時に病状が芳しくなく、それでも、奥様のKarenともどもトレーラーカーを引いて、Bob W6CYXのお宅まで来てくださり、KD6SU John等を交えた夕食会に参加してくださったのだった。Steveは、この数か月後に他界されたのではなかったろうか・・・。

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30年間という時間の長さを改めて感じさせてくれる写真だ。Bob W6CYXにはメールに添付してお送りしよう。

という、個人的な思い出の画像集・・・。

PS:この旅行は1987年のことだったので、30年前ではなく、26年前の誤り・・・ま、誤差範囲か。

中年気の至り・・・ 

以前にも記した気がするのだが、20年以上前に狂ったようになってやっていたコンテストの記録。文献・本を整理したら出てきた。別に意味はないのだが、記録(提出サマリーのコピー)を廃棄する前に記録しておく。アワードとプラークの記載も・・・。

WWDX CW ALL BANDS (NOT ASSISTED)

YEAR  STNS WKD POINTS

1988 1406 1411371

1989 2006995 #2 JA1

1990 1690 1652740 #2 JA1

1991 1157 1080760 #3 JA1

1992 1814 2128944 #2 JA1

1993 1601 2115936 #1 JA1 #2 JA


JIDX 28MHz PHONE

1993 #1 JA1


JIDX 28MHz CW

1993 #1 JA


JIDX 7MHz CW

1990, 1992, 1993 #1 JA


WWDX CW 7MHz

1994 200013 #1 JA


IARU CW ALL BANDS

1992 #1 JA, #1 ZONE


ALL ASIAN DX 21MHz PHONE

1995 #3 JA


こうやって記録してみると、1993年頃をピークにして、毎年良く出ていたものだ。これ以外にも、WPX Cwや、ARRL CWも出ていた記憶がある。コンテスト明けの月曜日に休んだという記憶がない。

WWCWでJA1のトップ(目標が小さい笑)に、なかなかなれなかったのだが、1993年に一応なることができた。それで、上を目指す執念の糸がぷっつりと切れたのだったろうか。それ以降のactivityががたっと落ちている。1994年以降ハイバンドのCONDXが落ちて、ローバンドの20m高のビームではビッグガンに太刀打ちができないと思ったこともあったのだろう。それともPC化に乗り遅れたことも理由だったかもしれない・・・が、やはり一番の理由は、あの熱狂に飽きたということだったのではなかろうか。他のコンテスターをみていても、数年するとアクティビティが落ちることが多いような気がする。

何はともあれ、中年気の至りのコンテストマニアの記録だ。でも、アワードやプラークは捨てる気にはなれない。

日の沈む時代 

このところ、当地は激寒の日々が続いている。早朝はマイナス10度Cになることが多い。都市部ではなく、元来、東西に山がある内陸の気候だからだろう。

庭の畑も、レタスは全滅、ホウレンソウが何とか生き延びている。グリーンハウスにしないと、野菜は無理なのだろうか。柿の木が三本あり、その枝を二日前に落とした。一部はお隣に越境しているために、大幅に小さくした。三本ともに両親が、30年程前に植えてくれたもの。

今日は、懸案だった仕事場から持ち帰った本・書類の処分を始めた。一杯に詰め込まれた段ボール箱がまだ10以上はある。研修医の時代に買い求めた洋書の処分も始めた。各専門分野の定評あるテキストを一通りそろえていたのだが、30年以上前のテキストに出番はない。でも、電子顕微鏡や、FACSの技術関係の書籍は、どういうわけか捨てなかった・・・もう使うわけはないのだが。文献類もどんどん捨て去る。研修医時代にせっせと作ったノート類もちらっと眼をやって捨てることにした。あの当時は、日が昇る時代、今は、日が沈もうとする時代だ。

木蓮の木につぼみがしっかり付きはじめた。紅梅にも小さなつぼみがたくさんついている。この激寒の時期もあと一カ月もすると先が見えてくるということだろうか。日の沈む時代にあっても、少しずつ生きる歩みを続けなければならない。

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近くて遠いロシア 

昨夜、早めに休んだので、午前4時過ぎに覚醒。5時間ちょいだ。もう少し眠れると、日中眠気に襲われなくて済むのになと思いながら、トーストとコーヒーを片手にシャックへ。ネットのチェック。ハイバンドはまだ開いておらず、7メガを聴き始める。

やらないでおこうと思っていた、東ヨーロッパとのラバースタンプの羅列。交信中なのに呼び始める輩、こちらの指定を守らぬ輩等々、うんざりする。が、Victor R6AFとの交信がハイライトとなった。彼は59歳でまだ仕事をしている様子。7メガで良く聞くが、このバンドが好きなのだね、と話しかけてくれた。彼も1966年に無線を始めて以来、7メガがお気に入りのバンドらしい。コンドミニアムのシャックから500m離れたアンテナをリモートでコントロールしている由。リグがどちらにあるのか尋ねるのを忘れた。ネットのlatencyの問題はなさそう。

