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 2013年12月 

衰退への道 

昨夜、筑紫哲也氏の追悼番組をテレビで観た。彼がメインキャスターをしていたニュース23だったか、よく観ていたことを思い出した。1989年から2008年までだったか・・・。進歩的なジャーナリストだったと改めて思う。

彼の遺した言葉で印象に残っているのが、「この国が、墜ち始めている。」という言葉だ。彼が末期がんに侵されていたことももしかしたら、この言葉を語らせた一つの要因だったかもしれない。が、この国が00年代後半から徐々に墜ちる過程に入り始めたことを、私も感じている。

成熟するという表現も良く聞かれるが、成熟の後に来るのは衰退である。その衰退の過程を、どうやってゆっくりと受容可能な形にもってゆくのかが問題なのだろう。この先に見える衰退を、意識的に、または無意識のうちにみて、戦前への回帰や、マイノリティへの差別・排斥による統合感の人為的な醸成が世の中で行われている、または試みられているのではないだろうか。そうした歪な、衰退の受容は現実から目をそらすことにしか過ぎない。衰退の現実を見つめなければならない。

今の政治と行政は、その衰退をしっかり見つめて施政を施すべきなのに、実態が見えていないようだ。政治は、専ら大企業を優先し、増税した税金もそのために用いる。行政も、衰退の過程への対応を全くしていない。彼らの給与は、大企業を超え、今も出向という形で増え続ける天下りを多く続けている。

あまり暗いことを考えたくはないのだが、やはり、日本がこれから衰退へのソフトランディングをどのようにするかを考えるべきなのではないだろうか。

靖国神社の在り様について 

安倍首相の靖国神社参拝が問題になっている。

この問題の根本は、靖国神社が、戦争や公務で亡くなられた兵士・自衛隊員を、本人。家族の意向を確かめることなく、明治以来天皇のために亡くなった軍人を祀るために建てられた神社に神として祭り上げることではないかと思う。

祖国に命を捧げた英霊という表現を良く聞く。この美しく響く表現によって、命を捧げるように強制した国家権力が、戦争・公務で亡くなった方々を管理・統制するのだ。そして、それによって現在の国民を統制し、行く行くは、再び「国家に命を捧げる」ことを強制することになる。靖国神社には、これから戦死するための方々の規則がある、という。この「国家」とは、天皇制を中心に据えた国体思想に基づく国家体制だ。第二次世界大戦で亡くなった兵士の多くは、「戦死」ではない。兵站補給を建たれて、病死・餓死した方が多い。そうした方々が、官製の宗教組織である靖国神社に神として祀られることをどれほど望むことだろうか。

台湾・朝鮮出身者で日本軍軍属として亡くなり、靖国神社に合祀されている方々が4万9千人いるという。中には、生死の知らせも、ましてや軍属遺族としての補償もなく、たまたま合祀されていた事実だけを半世紀以上たってから知った方もいるらしい。合祀を止めるように靖国神社に要請しても、聞き入れないらしい。また、日本人であっても、宗教・思想の違いから、合祀を望まぬ方々も多くいる。

自民党を中心とする保守政党は、公的、私的を問わず、政治家の参拝を繰り返して、靖国神社を事実上国家宗教にし、戦前の思想に基づく国家体制を復活させることを望んでいる。だが、それが良いこととはどうしても思えない。あの第二次世界大戦中国内外で払った犠牲をもとに、わが国は、新たな国家像を確立し、それに向かって歩むはずではなかったのか。

国民から宗教・思想・信条の自由を奪い、国体思想という全体主義で国民を統一しようとする動きには、否を言わなければならない。靖国神社は、一つの歴史的な宗教組織として残れば良い。ただし、合祀という、亡くなった方を管理し、統制する制度を放棄することだ

小澤祥司著「エネルギーを選びなおす」 

この本の著者は、エネルギー問題の研究者で実地での経験が豊富な方のようだ。飯館村の地産地消のエネルギーシステム構築に、あの原発事故以前からかかわってこられた方らしい。政治的なメッセージが全面に出る著作かと想像していたが、エネルギー問題を歴史的かつ包括的にとらえ、これから進むべき方向を具体的に示した好著だ。

この本から学んだことを列記してみたい。

19世紀後半からエネルギーの大量消費が始まり、戦後の米国型の大量消費大量消費で、エネルギー消費が大きく拡大した。一方、エネルギー源、またエネルギー源の利用を可能にする水資源も、底が見え始めている。

エネルギー問題は、電力問題だけでなく、熱エネルギーとのトータルのエネルギー問題として考えるである。ややもすると原発問題にからめて、電力をどうするかという視点だけで考えがちであるが、熱エネルギー問題も重要だ。

投入される全エネルギーの34%しか、有用なエネルギーとして利用されていない。残りはロスとなる。また、エネルギーを利用する場でも、家屋の冷暖房エネルギーロスや、自動車のブレーキ・空気抵抗・タイヤの接地抵抗等のログが大きい。

発電方式によっても、効率は大きく変わる。投入されるエネルギーの利用率でみると、原子力発電では30数%、ガス発電でもせいぜい60%。現在の大規模集中型発電では、廃熱の利用が行えず、ロスが大きい。原発は、放射性廃棄物問題が解決しないこともあり、エネルギー源として不適。

真の省エネとは、初期に投入されるエネルギーを減らすことだ。そのためには、発電に際する廃熱を利用するコジェネレーション等の方策が有用だ。また、必要とするエネルギーを減らすための努力、生活様式、移動手段、住居での太陽熱利用が必要だ。こうしたエネルギー利用は、小さな地域、自治体単位で始められつつあり、それを有機的に組み合わせ拡大してゆくべきだ。

特に、電気エネルギーだけに着目しがちであるが、エネルギーを全体としてとらえること、コジェネレーションというシステムを取り入れるべきことについて教えられるところが大きかった。

次の世代にどのような世界を残すべきなのか、我々に与えられた課題は重く、また緊急を要する。この本は、その問題を考えるうえでとても有用な作品である。

混合診療によって成長産業育成だそうだ 

政府が混合診療を拡大すると、諮問会議を通して表明している。患者ニーズを満たすためというのは、建前であって、

医療介護を成長産業にする、即ち企業の利潤追求の場にすること

保険財政を安定させる、即ち医療への国庫負担を減らし、その予算を別な事業に回すこと

の二つが、拡大の理由なのだろう。

医療は、生命が関わるので経済原則は適用されない。国民は、命にかかわることとなれば、全財産を費やしてでも、新たな可能性のある治療方法にかけるだろう。その結果がどうであれ、結果は、富の国民から企業への移動だ。

消費税増税も、国民の富を、企業に移転するような様相を呈している。

医療が営利企業によって担われると、利潤追求がとことん行われることになる。命にかかわる病気の治療は、需要が極限まで大きくなる。すると、そのコストも極限まで拡大される、ということになる。需要と供給のバランス等成立しない。

過日、米国人の友人から驚くべきことを聞いた。奥様が悪性腫瘍となり、最終的な手段として、強力な化学療法を行って、その後に幹細胞移植をするてはずになった。残念なことに幹細胞移植まで至らずに、奥様は亡くなられた。医療コストは、100万ドル、およそ一億円、に達したという。保険が大部分をカバーしてくれたので、実質的な支払いは1万ドル、およそ100万円、で済んだ、ということだった。

かようにして営利企業の関与する医療は、国民の富を吸い尽くすことになる。


以下、引用~~~

混合診療大幅拡大を 競争力会議の分科会

記事:共同通信社
13/12/26

 政府の産業競争力会議の医療・介護に関する分科会は25日、保険診療と保険外診療を併用する「混合診療」について「さまざまな患者ニーズを満たすよう大幅拡大を図る」などとする中間整理をまとめた。

 現在は限定的に認めている混合診療の幅を広げることで、医療、介護分野を成長産業に育てるとともに、超高齢社会に耐えられるよう、保険財政を安定させるのが狙い。

 分科会主査を務める増田寛也元総務相は「(同様に混合診療拡大を求める)規制改革会議との連携を深めたい」と表明した。来年半ばの成長戦略改定に向け、さらに検討を進める方針だ。

 中間整理によると、生命に関わる病気やけがを持つ患者に対し、ほかに有効な治療法がない場合、未承認薬の使用を認める制度を2015年度から導入する。再生医療と医療機器については、混合診療の対象とするかどうかの審査期間を短縮するため、専門評価組織を14年度中に立ち上げる。

