都知事選、脱原発の論点 

東京都知事選、あまり盛り上がっていないようだ。「アベノミクス」という虚の政策に酔わされて、現政権と連なる候補者を都民は選ぶことになりそうだ、との予測が出ている。現政権は、その結果を受けて、彼らの外交内政が支持されたとして、これまでの路線を遮二無に進むことになるのかもしれない。

当初論点とされた脱原発の問題も、都民にアピールしないのだろうか。都民が用いていた電力の大きな部分を生み出していた福島県では、10数万人の方がまだ避難し続けている。それなのに、原発問題は自分たちの問題ではない、と言うのか。

東電福島第一原発事故は、曲がりなりにも、地震動で稼働が停止したこと、それに風向きによって汚染された大気の大部分が海側に流れて行ったことで、「被害」が現在の程度に収まっている。勿論、地下水汚染、海洋汚染の問題、原発周囲の汚染の問題はまだまだこれから解決されるべき問題として残る。だが、原発が稼働中に深刻事故を起こしたら、この程度では決して済まない。稼働中に事故を起こす可能性は、決して小さくない。中性子脆化によって、圧力容器が爆発する、地殻活動の盛んになった現在原発近傍で大きな地震が起きそれによって原発が破壊されるといったシナリオが、十分ありうる。東電福島第一原発事故の教訓を、我々は忘れてはいけない。

原発は技術的に未熟なものであり、我々は原発依存から脱却すべきだというのが、東電福島第一原発事故の最大の教訓だったはずだ。電力だけでなくエネルギー全体を見直すこと、そして再生可能エネルギー利用・コジェネレーションを進めることが必要だ。脱原発し再生可能エネルギーの利用を進めることは、経済的にも、電力需給の面からも、十分可能なのだ。現在すでに脱原発は成立している。原発は、その維持費だけでなく、原発立地への社会的なコスト、使用済み核燃料の処理コスト等で膨大な費用がかかる。一方、再生可能エネルギーにも投資が必要だが、それは十分に回収可能であり、火力発電の燃料代のように海外に国の資産が流れる一方ではなく、国の景気回復策にもなるのだ。それを、恐らく官僚は知っているに違いない。だが、原発理研を握る一部の官僚と財界人、そのおこぼれに与ろうとする政治家は、再生可能エネルギーの利用を推し進めることを拒否している。

脱原発の可能性、妥当性について適切な情報を集めれば、脱原発以外の方向性はあり得ないことが分かる・・・のだが、都民はどう考えているのだろう。わが国の進路がこの選挙によって大きく変わる。

新たな基金創設だそうだ 

医療機関では、消費税が実質損税になっている。診療報酬で、その損税部分を手当てしているというが、その手当は不十分である。

で、行政の意図は

医療機関の消費税損税>それを基に「基金」創設>行政のポスト・天下り先の確保、尚且つ補助金分配による利権確保

という構図のようだ。

もう呆れてものが言えない。医療行政に関しては、悪しき社会主義がわが国では横行している。計画経済、上からの統制である。民間医療機関は、行政のやるがままに任せるしかない。

これで何時まで持つのだろうか。私には、この体制が持続可能であるとは思えない。


以下、MRICより引用~~~

「消費税増収分を活用した新たな基金」の問題1:民から奪い、支配に使う

小松 秀樹

2014年1月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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●控除対象外消費税問題
医療機関の控除対象外消費税問題が長年議論になってきた。問題を簡略化して説明する。
社会保険診療に消費税は課されていない。しかし、施設設備を含めて、医療機関が購入したものには、消費税が課される。この消費税を医療機関が負担している。日本医師会の調査では、控除対象外消費税は社会保険診療報酬の2.2%になるとされる(1)。
国は、控除対象外消費税分は診療報酬に上乗せされているとしている。消費税導入時に医療費が0.76%、消費税率引き上げ時に0.77%引き上げられた。これが上乗せ分だとすれば、上乗せ分は、5%の消費税に対し、合計1.53%である。日本医師会は、上乗せが不十分だった上に、マイナス改定、包括化、項目そのものの廃止などで、上乗せ分が大幅に目減りしている主張している。消費税率が5%から8%に引き上げられることが決まっている中、2014年度改定で、診療報酬は0.1%の微増に留まった。消費税引き上げが医療機関に重くのしかかる。厚労省は、消費税引き上げ対応分として+1.36%を確保したとしているが、公正な議論の基礎となる客観的数字は存在しない。

