JARDその後 

JARDが、アマチュア無線局の保障認定業務をTSSと並行して請け負うことになったと、JK7UST Sugiさんのブログで知った。えっ、と思わず声に出してしまった。

JARDは、1991年に、アマチュア無線家の養成講座をJARLから引き継ぐ形で、誕生した。私の理解する範囲では、この養成講座事業を手放したJARLは、その後赤字の悪化が目立つようになったようだ。

で、JARDの現在を、そのサイトでざっと見てみた。その事業内容の主たるものは、アマチュア無線技士の養成講座事業である。アマチュア無線機器の技術適合基準審査も行っているらしい。前者では、一人当たり1万4千円ほどをJARDが手数料として手に入れている。後者の収入は、無線機メーカーに対して行うもので、無線機の台数によって違うようだが、かなりの額だと聞いたことがある。ElecraftのWayneと、代理店契約による高コストについてやり取りをしたときに、JARDによる技適取得が、ネックであったことを聞いた。これは、我々には直接関係ないが、無線機のコストを引き上げる要因になっており、やはりユーザーである我々が、それを負担させられている。

予算は、以前は細かく公表していたようだが、今は詳細を公表していない。ただし、毎年2から3千万の赤字を出している。不思議なことに、投資による収入が計上されており、資産の一部で何らかの投資をしているようだ。現在資産は7億程度あるらしいので、20年、30年程度、またはアマチュア無線の斜陽化を考慮すると10数年で、赤字転落である。投資が上手く行かなくなると、それが早まるのではないか。

役員、評議員は全員非常勤らしいが、名誉会長には、前JARL会長で、JARLを赤字転落させた張本人である、JA1AN 原氏が就いている。評議員・役員にも、彼に近い立場の人物が多くいるように思われる。評議員の給与は、年額200万円を超えない範囲、と定めてあるようだ。評議員全員に毎年200万円づつ出しているとすると、丁度毎年の赤字額が、その給与全体に相当する。恐らく、評議員等のなかには、天下り官僚もいるはずである。これほど事業規模が小さい組織に、10数名の評議員、それに加えて10名近くの役員を置く必要があるのかはなはだ疑問だ。

JARLは、なぜ包括免許を当局に要求しないのだろうか。書類上の審査で、保障認定を行うということには、意味がない。いわば、ヤクザのしょば代稼ぎに似た制度だ。国際的にみても、こんな硬直した制度は見当たらない。また、アマチュア無線技士の養成講座で金もうけをしようとするJARDと結託し続けるつもりか。JARLの資産を持ち出したJARDには、すぐにでも解散を要求し、その事業をJARLが受け継ぐべきだ。そして、基本的にアマチュア無線免許制度を利潤追求の道具にすることを止めるべきだ。

官僚の意向が恐らく入ったのであろう、こうした制度設計はすぐには変わりそうにない・・・何か、日本という国の近い将来の没落を見るような気持ちになる。

要介護認定は、介護が必要になってから受けるべき 

要介護認定・更新を行うためのコストが、これほどかかるとは知らなかった。一件2万円。そして、要介護認定を受けて、サービスを受けていない人が100万人。そのコストが毎年200億円。介護が必要になれば、その時点で要介護認定は受けられるそうだ。

これは利用者の方で考えなくてはならない、問題だ。医療介護は、共通社会資本なので、皆で大切に用いることが必要だ。

以下、引用~~~

利用者も意識変えて 無駄な支出、財政圧迫 「

記事:共同通信社
14/08/22

 「どうしてデイサービスに行けなくなっちゃうの?」。昨年4月、埼玉県東松山市に住む女性(86)は、納得できない様子でケアマネジャーの男性に問いかけた。

 女性は足を骨折して家にこもりがちになったため、外出の機会を持ってもらおうと息子が2012年に要介護認定を申請。最も軽い要支援1と認定され、週に2回デイサービスに通った。

 他の高齢者との交流や運動で女性は心身ともに元気になり、1年後の要介護認定の更新では介護の必要がない「非該当」に。ところが女性が日中過ごせる適当なサークル活動などはなく、息子は「どうにかサービスをまた利用できるようにしてほしい」とケアマネに要望。新たに認定を申請し直した結果、要支援1とされ、利用を再開した。

 「体の具合が良くなれば、本来はうれしいことのはずなんですが...」と複雑な表情を見せるケアマネ。介護保険制度は自立支援を理念に掲げるが「要介護度が改善すると、受けられるサービスが減るので利用者からたいてい文句を言われる。必要がないのにサービスを使おうという、誤った『権利意識』が強い人もいる」と漏らす。

 一方、要介護認定だけ受けてサービスを使わない人もいる。横浜市内に住む80代の夫婦はそれぞれ3〜4年前に要支援2の認定を受け、毎年更新しているが、サービスは利用していない。認定を受けている理由について、夫は「2人とも持病があり、いざというとき安心だから」と話す。

 だが実際には、介護保険サービスはあらかじめ要介護認定を受けていなくても、利用申請した日から使うことができる

 横浜市では認定や更新1件ごとに約2万円の費用がかかっており、サービスを利用しない人の分は事実上、無駄な支出になっている。夫婦を担当するケアマネの村上一夫(むらかみ・かずお)さんは「それは説明したのだが、希望を拒否するわけにもいかない」と悩ましげだ。

 国民健康保険中央会のデータによると、12年現在、認定を受けている人のうちサービス未利用者は2割弱の約100万人。1件2万円で認定費用を単純計算すると年間200億円に上る。ある大手介護事業者の幹部は「削減できれば、このお金はほかのことに使える。国の財政が厳しい中、利用者にも意識を変えてもらう必要があるのではないか」と指摘している。

如何にしてCWを読むか 

で、如何にしてCWを読むか、という問題。前回のポストの続き。

また同じことの繰り返しかと思われる方は、ネットサーフを続けて、ここから立ち去って頂きたい。

CWを読むプロセスが、どのように行われているのかをまずは知ることが必要になる。

通常、次の三つのプロセスが同時に進行する。意識の中では、1)2)3)の占める割合は、3>2>1となる。

1)単語を理解する
2)文章を理解する
3)文脈を理解する

1)単語の理解では、送られてきた単語の(最初の)一部から単語を推測することが行われる。この際に、正確な単語の
知識(スペルと意味)が必要になる。実は、それまでの送られてきた、文章、文脈から、この単語を推測し理解することも、殆ど無意識のうちに行われる。この「推測をする」という作業は、意識的に行われることはない。メッセージの意味を理解するということに向けてほぼ無意識に行われるプロセスである。ただし、この単語単位で理解を進めることができないと、次の二つのプロセスも心もとなくなってしまう。もし理解できぬ単語で、文脈上重要な単語であると考えるならば、相手に尋ねるなり、または辞書に当たるなりすべきである。

