劇場型政治 

さっき草むしりをしながら、ひらめいた(ってほどでもないが)のだが、新自由主義経済に傾倒する立場の方、そのシンパには、言い方はあまり良くないが、結構シンプルな愛国主義者が多い。face bookに米国の知り合いが、結構政治的なプロパガンダの絵やスローガンをアップするのだが、大多数は共和党支持者である。また、わが国のネットをみても、「愛国的な」スローガンをあからさまに述べるのは、新自由主義経済の信奉者に多い。その訴えは、いつも極めてシンプルである。

新自由主義経済思想は、一種の宗教だと私は思っているのだが、金子勝教授に言わせると、それを現実の施策にしようとするとき、必要なものは、劇場型政治と、単純な愛国主義であるという。必要な条件は、シンプルさである。ある種の信仰に近い。小泉政権を思い起こせばよい。また、米国の歴代共和党政権、一部民主党政権もそうだったかもしれない。それは、小泉政権の政策思想の本尊でもある。小泉は言う、郵政の既得権を潰せば、すべて良くなる。ブッシュは、イラクに(ありもしない)大量破壊兵器が存在すると主張して、同国に攻め入り、パンドラの箱を開けた。小泉元首相も、ブッシュに追随して、イラク戦争に加担した。敵味方を単純に区別し、敵を倒すことを主張するわけだ。

上記のface bookでの現象や、ネットでのシンプルに高揚する愛国主義が、新自由主義経済思想の体制化に不可欠の要素なのではないか、と思ったのだ。face bookのスローガンには、結構面白いものもあるが、あまりに単純でどぎつい文句・絵柄に辟易することも多い。あれでは、政治的スローガンとして逆効果だと思うのだが、彼らにしてみると、あのシンプルなスローガンこそが信じるべき信仰信条なのかもしれない。

いつの間にか劇場型政治にのせられてしまうことのないようにしたいものだ。

夕刻の7メガで 

夕方、陽の沈むころ、7メガは、北米に開ける。私が無線を始めた出発点は、この時間帯の7メガだった。以前から何度も記してきたが、夜更かしした、または夜目が覚めた年配のハムが、よく相手をしてくださった。中には、早朝に起き出して7メガに出てくる方もいた。彼らが、私の無線の楽しみを方向づけてくれたと言ってよい。

だが、この10年間位、そうした方がめっきり減ってしまった。CQを出しても空振りに終わることが圧倒的に多い。ハムの高齢化が、一つにはあるのだろう。さっと思い起こす、昔相手をしてくださった方々は多くはすでにサイレントキーになってしまった。CW人口の減少もあるだろう。しかし、14メガで同じ時間帯にCQを出すと、呼ばれることが結構ある。一度打率を記録し正確に比較をしてみようかとも思っているが、同じように二つのバンドが開けていると、14メガの方が、圧倒的に打率が良いのだ。(もっとも、14メガでは所謂ラバスタが多いのだが。)これは、ここに挙げた理由だけで、7メガが閑散としているわけではないことを示唆する。

一つ思いついたことは、その時間帯の7メガのパスは、北米からみると、東アジア・オセアニアに限られる一方、14メガはそれ以外のパスも開けることがあるだろう。特に、VK/ZLの昔ながらにのんびり交信するハムが減ってしまったことと関係しているかもしれない。再び挙げるまでもなく、K6NBとVK2NS、K6PAとVK2DOそれにK5BGBとVK4BQL、さらにはラグチューをだれとでも楽しんだVK3IM等が、7メガのこの時間帯を賑やかしていた。ZLにも古き良き時代の名残の運用スタイルで出ていた局が何局もいた。残念ながら、彼らの多くはサイレントキーになるか、聞くことができなくなってしまった。Wの局数の方が元来圧倒的に多いことを考えると、VK/ZLの面々が聞こえなくなってしまったために、7メガにたむろする北米の連中が減ってしまったといえるのではないだろうか。

昨夜、VK3AUQ Kevに夜遅く7メガで呼ばれた。聞き覚えのあるコールだなと思って、過去の交信の記録をめくると、1981年に初めての交信を彼としていた。彼は、20数年のQRTを経て、リタイアとともにカムバックしてきたらしい。100wにLWという設備だが、よく来ていた。昔出ていた局のコールをいくつか挙げると、皆よく知っているとのこと。Kevのように、リタイアとともにまたカムバックしてきてくれる局がたくさん出てくることを期待したいものだ。

もう一つ、昨夜会ったJim W6YAは、中国のハムと交信していたと言うので、中国のハムはなぜとても短い交信しかしないのだろうねと尋ねた。BA4TBのように英語を流暢に使いこなす局もいるから、やはり言葉の壁が問題なのではないか、との返答だった。その後、JimがJames 9V1YCとのスケジュールでこのことを話題にしたら、やはり言葉の壁の問題だろうと言っていたと、Jimがメールで言った寄こした。共産党独裁国家で、まだ検閲がしっかり行われている中国のことなので、それだけでもなさそうだが、アマチュア無線から外への窓が開かれ、中国のハムと7メガでいろいろと話ができる日が来ることも待ち望みたい。アマチュア無線は、これから中国のような独裁体制の国、それに発展途上国で大きく発展するのではないだろうか。彼らと無線を通して知り合い、友人になりたいものだ。

と、夢想しつつ、また夕刻の7メガでCQを叩く・・・。


フォーレ「夢のあとに」 

フォーレの「夢のあとに」、バリトンのための有名な歌曲の一つ。作品7-1という作品番号なので、フォーレがかなり若い時に作曲した曲なのだろう。イタリーの作者不詳の詩を、ビュシーヌという詩人がフランス語に翻訳、それに若いフォーレが曲をつけたということらしい。さらに、かのチェリストのカザルスが、この曲をチェロとピアノのために編曲した。