「医療保険制度の財政構造表」によると、2010年度の公的医療保険による医療費は総額35兆円だった。高齢化による自然増を年間3.2%とすると、2014年には総額40兆円になる。消費税率5%での控除対象外消費税の割合を2.2%とすれば、控除対象外消費税は総額9000億円、消費税が10%に引き上げられると1兆8000億円になる。2.2%が適切かどうかは別にして、巨額であることは間違いない。官僚の裁量に委ねてよい額ではない。
本来、消費税は、個々の医療機関に還付すべきものであって、診療報酬に上乗せすべきものではない。医療機関ごとに支払った消費税が大きく異なる。活発で積極的な病院ほど、投資額が大きいため負担が重くなる。個々の医療機関の控除対象外消費税は、購入伝票を集計することで正確に算出できる。厚労省は、数字で正確に扱えるものを、強引にあいまいにしたままにしようとしている。この問題を利用して、支配を強めようとしているとしか思えない。
今後、消費税率が段階的に引き上げられる。病院の利益率は小さいので、民間医療機関の経営が危うくなる。個々の病院は、投資を拡大すると損失が大きくなるので、投資しにくくなる。全体として投資が抑制されると、日本の医療の発展が阻害される。
消費税のデータに基づく還付は、他の業種では実施されている。技術的に無理だということではない。輸出されている製品については、消費税は課されない。このため、輸出業者に対し、仕入れに要した消費税が還付されている。

●「消費税増収分を活用した新たな基金」
医療法と関連法改定のための行政の文書に「消費税増収分を活用した新たな基金を都道府県に設置」という文言が記載されていた。これは社会保障制度改革国民会議報告書の中で、「医療・介護サービスの提供体制改革の推進のための財政支援」として言及されていた制度である。以下、分かりやすい率直な表現に書きなおしてみた。

1)財政赤字、高齢者の増加のため、負担増、給付削減、サービスの効率化が必要である。
2)「地域包括ケア」を実現するには、医療・介護サービス提供体制改革を推進しなければならない。
3)将来、診療報酬・介護報酬の体系的見直しを行うので、医療・介護施設が財政的に苦しくなる。改革するには、診療報酬・介護報酬以外の財源が必要である。
4)消費税増収分を使って基金の創設を検討すべきである。

基金を作るとなれば、財源が必要である。財源がなければ、財務省は基金の創設を認めない。当然、医療機関の控除対象外消費税の増収分が財源となる。すなわち、この基金は、医療機関から不当に搾取した金を、担当官の裁量で医療機関にばらまき、行政に従わせようとする制度だということになる。

●基金は民間病院の経営判断を奪い、日本の医療を危うくする
私は、「社会保障制度改革国民会議報告書を読む(3)医療・介護分野(下)」(2)で、基金について批判した。

「医療提供体制整備のために、基金による補助金を活用することが提案されている。税金の投入、すなわち、補助金や負担金、交付金に安易に頼ることが公的病院の退廃の原因である。2013年8月29日の朝日新聞の報道によれば、銚子市は2017年度に財政再建団体に転落する可能性があるという。市立病院の破綻が原因とされる。
病院への安易な税金の投入が銚子市の危機を招いた。病院の施設や設備の整備はできるだけ診療報酬で賄うようにするのが望ましい。現代の病院運営は多額の費用を要する。大規模基幹病院の予算規模は中規模の市に匹敵する。地方公共団体には、病院を経営する能力を期待できない。補助金の安易な投入で、経営の不在を補うようなことを続けていくと、地方公共団体の存続を脅かしかねない。補助金については、できるだけ縮小し、官民格差をなくす必要がある。財政支援を行うとすれば、診療報酬が使いにくい人材養成に限定すべきである」。