2)文章の理解は、1)が上手く行っていれば、あまり問題になることはないだろう。ここでは、英語の文法の知識が必要になることがある。ただし、必要な文型はSVO、SVC、SVOC程度であり、それ以上の知識は必要でないことが圧倒的。ただ、相手に依っては、仮定法でひねった表現をしてくるような場合もある。会話は私はあまり得意ではないのだが、CWでも主語を略したり、語順が不正確だったりもする。しかし、その理解に際しても、正確な文法的理解ができているかどうかが、重要であり、非典型的な表現、省略を覚える必要はない。このプロセスでの理解は、1)の作業に還元されるし、また一方、3)にも直接つながる。

3)文脈の理解は、最終目的であり、一番重要だ。1)2)の積み重ねにより、達成される。この文脈の把握から、1)2)にフィードバックがかかり、現に進行する1)2)の理解がさらに進み、かつそれらの理解の確認が行われる。それによって、文脈の理解がさらに進む。いわば、スパイラルを描くように、全体の理解が進む。このプロセスは、いわば自動的に進むかのように思われるかもしれないが、相手の考え方、おかれた立場、さらには話題になっていることの背景等を考慮しつつ、全体をつかむ必要があるので、一番難しいといえるのかもしれない。

では、具体的にどのようにしてこうしたプロセスを容易に進められるようになるか、その訓練方法の体系だったものを私が提供できるわけではない。が、ヒントになりそうなことを列挙してみる。

〇英語の基礎的な知識、特に読む・書く能力を伸ばす必要がある。繰り返し述べてきたとおり、CW受信送信の本態は、読み書きに対応するので当然のことだろう。ただし、中学、できれば初歩的な高校生レベルの文法、それに自分の関心のある事柄の語彙の知識があれば十分。関心のあること、交信で理解できなかったことは、その知識を適宜補充し続ける。

〇受信の訓練が、送信のそれよりも数倍重要。送信は、受信ができるようになると、自動的に上達する。また、暗記受信でしか、このプロセスは進まない。筆記受信はもってのほかである。

〇意識は、文脈の把握で占められるのだが、基本的な作業は1)にある。1)がおろそかになると、2)3)のプロセスは進まない。従って、単語を意識的に理解しようとすることも大切。単語を一塊として送信してくる相手を選ぶことも、最初は大切である。単語間スペースを十分とってくれるように依頼することも時には必要だ。

〇自分の受信能力の不足、さらにバンドコンディションの問題で、完全にコピーできぬことも多い。それでも全体を把握できるように訓練すべきだが、相手の送ってくる情報でどうでも良いものは流してしまう(理解せずに済ます)ことも時にはありうる。ただし、こればかりでは話にならない 笑。メッセージのなかで、その時点で送られている内容が文脈上重要かどうかを判断する理解力、推理力が試される。

〇分からぬことは、尋ね返すことが基本。全体の文脈を、欠けた情報から理解する、上段の作業は、CWの能力がかなり上がって初めて可能になることだ。分からぬことがあれば、それを率直に伝え、尋ねることが重要になる。

と、毎度同じことを繰り返し記してみたが、参考になっただろうか。私も、記憶力がざるのようなりつつあるが、ぴしっと決まったCW交信の醍醐味を求めて、まだ訓練学習を続ける積りでいる。相手の考えを的確に理解し、自らのそれも理解してもらえた時の喜びは大きい。ゆっくりとしてペースで進む(とはいえ、30WPM前後だが)CWの交信と、自分の思考のペースがぴしっと同期したときにも愉悦を感じる。

というのは理想であって、最近はなかなかそういった交信相手にお目にかかれなくなってきた・・・相手がWの方であっても、である。それでも、続けてゆく積りだ。CWという通信手段の最後の輝きなのかもしれないが・・・。

CWを「読む」 

相変わらず、WのCWオペのなかに会話が成立しない方が結構いることに驚かされる。早く立ち去りたいのかもしれないが、QRZ.comのページで知った相手の情報について、尋ねたり、感想を言ったりしても、反応がないのだ。私の印象では、Wの連中の3、4割が、会話の成立しない方々である。

20、30年前は、このようなことは殆どながったような気がする。どうしてなのだろうか。モールスコードを覚えただけで、オンエアーする方が増えたのかもしれない。もう一方では、CWで送られる電文の意味をとる訓練を受けていない方々が増えている可能性もある。コッホメソッドや何やら、PCで訓練をして、無線にデビューする方が多いようだ。CWopsのCWAというプログラムで訓練しているやり方もそんなものだ。だが、それだけでは、会話ができるようにならない。

コードを覚えることと、会話ができるようになることとは、アルファベットを覚えることと、英会話ができるようになることの違いほどにおおきな違いがある。我々、non nativeでは英語というバリアーがあるのだが、nativeであっても、かように会話ができない方が多いとなると、英語の問題だけではなさそうだ。電文で送られる英文を「読む」訓練が必要なのではないだろうか。この点に関しては、訓練の必要を説く人がほどんどいない。

電文で送られる内容を読むことにこそ、CWの面白さがあるのだが、それに気づく方が少ないことは残念なことではある。

レセプト情報を用いて医療介護費用削減・・・何度も聞かされてきたお題目 

政府は、レセプト情報をもとに、都道府県単位で医療介護費用の支出目標を設定するらしい。

ターゲットは、高齢化に伴うコストだ。高齢化の進んで地域では、支出目標が低く抑えられるということなのかもしれない。

薬剤の後発品使用をさらに進めることで、コスト削減をするという、これまで散々繰り返されてきた方法が主要な手段になるようだ。でも・・・後発品を使えば、コストが下がるというのは当然のことではないか。問題は、後発品の信頼性、供給永続性にある。院外処方の高コスト体質には切り込まないのか。院外薬局は、初期投資は少なく、人員配置も少ないが、医療機関(診療所規模程度の場合)と同程度の収入を得ているようだ。院外薬局チェーンの経営状況を見よ。

コスト削減とは聞こえが良いが、結局、医療の質の低下につながる可能性が高い。国民は、それを良く心得ておくべきだろう。


以下、引用~~~

医療費抑制へ算定式作成 - レセプトなど活用し検討

記事:薬事日報
14/08/18

 政府は11日、「医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会」の初会合を開き、レセプトなど複数の医療情報を活用して医療、介護費の伸びを抑制するための議論に着手した。年内にも都道府県ごとの医療費支出目標を設定するための方法を作成する。

 同調査会は、社会保障制度改革推進本部(本部長・安倍晋三首相)の下に設置。会長には、永井良三氏(自治医科大学長)が就いた。

 調査会では今後、レセプトなどの電子情報を分析し、病院ごとの平均入院日数や傷病別の医療費構成などを把握すると共に、後発品の使用状況なども調べ、人口や年齢構成などの要素も加味して、各地域において適正な医療費水準を算定する。

 具体的な算出方法は、この日の会合で設置が決まった「医療・介護情報の分析・検討ワーキンググループ(WG)」において、リーダーの松田晋哉氏(産業医科大学教授)が中心となって進める。

 今後、WGが示す算定式を用いて、各都道府県は来年度以降、必要な医療体制などを盛り込んだ「地域医療ビジョン」を策定する。都道府県ごとに医療、介護費の支出目標を設定させることにより、高齢化で膨らみ続ける医療、介護費の抑制を目指す。

 また、この日の会合では、松田氏が福岡県飯塚市を対象に行ったモデル研究の資料を提示。外来薬剤費における後発品代替効果に関する分析を行った結果、2011年10月の外来医療における薬剤費1億7000万円を、仮に後発品に代替可能な薬剤に全て切り替えた場合、3700万円(22%)の薬剤費削減につながるとの結果を示した。


吉田氏の調書をリーク?! 