今もロシアの局は、会話にまで発展することは少ないが、昔は、今以上だった。例外もごく少数いた。以前にも記したことのある、Ed UA0ER、Mike UB5IF(元USSR)や、Oleg UA0ML。各々、サハリン、ウクライナ、ウラジオストック在住のハムで、1960年代にラグチューらしき交信の相手を何度もして頂いた。でも、やはり大多数は所謂ラバスタだった。恐らく、アマチュア無線で西側とのラバスタ以外の交信をすることはあまり勧められない、というか、監視されていたのではあるまいか。HL2SFが我が家を訪れた1990年前後でも、母国では、アマチュア無線は監視されていると話していた。

ロシア、近くて遠い国。大地に根差したようなロシア文学にあこがれ、情緒纏綿たるロシア音楽に耳を傾けることのある私としては、ロシアのアマチュア無線家といろいろ会話をしてみたいものだが、恐らくアマチュア無線の通信内容の制限がなくなったであろう現在でも、それはなかなか果たせない。ロシア語まで手を出すわけに行かないし、あちらでももう少し電信での会話に積極的な方が増えてくれないものだろうか。共産主義の時代には、彼らにとって、交信数を伸ばすことが、一種の業績になっていたようだ。国家が、アマチュア無線を国威発揚の手段と考えていたのだろう。現在は、もう違うのだが、そうした文化は今でも残っている風である。あちらでも英語教育はされているはずで、時々、会話を楽しめる方とお目にかかる。最近も、UA3の方から、日本のハムとは会話が成立しないとこぼされたことを記した。ヒアリング・発音の問題のない電信で、シベリア、その先のロシアの方々といろいろな会話ができるように、根気強く働きかけることか・・・。

病院船建造計画  

政府は、「病院船」の建造に着手するらしい。

下記、引用~~~

「病院船」基本設計費1億円、補正予算案計上
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 政府が災害時などに派遣する、「病院船」の基本設計費1億円を、2012年度補正予算案に計上する方針を固めたことが28日、分かった。