この文章を書いたときには、医療機関に還付すべき消費税を使って基金を作る制度だということまで頭の中に描き切れていなかった。
基幹病院は黒字だったとしても、利益率は極めてわずかである。わずかな利益をどう上手に再投資に使うのかが、経営判断になる。基金は、再投資の判断を経営者から都道府県の役人が奪い取るものである
亀田総合病院を経営する医療法人鉄蕉会は、看護師養成のために、資金をグループの学校法人が運営する専門学校と大学に寄付している(3)。自前で看護師を養成しているのは、以下の3つの理由による。1)千葉県は極端な看護師不足の状態にある 2)千葉県の単位人口当たりの看護師養成数は日本最低水準である 3)看護師を確保できなければ亀田総合病院は存続できない。
2011年11月の「千葉県地域医療再生計画」は、課題の筆頭に医療人材の不足を挙げている。「今後の急速な高齢化に伴って増大する医療需要に対し、単なる現場での努力や現状の医療人材提供体制では、対応が困難であることが予想される」と高齢化への対応の見通しが立っていないことが示されている。こうした状況があるにもかかわらず、2009年、千葉県は、県立教育機関による看護師養成数を、それまでの1学年240人から80人に削減した。2009年当時、千葉県は看護師不足を正しく認識していたとは思えない。明らかな行政のミスである。
行政は認識能力を欠くだけではない。行政が直接サービスを提供すると、サービス向上が望めないばかりか、費用がかさむ。権力を持つが故に、自らを甘やかすからである。千葉県の平成24年度病院事業会計の決算見込みによると、病院事業全体で、収益440億円、費用427億円で13億円の黒字だとしている(http://www.pref.chiba.lg.jp/byouin/press/2013/24jigyoukessan.html)。しかし、収益の内106億円は負担金・交付金すなわち税金であり、民間と同じ言語を使うとすれば、93億円の赤字となる。民間病院なら1年持たずに倒産する。これを黒字と説明している限り、事実の認識に基づいて改善努力を続けるなどできるはずがない。
日本の医療は私的セクターの関与が大きいが故に、比較的小さい費用でサービスが供給されている。行政が病院を経営すると、膨大な赤字を生む。医療機関の再投資の判断を、私的セクターの経営者に代わって、都道府県の役人が下すことになれば、医療を壊しかねない。

●補助金は有効に使えない
還付される金は病院の正当な収入なので自由に使えるが、補助金は行政から目的を指定されて与えられるものなので自由には使えない。使い方のルールの基本原理は、資金を効率的に使うこと、すなわち、医療サービスの向上ではなく、官僚の責任回避と権限強化にある。しばしば用途が細かく指定される。建築費だけにしか使えなかったり、建築費には使えず物しか購入できなかったりする。物品は購入できるが、人件費には使えなかったりする。このため、使いにくく、無駄が多くなる。「坊や、100円の豆腐1丁買ってきて」という子どものお使い方式が、補助金による金の使い方である。使う側の状況判断が許されず、有効な使い方ができない。こうした原始的な金の使い方は、民間の経済活動で見られることはほとんどない。投資ファンドは、契約で相応の自由度を得て、資金を動かす。株の売買を、複雑な数式によってコンピューターが管理している。企業の経営判断は、将来の見通しが大きな判断要素になる。常に状況を再評価し、状況が変化すれば、金の使い方も変更される。
補助金の実態を見るために、千葉県の2009年度の地域医療再生臨時特例交付金事業の中間報告に対する論評を紹介する。

「中間報告には、2011年度までの事業実績が記載されている。そこから分かるのは、事業費の多くは、病院の施設・備品代、情報システム整備代、イベント代、講座代にあてられたということである。補助がなくても診療報酬で対応できるものや、切実性の低いものばかりであった。開設準備中の東千葉メディカルセンターに対する補助が目立ったが、極度の医師・看護師不足の中で本当に開設できるのか、開設しても維持できるのか危ぶまれているところである。また、医師・看護師の確保事業は、公費を使って他から連れてこようというもの、あるいはキャリアアップを支援しようというものであり、医師・看護師を養成しようというものではなかった。結局、50億円もの交付金は、医師・看護師の養成にはまったく使われなかった。
 千葉県における医療供給の阻害要因は、極度の医師・看護師不足である。事態を改善するには、医師・看護師の養成数を増やすしかない。養成数を増やさずに、公費を使って無理に特定の病院で医師・看護師を確保しようとすれば、他の病院の医師・看護師が奪われ、あるいは他の病院の医師・看護師を確保するための費用が押し上げられる。結果として病院の経営環境が悪化し、医療崩壊が進むことになる。現行制度上、医師の養成数を増やすのが難しいとすれば、交付金50億円は、看護師の養成に振り向けられるべきであった」(4)。

無駄使いは、担当者の能力の問題ではなく、行政の仕組みに由来する。行政は、壊れたロボットのようなぎこちない的外れの乱暴な動きしかできない。企業なら、すぐに倒産してしまうような金の使い方しかできない。基金への搾取が増加すると、亀田総合病院は、看護師養成に資金を投入できなくなる。そうなれば、学校も病院も存続できない。