 「より快適な入院生活をしたい」などの要望に柔軟に応えられるよう、差額ベッド代などの仕組みを大幅に拡大する

 外国人患者の受け入れや介護サービスの海外展開も支援する。

 分科会には厚生労働省側として土屋品子副大臣が出席し「真剣に対応したい」と答えたという。

年末の挨拶状 

この季節に、クリスマスカードの代わりに挨拶状を、主に米国の友人たちに送ることにしている。この一年の間に身の回りで起きたこと、様々な社会的な事件への感想、そして来年への思いを綴る。送る方へのごく簡単な個別のメッセージを添えて送るのだ。昨日、数枚の画像を貼り付けた文章をWORDで認め、ようやく送り出した。

所謂ステレオタイプなクリスマスカードなぞ貰っても嬉しくない。年賀状もしかりだ。ご無沙汰していればこそ、こうした近況報告の方が意味があると言うものだ。これは、昔交信したMary KA0OMXから毎年送られてきた挨拶状に刺激を受けて始めたものだった。

返信がぼつぼつやって来る。とても喜んで、あのやっつけ仕事の挨拶状を印刷し、暖炉の上に飾ってくださる方もいる。私の意見に対して詳細な意見を寄せてくださる方もいる。いつも挨拶状に記す、反市場原理主義的な私の考えを首肯してくださる方がいることに驚く。多少時間をかけて準備した甲斐があったかと嬉しくなる。一方、何時もクリスマスカードか、返信を下さるはずの方から何も知らせがないこともある。何かあったのだろうか。郵便の挨拶状をお送りしてみよう。

無線の交信でも中身のある方が、楽しく感じることと通じるのかもしれない。さて、年賀状、どうするか・・・。



佐藤栄佐久前福島県知事の戦い 

佐藤栄佐久前福島県知事の贈収賄罪が、昨年秋に最高裁で確定していたことを最近知った。ブログFACTAに、佐藤氏自身の文章が掲載されている。こちら

佐藤氏は、福島県知事として、東京電力、国の原発対応、原発政策に安全面、情報開示面で厳しい態度で臨んでいた。佐藤氏は、福島県で「エネルギー政策検討会」を2001年に立ち上げ、翌年に中間とりまとめを公表している。その最後には、以下のような文章が記されている、という。

『平成八年の「三県知事提言」以降、再三にわたり指摘してきたように原子力発電所立地地域の住民の立場を十分配慮しながら、徹底した情報公開、政策決定への国民参加など、まさに新しい体質・体制のもとで、今後の原子力行政を進めてゆくべきではないか。』

このあと、核燃料サイクルの在り方に疑問を投げかけている。当然のことながら、これは東電福島第一原発事故の前のことだ。

まさに、正論だろう。

ところが、2006年、贈収賄の疑いで逮捕され、5年間の裁判を経て、昨年最高裁で結審したのだ。最終的な判決である、高裁の判決では、贈収賄の罰金がゼロであり、なおかつ前知事が知らなかった可能性にも言及しているという。吉岡斉著「新版 原子力の社会史」にも「佐藤栄佐久知事の反乱」というタイトルで紹介されている。

罰金ゼロの贈収賄罪ということは実質無罪ということだ。前知事の弟さんへの取り調べて、検察官が、前知事を抹殺するということを漏らしたとか。この裁判には、国の意向が働いていた可能性が極めて高い。

この中間とりまとめのような発言をしていた佐藤前知事と、国会で原発の偽りの安全性を主張していた安倍首相と、どちらが政治家として優れているだろうか。安倍首相は、原発再稼働を推進しさらに新たな原発建設にも積極的のような。

追伸:佐藤前知事のサイト。こちら。特捜検察の酷い取り調べは、かの東京女子医大事件での佐藤先生の取り調べを彷彿とさせる。

人道的銃弾 

南スーダンは、スーダンとの間で戦闘が続いているらしい。南スーダンの石油資源の争奪が関係しているのだろう。

PKOに出ている韓国軍に「銃弾1万発」を提供すると政府は決めたらしい。緊急性と人道性が、武器輸出三原則の例外として提供する理由だそうだ。

人道的銃弾とは一体何なのだろうか。PKOを遂行するためには、軍備が必要なことは認める。だが、日本は、それに乗るべきではない。日本の役割は別なところにあるだろうに。これまでも南スーダンに対して軍事物資以外の援助をしてきたようだから、それを拡大すること、さらにスーダン・南スーダンには、先進国のどこからか軍事物資が送られているはずだから、それを止めさせること、停戦のスキームを作ること、難しいことかもしれないが、こうしたことに注力すべきなのではないだろうか。

人道的銃弾の提供の次は、人道的自衛隊の戦場への派遣になるのではあるまいか。同じ規格の軍備を持つ米軍や、韓国軍とは、自衛隊は戦線にすぐにでも共に立てるのだろう。

一つ一つ例外と、解釈の変更を続けて、普通に戦争をする国を、現政権は目指している。積極的平和主義とは、防衛のための侵略、防衛のための攻撃と似た臭いがする。


以下、引用~~~

政府が初の武器提供、国連部隊に

2013年12月23日(月)17時10分配信 共同通信

 政府は23日の持ち回り閣議で、治安情勢が悪化している南スーダンに国連平和維持活動(PKO)で展開する国連部隊に銃弾1万発を無償で譲与する方針を決定した。韓国軍に提供される見通し。日本が国連部隊を含む他国軍に武器を提供するのは初めて。緊急性と人道性が極めて高いことを理由に、武器輸出を基本的に禁じている「三原則」の例外とする。そのために近く官房長官談話を出す方向だ。

 今回の措置には、安倍晋三首相が外交・安全保障の理念として掲げる「積極的平和主義」を国際社会に示す狙いがあるとみられる。

独白 

過ぎ去った日々があるから、現在がある。そうだ、私は、DXとコンテストに明け暮れていた日々があった。それを後悔することはないが、時間を別なことに使っていたら、後に何事かを残せたのかもしれない、と思わぬこともない。

そうした過ぎ去った日々の思い出として、JIDXCで得たプラークを四枚壁に掛けてある。私にとっては、もう殆ど意味のないものだ。このシャックを改装したときに、壁を埋めるために丁度良いかと思って掛けた。

だが、コンテストというものにあれだけ強くagainstを述べ立てた者としては、これらのプラークを壁に掛けておくこと自体に一貫性がない、と言われても仕方あるまい。

私の人生の過ぎ去った時間に属するものであり、今は殆ど意味がないものであっても、傍からみると恰も自慢しているかのように見えるのかもしれない。

近いうちに、これをどこかに仕舞おう。それで、コンテストとは決別できるのかもしれない。壁に残る釘を隠すために、何か洒落た画でも飾ろう。

個性的なキーイング 

今朝、友人たちとの交信を終え、リグのスイッチを落とす前に、しばらくバンドをワッチしていた。21メガである。北米の信号も大分弱くなってきた頃だ。

ハンドキーでかなり癖のある符号を打つ局がいた。John KL2AXである。数年前、鮭の塩漬けを送ってくださった方だ。この2,3年彼を聞いたことがなかった。/QRPをコールの後につけて、CQを出すJAを呼びに回っている。応答がないようで、別な周波数で自らCQを出し始めた。しばらく聴いていたが、だれも呼ばない。

私がお呼びすると、嬉しそうに(?)、応答してくださった。Homerというアンカレッジから南に200マイルの町に引っ越したこと、IC703を手に入れて、無線に出始めたこと等は分かった。信号は、QRPとしてはまぁまぁの強さなのだが、あのとびきり個性的なキーイングなので、なかなか理解できない。最初彼が意識しているときには、ほぼ正確な符号なのだが、2,3文字打つと、短点は長く、長点は短く、それらが入り乱れる。あぁ、これは頭の体操に良いな等とのんきに構えていたが、交信をつづけなければならない。う~ん、とうなってしまった。

以前、かなり率直に、符号が取れないので、バグキーかエレキーに変えてくれないかと彼に言ったこともあった。実際、一時エレキーに持ち替えていたこともあった。だが、やはりハンドキーが好みなのだろう。brain stormのキーイングの再来だ。