産経新聞が元気だ。朝日新聞の失態をこれでもかと追及している。

それだけにとどまらず、今度は、東電福島第一原発、吉田元所長の、調書を入手したそうで、それに基づき、菅元首相の当時の対応を酷い表現でこき下ろしている。その真偽さらに妥当性は置いておくとして、疑問が二つある。

この調書は、吉田氏の遺志により公表されないことになっていたのではないのか。菅官房長官が記者会見でそのように明言していた。それをどうして一新聞社が入手できるのだろうか。政府・行政官庁から漏れたとしか考えられない。誰が漏らしたのか、明確にし責任を取るべきだろう。こんなことでは、国家機密を守るなどできはしまい。

もう一点、吉田氏の調書内容は、東電福島第一原発事故の原因究明、経過の理解に重要である。産経新聞は、それを手に入れているなら、小出しにせずに、すべて公開すべきではないだろうか。吉田氏が菅元首相を悪しざまにこき下ろしているところだけを公開するのは、政治的な意図があるとしか思えない。是非、全体を公開すべきである。

吉田氏は、あの過酷な事故現場でよく働かれたと思うが、一方事故の少し前に、津波の襲来に備えて、堤防を高くするかどうか議論になった時に、その必要はないと結論付けた東電の幹部のお一人でもあった。彼の言葉は、現場の東電の責任者のお一人の言葉として理解すべきである。

政府が、この調書内容を漏えいしたとすると、産経新聞と政府はよほどの蜜月なのだろう。

敗戦記念日に思う 

敗戦記念日を前後して、マスコミは、戦争による惨禍を取り上げ、それを継承しなければならない、と説く。その対象は、米軍による原爆投下、各地での空襲等だ。非戦闘員であった国民が受けた被害の記憶をとどめることは、それはそれで大切なことだ。

だが、それだけでは、片手落ちであるように思える。中や、朝鮮そして沖縄で、人々に与えた人的・物的被害も、同時に想起し、日本人としての痛切な反省の思いを新たにすべきなのだ。日本での戦死者は、300万人に対して、中国での戦死者は1000万から2000万人と言われている。

戦争被害者としての歴史を想起するだけでは、戦争を賛美し、けしかけ煽った国民としての反省が生まれない。戦争は軍部や政治家に騙されて駆り出されたものという姿勢は、戦争を繰り返さぬという能動的な行動を生み出さない。

戦争で騙され被害を受けたという国民の意識は、戦前からの保守層の一部の動きと表裏一体だ。彼ら保守層の一部は戦後も米国への隷従と引き換えに政治権力を綿々と受け継いできた。そして今過去の歴史を書き換えて、自己正当化を図ろうとしている。端的に言えば、戦争責任の追及対象を主に軍部だけにしぼり、官僚そして天皇の責任は殆どないものとされた。あの戦争は何だったのか、どこに原因があり、誰が責任を負うべきだったのか、ということを今からでも、検討すべきなのではないか、と思う。

国民が被った被害だけでなく、隣国、そして沖縄の人々が理不尽にも受けた被害を正視しなければならないと思う。

敗戦記念日を挟んで、ずっとこのことを考えている。

すず、姿を消す 

すず、年齢17歳、雄、が姿を消した。我が家で生活を共にした三匹の猫のうち、最後まで残った一匹だった。

17年前、まず我が家にやってきたのは、写真中央の白黒の美ネコ、愛ちゃん。家人の同僚の方の家の庭で野良猫が子猫をたくさん産んだ。その子猫の内の一匹。愛嬌があるということで、そのご家庭で愛ちゃんとなずけられた。愛嬌があるかどうかは少し疑問だったが、とても賢い猫らしい猫だった。人に可愛がられる術を理解しているが、最終的には人のことは信じませんよ、という猫。彼女は、数年前にアレルギー性気管支炎とかいう慢性の病気で亡くなった。というか、彼女も病状がもっとも悪化した時に、外に出たがり、どうしてもという意思表示をするので、外に出した。それっきり帰ってこなかった。猫は、自らの最後を人に見られまいとするかのようだった。

愛ちゃんが我が家に来てしばらくは、我が家になじめず、食事時だけ家の中に入り、それ以外は植木の陰に隠れて生活していた。我が家に来て1週間ほどしたときに、リビングの掃出し窓の隅からするすると我が家に入ってきた愛ちゃん。その後ろに、何やら小さな動物が愛ちゃんの後をついて入ってきた。それが、「すず」であった。薄汚れた茶色の子猫。すずめのように見えるということで、最初すずめと呼んでいたが、猫をすずめと呼ぶのはあんまりだろうということで、「すず」と改名した。雄猫だけあって、やがて育つと、威張りかえっていたが、2、3年間は母親代わりの愛ちゃんのおっぱいを吸っていた。写真の右側の虎模様の猫が、すず。

猫は二匹でもう一杯だと言っていたが、6、7年前、夕方散歩していた時に、骨盤骨折(これはあとで獣医にかかり判明)で、よれよれになって歩いていた子猫を見つけた。一旦抱き上げたが、どうも大分痛がる。それで地面に降ろすと、のろのろと逃げて行った。だが、3,4m行ったところで、くるっと踵をかえし、私たちのところにやってきた。決死の思い出我々に保護を求めたのだろう。それが、みちる、普段の呼称、みっちゃんと私たちの出会いである。写真では、左側の黒っぽい猫。雌だったが、身体は大きく成長し、いかつい相貌だった。が、声が可愛らしく、発音の最後で微妙に音調を上げるのだ。それに、人懐っこく、庭仕事をしていると、1mの半径のあたりにいつもついて歩いていた。しかし、道路には決して出ようとしなかった。あの骨盤骨折はきっと車にはねられたためだったのだろう。我が家に来て、2、3年した頃、彼女も忽然と姿を消した。車のドアが開いていると、中に入り込む習性があり、きっと宅配便の車に入り込み、連れられて行ってしまったのではないか、と我が家では推測していた。