<文献>
1.日本医師会:今こそ考えよう 医療のおける消費税問題 -第2版-. 2012年12月.
2.小松秀樹:社会保障制度改革国民会議報告書を読む, (3)医療介護分野(下)・完. 厚生福祉, 6024号, 2-6, 2013年12月27日.
3.小松秀樹:病床規制の問題3:誘発された看護師引き抜き合戦. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.566, 2012年8月9日. http://medg.jp/mt/2012/08/vol5663.html#more
4.小松俊平:看護師養成の背景、意義および主体-千葉県の状況から考える(下). 厚生福祉, 5957, 2-5, 2012年12月28日.

今春の診療報酬改定で 

精神科の外来で、抗精神薬、睡眠薬いずれかを2種類以上処方した場合、通院精神療法という医師の技術料を削減されることになるらしい。精神科で多種類の薬が投薬されるのは、けしからん、その場合には、ペナルティとして技術料を減らすという主旨なのだろう。

確かに、精神科外来でやみくもに多種類の投薬がなされる場合もあるのかもしれない。それが、医師の技術のなさなのかもしれない。いわば、悪い多種類投薬である。だが、一方、良い多種類投薬もありうる。多種類の薬剤が投与されているということは、それだけ重症の患者であるということも言えるだろう。重症の場合は、診療にそれだけ時間も必要とする。それなのに、技術料を減らすというのは、どう考えてもおかしい。

行政は、これらの多種類投薬の良し悪しを判断できぬと言っているのと同じだ。そして、すべてを悪しき多種類投薬と見做して、多種類投薬ずべてにペナルティを課す、ということだ。行政が現行制度で医療の質は判断できぬということと、医療費削減がすべての行政判断の基にあることが、この診療報酬改定で明らかになっている。

国の予算が少ないのだから仕方がないではないか、という声も聞こえてきそうだが、政府は一方で輸出企業や公共事業に大盤振る舞いをし、さらに大企業の交際費の非課税枠を拡大しようとしている。それを考えると、どうしてもバランスが良くないように感じる。行政は、医療の質を判断する能力がなく、さらに診療報酬を弄繰り回して医療を制御しようとすることに無理があることを、開業していて、痛いほど思い知った。彼らのやり方は、変わりそうにない。

良心的な医療を行っている医療機関は、これでまたじわじわと首を絞められることになる。最終的にひずみが及ぶのは、重症の精神科疾患を患う方々である。

週末の夕食 その35  

引き続き食事の準備をしている。タイトルに「週末の夕食」と打ちこもうと思ったら、「終末の夕食」となり、当たらずとも遠からずかと、苦笑してしまった。残りの人生、食事作りに精を出す積りだ。

今夕は、肉じゃが。以前にもアップしたことがあったかもしれない。肉は牛肉、薄味、関西風である。


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同じ思いで 

Mike WB4ZKAからemailが届いた。私の信号を聴くのを楽しんでいる、とタイトルにあった。

実際、私と交信をしたこともあるが、他の米国の連中と私がCWで話すのを聴いているというのだ。彼のシャックは、trailer houseのなかにあり、そこで寝ることもあるのだが、いつもボリュームを絞って7メガを聞き流しているということだ。眠れぬ夜、明け方近くなって、私の信号が7026で聞こえ始める。国際経済や動物の世話のことなどを私が米国のハムを相手に話し出す。それに眠りながら耳を傾ける。それが彼のこころに喜びをもたらしてくれる、とあった。

これは期待せぬ喜ばしい便りだ。海の向こうで、眠れぬ夜に、私のつたない交信に耳を傾けてくれる。型通りの交信以上のものにともに喜びを見出してくれるハムがいるということを知って、私もこころ慰められる思いがする。

最近知ったのだが、米国、その他の地域でも、QRPや自作の機械でのんびりと無線を楽しむ方々がたくさんいる。そうした方の多くは、単にDXを追いかけたり、コンテストに現を抜かすことはない。他のハムと思いを共有し、そこに楽しみを見出す方々だ。Mikeもきっとそうした方の一人なのだろう。

国内交信を楽しむ方のなかに、和文で、同じようなスタンスのスタイルで運用なさっている方がたくさんいることも知っている。が、せっかく国境を越えて飛んでゆくHFを使って交信しているのだから、そうした方々も世界に飛躍してもらいたいものだ、と改めて思った。Mikeのメールは、私にとって過分な内容であり、紹介するのも少し気が引けるが、前記の通り、無線機に同じような気持ちで向かっている友人が海を越えた向こうにいると知って、嬉しくなり、紹介させて頂いた。