歌詞の内容は、熱烈な恋愛の歌であり、またそれ故に過酷な失恋の歌でもある。フォーレは、こころを揺さぶるような情感の込められた彼独特の旋律を、この歌に付した。チェロで演奏する場合、リフレインするときに、オクターブ上げて歌う。多くの場合、リフレインを最初の旋律と同じように歌うのだが、ここで紹介するトルトリエは、少しテンポを速め、かつフォルテで歌い進める。トルトリエのこの歌い方には、最初に聞いたときからがーんと打たれた。リフレインでこのように緊張感をもって歌うことによって、そのあとのエピローグの切なさが、いや増して生きてくる。

英語ブログで紹介した、Harriet Krijghの演奏、ゆったりと情感たっぷりに全体を弾く演奏も好ましいが、私の若かりしときにこの曲に打たれた、このトルトリエの演奏の方が、私の琴線にはより強く触れる。

実は、この曲、私の結婚式に家内と弾いた曲なのだ。大学の学生ホールのオンボロピアノで、結婚式の直前まで練習し、チェロをかかえてあたふたと結婚式場に向かったのだった。出来は・・・ご想像にお任せする。自分の演奏を他人に強制的に聞かせる機会は、結婚式くらいしかない、と友人にそそのかされたのだった・・・が、本人はやる気十分だった。結婚式に適切な選曲だったかは、かなり疑問だが、あの当時、そして今も、この曲にはメロメロである。

税金の増加等かるく吹っ飛んでいる 

政府の金融政策によって、税収が1兆円以上増えたと盛んに報道されている。それを、借金の返済と、経済刺激政策のために用いるらしい。

インフレ誘導によって、経済活性化がもたらされると、政府はいうが、期待インフレ率の上昇によって生じるとされる経済活性化効果は、金利の上昇によって打ち消され、投資・消費に関する、現在支出と将来支出の配分に影響が及ばないとされている。すなわち、経済活性効果はない、ということだ。

一方、長期金利が上昇したことで、国債利回りがどれだけ増え、国債の価値がどれだけ毀損されたのか。恐らく、1兆円の税収等かるく飛ぶだけの国債費の増大になって跳ね返っているはずだ。税の増収については、財務省のアナウンスを垂れ流しで報道するマスコミは、こうしたネガティブな側面を報道しない。


Matt N7EG 

Matt N7EG は、つい最近、このコールを得た方だ。この前のコールはK7PEG。2,3年前までは、KA7PKGだった。こちらの時間の夜の早い時間帯に7メガで良く出ておられる。球を転がすようなバグキーと、少しドリフトする信号が特徴だ。1960年代に一世を風靡したアトラスのトランシーバーが最高だと言って、今でもそのリグを使っておられる。

今夜も、いつもと同じ頃、呼んでくださった。今夜は何時になく信号が良好に入っていた。何時も流れるようにバグキーを扱われるので、無線関係の仕事を、リタイアする前にしておられたのかと思い、尋ねた。キーイングがしっかりしているだけではなく、やりとりが何時も軽妙洒脱で感心していたのだ。打てば響くような方なのだ。

「いや、90歳になろうとしている身には、バグキーを扱うのも大変なのだが・・・」といつものジョーク交じりに話しを始められた。アリゾナ ツーソンの開発の仕事をしていたのだが、一番関心のあった仕事は、アルコール中毒等へのカウンセリングの仕事だった、とのこと。ボランティアで60年近く行っていたらしい。

何故そのような業務に興味を持ったのか尋ねた。彼は第二次世界大戦に兵士として参加、退役してから、体調が悪くなり、その解決をアルコールに求めたのだが、むしろ体調は悪くなってしまった。しばらくして、アルコール依存から脱することが何とかできた。その経験から、上記のボランティアに携わるようになったとのことだった。

アルコール依存から脱することは大変難しい、一方、現在はイラクでの戦争から帰還した兵士のなかに、精神的に病む者が多くおり、アルコール中毒になっている方が多い、とのことだった。そうした犠牲者のために、ボランティアの活動を続けてきた由。

この話を伺い、二つの点に強い感銘を覚えた。一つは、いつも軽妙洒脱なジョークばかり言っている彼に、そのようなライフワークがあったのだということ。それは、彼自身の戦争体験から回復した稀有な体験から生まれたものである、ということだ。無線のやり取り等、無駄話が大勢を占めているものだが、こうした人生を背負って生きてこられた方も多くおられるのだろう。彼は、そうした方の一人であり、尊敬すべき方である。

もう一点、戦争は、戦場で人を殺し、殺されるだけの出来事ではない。帰還兵士は、精神的に病み、中には自殺をされる方が多くいると聞く。人生を狂わせられることになるのだ。勿論、戦争に巻き込まれた人々にも多かれ少なかれ同じ問題が起きるのだろう。現在、わが国も「戦争のできる国」にしようとする勢力が力をつけてきている。それは、国民の生命と人生を、自らのために利用しようとする精力だ。米国は、米国による、そして恐らくは米国のための世界平和を戦後実現しようと、戦争を続けてきたが、暴力の連鎖を生み、平和は実現していない。さらに、兵士として戦場に送り込まれた人々の多くは、死ぬことを免れたとしても、Matt自身が経験し、さらにボランティアとして奉仕してきた精神の病に侵され続けてきたということだ。戦争に伴うこの事実を直視すべきなのだろう。

Mattには、ご自身の経験とカウンセラーとしての歩みを、文章になさったら、とお勧めした。すでに文章にしたものもあるらしい。まとめて今度送ろうと仰ってくださった。

内部留保を増やし続けているグローバル企業 

二日前の日経の記事によれば、国内企業の現金預貯金の総額が、前年比5%を超える増加で二百数十兆円となり、過去最大になった様子。総金融資産も3%超の増加で800兆円以上あるらしい。その一方、リストラは減らないばかりか、増える傾向にもあると、ある経済コンサルタントは述べている。

企業は、小泉構造改革以降、多くの内部留保を貯めこみ始めている。その目的は、一つには、企業がM/Aによって買収されるリスクを減らすためであり、さらにほかの企業を買収して技術開発等を省くことらしい。