469-1_20140814113103e1e.jpg

すずは、もともと一人前の量を食べると吐く習性があった。それで、一食分を少なめに回数をわけて食事を与えていた。それでも十分に栄養が取れなかったのか、どちらかというと痩せていた(この画像では、ふっくらして見えるが・・・)。長生きしたのは、小食のためだったのかもしれない。が、この2,3年、痩せが酷くなり、それとともに認知症の傾向が表れた。所構わず、トイレにしてしまうのである。家人は、文句を言いながら、せっせと世話をしていた。それまで、通常の成猫の性質通り、鳴くことは殆どなかったが、我々の顔を見る度に、鳴いて何事かを要求するようになった。一種の若年化、または猫としての本能が崩れてきていたのだろう。今年の夏は、当初暑さがこたえたのか、痩せが進行した。また、尻尾の付け根を、我が家に侵入してきた猫に噛まれたのか、そこに膿瘍ができたようだった。殆ど食事がとれぬまでに衰えた。が、砂糖入りの牛乳で持ち直したようだった。るい痩はあまり改善しなかったが、毛並みは大分良くなった。しかし、やはり夏の暑さがこたえたのか、徐々に衰弱が進んだようだった。3日前、外に出ると言うので出したら、それっきり姿を現さなくなった。愛ちゃんと同じく、最後の姿を人目にさらしたうないという本能のようなものだったのだろうか。それとも、侵入猫にやられてしまったのか・・・。

思えば、我が家の激動の時代を一緒に生きて、部屋の端っこから、我々を観続けていてくれた猫たちであった。子どもたちが成長し、やがて家を出て行った。両親は年老い、やがて病をえ、天に召されていった。すずには、テレビの前でうたた寝をしていると、耳元にやってきて、突然鳴かれ、うんざりしたこともあったが、もうそれもなくなる。やはり家族を失った気持ちだ。みっちゃんはまだどこかで幸せに生きているのかもしれない。愛ちゃんとすずにはしばらくのお別れだ。この長い間、我が家をほっこり、そして時にはうるさくしてくれたお前たち、安らかに眠れ。

相馬野馬追に寄せて  

原発事故は、医療現場を過酷な状況に追いやりつつある。原発事故自体がコントロールされているとはとても言えないのは勿論のこと、住民、コミュニティに与えた負の影響は今も続いている。

医療現場の過重労働を多少なりとも想像することができる私としては、こうして歯を食いしばって仕事を続けておられる医療スタッフには何とも語りかける言葉がない。

原発事故の補償に際しては、この記事に語られるような現場を引き裂く施策はなしにしてもらいたい。地道に医療活動を続けている、医療施設、スタッフが報われるシステムを作り上げないといけない。

原発再稼働に向けての動きが盛んだ。当初は、原発を稼働させなければ、電力需要を満たせないという論理、今は、原発を再稼働させなければ、電気料金が際限なく上がり続けるという論理。最初の論理は、現実によって、否定された。後者は、今盛んに原発推進の政官業から喧伝されている。原発事故が起きた際のすべてのコストを考えたらどうなるのか。放射性廃棄物の管理コストはどうなのか。東電福島第一原発事故は、収束したとはとても言えない。佐藤医師の病院での有形無形のコストは一体どのように評価されるのだろうか。未だ故郷に戻れぬ10数万人の方々の費やす負担はどう評価されるのか。原発は、あらゆる意味でハイコストだ。


以下、MRICより引用~~~

相馬野馬追に寄せて

青空会大町病院麻酔救急科
佐藤 敏光


2014年8月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
南相馬市大町病院の佐藤です。昨年9月22日以来の投稿となります。

東日本大震災から3年5ヶ月、秘密保護法成立、集団的自衛権をめぐる憲法改正の問題など国民全体に関係する話題で、福島原発関係の報道は全国版ニュースから影を潜めてしまいました。7月27日開かれた相馬野馬追祭の様子は全国版でも紹介されていましたが、子供がほとんどいない観客席の様子まで報道した放送局はありませんでした。

南相馬市の人口は今年6月30日現在で64,731人と震災前の71,561人の90%まで回復してきています。しかし年齢別の構成でみると0から19歳が10,426人(震災前は13,196人)、20から39歳が12,311人(震災前は15343人)と約75%までしか回復していないのに対し、60から79歳は18,825人(震災前は18,667人)、80歳以上は6,620人(震災前は6,246人)と震災前よりも増えていて、超高齢化社会になってきていることが懸念されます。

子供や生産年齢の人口が増えないのは、子供への放射線影響を心配する親御さんの気持ち、医療、交通、商業などのインフラが十分に回復していないことが挙げられます。沿岸部の空間線量は下がったとは言え、原発現場でがれきを片付けただけで増える落下放射線や、今なお除染することができない山間部を通過しなければいけないなど、小さい子供さんを持つ親御さんを安心させる説明は今でもできません。市内にあった小児科2軒は閉院したまま、1軒あったマクドナルドの店も閉店したままとなると、野馬追なんか面白くない、早く帰ろうという子供の気持ちも分かるような気がします。

高齢者が増えている原因としては、元々居た年齢層の高齢化もあるでしょうが、帰宅困難区域、住居制限区域からの高齢者の移住する方が増えてきているためもあるのではないかと思われます。今まで(医療機関の窓口負担金免除などの恩恵を受けるため)住民票を変えずに仮設住宅に住んでいた人たちが(同じく免除を受けられる)原町区に新たに家を建てたり復興住宅に入居してきています。

大町病院もそんな人口構成の影響を如実に受け始めました。看護師などの医療スタッフは増えることは無く、入院患者は高齢者が大部分を占め、1回入院すると足腰が弱くなり、自宅に戻れなくなったり、退院させても再度入院してくる患者が増えてきています。当然のごとく、急性期慢性期に関わらず、食事の介助、おむつの取り替え、体位交換などの肉体労働や、エンドレスに続くリハビリテーションなど、スタッフの負担は増えざるを得ません。

外来患者数も増えてきました。先の東北救急医学会でも発表がありましたが、復興・除染作業員の受診が増えてきています。それも、風邪を引いたからと言って受付時間ぎりぎりで受診したり、アルコールを飲み過ぎて怪我をして救急車で運ばれたりする患者が多いのです。軽症ならまだしも、解離性大動脈瘤を抱えて腹痛を訴えて受診したり、出血性胃潰瘍で貧血を起こしふらふらになって受診するなど、なぜ南相馬に来たのかと怒りたくなることもざらになってきました。

5月に大阪から来ていた作業員が肝硬変で亡くなりました。予め親族への連絡は取れていたのですが、亡くなっても遺体を引き取りに来ませんでした。霊安室の無い本院ではこのようなご遺体も病室に安置し、2日後に市の職員が引き取りに来られるまで遺体保存にも神経を使わなければならざるを得なく、こんなことはもういやと思った職員は少なからずいたと思います。