名護市市長選 稲嶺氏勝利 

今日行われた、沖縄県名護市市長選挙で、稲嶺進氏が当選確実と報じられた。彼は、これまで辺野古の基地化に反対してきた現職市長であった。

私は、この選挙結果を固唾をのんで見守っていた。彼が当選しなければ、辺野古の基地化が進むだけでなく、沖縄の米軍基地の拡大化、固定化が進み、さらに日本と米国の軍事的一体化が一挙に進展することになったはずだからだ。少なくとも、その方向に向かうことへの否を名護市の方々は表明された。これは、今後の日本の進む方向を定める大きな一里塚になることだろう。

沖縄を現在の状態に捨て置いた我々に厳しく問われている。平和をむさぼり、一方で負担を沖縄に押し付けておいて良いのか、と。


沖縄タイムスから引用~~~

電子号外】稲嶺氏が再選確実 名護市長選


2014年1月19日 20:00


 【名護市長選取材班】任期満了に伴う19日投開票の名護市長選挙は、現職の稲嶺進氏(68)=無所属、社民、共産、社大、生活推薦=の2期目の当選が確実となった。前県議で新人の末松文信氏(65)=無所属、自民推薦=との一騎打ちを制した。

 稲嶺氏は、最大の争点となった米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設問題に「断固反対」し、保革を問わず幅広い支持層から票を集めた。基地受け入れに伴う再編交付金に頼らないまちづくりを訴え、受け入れられた。

 1996年に移設問題が浮上して以来、5度目の市長選。対立軸が鮮明になる初めての選挙で、反対派が勝利した。

 稲嶺進(いなみね・すすむ) 1945年7月生まれ。名護市三原出身。琉球大卒。72年に名護市役所入り。総務部長、収入役などを歴任。2004年から08年まで市教育長を務めた。10年1月の市長選に初当選。

普天間・辺野古そして沖縄 

普天間基地の返還は、1996年、当時の橋本首相が米国との間で約束したことだった。だが、新崎盛暉著「沖縄現代史」によれば、その返還には次のような条件がつけられていた。

1)空中空輸機の岩国移駐
2)嘉手納基地への基地機能一部移転
3)県内他施設でのヘリポート建設
4)有事の際の民間施設軍事利用に関する共同研究

1)から3)は、軍事機能の維持・強化だが、4)は基地の整理縮小とは次元の異なる新たな軍事協力であった、とある。このように、沖縄の負担軽減は、名ばかりで、こうした交渉の結果には沖縄の負担の拡大がつきまとっている。

3)が、辺野古への新たな基地建設に結びつき、4)は小泉政権時代に作られた有事法制につながっていったのだろう。

辺野古が属する名護市長選挙が現在行われており、辺野古基地建設を推進する自民党候補と、反対する現職稲峰ススム氏の間で戦われている。これで自民党候補が勝つと、辺野古への新たな基地建設が実現することになる。

新崎氏は、同書のなかで、沖縄の基地から米軍海兵隊がイラク戦争に出兵したときに、本土からの観光客が激減したことを取り上げ、沖縄に米軍基地を押し付けておいて、自らは平和をむさぼる者であるとして本土の人々を痛切に皮肉っている。

だが、この辺野古の問題は、沖縄だけの問題では決してない。この問題は、在日米軍再編協議の一環として位置づけられており、同協議の目的は、日本の米国との軍事的一体化にあるのだ。いわば、本土の沖縄化である。これほど重大なことをマスコミは大きく報道しない。

折しも、政府の諮問会議が、集団的自衛権を近々提言し、政府は今月末に開会する通常国会で憲法解釈を変更し、集団的自衛権を確立する積りのようだ。これは米軍とともに戦争する国家への転換を意味する。沖縄の人々が米軍基地の重圧と、我々、本土の人間の無関心が、今度は我々自身に降りかかるのだ。

次の世代を育てつつある人々にとって、これは見過ごしえない問題だと思うのだが・・・。

抗インフルエンザウイルス薬の使用の是非 

抗インフルエンザウイルス薬(ニューラミニデースインヒビター、以下抗ウ薬と略す)に抵抗性のインフルエンザA型ウイルスが、北海道で見いだされたと報告されている。抗ウ薬がインフルエンザの合併症・死亡率・入院といった点で有効であるという報告は、CDCの記載でもわかる通り、幾つもある。