政府は、一旦ひっこめたものの、解雇条件の緩和をし、非正規雇用と、正規雇用の「中間」の労働者を増やす積りらしい。さらに、法人税減税・設備投資減税もするとか。設備投資のための銀行からの借金は、上記の新聞記事によると、むしろ減ってきているようだ。これも、増大した内部留保を用いて可能になり、その内部留保で技術力のある企業を買収することが容易になったことを反映しているのだろう。

グローバリゼーションとは、多国籍企業が、自己増殖・自己拡大を規制されることなく続ける世界をいうのか。そこで生きる人々は、二の次になるのか。

何かおかしくないか、と感じることしきりだ。

立憲主義をとらぬ自民党改憲案 

参議院議員選挙を前にして、マスコミ等で改憲が論議されている・・・が、国民レベルでは、あまり議論が盛り上がっていないようにも感じる。このまま自民党の改憲案通りに憲法が改定されてよいものなのだろうか。医療制度の改変の経緯などを見ていると、改変されてから、国民がその誤りに気付くことが多いようだ。だが、こと憲法となると、一旦変更したら、もとに戻すわけには簡単には行かない。

改憲手続きをしやすくするということから、自民党は手を付けようとしているが、彼らの目的とする改憲が行われると、国の権力が強くなり、憲法を改正することは難しくなる。自民党の改憲の骨子は、立憲主義を大きく後退させることであり、それに伴い、人権の制限、平和主義から戦争を可能とする国への変化等が導かれる。

国家権力が国民の意に反することを行わないように歯止めをかけるのが、憲法の大きな役割なのだ。それが立憲主義の根本だ。が、自民党改憲案では、逆に、国民の様々な義務を示し、憲法を守ることを国民に要求している。国民は、様々な個性を持つ「個人」ではなく、国家権力の支配下にある個性を抑圧された「人」としての人権が与えられるのみで、その「人権」には、公の秩序に反しない範囲において尊重されるという制限がつく。これまでも、公共の福祉に反しない限りで人権が尊重されるとされてきたのだが、公の秩序という国家体制が優先されることになるわけだ。国防軍を保持し、集団的自衛権に積極的にコミットする。軍法会議も創設され、国防の名において、国民の自由は著しく制限されることになるのだろう。

改憲にストレートに持って行けぬとみた安倍総理は、まず改憲手続きのハードルを下げる、現行憲法の96条を改変する戦術に出ているようだ。また、選挙後、野党の一部も取り込んで改憲を実現するという意向のようだ。この選挙戦で、また国会で、改憲の中身を徹底的に議論せず、改憲しやすくすることを先行させるのは、マヤカシ以外の何物でもない。改憲の中身、その方向性を我々は厳しく見極める必要がある。

小松秀樹氏が、自民党改憲案を、中国の憲法と比較して論じている。少し無理があるところもあるが、目の付け所が面白い。歴史的な大きな成果である立憲主義の立場をとらず、国家権力を優先させるという点では、両者には近似性が確かにある。

自民党改憲案が憲法となると、我々の生活がどのようになるのか、よくよく考えておかなくてはならない。


以下、MRICより引用~~~

中華人民共和国憲法と自由民主党日本国憲法改正草案 ~Series「改憲」(第4回)

亀田総合病院
小松 秀樹

2013年5月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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本稿では、近代立憲主義の視点から中華人民共和国憲法(中国憲法)を概観し、自由民主党日本国憲法改正草案(自民党改正草案)と比較する。その上で、自民党改正草案が世界にどのように理解されるのか考えたい。

●価値の多様性
中国憲法は、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想などを国を指導する思想として掲げ、中国を人民民主主義独裁の国家であると規定している。文学・芸術事業や報道は、国家の下に置かれ、社会主義に奉仕するものとされる。計画出産(一人っ子政策)も憲法に記載されている。 
日本国憲法を含む近代憲法は、中国憲法と異なり価値の多様性を基本原理とする。価値の多様性が認められるようになったのは、ヨーロッパの歴史による。すなわち、宗教対立による戦争があまりに悲惨かつ不毛だったので、考え方の違いを互いに認めようということになったからである。
中国憲法で価値の多様性が認められないのも、歴史的理由が背景にある。中国憲法前文には「1840年以来、封建的な中国は、しだいに半植民地・半封建の国家に変わった」とある。この短い文の中に、膨大な争い、多数の死が含まれている。様々な議論があるものの、日本が中国を侵略したのは間違いない事実である。辛亥革命に始まる革命、日中戦争、内戦を経て、1949年、現在の中華人民共和国が成立した。この後もウイグル侵攻、チベット侵攻が続いた。1958年から1960年の大躍進政策では、2000万人から5000万人が餓死したと言われている(ウィキペディア)。大躍進政策で失脚した毛沢東が仕掛けた文化大革命は、1966年以後10年間、中国を大混乱に陥れた。同時期、内モンゴル人民革命党事件で多くのモンゴル人が粛清された。?小平の改革開放政策以後、経済が急成長したが、未だ国情は安定しているとは言い難い。広大な国土に、多様な民族が居住している。漢民族内部では、膨大な農民が農村戸籍によって差別され、経済発展から取り残されている。漢民族の居住地の外は、チベット族、モンゴル族などチベット仏教の信者にぐるりと取り囲まれている。その西には、回教徒が居住している。多くの深刻な対立をなんとか抑えつけて国が維持されている。価値の多様性を認めると、内乱が生じて膨大な生命が奪われかねない。
自民党憲法改正草案では、国民に対する国旗・国歌の尊重義務が盛り込まれたり、後で述べるように集団主義が強まったりするなど、価値の多様性が大きく後退した。この意味で、自民党改正草案は、現行の日本国憲法に較べて中国憲法に近い