本来、復興除染作業員の健康管理は(原発作業員と同じように)国の負担で行うべきと考えます。事業者任せだと健康管理は甘くなり、労災なのか元々あった疾病のためなのかの判断も難しくなります。また、一時的に増える作業員のために職員を増やしたり、ベッド数を増やしたりする余裕は本院にはありません。

19歳の意識のおかしい作業員が運ばれて来ました。CTを撮りましたが全く異常がなく、電話で気仙沼の親にてんかんの既往等尋ねたのですが、そのようなことは無かったと。翌日に撮ったMRIで立派な脳梗塞ができあがっていました。すぐ脳外科・神経内科のある南相馬市立病院に転院しましたが、間もなく気仙沼市立病院に再転院となったようです。後からきた労災証明書には、病名は脳梗塞、その原因は、過重労働による脱水、ストレスとしか書けませんでした。

病院スタッフの疲労・ストレスは溜まる一方です。震災直後は南相馬に残った人たちのためにと、県から制限された入院ベッド数を超えてでも入院を受け入れ、時間外となっても文句も言わずに働いて来てくれた職員も、いつまで続くか分からないジャブのような受診や入院患者からの訴えの攻勢に、今にも倒れかねない状況になってきているのです。

小宮山厚生労働大臣が南相馬に一人派遣したと自慢?した国立病院からの看護師さんの応援(当初半年の予定でしたが、所沢リハビリテーション病院の計らいで1年間続きました)は今は無く、給料の良い前の職場を辞めてでも全国から集まってくれた看護師さん達も、徐々に本院を去って行っています。去っていかれることが残された看護師さんにとってどんなにつらいことか分かっていても、誰も引き止めることはできません。

3月に二人の臨床検査技師が辞めていきました。それぞれ家庭の事情や通勤できなくなったためと聞いていましたが、最近になって、二人が新地に新たに開院した病院(以前は南相馬市にあった病院)に勤めていることが分かりました。辞めた人を雇うのは勝手と言われればそれまでですが、辞められた病院にとっては、引き抜かれたと感ぜざるを得ません。その病院は、震災後約2年間、看護師が確保できていたのにもかかわらず入院患者を受け入れませんでした。東電の賠償金(震災前と震災後の純利益{=収入から人件費などの費用を引いた額}の差)を増やすため?入院を受け入れず、かかりつけ患者の入院を他院に押し付けておいて、新しい建物と高い給料を見せつけて、他の病院の職員まで引き抜こう?とするやり方は許せません。

以前に『隣の芝生』でも紹介しましたように、看護師さんたちは、給料が良ければ、義理とか他の人への迷惑には目をつぶり、新しい職場に移ってしまいます。如何に魅力ある職場としていくかが上に立つものの役割だと考えてきたのですが、そんな自分も愚痴しか出なくなってきました。

避難した人(病院)、避難しなかった人(病院)、働く人(病院)、働かない人(病院)、原発事故は二つの集団を作り上げ、お互いを誹りあう社会を作ってしまったと言っても過言ではありません。

土屋正忠衆議院議員の田上長崎市長批判 

土屋正忠衆議院議員が、田上長崎市長が平和宣言で示した「集団的自衛権の議論に関する懸念」表明を批判した。。こちら。

同権は国政に属することなのだから、議論するならば、国政に出てからにしろ、という論理。集団的自衛権行使容認は、国の形を変えることであり、憲法の平和主義、立憲主義に反するということが、土屋氏は良く分かっていない。原爆の悲劇を繰り返さぬために、同権行使容認に懸念を抱き、それを表明するのは、長崎市長として当然至極。土屋氏の言い方には、国政は国会議員だけに任せろ、地方議員政治家は口を出すな、という横柄さが目につく。土屋氏のブログで例示されている北朝鮮、イラクの状況は、わが国、およびイラクの個別的自衛権の問題であり、集団的自衛権に結びつかない。

集団的自衛権の行使という名目で行われた戦争・武力行使は、すべて大国が自らの覇権と権益を求めて発展途上国で行った戦争である。こちら。集団的自衛権を行使すれば、そうした戦争に自衛隊が駆り出されることになり、また日本が武力攻撃とテロリズムの対象になる。アフガン戦争では、アフガンに出兵したNATO諸国は、数百人規模の戦死者を出した。若年人口が減り続け、さらにイラク出兵が決まった時に陸上自衛隊員の志願者が減ったことを考えると、徴兵制も視野に入ることだろう。またに国民が戦争の当事者になるのだ。

集団的自衛権が、抑止力になる、平和を維持する方策である、という土屋氏には、同権について語る見識がない。

国の借金は過去最大1039兆円 

いよいよ国の借金が千兆円の大台にのり、さらに過去最高を更新し続けている。安倍さんは、野党時代に、国家財政の健全化を行うべきだと政権党の民主党に強く迫っていたはずだが、今はタガが外れた如くに、大盤振る舞いを続けている。社会保障予算だけは厳しく絞り込むらしいのだが、全体としては、社会保障予算の自然増加分に加えて公共事業や大企業への優遇策で国家予算は膨らみ続けている。

この記事で、国債増発の理由は、社会保障予算の増大にあるかのように記されているが、これはあまりに一面的だ。国債の発行額は、バブル崩壊後2005年辺りまで急峻に増えている。景気の「低迷」に対処するためとして、時の自民党政権が公共事業を続けてきたからではないのか。それを高齢化だけに帰するのは事実に反する。高齢化がいよいよ明白になってきた、2006年以降は国債増発は抑えられてきている・・・もっともこの安倍内閣で、また大盤振る舞いなわけだが。

昨夜のNHKの世論調査では、安倍内閣の支持率が、51%に持ち直した、とのこと。へェ~~~である。この赤字垂れ流し予算、それに社会保障の切り詰めは、近い将来国民がツケを支払わせられることになるわけだが、国民は痛みを直接感じなければ、分からないのだろうか。


以下、引用~~~

国の借金は過去最大1039兆円

2014年8月8日(金)17時14分配信 共同通信

 財務省は8日、国債と借入金、政府短期証券を合計した「国の借金」がことし6月末時点で1039兆4132億円となり、過去最大を更新したと発表した。高齢化に伴って増え続ける社会保障費の財源不足を補うために国債発行を続けた結果、借金が膨らんだ。

 3月末時点の前回発表から14兆4563億円増えた。1年前の昨年6月末に初めて1千兆円を突破して以降も膨張に歯止めがかからず、10年前と比べると300兆円以上も増えている。日本の厳しい財政状況があらためて浮き彫りになった。

真夜中に14メガで 

これが老化というものだろうか。夕食をとるとすぐ眠たくなり、うたた寝。気が付くと、午前1時過ぎ。いつもの倣いで、14メガを聴く。西海岸が開けており、CQを出すと、続けて3人の古くからの知り合い、友人が呼んでくれた。