ここまで自分のハンドキーに固執するのは、やはりそれが好きなのだろう。彼とても、こちらに理解してくれるように努力している様子が見て取れる。大体、取りにくいCWかそうでないかは相対的なものだ。実際、W7QC等は、彼と意思疎通ができている様子だし・・・。結局、趣味の世界、自分のやりたいようにやる、これに尽きるのだろう。とはいえ、私は話が続けられなくなったので、そろそろ無線をやめて、日常に戻ると言ってお別れした。悪意でやっているわけではなし、また自分のキーイングが分かってもおられるようだし、彼のキーイングはあのままで良いのだろう・・・。

彼のqra.comのページを見ると、ハンドキーが二つ並べられた画像が目に飛び込んできた。

立憲主義を守るために 

昨夜、有事法制についての本を読んでいて、戦争状態(ないし戦争準備状態)の時はこれで、平時は特定秘密保護法で、ともに国民の基本的人権が蹂躙されうることになったということに改めて気が付いた。これで、いつでも基本的人権を抑圧しうるわけだ。憲法改正をすれば、完璧だということか。

国を守るという時の国とは、山河や人々ではない。国とは、憲法で規定される国家原理を指すのだ。現政権は、彼らの国家原理を国民に押し付けようとしている。それはそのまま実現することはないだろうが、大きな混乱が予想される。

特定秘密保護法と同じ内容の法律は、過去に三度自民党が提出し、廃案になってきた。が、今回、政府への支持が高いことを背景に、どさくさで成立させてしまった。自民党への支持は決して高いわけではない。前回の国政選挙の比例区への投票を見てみれば分かる。せいぜい20%台だ。

日本の立憲主義が倒れようとしている。立憲主義の根幹をなす、平和主義と基本的人権が壊されようとしている。国民は、それを望んでいないことを信じよう。

立憲主義を守る勢力を伸ばすことが必要だ。

集団的自衛権に突き進む 

集団的自衛権の議論を任された有識者会議は、来年春を目途に答申を出すらしい。もう答申の中身は分かっている。集団的自衛権に踏み出す、ということだ。

恐らく、来年4月に施行する消費税増税、さらに金融緩和策で進行する物価高により、現政権の支持率ががくっと下がることを見越してのことなのだろう。

集団的自衛権は、憲法解釈の変更で突破するようだが、実質的な改憲である。憲法を恣意的に読みかえることだから、改憲よりも性質が悪い。いずれにせよ、集団的自衛権の発動で、国の形が変わる。変えた後に、どのような国の形を作るのか、国をどこに導こうとしているのか、実質改憲をする人々は示すべきなのだ。

が、恐らく、それをしないで突き進むのだろう。彼らは、第二次世界大戦前の価値観を再び国の中心に据えようと考えている。そうした体制に持ってゆくことは、強権的な専制国家にしない限り無理だろう。強権駅な専制国家が成立する背景には、宗教的な統一価値が必要だが、日本にはそれは存在しない。また、国民を戦争に駆り立てる国家は、むしろ福祉国家だった。それは、日本の財政状況が許さない。この点からも、国民総動員体制国家に戻ることは難しいのだろう。

何がやって来るのだろう。次の世代が、どのような国で生きることになるのだろうか。これまでの安寧な国家ではなくなることだけは確実だ。

7年前の原発事故の可能性についての安倍首相の答弁 

東電福島第一原発事故のたった5年前に、当時の安倍首相は、巨大地震による原発事故の可能性について、下記のように答えている。福島第一原発で既に起きたことが、当時は、起きることはありえないかのような答弁だ。

後だしじゃんけんではないか、それにこれは官僚が書いた答弁だろうという安倍首相を擁護する声も聞こえてきそうだが、現在、原発再稼働を積極的に進めるという安倍首相に、一度この答弁の責任について尋ねてみたいものだ。政治は、結果責任を伴う。

丁度7年前のことだ・・・。


以下、衆議院の記録より引用:


答弁本文情報

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平成十八年十二月二十二日受領
答弁第二五六号

  内閣衆質一六五第二五六号
  平成十八年十二月二十二日

内閣総理大臣 安倍晋三

       衆議院議長 河野洋平 殿
衆議院議員吉井英勝君提出巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。


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衆議院議員吉井英勝君提出巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問に対する答弁書



一の1について
 我が国の実用発電用原子炉に係る原子炉施設(以下「原子炉施設」という。)の外部電源系は、二回線以上の送電線により電力系統に接続された設計となっている。また、重要度の特に高い安全機能を有する構築物、系統及び機器がその機能を達成するために電源を必要とする場合においては、外部電源又は非常用所内電源のいずれからも電力の供給を受けられる設計となっているため、外部電源から電力の供給を受けられなくなった場合でも、非常用所内電源からの電力により、停止した原子炉の冷却が可能である
 また、送電鉄塔が一基倒壊した場合においても外部電源から電力の供給を受けられる原子炉施設の例としては、北海道電力株式会社泊発電所一号炉等が挙げられる。
 お尋ねの「高圧送電鉄塔が倒壊した事故が原発で発生した例」の意味するところが必ずしも明らかではないが、原子炉施設に接続している送電鉄塔が倒壊した事故としては、平成十七年四月一日に石川県羽咋市において、北陸電力株式会社志賀原子力発電所等に接続している能登幹線の送電鉄塔の一基が、地滑りにより倒壊した例がある。
一の2について
 落雷による送電線の事故により原子炉が緊急停止した実例のうち最近のものを挙げれば、平成十五年十二月十九日に、日本原子力発電株式会社敦賀発電所一号炉の原子炉が自動停止した事例がある。
一の3について
 我が国において、非常用ディーゼル発電機のトラブルにより原子炉が停止した事例はなく、また、必要な電源が確保できずに冷却機能が失われた事例はない
一の4について
 スウェーデンのフォルスマルク発電所一号炉においては、平成十八年七月二十五日十三時十九分(現地時間)ころに、保守作業中の誤操作により発電機が送電線から切り離され、電力を供給できなくなった後、他の外部電源に切り替えられなかった上、バッテリーの保護装置が誤設定により作動したことから、当該保護装置に接続する四台の非常用ディーゼル発電機のうち二台が自動起動しなかったものと承知している。
一の5について
 我が国において運転中の五十五の原子炉施設のうち、非常用ディーゼル発電機を二台有するものは三十三であるが、我が国の原子炉施設においては、外部電源に接続される回線、非常用ディーゼル発電機及び蓄電池がそれぞれ複数設けられている。
 また、我が国の原子炉施設は、フォルスマルク発電所一号炉とは異なる設計となっていることなどから、同発電所一号炉の事案と同様の事態が発生するとは考えられない
一の6について
 地震、津波等の自然災害への対策を含めた原子炉の安全性については、原子炉の設置又は変更の許可の申請ごとに、「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」(平成二年八月三十日原子力安全委員会決定)等に基づき経済産業省が審査し、その審査の妥当性について原子力安全委員会が確認しているものであり、御指摘のような事態が生じないように安全の確保に万全を期しているところである
一の7について
 経済産業省としては、お尋ねの評価は行っておらず、原子炉の冷却ができない事態が生じないように安全の確保に万全を期しているところである
一の8について
 原子炉施設の安全を図る上で重要な設備については、法令に基づく審査、検査等を厳正に行っているところであり、こうした取組を通じ、今後とも原子力の安全確保に万全を期してまいりたい。
二の1について
 経済産業省としては、お尋ねの評価は行っておらず、原子炉の冷却ができない事態が生じないように安全の確保に万全を期しているところである
二の2について
 原子炉内の燃料の沸騰遷移の安全性に係る評価については、平成十八年五月十九日に原子力安全委員会原子力安全基準・指針専門部会が、各種の実験結果等を踏まえ、「沸騰遷移後燃料健全性評価分科会報告書」(以下「報告書」という。)を取りまとめ、原子力安全委員会が同年六月二十九日にこれを了承している
 また、一時的な沸騰遷移の発生を許容する原子炉の設置許可の申請については、報告書を含む原子力安全委員会の各種指針類等に基づき審査し、安全性を確認することとしている
二の3について
 政府として、諸外国における原子炉内の燃料の沸騰遷移に係る取扱いについて必ずしも詳細には把握していないが、報告書においては、米国原子力規制委員会(NRC)による改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)の安全評価書の中で一定の条件下の沸騰遷移においては燃料棒の健全性が保たれるとされている旨が記載されており、また、ドイツでは電力会社等により沸騰遷移を許容するための判断基準についての技術提案が行われている旨が記載されている。
二の4について
 東京電力株式会社東通原子力発電所に係る原子炉の設置許可の申請書においては、報告書に記載された沸騰遷移後の燃料健全性の判断基準に照らし、一時的な沸騰遷移の発生を許容する設計となっていると承知している。
二の5について
 東京電力株式会社東通原子力発電所に係る原子炉施設の安全性については、報告書を含む各種指針類等に基づき審査しているところである。
三の1及び2について
 お尋ねについては、調査、整理等の作業が膨大なものになることから、お答えすることは困難である。なお、経済産業省においては、現在、一般電気事業者、日本原子力発電株式会社及び電源開発株式会社に対し、水力発電設備、火力発電設備及び原子力発電設備についてデータ改ざん、必要な手続の不備等がないかどうかについて点検を行うことを求めている。
三の3について
 事業者は、保安規定の遵守状況について国が定期に行う検査を受けなければならないとされているところ、平成十五年に、事業者が保安規定において定めるべき事項として、品質保証を法令上明確に位置付けたところである。
 御指摘の「データ測定」の内容は様々なものがあり、一概にお答えすることは困難であるが、例えば、電気事業法(昭和三十九年法律第百七十号)第五十四条に基づく定期検査にあっては、定期検査を受ける者が行う定期事業者検査に電気工作物検査官が立ち会い、又はその定期事業者検査の記録を確認することとされている。
 御指摘の「長期にわたって見逃してきた」の意味するところが必ずしも明らかではないことから、お答えすることは困難であるが、原子炉施設の安全を図る上で重要な設備については、法令に基づく審査、検査等を厳正に行っているところであり、こうした取組を通じ、今後とも原子力の安全確保に万全を期してまいりたい。