中国憲法(『世界の憲法集 第4版』有信堂)の文言
前文
「1949年、毛沢東主席を領袖とする中国共産党の指導のもとに、中国の各民族人民は-----中華人民共和国を樹立した。」「中国における新民主主義革命の勝利と社会主義事業の成果は-----マルクス・レーニン主義と毛沢東思想に導かれて------獲得したものである。」「中国の各民族人民は引き続き中国共産党の指導のもとに、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、?小平理論、『三つの代表』の重要思想に導かれて-----わが国を富強、民主、文明をそなえた社会主義国家に築き上げていくであろう。」
第1条1 
「中華人民共和国は-----人民民主主義独裁の社会主義国家である。」
第6条1 
「中華人民共和国の社会主義経済制度の基礎は-----全人民所有制および勤労大衆による集団所有制である。」
第22条1 
「国家は、人民に奉仕し社会主義に奉仕する文学・芸術事業、報道・ラジオ・テレビ事業、出版・発行事業、図書館・博物館・文化館およびその他の文化事業を振興して、大衆的文化活動を繰り広げる。」
第24条2 
「国家は-----人民の間で愛国主義、集団主義と国際主義、共産主義の教育をすすめ、弁証法的唯物論と史的唯物論の教育を行い、資本主義的、封建主義的およびその他の腐敗した思想に反対する。」
第25条 
「国家は、計画出産を推進して、人口の増加を経済および社会の発展計画に適応させる。」

●憲法遵守義務について
近代憲法の原則、立憲主義は、権力を制限して自由を実現しようとするものである。最初の近代憲法であるアメリカ合衆国憲法の条項の多くは、国家機関の権限の範囲についての記述である。上下院議員、州議会議員、すべての公務員は、宣誓または確約により、憲法を擁護する義務を負うが、国民に擁護義務はない。
アメリカ合衆国第3代大統領トマス・ジェファーソンは、「わが連邦憲法は-----われわれの信頼の限界を確定したものにすぎない。権力に関する場合は-----憲法の鎖によって、非行を行わぬように拘束する必要がある」(清宮四郎『法律学全集3 憲法1 第3版』有斐閣)として、憲法が国家を縛るために作られたものであると明言している。日本国憲法も、99条で、憲法擁護義務を国民ではなく、公務員に負わせ、憲法が国家を縛るものであることを明確にしている
一方、中国憲法は公務員のみならず、「各民族人民」「公民」にも憲法擁護義務を課している。自民党改正草案は、中国憲法と同じく、国民にも憲法擁護義務を課している

中国憲法の文言
前文
「この憲法は-----国家の根本法であり、最高の法的効力をもつ。」「全国の各民族人民、すべての国家機関と武装力、各政党と各社会団体、各企業・事業体は、いずれも憲法の活動を根本準則とし、かつ憲法の尊厳を守り、憲法の実施を保障する責務を負わなければならない。」
第53条
「中華人民共和国公民は、憲法および法律を遵守し、国家の機密を守り、公共の財産を大切にし、労働の規律を遵守し、公共の秩序を守り、社会の公徳を尊重しなければならない。」

●基本的人権
中国憲法は、第2章「公民の基本的権利および義務」で基本的人権について規定しているものの、様々な限界があり、基本的人権が保障されているとは言い難い。
そもそも、中国の基本的人権には、「内心の自由」「職業選択の自由」「移転の自由」が欠落している。天安門事件では、一瞬であったが、共産党指導者内部で、自由について考え方に差異があることが露呈した。しかし、現在の中国指導者は、内心の自由を許すと百家争鳴で収拾がつかなくなり、職業選択の自由、移転の自由を認めると、膨大な数の農民が都市に押し寄せ、収拾がつかなくなると判断している。
ヨーロッパ諸国でも、憲法で自由が保障されているからといって、何でも許されるわけではない。F.A. ハイエクは自由主義について、「万人の自由が実現できるのは、イマヌエル・カントの有名な文言にあるように、各人の自由がすべての他人の同等の自由と両立できる限度以上に大きくならない場合だけである。自由主義的な自由概念は、したがって必然的に、万人の同一の自由を保障するように各人の自由を制限する、法の下の自由という概念であった」(『市場・知識・自由』ミネルヴァ書房)と解説している。
中国憲法では、「国家、社会、集団の利益」が基本的人権を制限できる理由として挙げられている。ちなみに、朝鮮民主主義人民共和国憲法には、「公民の権利と義務は、『ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために』という集団主義の原則に基づく」「公民は、組織と集団を重んじ、社会と人民のために献身的に働く気風を高く発揮しなければならない」(http://naenara.com.kp/ja/great/constitution.php?6)と記載されており、個人より集団の利益が優先されている。
日本国憲法は、ヨーロッパと同じ立場をとる。人権の制限条件として「公共の福祉」が挙げられている。高橋和之は『立憲主義と日本国憲法』(東大出版会)で、「日本国憲法が個人の尊厳を基本原理とする以上、公共の福祉を全体主義的な思想を基礎にした『全体の利益』という意味に解することが許されないことは言うまでもない。」「公共の福祉とは、人権衝突を調整するための原理」であり、調整のために比較検討すべきは、「個人を超えた『全体』の利益であってはならず、あくまで個々人に着目した利益でなければならない」とハイエクと同様の見解を述べている。
自民党改正草案では公益や公の秩序を政府が認「公共の福祉」に代えて、「公益及び公の秩序」を用いており、集団主義に大きく振られている。益や公の秩序を政府が認定するとすれば、政府の恣意で、人権が制限できる。多様な価値が認められにくくなる。この意味では、自民党改正草案は、中国や北朝鮮の憲法に近い。

中国憲法の文言
第33条3 
「国家は人権を尊重、保護する。」
第51条
「中華人民共和国公民は、自由および権利を行使するに当たって、国家、社会、集団の利益ならびにその他公民の合法的な自由および権利を損ねてはならない。」