しかし、下記のリビューは、少なくとも基礎疾患のない症例への抗ウ薬の積極的な投与に疑問を投げかけている。CDCの記載も、抗ウ薬の効果として断定しているのは、発熱期間・有症期間の短縮だけであり、合併症・死亡率等への効果は、可能性がある、となっているだけだ。

抗ウ薬は、重症例、ハイリスク症例への切り札として温存しておくべきなのかもしれない。ただ、臨床現場では、重症化する症例を早期に発見することは困難であるので、抗ウ薬を投与しない選択をするのは実際上難しい。

以下、抄録を引用~~~

PLoS One. 2013;8(4):e60348. doi: 10.1371/journal.pone.0060348. Epub 2013 Apr 2.

The value of neuraminidase inhibitors for the prevention and treatment of seasonal influenza: a systematic review of systematic reviews.

Michiels B, Van Puyenbroeck K, Verhoeven V, Vermeire E, Coenen S.


Controversy has arisen regarding the effectiveness of neuraminidase inhibitors (NIs), especially against influenza-related complications. A literature search was performed to critically assess the evidence collected by the available systematic reviews (SRs) regarding the benefits and disadvantages of NIs (oseltamivir, zanamivir) compared to placebos in healthy and at-risk individuals of all ages for prophylaxis and treatment of seasonal influenza. A SR was done using the Cochrane Database of Systematic Reviews, Health Technology Assessment Database, Database of Abstracts of Reviews of Effects, and Medline (January 2006-July 2012). Two reviewers selected SRs based on randomized clinical trials, which were restricted to intention-to-treat results, and they assessed review (AMSTAR) and study quality indicators (GRADE). The SRs included (N = 9) were of high quality. The efficacy of NIs in prophylaxis ranged from 64% (16-85) to 92% (37-99); the absolute risk reduction ranged from 1.2% to 12.1% (GRADE moderate to low). Clinically relevant treatment benefits of NIs were small in healthy adults and children suffering from influenza-like illness (GRADE high to moderate). Oseltamivir reduced antibiotic usage in healthy adults according to one SR, but this was not confirmed by other reviews (GRADE low). Zanamivir showed a preventive effect on antibiotic usage in children (95% (77-99);GRADE moderate) and on the occurrence of bronchitis in at-risk individuals (59% (30-76);GRADE moderate). No evidence was available on the treatment benefits of NIs in elderly and at-risk groups and their effects on hospitalization and mortality. In oseltamivir trials, nausea, vomiting and diarrhea were significant side-effects. For zanamivir trials, no adverse effects have been reported. The combination of diagnostic uncertainty, the risk for virus strain resistance, possible side effects and financial cost outweigh the small benefits of oseltamivir or zanamivir for the prophylaxis and treatment of healthy individuals. No relevant benefits of these NIs on complications in at-risk individuals have been established.

看護師紹介業が盛業だから、診療報酬を削るという論理 

昨日の朝日新聞一面トップに、「看護師紹介業250億円市場」というタイトルの記事が載っていた。その脇に、「診療報酬が原資」とある。新聞の中をめくると、看護師紹介業が盛んで、看護師一人を紹介すると平均して100万円程度のお金が医療機関から、紹介業者に動くとあった。で、中には、紹介業者への支払いが済むころを見計らって、紹介された看護師が辞めて行くことが結構ある、とある。まぁ、そんなものかと思った。しかし、最後に、この記事の本音が記されていた。厚労省の見解として、看護師を手厚く配置した病院には多い診療報酬を与えられるようになっているが、重症患者が少ないのに、その診療報酬を算定するために看護師を多く抱え込んでいる病院が多い、というのだ。診療報酬を改定して、高点数の病院を少なくする、というのである。この厚労省の意向を体現したのがこの記事であり、さらに「診療報酬が原資」という記事サブタイトルの意味するところなのだ。

そもそも、看護師を多く配置するような施策を採ったのは、厚労省である。その目的は、医療現場の人手を手厚くし、医療の質を向上させ、かつ医療現場の負担を減らすことにあったはずだ。それで、大病院を中心として、看護師を何とか多く確保し、比較的高い診療報酬を得ようという動きが広まった。こちらにそうした状況を示す中医協の報告がある。そうでなくても看護師不足で大変なのに、中小病院、さらには診療所は、さらに深刻な看護師不足に陥った。