診療報酬実質切り下げ 

診療報酬は0.1%の上げであるが、消費税増税分を考えると、大幅な切り下げである。

そう、医療機関は消費税を患者には転嫁できないのだ。医療機関が、消費税分を被っているのだ

これは税の公平な負担の観点から可笑しな話しである。特に、院内調剤を行っている医療機関にとっては、かなりの痛手になるはずだ。

今回の税制改正・予算編成で、大企業を中心として企業には大きな優遇、そして個人と医療機関のような政治力がないところには大きな負担がかけられることになった。

企業優遇としては;
〇3兆円以上の景気刺激策。主に新薬開発を行う製薬企業等に対して、行われる。
〇交際費(それも飲食関係のみ)の非課税枠拡大。上限なし。
〇復興増税の前倒しの廃止。
等々

個人への増税としては;
〇消費税増税、食料等の非課税はどうもやる気がないらしい。
〇軽自動車税50%増税
〇年収1200万円以上の所得控除縮小、再来年だったかこれが1000万円以上の層になるらしい、
等々

一方、復興のための公務員給与削減を中止。公共事業・防衛予算の拡充が目につく。

私は、基本的に増税は不可避であろうと思っているのだが、それは高齢化社会への対処、労働世代への社会保障拡充と、国の借金の返済に充てるべきだと思っている。それが、減少し続ける「需要」の回復、ないし更なる需要減の速度を落とすことに帰すると思うからだ。しかし、実際の施策は、真逆の方向だ。国民に負担をかけぬために診療報酬を切り下げる、というが、それも需要を落とす方向に働くのではなかろうか。診療報酬は、医師や経営者の収入に直接なるわけではない。医療従事者への給与にもなるし、さまざまな波及効果がある。現政権の方針は、医療社会福祉の充実はしない、ということを宣言しているようなものだ。

いつも診療報酬決定のニュースを待つのは、自分で仕事をしているころはハラハラしたものだったが、今は遠くにいて、為政者の意図を冷静に読むことができる。仕事から離れた大きなメリットかもしれない。

救急医療、へき地医療、採算の取れぬ医療分野等から、また崩壊が進むことだろう。

クリスマス 

今年の1月まで、ピアノトリオをご一緒させて頂いたバイオリンのTさんから歳暮の品と、あたたかなメールが届いた。いろいろとあって、ご無沙汰を続けていたのだが、忘れずにいてくださって、また一緒にアンサンブルをしましょうと言ってくださる。不覚にも涙がこぼれた。

以来、音階練習、バッハの無伴奏の練習とともに、またメンデルスゾーンのピアノトリオの練習を始めた。何度となく弾いた曲だが、やはり難しい。譜面づらはそうでもないのだが、3拍子系は苦手だ。でも、良い機会なので、メトロノームをかけて、ゆっくりと再びさらっている。来年早々にも、またピアノトリオに復帰できることを祈念しながら。

サンノゼの旧友、Bob W6CYX、彼にも義理の妹さんの病気やら、自身の白内障の手術等があって、いろいろと心労が絶えぬようで、最近あまり無線で聴くことがなかった。数日前に数週間ぶりに7メガで呼んでくださった。彼の悩みの一端を聞かせて頂いた。夜眠れぬこともあるらしい。淡野弓子氏の書かれた「バッハの秘密」という本を読み、バッハも波風の多い人生を送ったこと、最終的に、この世のしがらみを離れ、ユニバーサルな音楽に沈潜し、あの畢竟の名作、ロ短調ミサを作曲したこと、彼はすでによく知っていることだったが、改めて感動したことを伝えた。彼の奥様が、クリスマスプレゼントにバッハの伝記を準備してくださって、クリスマスツリーの下に置いてあるとのことだ。それを読んでみようと、Bob。ぴったりの偶然だ。いつも友人でいてくれることに感謝すると過分の言葉を頂いた。

クリスマスの祝祭に湧く巷とは程遠く、さまざまな苦難と苦痛に苛まれている方々がいることを改めて思う。そうした方々に、ひと時であろうと慰めと休息の時間がありますようにと願わずにいられない。

CW Freaks ML 移動 新規参加者募集 

昨年11月に立ち上げた、CW Freaks というML、1年とちょっと続けてきましたが、Yahoo groupがサービスを来春中止するとのことで、Google groupへ移動することに決めました。

で、新規に参加者を募ることにしました。

内容はCW・無線に関することだけでなく、何でもありです。参加される方は、ROMなさるだけでなく積極的に議論や、やりとりに参加されることを期待します。のんびり、和気あいあいのMLになることでしょう。行く行くは、門戸を海外にも広げて、と考えています。でも、日本語だけでもOKです。

参加ご希望の方は、私の方にメールか、このポストへのコメントとして、招待状の送り先のアドレスをお知らせください。コメントは、私だけに読める形にされると良いと思います。

特定秘密保護法の後に来るもの 

政府は、特定秘密保護法を成立させたことを受け、集団的自衛権の行使に突き進むようだ。それに際して、この法律が必要だったのだろう。自衛隊に米軍と共同して戦闘に当たらせ、その「集団的自衛権」発動についての情報が国民に知られぬようにすることが、主な目的なのではないだろうか。

この集団的自衛権は、米軍の世界戦略に沿って全世界に及ぶもので、米国が自らの覇権を及ぼそうとする地域をカバーする。日本が、テロリズムの直接の標的になることになる。また、国防という名の米国世界戦略に加担するための更なるコスト、それに人命が、失われることになる。テロリズムというのは、一つの国家や体制ではない。ブッシュ(子)が指示したような悪の枢軸のような単純な構造ではない。西欧社会でのマイノリティへの差別、イスラム国家での富の偏在等によって生じた、国境を越えた過激主義が、テロリズムなのだろう。国家間の戦争では解決しない。むしろ、そうした戦争がテロリズムの拡大を招く。

こうやって現憲法の平和主義と基本的人権があっさり取り払われようかという時に、そのあとにくる国家体制と国家防衛の在り方が明らかにされていない。これまでの国の方向性を変えるのであれば、その先に何が来るのかを明らかにする必要がある。しかし、少なくとも安倍政権は、その点については何も語っていない。

裃の下の鎧 

裃の下の鎧なのだろう。本音がちらりと出てくる。

政権与党の幹事長たるもの、もし法律を理解しないで、こんなことを言っているとしたら、失言では済ませられない。そんなことはないと、信じたい・・・だが、そうではないとすると、それはそれで困ったことだ。

マスコミを含めて、国民にとっては、何が特定秘密かわからない。特定秘密報道が処罰されることになると、報道は委縮するだろう。それを、彼らは狙っているとしか考えられない。


以下、引用:

自民・石破幹事長、特定秘密の報道「抑制すべきだ」
2013年12月11日20時28分

 自民党の石破茂幹事長は11日、日本記者クラブで会見し、特定秘密保護法で指定された秘密を報道機関が報じることについて「何らかの方法で抑制されることになると思う」と述べた。具体的な方法には触れなかったが、特定秘密に関する報道は規制する必要があるとの考えを示したものだ。

 さらに、石破氏は秘密を報道した場合について「最終的には司法の判断だ」と発言。処罰の対象になり得るとの見方を示した。

 しかし、秘密法は「国民の知る権利の保障に資する報道又(また)は取材の自由に十分に配慮しなければならない」と明記。正当な取材で秘密を入手した場合は処罰の対象にならず、秘密を報じた場合の罰則規定もない。そもそも公務員らが「これは秘密だ」と言わない限り、報道する内容が秘密かどうかさえ知ることはできない。

 石破氏は約2時間後、自民党本部で記者団に「(秘密を)漏洩(ろうえい)した公務員は罰せられるが、報道した当事者は処罰の対象にならないということだった」と訂正した。秘密に関する報道についても「抑制を求めたものではない」と釈明した。


立憲主義への挑戦 

特定秘密保護法は、国民の基本的人権への挑戦であるという点で、自民党が推し進めようとする、憲法改正につながっている。

権力を常に監視し、その力を逸脱して用いることがないようにしなければならない、というのが立憲主義の基本的思想なのだ。

また、立憲主義は、異なる世界観・価値観が並立する社会にあって、争いが生じ、社会が成立しがたくなることを防ぐために生まれた知恵という側面もある。

自公政権は、こうした立憲主義を否定する立場に立っている。

医師も、自らの職業の場で、その立憲主義への挑戦を肌身で感じさせられることになる。

以下、小松秀樹氏がMRICに投稿された文章を引用する。この文章は、特定秘密保護法が成立する前に書かれたものなので、同「法案」と記載されている。成立してしまった今でも(今だからこそ)、内容は我々に痛切に問いかけ、問題を指摘するものになっている。




特定秘密保護法案:医師に情報回答義務はあるのか

小松 秀樹

2013年12月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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●報道
2013年12月3日の毎日新聞は、「特定秘密を取り扱う公務員らに対する適正評価について、行政機関から照会を受けた病院は回答義務が生じるとの見解」を政府が示したと報じました。

「内閣官房の鈴木良之内閣審議官が参院国家安全保障特別委員会での法案審議で『照会を受けた団体は回答義務がある』と述べた。共産党の仁比聡平氏が『病院に調査があったときに回答を拒むことはできるか』とただしたことへの答弁。仁比氏は『患者は主治医を信頼して話せなくなる』と指摘した。法案の12条4項は、特定秘密を扱う公務員らが適任者か判断するため、『公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる』と規定しているが、病院などの団体側については義務規定がない。鈴木氏の答弁は、政府がこの条文を事実上の『義務規定』とみなし、医師らに情報提供を強要する可能性があることを認めたものだ。」

●ジュネーブ宣言
第二次世界大戦中、医師が、国家の命令で戦争犯罪に加担したことがあります。ドイツではこのような医師たちの行為は法律に則っていましたが、ニュルンベルグ継続裁判で起訴され、23人中、16人が有罪になり、7人が処刑されました。断わっておきますが、この裁判自体、戦勝国が正義を敗戦国に押し付けたもので、手続き上、公平なものではありませんでした。新しく作成した規範に従って、過去の行為を裁くもので、大陸法の原則に反していました。

第二次大戦後、医療倫理についてさまざまな議論が積み重ねられ、医療における正しさを、国家が決めるべきでないという合意が世界に広まりました。国家に脅迫されても患者を害するなというのが、ニュルンベルグ綱領やジュネーブ宣言の命ずるところです。これは行政上の常識にもなっているはずです。ナチス・ドイツでは、国の暴走に医師が加わることで、犠牲者数が膨大になりました。医療における正しさの判断を、国ではなく、個々の医師に委ねなければ、悲劇の再発は防げません。これは日本の医師の間でも広く認識されています。例えば、虎の門病院で2003年に制定された『医師のための入院診療基本指針』の第1項目では、「医師の医療上の判断は命令や強制ではなく、自らの知識と良心に基づく。したがって、医師の医療における言葉と行動には常に個人的責任を伴う。」と定められています。

下に示すジュネーブ宣言は、世界医師会の医の倫理に関する規定です。臨床試験についての規範を定めたヘルシンキ宣言などとともに、日本を含む多くの国で、実質的に国内法の上位規範として機能しています。ジュネーブ宣言は、医師に徹底して患者の側に立つことを求めます。その責任主体は、主語が示すように、「私」です。政府の求めるままに個人情報を報告すれば、患者個人の自由が奪われます。

ジュネーブ宣言(2006年版全文。翻訳はウィキペディアより引用)
・私は、人類への貢献に自らの人生を捧げることを厳粛に誓う。
・私は、私の恩師たちへ、彼らが当然受くべき尊敬と感謝の念を捧げる。
・私は、良心と尊厳とをもって、自らの職務を実践する。
・私は患者の健康を、私の第一の関心事項とする。
・私は、例え患者が亡くなった後であろうと、信頼され打ち明けられた秘密を尊重する。
・私は、全身全霊をかけて、医療専門職の名誉と高貴なる伝統を堅持する。
・私の同僚たちを、私の兄弟姉妹とする。
・私は、年齢、疾患や障害、信条、民族的起源、性別、国籍、所属政治団体、人種、性的指向、社会的地位、その他いかなる他の要因の斟酌であっても、私の職務と私の患者との間に干渉することを許さない。
・私は、人命を最大限尊重し続ける。
・私は、たとえ脅迫の下であっても、人権や市民の自由を侵害するために私の医学的知識を使用しない。
・私は、自由意思のもと私の名誉をかけて、厳粛にこれらのことを誓約する。

ジュネーブ宣言は歴史的経験に基づいています。「たとえ脅迫の下にあっても」という文言の脅迫する側には、国家も当然含まれます。

●立憲主義
法律案は憲法に抵触する可能性があります。憲法は、神棚に飾っておくものではなく、健全な政治を維持するための実用的な道具です。日本国憲法の基本価値は「個人の尊厳」であり、立憲主義によってこれを実現します。立憲主義とは、憲法によって国家権力を制限し、個人の自由を守ることを意味します。権力は自らの権力を大きくしたがり、放置すれば個人を押しつぶすことになるというのが立憲主義の前提です。国家を縛るものがなければ、個人の自由を守ることはできません。憲法が国家を縛り、法律が国民を縛るというのが、近代国家の基本的な形です。

トーマス・ジェファーソンは、アメリカ合衆国の独立宣言の起草者であり、第3代大統領です。近代立憲主義の生みの親の一人です。J. F. ケネディ大統領が、最も尊敬した先輩大統領として知られています。ジェファーソンは、「信頼はいつも専制の親である。自由な政府は信頼ではなく、猜疑にもとづいて建設せられる。われわれが権力を信託するを要する人々を、制限政体によって拘束するのは、信頼ではなく猜疑に由来するのである。わが連邦憲法は、したがって、われわれの信頼の限界を確定したものにすぎない」(清宮四郎『法律学全集3 憲法1 第3版』有斐閣)と憲法の意義を要約しました。

個人の自由を制限できるのは、別の個人の自由と衝突した場合だけだというのが、近代以後の世界的合意です。

第二次大戦中の1942年、ウェストバージニア州教育委員会は、国旗敬礼、宣誓を公立学校の正規の教育課程の一部とし、すべての教師・生徒に敬礼儀式に参加することを義務付ける決議を採択しました。「エホバの証人」の信者であるバーネット家の姉妹は、敬礼を拒否したため退学処分になりました。
1943年、連邦最高裁判所は、教育委員会の処分が、憲法が定めた権限を超えるものであるとしました。これは、合衆国史上最も有名な判決として知られています。
判決の第一の理由は、国旗敬礼を拒否する自由は、他のいかなる個人の権利とも衝突せず、唯一の衝突は行政権力と個人の権利との間にあることでした。

国家の安全のために秘密にすべきものがあるのは当然だと思います。しかし、行政から独立したチェックがないまま、行政が特定秘密を指定すれば、行政の都合の悪いものが秘密とされ、個人の自由と衝突するものが、別の個人の自由というより、むしろ、行政権力になってしまいます。