まずは、Jim N6JC。彼は10数年前に我が家を訪れてくれた方で、その後退職し、今は趣味と実益を兼ねて、小型飛行機の操縦をなさっている。昔は7メガに良く出ていたのだが、トライバンダーを上げて、7メガのアンテナはダウンしたままになっている様子。それでここ数年お目にかかることがなかったのか。我が家を訪れた時は、50歳台の颯爽としたエンジニアであったが、彼ももうすぐ70歳。

ついで、同じ名前のNN6EE。彼は1960年代にWB6BBCで出ていた。特徴のある(彼に言わせると、バナナボートスイングの)バグキーでよく7メガに出ていた。以前、このブログでも紹介したことがある。彼も私より数歳上のはずで、もうだいぶ前にリタイア、最近、オレゴンの海岸沿いの町に引っ越すことを考えている、とか。カリフォルニアのベイエリアは物価が高くて、とぼやいていた。引っ越す先の宛てはあるらしい。新しい生活が上手く行くようにと言ってお別れした。

ついで、AA7CT Bob。彼のコールは初耳で、彼によると、彼がWB6WSQだった1981年に私と交信をしているとのことだった。私のカードが手元にあるらしく、まだ大学の宿舎にいるのかと尋ねてきた。1980年代半ばには、私の生地であるここに引っ越してきたと申し上げた。彼も14年前にカリフォルニアからオレゴンに越してきて、昨年51年ごしでエクストラの免許を取ったと笑っていた。大分ブランクがあったらしい。が、これから大いに無線を楽しむのだ、と仰っていた。

1960年代、1980年代そして2000年前後、各々の時期の私自身を思い起こしながら、彼らの話に耳を傾けていた。無線を始めて、自作の機械で世界に窓が広がったことを実感していた時代。小児科医として歩みだし、野心いっぱいだった時期。そして、自分の仕事場を持ち、生活が安定・・・ということは先が見え始めた時期。本当に様々な出来事があった。彼らも同じように人生を歩んでこられたのだろう。

こうした交信は、悪くないものだ。

この真夜中の北米へのパスが消滅すると、本格的な秋の到来だ。

伊藤バイオリン工房再訪 

午後、台風の影響で豪雨の降るなか、桐生市の伊藤バイオリン工房に出かけた。チェロの側板下部、エンドピンの穴の前後に「ヒビ」が見られたためだ。雑音等はなく、叩いてもビリツキはなかったのだが。念のために見ていただくことにした。

桐生市のメインストリートは、やはりシャッター通りとなっていた。日曜日の午後だというのに・・・。いつも駐車スペースに困るのだが、近くに安い料金の駐車場を発見。

約束の時間に間に合った。いつものひょうひょうとした表情で楽器を見てくださる。ひび割れかもしれないと思われた部位は、問題なしとのこと。「ニスのレタッチをするだけで良いでしょう」と。ただ、テールガットを受ける表板に接着されたサドルが、浮いてきてしまっており、急ぐことはないが、補修が必要だろうとのこと。確かに、テールガットの強力な上部方向への力を受け、サドルが浮き上がりかけている。私は全く気付かなかった。お盆休みに入ってしまうので、楽器を預けると時間がかかることになる。また機会を改めて持参することにした。

以前から気になっていたG線第四ポジションのウルフ。ウルフエリミネーターというボタン型のウルフキラーを購入。ウルフが完璧に消えるわけではないが、軽減される。「ウルフが出る楽器は、良くなる楽器だから、どこかで妥協でしょうね」という彼の言葉に頷く。

彼は、新作のバイオリンを製作中の様子。製作工程は、パーフリングを埋め込む手前まで進んでいた。秋の弦楽器フェアーに出品する予定だとか。とても丁寧な制作振りの楽器、是非聞いてみたいものだ。弦楽器フェアーでの試奏会への招待状を送って下さる由。この楽器は、「珍しく」・・・と彼は言う・・・購入予約が入っている楽器だそうだ。来年はいよいよチェロの新作に挑戦される予定とか。30代半ばに差し掛かろうという彼に、「今が一番productiveな時期になるのかもしれませんね」と申し上げると、確かに、今楽器制作に精を出す時期だと思っている、とのこと。雑用を減らして、楽器制作を進めてゆきたいと思っているとのことだった。楽器製作者には、制作楽器というものがのちの世に残るのだなと改めて思った。これからが、彼にとっては勝負の時期だ。

彼のサイトのDAIRYというページ、5月の記事で、指板交換を受けているのが、私の愛機・・・すぐ分かるのは、やはり家族みたいになっているからか。

1時間半のドライブだが、やはり目の問題で結構疲れる・・・早めに手術を受けなきゃ・・・。

コンテストは十分だ 

今夜は、7メガで続けて、旧友たちにお目にかかった。CWでラグチューする、今となっては希少な楽しみになったが、まだそれは生きている・・・と考えたいところだ。

が、最後に呼んでくれた、Vic WA6MCLは、強烈な一言を発した。彼は医療用のケーブル、ワイアーの類を販売する仕事で、米国中を飛び回っている。今週はフロリダ、来週はテキサス、その後ユタといった具合だ。景気が良さそうで良いことではあるが、CWへの思いは何時も抱いている、とのことだった。

だが、彼によると、毎週末帰宅して無線をしようと思うと、コンテストばかり。WARCバンドに動いて行っても、誰も普通の交信をしていない、ということだ。WARCバンドのことは知らないが、私が常日頃感じていることと全く同じである。WARCバンドでも普通の交信がないなると、普通の交信をするハム達は絶滅しかかっている、と言えるのかもしれない。

コンテストに活発に出てくる局が、普通の交信をしているのを殆ど聞かない。CWopsのCWTなどが良い例だ。あのコンテストで毎週のようにメンバー番号と名前を飽きもせずに繰り返し交換している連中で、普通の交信をしているのはほんの2,3局である。そうした例外も、普段あまり聞かない。コンテストという疑似交信を一度に多数行うことで、エネルギーが枯渇するのではないだろうか。コンテストの前後で、とくにCWのactivityは落ちる。定量的に調べているわけではないが、毎日のように出ている私の実感である。

新しいコンテストをどんどん企画し、運営している方々は、CWのactivityが落ちているから、それを底上げしようと考えているのかもしれない。しかし、どうやら、それは逆効果のように思えるのだ。このまま行くと、CWのactivityはさらに落ち、それに対して、より多くのコンテストが企画され・・・という悪循環に陥るのではなかろうか・・・。

メージャーなコンテストは、一シーズンに一回で十分。様々な小規模コンテストは、整理すべし。もっと普通の交信をしようではないか、とVicの嘆きを聴きながら心底思った。

しかし、時はすでに遅しなのかもしれない・・・。

佐世保高1少女殺人事件での家族の対応 

この事件で犠牲になられた方に哀悼の意を捧げたい。

加害少女の父親が、責任を精神科医になすりつけようとしているように思える。

精神科も複数かかっており、そのなかには入院を勧めた精神科医もいると報道されている。

このケースのように発達障害と思われる人間による犯罪は、きわめて対処が難しい。家族ができることは限られている。家族は、誤解を恐れずに言えば、この事件である意味犠牲になったといえる。しかし、精神科医はそれ以上に無力なのではないだろうか。