 病院船は、多数の病床や複数の手術室を備え、道路が寸断されても海から被災地に向かうことができる。陸上での医療が困難な被災地での医療活動を想定している。東日本大震災を受けて政府が建造を検討しているが、建造費や維持費用が大きくなる可能性があることなどが原因で、日本では保有されていない。
(2012年12月29日14時33分 読売新聞)

~~~引用ここまで

これを読んで、災害救助のための病院船とは、ちょっと日本では実用的ではないのではないかと思った。そして、何らかの別な意図があるのではないか、とも思えた。

災害救助に向かうとしても、その準備、それに現場への航海で、少なくとも、2,3日はかかるのではないだろうか。それまでには、周囲・全国の医療機関から人的・施設面での当該地域への医療支援は確立しているはずだ。

少し調べてみると、すでに、同様船舶は海上自衛隊・海上保安庁などが保持している。海自のそれは潜水艦救難を目的としたものであるようだ。しかし、病院船専用といえる船はまだないようで、それの建造を目指しているらしい。災害救助にかこつけての建造計画だが、基本的には軍用船の一つである。

今回の計画の立役者は、自民党のこの方のようだ。こちら。病院船建造の業界団体の長をしている方である。建造費は二隻で1000億円。一隻につき500病床を備える。計1000病床。海に浮かぶ基幹病院が二つできることになる。それを維持する医療スタッフ・資源は、かなり大掛かりになるはずだ。維持費はどのくらいになるのだろうか。恐らく年に億円単位をこえるのではないだろうか。

問題は、この業界権益団体の代表のような人物がぶち上げる計画が、そのまま実行されるとしたら、それは政治的な腐敗となるだろうことだ。特に、この人物は、阪神大震災と東日本大震災を建造の契機としているが、病院船が軍用であり、急性期の医療には機能しえないことを考えると、国民の不幸を自分(達)の権益確保の理由としているとしか思えない。福島原発事故があったから、電力不足を補うために新たな原発を作ると言っているのと同じようなものだ。

建造費1000億円、それに莫大な維持費のかかる病院船を、現在の国家財政の下で建造することに政治的センスを疑う。景気刺激策に名を借り、自然災害救助を名目として、こうした新たな「箱もの」づくりをするこおは許されない。もし、本当に災害救助の準備を考えるのであれば、地域医療施設・スタッフへの経済的支援をこそ考えるべきだ。「箱もの」づくりでの利権確保はいい加減にしてもらいたい。

さらに、非常事態法たる有事法制の流れや、自民党の改憲案にある緊急事態などから、現政権は、日本を「戦争をする国」にしようとしていることは明らかだ。自民党は恐らく次の参院選までこの改憲案は表にできるだけ出さないでおこうとすることだろう。だが、その内実は、明治憲法における緊急勅令、非常大権、緊急財産処分の規定と殆ど同様の、国民の基本的人権を蹂躙し、政府と自衛隊の超法規的行動を可能にする、戦争をするための憲法になっている。立憲制を超える規定を、憲法に作り、その規定を国民に遵守することを求め、一方、国民の基本的人権は新たな憲法により制限されうる、ということだ。病院船は明らかに軍用であり、海自がその運用を行うことになる。そして、その仕事は海外での負傷者への医療提供である。上記の流を考えると、国外での戦争における負傷者対応のための施設であることが分かる。この病院船建造計画は、この流れに沿ったものなのではないかと強く危惧する。

国民が知らされぬところで、権力者たちによって、国の進む方向が決められている。特に、これから子育てをなさる世代の方々には、こうした流れは切実な問題になるはずなのだが、そうした事態にならないと分からない、ということなのだろうか・・・。



頌春 

昨夜、年越しそばを頂き、その前後で、無線でアメリカの友人たちとしばし歓談。夕方もそうだったが、昔懐かしい方と何人もお目にかかった。Dick W7AQKとはしばらくぶりの交信だったが、私の年末の挨拶に対して、心配してくださったのか、長い返信を下さり、これから何か社会で活動を続けるようにと親身になって仰ってくださった方だ。いつも明るく、ポジティブ、そして広やかな気遣いをなさる方で、米国国民の長所を体現したような方だ。ありがたかったことを丁寧に申し上げたつもりだったが、通じたかしらん。Bill W1YCとも1年以上の間を開けての交信だった。以前ベイエリアで仕事をしていた方で、かって、Bob W6CYXの仕事上の同僚だった。が、いったん退職、ネヴァダで自分の仕事を始めたが、経済が低迷してからうまくゆかなくなり、今年二度目の退職らしい。ベイエリアには家を残してあり、ネヴァダの家屋が高く売れたら、ベイエリアに戻りたいという希望の様子。78歳とは思えぬ、すばらしい記憶力、それにこころ遣い。CWも立派だった。Bob W6RGGとも2,3年ぶりだったろうか。1980年代にベイエリアを訪れた際に、W6DUのお宅でお目にかかった方。かっては、BS7Hのペディション等にでかけて活躍なさっていたが、最近は、ARRL太平洋地域の理事職で忙しい様子だ。最後の交信は、2、3年前頻繁に交信していた、Jay W5JQ。雪深いコロラドにまだ若いお嬢さん二人、奥様と住む、金鉱探査のエンジニア。以前と変わらず、御嬢さんが目覚めたようで、ミルクチョコレートを作ってあげなくてはといって無線を切り上げて行った。7メガは、凪いで、とても静かだった。

無線の合間に、テレビで第九演奏会を聴いた。ノリントンの指揮するN響。所謂ピリオド奏法である。刺激の少ない、音が自然に伸びる響きのようだ。この時期に第九を聴くのは、何か、「企図され作られた」企画に乗せられているようで、少し居心地の悪い感じがないでもなかったが、それでも演奏は熱演であり、ノリントンが微笑みながら、あたたかな指揮をしていたことで、聴いたのは間違いではなかった。市民社会の誕生を前にして、超越的な存在の前に、人間が友愛でつながることだと訴える、第九の意図に、聴くたびに感動させられる。あのドイツ式配置という楽器配置も初めてだったが、コントラバスが正面で頑張っていた。合唱も素晴らしい熱演。

で、早々に床に就いた。寝るときに聴いたのは、たまたまCDのあったブラームスの2番のチェロソナタ。雄渾な曲想をブラームスは企図したのだろうが、それでも彼らしい繊細な響きの聞こえてくるソナタだ。ペレーにの軽やかな演奏が聴かせる・・・。4時過ぎには眼覚めてしまった。新年だからといって取り立てて、特別な思いになることもない。私のような年齢になると、新年も同じ時の連続として感じることが普通のことになるのだろう。政治経済的にも、体力の面でも、少し落ち込むことが多い状況だが、また一歩一歩歩んでゆくことだろう。気負うことなく、できる範囲で。

新年の目標ではないが・・・今年、考えるべきことども。

家内自慢になるが、彼女の生き方で尊敬できるとかねがね思っていたのは、次の世代のことを考えることだ。次の世代に財産を残そうとかいう話ではない。ゴミを減らし、環境に良くないものを輩出しないようにし、といった類のことだ。政治経済・自然環境の問題を、トータルに考えて、少しでも良くなるように、絶望することなく、一つ一つの判断と行動につなげてゆきたい。基本的には、もうかってのような「経済的成長」は無理であること、経済的にさらに豊かになることを断念することから物事を考え、行動する必要があるのではないだろうか。際限のない「経済成長」を続けようとするから、「効率」を求め、「経済的な利益を追求し」その挙句「自然環境・社会環境」を破壊してゆく、というのが現在の社会の姿なのではないだろうか。富の偏在する不安定な社会を望まぬこと、それに自分の生き方を合わせることを考えてゆきたい。それが、次の世代へ、この地球と社会とを良い形で受け継いでもらうことになるのではなかろうか。

無線・・・ほどほどに(笑。

音楽・・・もう、聴く方がメインになるかな。

家事・庭仕事・・・頑張ろう。

パートの仕事・・・できるところまで頑張ろう。

海外旅行・・・その気力、経済力が残っているかが問題。あ、韓国のLee HL2DCは訪れなくては・・・。

頑張るとはいうものの、余分な力を抜いて、楽しみつつ生きてゆきたいものだ。