●憲法改正手続き
世界の多くの国と同様中国でも、憲法改正手続きは通常の法律に比べて重い。実際には、中国の政治体制だと、この手続きの重さが、権力を縛るものにならない。それでも改正手続きを重くしたのは、中国も、歴史的に形成された近代憲法のたてまえを無視できないためであろう。
アメリカ合衆国最高裁判所の最も有名な判決(バーネット事件)は、権利章典(アメリカ合衆国憲法の人権規定部分)の真の目的について、一定の問題を多数派や公務員が手出しできないところに置くこと、これを裁判所で適用される法原理として確立することであり、基本的人権は、選挙の結果で決められるものではないとしている。アメリカ合衆国で憲法を改正するには、上下両院の3分の2以上の賛成で発議し、全州の4分の3以上の議会あるいは憲法議会での承認が必要とされる。
時の権力者が、憲法の特定の条項を改正したいために、その条項についての議論なしに、憲法改正のための条項を変更しようというのは、憲法の歴史が積み上げてきた合意と相容れない

中国憲法の文言
第64条1
「憲法の改正は、全国人民代表大会常務委員会または5分の1以上の全国人民代表大会代表がこれを提議し、かつ、全国人民代表大会が全代表の3分の2以上の多数でこれを可決する。」

●地方自治
中国憲法では、地方自治は中央の支配の下に置かれている。
大日本帝国憲法下では現在の中国と同様に、県、市町村は、内務省の指揮下におかれていた。地域住民の利害に関わる問題だったとしても、地域住民より中央政府の利害が優先される構造だった。
日本国憲法は、中央政府の施策が、地方住民の尊厳・自由と相容れない事態を想定しており、92条で「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める」と規定した。地方自治の本旨とは、「法律をもってしても侵害できない地方自治の核心部を指す」(ウィキペディア)とされ、住民自治、団体自治という二つの概念を含む。住民自治とは、住民が自らの権限と責任で地域行政を行うことを意味する。団体自治とは、地方公共団体が国の干渉に屈することなく独自の判断で、地域住民を守るために、地域の実情に沿った行政を行うことを意味する。
自民党改正草案では、「国及び地方自治体は、法律の定める役割分担を踏まえ、協力しなければならない」と規定している。これでは、地方は中央政府の言いなりにならざるを得ない

中国憲法の文言
110条2 
地方各級人民政府は、一級上の国家行政機関に対して責任を負い、かつ、その活動を報告する。全国の地方各級人民政府は、いずれも国務院の統一的指導のもとにある国家行政機関であり、すべて国務院に服従する。

●自由民主党日本国憲法改正草案は世界に理解されるか
憲法は論理的には主権国家内部で完結したものである。しかし、世界には多くの主権国家があり、主権国家間で利害は一致しない。国家の行動がある程度予見できなければ、国家間の緊張が高まり、紛争が頻発する。憲法は、国家の行動の予見可能性を担保する最大のツールである。
中国憲法は、近代立憲主義と異なる原理で組み立てられている。価値の多様性は認められず、基本的人権は限定的であり、地方自治はないに等しい。ただし、世界が理解できない中国固有の伝統的価値を唱道しているわけではない。
中国憲法のありようは、革命と戦争を通して国を統一し、様々な民族や農民を武力で抑圧することによってなんとか維持していることによる。中国は憲法のために特殊な国家と見られ、不利益を被っている。指導者たちは、それでも過去200年の歴史と国情から現行憲法が必要だと判断している。重要なことは、こうした中国の考え方が、賛同されなくても、理解可能だということである。果てしない殺し合いより、抑圧がまだましだとする考えがあるからである。
日本で憲法9条の改廃が議論されていることについては、一部の国から利害に基づいた反発はあるにしても、戦争放棄は世界に類を見ない条項であり、国際的に理解されないわけではない。解釈で乗り切っているとはいえ、すでに日本に存在する自衛隊と矛盾する可能性がある。核開発をめぐる北朝鮮の動きや尖閣諸島をめぐる中国の動きも、9条改正の理解を高める方向に働いている。9条について本稿では詳しく触れないが、信念を声高に怒鳴り合うのではなく、現在の状況を前提に、時間をかけて利害を冷静に詳細に検討すべきだと思う。
自民党改正草案は、現行憲法に比較すると、立憲主義の観点からは、中国憲法に近い。現在の日本で、立憲主義に逆行するような改正を行う合理的理由は考えられない。ましてや、世界で理解が得られるとは思えない。憲法は、歴史的に形成され、世界共通の言葉で議論される道具である。この中核に理解されにくい神秘的価値を置けば、日本の国益を損ねる可能性がある。


HFがノイズに覆われる前に 

今朝9時頃、いつものように21メガに出た。すると、間欠的なノイズがバンド中で聞こえる。Sは、一つか二つ程度なのだが、弱い信号は完全にマスクされてしまう。14、28メガでも聞こえるが、メインは21メガ付近。広帯域に出ているノイズのようだ。ビームを回すと、北西方向に明らかなピークがある。そちらの方向には、数百メーター以上先にしか家はないので、もし何らかのノイズ源があるとすると、かなりの大きなもののようだ。

ネットで調べると、ソーラーシステムがこの周波数帯へのノイズを生じるようだが、間欠的なノイズなのだろうか。今のところ、朝の北米向けに21メガが使いにくいだけで、それほど実害はないので、放置することにした。が、こうしたノイズに囲まれて無線をしなければならない、都市部のハムの苦労を改めて思った。

PLC問題に関して、JA1ELY草野氏等が引き続き法的に対応している。電波審議会では、原告側の見解をある程度認めつつも、訴えを却下され、現在は高裁に控訴している段階だ。私も、原告の一人にさせて頂いていている。書類上だけのことなのだが・・・。PLCは、スマート電力構想に利用される可能性があるとも聞く。そうすると、HFはどこでも使用不能になる可能性が高い。そうなってからでは、対応は無理ということになってしまう。対応をするなら、今の内だ。草野氏によると、控訴段階で、原告に加わる方が減ってしまい、控訴費用の捻出も大変だった様子。もし、関心を持たれた方がいたら、草野氏に今からでも連絡をとってみて頂きたい。こうしたノイズという技術的な暴力から逃れるには、それが広く使われるようになる前に対処する以外にない。行動するなら今だ。