そのような反省はなく、看護師不足から看護師紹介業が盛業になったからといって、今度は診療報酬を減らすと厚労省は言いだしている。元来、診療報酬はぎりぎりの低さなのだ。考えてもみて欲しい。あれだけのマンパワーと設備が必要な入院施設で、一日の診療報酬が1万数千円なのである。看護師紹介業が盛業しているからという理由で、診療報酬をさらに削る、というのは、余りに可笑しな論理ではないか。

厚労省には、自らの施策が、医療現場にどのような混乱と疲弊をもたらしたかの反省が全くない。あるのは、ただただコストカットの意向だけだ。診療報酬をちまちま弄ることで、行政成果を挙げようと言う手法自体がもう限界なのかもしれない。この記事の可笑しさは、厚労省の医療行政そのものの可笑しさを表している。厚労省は、財務省の意向を受けて、こうした頓珍漢なことを平気で言っている。社会保障・医療は、どんどん切り詰める一方で、景気対策として、大企業の交際費の非課税枠を拡大するという財務省も狂っている。

日本国憲法を保持するわれらにノーベル平和賞を 

この署名活動を行っている団体から、アンケート調査なるものが送られてきました。大変残念なことですが、署名で得たアドレスを無断使用しているようです。署名なさろうと考えておられる方はご注意ください。コメント欄に詳細を記しました。すでにご迷惑をおかけした方がいらっしゃったら、申し訳ありません。 1月8日記


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「日本国憲法、特に第九条を保持する日本国民にノーベル平和賞と」という運動への賛同署名が集められている。すでに1万人以上集まり、あと4000数百人が目標らしい。こちら

護憲、特に第九条を守ろうと言うと、もう時代錯誤だというような声が満ちているが、この憲法は、極めて優れたもので、さらに多大な犠牲を払って日本国民が得たものだ。是非とも守って行かなくてはならない。

現時点の政治経済の状況が、1930年代と似通っている点が多いことに気付く。国際関係は、より密接に関係するようになり、大きな戦争がすぐに起きると言う状況ではないかもしれない。が、経済的な行きづまり、官僚制の跋扈、政党政治への不信等、そっくりではないか。軍部の台頭が目に見える形では出てきていないが、軍部も一つの官僚制であった。集団的自衛権で米国とともに、または米国の肩代わりの戦争に突き進む可能性は十分あるように思える。国民を戦場に送り出す国家装置であり続けた靖国神社は、新たな戦死者を祀る準備をしているという。有事法制と、特定秘密保護法によって、その方向への準備は十分できたようだ。後は、憲法解釈を変えて、集団的自衛権の行使に踏み出すだけなのだ。

これから日本を担う世代を育てている方々は、是非、この問題が自分たちの問題になることを理解して頂きたい。賛同いただける方は、態度表明の一つとして、署名をお願いしたい。

交信が会話になるように 

最近、庭仕事が少なくなったこともあり、日中7メガでCQを出したり、呼びに回ったりすることが時々ある。CWを自分自身楽しむこと、そして少しだけでもニューカマーの方とCWの楽しみを共有したいと思うからだ。

そうした交信で、リポートやQTH以外に、リグ・アンテナの情報だけでなく、年齢とハム歴、場合によってはセミリタイアの身分であることを送る。できるだけゆっくり、相手の速度を越えぬようにして。

だが、反応はまずない。型通りのメッセージを送ってきて、お仕舞になってしまう。恐らく、普通と違うことを私が打っているのは分かるのだろうが、それは無視をする、ということなのだろう。面倒くさいのだろうか。そこから足を一歩踏み出すことが、新たな世界が開ける端緒になるはずなのだが・・・。JCC・JCGナンバー等が送られてくると、まずはその後の交信の継続は望めない。

コール、QTH、リポートのやり取りは、いわば記号のやり取りに過ぎず、相手が見えてこない。いわば、「われとそれ」の関係だ。年齢や仕事の話を伺うことで、相手が見えてくる。「われと汝」の関係の始まりだ。KA7YRLの言葉を借りれば、Tell me your storyなのである。