まだ加害少女の精神の闇が明らかになっていない段階で、家族が、担当の精神科医に責任を押し付けるような言動をすることはいただけない。精神科医にも言い分はあるはずだが、現時点ではそれを公にはできない立場にいる。家族にも反省すべきことはなかったのか。まずは全容が明らかになるまで、犠牲者の冥福をただ祈ることが大切なのではないだろうか。

以下、引用~~~

佐世保事件で加害少女の父 精神科医師に入院を提案、「難しい」と断られていた

2014年8月5日(火)15時40分配信 J-CASTニュース

長崎県佐世保市で起きた高1少女の殺人事件で、加害者の少女の父親は事件前日の2014年7月25日、精神科の医師らと少女についての対応を相談、父親は入院を提案したが、医師から「難しい」といわれ、見送っていたことが分かった。8月5日に朝日新聞などが報じた。

また、少女の新しい母親は事件の3日前、精神科病院に向かう車内で、少女が「人を殺してみたい」と発言したことを医師に伝えたが、医師から「時間がないから次回にしてくれ」と打ち切られていたという。

毎日新聞によると、少女は父親を金属バットで殴った3月以降、2つの精神科に通院しており、父親の代理人の弁護士は「夫婦としては医師の指示に従った対応をしていた」とコメントしている。

CWAでもなく、OAMでもなく 

CWopsというアメリカのCW愛好家が主体のクラブで、ビギナーがCWをマスターするのを補佐するプログラムがある。CWAmbassadorという名で呼ばれる、指導者になり、ビギナー相手にCWを手ほどきするのだ。私も、当初、何をやっているのか分からずに、登録してしまった。が、内容は、コッホメソッドなどを用いてコードを記憶し、極めてゆっくりな交信疑似体験をさせることのようだ。日本でも、7J1ABD(だったっけ?)を主体に同じプログラムを立ち上げようという話しになって、彼がどこかで会おうと言ってきたのだが、上京するのに2時間以上かかる田舎に住んでいると言ったら、それで沙汰やみになった。

このCWAを直接日本に持ってくるのはあまり意味がないように思える。コッホ法やら何やらPC上でCW受信のトレーニングをすることは容易だし、送信は、簡単なコツを把握すれば、難しいことはない。問題は、コードを覚え、一応ラバスタができるようになってから、海外局と会話を楽しむようになるまでの段階にある。

この段階をクリアーするためには、語学の習得とともに、暗記受信に慣れることがどうしても必要だ。そうした面でのビギナーへのサポート体制がない。CWAでも、nativeのためのプログラムなので、そうした面のサポートはない。わが国にもCWのクラブは幾つかあるが、それの主催するのはオンエアーミーティングとコンテストである。コンテストは言語道断として、前者であっても、単なるパイルアップごっこであったり、または双方向性の限りなく小さい言いっ放しの交信であったりする。ハイバンドが海外に開ける時間帯に、毎週末あのようなことを繰り返していては、(お互いのクラブ内の親睦を深める意味はあるのかもしれないが)進歩はない。特に、前者のパイルアップごっこは、2時間以上にわたって、続けられるので、私からすると(そして恐らくあれを聴くであろう海外の局からしても)異様な印象を受ける。まあ、趣味のことなので、参加なさっている方々が楽しければ、傍からあれこれ言うべきではないのかもしれない。

しかし、これでは、海外の局と会話を楽しめるようには決してなれまい。結局、一対一で、意味のあることをやり取りする、それを続けることが必要になる。CWopsのCWAプログラムでもなく、また現在のわが国のCWクラブのオンエアーミーティングのようなものでもない、一対一の交信の積み重ねが必要になる。

東北地方の医学部新設は愚策 

、文科省「東北地方における医学部設置に係る構想審査会」で、議論が、さらに進んでいる。財団法人脳神経疾患研究所、東北薬科大学、宮城県が、新設母体として名乗りを挙げている。二回目の会合で、この三者から絞り込むらしい。

新設医大の条件は

(1)震災後の東北地方の地域医療ニーズに対応した教育等を行う、
(2)教員や医師等の確保に際し、引き抜き等で地域医療に支障を来さないような方策を講じる、
(3)大学と地方公共団体が連携し、卒業生が東北地方に残り、地域の医師不足の解消に寄与する方策を講じる、
(4)将来の医師需給等に対応して定員を調整する仕組みを講じる

というらしい。要は、医師を養成し、その医師を東北地方に強制的に縛る方策を講じること、ということだ。奨学金による縛り等よりも、もっと強力な強制力を学生に課すということだ。

問題は、
1)医学部・医大を新設して、東北地方の医師不足を解消できるのか?
2)強制力を持つ医師養成は、可能なのか?
である。

第一点については、医師団体、医学部団体等から、否定的な意見が出ている。一回目の上記会議でも、患者代表から疑問が呈されたらしい。そもそも養成医師数は、極めて大きく増加してきた。こちら。これでも、「僻地、過疎地の医師不足」は解消されていない。医師養成数の増員は、本質的な解決にならないことが明確に示されている。新しい医学部で養成される医師が一人前になる20年後には、東北地方の人口減少はさらに大きく進む。そこでは医師不足はさらに悪化するはずだ。

僻地・過疎地での医師不足は、なぜ起きるのか?それは、医師として仕事をする環境が劣悪だ、ということに尽きるのではないだろうか。それを改善しないでおいて、ただ医師数を増やすことで、僻地・過疎地の医師不足を解消することはできない。これほど明白なことがなぜ文科省は理解できないのだろうか。

第二点については、強制力を伴う医師養成は明らかに職業選択の自由、隷属的な就業を禁じる憲法に違反する。医局制度が機能していた頃、隷属的とも思える医師派遣が可能であったのは、それによる医局からの見返りが期待できたこと、徒弟制度的な医師の関係によるのではないか。それを文科省の意向で取り払ったのだから、医局制度に変わる制度が必要になる。ただ強制力で医師を縛ることはできないし、やってはいけない。

これほど明確な誤った施策がなぜ強行されようとしているのか。やはり医大・医学部新設に伴う利権が蠢いているのではないだろうか。

東北地方の復興など殆ど考慮されていない。東北地方の復興策は、津波地震で被災した方々への直接的な支援、福島第一原発事故で避難している方々への支援、そして福島第一原発事故からの復旧以外にない。

川内原発再稼働への動きについて 

川内原発再稼働に向けて、原子力規制委員会が動き出した。同委員会のサイトで、議事録、資料を見たのだが、分かりにくい。素人なので分からないのは当たり前かもしれないが、これほど国民の関心がある重大事項なのだから、分かりやすいレジュメを掲載してもらいたいものだ。