日本国憲法は、人権制限の根拠として、「公共の福祉」という言葉を使っています。高橋和之氏は、「憲法が個人の尊厳を基本原理とする以上、公共の福祉を全体主義的な思想を基礎にした『全体の利益』という意味に解することが許されないのは言うまでもない」「『公共の福祉』とは、すべての個人に等しく人権を保障するために必要な措置を意味する」(『立憲主義と日本国憲法』東大出版会)としています。

法律で照会できると規定されていても、漫然と回答することが許されるわけではありません。弁護士法23条の2は、弁護士会が弁護士の求めに応じて、「公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる」としています。犯罪歴を報告したことが、最高裁で、過失による違法な公権力の行使にあたると判断された事件がありました。解雇事件を会社側から受任した弁護士の求めに応じて、弁護士会が「中央労働委員会、京都地方裁判所に提出するため」として、京都市の区長に係争相手の前歴を照会しました。区長が前科を報告したところ、会社側が前科を公表し、経歴詐称を理由に予備的解雇としました。犯罪歴は個人のプライバシーでも最も重要なものであり、みだりに公開すべきものではありません。報告することが必ずしも必要だったわけではないとして、違法とされました。

法案が成立した場合、司法はどのように関与できるでしょうか。医師が回答を拒否した場合、罰則があれば、司法に持ち込まれる契機になりますが、罰則はついていません。あいまいな強制力で争点を生じさせないようにすれば、司法の場に持ち込まれにくくなります。適正評価の対象となっている個人が、医師や医療機関を訴えることは考えられません。勝訴することが、本人のメリットにつながらないからです。

三権分立は権力の暴走を防ぐための仕組みであり、健全な国家運営に必要なものです。照会・回答は、人権に関わる問題であり、司法による判断が重要な領域です。司法をできるだけ排除しようという意図があるとすれば、危険だと言わざるをえません。

前記、毎日新聞の記事によると、国連のピレイ人権高等弁務官が秘密保護法案について「『秘密』の定義が十分明確ではなく、政府が不都合な情報を秘密扱いする可能性がある」と懸念を表明しました。「ピレイ氏は『日本の憲法や国際人権法が定める情報へのアクセス権や表現の自由に対する適切な保護規定を設けずに、法整備を急ぐべきではない』と指摘」しました。この内政干渉ともいえる異例の発言は、この法律案が近代憲法を支える世界共通の合理性と矛盾する可能性があるからだと想像します。

国際的な拡がりのある疑念を押し切って法案を成立させれば、特殊な国家とみなされ、国益を損ねかねません。慎重に審議を尽くして、適切な修正を加え、疑念を払拭する必要があると思います。

超党派国会議員団の皆様が、これから海外で勉強するそうで・・・ 

国家機密は、国民の基本的人権と、常に緊張関係にある。片一方を重視すれば、もう片一方がおろそかになるからだ。特に、国家権力を背景にした国家機密の優先が、基本的人権を損なう危険性が高い。だから、特定秘密保護法では、行政から独立した第三者機関の設置が重要な要素になるわけだ。

ところが、今回1か月で大慌てで作られた特定秘密保護法では、第三者機関についての定めが何もなかった。参議院で可決成立する前日に、安倍首相が第三者機関とは名ばかりの行政自身によるチェック機構の「名称」を挙げたに過ぎない。まさに取ってつけた付け焼き刃である。

独立第三者機関の実情を調査に、超党派の議員が海外視察に出かけるらしい。立法府の貧困ここに極まれり、だ。こんな不完全な法律を通しておいて、これから本質的に重要な第三者機関を調査するとは、小学生の夏休みの宿題ではあるまいに、あまりにお粗末。公安警察の捜査が暴走する可能性を生じさせる、この法律をまずは廃案にし、一から出直すべきなのではないか。

国会議員達が、まともな仕事をしていない。

以下、引用~~~

「秘密保護法」公布 与野党議員これから海外視察のデタラメ

2013年12月14日(土)10時26分配信 日刊ゲンダイ


 希代の悪法「特定秘密保護法」が13日、公布された。日本の民主主義は、もうオシマイだ。


 ふざけているのは、今ごろになって国会が「秘密保護法」をどう運用すべきか、第三者機関をどう設立すべきか、バタバタと動き出していることだ。海外の状況について、これから超党派議員でノコノコ視察に出掛けるというから呆れるばかりだ。


「自民、公明、民主、維新、みんなの与野党5党の超党派議員団で、来年1月12~19日に米英独の3カ国を訪問し、各国の監視機関の仕組みを視察する予定です。しかし、本来は法案可決前に視察するべきでしょう。国民の6~7割が反対した重要法案なのだから、あらかじめ他国の状況ぐらい情報収集して把握しておくべき。この法律がいかに“欠陥品”なのかという証左ですよ」(永田町事情通)


 超党派議員の派遣について逢沢一郎・衆院議院運営委員長は、日刊ゲンダイ本紙の取材に対して「具体的な日程は今後詰めると思うが、各国の運用の在り方をしっかりと見てきてほしいし、また、そうでなくてはならないと思っている」と話した。要するに、国会議員も「特定秘密保護法」について、ほとんど把握していないのだ。


 しかし、法律が成立した後に海外の状況を調べてどうするのか、税金を使って与野党議員が物見遊山するだけじゃないか。何だか釈然としない話だ。

(日刊ゲンダイ2013年12月13日掲載)

Romeo、貴方はなぜ・・・ 

1990年前後、アジア・アフリカを渡り歩き、ニューワンをDXer達に与えたRomeoが、下記の通り、ネット犯罪を起こし、米国で18年の刑を言い渡されたと報じられている。

http://www.justice.gov/usao/nye/pr/2013/2013dec12.html

P5RS7とかいうへんてこりんなコールで北朝鮮から出たと彼が主張した際、その真偽が問題となり、その後彼の活動は下火になったのではなかったか。

彼の犯罪で、DXing自体の評価が変わることはないのかもしれない。でも、アマチュア無線等意味を持たない島々や国々にでかけて、やれニューワンだ、何だとやることにどれだけの意味があるのか、と改めて考えてしまう。

当時は、私も熱に浮かされたように、DXに狂っていたので、当事者でもあるわけだが・・・。

他人のサイフ、だれが小さく見せようとしたのかな 

他人のサイフを覗きこみたいとは思わないのだが、これは、官僚が情報を操作しようとしたのか、それともマスコミと共謀しているのか、マスコミがうかつだったのか・・・。「それは公表していません」と、公務員全体のボーナス平均額を出さないところをみると、やはり行政に、情報を操作する意図があったと考えるべきなのだろう。

行政のこうしたデータでは、いつもうさん臭さがつきまとう。ある集団のデータだと公表される。しかし、その集団が母集団から逸脱して人為的に選び出された集団ではないか、ということがよくあるのだ。医療現場にいて、そうしたことがよくあった。行政は、こうしたデータ操作によって、世論を誘導しようというわけだ。データをとった集団の詳細は明かさない。こうした行政の特性が、国民の知る権利を侵しているということが問題だ。これが、行政のあらゆるところで行われるようになると、国の行く末を誤らせる。

それにしても、豪勢なボーナス。国・地方の財政赤字の状態を考えて、これってどうなのだろうか・・・とついつい他人のサイフを覗きこんでしまう・・・。


以下、引用~~~

「平均57万円」はウソ 公務員“ボーナス操作”のカラクリ

2013年12月12日(木)10時26分配信 日刊ゲンダイ


 10日、国家公務員に冬のボーナスが支給された。テレビや大新聞は平均支給額57万1800円と報じたが、騙されてはいけない。実際はもっとたくさんもらっている。


 テレビや大新聞の情報は、総務省の記者発表資料をそのまま写しただけなのだ。よく読むと「管理職を除く」平均だと書いてある。これが騙しのカラクリだ。というのも、公務員は民間と違い、年功序列で誰でも昇進できるので、管理職の人数が民間ではありえないほどに多いのだ。ナント、公務員の半数以上が「管理職」である。


 総務省に聞くと、しぶしぶ認めた。

「今回公表したのは、行政職の係長以下の職員の平均額です。人数は、わかりません」(総務省人事・恩給局)


 行政職とは“手当の多い”税務署員や刑務官などを除く事務職で、国家公務員一般職26万人のうちの約14万人である。人事院に聞くと、内訳は係長以下が7万1311人に対し、「管理職以上」は7万3149人もいる。