控訴書面はこちら

オールアジアCW 2013 雑感 

今週末は、オールアジアコンテストCW部門が開かれている。CONDXが素晴らしく、21メガ等夜から朝にかけて世界中に開けている。ビッグガンとおぼしき局が、北米・ヨーロッパから呼ばれ続け、ランしている。この時期としては、例外的なCONDXのように思える。

聴いていての感想を一つ二つ・・・

参加局の年齢が40から60歳台にピークがあるようだ。特にJAの場合はそうだ。クラブ局が少ない。特に、大学のクラブ局は全滅じゃないのだろうか。一般のクラブ局も、特にビッグガンの二三局が聞こえるのみ。当地の北部から出ていたクラブ局も聞こえない。個人局では、結構頑張っている局が聞こえる・・・が、こちらもかっての常勝局が聞こえない。JH4UYBだけは例外的に頑張っている様子。世代交代か。現在activeに出ている局も、あと10年もするとコンテストからリタイアするのだろうか。後に続く世代が、大学クラブ局で生まれていたわけで、それが途絶えつつあることは、近い将来にコンテストが様変わりすることを予測させる。と・・・いつもと同じ感想。

個人局・クラブ局いずれでも、1997年から「ゲスト運用」が認められているはずだが、個人局でのその運用が殆どされていないように思うのだが、どうだろう。現在のオールアジアでも、年齢を聴いていると、ゲスト運用されている個人局は殆どなさそう。ゲスト運用では、運用する人の免許の範囲でしか運用できないとされているが、この制度の中身は、基本的に「包括免許」である。免許人が、ゲスト運用者の責任まで負うとなっているが、それは殆ど意味がない、形式だけのこと。1級の従事者免許があれば、1KWの運用もできるはずだ。無線機各々が個別に免許されるという、殆ど無意味な現行免許制度に風穴が開けられたはずなのだが、ゲスト運用を全般的な包括免許に進展させようという気配が、当局にはない。JARLがそれを強力に行政に働きかけていないためだろうか。日本の行政の硬直性がここにもある。日本のアマチュア無線免許の硬直性は、かっての共産圏諸国の免許制度並なのではないか。いや、それよりも官僚的か・・・。

私と言えば、コンテストの始まる時点で交信中だった、Gus K4SXTが一応ナンバー交換をしようというので、交換しただけになっている・・・Gusも、9V1ZEやA92ZEでactiveだったが、もう60歳台後半、時間が経ったものだ・・・。その後、Pat N9RVを呼んだら、「あれ、コンテストから撤退するんじゃなかったっけ?」と突っ込まれた。いや、キミの年齢を確認したくて、と答えた。

追伸:21メガでJA1ZGPを見つけた。電通大。オペは19歳・・・初々しい。JA7YAA、JA9YBA、JA3YBK、JR1ZTT、JA1YDU、JA2YKA、JA8YBY、JA1ZLO等々・・・何処へ? 

抗がん剤から始まる「規制改革」 

まず抗がん剤というところが、何とも言えず、政商達が現政権に群がっている図を思い起こさせる。

がんと言えば、予後不良のケースが多い。その治療には、経済的、また医学的・知的な理由づけのないものにまで、患者は手を出すことになる。まずは、そこから「規制改革」を始める、というところに、今の政治の「エグサ」を感じる。勿論、治療効果・副作用に関しては、適切な手順を踏んで有用性を確認するのだろうが、今のところ、抗がん剤でがんが治癒するということはまず望めない。圧倒的多数は延命効果だけである。そして、抗がん剤は一般に極めて高価である。だが、それでもがんに侵された方は、そうした薬に一縷の望みをかけることだろう。

医療は、経済的合理性の支配しない領域なのだ。とくに、その合理性から外れる可能性の高い抗がん剤から、「規制改革」をすすめるところが、「エグイ」。


以下、引用~~~

混合診療 今秋に拡大 まず抗がん剤 規制改革原案

記事:毎日新聞社
13/06/12

混合診療:今秋に拡大 まず抗がん剤−−規制改革原案

 政府が14日に閣議決定する「規制改革実施計画」の原案が明らかになった。治療行為の一部に例外的に保険外診療を認める「保険外併用療養費制度」を拡大するよう厚生労働省に要求。新技術が同制度の対象になる「先進医療」かどうかの審査を迅速化するため、外部機関などによる専門評価体制の創設も打ち出した。現行制度の対象拡大で保険診療と保険外診療を組み合わせた「混合診療」の将来的な全面解禁につなげる狙いがある。【宮島寛】

 計画は「本年秋をめどにまず抗がん剤から開始する」と実施時期も明記した。

 日本では公的保険外の自由診療と保険診療の併用(混合診療)を禁じており、併用を認めるのは例外という位置付けだ。認定の際は技術の有効性や安全性の証明を医療機関が担い、年間審査件数は約40件。期間も1件に6〜7カ月かかり、これまでに認められたのは約100技術にとどまる。

 外部の評価機関を活用すれば審査の迅速化、効率化が見込める。計画は「最先端医療迅速評価制度(先進医療ハイウエー構想)」(仮称)を掲げる。抗がん剤は次々と新薬が出るため、自由診療の併用が迅速に認められるようになれば抗がん剤の新薬を使いやすくなる

 計画は規制改革を「経済再生の阻害要因を除去し、民需主導の経済成長を実現するために不可欠」と位置付け、規制改革会議が5日に安倍晋三首相に答申した項目をすべて採用したうえで、「先進医療の大幅拡大」などを追加した。内閣府は各項目の実施状況を年度末ごとに点検し、結果を規制改革会議に報告するとともに、公表する。

 ただ首相が「全面解禁」方針を打ち出した一般用医薬品のインターネット販売は、副作用リスクの高い一部の市販薬の扱いを巡って調整が続いており、計画の最終案が固まっていない。