議事は、電力会社の人間がまとめたデータ・その解釈に対して、原子力規制庁の人間が質問をするという形式で進んでいる様子。内容をフォローするのは、素人には殆ど無理なのだが、感じることは二点。一つは、過去の事象から現在の問題を論じているのだが、過去の事象を網羅しているのかどうか、都合の良い事象だけを取り上げていないかが問題だ。実際のところ、例えば、中性子線照射による圧力隔壁脆化の問題、建設後30年経過した経時的劣化の問題等々、十分または全く取り上げられていないように思える問題がある。もう一点、原子力規制庁のスタッフと、電力会社には利益相反関係がないのか。原子力規制庁の人間は客観的な議論のできる見識を持ち、独立した立場にあるのか、気になるところだ。過去の原子力村という利益集団の主要な部分には官僚がいたことを忘れるべきではない。

原発自体の内在的問題として感じるのは、例えばとして挙げた二点をなぜ詳細に検討しないのだろうか、ということだ。特に中性子線照射による脆化の問題は、経時的に悪化することが分かっている。現時点でどの程度進行しているのか分かるはずだ。これによる深刻事故は、圧力容器の爆発という重大な事故になる。その際には、放射能汚染はかってないほど深刻になる。この問題について、原子力規制庁は十分な検討をしているのだろうか。原発は、多数の配管を持つ。それらの配管、さらにほかの構造体が、経時的に劣化するのは当然のことだ。その劣化の程度をどのように把握し、問題がないと結論付けたのだろうか。また、30年前に建造されたとなると、設計はそれ以前であり、設計における安全の見積もりも今よりも低かった可能性が高い。原発設計の安全性評価を再び行うべきではないだろうか。

深刻事故が起きた際の対応については、突っ込んで議論されているようだが、深刻事故を何としても起こしてはならないという観点からの議論が少なすぎる(または抜けている論点がある)ような気がする。深刻事故の可能性をゼロにすることは当然できないわけだが、深刻事故予防の視点から川内原発を想定しうるすべての可能性を考えるべきだろう。

原発周囲の環境・自然災害についての検討内容にも大きな疑問を感じることが多い。NHKの報道などによると、川内原発での地震津波に対する対処は、地震による地震動は600ガル、津波の高さは6mを想定したということだ。これでも以前よりも、厳しくしたということらしい。しかし、地震動については、岩手宮城内陸地震では4000ガル以上の揺れが実測され、原発で観測された揺れとしては、柏崎原発で1699ガルという記録がある。川内原発の600ガルという数値と直接比較して良いものとすると、地震を余りにかるく見ているのではなかろうか。福島第一原発における実際の地震動と、原発事故の発生との関連等まだよく分かっていないことが多い。川内原発では、地震の予想が甘すぎる。また、福島第一原発は、14、15mの津波に襲われたことが分かっている。それが、どうして川内原発では6mで済むのか、理解に苦しむ。

鹿児島県では、火山活動が活発であり、また破滅的に大きな災害をもたらすカルデラ噴火が、過去に二つの地域で起きている。鬼界カルデラと、始良カルデラである。両者についての論文によると、カルデラ噴火は、いつ起きてもおかしくないこと、また火山活動があるからカルデラ噴火が抑えられていると考えるのは誤りであることが示されている。九州電力、原子力規制委員会の説明では、カルデラ噴火のような大規模噴火は、「予知ができる」ので、予知をして実際の噴火が起きる前までに、核燃料の取出し等の対処ができる、ということらしい。だが、それは不可能であることは火山学会も声明を出している。なぜこうした希望的観測が通用してしまうのだろうか。原発安全神話が形を変えてここでも生き続けているのではあるまいか。

深刻事故に際しての住民の避難計画が実質置き去りにされていることは以前のポストで指摘した。これについても、福島第一原発の経験から学んでいない。深刻事故が起きても、周囲の住民を犠牲にすればよいことだ、経済的利益を優先させようという、政治経済界の論理がまかり通っているのではあるまいか。福島第一原発事故の関連死は、すでに千数百名に達している。

この状況で、川内原発を再稼働するとしたら、狂っているとしか言いようがない。

原爆投下の遺したもの 

午後、ひとしきり草むしりに精をだした。遠雷が聞こえ、ポツリポツリと雨が降り出したので、家に入ろうと立ち上がった。そこで、あぁ、これが「晴耕雨読」という生活なのだと実感した。いや、実際のところは、晴耕雨遊で、遊ぶところには、無線とチェロが入るのだろう。読書は、最近寝る前の少しの時間だけになってしまった。読書と語学の勉強もコンスタントに続けなければいけない。人生が晴耕雨読の時期に入ったことを改めて感じた。

昨夜、7メガで遊んでいて、Jim W8ZRが聞こえた。お呼びした。昨夜(あちらの)、テレビでマンハッタン計画についての番組があり、それを見た由。彼は、物性物理の専門家なのだが、あのような計画に携わることがなくて良かったとのことだった。ニューメキシコサンタフェの彼の家から近くの山に登ると、ロスアラモス研究所が見えるらしい。原爆は、ナチスが開発していたので、それに対抗して米国で作ったわけだが、実際に使ったのは日本に対してだったというのは皮肉なことだ、とも言っていた。

私も、つい最近のニュースで、エノラゲイの生存しておられた最後の乗組員が93歳で亡くなったことを聞いたばかりであること、原爆の使用まで戦争を引き延ばした責任は、日本の軍部と政治家にあるのだろう。天皇の責任も免れまいと申し上げた。軍部・政治家それに宮中では、ただ「国体」という名の天皇制を維持することだけに汲々としていた。ただ、米軍には、原爆投下を決める際に、原爆を試してみたいという動機があったのではないだろうか、とも思う、と申し上げた。

エノラゲイの乗組員は、亡くなる数年前まで、彼らの原爆投下によって、戦争を早く終えることができ、幾多の命を救うことができたのだと、ことあるごとに声明をだしていたらしい。原爆投下の問題については、米国人のなかでも複雑な思いがあるような気がする。エノラゲイの乗組員は、そのような声明を出し続けることによって、自らの行為の正当性を自らに言い聞かせていたのではないだろうか。

Jimとの交信が終わってしばらくすると、ある無線の米国人の友人からメールがあった。私とJimの交信の一部を聴いていたらしい。Jim宛ての同報メールだった。彼の父親が、エノラゲイ出撃の際にエノラゲイの機体の整備を担当したこと、それについて複雑な思いを生涯抱いていたことをが淡々と記されていた。その友人自身も父親の思いを受け継いでいる様子だった。

私自身、原爆による被害にあったわけではなく、正直に言えば、いわば、他人事のように思えてしまうのだが、原爆の非人道性については疑問の余地がない。また、様々な形で、原爆投下に関わった方に、一生涯、または次の世代にまで重たいものを残すことになる。被害を受けることは言語道断のことだが、加害者側にも、大きな傷を残すことになるのだ。