 では、国家公務員全体の実際の平均支給額はいくらなのだろうか。

「それは公表していません」と、あくまで隠したがる総務省に代わり、計算してみた。


■本当は80万円超


 一般職の平均月給は、人事院によれば、42.8歳、40万7994円という(住居手当、残業代を除く)。これに公表された掛け率1.823をかけると平均額は74万3773円にハネ上がる。さらに、管理職は全員1~2割、割り増しされるため、本当の公務員のボーナス平均額は80万円超となる。


 民間はどうかというと、昨冬の平均は54万1582円だった(厚生労働省調査)。ボーナスのない会社や雇用形態も増える中、これはもらえた人の平均である。従業員5000人以上の大企業でも平均71万5034円だ。公務員はやはり恵まれている。


 10日は政治家にもボーナスが支給された。

 安倍首相は371万円。これが最高かというとそうではない。首相よりも衆・参両議長の方が高くて390万円。首相は最高裁判所長官と同額。大臣は309万円、議員は233万円だった。

(ジャーナリスト・若林亜紀)

(日刊ゲンダイ2013年12月11日掲載)

猪瀬都知事への追及について 

猪瀬東京都知事が、副知事時代、知事選直前に徳洲会から5000万円をもらったことで、追及されている。それについては、すぐに結果が出るだろう。

だが、(ネット上でその意見を読んだのだが)、選挙から9カ月もたって検察が動き出したのは、何か腑に落ちない。選挙違反の可能性があるなら(実際、猪瀬都知事が徳洲会から金を受け取っていたという噂は以前からあったらしい)、検察はすぐに動くべきだったのだ。

ここにきて徳洲会の政治献金問題が俎上に上げられたのは、猪瀬都知事を、「現時点で」失脚させるという国の方針によるのではないか、という推測がある。国と都知事が法人税の地方への再分配をめぐって、争っているからである。大いにありうることだ。

猪瀬都知事が、この件を何とかやり過ごせたとしても、彼の政治家生命は終わりだろう。行政、特に財務省と政府は、こんな仕掛けをかけることは十分考えられる。良く覚えておくべきは、当局はこうした恣意的な行政を行う、ということだ。その意図、背後で行われた操作は、決して表には出てこない。特定秘密保護法の存在理由は、こんなところにもある。

猪瀬都知事に追及がこのように及ぶのであれば、他にも追及されてしかるべき、より巨悪の政治家がいる。そこにまで操作が及ばないとすると、猪瀬都知事を失脚させるために行われた恣意的な捜査であったと結論付けられるのではないだろうか。

ラーメン 

日中一人で生活していると、昼食をありあわせのもので、いい加減に摂ってしまうこと多い。それではいかん、ということで、ラーメンを作ることにした。同じジャンクフードじゃないかという突っ込みは甘んじて受ける。

最近のラーメンは、麺が格段に進歩していて、生麺に近い食感になっている。だが、問題は、高ナトリウム、高カロリーである。その対策として、野菜を麺と同じくらいの量いれる。スープはのまない、ということにしている。これで塩分の6,7割は減らせる・・・かな。麺に絡んでいるスープで大分スープ成分も摂ることになるから、少し楽観的すぎるかもしれない。

野菜は、キャベツ、ホウレンソウ、ニンジン。ホウレンソウは、自家製である。寒さによって、葉の厚みが増し、甘くなった(はず)。キャベツがほんのり甘く、絶妙の味。野菜を取ることによって、満腹感が得られ、それが持続する。ハムは、頂き物。

まぁ、しかし、毎日これを摂るのはリスクがあるな・・・。

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特定秘密保護法 1年以内に施行 

秘密基準を策定しようが、特定秘密の妥当性をチェックするといおうが、すべて密室内で行われ、密室内で処理される。国民を処罰対象にするのは間違いだ。情報公開を徹底しないで、秘密保護に厳罰を導入するのも間違い。

この法案成立に対する海外の反応、喜んでいるのは唯一、米国だという。ほかの国のメディアは、憂慮を表明している、とのこと。この法律が何のために作られたのかは、押して知るべしである。

安倍首相、説明が足りなかったというが、自民党公約になく、首相表明演説での表明されなかった、本法律を1カ月程度で成立させたことの反省がない。安倍首相が述べるような、国民が誤解ではない。国の形を決める、こうした重要法案を決めるにはあまりに拙速だ。

将来を生きるお子さんをお持ちの方々、この法律が国の形を決める、お子さん方がこの法律によって縛られ、血を流すことを強制されることを忘れないで頂きたい。この法律の廃止に向けた運動がどうしても必要だ。


以下、引用~~~

13日に秘密保護法公布

2013年12月10日(火)12時14分配信 共同通信

 政府は10日午前の閣議で、機密漏えいに厳罰を科す特定秘密保護法を13日に公布することを決定した。施行日は公布の日から1年を超えない範囲内で定めると規定されている。安倍晋三首相は閣議に先立つ自民党役員会で、法成立後の内閣支持率低下を踏まえ「世論が厳しいことは認識している。しっかり説明して誤解を解きたい」と述べた。

 13日の公布を受け、政府は秘密指定の統一基準を策定する「情報保全諮問会議」や、秘密指定の妥当性をチェックする「保全監視委員会」の設置準備に取りかかる。

大企業接待費用の半分を非課税にするそうだ 

接待で景気浮揚を狙うそうだ。

社会保障費は削り、一方消費税増税、軽自動車税等も増税である。企業に対する大震災復興増税の前倒しの廃止も打ち出されている。

増税は必須だ。しかし、増税した金の使い方が間違っているのではないか。自公民政権、ちょっと道を誤っていないか。交際費の非課税化が、景気対策という時点で、アベノミクスの行く末は想像てきようというものだ。

大企業の接待相手は、一体誰なのだろうか・・・


以下引用~~~

読売新聞 12月8日(日)3時1分配信

 政府・与党は、大企業が取引先の接待などに使う交際費の一部を税務上の損金(経費)として認め、非課税とする制度の概要を固めた。

 経費扱いできる交際費を支出額の50%まで認め、上限額は設けない。交際費の経費算入を一部認められている中小企業が大企業と同じ制度を選べるようにすることも検討する。企業が交際費を使いやすくし、来年4月の消費税増税による景気の落ち込みを防ぐ。〉

 新制度は、交際費の経費扱いが認められていない資本金1億円超の大企業が対象となる。交際費を年間1億円使えば、5000万円まで経費と認められる。

 その分、法人税の課税対象額が少なくなり、企業にとっては減税になる。経費処理できる交際費は、原則として飲食接待費に限る方向で検討する。来年4月から2~3年間の時限措置として実施する方針だ。

『金融緩和の罠』萱野稔人編 集英社新書 

上記の本を読んだ。萱野氏が、藻谷浩介、河野龍太郎、小野善康の三氏にインタビューした内容を書き起こしたものだ。

結論から言えば、現在進行中のアベノミクスというマネタリスト的政策の批判、これからの見通しを述べたものである。現在の政策は、通貨供給を増やすことによって、「デフレ」を克服するという政策だ。それでは、結果として長期金利を上昇させ、コントロール不能のインフレないしスタグフレーションをもたらすというのが、上記三者の見解である。

藻谷・河野両氏は、人口動態、とくに生産年齢人口の減少が、現在の不況をもたらしている、と論じる。一方、小野氏は、モノではなく、金そのものを人々が求めることが、現在の金が回らなくなっている理由だと説明する。いずれにせよ、単純化された仮定のもとに組み立てられた現在のマクロ経済学では、現実を把握できないし、その解決への処方を誤る、と述べている。

結局のところ、アベノミクスなるものは、日銀に国債を買い入れさせ、資金を市場にじゃぶじゃぶと流し込む政策だ。それ自体では、何も価値を生まない。むしろ、近い将来、円と国債の信任が市場で喪失され、国債価格の急落を招き、日本経済がマヒする事態になることを、三者ともに述べている。

過去のバブルでの教訓は、彼らが指摘することだったのではなかろうか。量的緩和は、金融システムに収縮が起きた時に、一時的な療法としては意味がある。が、それ自体は、経済活動を永続的に活性化することはないのだ。日本では過去20年間以上低金利政策がとられ、量的緩和も小泉内閣時代、さらに今度のアベノミクスで盛大に行われている。それで解決しないのだ。再びバブルを生み出し、それが破裂することで、さらなる経済的な混乱を生じうる。2008年のバブル崩壊では、金融システム自体の根本的な信用収縮が起きた。それをようやく克服しかけたところで、この量的緩和だ。次のバブル崩壊では、我々はさらに酷い状況に陥ることだろう。