和文も良いのだが、和文では世界に通じない。自分の楽しみの押し売りになってもいけないと思いつつ、喰らいついてこられる方はいないものかと、再びCQを出す。

CWops復帰 

昨年夏、ハムフェアでRob K6RBとお目にかかった際に、CWopsに復帰しないかと尋ねられた。考えてみるとだけ答えてそのままにしていた。元旦に、年始の挨拶のメールが彼からあり、CWopsでは、ビギナー育成のためのプログラムが発展している、現在CW Academy(その育成プログラム)の受講生が80名に達した、CWopsは決してコンテストだけを目指すクラブではない、再入会を考えてみたらどうか、と言ってきた。

Robの言わんとするところは理解できるし、以前メールのやり取りでお互い気まずい思いをしたことも私の方に非がある部分もあった。私には、CWops発足当初のような情熱はないが、CW Academyのような活動は高く評価できる。もう一度、入らせて頂くことにした。ただ、静かに再入会したいのと、CWopsの様々な活動に積極的にかかわることは当面しない積り。Robにも、それでも良いのであれば、再入会をお願いしたいと返事を差し上げた。

というわけで、#15の会員番号も復活となる。

FOCにせよ、このクラブにせよ、私にとっては二次的な意味合いしかない。やはり、一期一会の交信が最も大切なことだ。

年賀 

忙しいなか帰ってきた娘と三人で、新しい年を迎えた。とりたてて何もない年末年始だった。年末のために作ったご馳走を食べ、第九を聴き、ちょっと無線で米国の友人とおしゃべりし、本を読みながら休んだ大晦日だった。元旦は、家内特製の雑煮を頂き、のんびりと過ごした。バッハの無伴奏を練習していたら、娘がやおらバイオリンを取り出し、ドッペルを弾きはじめた。彼女のバイオリンを聴いたのは何年ぶりだったろう。昔耳にしたふくよかで暖かなバッハが確かに鳴っていた。家内はフルートを持ち出し、音階練習。私も無伴奏とピアノトリオをさらう。我が家に、(その質はさておき)音楽が鳴り響いた一日だった。

米国の友人から嬉しい知らせがあった。義理のお姉さんにあたる方が、進行した乳がんだったようだが、CT、シンチで遠隔転移を思わせる所見がなかった由。大変喜んでおられた。アラバマの大学で教えているJohn N5DFは、今年6月で退職するようで、今月から最後の学期が始まるとのことだった。その他、多くの方と年末年始の挨拶を交わすことができた。

昨年、年賀状を出すかどうか、最後まで迷っていて、結局元日を迎えてしまった・・・迷っていたというよりも、怠けていたというべきか。形式的な年賀状は全く意味がないと以前から考えていたのだ。だが、元日に頂いた年賀状には、必ず返信をすべきものがあり、結局大急ぎで文章を打ち、年賀はがきに印刷した。それを先ほど投函してきた。元の同僚の看護師の方、御長男が近くの高専に入学したことを知らせてくださった。その看護師さんは、開業の少し後から10数年一緒に仕事をして下さった方であり、息子さんも良く知っている。とても嬉しかった。高専時代の恩師は、もう80歳台半ばになられたと思うが、放送大学で生物学や宇宙について学んでいると知らせてくださった。大学時代の同級生は、大学のOBオケでブルックナーの8番を演奏する由。最近無線でお目にかからないある友人は、バイオリンを始めた、とか。・・・来年からは、テキストベースの年賀状を年末に準備して、元旦に届くようにしなければ、と思った。

年賀状の文章を以下に転載する。個人の近況報告ももっと記したかったが、スペースがなくなり、各々の方に欄外に一言二言書き記した。

書き散らかしているだけのブログだが、ここのURLを記録していてくださり、訪れてくださる方々に改めてお礼申し上げたい。この一年のご健康とご多幸を祈りあげる。

以下、引用~~~

あけましておめでとうございます。

パートタイムになって二年目の春を迎えようとしています。ハウスハズバンドとしての生活が板についてきました。

昨年は、いろいろなことが起きましたが、なんとか明るい正月を迎えることができました。

昨年、社会的な出来事で一番心に残ったことは、特定秘密保護法が拙速に決められたことでした。有事法制とともに、戦争のできる国に、この国を変えた出来事だったと思います。人口減少の始まり、膨大な国の借金等を考えると、この国は残念ながら徐々に衰退に向かいつつあるようです。

老境も近くなりましたが、ブラウニングの詩にあるように、人生の最後にこそ良いものが準備されていると信じて毎日を歩んでゆきたいと思います。

皆様のこの一年の健康を祈りあげます。2014 正月