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 ■解説

 ◇所得で不平等生む恐れ

 日本では公的保険の利かない自由診療と保険診療の併用(混合診療)を禁じ、併用すると医療費は保険診療分も含めて全額自己負担となる。国民負担が伴う保険医療は、有効性や安全性がより厳密に確立されている必要があるためだ。ただし、専門家でつくる厚生労働省の「先進医療会議」の審査を条件に、例外的に事実上の混合診療を認める「保険外併用療養費制度」がある。

 保険診療と自由診療が併用できれば、保険診療分は1〜3割の負担で済み、まだ保険が適用されない先進的な医療も受けやすくなる。とはいえ、利益を受けるのは自由診療分を全額自己負担できる人に限られる。

 このため、現行制度ではいったん保険診療との併用を認めた自由診療の技術も、あらためて保険適用を検討する。「混合」は一時的なもので、いずれは保険適用し、国民等しく受けられるようにするという原則だ。

 ただ、保険適用の対象になれば国が薬価などの公定価格を決める。製薬企業にすれば自由に価格を設定できる自由診療対象のまま保険診療と併用できるほうが利益が出る。すると本来保険が利くはずの薬も自由診療対象のまま残り、保険診療しか受けられない低所得の人は服用できなくなる恐れがある。【佐藤丈一】

梅酒作り 

我が家には、梅の木が三本ある。以前はもっとあったようだ・・・あ、四本だった。すべて父親が、30年前後前に植えたもの。毎年、この時期多数の梅の実がなる。昨年までは、それらの実を殆ど利用していなかった。

今年は、家人と相談して、梅酒を作ることに挑戦した。南高梅の大きな梅と、中サイズの梅、各々1、2Kgを採取。葉に隠れるようにきれいな実がなっている。脚立を使って、一つ一つ収穫した。家人によると、父は棒でたたき落としていたのだとか・・・。

さて、ホワイトリカーと氷砂糖を準備して、足りないのは、梅酒を寝かせる瓶である。父親が、20年ほど前盛んに梅酒を作っていたことを思い出し、彼が使っていた大きなガラス瓶を物置に探しに行った。取っ手のついた5リットルのサイズの瓶を見つけた。

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梅の実を洗い、渋抜きし、ヘタを取り除く。南高梅の方は、ちょうど収まる量だったが、中梅の方はかなりオーバーロード。後者は適当に(笑、リカーと砂糖を増して、何とかつけ終えた。一方の瓶のふたを見ると、手書きのラベルが貼ってあり、6・11と読める。恐らく、20年ほど前に父が、漬け込んだ記録を記したのだろう。奇しくも、我々が梅酒づくりをしたのと同じ日だった。ま、この季節に梅がたくさん収穫できるから、起きるべくして起きた偶然の一致なのかもしれない。が、両親と我々が同じように歳をとってきていることを改めて感じた。

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あと一年すると、濃厚な味わいの梅酒ができあがる・・・でも、こんなにたくさん飲んだらアルチューになってしまうな・・・。

飲んだら運転するな! 

道交法が改正されて、このような通知が、厚労省から都道府県の衛生部に回された様子。

該当する薬剤は、精神神経系の薬剤以外に、鎮痛解熱剤、抗ヒスタミン剤、抗生物質等々各々の一部、大多数が該当する。

田舎の生活では、車は必須だ。車の運転ができない、となるとどうしたら良いのだろうか。

この「改正」の本音は、万一、薬が原因で事故を起こしても、製薬会社や行政は責任をとならない、責任は本人と処方した医師がとれ、ということのように思えてならない。

本来は、次のような検討を詳細に行うべきなのだ・・・こうした薬が原因でどれほどの事故が起きているのか、こうした「改正」をすることで、どれほどそれが予防できるのか、または生活のために病気を隠して運転を続ける、また病気の治療を中断してしまうケースがどれほどでるのか、それによって事故の総数はどうなるのか、といったことだ。

それを、一片の通知で十羽ひとからげに薬剤服用中は運転不可とする安易な行政は如何なものだろう?

追伸:この日本語として分かり難い行政特有の文章、一体どうにかならないものかね(この文章はまだ分かりやすい方に属する)・・・開業していた頃には、こうした文章の解読に辟易したものだった。分かりやすく書かないのは、「お上意識」の表れなのか、それとも知性の欠如なのか、どっちかだろう。こうした通知から離れられたことだけでも、開業を辞めて正解であった・・・。



以下、引用~~~


医薬品服用中の自動車運転等の禁止等に関する患者への説明について

今般、平成25年3月22日付けで、総務省より厚生労働省に対し『医薬品等の普及・安全に関する行政評価・監視結果に基づく勧告』が行われ、医薬品の副作用による保健衛生上の危害の発生又は拡大を防止する観点から添付文書の使用上の注意に自動車運転等の禁止又は自動車運転等の際は注意が必要とする旨(以下『自動車運転等の禁止等』という)の記載がある医薬品について下記の措置を講ずる必要があるとの所見が示されました。
 つきましては、貴管下医療機関、薬局等に対し、添付文書の使用上の注意に自動車運転等の禁止等の記載がある医薬品を処方又は調剤する際は、医師又は薬剤師から患者に対し、必要な注意喚起が行われるよう、周知方お願いいたします。
 なお、同勧告において、意識障害等の副作用がある医薬品について、自動車運転等の禁止等の記載を検討し、記載が必要なものについて速やかに各添付文書の改訂を指示するよう所見が示されました。
 この所見に基づき、現在、添付文書の見直し作業を進めておりますが、添付文書の改訂が必要な場合、通知により示す予定ですので、ご留意頂きますようお願いいたします。