この本は学問的に述べたものではないか、各氏の見解が分かりやすく述べられている。お読みになることをお勧めしたい。

特定秘密保護法 第二十五条 

特定秘密保護法は、公務員が特定秘密をもらした時に、公務員を罰する法律だと思い込んでいる方が結構いるようだ。関係するマスコミが騒いでいるだけなんじゃないか、という声もしばしば耳にする。

それは誤りである。公務員の特定秘密漏えいの罰則を規定する二十三条に引き続いて、次のような条文がある。

第二十五条 第二十三条第一項又は前条第一項に規定する行為の遂行を共謀し、教唆し、又は煽動した者は、五年以下の懲役に処する。

この条文の対象は、国民全体である。公務員だけを対象にした法律ではない。教唆・煽動は、国民が行政に対して、情報を出すように求めただけで、成立すると担当の森大臣が、参議院委員会の質疑で述べていた。

この特定秘密は、その内容はおろか、何が特定秘密に指定されているかも、国民には知らされない。特定秘密は、行政が決め、30年未満であれば、資料を廃棄することもできる、という。特定秘密の決め方、運用を監視する組織は、行政自体に行わせるという。

行政に対して、何事かを明らかにするように述べることができなくなる、ということだ。拡大解釈されれば、政治的な主張、権力を批判する言動が取り締まりの対象になりうる。「未遂」も処罰される。

これは民主主義への挑戦でなくて何だろうか。我々の次の世代に、この国を残す時に、これではいけない。

人生とは・・・ 

9年前に亡くなった父親。晩年は、私から見ると頑迷になり、私とはあまり上手くいっていなかった。晩年の数年間は病気がちになっていた。最後の入院になったときにも、見舞いに行くと、私には何か強く当たるような対応だった。そして、「これから、泣くんじゃないぞ。」と唐突に私に言った。決して笑顔ではなく、何か強い思いを込めた言葉だった。その意味がよく分からなかった。

今でも、彼の真意は分からない。だが、歳のせいもあるのか、涙もろくなっている自分を時に見出し、彼のその言葉を改めて思い起こす。私が幼かった頃、泣きべそであったのを思い出したのだろうか。それとも、人生のこの時期になって、涙とともに歩むようなことになるのを、自らの人生から知り、それで忠告したのだろうか。

モツレクのLacrimosaを、そしてマタイの終曲を、涙なく聴けぬように、人生は、耐えがたいことの多いものだ。それを父は語っていたのだろうか。今となっては、その真意を尋ねることはできない。人生の先に歩む者として、人生とはそういうものだと言いたかったのだろうか。それを時々思い起こす。

米国でガンにかかると 続き 

先日のポストでご紹介した方のご家族から続報・・・政府の医療費援助をようやく受けられるような手はずをようやく整えたのだが、政府の支払う医療費ですぐに治療をしてくれる施設がない、とのこと。数カ月待ちらしい。数か月待っていたら、病状が進行してしまう、と嘆いておられた。一頃の英国(今はどうなのか知らない)の状況と同じらしい。恐らく、治療費が安いために、多くの医療機関は政府の医療費支払いを受け付けないのだろう。

医療を受ける必要のある方は、多くの場合社会的な弱者、したがって公的な医療費支援を行う、というのが、わが国の医療行政であった。だが、米国のように混合診療の社会で公的医療を受けようとすると、低医療費のために引き受ける医療機関が限られる、で医療を受けるのに長く待たされる、という問題が出てくるのだろう。

日本では、医療費の大部分(だんだん自己負担が増えてきているとはいえ)が、これまで公的に支払われてきたから、この問題が表に出ることはなかった。が、政府の進める混合診療が医療の主流になると、受けるべき医療が、私費で支払わないと受けられない、という事態になることを、米国のケースは教えてくれる。

消費税増税は、社会福祉に当てる、という自民党の公約であった。だが、ふたを開けると、大企業減税や、公共事業に大盤振る舞いをするらしい。また、好決算が続いている製薬企業に、新薬開発をバックアップするとして大規模な経済的支援を準備している。

医療は、高齢者負担を増やす等、負担の積みましだ。財務大臣は、国際的に見て極めて低い医師の技術料を下げるとまで言っている。このような医療現場への締め付けは、財源がない(とは言わせないが・・・)という理由だけでなく、将来自費診療を医療の主体にするための布石ではないか。物価は徐々に高くなり、人件費も上がる。そこで、医療機関は混合診療を支持せざるをえなくなる、という読みだ。公的な医療費は据え置くとしても、相対的にそれは切り下げになるわけで、医療機関が混合診療の方に向かうだろう。

そうなると、患者は、高額な民間保険に入って混合診療の施設を選択するか、公的保険で診療を受けられる数少ない施設に長い時間を待って通うかの選択するか、ということになる。この米国人の友人の悩みを多くの方が抱えることになる。

増税分の使い道が、社会のニーズとかけ離れたところに向かっていること、それを政府がきちんと説明しないことが納得しかねる。

特定秘密保護法案は十分議論されたのか? 

特定秘密保護法案が、今日にも参議院を通過し、成立しそうだ。急いで何としても成立させようというのが、政府の方針のようだ。

国会審議をところどころ聴き、様々なニュースで報じられたところをまとめると、政府がこの法案成立を急ぐ理由は、

1)集団的自衛権の行使という名目で、米軍の世界戦略の一翼を担うこと。米国の権益に合わせて、自衛隊を世界に派遣し、戦わせること。

2)警察公安官僚が、スパイ罪等を本法案に含めることに熱心であったこと。恐らく、彼らの権益拡大につながるのだろう。

の二つなのではなかろうか。

衆議院での審議時間は40数時間。一部野党との間で合意した修正案は、たった2時間で、委員会で強行採決。その後の参議院では、衆議院の半分程度の審議時間である。その間、問題点として特に取り上げられたのが、特定秘密の指定が的確に行われているかを監視する独立機関の必要性だった。

政府安倍首相は、当初、各省の事務次官からなる監視機関を作ると提案した。が、それでは、行政の決める秘密事項を、行政自身が監視するという自己撞着になる。それで、撤回し次に出してきたのが、内閣府内に20名規模の組織を作るというもの。それとて、内部の組織であり、独立した監視組織足りえないだろう。それを議論しようとしている最中に、参議院委員会で再び強行採決された。

監視機関を設置する意図は、当初なかったので、泥縄で案を出してきたという状態のようだ。独立した監視機関は、ツワネ原則等でも強調されているところで、こうした行政の秘密指定に際して、その妥当性を担保する重要な機関だ。それを当初の法律で、作ることを予定していなかったことは、この法案が不十分であるか、または国民の権利を意図的に侵すものであったことを示している。

他の問題点としては、行政の指定する秘密事項が、時間が経っても公開されぬ可能性が高いことがある。60年後に原則公開といっても、それだけスパンが空いていたら、公開しないことと同義である。さらに、30年未満で、行政の判断により、秘密事項の資料が廃棄されうるようにもなっており、大きな問題だ。秘密事項が、遠くない将来公開されるということを担保することによって、秘密指定が恣意的になること、誤った行政を行わせぬことにつながる。

また、秘密事項の範囲、さらにそれにかかわる犯罪の構成要件が曖昧である。「そそのかし」とは一体何なのか、国会審議を聴いていて、我々に納得できる説明を、政府は行っていない。

こうした秘密保護を行う場合、情報公開を徹底することを、政府・行政に強制する法律が絶対必要になる。秘密漏えいに厳罰を処するとするならば、公開すべき事項を公開しない、政府・行政には、それを超える厳罰が与えられてしかるべきだろう。情報が公開されることは、我々が政府・行政の行うことの妥当性を判断する重要な根拠になる。それは我々の権利なのだ。

この法律は国の形を変える。米国の世界戦略の一翼を担って、戦争する国家にする。スパイや、反体制運動を特定有害活動と規定し強権で抑圧する。そうした国家像が、この法案成立の先にある。こうした法律の制定は、十分な議論を行い、国民が納得するもの、国際的な標準に反しないもの、憲法の理念を侵さぬものにしてもらいたい。

だが、政府はそうした方向と真逆の方向に向かっている。

これからわが国を背負って立つ世代、その次の世代が、この法律で大きな重荷を負うことになるのを、こころから怖れる。