添付文書の使用上の注意に自動車運転等の禁止等の記載がある医薬品を処方又は調剤する際は、医師又は薬剤師からの患者に対する注意喚起の説明を徹底させること。

福島県18歳以下の甲状腺がん症例数 

福島県で18歳以下の県民の甲状腺がんのスクリーニング。17万人中、確定例が12名、疑いが15名となったと報じられている。

甲状腺がんは、潜在性のものが多く、これまでの有病率データとは直接比較できないが、注意深く今後の経過を見守る必要がある。今のところ、東電福島第一原発事故との関連の有無を結論付けることはできない。

正常コントロールとして、弘前、長崎等で四千数百名を検査して、甲状腺の嚢胞や結節の頻度は福島県のデータと変わらないと昨年報告されていたが、調査数が少なすぎる。コントロールの数を増やす必要がある。

さらに、福島県で判明した甲状腺がん症例の居住地、I131被曝量の推定値を公表すべきだろう。

先日、国連の組織から、推測された被曝線量から、福島での発がんの危険は大きくないと公表されていたようだが、まだ結論付けるのは早すぎる。


以下、引用~~~


東電

甲状腺がん「確定」12人に

2013年6月5日(水)5時0分配信 共同通信

 東京電力福島第1原発事故による放射線の影響を調べている福島県の県民健康管理調査で、18歳以下で甲状腺がんの診断が「確定」した人が9人増え12人に、「がんの疑い」は15人になったことが4日、関係者への取材で分かった。これまで1次検査の結果が確定した約17万4千人の内訳。検討委の2月までの調査報告では、がん確定は3人、疑いは7人だった。これまで調査主体の福島県立医大は「放射線の影響は考えられない」と説明している

CW Freaksネットのご案内 

陽の沈むころ、7メガが北米に向かって開き始める。かっては、この時間帯に、寝そびれた、または早く目が覚めた西海岸のOM達が聞こえてきたものだ。W6VIJ、W6MBZ、W6JALそれにW6TSQ等々。勿論、1960年代までさかのぼれば、WA6UNFとその仲間たちが毎日のように聞こえていた。私は、そうした人々に相手をして頂き、無線にのめり込んで行った。彼らは、無線とCWのキャリアーが長く、さらに多くはリタイアをした人々で、東アジアのニューカマーである私の相手をよくしてくださった。

今夕いつものごとく、庭仕事を終え、黒ビールと焼きイカを片手に、7メガでCQを叩いた。20、30分続けても応答がない。あまり好みではないのだが、RBNを使ってパスの有無を調べると、私の電波は確かに西海岸に届いている。あちらでワッチをしている、昔のOM達のようなハムがいないのだ。

ハム、ことにHFでCWでの会話を楽しむハムが減少していることを反映している、と言えば、それで話はお仕舞になる。こちら側でも、Wと会話を愉しみたいというハムが減少していることを反映している面もあるだろう。卵が先か鶏が先かの議論だが、両者が相まって、この時刻、さらには夜遅くのパスが開ける時間帯も、7メガのactivityを落としているのではないだろうか。

CWを覚えること、さらにその次の段階として、CWで会話をしようとすること、二つの壁が我々に対して立ちはだかっている。最近は、CWを覚えて、JCC/G番号をやり取りする、またはリポートとQSLの交換だけ行うことがCW交信だと考えているハムが多い。恐らく、2、3年もすると、飽きて無線はさっさと卒業ということになるのだろう。その次の段階へ進もうというモチベーションは、本当はnativeのハムと無線で出会い、彼らから刺激を受け、自らの技術と知識を高めようということで得られるのだろう。が、実際上、上記のとおり、彼らのactivityが低くなっていることがあり、それも容易なことではない。

で、我がCW Freaksというメーリングリストでは、ネットというか、スケジュールを組んで、お互いにCWによる会話の技術を磨くことを企画した(といっても、殆ど私一人の発案なのだが・・・)。CWで一応の交信ができ、その先の会話に進むことを希望する方はどなたでも参加できる。メーリングリストへの参加は問わないが、参加されれば、交信内容の検討等をそこでできるだろう。このスケジュールは、しっかりしたものではなく、緩いスケジュールだ。主催者の私の都合で延期したりすることは頻繁に起こる可能性がある。それはその都度、メーリングリストで案内する予定。

〇日時 毎日午後0時0分±5分前後
 ただし、木曜日は定休日。週末も行う。

〇周波数 7026KHz±

〇内容 話題は何でも。会話になることがポイント。
 基本的には一対一。場合によっては、ラウンドテーブルもあるが、それもコントローラー対参加者という 形式ではなく、全員順番に回す。

チェロ再開 

しばらくぶりに、チェロに触れた。2か月位触っていなかったか。基本的に、もう上達はしないだろうという想念があり、さらに当時神経痛があちこちに出現して、弾く気持ちが萎えてしまっていたのだ。

先日、Dave K6XGに会い、チェロを練習しているか尋ねられた。彼は、ブロックフレーテのワークショップにバッハとマルチェッロのソナタを携えて近々行くらしい。高名な演奏家の批評を仰ぐことができる様子。私はしばらく楽器から遠ざかっていたと言うと、そうしたoffの時間の後に弾くと、新たな発見があることもある、と彼は言う。まぁ、私の場合は、そんな前向きの考えではないのだが・・・また、楽器をケースから出して、ぎ~こぎ~こやり始めた。

音階練習、ハ長調とニ長調。4オクターブ。拡張のポジションでまだ音程が定まらぬことを実感。それに、筋力が落ちている。また少しずつ練習を積み重ねる以外あるまい。近視眼的に上達することを目指すのではなく、その時々に楽器と音楽に沈潜すること、その結果として何かを得られれば良いし、退歩するのであればそれはそれで仕方あるまい。

チョムスキーの生成文法について少し読んでいるのだが、彼の言う普遍文法とは、音楽の音階を認識する内的な過程のようなものなのかもしれない。生得的な認知能力であり、それを基礎として音楽が構築される、というところが似ている。普遍文法の場合は、かなり抽象的な認識構造のようだが・・・。

さて、また楽器をぎ~こぎ~こいわすか・・・。